説明

ゼラチン残渣中のヒドロキシプロリンの回収方法

【課題】ゼラチン残渣よりのヒドロキシプロリン回収方法を提供する。
【解決手段】ゼラチン製造工程の残渣を加水分解して、ヒドロキシプロリンおよびヒドロキシプロリルプロリン以外の他のアミノ酸を代謝分解する能力を有する微生物を用いる、ゼラチン残渣からのヒドロキシプロリンおよびヒドロキシプロリルプロリンの回収方法。該微生物は、プロリダーゼとプロリナーゼ(プロリルペプチダーゼ)とを生産し、ヒドロキシプロリン以外のアミノ酸を代謝する能力を有するもの、特にプロテウス・ミラビリスである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゼラチン製造工程より排出されるゼラチン残渣から、医薬合成原料として有用なアミノ酸のトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリンおよびトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリル−L−プロリンの回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒドロキシプロリンの製造法としては、アリルブロマイドとジエチルアセトアミドマロン酸とから合成する方法(例えば、非特許文献1参照)、D−グルタミン酸から合成する方法(例えば、非特許文献2参照)、グリオキサールとオキサロ酢酸とから合成する方法(例えば、非特許文献3参照)などの化学合成法と、プロリンの水酸化によって合成する方法(例えば、非特許文献4参照)の酵素的合成法がある。しかしながら、いずれの合成法も光学異性体や構造異性体が生成し、トランス−4−ヒドロキシ−L−プロリンのみを得るためには煩雑な分離工程が必要である。
【0003】
一方、ヒドロキシプロリンを含有するコラーゲン加水分解物から他のアミノ酸を分解して残りのトランス−L−ヒドロキシプロリンを得る方法(例えば、特許文献5参照)が知られている。この方法によれば光学異性体や構造異性体の混在が無く、トランス−4−ヒドロキシ−L−プロリンを得ることができる。しかしながら、この方法では原料となるコラーゲンを酸加水分解することが必要で、さらに中和などの工程を経ねばならない。
【0004】
【非特許文献1】ブリテン・オブ・ザ・ケミカルソサエティー・オブ・ジャパン(Bulletin of the Chemical Society of Japan),46巻,2924頁(1973年)
【非特許文献2】ブリテン・オブ・ザ・ケミカルソサエティー・オブ・ジャパン(Bulletin of Chemical Society of Japan),47巻,1704頁(1974年)
【非特許文献3】ジャーナル・オブ・オーガニック・ケミストリー(Journal of Organic Chemistry),42巻,3440頁(1977年)
【非特許文献4】バイオサイエンス・バイオテクノロジー・アンド・バイオケミストリー(Bioscience,Biotechnology,and Biochemistry),64巻,746頁(2000年)
【特許文献5】特開平05−130883号 公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
不溶性のコラーゲンからゼラチンを製造する工程の廃棄物として排出されるゼラチン残渣は、そのまま廃棄物として処理するためには処理費用が掛り、また一方飼料として利用するためには乾燥することが必要である。そこで、水分含量の多く、固形物も多く含まれるゼラチン残渣から少ない工程によって有用なアミノ酸を回収して医薬品等の原料として用いることが望まれている。
【0006】
このようなコラーゲン分子のペプチド結合を切断し、ヒドロキシプロリンを遊離させるための酵素としては、少なくともプロリンのイミノ基側を加水分解するプロリダーゼとプロリンのカルボキシル基側を加水分解するプロリナーゼ(プロリルペプチダーゼ)の2つの酵素が必要である。
【007】
プロリダーぜを生産する微生物としては、大腸菌、ラクトコッカス・クレモリス、キサントモナス・マルトフィリアが知られ、一方、プロリナーぜを生産する微生物としては、フラボバクテリウム・メニンゴセプチカム、バチルス・コアグランス、スフィンゴモナス・カプスラタが知られている。そして、これら両者を生産する微生物としては、わずかにキサントモナス・マルトフィリアのみが報告されている(例えば非特許文献6参照)。しかしながら、ゼラチンを自身の酵素で分解して生じるヒドロキシプロリンを代謝する能力が無く、他のアミノ酸のみを代謝する能力を持つ微生物については報告されていない。
【0008】
【非特許文献6】タンパク質核酸酵素,42巻,2198頁(1997年)
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、50箇所以上の土壌中の微生物をゼラチン残渣を栄養源とする培地で馴養して、当該培地に生育可能でヒドロキシプロリンを残して他のアミノ酸を代謝分解する微生物を鋭意検索した結果、プロリダーゼとプロリナーゼの2つの酵素を合せ持ち、さらにプロリンを代謝する能力を持たないと考えられる細菌を土壌中より分離した。この分離した細菌菌株を、ゼラチン残渣を単一の栄養源とする培地に植えて培養し、コラーゲン等の固形状タンパク質を分解せしめ、さらに夾雑するアミノ酸を分解せしめて、トランス−4−ヒドロキシ−L−プロリンを容易に精製単離する方法を確立し、本発明を完成させた。
【0010】
本発明は、コラーゲンよりゼラチンを抽出した残渣を原料として、これに固形状タンパク質を加水分解し、他のアミノ酸を分解してトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリンおよびトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリル−L−プロリンの回収方法を提供する。本発明で用いる微生物は、土壌中より分離された細菌であり、固形状タンパク質を加水分解せしめ、生じたアミノ酸のうちのトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリンおよびトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリル−L−プロリンを菌体内で代謝、資化、他の化合物へ分解する能力を有する。
【0011】
ゼラチン残渣培地で分離細菌を培養した培養液を、遠心分離で沈殿物を除去後、培養上清液をシリカゲル60(メルク社製)にスポットして、フェノール:水=3:1(容積比)を展開溶媒として薄層クロマトグラフィー(TLC)を行い、ニンヒドリンのアセトン溶液をスプレーし、100℃に5分間加熱して黄色に発色したスポットのRf値からプロリン(Rf=0.5)と、ヒドロキシプロリン(Rf=0.38)の区別を確認することができる。
【0012】
本発明に用いる分離細菌は、プロテウス・ミラビリスBSG−181と表示し、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターにNITE P−285号として寄託したが、その菌の形態的性質は第1表の通りである。比較対照としてプロテウス・ミラビリスNBRC3849を用いた。
【0013】
分離細菌プロテウス・ミラビリスBSG−181の細菌学的性質は、第2表および第3表に示す通りである。比較対照として用いたプロテウス・ミラビリスNBRC3849の細菌学的性質と共にそれらの表に記載されている。
【0014】
本発明に用いる培地は、ゼラチン残渣を単一の栄養源として、固形分濃度が10〜300g/L(トランス−4−ヒドロキシ−L−プロリンとして1〜30g/L)、好ましくは20〜100g/L(トランス−4−ヒドロキシ−L−プロリンとして2〜20g/L)となるように加え、pHを6.5〜7.5に調整して、121℃で15分間滅菌したものを用いる。
【0015】
【表1】

【0016】
【表2】


【0017】
培養は、固形物1gに対して100万個〜10億個、好ましくは1億個の細胞を植えて、20〜40℃、好ましくは30〜35℃で培養を行い、培養中のpHを7.0〜8.0となるように塩酸、硫酸あるいは酢酸を用いて調整する。
【0018】
培養時間は、通常36〜96時間であるが、トランス−4−ヒドロキシ−L−プロリン以外の他のアミノ酸が分解されて認められなくなった時点で終了する。培養後、遠心分離によりに培養液中の菌体と不溶性の物質を除去し、上清液に等量のアセトンを加えて生じた沈殿を再び遠心分離によって除去し、減圧下にアセトンを蒸発させて残った水溶液から、イオン交換クロマトグラフィー、等電点沈殿、晶析などの精製法によってトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリン(TLCでRf=0.38)およびトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリル−L−プロリン(TLCでRf=0.20)を分離、回収する。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、わずかな飼料としての利用以外に廃棄物とされていたゼラチン残渣より、医薬合成の貴重な原料となるトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリンおよびトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリル−L−プロリンを回収する有用な技術を産業界に提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
ゼラチン抽出残渣を含むペースト状廃液のpHを調整し、プロテウス・ミラビリスBSG−181を植菌して培養したタンクに流下させて、pHを7.5に調整しながら連続培養した流出液に、等量のアセトンを加えたのち遠心分離機にかけて沈殿物を除去し、上清液を濃縮してアセトンを除去後、アミノ酸をカチオン交換樹脂に吸着させ、0.2規定アンモニア水溶液で溶出後pHを6.3として等電点沈殿させてトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリンを得る。
【0021】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。実施例において用いるゼラチン残渣は、豚皮より硫酸処理によってゼラチンを抽出した残渣で、水酸化カルシウムで中和後に乾燥した粉末である。蛋白質含量58.1%、粗脂肪2.8%、水分7.5%、灰分30.6%の飼料用に供試されているものを用いた。
【実施例】
【0022】
実施例1
ゼラチン残渣80gを2Lの水に懸濁し、リン酸水素2カリ4gと硫酸マグネシウム7水和物0.4gを加えた後pHを7.0に調整し、2L容三角フラスコ4本に500mlずつ分注して、121℃で15分間蒸気滅菌して培地とした。滅菌後室温まで冷却した培地に、普通寒天培地上34℃で24時間培養したプロテウス・ミラビリスBSG−181菌の細胞を滅菌水に懸濁した10億個/mlの種菌液を、各フラスコ当たり10mlずつ植菌し、34℃で72時間培養した。この培養液から遠心分離(3,000G、10分間)によって菌体と不溶性の培地成分を除去し、得られた上清に等量のアセトンを加え、さらに同一条件で遠心分離を行って上清を集め、減圧濃縮してトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリンとトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリル−L−プロリン9.7g(ヒドロキシプロリンとしての回収率98%)を含む濃縮液を得た。
【0023】
【表3】

【0024】
実施例2
対照として、実施例1と同じ培地に、普通寒天培地上34℃で24時間培養したプロテウス・ミラビリスNBRC3849の細胞を滅菌水に懸濁した10億個/mlの種菌液を、各フラスコ当たりゼラチン残渣20gを含む実施例1と同一組成の培地500mlに、各フラスコ当たり10mlずつ植菌し、実施例1と同様に34℃で72時間培養した後、遠心分離(3,000G、10分間)によって菌体と不溶性の培地成分を除去し、培養上清液を得た。
【0025】
表1に実施例1と2で得られた培養液の濁度(660nmの吸光度)、pH、残存たんぱく繊維の有無を第4表にまとめた。
【0026】
実施例3
実施例1で得られた濃縮液を精製水で1,000mlに希釈した後、カチオン交換樹脂(三菱化成(株)製ダイヤイオンSK−1B、H+型)200mlのカラムに通した通過液を集めて減圧濃縮し、pHを6.3としてトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリンを晶析させた。以上の精製操作により、トランス−4−ヒドロキシ−L−プロリン4.3g(ヒドロキシプロリンの回収率60%)を得た。
【0027】
【表4】

【0028】
このときのカチオン交換樹脂に吸着したトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリル−L−プロリンを0.2規定アンモニア水溶液で溶出し、エタノールで晶析させて4.6g(ヒドロキシプロリンの回収率31%)を得た。
【0029】
実施例4
実施例2で得た培養液からは、実施例3と同様の操作によりトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリンもトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリル−L−プロリンも得ることができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0030】
ゼラチンや低分子化した水溶性コラーゲンの健康効果や美容効果が認識されて、動物の結合組織からこれらを抽出する需要が増してきており、それと共に抽出後の廃棄物が多くなってきている。これらを廃棄物として処理するには処理費用が必要であるが、本発明技術を適用することにより、医薬品の合成原料として有用なアミノ酸であるトランス−4−ヒドロキシ−L−プロリンをこれらの廃棄物から回収することができるので、ゼラチンや水溶性コラーゲン製造業にとって経済的な利点が生じることから、本発明技術が実用化される可能性が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゼラチン製造工程の残渣を加水分解して、ヒドロキシプロリンおよびヒドロキシプロリルプロリン以外の他のアミノ酸を代謝分解する能力を有する微生物を用いるゼラチン残渣からのヒドロキシプロリンおよびヒドロキシプロリルプロリンの回収方法。
【請求項2】
該微生物がプロリダーゼとプロリナーゼ(プロリルペプチダーゼ)とを生産し、ヒドロキシプロリン以外のアミノ酸を代謝する能力を有するものである請求項1の回収方法。
【請求項3】
該微生物がプロテウス・ミラビリスBSG−181である請求項1の回収方法。
【請求項4】
他のアミノ酸が、アラニン、アスパラギン、システイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、リジン、ロイシン、メチオニン、プロリン、グルタミン、アルギニン、セリン、スレオニン、バリン、トリプトファン、チロシン、ヒドロキシリジンまたはα―アミノ酪酸である請求項1の回収方法。

【公開番号】特開2008−178393(P2008−178393A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−323992(P2007−323992)
【出願日】平成19年11月16日(2007.11.16)
【出願人】(503377799)有限会社バイオシステム研究所 (2)
【Fターム(参考)】