説明

セタン価推定装置

【課題】セタン価以外の燃料性状の相異に起因する推定誤差を小さく抑えてセタン価を精度よく推定することのできるセタン価推定装置を提供する。
【解決手段】この装置は、目標燃料噴射時期TQstaおよび目標燃料噴射時間TQtmaに基づく燃料噴射を実行するとともに(S205)、その実行に伴い発生するディーゼル機関の出力トルクの指標値(回転変動量ΣΔNE)を算出し(S206)、回転変動量ΣΔNEに基づいて推定セタン価を算出する(S207)。燃料噴射時における燃料噴射弁内部の燃料圧力を燃料センサによって検出するとともに、その検出した燃料圧力の変動波形に基づいて補正項K1〜K3を算出する。燃料温度THQに基づいて補正項K4aを算出する(S203)。各補正項K1〜K3,K4aに基づき目標燃料噴射時期TQstaおよび目標燃料噴射時間TQtmaを補正する(S204)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディーゼル機関に供給された燃料のセタン価を推定するセタン価推定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ディーゼル機関では、燃料噴射弁によって燃焼室に噴射された燃料が、噴射されてから所定の時間(いわゆる着火遅れ)が経過した後に圧縮着火される。ディーゼル機関の出力性能やエミッション性能の向上を図るために、そうした着火遅れを考慮した上で、燃料噴射についての噴射時期や噴射量などといった機関制御の実行態様を制御する制御装置が広く採用されている。
【0003】
ディーゼル機関では、使用される燃料のセタン価が低いときほどその着火遅れが長くなる。そのため、例えばディーゼル機関の出荷時において標準的なセタン価の燃料が用いられる状況を想定して機関制御の実行態様を設定したとしても、冬期燃料等、セタン価が相対的に低い燃料が燃料タンクに補給された場合には燃料の着火時期が遅くなるとともにその燃焼状態が悪化するようになり、場合によっては失火が発生してしまう。
【0004】
こうした不都合の発生を抑えるためには、燃焼室に噴射される燃料の実際のセタン価に基づいて機関制御の実行態様を補正することが望ましい。そして、そうした補正を好適に行うためには、燃料のセタン価を正確に推定することが必要になる。
【0005】
従来、特許文献1には、燃料噴射弁から少量の燃料を噴射するとともにその燃料噴射に伴い発生した機関トルクに基づいて燃料のセタン価を推定する装置が提案されている。この特許文献1に記載の装置では、ディーゼル機関の燃料噴射量と出力トルクとの関係が燃料のセタン価に応じて変化することに着目して、各別に検出した燃料噴射量と出力トルクとの関係をもとに燃料のセタン価が推定される。なお特許文献1に記載の装置では、圧力センサによって燃料圧力が検出されるとともに、その検出した燃料圧力の変動波形に基づいて燃料噴射弁から噴射された燃料の量が検出される。また、ディーゼル機関の出力軸の回転速度(機関回転速度)の変動態様に基づいて燃料噴射に伴う出力トルクの発生分が検出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−74499号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、燃料噴射弁の閉弁動作時においては燃料が噴出している噴射孔を塞ぐように弁体が移動するため、同弁体とその弁座との間隙を通過する燃料が同弁体の噴射孔側への移動を妨げるように作用する。そのため、燃料の動粘度が高いときほど同弁体の移動速度、すなわち燃料噴射弁の閉弁速度が遅くなる。したがって、一定量の燃料を噴射するべく予め定められた態様で燃料噴射弁の駆動制御を実行した場合であっても、実際に噴射される燃料の量は燃料の動粘度に応じて異なる量になってしまう。
【0008】
また、燃料圧力が変動した場合にその変動波が伝播する速度は燃料の体積弾性係数が高いときほど速くなる。そのため、燃料噴射弁内部の実燃料圧力の変化に伴い変化する燃料圧力の変動態様を圧力センサによって検出する場合、同燃料噴射弁の開弁動作や閉弁動作に伴う燃料圧力の変動波が圧力センサの配設位置に到達するまでの時間が燃料の体積弾性係数によって変化するようになる。したがって、特許文献1に記載の装置のように、圧力センサにより検出される燃料圧力の変動態様をもとに燃料噴射量を検出する装置では、燃料噴射弁から一定量の燃料が噴射された場合であっても、検出される燃料噴射量が燃料の体積弾性係数に応じて異なる量になってしまう。
【0009】
こうしたことから、特許文献1に記載の装置において検出される燃料噴射量と出力トルクの発生分との関係は、燃料のセタン価に応じて変化することに加えて、燃料の動粘度や体積弾性係数などといったセタン価以外の燃料性状によっても変化するようになると云える。したがって、特許文献1に記載の装置において、単に燃料噴射量と出力トルクの発生分との関係に基づいて燃料のセタン価を推定しても、その推定精度がセタン価以外の燃料性状の相異に起因して低下することは避けられない。
【0010】
また、発明者らが燃料のセタン価や動粘度、体積弾性係数を測定するべく各種の実験を行った結果、それらセタン価、動粘度、および体積弾性係数に相関がないことが確認された。そのため、燃料の動粘度や体積弾性係数のみを推定パラメータとして用いて燃料のセタン価の推定を行うことはできないと云える。
【0011】
本発明は、そうした実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、セタン価以外の燃料性状の相異に起因する推定誤差を小さく抑えてセタン価を精度よく推定することのできるセタン価推定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
以下、上記目的を達成するための手段及びその作用効果について説明する。
本発明では、ディーゼル機関への燃料噴射が目標燃料噴射量に基づき実行されるとともに、その燃料噴射の実行に伴い発生するディーゼル機関の出力トルクの指標値が算出される。そして、燃料噴射量が一定であるとの仮定のもとで、上記出力トルクの指標値に基づいて燃料のセタン価が推定される。
【0013】
燃料噴射弁内部の燃料圧力は、燃料噴射弁の開弁に伴って低下するとともにその後における同燃料噴射弁の閉弁に伴って上昇するといったように、燃料噴射弁の開閉動作に伴い変動する。このことから、燃料の動粘度のばらつきに起因して燃料噴射弁の動作速度が変化すると、その変化が燃料噴射の実行時における燃料噴射弁内部の燃料圧力の変動波形の変化として現われるようになると云える。
【0014】
この点、請求項1に記載の発明では、燃料噴射時における燃料噴射弁内部の実燃料圧力の変化に伴い変化する燃料圧力が圧力センサによって検出されるとともに、その検出した燃料圧力の変動波形に基づいて燃料噴射弁の実動作特性(例えば、燃料噴射弁の開弁動作が開始される時期や閉弁動作が開始される時期など)が算出される。そして、その実動作特性と予め定められた基本動作特性との差に基づいて目標燃料噴射量が補正される。これにより、燃料噴射弁の実動作特性と基本動作特性とのずれを抑えることができるようになるため、燃料の動粘度のばらつきに起因する噴射量誤差を好適に抑えることができるようになる。
【0015】
したがって請求項1に記載の発明によれば、燃料の動粘度のばらつきに起因して燃料噴射弁の動作速度が変化するとはいえ、これに伴う実燃料噴射量の誤差を好適に抑えることができるようになる。そのため、精度よく調節された量の燃料を燃料噴射弁から噴射するとともに、その結果得られたディーゼル機関の出力トルクの指標値をもとに、燃料のセタン価を精度よく推定することができるようになる。
【0016】
燃料噴射弁からの燃料噴射を実行すると燃料噴射弁内部の燃料圧力が一時的に低下するために、このときの燃料圧力の変動波形を監視することにより、燃料噴射弁の実動作特性を精度良く把握することができる。
【0017】
請求項2に記載の発明では、そうした燃料噴射弁の実動作特性が、圧力センサによって検出された燃料噴射時における燃料圧力の変動波形に基づき算出される。そして、その実動作特性と予め定められた基本動作特性との差に基づいて目標燃料噴射量が補正される。これにより、燃料噴射弁の実動作特性と基本動作特性とのずれを抑えることができるようになるため、燃料噴射弁の動作特性のばらつきに起因する噴射量誤差を好適に抑えることができるようになる。
【0018】
燃料の体積弾性係数にばらつきが生じると、これによる燃料圧力の変動波の伝播速度のばらつきに起因して燃料噴射弁内部の燃料圧力についての実際の変動波形と圧力センサにより検出される変動波形との関係が相異するようになる。そのため、そうした燃料圧力の検出波形に基づいて目標燃料噴射量を補正した場合に、これが実燃料噴射量に誤差を生じさせる一因となってしまう。燃料の体積弾性係数は燃料温度に応じて変化するため、そうした燃料の体積弾性係数のばらつきに起因する実燃料噴射量の誤差分は、燃料温度によって把握することができると云える。
【0019】
この点、請求項2に記載の発明では、圧力センサにより検出された燃料圧力をもとに算出した燃料噴射弁の実動作特性と基本動作特性との差に基づいて目標燃料噴射量が補正されることに加えて、温度センサにより検出される燃料温度に基づいて目標燃料噴射量が補正される。そのため、燃料の体積弾性係数のばらつきに起因して実際の燃料圧力の変動波形と圧力センサにより検出される燃料圧力の変動波形との関係が相異するようになるとはいえ、その相異による実燃料噴射量の誤差を好適に抑えることができるようになる。
【0020】
したがって請求項2に記載の発明によれば、燃料の体積弾性係数の相異に起因する噴射量誤差と小さく抑えることができる。そのため、精度よく調節された量の燃料を燃料噴射弁から噴射するとともに、その結果得られたディーゼル機関の出力トルクの指標値をもとに、燃料のセタン価を精度よく推定することができるようになる。
【0021】
請求項3に記載の発明では、燃料噴射時における燃料噴射弁内部の実燃料圧力の変化に伴い変化する燃料圧力が圧力センサによって検出されるとともに、その検出した燃料圧力の変動波形に基づいて目標燃料噴射量が補正される。そのため、燃料の動粘度のばらつきに起因して燃料噴射弁の動作速度が変化するとはいえ、これに伴う実燃料噴射量の誤差を好適に抑えることができるようになる。しかも、温度センサにより検出される燃料温度に基づいて目標燃料噴射量が補正されるため、燃料の体積弾性係数のばらつきに起因して実際の燃料圧力の変動波形と圧力センサにより検出される燃料圧力の変動波形との関係が相異するようになるとはいえ、その相異による実燃料噴射量の誤差を好適に抑えることができるようになる。
【0022】
このように請求項3に記載の発明によれば、燃料の動粘度の相異に起因する噴射量誤差と燃料の体積弾性係数の相異に起因する噴射量誤差とを共に小さく抑えることができる。そのため、精度よく調節された量の燃料を燃料噴射弁から噴射するとともに、その結果得られたディーゼル機関の出力トルクの指標値をもとに、燃料のセタン価を精度よく推定することができるようになる。
【0023】
請求項4に記載の発明では、燃料噴射弁の実動作特性が、圧力センサによって検出された燃料噴射時における燃料圧力の変動波形に基づき算出される。そして、その実動作特性と予め定められた基本動作特性との差に基づいて目標燃料噴射量が補正される。これにより、燃料噴射弁の実動作特性と基本動作特性とのずれを抑えることができるようになるため、燃料の動粘度のばらつきに起因する噴射量誤差を好適に抑えることができるようになる。
【0024】
請求項5に記載の発明によれば、温度センサが燃料噴射弁に取り付けられるために、燃料噴射弁から離れた位置(燃料タンクなど)に設けられた温度センサによって燃料温度を検出する構成と比較して、実際に噴射された燃料の温度に近い温度を検出して目標燃料噴射量の補正に用いることができる。そのため、実際に噴射される燃料の体積弾性係数に応じたかたちで精度よく目標燃料噴射量を補正することができるようになる。
【0025】
請求項6に記載の発明では、目標燃料噴射量に基づく燃料噴射の実行開始直前における燃料温度が温度センサによって検出されるとともに、その検出された燃料温度に基づいて前記温度補正手段による目標燃料噴射量の補正が実行される。これにより、実際に燃料が噴射されたタイミングに近いタイミングで燃料温度を検出することができるため、実際に噴射された燃料の温度に近い温度を検出して目標燃料噴射量の補正に用いることができる。そのため、実際に噴射される燃料の体積弾性係数に応じたかたちで精度よく目標燃料噴射量を補正することができるようになる。
【0026】
請求項7に記載の発明では、圧力センサが燃料噴射弁に取り付けられる。これにより、燃料噴射弁から離れた位置に設けられた圧力センサによって燃料圧力が検出される装置と比較して、燃料噴射弁の噴射孔に近い部位の燃料圧力を検出することができるようになるため、開閉動作に伴う燃料噴射弁内部の燃料圧力の変動波形を精度良く検出することができるようになる。そのため請求項7に記載の発明によれば、そのときどきの燃料の動粘度に見合う変動波形を圧力センサによって検出することができるようになり、同変動波形に基づいて目標燃料噴射量を適正に補正することができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明を具体化した第1の実施の形態にかかるセタン価推定装置の概略構成を示す略図。
【図2】燃料噴射弁の断面構造を示す断面図。
【図3】燃料圧力の推移と燃料噴射率の検出時間波形との関係を示すタイムチャート。
【図4】補正処理の実行手順を示すフローチャート。
【図5】検出時間波形と基本時間波形との関係の一例を示すタイムチャート。
【図6】検出時間波形と基本時間波形との関係の一例を示すタイムチャート。
【図7】燃焼室内の温度と機関回転速度との関係の一例を示すタイムチャート。
【図8】回転変動量と実行時回転速度と燃料のセタン価との関係を示すグラフ。
【図9】回転変動量と実行時回転速度と燃料噴射の実行時期との関係を示すグラフ。
【図10】第1の実施の形態にかかる推定制御処理の実行手順を示すフローチャート。
【図11】回転変動量の算出方法を説明する説明図。
【図12】回転変動量と実行時回転速度と燃料のセタン価との関係を示すグラフ。
【図13】本発明を具体化した第2の実施の形態にかかる推定制御処理の実行手順を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0028】
(第1の実施の形態)
以下、本発明を具体化した第1の実施の形態にかかるセタン価推定装置について説明する。
【0029】
図1に、本実施の形態にかかるセタン価推定装置の概略構成を示す。
同図1に示すように、ディーゼル機関10の気筒11には吸気通路12が接続されている。ディーゼル機関10の気筒11内には吸気通路12を介して空気が吸入される。なお、このディーゼル機関10は駆動源として車両に搭載されている。また、このディーゼル機関10としては複数(本実施の形態では四つ[♯1〜♯4])の気筒11を有するものが採用されている。ディーゼル機関10には、気筒11毎に、同気筒11内に燃料を直接噴射する直噴タイプの燃料噴射弁20が取り付けられている。この燃料噴射弁20の開弁駆動によって噴射された燃料はディーゼル機関10の気筒11内において圧縮加熱された吸入空気に触れて着火および燃焼する。そしてディーゼル機関10では、気筒11内における燃料の燃焼に伴い発生するエネルギによってピストン13が押し下げられてクランクシャフト14が強制回転されるようになる。ディーゼル機関10の気筒11において燃焼した燃焼ガスは排気としてディーゼル機関10の排気通路15に排出される。
【0030】
ディーゼル機関10には排気駆動式の過給器16が設けられている。この過給器16は、ディーゼル機関10の吸気通路12に取り付けられたコンプレッサ17と排気通路15に取り付けられたタービン18とを備えている。この過給器16により、ディーゼル機関10の排気通路15を通過する排気のエネルギを利用して吸気通路12を通過する吸入空気が圧送されるようになっている。
【0031】
各燃料噴射弁20は分岐通路31aを介してコモンレール34に各別に接続されており、同コモンレール34は供給通路31bを介して燃料タンク32に接続されている。この供給通路31bには、燃料を圧送する燃料ポンプ33が設けられている。本実施の形態では、燃料ポンプ33による圧送によって昇圧された燃料がコモンレール34に蓄えられるとともに各燃料噴射弁20の内部に供給される。また、各燃料噴射弁20にはリターン通路35が接続されており、同リターン通路35はそれぞれ燃料タンク32に接続されている。このリターン通路35を介して燃料噴射弁20内部の燃料の一部が燃料タンク32に戻される。
【0032】
以下、燃料噴射弁20の内部構造について説明する。
図2に、燃料噴射弁20の断面構造を示す。
同図2に示すように、燃料噴射弁20のハウジング21の内部にはニードル弁22が設けられている。このニードル弁22はハウジング21内において往復移動(同図の上下方向に移動)することの可能な状態で設けられている。ハウジング21の内部には上記ニードル弁22を噴射孔23側(同図の下方側)に常時付勢するスプリング24が設けられている。またハウジング21の内部には、上記ニードル弁22を間に挟んで一方側(同図の下方側)の位置にノズル室25が形成されており、他方側(同図の上方側)の位置に圧力室26が形成されている。
【0033】
ノズル室25には、その内部とハウジング21の外部とを連通する噴射孔23が形成されており、導入通路27を介して上記分岐通路31a(コモンレール34)から燃料が供給されている。圧力室26には連通路28を介して上記ノズル室25および分岐通路31a(コモンレール34)が接続されている。また圧力室26は排出路30を介してリターン通路35(燃料タンク32)に接続されている。
【0034】
上記燃料噴射弁20としては電気駆動式のものが採用されており、そのハウジング21の内部には駆動信号の入力によって伸縮する圧電素子(例えばピエゾ素子)が積層された圧電アクチュエータ29が設けられている。この圧電アクチュエータ29には弁体29aが取り付けられており、同弁体29aは圧力室26の内部に設けられている。そして、圧電アクチュエータ29の作動による弁体29aの移動を通じて、連通路28(ノズル室25)と排出路30(リターン通路35)とのうちの一方が選択的に圧力室26に連通されるようになっている。
【0035】
この燃料噴射弁20では、圧電アクチュエータ29に閉弁信号が入力されると、圧電アクチュエータ29が収縮して弁体29aが移動し、連通路28と圧力室26とが連通された状態になるとともに、リターン通路35と圧力室26との連通が遮断された状態になる。これにより、圧力室26内の燃料のリターン通路35(燃料タンク32)への排出が禁止された状態で、ノズル室25と圧力室26とが連通されるようになる。そのため、ノズル室25と圧力室26との圧力差がごく小さくなり、ニードル弁22がスプリング24の付勢力によって噴射孔23を塞ぐ位置に移動して、このとき燃料噴射弁20は燃料が噴射されない状態(閉弁状態)になる。
【0036】
一方、圧電アクチュエータ29に開弁信号が入力されると、圧電アクチュエータ29が伸長して弁体29aが移動し、連通路28と圧力室26との連通が遮断された状態になるとともに、リターン通路35と圧力室26とが連通された状態になる。これにより、ノズル室25から圧力室26への燃料の流出が禁止された状態で、圧力室26内の燃料の一部がリターン通路35を介して燃料タンク32に戻されるようになる。そのため圧力室26内の燃料の圧力が低下して同圧力室26とノズル室25との圧力差が大きくなり、この圧力差によってニードル弁22がスプリング24の付勢力に抗して移動して噴射孔23から離れて、このとき燃料噴射弁20は燃料が噴射される状態(開弁状態)になる。
【0037】
燃料噴射弁20には、上記導入通路27の内部の燃料圧力PQに応じた信号を出力する燃料センサ41が一体に取り付けられている。そのため、例えばコモンレール34(図1参照)内の燃料圧力などの燃料噴射弁20から離れた位置の燃料圧力が検出される装置と比較して、燃料噴射弁20の噴射孔23に近い部位の燃料圧力を検出することができ、燃料噴射弁20の開弁に伴う同燃料噴射弁20の内部の燃料圧力の変化を精度良く検出することができる。なお、この燃料センサ41としては、圧力センサとして機能することに加えて、導入通路27の内部の燃料温度(THQ)を検出するための温度センサとしても機能するものが採用されている。燃料センサ41の機能の切り替えは、後述する電子制御ユニット40からの信号入力により行われる。また、上記燃料センサ41は各燃料噴射弁20に一つずつ、すなわちディーゼル機関10の気筒11毎に設けられている。
【0038】
図1に示すように、ディーゼル機関10には、その周辺機器として、運転状態を検出するための各種センサが設けられている。それらセンサとしては、上記燃料センサ41の他、例えば吸気通路12内における上記コンプレッサ17より吸気流れ方向下流側の部分の圧力(過給圧PA)を検出するための過給圧センサ42や、クランクシャフト14の回転位相(クランク角CA)および回転速度(機関回転速度NE)を検出するためのクランクセンサ43が設けられている。その他、ディーゼル機関10の冷却水の温度(THW)を検出するための水温センサ44や、燃料タンク32内の燃料の備蓄量を検出するための備蓄量センサ45、アクセル操作部材(例えばアクセルペダル)の操作量(アクセル操作量ACC)を検出するためのアクセルセンサ46、車両の走行速度を検出するための車速センサ47なども設けられている。
【0039】
またディーゼル機関10の周辺機器としては、例えばマイクロコンピュータを備えて構成された電子制御ユニット40なども設けられている。この電子制御ユニット40は各種センサの出力信号を取り込むとともにそれら出力信号をもとに各種の演算を行い、その演算結果に応じて燃料噴射弁20の作動制御(燃料噴射制御)などのディーゼル機関10の運転にかかる各種制御を実行する。
【0040】
本実施の形態の燃料噴射制御は、基本的には、以下のように実行される。
先ず、アクセル操作量ACCや機関回転速度NE、燃料のセタン価(詳しくは、後述する推定セタン価)などに基づいて、機関運転のための燃料噴射量についての制御目標値(目標噴射量TAU)が算出される。その後、目標噴射量TAUおよび機関回転速度NEに基づいて燃料噴射時期の制御目標値(目標噴射時期Tst)や燃料噴射時間の制御目標値(目標噴射時間Ttm)が算出される。そして、それら目標噴射時期Tstおよび目標噴射時間Ttmに基づいて各燃料噴射弁20の開弁駆動が実行される。これにより、そのときどきのディーゼル機関10の運転状態に見合う量の燃料が各燃料噴射弁20から噴射されてディーゼル機関10の各気筒11内に供給されるようになる。
【0041】
また本実施の形態では、そうした燃料噴射制御の実行に併せて、燃料ポンプ33の作動制御(レール圧制御)が実行される。このレール圧制御は、ディーゼル機関10の運転状態に応じたかたちでコモンレール34内の燃料圧力(レール圧)を調節するべく実行される。具体的には、目標噴射量TAUおよび機関回転速度NEに基づいて上記レール圧についての制御目標値(目標レール圧Tpr)が算出される。そして、この目標レール圧Tprと実際のレール圧とが一致するように燃料ポンプ33の作動が制御されてその燃料圧送量が調節される。
【0042】
さらに本実施の形態では、燃料噴射をディーゼル機関10の運転状態に応じたかたちで適正に実行するために、燃料センサ41により検出される燃料圧力PQをもとに燃料噴射率の検出時間波形を形成するとともに同検出時間波形に基づいて目標噴射時期Tstおよび目標噴射時間Ttmを補正する補正処理が実行される。この補正処理は、ディーゼル機関10の各気筒11について各別に実行される。以下、そうした補正処理について詳しく説明する。
【0043】
燃料噴射弁20内部の燃料圧力は、燃料噴射弁20の開弁に伴って低下するとともにその後における同燃料噴射弁20の閉弁に伴って上昇するといったように、燃料噴射弁20の開閉動作に伴い変動する。そのため、燃料噴射の実行時における燃料圧力の変動波形を監視することにより、燃料噴射弁20の実動作特性(例えば、開弁動作が開始される時期や閉弁動作が開始される時期など)を精度良く把握することができる。
【0044】
ここでは先ず、そうした燃料噴射の実行時における燃料圧力の変動波形(本実施の形態では、燃料噴射率の検出時間波形)を形成する手順について説明する。
図3に、燃料圧力PQの推移と燃料噴射率の検出時間波形との関係を示す。
【0045】
同図3に示すように、本実施の形態では、燃料噴射弁20の開弁動作(詳しくはニードル弁22の開弁側への移動)が開始される時期(開弁動作開始時期Tos)、燃料噴射率が最大になる時期(最大噴射率到達時期Toe)、燃料噴射率の降下が開始される時期(噴射率降下開始時期Tcs)、燃料噴射弁20の閉弁動作(詳しくはニードル弁22の閉弁側への移動)が完了する時期(閉弁動作完了時期Tce)がそれぞれ検出される。
【0046】
先ず、燃料噴射弁20の開弁動作が開始される直前の所定期間T1における燃料圧力PQの平均値が算出されるとともに、同平均値が基準圧力Pbsとして記憶される。この基準圧力Pbsは、閉弁時における燃料噴射弁20内部の燃料圧力に相当する圧力として用いられる。
【0047】
次に、この基準圧力Pbsから所定圧力P1を減算した値が動作圧力Pac(=Pbse−P1)として算出される。この所定圧力P1は、燃料噴射弁20の開弁駆動あるいは閉弁駆動に際してニードル弁22が閉弁位置にある状態であるにも関わらず燃料圧力PQが変化する分、すなわちニードル弁22の移動に寄与しない燃料圧力PQの変化分に相当する圧力である。
【0048】
その後、燃料噴射の実行開始直後において燃料圧力PQが降下する期間における同燃料圧力PQの一回微分値が算出される。そして、この一回微分値が最小になる点における燃料圧力PQの時間波形の接線L1が求められるとともに同接線L1と上記動作圧力Pacとの交点Aが算出される。この交点Aを燃料圧力PQの検出遅れ分だけ過去の時期に戻した点AAに対応する時期が開弁動作開始時期Tosとして特定される。なお上記検出遅れ分は、燃料噴射弁20のノズル室25(図2参照)の圧力変化タイミングに対する燃料圧力PQの変化タイミングの遅れに相当する期間であり、ノズル室25と燃料センサ41との距離などに起因して生じる遅れ分である。
【0049】
また、燃料噴射の実行開始直後において燃料圧力PQが一旦降下した後に上昇する期間における同燃料圧力PQの一回微分値が算出される。そして、この一回微分値が最大になる点における燃料圧力PQの時間波形の接線L2が求められるとともに同接線L2と上記動作圧力Pacとの交点Bが算出される。この交点Bを検出遅れ分だけ過去の時期に戻した点BBに対応する時期が閉弁動作完了時期Tceとして特定される。
【0050】
さらに、接線L1と接線L2との交点Cが算出されるとともに同交点Cにおける燃料圧力PQと動作圧力Pacとの差(仮想圧力低下分ΔP[=Pac−PQ])が求められる。また、この仮想圧力低下分ΔPに目標噴射量TAUおよび目標レール圧Tprに基づき設定されるゲインG1を乗算した値が仮想最大燃料噴射率VRt(=ΔP×G1)として算出される。さらに、この仮想最大燃料噴射率VRtに目標噴射量TAUおよび目標レール圧Tprに基づき設定されるゲインG2を乗算した値が最大噴射率Rt(=VRt×G2)として算出される。
【0051】
その後、上記交点Cを検出遅れ分だけ過去の時期に戻した時期CCが算出されるとともに、同時期CCにおいて仮想最大燃料噴射率VRtになる点Dが特定される。そして、この点Dおよび開弁動作開始時期Tos(詳しくは、同時期Tosにおいて燃料噴射率が「0」になる点)を繋ぐ直線L3と前記最大噴射率Rtとの交点Eに対応する時期が最大噴射率到達時期Toeとして特定される。
【0052】
また、上記点Dおよび閉弁動作完了時期Tce(詳しくは、同時期Tceにおいて燃料噴射率が「0」になる点)を繋ぐ直線L4と最大噴射率Rtとの交点Fに対応する時期が噴射率降下開始時期Tcsとして特定される。
【0053】
さらに、開弁動作開始時期Tos、最大噴射率到達時期Toe、噴射率降下開始時期Tcs、閉弁動作完了時期Tceおよび最大噴射率Rtによって形成される台形形状の時間波形が燃料噴射における燃料噴射率についての検出時間波形として用いられる。
【0054】
次に、図4〜図6を参照しつつ、そうした検出時間波形に基づいて燃料噴射制御の各種制御目標値を補正する処理(補正処理)の処理手順について詳細に説明する。
なお図4は上記補正処理の具体的な処理手順を示すフローチャートであり、同フローチャートに示される一連の処理は所定周期毎の割り込み処理として電子制御ユニット40により実行される。また、図5および図6は、検出時間波形と基本時間波形との関係の一例をそれぞれ示している。
【0055】
図4に示すように、この処理では先ず、上述したように燃料圧力PQに基づいて燃料噴射における検出時間波形が形成される(ステップS101)。また、アクセル操作量ACCおよび機関回転速度NEなどといったディーゼル機関10の運転状態に基づいて、燃料噴射における燃料噴射率の時間波形についての基本値(基本時間波形)が設定される(ステップS102)。本実施の形態では、ディーゼル機関10の運転状態と同運転状態に適した基本時間波形との関係が実験やシミュレーションの結果に基づき予め求められて電子制御ユニット40に記憶されている。ステップS102の処理では、そのときどきのディーゼル機関10の運転状態に基づいて上記関係から基本時間波形が設定される。なお本実施の形態では、上記検出時間波形が燃料噴射弁20の実動作特性として機能し、基本時間波形が予め定められた基本動作特性として機能する。
【0056】
図5に示すように、上記基本時間波形(一点鎖線)としては、開弁動作開始時期Tosb、最大噴射率到達時期Toeb、噴射率降下開始時期Tcsb、閉弁動作完了時期Tceb、最大噴射率により規定される台形の時間波形が設定される。
【0057】
そして、そうした基本時間波形と前記検出時間波形(実線)とが比較されるとともに、その比較結果に基づいて燃料噴射の開始時期の制御目標値(前記目標噴射時期Tst)を補正するための補正項K1と同燃料噴射の実行時間の制御目標値(目標噴射時間Ttm)を補正するための補正項K2,K3とがそれぞれ算出される。
【0058】
具体的には、基本時間波形における開弁動作開始時期Tosbと検出時間波形における開弁動作開始時期Tosとの差ΔTosが算出されるとともに(図4のステップS103)、同差ΔTosと目標噴射量TAUと機関回転速度NEとに基づいて補正項K1が算出されて記憶される(ステップS104)。本実施の形態では、上記差ΔTosおよび目標噴射量TAUおよび機関回転速度NEにより定まる状況と同差ΔTosを的確に補償することの可能な補正項K1との関係が実験やシミュレーションの結果に基づき予め求められて電子制御ユニット40に記憶されている。ステップS104の処理では、この関係に基づいて補正項K1が算出される。
【0059】
また、基本時間波形における噴射率降下開始時期Tcsb(図5)と検出時間波形における噴射率降下開始時期Tcsとの差ΔTcsが算出されるとともに(図4のステップS105)、同差ΔTcsと目標噴射量TAUと機関回転速度NEとに基づいて補正項K2が算出されて記憶される(ステップS106)。本実施の形態では、上記差ΔTcsおよび目標噴射量TAUおよび機関回転速度NEにより定まる状況と同差ΔTcsを的確に補償することの可能な補正項K2との関係が実験やシミュレーションの結果に基づき予め求められて電子制御ユニット40に記憶されている。ステップS106の処理では、この関係に基づいて補正項K2が算出される。
【0060】
図6に示すように、補正項K3の算出に際しては先ず、基本時間波形(一点鎖線)と検出時間波形(実線)との間における燃料噴射率の変化速度の差が算出される(ステップS107)。具体的には、開弁動作開始時期Tos(あるいはTosb)と最大噴射率到達時期Toe(あるいはToeb)とを繋ぐ線分の傾きの差ΔRupが燃料噴射率の上昇速度の差として算出される。また、噴射率降下開始時期Tcs(あるいはTcsb)と閉弁動作完了時期Tce(あるいはTcsb)とを繋ぐ線分の傾きの差ΔRdnが燃料噴射率の降下速度の差として算出される。本実施の形態では、それら差ΔRup,ΔRdnが基本時間波形および検出時間波形の面積差と相関の高い値として算出される。そして、それら差ΔRup,ΔRdnと目標噴射量TAUと機関回転速度NEとに基づいて補正項K3が算出されて記憶される(ステップS108)。本実施の形態では、上記各差ΔRup,ΔRdnおよび目標噴射量TAUおよび機関回転速度NEにより定まる状況と基本時間波形および検出時間波形の面積(詳しくは、同波形における燃料噴射率と燃料噴射率が「0」である線とによって囲まれる部分の面積)差を的確に補償することの可能な補正項K3との関係が実験やシミュレーションの結果に基づき予め求められて電子制御ユニット40に記憶されている。そして、ステップS108の処理では、この関係に基づいて補正項K3が算出される。
【0061】
このようにして各補正項K1,K2,K3が算出された後、本処理は一旦終了される。
燃料噴射制御の実行に際しては、目標噴射時期Tstを補正項K1によって補正した値(本実施の形態では、目標噴射時期Tstに補正項K1を加算した値)が最終的な目標噴射時期Tstとして算出される。このようにして目標噴射時期Tstを算出することにより、基本時間波形における開弁動作開始時期Tosbと検出時間波形における開弁動作開始時期Tosbとの間のずれが小さく抑えられるようになるため、燃料噴射の開始時期がディーゼル機関10の運転状態に応じたかたちで精度よく設定されるようになる。
【0062】
また、目標噴射時間Ttmを上記補正項K2,K3によって補正した値(本実施の形態では、目標噴射時間Ttmに補正項K2,K3を加算した値)が最終的な目標噴射時間Ttmとして算出される。このようにして目標噴射時間Ttmを算出することにより、基本時間波形における噴射率降下開始時期Tcsbと検出時間波形における噴射率降下開始時期Tcsとの間のずれが小さく抑えられるようになるために、燃料噴射において燃料噴射率が低下し始める時期がディーゼル機関10の運転状態に応じたかたちで精度よく設定されるようになる。
【0063】
本実施の形態では、燃料噴射弁20の実動作特性(詳しくは、検出時間波形)と予め定められた基本動作特性(詳しくは、基本時間波形)との差に基づいて目標噴射時期Tstや目標噴射時間Ttmが補正されるために、燃料噴射弁20の実動作特性と基本動作特性(標準的な特性を有する燃料噴射弁の動作特性)とのずれが抑えられるようになる。このようにして燃料噴射の実行時期と実行時間とがそれぞれディーゼル機関10の運転状態に見合うように適正に設定されるようになる。
【0064】
なお、仮に基本時間波形と検出時間波形との間で開弁動作開始時期と噴射率降下開始時期とが共に一致したとしても、基本時間波形と検出時間波形との間で燃料噴射率の上昇速度や下降速度が異なる場合には、基本時間波形の面積と検出時間波形の面積とが一致せずに、燃料噴射量がディーゼル機関10の運転状態に見合う量からずれる可能性がある。この点、本実施の形態では、上記補正項K3による補正によって基本時間波形および検出時間波形の面積差が小さく抑えられるようになるために、燃料噴射における燃料噴射量がディーゼル機関10の運転状態に見合う量に精度良く調節されるようになる。
【0065】
また、本実施の形態の装置では、前記レール圧制御が実行されるために、同一の値だけ目標噴射時期Tstを変更した場合における開弁動作開始時期の変化量や、同一の値だけ目標噴射時間Ttmを変更した場合における噴射率降下開始時期の変化量が前記レール圧に応じて異なったものとなる。本実施の形態では、各補正項K1,K2,K3の算出に用いる算出パラメータとして、上記レール圧(詳しくは、目標レール圧Tprの算出パラメータである目標噴射量TAUおよび機関回転速度NE)を採用している。そのため、そのときどきのレール圧に応じたかたちで各補正項K1,K2,K3が適正に算出されるようになる。
【0066】
本実施の形態にかかる装置では、燃料のセタン価を推定する制御(推定制御)が実行される。
この推定制御は基本的には次のように実行される。すなわち先ず、実行条件の成立時において、予め定められた所定量(例えば、数立方ミリメートル)での燃料噴射が実行されるとともに、その燃料噴射の実行に伴い発生するディーゼル機関10の出力トルクの指標値(後述する回転変動量ΣΔNE)が算出される。そして、この回転変動量ΣΔNEに基づいて燃料のセタン価が推定される。ディーゼル機関10に供給される燃料のセタン価が高いときほど、燃料が着火し易く同燃料の燃え残りが少なくなるために、燃料の燃焼に伴って発生する機関トルクが大きくなる。本実施の形態の推定制御では、そうした燃料のセタン価とディーゼル機関10の出力トルクとの関係をもとに同燃料のセタン価が推定される。
【0067】
ここで、所定量の燃料を噴射した場合において発生するディーゼル機関10の出力トルクは、燃料のセタン価に応じて変化することに加えて、機関回転速度NEによっても変化する。これは以下のような理由による。
【0068】
図7に、ディーゼル機関10の燃焼室11a内の温度(または圧力)と機関回転速度NEとの関係の一例を示す。同図7に示すように、機関回転速度NEが高くなると、燃焼室11a内が高温高圧の状態になる時間が短くなる。そのため上記推定制御において所定量での燃料噴射を実行した場合には機関回転速度NEが高いときほど、燃焼室11a内の温度や圧力が早期に低くなって燃料の燃え残りが生じやすい状況になるため、その燃料噴射に伴い発生するディーゼル機関10の出力トルクが小さくなり易い。
【0069】
図8に、噴射時期および噴射量が同一の状況のもとで燃料噴射を実行した場合における回転変動量ΣΔNEと機関回転速度NEと燃料のセタン価との関係を示す。同図8から明らかなように、噴射時期および噴射量が同一の状況のもとで燃料噴射を実行した場合には、実行時回転速度が高いときほど、ディーゼル機関10の出力トルク(詳しくは、その指標値である回転変動量ΣΔNE)が小さくなる。
【0070】
また、所定量の燃料を噴射した場合に発生するディーゼル機関10の出力トルクは、燃料のセタン価や機関回転速度NEに応じて変化することに加えて、同燃料噴射の実行時期によっても変化する。
【0071】
図9に、燃料のセタン価と燃料噴射量とが同一の状況のもとで燃料噴射を実行した場合における回転変動量ΣΔNEと実行時回転速度と同燃料噴射の実行時期との関係を示す。同図9に示すように、燃料噴射の実行時期が遅角側の時期であるときほど、燃料噴射に伴い発生するディーゼル機関10の出力トルク(詳しくは、その指標値である回転変動量ΣΔNE)が小さくなる。これは燃料噴射の実行時期が遅角側の時期であるときほど、燃焼室11a内の温度や圧力が低い状況で燃料が燃焼するようになって同燃料の燃え残りが多くなるためであると考えられる。
【0072】
このように本実施の形態の装置では、所定量での燃料噴射を実行した場合に、その実行時期が進角側の時期であるときほど、また実行時の機関回転速度NEが低いときほど、さらには燃料のセタン価が高いときほど、同燃料噴射に伴い発生するディーゼル機関10の出力トルクが大きくなる。
【0073】
この点をふまえて本実施の形態では、上記回転変動量ΣΔNEと推定制御による燃料噴射の実行時期と実行時回転速度との関係に基づいて燃料のセタン価を推定するようにしている。これにより、実行時回転速度の相違や燃料噴射の実行時期の相違に起因するディーゼル機関10の出力トルクの相違を見込んだかたちで燃料のセタン価の推定を実行することができるために、同セタン価を精度よく推定することができるようになる。
【0074】
以下、そうした推定制御の実行態様について具体的に説明する。
所定量での燃料噴射の実行に伴い発生するディーゼル機関10の出力トルクには上限(詳しくは、燃料の燃え残りが「0」のときの出力トルク)がある。上記出力トルクが上限になる領域は、機関回転速度NEが低い状況で上記燃料噴射が実行される領域や(図8参照)、進角側の時期において上記燃料噴射が実行される領域(図9参照)である。そうした領域においては、燃料のセタン価によることなくディーゼル機関10の出力トルクが上限になってしまうために、同出力トルク(詳しくは、回転変動量ΣΔNE)をもとに燃料のセタン価を判別することができない。
【0075】
また、所定量での燃料噴射の実行に伴い発生するディーゼル機関10の出力トルクには、そうした上限に加えて、下限(出力トルク=「0」)もある。上記出力トルクが下限になる領域は、機関回転速度NEが高い状況で上記燃料噴射が実行される領域や(図8参照)、遅角側の時期において上記燃料噴射が実行される領域(図9参照)である。この領域では、燃料のセタン価によることなく上記出力トルクが下限になってしまうために、同出力トルク(詳しくは、回転変動量ΣΔNE)に基づいて燃料のセタン価を判別することができない。
【0076】
こうしたことから、燃料のセタン価を精度よく推定するためには、ディーゼル機関10の出力トルクが上限になる領域や下限になる領域が少なくなるように、推定制御における燃料噴射を実行することが望ましい。
【0077】
図9から明らかなように、燃料噴射の実行時期を変更することにより、ディーゼル機関10の出力トルクが上限になる領域や下限になる領域が変化するようになる。こうした特性をふまえて本実施の形態にかかる推定制御では、機関回転速度NEに基づいて上記燃料噴射の実行時期の制御目標値(目標燃料噴射時期TQsta)を設定するとともに同目標燃料噴射時期TQstaにおいて同燃料噴射を実行するようにしている。この目標燃料噴射時期TQstaとしては詳しくは、機関回転速度NEが高いときほど進角側の時期が設定される。このように目標燃料噴射時期TQstaを設定することによって以下のような作用が得られる。
【0078】
上記実行時回転速度が高いとき、すなわち燃焼室11a内の圧力や温度の低下速度が高いときには同燃料噴射が早期に実行されるために、未燃燃料が多い状態で燃焼室11a内の圧力や温度が過度に低い状態になることが抑えられるようになる。そのため、燃料のセタン価によることなく噴射燃料の燃え残り分が多くなってしまうような状況になることを抑えることができ、ディーゼル機関10の出力トルク(詳しくは、上記回転変動量ΣΔNE)が過度に小さくなることを抑えることができる。
【0079】
しかも、上記実行時回転速度が低いとき、すなわち燃焼室11a内の圧力や温度の低下速度が低いときには同燃料噴射が遅い時期において実行されるために、燃焼室11a内の圧力や温度が必要以上に高い状態で噴射燃料が燃焼する状況になることが抑えられるようになる。そのため、燃料のセタン価によることなく噴射燃料の全てが燃焼してしまうような状況になることを抑えることができ、ディーゼル機関10の出力トルク(詳しくは、上記回転変動量ΣΔNE)が過度に大きくなることを抑えることができる。
【0080】
このように本実施の形態にかかる推定制御では、ディーゼル機関10の出力トルクがその上限や下限になりにくい実行領域において燃料噴射が実行されるように、機関回転速度NEに応じたかたちで同燃料噴射の実行時期(目標燃料噴射時期TQsta)を設定することができる。これにより、上記回転変動量ΣΔNEが燃料のセタン価に応じたかたちで比較的広い幅をもって変化するようになるために、同回転変動量ΣΔNEをもとに燃料のセタン価を精度よく推定することができるようになる。
【0081】
なお、同一の実行時期および噴射量で燃料噴射を実行した場合であっても、ディーゼル機関10の燃焼室11a内の温度の最大値(ピーク温度)や圧力の最大値(ピーク圧力)が低いときほど同燃焼室11a内が高温高圧の状態になる時間が短くなるために、燃料噴射に伴い発生するディーゼル機関10の出力トルクが小さくなる。本実施の形態の推定制御では、ディーゼル機関10の出力トルクの指標値(具体的には、回転変動量ΣΔNE)に基づいて燃料のセタン価が推定されるために、そうした出力トルクの相違がセタン価の推定精度を低下させる一因となってしまう。
【0082】
この点をふまえて本実施の形態では、上記目標燃料噴射時期TQstaの設定に用いる設定パラメータとして、上記機関回転速度NEに加えて、冷却水温度THWと過給圧PAとを用いるようにしている。具体的には、冷却水温度THWがディーゼル機関10の燃焼室11a内の温度のピーク値の指標となる値として用いられるとともに、過給圧PAが燃焼室11a内の圧力のピーク値の指標となる値として用いられる。そして、冷却水温度THWが低いときほど燃焼室11a内のピーク温度が低いとして、また過給圧PAが低いときほど燃焼室11aのピーク圧力が低いとして、目標燃料噴射時期TQstaが進角側の時期に設定される。
【0083】
このように冷却水温度THWや過給圧PAに応じて目標燃料噴射時期TQstaを設定することにより、ディーゼル機関10の燃焼室11a内のピーク温度やピーク圧力が低いとき、すなわち同一の噴射時期および噴射量で燃料噴射を実行した場合において発生するディーゼル機関10の出力トルクが小さくなるときほど、同出力トルクを大きくするべく燃料噴射が早期に実行されるようになる。これにより、上記燃料噴射の実行における燃焼室11a内のピーク温度やピーク圧力が異なる場合であっても、その相違に起因するディーゼル機関10の出力トルクの変化が抑えられるようになるため、同出力トルクの指標値(回転変動量ΣΔNE)に基づく燃料のセタン価の推定を精度よく実行することができる。
【0084】
ここで、燃料噴射弁20の閉弁動作時においては、燃料が噴出している噴射孔23(図2)を塞ぐようにニードル弁22が移動するために、ハウジング21とニードル弁22との間隙を通過する燃料が同ニードル弁22の噴射孔23側への移動を妨げるように作用する。そのため燃料の動粘度が高いときほどニードル弁22の移動速度、すなわち燃料噴射弁20の閉弁速度が遅くなる。したがって、一定量の燃料を噴射するべく予め定められた態様で燃料噴射弁20の駆動制御を実行した場合であっても、実際に噴射される燃料の量は燃料の動粘度に応じて異なった量になる。こうした燃料の動粘性のばらつきに起因する実燃料噴射量の誤差は、推定制御におけるセタン価の推定精度を低下させる一因となる。
【0085】
この点をふまえて本実施の形態では、推定制御における目標燃料噴射量(詳しくは、目標燃料噴射時期TQstaおよび目標燃料噴射時間TQtma)を、前述した補正処理において算出された各補正項K1〜K3によって補正するようにしている。
【0086】
本実施の形態の装置では、燃料の動粘度のばらつきに起因して燃料噴射弁20(詳しくは、そのニードル弁22)の動作速度が変化すると、その変化が燃料噴射の実行時における燃料噴射弁20内部の燃料圧力の変動波形(具体的には、前記検出時間波形)の変化として現われるようになる。本実施の形態の装置では、前記補正処理を通じて、そうした検出時間波形と基本時間波形との差に基づいて同検出時間波形を基本時間波形に一致させるための補正項K1〜K3が算出されている。そして、推定制御の実行に際して、それら補正項K1〜K3によって目標燃料噴射時期TQstaおよび目標燃料噴射時間TQtmaが補正される。これにより、燃料の動粘度のばらつきに起因して燃料噴射弁20の動作速度が変化するとはいえ、燃料噴射弁20の実動作特性(検出時間波形)と基本動作特性(基本時間波形)とのずれが抑えられるようになるために、燃料の動粘度のばらつきに起因する噴射量誤差が抑えられるようになる。
【0087】
また本実施の形態では、圧力センサとして機能する燃料センサ41が燃料噴射弁20に一体に取り付けられている。そのため、燃料噴射弁20から離れた位置に設けられたセンサによって燃料圧力が検出される装置と比較して、燃料噴射弁20の噴射孔23に近い部位の燃料圧力を検出することができるようになるため、開閉動作に伴う燃料噴射弁20内部の燃料圧力の変動波形を精度良く検出することができる。したがって、そのときどきの燃料の動粘度に見合う燃料圧力の変動波形を燃料センサ41によって検出することができるようになり、同変動波形に基づいて目標燃料噴射量を適正に補正することができるようになる。
【0088】
また、燃料圧力が変動した場合にその変動波が伝播する速度は燃料の体積弾性係数が高いときほど速くなる。そのため、燃料噴射弁20内部の燃料圧力の変動態様を燃料センサ41によって検出した場合、同燃料噴射弁20の開弁動作や閉弁動作に伴う燃料圧力の変動波が燃料センサ41の配設位置に到達するまでの時間(前記検出遅れ分)が燃料の体積弾性係数によって変化するようになる。したがって、燃料センサ41により検出される燃料圧力PQの変動態様をもとに前記検出時間波形を検出すると、燃料噴射弁20から一定量の燃料が噴射された場合であっても、同検出時間波形が燃料の体積弾性係数に応じて異なる波形になってしまう。そのため、そうした検出時間波形をもとに算出された補正項K1〜K3によって上記目標燃料噴射時期TQstaおよび目標燃料噴射時間TQtmaを補正したとしても、実際に噴射される燃料の量が燃料の体積弾性係数に応じて異なった量になってしまう。そして、そうした燃料の体積弾性係数のばらつきに起因する実燃料噴射量の誤差についても燃料の動粘度による誤差と同様に、推定制御におけるセタン価の推定精度を低下させる一因となる。
【0089】
この点をふまえて本実施の形態では、推定制御における燃料噴射の実行開始直前において燃料センサ41によって燃料温度THQを検出するとともに、その検出した燃料温度THQに基づいて補正項K4aを算出し、同補正項K4aによって目標燃料噴射量(詳しくは、目標燃料噴射時間TQtma)を補正するようにしている。
【0090】
燃料の体積弾性係数は燃料温度に応じて変化するため、そうした燃料の体積弾性係数のばらつきに起因する実燃料噴射量の誤差分は、燃料温度によって精度よく把握することができる。本実施の形態では、そうした燃料温度に基づいて目標燃料噴射時間TQtmaが補正される。そのため、燃料の体積弾性係数のばらつきに起因して実際の燃料圧力の変動波形と燃料センサ41により検出される燃料圧力PQの変動波形との関係が相異するようになるとはいえ、その相異に伴う実燃料噴射量の誤差が抑えられるようになる。
【0091】
また本実施の形態では、推定制御における燃料噴射の実行開始直前の燃料温度THQ、すなわち実際に燃料が噴射されたタイミングに近いタイミングで検出した燃料温度THQを目標燃料噴射量の補正に用いることができるため、実際に噴射される燃料の体積弾性係数に応じたかたちで精度よく目標燃料噴射量を補正することができるようになる。
【0092】
さらに本実施の形態では、温度センサとして機能する燃料センサ41が燃料噴射弁20に一体に取り付けられているために、燃料噴射弁20から離れた位置(燃料タンク32など)に設けられたセンサによって燃料温度を検出する構成と比較して、実際に噴射された燃料の温度に近い温度を検出して推定制御における目標燃料噴射量の補正に用いることができる。したがって、実際に噴射される燃料の体積弾性係数に応じたかたちで精度よく目標燃料噴射量を補正することができるようになる。
【0093】
本実施の形態では、燃料圧力PQの変動波形に基づき算出される各補正項K1〜K3によって燃料の動粘度の相異に起因する噴射量誤差が補正されるとともに、燃料温度THQに基づき算出される補正項K4aによって燃料の体積弾性係数の相異に起因する噴射量誤差が補正されるといったように、それら噴射量誤差が各別に補正されるようになる。そのため、燃料の動粘度による噴射量誤差と燃料の体積弾性係数による噴射量誤差とが共に適正に補正されるようになる。したがって、精度よく調節された量の燃料を燃料噴射弁20から噴射するとともに、その結果得られたディーゼル機関10の出力トルクの指標値をもとに燃料のセタン価を精度よく推定することができるようになる。
【0094】
なお、燃料の動粘度のばらつきに起因する噴射量誤差と燃料の体積弾性係数のばらつきに起因する噴射量誤差とを燃料温度などの共通の算出パラメータに基づき算出された同一の補正値によって的確に補正することができれば、これによって制御構造の簡略化を図ることができるようになるために好ましい。
【0095】
しかしながら、前述したように発明者らが行った実験の結果から燃料の動粘度と体積弾性係数とに相関がないことが確認されている。そのため仮に、燃料の動粘度による誤差分と体積弾性係数による誤差分とを共通のパラメータに基づき補正するようにすると、一方の誤差分を補償することが可能になるものの他方の誤差分を的確に補償することができないために、これが燃料のセタン価の推定精度の向上を妨げる一因になってしまう。しかも、燃料の動粘度および体積弾性係数のうちの一方に起因する噴射量誤差についての減少分より他方に起因する噴射量誤差の増大分が大きくなることも考えられ、この場合には、かえって燃料のセタン価の推定精度の低下を招いてしまう。こうしたことから、燃料の動粘度のばらつきに起因する噴射量誤差と体積弾性係数のばらつきに起因する噴射量誤差とを共に適正に補正するためには、それら誤差要因についての補正を各別の補正パラメータを用いて実行する必要があると云える。
【0096】
この点、本実施の形態にかかる装置では、燃料の動粘度のばらつきに起因する噴射量誤差が燃料圧力PQの変動波形に基づき補正されるとともに、燃料の体積弾性係数のばらつきに起因する噴射量誤差が燃料温度THQに基づき補正されるといったように、各噴射量誤差が各別の補正パラメータを用いて補正される。そのため、それら噴射量誤差を共に適正に補正することができるようになる。
【0097】
以下、上述した推定制御にかかる処理(推定制御処理)の実行手順について詳しく説明する。
図10は、上記推定制御処理の具体的な実行手順を示すフローチャートである。なお、このフローチャートに示される一連の処理は、推定制御処理の実行手順を概念的に示したものであり、実際の処理は所定周期毎の割り込み処理として電子制御ユニット40により実行される。
【0098】
図10に示すように、この処理では先ず、実行条件が成立しているか否かが判断される(ステップS201)。ここでは、以下の[条件イ]〜[条件ハ]の全てが満たされることをもって実行条件が成立していると判断される。
[条件イ]アクセル操作部材の操作解除による車両走行速度および機関回転速度NEの減速中においてディーゼル機関10の運転のための燃料噴射を一時的に停止させる制御(いわゆる燃料カット制御)が実行されていること。
[条件ロ]燃料タンク32への燃料補給が行われたと判定された後に、燃料のセタン価の推定値(後述する推定セタン価)を算出した履歴がないこと。なお燃料タンク32への燃料補給が行われたことは、備蓄量センサ45により検出される燃料備蓄量が所定の判定量以上増加したことをもって判定される。
[条件ハ]燃料タンク32への燃料補給が行われたと判定された後に、燃料タンク32から新たに供給された燃料によって同燃料タンク32と燃料噴射弁20とを繋ぐ燃料経路(詳しくは、分岐通路31aや供給通路31b、コモンレール34、リターン通路35により構成される経路)内の燃料が置換されたこと。
【0099】
この[条件ハ]が満たされることは具体的には次のように判断される。すなわち先ず、燃料タンク32への燃料補給が行われたと判定された後において各燃料噴射弁20からの燃料噴射が実行される度に、前記検出時間波形(図5および図6参照)と燃料噴射弁20の特性とに基づいて同燃料噴射弁20の内部からリターン通路35に漏れる燃料の量が推定されるとともに、その推定した量の積算値が算出される。そして、この積算値が予め定められた判定量以上になると[条件ハ]が満たされたと判断される。本実施の形態では、燃料噴射弁20の内部からリターン通路35内に漏れる燃料量に基づいて同リターン通路35内の燃料が燃料補給後において新たに燃料タンク32から供給された燃料と入れ替わったことが検出され、この検出をもって上記燃料経路内の燃料が置換されたことが検出される。
【0100】
[条件ロ]および[条件ハ]は次のような理由により設定されている。ディーゼル機関10に供給される燃料のセタン価は燃料タンク32への燃料補給がなされたときに大きく変化する可能性がある。そのため、燃料のセタン価の推定を適切なタイミングで効率よく実行するうえでは、その推定を燃料タンク32への燃料補給がなされたときに実行することが有効であると云える。ただし、燃料タンク32への燃料補給がなされた直後においては上記燃料経路内に燃料補給前の燃料が残留しているために、このとき上述した燃料噴射を実行して燃料のセタン価を推定しても、燃料補給後の燃料に見合う値をセタン価として算出することはできない。この点、本実施の形態では[条件ロ]および[条件ハ]が設定されているために、燃料タンク32への燃料補給がなされたときに上記燃料経路内の燃料が燃料補給後の燃料に置換されるのを待ったうえでセタン価の推定のための燃料噴射が実行されるようになる。そのため、燃料のセタン価の推定のための燃料噴射を適切なタイミングで実行することができ、同燃料噴射を通じて同セタン価を精度よく推定することができる。
【0101】
上記実行条件が成立していない場合には(ステップS201:NO)、以下の処理、すなわち燃料のセタン価を推定する処理を実行することなく、本処理は一旦終了される。
その後、本処理が繰り返し実行されて上記実行条件が成立すると(ステップS201:YES)、このときの機関回転速度NE、冷却水温度THW、および過給圧PAに基づいて目標燃料噴射時期TQstaが設定される(ステップS202)。
【0102】
また、燃料センサ41によって燃料温度THQが検出されるとともに、同燃料温度THQに基づいて補正項K4aが算出される(ステップS203)。このように本処理では、燃料センサ41による燃料温度THQの検出が、推定制御における燃料噴射の実行開始直前のタイミング(詳しくは、実行条件が成立してから燃料噴射が実行されるまでの間のタイミング)において実行される。なお、この燃料温度THQの検出は、電子制御ユニット40からの信号入力によって燃料センサ41が温度センサとして機能する状態に一時的に切り替えられた上で行われる。
【0103】
本実施の形態では、燃料温度THQと、燃料の体積弾性係数のばらつきに起因する噴射量誤差を的確に抑えることのできる補正項K4aとの関係が実験やシミュレーションの結果に基づき予め求められて電子制御ユニット40に記憶されている。ステップS203の処理では、この関係と燃料温度THQとに基づいて補正項K4aが設定される。
【0104】
本実施の形態の燃料噴射弁20では、燃料温度が高いときほど、すなわち燃料の体積弾性係数が高いときほど同一の態様で燃料噴射弁20を駆動した場合における検出時間波形の面積が小さくなる傾向がある。これは次のようなことが原因と考えられる。燃料温度が高く燃料の体積弾性係数が高いときほど、燃料噴射弁20内部における圧力変動波の伝播速度が速くなるために、燃料噴射弁20の閉弁に伴う燃料圧力の変動波が燃料センサ41の配設位置に早期に到達するようになる。これにより、燃料噴射弁20の閉弁過程において燃料センサ41により検出される燃料圧力PQの上昇速度が高くなるために、その分だけ検出時間波形の面積が小さくなってしまう。そして本実施の形態では、そのようにして検出時間波形の面積が小さくなると、その分を補うように燃料噴射制御において燃料噴射弁20からの燃料噴射量が増量補正されてしまう。そのため、ステップS203の処理では、そうした燃料噴射量の変化分を抑えるために、燃料温度THQが高いときほど目標燃料噴射時間TQtmaを短くする値が補正項K4aとして算出される。
【0105】
その後、前述した補正処理により算出されている補正項K1〜K3と上記補正項K4aとによって目標燃料噴射量(目標燃料噴射時期TQstaおよび目標燃料噴射時間TQtma)が補正される(ステップS204)。詳しくは、補正項K1を目標燃料噴射時期TQstaに加算した値が新たな目標燃料噴射時期TQstaとして設定されるとともに、補正項K2,K3,K4aを目標燃料噴射時間TQtmaに加算した値が新たな目標燃料噴射時間TQtmaとして設定される。
【0106】
そして、目標燃料噴射時期TQstaおよび目標燃料噴射時間TQtmaに基づく燃料噴射弁20の駆動制御が実行されて、同燃料噴射弁20からの燃料噴射が実行される(ステップS205)。なお、この燃料噴射は複数の燃料噴射弁20のうちの予め定めたもの(本実施の形態では、気筒11[♯1]に取り付けられた燃料噴射弁20)を用いて実行される。また、本処理において用いられる補正項K1〜K3についても同様に、燃料噴射弁20のうちの予め定めたもの(本実施の形態では、気筒11[♯1]に取り付けられた燃料噴射弁20)に対応して算出された値が用いられる。
【0107】
その後、上記燃料噴射に伴い発生したディーゼル機関10の出力トルクの指標値(前記回転変動量ΣΔNE)が算出される(ステップS206)。この回転変動量ΣΔNEは具体的には次のように算出される。図11に示すように、本実施の形態にかかる装置では、所定時間おきに機関回転速度NEが検出されるとともに、その検出の度に同機関回転速度NEと複数回前(本実施の形態では、三回前)に検出された機関回転速度NEiとの差ΔNE(=NE−NEi)が算出される。そして、上記燃料噴射の実行に伴う上記差ΔNEの変化分についての積算値(同図11中に斜線で示す部分の面積に相当する値)が算出されるとともに、この積算値が上記回転変動量ΣΔNEとして記憶される。なお図11に示す機関回転速度NEや差ΔNEの推移は、回転変動量ΣΔNEの算出方法の理解を容易にするべく簡略化して示しているため実際の推移とは若干異なる。
【0108】
その後、回転変動量ΣΔNEと実行時回転速度とに基づいて、燃料のセタン価の推定値(推定セタン価)が算出される(図10のステップS207)。なお本実施の形態では、実験やシミュレーションの結果をもとに燃料のセタン価を精度よく推定することの可能な同セタン価(詳しくは、上記推定セタン価)と回転変動量ΣΔNEと上記実行時回転速度との関係(図8に示すような関係)が予め求められて電子制御ユニット40に記憶されている。ステップS207の処理では、回転変動量ΣΔNEと上記実行時回転速度とに基づいて上記関係から上記推定セタン価が算出される。
【0109】
そして、このようにして推定セタン価が算出された後、本処理は一旦終了される。
本実施の形態にかかる装置では、例えばディーゼル機関10の気筒11[♯1]に設けられた燃料センサ41の検出信号に基づいて同気筒11[♯1]に対する燃料噴射についての各種処理(燃料噴射制御にかかる処理や補正処理)を実行するなどといったように、ディーゼル機関10の気筒11(♯1〜♯4)毎にそれぞれ対応する燃料センサ41の出力信号に基づいて各種処理が実行される。そのため、初期個体差や経時変化の相違に起因して燃料噴射弁20の作動特性が気筒11毎に異なる多気筒のディーゼル機関10において、気筒11毎に設けられた専用の燃料センサ41により検出される燃料圧力PQに基づいて各燃料噴射弁20から噴射される燃料の量をそれぞれ精度良く調節することができる。
【0110】
しかも、それら燃料噴射弁20のうちの一つ(本実施の形態では、気筒11[♯11]に対応する燃料噴射弁20)を用いて、同燃料噴射弁20の燃料噴射制御において算出された補正項K1〜K3をもとに、推定制御における燃料噴射が実行される。これにより、推定制御において実際に噴射される燃料の量が精度よく調節されるようになるために、その燃料噴射に伴い発生するディーゼル機関10の出力トルクに基づいて燃料のセタン価を精度よく推定することができるようになる。
【0111】
以上説明したように、本実施の形態によれば、以下に記載する効果が得られるようになる。
(1)燃料センサ41により検出した燃料圧力PQの変動波形と同燃料センサ41により検出した燃料温度THQとに基づいて、推定制御における燃料噴射についての目標燃料噴射量を補正するようにした。そのため、燃料の動粘度のばらつきに起因して燃料噴射弁20の動作速度が変化するとはいえ、燃料噴射弁20の実動作特性と基本動作特性とのずれを抑えることができ、燃料の動粘度のばらつきに起因する噴射量誤差を抑えることができる。また、燃料の体積弾性係数のばらつきに起因して実際の燃料圧力の変動波形と燃料センサ41により検出される燃料圧力PQの変動波形との関係が相異するようになるとはいえ、その相異に伴う実燃料噴射量の誤差を抑えることができる。したがって、精度よく調節された量の燃料を燃料噴射弁20から噴射するとともに、その結果得られたディーゼル機関10の出力トルクの指標値をもとに燃料のセタン価を精度よく推定することができるようになる。
【0112】
(2)検出時間波形と基本時間波形との差に基づき算出された補正項K1〜K3によって目標燃料噴射時期TQstaおよび目標燃料噴射時間TQtmaを補正するようにした。そのため、燃料の動粘度のばらつきに起因して燃料噴射弁20の動作速度が変化するとはいえ、燃料噴射弁20の実動作特性と基本動作特性とのずれを抑えることができ、燃料の動粘度のばらつきに起因する噴射量誤差を抑えることができる。
【0113】
(3)温度センサとして機能する燃料センサ41を燃料噴射弁20に一体に取り付けるようにしたために、実際に噴射された燃料の温度に近い温度を検出して推定制御における目標燃料噴射量の補正に用いることができ、実際に噴射される燃料の体積弾性係数に応じたかたちで精度よく目標燃料噴射量を補正することができる。
【0114】
(4)推定制御における燃料噴射の実行開始直前において燃料温度THQを検出するとともに、その検出した燃料温度THQに基づいて目標燃料噴射量を補正するようにしたために、実際に噴射される燃料の体積弾性係数に応じたかたちで精度よく目標燃料噴射量を補正することができる。
【0115】
(5)圧力センサとして機能する燃料センサ41を燃料噴射弁20に一体に取り付けるようにしたために、そのときどきの燃料の動粘度に見合う変動波形を燃料センサ41によって検出することができるようになり、同変動波形に基づいて目標燃料噴射量を適正に補正することができるようになる。
【0116】
(第2の実施の形態)
以下、本発明を具体化した第2の実施の形態にかかるセタン価推定装置について、第1の実施の形態との相違点を中心に説明する。なお以下では、第1の実施の形態と同様の構成については同一の符号を付し、同構成についての詳細な説明は省略する。
【0117】
本実施の形態にかかるセタン価推定装置と第1の実施の形態にかかるセタン価推定装置とは、燃料のセタン価を推定する推定制御の実行態様が異なる。
以下、本実施の形態にかかる推定制御について具体的に説明する。
【0118】
前述したように、噴射時期および噴射量が同一の状況のもとで燃料噴射を実行した場合には、その実行時における機関回転速度NE(実行時回転速度)と回転変動量ΣΔNEと燃料のセタン価との関係が次のような傾向を示すようになる。すなわち図12に示す関係から明らかなように、実行時回転速度が高いときほど回転変動量ΣΔNEが小さくなる。また、噴射時期および噴射量が同一の状況のもとで燃料噴射を実行した場合において発生するディーゼル機関10の出力トルクには上限(詳しくは、燃料の燃え残りが「0」のときの出力トルク)があるために、同出力トルクが上限になる実行領域において燃料噴射を実行すると、燃料のセタン価によることなく出力トルクが上限になってしまう。さらに、そうした力トルクには下限(出力トルク=「0」)もあるために、同出力トルクが下限になる実行領域において燃料噴射を実行すると、燃料のセタン価によることなく出力トルクが下限になってしまう。
【0119】
そして、機関回転速度NEの異なる複数の状況において同一の実行時期でそれぞれ燃料噴射を実行するとともにその実行時回転速度と回転変動量ΣΔNEとの関係を求めた場合、その関係が燃料のセタン価に応じたかたちで次のような傾向を示すようになる。すなわち、実行時回転速度によることなく回転変動量ΣΔNEが上限でほぼ一定になる領域と実行時回転速度に応じて同回転変動量ΣΔNEが変化するようになる領域との境界(具体的には、図12中に線L5で示す実行時回転速度に相当する値)が燃料のセタン価に応じて異なる。また、実行時回転速度に応じて回転変動量ΣΔNEが変化する領域と同実行時回転速度によることなく上記回転変動量ΣΔNEが下限で一定になる領域との境界(図12中に線L6で示す実行時回転速度に相当する値)についても同様に、燃料のセタン価に応じて異なる。
【0120】
こうした傾向に着目して本実施の形態では、上記実行時回転速度と回転変動量ΣΔNEとの関係において同実行時回転速度の変更に対する上記回転変動量ΣΔNEの変化の傾向が異なる二つの領域の境界(詳しくは、上記線L5,L6)を特定するとともに同境界に基づいて燃料のセタン価を推定するようにしている。これにより、燃料のセタン価に応じて異なる実行時回転速度と回転変動量ΣΔNEとの関係(具体的には、上記境界)に基づいて、燃料のセタン価を精度よく推定することができるようになる。
【0121】
以下、本実施の形態にかかる推定制御処理の実行手順について詳しく説明する。
図13は、上記推定制御処理の具体的な実行手順を示すフローチャートである。なお、このフローチャートに示される一連の処理は、推定制御処理の実行手順を概念的に示したものであり、実際の処理は所定周期毎の割り込み処理として電子制御ユニット40により実行される。
【0122】
図13に示すように、この処理では先ず、実行条件が成立しているか否かが判断される(ステップS301)。ここでは前記[条件イ]〜[条件ハ]の全てが満たされることをもって実行条件が成立していると判断される。
【0123】
本実施の形態では、上記[条件イ]が設定されているために、機関回転速度NEが低下していることを条件に、燃料のセタン価を推定するための燃料噴射が実行されるようになる。そのため、機関回転速度NEの低下に合わせて順次燃料噴射を実行するとともにその結果得られた回転変動量ΣΔNEに基づいて上記境界を特定することができるようになる。したがって、例えば機関回転速度NEが減速し始めてから同減速が終了するまでの期間においてセタン価の推定のための複数回の燃料噴射の全てを実行するなど、機関回転速度NEの異なる状況での複数回の燃料噴射を効率よく実行することができるようになる。
【0124】
上記実行条件が成立していない場合には(ステップS301:NO)、以下の処理、すなわち燃料のセタン価を推定する処理を実行することなく、本処理は一旦終了される。
その後、本処理が繰り返し実行されて上記実行条件が成立すると(ステップS301:YES)、このときの冷却水温度THWおよび過給圧PAに基づいて目標燃料噴射時期TQstbが設定される(ステップS302)。
【0125】
そして、燃料センサ41によって燃料温度THQが検出されるとともに、同燃料温度THQに基づいて補正項K4bが算出される(ステップS303)。このように本処理では、燃料センサ41による燃料温度THQの検出が、推定制御における燃料噴射の実行開始直前のタイミング(詳しくは、実行条件が成立してから最初の燃料噴射が実行されるまでの間のタイミング)において実行される。なお、この燃料温度THQの検出は、電子制御ユニット40からの信号入力によって燃料センサ41が温度センサとして機能する状態に一時的に切り替えられた上で行われる。
【0126】
本実施の形態では、燃料温度THQと、燃料の体積弾性係数のばらつきに起因する噴射量誤差を的確に抑えることのできる補正項K4bとの関係が実験やシミュレーションの結果に基づき予め求められて電子制御ユニット40に記憶されている。ステップS303の処理では、この関係と燃料温度THQとに基づいて補正項K4bが設定される。具体的には、燃料温度THQが高いときほど目標燃料噴射時間TQtmを短くする値が補正項K4bとして算出される。
【0127】
その後、前述した補正処理により算出されている補正項K1〜K3と上記補正項K4bとによって目標燃料噴射量が補正される(ステップS304)。詳しくは、補正項K1を目標燃料噴射時期TQstbに加算した値が新たな目標燃料噴射時期TQstbとして設定されるとともに、補正項K2,K3,K4bを目標燃料噴射時間TQtmbに加算した値が新たな目標燃料噴射時間TQtmbとして設定される。
【0128】
そして、その後において機関回転速度NEが予め定められた所定速度(NE1,NE2,NE3,…NEn)になる度に、上記目標燃料噴射時期TQstbおよび目標燃料噴射時間TQtmbに基づき燃料噴射弁20が開弁駆動されて同燃料噴射弁20からの燃料噴射が実行されるとともに、同燃料噴射に伴い発生したディーゼル機関10の出力トルクの指標値(前記回転変動量ΣΔNE)が算出されて記憶される(ステップS305)。なお、本処理における各燃料噴射は複数の燃料噴射弁20のうちの予め定めたもの(本実施の形態では、気筒11[♯1]に取り付けられた燃料噴射弁20)を用いて実行される。また、本処理において用いられる補正項K1〜K3についても同様に、燃料噴射弁20のうちの予め定めたもの(本実施の形態では、気筒11[♯1]に取り付けられた燃料噴射弁20)に対応して算出された値が用いられる。
【0129】
その後、各回転変動量ΣΔNEに基づいて、実行時回転速度と回転変動量ΣΔNEとの関係において同実行時回転速度の変更に対する上記回転変動量ΣΔNEの変化の傾向が異なる二つの領域の境界(具体的には、図12における線L5や線L6に相当する値)が特定されて記憶されるとともに、同境界における回転変動量ΣΔNEが記憶される(ステップS306)。
【0130】
そして、上記境界と同境界における回転変動量ΣΔNEとに基づいて燃料のセタン価の推定値(推定セタン価)が算出される(ステップS307)。この推定セタン価は詳しくは次のような考えのもとに算出される。上記境界における回転変動量ΣΔNEが上限に相当する値である場合には、燃料のセタン価が基準値より高いと推定される。また、この場合には上記境界が高回転側の値であるときほど燃料のセタン価が高いと推定される。一方、上記境界がない場合、すなわち回転変動量ΣΔNEが上限に相当する値になる領域や下限に相当する値になる領域がない場合には、燃料のセタン価が基準となる値であると推定される。他方、上記境界における回転変動量ΣΔNEが下限に相当する値である場合には、燃料のセタン価が基準値より低いと推定される。また、この場合には上記境界が低回転側の位置であるときほど燃料のセタン価が低いと推定される。
【0131】
なお本実施の形態では、実験やシミュレーションの結果をもとに燃料のセタン価を精度よく推定することの可能な同セタン価(詳しくは、上記推定セタン価)と上記境界と同境界における回転変動量ΣΔNEとの関係が予め求められて電子制御ユニット40に記憶されている。ステップS307の処理では、上記境界と同境界における回転変動量ΣΔNEとに基づいて上記関係から上記推定セタン価が算出される。
【0132】
そして、このようにして推定セタン価が算出された後、本処理は一旦終了される。
以上説明した本実施の形態によれば、先の(1)〜(5)に記載した効果と同様の効果が得られるようになる。
【0133】
(その他の実施の形態)
なお、上記各実施の形態は、以下のように変更して実施してもよい。
・第1の実施の形態において、冷却水温度THWに基づいて目標燃料噴射時期TQstaを設定する構成および過給圧PAに基づいて目標燃料噴射時期TQstaを設定する構成の一方あるいは両方を省略してもよい。なお、この場合には冷却水温度THWに基づいて回転変動量ΣΔNEを補正したり、過給圧PAに基づいて回転変動量ΣΔNEを補正したり、推定セタン価の算出に用いる算出パラメータに冷却水温度THWや過給圧PAを加えたりしてもよい。こうした構成によっても、前記燃料噴射の実行における燃焼室11a内のピーク温度やピーク圧力に応じたかたちで推定セタン価を算出することができ、燃料のセタン価を精度よく推定することができる。
【0134】
・第1の実施の形態において、燃料のセタン価によることなくディーゼル機関10の出力トルクが上限になる領域や下限になる領域がない(あるいは狭い)のであれば、機関回転速度NEに応じて目標燃料噴射時期TQstaを可変設定する構成を省略してもよい。
【0135】
・第1の実施の形態において、実行時回転速度を算出パラメータとして用いることなく、回転変動量ΣΔNEに基づいて推定セタン価を算出することができる。具体的には、予め定めた機関回転速度NEであるときに燃料のセタン価を推定するための燃料噴射を行うとともに、このとき算出された回転変動量ΣΔNEに基づいて推定セタン価を算出するようにしてもよい。
【0136】
・第2の実施の形態において、冷却水温度THWに基づいて目標燃料噴射時期TQstbを設定する構成および過給圧PAに基づいて目標燃料噴射時期TQstbを設定する構成の一方あるいは両方を省略してもよい。それら構成の両方が省略される場合には、補正項K1による補正前の目標燃料噴射時期TQstbとして、予め定められた時期を設定すればよい。なお、上記構成においては、冷却水温度THWに基づいて回転変動量ΣΔNEを補正したり、過給圧PAに基づいて回転変動量ΣΔNEを補正したり、推定セタン価の算出に用いる算出パラメータに冷却水温度THWや過給圧PAを加えたりしてもよい。こうした構成によっても、前記燃料噴射の実行時における燃焼室11a内のピーク温度やピーク圧力に応じたかたちで推定セタン価を算出することができ、燃料のセタン価を精度よく推定することができる。
【0137】
・第2の実施の形態において、前記境界と同境界であるときの回転変動量ΣΔNEとに基づいてセタン価を推定することに代えて、境界のみに基づいてセタン価を推定するようにしてもよい。回転変動量ΣΔNEが上限になるときの実行時回転速度と同回転変動量ΣΔNEが下限になるときの実行時回転速度とが同一の値になることのない装置であれば、境界のみに基づいて推定セタン価を算出することができる。
【0138】
・第2の実施の形態において、前記境界を算出する方法は任意に変更可能である。そうした算出方法としては例えば、回転変動量ΣΔNEが実行時回転速度に応じて変化しない領域における同回転変動量ΣΔNEと同実行時回転速度に応じて変化する領域における回転変動量ΣΔNEとをそれぞれ算出するとともに、それら回転変動量ΣΔNEに基づいて上記境界を特定する方法を採用することができる。その他、回転変動量ΣΔNEが実行時回転速度に応じて変化する領域においてそれら回転変動量ΣΔNEおよび実行時回転速度を変数とする関係式を求めるとともに、同関係式において回転変動量ΣΔNEが下限(あるいは上限)になる実行時回転速度を境界として算出する方法などを採用することもできる。
【0139】
・第2の実施の形態において、燃料のセタン価の推定のための燃料噴射を機関回転速度NEが予め定められた所定速度になる度に実行することに代えて、所定時間が経過する度に実行したり、所定のクランク角だけクランクシャフト14が回転する度に実行したりしてもよい。
【0140】
・各実施の形態において、補正項K4a(またはK4b)の算出パラメータとしての燃料温度THQを検出するタイミングは、推定制御における燃料噴射を実行する直前のタイミングに限らず、任意のタイミングに変更することができる。要は、推定制御における燃料噴射の実行に先立ち、噴射される燃料の温度を精度よく把握することができればよい。具体的には、燃料噴射制御などの他の機関制御の実行に際して検出された燃料温度THQを補正項K4a(またはK4b)の算出パラメータとして流用することができる。
【0141】
・各実施の形態において、補正項K4a(またはK4b)を算出する処理や、同補正項K4a(またはK4b)に基づいて目標燃料噴射時間TQtma(または目標燃料噴射時間TQtmb)を補正する処理を省略してもよい。
【0142】
・各実施の形態にかかるセタン価推定装置は、燃料噴射制御において補正項K3が算出されずに補正項K1,K2のみが算出される装置にも、適用することができる。
・各実施の形態では、燃料噴射制御において算出された各補正項K1〜K3によって推定制御における燃料噴射の目標燃料噴射量を補正するようにした。これに代えて、上記目標燃料噴射量を補正するための補正項を算出するための専用の燃料噴射を実行するとともに、この燃料噴射の実行時における燃料噴射弁20の実動作特性(検出時間波形)と予め定められた基本動作特性(基本時間波形)との差に基づいて補正項を算出するようにしてもよい。
【0143】
具体的には、燃料噴射弁20の実動作特性における閉弁動作の完了時期と基本動作特性における燃料噴射弁20の閉弁動作の完了時期との差に基づいて、補正項を算出することができる。前述したように燃料の動粘度が高いときほど燃料噴射弁20の閉弁速度が遅くなる。そのため、燃料の動粘度のばらつきによって燃料噴射弁20の閉弁動作が変化すると、その変化が燃料噴射弁20の実動作特性と基本動作特性との間における閉弁動作の完了時期の差として現われるようになる。この点、上記構成によれば、そうした閉弁動作の完了時期の差を燃料の動粘度の指標値として用いて、推定制御処理における目標燃料噴射量を補正するための補正項を算出することができる。そのため、この補正値をもとに燃料の動粘度のばらつきに起因する噴射量誤差を抑えることができるようになる。
【0144】
その他、上記補正項としては、上記補正項K1〜K3に相当する値を算出することもできる。要は、燃料噴射弁20の実動作特性と基本動作特性とのずれを適正に抑えることのできる値であれば、上記補正項として採用することができる。
【0145】
・各実施の形態において、回転変動量ΣΔNE以外の値をディーゼル機関10の出力トルクの指標値として算出するようにしてもよい。例えば燃料のセタン価の推定のための燃料噴射の実行時における機関回転速度NE(実行時回転速度)と同燃料噴射が実行されないときの機関回転速度NEとをそれぞれ検出するとともにそれら速度の差を算出して、同差を上記指標値として用いることができる。
【0146】
・各実施の形態において、目標燃料噴射時期TQsta(またはTQstb)の設定パラメータとして冷却水温度THWを用いることに代えて、例えばディーゼル機関10(詳しくは、そのシリンダヘッドやシリンダブロック)の温度や吸入空気の温度など、燃焼室11a内のピーク温度の指標になる値であって冷却水温度THW以外の値を用いることもできる。また、燃焼室11a内の温度を直接検出してこれを上記設定パラメータとして用いることもできる。
【0147】
・各実施の形態において、目標燃料噴射時期TQsta(またはTQstb)の設定パラメータとして過給圧PAを用いることに代えて、例えば吸入空気の圧力や大気の圧力など、燃焼室11a内のピーク圧力の指標になる値であって過給圧PA以外の値を用いることもできる。また、燃焼室11a内の圧力を直接検出してこれを上記設定パラメータとして用いることもできる。こうした構成は、過給器16が設けられないディーゼル機関にも適用することができる。なお、過給器16が設けられないディーゼル機関にあっても、ディーゼル機関の運転状態や運転環境などによって燃焼室11a内のピーク圧力は若干異なるため、同ピーク圧力(あるいはその指標値)に基づいて目標噴射時期を補正することにより、燃料のセタン価の推定精度の向上を図ることができる。
【0148】
・各実施の形態において、燃料タンク32への燃料補給が行われたことを判定する方法は、備蓄量センサ45の検出信号をもとに判定する方法に限らず、燃料タンク32の蓋が開閉されたことをもって判定する方法など、任意の方法を採用することができる。
【0149】
・各実施の形態において、燃料経路内の燃料が置換されたことを判断する方法は、燃料噴射弁20の内部からリターン通路35に漏れる燃料の量に基づき判断する方法に限らず、例えば燃料噴射弁20に供給された燃料の量に基づき判断する方法や燃料噴射弁20から噴射された燃料の量に基づき判断する方法など、任意の方法を採用することができる。
【0150】
・各実施の形態において、燃料のセタン価を推定するための処理を適正な状況で実行することができるのであれば、前記実行条件は任意に変更可能である。例えば[条件イ]〜[条件ハ]のうちのいずれか一つ、あるいはいずれか二つを実行条件として設定するようにしてもよい。また[条件ハ]に代えて、「燃料タンク32への燃料補給が行われたと判定された後において所定時間が経過したこと」との[条件ニ]を設定することなども可能である。この[条件ニ]によれば、所定時間として比較的短い時間を設定することにより、[条件ハ]と同様に、前記燃料経路内の燃料が置換されたことを判断することができる。一方、所定時間として比較的長い時間を設定することにより、[条件ニ]を通じて燃料補給後における時間経過とともに燃料タンク32内の燃料の性質が変化した可能性があることを判断することができ、その判断をもとに燃料のセタン価を推定する処理を実行することができる。その他、「ディーゼル機関10の運転を停止させる操作がなされたこと」との[条件ホ]を設定することもできる。ディーゼル機関10の運転停止時においては、その温度が十分に高くなっていることが多いために同温度が低いときと比較して運転状態が安定している可能性が高いと云え、機関回転速度NE(具体的には、回転変動量ΣΔNE)に基づく燃料のセタン価の推定を精度よく実行することのできる環境になっていると云える。上記[条件ホ]を設定することにより、そうした環境において燃料のセタン価を推定するための処理を実行することができるようになる。しかも、ディーゼル機関10の始動に際して用いられる燃料のセタン価を精度よく推定することができるようになるため、同ディーゼル機関10の始動性能の向上を図ることができるようになる。なお[条件ホ]が満たされることは、ディーゼル機関10の運転を停止させるべく乗員によって運転スイッチが操作されたことなどをもって判断することができる。
【0151】
・圧力センサおよび温度センサの機能を有する燃料センサ41を設けることに代えて、圧力センサと温度センサとを各別に設けるようにしてもよい。同構成における圧力センサの取り付け態様は、燃料噴射弁20の内部(詳しくは、ノズル室25内)の燃料圧力の指標となる圧力、言い換えれば同燃料圧力の変化に伴って変化する燃料圧力を適正に検出することができるのであれば、燃料噴射弁20に直接取り付けられる態様に限らず、任意に変更することができる。具体的には、圧力センサを分岐通路31aやコモンレール34に取り付けるようにしてもよい。また上記構成における温度センサの取り付け態様は、燃料噴射弁20から実際に噴射される燃料の温度を適正に検出することができるのであれば、燃料噴射弁20に直接取り付けられる態様に限らず、任意に変更することができる。具体的には、温度センサを分岐通路31aやコモンレール34に取り付けるようにしてもよい。
【0152】
・圧電アクチュエータ29により駆動されるタイプの燃料噴射弁20に代えて、例えばソレノイドコイルなどを備えた電磁アクチュエータによって駆動されるタイプの燃料噴射弁を採用することもできる。
【0153】
・四つの気筒を有するディーゼル機関に限らず、単気筒のディーゼル機関や、二つの気筒を有するディーゼル機関、三つの気筒を有するディーゼル機関、あるいは五つ以上の気筒を有するディーゼル機関にも、本発明は適用することができる。
【符号の説明】
【0154】
10…ディーゼル機関、11…気筒、11a…燃焼室、12…吸気通路、13…ピストン、14…クランクシャフト、15…排気通路、16…過給器、17…コンプレッサ、18…タービン、20…燃料噴射弁、21…ハウジング、22…ニードル弁、23…噴射孔、24…スプリング、25…ノズル室、26…圧力室、27…導入通路、28…連通路、29…圧電アクチュエータ、29a…弁体、30…排出路、31a…分岐通路、31b…供給通路、32…燃料タンク、33…燃料ポンプ、34…コモンレール、35…リターン通路、40…電子制御ユニット(圧力補正手段および温度補正手段)、41…燃料センサ、42…過給圧センサ、43…クランクセンサ、44…水温センサ、45…備蓄量センサ、46…アクセルセンサ、47…車速センサ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ディーゼル機関への燃料噴射を目標燃料噴射量に基づき実行するとともに、同燃料噴射の実行に伴い発生する前記ディーゼル機関の出力トルクの指標値を算出し、該算出した指標値に基づいて前記燃料のセタン価を推定するセタン価推定装置であって、
燃料噴射時における燃料噴射弁内部の実燃料圧力の変化に伴い変化する燃料圧力を圧力センサによって検出するとともに、その検出した燃料圧力の変動波形に基づいて前記燃料噴射弁の実動作特性を算出し、該算出した実動作特性と予め定められた基本動作特性との差に基づいて前記目標燃料噴射量を補正する圧力補正手段を備える
ことを特徴とするセタン価推定装置。
【請求項2】
ディーゼル機関への燃料噴射を目標燃料噴射量に基づき実行するとともに、同燃料噴射の実行に伴い発生する前記ディーゼル機関の出力トルクの指標値を算出し、該算出した指標値に基づいて前記燃料のセタン価を推定するセタン価推定装置であって、
燃料噴射時における燃料噴射弁内部の実燃料圧力の変化に伴い変化する燃料圧力を圧力センサによって検出するとともに、その検出した燃料圧力の変動波形に基づいて前記燃料噴射弁の実動作特性を算出し、該算出した実動作特性と予め定められた基本動作特性との差に基づいて前記目標燃料噴射量を補正する圧力補正手段と、
燃料の温度を温度センサにより検出するとともに、その検出した燃料温度に基づいて前記目標燃料噴射量を補正する温度補正手段と
を備えることを特徴とするセタン価推定装置。
【請求項3】
ディーゼル機関への燃料噴射を目標燃料噴射量に基づき実行するとともに、同燃料噴射の実行に伴い発生する前記ディーゼル機関の出力トルクの指標値を算出し、該算出した指標値に基づいて前記燃料のセタン価を推定するセタン価推定装置であって、
燃料噴射時における燃料噴射弁内部の実燃料圧力の変化に伴い変化する燃料圧力を圧力センサによって検出するとともに、その検出した燃料圧力の変動波形に基づいて、燃料の動粘度のばらつきに起因する実燃料噴射量の誤差分を補正するべく前記目標燃料噴射量を補正する圧力補正手段と、
燃料の温度を温度センサにより検出するとともに、その検出した燃料温度に基づいて、燃料の体積弾性係数のばらつきに起因する実燃料噴射量の誤差分を補正するべく前記目標燃料噴射量を補正する温度補正手段と
を備えることを特徴とするセタン価推定装置。
【請求項4】
請求項3に記載のセタン価推定装置において、
前記圧力補正手段は、前記検出した燃料圧力の変動波形に基づいて前記燃料噴射弁の実動作特性を算出するとともに、該算出した実動作特性と予め定められた基本動作特性との差に基づいて前記目標燃料噴射量を補正するものである
ことを特徴とするセタン価推定装置。
【請求項5】
請求項2〜4のいずれか一項に記載のセタン価推定装置において、
前記温度センサは前記燃料噴射弁に取り付けられてなる
ことを特徴とするセタン価推定装置。
【請求項6】
請求項2〜5のいずれか一項に記載のセタン価推定装置において、
前記温度補正手段は、前記目標燃料噴射量に基づく燃料噴射の実行開始直前における燃料温度を前記温度センサによって検出するとともに、該検出した燃料温度に基づき前記目標燃料噴射量を補正するものである
ことを特徴とするセタン価推定装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載のセタン価推定装置において、
前記圧力センサは燃料噴射弁に取り付けられてなる
ことを特徴とするセタン価推定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2012−122373(P2012−122373A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−272643(P2010−272643)
【出願日】平成22年12月7日(2010.12.7)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】