説明

テープ状酸化物超電導線材の製造方法及び熱処理装置

【課題】フッ化水素ガスの排気効率を向上して、長さ方向に均一で優れた超電導特性を有するテープ状酸化物超電導線材を製造すること。
【解決手段】熱処理装置100では、炉芯管110の円筒状の熱処理空間111内部に、炉芯軸Cに対して円筒状の回転体120が回転可能に配置される。この回転体120において、多数の貫通孔124が形成された表面121aには、超電導前駆体の膜体が形成されたテープ状線材20が巻回される。ガス供給管130は、回転体120に巻回されたテープ状線材20に雰囲気ガス6を供給する。供給された雰囲気ガス6は、回転体120、ガス排出管140を介して外部に排出される。熱処理空間111内に、回転体120の両端部と、炉芯管110の炉芯フランジ部116、118との間の余剰空間111bに仕切板170を配置して、余剰空間111bに、膜面と反応した後のガスである排気ガス6cが流れないようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テープ状酸化物超電導線材の製造方法及び熱処理装置に関し、特に中間層が形成された配向金属基材上に、MOD(Metal-organic Deposition)法を用いて超電導層を形成する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、YBaCu7−X(YBCO)系のテープ状酸化物超電導線材の製造方法として、中間層が形成された配向金属基材上に、有機金属塩塗布熱分解(MOD:Metal-organic Deposition)法を用いて超電導層を形成することが知られている(特許文献1,2,3参照)。
【0003】
このMOD法は、先ず、酸化物中間層が形成されたテープ状の基材を、超電導体を構成する各金属元素を所定のモル比で含むトリフルオロ酢酸塩(TFA塩)を始めとするオクチル酸塩、ナフテン酸塩等の金属有機酸塩の混合溶液である超電導原料溶液に浸す。次いで、この基材を超電導原料溶液から引き上げること(いわゆるディップコート法)により、基材の表面に混合溶液を基板上に塗布する。次に、仮焼成及び本焼成を行うことにより、酸化物超電導層を形成する。
【0004】
MOD法は、非真空中でも長尺の基材に連続的に酸化物超電導層を形成できるので、PLD(Pulse Laser Deposition)法やCVD(Chemical Vapor Deposition)法等の気相法よりも、プロセスが簡単で低コスト化が可能であることから、注目されている。
【0005】
特許文献1,2には、表面に超電導原料溶液が付着された基材を熱処理する、バッチ方式の熱処理装置が開示されている。バッチ方式の熱処理装置は、特許文献3に示すようなreel-to-reel方式の熱処理装置と比較して、炉内の雰囲気をコントロールし易いため、安定した超電導層を形成できるといった利点がある。また、バッチ方式の熱処理装置は、reel-to-reel方式の熱処理装置と比較して、小型の装置で、短時間で焼成を完了できるといった利点がある。因みに、reel-to-reel方式の熱処理装置は、線材送り出し機構及び巻き取り機構をトンネル形状の炉芯管の両端に設置し、線材を一定速度で炉内を移動させることによって焼成を行うものである。
【0006】
特許文献1,2に開示されたバッチ式の熱処理装置の概略構成を、図1を用いて簡単に説明する。図1に示すようにこの熱処理装置1は、表面に超電導原料が付着された基材2をドラム状の回転体3に巻回する。基材2が巻回された円筒状の回転体3は、円筒状の本体部4aにおいて両端の開口をフランジ4bで閉塞してなる炉芯管4内において、回転駆動機構によって回転駆動される。回転体3には、図示しない多数の貫通孔が形成されている。基材2は、回転体3に巻回された状態において、基材2の表面方向に設けられたヒータ5によって加熱される。また、基材2の表面方向からは不活性ガス、酸素ガス及び水蒸気などからなる雰囲気ガス6が基材に向けて噴出され、この雰囲気ガス6は基材2の超電導原料と反応した後、反応後のガス(排気ガス)として、回転体3に形成された貫通孔と、回転体3の軸部分として配設された排気管7を介して排出(矢印6aで示す)される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4468901号公報
【特許文献2】特開2009−48817号公報
【特許文献3】特許第4401992号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1、2に開示された熱処理装置を用いて、トリフルオロ酢酸塩などを含む混合溶液が塗布された基材を仮焼成した超電導前駆体であって、フッ素(F)を含有した前駆体を中間層上に成膜した後、これに本焼成を施してYBCO膜を形成する方法(TFA−MOD法)においては、本焼時に、前駆体膜に供給する雰囲気ガス(反応性ガス)として水蒸気を使用する。
【0009】
このときのYBCO生成反応式は、
1/2YCu+2BaF+2CuO+2HO→YBCO+4HF
となる。
【0010】
このように本焼時では、水蒸気を雰囲気ガスとして使用して前駆体膜に対して熱処理を行うため、HFが発生し、この反応後に反応後のガスとしてフッ化水素(HF)ガスが発生する。
【0011】
TFA−MOD法では、フッ素化合物(BaF)を分解する際のフッ素の除去速度がYBCO生成の反応律速となる。よって、反応後に発生するフッ化水素(HF)ガス(排気ガス)の影響によって、焼成されるYBCO膜の超電導特性が低下するという問題がある。
【0012】
特に、臨界電流密度(Jc)が2.0以上、臨界電流値(Ic)が300A以上の特性を有する長尺のテープ状線材を得るためには、超電導層を1.5μm以上の膜厚に成膜する必要がある。上記膜厚にするとフッ化水素(HF)ガスの完全除去がますます困難となり、上記特性を得ることができない。
【0013】
このため、YBCO膜の超電導特性を向上させるためには、本焼において前駆体に含まれるフッ素をいかに除去するかが重要となる。
【0014】
しかしながら、図1に示す熱処理装置1では、炉芯管4内において、ドラム状の回転体3と、炉芯管4におけるフランジ4bの間に余剰な空間Rが形成される。
【0015】
このため、炉芯管4内では、フッ化水素(HF)ガスが排気管7を介して排出されず(図中矢印6b)、余剰な空間Rに滞留してしまうという問題が生じた。
【0016】
これにより、前駆体から発生したフッ化水素(HF)ガス6bについて、一定方向の排出の流れを作り出す事ができず、完全にフッ化水素(HF)ガス6bを除去する事ができない。フッ素を完全に除去する事ができないと、長さ方向に均一な超電導特性を有することができないとう問題がある。
【0017】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、炉芯管内部において、反応後のガスの排気効率を向上して、長さ方向に均一で優れた超電導特性を有するテープ状酸化物超電導線材を製造できるテープ状酸化物超電導線材の製造方法及び熱処理装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の態様の一つであるテープ状酸化物超電導線材の製造方法は、熱処理空間を備える筒状本体部の両端をフランジ部で閉塞してなる炉芯管と、前記熱処理空間内部に、前記炉芯管の炉芯軸に対して回転可能に配置され、且つ、多数の貫通孔が形成された表面に、超電導前駆体の膜体が形成されたテープ状線材が巻回される円筒状の回転体と、前記テープ状線材へ雰囲気ガスを供給するためのガス供給管と、雰囲気ガスを前記回転体内部から前記炉芯管外部に排出するためのガス排出管と、を備えた熱処理装置を用いて、前記回転体に巻回された前記テープ状線材の前記膜体の膜面に対して上方に離間した位置から前記雰囲気ガスを供給する酸化物超電導線材の製造方法において、前記フランジ部と前記回転体における回転軸方向の端部との間を仕切板で仕切りつつ、前記回転体に巻回された前記テープ状線材の前記膜体の膜面に前記雰囲気ガスを供給するようにした。
【0019】
本発明の態様の一つであるテープ状酸化物超電導線材の熱処理装置は、熱処理空間を備える筒状本体部の両端をフランジ部で閉塞してなる炉芯管と、前記熱処理空間内部に、前記炉芯管の炉芯軸に対して回転可能に配置され、且つ、多数の貫通孔が形成された表面に、超電導前駆体の膜体を形成したテープ状線材が巻回される円筒状の回転体と、前記回転体に巻回された前記テープ状線材の前記膜体の膜面に対して上方に離間した位置に配置され、前記膜面に雰囲気ガスを供給するガス供給管と、反応後のガスを前記回転体内部から排出するガス排出管と、を備え、前記炉芯管内には、前記フランジ部と前記回転体における回転軸方向の端部との間を仕切る仕切板が配設されている構成を採る。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、反応後のガスの排気効率を向上して、長さ方向に均一で優れた超電導特性を有するテープ状酸化物超電導線材を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】従来のバッチ式の熱処理装置の要部構成を示す概略断面図
【図2】本発明の一実施の形態に係るテープ状酸化物超電導線材の熱処理装置の要部構成を示す概略断面図
【図3】同熱処理装置の要部構成を示す図2のA−A線断面図
【図4】同熱処理装置の回転体を示す概略図
【図5】MOD法によるYBCO超電導線材の製造方法を示す概略図
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0023】
<MOD法によるテープ状酸化物超電導線材の製造の概要>
図5は、MOD法による超電導層(YBCO超電導層)を備えるテープ状酸化物超電導線材(YBCO超電導線材)の製造方法の概略を示したものである。
【0024】
まず、テープ状のNi合金基板(基材)上に、テンプレートとしてIBAD法によりGdZr中間層を成膜し、さらに、この上にスパッタリング法によりCeO中間層を成膜した複合基板上に、塗布工程(a)でY―TFA塩(トリフルオロ酢酸塩)、Ba―TFA塩およびCu―ナフテン酸塩を有機溶媒中にY:Ba:Cu=1:1.5:3の比率で溶解した混合溶液(超電導原料溶液)8をディップコート法により塗布する。混合溶液8を塗布した後、仮焼成工程(b)で仮焼成する。この塗布工程(a)および仮焼成工程(b)を所定回数繰り返してテープ状線材20における中間層上に超電導前駆体としての膜体を形成する。この後、本焼成工程(c)で、テープ状線材20における超電導前駆体の膜体の結晶化熱処理、即ち、YBCO超電導体生成のための熱処理を施す。次いで、工程(d)で、生成されたYBCO超電導体上にスパッタ法によりAg安定化層を施した後、工程(e)で、後熱処理を施してYBCO超電導線材を製造する。
【0025】
本発明に係る実施の形態の熱処理装置は、工程(c)の結晶化熱処理に用いられるものであり、テープ状線材において形成された超電導体の前駆体に熱処理を施してYBCO超電導体を生成する。なお、熱処理装置は、中間層の形成にも適用してもよい。
【0026】
Ni合金基板は2軸配向性を有するものでも、配向性の無い金属基板の上に2軸配向性を有する中間層を成膜したものでもよい。また、中間層は、1層あるいは複数層形成される。塗布方法としては、上記のディップコート法以外にインクジェット法、スプレー法などを用いることも可能であるが、基本的には、連続して混合溶液を複合基板上に塗布できるプロセスであればこの例によって制約されない。1回に塗布する膜厚は、0.01μm〜2.0μm、好ましくは0.1μm〜1.0μmである。
【0027】
なお、ここで用いる超電導原料溶液は、Y、Ba、Cuを所定のモル比で含んだ金属有機酸塩または有機金属化合物を有機溶媒中に溶解した混合溶液である。モル数はY:Ba:Cu=1:a:3としたときにa<2の範囲内であるBaモル比の原料溶液を用いるようにしたものである。この場合、高いJc及びIc値を得るために、原料溶液中のBaモル比は1.0≦a≦1.8の範囲内であることが好ましく、より好ましくは、原料溶液中のBaモル比は1.3≦a≦1.7の範囲である。これにより、Baの偏析を抑制することができ、その結果、結晶粒界でのBaベースの不純物の析出が抑制される。よって、クラックの発生が抑制されるとともに結晶粒間の電気的結合性が向上し、超電導膜をMOD法により形成することにより、高速で均一な厚膜を有する超電導特性に優れたテープ状酸化物超電導体を容易に製造できる。また、金属有機酸塩としては、各元素のオクチル酸塩、ナフテン酸塩、ネオデカン酸塩、三弗化酢酸塩などが挙げられるが、これらのうち1種類以上の前記塩を有機溶媒に均一に溶解し、複合基板上に塗布できるものであれば用いることができる。
【0028】
<熱処理装置の構成>
図2及び図3に示す熱処理装置100は、バッチ式でテープ状線材20における超電導前駆体の膜体として塗布された混合溶液(図5(a)で示す超電導原料溶液8)の焼成を行うものである。熱処理装置100は、円筒状の熱処理空間111を有する炉芯管110と、円筒状の回転体120と、ガス供給管130と、ガス排出管140と、仕切板(反射板)170とを有する。
【0029】
炉芯管110は、中空円柱状に形成されている。炉芯管110は、円筒状の炉芯本体部(筒状本体部)114と、炉芯本体部114の両端の開口をそれぞれ閉塞する炉芯フランジ部116、118とを有する。炉芯フランジ部116、118は、炉芯管110の両端面を構成する。
【0030】
炉芯管110の熱処理空間111は、炉芯本体部114、炉芯フランジ部116、118とで画成されている。熱処理空間111は、炉芯本体部114及び炉芯フランジ部116、118により、炉内の減圧雰囲気又は真空が保持できるように構成されている。
【0031】
炉芯管110は、周囲にヒータ150が配置されており、熱処理空間111である内部をヒータ150によって加熱する。
【0032】
炉芯管110内部には、炉芯管110の軸線である炉芯軸Cを中心に、回転体120が回転可能に配置されている。なお、炉芯管110では、炉芯フランジ部116、118の少なくとも一方は、炉芯本体部114に対して着脱自在或いは開閉自在に取り付けられる。これにより、熱処理空間111内から回転体120を取り外し自在となっている。
【0033】
回転体120は、炉芯管110内において、炉芯フランジ部116、118の双方から離間した略中央の位置、つまり、熱処理空間111の略中央の空間(中央空間111aという)に配置されている。
【0034】
回転体120は、表面121aに、前駆体が形成されたテープ状線材20が巻回される円筒体121を有する。なお、テープ状線材20は、図5(a)を用いて説明したように混合溶液(図5(a)で示す超電導原料溶液8に相当)を塗布して仮焼成を施すことによって、基材上に、YBCO超電導生成体の前駆体が形成されたものである。
【0035】
このテープ状線材20は、混合溶液からなる前駆体の膜面を露出させて、円筒体121の表面121a(回転体120の表面)に螺旋状に巻回される。
【0036】
図4に示すように、回転体120の円筒体121には、多数の貫通孔124が形成されている。この貫通孔124の径は、テープ状線材20のテープ幅と同等とすることが好ましい。また、その開孔率は20〜95%とし、特に89〜91%の範囲の開孔率が好適する。回転体120は、図示しない回転機構により熱処理中に一定速度で回転する。回転体120は、石英ガラス、アルミナなどのセラミックス又はハステロイ、インコネル等の金属等のような高温に耐え、酸化しにくい材質により構成される。
【0037】
回転体120は、円筒体121の内部に、炉芯管110の軸線である炉芯軸Cと同心で挿通されたガス排出管140に固定されている。なお、ガス排出管140は、回転体120の回転軸として機能する。
【0038】
円筒体121の両端は、ガス排出管140が挿通された蓋体122、123によって閉塞されている。蓋体122、123は、円筒体121とともに、導出されるガス排出管140以外の部位で密閉した内部空間を形成している。この内部空間に位置する筒状のガス排出管140の部位には、回転体120の内部空間とガス排出管140内部と連通させる図示しない連通部が形成されている。
【0039】
また、図2及び図3に示すように、炉芯管110の熱処理空間111における中央空間111aには、円筒体121の表面121aから離間して、複数のガス供給管130が配置されている。複数のガス供給管130は、炉芯軸Cに平行に配置され、かつ、炉芯軸Cに垂直な断面において対称に配置されている。ここでは、炉芯管110内に4本のガス供給管130が、炉芯軸Cに対して対称で、且つ、互いに平行に配設されている。すなわち、炉芯管110内において複数のガス供給管130は、炉芯軸Cを中心に周方向に90°のピッチで配置されている。
【0040】
各ガス供給管130は、回転体120に対して雰囲気ガス6を噴出する多数のガス噴出孔132を備える。
【0041】
ガス供給管130におけるガス噴出孔132は、ガス供給管130の本体部分に長手方向に沿って一定間隔で一様に形成されている。各ガス噴出孔132は、円形の孔であり、雰囲気ガス6を均一に噴出する。雰囲気ガスを均一に噴出し、かつフッ素ガスをより除去させるためには、雰囲気ガスを供給する際の流速、具体的には上記回転体に巻回された前記膜体の膜面に接触する流速が、200m/s以上500m/s以下であることが好ましい。200m/s未満であると、超電導前駆体に均一に雰囲気ガスを供給する事ができないだけでなく、前記膜体の膜面の表面に滞留する排気ガス(HFガス)を除去することができない。そのために所望の超電導特性を得ることができない。また、500m/s超であると、たしかに雰囲気ガスを均一に噴出することはできるものの結晶化の反応が急速に進むことからエピタキシャル成長速度の制御が困難となる。そのために所望の超電導特性を得ることができない。
【0042】
図2及び図3に示すように、各ガス供給管130は、円筒体121の表面121aに対して、垂直方向から雰囲気ガス6を供給するように、ガス噴出孔132が円筒体121の表面121aに対して上方に離間した位置に位置するように配置されている。
【0043】
ガス供給管130は、炉芯管110内において、ガス噴出孔132と回転体120の表面121aとの離間距離は10mmから150mmとなるように設けられている。上記離間距離の好ましい範囲は、50mmから100mmである。上記範囲であると、雰囲気ガスを均一に超電導前駆体に対して噴出することができるため、フッ素ガスをより除去することができる。上記範囲未満であると、回転体120に巻回されたテープ状線材20の前記膜体の膜面の一部のみにしか噴出された雰囲気ガスが接触しないため、超電導線材の長手方向に均一な超電導特性を得ることができない。また、上記範囲を超えると、ガス流量が増加し生産コストが向上するだけでなく、結晶化の反応が急速に進むことからエピタキシャル成長速度の制御が困難となる。そのために所望の超電導特性を得ることができない。
【0044】
したがって、1.5μm以上の厚膜を有する長尺のテープ状線材超電導層を得るためには、上記範囲の離間距離で雰囲気ガスを適切なガス流量にて超電導前駆体に対して噴出する必要があり、これにより膜厚臨界電流密度(Jc)が2.0以上、臨界電流値(Ic)が300A以上の特性を有する超電導線材を得ることができる。
【0045】
ガス供給管130は、円筒体121の表面121aに巻回されたテープ状線材20における前駆体の膜面に対して、上方に離間した位置から雰囲気ガス6を垂直に供給する。ガス噴出孔132の径は、ガス圧およびガス流量が均一になるように設計されている必要がある。
【0046】
雰囲気ガス6は、ガス供給管130に接続される図示しない接続管を介して、炉芯管110の外に配置される図示しない雰囲気ガス供給装置から供給される。因みに、ガス供給装置では、不活性ガス、酸素ガス又は水蒸気等からなる雰囲気ガス6を生成し、ガス供給管130からはこの雰囲気ガス6が噴出される。この雰囲気ガス6は、トリフルオロ酢酸塩などを含む混合溶液が塗布された基材を仮焼成したフッ素(F)を含有した超電導前駆体膜と反応し、反応後のガス(排気ガス)であるHFガスとなる。
【0047】
また、ガス供給管130の軸方向の長さは、ここでは、回転体120の軸方向の長さと略同様の長さであるが、回転体120の長さよりも長くすることが好ましい。すなわち、ガス供給管130の両端に位置するガス噴出孔132間の長さが、回転体120の長さよりも長くすれば、円筒状の回転体120に巻きつけられたテープ状線材20の全長に亘って均一な反応をより効果的に行わせることが可能になる。ガス供給管130は、石英ガラス、アルミナなどのセラミックス又はハステロイ、インコネル等の金属等のような高温に耐え、酸化しにくい材質により構成される。
【0048】
ガス排出管140は、蓋体122、123から外方に延びる両端側で、炉芯フランジ部116、118の中心を挿通している。これにより、ガス排出管140は、両端部141、142で炉芯フランジ部116、118により回転自在に支持されている。また、ガス排出管140の両端は、炉芯管110の外部に配置されている。これにより、回転体120の内部は、ガス排出管140を介して炉芯管110の外部と連通した状態となっている。
【0049】
ガス排出管140は、円筒体121の内部空間に連続し、且つ、円筒体121の回転軸の一部として形成されている。ここでは、円筒体121の内部に挿通され、円筒体121の回転軸(炉芯軸Cに相当)上に、円筒体121の軸部、つまり、回転体120の回転軸として形成されている。ガス排出管140において、円筒体121の内部に配置されていれている中央部分の外周には、図示しない複数の貫通孔が形成されている。これら貫通孔を介して円筒体121の内部、つまり、回転体120の内部とガス排出管140の内部とが連通した状態となっている。ここでは、ガス排出管140は、一端部141側の開口と、円筒体121内部に配置された中央部分との間を閉塞して、他端部側142の開口のみ円筒体121の内部と連続させて他端部142側の開口からHFガスを排出する構成としている。なお、ガス排出管140は、一端部141も円筒体121内部の部位と連続させることによって、両端部141、142側の開口からHFガスを排出する構成としてもよい。また、ガス排出管140は、回転軸と別体として設けられてもよい。
【0050】
ここでは、ガス排出管140は、他端部142側から蓋体123を挿通して炉芯管110の外部に導出する部位を介して反応後のガス(ここでは、HFガス)を排出している。このようにガス排出管140は、円筒体121内部のガス(雰囲気ガス6及び反応後のガス)を炉芯管110の外部に排気する。ここでは、ガス排出管140は、円筒体121形成されている。なお、ガス排出管140は、石英ガラス、アルミナなどのセラミックス又はハステロイ、インコネル等の金属等のような高温に耐え、酸化しにくい材質により構成される。
【0051】
このように炉芯管110の熱処理空間111では、中央空間111aに、ガス供給管130と、ガス排出管140を介して炉芯管110の外部にHFガスを排出する回転体120とが配置されている。この中央空間111aを仕切るように、仕切板170が、炉芯管110における熱処理空間111に配置されている。
【0052】
仕切板170は、炉芯軸Cと直交する平面上で、且つ、炉芯フランジ部116、118と回転体120における回転軸方向の端部(蓋体122、123)との間を仕切る。ここでは、仕切板170は、回転体120と、炉芯管110の炉芯フランジ部116、118のそれぞれとの間の空間、所謂、余剰空間111b(従来における余剰な空間Rに相当)に配置されている。具体的には、仕切板170は、回転体120が配置された中央空間111aと、余剰空間111bと、を仕切るものである。
【0053】
ここでは、仕切板170は、炉芯フランジ部116と回転体120の軸方向における一端部(蓋体122)との間の空間(余剰空間111b)に複数枚配置されている。また、仕切板170は、炉芯フランジ部118と回転体120の軸方向における他端部(蓋体123)との間の空間(余剰空間111b)に複数枚配置されている。
【0054】
回転体120における軸方向の両端部(蓋体122、123の外面の位置)に対向して配置される仕切板170−1は、それぞれ、回転体120の端部(蓋体122、123の外面の位置)に極力近接する位置に配置することが望ましい。
【0055】
ここでは、仕切板170−1の位置は、回転体120より長いヒータ150の両端部よりも回転体120側に位置させるとともに、ガス供給管130の端部とそれぞれ近接して対向する。
【0056】
仕切板170は、熱処理空間111において、ガス供給管130及び回転体120が配置される中央空間111aで発生する反応後のガス、つまり、HFガス6cを反射して、HFガス6cが余剰空間111bに流れ込むことを防止する。すなわち、仕切板170は、中央空間111aで発生するHFガスが、回転体120の端部(蓋体122、123の外面の位置)から炉芯管110における炉芯フランジ部116、118までの間の空間に流れることを防止する。なお、仕切板170は、反応前のガスである雰囲気ガス6が余剰空間111bに流れることも防止して、中央空間111aで、より効果的に超電導層と反応させることができる。また、仕切板170は、上記余剰空間111bに複数枚配置されている方が好ましい。複数枚配置されていることにより、HFガス6cが余剰空間111bに流れ込むことをより防止する事ができるため、所望の超電導特性を得ることができる。
【0057】
これら仕切板170には、回転体120の回転軸、つまり、ガス排出管140が挿通されている。
【0058】
これら仕切板170は、ここでは、仕切板170は、ガス排出管140に固定されている。
【0059】
具体的には、複数の仕切板170は、本実施の形態では、炉芯管110内において、炉芯管110の炉芯フランジ部116、118のそれぞれと、回転体120との間の余剰空間111bに位置するガス排出管140の部位に、それぞれ固定されている。これにより仕切板170は、炉芯管110内において、回転体120とともに回転自在となっている。また、回転体120を炉芯管110から取り外す際に、ガス排出管140、回転体120とともに取り外すことができる。これにより、回転体120へのテープ状線材20の巻回或いは、回転体120からのテープ状線材20の取り外しを容易に行うことができる。なお、仕切板170は、ガス供給管130,ガス排出管140などと同様に、石英ガラス、アルミナなどのセラミックス又はハステロイ、インコネル等の金属等のような高温に耐え、酸化しにくい材質により構成される。なお、これら仕切板170は、ガス排出管140に固定された構成としたが、これに限らず、炉芯管110内の余剰空間111b内に固定された構成としてもよい。また、仕切板170は、炉芯フランジ部116と回転体120における回転軸方向の端部(蓋体122)との間、及び、炉芯フランジ部118と回転体120における回転軸方向の端部(蓋体123)との間の少なくとも一方を仕切るものであればどのように構成されてもよい。
【0060】
以上の熱処理装置100において、テープ状線材20を巻き付けた円筒状の回転体120を一定速度で回転させる。加えて、ヒータ150によって加熱雰囲気に保持された熱処理空間111内に、ガス供給装置(図示せず)から供給された雰囲気ガスが、ガス供給管130の多数のガス噴出孔132を介して、テープ状線材20の膜面に対して均等に吹き付けられる。吹き付けられた雰囲気ガス6は、膜面と反応してHFガスとなり、回転体120における円筒体121の多数の貫通孔124を介して、円筒体121の内部に入る。
【0061】
このとき、炉芯管110内において、仕切板170が複数配置されているため、回転体120(円筒体121)の端部(蓋体122、123)から炉芯管110の炉芯フランジ部116、118側に排気ガス(具体的にはHFガス)に流れることがない。これにより、余剰空間111bに排気ガスが滞留することなく、図2の矢印6cで示すように、円筒体121内に入る。その後、円筒体121の内部の排気ガスは、円筒体121の他端側で接続されたガス排出管140を経由して炉外へ排出される。
【0062】
このように、炉芯管110において、回転体120に巻回されたテープ状線材20の膜体の膜面に対して上方に離間した位置から雰囲気ガス6を供給する際に、仕切板170により仕切られた中央空間111aにおいて、回転体120の全長に亘って配置されたガス供給管130のガス噴出孔132(図2から図4参照)から供給される。これにより、回転体120における円筒体121の表面121aに巻回されたテープ状線材20の全体に、雰囲気ガス6を好適に供給できる。これにより、排気される反応後のガスであるHFガスの排気効率を向上して、長さ方向に均一で優れた超電導特性を有するテープ状酸化物超電導線材を製造できる。
【実施例】
【0063】
熱処理装置100において、ガス供給管130を、長さ2m、内径20mmφで形成し、このガス供給管130に、ガス噴出孔132を、ガス供給管130の長手方向に30mmのピッチで、それぞれの径(ノズル径)を1.0mmφで形成した。このときの炉芯管110の炉内圧力、つまり熱処理空間111内の圧力を50から200torr、ガス流量を250から1000L/min(常温・常圧での換算値)とした。そして、熱処理装置100におけるガス噴出孔132から噴出して回転体120の表面121aに供給される雰囲気ガスの流速は、300m/sとし、ガス噴出孔132と、熱処理装置100内に配置された回転体120の表面121aとの離間距離を80mmとした。尚、回転体120に巻回されるテープ状線材20の前記膜体は、テープ状のNi合金基板(基材)上に、テンプレートとしてIBAD法によりGdZr中間層を成膜し、さらに、この上にスパッタリング法によりCeO中間層を成膜した複合基板上に、塗布工程でY―TFA塩(トリフルオロ酢酸塩)、Ba―TFA塩およびCu―ナフテン酸塩を有機溶媒中にY:Ba:Cu=1:1.5:3の比率で溶解した混合溶液(超電導原料溶液)をディップコート法により塗布した後、仮焼成工程で仮焼成した膜体である。前記膜体を炉内温度750℃にて本焼成工程による熱処理を行い、1.5μmの超電導層を得た。そして、回転体120の両端側にそれぞれ仕切板を3つずつ設けた構成を実施例1とし、仕切板を設けていない構成を比較例1とした。
【0064】
これら実施例1の熱処理装置により出来上がった超電導線材の特性はJc2.2、Ic330Aであり、比較例1により出来上がった超電導線材の特性はJc1.5、Ic225Aであった。
【0065】
実施例1により出来上がった超電導線材は、比較例1により出来上がった超電導線材と比較して、超電導特性が優れるものとなった。
【0066】
このように、実施例の熱処理装置を用いたテープ状酸化物超電導線材の製造方法は、比較例の熱処理装置を用いたテープ状酸化物超電導線材の製造方法よりも、HFガス(フッ化水素ガス)の排気効率を向上して、長さ方向に均一で優れた超電導特性を有するテープ状酸化物超電導線材を製造できる。
【0067】
さらに、バッチ方式による焼成を行うので、reel-to-reel方式の焼成を行う場合と比較して、炉内の雰囲気をコントロールし易いので安定した超電導層を形成でき、かつ、短時間で酸化物超電導線材を製造できる。
【0068】
なお、炉芯管110は、円筒状の炉芯本体部114と、炉芯本体部114の両端の開口をそれぞれ閉塞する炉芯フランジ部116、118とで構成され、炉芯フランジ部116、118の少なくとも一方を炉芯本体部114に対して開閉自在或いは着脱自在としたがこれに限らない。内部の回転体120を着脱自在にて、テープ状線材20の巻回、取り外し作業を容易に行うことができれば、どのように構成してもよい。中空円柱状の炉芯管110において、炉芯本体部114を半円状に分割する構成としてもよい。
【0069】
なお、上記本発明は、本発明の精神を逸脱しない限り、種々の改変をなすことができ、そして本発明が該改変させたものに及ぶことは当然である。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明にかかるテープ状酸化物超電導線材の製造方法及び熱処理装置は、反応後のガスの排気効率を向上して、長さ方向に均一で優れた超電導特性を有するテープ状酸化物超電導線材を形成する場合に広く適用可能である。
【符号の説明】
【0071】
6、6a、6c、 雰囲気ガス
100 熱処理装置
110 炉芯管
111 熱処理空間
111b 余剰空間
114 炉芯本体部(筒状本体部)
116、118 炉芯フランジ部(フランジ部)
120 回転体
121 円筒体
121a 表面
122、123 蓋体(回転体の端部)
130 ガス供給管
132 ガス噴出孔
140 ガス排出管
170 仕切板
20 テープ状線材


【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱処理空間を備える筒状本体部の両端をフランジ部で閉塞してなる炉芯管と、
前記熱処理空間内部に、前記炉芯管の炉芯軸に対して回転可能に配置され、且つ、多数の貫通孔が形成された表面に、超電導前駆体の膜体が形成されたテープ状線材が巻回される円筒状の回転体と、
前記テープ状線材へ雰囲気ガスを供給するためのガス供給管と、
雰囲気ガスを前記回転体内部から前記炉芯管外部に排出するためのガス排出管と、
を備えた熱処理装置を用いて、前記回転体に巻回された前記テープ状線材の前記膜体の膜面に対して上方に離間した位置から前記雰囲気ガスを供給する酸化物超電導線材の製造方法において、
前記フランジ部と前記回転体における回転軸方向の端部との間を仕切板で仕切りつつ、前記回転体に巻回された前記テープ状線材の前記膜体の膜面に前記雰囲気ガスを供給する、
テープ状酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項2】
前記仕切板は複数枚配置されている請求項1記載のテープ状酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項3】
超電導前駆体の膜体は、基板上に中間層を構成し、前記中間層上に金属元素を含む金属有機酸塩または有機金属化合物を有機溶媒中に溶解した混合溶液を塗布した後、仮焼成により形成された膜体である、
請求項1または2記載のテープ状酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項4】
前記混合溶液中の金属元素を含む前記金属有機酸塩は、オクチル酸塩、ナフテン酸塩、ネオデカン酸塩または三弗化酢酸塩より選択された1種以上からなる、
請求項3記載のテープ状酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項5】
前記酸化物超電導線材が、前記基板上に形成された中間層と、前記中間層上に形成されたREBaCu系超電導層と、前記超電導層上に形成された安定化層と、を備え、前記REは、Y、Nd、Sm、Eu、Gd及びHoから選択された1種以上の元素からなる、請求項1記載のテープ状酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項6】
熱処理空間を備える筒状本体部の両端をフランジ部で閉塞してなる炉芯管と、
前記熱処理空間内部に、前記炉芯管の炉芯軸に対して回転可能に配置され、且つ、多数の貫通孔が形成された表面に、超電導前駆体の膜体を形成したテープ状線材が巻回される円筒状の回転体と、
前記回転体に巻回された前記テープ状線材の前記膜体の膜面に対して上方に離間した位置に配置され、前記膜面に雰囲気ガスを供給するガス供給管と、
反応後のガスを前記回転体内部から排出するガス排出管と、
を備え、
前記炉芯管内には、前記フランジ部と前記回転体における回転軸方向の端部との間を仕切る仕切板が配設されている、
テープ状酸化物超電導線材の熱処理装置。
【請求項7】
前記仕切板は複数枚配置されている請求項6記載のテープ状酸化物超電導線材の熱処理装置。
【請求項8】
前記仕切り板には、前記回転体の軸部が挿通されるとともに、前記軸部に固定されている、
請求項6又は7記載のテープ状酸化物超電導線材の熱処理装置。
【請求項9】
前記仕切り板は、前記回転体における回転軸方向の端部に、非接触で対向して近接配置されている請求項6記載のテープ状酸化物超電導線材の熱処理装置。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−164443(P2012−164443A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−22116(P2011−22116)
【出願日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成22年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「イットリウム系超電導電力機器技術開発」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
【出願人】(306013120)昭和電線ケーブルシステム株式会社 (218)
【出願人】(391004481)公益財団法人国際超電導産業技術研究センター (144)
【Fターム(参考)】