トラクションコントロール装置
【課題】車両速度の推定にあたり、実際の車両速度との誤差が生じた場合であっても、適切に制御することができるトラクションコントロール装置を提供すること。
【解決手段】車両速度推定装置及び駆動力制御装置を備えたトラクションコントロール装置は、駆動力制御装置を構成し、回転速度検出手段で検出された回転速度から各車輪のスリップ率を算出して、算出されたスリップ率が一定の目標値に収束するように、制動機構の制御を行う制動機構制御手段84と、車両速度推定装置で推定された建設車両の車両速度、及び、制動機構制御手段84で算出されたスリップ率に基づいて、駆動力制御装置による駆動力制御のバランス状態の適否を判定する車両状態判定手段815と、バランス状態が不適であると判定されたら、駆動力制御装置による駆動力制御の状態を変更する駆動力制御変更手段816とを備えている。
【解決手段】車両速度推定装置及び駆動力制御装置を備えたトラクションコントロール装置は、駆動力制御装置を構成し、回転速度検出手段で検出された回転速度から各車輪のスリップ率を算出して、算出されたスリップ率が一定の目標値に収束するように、制動機構の制御を行う制動機構制御手段84と、車両速度推定装置で推定された建設車両の車両速度、及び、制動機構制御手段84で算出されたスリップ率に基づいて、駆動力制御装置による駆動力制御のバランス状態の適否を判定する車両状態判定手段815と、バランス状態が不適であると判定されたら、駆動力制御装置による駆動力制御の状態を変更する駆動力制御変更手段816とを備えている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トラクションコントロール装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、駆動スリップを抑えるために、自動車等の車両には、トラクションコントロール装置等が搭載されることがあり、このトラクションコントロール装置によれば、加速操作や低μ路走行等で駆動スリップが生じると、ブレーキの制動制御やエンジンの駆動力制御を行って、車輪に適切なトラクションを生じさせてスリップが生じるのを防止できることが知られている。
ここで、二輪駆動の自動車にトラクションコントロール装置を搭載した場合には、駆動輪ではない従動輪の回転速度をセンサ等で検出することにより、容易に車両速度の推定を行うことができる。
しかし、四輪駆動車等の全輪駆動の車両では、すべての車輪が駆動輪とされているため、すべての車輪で駆動スリップが生じる場合があり、車輪の回転速度を検出するだけでは、車両速度の推定を正確に行うことが困難であるという問題がある。
【0003】
そこで、このような全輪駆動の車両において、車輪の回転速度センサと、加速度センサとを搭載し、回転速度センサによる各車輪の回転速度に基づいて、参照すべきセレクト車輪を選択し、このセレクト車輪の回転速度と、加速度センサの出力に基づいて、車両速度の推定を行う技術が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−82199号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記特許文献1に記載の技術は、スリップの収束を前提としており、その収束の条件は、目標とする車輪速度に各車輪の車輪速度が一定の偏差内に収まることとしている。しかしながら、ダンプトラックのような建設車両にあっては、不整地での走行を前提とし、路面状態は絶えず変化し、どの車輪が滑っている、又は滑りやすい状態にあるかも時々刻々と変化するため、外乱要素が大きく高精度に車両速度を推定することができない。
従って、スリップ状態が継続し、加速度を積分する状態が長時間継続すれば、加速度の誤差も時間とともに累積していき、その結果、推定される車両速度の誤差が大きくなってしまう。
【0006】
車両速度が実際の車両速度よりも過大に推定されると、実際よりもスリップが小さいと判断され、トラクションコントロール装置によるブレーキの制御量は弱くなり、より大きなスリップが発生してしまうという問題がある。
一方、車両速度が実際の車両速度よりも過小に推定されると、実際よりもスリップが大きいと判断され、トラクションコントロール装置によるブレーキの制御量は強くなり、本来出し得る車両速度で走行することができないという問題がある。
すなわち、車両速度の推定が誤った状態で駆動力制御とのバランス状態が続くと適切な駆動力を得られなくなってしまう。
【0007】
本発明の目的は、車両速度の推定にあたり、実際の車両速度との誤差が生じた場合であっても、適切に制御することのできるトラクションコントロール装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るトラクションコントロール装置は、
全輪駆動の建設車両の車両速度を推定するために、各車輪の回転速度を検出する回転速度検出手段、及び、前記回転速度検出手段で検出された回転速度から参照車輪速度を算出する参照車輪速度算出手段を有する車両速度推定装置と、
前記車両速度推定装置で推定された車両速度に基づいて、前記建設車両の駆動力の制御を行う駆動力制御装置とを備えたトラクションコントロール装置であって、
前記駆動力制御装置は、前記回転速度検出手段で検出された回転速度から各車輪のスリップ率を算出し、算出されたスリップ率が一定の目標値に収束するように、前記建設車両の制動機構を制御する制動機構制御手段を備え、
前記車両速度推定装置で推定された前記建設車両の車両速度、及び、前記制動機構制御手段で算出されたスリップ率に基づいて、前記駆動力制御装置による駆動力制御のバランス状態の適否を判定する車両状態判定手段と、
前記車両状態判定手段で判定されたバランス状態が不適であると判定されたら、前記駆動力制御装置による駆動力制御の状態を変更する駆動力制御変更手段とを備えていることを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、車両状態判定手段により、車両速度推定装置によって推定される車両速度と、駆動力制御装置による駆動力制御のバランス状態が不適であると判定されると、駆動力制御変更手段により、駆動力制御の状態が変更されることとなるので、推定される車両速度の誤差の累積を防止することができ、トラクションコントロール装置による適切な制御状態に復帰することができる。
【0010】
本発明では、
前記駆動力制御装置は、前記建設車両の制動機構を制御する制動機構制御手段を備え、
前記制動機構制御手段は、前記回転速度検出手段で検出された回転速度から各車輪のスリップ率を算出し、算出されたスリップ率が一定の目標値に収束するように、前記制動機構の制御を行い、
前記車両状態判定手段は、
前記制動機構制御手段で算出されたスリップ率が前記目標値よりも大きく、かつ一定の閾値以上の状態が一定時間経過しているときに、バランス状態が不適であると判定するのが好ましい。
【0011】
この発明によれば、トラクションコントロール装置による制御中、制動機構制御手段による制動機構の制御を行い、スリップ率を目標値に収束させるようにしているので、スリップ率が一定の閾値以上の状態で一定時間経過しても変化していないとすれば、車両速度の推定が誤っており、推定された車両速度に基づく制動機構の制御が誤った状態でバランスしているものと判断される。このような場合、駆動力制御変更手段による駆動力制御状態の変更によって、誤ったバランス状態を回避して、トラクションコントロール装置を適切な制御状態に復帰させることができる。
【0012】
本発明では、
前記車両状態判定手段は、
前記制動機構制御手段による前記制動機構の制動制御量が一定の閾値以上にあり、かつ一定の閾値以上の状態が一定時間以上経過しているときに、バランス状態が不適であると判定するのが好ましい。
【0013】
この発明によれば、トラクションコントロール装置による制御中、制動機構の制動制御量が一定の閾値以上の状態にあり、その状態が一定時間以上経過しても復帰しないというのは、車両速度の推定が誤った状態であり、駆動力制御とのバランス状態が不適切であると考えられるため、駆動力制御変更手段による駆動力制御状態の変更によって、誤ったバランス状態を回避して、トラクションコントロール装置を適切な制御状態に復帰させることができる。
【0014】
本発明では、
前記車両状態判定手段は、
前記制動機構制御手段で算出される左右の車輪のスリップ率がともに一定の閾値以下であり、かつ前記制動機構制御手段による前記制動機構の制動制御量が一定の閾値以上であり、その状態が一定時間経過しているときに、バランス状態が不適であると判定するのが好ましい。
【0015】
この発明によれば、スリップ率が一定の閾値以下であり、かつ制動制御量が一定の閾値以上の状態が一定時間経過するということは、車速推定が誤っていると考えられるため、駆動力制御変更手段による駆動力制御状態の変更によって、誤ったバランス状態を回避して、トラクションコントロール装置を適切な制御状態に復帰させることができる。
【0016】
本発明では、
前記建設車両は、アーティキュレート式のダンプトラックであり、
前記建設車両のアーティキュレート角を検出するアーティキュレート角検出手段を備え、
前記車両状態判定手段は、
検出されたアーティキュレート角に応じて、前記スリップ率の閾値、前記制動制御量の閾値、及び、判定のための経過時間のうち、少なくともいずれかを変更する第1閾値変更部を備えているのが好ましい。
【0017】
この発明によれば、車両状態判定手段が第1閾値変更部を備えていることにより、アーティキュレート角として検出される建設車両のステアリングの切り角に応じて各種閾値、判定のための経過時間が変更されるため、車両状態判定手段は、運転状況に応じてバランス状態の判定を行うことができる。
【0018】
本発明では、
前記建設車両は、アーティキュレート式のダンプトラックであり、
前記建設車両のアーティキュレート角を検出するアーティキュレート角検出手段を備え、
前記車両状態判定手段は、
検出されたアーティキュレート角の単位時間あたりの変化量に応じて、前記スリップ率の閾値、前記制動制御量の閾値、及び、判定のための経過時間のうち、少なくともいずれかを変更する第2閾値変更部を備えているのが好ましい。
【0019】
この発明によれば、車両状態判定手段が第2閾値変更部を備えていることにより、アーティキュレート角の単位時間あたりの変化量として検出される建設車両のステアリング操作速度に応じて、各種閾値、判定のための経過時間が変更されるため、同様に、運転状態に応じたバランス状態の判定を行うことができる。
【0020】
本発明では、
前記車両状態判定手段は、前記制動機構制御手段による制動制御量が、
左右の車輪ともに、一定の閾値以上であること、
左右の車輪の制御量の合計値が一定の閾値以上であること、
全輪全ての制御量の合計値が一定の閾値以上であること、
走行方向前方に配置されるフロント車輪の左右の車輪のうち、大きな方の制動制御量と、フロント車輪よりも後方側に配置され、制動機構により制動される車輪の左右の車輪のうち、大きな方の制動制御量との合計値が一定の閾値以上であること、
の少なくともいずれかを満たすことを条件として、バランス状態が不適であると判定するのが好ましい。
【0021】
この発明によれば、前述した条件の場合には、制動機構制御手段による制動制御量が、過大であると判定できるため、駆動力制御変更手段による駆動力制御状態の変更によって、誤ったバランス状態を回避して、トラクションコントロール装置を適切な制御状態に復帰させることができる。
【0022】
本発明では、
前記駆動力制御変更手段は、
前記車両速度推定装置により推定される車両速度を、前記参照車輪速度算出手段で算出された参照車輪速度に設定することにより、駆動力制御を変更するのが好ましい。
この発明によれば、車両状態判定手段でバランス状態が不適切であると判定されたら、駆動力制御変更手段が、推定される車両速度を、参照車輪速度算出手段で算出された参照車輪速度に設定することにより、推定される車両速度を上げることとなるので、計算上のスリップ率が減少し、制動機構制御手段による制動制御量を弱めることができる。
【0023】
本発明では、
前記駆動力制御変更手段は、
前記駆動力制御装置による制御を解除することにより、駆動力制御を変更するのが好ましい。
この発明によれば、車両状態判定手段でバランス状態が不適切であると判定されたら、駆動力制御変更手段が、駆動力制御装置による制御を解除することとなるので、トラクションコントロール装置による不適切な制御を回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施形態に係る建設車両の構成を示す模式図。
【図2】前記実施形態における建設車両の油圧回路図。
【図3】前記実施形態におけるTCSコントローラの機能ブロック図
【図4】前記実施形態における車両速度推定装置の機能ブロック図。
【図5】前記実施形態における車両速度推定手段の機能ブロック図。
【図6】前記実施形態の作用を説明するためのフローチャート。
【図7】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図8】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図9】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図10】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図11】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図12】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図13】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図14】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図15】前記実施形態における加速度加減速成分の積分処理の手順を表すフローチャート。
【図16】前記実施形態における車両速度推定手段による車両速度の推定の処理を説明するためのフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
〔1〕ダンプトラック1の構成
図1には、本発明の実施形態に係るダンプトラック1が示されている。ダンプトラック1は、前後に独立した車体フレームを有するアーティキュレート式であり、ダンプトラック1を構成する車両本体は、エンジン1A、変速機1B、差動機構1C〜1F、および差動調整機構1CAを備えている。エンジン1Aの出力は、エンジンコントローラ2により制御され、変速機1Bに伝達される。変速機1Bは、図示しないトルクコンバータを備えて構成され、変速機コントローラ3により変速機1Bの変速制御が行われる。
そして、エンジン1Aから変速機1Bに伝えられた回転駆動力は、差動機構1C〜1Fを経て全車輪4を回転させ、路面に伝達される。
【0026】
ここで、差動機構1Cは、差動調整機構1CAを備えており、差動機構1Cにおける差動は、差動調整機構1CAにより拘束できるようになっている。また、差動機構1D、1Eは、左右輪の差動のみを許容するように構成されており、このため、差動機構1Eは、前後輪の差動は許容されないいわゆる直結状態となっている。
【0027】
このような車両本体の車輪4の部分には、フロントブレーキ41及びセンタブレーキ42が設けられ、フロントブレーキ41およびセンタブレーキ42は、ブレーキ油圧回路5およびTCS制御用油圧回路6に油圧接続されている(図2参照)。
そして、制動機構は、フロントブレーキ41、センタブレーキ42、ブレーキ油圧回路5、およびTCS制御用油圧回路6を備えて構成される(図2参照)。
【0028】
また、詳しくは後述するが、各車輪4には、車輪4の回転速度を検出するための回転速度センサ(回転速度検出手段)43FL,43FR,43CL,43CRが設けられている。各回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRで検出された回転速度信号は、TCSコントローラ7に電気信号として出力される。
さらに、このTCSコントローラ7には、ダンプトラック1のアーティキュレート角(屈折角)を検出するアーティキュレート角センサ7Aと、ダンプトラック1の前後方向に作用する加速度を検出する加速度センサ(加速度検出手段)7Dが設けられており、アーティキュレート角センサ7Aで検出されたアーティキュレート角、および加速度センサ7Dで検出された加速度は、TCSコントローラ7に電気信号として出力される。
また、TCSコントローラ7には、TCS制御をキャンセルするためのTCSシステムスイッチ7Bが電気的に接続されている。
【0029】
TCSコントローラ7は、油圧回路5,6を介してフロントブレーキ41およびセンタブレーキ42のブレーキトルクを制御するとともに、差動調整機構1CAの差動拘束力を調整するインタアクスルデフ制御を行う。また、TCSコントローラ7は、リターダ制御用のコントローラも兼ねており、リターダ速度設定用のリターダ操作レバー7Cからの操作信号に基づいて、リターダ制御を行う。
【0030】
〔2〕ブレーキ油圧回路5の構成
図2には、ダンプトラック1のブレーキ油圧回路5が示されている。ここで、フロントブレーキ41およびセンタブレーキ42は、多板ブレーキ411,421およびスラックアジャスタ412,422を備えて構成され、スラックアジャスタ412,422が、ブレーキ油圧回路5およびTCS制御用油圧回路6に油圧接続されている。
フロントブレーキ41及びセンタブレーキ42は、全て油圧によって制御され、ブレーキ油圧回路5から圧油が出力されると、TCS制御用油圧回路6を介してフロントブレーキ41及びセンタブレーキ42の各部位に圧油が供給され、各部位は油圧によって動作する。
また、スラックアジャスタ412,422は、フロントブレーキ41及びセンタブレーキ42の摩耗により生じた隙間を自動的に調整する装置である。
【0031】
このブレーキ油圧回路5は、油圧供給系51、フート式ブレーキ弁52、駐車ブレーキ弁53を備えて構成される。
油圧供給系51は、油圧源として複数の油圧アキュムレータ511,512,513、油圧ポンプ514、及びタンク515を備え、これら油圧アキュムレータ511,512,513の圧油がTCS制御用油圧回路6を経て、フロントブレーキ41およびセンタブレーキ42に送られてそれぞれ車輪4を制動している。
油圧アキュムレータ511,512,513は、駆動源となるエンジン1Aによって駆動される油圧ポンプ514でタンク515内の作動油を昇圧し、この油圧ポンプ514の圧油を受けて所定の圧力を蓄圧する。そして、所定の圧力に到達すると、油圧ポンプ514及び油圧アキュムレータ513の間に設けられるアンロード装置516で油圧ポンプ514からの圧油をアンロードする。
【0032】
フート式ブレーキ弁52は、フロント車輪用ブレーキ弁521とセンタ車輪用ブレーキ弁522で構成され、ブレーキペダル523が操作されると、フロント車輪用ブレーキ弁521がフロントブレーキ41に、センタ車輪用ブレーキ弁522がセンタブレーキ42に、それぞれ油圧アキュムレータ511,512の圧油を送って制動している。
具体的には、ブレーキペダル523が操作されてフロント車輪用ブレーキ弁521のスプールのポジションが変更され、油圧アキュムレータ511の圧油がフロント車輪用ブレーキ弁521から出力される。この圧油は、TCS制御用油圧回路6のフロント車輪用油圧回路61を介してフロントブレーキ41に供給され、フロントブレーキ41による制動が行われる。
さらに詳細には、フロント車輪用ブレーキ弁521から出力される圧油は、シャトル弁614,615を介して左右のフロントブレーキ41にほぼ左右同じ圧力で作用することとなり、左右同じ制動を行う。
また、センタ車輪用ブレーキ弁522から出力される圧油は、シャトル弁624,625を介して左右のセンタブレーキ42にほぼ左右同じ圧力で作用することとなり、左右同じ制動を行う。
この際、センタ車輪用ブレーキ弁522のスプールのポジションも同時に変更され、油圧アキュムレータ512の圧油がセンタ車輪用ブレーキ弁522から出力さる。この圧油は、センタ車輪用油圧回路62を介してセンタブレーキ42に供給され、センタブレーキ42による制動が行われる。
【0033】
駐車ブレーキ弁53は、パーキングブレーキ54を操作する弁であり、ソレノイド531及びばね部532を備えて構成される。この駐車ブレーキ弁53は、図示を略した運転室内の駐車用スイッチが駐車位置に切り替えられると、ソレノイド531によってポジションが切り替えられ、油圧アキュムレータ513の圧油を、パーキングブレーキ54のシリンダ室541に供給し、駐車制動圧を高くしている。これにより、駐車時には制動状態を保持させる。
尚、パーキングブレーキ54は、図2において左上方に設けられているが、実際にはフロントブレーキ41又はセンタブレーキ42と並列に、又は駆動力を伝達するドライブシャフトに併設するブレーキ装置に設けられる。
【0034】
走行時、この駐車ブレーキ弁53は、図示しない駐車用スイッチが走行位置に切換えられることにより、油圧アキュムレータ513からの圧油を遮断するポジションに移動し、パーキングブレーキ54内のシリンダ室541の圧油を、油圧供給系51のタンク515に戻して駐車制動圧をゼロにしている。これにより走行時には、車両は走行可能な状態となる。
【0035】
〔3〕TCS制御用油圧回路6の構造
図2に示されるように、ブレーキ油圧回路5からフロントブレーキ41及びセンタブレーキ42に至る油圧回路途中には、TCS制御用油圧回路6が設けられており、このTCS制御用油圧回路6は、フロント車輪用油圧回路61及びセンタ車輪用油圧回路62を備えて構成される。
【0036】
フロント車輪用油圧回路61は、フロントブレーキ41のTCS制御を行う油圧回路として構成され、フロント車輪用TCS切替弁611、2つの電磁式比例制御弁612,613、2つのシャトル弁614,615および圧力センサ616,617を備えて構成される。
フロント車輪用TCS切替弁611は、当該切替弁611を構成するソレノイド611Aに、TCSコントローラ7からの電気信号を出力することにより、フロントブレーキ41側のTCSブレーキ制御を実施するか否かを切り替えることができる。
【0037】
電磁式比例制御弁612,613は、基端がフロント車輪用TCS切替弁611の出力側に接続される配管ライン途中で分岐した配管ラインにそれぞれ設けられ、TCS制御時にフロントブレーキ41のブレーキ圧を制御する制御弁である。尚、電磁式比例制御弁612は、フロントブレーキ41の左側への圧油供給の制御を行う弁であり、電磁式比例制御弁613は、フロントブレーキ41の右側への圧油供給の制御を行う弁である。
各電磁式比例制御弁612,613は、ソレノイド612A,613Aによって開度調整され、減圧されて排出された作動油の一部は、前述した油圧供給系51のタンク515に戻される。
【0038】
シャトル弁614,615は、電磁式比例制御弁612,613の出力側に設けられ、一方の入力は、電磁式比例制御弁612,613の出力に接続されているが、他方の入力は、お互いのシャトル弁614,615の入力同士を連絡する配管で接続されている。この配管途中には、フロント車輪用ブレーキ弁521の出力配管が接続されている。
圧力センサ616,617は、シャトル弁614,615および電磁式比例制御弁612,613間の配管途中に設けられ、フロントブレーキ41のブレーキ圧を検出し、検出された信号を電気信号としてTCSコントローラ7に出力する。尚、圧力センサ616,617は、シャトル弁614,615,624,625及びスラックアジャスタ412、422間の配管途中に設けてもよい。
【0039】
センタ車輪用油圧回路62は、センタブレーキ42のTCS制御を行う油圧回路として構成され、フロント車輪用油圧回路61と同様に、センタ車輪用TCS切替弁621、2つの電磁式比例制御弁622,623、2つのシャトル弁624,625、および圧力センサ626,627を備えている。
電磁式比例制御弁622,623には、ソレノイド622A,623Aが設けられ、各電磁式比例制御弁622,623は、TCSコントローラ7から出力された電気信号に基づいて開度が調整される。
【0040】
また、センタ車輪用TCS切替弁621にもソレノイド621Aが設けられており、センタ車輪用TCS切替弁621は、同様にTCSコントローラ7から出力された電気信号に基づいて、センタブレーキ42側のTCSの動作可否を切り替える。
【0041】
このようなTCS制御用油圧回路6は、前述したフロント車輪用油圧回路61、センタ車輪用油圧回路62を構成する各弁のポジションを変更することにより、TCSとして機能する。
図2において、フロント車輪用TCS切替弁611のスプールが上側のポジションにある場合、及び、センタ車輪用TCS切替弁621のスプールが上側のポジションにある場合には、TCS機能は遮断されている。
【0042】
一方、図2において、フロント車輪用TCS切替弁611のスプールが下側のポジションにある場合、及び、センタ車輪用TCS切替弁621のスプールが下側のポジションにある場合には、TCS機能が有効に作動する。
この場合、フロント車輪用油圧回路61では、フロント車輪用TCS切替弁611から出力された圧油は、電磁式比例制御弁612,613に供給され、TCSコントローラ7からの電気信号に応じて電磁式比例制御弁612,613の開度が調整され、電磁式比例制御弁612,613から出力された圧油は、シャトル弁614,615を経由してフロントブレーキ41に供給される。
【0043】
また、センタ車輪用油圧回路62では、センタ車輪用TCS切替弁621から出力された圧油は、電磁式比例制御弁622,623に供給され、電磁式比例制御弁622,623から出力された圧油は、シャトル弁624,625を経由してセンタブレーキ42に供給される。
この際、詳しくは後述するが、TCSコントローラ7では、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRで検出される車輪4の回転速度を監視し、各車輪4のスリップ率の状態に応じて、ソレノイド612A,613A,622A,623Aへの電気信号を出力する。これにより、各電磁式比例制御弁612,613,622,623の開度を調整し、フロントブレーキ41及びセンタブレーキ42の制動力を調整する。このように、TCSコントローラ7は、各車輪4の駆動力を最適な値に調整し、かつ旋回走行時のコーストレース性も確保できるような制御を実行する。
【0044】
なお、ブレーキペダル523が操作された場合には、フロント側では、フロント車輪用ブレーキ弁521から出力された圧油は、シャトル弁614,615を経て、フロントブレーキ41に供給され、ブレーキペダル523の踏み込み量に応じて制動力が増す通常のブレーキとして動作する。また、リア側も、センタ車輪用ブレーキ弁522から出力された圧油が、シャトル弁624,625を経てセンタブレーキ42に供給され、同様に通常のブレーキとして機能する。
そして、電磁式比例制御弁612,613,622,623は、リターダ制御用の制御弁としても用いられ、TCSコントローラ7からのリターダ指令信号に従って、各電磁式比例制御弁612,613,622,623の開度が調整される。
【0045】
〔4〕TCSコントローラ7の構成
図3には、前述したTCS制御を行うTCSコントローラ7の構成が示されている。
TCSコントローラ7は、記憶装置としてのメモリ71及び演算処理装置72を備えている。
メモリ71には、演算処理装置72上で動作するプログラムの他、TCSスライディングモード制御用のマップ等が格納され、演算処理装置72からの要求に応じて読み出されるようになっている。
【0046】
演算処理装置72の入力側には、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CR、アーティキュレート角センサ7A、TCSシステムスイッチ7B、リターダ操作レバー7C、加速度センサ7D、および圧力センサ616,617,626,627が接続されている。
このうち、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRおよび加速度センサ7Dは、LPF(Low Pass Filter)73、74を介して演算処理装置72に接続されており、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRから出力された回転速度信号、および加速度センサ7Dから出力された加速度信号は、外乱等の高周波成分が取り除かれた状態で、各車輪4の回転速度ωfl,ωfr,ωcl,ωcr、ダンプトラック1の走行方向に作用する加速度として演算処理装置72に入力する。
【0047】
一方、演算処理装置72の出力側には、TCS切替弁611,621のソレノイド611A,621A、およびTCS制御用油圧回路6の電磁式比例制御弁612,613,622,623のソレノイド612A,613A,622A,623Aが電気的に接続されている。
また、演算処理装置72は、エンジンコントローラ2および変速機コントローラ3と電気的に接続されており、それぞれが互いの間で情報を交換することができるように構成されている。これにより、演算処理装置72は、エンジンコントローラ2からのエンジンの出力トルク値や、変速機コントローラ3からの変速段情報およびロックアップ情報など、TCS制御やインタアクスルデフ制御に必要な各種情報をエンジンコントローラ2および変速機コントローラ3から取得することができる。
【0048】
このような演算処理装置72は、車両速度推定装置80、制御許可判定手段81、制御開始判定手段82、制御終了判定手段83、制動機構制御手段84、差動調整機構制御手段85、およびリターダ制御手段86を備えている。
尚、制動機構制御手段84及び差動調整機構制御手段85は、本願の駆動制御装置を構成する。
制御許可判定手段81は、TCS制御が許可される状態にあるか否かを判定する。具体的に、制御許可判定手段81は、TCSシステムスイッチ7Bの操作状況、ブレーキペダル523の操作状況、変速機1Bの変速段情報、リターダ制御の制御状況、および図示しないアクセルペダルの操作状況に基づいて、TCS制御を許可できる状態にあるか否かを判定する。
【0049】
制御開始判定手段82は、TCSのブレーキ制御の開始条件が満たされたか否かを判断する部分であり、開始条件の判断は、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRで検出された各車輪4の回転速度信号に基づいて行われる。具体的には、制御開始判定手段82は、左右の車輪の回転速度差、前後の車輪の回転速度差が、メモリ71内に記憶された所定の閾値以上となった場合に、TCS制御およびインタアクスルデフ制御の少なくともいずれかを開始する判断を行う。
制御終了判定手段83は、TCS制御およびインタアクスルデフ制御の終了を判定する部分である。本実施形態において、制御終了判定手段83は、制動機構制御手段84で求められる各車輪4の制御偏差を参照して、フロント車輪4のブレーキ制御、センタ車輪4のブレーキ制御、およびインタアクスルデフ制御の終了判定を行う。
【0050】
制動機構制御手段84は、TCSの制御指令の生成および出力を行う部分である。制御指令の生成は、後述する車両速度推定装置80で推定されたダンプトラック1の車両速度Vと、車輪4の半径r、各車輪4の回転速度ωfl,ωfr,ωcl,ωcrに基づいて、以下の式(1)により、各車輪4の実スリップ率λを算出する。
λ=(rω−V)/rω …(1)
次に、制動機構制御手段84では、メモリ71内に記憶された車輪4ごとの基準目標スリップ率ηsと、アーティキュレート角センサ7Aで検出されるアーティキュレート角に応じて設定された補正目標スリップ率ηaを用いて、以下の式(2)に基づいて、目標スリップ率ηを算出する。
η=ηs+ηa …(2)
【0051】
そして、制動機構制御手段84は、算出された実スリップ率λ、目標スリップ率ηから、以下の式(3)に基づいて、制御偏差Sを算出する。
S=λ−η …(3)
次に、制動機構制御手段84は、エンジンコントローラ2から送信されるエンジンの出力トルク、変速機コントローラ3から送信される変速段情報、およびメモリ71に予め記憶されているダンプトラック1の諸元データに基づいて、車輪4から路面に伝達される力であるトラクションフォースを推定する。
そして、制動機構制御手段84は、算出される制御偏差Sと、推定されるトラクションフォースとから、ダンプトラック1の車両モデルに、スライディングモード制御の制御則を適用することで、TCS制御用油圧回路6のソレノイド611A,612A,613A,621A,622A,623Aに対する制御信号を生成出力することにより、各車輪4の制動力の制御を行う。
【0052】
差動調整機構制御手段85は、差動機構1Cの差動拘束力を制御するための制御指令を生成し、生成した制御指令を差動調整機構1CAに出力する。すなわち、差動調整機構制御手段85は、制御開始判定手段82によりインタアクスルデフ制御を行うと判定された場合は、差動機構1Cの差動を拘束する制御指令を生成し、差動調整機構1CAに出力する。
リターダ制御手段86は、ダンプトラック1のペイロード、加速度センサ7Dで検出される勾配条件等の情報に基づいて、定速走行制御を実現する部分であり、リターダ操作レバー7Cがオンになっている場合には、ソレノイド611A,612A,613A,621A,622A,623Aへの制御指令を生成出力し、フロントブレーキ41及びセンタブレーキ42の制動制御を行うことにより、定速走行制御を行う。
【0053】
〔5〕車両速度推定装置80の構成
図4には、車両速度推定装置80の詳細構成が示されている。この車両速度推定装置80は、参照車輪速度算出手段801と、参照速度算出手段802と、車両速度推定手段805とを備えている。
参照車輪速度算出手段801は、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRで検出された各車輪4の回転速度ωfl,ωfr,ωcl,ωcrのうち、最も回転速度の小さな車輪4の回転速度ωminを選択し、選択された回転速度ωminの信号を、LPF73で高周波成分を除去した後、車輪4の半径rを用いて、下記式(4)に基づいて参照車輪速度Vre1を算出する。
Vre1=r×ωmin …(4)
最も回転速度の小さな車輪4の回転速度ωを選択するのは、当該車輪4がダンプトラック1のすべての車輪4の中で最もスリップの少ない状態にあると考えられるからである。
【0054】
参照速度算出手段802は、LPF74を介して入力される加速度フィルタ値から、参照速度Vre2を算出する部分である。具体的には、参照速度算出手段802は、ダンプトラック1の走行中に入力される加速度フィルタ値を加速度加減速成分として算出し、ダンプトラック1の走行状態に応じて、前回の推定車両速度Vに加速度加減速成分の積分値を加え、新たな推定車両速度Vの候補となる参照速度Vre2を設定する。尚、詳しくは後述するが、参照速度算出手段802は、加速度加減速成分が0未満であり、変速機1Bがロックアップの解除状態にある条件では、TCS制御によりブレーキ指令が増し、さらに減速することを防止するために、積分処理を行わず、前回の推定車両速度Vを参照速度Vre2として設定する。
【0055】
車両速度推定手段805は、参照車輪速度算出手段801で算出された参照車輪速度Vre1、および参照速度算出手段802で算出された参照速度Vre2に基づいて、最終的に制動機構制御手段84のTCS制御における式(1)で用いる車両速度Vを推定する部分である。
車両速度推定手段805は、図5に示されるように、車両速度設定手段814、車両状態判定手段815、及び駆動力制御変更手段816を備えて構成される。
車両速度設定手段814は、入力される参照速度Vre2、参照車輪速度Vre1に基づいて、最終的に車両速度Vを設定する部分である。
また、車両速度設定手段814は、参照速度算出手段802で算出された参照速度Vre2の過大、過小を判断し、参照速度Vre2が誤っていると判断される場合には、車両速度Vを参照車輪速度Vre1と推定する。詳しくは後述するが、ダンプトラック1の走行状態に応じて車両速度Vは、次の表1に示されるように推定される。
【0056】
【表1】
【0057】
車両状態判定手段815は、車両速度設定手段814で算出された推定車両速度Vと、制動機構制御手段84による制動制御とのバランス状態を判定する部分であり、第1閾値変更部815A及び第2閾値変更部815Bを備える。
車両状態判定手段815は、詳しくは後述するが、制動機構制御手段84において、前述した式(1)乃至式(3)で算出された制御偏差Sが所定の範囲に収まっているか否か、制動機構制御手段84から出力される制動制御量が所定の閾値以上となっているか否か、及びこれらが維持された状態が一定時間経過しているかに基づいて、車両速度設定手段814で推定された車両速度Vと、制動機構制御手段84による制動制御のバランス状態が適切であるか否かを判定する部分である。
【0058】
第1閾値変更部815Aは、車両状態判定手段815におけるバランス状態の閾値判定に際して、アーティキュレート角センサ7Aから出力されたアーティキュレート角の大きさが、例えば20°を超えるか否かで、前述した制御偏差Sの閾値、制動制御量の閾値、及び判定のための経過時間設定を変更する部分である。
第2閾値変更部815Bは、車両状態判定手段815におけるバランス状態の閾値判定に際して、アーティキュレート角センサ7Aから出力されたアーティキュレート角信号の単位時間あたりの変化量が、例えば10°/secを超えるか否かで、前述した制御偏差Sの範囲、制動制御量の閾値、及び判定のための経過時間設定を変更する部分である。
【0059】
駆動力制御変更手段816は、車両状態判定手段815における判定によって、推定される車両速度Vと、制動制御量とがバランスしておらず、不適切な状態が維持されていると判定されたら、制動機構制御手段84による制動制御を変更する部分であり、詳しくは、バランス状態が不適切であった場合、TCSコントローラ7によるTCS制御を解除する解除信号を、制御終了判定手段83に出力する。また、V=Vre1信号を、制動機構制御手段84又は車両速度設定手段814に出力する。
【0060】
〔6〕車両速度推定装置80の作用及び効果
次に、前述した車両速度推定装置80の作用を図6乃至図16に基づいて説明する。
前述した車両速度推定装置80では、図6に示されるように、種々のデータを入力する入力処理S1、参照車輪速度算出処理S2、加速度信号フィルタ処理S3、車両状態判定処理S4、加速度加減速成分積分処理S6、及び参照速度修正処理S8を経て、ダンプトラック1の車両速度の推定を行っている。各処理S1〜S8について詳述する。尚、処理S1〜S8は、所定の周期で繰り返される。
【0061】
(6-1)入力処理S1
車両速度推定装置80で車両速度を推定するために、ダンプトラック1の種々の状態データを車両速度推定装置80に入力する処理である。具体的には車両速度推定装置80には、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRからの回転速度、TCS制御が制御中であるか否かのフラグ情報、ロックアップ切替がされているか否かのフラグ情報、アクセル操作がオンであるかオフであるかのフラグ情報、および左右輪の回転偏差が生じているか否かのフラグ情報が入力される。
【0062】
(6-2)参照車輪速度算出処理S2
参照車輪速度算出処理S2は、参照車輪速度算出手段801により実施される。具体的には、まず、参照車輪速度算出手段801は、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRから入力する各車輪4の回転速度ωfl,ωfr,ωcl,ωcrから、最大の回転速度ωmax、最小の回転速度ωminを選択し、前記式(4)に基づいて、最大の参照車輪速度、最小の参照車輪速度を算出する。
次に、参照車輪速度算出手段801は、最大の参照車輪速度から最小の参照車輪速度の差分をとって各車輪4の参照車輪速度のバラツキを算出する。
最後に、参照車輪速度算出手段801は、最小の参照車輪速度を参照車輪速度Vre1として選択する。
(6-3)加速度信号フィルタ処理S3
加速度信号フィルタ処理S3は、加速度センサ7Dから出力された加速度信号にLPF74でフィルタ処理を行って、ノイズ、車両の揺れ成分等を取り除いた後、フィルタ処理がされた加速度フィルタ値を車両速度推定装置80に出力する。
【0063】
(6-4)車両状態判定処理S4
車両状態判定処理S4は、車両速度推定手段805における車両状態判定手段815によって行われ、図7に示されるように、ダンプトラック1の停車、後進時の判定処理S41、車速誤推定第1判定処理S42、車速誤推定第2判定処理S43、ロックアップ判定処理S44、制御キャンセル判定処理S45、変速判定処理S46、前後回転速度差判定処理S47を行う。
停車、後進時の判定処理S41では、最大の参照車輪速度が0以下で、アクセル操作がオフの場合停車であると判定し、本実施形態における車速推定がダンプトラック1の前進方向を正に設定しているため、ダンプトラック1の速度段がR1又はR2に設定されている場合には、後進であると判定し、加速度計フィルタ値の正負を逆転させる。
【0064】
車速誤推定第1判定処理S42は、図8のフローチャートに示されるように、処理S420〜処理S424において、制動機構制御手段84で算出された制御偏差Sの値に応じてカウンタ1〜カウンタ5の値をインクリメントしたり、クリアすることによって、制御偏差Sの値が一定の範囲の状態で一定時間経過しているか否かを判定する。
具体的には、処理S420では、各車輪4の制御偏差Sが0.05〜0.2の範囲内にあるか否かを判定する。判定は、図9のフローチャートに示されるように、前後、左右のいずれかの車輪4を選択し(処理T1)、選択された車輪4の制御偏差Sの値が、処理S420〜処理S424のそれぞれで設定された制御偏差Sの範囲に入っているか否かを判定する(処理T2)。
【0065】
例えば、前方左側の車輪4の制御偏差Sの値が処理S420におけるS=0.05〜0.2の範囲に入っている場合には、カウンタ1をインクリメントし(処理T3)、入っていない場合には、カウンタ1をクリアし(処理T4)、全ての車輪4についての制御偏差Sの値の判定を終了するまで繰り返す(処理T5)。
以後、同様に、処理S421では、各車輪4の制御偏差Sの値が0.125〜0.275の範囲に入っている場合にはカウンタ2をインクリメントし、入っていない場合には、カウンタ2をクリアする。
さらに、処理S422では、各車輪4の制御偏差Sが0.2〜0.35の範囲に入っているか否かでカウンタ3をインクリメント又はクリアし、処理S423では、各車輪4の制御偏差Sが0.275〜0.425の範囲に入っているか否かでカウンタ4をインクリメント又はクリアし、処理S424では、各車輪4の制御偏差Sが0.35〜0.5の範囲に入っているか否かでカウンタ5をインクリメント又はクリアする。
【0066】
以上の制御偏差Sの判定処理が終了したら、車両状態判定手段815は、各車輪4のカウンタ1〜カウンタ5の値のいずれかが、例えば400(4秒)よりも大きいか否かを判定し(処理S425)、大きい場合には、スリップ率が本来の目標値よりも大きくかつ一定時間(4秒)以上その状態が続いており、車両速度設定手段814で設定された車両速度Vが実際の車両速度と異なっていると判定し、第1誤推定フラグをオン(ON)に設定し(処理S426)、処理を終了する。
【0067】
一方、各車輪4のカウンタ1〜カウンタ5の値のいずれも400以下であると判定されたら、車両状態判定手段815は、車両速度設定手段814で設定された車両速度Vは正しいものと判断して、第1誤推定フラグをオフ(OFF)に設定し(処理S427)、処理を終了する。
【0068】
図7に戻って、処理S42における車両速度誤推定第1判定処理が終了したら、車両状態判定手段815は、車両速度誤推定第2判定処理を行う。
車両速度誤推定第2判定処理S43は、図10のフローチャートに示される処理が行われ、制御偏差が小さく、制動制御量が大きい状態で一定時間経過している場合には、車両速度設定手段814で設定された車両速度Vが誤っている可能性が高いので、これを判定する。
【0069】
まず、車両状態判定手段815は、センタの左右の車輪4の双方の制動制御量が一定の閾値K1以上であり、かつセンタの左右の車輪4の制御偏差Sの値が0.1未満であるか、又はアーティキュレート角センサ7Aで検出されたアーティキュレート角が20°を超えているか否かを判定する(処理S430)。
上記条件に該当する場合、車両状態判定手段815は、センタ用カウンタをインクリメントし(処理S431)、該当しない場合、センタ用カウンタをクリアする(処理S432)。
続けて、車両状態判定手段815は、アーティキュレート角が20°を超えるか否かを判定する(処理S433)。
【0070】
アーティキュレート角が20°を超えると判定されたら、車両状態判定手段815は、センタ用カウンタが、例えば100(1秒)を超えるか否かを判定し(処理S434)、超えている場合には、アーティキュレート角が大きく旋回中であり、旋回による内外輪差が生じるために、車両速度Vの推定が誤り易いため、第2誤推定フラグをオンに設定し(処理S435)、超えていない場合には、第2誤推定フラグをオフに設定し(処理S436)、処理を終了する。
アーティキュレート角が20°以下であると判定されたら、車両状態判定手段815は、センタ用カウンタが、例えば300(3秒)を超えるか否かを判定し(処理S437)、超えている場合には、第2誤推定フラグをオンに設定し(処理S438)、超えていない場合には、第2誤推定フラグをオフに設定し(処理S439)、処理を終了する。
【0071】
図7に戻り、以上の車両速度誤推定第2判定処理S43が終了したら、車両状態判定手段815は、ロックアップ判定処理S44を行う。ロックアップ判定処理S44は、速度段指令がニュートラル以外の時に、ロックアップの状態を判定する処理であり、ロックアップの解除の指令が出力されてから一定時間は、切換フラグ情報をオンの状態とし、それ以外の場合をオフであると判定する。
【0072】
ロックアップ判定処理S44が終了したら、車両状態判定手段815は、TCS制御をキャンセルするか否かを判定する制御キャンセル判定処理S45を行う。
制御キャンセル判定処理S45は、図11のフローチャートに示されるように、フロント車輪4のカウンタ処理S450、センタ車輪4のカウンタ処理S451、フロント・センタの制動制御量合計値判定カウンタ処理S452、及び制御キャンセルフラグ・制御中判定キャンセルフラグの決定処理S453を順次実行していく。
【0073】
フロント車輪4のカウンタ処理S450は、図12のフローチャートに示される処理T6〜処理T10を実行する。
まず、車両状態判定手段815は、左右のフロント車輪4の制動制御量が所定の閾値以上、左右のフロント車輪の制御偏差Sが0.1未満、又はアーティキュレート角が20°を超えているか、及びアーティキュレート角の単位時間あたりの変化が10°/secを超えるか否かを判定する(処理T6)。
すべての条件を満たしていると判定されたら、車両状態判定手段815は、フロントカウンタのインクリメントを行い、フロントディレイカウンタの値を0に設定する(処理T7)。
【0074】
いずれかの条件が外れた場合、車両状態判定手段815は、フロントディレイカウンタをインクリメントし(処理T8)、フロントディレイカウンタが100(1秒)を超すか否かを判定し(処理T9)、100を超えていない場合は処理を終了する。
フロントディレイカウンタが100を超えている場合には、車両状態判定手段815は、フロントカウンタを0に設定するとともに、フロントディレイカウンタを101に設定し(処理T10)、処理を終了する。
センタ車輪4のカウンタ処理S451も上記と同様の手順でセンタカウンタの値、センタディレイカウンタの値を設定し、処理を終了する。
【0075】
次に、車両状態判定手段815は、フロント・センタの制動制御量合計値判定カウンタ処理S452を実行するが、具体的には、図13のフローチャートに示される処理を実行する。
車両状態判定手段815は、制動機構制御手段84から出力される各車輪4の制動制御量を取得し、制動制御量の合計値を算出する(処理T11)。算出は、フロント左右の車輪4の制動制御量のうち大きい方の制動制御量と、センタ左右の車輪4の制動制御量のうち大きい方の制動制御量とを合算することで行われる。
車両状態判定手段815は、制動制御量の合計値が所定の閾値以上であるか否かを判定し(処理T12)、所定の閾値以上であると判定されたら、制動制御量合計カウンタのインクリメントを行い(処理T13)、そうでない場合は、制動制御量合計カウンタを0に設定して(処理T14)処理を終了する。
【0076】
最後に、車両状態判定手段815は、制御キャンセルフラグ・制御中判定キャンセルフラグの決定処理S453を行う。具体的には図14の処理を実行する。
車両状態判定手段815は、アーティキュレート角が20°を超えるか否かを判定し(処理T15)、アーティキュレート角が20°を超えている場合、さらに、フロントカウンタ、センタカウンタが100(1秒)を超えているか否か、制動制御量合計カウンタが200(2秒)以上であるか否かのいずれかの条件を満たすかを判定し(処理T16)、いずれかの条件を満たしている場合には、旋回中は車両速度Vの推定を誤り易く、ブレーキのかけ過ぎを防止するために、制御キャンセルフラグをオンとし(処理T17)、満たしていない場合には制御キャンセルフラグをオフとする(処理T18)。
【0077】
アーティキュレート角が20°以下であった場合、車両状態判定手段815は、さらに、フロントカウンタ、センタカウンタが300(3秒)を超えているか否か、制動制御量合計カウンタが200(2秒)以上であるか否かのいずれかの条件を満たすかを判定し(処理T19)、いずれかの条件を満たしている場合には、旋回中は車両速度Vの推定を誤り易く、ブレーキのかけ過ぎを防止するために、制御キャンセルフラグをオンとし(処理T20)、満たしていない場合には制御キャンセルフラグをオフとする(処理T21)。
【0078】
次に、車両状態判定手段815は、変速判定処理S46を行う。変速判定処理S46は、変速機1Bが変速中であるか否かを判定する処理であり、変速機コントローラ3の変速信号に基づいて、変速機1Bの変速状態を判定する。
最後に、車両状態判定手段815は、前後回転速度差判定処理S47を行う。前後回転速度差判定処理S47は、変速機1Bの出力軸の前後回転差が大きいか否かを判定する処理であり、前後回転速度差が一定の閾値以上である場合に前後回転差がある、と判定する。
【0079】
以上のように、車両状態判定処理S4で設定された各種のフラグ情報に基づいて、制御終了判定手段83は、TCS制御をキャンセルするか否かの指令を制動機構制御手段84に出力し、制動機構制御手段84は、これに基づいて、TCS制御を行ったり、キャンセルしたりする処理を行う。
【0080】
(6-5)加速度加減速成分積分処理S6
図15のフローチャートに示されるように、参照速度算出手段802は、まず、加速度フィルタ値を加速度加減速成分として算出する(処理S61)。
次に、参照速度算出手段802は、算出された加速度加減速成分が0未満でかつロックアップ切換のフラグ情報がオンにあるか否かを判定する(処理S62)。
参照速度算出手段802は、加速度加減速成分が0未満でかつロックアップ切換のフラグ情報がオンにあると判定したら、前回の推定車両速度Vを、参照速度Vre2と設定する(処理S63)。
一方、処理S62における条件のいずれかが当てはまらない場合、参照速度算出手段802は、前回の推定車両速度Vに加速度加減速成分の積分値を加える(処理S64)。尚、加速度加減速成分の積分は、所定サンプリング周期で算出される加速度加減速成分の値にサンプリング時間を乗じれば算出することができる。
【0081】
(6-6)参照速度修正処理S8
参照速度修正処理S8は、車両速度推定手段805により実施され、具体的には図16のフローチャートに示されるように処理が行われる。
まず、車両速度推定手段805は、アクセルがオフとされているか、または参照車輪速度Vre1が0.3m/sec未満であるかを判定する(処理S81)。
処理S81の条件を満たす場合、車両速度推定手段805は、スリップ状態にはないと判断し、推定車両速度Vを参照車輪速度Vre1に設定し、参照速度Vre2から参照車輪速度Vre1を減じた量を積分値修正量として設定する(処理S82)。
処理S81の条件を満たさない場合、車両速度推定手段805は、参照速度Vre2が参照車輪速度Vre1の所定値未満、例えば1/2未満であるかを判定する(処理S83)。
【0082】
処理S83の条件を満たす場合、車両速度推定手段805は、推定車両速度Vが小さくなりすぎると、TCSによるブレーキ制御において、ブレーキをかけすぎる場合があると判断し、例えば、推定車両速度Vを参照車輪速度Vre1の1/2と設定し、参照速度Vre2から参照車輪速度Vre1の1/2を減じた量を積分値修正量として設定する(処理S84)。
処理S83の条件を満たさない場合、車両速度推定手段805は、参照速度Vre2が参照車輪速度Vre1よりも大きいかを判定する(処理S85)。
【0083】
処理S85の条件を満たす場合は、車両速度推定手段805は、推定車両速度Vが参照車輪速度Vre1を超えることはないと判断し、推定車両速度VをVre1に設定し、参照速度Vre2から参照車輪速度Vre1を減じた量を積分値修正量として設定する(処理S86)。
処理S85の条件を満たさない場合、車両速度推定手段805は、制動機構制御手段84において式(3)で算出される全輪の制御偏差Sが0.1未満であり、かつ加速度加減速成分が−0.1m/sec2未満であるかを判定する(処理S87)。
【0084】
処理S87の条件を満たす場合、車両速度推定手段805は、制御偏差Sが適切な範囲にあるはずなのに減速していると、制御偏差Sはさらに大きくなって、制動機構の制御によるブレーキ力が大きくなり、減速がさらに大きくなってしまうと判断し、推定車両速度Vを前回の推定車両速度Vに設定し、参照速度Vre2から前回の推定車両速度Vを減じた量を積分値修正量として設定する(処理S88)。
処理S87の条件を満たさない場合、参照速度算出手段802で算出された参照速度Vre2をそのまま推定車両速度Vとして設定する(処理S89)。
【0085】
尚、本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、以下に示すような場合にも適用することができる。
すなわち、前述した車両速度推定装置80は、アーティキュレート式のダンプトラック1に適用していたが本発明はこれに限られない。すなわち、リジッド式のダンプトラックにおいても本発明を適用することができるし、ダンプトラックに限らず、ホイールローダのような車輪を備えた建設車両にも適用することができる。
また、前記実施形態では、車両速度推定装置80は、TCS制御の車両速度の推定に用いていたが本発明はこれに限らず、全輪駆動の建設車両のABS制御における車両速度の推定に用いてもよい。
その他、本発明の実施の際の具体的な構造及び形状等は、本発明の目的を達成できる範囲で他の構造等としてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明は、全輪駆動の建設車両のトラクションコントロール装置に利用することができる。
【符号の説明】
【0087】
1…建設車両(ダンプトラック)、4…車輪、7D…加速度検出手段(加速度センサ)、43FL,43FR,43CL,43CR…回転速度検出手段(回転速度センサ)、80…車両速度推定装置、801…参照車輪速度算出手段、802…参照速度算出手段、805…車両速度推定手段、814…車両速度設定手段、815…車両状態判定手段、815A…第1閾値変更部、815B…第2閾値変更部、816…駆動力制御変更手段
【技術分野】
【0001】
本発明は、トラクションコントロール装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、駆動スリップを抑えるために、自動車等の車両には、トラクションコントロール装置等が搭載されることがあり、このトラクションコントロール装置によれば、加速操作や低μ路走行等で駆動スリップが生じると、ブレーキの制動制御やエンジンの駆動力制御を行って、車輪に適切なトラクションを生じさせてスリップが生じるのを防止できることが知られている。
ここで、二輪駆動の自動車にトラクションコントロール装置を搭載した場合には、駆動輪ではない従動輪の回転速度をセンサ等で検出することにより、容易に車両速度の推定を行うことができる。
しかし、四輪駆動車等の全輪駆動の車両では、すべての車輪が駆動輪とされているため、すべての車輪で駆動スリップが生じる場合があり、車輪の回転速度を検出するだけでは、車両速度の推定を正確に行うことが困難であるという問題がある。
【0003】
そこで、このような全輪駆動の車両において、車輪の回転速度センサと、加速度センサとを搭載し、回転速度センサによる各車輪の回転速度に基づいて、参照すべきセレクト車輪を選択し、このセレクト車輪の回転速度と、加速度センサの出力に基づいて、車両速度の推定を行う技術が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−82199号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、前記特許文献1に記載の技術は、スリップの収束を前提としており、その収束の条件は、目標とする車輪速度に各車輪の車輪速度が一定の偏差内に収まることとしている。しかしながら、ダンプトラックのような建設車両にあっては、不整地での走行を前提とし、路面状態は絶えず変化し、どの車輪が滑っている、又は滑りやすい状態にあるかも時々刻々と変化するため、外乱要素が大きく高精度に車両速度を推定することができない。
従って、スリップ状態が継続し、加速度を積分する状態が長時間継続すれば、加速度の誤差も時間とともに累積していき、その結果、推定される車両速度の誤差が大きくなってしまう。
【0006】
車両速度が実際の車両速度よりも過大に推定されると、実際よりもスリップが小さいと判断され、トラクションコントロール装置によるブレーキの制御量は弱くなり、より大きなスリップが発生してしまうという問題がある。
一方、車両速度が実際の車両速度よりも過小に推定されると、実際よりもスリップが大きいと判断され、トラクションコントロール装置によるブレーキの制御量は強くなり、本来出し得る車両速度で走行することができないという問題がある。
すなわち、車両速度の推定が誤った状態で駆動力制御とのバランス状態が続くと適切な駆動力を得られなくなってしまう。
【0007】
本発明の目的は、車両速度の推定にあたり、実際の車両速度との誤差が生じた場合であっても、適切に制御することのできるトラクションコントロール装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るトラクションコントロール装置は、
全輪駆動の建設車両の車両速度を推定するために、各車輪の回転速度を検出する回転速度検出手段、及び、前記回転速度検出手段で検出された回転速度から参照車輪速度を算出する参照車輪速度算出手段を有する車両速度推定装置と、
前記車両速度推定装置で推定された車両速度に基づいて、前記建設車両の駆動力の制御を行う駆動力制御装置とを備えたトラクションコントロール装置であって、
前記駆動力制御装置は、前記回転速度検出手段で検出された回転速度から各車輪のスリップ率を算出し、算出されたスリップ率が一定の目標値に収束するように、前記建設車両の制動機構を制御する制動機構制御手段を備え、
前記車両速度推定装置で推定された前記建設車両の車両速度、及び、前記制動機構制御手段で算出されたスリップ率に基づいて、前記駆動力制御装置による駆動力制御のバランス状態の適否を判定する車両状態判定手段と、
前記車両状態判定手段で判定されたバランス状態が不適であると判定されたら、前記駆動力制御装置による駆動力制御の状態を変更する駆動力制御変更手段とを備えていることを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、車両状態判定手段により、車両速度推定装置によって推定される車両速度と、駆動力制御装置による駆動力制御のバランス状態が不適であると判定されると、駆動力制御変更手段により、駆動力制御の状態が変更されることとなるので、推定される車両速度の誤差の累積を防止することができ、トラクションコントロール装置による適切な制御状態に復帰することができる。
【0010】
本発明では、
前記駆動力制御装置は、前記建設車両の制動機構を制御する制動機構制御手段を備え、
前記制動機構制御手段は、前記回転速度検出手段で検出された回転速度から各車輪のスリップ率を算出し、算出されたスリップ率が一定の目標値に収束するように、前記制動機構の制御を行い、
前記車両状態判定手段は、
前記制動機構制御手段で算出されたスリップ率が前記目標値よりも大きく、かつ一定の閾値以上の状態が一定時間経過しているときに、バランス状態が不適であると判定するのが好ましい。
【0011】
この発明によれば、トラクションコントロール装置による制御中、制動機構制御手段による制動機構の制御を行い、スリップ率を目標値に収束させるようにしているので、スリップ率が一定の閾値以上の状態で一定時間経過しても変化していないとすれば、車両速度の推定が誤っており、推定された車両速度に基づく制動機構の制御が誤った状態でバランスしているものと判断される。このような場合、駆動力制御変更手段による駆動力制御状態の変更によって、誤ったバランス状態を回避して、トラクションコントロール装置を適切な制御状態に復帰させることができる。
【0012】
本発明では、
前記車両状態判定手段は、
前記制動機構制御手段による前記制動機構の制動制御量が一定の閾値以上にあり、かつ一定の閾値以上の状態が一定時間以上経過しているときに、バランス状態が不適であると判定するのが好ましい。
【0013】
この発明によれば、トラクションコントロール装置による制御中、制動機構の制動制御量が一定の閾値以上の状態にあり、その状態が一定時間以上経過しても復帰しないというのは、車両速度の推定が誤った状態であり、駆動力制御とのバランス状態が不適切であると考えられるため、駆動力制御変更手段による駆動力制御状態の変更によって、誤ったバランス状態を回避して、トラクションコントロール装置を適切な制御状態に復帰させることができる。
【0014】
本発明では、
前記車両状態判定手段は、
前記制動機構制御手段で算出される左右の車輪のスリップ率がともに一定の閾値以下であり、かつ前記制動機構制御手段による前記制動機構の制動制御量が一定の閾値以上であり、その状態が一定時間経過しているときに、バランス状態が不適であると判定するのが好ましい。
【0015】
この発明によれば、スリップ率が一定の閾値以下であり、かつ制動制御量が一定の閾値以上の状態が一定時間経過するということは、車速推定が誤っていると考えられるため、駆動力制御変更手段による駆動力制御状態の変更によって、誤ったバランス状態を回避して、トラクションコントロール装置を適切な制御状態に復帰させることができる。
【0016】
本発明では、
前記建設車両は、アーティキュレート式のダンプトラックであり、
前記建設車両のアーティキュレート角を検出するアーティキュレート角検出手段を備え、
前記車両状態判定手段は、
検出されたアーティキュレート角に応じて、前記スリップ率の閾値、前記制動制御量の閾値、及び、判定のための経過時間のうち、少なくともいずれかを変更する第1閾値変更部を備えているのが好ましい。
【0017】
この発明によれば、車両状態判定手段が第1閾値変更部を備えていることにより、アーティキュレート角として検出される建設車両のステアリングの切り角に応じて各種閾値、判定のための経過時間が変更されるため、車両状態判定手段は、運転状況に応じてバランス状態の判定を行うことができる。
【0018】
本発明では、
前記建設車両は、アーティキュレート式のダンプトラックであり、
前記建設車両のアーティキュレート角を検出するアーティキュレート角検出手段を備え、
前記車両状態判定手段は、
検出されたアーティキュレート角の単位時間あたりの変化量に応じて、前記スリップ率の閾値、前記制動制御量の閾値、及び、判定のための経過時間のうち、少なくともいずれかを変更する第2閾値変更部を備えているのが好ましい。
【0019】
この発明によれば、車両状態判定手段が第2閾値変更部を備えていることにより、アーティキュレート角の単位時間あたりの変化量として検出される建設車両のステアリング操作速度に応じて、各種閾値、判定のための経過時間が変更されるため、同様に、運転状態に応じたバランス状態の判定を行うことができる。
【0020】
本発明では、
前記車両状態判定手段は、前記制動機構制御手段による制動制御量が、
左右の車輪ともに、一定の閾値以上であること、
左右の車輪の制御量の合計値が一定の閾値以上であること、
全輪全ての制御量の合計値が一定の閾値以上であること、
走行方向前方に配置されるフロント車輪の左右の車輪のうち、大きな方の制動制御量と、フロント車輪よりも後方側に配置され、制動機構により制動される車輪の左右の車輪のうち、大きな方の制動制御量との合計値が一定の閾値以上であること、
の少なくともいずれかを満たすことを条件として、バランス状態が不適であると判定するのが好ましい。
【0021】
この発明によれば、前述した条件の場合には、制動機構制御手段による制動制御量が、過大であると判定できるため、駆動力制御変更手段による駆動力制御状態の変更によって、誤ったバランス状態を回避して、トラクションコントロール装置を適切な制御状態に復帰させることができる。
【0022】
本発明では、
前記駆動力制御変更手段は、
前記車両速度推定装置により推定される車両速度を、前記参照車輪速度算出手段で算出された参照車輪速度に設定することにより、駆動力制御を変更するのが好ましい。
この発明によれば、車両状態判定手段でバランス状態が不適切であると判定されたら、駆動力制御変更手段が、推定される車両速度を、参照車輪速度算出手段で算出された参照車輪速度に設定することにより、推定される車両速度を上げることとなるので、計算上のスリップ率が減少し、制動機構制御手段による制動制御量を弱めることができる。
【0023】
本発明では、
前記駆動力制御変更手段は、
前記駆動力制御装置による制御を解除することにより、駆動力制御を変更するのが好ましい。
この発明によれば、車両状態判定手段でバランス状態が不適切であると判定されたら、駆動力制御変更手段が、駆動力制御装置による制御を解除することとなるので、トラクションコントロール装置による不適切な制御を回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施形態に係る建設車両の構成を示す模式図。
【図2】前記実施形態における建設車両の油圧回路図。
【図3】前記実施形態におけるTCSコントローラの機能ブロック図
【図4】前記実施形態における車両速度推定装置の機能ブロック図。
【図5】前記実施形態における車両速度推定手段の機能ブロック図。
【図6】前記実施形態の作用を説明するためのフローチャート。
【図7】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図8】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図9】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図10】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図11】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図12】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図13】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図14】前記実施形態における車両状態判定処理を説明するためのフローチャート。
【図15】前記実施形態における加速度加減速成分の積分処理の手順を表すフローチャート。
【図16】前記実施形態における車両速度推定手段による車両速度の推定の処理を説明するためのフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
〔1〕ダンプトラック1の構成
図1には、本発明の実施形態に係るダンプトラック1が示されている。ダンプトラック1は、前後に独立した車体フレームを有するアーティキュレート式であり、ダンプトラック1を構成する車両本体は、エンジン1A、変速機1B、差動機構1C〜1F、および差動調整機構1CAを備えている。エンジン1Aの出力は、エンジンコントローラ2により制御され、変速機1Bに伝達される。変速機1Bは、図示しないトルクコンバータを備えて構成され、変速機コントローラ3により変速機1Bの変速制御が行われる。
そして、エンジン1Aから変速機1Bに伝えられた回転駆動力は、差動機構1C〜1Fを経て全車輪4を回転させ、路面に伝達される。
【0026】
ここで、差動機構1Cは、差動調整機構1CAを備えており、差動機構1Cにおける差動は、差動調整機構1CAにより拘束できるようになっている。また、差動機構1D、1Eは、左右輪の差動のみを許容するように構成されており、このため、差動機構1Eは、前後輪の差動は許容されないいわゆる直結状態となっている。
【0027】
このような車両本体の車輪4の部分には、フロントブレーキ41及びセンタブレーキ42が設けられ、フロントブレーキ41およびセンタブレーキ42は、ブレーキ油圧回路5およびTCS制御用油圧回路6に油圧接続されている(図2参照)。
そして、制動機構は、フロントブレーキ41、センタブレーキ42、ブレーキ油圧回路5、およびTCS制御用油圧回路6を備えて構成される(図2参照)。
【0028】
また、詳しくは後述するが、各車輪4には、車輪4の回転速度を検出するための回転速度センサ(回転速度検出手段)43FL,43FR,43CL,43CRが設けられている。各回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRで検出された回転速度信号は、TCSコントローラ7に電気信号として出力される。
さらに、このTCSコントローラ7には、ダンプトラック1のアーティキュレート角(屈折角)を検出するアーティキュレート角センサ7Aと、ダンプトラック1の前後方向に作用する加速度を検出する加速度センサ(加速度検出手段)7Dが設けられており、アーティキュレート角センサ7Aで検出されたアーティキュレート角、および加速度センサ7Dで検出された加速度は、TCSコントローラ7に電気信号として出力される。
また、TCSコントローラ7には、TCS制御をキャンセルするためのTCSシステムスイッチ7Bが電気的に接続されている。
【0029】
TCSコントローラ7は、油圧回路5,6を介してフロントブレーキ41およびセンタブレーキ42のブレーキトルクを制御するとともに、差動調整機構1CAの差動拘束力を調整するインタアクスルデフ制御を行う。また、TCSコントローラ7は、リターダ制御用のコントローラも兼ねており、リターダ速度設定用のリターダ操作レバー7Cからの操作信号に基づいて、リターダ制御を行う。
【0030】
〔2〕ブレーキ油圧回路5の構成
図2には、ダンプトラック1のブレーキ油圧回路5が示されている。ここで、フロントブレーキ41およびセンタブレーキ42は、多板ブレーキ411,421およびスラックアジャスタ412,422を備えて構成され、スラックアジャスタ412,422が、ブレーキ油圧回路5およびTCS制御用油圧回路6に油圧接続されている。
フロントブレーキ41及びセンタブレーキ42は、全て油圧によって制御され、ブレーキ油圧回路5から圧油が出力されると、TCS制御用油圧回路6を介してフロントブレーキ41及びセンタブレーキ42の各部位に圧油が供給され、各部位は油圧によって動作する。
また、スラックアジャスタ412,422は、フロントブレーキ41及びセンタブレーキ42の摩耗により生じた隙間を自動的に調整する装置である。
【0031】
このブレーキ油圧回路5は、油圧供給系51、フート式ブレーキ弁52、駐車ブレーキ弁53を備えて構成される。
油圧供給系51は、油圧源として複数の油圧アキュムレータ511,512,513、油圧ポンプ514、及びタンク515を備え、これら油圧アキュムレータ511,512,513の圧油がTCS制御用油圧回路6を経て、フロントブレーキ41およびセンタブレーキ42に送られてそれぞれ車輪4を制動している。
油圧アキュムレータ511,512,513は、駆動源となるエンジン1Aによって駆動される油圧ポンプ514でタンク515内の作動油を昇圧し、この油圧ポンプ514の圧油を受けて所定の圧力を蓄圧する。そして、所定の圧力に到達すると、油圧ポンプ514及び油圧アキュムレータ513の間に設けられるアンロード装置516で油圧ポンプ514からの圧油をアンロードする。
【0032】
フート式ブレーキ弁52は、フロント車輪用ブレーキ弁521とセンタ車輪用ブレーキ弁522で構成され、ブレーキペダル523が操作されると、フロント車輪用ブレーキ弁521がフロントブレーキ41に、センタ車輪用ブレーキ弁522がセンタブレーキ42に、それぞれ油圧アキュムレータ511,512の圧油を送って制動している。
具体的には、ブレーキペダル523が操作されてフロント車輪用ブレーキ弁521のスプールのポジションが変更され、油圧アキュムレータ511の圧油がフロント車輪用ブレーキ弁521から出力される。この圧油は、TCS制御用油圧回路6のフロント車輪用油圧回路61を介してフロントブレーキ41に供給され、フロントブレーキ41による制動が行われる。
さらに詳細には、フロント車輪用ブレーキ弁521から出力される圧油は、シャトル弁614,615を介して左右のフロントブレーキ41にほぼ左右同じ圧力で作用することとなり、左右同じ制動を行う。
また、センタ車輪用ブレーキ弁522から出力される圧油は、シャトル弁624,625を介して左右のセンタブレーキ42にほぼ左右同じ圧力で作用することとなり、左右同じ制動を行う。
この際、センタ車輪用ブレーキ弁522のスプールのポジションも同時に変更され、油圧アキュムレータ512の圧油がセンタ車輪用ブレーキ弁522から出力さる。この圧油は、センタ車輪用油圧回路62を介してセンタブレーキ42に供給され、センタブレーキ42による制動が行われる。
【0033】
駐車ブレーキ弁53は、パーキングブレーキ54を操作する弁であり、ソレノイド531及びばね部532を備えて構成される。この駐車ブレーキ弁53は、図示を略した運転室内の駐車用スイッチが駐車位置に切り替えられると、ソレノイド531によってポジションが切り替えられ、油圧アキュムレータ513の圧油を、パーキングブレーキ54のシリンダ室541に供給し、駐車制動圧を高くしている。これにより、駐車時には制動状態を保持させる。
尚、パーキングブレーキ54は、図2において左上方に設けられているが、実際にはフロントブレーキ41又はセンタブレーキ42と並列に、又は駆動力を伝達するドライブシャフトに併設するブレーキ装置に設けられる。
【0034】
走行時、この駐車ブレーキ弁53は、図示しない駐車用スイッチが走行位置に切換えられることにより、油圧アキュムレータ513からの圧油を遮断するポジションに移動し、パーキングブレーキ54内のシリンダ室541の圧油を、油圧供給系51のタンク515に戻して駐車制動圧をゼロにしている。これにより走行時には、車両は走行可能な状態となる。
【0035】
〔3〕TCS制御用油圧回路6の構造
図2に示されるように、ブレーキ油圧回路5からフロントブレーキ41及びセンタブレーキ42に至る油圧回路途中には、TCS制御用油圧回路6が設けられており、このTCS制御用油圧回路6は、フロント車輪用油圧回路61及びセンタ車輪用油圧回路62を備えて構成される。
【0036】
フロント車輪用油圧回路61は、フロントブレーキ41のTCS制御を行う油圧回路として構成され、フロント車輪用TCS切替弁611、2つの電磁式比例制御弁612,613、2つのシャトル弁614,615および圧力センサ616,617を備えて構成される。
フロント車輪用TCS切替弁611は、当該切替弁611を構成するソレノイド611Aに、TCSコントローラ7からの電気信号を出力することにより、フロントブレーキ41側のTCSブレーキ制御を実施するか否かを切り替えることができる。
【0037】
電磁式比例制御弁612,613は、基端がフロント車輪用TCS切替弁611の出力側に接続される配管ライン途中で分岐した配管ラインにそれぞれ設けられ、TCS制御時にフロントブレーキ41のブレーキ圧を制御する制御弁である。尚、電磁式比例制御弁612は、フロントブレーキ41の左側への圧油供給の制御を行う弁であり、電磁式比例制御弁613は、フロントブレーキ41の右側への圧油供給の制御を行う弁である。
各電磁式比例制御弁612,613は、ソレノイド612A,613Aによって開度調整され、減圧されて排出された作動油の一部は、前述した油圧供給系51のタンク515に戻される。
【0038】
シャトル弁614,615は、電磁式比例制御弁612,613の出力側に設けられ、一方の入力は、電磁式比例制御弁612,613の出力に接続されているが、他方の入力は、お互いのシャトル弁614,615の入力同士を連絡する配管で接続されている。この配管途中には、フロント車輪用ブレーキ弁521の出力配管が接続されている。
圧力センサ616,617は、シャトル弁614,615および電磁式比例制御弁612,613間の配管途中に設けられ、フロントブレーキ41のブレーキ圧を検出し、検出された信号を電気信号としてTCSコントローラ7に出力する。尚、圧力センサ616,617は、シャトル弁614,615,624,625及びスラックアジャスタ412、422間の配管途中に設けてもよい。
【0039】
センタ車輪用油圧回路62は、センタブレーキ42のTCS制御を行う油圧回路として構成され、フロント車輪用油圧回路61と同様に、センタ車輪用TCS切替弁621、2つの電磁式比例制御弁622,623、2つのシャトル弁624,625、および圧力センサ626,627を備えている。
電磁式比例制御弁622,623には、ソレノイド622A,623Aが設けられ、各電磁式比例制御弁622,623は、TCSコントローラ7から出力された電気信号に基づいて開度が調整される。
【0040】
また、センタ車輪用TCS切替弁621にもソレノイド621Aが設けられており、センタ車輪用TCS切替弁621は、同様にTCSコントローラ7から出力された電気信号に基づいて、センタブレーキ42側のTCSの動作可否を切り替える。
【0041】
このようなTCS制御用油圧回路6は、前述したフロント車輪用油圧回路61、センタ車輪用油圧回路62を構成する各弁のポジションを変更することにより、TCSとして機能する。
図2において、フロント車輪用TCS切替弁611のスプールが上側のポジションにある場合、及び、センタ車輪用TCS切替弁621のスプールが上側のポジションにある場合には、TCS機能は遮断されている。
【0042】
一方、図2において、フロント車輪用TCS切替弁611のスプールが下側のポジションにある場合、及び、センタ車輪用TCS切替弁621のスプールが下側のポジションにある場合には、TCS機能が有効に作動する。
この場合、フロント車輪用油圧回路61では、フロント車輪用TCS切替弁611から出力された圧油は、電磁式比例制御弁612,613に供給され、TCSコントローラ7からの電気信号に応じて電磁式比例制御弁612,613の開度が調整され、電磁式比例制御弁612,613から出力された圧油は、シャトル弁614,615を経由してフロントブレーキ41に供給される。
【0043】
また、センタ車輪用油圧回路62では、センタ車輪用TCS切替弁621から出力された圧油は、電磁式比例制御弁622,623に供給され、電磁式比例制御弁622,623から出力された圧油は、シャトル弁624,625を経由してセンタブレーキ42に供給される。
この際、詳しくは後述するが、TCSコントローラ7では、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRで検出される車輪4の回転速度を監視し、各車輪4のスリップ率の状態に応じて、ソレノイド612A,613A,622A,623Aへの電気信号を出力する。これにより、各電磁式比例制御弁612,613,622,623の開度を調整し、フロントブレーキ41及びセンタブレーキ42の制動力を調整する。このように、TCSコントローラ7は、各車輪4の駆動力を最適な値に調整し、かつ旋回走行時のコーストレース性も確保できるような制御を実行する。
【0044】
なお、ブレーキペダル523が操作された場合には、フロント側では、フロント車輪用ブレーキ弁521から出力された圧油は、シャトル弁614,615を経て、フロントブレーキ41に供給され、ブレーキペダル523の踏み込み量に応じて制動力が増す通常のブレーキとして動作する。また、リア側も、センタ車輪用ブレーキ弁522から出力された圧油が、シャトル弁624,625を経てセンタブレーキ42に供給され、同様に通常のブレーキとして機能する。
そして、電磁式比例制御弁612,613,622,623は、リターダ制御用の制御弁としても用いられ、TCSコントローラ7からのリターダ指令信号に従って、各電磁式比例制御弁612,613,622,623の開度が調整される。
【0045】
〔4〕TCSコントローラ7の構成
図3には、前述したTCS制御を行うTCSコントローラ7の構成が示されている。
TCSコントローラ7は、記憶装置としてのメモリ71及び演算処理装置72を備えている。
メモリ71には、演算処理装置72上で動作するプログラムの他、TCSスライディングモード制御用のマップ等が格納され、演算処理装置72からの要求に応じて読み出されるようになっている。
【0046】
演算処理装置72の入力側には、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CR、アーティキュレート角センサ7A、TCSシステムスイッチ7B、リターダ操作レバー7C、加速度センサ7D、および圧力センサ616,617,626,627が接続されている。
このうち、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRおよび加速度センサ7Dは、LPF(Low Pass Filter)73、74を介して演算処理装置72に接続されており、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRから出力された回転速度信号、および加速度センサ7Dから出力された加速度信号は、外乱等の高周波成分が取り除かれた状態で、各車輪4の回転速度ωfl,ωfr,ωcl,ωcr、ダンプトラック1の走行方向に作用する加速度として演算処理装置72に入力する。
【0047】
一方、演算処理装置72の出力側には、TCS切替弁611,621のソレノイド611A,621A、およびTCS制御用油圧回路6の電磁式比例制御弁612,613,622,623のソレノイド612A,613A,622A,623Aが電気的に接続されている。
また、演算処理装置72は、エンジンコントローラ2および変速機コントローラ3と電気的に接続されており、それぞれが互いの間で情報を交換することができるように構成されている。これにより、演算処理装置72は、エンジンコントローラ2からのエンジンの出力トルク値や、変速機コントローラ3からの変速段情報およびロックアップ情報など、TCS制御やインタアクスルデフ制御に必要な各種情報をエンジンコントローラ2および変速機コントローラ3から取得することができる。
【0048】
このような演算処理装置72は、車両速度推定装置80、制御許可判定手段81、制御開始判定手段82、制御終了判定手段83、制動機構制御手段84、差動調整機構制御手段85、およびリターダ制御手段86を備えている。
尚、制動機構制御手段84及び差動調整機構制御手段85は、本願の駆動制御装置を構成する。
制御許可判定手段81は、TCS制御が許可される状態にあるか否かを判定する。具体的に、制御許可判定手段81は、TCSシステムスイッチ7Bの操作状況、ブレーキペダル523の操作状況、変速機1Bの変速段情報、リターダ制御の制御状況、および図示しないアクセルペダルの操作状況に基づいて、TCS制御を許可できる状態にあるか否かを判定する。
【0049】
制御開始判定手段82は、TCSのブレーキ制御の開始条件が満たされたか否かを判断する部分であり、開始条件の判断は、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRで検出された各車輪4の回転速度信号に基づいて行われる。具体的には、制御開始判定手段82は、左右の車輪の回転速度差、前後の車輪の回転速度差が、メモリ71内に記憶された所定の閾値以上となった場合に、TCS制御およびインタアクスルデフ制御の少なくともいずれかを開始する判断を行う。
制御終了判定手段83は、TCS制御およびインタアクスルデフ制御の終了を判定する部分である。本実施形態において、制御終了判定手段83は、制動機構制御手段84で求められる各車輪4の制御偏差を参照して、フロント車輪4のブレーキ制御、センタ車輪4のブレーキ制御、およびインタアクスルデフ制御の終了判定を行う。
【0050】
制動機構制御手段84は、TCSの制御指令の生成および出力を行う部分である。制御指令の生成は、後述する車両速度推定装置80で推定されたダンプトラック1の車両速度Vと、車輪4の半径r、各車輪4の回転速度ωfl,ωfr,ωcl,ωcrに基づいて、以下の式(1)により、各車輪4の実スリップ率λを算出する。
λ=(rω−V)/rω …(1)
次に、制動機構制御手段84では、メモリ71内に記憶された車輪4ごとの基準目標スリップ率ηsと、アーティキュレート角センサ7Aで検出されるアーティキュレート角に応じて設定された補正目標スリップ率ηaを用いて、以下の式(2)に基づいて、目標スリップ率ηを算出する。
η=ηs+ηa …(2)
【0051】
そして、制動機構制御手段84は、算出された実スリップ率λ、目標スリップ率ηから、以下の式(3)に基づいて、制御偏差Sを算出する。
S=λ−η …(3)
次に、制動機構制御手段84は、エンジンコントローラ2から送信されるエンジンの出力トルク、変速機コントローラ3から送信される変速段情報、およびメモリ71に予め記憶されているダンプトラック1の諸元データに基づいて、車輪4から路面に伝達される力であるトラクションフォースを推定する。
そして、制動機構制御手段84は、算出される制御偏差Sと、推定されるトラクションフォースとから、ダンプトラック1の車両モデルに、スライディングモード制御の制御則を適用することで、TCS制御用油圧回路6のソレノイド611A,612A,613A,621A,622A,623Aに対する制御信号を生成出力することにより、各車輪4の制動力の制御を行う。
【0052】
差動調整機構制御手段85は、差動機構1Cの差動拘束力を制御するための制御指令を生成し、生成した制御指令を差動調整機構1CAに出力する。すなわち、差動調整機構制御手段85は、制御開始判定手段82によりインタアクスルデフ制御を行うと判定された場合は、差動機構1Cの差動を拘束する制御指令を生成し、差動調整機構1CAに出力する。
リターダ制御手段86は、ダンプトラック1のペイロード、加速度センサ7Dで検出される勾配条件等の情報に基づいて、定速走行制御を実現する部分であり、リターダ操作レバー7Cがオンになっている場合には、ソレノイド611A,612A,613A,621A,622A,623Aへの制御指令を生成出力し、フロントブレーキ41及びセンタブレーキ42の制動制御を行うことにより、定速走行制御を行う。
【0053】
〔5〕車両速度推定装置80の構成
図4には、車両速度推定装置80の詳細構成が示されている。この車両速度推定装置80は、参照車輪速度算出手段801と、参照速度算出手段802と、車両速度推定手段805とを備えている。
参照車輪速度算出手段801は、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRで検出された各車輪4の回転速度ωfl,ωfr,ωcl,ωcrのうち、最も回転速度の小さな車輪4の回転速度ωminを選択し、選択された回転速度ωminの信号を、LPF73で高周波成分を除去した後、車輪4の半径rを用いて、下記式(4)に基づいて参照車輪速度Vre1を算出する。
Vre1=r×ωmin …(4)
最も回転速度の小さな車輪4の回転速度ωを選択するのは、当該車輪4がダンプトラック1のすべての車輪4の中で最もスリップの少ない状態にあると考えられるからである。
【0054】
参照速度算出手段802は、LPF74を介して入力される加速度フィルタ値から、参照速度Vre2を算出する部分である。具体的には、参照速度算出手段802は、ダンプトラック1の走行中に入力される加速度フィルタ値を加速度加減速成分として算出し、ダンプトラック1の走行状態に応じて、前回の推定車両速度Vに加速度加減速成分の積分値を加え、新たな推定車両速度Vの候補となる参照速度Vre2を設定する。尚、詳しくは後述するが、参照速度算出手段802は、加速度加減速成分が0未満であり、変速機1Bがロックアップの解除状態にある条件では、TCS制御によりブレーキ指令が増し、さらに減速することを防止するために、積分処理を行わず、前回の推定車両速度Vを参照速度Vre2として設定する。
【0055】
車両速度推定手段805は、参照車輪速度算出手段801で算出された参照車輪速度Vre1、および参照速度算出手段802で算出された参照速度Vre2に基づいて、最終的に制動機構制御手段84のTCS制御における式(1)で用いる車両速度Vを推定する部分である。
車両速度推定手段805は、図5に示されるように、車両速度設定手段814、車両状態判定手段815、及び駆動力制御変更手段816を備えて構成される。
車両速度設定手段814は、入力される参照速度Vre2、参照車輪速度Vre1に基づいて、最終的に車両速度Vを設定する部分である。
また、車両速度設定手段814は、参照速度算出手段802で算出された参照速度Vre2の過大、過小を判断し、参照速度Vre2が誤っていると判断される場合には、車両速度Vを参照車輪速度Vre1と推定する。詳しくは後述するが、ダンプトラック1の走行状態に応じて車両速度Vは、次の表1に示されるように推定される。
【0056】
【表1】
【0057】
車両状態判定手段815は、車両速度設定手段814で算出された推定車両速度Vと、制動機構制御手段84による制動制御とのバランス状態を判定する部分であり、第1閾値変更部815A及び第2閾値変更部815Bを備える。
車両状態判定手段815は、詳しくは後述するが、制動機構制御手段84において、前述した式(1)乃至式(3)で算出された制御偏差Sが所定の範囲に収まっているか否か、制動機構制御手段84から出力される制動制御量が所定の閾値以上となっているか否か、及びこれらが維持された状態が一定時間経過しているかに基づいて、車両速度設定手段814で推定された車両速度Vと、制動機構制御手段84による制動制御のバランス状態が適切であるか否かを判定する部分である。
【0058】
第1閾値変更部815Aは、車両状態判定手段815におけるバランス状態の閾値判定に際して、アーティキュレート角センサ7Aから出力されたアーティキュレート角の大きさが、例えば20°を超えるか否かで、前述した制御偏差Sの閾値、制動制御量の閾値、及び判定のための経過時間設定を変更する部分である。
第2閾値変更部815Bは、車両状態判定手段815におけるバランス状態の閾値判定に際して、アーティキュレート角センサ7Aから出力されたアーティキュレート角信号の単位時間あたりの変化量が、例えば10°/secを超えるか否かで、前述した制御偏差Sの範囲、制動制御量の閾値、及び判定のための経過時間設定を変更する部分である。
【0059】
駆動力制御変更手段816は、車両状態判定手段815における判定によって、推定される車両速度Vと、制動制御量とがバランスしておらず、不適切な状態が維持されていると判定されたら、制動機構制御手段84による制動制御を変更する部分であり、詳しくは、バランス状態が不適切であった場合、TCSコントローラ7によるTCS制御を解除する解除信号を、制御終了判定手段83に出力する。また、V=Vre1信号を、制動機構制御手段84又は車両速度設定手段814に出力する。
【0060】
〔6〕車両速度推定装置80の作用及び効果
次に、前述した車両速度推定装置80の作用を図6乃至図16に基づいて説明する。
前述した車両速度推定装置80では、図6に示されるように、種々のデータを入力する入力処理S1、参照車輪速度算出処理S2、加速度信号フィルタ処理S3、車両状態判定処理S4、加速度加減速成分積分処理S6、及び参照速度修正処理S8を経て、ダンプトラック1の車両速度の推定を行っている。各処理S1〜S8について詳述する。尚、処理S1〜S8は、所定の周期で繰り返される。
【0061】
(6-1)入力処理S1
車両速度推定装置80で車両速度を推定するために、ダンプトラック1の種々の状態データを車両速度推定装置80に入力する処理である。具体的には車両速度推定装置80には、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRからの回転速度、TCS制御が制御中であるか否かのフラグ情報、ロックアップ切替がされているか否かのフラグ情報、アクセル操作がオンであるかオフであるかのフラグ情報、および左右輪の回転偏差が生じているか否かのフラグ情報が入力される。
【0062】
(6-2)参照車輪速度算出処理S2
参照車輪速度算出処理S2は、参照車輪速度算出手段801により実施される。具体的には、まず、参照車輪速度算出手段801は、回転速度センサ43FL,43FR,43CL,43CRから入力する各車輪4の回転速度ωfl,ωfr,ωcl,ωcrから、最大の回転速度ωmax、最小の回転速度ωminを選択し、前記式(4)に基づいて、最大の参照車輪速度、最小の参照車輪速度を算出する。
次に、参照車輪速度算出手段801は、最大の参照車輪速度から最小の参照車輪速度の差分をとって各車輪4の参照車輪速度のバラツキを算出する。
最後に、参照車輪速度算出手段801は、最小の参照車輪速度を参照車輪速度Vre1として選択する。
(6-3)加速度信号フィルタ処理S3
加速度信号フィルタ処理S3は、加速度センサ7Dから出力された加速度信号にLPF74でフィルタ処理を行って、ノイズ、車両の揺れ成分等を取り除いた後、フィルタ処理がされた加速度フィルタ値を車両速度推定装置80に出力する。
【0063】
(6-4)車両状態判定処理S4
車両状態判定処理S4は、車両速度推定手段805における車両状態判定手段815によって行われ、図7に示されるように、ダンプトラック1の停車、後進時の判定処理S41、車速誤推定第1判定処理S42、車速誤推定第2判定処理S43、ロックアップ判定処理S44、制御キャンセル判定処理S45、変速判定処理S46、前後回転速度差判定処理S47を行う。
停車、後進時の判定処理S41では、最大の参照車輪速度が0以下で、アクセル操作がオフの場合停車であると判定し、本実施形態における車速推定がダンプトラック1の前進方向を正に設定しているため、ダンプトラック1の速度段がR1又はR2に設定されている場合には、後進であると判定し、加速度計フィルタ値の正負を逆転させる。
【0064】
車速誤推定第1判定処理S42は、図8のフローチャートに示されるように、処理S420〜処理S424において、制動機構制御手段84で算出された制御偏差Sの値に応じてカウンタ1〜カウンタ5の値をインクリメントしたり、クリアすることによって、制御偏差Sの値が一定の範囲の状態で一定時間経過しているか否かを判定する。
具体的には、処理S420では、各車輪4の制御偏差Sが0.05〜0.2の範囲内にあるか否かを判定する。判定は、図9のフローチャートに示されるように、前後、左右のいずれかの車輪4を選択し(処理T1)、選択された車輪4の制御偏差Sの値が、処理S420〜処理S424のそれぞれで設定された制御偏差Sの範囲に入っているか否かを判定する(処理T2)。
【0065】
例えば、前方左側の車輪4の制御偏差Sの値が処理S420におけるS=0.05〜0.2の範囲に入っている場合には、カウンタ1をインクリメントし(処理T3)、入っていない場合には、カウンタ1をクリアし(処理T4)、全ての車輪4についての制御偏差Sの値の判定を終了するまで繰り返す(処理T5)。
以後、同様に、処理S421では、各車輪4の制御偏差Sの値が0.125〜0.275の範囲に入っている場合にはカウンタ2をインクリメントし、入っていない場合には、カウンタ2をクリアする。
さらに、処理S422では、各車輪4の制御偏差Sが0.2〜0.35の範囲に入っているか否かでカウンタ3をインクリメント又はクリアし、処理S423では、各車輪4の制御偏差Sが0.275〜0.425の範囲に入っているか否かでカウンタ4をインクリメント又はクリアし、処理S424では、各車輪4の制御偏差Sが0.35〜0.5の範囲に入っているか否かでカウンタ5をインクリメント又はクリアする。
【0066】
以上の制御偏差Sの判定処理が終了したら、車両状態判定手段815は、各車輪4のカウンタ1〜カウンタ5の値のいずれかが、例えば400(4秒)よりも大きいか否かを判定し(処理S425)、大きい場合には、スリップ率が本来の目標値よりも大きくかつ一定時間(4秒)以上その状態が続いており、車両速度設定手段814で設定された車両速度Vが実際の車両速度と異なっていると判定し、第1誤推定フラグをオン(ON)に設定し(処理S426)、処理を終了する。
【0067】
一方、各車輪4のカウンタ1〜カウンタ5の値のいずれも400以下であると判定されたら、車両状態判定手段815は、車両速度設定手段814で設定された車両速度Vは正しいものと判断して、第1誤推定フラグをオフ(OFF)に設定し(処理S427)、処理を終了する。
【0068】
図7に戻って、処理S42における車両速度誤推定第1判定処理が終了したら、車両状態判定手段815は、車両速度誤推定第2判定処理を行う。
車両速度誤推定第2判定処理S43は、図10のフローチャートに示される処理が行われ、制御偏差が小さく、制動制御量が大きい状態で一定時間経過している場合には、車両速度設定手段814で設定された車両速度Vが誤っている可能性が高いので、これを判定する。
【0069】
まず、車両状態判定手段815は、センタの左右の車輪4の双方の制動制御量が一定の閾値K1以上であり、かつセンタの左右の車輪4の制御偏差Sの値が0.1未満であるか、又はアーティキュレート角センサ7Aで検出されたアーティキュレート角が20°を超えているか否かを判定する(処理S430)。
上記条件に該当する場合、車両状態判定手段815は、センタ用カウンタをインクリメントし(処理S431)、該当しない場合、センタ用カウンタをクリアする(処理S432)。
続けて、車両状態判定手段815は、アーティキュレート角が20°を超えるか否かを判定する(処理S433)。
【0070】
アーティキュレート角が20°を超えると判定されたら、車両状態判定手段815は、センタ用カウンタが、例えば100(1秒)を超えるか否かを判定し(処理S434)、超えている場合には、アーティキュレート角が大きく旋回中であり、旋回による内外輪差が生じるために、車両速度Vの推定が誤り易いため、第2誤推定フラグをオンに設定し(処理S435)、超えていない場合には、第2誤推定フラグをオフに設定し(処理S436)、処理を終了する。
アーティキュレート角が20°以下であると判定されたら、車両状態判定手段815は、センタ用カウンタが、例えば300(3秒)を超えるか否かを判定し(処理S437)、超えている場合には、第2誤推定フラグをオンに設定し(処理S438)、超えていない場合には、第2誤推定フラグをオフに設定し(処理S439)、処理を終了する。
【0071】
図7に戻り、以上の車両速度誤推定第2判定処理S43が終了したら、車両状態判定手段815は、ロックアップ判定処理S44を行う。ロックアップ判定処理S44は、速度段指令がニュートラル以外の時に、ロックアップの状態を判定する処理であり、ロックアップの解除の指令が出力されてから一定時間は、切換フラグ情報をオンの状態とし、それ以外の場合をオフであると判定する。
【0072】
ロックアップ判定処理S44が終了したら、車両状態判定手段815は、TCS制御をキャンセルするか否かを判定する制御キャンセル判定処理S45を行う。
制御キャンセル判定処理S45は、図11のフローチャートに示されるように、フロント車輪4のカウンタ処理S450、センタ車輪4のカウンタ処理S451、フロント・センタの制動制御量合計値判定カウンタ処理S452、及び制御キャンセルフラグ・制御中判定キャンセルフラグの決定処理S453を順次実行していく。
【0073】
フロント車輪4のカウンタ処理S450は、図12のフローチャートに示される処理T6〜処理T10を実行する。
まず、車両状態判定手段815は、左右のフロント車輪4の制動制御量が所定の閾値以上、左右のフロント車輪の制御偏差Sが0.1未満、又はアーティキュレート角が20°を超えているか、及びアーティキュレート角の単位時間あたりの変化が10°/secを超えるか否かを判定する(処理T6)。
すべての条件を満たしていると判定されたら、車両状態判定手段815は、フロントカウンタのインクリメントを行い、フロントディレイカウンタの値を0に設定する(処理T7)。
【0074】
いずれかの条件が外れた場合、車両状態判定手段815は、フロントディレイカウンタをインクリメントし(処理T8)、フロントディレイカウンタが100(1秒)を超すか否かを判定し(処理T9)、100を超えていない場合は処理を終了する。
フロントディレイカウンタが100を超えている場合には、車両状態判定手段815は、フロントカウンタを0に設定するとともに、フロントディレイカウンタを101に設定し(処理T10)、処理を終了する。
センタ車輪4のカウンタ処理S451も上記と同様の手順でセンタカウンタの値、センタディレイカウンタの値を設定し、処理を終了する。
【0075】
次に、車両状態判定手段815は、フロント・センタの制動制御量合計値判定カウンタ処理S452を実行するが、具体的には、図13のフローチャートに示される処理を実行する。
車両状態判定手段815は、制動機構制御手段84から出力される各車輪4の制動制御量を取得し、制動制御量の合計値を算出する(処理T11)。算出は、フロント左右の車輪4の制動制御量のうち大きい方の制動制御量と、センタ左右の車輪4の制動制御量のうち大きい方の制動制御量とを合算することで行われる。
車両状態判定手段815は、制動制御量の合計値が所定の閾値以上であるか否かを判定し(処理T12)、所定の閾値以上であると判定されたら、制動制御量合計カウンタのインクリメントを行い(処理T13)、そうでない場合は、制動制御量合計カウンタを0に設定して(処理T14)処理を終了する。
【0076】
最後に、車両状態判定手段815は、制御キャンセルフラグ・制御中判定キャンセルフラグの決定処理S453を行う。具体的には図14の処理を実行する。
車両状態判定手段815は、アーティキュレート角が20°を超えるか否かを判定し(処理T15)、アーティキュレート角が20°を超えている場合、さらに、フロントカウンタ、センタカウンタが100(1秒)を超えているか否か、制動制御量合計カウンタが200(2秒)以上であるか否かのいずれかの条件を満たすかを判定し(処理T16)、いずれかの条件を満たしている場合には、旋回中は車両速度Vの推定を誤り易く、ブレーキのかけ過ぎを防止するために、制御キャンセルフラグをオンとし(処理T17)、満たしていない場合には制御キャンセルフラグをオフとする(処理T18)。
【0077】
アーティキュレート角が20°以下であった場合、車両状態判定手段815は、さらに、フロントカウンタ、センタカウンタが300(3秒)を超えているか否か、制動制御量合計カウンタが200(2秒)以上であるか否かのいずれかの条件を満たすかを判定し(処理T19)、いずれかの条件を満たしている場合には、旋回中は車両速度Vの推定を誤り易く、ブレーキのかけ過ぎを防止するために、制御キャンセルフラグをオンとし(処理T20)、満たしていない場合には制御キャンセルフラグをオフとする(処理T21)。
【0078】
次に、車両状態判定手段815は、変速判定処理S46を行う。変速判定処理S46は、変速機1Bが変速中であるか否かを判定する処理であり、変速機コントローラ3の変速信号に基づいて、変速機1Bの変速状態を判定する。
最後に、車両状態判定手段815は、前後回転速度差判定処理S47を行う。前後回転速度差判定処理S47は、変速機1Bの出力軸の前後回転差が大きいか否かを判定する処理であり、前後回転速度差が一定の閾値以上である場合に前後回転差がある、と判定する。
【0079】
以上のように、車両状態判定処理S4で設定された各種のフラグ情報に基づいて、制御終了判定手段83は、TCS制御をキャンセルするか否かの指令を制動機構制御手段84に出力し、制動機構制御手段84は、これに基づいて、TCS制御を行ったり、キャンセルしたりする処理を行う。
【0080】
(6-5)加速度加減速成分積分処理S6
図15のフローチャートに示されるように、参照速度算出手段802は、まず、加速度フィルタ値を加速度加減速成分として算出する(処理S61)。
次に、参照速度算出手段802は、算出された加速度加減速成分が0未満でかつロックアップ切換のフラグ情報がオンにあるか否かを判定する(処理S62)。
参照速度算出手段802は、加速度加減速成分が0未満でかつロックアップ切換のフラグ情報がオンにあると判定したら、前回の推定車両速度Vを、参照速度Vre2と設定する(処理S63)。
一方、処理S62における条件のいずれかが当てはまらない場合、参照速度算出手段802は、前回の推定車両速度Vに加速度加減速成分の積分値を加える(処理S64)。尚、加速度加減速成分の積分は、所定サンプリング周期で算出される加速度加減速成分の値にサンプリング時間を乗じれば算出することができる。
【0081】
(6-6)参照速度修正処理S8
参照速度修正処理S8は、車両速度推定手段805により実施され、具体的には図16のフローチャートに示されるように処理が行われる。
まず、車両速度推定手段805は、アクセルがオフとされているか、または参照車輪速度Vre1が0.3m/sec未満であるかを判定する(処理S81)。
処理S81の条件を満たす場合、車両速度推定手段805は、スリップ状態にはないと判断し、推定車両速度Vを参照車輪速度Vre1に設定し、参照速度Vre2から参照車輪速度Vre1を減じた量を積分値修正量として設定する(処理S82)。
処理S81の条件を満たさない場合、車両速度推定手段805は、参照速度Vre2が参照車輪速度Vre1の所定値未満、例えば1/2未満であるかを判定する(処理S83)。
【0082】
処理S83の条件を満たす場合、車両速度推定手段805は、推定車両速度Vが小さくなりすぎると、TCSによるブレーキ制御において、ブレーキをかけすぎる場合があると判断し、例えば、推定車両速度Vを参照車輪速度Vre1の1/2と設定し、参照速度Vre2から参照車輪速度Vre1の1/2を減じた量を積分値修正量として設定する(処理S84)。
処理S83の条件を満たさない場合、車両速度推定手段805は、参照速度Vre2が参照車輪速度Vre1よりも大きいかを判定する(処理S85)。
【0083】
処理S85の条件を満たす場合は、車両速度推定手段805は、推定車両速度Vが参照車輪速度Vre1を超えることはないと判断し、推定車両速度VをVre1に設定し、参照速度Vre2から参照車輪速度Vre1を減じた量を積分値修正量として設定する(処理S86)。
処理S85の条件を満たさない場合、車両速度推定手段805は、制動機構制御手段84において式(3)で算出される全輪の制御偏差Sが0.1未満であり、かつ加速度加減速成分が−0.1m/sec2未満であるかを判定する(処理S87)。
【0084】
処理S87の条件を満たす場合、車両速度推定手段805は、制御偏差Sが適切な範囲にあるはずなのに減速していると、制御偏差Sはさらに大きくなって、制動機構の制御によるブレーキ力が大きくなり、減速がさらに大きくなってしまうと判断し、推定車両速度Vを前回の推定車両速度Vに設定し、参照速度Vre2から前回の推定車両速度Vを減じた量を積分値修正量として設定する(処理S88)。
処理S87の条件を満たさない場合、参照速度算出手段802で算出された参照速度Vre2をそのまま推定車両速度Vとして設定する(処理S89)。
【0085】
尚、本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、以下に示すような場合にも適用することができる。
すなわち、前述した車両速度推定装置80は、アーティキュレート式のダンプトラック1に適用していたが本発明はこれに限られない。すなわち、リジッド式のダンプトラックにおいても本発明を適用することができるし、ダンプトラックに限らず、ホイールローダのような車輪を備えた建設車両にも適用することができる。
また、前記実施形態では、車両速度推定装置80は、TCS制御の車両速度の推定に用いていたが本発明はこれに限らず、全輪駆動の建設車両のABS制御における車両速度の推定に用いてもよい。
その他、本発明の実施の際の具体的な構造及び形状等は、本発明の目的を達成できる範囲で他の構造等としてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明は、全輪駆動の建設車両のトラクションコントロール装置に利用することができる。
【符号の説明】
【0087】
1…建設車両(ダンプトラック)、4…車輪、7D…加速度検出手段(加速度センサ)、43FL,43FR,43CL,43CR…回転速度検出手段(回転速度センサ)、80…車両速度推定装置、801…参照車輪速度算出手段、802…参照速度算出手段、805…車両速度推定手段、814…車両速度設定手段、815…車両状態判定手段、815A…第1閾値変更部、815B…第2閾値変更部、816…駆動力制御変更手段
【特許請求の範囲】
【請求項1】
全輪駆動の建設車両の車両速度を推定するために、各車輪の回転速度を検出する回転速度検出手段、及び、前記回転速度検出手段で検出された回転速度から参照車輪速度を算出する参照車輪速度算出手段を有する車両速度推定装置と、
前記車両速度推定装置で推定された車両速度に基づいて、前記建設車両の駆動力の制御を行う駆動力制御装置とを備えたトラクションコントロール装置であって、
前記駆動力制御装置は、前記回転速度検出手段で検出された回転速度から各車輪のスリップ率を算出して、算出されたスリップ率が一定の目標値に収束するように、前記建設車両の制動機構を制御する制動機構制御手段を備え、
前記車両速度推定装置で推定された前記建設車両の車両速度、及び、前記制動機構制御手段で算出されたスリップ率に基づいて、前記駆動力制御装置による駆動力制御のバランス状態の適否を判定する車両状態判定手段と、
前記車両状態判定手段で判定されたバランス状態が不適であると判定されたら、前記駆動力制御装置による駆動力制御の状態を変更する駆動力制御変更手段とを備えていることを特徴とするトラクションコントロール装置。
【請求項2】
請求項1に記載のトラクションコントロール装置において、
前記駆動力制御変更手段は、
前記車両速度推定装置により推定される車両速度を、前記参照車輪速度算出手段で算出された参照車輪速度に設定することにより、駆動力制御状態を変更することを特徴とするトラクションコントロール装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のトラクションコントロール装置において、
前記駆動力制御変更手段は、
前記駆動力制御装置による制御を解除することにより、駆動力制御を変更することを特徴とするトラクションコントロール装置。
【請求項1】
全輪駆動の建設車両の車両速度を推定するために、各車輪の回転速度を検出する回転速度検出手段、及び、前記回転速度検出手段で検出された回転速度から参照車輪速度を算出する参照車輪速度算出手段を有する車両速度推定装置と、
前記車両速度推定装置で推定された車両速度に基づいて、前記建設車両の駆動力の制御を行う駆動力制御装置とを備えたトラクションコントロール装置であって、
前記駆動力制御装置は、前記回転速度検出手段で検出された回転速度から各車輪のスリップ率を算出して、算出されたスリップ率が一定の目標値に収束するように、前記建設車両の制動機構を制御する制動機構制御手段を備え、
前記車両速度推定装置で推定された前記建設車両の車両速度、及び、前記制動機構制御手段で算出されたスリップ率に基づいて、前記駆動力制御装置による駆動力制御のバランス状態の適否を判定する車両状態判定手段と、
前記車両状態判定手段で判定されたバランス状態が不適であると判定されたら、前記駆動力制御装置による駆動力制御の状態を変更する駆動力制御変更手段とを備えていることを特徴とするトラクションコントロール装置。
【請求項2】
請求項1に記載のトラクションコントロール装置において、
前記駆動力制御変更手段は、
前記車両速度推定装置により推定される車両速度を、前記参照車輪速度算出手段で算出された参照車輪速度に設定することにより、駆動力制御状態を変更することを特徴とするトラクションコントロール装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のトラクションコントロール装置において、
前記駆動力制御変更手段は、
前記駆動力制御装置による制御を解除することにより、駆動力制御を変更することを特徴とするトラクションコントロール装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2012−144255(P2012−144255A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−109992(P2012−109992)
【出願日】平成24年5月11日(2012.5.11)
【分割の表示】特願2010−545726(P2010−545726)の分割
【原出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(000001236)株式会社小松製作所 (1,686)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年5月11日(2012.5.11)
【分割の表示】特願2010−545726(P2010−545726)の分割
【原出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(000001236)株式会社小松製作所 (1,686)
【Fターム(参考)】
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