説明

テラヘルツ波素子、テラヘルツ波検出装置、テラヘルツ時間領域分光システム及びトモグラフィ装置

【課題】 テラヘルツ波検出器で広い波長範囲で用いることができる非線形結晶を用いた方法では、高感度、広帯域を両立することが難しい。
【解決手段】 テラヘルツ波素子は、電気光学結晶を含み光を伝搬する導波路(2、4、5)と導波路(2、4、5)にテラヘルツ波を入射させる結合部材(7)を備える。導波路(2、4、5)を伝搬する光の伝搬状態は、結合部材(7)を介して導波路(2、4、5)にテラヘルツ波が入射することで変化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テラヘルツ波素子、テラヘルツ波検出装置、テラヘルツ時間領域分光システム及びトモグラフィ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、周波数が30GHz以上30THz以下の電磁波(テラヘルツ波)を用いた非破壊なセンシング技術が開発されている。
【0003】
テラヘルツ波の検出方法としては、非線形光学結晶を用いる方法が広く用いられている。非線形光学結晶の代表的なものとしてLiNbOx(ニオブ酸リチウム、以後LN)、LiTaOx、NbTaOx、KTP、DAST、ZnTe、GaSeなどがある。この非線形結晶を用いたテラヘルツ波の検出には、1次電気光学効果であるポッケルス効果(2次の非線形現象の1つ)を用いる。すなわち、プローブ光として光をテラヘルツ波と同一箇所に照射すると、テラヘルツ波の電界に応じてプローブ光の偏光状態が変わるので、その変化量を偏光素子および光検出器で検出する(特許文献1)。このような非線形結晶を用いた素子の場合、対応できるプローブ光の波長帯域は広く、0.8μm帯のほか、1μm以上のいわゆる通信波長帯も可能であり、ファイバレーザ等の安価な光源を利用できるという利点もある。
【0004】
特許文献1では、いわゆる縦形動作というものでプローブ光の偏光を変化させる。結晶の厚さは相互作用長に相当するので、位相整合すれば厚いほど感度が向上する。しかし、広帯域でテラヘルツ波との位相整合をとるためには結晶を薄くする必要があり、感度と周波数帯域にはトレードオフの関係にある。そこで、相互作用長を長くして感度を向上させるために、非線形結晶を横形動作させるものが提案されている(非特許文献1)。その際の位相整合としては、テラヘルツ波とプローブ光の非線形結晶中での分散を利用したチェレンコフ型位相整合による方式が検討されている。
【0005】
なお、チェレンコフ型の位相整合方式によりテラヘルツ波を発生させることも提案されている(特許文献2、非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第03388319号公報
【特許文献2】特開2010−204488号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】平成22年度 日本分光学会 年次講演会 P−43(講演予稿集p.128)
【非特許文献2】Opt.Express,vol.17,pp.6676−6681,2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、非特許文献1に記載されたチェレンコフ型位相整合では、使用している非線形結晶は厚さ0.5mmのLN結晶体であり、プローブ光として入射した光の伝搬状態は、導波路への結合のさせ方により大きく異なる。すなわちマルチモード伝搬になる場合が多く、入射光は複数の群速度をもつ光の集合体となるため、応答速度に問題がある。また、Siプリズムを介して結合されたテラヘルツ波がプローブ光に到達する時間が、LN結晶の厚み方向で差がある。たとえば、厚さ0.5mm、屈折率2.2のLN結晶にテラヘルツ波が垂直入射すると仮定すれば、およそ4psの時間差が生じる。このため、位相整合できるテラヘルツ波の周波数には限界がある。
【0009】
そこで本発明の目的は、高感度な横形動作の非線形光学結晶によるテラヘルツ波検出において、位相整合できる帯域を伸ばすことで、検出可能なテラヘルツ波の周波数帯域を広くすることである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一側面としてのテラヘルツ波素子は、電気光学結晶を含み光を伝搬する導波路と、前記導波路にテラヘルツ波を入射させる結合部材と、を備え、前記導波路を伝搬する前記光の伝搬状態は、前記結合部材を介して該導波路に前記テラヘルツ波が入射することで変化することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
高感度、広帯域のテラヘルツ波を検出させる検出素子を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明による実施形態1のテラヘルツ波素子の構造図
【図2】本発明による実施形態1のトモグラフィ装置の構成図
【図3】チェレンコフ型位相整合を説明する図
【図4】本発明による実施形態1のテラヘルツ波形の例
【図5】本発明による実施形態2のテラヘルツ波素子の構造図
【図6】本発明による実施形態3のテラヘルツ波素子の構造図
【図7】本発明による実施形態4のテラヘルツ波素子の構造図
【図8】本発明による実施形態5のテラヘルツ波素子の構造図
【図9】本発明による実施形態5のトモグラフィ装置の構成図
【図10】本発明による実施形態6のテラヘルツ波素子の構造図
【図11】本発明による実施形態6の他のテラヘルツ波素子の構造図
【発明を実施するための形態】
【0013】
〔実施形態1〕
本発明による第1の実施形態であるLN結晶より成るテラヘルツ波素子について図1を用いて説明する。(a)は斜視図、(b)は導波路部におけるA−A’断面図を表す。
【0014】
LN基板1はYカットのニオブ酸リチウムであり、レーザ光の伝搬方向をLN結晶のX軸、伝搬と直交する方向をZ軸としている(図示した座標軸参照)。そのような構成にすることによって、図の12のようにS偏波(本実施形態ではLN結晶のZ軸に平行な直線偏波)で入射したテラヘルツ波による1次電気光学効果(ポッケルス効果)で効果的に屈折率変化が起こるようになっている。LN基板上には接着剤2、MgOドープLN結晶層から成る導波層4、低屈折率バッファ層5によって入射するレーザ光を全反射で伝搬させる導波路が形成されている。すなわち、接着剤2と低屈折率バッファ層5は導波層4よりも屈折率を低くしており、導波層4はレーザ光に対してコアとなるコア層であり、接着剤2とバッファ層5はレーザ光に対してクラッドとなるクラッド層である。なお接着剤2は張り合わせ法で作製した場合に必要であって、拡散などでドープ層を形成する場合には必ずしも必要ではない。この場合でも、LN基板よりはMgOドープLN層の屈折率が高いため導波路として機能する。導波路は、Ti拡散により高屈折率化して周囲の領域3と屈折率差を設ける方法やエッチングによりリッジ形状に導波路4を形成して、樹脂等で周囲3を埋め込む方法などにより形成することができる。周囲には何も埋め込まずに空気の状態でも構わない。なお、光の閉じ込めを強くするために導波層4のように横方向にも導波構造を形成したが、導波層4の領域が横に均一に広がり、周囲3のような閉じ込め領域のないスラブ導波路でもよい。あるいは、複数の導波層4を横方向に並列に配して、光の導波モードを制御しつつテラヘルツ波の受光領域を増大させるようにしてもよい。低屈折率バッファ層5の上には、検出するテラヘルツ波を外部から結合させるプリズム、回折格子、フォトニック結晶等の光結合部材7が、少なくとも導波路上に備えられている。なお、バッファ層5の厚さは導波層4をレーザ光が伝搬する際のクラッド層として機能するのに十分厚く、かつ光結合部材7でテラヘルツ波が入射する際に多重反射や損失の影響が無視できる程度に薄いことが望ましい。前者に関しては、高屈折率層である導波層4をコアとし、低屈折率層2、5をクラッドとした導波路において、光結合部材7との界面でコア領域の光強度の1/e以下になる様な厚さ以上であることが望ましい。ただし、eは自然対数の底である。また後者については、入射する最大周波数におけるテラヘルツ波の低屈折率バッファ層5における等価波長λeq(THz)に対して、1/10程度の厚さ以下になっていることが望ましい。波長の1/10のサイズの構造体は一般的にその波長の電磁波に対して反射、散乱、屈折などの影響が無視できるとみなされるからである。ただし、前記望ましい厚さの範囲外でも、本発明のテラヘルツ波素子でのテラヘルツ波検出は可能である。
【0015】
ここで、チェレンコフ型の位相整合について図2を用いて説明する。これは、非線形光学結晶からテラヘルツ波を発生する、電気光学的チェレンコフ放射を考えれば理解しやすい。図2において、励起源であるレーザ光100の伝搬速度が、発生するテラヘルツ波の伝播速度よりも速い場合に、衝撃波のようにテラヘルツ波101が円錐状に放出される。一般の電気光学結晶のバルク体の場合、その放射角θc(光とテラヘルツのなす角度θc)は、光とテラヘルツ波の媒質(非線形光学結晶)中の屈折率の比である次式(1)で決まる。
【0016】
【数1】

【0017】
ただし、vg、ngは非線形光学結晶に対する励起光の群速度、群屈折率、vTHz、nTHzは非線形光学結晶に対するテラヘルツ波の位相速度、屈折率を表す。たとえば非特許文献2(特許文献2)には、発生するテラヘルツ波の波長よりも十分薄い厚さを持つスラブ導波路を用いて、チェレンコフ型の位相整合により差周波発生方式で広帯域な単色テラヘルツ波を発生させるという報告がある。ここで、ng、nTHzは、光、テラヘルツ波の実効的な屈折率である。例えば、ngは、導波路の光に対する群屈折率である。また、非特許文献2(特許文献2)のように近傍に光結合のためのプリズムがあれば、そのプリズムの屈折率も考慮した放射を考える必要があるため、nTHzは、導波路と結合部材(プリズム)で決まる実効的なテラヘルツ波の屈折率である。導波路が薄ければプリズムの材料を選択することによりθcを調整することもできる。
【0018】
さて、この発生の逆過程を考えると、テラヘルツ波の波面が戻っていく際に、レーザ光100のフロント102のポイントが、同様にレーザ源に戻りながら常にテラヘルツ波と相互作用するには、上記の式(1)と同じ関係を満たせばよいことがわかる。これがテラヘルツ波を検出する際のチェレンコフ型位相整合となる。その際、重要なことはたとえば102のポイントでテラヘルツ波とレーザ光が相互作用することである。したがって、レーザ光の伝搬領域がテラヘルツ波の波長程度に厚くなると(たとえば100〜100’の幅)、相互作用のポイントはその伝搬領域の上下(102と102’)の時間差から相互作用するテラヘルツ波の波面でぼけが生じることになる。ぼけが生じてしまうと、テラヘルツ波素子は、テラヘルツ波の高速な変化すなわち高周波に対する応答ができなくなる。その厚さの定量的な説明は後述する。
【0019】
次に検出手段の検出メカニズムについて説明する。図1で示したように導波路4にZ軸にからたとえば45度傾けた直線偏光でレーザ光を入射させてX軸に沿って伝搬させると、テラヘルツ波が入射されない状態でもLN結晶の複屈折性により偏光状態が変化する(自然複屈折)。伝搬後に入射面とは異なる面から出射される光の偏光状態をウォラストンプリズム9と2つのフォトダイオード10,11でバランス受信することで調べることができる。その場合、出射されたレーザ光は、電気光学結晶の複屈折性によって電界のZ軸成分とY軸成分に位相差を生じ、楕円偏光となって伝搬する。このような自然複屈折による位相差は、結晶の種類(LNは3m結晶)や入射偏光方向、導波路長さによって異なり、位相差ゼロの構成にすることもできる。このテラヘルツ信号がない状態での偏光変動を周知の補償板(不図示)で調整し、オフセットをキャンセルするようにしてもよい。なお、詳細については、特許文献1に記載があるので、ここでは説明を省略する。
【0020】
本実施形態でのテラヘルツ波が入射したときの相互作用としては、テラヘルツ電磁界が電気光学結晶に与える1次電気光学効果により、導波路のZ軸の屈折率が変化して伝搬光の偏光状態が変化することを利用する。具体的にはレーザ光の電界のZ軸成分とY軸成分の位相差が誘導複屈折により変化し、楕円偏光の楕円率や主軸の方向が変化する。
【0021】
このレーザ光の伝搬状態の変化を外部の偏光素子(ウォラストンプリズム等)9および光検出器(フォトダイオード等)10、11で差動増幅により検出すればテラヘルツ波の電界振幅の大きさを検出できることになる。差動増幅は必須のものではなく、9を偏光板として1つの光検出器のみで強度を検出してもよい(不図示)。
【0022】
また、伝搬光の偏光状態の変化を検出する方法について述べたが、伝搬光により発生するテラヘルツ波と外部より入射させるテラヘルツ波の相互作用が伝搬光に与える変化を、伝搬光の光強度や振動周波数の変化として検出する方法もある。その場合は偏光素子が不要で光検出器のみでよく、入射光の偏光面はZ軸に平行でもよい。
【0023】
以上に説明したような検出手段は、テラヘルツ波の信号を電気信号に変換するときには必要であるが、レーザ光そのものを変調させて、その変調光を後段に用いる場合には不要である。これは、たとえば、本発明のテラヘルツ波素子を、テラヘルツ波を用いた光変調器として利用する場合がある。
【0024】
本実施形態のテラヘルツ波素子をテラヘルツ波検出素子として用いて構成した、テラヘルツ時間領域分光システム(THz−TDS)によるトモグラフィックイメージング装置(トモグラフィ装置)の例を図3に示す。
【0025】
励起光源として光ファイバを含むフェムト秒レーザ20を用い、分岐器21を介してファイバ22、ファイバ23から出力を取り出す。典型的には中心波長1.55μmでパルス幅20fs、繰り返し周波数50MHzのものをフェムト秒レーザ20として用いたが、波長は1.06μm帯などでもよく、パルス幅、繰り返し周波数は前記の値に限らない。
【0026】
また、出力段のファイバ22、23は最終段の高次ソリトン圧縮のための高非線形ファイバや、テラヘルツ発生器、検出器までに至る光学素子等による分散を補償するためのプリチャープを行う分散ファイバを含んでいてもよい。またこれらは偏波保持ファイバであることが望ましい。
【0027】
テラヘルツ波検出側は、すでに説明した本実施形態のテラヘルツ波素子24の導波路に結合させる。その際、光学的遅延器29を介してレンズを用いてフェムト秒レーザ20からの光をテラヘルツ波素子24に空間結合させることができる。オールファイバにするためにファイバーストレッチャーを用いた遅延器(不図示)としたり、光学的遅延器をテラヘルツ波発生側に設置してもよい。その際、検出側はファイバ先端にセルフォック(登録商標)レンズを集積化させたものや先端を加工したピッグテール型とし、それらの開口数がチェレンコフ型位相整合素子の導波路の開口数以下になるように構成してもよい。これらの場合にはそれぞれの端部に無反射コーティングすることでフレネルロスの低減、不要な干渉ノイズの低減につながる。もしくはファイバ23と導波路のNAおよびモードフィールド径を近くなるように設計すれば突き当てによる直接結合(バットカップリング)として接着しても良い。その場合は接着剤を適切に選ぶことで反射による影響を低減することができる。
【0028】
なお、前段のファイバ22やフェムト秒レーザ20で偏波保持でないファイバ部分が含まれる場合、インライン型の偏光コントローラ等で本発明のテラヘルツ波素子24への入射光の偏光を安定化させることが望ましい。
【0029】
ただし、励起光源はファイバレーザに限るものではなく、その場合には偏光の安定化などの問題は軽減される。
【0030】
テラヘルツ波はたとえば光ファイバ22からの出力を光伝導素子28に照射して発生させ、放物面鏡26aによって平行ビームにするとともにビームスプリッタ25で分岐し、一方は放物面鏡26bを介してサンプル30に照射する。サンプルから反射されたテラヘルツ波は放物面鏡26cで集光されてテラヘルツ波素子24および検出器27に到達する。光伝導素子は、光源の中心波長が1.55μmであれば典型的には低温成長InGaAsにダイポールアンテナを形成したものを用いる。検出器27は、前述したように、例えば、ウォラストンプリズム9と2つのフォトダイオード10,11とを有する。
【0031】
ここで、電源部31により光伝導素子28に印加する電圧を変調し、テラヘルツ波素子24によって伝搬状態を変化させた光を検出する検出器27の出力を、増幅器34を介して信号取得部32により同期検波できるように構成されている。データ処理・出力部33ではPCなどを用いて光学遅延器29を移動させながらテラヘルツ信号波形を取得するようになっている。サンプルがミラーの場合で表面反射のみのテラヘルツパルス取得波形の例を図4に示す。
【0032】
この系は測定対象であるサンプル30からの反射と照射のテラヘルツ波は同軸の場合であり、テラヘルツ波のパワーとしては半減する。そこで、図3(b)のようにミラーを増やして非同軸の構成とし、サンプルへの入射角が90度でなくなるものの、パワーを増やすようにしてもよい。
【0033】
サンプル30の内部に材料の不連続部があれば、取得する信号において不連続部に相当する時間位置に反射エコーパルスが現れる。そこでサンプルを1次元でスキャンすれば断層像、2次元スキャンすれば3次元像を得ることができる。
【0034】
本実施形態のトモグラフィ装置によれば、内部浸透厚さと奥行き分解能を向上させることができる。また、ファイバを用いた励起レーザを照射手段とすることができるので、装置の小型、低コスト化が可能となる。
【0035】
本実施形態では、光入射を発生とは逆側の端部より行ったが、発生と同じ側から入射してもよい。その場合は整合する長さが小さくなるため信号強度が小さくなる。
【0036】
励起光源としては超短パルス状のものを用いたが、連続波もしくはナノ秒オーダーのパルスで、波長の異なる2つのレーザを用いて、差周波発生による単一波長のテラヘルツ波を検出する場合にも適用できる。
【0037】
ここでは結晶の材料としてLN結晶を用いたが、その他の電気光学結晶として従来技術で述べたLiTaOx、NbTaOx、KTP、DAST、ZnTe、GaSeなどを用いることができる。
【実施例1】
【0038】
本実施例では、図1に示した素子構造において、屈折率nがおよそ1.5の光学接着剤層2が厚さ3μm、MgOドープLN結晶の導波層4が厚さ3.8μmで幅5μm、低屈折率バッファ層5は3μm厚で2と同様の光学接着剤により構成されている。光結合部材7としては高抵抗Siプリズムを用いており、チェレンコフ型位相整合を満たすため、θcladが49度でテラヘルツ波がプリズム表面に垂直入射できるようにθが41度のプリズムが接着されている。なお、テラヘルツ波の入射面ではない面が傾斜しているように書かれているが、こちらの面の角度は垂直など任意である。導波路長としてはたとえば10mmとしているがこれに限らない。
【0039】
上記導波層4の厚さの決定は次のように行った。すなわち、テラヘルツパルスとして検出したいフーリエ周波数帯域から最大周波数fmaxが決まる。次いで導波層4の厚さを、fmaxに相当する結晶中の等価波長の半分以下で、かつ入射する超短パルスレーザ光の結合/伝搬ロスの小さいシングルモード条件が成立するように設定する。本実施例ではたとえば7.5THzまで対応するとして自由空間での波長はおよそ40μmになり、LN導波層のテラヘルツの屈折率5.2とすると、導波層の厚さはλeq(THz)/2(=40/5.2/2)≒3.8μm以下が望ましいことになる。一方、本実施形態の光導波路としては入射レーザ光の中心波長1.55μmの場合で厚さおよそ5μmが結合効率・伝搬ロスの観点から望ましいことが、導波路シミュレーションの結果より得られている。しかし、より薄い方の条件、すなわちテラヘルツ波の帯域確保を優先的に選択して、導波層の厚さを3.8μmと決定した。ここで、本実施例でのfmax=7.5THzはLN結晶のLOフォノン吸収の周波数に相当し、その周波数近傍で顕著にテラヘルツ波が吸収されて放射されないことを考慮して設定した。入射レーザ光のパルス幅によってはLOフォノンの吸収帯よりも周波数の高い、たとえば10THz以上で検出可能な場合がある。その際には、それに合わせてさらに光導波路厚を薄くすることで対応する。また、入射レーザ光の中心波長が1μmの場合には、シミュレーションによる最適厚さは約3.6μmとなり、この場合にはこちらの厚さで決まる。このようにテラヘルツの必要帯域が異なる場合や、入射レーザ光の結合効率・伝搬ロスが小さくなる要件との関係から導波層4の厚さを決定することが重要であり、両者のうち薄い方をベストモードとして選択することが望ましい。
【0040】
一方、低屈折率バッファ層5が、厚さ2μmで、光学接着剤層2と同様の光学接着剤で形成されている。同様に7.5THzまで対応するとして、等価波長を低屈折率層の屈折率1.5で除した値と仮定すると、実施形態1のところで説明したようにλeq/10(=40/1.5/10)≒2.7μmの厚さ以下になるように2μmとしている。
【0041】
〔実施形態2〕
本発明の第2の実施形態を図5を用いて説明する。本実施形態ではレーザ光を伝搬させる導波層42がサンドイッチ型のスラブ導波路になっているとともに、導波層を保持するLN基板がない構造になっている。導波路長はたとえば5mmとなっている。なお、図5は図1とは異なり、プリズム側が下側になるような図を示している。
【0042】
これは、図5(b)のように、貼り合わせウエハ45を準備することで実現可能である。貼り合わせウエハ45は、プリズム40の材料である高抵抗Si基板40’に低屈折率バッファ層となる接着剤(実施形態1と同様)41’を用いて導波層となるMgOドープLN結晶基板42’を接着することで形成されている。LN結晶基板42’は導波層の厚さになるまで研磨されている。研磨後には保護も兼ねたSiO2などの酸化膜や樹脂などの低屈折率層43を導波層42上(図5(a))に成膜することが望ましい。この低屈折率層43を備えない場合でも、空気の屈折率が低いために導波層への光閉じ込めは可能である。
【0043】
Siプリズムは研磨か化学エッチングにより傾斜部を作製すればよい。たとえば表面が(100)Si基板の場合に周知のウエットエッチング(KOHなど)を行えば、55度の傾斜をもつ(111)面が出現する。理想面の41度から14度ずれているが、表面の反射ロス(フレネルロス)の増大は軽微である。もちろん41度の面を出すために傾斜基板を用いたりしてもよい。
【0044】
ここで、入射する光は44のように楕円状であってもよい。その場合には、レーザ光源より結合させるためのレンズに棒状のロッドレンズやシリンドリカルレンズを用いて、導波路の層構造の垂直方向を絞る形にしてもよい。
後段の光検出手段は省略してあるが、テラヘルツ波の検出方法は実施形態1と同様である。
【0045】
本実施形態ではスラブ導波路にしたことで、プローブ光の結合が容易になったこと、テラヘルツ波の集光が十分でない場合でも相互作用領域を広く取れるなどのメリットがある。
【0046】
〔実施形態3〕
本発明による第3の実施形態は図6のように検出器も同一基板上に集積化するものである。基板50には実施形態1と同様なチェレンコフ型位相整合によるテラヘルツ波素子51が備えられ、その出力端には2つの集積光導波路53、54に入射光を2つの偏光成分に分岐して導波させるための導波型偏光ビームスプリッタ52が備えられている。さらに2つの光検出器55,56が導波路53、54の光出力を検出するために集積化されている。2つの光検出器の出力は、実施形態1と同様、バランス受信によりテラヘルツ波信号を検出するために用いる。
【0047】
導波型偏光ビームスプリッタはたとえば導波路53、54のY分岐部に誘電体多層膜を形成することで可能となる。また、導波路としては基板50をSiとし、その上に矩形形状を作製してSi導波路としてもよい。1μm帯以下の励起レーザを用いる場合には光がSiで吸収されるため、SiO2の導波路にしてもよい。光検出器としてはInGaAsによるMSM検出器などを基板50に集積させることができる。
【0048】
上記のように基板50をSiにした場合には、実施形態2のようにSi基板をエッチングして、図6の平面図では裏側からテラヘルツ波を入射させるようにしてもよい(不図示)。
【0049】
本実施形態では空間結合系を少なくしたことで、素子全体がコンパクトで安定になること、光検出器までの光の導波ロスが低減できるなどの利点がある。実施形態1で説明したトモグラフィ装置のテラヘルツ波検出素子として本実施形態の素子を用いれば、イメージングの性能を向上させることができる。
【0050】
〔実施形態4〕
本発明による第4の実施形態は図7の平面図に示すようにY分岐67、合波器68をもつマッハツェンダ干渉計64を備え、その出力を導波路63に伝搬させて光検出器66で信号を取得するようにした集積型素子である。材料はこれまでと同様にLNを始めとした非線形光学結晶を用いることができる。Y分岐67は、被検光を伝播する被検導波路(被検光路)と参照光を伝播する参照導波路(参照光路)とに導波路61を分岐している。本発明のテラヘルツ波素子62の導波路は、被検導波路に含まれている。
【0051】
本実施形態では導波路を伝搬する光の偏光の変動を利用してテラヘルツ波を検出するのではなく、光の位相状態の変化を利用する。
【0052】
そのため、テラヘルツ波素子(チェレンコフ型位相整合部)62の導波層の結晶軸方向は実施形態1と同じだが、入射するレーザ光69の偏光方向はZ軸と平行にする。その場合、MgOドープLN結晶層においても複屈折性は発現せず、導波路61、63がこの結晶で構成されていても偏光変動が起きない。
【0053】
ここで、テラヘルツ波がS偏波で入射すると、ポッケルス効果により屈折率が変化するために伝搬する光の伝搬速度が変化する。マッハツェンダ干渉計の構成にしてあるため、一方の導波路の伝搬速度が変化すると合波器部分68において被検光路と参照光路で位相差が発生し、干渉により光強度の変化が生じる。
【0054】
この位相差は入射するテラヘルツ波の強度によって変化するため、検出器66によってテラヘルツ信号を受信できることになる。
【0055】
本実施例では偏光制御素子を用いないために構成が簡単になる。実施形態1で説明したトモグラフィ装置のテラヘルツ波検出素子として本実施形態の素子を用いれば、小型で安定なシステムを構成することができる。
【0056】
〔実施形態5〕
本発明による第5の実施形態は、実施形態1で説明した電気光学的チェレンコフ放射を用いたテラヘルツ波発生を用い、本発明によるチェレンコフ型位相整合によるテラヘルツ波検出素子と集積化させたものである。
【0057】
その構造の例を図8(a)の断面図、図8(b)の平面図で示す。図8(a)は伝搬させるレーザ光の導波路部分の断面図であり、図8(b)の上面図に示すように1つの素子に実施形態1と同様のMgOドープLN結晶からなる2つの導波路84a,bが並列に備えられている。81、82、85も実施形態1と同様にそれぞれ、LN基板および上下の低屈折率な接着層である。87はSiプリズムであるが、図8に示したように一方の導波路部分(ここでは84a)は周知のチェレンコフ型テラヘルツ発生素子であって、レーザ光の伝搬によりθclad=49°でテラヘルツ波が空間に放射される。もう一方の導波路は本発明によるテラヘルツ波検出素子となっていて、同様にθclad=49°でSiプリズム87bを介してテラヘルツ波が導波路84bに結合されるように構成している。そのため、導波路84aと導波路84bには、互いに異なる(特に傾斜方向が異なる)Siプリズム(第1の結合部材87a、第2の結合部材87b)が設けられている。傾斜角などは実施形態1と同様で良く、その場合、発生と検出のテラヘルツ波のクロストークも小さい。検出器側となる84bにはレーザ光2としてプローブ光を入射させるが、実施形態1と同様に入射偏光はZ軸から45°傾ける。出力端にはウォラストンプリズムのような偏光分離素子83と2つの光検出器86、88を設置して、テラヘルツ波の信号で変化したレーザ光の伝搬状態を取得することができる。なお、たとえば2つの導波路84a、84bは幅5μmで間隔は1mm程度にしているが、これに限るものではない。スラブ導波路にしてレーザ光の入射位置で発生、検出の部分を分離してもよい。
【0058】
このような集積チェレンコフ型位相整合素子を用いたテラヘルツ時間領域分光システムの例を図9に示す。ファイバレーザ70の出力をカップラ71を介して2つに分岐し、一方は光ファイバ79を通して本実施形態による集積チェレンコフ型位相整合素子73のポンプ光(図8の第1レーザ光)として導波させる。分岐したレーザ光のもう一方は光ファイバ78aから遅延光学系72、光チョッパー91を介して光ファイバ78bに結合させ、集積チェレンコフ型位相整合素子73のプローブ光(図8の第2レーザ光)として導波させる。発生したテラヘルツ波は放物面鏡76aで集光されてサンプル90に照射される。ここで反射されたテラヘルツ波は放物面鏡76bで集光されて素子73および検出部74で検出される。検出部74は、図8における偏光分離素子83と2つの光検出器86、88を有する。
【0059】
このシステムを用いた分光情報取得方法やトモグラフィ像の取得方法は周知の方法を用いることができる。
【0060】
本実施形態は発生、検出が一体になった素子を提供でき、テラヘルツ時間領域分光システムをコンパクトにすることができる。
【0061】
〔実施形態6〕
本発明による第6の実施例は、テラヘルツ波の集光性を高めるために結合部材の形状に曲面を取り入れたものである。図10(a),(b)は、結合部材として超半球レンズを2面カットした構造体92を設置したものである。図において、図1と同じ部分には同符号を付してある。この場合、テラヘルツ波はレンズの焦点位置に集光されるため、実施形態1とは異なる方向から入射させている。すなわち、レーザ光とテラヘルツ波が対抗する方向から入れている。レーザ光として数10fs以下の超短パルスを用いた場合には、導波路内では波長分散によりパルス幅が広がるため、むしろ入射端近傍で相互作用を行うようにした方が広帯域にできる場合がある。
【0062】
そのため、図10(b)のようにθclad(Si部材であれば49度)の方向からテラヘルツが入射して矢印の先端部の焦点位置が、たとえば導波路内で端部より500μm内部に入ったところになるように設定している。
【0063】
結合部材に、導波路におけるレーザ光の伝搬方向に垂直な断面において、電気光学結晶側に接する面以外の部分に円弧のような曲線を持たせることで、導波路の側面方向からのテラヘルツ波も集光させることができる。したがって、本実施例では、実施例1のような三角プリズムを用いる場合に比べてテラヘルツ波の利用効率を向上させることができる。
【0064】
なお、レンズの設置方向を逆転してレーザ光とテラヘルツ波を同一方向から(実施形態1のように)入射させてもよい。
【0065】
このような導波路におけるレーザ光の伝搬方向に垂直な断面で円弧のような曲線を持たせる他の構造として、図11のように円錐形状の一面をカットしたような構造体93でもよい。この場合は導波路の側面方向からのテラヘルツ波も集光させつつ、導波路方向には焦点をもたないすなわち線状の集光を実現することができる。そのため、実施例1と同様にレーザ光とテラヘルツ波を同一方向から入射させて相互作用長を長くとることができる。そのため、上記の超半球レンズをカットした場合に比べてさらにSN比を向上させることができる。構造体92か構造体93のどちらを使用するかは、検出したい信号のSN比と帯域の関係でそれぞれ選択すればよい。
【0066】
なお、図10,11では導波路長さと結合部材の長さが一致するように描かれているが、一致していなくても問題ない。
【符号の説明】
【0067】
1 基板
2 接着剤層
3 導波路周囲領域
4 導波層
5 低屈折率バッファ層
7 光結合部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気光学結晶を含み、光を伝搬する導波路と、
前記導波路にテラヘルツ波を入射させる結合部材と、を備え、
前記導波路を伝搬する前記光の伝搬状態は、前記結合部材を介して該導波路に前記テラヘルツ波が入射することで変化する
ことを特徴とするテラヘルツ波素子。
【請求項2】
前記導波路は、前記光に対してコアとなるコア層と、前記光に対してクラッドとなるクラッド層と、を有し、
前記クラッド層は、前記結合部材と前記コア層に挟まれており、
前記クラッド層の厚さdは、前記光の前記コアにおける光強度の1/e(eは自然対数の底)になる厚みをa、前記テラヘルツ波の最大周波数に相当する波長の前記クラッド層における等価波長をλeqとしたとき、
a<d<λeq/10
を満たす
ことを特徴とする請求項1に記載のテラヘルツ波素子。
【請求項3】
前記導波路は、前記光に対してコアとなるコア層と、前記光に対してクラッドとなるクラッド層と、を有し、
前記コア層の厚さは、前記テラヘルツ波の最大周波数に相当する波長の前記コア層における等価波長の半分以下である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のテラヘルツ波素子。
【請求項4】
前記光の実効的な群屈折率をng、前記テラヘルツ波の実効的な屈折率をnTHzとしたときに、該光と該テラヘルツ波のなす角度θcは、
【数1】


を満たす
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のテラヘルツ波素子。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載のテラヘルツ波素子と、
前記テラヘルツ波素子の導波路を伝搬した光を検出することで、前記導波路に入射するテラヘルツ波を検出する検出手段と、備える
ことを特徴とするテラヘルツ波検出装置。
【請求項6】
前記検出手段は、前記光の偏光状態を検出することで、前記テラヘルツ波を検出する
ことを特徴とする請求項5に記載のテラヘルツ波検出装置。
【請求項7】
前記電気光学結晶は、Yカットのニオブ酸リチウムを含み、
前記導波路の前記光の伝搬方向をX軸、該伝搬方向と垂直な方向をZ軸とした場合に、前記導波路に入射する前記光は、電界のY軸成分とZ軸成分とを含む偏光であり、
前記検出手段は、前記導波路を伝搬した前記光を互いに偏光方向の異なる直線偏光に分離する偏光分離素子と、該直線偏光の夫々を検出する光検出器と、を有する
ことを特徴とする請求項6に記載のテラヘルツ波検出装置。
【請求項8】
前記偏光分離素子および前記光検出器は、前記導波路と同一基板上に形成されており、前記偏光分離素子と前記光検出器とは、導波路で結合されている
ことを特徴とする請求項7に記載のテラヘルツ波検出装置。
【請求項9】
前記検出手段は、前記光の位相状態を検出することで、前記テラヘルツ波を検出する
ことを特徴とする請求項5に記載のテラヘルツ波検出装置。
【請求項10】
前記検出手段は、被検光路と参照光路とを持つマッハツェンダ干渉計を有し、
前記被検光路は、前記テラヘルツ波素子の導波路を含む
ことを特徴とする請求項9に記載のテラヘルツ波検出装置。
【請求項11】
電気光学結晶を含む導波路と、
前記導波路を光が伝播することで前記電気光学結晶から発生するテラヘルツ波を空間に取り出す第1の結合部材と、
前記空間から前記導波路にテラヘルツ波を入射させる第2の結合部材と、を備える
ことを特徴とするテラヘルツ波素子。
【請求項12】
請求項5に記載のテラヘルツ波検出装置を備える
ことを特徴とするテラヘルツ時間領域分光システム。
【請求項13】
請求項12に記載のテラヘルツ時間領域分光システムを備える
ことを特徴とするトモグラフィ装置。
【請求項14】
請求項1の結合部材は、前記導波路の光の伝搬方向に垂直な断面において、前記電気光学結晶側に接する面以外の部分に曲線を有することを特徴とする請求項1記載のテラヘルツ波素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−101295(P2013−101295A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−275101(P2011−275101)
【出願日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】