説明

バイオディーゼル製造用触媒とその製造方法並びにバイオディーゼルの製造方法

【課題】短時間で多量のバイオディーゼルを効率よく低コストで製造することができるバイオディーゼル製造用触媒とその製造方法並びにバイオディーゼルの製造方法を提供する。
【解決手段】油脂類とアルコール類とのエステル交換反応によりバイオディーゼルを製造するための繊維状の触媒であって、高分子繊維基材にグラフト重合によりグラフト鎖が導入され、前記グラフト鎖は、アミノ基及び第4級アンモニウム基から選択される1種または2種以上の官能基、及び水酸化物イオンを有することとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオディーゼル製造用触媒とその製造方法並びにバイオディーゼルの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
油脂類は、他のバイオマス資源と比較して発熱量が高く、さらにその多くは常温で液体である。これらの特徴は自動車燃料として有望であるが、このままでは動粘度(>30mm/s (40℃))や引火点(>300℃)が高く、また、セタン価が40前後と低いため利用することができない。一方、油脂類とアルコールとのエステル交換反応により合成される脂肪酸エステルは、動粘度(3〜5mm/s(40℃))や引火点(160℃程度)が低く、また、セタン価が50〜60程度と軽油の性状に比較的近く、軽油代替燃料として注目されている。この脂肪酸エステルはバイオディーゼル燃料(以下、単にバイオディーゼルともいう)と呼ばれ、従来の石油系ディーゼル燃料(軽油)に比べ、次のような特徴がある。
【0003】
1)バイオマス資源由来であるため、バイオディーゼル燃料使用により発生する二酸化炭素は、地球環境中の二酸化炭素の増減に影響を与えない(カーボンニュートラル)。
【0004】
2)原料となる植物を使用国で生産可能であり、石油資渡への依存度を軽減することが可能である。
【0005】
3)軽油と比較し、排ガス成分中の不燃炭化水素を93%、一酸化炭素を50%、浮遊粒子状物質を30%減少させることができる。
【0006】
4)硫黄分を含まないため、排気ガス中の硫黄酸化物(SOx)がほぼゼロである。
【0007】
5)軽油と比較し、引火点が高く、また、燃焼中に酸素を含み完全燃焼を促進するため、黒煙の排出量を軽油の3分の1〜10分の1に低減することができる。
【0008】
6)バイオディーゼル燃料は、どんなディーゼルエンジンにも改良不要でそのまま使うことが可能であり、また、燃費は軽油と同等である。
【0009】
7)生分解性が良く安全に取り扱いができる。
【0010】
上記のように、石油系ディーゼル燃料よりも優れた特徴を多数有するバイオディーゼル燃料を積極的に利用しようとする動きは、近年徐々に活性化している。特に、欧米ではバイオディーゼル燃料の利用が一般化しつつあり、軽油との混合燃料などは広く普及している。
【0011】
油脂類からバイオディーゼルを工業的に作製する方法は幾つか開発されており、現在は、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどの均一触媒を使用したアルカリ触媒法が主流である。しかし、このアルカリ触媒法では、比較的穏やかな温度。圧力条件で反応を進行させることができるものの、精製段階でバイオディーゼル中に溶解したアルカリ触媒を分離除去するための工程が必要である、原料油脂中の遊離脂肪酸とアルカリ触媒が反応して石鹸を生成する、触媒の再利用が困難である、原料油脂中の水が触媒機能を低下させるなどの問題を抱えており、製造コストの上昇や環境負荷が大きくなるといった要因を多数含んでいる。近年では、煩雑な触媒分離工程や副生成物が発生しないバイオディーゼル製造方法として、酸触媒法、リパーゼ酵素法、超臨界メタノール法、金属酸化物法、固体触媒法などの新たな方法が研究されている(非特許文献1)。しかし、これらの方法では、高温・高圧が必要である、触媒の再生が困難である、触媒が高価である、触媒活性が低い、反応速度が遅い、アルコール添加量の制御が不可欠であるなどの問題があり、工業化には不向きとされている。
【0012】
バイオディーゼル製造方法として、固体塩基性触媒の利用も試みられており、こうした固体塩基性触媒としてアミノ基を有する陰イオン交換樹脂が提案されている(特許文献1)。この陰イオン交換樹脂を利用した方法では、触媒が反応系に溶解することがないため、触媒の分離工程を簡略化することができるが、反応系中のトリグリセリド濃度が0.1〜3重量%程度と大過剰量のアルコール存在下でエステル交換反応を行うため、触媒活性が著しく低く、また、バイオディーゼルの生産性に乏しいなどの問題があり、実用的ではなかった。この特許文献1の改良技術として、米本らにより多孔性陰イオン交換樹脂を触媒としたバイオディーゼル製造方法が提案された(特許文献2、非特許文献2)。この多孔性陰イオン交換樹脂を用いた方法では、特許文献1に明記されている反応系中のトリグリセリド濃度が0.1〜3重量%の希薄溶液であることが望ましいとされた事実とは対照的に、トリグリセリド濃度は、38.9〜95.0重量%(油脂類とアルコールのモル比=1/30〜1/1)の高濃度溶液であることが望ましいとされ、また、ヒドロキシル基が反応溶液中に遊離しないため鹸化反応が生じず、副生成物の生成やそれに伴う触媒活性の低減などを抑えることができた。しかしながら、多孔性陰イオン交換樹脂を触媒とした場合、樹脂の構造上、細孔内部に反応部位があるため、細孔内への試料の拡散過程が律速となる。そのため、反応速度は遅く、米本らの提案する方法でもエステル交換反応終了には、3時間以上の時間を要し、バイオディーゼル製造の工業化、並びに、バイオディーゼルの大量生産には、触媒のさらなる改良が急務である。
【0013】
一方、本発明者は、反応速度が速く、高速処理が可能なイオン交換体として、グラフト重合体を報告している(特許文献3)。このグラフト重合体は、放射線を利用した高分子加工技術である放射線グラフト重合法により、高分子基材表面上にポリマー鎖(グラフト鎖)を直接導入することにより作製される。また、放射線グラフト重合法では放射線の高いエネルギーを利用しているため、合成面での制約は少なく、繊維、織布、不織布、平膜、フィルムなど種々の形状のグラフト重合体を容易に作製することが可能である。特に、比表面積が大きく接触効率の高い繊維状高分子を基材とするグラフト重合体は金属吸着速度が従来の粒子状樹脂と比較して10〜100倍程度速く、また、取り扱いも簡便である(非特許文献3)。このような優れた特徴を有するグラフト重合体は、河川水や海水などの環境水中に含まれる微量金属元素の回収・除去に使用される。
【0014】
本発明者は、この技術をさらに発展させ、前記グラフト重合体のグラフト鎖にアミノ基や第4級アンモニウム基を導入した重合体が、油脂類とアルコール類とのエステル交換反応によって得られるバイオディーゼルの製造に極めて優れた触媒能を示すことを見出した。従来、バイオディーゼルの製造のために使用される触媒としては、粒子状樹脂を担体としてこれにアミノ基や第4級アンモニウム基を導入したものが一般的であるが、本発明者は前記グラフト重合体について鋭意研究した結果、グラフト重合体を触媒に用いることにより油脂類とアルコール類とのエステル交換反応の反応率が向上することを知見し、本発明に至ったものである。なお、本発明者が先に報告したグラフト重合体の技術は金属吸着剤に関する技術であり、バイオディーゼル製造とは技術分野が全く異なることから、当業者は前記グラフト重合体の技術を用いて本発明を想到することができない。
【0015】
バイオディーゼルは、非極性液体である油脂と極性液体であるアルコールとのエステル交換反応により生成されるが、両反応物は反応系内では通常混合されずに二相に分離している。そのため、エステル交換反応は液体と液体との接触界面でのみ行われ、その結果、反応の速度は低く、効率的にバイオディーゼルを製造するのには不向きである。このようなバイオディーゼル製造時の反応速度に関する問題を解決するために、新たなイオン交換体の開発・利用とは別に、油脂とアルコールとの接触界面を増大させて反応効率を上昇させる方法として、微細な液滴を作製するための効率的な攪拌方法や攪拌容器の開発、及び、補助溶剤や生成したバイオディーゼルを用いた均一相でのエステル交換反応(特許文献4−6)などの新技術が研究・開発されている。しかしながら、新たな攪拌方法や攪拌容器の開発においては、微細な液滴の作製には高度な技術を要し、また、従来の装置が使用不可能であるため技術面、コスト面に問題がある。一方、補助溶剤を用いた均一相でのエステル交換反応では、反応系が均一相となるため精緻な攪拌操作などは必要なく、攪拌速度が遅い条件下でも十分高い反応速度を得ることができるものの、反応終了後には生成物から補助溶剤を分離除去しなければならず、新たに補助溶剤分離装置が必要になるため、コストアップに繋がる。
【特許文献1】特公平6−006718号公報
【特許文献2】特開2006−104316号公報
【特許文献3】特開2005−344047号公報
【特許文献4】カナダ特許2,131,654号公報
【特許文献5】特表2003−507495号公報
【特許文献6】特表2006−524267号公報
【非特許文献1】坂志朗、南英治、福田秀樹、バイオディーゼルのすべて、アイピーシー、82−134,2006.
【非特許文献2】N.Shibasaki-Kitakawa, H.Honda, H.Kuribayashi, T.Toda, T.Fukumura, T.YoNEMOTO, Biodiesel production using anionic ion-exchange resin as heterogeneous catalyst, Bioresour. Technol., 98, 416-421, 2007.
【非特許文献3】S. Aoki, K. Saito, A. Jyo, A. Katakai, T. Sugo, Phosphoric Acid Fiber for Extremely Rapid Elimination of Heavy Metal Ions from Water, Anal. Sci., 17 Suppl., i205-208, 2001.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、短時間で多量のバイオディーゼルを効率よく低コストで製造することができるバイオディーゼル製造用触媒とその製造方法並びにバイオディーゼルの製造方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上記の課題を解決するために、以下のことを特徴としている。
【0018】
第1に、油脂類とアルコール類とのエステル交換反応によりバイオディーゼルを製造するための繊維状の触媒であって、高分子繊維基材にグラフト重合によりグラフト鎖が導入され、前記グラフト鎖は、アミノ基及び第4級アンモニウム基から選択される1種または2種以上の官能基、及び水酸化物イオンを有する。
【0019】
第2に、上記第1の発明において、高分子繊維基材は、糸状、または繊維の集合体である織布、不織布もしくは中空糸膜である。
【0020】
第3に、上記第1または第2の発明において、高分子繊維基材の平均繊維径が、1μm以上50μm以下である。
【0021】
第4に、上記第1から第3のいずれかのバイオディーゼル製造用の触媒を製造する方法であって、高分子繊維基材を活性する工程と、活性化した高分子繊維基材を、反応性モノマーを含む溶液に接触させて前記反応性モノマーを前記高分子繊維基材にグラフト重合させる工程と、グラフト重合した高分子繊維基材のグラフト鎖にアミノ基及び第4級アンモニウム基から選択される1種または2種以上の機能性官能基を導入する工程と、グラフト重合した高分子繊維基材をアルカリ処理する工程と、を有する。
【0022】
第5に、上記第1から第3のいずれかのバイオディーゼル製造用の触媒を製造する方法であって、高分子繊維基材を活性する工程と、活性化した高分子繊維基材を、アミノ基及び第4級アンモニウム基から選択される1種または2種以上の機能性官能基を有する反応性モノマーを含む溶液に接触させて前記反応性モノマーを前記高分子繊維基材にグラフト重合させる工程と、グラフト重合した高分子繊維基材をアルカリ処理する工程と、を有する。
【0023】
第6に、本発明のバイオディーゼルの製造方法は、上記第1または第2の発明のバイオディーゼル製造用触媒に、油脂類とアルコール類を接触させ、油脂類とアルコール類とのエステル交換反応によりバイオディーゼルを製造する。
【0024】
第7に、上記第6の発明において、油脂類が、天然油脂、合成油脂、モノグリセリド、ジグリセリド、合成トリグリセリド、これらの変性物、または、これらを含む廃品油脂類である。
【0025】
第8に、上記第6または第7の発明において、アルコール類は、炭素数1〜18の直鎖状または分岐鎖状アルコールから選択される1種または2種以上の混合アルコールを含む。
【0026】
第9に、上記第6から第8のいずれかの発明において、反応温度が、10℃〜100℃の範囲である。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、以下の効果が期待できる。
【0028】
(1)グラフト重合法によりバイオディーゼル用繊維状触媒を再現性良く、簡単に作製することが可能である。
【0029】
(2)均相アルカリ触媒法の欠点である触媒分離工程を簡略化することが可能である。
【0030】
(3)比表面積が大きく、接触効率の高い繊維状高分子を基材として使用するため、従来の粒子状イオン交換樹脂と比較して、より短時間で効率的にバイオディーゼルを製造することが可能である。
【0031】
(4)細孔内部に反応部位がある従来の粒子状イオン交換樹脂と比較して、グラフト鎖上に反応部位があり、より高い反応効率を示すグラフト重合体を触媒として使用するため、より短時間で効率的にバイオディーゼルを製造することが可能である。
【0032】
(5)従来の二相系バイオディーゼル製造方法と比較して、生成したバイオディーゼルの作用によりエステル交換反応を均一相中で行うため、反応効率が向上し、より短時間で効率的にバイオディーゼルを製造することが可能である。
【0033】
(6)補助溶剤を必要としないため、補助溶剤除去工程を省略することができ、バイオディーゼル製造コストの低減を図ることが可能である。
【0034】
(7)エステル交換反応を50℃以下の温度で実施することができるため、バイオディーゼル製造コストを低減することが可能である。
【0035】
(8)植物油脂を原料とするバイオディーゼルは、「カーボンニュートラル」な燃料であるため、地球温暖化防止対策に繋がる。
【0036】
(9)石油由来の軽油と比較し、排気ガス中の黒煙や酸性雨の原因となる硫黄酸化物が少なく、また、浮遊粒子状物質の発生も少ないため、環境負荷を軽減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
本発明は前記のとおりの特徴をもつものであるが、以下に、本発明を実施するための最良の形態を説明する。
【0038】
本発明において、油脂類とアルコール類とのエステル交換反応によりバイオディーゼルを製造する際に用いられる繊維状の触媒は、高分子繊維基材にグラフト鎖が導入されたグラフト重合体からなり、グラフト鎖は、第1級アミノ基、第2級アミノ基、第3級アミノ基、及び第4級アンモニウム基から選択される1種または2種以上の官能基、及び水酸化物イオンを有している。
【0039】
高分子繊維基材は、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィン系繊維、もしくは、キチン、キトサン、セルロース、デンプンなどの天然高分子繊維などの高分子繊維が用いられ、糸状、または繊維の集合体である織布、不織布もしくは中空糸膜の形態で使用される。高分子繊維の平均繊維径は1μm以上50μm以下、好ましくは2μm以上30μm以下のものが用いられる。
【0040】
バイオディーゼル製造用触媒としては、従来より粒子状の多孔性陰イオン交換樹脂を触媒とすることが知られているが、本発明では、比表面積が大きく、接触効率の高い繊維状高分子を基材として使用するため、従来品よりも短時間で効率的にバイオディーゼルを製造することができる。しかも低温条件下、例えば反応温度が10℃〜100℃、特に20℃〜50℃の条件下でバイオディーゼルを効率よく製造することができるため、バイオディーゼルの製造コストを低減することができる。
【0041】
以下、バイオディーゼル製造用触媒の製造方法およびその触媒を用いたバイオディーゼルの製造方法についてより詳細に説明する。
[1]バイオディーゼル製造用触媒の製造方法
バイオディーゼル製造用触媒の製造方法としては、大きくは次の2種の方法が挙げられる。すなわち、第1の方法は、高分子繊維基材を活性化する工程(高分子繊維基材の活性化工程)と、活性化した高分子繊維基材を、反応性モノマーを含む溶液に接触させて前記反応性モノマーを前記高分子繊維基材にグラフト重合させる工程(グラフト重合工程)と、グラフト重合により形成されたグラフト鎖に第1級アミノ基、第2級アミノ基、第3級アミノ基、及び第4級アンモニウム基から選択される1種または2種以上の機能性官能基を導入する工程(機能性官能基導入工程)と、グラフト重合した高分子繊維基材をアルカリ処理する工程(アルカリ処理工程)を有する方法である。第2の方法は、高分子繊維基材を活性化する工程(高分子繊維基材の活性化工程)と、活性化した高分子繊維基材を、第1級アミノ基、第2級アミノ基、第3級アミノ基、及び第4級アンモニウム基から選択される1種または2種以上の機能性官能基を有する反応性モノマーを含む溶液に接触させて前記反応性モノマーを前記高分子繊維基材にグラフト重合させる工程(グラフト重合工程)と、グラフト重合した高分子繊維基材をアルカリ処理する工程(アルカリ処理工程)を有する方法である。
[1−1]高分子繊維基材
高分子繊維基材を構成する材質としては、特に限定はなく、上述したように、ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィン系繊維、もしくは、キチン、キトサン、セルロース、デンプンなどの天然高分子繊維を例示することができる。高分子繊維基材の形態は、繊維の集合体である織布、不織布、中空糸膜、または糸の形態のいずれであってもよい。この高分子繊維の平均繊維径は1μm以上50μm以下、好ましくは2μm以上30μm以下のものが用いられる。
[1−2]反応性モノマー
反応性モノマーは、ビニル基を有する反応性モノマーであり、1種または2種以上のモノマーを混合して使用してもよい。混合モノマーを使用する場合、モノマーの濃度比は特に限定はなく、適宜決定することができる。
【0042】
ビニル基を有するモノマーとしては、特に限定はないが、例えば、クロロメチルスチレン(Chloromethylstyrene;CMS)、メタクリル酸グリシジルなどが挙げられる。
【0043】
また、ビニル基を有する反応性モノマーとしては、予め機能性官能基として第1級アミノ基、第2級アミノ基、第3級アミノ基、あるいは、第4級アンモニウム基から選択される1種または2種以上の官能基を有するビニルモノマー類を用いることができる。その一例としては、アリルアミン、N−メチルアリルアミン、N,N−ジメチルアリルアミン、アクリルアミド、N−イソプロピルアクリルアミド、N,N−ジメチルアクリルアミド、(3−アクリルアミドプロピル)トリメチルアンモニウム クロライド、[3−(メタクリロイルアミノ)プロピル]トリメチルアンモニウム クロライド、ビニルアニリン、N,N−ジメチルビニルベンジルアミン、(ビニルベンジル)トリメチルアンモニウム クロライドなどを挙げることができる。
[1−3]反応性モノマーを含む溶液
本実施形態において、反応性モノマーを含む溶液としては、エマルション反応溶液と非エマルション反応溶液の2種類の反応溶液を用いることができる。高分子繊維基材のグラフト率を高くする観点からはエマルション反応溶液を用いることが好ましい。
【0044】
エマルション反応溶液は、反応性モノマーと界面活性剤と水からなり、水に対して不溶性の反応性モノマー液の小滴が水系溶媒中に分散した系である。反応性モノマー液の小滴の大きさに限定はなく、数μm〜数十μm程度のマイクロエマルションや数nm〜数十nmのナノエマルションも含むものとする。したがって、水に対して不溶性である反応性モノマー液と水溶媒が存在する限り、界面活性剤の添加により、水/油間の界面張力を低下させて、見かけ上一様に混ざり合った状態の系も含むものとする。
【0045】
界面活性剤は、陰イオン系界面活性剤、陽イオン系界面活性剤、両性イオン系界面活性剤、非イオン系界面活性剤など、当技術分野において通常使用される界面活性剤を適宜選択して使用することができる。また、1種または2種以上の界面活性剤を組み合わせて使用してもよい。陰イオン茶界面活性剤は、特に限定はないが、アルキルベンゼン系、アルコール系、オレフィン系、リン酸系、アミド系の界面活性剤などであり、例えば、ドデシル硫酸ナトリウムが挙げられる。陽イオン系界面活性剤は、特に限定はないが、オクタデシルアミン酢酸塩、トリメチルアンモニウムクロライドなどが挙げられる。非イオン系界面活性剤は、特に限定はないが、エトキシル化脂肪アルコール、脂肪酸エステルなどであり、例えば、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウリレート(Tween20)が挙げられる。両性イオン系界面活性剤は、特に限定はないが、例えば、アンヒトール(商標)(花王株式会社)が挙げられる。
【0046】
使用する界面活性剤の濃度は、特に限定はなく、反応性モノマーの種類、濃度に依存して適宜決定することができる。界面活性剤の濃度は、溶媒の全重量を基準として、0.1〜10wt%が好ましい。
【0047】
界面活性剤を使用することにより、水に対して不溶性の反応性モノマーを水系溶媒への分散を促進することができる。エマルションの外観は、分散相の液滴の大きさに依存して種々変化するが、一般的には、乳濁状態であり、マイクロエマルションからナノエマルションへと液滴の大きさが小さくなるにつれ、透明を呈するようになる。
【0048】
水は、特に限定はなく、蒸留水、イオン交換水、純水、超純水が挙げられる。水を使用することにより、廃液処理の問題を排除することができ、環境保護に資することとなる。
【0049】
非エマルション反応溶液は、反応性モノマーと有機溶媒からなる。有機溶媒としては、特に限定されないが、例えば、メタノールなどのアルコールや、アルコールと水との混合溶媒を用いることができる。
[1−4]高分子繊維基材の活性化工程
本明細書中における「活性化」とは、反応性モノマーを高分子繊維基材にグラフト重合させるための反応活性点を生成させることをいう。この工程により活性化した高分子繊維基材を次のグラフト重合工程において、反応性モノマーを含む溶液と接触させることにより、反応性モノマーを高分子繊維基材の主鎖上にグラフト重合させることができる。反応活性点を形成する際には、同時に基材分子の切断により基材が損傷してしまうが、次の工程においてエマルション状態の水系溶媒中または有機溶媒中でグラフト重合を行うことにより、活性化に必要な照射線量が低減され、高分子繊維基材の損傷を抑制することができる。
【0050】
高分子繊維基材の活性化は、予め窒素置換した高分子繊維基材に、窒素雰囲気下、室温またはドライアイスなどによる冷却下で放射線照射することにより行う。用いる放射線は電子線、または、γ線であり、照射線量は反応活性点を生成させるのに充分な線量であることを条件に適宜決定することができる。例えば、1〜200kGy程度、好ましくは20〜100kGyである。
[1−5]グラフト重合工程
高分子繊維基材の活性化工程において活性化させた高分子繊維基材を、反応性モノマーを含む溶液と接触させ、反応性モノマーを高分子繊維基材にグラフト重合させる。この工程により、高分子繊維基材の主鎖上に反応性モノマーからなるグラフト鎖が導入されたグラフト重合体を得る。
【0051】
グラフト重合は窒素雰囲気下で行うことができるが、高いグラフト率を達成するためには雰囲気中の酸素濃度が低いことが好ましい。ここで、「グラフト率」とは、高分子基材にグラフ卜した反応性モノマーの重量増加分(%)をいう。反応温度は反応性モノマーの反応性に依存するが、典型的には10〜60℃、好ましくは30〜60℃である。反応時間は5分〜6時間、好ましくは10分〜4時間の範囲であり、反応温度と所望のグラフト率とに依存して決定することができる。モノマー濃度は通常0.1〜30wt%、好ましくは1〜10wt%の範囲であるが、反応温度及び反応時間とともに反応率を決定する因子となるので、適宜決定することができる。
【0052】
この工程において、予め機能性官能基として第1級アミノ基、第2級アミノ基、第3級アミノ基、あるいは、第4級アンモニウム基を有する反応性モノマーを用いることにより、下記に説明するグラフト鎖への機能性官能基導入工程を省略することができる。
[1−6]機能性官能基導入工程
グラフト重合工程に次いで、グラフト重合体のグラフト鎖に機能性官能基を導入する。このグラフト鎖への機能性官能基導入工程により、高分子繊維基材にバイオディーゼル製造用触媒機能を付与することができる。グラフト鎖に導入される機能性官能基は、第1級アミノ基、第2級アミノ基、第3級アミノ基、及び第4級アンモニウム基から選択される1種または2種以上の官能基であり、トリメチルアミン(Trimethylamine;TMA)、ジメチルアミン、メチルアミン、アンモニア、エチレンジアミン、ジエタノールアミンなどのアミン類を用いたグラフト鎖のアミノ化により導入される。例えば、後述する実施例では、高分子繊維基材の主鎖上に反応性モノマー(CMS)からなるグラフト鎖が導入されたグラフト重合体を、TMA水溶液に浸漬することによって、第4級アンモニウム基をグラフト鎖に導入している。第4級アンモニウム基は強塩基性であり、第4級アンモニウム基がグラフト鎖に導入されたグラフト重合体は強塩基性陰イオン交換グラフト重合体となる。この強塩基性陰イオン交換グラフト重合体は、後述するアルカリ処理工程でより多くの水酸化物イオンを取り込むことができるため、好ましい形態として考慮される。特にTMAを用いて得たグラフト重合体は、TMAにおける窒素分子と結合しているアルキル基(メチル基)のアルキル鎖長が短いため、立体障害が小さく、より反応性が高くなり好適である。
【0053】
グラフト鎖に機能性官能基を導入する際の反応温度はアミン類の反応性に依存するが、典型的には10〜60℃、好ましくは40〜60℃である。反応時間は5分〜24時間、好ましくは10分〜2時間の範囲である。アミン類の濃度は通常0.1〜5mol/L、好ましくは0.25〜1mol/Lの範囲である。
[1−7]アルカリ処理工程
次いで、グラフト鎖に機能性官能基が導入されたグラフト重合体をアルカリ処理する。これによって、グラフト鎖に水酸化物イオンを導入してバイオディーゼル製造用触媒を得る。具体的な処理方法としては、例えば、0.5〜2mol/LのNaOHやKOH等のアルカリ性水溶液に前記グラフト重合体を浸漬し、室温(約25℃)で6時間以上攪拌することにより、グラフト鎖に導入された機能性官能基の対イオンが水酸化物イオンに置換され、グラフト鎖に水酸化物イオンが導入される。置換反応終了後、未反応のアルカリを除去するためにグラフト重合体を水で十分に洗浄した後、さらに所定のアルコールで再度洗浄する。
【0054】
図1は、高分子繊維基材としてポリエチレンを用い、反応性モノマーとしてCMSを用いたグラフト重合体に機能性官能基として第1級アミノ基、第2級アミノ基、第3級アミノ基、第4級アンモニウム基をそれぞれグラフト鎖に導入したグラフト重合体の各々を、アルカリ処理して水酸化物イオンを導入したことを示している。(a)は第1級アミノ基が導入されたグラフト重合体のアルカリ処理を示しており、(b)(c)(d)はそれぞれ順に第2級アミノ基、第3級アミノ基、第4級アンモニウム基が導入されたグラフト重合体のアルカリ処理を示している。この例では、グラフト鎖に導入された機能性官能基の対イオンである塩化物イオンがアルカリ処理によって水酸化物イオンに置換されている。なお、塩化物イオンは、反応性モノマーのCMSに由来するイオンである。
【0055】
機能性官能基が第4級アンモニウム基の場合、強塩基性のため、対イオンがアルカリ性水溶液中に完全に解離する。一方、機能性官能基が第1級アミノ基、第2級アミノ基または第3級アミノ基の場合は、弱塩基性のため完全に解離せず、アルカリ処理しても一部の塩化物イオンが水酸化物イオンに置換されない場合がある。したがって、第4級アンモニウム基が導入されたグラフト重合体は、第1級アミノ基、第2級アミノ基または第3級アミノ基が導入されたグラフト重合体と比較して、グラフト重合体への水酸化物イオンの導入量が多くなり、バイオディーゼルの製造のためのエステル交換反応の反応性が高まるので好ましい。
[2]バイオディーゼル製造用触媒を用いたバイオディーゼルの製造方法
バイオディーゼルは、本実施形態で作製したバイオディーゼル製造用触媒(以下、繊維状触媒ともいう)存在下で油脂類とアルコール類とをエステル交換反応させることにより脂肪酸エステルとして得ることができる。油脂類とアルコール類のモル比(油脂類:アルコール類)は、特には限定されないが、1:100〜1:3の範囲であり、好ましくは、1:3〜1:20の範囲である。
【0056】
油脂類とアルコール類とのエステル交換反応の際に、これら反応原料を均一相に混合して反応させるために、補助溶剤を用いてもよい。補助溶剤は、油脂類とアルコール類の種類・比率にもよるが、反応原料が均一相を形成するのに十分な量であれば良く、反応原料の総重量に対して0.1〜500wt%の割合、好ましくは、0.1〜100wt%の割合で反応原料に添加される。
【0057】
反応温度は、特に限定されないが、本実施形態では10℃〜100℃の範囲でバイオディーゼルを製造することができる。本実施形態では繊維状触媒を用いているので、例えば、20℃〜50℃の範囲という低温条件下でもバイオディーゼルを製造することができる。反応時間は5分〜24時間、好ましくは10分〜4時間の範囲である。油脂類とアルコール類からなる反応原料と繊維状触媒との接触方式については、バッチ法、連続法など、特には限定されない。例えば、攪拌槽を用いる方法、充填層に通液する方法、流動層反応器、振とう型反応器などを用いる方法が挙げられる。バッチ方式でエステル交換反応を行う場合は、反応効率を向上させるために反応系を攪拌する。このときの攪拌速度は、10〜1000rpm、好ましくは、200〜500rpmの範囲とすることができる。
【0058】
繊維状触媒の触媒活性は、エステル交換反応と平衡して起こる加水分解反応によって生成した遊離脂肪酸が繊維状触媒に吸着するために低下する。そのため、エステル交換反応終了後、酸溶液で洗浄することにより触媒活性は回復し、繰り返し利用することができる。このような酸溶液として、蟻酸、酢酸、クエン酸などの有機酸を使用することができる。
[2−1]油脂類
バイオディーゼルの製造に用いられる油脂類は、特に限定はなく、天然油脂、合成油脂、またはこれらの混合物でもよい。例えば、パーム油、パーム核油、アマニ油、ヒマワリ油、桐油、サフラワー油、綿実油、トウモロコシ油、大豆油、菜種油、カノーラ油、ゴマ油、米油、オリーブ油、落花生油、ヒマシ油、カカオ脂、ヤシ油、紅花油、クルカス油、ミフクラギ油、スナバコノキ油等の植物系油脂、牛脂、豚脂、ラード、乳脂、魚油、鯨油等の動物系油脂、レストラン、食品工場、一般家庭などから廃棄される植物油等などがある。これらの油脂を単独あるいは混合した油脂、ジグリセリドやモノグリセリドを含む油脂、合成されたトリグリセリド、モノグリセリドまたはジグリセリドを含む合成トリグリセリド、これらの油脂類の一部を酸化、還元等の処理をして変性した変性油脂でもよい。または、これらの油脂を主成分とする油脂加工品も原料とすることができる。
【0059】
油脂中には、油脂以外の成分が混入していてもよい。具体的には、原油、重油、軽油、鉱物油、精油、石炭、脂肪酸、糖類、金属粉、金属塩、タンパク質、アミノ酸、炭化水素、コレステロール、フレーバー、色素化合物、酵素、香料、アルコール、繊維、樹脂、ゴム、塗料、セメント、洗剤、芳香物化合物、脂肪族化合物、すす、ガラス、土砂、含窒素化合物、含硫黄化合物、含リン化合物、含ハロゲン化合物などが挙げられるが、これらに限定されない。これら油脂中に含まれる異物成分は、好ましくは沈降、濾過、分液などにより除去される。
[2−2]アルコール類
バイオディーゼルの製造に用いられるアルコール類は、油脂類と直接的にエステル交換反応できるものならば特に限定はなく、炭素数1〜18、好ましくは炭素数1〜6の飽和の直鎖、または分岐鎖の炭化水素骨格を有するアルコール類が挙げられる。例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、イソブタノール、tert−ブタノール、1−ペンタノール、3−ペンタノール、3−メチル−1−ブタノール、2,2−ジメチル−1−プロパノール、1−ヘキサノール、2−ヘキサノール、2−メチル−1−ペンタノール、3,3−ジメチル−1−ブタノールなどを挙げることができる。これらのアルコールは1種類あるいは2種以上混合して使用することができる。本実施形態においては、入手の容易性及び得られた脂肪酸エステルの利用性の観点から、メタノールまたはエタノールを使用するのが好ましい。
[2−3]補助溶剤
本実施形態で使用する補助溶剤は、バイオディーゼルの製造において油脂類とアルコール類とのエステル交換反応の際に、油脂類とアルコール類との接触界面を増大させ、エステル交換の反応速度を向上させるために使用する。そのため補助溶剤は、油脂類及びアルコール類の双方と完全に混和性があり、かつ、補助溶剤自身が各反応原料とは反応しない溶剤であれば、特に限定されない。例えば、デカン、オクタン、ヘキサンなどの鎖状飽和炭化水素、シクロヘキサンなどの環状飽和炭化水素、ベンゼン、キシレン、トルエンなどの芳香族化合物、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、tert−ブチルメチルエーテルなどのエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサンなどの環状エーテル、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、アセトンなどの非プロトン性極性溶媒などがある。また、補助溶剤としては、市販、もしくは本実施形態により製造したバイオディーゼルを使用することも可能である。必要とする補助溶剤の容量は、油脂及びアルコールの種類、また、各反応原料との親和性に依存して適宜決定することができる。
【0060】
また、補助溶剤は、エステル交換反応終了後に反応生成物から取り除く必要があるため、約200℃未満の沸点を有することが好ましく、より好ましくは、使用するアルコール類の沸点に類似した沸点を有する補助溶剤である。さらに使用する補助溶剤としては、無水物のものが好ましい。
【0061】
以上、実施形態に基づき本発明を説明したが、本発明は上記の実施形態に何ら限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲内において各種の変更が可能である。以下、本発明の実施例を具体的に説明する。
【実施例】
【0062】
バイオディーゼル製造用触媒の作製
<実施例1>
高分子繊維基材として、ポリエチレン/ポリプロピレン(PE/PP)製繊維(平均繊維径:13μm)からなる不織布を使用し、窒素雰囲気下で電子線照射(照射線量:20〜100kGy)を行った。照射後の試料はエマルション反応溶液(p−クロロメチルスチレン(CMS)濃度:3wt%,Tween20濃度:0.3wt%)に浸漬し、反応温度40℃にてグラフト重合反応を1〜4時間行った。このときのエマルション反応溶液は、機能性モノマーであるCMS、界面活性剤であるTween20、溶媒である水の3成分から成り、実験にはエマルション反応溶液中に溶存する酸素を取り除くために予め窒素置換を行ったものを使用した。グラフト重合反応終了後には、水、メタノールの順で十分に洗浄し、目的とするCMS−グラフト重合体を得た。グラフト率(Degree of grafting;Dg)はグラフト重合反応前後の不織布の重量増加から以下に示す式により算出した。
【0063】
グラフト率:Dg[%]=(W−W)/W×100
ここで示すWとWは、それぞれグラフト重合前とグラフト重合後の基材重量である。
【0064】
有機溶媒(メタノール)を用いた非エマルション系の反応溶液を用いてのグラフト重合も併せて行った。非エマルション系の反応条件は、溶媒としてメタノールを使用したこと以外は、エマルション系と同様であり、照射線量は100kGy、CMS濃度は3wt%、反応温度は40℃、反応時間は1〜4時間とした。
【0065】
図2に照射線量、及び、反応時間が及ぼすグラフト率について示す。反応時間4時間におけるエマルション系のグラフト率は、20kGyでは177%、50kGyでは278%、100kGyでは337%となった。非エマルション系においては、照射線量100kGy、反応時間4時間の場合において、グラフト率は15%程度であった。
【0066】
次に、CMS−グラフト重合体をトリメチルアミン(TMA)濃度0.25mol/LのTMA水溶液に反応温度50℃で2時間浸漬し、CMSグラフト鎖へ第4級アンモニウム基の導入を試みた。CMS−グラフト重合体としては、グラフト率100%、200%、300%、400%のものをそれぞれ用いた。これらのCMS−グラフト重合体は、上記方法に従って作製されたものであり、反応時間を制御することにより所定のグラフト率としたものである。
【0067】
CMSグラフト鎖へ第4級アンモニウム基を導入した結果、エマルション系の反応溶液を用いて作製したグラフト重合体の各グラフト率における官能基密度は、グラフト率100%では2.7mmol−TMA/g−触媒、グラフト率200%では3.3mmol−TMA/g−触媒、グラフト率300%では3.6mmol−TMA/g−触媒、グラフト率400%では3.7mmol−TMA/g−触媒となった。この官能基密度は、市販の粒子状強塩基性陰イオン交換樹脂(三菱化学社製,DIAION PA306S)が有する官能基密度3.4mmol−TMA/g−樹脂と同等となり、本実施例により実用的に十分な官能基容量を有する強塩基性陰イオン交換グラフト重合体(繊維状触媒)を作製することができることが確認された。
繊維状触媒を用いたバイオディーゼルの製造
<実施例2> 反応時間が及ぼすエステル交換反応への影響
本発明の強塩基性陰イオン交換グラフト重合体(繊維状触媒)を用いて、油脂類(トリグリセリド類)とアルコール類とのエステル交換反応によりバイオディーゼル(脂肪酸エステル)の製造を行った。油脂類としては合成トリグリセリドであるトリオレイン(純度60%)を使用し、アルコール類としてはエタノールを使用した。両者のモル比(トリオレイン:エタノール)を1:50となるように調製した反応原料10g(トリオレイン:2.8g(3.2mol),エタノール:7.2g(156mol))を50mLのバイアル瓶に採取し、さらにこの反応溶液を均一相とするために補助溶剤としてデカン(和光純薬工業社製、純度99.0%)を10g添加した。その後、予め水酸化ナトリウム水溶液により前処理した繊維状触媒を0.5g(乾燥重量)加え、反応温度50℃、攪拌速度300rpmにてエステル交換反応を行った。このとき使用した繊維状触媒のグラフト率は255%、官能基密度は3.5mmol−TMA/g−触媒であった。
【0068】
強塩基性陰イオン交換グラフト重合体の存在下で油脂とアルコールとのエステル交換反応を行ったところ、図3に示すように、反応時間の経過とともにトリグリセリドが消費され、バイオディーゼルが生成した。この結果、強塩基性陰イオン交換グラフト重合体がバイオディーゼル製造用触媒として機能することがわかった。このときの各反応時間におけるエステル交換反応の反応率は、反応時間10分では23%、反応時間30分では48%、反応時間60分では70%、反応時間120分では82%、反応時間240分では95%となった。
【0069】
さらに、図3のトリグリセリド類に着目し、反応時間に対するトリグリセリドの反応率をプロットしたグラフを図4に示す。この図4には、比較のため市販の粒子状強塩基性陰イオン交換樹脂であるDIAION PA306Sの結果も併せて示す。
【0070】
本実験で使用したDIAION PA306Sの官能基密度は3.4mmol−TMA/g−樹脂、粒子径は150〜425μmであり、樹脂重量は反応系に導入される官能基量が繊維状触媒の場合と同量となるように調整し、乾燥重量にして0.5gの樹脂を使用した。それ以外の条件は繊維状触媒を用いた場合と同様とした。
【0071】
図4に示すように、繊維状触媒は、粒子状強塩基性陰イオン交換樹脂(粒子状樹脂)と比較して3倍以上の反応速度でエステル交換反応が起こり、短時間で効率的にバイオディーゼルが製造できることがわかった。反応時間2時間におけるトリグリセリド反応率は繊維状触媒では82%、粒子状樹脂では26%となった。
<実施例3> 反応温度が及ぼすエステル交換反応への影響
図5に反応温度が及ぼすエステル交換反応への影響について検討を行った結果を示す。
【0072】
本実験では、グラフト率215%、官能基密度3.3mmol−TMA/g−触媒の繊維状触媒を用い、それ以外の条件は実施例2と同様とした。
【0073】
図5に示すように、本繊維状触媒の使用により、反応温度20℃〜50℃の低温条件下でもバイオディーゼルの製造が可能である。また、反応温度の上昇に伴い、エステル交換反応速度は増加し、反応時間4時間後における各反応温度のトリグリセリドの反応率は、20℃では18%、30℃では39%、40℃では58%、50℃では82%となった。
<実施例4> 様々な種類のアルコールによるバイオディーゼルの製造
油脂類としてトリオレイン、アルコール類としてアルキル鎖長の異なる第1級アルコールを用いてエステル交換反応を行った。結果を図5に示す。
【0074】
本実施例では、アルコール類としてメタノール、エタノール、1−プロパノール、1−ブタノール、1−ペンタノール、1−ヘキサノールを使用し、繊維状触媒としてグラフト率307%、官能基密度3.6mmol−TMA/g−触媒を用いた。このときの反応時間は2時間とし、それ以外の条件は実施例2と同様とした。
【0075】
図6に示すように、用いるアルコールの種類に関わらず、バイオディーゼルを生成することができたことから、本繊維状触媒は、エタノールだけではなく様々な種類のアルコール類に適用可能なバイオディーゼル用触媒であることがわかった。図6のバイオディーゼルのピークは、使用するアルコール類のアルキル鎖長が長くなればなるほど溶出時間が長くなる傾向を示した。この溶出時間の差は、生成されたバイオディーゼルの構造(疎水性)が異なることを意味し、用いるアルコールの種類によって異なるタイプのバイオディーゼルを製造することができることもわかった。反応時間2時間後の各アルコール類におけるエステル交換反応の反応率は、メタノールでは48%、エタノールでは84%、1−プロパノールでは82%、1−ブタノールでは89%、1−ペンタノールでは53%、1−ヘキサノールでは44%となった。
<実施例5> 様々な種類の油脂類を原料とするバイオディーゼルの製造
図7、図8に油脂類として菜種油、及び、パーム油を用い、エタノールとのエステル交換反応によりバイオディーゼルを生成した結果を示す。
【0076】
本実施例では、繊維状触媒としてグラフト率307%、官能基密度3.6mmol−TMA/g−触媒を用い、反応原料には、油脂2.8g、エタノール7.2g、デカン10gから成る混合溶液を使用した。このときの反応時間は2時間とし、それ以外の条件は実施例2と同様とした。
【0077】
菜種油やパーム油などの実試料は、これまで使用していたトリオレインなどのモデル試料と異なり、様々な種類のトリグリセリド類を有しているが、図7、図8に示すようにバイオディーゼルを生成することができた。反応時間2時間後における、各反応系の反応率は、菜種油が47%、パーム油が30%となった。この反応率は比較的低い値となったが、繊維状触媒と油脂類の固液比や油脂類とアルコール類の比率の最適化を図ることにより、更なる反応率の向上が可能となる。
<実施例6> 二相分離を解消するバイオディーゼルの製造
これまで実施例では、バイオディーゼル製造の際に、攪拌操作が及ぼす反応速度への影響を除外するため、及び、反応効率を高めるために反応原料に補助溶剤を添加していた。しかし、この補助溶剤は、反応終了後には生成物から分離除去しなければならず、コストアップに繋がるといった問題点がある。そこで本実施例では、バイオディーゼルの製造コスト削減を目的とし、補助溶剤を用いない二相分離状態でのバイオディーゼル製造を試みた。本実験では、反応原料にはトリオレインとエタノールのみから成る混合溶液(トリオレインとエタノールのモル比=1:10)10gを用い、繊維状触媒にはグラフト率200%、官能基密度3.3mmol−TMA/g−触媒を使用した。それ以外の条件は実施例3と同様とした。また、比較のため粒子状強塩基性陰イオン交換樹脂であるDIAION PA306S(官能基密度:3.4mmol−TMA/g−樹脂、乾燥重量:0.5g)の結果も併せて示す。
【0078】
図9は各反応時間におけるトリグリセリドの反応率をプロットしたものを示し、図10はエステル交換反応開始24時間後の各反応溶液の写真を示す。図9が示すように、繊維状触媒と粒子状イオン交換樹脂の両方とも補助溶剤を使用しなくともバイオディーゼルを生成することは可能である。しかしながら、反応開始1時間後のトリグリセリドの反応率を比較してみると、繊維状触媒は粒子状イオン交換樹脂の約10倍の反応率を示しており(繊維状触媒:64%、粒子状イオン交換樹脂:6%)、より高速で、高効率なエステル交換反応が行われたことが分かる。この大きな反応速度の差は、接触効率や反応効率の高い繊維状グラフト重合体を触媒として利用した効果だけではなく、さらに、繊維状触媒の利用により補助溶剤を用いなくても、二相分離を解消するのに十分な量のバイオディーゼルを短時間で生成し、その結果、この生成されたバイオディーゼルが補助溶剤として機能するといった効果(補助溶媒の自己生成)との相乗効果が原因である。
【0079】
この結果は、図10に示す写真からも見て取れる。図10(a)に示すように、粒子状イオン交換樹脂を用いた場合は、反応開始24時間後もバイオディーゼルの生成量は少なく、反応溶液は二相に分離している。一方、繊維状触媒を使用した場合は、図10(b)に示すように高効率で大量に生成したバイオディーゼルの補助溶剤効果により、反応系の相分離が解消され、均一相を形成していた。
【0080】
以上より、繊維状触媒を用いることで補助溶剤を用いなくてもバイオディーゼルの製造が可能になる。これによって、補助溶剤除去工程を省略することができ、製造コストの低減を図ることが可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明のバイオディーゼル製造用触媒は、反応溶液に不溶な繊維状高分子を基材として使用しているため、均相アルカリ触媒法の欠点である触媒分離工程の簡略化を可能とする。また、この繊維状触媒は、比表面積が大きく接触効率の高い極細繊維からなり、さらに、より反応速度の速いグラフト重合体を触媒として使用するため、従来の粒子状イオン交換樹脂と比較して3倍以上の反応速度で効率的に大量のバイオディーゼルを製造することが可能である。また、繊維状触媒を用いることで補助溶剤を用いなくてもバイオディーゼルの製造が可能になる。このため、補助溶剤除去工程を省略することができ、製造コストの低減を図ることが可能である。さらに、この繊維状触媒の利用により、バイオディーゼル製造反応を50℃以下の温度で実施することができる。そのため、低コストで効率的なバイオディーゼル製造技術として、産業界、エネルギー業界に大きく貢献する可能性を有している。また、環境負荷の小さいバイオディーゼルの利用がさらに進めば、現在深刻化している地球温暖化および大気汚染などの環境問題、さらに、化石燃料資源の枯渇問題の解決に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】アミノ基または第4級アンモニウム基が導入されたグラフト重合体のアルカリ処理を示す図である。
【図2】実施例1に係る検証実験の結果である照射線量に対するグラフト率を示す図である。
【図3】実施例2に係る検証実験の結果である各反応時間におけるエステル交換反応後のクロマトグラムである。
【図4】実施例2に係る検証実験の結果である触媒種類に対するトリグリセリドの反応率を示す図である。
【図5】実施例3に係る検証実験の結果であるエステル交換反応温度に対するトリグリセリドの反応率を示す図である。
【図6】実施例4に係る検証実験の結果である各種アルコール類を使用した場合のエステル交換反応後のクロマトグラムである。
【図7】実施例5に係る検証実験の結果である菜種油を使用した場合のエステル交換反応後のクロマトグラムである。
【図8】実施例5に係る検証実験の結果であるパーム油を使用した場合のエステル交換反応後のクロマトグラムである。
【図9】実施例6に係る検証実験の結果である2相分離条件下における触媒種類に対するトリグリセリドの反応率を示す図である。
【図10】実施例6に係る検証実験の結果である2相分離条件におけるエステル交換反応24時間後の観察結果を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油脂類とアルコール類とのエステル交換反応によりバイオディーゼルを製造するための繊維状の触媒であって、
高分子繊維基材にグラフト重合によりグラフト鎖が導入され、前記グラフト鎖は、アミノ基及び第4級アンモニウム基から選択される1種または2種以上の官能基、及び水酸化物イオンを有することを特徴とするバイオディーゼル製造用触媒。
【請求項2】
高分子繊維基材は、糸状、または繊維の集合体である織布、不織布もしくは中空糸膜であることを特徴とする請求項1に記載のバイオディーゼル製造用触媒。
【請求項3】
高分子繊維基材の平均繊維径が、1μm以上50μm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のバイオディーゼル製造用触媒。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかのバイオディーゼル製造用の触媒を製造する方法であって、
高分子繊維基材を活性する工程と、活性化した高分子繊維基材を、反応性モノマーを含む溶液に接触させて前記反応性モノマーを前記高分子繊維基材にグラフト重合させる工程と、グラフト重合した高分子繊維基材のグラフト鎖にアミノ基及び第4級アンモニウム基から選択される1種または2種以上の機能性官能基を導入する工程と、グラフト重合した高分子繊維基材をアルカリ処理する工程と、を有することを特徴とするバイオディーゼル製造用触媒の製造方法。
【請求項5】
請求項1から3のいずれかのバイオディーゼル製造用の触媒を製造する方法であって、
高分子繊維基材を活性する工程と、活性化した高分子繊維基材を、アミノ基及び第4級アンモニウム基から選択される1種または2種以上の機能性官能基を有する反応性モノマーを含む溶液に接触させて前記反応性モノマーを前記高分子繊維基材にグラフト重合させる工程と、グラフト重合した高分子繊維基材をアルカリ処理する工程と、を有することを特徴とするバイオディーゼル製造用触媒の製造方法。
【請求項6】
請求項1から3のいずれかに記載のバイオディーゼル製造用触媒に、油脂類とアルコール類を接触させ、油脂類とアルコール類とのエステル交換反応によりバイオディーゼルを製造することを特徴とするバイオディーゼルの製造方法。
【請求項7】
油脂類が、天然油脂、合成油脂、モノグリセリド、ジグリセリド、合成トリグリセリド、これらの変性物、または、これらを含む廃品油脂類であることを特徴とする請求項6に記載のバイオディーゼルの製造方法。
【請求項8】
アルコール類は、炭素数1〜18の直鎖状または分岐鎖状アルコールから選択される1種または2種以上の混合アルコールを含むことを特徴とする請求項6または7に記載のバイオディーゼルの製造方法。
【請求項9】
反応温度が、10℃〜100℃の範囲であることを特徴とする請求項6から8のいずれかに記載のバイオディーゼルの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−155195(P2010−155195A)
【公開日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−334433(P2008−334433)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】