説明

チオレドキシン発現に基づいた化学療法後の非小細胞肺癌の無進行期間の決定方法

本発明は、化学療法で治療した非小細胞肺癌(NSCLC)患者の無進行期間(TTP)の予測方法であって、該患者の生体サンプルにおけるチオレドキシン(TRX)発現レベルを検出することに基づくか、またはチオレドキシン発現レベルおよび14−3−3σ遺伝子のメチル化状態を同時検出することに基づく方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
発明の分野
本発明は、診断法の分野、特に非小細胞肺癌(NSCLC)患者の無進行期間(TTP)の予測方法であって、該患者の生体サンプルにおいて決定されるチオレドキシン(TRX)の発現レベルに基づいた方法に関する。また、本発明は、NSCLC患者の治療のための前記方法の結果に従って選択される化学療法薬の使用にも関する。
【0002】
背景技術
非小細胞肺癌(NSCLC)は、肺癌全体のおよそ80%を占め、毎年世界中での新たな症例は120万に達する。NSCLCによって2001年には世界中の100万人超の人が死亡し、NSCLCは男女両方の癌関連死亡率(それぞれ31%および25%)の主な原因である。進行性NSCLCの予後は不良である。1155名の患者についての最近の米国東海岸癌臨床試験グループ(Eastern Cooperative Oncology Group)の試験により、用いる化学療法薬:シスプラチン/パクリタキセル、シスプラチン/ゲムシタビン、シスプラチン/ドセタキセル、およびカルボプラチン/パクリタキセル間には差がないことが分かった。NSCLCを有する患者の5年全生存率は、過去20年間ずっと15%未満にとどまっている。TNMサブセットの病期分類(T=原発腫瘍、N=局所リンパ節、M=遠隔転移)では、同じような予後および治療選択肢を有する患者群を同定することができる。5年生存率は、病理学的病期IIB期(T1−2N1M0、T3N0M0)ではおよそ25%であり、病期IIIA期(T3N1M0、T1−2−3N2M0)では13%であり、病期IIIB期(T4N0−1−2M0)では低い7%である。進行性疾患を有する患者間での生存率の著しい違いを完全に説明することができる臨床的指標はなく、何年も生存する人もいれば、わずか数ヶ月しか生存しない人もいる。
【0003】
NSCLC患者の生存率をさらに改善するためには、分子変化に基づいたそれらの予後分類が非常に重要である。かかる分類はより正確かつ有用な診断ツール、最終的には、より効果的な治療上の選択肢を提供するであろう。
【0004】
国際特許出願WO06119980号公報においては、肺癌がEGFR阻害剤と、化学療法薬との組合せによる治療に対して感受性を示すか否かを決定するための方法が記載されており、この方法は、リン酸化AKTタンパク質および/またはリン酸化MAPKタンパク質の過剰発現を決定することを含む。ここで、該リン酸化AKTタンパク質および/またはリン酸化MAPKタンパク質過剰発現は、ヒト肺癌細胞を含んでなる生体サンプルが上皮増殖因子受容体阻害剤と化学療法薬との組合せに対して感受性を示すとの表示となる。この文書は、特定の化学療法治療に対する感受性の予測に関するものであり、既に治療を受けた患者におけるTTPまたは生存率の予測に関するものではない。
【0005】
国際特許出願 WO2006/097346号公報においては、シスプラチンに基づいた化学療法後の患者生存率と、14−3−3σ遺伝子のメチル化レベルとの相関が記載されている。14−3−3σは、ヒト細胞におけるDNA損傷に応答してG細胞周期チェックポイント制御を担う14−3−3スーパーファミリーのメンバーである。その働きはヒト結腸直腸癌細胞系統HCT116(14−3−3σおよび野生型p53を発現する)において解析されている。イオン化照射後、14−3−3σはCdc2/サイクリンB1複合体を細胞質中に隔離し、その結果、細胞をGで停止し、細胞の有糸分裂開始を阻止した後、細胞の損傷DNAを修復した。アドリアマイシンで処置した14−3−3σ欠損結腸癌細胞は、G2停止状態をそれでも開始することができるがその状態を維持せず、分裂期崩壊および細胞死が起こる。14−3−3σの発現は、p53遺伝子不活性化によって、そしてCpGアイランドのメチル化を介した14−3−3σ遺伝子のサイレンシングによって低下する。
【0006】
癌進行に関与していると考えられる別のタンパク質はチオレドキシン(TPX)である。チオレドキシンは低分子量の酸化還元タンパク質であり、DNA合成に不可欠な酵素であるリボヌクレオチドレダクターゼの活性にはその還元型が必要である。また、TPXは、ROSスカベンジャーやアポトーシスシグナル調節キナーゼ−1(ASK−I)の負の調節因子でもあり、NF−κB、ヒト転写因子−1C、BZLF1、グルココルチコイド受容体、およびAP−1(核酸化還元タンパク質HAP1/Ref−1を間接的に介する)などの数多くの転写因子に対して酸化還元制御を発揮する。TRXは、これらの転写因子とDNAとの結合を変調することによって遺伝子転写を調節する。TRX発現は、ウイルス感染、マイトジェン、X線および紫外線照射、過酸化水素、ならびに虚血後再潅流などの様々な形のストレス形態によって誘導される。
【0007】
最近の研究により、TRXは、in vivoにおいて腫瘍に生存ならびに増殖の利点をもたらすことが分かっている。ヒトTRXは成人T細胞白血病由来因子と同じであり、そしてそれは形質転換細胞に増殖促進効果を与える。その結果として、TRXは細胞増殖を促進し、良性および悪性細胞の増殖速度およびコロニー形成を増加させることが証明されている(Powis, G. et al., Chem Biol Interact., 1998, 111-112: 23, 24)。
【0008】
加えて、TRXは、様々な細胞の酸化剤および薬剤耐性を増加させ、ある特定の腫瘍における薬剤耐性と関係していた。例えば、遺伝子発現プロフィール研究では、Iwao-Koizumiら(J Clin Oncol, 2005, 23: 422)が、TRXの過剰発現と他の酸化還元遺伝子とによりヒト乳癌におけるドセタキセル耐性が予測されることを見出している。Kimら (Clin Cancer Res., 2005, 11: 8425)は、乳癌腫瘍における高TRXタンパク質発現がドセタキセル耐性と関係していることを記載し、そしてArnoldら(Cancer Res., 2004、64: 3599)は、TRXが、膵臓癌における増殖を促進し、シスプラチン誘導性アポトーシスを抑制する経路においてSmad7の下流にあることを証明した。TRXでトランスフェクトした、高レベルのTRXタンパク質を発現する形質転換細胞が抗癌剤に対して耐性を持つようになるという報告もある(Rundolf et al., Antioxid Redox Signal, 2004, 6: 41)。最後に、TRXは、カスパーゼアポトーシス経路に関係なく、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤により誘導される細胞死に対する細胞の耐性の重要な決定因子である(Ungersted et al., PNAS, 2005, 102: 673)。
【0009】
異なる種類の腫瘍におけるTRXの主張されている役割により、肺癌などの癌は、TRXの発現を変調することができる、TRXに向けられたオリゴヌクレオチドを用いて治療することができると提案されるに至った。例えば、米国特許出願第20040241717号公報においては、肺癌などの癌の治療のための方法が記載されており、この方法は、腫瘍細胞におけるTRXレベルを変調することができるTRX特異的アンチセンスオリゴヌクレオチドを投与することにある。しかしながら、この文書ではTRX発現の予後値について全く触れられていない。
【0010】
異なる肺腫瘍においてTRXの発現レベルの増加が記載されている。ヒト原発性肺癌のほぼ半数が、同じ被験体の正常肺組織と比較して、TRX mRNAを過剰発現することが報告されている(Berggren, M et al. Anticancer Res., 16: 3459-3466, 1996)。Kakolyris, S.ら(Clin. Cancer Res., 2001, 7:3087-3091)により、NSCLCサンプルにおけるTRX発現の非存在と局所リンパ節陰性との間の強い関連性が記載されている。Soini, Y.ら(Clin. Cancer Res., 2001, 7:1750-1757)により、非腫瘍肺との比較による、NSCLC患者から単離した腫瘍サンプルにおけるTRXタンパク質およびmRNAの増加した発現が記載され、そして、Kim, H. J.ら(Cell Biol. Toxicol, 2003, 9:285-298)により、正常組織と比較した場合の、腺癌および扁平上皮癌患者から単離した組織サンプルにおけるTRXの増加した発現が記載されている。最後に、Bjorkhem-Bergmanら(Biochem Pharmacol., 2002, 64:159)により、ドキソルビシン耐性の、MRP発現肺腫瘍細胞系統においてTRX活性が著しく高いことが記載されている。
【0011】
しかしながら、上述の研究は総て、腫瘍サンプルにおける免疫組織化学的手段によるTRXの検出に関するものであるが、それは予後目的のためにそこに記載したアッセイの有用性を、病期IV期のNSCLC患者において気管支鏡検査法により得られる腫瘍組織の不足やそのアッセイ(腫瘍生検)の侵襲性の理由から制限している。さらに、そこに記載したアッセイは総て、TRX発現と腫瘍状態との相関を提供するが、該TRXレベルを患者における腫瘍進行のバイオマーカーとして、ましてや具体的に無進行期間(TTP)を評価するために用いることができることを教示していない。
【0012】
よって、当技術分野においては、十分な量でかつ侵襲を最小限にした条件下で得ることができるサンプル中に存在する、TTPを特異的に予測するのに好適なさらなるNSCLCマーカーが必要である。
【発明の概要】
【0013】
本発明者らは、驚くべきことに、化学療法による治療を受けたNSCLC患者の血清中のTRXレベルがNSCLCのTTPの中央値と相関すること見出した。
【0014】
よって、第一の態様において、本発明は、非小細胞肺癌に罹患している、化学療法による治療を受けた患者における該疾患の無進行期間(TTP)の予測方法を提供し、該方法は、
(i)該患者のサンプルにおいてチオレドキシンの発現レベルを検出し、そして
(ii)該サンプルにおけるチオレドキシンの発現レベルを参照値と比較すること
を含み、
参照値と比較したチオレドキシンの増加した発現は該化学療法治療に対する応答としての無進行期間の短縮を示す。
【0015】
別の態様においては、本発明は、非小細胞肺癌に罹患している、化学療法による治療を受けた患者における該疾患の無進行期間(TTP)の予測方法を提供し、該方法は
(i)該患者のサンプルにおいてチオレドキシンの発現レベルおよび14−3−3σ遺伝子のメチル化状態を検出し、そして
(ii)該サンプルにおけるチオレドキシンの発現レベルおよび14−3−3σ遺伝子のメチル化状態を参照値と比較すること
を含み、
参照値と比較したチオレドキシンの増加した発現および14−3−3σ遺伝子の低下したメチル化レベルは該化学療法治療に対する応答としての無進行期間の短縮を示す。
【0016】
別の態様においては、本発明は、チオレドキシンと特異的に結合することができる抗体が入った第1の容器と、非メチル化シトシンを修飾する試薬が入った第2の容器と、修飾メチル化核酸と非メチル化核酸とを区別する14−3−3σ遺伝子CpG含有核酸断片増幅用プライマーが入った第3の容器とを含んでなるキットを提供する。
【0017】
別の態様においては、本発明は、化学療法を受けたNSCLCに罹患している患者の無進行期間を予測するための、上記に定義したキットまたはチオレドキシンと特異的に結合することができる抗体が入った容器を含んでなるキットの使用を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
総ての図は、ドセタキセル/シスプラチンにより治療した107名の病期IV期のNSCLC患者の血清TRX濃度(単位ng/mL)に関するものである。
【図1】は、14−3−3シグマのメチル化状態によって分類した患者のTRX濃度と、14−3−3シグマのメチル化とTRXレベルとの相関を示す図である。
【図2】は、ドセタキセル/シスプラチンに対する応答によって分類した患者のTRX濃度(単位ng/mL)と、TRXレベルとレスポンダー対ノンレスポンダー表現型との相関を示す図である。
【図3】は、血清TRX濃度によって四分位数に分類した患者の無進行期間(TTP)を表すカプラン・マイヤー曲線と、平均無進行期間とTRXレベルとの相関を示す図である。
【図4】は、二つの中間四分位数を合わせて分類した後の患者の無進行期間(TTP)を表すカプラン・マイヤー曲線を示す図である。また、この図は、このようにして分類した患者の平均無進行期間とTRX発現との相関も示す。
【図5】は、最大四分位数と最小四分位数における患者の無進行期間(TTP)を表すカプラン・マイヤー曲線を示す図である。また、この図は、最大四分位数と最小四分位数とを比較した場合の平均無進行期間と、TRX発現との相関も示す。
【発明の具体的説明】
【0019】
本発明の目的は、化学療法により治療したNSCLC患者のTTPの予測方法を提供することである。
【0020】
第一の態様において、本発明は、非小細胞肺癌に罹患している、化学療法による治療を受けた患者における該疾患の無進行期間(TTP)の予測方法を提供し、該方法は
(i)該患者のサンプルにおいてチオレドキシンの発現レベルを検出し、そして
(ii)該サンプルにおけるチオレドキシンの発現レベルを参照値と比較すること
を含み、
参照値と比較したチオレドキシンの増加した発現は、該化学療法治療に対する応答としての無進行期間の短縮を示す。
【0021】
本明細書において、無進行期間(TTP)とは、疾患の診断または治療後、その疾患が悪化するまでの時間の単位を指す。腫瘍の直径と体積の両方が最初の測定値の25%以上増加した場合、またはCTまたはMRIスキャンにより新たな病変が現われている場合、その疾患は進行したと考えられる。
【0022】
第一に、本発明の方法は、NSCLCに罹患している患者のサンプル組織または体液におけるTRXのレベルを検出することを必要とする。本方法は、患者のいかなる種類の組織または体液にも適用することができる。
【0023】
一つの実施形態においては、本発明の方法は、患者から手術摘出したか、またはルーチン生検により得た腫瘍またはその一部におけるTRXレベルの測定を必要とする。サンプルの保存および取り扱いを単純化するために、これらはホルマリン固定することができ、パラフィン包埋することができる。
【0024】
しかしながら、本発明の別の態様においては、TRXレベルの測定をNSCLC患者の体液で行うことが好ましい。好ましくは、前記体液は血液、血漿、または血清である。より好ましくは、前記体液は血清である。血清は、患者から容易かつ即時に入手可能であり、血液サンプルを採取し、遠心分離により細胞を分離するのに十分である。
【0025】
血清中のTRXレベルの決定は、血液細胞を凝固させ、遠心分離し、除去した後に血清において直接行うことができる。
【0026】
好ましい実施形態においては、TRXレベルの検出は抗体を用いて行われる。本発明の方法にはTRXと特異的に結合することができるいかなる種類の抗体も用いることができる。特に、本発明は、組換え抗体、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、完全体、もしくはTRXと結合する能力を保存するそれらのフラグメント(例えば、Fabフラグメント、scFvフラグメントなど)、ヒト抗体、ヒト化抗体、または非ヒト抗体の使用を意図する。前記抗体は、修飾を行ってまたは行わずに用いてよく、リポーター分子の共有または非共有結合によって標識してよい。幅広い種類のリポーター分子が当技術分野で公知であり、それらを用いてよい。
【0027】
本発明には、タンパク質のレベルを検出するためのいかなる方法をも用いることができる。さらに好ましい実施形態においては、TRXのレベルは免疫化学的方法を用いて測定される。かかる免疫化学的方法の好ましい、限定されない例としては、酵素免疫測定法(ELISA)、蛍光免疫測定法(FIA)、化学結合免疫測定法(chemical linked immunosorbent assay)(CLIA)、放射免疫測定法(RIA)、および免疫ブロット法が挙げられる。
【0028】
TRXタンパク質レベルの決定には、いくつかの参照基準を同時に測定することが必要である。そこで、これらの参照基準に基づいた用量応答曲線を作成し、この曲線からサンプル中のヒトTRXの絶対濃度(ng/mL、nM、またはその他の単位で表される)を計算する。サンプルにTRXのレベルを与えることができる限り、当技術分野で公知の他の方法を用いることもできる。
【0029】
参照基準はバッファーでのキャリブレーターの連続希釈により調製する。キャリブレーターは、TRXの既知の絶対濃度を有する溶液である。好ましい実施形態においては、前記キャリブレーターは純粋な凍結乾燥TRXから調製される。前記キャリブレーターから調製した参照基準は、正常な状態および病的状態の両方におけるヒト血清中TRX濃度の全範囲を含むべきであり、そしてそれはそれぞれ0〜100ng/mLおよび0〜1000ng/mLとなる。TRXを含まない基準(0濃度)は必ず含めなければならない。
【0030】
好ましい実施形態においては、TRXタンパク質の発現が「増加した」か、または「低下した」かを判定するために用いる参照値は、NSCLCと診断されていない被験体から得たサンプルそれぞれから同量のタンパク質をプールすることにより得たサンプルにおいて測定したTRX発現レベルの中央値に相当する。この中央値を確立後、患者からのサンプルにおいて発現されるこのマーカーのレベルをこの中央値と比較することができ、そのようにしてレベルが「増加した」または「低下した」とすることできる。特定の実施形態においては、参照値と比較して少なくとも、1.1倍、1.5倍、5倍、10倍、20倍、30倍、40倍、50倍、60倍、70倍、80倍、90倍、100倍の、またはそれより大きい、参照値を上回る発現の増加は、「増加した」発現と考えられる。特定の実施形態においては、参照値と比較して少なくとも0.9倍、0.75倍、0.5倍、0.2倍、0.1倍、0.05倍、0.025倍、0.02倍、0.01倍、0.005倍の、またはそれより小さい、参照値を下回る発現の低下は、「低下した」発現と考えられる。
【0031】
被験体間の変動(例えば年齢、人種などに関する面)から、TRXの絶対参照値を確立することは(実際には不可能ではないとしても)非常に難しい。そのため、特定の実施形態では、「増加した」または「低下した」TRX発現の参照値は、正常な被験体(すなわち、NSCLCの診断を受けていない人々)から単離したサンプル群をTRX発現レベルについて試験することを含む通常の手段により百分位数を計算することによって決定される。この際、好ましくは、TRX発現レベルが正常集団の百分位数50以上(equal to or in excels of)(例えば、正常集団の百分位数60以上、正常集団の百分位数70以上、正常集団の百分位数80以上、正常集団の百分位数90以上、および正常集団の百分位数95以上の発現レベルを含む)であるサンプルを「増加した」レベルとすることができる。
【0032】
さらなる実施形態においては、本発明の方法は、TRXレベルを検出することに加えて、工程(i)において14−3−3σ遺伝子のメチル化状態を検出することを含み、この際、同時に起こるチオレドキシン発現の増加と、14−3−3σ遺伝子のメチル化状態の低下とは、前記化学療法治療に応答した無進行期間の短縮を示す。
【0033】
好ましい実施形態においては、前記メチル化状態は、14−3−3σ遺伝子の調節領域におけるCpGアイランドのメチル化パターンを調査することにより決定される。より好ましい実施形態においては、CpGのメチル化パターンは、14−3−3σのDNA配列のエキソン1において決定される。さらに好ましい実施形態においては、前記メチル化状態は、得られる結果の精度から、CpGジヌクレオチド3〜9の14−3−3σ(シグマ)遺伝子(14-3-3σ sigma gene)領域において決定される。
【0034】
前記核酸、好ましくは、DNAは、当業者に公知の市販されている手段例えばQIAGEN社のQIAmp Blood Mini kitによりサンプルから抽出される。前記核酸が単離されたら、本発明の方法は、遺伝子14−3−3σをコードする、被験体から単離された一以上の核酸のメチル化状態を決定することを含む。
【0035】
前記核酸のメチル化状態を決定するためのいかなる方法をも用いることができる(例えば、WO 02/27019号公報、米国特許第6,017,704号公報、米国特許第6,331,393号公報、および米国特許第5,786,146号公報に記載されている方法(これらはそれぞれ引用することにより本明細書の開示の一部とされる))。前記核酸のメチル化状態の決定は、前記核酸を、メチル化核酸と非メチル化核酸とを区別するオリゴヌクレオチドプライマーを用いて増幅することを含む。かかる方法の一つを実施例において詳細に記載する。
【0036】
好ましくは、メチル化CpG含有核酸を検出するための方法は、核酸含有試料を、非メチル化シトシンを修飾する薬剤と接触させ、該試料中のCpG含有核酸を修飾メチル化核酸と非メチル化核酸とを区別するCpG特異的オリゴヌクレオチドプライマーを用いて増幅し、そして該メチル化核酸を検出することを含む。前記増幅工程は任意選択であり、好ましいが行わなくてもよい。前記方法は、修飾(例えば、化学修飾)メチル化DNAと非メチル化DNAとを区別するのに、前記PCR反応そのものに依存している。
【0037】
本明細書における用語「修飾する」とは、非メチル化シトシンを、非メチル化シトシンとメチル化シトシンとを区別する方法を容易にする別のヌクレオチドへと変換することを意味する。好ましくは、前記薬剤は非メチル化シトシンをウラシルへと修飾する。好ましくは、非メチル化シトシンを修飾するために用いる前記薬剤は重亜硫酸ナトリウムである。しかしながら、非メチル化シトシンを同じように修飾するがメチル化シトシンを修飾しない他の薬剤も前記方法に用いることができる。重亜硫酸ナトリウム(NaHSO)はシトシンの5,6−二重結合と反応しやすいが、メチル化シトシンとは反応しにくい。シトシンは重亜硫酸イオンと反応してシトシンスルホン酸反応中間体を形成し、このシトシンスルホン酸反応中間体は脱アミノ化を受けやすくウラシスルホン酸が生じる。このスルホン酸基はアルカリ性条件下で除去し、ウラシルを形成することができる。ウラシルはTaqポリメラーゼによりチミンとして認識される(C→U→T)ため、PCRにおいて、得られた産物は、開始鋳型DNAにおいて5−メチルシトシンが起こる位置にのみシトシンを含有する(mC→mC→C)。
【0038】
前記メチル化状態は定性的または定量的に決定することができる。蛍光に基づく定量PCR(Taqman プローブのような蛍光プライマーを用いる)のような周知の方法を用いることができる。更なる詳細は、米国特許第6,331,393号公報において見られる。
【0039】
好ましい実施形態においては、定性的決定を用い、研究室での実施はより迅速かつより容易であり、結果は正確である。この実施形態においては、既に説明したように、PCRにはメチル化DNAか非メチル化DNAかを区別することができるプライマーを用い、そして得られたDNAを精製し、そのメチル化状態を例えばアガロースゲル電気泳動による分離により決定する。紫外線下での簡易目視検査(事前染色を必要とする)により、サンプルを、(バンドがメチル化レーンに存在する場合には)メチル化または(バンドが非メチル化レーンにのみ存在する場合には)非メチル化に分類することが可能である。合成メチル化および合成非メチル化DNAを対照として用いる。
【0040】
好ましい実施形態においては、TTPの予測前にNSCLC患者に適用された化学療法薬は、単剤としてのシスプラチンもしくはカルボプラチンまたはシスプラチン/パクリタキセル、シスプラチン/ゲムシタビン、シスプラチン/ドセタキセル、およびカルボプラチン/パクリタキセルから選択される組合せの群から選択されるものである。
【0041】
好ましい実施形態においては、前記患者がシスプラチン/ドセタキセルによる治療を受けている場合には、TTPはTRX値を比較することにより便宜、評価される。もう一つの実施形態においては、前記患者がシスプラチン/ゲムシタビンによる治療を受けている場合には、TTPはTRX発現値と同時に14−3−3σメチル化値を比較することにより便宜に評価される。
【0042】
別の態様においては、本発明は、TRXのレベルを決定するためのキットを提供し、該キットは本発明の方法の使用を容易にするものである。一般に、本発明の方法を実施するためのキットは、前記方法を実施するために必要な総ての試薬を含む。例えば、一つの実施形態においては、前記キットは、TRXと特異的に結合することができる抗体または抗体群が入った第1の容器と、非メチル化シトシンを修飾する試薬が入った第2の容器と、修飾メチル化核酸と非メチル化核酸とを区別する14−3−3σ遺伝子CpG含有核酸断片増幅用プライマーが入った第3の容器とを含んでなり得る。
【0043】
もう一つの実施形態においては、前記キットは、加えて、抗ヒトTRX捕捉抗体が入ったさらなる容器を含み得る。抗TRX捕捉抗体は、マイクロタイタープレートのウェルまたはビーズなどの固体表面上に固定化し得る。測定するサンプルまたは標準は、この捕捉抗体でコーティングしたこのようなウェルまたはビーズにおいてインキュベートされる。洗浄後、抗ヒトTRX検出抗体が加えられる。この抗TRX検出抗体は、ビオチン、アルカリ性ホスファターゼ、またはペルオキシダーゼなどのマーカーと結合(conjugate)してよい。一般に、上記キットは、例えば、洗浄試薬、および/または結合した抗体の存在を定量的に検出することができる他の試薬が入った一以上の他の容器も含んでなるであろう。例えば、検出抗体と結合させるためにストレプトアビジンペルオキシダーゼなどのシグナルジェネレーターを提供してよく、シグナルジェネレーターと結合させるために2,2’−アジノ−ビス−(3−エチルベンゾチアゾリン−6−スルホン酸)(ABTS)またはテトラメチルベンジジン(TMB)のような基質を提供してよい。その場合、シグナル生成を終了させ、発色を安定させるために、各ウェルに酸溶液を加える。その後、各ウェルの光学濃度(OD)を測定し、このようにして得たODから、参照基準に基づいた用量応答曲線を用いてサンプルにおけるヒトTRXの絶対濃度を計算する。
【0044】
加えてまたは代わりに、本発明のキットは、競合的ELISA法を含んでもよく、この際、TRXは固体表面上に固定化し得る。その場合、固定化したTRXは、試験サンプル中に存在する内因性TRXと抗TRX抗体との結合について競合し得る。加えてまたは代わりに、抗TRX抗体は、ストレプトアビジンペルオキシダーゼのようなシグナルジェネレーターとの結合に好適なマーカー、例えば、ビオチンを含んでもよい。
【0045】
本発明によれば、前記キットは、非メチル化シトシンを修飾する試薬が入った第2の容器と、14−3−3σ遺伝子CpG含有核酸増幅用プライマーが入った第2の容器とを含む。好ましくは、非メチル化シトシンを修飾する試薬は重亜硫酸塩である。
【0046】
本発明において、コンパートメント化キットとは、試薬が分離した容器に収容されているいかなるキットをも包含し、このような容器には、小型ガラス容器、プラスチック容器、またはプラスチックもしくは紙のストリップを包含し得る。かかる容器により、サンプルと、試薬との二次汚染を避けて、試薬を一つのコンパートメントから別のコンパートメントへと効率的に移動をさせることができ、また各容器の薬剤または溶液を一つのコンパートメントから別のコンパートメントへと定量的に加えることが可能となる。かかるキットには、試験サンプルを受け入れる容器、アッセイに用いる抗体(群)またはオリゴヌクレオチドを収容する容器、洗浄試薬(例えば、リン酸緩衝生理食塩水、Tris−バッファーなど)を収容する容器、および検出試薬を収容する容器も包含し得る。一般に、本発明のキットは、適切な方法を行うためにキット成分の使用上の説明書も含むであろう。
【0047】
本発明のキットおよび方法は、複数のサンプルおよび/または複数のバイオマーカーの解析を可能にする診断システムのような自動解析装置およびシステム、例えば、ビーズを用いた自動多重化BioRad BioPlex 2200解析装置とともに用いてよい。例えば、被験体において、TRXのレベルを決定し、同時に少なくとも一つの他のバイオマーカーのレベルを決定するために、自動解析装置を用いてよい。
【0048】
別の態様においては、本発明は、化学療法を受けたNSCLCに罹患している患者のTTPを予測するための、チオレドキシンと特異的に結合することができる抗体が入った容器を含んでなるキットの使用を提供する。
【0049】
サンプルのTRXのレベルおよび14−3−3−シグマのメチル化状態を得た場合、実施例に示す結果に従ってTTPを予測することができる。化学療法薬、特に、ドセタキセル/シスプラチンおよびシスプラチン/ゲムシタビン(gemcitbine)により治療した場合には、TRXレベルが低い14−3−3−シグマのメチル化状態にある患者はTTPが改善するであろう。
【0050】
本発明をここまで記載してきたが、以下に示す実験例により本発明の実施を例示する。これらの実施例は本発明の範囲を限定するものと解釈してはならない。
【実施例】
【0051】
ドセタキセル/シスプラチンにより治療した107名の病期IV期のNSCLC患者のベースライン血清においてTRX ELISAおよび14−3−3σメチル化特異的PCRを行った(表1)。
【0052】
【表1】

結果
14−3−3σのメチル化状態と、TRXレベルとの間に有意な相関関係が認められた(表2および図1)
【0053】
【表2】

【0054】
TRXレベルの中央値は、レスポンダーでは103.5であり、ノンレスポンダーでは94.3であった(P=0.96)(図2)。生存率と、TRXレベルとの間には有意な相関関係は認められなかった。しかしながら、無進行期間(TTP)と、TRXレベルとの間には明らかな相関が認められた。例えば、TTPは、TRX<49.6の27名の患者では5.6ヶ月(m)であり、TRX49.6〜182.8の53名の患者では4.4mであり、TRX>182.8の27名の患者3.8mであった(タローン・バーロー検定(Tarone-Barlow test)によるP=0.02)(図3、図4、図5)。
【0055】
コックス多変量解析においては、14−3−3σをモデルに含めた場合、TRXレベルはTTPの独立変数となった。ハザード比は、PS1では1.3(P=0.84)、14−3−3σ非メチル化では1.05(P=0.22)、TRX49.6〜182.8では1.4、そしてTRX>182.8では1.95(P=0.04)であった(表3)。
【0056】
【表3】

【0057】
結論:ドセタキセル/シスプラチンにより治療した患者では血清TRXレベルによりTTPを予測することができる。14−3−3σのメチル化の付加的役割はシスプラチン/ゲムシタビン投与計画の場合にはより明らかに証明し得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非小細胞肺癌に罹患している、化学療法による治療を受けた患者における該疾患の無進行期間(TTP)の予測方法であって、
(i)該患者のサンプルにおいてチオレドキシンの発現レベルを検出し、そして
(ii)該サンプルにおけるチオレドキシンの発現レベルを、参照値と比較すること
を含み、
参照値と比較したチオレドキシンの増加した発現は該化学療法治療に対する応答としての無進行期間の短縮を示す、方法。
【請求項2】
前記チオレドキシン発現レベルを検出する前記サンプルが血清である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記チオレドキシン発現レベルが、酵素免疫測定法(ELISA)、蛍光免疫測定法(FIA)、化学結合免疫測定法(CLIA)、放射免疫測定法(RIA)、および免疫ブロット法の群から選択される技術を用いて検出されるものである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程(i)において14−3−3σ遺伝子のメチル化状態を検出することをさらに含み、同時に起こるチオレドキシン発現の増加と、14−3−3σ遺伝子のメチル化状態の低下とが、前記化学療法治療に応答した無進行期間の短縮を示す、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記メチル化状態が、プロモーター領域、エキソン1、またはCpGジヌクレオチド3〜9の領域の群から選択される14−3−3シグマ遺伝子の領域において決定される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記化学療法薬が、単剤としてのシスプラチンもしくはカルボプラチンまたはシスプラチン/パクリタキセル、シスプラチン/ゲムシタビン、シスプラチン/ドセタキセル、およびカルボプラチン/パクリタキセルから選択される組合せの群から選択されるものである、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記患者に投与する前記化学療法薬がシスプラチン/ドセタキセルである場合、TTPの予測がTRXレベルを比較することにより行われ、前記化学療法薬がシスプラチン/ゲムシタビンである場合、TTPの予測がTRXレベルおよび14−3−3σメチル化レベルを比較することにより行われるものである、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
チオレドキシンと特異的に結合することができる抗体が入った第1の容器と、非メチル化シトシンを修飾する試薬が入った第2の容器と、修飾メチル化核酸と非メチル化核酸とを区別する14−3−3σ遺伝子CpG含有核酸断片増幅用プライマーが入った第3の容器とを含んでなるキット。
【請求項9】
化学療法を受けたNSCLCに罹患している患者の無進行期間を予測するための、請求項8に記載のキットまたはチオレドキシンと特異的に結合することができる抗体が入った容器を含んでなるキットの使用。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公表番号】特表2010−526996(P2010−526996A)
【公表日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−506946(P2010−506946)
【出願日】平成20年5月9日(2008.5.9)
【国際出願番号】PCT/EP2008/055735
【国際公開番号】WO2008/138880
【国際公開日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【出願人】(507311887)パンガエア、ビオテック、ソシエダッド、アノニマ (5)
【氏名又は名称原語表記】PANGAEA BIOTECH, S.A.
【Fターム(参考)】