説明

ハロゲン化フタル酸化合物の製造法

【課題】ハロゲン化フタル酸の効率的な製造方法を提供する。
【解決手段】下記一般式(1)で表されるハロゲン化キシレン化合物を、臭素原子を含む化合物の存在下紫外光または可視光の照射下、酸素または空気により酸化する、下記一般式(2)又は(3)で表されるハロゲン化フタル酸化合物の製造方法。


(Xはハロゲン原子を表し、nは1または2を表す。)


(X,nは上記と同じ意味を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は農薬、医薬、高分子原料として有用なハロゲン化フタル酸化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハロゲン化フタル酸化合物を製造するには、相当するハロゲン化キシレン化合物を酸素または金属酸化剤を用いて酸化する方法が知られている。例えば、(1)3−クロロオルトキシレンまたは4−クロロオルトキシレンにコバルトを含む触媒存在下で高温条件で酸素酸化する方法(非特許文献1、非特許文献2参照)、(2)過マンガン酸カリウムにより酸化する方法(非特許文献3、非特許文献4、非特許文献5参照)である。(3)無水フタル酸またはフタル酸を塩素化する方法(特許文献1、非特許文献6参照)も知られている。
一方、臭素化合物と光の存在下にトルエン化合物を酸素により酸化し、安息香酸化合物を製造する方法も知られている。(特許文献2、非特許文献7、非特許文献8、非特許文献9参照)。
【0003】
【特許文献1】特開平7−109245号公報
【特許文献2】特開2006−151853号公報
【非特許文献1】Huagong Jinzhan,2003年22巻401頁
【非特許文献2】ケミカルアブストラクト 141巻,262343
【非特許文献3】Russian J.Gen.Chem.,2006年,76巻,663頁.
【非特許文献4】Russian J.Gen.Chem.,2006年,76巻,885頁.
【非特許文献5】J.Org.Chem.,1987年,52巻,129頁
【非特許文献6】J.Chem.Soc,1921年,119巻,1786頁
【非特許文献7】Synthesis,2006年、1757頁
【非特許文献8】Synlett,2005年、2107頁
【非特許文献9】Photochem.Photobiol.Sci.,2007年、6巻、521頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、(1)の方法は高温反応であるので、危険を伴う特殊な設備を必要とし、(2)の方法は大量の金属廃棄物が生じるという欠点がある。(3)の方法は、塩素の位置異性体、過塩素化物が生成するために分離が困難である。また、臭素と光の存在下に酸素で酸化する方法の非特許文献7には、トルエン化合物の酸化を主として例示しているが、1例だけパラキシレンを基質に用いた結果が記載されている。しかし、0.2当量の臭化水素酸の存在下で行った場合、テレフタル酸は39%と低収率であり、臭化水素酸を0.4当量としても目的のテレフタル酸がわずか52%であり、複雑な副生成物が混在することが記載されている。よって、この条件でハロゲン化キシレン化合物に適用しても、分離操作が複雑となり、収率良くハロゲン化フタル酸化合物を得ることは困難であると予想される。
以上のように、工業的にハロゲン化フタル酸化合物を製造するには多大の困難を伴っていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは上記課題を解決する方法を鋭意検討した結果、意外にも反応基質にハロゲン化キシレン化合物、とりわけクロロオルトキシレンを用い、臭素原子を含む化合物の触媒量の存在下、酸素または空気により光照射すると室温で収率よく、ハロゲン化フタル酸化合物を得ることができることを見出し、この知見に基づき本発明を完成した。
【0006】
即ち、本発明は、
(1)下記一般式(1)で表されるハロゲン化キシレン化合物を、臭素原子を含む化合物の存在下紫外光または可視光の照射下、酸素または空気により酸化することを特徴とする、下記一般式(2)又は(3)で表されるハロゲン化フタル酸化合物の製造方法、
【0007】
【化1】

【0008】
(Xはハロゲン原子を示し、nは1または2を表す。)
【0009】
【化2】

【0010】
(X,nは前記と同じ意味をもつ。)
(2)紫外光または可視光が250〜500nmの波長の光を含む(1)記載のハロゲン化フタル酸化合物の製造方法、
(3)酸素または空気が1〜2気圧である(1)又は(2)に記載のハロゲン化フタル酸化合物の製造方法、
(4)溶媒に酢酸エチルまたは酢酸を用いる(1)〜(3)のいずれか1項に記載のハロゲン化フタル酸化合物の製造方法、
(5)臭素原子を含む化合物が臭化水素酸またはその塩である(1)〜(4)のいずれか1項に記載のハロゲン化フタル酸化合物の製造方法、
(6)臭素原子を含む化合物が四臭化炭素、または臭素、または臭素水である(1)〜(5)のいずれか1項に記載のハロゲン化フタル酸化合物の製造方法、
(7)一般式(1)で表される化合物が3−クロロオルトキシレンである(1)〜(6)のいずれか1項に記載のハロゲン化フタル酸化合物の製造方法、及び
(8)一般式(1)で表される化合物が4−クロロオルトキシレンである(1)〜(6)のいずれか1項に記載のハロゲン化フタル酸化合物の製造方法
を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明方法によれば、ベンゼン環上にハロゲン原子が置換したハロゲン化フタル酸化合物を温和な反応条件下で、高収率で得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明で用いられる一般式(1)で表される化合物において、ベンゼン環上の置換基の置換位置に限定はないが、特に2つのメチル基がオルト位にあると反応が短時間で収率良くジカルボン酸化合物に変換することができる。本発明においては、無水条件下での反応では一般式(3)の無水フタル酸化合物が主に得られ、臭素原子を含む化合物が水溶液の場合には一般式(2)で表される化合物と一般式(3)の無水フタル酸化合物の混合物が得られるが、いずれの場合においても単離のための後処理工程で一般式(2)で表される化合物に収束する。
【0013】
Xで表されるハロゲン原子はフッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子のいずれでもよく、合成する目的化合物に応じて選ぶことができる。いずれでも良い場合は安価な塩素原子が好ましい。
触媒として用いる臭素を含む化合物としては、臭素イオンまたは臭素ラジカルを発生するものであれば良く、臭化水素酸水溶液、臭化水素酸酢酸溶液、臭化水素酸メタノール溶液などが例示できる。また、臭化水素酸の塩、例えば臭化マグネシウム、臭化カリウム、臭化リチウム、臭化トリメチルシリルなどを用いることができる。テトラブチルアンモニウム=ブロミド、テトラエチルアンモニウム=ブロミド、テトラブチルホスホニウム=ブロミド、テトラフェニルホスホニウム=ブロミド等の第4アンモニウム塩、第4ホスホニウム塩を用いることができる。また、用いる光によって臭素イオンまたは臭素ラジカルを発生する有機化合物も好適である。たとえば、四臭化炭素、六臭化エタン、N−ブロモサクシンイミド、ベンジルブロミドおよびその化合物、臭素、臭素水などが挙げられる。その使用量は酸化されるメチル基に対して0.05から0.6当量、好適には0.15から0.4当量用いると短時間で収率良く反応が完結する。
【0014】
用いる光は紫外光、可視光、太陽光のいずれでも良いが、短時間で収率良く目的物を得るためには、好ましくは250〜500nm、特に好ましくは300〜400nmの波長を含む光であることが好ましい。本発明において反応雰囲気は、酸素または空気は常圧、加圧のいずれでも良いが1気圧の酸素または空気で十分に反応が進行する。反応温度は0〜80℃、好ましくは室温(20〜25℃)〜60℃、さらに好ましくは20〜25℃付近で反応を行うことができる。反応時間は、反応スケール、反応温度などの条件により変化するが、好ましくは5〜48時間、より好ましくは5〜24時間で反応が完結する。本酸化反応は溶媒中または無溶媒で行うことができるが、溶媒を用いる場合には、反応条件下で変化しない溶媒なら用いることができるが、好ましくは酢酸エチル、酢酸、アセトニトリルの中から選ぶとスムーズに反応が進行する。
通常、当初反応に関与しないベンゼン環上のハロゲン原子が存在するだけで、ハロゲンを含まないパラキシレンの酸化とは変わらない結果が予想されるが、本発明において、ハロゲン化キシレン化合物での良好な結果は予想外である。
【実施例】
【0015】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが本発明はこれらに限定するものではない。
実施例1
5−ブロモメタキシレン(55.5mg,0.3mmol)、酢酸エチル(5ml)、48%臭化水素酸(臭化水素48%の水溶液をいう。以下同様。)(6.8μl、0.06mmol)をパイレックス(登録商標)製試験管に入れ、酸素の風船を取り付け酸素雰囲気下、攪拌しながら、400W高圧水銀ランプを用いて15時間外部照射した。反応後、反応溶液を減圧留去し、ジエチルエーテルで希釈して分液ロートに移し、10%水酸化ナトリウム水溶液を加えて抽出し、水層を分取した。3回抽出した水層を集め、6%塩酸(塩化水素6%の水溶液をいう。以下同様。)で酸性にした後、再度ジエチルエーテルで3回抽出し有機層を集めた。無水硫酸マグネシウムで乾燥後、溶媒を減圧留去し、5−ブロモイソフタル酸(63.2mg,86%)を得た
H NMR (アセトン−d) δ 8.61 (t,J=1.5Hz,1H),8.35 (d,J=1.5Hz,2H)
【0016】
実施例2
2,5−ジクロロパラキシレン(52.5mg,0.3mmol)、酢酸エチル(5ml)、48%臭化水素酸(13.6μl)をパイレックス(登録商標)製試験管に加え、酸素風船による酸素雰囲気下で、攪拌し、400W高圧水銀ランプを用いて24時間外部照射した。反応後、反応溶液を減圧留去し、ジエチルエーテルで希釈して分液ロートに移し、10%水酸化ナトリウム水溶液を加えて抽出し、水層を分取した。3回抽出した水層を集め、6%塩酸で酸性にした後、再度ジエチルエーテルで3回抽出し有機層を集めた。無水硫酸マグネシウムで乾燥後、溶媒を減圧留去し、2,5−ジクロロテレフタル酸(69%)及び2,5−ジクロロパラトルイル酸(25%)の混合物(64.0mg)を得た。
2,5−ジクロロテレフタル酸:H NMR(アセトン−d) δ 7.99 (s,2H)
2,5−ジクロロ−p−トルイル酸:H NMR(アセトン−d) δ 7.89 (s,1H),7.52(s,1H),2.40(s,3H)
【0017】
実施例3
4−クロロオルトキシレン(42.2mg,0.3mmol)、酢酸エチル(5ml)、48%臭化水素酸(6.8μl、0.06mmol)をパイレックス(登録商標)製試験管に入れ、酸素を入れた風船を取り付けた。酸素雰囲気下、室温で攪拌し、400W高圧水銀ランプを用いて10時間外部照射した。反応後、反応溶液を減圧留去し、ジエチルエーテルで希釈して分液ロートに移し、10%水酸化ナトリウム水溶液を加えて抽出し、水層を分取した。3回抽出した水層を集め、6%塩酸で酸性にした後、再度ジエチルエーテルで3回抽出し有機層を集めた。無水硫酸マグネシウムで乾燥後、溶媒を減圧留去し4−クロロオルトフタル酸(51.2mg,86%)を得た。このものを再結晶(アセトンーヘキサン)にて精製し、純品の4−クロロオルトフタル酸(48.1mg,80%)を得た。
H NMR (アセトン−d) δ 7.85 (d,J=8.3Hz,1H),7.77(d,J=2.2Hz,1H),7.65(d,J=8.3Hz,2.2Hz, 1 H)
【0018】
実施例4
3−クロロオルトキシレン(42.2mg,0.3mmol)、酢酸エチル(5ml)、48%臭化水素酸(6.8μl、0.06mmol)をパイレックス(登録商標)製試験管に入れ、風船による酸素雰囲気下、室温で攪拌し、400W高圧水銀ランプを用いて10時間外部照射した。反応後、反応溶液を減圧留去し、ジエチルエーテルで希釈して分液ロートに移し、10%水酸化ナトリウム水溶液を加えて抽出し、水層を分取した。3回抽出した水層を集め、6%塩酸で酸性にした後、再度ジエチルエーテルで3回抽出し有機層を集めた。無水硫酸マグネシウムで乾燥後、溶媒を減圧留去し、3−クロロオルトフタル酸(49.2mg,82%)を得た。残渣を再結晶(アセトンーヘキサン)にて精製し、純粋な3−クロロオルトフタル酸(45.0mg,75%)を得た。
H NMR (アセトン−d) δ 8.01 (dd,J=8.0Hz,1.2Hz,1H),7.74(dd,J=8.0Hz,1.2Hz,1H),7.58(t,J=8.0Hz,1H)
【0019】
実施例5〜8
実施例3の48%臭化水素酸を他の臭素源に換えて4−クロロオルトキシレンの光酸化を同様に実施した。その結果を表1にまとめた。
【0020】
【表1】

【0021】
実施例9〜12
実施例4の48%HBr水溶液を他の臭素源に換えて3−クロロオルトキシレンの光酸化を同様に実施した。その結果を表2にまとめた。
【0022】
【表2】

【0023】
実施例13
実施例6の酸素風船を空気の風船に換えて、24時間外部照射を行った以外は全く同様に反応させ、52.3mg(87%収率)の粗4−クロロオルトフタル酸を得た。再結晶を行い純品43.8mgを得た。
【0024】
実施例14
実施例9の酸素風船を空気の風船に換えて、24時間外部照射を行った以外は全く同様に反応させ粗収率64%収率で3−クロロオルトフタル酸を得た。
【0025】
実施例15
実施例6の400W高圧水銀灯を24w蛍光ランプ4本に換えて、24時間光照射した以外は全く同様に反応させ、粗収率83%で4−クロロオルトフタル酸を得た。アセトンーヘキサンから再結晶を行い、純品の4−クロロオルトフタル酸を29.4mg得た。
【0026】
実施例16〜20
実施例3の48%臭化水素酸の量を下記表3のように変えて、あとは全く同じ条件で反応を行った。10時間後の4−クロロオルトフタル酸の単離収率を表3にまとめた。
【0027】
【表3】

【0028】
比較例1
オルトキシレン(31.8mg,0.3mmol)、酢酸エチル(5ml)、48%臭化水素酸(6.8μl、0.06mmol)をパイレックス(登録商標)製試験管に入れ、酸素を入れた風船を取り付けた。酸素雰囲気下、室温で攪拌し、400W高圧水銀ランプを用いて10時間外部照射し反応させた。実施例3と同じように後処理を行ったところ、オルトフタル酸の収量は22.9mg(粗収率46%)であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるハロゲン化キシレン化合物を、臭素原子を含む化合物の存在下紫外光または可視光の照射下、酸素または空気により酸化することを特徴とする、下記一般式(2)又は(3)で表されるハロゲン化フタル酸化合物の製造方法。
【化1】

(Xはハロゲン原子を表し、nは1または2を表す。)
【化2】

(X,nは前記と同じ意味を表す。)
【請求項2】
紫外光または可視光が250〜500nmの波長の光を含む請求項1記載のハロゲン化フタル酸化合物の製造方法。
【請求項3】
酸素または空気が1〜2気圧である請求項1又は2に記載のハロゲン化フタル酸化合物の製造方法。
【請求項4】
溶媒に酢酸エチルまたは酢酸を用いる請求項1〜3のいずれか1項に記載のハロゲン化フタル酸化合物の製造方法。
【請求項5】
臭素原子を含む化合物が臭化水素酸またはその塩である請求項1〜4のいずれか1項に記載のハロゲン化フタル酸化合物の製造方法。
【請求項6】
臭素原子を含む化合物が四臭化炭素、または臭素、または臭素水である請求項1〜5のいずれか1項に記載のハロゲン化フタル酸化合物の製造方法。
【請求項7】
一般式(1)で表される化合物が3−クロロオルトキシレンである請求項1〜6のいずれか1項に記載のハロゲン化フタル酸化合物の製造方法。
【請求項8】
一般式(1)で表される化合物が4−クロロオルトキシレンである請求項1〜6のいずれか1項に記載のハロゲン化フタル酸化合物の製造方法。

【公開番号】特開2009−242338(P2009−242338A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−93287(P2008−93287)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(393021967)イハラニッケイ化学工業株式会社 (13)
【出願人】(805000018)財団法人名古屋産業科学研究所 (55)
【Fターム(参考)】