説明

テラヘルツ波素子

【課題】励起光とショットキー接合部との相互作用の領域を拡大して、テラヘルツ波の発生効率またはテラヘルツ波の検出のSNを向上することができるテラヘルツ波素子を提供する。
【解決手段】テラヘルツ波発生素子は、テラヘルツ波発生層2と、テラヘルツ波発生層2に接して配置された電極3を備え、励起光4の照射と電極3への電圧印加によりテラヘルツ波5を発生する。テラヘルツ波発生層2の少なくとも一部は、励起光4が入射してくる側とその反対側とのテラヘルツ波発生層2の面と交わる面において電極3とショットキー接合部を形成し、ショットキー接合部に励起光4が照射される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミリ波帯からテラヘルツ波帯(30GHz〜30THz)の周波数領域の成分を含むテラヘルツ波を発生または検出する発生素子または検出素子であるテラヘルツ波素子、それを用いた装置に関する。さらに詳細には、光パルス照射により前記周波数帯のフーリエ成分を含む電磁波パルスの発生または検出を行う素子、それを用いたテラヘルツ時間領域分光装置(THz-TDS)等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、テラヘルツ波を用いた非破壊なセンシング技術が開発されている。この周波数帯の電磁波の応用分野として、X線装置に代わる安全な透視検査装置を構成してイメージングを行う技術、物質の吸収スペクトルや複素誘電率を調べる分光技術などが開発されている。これらの技術を実用化するためには、テラヘルツ波の発生技術の進歩が重要な要素の一つとなっている。従来、このようなテラヘルツ波の発生技術として、1.5μm帯ファイバレーザの励起光に対して、インジウムガリウムヒ素(InGaAs)などを使用する例がある(特許文献1参照)。
【0003】
また、より高強度なテラヘルツ波を発生するために、インジウムリン(InP)を用いた素子に関する提案がある(非特許文献1参照)。この文献に記載の素子は、励起用の超短パルスレーザとして、小型化、低コスト化のために通信波長帯のファイバレーザを用いている。この素子は、半絶縁性InP基板上にチタン/金(Ti/Au)電極を成膜して作製されている。チタン/金(Ti/Au)電極は10μmの間隙を持つダイポールアンテナ形状を有しており、電極間には20V程度の電圧が印加される。この電極の間隙に、InP基板の上側(電極が形成されている側)から励起光(波長1.5μm帯のフェムト秒レーザ)が照射される。InP基板はテラヘルツ波発生層を兼ねており、励起光によってショットキー障壁を越えるエネルギーを得たキャリアが電極から半導体に移動して瞬間的に電流が流れることで、テラヘルツ波を得る。
【0004】
非特許文献1で使用している半絶縁性InPは、特許文献1で使用しているInGaAsよりも一般に高抵抗とできるので、電極間に、より高電圧を印加することができる。そのため、このような素子によって、1.5μm帯の励起光で高強度なテラヘルツ波を発生できる可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006-086227号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】2008 Conference on Quantum Electronics and Laser Science Conferenceon Lasers and Electro-Optics, CLEO/QELS 2008, Article number 4551244
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1に記載された素子では、光キャリア励起を行う電極‐半導体界面(ショットキー接合部)にレーザ光を効率良く照射することが容易ではない。これは、上述の様にテラヘルツ波発生層の上面(基板側と反対の面)に電極があるため、励起光が照射されるショットキー接合部のサイズが小さくなり易いことによる。このような事情により、テラヘルツ波の発生効率に課題があった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題に鑑み、本発明のテラヘルツ波発生素子は、テラヘルツ波発生層と、テラヘルツ波発生層に接して配置された少なくとも2つの電極と、を備え、励起光の照射と電極への電圧印加によってテラヘルツ波を発生する素子であって、次の特徴を有する。即ち、テラヘルツ波発生層の少なくとも一部は、励起光が入射してくる側とその反対側との当該テラヘルツ波発生層の面と交わる面において電極の少なくとも1つとショットキー接合部を形成し、ショットキー接合部の少なくとも一部に励起光が照射される。また、本発明のテラヘルツ波検出素子は、テラヘルツ波検出層と、テラヘルツ波検出層に接して配置された少なくとも2つの電極と、を備え、励起光の照射状態において入射するテラヘルツ波を検出する素子であって、次の特徴を有する。即ち、テラヘルツ波検出層の少なくとも一部は、励起光が入射してくる側とその反対側との当該テラヘルツ波検出層の面と交わる面において電極の少なくとも1つとショットキー接合部を形成し、ショットキー接合部の少なくとも一部に励起光が照射される。
【発明の効果】
【0009】
本発明のテラヘルツ波発生素子によれば、テラヘルツ波発生層の少なくとも一部は、前記交わる面において電極とショットキー接合部を形成しており、このショットキー接合部の少なくとも一部に励起光が照射される。この構成により、励起光とショットキー接合部との相互作用の領域を拡大できるので、テラヘルツ波の発生効率が向上するという効果を奏する。また、テラヘルツ波検出素子においては、励起光とショットキー接合部との相互作用の領域を拡大できるので、テラヘルツ波の検出のSNが向上するという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施形態1のテラヘルツ波発生素子の構成例を説明する図。
【図2】実施形態1のテラヘルツ波発生素子への励起光の入射方向を説明する図。
【図3】実施形態1のテラヘルツ波発生素子の変形例を説明する図。
【図4】実施形態1のテラヘルツ波発生素子の変形例を説明する図。
【図5】実施形態1のテラヘルツ波発生素子の変形例を説明する図。
【図6】実施形態2のテラヘルツ波発生素子の構成例を説明する図。
【図7】実施形態3のテラヘルツ波発生素子の構成例を説明する図。
【図8】実施形態4の分光装置の構成例を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のテラヘルツ波素子(発生素子または検出素子)において重要なことは、次の点である。テラヘルツ波発生層または検出層の、励起光が入射してくる側とその反対側との当該層の面と交わる面に電極とのショットキー接合部を設けて、その接合部を励起光の照射箇所とすることで、励起光とショットキー接合部との相互作用の領域を拡大することである。この考え方に基づき、本発明のテラヘルツ波発生素子または検出素子は、上記課題を解決するための手段のところで述べた様な基本的な構成を有する。前記交わる面は、例えば、テラヘルツ波発生層またはテラヘルツ波検出層の側面、テラヘルツ波発生層またはテラヘルツ波検出層の面のうちで該層に接する基板の上面に平行な面を除く面などである。前記相互作用の領域をより拡大するために、電極の少なくとも一部は、励起光が入射してくる側から見て、櫛型形状(図7の形態参照)と階段形状(図4の形態参照)と傾斜形状(図3の形態参照)との少なくとも1つを持つように形成することができる。これらの形状は必要に応じて自由に組み合わせることができ、例えば、櫛型形状の側面を傾斜形状とすることができる。
【0012】
上記テラヘルツ波発生素子または検出素子と、このテラヘルツ波発生素子または検出素子に励起光を照射するための励起光発生部を含む照射手段と、を備えて、テラヘルツ波発生装置または検出装置を構成することができる。また、これらのテラヘルツ波発生装置とテラヘルツ波検出装置との少なくとも一方を用いてテラヘルツ時間領域分光装置を構成することができる。
【0013】
以下、図を用いて本発明の実施形態を説明する。
(実施形態1)
図1を用いて実施形態1を説明する。図1では、構成を分かり易く描くために縮尺をデフォルメしている部分がある。このことは、以下の図面でも同様である。図1(a)は、本実施形態のテラヘルツ波発生素子の概略構成を示した上面図である。図1(b)は、図1(a)のAA'断面図である。図1(c)は、本実施形態のテラヘルツ波発生素子の全体図である。
【0014】
本実施形態において、テラヘルツ波発生層2は基板1の上に形成される。テラヘルツ波発生層2は、基板1の上面全体を覆う必要は必ずしも無く、少なくとも励起光4を照射する領域と重なりを持てばよい。電極3は、テラヘルツ波発生層2に接して形成される。電極3は、少なくとも2つ(一対)で形成され、図1の例では、電極3aと電極3bが形成されている。電極3の少なくとも一部(電極3aと電極3bのいずれか片方でよい)はテラヘルツ波発生層2の側面に接して形成される。本実施形態で、テラヘルツ波発生層2の側面とは、テラヘルツ波発生層2の面のうちで、発生層2に接する基板1の上面に平行な面を除く面を指す。基板1に開口部が形成されて発生層2が基板1に接しない場合を含む一般的な構成で言えば、側面とは、励起光4が入射してくる側とその反対側とのテラヘルツ波発生層2の上下面を除く面を指す。電極3は、テラヘルツ波発生層2への電圧印加のために少なくとも2つの組からなり(典型的には電極対)、それぞれの電極3は間隙を挟んで配置される。また、電極3は、外部から電圧を印加するための電極パッド6を有する。
【0015】
テラヘルツ波発生層2の側面は、少なくとも一部において電極3との間でショットキー接合部を形成しており、そこに、光励起キャリアを発生するための励起光4が照射される。電極3のうち、光励起キャリアを生じてテラヘルツ波5を発生する側でない電極は、図5に示す様にテラヘルツ波発生層2の上面に形成されていても構わない。図5(a)はこの場合のテラヘルツ波発生素子の上面図であり、図5(b)は図5(a)のDD'断面図である。
【0016】
構成要素の材料について説明する。基板1は絶縁性の高い材料からなることが望ましい。基板1の材料としては、半絶縁性ガリウムヒ素(SI-GaAs)や半絶縁性インジウムリン(SI-InP)などが適用できる。また、テラヘルツ波領域において吸収の少ないシリコン(Si)やシクロオレフィンなどの材料を用いてもよい。テラヘルツ波発生層2には、インジウムリン(InP)やインジウムガリウムヒ素リン(InGaAsP)などの半導体を用いることができる。励起光4の波長に対してバンドギャップが大きく透明となる物質を用いてもよい。例えば波長1.5μmの励起光4に対しては、InPを使用できる。テラヘルツ波発生層2は、基板1の上にMBE(Molecular Beam Epitaxy)法などを用いて作製することができる。また、基板1とテラヘルツ波発生層2は同一の材料からなっていてもよく、一体となっていてもよい。テラヘルツ波発生層2のバンドギャップが、励起光4の波長に対応するエネルギーよりも大きい場合、テラヘルツ波発生層2において吸収される励起光4を低減できる。よって、テラヘルツ波発生層2を通過してショットキー接合部に到達する励起光4を増大することができ、テラヘルツ波発生効率がさらに向上するという効果を奏する。
【0017】
電極3は、励起光4によって光励起キャリアを発生させるための界面において、ショットキー接合を形成するような材料が用いられる。例えば、チタン/金(Ti/Au)などを用いることができる。電極3はリフトオフ法などにより作製することができる。その他の光励起キャリアの発生に寄与しない界面に関しては、電極3とテラヘルツ波発生層2はショットキー接合でもオーミック接合でもよい。電極3をオーミック接合にしたい場合には、電極領域に不純物拡散させる、金‐ゲルマニウム/ニッケル/金(AuGe/Ni/Au)電極でアロイする、n‐InGaAsエピタキシャル層を選択的に電極下部に設けるなどの方法がある。テラヘルツ波発生層2の側面に電極3の一部が接するようにするには、テラヘルツ波発生層2の一部をドライエッチング法で除去した後、電極3を形成するとよい。ここで、テラヘルツ波発生層2の側面に電極3を形成するためには、リフトオフ法における真空蒸着時に、金属原子の飛来方向にテラヘルツ波発生層2の側面が向くように角度を調整するとよい。電極3には、図1のようなダイポールアンテナやボウタイアンテナといった形状を持たせてもよい。
【0018】
上記構造の各部のサイズは、例えば次の様に設定することができる。図1の例では、テラヘルツ波発生層2の厚さを2μm、電極3のアンテナ(突起箇所)の横幅を5μm、アンテナの電極間のギャップを10μm、アンテナ以外での電極間のギャップを20μmとできる。また、テラヘルツ波発生素子に入射する箇所で励起光4のサイズを直径8μmとできる。
【0019】
次に、テラヘルツ波の発生機構について説明する。
上述した様に、テラヘルツ波発生層2と電極3との界面の少なくとも一部には、ショットキー接合部が形成されている。一般に知られる様に、ショットキー接合部はテラヘルツ波発生層2と電極3との組合せに応じたエネルギー障壁(ショットキー障壁)を有する。例えば、テラヘルツ波発生層2として半絶縁性InPを、電極3としてTi/Auを用いると、その界面には障壁高さ0.5eV程度のショットキー障壁が形成される。ただし実際は、界面の状態によって異なる値を持ちうることが一般に知られている。図1では、この様に電極3とテラヘルツ波発生層2の界面はショットキー接合部となっている。ここに、波長1.5μmの励起光4を照射すると、電極3にあるキャリアが光励起され、その一部はショットキー障壁を飛び越えてテラヘルツ波発生層2に入る。テラヘルツ波発生層2には、電極3によって電圧が印加されている。この電圧によって、テラヘルツ波発生層2には電界が与えられる。テラヘルツ波発生層2に入ったキャリアはこの電界により加速され、電流が生じる。電流が生じると、下記式1に従って、電流の時間変化の大きさに応じた電界強度を持つテラヘルツ波5が発生する。
THz∝dJ/dt (式1)
ここで、ETHz:テラヘルツ波5の電界強度、J:電流、t:時間である。
【0020】
発生したテラヘルツ波5は、ストリップラインなどの導波構造によって基板1に沿って伝搬させても良いし、電極3の一部を前述したアンテナ形状にすることで基板1の外部へ取り出しても良い。電極3によってテラヘルツ波発生層2内部に印加される電界が大きいほど電流変化が急峻となり、テラヘルツ波5の電界強度が向上する。そのため、電極3の組の間隙が最も小さい部分、つまりテラヘルツ波発生層2内部の電界が最も大きくなると見積もられる部分に励起光4を照射することが一般的である。以上から分かる様に、テラヘルツ波5の電界強度を向上するには、電流の時間変化を大きく、すなわち励起光4によって光励起キャリアを短時間で多く生成することが重要である。
【0021】
光励起キャリアを短時間で生成するためには、励起光4のパルス幅を狭くすることが有効である。一般には、励起光4としてフェムト秒レーザが多く用いられる。波長1.5μm帯のパルス光を使用する場合、エルビウム(Er)ファイバレーザ光源が好適に用いられる。このパルス光のパルス幅は典型的には100fsである。また、パルスの繰り返し周波数は50MHzとすることができる。
【0022】
一方で、光励起キャリアを多く生成するために、図1では、テラヘルツ波発生層2と電極3との界面の一部に、基板1の上面とほぼ垂直な部分を形成し、ショットキー接合部において励起光4が照射される領域を増大する構成とした。前述の非特許文献1の素子では、励起光の大部分が電極によって遮蔽されていた。励起光からすると、ショットキー接合の線状の領域に照射することになっていた。それに対して本実施形態では、励起光4が照射されるショットキー接合部のサイズが大きくなっている。前述した各構造のサイズによると、図1において励起光4が直接照射されて光励起キャリアの発生に関与する領域の大きさは、10μm(=(アンテナの横幅5μm)×(テラヘルツ波発生層2の厚さ2μm))となる。これにより、励起光4による光励起キャリアの発生量を増大することができ、その結果、テラヘルツ波5の発生効率を向上することができる。
【0023】
ここで、テラヘルツ波発生層2の厚さについて、より詳しく説明する。
非特許文献1の素子では、電極とテラヘルツ波発生層の間のショットキー接合部に励起光が照射されるサイズは、電極の端から0.5μm程度と見込まれる(半導体中での波長程度)。従って、本実施形態の素子においては、励起光4の照射される面積をより大きくするという点から、テラヘルツ波発生層2の厚さが0.5μm以上であることが望ましい。また、電極4の厚さが厚いと電流が基板1の面に垂直に近い方向にも流れるため、テラヘルツ波5がアンテナに結合する効率が下がる。この効果を抑えるために、電極4の厚さはテラヘルツ波発生層2内部におけるテラヘルツ波5の波長以下、例えば50μm程度以下に抑えることが望ましい。
【0024】
また、テラヘルツ波発生層2の材料のバンドギャップの大きさが励起光4のエネルギーより小さい場合、励起光4がショットキー接合部に届く前にテラヘルツ波発生層2が励起光4を吸収してしまう。そのため、テラヘルツ波発生層2の厚さは励起光4の吸収長程度以下であることが望ましい。例えば、InGaAsからなるテラヘルツ波発生層2に波長1.5μmの励起光4を照射する場合、典型的には2μm程度に抑えることが望ましい。本実施形態では、励起光4の入射方向も重要である。例えば図2(a)に示す様に、励起光4がショットキー接合部に直接入射する構成とすることが望ましい。図2(b)に示す様に、励起光4がショットキー接合部に直接は入射しない構成であると、励起光4が光励起キャリアを発生する効率が減少することになる。ただし、直接入射しなくても、散乱、反射、回折などによって、ショットキー接合部に励起光4の一部が入射することはあり得る。また、励起光4は一般に光軸に垂直な面内でエネルギーの分布を持つので、エネルギーの大きい箇所を、光励起キャリアが発生する界面に入射させる構成とすることが望ましい。このような構成によって、光励起キャリアを効率良く発生することができる。
【0025】
テラヘルツ波発生層2の厚さであるが、テラヘルツ波発生素子の抵抗を増大するには薄い方が良い。特に、基板1の抵抗率がテラヘルツ波発生層2の抵抗率より高い場合、そうである。一方、励起光4の吸収量を大きくするためには厚い方が良い。より直接には、テラヘルツ波発生層2と電極3のショットキー接合界面のサイズが関わる。例えば、テラヘルツ波発生層2の厚さは2μmといった値を典型的に用いることができる。以上に示した様に、本実施形態のテラヘルツ波発生素子により、ショットキー接合部において励起光照射領域を増大することができる。従って、テラヘルツ波発生効率が向上する。
【0026】
これまで、図1の様に、光励起キャリアを発生するショットキー接合部が基板1の面に垂直な例を説明してきたが、図3や図4に示す様に必ずしも垂直でなくてもよい。図3(a)はテラヘルツ波発生素子の上面図であり、図3(b)は図3(a)のBB'断面図である。この例では、光励起キャリアを発生するショットキー接合部が、基板1の上面に対して垂直でなく傾斜して形成されている。また、図4(a)はテラヘルツ波発生素子の上面図であり、図4(b)は図4(a)のCC'断面図である。この例では、光励起キャリアを発生するショットキー接合部が、階段状に形成されている。これらの例では、光励起キャリアを生ずるショットキー接合部を励起光の照射方向に対してより対向的に向けることで、より多くの励起光4をショットキー接合部に照射することができる。従って、テラヘルツ波発生効率をさらに向上することができる。
【0027】
(実施形態2)
本発明のテラヘルツ波発生素子に係る実施形態2は、上述したテラヘルツ波発生素子の変形例に関する。これまでの説明と共通する部分の説明は省略する。図6(a)は本実施形態のテラヘルツ波発生素子の上面図であり、図6(b)は図6(a)のEE'断面図である。実施形態1のテラヘルツ波発生素子と異なる点は、テラヘルツ波が伝搬する範囲にある電極3の一部の厚さである。
【0028】
電極3はテラヘルツ波発生層2の側面に接する様に形成されているが、必ずしもその厚さはテラヘルツ波発生層2の厚さ程度でなくてもよい。本実施形態の思想は、電極3の厚さを薄くして、電極3によるテラヘルツ波5の損失を抑えることである。電極3のうち、テラヘルツ波発生層2の側面に接する領域は、光励起キャリアの発生に関わるのでテラヘルツ波発生層2の厚さ程度でよい。一方、それ以外の領域においては電極3の厚さをテラヘルツ波発生層2の厚さよりも薄く設定するとよい。
【0029】
例えば、テラヘルツ波発生層2の厚さを2μm、電極3の上記それ以外の領域の厚さを0.2μmとすることができる。本実施形態のようなテラヘルツ波発生素子によって、電極3によるテラヘルツ波5の損失を低減することができる。従って、テラヘルツ波発生効率がより向上するという効果を奏することができる。なお、図6の構成では、ショットキー接合部を形成しない電極(図6の右側の電極)についても厚さを薄くした領域を設けていて、テラヘルツ波5の損失低減の観点からはこの構成は好ましいが、必ずしもこの様にする必要はない。
【0030】
(実施形態3)
本発明のテラヘルツ波発生素子に係る実施形態3は、上述したテラヘルツ波発生素子の変形例に関する。これまでの説明と共通する部分の説明は省略する。図7(a)は本実施形態のテラヘルツ波発生素子の上面図であり、図7(b)は図7(a)のFF'断面図である。実施形態1のテラヘルツ波発生素子と異なる点は、素子の上面から見てテラヘルツ波発生層2と電極3の界面が櫛型形状となっている点である。櫛型形状は、凹部と凸部がそれぞれ複数あってもよく(勿論、単数であってもよい)、電極3の対のうち光励起キャリアを生じない側の電極(図7の右側の電極)は櫛型形状でなくてもよい。
【0031】
この様に電極3を櫛型に形成すると、実施形態1のような構成と比べて電極3とテラヘルツ波発生層2のショットキー接合部(側面)のサイズをより大きくすることができる。上記構造の各部のサイズであるが、図7の例では、電極3の櫛型電極の突起箇所と凹部箇所の横幅を5μmとできる。このとき、テラヘルツ波発生素子に入射する箇所での励起光4のサイズを直径20μmとすると、櫛型電極の全体に励起光4が照射される。本実施形態のようなテラヘルツ波発生素子によって、櫛型電極のそれぞれの側面においてショットキー接合部を形成できるので、励起光4の照射領域におけるショットキー接合領域の大きさを増大することができる。従って、励起光4による光励起キャリアの発生量をさらに増大することができ、テラヘルツ波発生効率がさらに向上するという効果を奏する。
【0032】
(実施形態4)
実施形態4は、本発明のテラヘルツ波発生素子を用いた時間領域分光装置に関する。
図8は、本実施形態に係るテラヘルツ時間領域分光システムを示している。このような分光システム自体は、従来から知られているものと基本的に同様なので、概要のみを説明する。この分光システムは、短パルスレーザである励起光4と、励起光遅延系13と、テラヘルツ波発生素子8と、テラヘルツ波検出素子12とを主要な要素として備えている。励起光4は、ハーフミラーによって分割されて、それぞれテラヘルツ波発生素子8とテラヘルツ波検出素子12に照射される。ここで、8は本発明によるテラヘルツ波発生素子であり、レンズなどの光学素子を介して励起光4が電極3のショットキー接合部に照射されるように構成されている。テラヘルツ波発生素子8の電極3には電圧源9によって電圧が印加されている。発生したテラヘルツ波5は、レンズや放物面鏡などの光学素子によって検体11に導かれる。検体11を透過または反射して、吸収スペクトルなどの情報を含むテラヘルツ波5は、光学素子によってテラヘルツ波検出素子12の電極の間隙に導かれて検出される。このとき、テラヘルツ波検出素子12は従来型の低温成長GaAsによる光伝導素子を用いており、電極間に生じる電流の値はテラヘルツ波5の振幅に比例する。時間分解を行うには、テラヘルツ波検出素子12に照射する励起光4の光路長を変化させる励起光遅延系13を動かすなどして照射タイミングを制御すればよい。検出したテラヘルツ波5の電界強度と励起光4の光路長変化量は、処理部14においてテラヘルツ波5の時間波形などに変換され、表示部15で表示される。
【0033】
本実施形態においては、励起光発生部10として1.5μm帯ファイバ型フェムト秒レーザを用い、テラヘルツ波発生素子8は、半絶縁性InPとAu/Tiによるショットキー接合を用いる実施形態1の素子などで実現する。SN比を向上させるために部品点数は増えるが、検出側は、第二次高調波発生器16(SHG結晶)を挿入し、テラヘルツ波検出素子12として低温成長GaAsによる光伝導素子を用いる構成が望ましい。この様に本発明によるテラヘルツ波発生素子を用いてテラヘルツ時間領域分光システムを構成することが可能である。
【0034】
本実施形態の励起光発生部10を含むテラヘルツ波発生装置によれば、振幅を増大したテラヘルツ波を発生することができる。よって、上記分光装置によれば、テラヘルツ波の検出のSNを増大して分析精度を向上することができる。また、テラヘルツ波検出素子12を含むテラヘルツ波検出装置を、テラヘルツ波の検出のSNを向上することができる本発明のテラヘルツ波検出装置とすることができる。こうすれば、テラヘルツ波の検出のSNをさらに増大して分析精度をさらに向上した分光装置を実現できる。
【0035】
(実施形態5)
これまでの実施形態では、主に、本発明による素子をテラヘルツ波発生素子として説明してきたが、検出素子として使用することも可能である。検出素子では、例えば実施形態1を説明した図1と全く同じ構成においてテラヘルツ波5の伝搬方向が素子に向けられる構成になる。励起光が照射された照射状態のタイミングでは光励起キャリアが発生しており、そこにテラヘルツ波5が照射されると、テラヘルツ波5による電界に応じて電極3に光電流が生じる。その光電流を検出することでテラヘルツ波5の電界強度を検出できる。本発明による検出素子を使用すれば、励起光4とショットキー接合部との相互作用の領域を拡大できるので、テラヘルツ波の検出のSNを向上したテラヘルツ波検出を実現できる。
【符号の説明】
【0036】
2・・テラヘルツ波発生層(テラヘルツ波検出層)、3・・電極、4・・励起光、5・・テラヘルツ波、8・・テラヘルツ波発生素子、9・・電圧源、10・・励起光発生部、12・・テラヘルツ波検出素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
テラヘルツ波発生層と、前記テラヘルツ波発生層に接して配置された少なくとも2つの電極と、を備え、励起光の照射と前記電極への電圧印加によってテラヘルツ波を発生するテラヘルツ波素子であって、
前記テラヘルツ波発生層の少なくとも一部は、前記励起光が入射してくる側とその反対側との当該テラヘルツ波発生層の面と交わる面において前記電極の少なくとも1つとショットキー接合部を形成し、前記ショットキー接合部の少なくとも一部に前記励起光が照射されることを特徴とするテラヘルツ波素子。
【請求項2】
テラヘルツ波検出層と、前記テラヘルツ波検出層に接して配置された少なくとも2つの電極と、を備え、励起光の照射状態において入射するテラヘルツ波を検出するテラヘルツ波素子であって、
前記テラヘルツ波検出層の少なくとも一部は、前記励起光が入射してくる側とその反対側との当該テラヘルツ波検出層の面と交わる面において前記電極の少なくとも1つとショットキー接合部を形成し、前記ショットキー接合部の少なくとも一部に前記励起光が照射されることを特徴とするテラヘルツ波素子。
【請求項3】
前記テラヘルツ波発生層またはテラヘルツ波検出層は基板の上に配置され、
前記テラヘルツ波発生層またはテラヘルツ波検出層の少なくとも一部は、前記基板と当該テラヘルツ波発生層またはテラヘルツ波検出層の界面と交わる面において前記電極の少なくとも1つとショットキー接合部を形成することを特徴とする請求項1または2に記載のテラヘルツ波素子。
【請求項4】
前記テラヘルツ波が伝搬する範囲にある前記電極の少なくとも一部の厚さは、前記テラヘルツ波発生層またはテラヘルツ波検出層の厚さより薄いことを特徴とする請求項1から3の何れか1項に記載のテラヘルツ波素子。
【請求項5】
前記電極の少なくとも一部は、前記励起光が入射してくる側から見て、櫛型形状と階段形状と傾斜形状との少なくとも1つを持つことを特徴とする請求項1から4の何れか1項に記載のテラヘルツ波素子。
【請求項6】
前記テラヘルツ波発生層またはテラヘルツ波検出層は、前記励起光の波長に対応するエネルギーよりもバンドギャップが大きいことを特徴とする請求項1から5の何れか1項に記載のテラヘルツ波素子。
【請求項7】
請求項1、及び3から6の何れか1項に記載の、テラヘルツ波発生素子として構成されたテラヘルツ波素子と、前記テラヘルツ波発生素子に前記励起光を照射するための励起光発生部を含む照射手段と、を有することを特徴とするテラヘルツ波発生装置。
【請求項8】
請求項2から6の何れか1項に記載の、テラヘルツ波検出素子として構成されたテラヘルツ波素子と、前記テラヘルツ波検出素子に前記励起光を照射するための励起光発生部を含む照射手段と、を有することを特徴とするテラヘルツ波検出装置。
【請求項9】
テラヘルツ波発生装置と、前記テラヘルツ波発生装置からのテラヘルツ波を受けて検出するテラヘルツ波検出装置と、を有するテラヘルツ時間領域分光装置であって、
前記テラヘルツ波発生装置と前記テラヘルツ波検出装置との少なくとも一方として、請求項7に記載のテラヘルツ波発生装置または請求項8に記載のテラヘルツ波検出装置を用いたことを特徴とするテラヘルツ時間領域分光装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−146758(P2012−146758A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−2585(P2011−2585)
【出願日】平成23年1月8日(2011.1.8)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】