説明

セラミックス製球状体の製造方法、この方法で得られた転動体を有する転がり支持装置、転がり軸受、エアコンのインバータモータ用転がり軸受

【課題】dmn値が140万以上となる高速回転下や潤滑剤を使用できない腐食環境下においても、寿命を十分に長くできる転がり軸受を提供する。
【解決手段】玉3を以下の方法で作製する。セラミックス製の球状体を遊星ボールミルのミルポット内に入れて、遊星ボールミルを作動させ、この球状体に、ミルポット内に発生する公転に伴う遠心力と自転に伴う遠心力を付与することで、球状体同士を衝突させるとともに、球状体をミルポットの内壁へ衝突させて、球状体の表面に残留応力を導入するボールミル工程を行った後に、仕上げ研磨加工を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミックス製球状体の製造方法、この方法で得られた転動体を有する転がり支持装置に関する。
本発明において、転がり支持装置とは、互いに対向配置される軌道面を備えた第1部材および第2部材と、両部材の軌道面間に転動自在に配設された複数個の転動体と、を少なくとも備え、転動体が転動することにより第1部材および第2部材の一方が他方に対して相対移動する装置、具体的には、転がり軸受(ボールベアリング、ローラベアリング等)、ボールねじ、リニアガイド、ボールスプライン、リニアボールベアリング等を指す。
【背景技術】
【0002】
工作機械主軸用軸受には、下記の特許文献1に記載されているように、dmn値(軸受の内径と外径との平均寸法dm≒転動体のピッチ円の直径(単位:mm)と、回転速度n(単位:min-1)との積)が140万以上となる高速回転下での寿命を十分に長くすることが求められている。
一方、半導体装置、液晶パネル、ハードディスク等は、製造工程で各種薬品で洗浄されるため、その製造過程で使用する装置に組み込まれた転がり支持装置には、腐食環境下で良好に作動することが要求される。また、潤滑油やグリース等の潤滑剤は、飛散して汚染の原因となる恐れがあるため使用できない。
【0003】
腐食環境下で使用可能な転がり軸受としては、常圧焼結法で製造されたセラミックス製の外輪と、ガス圧焼結法又はHIP法で製造されたセラミックス製の内輪を備えた耐食性転がり軸受(特許文献2を参照)や、内輪、外輪、および転動体が炭化ケイ素製である転がり軸受(特許文献3を参照)等が知られている。
また、最近、家庭用のエアコンや掃除機にインバータモータが広く使用されるようになったことに伴って、インバータモータ用の転がり軸受がインバータモータからの漏れ電流によって損傷することをコストの低い方法で防止する要求も高まってきている。
【0004】
下記の特許文献4には、セラミックス製品の表面強靱化方法として、硬さが、Hv(ビッカース硬さ)で500以上、且つ、対象となるセラミックス製品のHvに50を足した値以下であり、平均粒子サイズが0.1μm〜200μmであり、表面が凸曲面の微粒子からなる噴射材(ショット)を用いて、セラミックス製品の表面に均一に分布した直線状の転位組織を形成する方法が記載されている。
【0005】
なお、下記の特許文献5には、モータにより一定速度で回転する底部円板と、該円板を底面として周囲に立設された円筒状側壁と、該円筒状側壁の上部開口を閉止する蓋からなり、底部円板内面側と円筒状側壁内面側は、ともに砥粒が付着されて砥材面を形成していると共に、蓋の中央にはホースアダプターが設けられ、加工時、発生する粉塵を吸出するバキュームノズルが接続可能となっていることを特徴とする脆性材料の球体成形加工装置が記載されている。
【0006】
また、下記の特許文献6には、駆動力によって回転する公転軸を中心として回転する公転回転アームと、垂直から前記公転軸側へ傾斜した自転軸を介して前記公転回転アームに自転自在に支持されているミルポットと、前記公転軸の周りの全周に亘って前記公転回転アームの上方に固定して配置され、前記公転回転アームの回転に伴って公転する前記ミルポットの外周面が接触して前記ミルポットに自転を生じさせる外周ポット受けと、を有することを特徴とする遊星ボールミが記載されている。
【特許文献1】特開2005−163893号公報
【特許文献2】特開平8−121488号公報
【特許文献3】特開平10−82426号公報
【特許文献4】特開2004−136372号公報
【特許文献5】特開2006−35334号公報
【特許文献6】特開2006−43578号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の第1の課題は、dmn値が140万以上となる高速回転下や潤滑剤を使用できない腐食環境下においても、寿命を十分に長くできる転がり軸受等の転がり支持装置を提供することである。
本発明の第2の課題は、コストの低い方法で、インバータモータ用の転がり軸受がインバータモータからの漏れ電流によって損傷することを防止することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は、遊星ボールミルのミルポット内に、同じセラミックス製球状体を複数個入れて、遊星ボールミルを作動させ、前記球状体に、ミルポット内に発生する公転に伴う遠心力と自転に伴う遠心力を付与することで、前記球状体同士を衝突させるとともに、前記球状体をミルポットの内壁へ衝突させて、前記球状体の表面に残留応力を導入するボールミル工程を有することを特徴とするセラミックス製球状体の製造方法を提供する。
【0009】
本発明の方法は、窒化珪素、アルミナ、炭化珪素、ジルコニア等からなるセラミック製球状体に適用できる。また、焼結助剤等の添加物を含むものやHIP処理工程を経て作製されたもの等、各種組成・性状のセラミックス製球状体に適用できる。
前記球状体の表面に導入する残留応力は−2000〜−200MPa(「−」は圧縮残留応力であることを意味する。よって、圧縮残留応力の絶対値で200〜2000MPa)の範囲である(破壊靭性値が12MPa・√m以上である)ことが好ましい。また、前記ボールミル工程で、前記球状体に表面から深さ20μmを超えて残留応力を導入することが好ましい。残留応力はX線回折法により測定できる。破壊靭性値は硬さ試験機による圧痕とクラックの大きさから測定できる。
【0010】
本発明の方法においては、前記ボールミル工程の後に仕上げ研磨加工を行うことが好ましい。これにより、セラミックス製球状体に対して前述のボールミル工程を行うことで、球状体の表面粗さが粗くなったり、真円度が低下したりした場合に、靱性、耐摩耗性、および寸法精度に優れ、耐焼き付き性に優れたセラミックス製球状体が得られる。
仕上げ研磨工程後のセラミックス製球状体の表面に存在する圧縮残留応力は、絶対値で100MPaを超えていることが好ましく、250MPa以上であることがより好ましく、500MPa以上であることがさらに好ましく、800MPa以上であることが最も好ましい。破壊靭性値で示すと、5MPa・√mを超えていることが好ましく、6MPa・√m以上であることがより好ましく、8MPa・√m以上であることがさらに好ましく、10MPa・√m以上であることが最も好ましい。
【0011】
本発明の方法と特許文献4の方法を比較した結果を、得られたセラミックス製球状体の表面からの深さと破壊靱性値(残留応力値と相関関係にある値)との関係を示すグラフにまとめて図1に示す。図1のグラフのNo. 1は、後述の実施形態に示す条件で得られた本発明の方法による結果であり、No. 2は、後述の実施形態に示す条件で得られた特許文献4の方法による結果である。
【0012】
このグラフから、本発明の方法では、ボールミル工程で表面から約20μmの深さまで残留応力が導入され、特許文献4の方法では、表面から約10μmの深さまで残留応力が導入されていることが分かる。このように、本発明の方法によれば、特許文献4の方法よりも、セラミックス製球状体の表面の深い位置に残留応力が導入されるため、耐摩耗性および耐焼き付き性により優れたセラミックス製球状体を得ることができる。また、仕上げ研磨加工で例えば表面から深さ3μmの位置まで研磨した場合でも、得られた表面の破壊靱性値は、特許文献4の方法で得られた表面の破壊靱性値より高くなる。
【0013】
このように、本発明の方法によれば、ボールミル工程後のセラミックス製球状体を後加工する場合に、表面の破壊靱性値を高く保持しながら後加工で除去できる表層部の量が大きいため、必要な寸法精度を得るために十分な後加工をすることができる。すなわち、後加工を、1段階の加工に限らず、2段階、あるいは3段階以上の多段加工とすることができる。
【0014】
なお、本発明の方法のボールミル工程は、基本的に同じセラミックス製球状体同士(すなわち、材質および硬度が同じもの同士)の衝突なので、表面の損傷を少なくできる。よって、ボールミル工程の前後で、セラミックス製球状体の表面粗さと寸法精度の変化を少なくできるため、その場合には仕上げ研磨工程等の後加工を必要最小限にすることができる。
【0015】
本発明の方法のボールミル工程は、例えば、特許文献6に記載の遊星ボールミルを使用して行うことができる。また、ミルポットとしては、ステンレススチール製で、メノー、アルミナ、ジルコニア、クロム鋼、または窒化珪素からなる内張り材が設けてあるものが挙げられる。ミルポットの内張り材は、処理されるセラミック製球状体と同じ材質であることが好ましい。
【0016】
ミルポットの内壁の硬さは、処理されるセラミック製球状体の硬さと同じかそれより硬いことが好ましく、具体的にはビッカース硬さ(Hv)1000以上であることが好ましい。
ミルポットの内壁の表面粗さは、内張り材の有無に関わらず、処理されるセラミック製球状体の初期粗さと同じかそれより細かいことが好ましく、具体的には平均粗さ(Ra)で0.0005μm〜3.2μmの範囲であることが好ましい。
遊星ボールミルの作動条件としては、公転速度:300rpm以上1000rpm以下(より好ましくは500rpm以上700rpm以下)、自転速度:600rpm以上2000rpm以下(より好ましくは1000rpm以上1400rpm以下)で、回転時間:1時間以上8時間以下(より好ましくは3時間以上5時間以下)が好ましい。
【0017】
また、ミルポット内へ入れるセラミックス製球状体の量は、最密充填量(ミルポットに最も密に充填した場合に入る量)の50%以上90%以下であることが好ましい。最密充填量の50%未満であると、衝突エネルギーが大きいためボールミル工程の処理時間を短くできるが、ポット内でのセラミック製球状体の動きが激しくなりすぎるため均一な表面が得られにくい。最密充填量の90%を超えると、ポット内でセラミック製球状体の動ける範囲が小さくなるため衝突回数は増えるが、衝突エネルギーが小さくなって処理に時間がかかるようになる。最密充填量の50%以上90%以下とすることで、衝突回数と衝突エネルギーのバランスがとれて効果的に処理できるようになる。より好ましい範囲は、最密充填量の70%以上90%以下である。
【0018】
なお、本発明の方法のボールミル工程では、基本的に、セラミック製球状体同士の衝突エネルギーを利用してセラミックス製球状体に残留応力を導入するため、セラミック製球状体が小さすぎると残留応力が導入されにくい。そのため、好適なセラミックス製球状体の直径は0.3mm以上であり、より好ましくは0.8mm以上であり、さらに好ましくは2mm以上であり、上限はミルポットの内容積などによって決まるが、通常50mm程度である。
【0019】
また、本発明の方法のボールミル工程を、表面粗さが平均粗さ(Ra)で3.2μmRaを超えるセラミックス製球状体に対して行うと、衝突時にセラミックス製球状体に割れや欠けが生じる可能性が高くなる。そのため、セラミックス製球状体の平均粗さ(Ra)を3.2μmRa以下としてからボールミル工程を行うことが好ましい。
本発明の方法の仕上げ研磨加工は、特許文献5に記載の球体成形加工装置を使用して行うことができる。また、ボールラップ盤による加工、バレル加工等の一般的な方法で行うこともできる。
【0020】
さらに、本発明の方法では、球状体同士の衝突や球状体のミルポット内壁への衝突で生じた極微小な破片が、ミルポット内に存在し、衝突に関与することで、残留応力の導入効率を高くしていると考えることもできる。そのため、ミルポット内に最初から、ボールと同じ硬さかそれより硬い(好ましくはHv1000以上)の微粉末を入れておくことが好ましい。
【0021】
また、処理されるセラミック製球状体の直径よりも小さい直径、あるいは、大きい直径の球状体、もしくは、硬度の異なる球状体を同時に介在させることで、衝突エネルギーを制御することも可能であると思われる。衝突エネルギーを制御することで、処理時間、導入する残留応力、処理後の寸法精度等を制御できると考えられる。そのため、ミルポット内に最初から、処理されるセラミック製球状体の直径よりも小さい直径、あるいは、大きい直径の球状体、もしくは、硬度の異なる球状体を入れておくことが好ましい。
【0022】
なお、本発明の方法では、遊星ボールミルを用いてセラミックス球状体に残留応力を導入しているが、セラミックス球状体に残留応力を導入する攪拌装置としては、通常のボールミル、アトライター、振動ボールミル、圧延ミル等も使用できる。使用できるアトライターとしては、三井鉱山(株)製の「アトライタD型」等が挙げられる。
さらに、本発明では、セラミック製球状体について述べているが、セラミック製のものであり、かつ、ボールミル内で均一に衝突エネルギーを付与できる形状のものであれば、ボールミルのポット等の装置、ポットへの充填方法等を改善することにより、球状体以外の形状のものにも適用が可能である。
【0023】
また、本発明の方法のボールミル工程は、常温常圧、通常大気の下での処理が基本であるが、必要に応じて、高温下、低温下での処理や、ミルポット内を加圧したり、減圧したり、ミルポット内に不活性ガスを充填しての処理も可能である。また、潤滑油、軟質金属粉、固体潤滑粉等をミルポット内に入れて、残留応力の導入と同時に、いわゆるコーティングを行うことも可能である。この場合、セラミックス製球状体に油膜等ができると、衝突エネルギーに影響を与えるため、ミルポットに入れる潤滑油、軟質金属粉、固体潤滑粉等の硬度、粘度、および量等と、ボールミル運転条件等を考慮し、セラミック製球状体同士の衝突エネルギーを制御することが好ましい。
【0024】
本発明はまた、互いに対向配置される軌道面を備えた第1部材および第2部材と、両部材の軌道面間に転動自在に配設された複数個の転動体と、を少なくとも備え、転動体が転動することにより第1部材および第2部材の一方が他方に対して相対移動する転がり支持装置において、前記転動体はセラミックス製球状体であり、本発明の方法で得られ、表面に残留応力が導入されていることを特徴とする転がり支持装置を提供する。
【0025】
本発明の転がり支持装置は、本発明の方法で得られたセラミックス製転動体を備えているため、特許文献4の方法で表面が強靱化されたセラミックス製転動体を備えている転がり支持装置よりも、dmn値が140万以上となる高速回転下や潤滑剤を使用できない腐食環境下における寿命が長くなる。
本発明の方法で得られたセラミック製球状体は、ショットブラスト等の処理によるものと比較して、1個の球状体の表面各部位における残留応力値のばらつきが少ない。また、ショットブラスト等の処理によるもと比較して、同一ポット内に充填されたセラミック球状体間の残留応力値・寸法精度のばらつきは少ない。また、ポット間の差も、同一処理条件であればほとんど発生しないことも特徴の一つである。
【0026】
したがって、仕上げ研磨工程を経たものはもちろん、仕上げ研磨工程前でも、得られたセラミック製球状体間の、残留応力値・寸法精度の相互差を少ないものとすることができる。このため、特に、転動体数の多い転がり支持装置に適用した場合は、精度の良い転がり支持装置を得ることが可能である。具体的には、転動体数が10個以上の転がり支持装置に好適である。
【0027】
なお、セラミックス製球状体を転がり軸受の転動体として使用する場合は、表面粗さをRa0.1μm以下とすることが好ましい。そして、本発明の方法のボールミル工程のみで所望の表面粗さが得られる場合には、仕上げ研磨加工を省略できる。また、転がり軸受に、低発塵性、高荷重、低騒音、高速回転などの厳しい性能および条件が求められる場合には、仕上げ研磨加工を行って、表面粗さをRa0.010μm以下とすることが好ましく、Ra0.008μm以下とすることがより好ましい。
【0028】
本発明はまた、本発明の方法で得られ、表面に残留応力が均一に導入されたアルミナ製球状体を転動体として有することを特徴とするエアコンのインバータモータ用転がり軸受を提供する。
本発明の方法で得られ、表面に残留応力が均一に導入されたアルミナ製球状体は、破壊靱性に優れ、寸法精度も良好なものであるため、回転に伴う振動特性、起動・回転時のトルク性能、および耐久性に優れる。また、アルミナは窒化珪素と比較して安価である。よって、本発明のインバータモータ用転がり軸受によれば、コストの低いアルミナ製球状体を転動体として用いながら、インバータモータからの漏れ電流によって損傷することを防止できる。
【0029】
本発明はまた、セラミックス製球状体として常圧焼結法で得られた多孔質窒化珪素球状体を用い、本発明の方法で得られ、表面に残留応力が均一に導入された多孔質窒化珪素球状体を転動体として有することを特徴とする転がり軸受を提供する。
本発明はまた、セラミックス製球状体として常圧焼結法で得られた多孔質窒化珪素球状体を用い、本発明の方法で得られ、表面に残留応力が均一に導入された多孔質窒化珪素球状体を転動体として有することを特徴とするエアコンのインバータモータ用転がり軸受を提供する。
【0030】
これらの転がり軸受によれば、セラミックス製球状体として常圧焼結法で得られた多孔質窒化珪素球状体を使用することで、加圧焼結法で得られた緻密な窒化珪素球状体を使用した場合よりも、表面に潤滑油が保持され易いため、油膜形成状態が低下する条件下での耐久性が良好となる。
使用する多孔質窒化珪素球状体の空孔率は面積率で0.5%以上5.0%以下であることが好ましく、空孔の大きさ(直径)は2μm以上50μm以下であることが好ましい。空孔率が面積率で0.5%未満であると、表面に潤滑油を保持する作用が実質的に得られない。空孔率が面積率で5.0%を超えると、表面に残留応力が均一に導入され難い。空孔の大きさ(直径)が2μm未満であると、表面に潤滑油を保持する作用が実質的に得られない。空孔の大きさ(直径)が50μmを超えると、表面に残留応力が均一に導入され難い。
【発明の効果】
【0031】
本発明の方法によれば、特許文献4の方法よりも、靱性、耐摩耗性、および耐焼き付き性に優れたセラミックス製球状体が得られる。
本発明の転がり支持装置は、dmn値が140万以上となる高速回転下や潤滑剤を使用できない腐食環境下における寿命が長い。
また、本発明のインバータモータ用転がり軸受によれば、コストの低い方法で、インバータモータからの漏れ電流によって損傷することを防止できる。
また、セラミックス製球状体として常圧焼結法で得られた多孔質窒化珪素球状体を使用して、表面に残留応力が均一に導入された転動体を備えた転がり軸受によれば、油膜形成状態が低下する条件下での耐久性が良好となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、本発明の実施形態について説明する。
〔第1実施形態〕
図2は、本発明の転がり支持装置の実施形態である転がり軸受の構造を示す部分縦断面図である。
この転がり軸受は、呼び番号6000の深溝玉軸受(内径10mm、外径26mm、幅8mm、玉の直径4.762mm)であり、外周面に軌道面1aを有する内輪(第1部材)1と、軌道面1aに対向する軌道面2aを内周面に有する外輪(第2部材)2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の玉(転動体)3と、玉3を保持する保持器4と、からなる。
【0033】
内輪1と外輪2は、SUS440Cからなる素材を所定形状に加工し、通常の熱処理を施したものを用いた。
No. 1では、Hv1500の窒化珪素製素材を直径4.768mmの球状に加工し、表面粗さ(Ra)を0.008μmにした後、下記の方法でボールミル工程を行い、次いで、ボールラップ盤を用いて仕上げ研磨を行った。これを玉3として用いた。この玉3の表面粗さ(Ra)は、ボールミル工程前と同じ0.008μmであった。なお、仕上げ研磨前の表面粗さ(Ra)は、ボールミル工程前より0.005μm粗い0.013μmであった。
【0034】
<ボールミル工程条件>
使用した装置:フリッチュ社製「遊星型ボールミル P−5」。ミルポットは、全容積45ミリリットル(cc)、クロム鋼製。
ミルポット内へ入れた窒化珪素製球状体の量:ミルポットの最密充填量の50体積%
公転速度:500rpm
自転速度:1000rpm
回転時間:3時間
【0035】
No. 2では、Hv1500の窒化珪素製素材を直径4.762mmの球状に加工し、表面粗さ(Ra)を0.008μmにした後、硬さがHv1500で、平均粒径が150μmで、比重が3.98のアルミナビーズをショットとして用い、投射圧:0.5MPa、投射速度:50m/s、投射量:400g/min、投射時間:10sの条件でショットブラストを行った。これを玉3として用いた。この玉3の表面粗さ(Ra)は、ショットブラスト前より0.008μm粗い、0.016μmとなった。
【0036】
No. 3では、Hv1500の窒化珪素製素材を直径4.762mmの球状に加工し、表面粗さ(Ra)を0.008μmにしたものを、そのまま玉3として用いた。
なお、表面粗さの測定は、Hv1500の窒化珪素製で、10mm×10mmで厚さが5mmの板状試験片を用いて行った。すなわち、No. 1では、この試験片の表面に対して、上述のNo. 1の玉3に対する方法と同じ方法でボールミル工程と研磨を行ったものを用いた。No. 2では、この試験片の表面に対して、上述のNo. 2の玉3に対する方法と同じ方法でショットブラストを行ったものを用いた。No. 3では、この試験片をそのまま用いた。
【0037】
また、これらのNo. 1〜3の玉3に対応させた試験片を用いて、破壊靱性値を測定したところ、No. 1では15MPa・√m、No. 2では11MPa・√m、No. 3では6MPa・√mであった。
なお、図1は、No. 1および2について、試験片の表面から各深さ位置で破壊靱性値を測定した結果を示すグラフである。図1において、No. 1の試験片の表面の破壊靱性値は15.3MPa・√mであるが、玉3としては仕上げ研磨によりボールミル工程後の表面から3μm程度が除去されたものを用いるため、No. 1の玉3の表面の破壊靱性値は15.0MPa・√mとなる。
【0038】
得られたサンプルNo. 1〜3の玉3と、前述の内輪1および外輪3と、フッ素樹脂製の保持器4を用いて、図2に示す転がり軸受を組み立てた。そして、組み立てた各転がり軸受を図3に示す日本精工(株)製の軸受回転試験機にかけて、腐食性液中に浸漬した状態での耐久性を調べた。
この試験機は、試験軸受10の内輪を先端部11aに取り付ける軸11と、外輪を内挿するハウジング12を備えている。ハウジング12の外周部にはプレート13が固定され、このプレート13に振動計14が取り付けられている。ハウジング12の外周部のプレート13とは反対の側に、ワイヤー15の一端が固定されている。このワイヤー15の他端に、試験軸受10にラジアル荷重を付与するための重り16が取り付けられている。
【0039】
この試験機では、また、容器20を載せる台30にアーム31が固定され、その上に滑車32が取り付けてある。試験軸受10は、軸11とハウジング12との間に取り付けられた状態で容器20内に設置する。そして、この状態で、ワイヤー15を滑車32を介して台31の側部に垂下させる。容器20内には水Wが入っている。
また、軸11の回転装置として、モータ111とスピンドル112と連結継ぎ手113とからなる回転装置110を備えている。
【0040】
この試験機により下記の条件で回転試験を行い、振動値を基準とした軸受寿命を測定した。すなわち、軸受に生じる振動を回転試験中に常時測定し、この振動値が初期値の3倍以上となった時点で試験を中止し、それまでの総回転数を寿命とした。なお、全ての転がり軸受に対してグリースおよび潤滑油による潤滑は行わなかった。
<回転試験条件>
雰囲気温度:常温
ラジアル荷重:9N
回転速度:3000min-1
【0041】
そして、各試験用軸受の耐久性(回転寿命)を比較するために、サンプルNo. 3の転がり軸受の寿命を「1」とした時の相対値を算出した。その結果、寿命の相対値が、本発明の実施例に相当する方法で作製した玉3を用いたNo. 1では「10」であり、特許文献4の方法で作製した玉3を用いたNo. 2では「3」であった。
このように、本発明の実施例に相当するNo. 1の玉3を用いた転がり軸受は、No. 2および3を用いた転がり軸受と比較して、腐食性環境下での寿命が著しく長くなる。
【0042】
〔第2実施形態〕
図4は、本発明の転がり支持装置の実施形態である転がり軸受の構造を示す部分縦断面図である。
この転がり軸受は、呼び番号70BNR10Tのアンギュラ玉軸受(内径70mm、外径100mm、幅20mm、玉の直径8.73mm)であり、外周面に軌道面1aを有する内輪(第1部材)1と、軌道面1aに対向する軌道面2aを内周面に有する外輪(第2部材)2と、両軌道面1a,2a間に転動自在に配された複数の玉(転動体)3と、玉3を保持する保持器4と、シール5と、からなる。
【0043】
第1実施形態と同じ方法で作製したNo. 1〜3の玉と、SHX材を用いた以外は第1実施形態と同じ方法で作製した内輪1および外輪2と、フェノール樹脂製の保持器4を用いて、図4に示す転がり軸受を組み立てた。
そして、組み立てた各転がり軸受を図5に示す試験機にかけて、オイルエアー潤滑での耐焼付き性を調べる試験を行った。この試験機は、ベルト21で駆動される回転軸22を有し、この回転軸22とハウジング23との間に試験軸受24として、図4の転がり軸受を取り付ける。また、回転軸22のベルト21とは反対側の端部に、サポート軸受25が取り付けられている。また、各試験軸受24の軸受空間に向かう流路26を設け、その入口26aに、オイルエアー導入チューブのコネクタを取り付ける。さらに、試験軸受24の外輪の温度を測定する熱電対27が設けてある。
【0044】
この試験機により下記の条件で回転速度を変えて回転試験を行い、2時間後に試験軸受24の外輪の温度が試験前よりどれくらい上昇するかを調べた。その結果を図6のグラフに示す。
<回転試験条件>
雰囲気温度:常温
アキシャル荷重:200N
回転速度:5000min-1、10000min-1、15000min-1、20000min-1、25000min-1、30000min-1
オイルエアーとして供給した潤滑油:VG22(鉱油)
オイルエアー供給量:0.2ミリリットル/min
【0045】
図6のグラフから分かるように、本発明の実施例に相当する方法で作製した玉3を用いたNo. 1では、特許文献4の方法で作製した玉3を用いたNo. 2よりも外輪温度上昇値が小さかった。よって、本発明の実施例に相当する方法で作製した玉3を用いたNo. 1では、特許文献4の方法で作製した玉3を用いたNo. 2よりも、オイルエアー潤滑での耐焼付き性に優れている。
【0046】
また、本発明の実施例に相当する方法で作製した玉3を用いたNo. 1では、回転速度が30000min-1(dmn値255万に相当)で外輪温度上昇値が25℃であった。これに対して、特許文献4の方法で作製した玉3を用いたNo. 2では、回転速度が15000min-1(dmn値127.5万に相当)で外輪温度上昇値が25℃であり、回転速度が30000min-1では50℃であった。
したがって、本発明の実施例に相当するNo. 1の玉3を用いた転がり軸受は、No. 2および3を用いた転がり軸受と比較して、dmn値が140万以上となる高速回転下での寿命を十分長くできることが分かる。
【0047】
〔第3実施形態〕
図7は、本発明の第3実施形態である転がり軸受の構造を示す断面図である。
この転がり軸受は、呼び番号695の深溝玉軸受(内径5.0mm、外径13.0mm、幅4.0mm、玉の直径2.0mm)であり、内輪1、外輪2、玉3、および冠型保持器4で構成されている。
内輪1と外輪2は、SUS440Cからなる素材を所定形状に加工し、通常の熱処理を施したものを用いた。
【0048】
No. 3−1では、常圧焼結法で形成されたHv1500の窒化珪素製素材を、直径が2.0mmより少し大きい球状に加工し、表面粗さ(Ra)を0.008μmにした後、下記の方法でボールミル工程を行い、次いで、ボールラップ盤を用いて仕上げ研磨を行って、直径を2.0mmにし、これを玉3として用いた。この玉3の表面粗さ(Ra)は、ボールミル工程前と同じ0.008μmであった。なお、仕上げ研磨前の表面粗さ(Ra)は、ボールミル工程前より0.005μm粗い0.013μmであった。
【0049】
<ボールミル工程条件>
使用した装置:フリッチュ社製「遊星型ボールミル P−5」。ミルポットは、全容積45ミリリットル(cc)、クロム鋼製。
ミルポット内へ入れた窒化珪素製球状体の量:ミルポットの最密充填量の50体積%
公転速度:500rpm
自転速度:1000rpm
回転時間:3時間
【0050】
No. 3−2では、常圧焼結法で形成されたHv1500の窒化珪素製素材を直径2.0mmの球状に加工し、表面粗さ(Ra)を0.008μmにしたものを、そのまま玉3として用いた。
No. 3−3では、加圧焼結法(HIP法)で形成されたHv1500の窒化珪素製素材を直径2.0mmの球状に加工し、表面粗さ(Ra)を0.008μmにしたものを、そのまま玉3として用いた。
【0051】
また、これらのNo. 3−1〜3−3の玉3に対応させた試験片を用いて、破壊靱性値を測定したところ、No. 3−1では8MPa・√m、No. 3−2では4MPa・√m、No. 3−3では7MPa・√mであった。
得られたサンプルNo. 3−1〜3−3の玉3と、前述の内輪1および外輪2と、フッ素樹脂製の冠型保持器4を用いて、図7に示す転がり軸受を組み立てた。そして、組み立てた各転がり軸受を図8に示す回転試験機にかけて、玉3の耐久性を調べた。図8では保持器4が省略されている。
【0052】
この試験機は、連結継手(カップリング)113を介してモータ111に連結された軸11を有し、この軸11とハウジング12の間に、試験軸受10として、同じ玉3が配置された図7の転がり軸受を2個取り付ける。そして、試験軸受10に、間座114、ばね115、ナット116を用いて軸方向の予圧を負荷した状態で、モータ111により軸11を回転させ、内輪1、外輪2が破損した場合は、破損した内輪1、外輪2のみを交換して回転を継続し、玉3が破損するまでの回転時間を調べた。
【0053】
各サンプルの回転時間をNo. 3−3の回転時間で除算することで、No. 3−3を「1」とした相対値を算出した。その結果、No. 3−1の耐久時間はNo. 3−3の5倍であり、No. 3−2の耐久時間はNo. 3−3の半分であることが分かった。なお、No. 3−1の玉はNo. 3−3の玉の1/5程度のコストで得られる。
このように、常圧焼結法で形成されてボールミル処理がなされ、仕上げ研磨して得られたNo. 3−1の玉を備えた転がり軸受は、加圧焼結法(HIP法)で形成されたNo. 3−3の玉を備えた転がり軸受よりも、耐久性に優れ、低コストで得られることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】セラミックス試験片の表面に対して、本発明の方法でボールミル工程を行った場合と、特許文献4の方法でショットブラストした場合の、セラミックス試験片の表面からの深さと破壊靱性値との関係を示すグラフである。
【図2】本発明の第1実施形態である転がり軸受の構造を示す部分縦断面図である。
【図3】第1実施形態で使用した、腐食性液中に浸漬した状態での耐久性を調べる回転試験機を示す概略構成図である。
【図4】本発明の第2実施形態である転がり軸受の構造を示す部分縦断面図である。
【図5】第2実施形態で使用した、オイルエアー潤滑での耐焼付き性を調べる回転試験機を示す概略構成図である。
【図6】回転速度を変えて回転試験を行い、外輪温度上昇値の変化を調べた結果を示すグラフである。
【図7】本発明の第3実施形態である転がり軸受の構造を示す断面図である。
【図8】第3実施形態で使用した玉の耐久性を調べる回転試験機を示す概略構成図である。
【符号の説明】
【0055】
1 内輪(第2部材)
1a 軌道面
2 外輪(第1部材)
2a 軌道面
3 玉(転動体)
4 保持器
10 試験軸受
11 軸
11a 軸の先端部
110 回転装置
111 モータ
112 スピンドル
113 連結継ぎ手
114 間座
115 ばね
116 ナット
12 ハウジング
13 プレート
14 振動計
15 ワイヤー
16 重り
20 容器
30 台
31 アーム
32 滑車
21 ベルト
22 回転軸
23 ハウジング
24 試験軸受
25 サポート軸受
26 オイルエアー導入用流路
26a オイルエアー導入口
27 熱電対
W 水

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遊星ボールミルのミルポット内に、同じセラミックス製球状体を複数個入れて、遊星ボールミルを作動させ、前記球状体に、ミルポット内に発生する公転に伴う遠心力と自転に伴う遠心力を付与することで、前記球状体同士を衝突させるとともに、前記球状体をミルポットの内壁へ衝突させて前記球状体の表面に残留応力を導入するボールミル工程を有することを特徴とするセラミックス製球状体の製造方法。
【請求項2】
前記ボールミル工程の後に、仕上げ研磨加工を行うことを特徴とする請求項1記載のセラミックス製球状体の製造方法。
【請求項3】
前記ミルポットの少なくとも内壁はセラミックス製である請求項1又は2記載のセラミックス製球状体の製造方法。
【請求項4】
前記ミルポットの内壁の硬さがビッカース硬さ(Hv)1000以上である請求項1〜3のいずれか1項に記載のセラミックス製球状体の製造方法。
【請求項5】
互いに対向配置される軌道面を備えた第1部材および第2部材と、両部材の軌道面間に転動自在に配設された複数個の転動体と、を少なくとも備え、転動体が転動することにより第1部材および第2部材の一方が他方に対して相対移動する転がり支持装置において、
前記転動体はセラミックス製球状体であり、請求項2記載の方法で得られ、表面に残留応力が均一に導入されていることを特徴とする転がり支持装置。
【請求項6】
請求項2記載の方法で得られ、表面に残留応力が均一に導入された窒化珪素球状体を転動体として有することを特徴とする転がり軸受。
【請求項7】
請求項2記載の方法で得られ、表面に残留応力が均一に導入されたアルミナ製球状体を転動体として有することを特徴とするエアコンのインバータモータ用転がり軸受。
【請求項8】
セラミックス製球状体として常圧焼結法で得られた多孔質窒化珪素球状体を用い、請求項2記載の方法で得られ、表面に残留応力が均一に導入された多孔質窒化珪素球状体を転動体として有することを特徴とする転がり軸受。
【請求項9】
セラミックス製球状体として常圧焼結法で得られた多孔質窒化珪素球状体を用い、請求項2記載の方法で得られ、表面に残留応力が均一に導入された多孔質窒化珪素球状体を転動体として有することを特徴とするエアコンのインバータモータ用転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−197873(P2009−197873A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−39198(P2008−39198)
【出願日】平成20年2月20日(2008.2.20)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】