説明

セリンパルミトイルトランスフェラーゼmRNA発現促進剤

【課題】天然抽出物を含有したセリンパルミトイルトランスフェラーゼmRNA発現促進剤を提供する。
【解決手段】セリンパルミトイルトランスフェラーゼmRNA発現促進剤に、イロハモミジからの抽出物を有効成分として含有せしめる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セリンパルミトイルトランスフェラーゼmRNA発現促進剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
セラミドは、表皮細胞の角化の過程においてセリンとパルミトイル−CoAとを基に、セラミド合成の律速酵素として知られるセリンパルミトイルトランスフェラーゼ(SPT)をはじめとする酵素の働きにより生成される。セラミドは、皮膚最外層を覆う角質細胞間脂質の主成分として特異的に存在し、皮膚本来が持つ生体と外界とのバリア膜としての機能維持に重要な役割を果たしている。
【0003】
角層の構造は、レンガとモルタルとに例えられ、15層ほどに積み重なった角層細胞を細胞間脂質が繋ぎ止める形で強固なバリア膜を形成している。角層細胞は、アミノ酸を主成分とする天然保湿因子を細胞内に含有することによって水分を保持し、一方、角質細胞間脂質は、約50%のセラミドを主成分とし、コレステロール、脂肪酸等の両親媒性脂質から構成されており、疎水性部分と親水性部分とが交互に繰り返される層板構造、いわゆるラメラ構造を特徴としている。
【0004】
様々な内的・外的要因による皮膚のバリア機能の低下は、経表皮水分蒸散量を増加させ、皮膚のかさつき、落屑、掻痒感等を惹き起こし、いわゆる乾燥肌に陥る。また、皮膚のバリア機能の低下は、皮膚の炎症を増大させ、外界からの様々な刺激に対する防御機能が低下するという悪循環に陥る。最近の研究において、加齢により、又はバリア障害として知られるアトピー性皮膚炎患者において、角層セラミド成分(いわゆる細胞間脂質)の減少や組成変化が報告されており(非特許文献1参照)、皮膚のバリア機能の維持、改善にセラミドが重要であることが広く知られるようになっている。このような考え方に基づいて、皮膚のバリア機能を改善する方法として、セラミドを外部から補う方法(非特許文献2参照)や皮膚内部においてセラミド産生能を高める方法(非特許文献3参照)等が知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Akimoto K et al.,"J. Dermatol.",1993,Vol.20,p.1
【非特許文献2】Kenya I et al.,"フレグランスジャーナル",2004,Vol.11,p.23-32
【非特許文献3】Tanno O et al.,"Br. J. Dermatol.",2000,Vol.143,p.524
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、安全性の高い天然物の中からセリンパルミトイルトランスフェラーゼmRNA発現促進作用を有するものを見出し、それを有効成分とするセリンパルミトイルトランスフェラーゼmRNA発現促進剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、セリンパルミトイルトランスフェラーゼmRNA発現促進剤は、イロハモミジからの抽出物を有効成分として含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、天然物であるイロハモミジからの抽出物を有効成分として含有し、安全性に優れたセリンパルミトイルトランスフェラーゼmRNA発現促進剤を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明について説明する。
本発明のセリンパルミトイルトランスフェラーゼmRNA発現促進剤は、イロハモミジからの抽出物を有効成分として含有する。
【0010】
ここで本発明において「イロハモミジからの抽出物」には、イロハモミジを抽出原料として得られる抽出液、当該抽出液の希釈液若しくは濃縮液、当該抽出液を乾燥して得られる乾燥物、又はこれらの粗精製物若しくは精製物のいずれもが含まれる。
【0011】
本発明において使用する抽出原料は、イロハモミジ(学名:Acer palmatum)である。
【0012】
イロハモミジ(Acer palmatum)は、カエデ科カエデ属に属する落葉亜高木であって、イロハカエデ、タカオモミジ、タカオカエデ等とも呼ばれる。また、イロハモミジは、四国、九州、朝鮮南部、中国東部などに分布しており、これらの地域から容易に入手可能である。抽出原料として用いるイロハモミジの構成部位は特に限定されるものではなく、例えば、葉部、枝部、根部、樹皮、種子等の構成部位を抽出原料として用いることができるが、これらのうち特に葉部を抽出原料として用いることが好ましい。
【0013】
イロハモミジからの抽出物に含有されるSPTmRNA発現促進作用を有する物質の詳細は不明であるが、植物の抽出に一般に用いられている抽出方法によって、イロハモミジからこの作用を有する抽出物を得ることができる。
【0014】
例えば、上記植物を乾燥した後、そのまま又は粗砕機を用いて粉砕し、抽出溶媒による抽出に供することにより、SPTmRNA発現促進作用を有する抽出物を得ることができる。乾燥は天日で行ってもよいし、通常使用される乾燥機を用いて行ってもよい。また、ヘキサン等の非極性溶媒によって脱脂等の前処理を施してから抽出原料として使用してもよい。脱脂等の前処理を行うことにより、イロハモミジの極性溶媒による抽出処理を効率よく行うことができる。
【0015】
抽出溶媒としては、極性溶媒を使用するのが好ましく、例えば、水、親水性有機溶媒等が挙げられ、これらを単独で又は2種以上を組み合わせて、室温又は溶媒の沸点以下の温度で使用することが好ましい。
【0016】
抽出溶媒として使用し得る水としては、純水、水道水、井戸水、鉱泉水、鉱水、温泉水、湧水、淡水等のほか、これらに各種処理を施したものが含まれる。水に施す処理としては、例えば、精製、加熱、殺菌、濾過、イオン交換、浸透圧調整、緩衝化等が含まれる。したがって、本発明において抽出溶媒として使用し得る水には、精製水、熱水、イオン交換水、生理食塩水、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水等も含まれる。
【0017】
抽出溶媒として使用し得る親水性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール等の炭素数1〜5の低級脂肪族アルコール;アセトン、メチルエチルケトン等の低級脂肪族ケトン;1,3−ブチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等の炭素数2〜5の多価アルコール等が挙げられる。
【0018】
2種以上の極性溶媒の混合液を抽出溶媒として使用する場合、その混合比は適宜調整することができる。例えば、水と低級脂肪族アルコールとの混合液を使用する場合には、水10容量部に対して低級脂肪族アルコール1〜90容量部を混合することが好ましく、水と低級脂肪族ケトンとの混合液を使用する場合には、水10容量部に対して低級脂肪族ケトン1〜40容量部を混合することが好ましく、水と多価アルコールとの混合液を使用する場合には、水10容量部に対して多価アルコール10〜90容量部を混合することが好ましい。
【0019】
抽出処理は、抽出原料に含まれる可溶性成分を抽出溶媒に溶出させ得る限り特に限定はされず、常法に従って行うことができる。例えば、抽出原料の5〜15倍量(質量比)の抽出溶媒に、抽出原料を浸漬し、常温又は還流加熱下で可溶性成分を抽出させた後、濾過して抽出残渣を除去することにより抽出液を得ることができる。得られた抽出液は、該抽出液の希釈液若しくは濃縮液、該抽出液の乾燥物、又はこれらの粗精製物若しくは精製物を得るために、常法に従って希釈、濃縮、乾燥、精製等の処理を施してもよい。
【0020】
精製は、例えば、活性炭処理、吸着樹脂処理、イオン交換樹脂処理等により行うことができる。得られた抽出液はそのままでもSPTmRNA発現促進剤の有効成分として使用することができるが、濃縮液又は乾燥物としたものの方が使用しやすい。
【0021】
イロハモミジからの抽出物は特有の匂いを有しているため、その生理活性の低下を招かない範囲で脱色、脱臭等を目的とする精製を行うことも可能であるが、皮膚化粧料又は飲食品に配合する場合には大量に使用するものではないから、未精製のままでも実用上支障はない。
【0022】
以上のようにして得られるイロハモミジからの抽出物は、SPTmRNA発現促進作用を有しているため、その作用を利用してSPTmRNA発現促進剤の有効成分として用いることができる。
【0023】
また、イロハモミジからの抽出物は、上記SPTmRNA発現促進作用を通じて、セラミドの合成を促進し、皮膚バリア機能を改善することができるため、皮膚バリア機能改善剤の有効成分としても用いることができる。具体的にはアトピー性皮膚炎等の炎症性疾患による皮膚バリア機能障害の予防、治療又は改善剤等の有効成分として用いることができる。さらに、イロハモミジからの抽出物は、上記SPTmRNA発現促進作用を通じて、セラミドの合成を促進することができるため、セラミドの合成障害に起因する疾患(例えば、アトピー性皮膚炎等)の予防又は治療剤の有効成分としても用いることができる。
【0024】
本発明のSPTmRNA発現促進剤は、イロハモミジからの抽出物のみからなるものであってもよいし、上記抽出物を製剤化したものであってもよい。
【0025】
イロハモミジからの抽出物は、デキストリン、シクロデキストリン等の薬学的に許容し得るキャリアーその他任意の助剤を用いて、常法に従い、粉末状、顆粒状、錠剤状、液状等の任意の剤形に製剤化することができる。この際、助剤としては、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、安定剤、矯臭剤等を用いることができる。イロハモミジからの抽出物は、他の組成物(例えば、皮膚化粧料等)に配合して使用することができるほか、軟膏剤、外用液剤、貼付剤等として使用することができる。
【0026】
なお、本発明のSPTmRNA発現促進剤は、必要に応じて、SPTmRNA発現促進作用を有する他の天然抽出物を配合して有効成分として用いることができる。
【0027】
本発明のSPTmRNA発現促進剤の投与方法としては、一般に経皮投与、経口投与等が挙げられるが、疾患の種類に応じて、その予防・治療等に好適な方法を適宜選択すればよい。また、本発明のSPTmRNA発現促進剤の投与量も、疾患の種類、重症度、患者の個人差、投与方法、投与期間等によって適宜増減すればよい。
【0028】
本発明のSPTmRNA発現促進剤は、イロハモミジからの抽出物が有するSPTmRNA発現促進作用を通じて、セラミドの合成を促進することができ、これにより、しわ、弾力性の低下等の皮膚の老化症状を予防又は改善することができるとともに、アトピー性皮膚炎等の炎症性疾患による皮膚バリア機能障害やアトピー性皮膚炎等のセラミド合成障害に起因する疾患を予防、治療又は改善することができる。ただし、本発明のSPTmRNA発現促進剤は、これらの用途以外にもSPTmRNA発現促進作用を発揮することに意義のあるすべての用途に用いることができる。
【0029】
なお、本発明のSPTmRNA発現促進剤は、ヒトに対して好適に適用されるものであるが、それぞれの作用効果が奏される限り、ヒト以外の動物に対して適用することもできる。
【実施例】
【0030】
以下、試験例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の各例に何ら制限されるものではない。なお、下記試験例において、試料としてイロハモミジ抽出物(丸善製薬社製,商品名:モミジ抽出液,試料1)を使用した。
【0031】
〔試験例1〕SPTmRNA発現促進作用試験
上記イロハモミジ抽出物(試料1)について、以下のようにしてSPTmRNA発現促進作用を試験した。
【0032】
正常ヒト新生児包皮表皮角化細胞(NHEK)を35mmのdishに播種し、37℃、5%CO−95%airの条件下にて24時間培養を行った。培養終了後、培地を所定濃度の試料添加培地(試料1,試料濃度:3.13μg/mL,12.5μg/mL)に交換し、さらに24時間培養した。培養終了後、下記方法により総RNAを調製した。また、「試料無添加」で培養した細胞についても、同様にして総RNAを調製した。
【0033】
細胞を1mLのRNA抽出用試薬(ISOGEN,ニッポンジーン社製)で溶解し、クロロホルムを200μL添加後、遠心(12000回転,4℃,15分間)にて上層RNA層を単離し、さらにイソプロパノールで濃縮した。濃縮沈殿させた総RNAをTE溶液(10mMのTris−HCl/1mMのEDTA,pH8.0)に溶解して総RNA標品とし、PCR装置(TaKaRa PCR Thermal Cycler MP,タカラバイオ社製)及びリアルタイムPCRキット(TaKaRa ExScript RT reagent Kit,RR035A,タカラバイオ社製)を用いてSPTmRNA発現量を測定するための鋳型に使用する一本鎖DNAを合成した。
【0034】
これを鋳型とし、SPT及び内部標準であるGAPDHのmRNAの発現量を測定した。検出はリアルタイムPCR装置Smart Cycler(Cepheid社製)を用いて、TaKaRa SYBR Prime Script RT-PCR kit(Perfect Real Time,code No. RR063A)によるリアルタイム2Step RT-PCR反応により行った。SPTの発現量は、「試料無添加」で及び「試料添加」でそれぞれ培養した細胞から調製した総RNA標品を基にして、GAPDHの値で補正値を求め、さらに「試料無添加」の補正値を100としたときの「試料添加」の補正値を算出した。得られた結果から、下記式によりSPTmRNA発現促進率(%)を算出した。
【0035】
SPTmRNA発現促進率(%)=A/B×100
上記式において、Aは「試料添加時の補正値」を表し、Bは「試料無添加時の補正値」を表す。
【0036】
上記試験の結果、イロハモミジ抽出物(試料1)のSPTmRNA発現促進率は、試料濃度3.13μg/mLのときに129.4%であり、試料濃度12.5μg/mLのときに142.1%であった。このように、イロハモミジ抽出物は、優れたSPTmRNA発現促進作用を有することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明のセリンパルミトイルトランスフェラーゼmRNA発現促進剤は、皮膚のバリア機能等の改善に大きく貢献することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イロハモミジからの抽出物を有効成分として含有することを特徴とするセリンパルミトイルトランスフェラーゼmRNA発現促進剤。

【公開番号】特開2011−68594(P2011−68594A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−220917(P2009−220917)
【出願日】平成21年9月25日(2009.9.25)
【出願人】(591082421)丸善製薬株式会社 (239)
【Fターム(参考)】