説明

スイッチング素子

【課題】 転移確率を高くしてスイッチング特性を安定化した、双安定特性を持つスイッチング素子を提供する。
【解決手段】 少なくとも2つの電極間に、印加される電圧に対して2種類の安定な抵抗値を持つ有機双安定化合物を含む有機双安定材料層を配置してなるスイッチング素子であって、基板10上に、第1電極層20a、金属微粒子含有層40、有機双安定材料層30、第2電極層20bの順に薄膜として形成され、金属微粒子含有層40が、金属微粒子と有機双安定化合物とを含む層である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機ELや液晶等を用いたディスプレーパネルの駆動用スイッチング素子や、高密度メモリ等に利用されるスイッチング素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、有機電子材料の特性は目覚しい進展をみせている。特に、材料に電圧を印加していくと、ある電圧以上で急激に回路の電流が増加してスイッチング現象が観測される、いわゆる有機双安定材料は、有機ELディスプレーパネルの駆動用スイッチング素子や、高密度メモリなどへの適用が検討されている。
【0003】
図5には、上記のようなスイッチング挙動を示す有機双安定材料の、電圧−電流特性の一例が示されている。
【0004】
図5に示すように、有機双安定材料においては、高抵抗特性51(off状態)と、低抵抗特性52(on状態)との2つの電流電圧特性を持つものであり、あらかじめVbのバイアスをかけた状態で、電圧をVth2以上にすると、off状態からon状態へ遷移し、Vth1以下にすると、on状態からoff状態へと遷移して抵抗値が変化する、非線形応答特性を有している。つまり、この有機双安定材料に、Vth2以上、又はVth1以下の電圧を印加することにより、いわゆるスイッチング動作を行なうことができる。ここで、Vth1、Vth2は、パルス状の電圧として印加することもできる。
【0005】
このような非線形応答を示す有機双安定材料としては、各種の有機錯体が知られている。例えば、R.S.Potember等は、Cu−TCNQ(銅−テトラシアノキノジメタン)錯体を用い、電圧に対して、2つの安定な抵抗値を持つスイッチング素子を試作している(非特許文献1参照)。
【0006】
また、熊井等は、K−TCNQ(カリウム−テトラシアノキノジメタン)錯体の単結晶を用い、非線形応答によるスイッチング挙動を観測している(非特許文献2参照)。
【0007】
更に、安達等は、真空蒸着法を用いてCu−TCNQ錯体薄膜を形成し、そのスイッチング特性を明らかにして、有機ELマトリックスへの適用可能性の検討を行なっている(非特許文献3参照)。
【非特許文献1】R.S.Potember et al.Appl.Phys.Lett.34,(1979)405
【非特許文献2】熊井等 固体物理35(2000)35
【非特許文献3】安達等 応用物理学会予稿集 2002年春 第3分冊 1236
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記の有機電荷移動錯体を用いたスイッチング素子については以下の問題点があった。
【0009】
すなわち、当該スイッチング現象においては未だ現象の再現性が充分ではなく、同じ製造条件で作製した素子においてもスイッチング特性がすべての素子で観測されるに到っていない。すなわち、スイッチング(転移)する素子の出現確率(転移確率)が低いという問題があった。
【0010】
このばらつきの要因は未だ明らかではないが、以下の理由が考えられる。即ち、図5に示されるoff状態からon状態の転移の際には、金属電極から有機膜への電荷の注入が必要である。有機材料膜と金属電極との界面には微細な凹凸があり、off状態からon状態への転移が起こる際には、そこでの電界集中により電荷が有機材料膜へ注入されると考えられる。上記の界面の凹凸は、電極、有機材料膜の平坦度で定まるが、微細な凹凸については制御が困難なため、必然的に転移電圧にばらつきが生じているものと考えられる。
【0011】
本発明は、上記従来技術の問題点を鑑みてなされたもので、有機双安定材料を電極間に配置したスイッチング素子において、スイッチングする素子の出現確率(転移確率)を高くしてスイッチング特性を安定化したスイッチング素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明のスイッチング素子は、少なくとも2つの電極間に、印加される電圧に対して2種類の安定な抵抗値を持つ有機双安定化合物を含む有機双安定材料層を配置してなるスイッチング素子であって、第1電極層、金属微粒子含有層、有機双安定材料層、第2電極層の順に薄膜として形成され、前記金属微粒子含有層が、金属微粒子と前記有機双安定化合物とを含む層であることを特徴とする。
【0013】
本発明のスイッチング素子によれば、第1電極層と有機双安定材料層との間に、金属微粒子を有機双安定材料中に添加した金属微粒子含有層を配置したので、金属微粒子の効果によって、金属微粒子分散層への第1電極20からの電荷注入のエネルギー障壁を低くできる。これによって、電荷注入についてのエネルギー的な障壁が解消されるとともに、金属微粒子での電界集中効果も合わせて、転移確率を増加させることができる。
【0014】
本発明においては、前記第1電極層より注入される電荷が、前記金属微粒子含有層を介して前記有機双安定材料層に注入され、前記金属微粒子含有層の前記第1電極層に対するエネルギー障壁が、前記有機双安定材料層の前記第1電極層に対するエネルギー障壁よりも低くなるように構成されていることが好ましい。
【0015】
これによれば、金属微粒子含有層の、第1電極層に対するエネルギー障壁は、有機双安定材料層の第1電極層に対するエネルギー障壁よりも低い。すなわち、第1電極層から有機双安定材料層への電荷が注入されやすくなるので、素子の転移確率を向上させることができる。
【0016】
また、本発明においては、前記金属微粒子含有層が、金属と前記有機双安定化合物との共蒸着によって形成されていることが好ましい。これによれば、蒸着によってナノオーダーの金属微粒子を容易に形成でき、これを前記有機双安定化合物と共蒸着することによって、金属微粒子と有機双安定化合物とを均一な層として形成できるので、素子の転移確率を更に向上させることができる。
【0017】
さらに、本発明においては、前記金属微粒子含有層が、前記金属微粒子と前記有機双安定化合物とを含む溶液の塗布によって形成されていることも好ましい。これによっても、金属微粒子と有機双安定化合物とを均一な層として形成でき、素子の転移確率を更に向上させることができる。
【0018】
また、本発明においては、前記有機双安定化合物が、下記構造式(I)で表される化合物であることが好ましい。
【0019】
【化2】

【0020】
(式(I)中、R〜Rは、水素原子、置換基を有してもよい炭素数1〜6のアルキル基、又は置換基を有してもよいアリール基を表し、R〜Rは同一又は異なっていてもよい。R、Rは、水素原子、置換基を有してもよい炭素数1〜6のアルキル基、置換基を有してもよいアリール基、又は置換基を有してもよい複素環を表し、R、Rは同一又は異なってもよい。また、Xは酸素又は硫黄を表す。)
これによれば、上記のキノメタン系化合物は、低いLUMO準位を持つため、第1電極からの電子注入が容易であるとともに、電子受容性の官能基であるキノン基を有するので、電子輸送性を備えるとともに、優れた双安定性を示し、本発明に好適に用いることができる。
【0021】
さらに、本発明においては、前記有機双安定化合物が、上記の構造式(I)で表される化合物の場合には、前記第1電極層がアルミニウムからなり、前記第2電極が金からなることが好ましい。これによれば、アルミウムは、電極材料のなかでも仕事関数の絶対値が低い、すなわち電子を放出しやすく、金は、電極材料のなかでも仕事関数の絶対値が高い、すなわち電子を放出し難いので、電荷の注入が起こりやすく、本発明における電極の組み合わせとして好適に用いることができる。
【0022】
また、本発明においては、前記有機双安定化合物が、上記の構造式(I)で表される化合物の場合には、前記金属微粒子がアルミニウムからなることが好ましい。これによれば、アルミニウムは、構造式(I)の化合物中で電子供与性の性格を持ち、エネルギー準位を相対的に低下させる方向に作用するので好適に用いられる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、有機双安定材料を電極間に配置したスイッチング素子において、転移確率を高くしてスイッチング特性を安定化できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明のスイッチング素子の一実施形態を示す概略構成図である。
【図2】実施例1のスイッチング素子のエネルギー準位を示す図である。
【図3】比較例1のスイッチング素子のエネルギー準位を示す図である。
【図4】実施例1におけるスイッチング素子の電流−電圧特性を示す図表である。
【図5】従来のスイッチング素子の電圧−電流特性の概念を示す図表である。
【符号の説明】
【0025】
10:基板
20a:第1電極層
20b:第2電極層
30:有機双安定材料層
40:金属微粒子含有層
51:高抵抗状態
52:低抵抗状態
Vth1:低閾値電圧
Vth2:高閾値電圧
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、図面を用いて本発明を詳細に説明する。図1は、本発明のスイッチング素子の一実施形態を示す概略構成図である。
【0027】
図1に示すように、このスイッチング素子は、基板10上に、第1電極層20a、金属微粒子含有層40、有機双安定材料層30、第2電極層20bが薄膜として順次積層された構成となっている。
【0028】
基板10としては特に限定されないが、従来公知のガラス基板等が好ましく用いられる。
【0029】
第1電極層20a、第2電極層20bとしては、アルミニウム、金、銀、ニッケル、鉄などの金属材料や、ITO、カーボン等の無機材料、共役系有機材料、液晶等の有機材料、シリコンなどの半導体材料などが適宜選択可能であり、特に限定されない。
【0030】
なかでも、後述する有機双安定材料層30における有機双安定化合物として、例えば、上記の構造式(I)のキノメタン系化合物を用いる場合には、金属微粒子含有層40に隣接して配置される第1電極層20aがアルミニウム電極であり、有機双安定材料層30に隣接して配置される第2電極層20bが金電極であることが好ましい。アルミニウムは、電極材料のなかでも仕事関数(WF)の絶対値が低い、すなわち電子を放出しやすく、金は、電極材料のなかでも仕事関数の絶対値が高い、すなわち電子を放出し難いので、電荷の注入が起こりやすく好適に用いることができる。
【0031】
ここで、第1電極層、第2電極層の仕事関数の絶対値とは、ある材料の表面から電子を取り去るのに必要最小限のエネルギーを意味し、電極材料に固有の値である。この仕事関数は大気中の光電子放出スペクトルにより測定することができる。仕事関数の絶対値が低い電極材料としてはアルミニウム以外に、リチウム、マグネシウム、カルシウム、銀等が挙げられ、仕事関数の絶対値が高い材料としては金以外に、クロム、白金、ITO等が挙げられる。
【0032】
第1電極層20a、第2電極層20bの形成方法としては、真空蒸着法等の従来公知の薄膜形成方法等が好ましく用いられ、特に限定されない。真空蒸着で薄膜を形成する場合、蒸着時の基板温度は、使用する電極材料によって適宜選択されるが0〜150℃が好ましい。また、各電極層の膜厚は50〜200nmが好ましい。
【0033】
次に、有機双安定材料層30に用いる有機双安定化合物としては、電荷を輸送するための官能基を有するものであり、一つの分子内に電子供与性の官能基と、電子受容性の官能基とを有する化合物を少なくとも含む化合物が望ましい。
【0034】
電子供与性の官能基としては、−SCH、−OCH、−NH、−NHCH、−N(CH等が挙げられ、電子受容性の官能基としては、−CN、NO、−CHO、−COCH、−COOC、−COOH、−Br、−Cl、−I、−OH、−F、=O等が挙げられるが、これに限定されるものでは無い。
【0035】
上記のように一つの分子内に電子供与性の官能基と、電子受容性の官能基とを有する化合物としては、例えばアミノイミダゾール系化合物、ジシアノ系化合物、ピリドン系化合物、スチリル系化合物、スチルベン系化合物、キノメタン系化合物、ブタジエン系化合物等の有機双安定化合物が挙げられるが、特にそれに限定されることはない。
【0036】
上記のうち、有機双安定化合物が、下記構造式(I)で表されるキノメタン化合物であることが好ましい。
【0037】
【化3】

【0038】
(式(I)中、R〜Rは、水素原子、置換基を有してもよい炭素数1〜6のアルキル基、又は置換基を有してもよいアリール基を表し、R〜Rは同一又は異なっていてもよい。R、Rは、水素原子、置換基を有してもよい炭素数1〜6のアルキル基、置換基を有してもよいアリール基、又は置換基を有してもよい複素環を表し、R、Rは同一又は異なってもよい。また、Xは酸素又は硫黄を表す。)
上記のキノメタン系化合物(I)は、例えば、下記に示すような反応式によって合成することができる。
【0039】
【化4】

【0040】
すなわち、化合物(I−a)及び化合物(I−b)と、化合物(I−c)とを、例えばn−ブチルリチウム等の適当な有機金属触媒で反応させ(I−d)、その後、保護基であるTMS(トリメチルシリル基)を取り去ることにより化合物(I−e)を合成して、更に、これを、例えば、p−トルエンスルホン酸等の触媒で脱水縮合することにより、キノメタン系化合物(I)を得ることができる。上記反応式中のTBAFはフッ化テトラブチルアンモニウムを表す。なお、上記の合成方法については、例えば、特願2002−27236号、特願2002−35570号に詳細に記載されている。
【0041】
上記のキノメタン系化合物としては、具体的には、例えば、下記の構造式(I−1)〜(I−18)で示される化合物が挙げられる。
【0042】
【化5】

【0043】
【化6】

【0044】
上記の有機双安定材料層30の形成方法としては、真空蒸着法、スピンコート法、電解重合法、化学蒸気堆積法(CVD法)、単分子膜累積法(LB法)、ディップ法、バーコート法、インクジェット法、スクリーン印刷法等の製法が用いられ特に限定されない。
【0045】
真空蒸着で有機双安定材料層30を形成する場合、蒸着時の基板温度は、使用する有機双安定材料によって適宜選択されるが0〜100℃が好ましい。また、膜厚は20〜150nmが好ましい。
【0046】
スピンコート法等の塗布で有機双安定材料層30を形成する場合、塗布溶剤として、例えば、ハロゲン系のジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロホルム、エーテル系のテトラヒドロフラン(THF)、エチレングリコールジメチルエーテル、芳香族のトルエン、キシレン、アルコール系のエチルアルコール、エステル系の酢酸エチル、酢酸ブチル、ケトン系のアセトン、MEK、アセトニトリル等を用いることができる。これらの溶剤中に0.001〜30質量%の範囲で有機双安定材料を溶解させ、また必要に応じてバインダー樹脂を加えて塗布液とする。バインダー樹脂としては、例えば、ポリカーボネート、ポリエステル、ポリビニールアルコール、ポリスチレン等が使用できる。スピンコート条件は目標膜厚に応じて適宜設定可能であるが、回転数200〜3600rpmの範囲が好ましい。
【0047】
次に、金属微粒子含有層40について説明する。本発明においては、第1電極層20aと有機双安定材料層30の間に、金属微粒子と、上記の有機双安定化合物とを含む金属微粒子含有層40を配置してなることを特徴としている。
【0048】
金属微粒子としては各種の金属材料が用いられ、例えばアルミニウム、金、銀、銅、白金、カルシウム、リチウム、もしくはロジウムなどが適宜選択可能であり、特に限定されないが、有機双安定化合物として上記の構造式(I)の化合物を用いる場合には、エネルギー準位の整合性の点からアルミニウムを用いることが好ましい。
【0049】
このようなナノオーダーレベルの金属の微粒子は、例えば、田中貴金属株式会社等から一般の市販品として容易に入手することができる。また、後述するような真空蒸着法によっても形成することができる。
【0050】
金属微粒子含有層40の形成方法としては、真空蒸着等によって金属微粒子と有機双安定化合物とを共蒸着することが好ましい。これにより、金属は蒸気化されるので、5〜20nmの金属微粒子を得ることができる。また、共蒸着によって、金属微粒子と有機双安定化合物との均一なハイブリッド薄膜を得ることができる。
【0051】
共蒸着は、従来公知の蒸着装置により、上記の有機双安定材料層30と同様の条件で行うことができ、基板温度は、使用する有機材料によって適宜選択されるが0〜150℃が好ましい。また、真空度は10−5torr以下の真空度で行うことが好ましい。また、共蒸着法における金属微粒子と有機層安定材料の体積比は10:1〜1:20の範囲が好ましい。また、膜厚は3〜200nmが好ましい。
【0052】
また、金属微粒子含有層40は、上記の有機双安定材料層30と同様の条件で、スピンコート等の塗布によっても形成してもよい。この場合、塗布溶剤としては、特に微粒子として白金、ロジウム等の金属を用いる場合は、当該材料の分散が容易なアルコール系のエチルアルコール、メチルアルコール、プロピルアルコール、グリコール系のエチレングリコール、THF、エチレングリコールジメチルエーテル、もしくは純水が好ましい。
【0053】
この塗布溶剤中に、0.001〜30質量%の範囲で有機双安定材料を溶解させ、さらに、上記の金属微粒子を0.001〜30質量%の範囲で分散させる。また、必要に応じてバインダー樹脂を加えて塗布液とする。バインダー樹脂としては、例えば、ポリカーボネート、ポリエステル、ポリビニールアルコール、ポリスチレン等が使用できる。スピンコート条件は目標膜厚に応じて適宜設定可能であるが、回転数200〜3600rpmの範囲が好ましい。また、膜厚は3〜200nmが好ましい。
【0054】
以上の方法で形成された、本発明のスイッチング素子においては、前記第1電極層より注入される電荷が、前記金属微粒子含有層を介して前記有機双安定材料層に注入され、前記金属微粒子含有層の前記第1電極層に対するエネルギー障壁が、前記有機双安定材料層の前記第1電極層に対するエネルギー障壁よりも低くなるように構成されていることが好ましい。
【0055】
具体的には、電荷が電子によって輸送される場合には、第1電極層20aの仕事関数の絶対値|WF|、有機双安定材料層30の最低非占有軌道準位の絶対値|LUMOOR|、金属微粒子含有層40の最低非占有軌道準位の絶対値|LUMOME|が以下の関係式(A)及び(B)を満たすように構成されていることが好ましい。
【0056】
|LUMOME|−|LUMOOR|<|WF|−|LUMOOR’|・・・(A)
|WF|−|LUMOME|<|WF|−|LUMOOR’| ・・・(B)
(ここで、|LUMOOR’|は、第1電極層と有機双安定材料層とを直接積層した場合における、有機双安定材料層の最低非占有軌道準位の絶対値を表す。)
また、電荷が正孔によって輸送される場合には、第1電極層20aの仕事関数の絶対値|WF|、有機双安定材料層30の最高占有軌道準位の絶対値|HOMOOR|、金属微粒子含有層40の最高占有軌道準位の絶対値|HOMOME|が以下の関係式(A’)及び(B’)を満たすように構成されていることが好ましい。
【0057】
|HOMOOR|−|HOMOME|<|HOMOOR’|−|WF|・・・(A’)
|HOMOME|−|WF|<|HOMOOR’|−|WF| ・・・(B’)
(ここで、|HOMOOR’|は、第1電極層と有機双安定材料層とを直接積層した場合における、有機双安定材料層の最高占有軌道準位の絶対値を表す。)
ここで、第1電極層20aの仕事関数の絶対値|WF|は大気中の光電子放出スペクトルにより測定することができる値である。
【0058】
また、|LUMOOR|、|LUMOME|、|LUMOOR’|、及び|HOMOOR|、|HOMOME|、|HOMOOR’|は大気中の光電子放出スペクトルにより得られるイオン化ポテンシャルと、光吸収スペクトルにより得られるバンドギャップとから電子親和力を得、これをケルビン法等により得られる各層間の真空準位シフトで補正することによって測定できる。
【0059】
上記のスイッチング素子において、素子の転移確率が高くなるメカニズムは未だ不明の点を残しているが以下のように推定される。
【0060】
一般に、金属微粒子のエネルギー準位は、単一原子についてイオン化ポテンシャルと電子親和力が得られている(例えば日本化学会編「化学便覧 基礎編II」丸善1994年)。
【0061】
また、原子が集合したクラスターについては集合原子数の増加とともに徐々にバルクの仕事関数(WF)へ移行することが知られている。即ち、金属のクラスター径をD(nm)とすると近似的に下記の式が成り立つ(菅野暁編「新しいクラスターの科学」講談社2002年)。
【0062】
IP(イオン化ポテンシャル)(eV)=WF−1.04/D
EA(電子親和力)(eV)=WF+1.80/D
このような金属微粒子を有機双安定材料中に添加することにより、金属微粒子の効果によって金属微粒子分散層40への第1電極20aからの電荷注入のエネルギー障壁を低くする。これにより、電荷注入についてのエネルギー的な障壁が解消されるとともに、金属微粒子での電界集中効果も合わせて、転移確率が増加するものと推定される。
【0063】
すなわち、金属微粒子の分散によって、金属粒子の凹凸による電界集中を利用した転移電圧のばらつき抑制効果に加えて、金属微粒子の電気的特性を利用し、フェルミ準位のシフトによって転移確率を向上させることができると考えられる。
【実施例】
【0064】
以下、実施例を用いて、本発明のスイッチング素子について更に詳細に説明する。
【0065】
実施例1
以下の手順で、図1に示すような構成のスイッチング素子を作成した。すなわち、基板10としてガラス基板を用い、第1電極層20a、金属微粒子含有層40、有機双安定材料層30、第2電極層20bを、真空蒸着法により順次薄膜形成し、実施例1のスイッチング素子を形成した。
【0066】
各層の蒸着源は、材料第1電極層20aとしてアルミニウム、第2電極層20bとして金を用い、有機双安定材料層30として、下記の構造式(I−1)で表されるキノメタン化合物を用いた。また、金属微粒子含有層40は、アルミニウムと構造式(II)のキノメタン化合物とを、体積比率3:1で共蒸着することにより形成した。
【0067】
蒸着は抵抗加熱方式により行ない、蒸着装置は拡散ポンプ排気で、3×10−6torrの真空度で行なった。
【0068】
【化7】

【0069】
実施例2
金属微粒子含有層40の厚さを15nmとした以外は、実施例1と同じ条件で実施例2のスイッチング素子を得た。
【0070】
実施例3
キノメタン系化合物として、下記の構造式(I−5)の化合物を用い、各蒸着層の厚さとして、第1電極層20a、金属微粒子含有層40、有機双安定材料層30、第2電極層20bをそれぞれ100nm、20nm、60nm、100nmの厚さとなるように成膜した以外は、実施例1と同一の条件で成膜して、実施例3のスイッチング素子を得た。
【0071】
【化8】

【0072】
実施例4
キノメタン系化合物として、下記の構造式(I−6)の化合物を用い、各蒸着層の厚さとして、各蒸着層の厚さを、第1電極層20a、金属微粒子含有層40、有機双安定材料層30、第2電極層20bをそれぞれ100nm、30nm、80nm、100nmの厚さとなるように成膜した以外は、実施例1と同一の条件で成膜して、実施例4のスイッチング素子を得た。
【0073】
【化9】

【0074】
比較例1
金属微粒子含有層40を形成せず、第1電極層20a、有機双安定材料層30、第2電極層20bの順に形成した以外は、実施例1と同一の条件で成膜して、比較例1のスイッチング素子を得た。
【0075】
比較例2
金属微粒子含有層40を形成せず、第1電極層20a、有機双安定材料層30、第2電極層20bの順に形成した以外は、実施例3と同一の条件で成膜して、比較例2のスイッチング素子を得た。
【0076】
試験例1
実施例1、比較例1のスイッチング素子について、エネルギー準位の測定を行った(単位:eV)。その結果を表1、図2、3にそれぞれ示す。なお、各層のWF(仕事関数の絶対値)および最低非占有軌道準位(LUMO準位)は、大気中光電子放出スペクトル法(理研計器社製AC−1)とケルビン法(理研計器社製FAC−1)により測定した。
【0077】
【表1】

【0078】
表1、図2の実施例1においては、金属微粒子含有層40において、有機材料の電子伝導帯のエネルギー準位であるLUMO準位が、アルミ微粒子の分散によって低下している。この原因は、一般に、例えばドナー性(電子供与性)の不純物が電子親和力準位の近くに導入されるとフェルミ準位が電子親和力側にシフトし、フェルミ準位は隣接する層と一致するので、その結果、全体のエネルギー準位が低下するものと推定される。すなわち、アルミ微粒子は、有機双安定材料層30に対してはドナー性(電子供与性)の不純物として作用し、LUMO準位が低下したものと考えられる。
【0079】
したがって、実施例1のスイッチング素子においては、キノメタン化合物(II)は電子輸送性の化合物であるので、第1電極20aをアースとし、第2電極20bをプラスバイアスとしたときに、第1電極20aより金属微粒子含有層40を介して有機双安定材料層30に電子が注入されて双安定特性が得られる。
【0080】
また、図2において、金属微粒子含有層40から有機双安定材料層30へのエネルギー障壁は、図3における電極21aから有機双安定材料層30へのエネルギー障壁よりも低く抑制されている。この理由は金属微粒子含有層40に有機双安定材料層30と同じ有機双安定材料が含有されているためと考えられる。
【0081】
一方、図3に示すように、比較例1においては、有機双安定材料層30のエネルギー準位(LUMO準位)は第1電極20aより高く、電子は容易に有機双安定材料層30へは注入されないことがわかる。
【0082】
試験例2
上記の実施例1〜4、比較例1、2のスイッチング素子各50個について、第1電極20aをアースとし、第2電極20bをプラスバイアスとしたときの電流−電圧特性を室温環境で測定し、転移確率と図5における閾値電圧であるVth2の値を得た。その結果を表1に示す。また、図4には、実施例1のスイッチング素子についての電流−電圧特性を示す。
【0083】
【表2】

【0084】
表2の結果より、実施例においては比較例に比べて転移確率の大幅な増加が認められることがわかる。また、図4より、実施例1においては、低抵抗状態/高抵抗状態の比として約1000以上の値が得られており、双安定特性として良好な結果が得られていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明のスイッチング素子は、有機ELや液晶等を用いたディスプレーパネルの駆動用スイッチング素子や、高密度メモリ等に好適に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2つの電極間に、印加される電圧に対して2種類の安定な抵抗値を持つ有機双安定化合物を含む有機双安定材料層を配置してなるスイッチング素子であって、第1電極層、金属微粒子含有層、有機双安定材料層、第2電極層の順に薄膜として形成され、前記金属微粒子含有層が、金属微粒子と前記有機双安定化合物とを含む層であることを特徴とするスイッチング素子。
【請求項2】
前記第1電極層より注入される電荷が、前記金属微粒子含有層を介して前記有機双安定材料層に注入され、前記金属微粒子含有層の前記第1電極層に対するエネルギー障壁が、前記有機双安定材料層の前記第1電極層に対するエネルギー障壁よりも低くなるように構成されている請求項1に記載のスイッチング素子。
【請求項3】
前記金属微粒子含有層が、金属と前記有機双安定化合物との共蒸着によって形成されている請求項1又は2に記載のスイッチング素子。
【請求項4】
前記金属微粒子含有層が、前記金属微粒子と前記有機双安定化合物とを含む溶液の塗布によって形成されている請求項1又は2に記載のスイッチング素子。
【請求項5】
前記有機双安定化合物が、下記構造式(I)で表される化合物である請求項1〜4のいずれか1つに記載のスイッチング素子。
【化1】

(式(I)中、R〜Rは、水素原子、置換基を有してもよい炭素数1〜6のアルキル基、又は置換基を有してもよいアリール基を表し、R〜Rは同一又は異なっていてもよい。R、Rは、水素原子、置換基を有してもよい炭素数1〜6のアルキル基、置換基を有してもよいアリール基、又は置換基を有してもよい複素環を表し、R、Rは同一又は異なってもよい。また、Xは酸素又は硫黄を表す。)
【請求項6】
前記第1電極層がアルミニウムからなり、前記第2電極が金からなる請求項5に記載のスイッチング素子。
【請求項7】
前記金属微粒子がアルミニウムからなる請求項5又は6に記載のスイッチング素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【国際公開番号】WO2005/018009
【国際公開日】平成17年2月24日(2005.2.24)
【発行日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−513177(P2005−513177)
【国際出願番号】PCT/JP2004/011604
【国際出願日】平成16年8月12日(2004.8.12)
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】