説明

セファロスポリン化合物の製造方法

【課題】
セフジトレンの安価な新しい製造法を提供すること。
【解決手段】
次式(I)
【化1】



で表される7-[2-メトキシイミノ-2-(2-アミノチアゾール-4-イル)アセトアミド]-3-[2-(4-メチルチアゾール-5-イル)ビニル]-3-セフェム-4-カルボン酸(セフジトレン)の製造方法であって、次式(IV)
【化2】



〔式中、R1はシリル保護基、R2は低級アルキル基またはアリール基である〕で示される化合物と次式(V)
【化3】



で示される化合物とを反応させることを含む方法を提供するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、3-(2-置換-ビニル)-セファロスポリン抗生物質を効率よく且つ簡便に製造する新規な方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
日本特許第1698887号公報(特許文献1)、米国特許第4839350号公報(特許文献2)または欧州特許第0175610号公報(特許文献3)の明細書には、次式(I)
【化1】


で表される7-[2-メトキシイミノ-2-(2-アミノチアゾール-4-イル)アセトアミド]-3-[2-(4-メチルチアゾール-5-イル)ビニル]-3-セフェム-4-カルボン酸(シン異性体、シス異性体)が記載され、この化合物はセフジトレン(Cefditoren)と呼ばれるセファロスポリン抗生物質である。グラム陰性菌に対するセフジトレンの優れた抗菌活性は、セフジトレン分子の3位ビニル基の炭素−炭素2重結合に対してセフェム環と4-メチルチアゾール-5-イル基がシス配位で結合しているZ配置をセフジトレンが有することに関係している。
【0003】
上記のセフジトレンの4位カルボキシル基をピバロイルオキシメチル基でエステル化して導かれる7-[2-メトキシイミノ-2-(2-アミノチアゾール-4-イル)アセトアミド]-3-[2-(4-メチルチアゾール-5-イル)ビニル]-3-セフェム-4-カルボン酸ピバロイルオキシメチルエステル(シン異性体、シス異性体)は次式 (A)
【化2】


で表され、セフジトレンピボキシル(Cefditoren pivoxil)の一般名で知られるプロドラッグである(メルク・インデックス、12版、317頁(非特許文献1)参照)。一般に、3-(2-置換-ビニル)-セファロスポリン抗生物質においては、それのZ異性体(シス異性体)がE異性体(トランス異性体)よりも抗生物質の諸特性について優れていることが知られる。
【0004】
セフジトレンは、種々の方法で製造できるが、その一つとして、反応経路図Aの製造法が知られている(日本特許第1698887号公報(特許文献1))。
【化3】


(式中、R1は水素原子またはアミノ基の保護基であり、R2は水素原子、塩生成カチオンまたはカルボキシル基保護基である。)
この反応は、式(IX)で示される化合物もしくはそのアミノ基における反応性誘導体またはそれらの塩に式(VIII)で示される化合物もしくはそのカルボキシル基における反応性誘導体またはそれらの塩を反応せしめるものである。
【0005】
さらに式(IX)の化合物は、種々の方法で製造できるが、その一つとして、反応経路図Bの製造法が知られている(WO98/58932号公報(特許文献4)および特開2002-234893号公報(特許文献5))。
【化4】


(式中、R1は水素原子またはアミノ基の保護基であり、R2は水素原子、ピバロイルオキシメチル基またはカルボキシル保護基としてのエステル形成基を表し、R4は炭素数1〜6のアルキル基またはアリール基を示す。)
具体的には、式(X)の化合物と式(V)の化合物とを、塩素化炭化水素溶剤中で5℃以下の低温で反応させることからなる方法によって式 (IX')で表される7-アミノ-3-[2-(4-メチル-チアゾール-5-イル)ビニル]-3-セフェム-4-カルボン酸またはそのエステル化合物のZ異性体を選択的に且つ高収率に製造する方法が開示されている。
【0006】
また、式 (IX)の化合物を製造する方法は、日本特許第2766116号公報(特許文献6)および日本特許第2662176号公報(特許文献7)に記載される方法に準じた方法(反応経路図C)によっても実施することができる。
【化5】


(式中、Rはシリル保護基であり、Xは-P+(R4)3I-または-P(O)(OR4)2であり、X+は-P+(R4)3または-P(O)(OR4)2Yであり、R4は低級アルキル基またはアリール基であり、Yはアルカリ系列由来のカチオンであるか、または有機塩基のプロトン化形態である。)
【0007】
これらの特許明細書には生成物における式(IX)の化合物に対応するE異性体の含量について特に記載はなく、式(IX)の化合物とは別の3-(2−置換−ビニル)−セファロスポリン系化合物の製造においてE異性体含量が20%以上であると記載されているに過ぎない。Z配置のセファロスポリンがグラム陰性菌に対する特徴的な抗菌活性を示すことは周知の事実であり、高活性を発揮するためには、E異性体含量を可能な限り低くすることが望ましい。
【特許文献1】日本特許第1698887号公報
【特許文献2】米国特許第4839350号公報
【特許文献3】欧州特許第0175610号公報
【特許文献4】WO98/58932号公報
【特許文献5】特開2002-234893号公報
【特許文献6】日本特許第2766116号公報
【特許文献7】日本特許第2662176号公報
【非特許文献1】メルク・インデックス、12版、317頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、セフジトレンの安価な新しい製造法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第一の態様は、1.次式(I)
【化6】


で表される7-[2-メトキシイミノ-2-(2-アミノチアゾール-4-イル)アセトアミド]-3-[2-(4-メチルチアゾール-5-イル)ビニル]-3-セフェム-4-カルボン酸(セフジトレン)の製造方法であって、次式(IV)
【化7】


〔式中、R1はシリル保護基、R2は低級アルキル基またはアリール基である〕で示される化合物と次式(V)
【化8】

で示される化合物とを反応させることを含む方法を提供するものである。
【0010】
また、本発明の第二の態様は、下記の式(III)、及び式(IV)の化合物を提供するものである。
【化9】


[式中、R1はシリル保護基、Xは-P(R2)3Iまたは-P(O)(OR2)2、R2は低級アルキル基またはアリール基である]
【0011】
【化10】


〔式中、R1はシリル保護基、R2は低級アルキル基またはアリール基である〕
【0012】
さらにまた本発明の第三の態様は、セフジトレン製造のための式(IV)または式(III)で示される化合物の使用を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法は既知の方法と比較して、以下の利点を有する。1点目として、前の反応工程で得られる中間体を分離せずにワンポット法により行うことができること。2点目として、アミノ基とカルボキシル基の保護基にシリル基を用いることにより、一工程で2箇所に保護基を導入することができ、工程数を減らすことができること。3点目として、シリル保護基は反応の最後に簡単な加水分解またはアルコール分解により除去され、式(I)で示される目的化合物は容易に反応溶液から分離されること。さらに本方法は簡単な製造設備によって行うことができ、既知の方法と比較して複雑な操作を含まないことである。前記のことからわかるように、本発明は、3-(2-置換-ビニル)-セファロスポリン抗生物質の製造に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本明細書においてハロゲン原子とは、フッ素、塩素、臭素、またはヨウ素から選択される原子を意味する。
【0015】
式(II) 、式(III)、式(IV)における基R1が表わすシリル保護基の例としては、トリメチルシリル、トリエチルシリル、トリ−n−プロピルシリル、トリ−n−ブチルシリル、メチルジエチルシリル、ジメチルエチルシリル、第3級ブチルジメチルシリル等のトリ(C1-4)アルキルシリル基、フェニルジメチルシリル、第3級ブチルジフェニルシリル等のジ(C1-4)アルキル(フェニル)シリル基、(C1-4)アルキルジフェニルシリル基およびトリフェニルシリル基を包含するが、好ましくはトリメチルシリル基である。
【0016】
式(IV)、式(VI)、式(VII)における基R2が表わす低級アルキル基は、好ましくは1〜4個の炭素原子を有するアルキル基であり、また、R2が表わすアリール基は、ハロゲン原子、(C1-4)アルキル基または(C1-4)アルコキシ基から選ばれる3つまでの基によって置換されてもよいフェニル基またはナフチル基を包含する。
【0017】
本発明の方法において反応媒質として用いる塩素化炭化水素溶剤の例には、モノクロロ-、ジクロロ-またはトリクロロ-(C1〜C2)アルカンがあり、好ましくはクロロホルムである。
【0018】
式(V)で示される化合物の使用量は、式(IV)の出発物質に対して、化学量論的かまたは過剰であり得る。このウィティッヒ反応は、好ましくは、例えば以下の実施例に記載のように−70℃から70℃の間で行われる。完全に無水系が必要である場合、N,O-ビス(トリメチルシリル)アセトアミド、ビスシリルウレアまたはモノまたはビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトミアドのような水と結合するシリル化剤を式(IV)で示される化合物の溶液に添加する。
【0019】
式(I)で示される化合物は既知の方法により分離することができる。また、全ての保護基は簡単な加水分解またはアルコール分解により除去することができる。すなわち、これは反応混合物への脱シリル化剤の添加によるか、またはアルカリ性または酸性の条件下で水を添加し、所望により有機溶媒を添加して、等電点にpH値を調節することによって沈澱することにより、生成物を分離可能な水相に抽出することにより除去できる。この反応で副成するE異性体は既知の方法、たとえばクロマトグラフィーまたは結晶化により分離される。
【0020】
本発明の好ましい態様としては、2.式(IV)の化合物を式(III)
【化11】


[式中、R1はシリル保護基、Xは-P(R2)3Iまたは-P(O)(OR2)2、R2は低級アルキル基またはアリール基である]で示される化合物と塩基とを反応させることによって製造する工程をさらに含む方法が挙げられ、続く前記1.の工程と同じ反応容器内で行うことが可能である。
【0021】
使用する塩基は、本反応を阻害しないものであれば特に制限がなく、無機塩基または有機塩基のいずれでも良い。塩基の例としては、炭酸カリウム、ジイソプロピルエチルアミン、4−ジメチルアミノピリジン、t−ブトキサイド、ヘキサメチルジシラザンのリチウム塩、などが挙げられ、好ましい塩基は、4−ジメチルアミノピリジンである。
【0022】
本反応は、反応条件下で不活性である好適な溶媒または溶媒混合物、例えば、不活性エーテル(例えば、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル、エチレングリコールジアルキルエーテル若しくはt-ブチルメチルエーテル)、不活性アミド(例えば、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド若しくはN-メチルピロリドン)、ウレア(例えば、テトラメチルウレア、1,3-ジメチル-3,4,5,6-テトラヒドロ−2(1H)-ピリミドン若しくは1,3,2-イミダゾリジノン)、ニトリル(例えば、アセトニトリル)、またはハロゲン化炭化水素(例えば、クロロホルム)中で実施可能であり、式(IV)で示される化合物を生成する。
式(IV)で示される化合物はそれ自体で新規でありまた、本発明の一部を成す。
【0023】
別の本発明の好ましい態様としては、3.式(III)の化合物を式(II)
【化12】


[式中、R1はシリル保護基である]で示される化合物と式(VI)または(VII)
【化13】


【化14】


〔式中、R2は低級アルキル基またはアリール基である〕で示される化合物とを反応させることによって製造する工程をさらに含む方法が挙げられ、続く前記1.及び2.の工程と同じ反応容器内で2.の工程に先立って行うことが可能である。
【0024】
式(III)で示される化合物は新規で、また本発明の一部を成す。
【0025】
3.において原料となる式 (II)
【化15】


[式中、R1はシリル保護基である]で示される化合物は、既知であるセフォタキシムから容易に製造できる。例えば、セフォタキシムを不活性な溶媒に懸濁し、過剰のシリル化剤と共に加熱還流する。シリル化に適当な溶媒は特に塩素系炭化水素である。高沸点溶媒の場合、ジシリル化は溶媒中で充分加熱することにより行われる。シリル化は窒素含有シリル化触媒を用いることにより行われる。用いられるシリル化剤は、1,1,1,3,3,3-ヘキサメチルジシラザン単独、またはトリメチルクロロシラン、N,O-ビス-(トリメチルシリル)アセトアミド、N-(トリメチルシリル)アセトアミドまたはそのトリフルオロ類縁化合物またはビストリメチルシリル尿素のような他のシリル化剤との混合物としての1,1,1,3,3,3-ヘキサメチルジシラザンが好ましい。
【0026】
こうして得られたジシリル化した化合物をトリアルキルシリルヨウダイド、好ましくはトリメチルヨードシランと反応させて、式(II)で示される化合物を生成する。本反応は不活性な溶媒または混合液中で行われ、好ましくは前記のシリル化の段階で用いた同じ溶媒中で行われる。
【実施例】
【0027】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0028】
実施例1
セフォタキシム4.89gをクロロホルム100mLに溶解させ、窒素雰囲気下、トリメチルシリルクロライド1.3mLおよびヘキサメチルジシラザン 2.1mLを加え、3時間、加熱還流した。続いて、5℃以下に冷却後、トリフェニルホスフィン 4.5gおよびトリメチルシリルアイオダイド 2.3mLを加え、室温で17時間撹拌した。さらにN, O-ビス(トリメチルシリル)アセトアミド 12mLおよび4-メチルチアゾール-5-カルボアルデヒド 16.0gを加え、-10℃に冷却後、4-ジメチルアミノピリジン 1.73gを加えた。反応液を -10℃で6時間撹拌した。得られた反応液を 0 ℃以上に加温し、水 30mLを加えた。10 wt% 炭酸ナトリウム水溶液を用いて、pH8に調整後、水層を分離した。この水層をクロロホルム30mLにて 3 回洗浄後、塩化ナトリウム 50.2gを加え、室温で17時間撹拌した。析出した沈澱を濾取、乾燥してセフジトレン 5.93 gを得た。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明によれば、3-(2-置換-ビニル)-セファロスポリン抗生物質のZ異性体を選択的且つ安価に得ることができ、工業的に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式(I)
【化1】


で表される7-[2-メトキシイミノ-2-(2-アミノチアゾール-4-イル)アセトアミド]-3-[2-(4-メチルチアゾール-5-イル)ビニル]-3-セフェム-4-カルボン酸(セフジトレン)の製造方法であって、次式(IV)
【化2】


〔式中、R1はシリル保護基、R2は低級アルキル基またはアリール基である〕で示される化合物と式(V)
【化3】


で示される化合物とを反応させる工程を含む、方法。
【請求項2】
請求項1に記載の式(IV)の化合物を次式(III)
【化4】


[式中、R1はシリル保護基、Xは-P(R2)3Iまたは-P(O)(OR2)2、R2は低級アルキル基またはアリール基である]で示される化合物と塩基とを反応させることによって製造する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
請求項2に記載の式(III)の化合物を次式(II)
【化5】


[式中、R1はシリル保護基である]で示される化合物と次式(VI)または次式(VII)
【化6】


【化7】


〔式中、R2は低級アルキル基またはアリール基である〕で示される化合物とを反応させることによって製造する工程をさらに含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
請求項2および3に記載の方法が同じ反応容器内で行われる請求項1に記載の方法。
【請求項5】
請求項2に記載の方法が同じ反応容器内で行われる請求項1に記載の方法。
【請求項6】
請求項1に記載の式(IV)で示される化合物。
【請求項7】
請求項2に記載の式(III)で示される化合物。
【請求項8】
セフジトレン製造のための式(IV)または式(III)で示される化合物の使用。

【公開番号】特開2006−96679(P2006−96679A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−281626(P2004−281626)
【出願日】平成16年9月28日(2004.9.28)
【出願人】(000006091)明治製菓株式会社 (180)
【Fターム(参考)】