説明

パイプライン型A/D変換回路

【課題】セットリング誤差を線形化でき、高速で消費電力の小さいパイプライン型A/D変換回路を提供する。
【解決手段】パイプライン型A/D変換回路において、各段のA/D変換回路部に、複数の比較器を含み、入力信号をA/D変換するサブA/D変換回路と、サブA/D変換回路からのデジタル信号を、正負の参照電圧を基準値として用いて生成したアナログ制御信号にD/A変換し、アナログ制御信号に基づき、入力信号を、複数のサンプリングキャパシタを用いてサンプリングし、ホールドし、増幅してD/A変換する乗算型D/A変換回路と、後段側の乗算型D/A変換回路でサンプリングをする前に、後段側のサンプリングキャパシタを、サブA/D変換回路に含まれる複数の比較器の出力する比較結果信号に応じて、正負の参照電圧の中間電圧値に予め充電するプリチャージ回路と、を設け、セットリング誤差を線形化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、パイプライン型A/D変換回路に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、パイプライン型A/D変換回路は、通信用、画像用等の高速で高分解能なA/D変換回路として広く用いられている。このパイプラインA/D変換器に対しては、高速化と共に低消費電力化も求められている。
【0003】
図17には、従来のパイプライン型A/D変換回路の構成を示している。パイプライン型A/D変換回路910は、サンプルホールド回路11と、複数段設けられるA/D変換回路部920−1〜920−kを備えて構成される。A/D変換回路部920−1〜920−kは、互いに縦続接続されている。また、A/D変換回路部920−1〜920−kは、それぞれ基本演算回路としてのパイプラインステージとして機能する。以下の説明では、A/D変換回路部920−i(iは1〜kの整数)を第iステージと呼ぶ。A/D変換回路部920−1〜920−kは、サンプルホールド部21、ADC22、DAC23及び残余ゲインアンプ24を備えて構成される。サンプルホールド部21は、入力信号Vをサンプルホールドする。ADC22は、アナログ入力信号Vをnビットのデジタル信号に変換して出力する。DAC23は、ADC22により変換されたデジタル信号をアナログ信号に変換する。残余ゲインアンプ24は、サンプルホールド部21によりサンプルホールドされた信号からDAC23の出力する信号を減算した結果を増幅して出力信号Vとして出力する。また、サンプルホールド部21、ADC22、DAC23及び残余ゲインアンプ24をまとめて乗算型D/A変換回路(Multiplying Digital to Analog Converter, MDAC)と呼ぶこともある。
【0004】
図18に示すように、それぞれのパイプラインステージは、一定の時間周期で回路の接続をスイッチで切り替えることにより、サンプルフェーズ動作と増幅フェーズ動作を交互に繰り返す。すなわち、図18(a)に示すように、第(i−1)ステージがサンプルフェーズで動作するときは、その後段の第iステージは増幅フェーズで動作する。逆に、図18(b)に示すように、第(i−1)ステージが増幅フェーズで動作するときは、第iステージはサンプルフェーズで動作する。サンプルフェーズは、入力電圧VINにより、サンプリングキャパシタC及びCを充電することにより、入力電圧VINをサンプルするフェーズである。このとき、CとCのボトムプレートは入力VINに、CとCのトッププレートは基準電位GNDに接続されると共に演算増幅器Aの反転入力に接続される。増幅フェーズは、サンプルフェーズにおいてC及びCにサンプルされた電圧を増幅し、後段のステージに出力するフェーズである。より具体的には、DAC23の出力とCのボトムプレートとを接続すると共にCのボトムプレートと演算増幅器Aの出力とを接続し、CとCのトッププレートを基準電位GNDから切り離すことにより、理想的にはVOUT=−VDAC+2VINを満たすVOUTを後段のステージに出力する。このようなパイプライン型A/D変換回路の例として、特許文献1に記載のパイプライン型A/D変換回路がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−141861号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記で説明したパイプライン型A/D変換回路において、図18(b)に示すように、第(i−1)ステージが増幅フェーズのとき、第iステージはサンプルフェーズで動作する。このため、第(i−1)ステージが増幅フェーズに切り替えられると共に第iステージがサンプルフェーズに切り替えられると、演算増幅器A(i−1)は、第iステージのサンプリングキャパシタC’及びC’を、所定の演算結果に対応する電圧まで充電する。このとき、充電にかかる時間は、第iステージがサンプルフェーズに切り替えられる前にC’及びC’に蓄えられていた電荷によって変動する。この蓄えられていた電荷と、充電後の目標となる電荷の差が大きいほど、充電が完了するまでのセットリング時間がかかる。短い時間で充電を行い、パイプライン型A/D変換回路のサンプリング速度を高めるためには、演算増幅器Aに流すバイアス電流を増やす必要があるが、この場合、消費電力が大きくなってしまう。
【0007】
ここで、充電時間が不十分な場合、充電時間終了時の実際の電圧値と目標電圧値の間の誤差であるセットリング誤差が生じる。図19に、一般的なパイプライン型A/D変換回路におけるセットリング誤差の特性を示す。ここで、Vrは、DAC23の出力する参照電圧である。図19に示されるように、セットリング誤差Estは、入力電圧Vinに対して非線形となる。
【0008】
セットリング誤差が入力電圧Vinに対して非線形となる理由は、以下の通りである。演算増幅器Aは、増幅フェーズにおいては、正の入力と負の入力の電位差である入力電位差を小さくするように動作する。ここで、充電開始時には、入力電位差が大きく、演算増幅器Aは、出力電流が入力電位差によらず一定となるスルーイング領域で動作する。一方、充電が進むと、入力電位差が小さくなり、演算増幅器Aは、出力電流が入力電位差に比例するトランスコンダクタンス領域で動作する。このような2つの領域での動作が複合されるため、セットリング誤差は、入力電圧Vinに対して非線形となる。
【0009】
図19に示されるような非線形なセットリング誤差を補正するには、複雑な回路構成が必要となるため、セットリング誤差は入力電圧Vinに対して線形であることが好ましい。セットリング誤差を線形化する方法として、特許文献1のように、演算増幅器Aに、トランスコンダクタンス駆動領域のみで動作し、スルーイング領域で動作しない演算増幅器を使用する方法がある。しかし、この方法には、演算増幅器Aに定電流源を設けないため、PSRRが悪化するという問題点がある。
【0010】
そこで、本発明は、上記の問題点を解決するためのものであって、セットリング誤差を線形化でき、高速で消費電力の小さいパイプライン型A/D変換回路を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明のパイプライン型A/D変換回路は、アナログ入力信号をサンプルホールドした後、サンプルホールドされたサンプルホールド信号を出力するサンプルホールド回路と、互いに縦続接続された複数段のA/D変換回路部を含み、サンプルホールド信号をパイプライン形式でA/D変換するA/D変換回路と、を備えたパイプライン型A/D変換装置において、各段のA/D変換回路部は、複数の比較器を含み、入力信号を所定ビットのデジタル信号にA/D変換するサブA/D変換回路と、サブA/D変換回路からのデジタル信号を、参照電圧を基準値として用いて生成したアナログ制御信号にD/A変換し、アナログ制御信号に基づいて、入力信号を、複数のサンプリングキャパシタを用いてサンプリングし、ホールドし、増幅することによりD/A変換する乗算型D/A変換回路と、後段側の乗算型D/A変換回路でサンプリングをする前に、後段側のサンプリングキャパシタを、サブA/D変換回路に含まれる複数の比較器の出力する比較結果信号に応じて、参照電圧の上限と下限との間にある中間電圧値に予め充電するプリチャージ回路と、を有することを特徴とする。
【0012】
このようなパイプライン型A/D変換回路によれば、入力信号をサンプリングキャパシタにサンプリングする前に、プリチャージ回路が、正の参照電圧の上限と下限との間にある中間電圧値に充電を行うため、簡易な回路構成によってセットリング誤差を線形化でき、高速で消費電力の小さいパイプライン型A/D変換回路が得られる。
【0013】
ここで、プリチャージ回路は、複数のサンプリングキャパシタを正の参照電圧源と負の参照電圧源の間で複数の合成容量として直列に接続するための第1の制御スイッチと、複数のサンプリングキャパシタを正の参照電圧源と負の参照電圧源の間で並列に接続するための第2の制御スイッチと、を有しており、複数のサンプリングキャパシタを正の参照電圧源と負の参照電圧源の間で第1の制御スイッチを用いて複数の合成容量として直列に接続した後に、前記複数のサンプリングキャパシタを前記第2の制御スイッチを用いて並列に接続を変更することによって充電を行うことが好ましい。
【0014】
このようなパイプライン型A/D変換回路によれば、サンプリング、ホールド、増幅に用いられるサンプリングキャパシタを正の参照電圧源と負の参照電圧源の間で複数の合成容量として直列に接続した後に、前記複数のサンプリングキャパシタを前記第2の制御スイッチを用いて並列に接続を変更することによって、充電用の電圧を発生することにも用いることができるため、充電用の電圧発生回路を別途設ける必要がなく、回路の実装面積を小さく抑えることが可能となる。
【0015】
また、A/D変換回路部のうち初段のA/D変換回路部が有するサブA/D変換回路は、それぞれ、各A/D変換回路部のA/D変換の基準値をVとしたときに、−V/2と、−V/4と、0と、+V/4と、+V/2と、のしきい値を有する5個の比較器を含み、A/D変換回路部のうち、初段以外のA/D変換回路部が有するサブA/D変換回路は、それぞれ−V/4と、0と、+V/4と、のしきい値を有する3個の比較器を含み、プリチャージ回路は、比較器からの各比較結果信号に基づいて、−2V/3と、−V/3と、0と、V/3と、2V/3と、の5値の出力信号を出力することが好ましい。
【0016】
このようなパイプライン型A/D変換回路によれば、−V/2と、−V/4と、0と、+V/4と、+V/2と、のしきい値を有する5個の比較器、または−V/4と、0と、+V/4と、のしきい値を有する3個の比較器からの各比較結果信号に基づいて、−2V/3と、−V/3と、0と、V/3と、2V/3と、の5値の出力信号を出力されるため、A/D変換回路部への入力電圧に応じて、プリチャージ回路での充電に使用される中間電圧値が生成され、セットリング誤差をより線形化することができ、高速で消費電力の小さいパイプライン型A/D変換回路が得られる。
【0017】
また、サブA/D変換回路は、それぞれ、各A/D変換回路部のA/D変換の基準値をVとしたときに、−V/2と、−V/4と、0と、+V/4と、+V/2と、のしきい値を有する5個の比較器を含み、プリチャージ回路は、5個の比較器からの各比較結果信号に基づいて、−2V/3と、−V/3と、0と、V/3と、2V/3と、の5値の出力信号を出力することが好ましい。
【0018】
このようなパイプライン型A/D変換回路によれば、−V/2と、−V/4と、0と、+V/4と、+V/2と、のしきい値を有する5個の比較器からの各比較結果信号に基づいて、−2V/3と、−V/3と、0と、V/3と、2V/3と、の5値の出力信号を出力されるため、A/D変換回路部への入力電圧に応じて、プリチャージ回路での充電に使用される中間電圧値が生成され、セットリング誤差をより線形化することができ、高速で消費電力の小さいパイプライン型A/D変換回路が得られる。
【0019】
また、互いに縦続接続される複数段の誤差補正回路を有するデジタル誤差補正回路をさらに備え、誤差補正回路のうち、初段の誤差補正回路は、A/D変換回路部の有するサブA/D変換回路が出力するデジタル信号と、A/D変換回路部の有するサブA/D変換回路に含まれる比較器が出力する比較結果信号と、を用いてA/D変換回路部よりも後段にあるA/D変換回路部が出力する入力信号を補正し、誤差補正回路のうち、初段以外の誤差補正回路は、A/D変換回路部の有するサブA/D変換回路が出力するデジタル信号と、A/D変換回路部の有するサブA/D変換回路に含まれる比較器が出力する比較結果信号と、他段の誤差補正回路によって補正された入力信号とを用いて、A/D変換回路部が出力する入力信号を補正することが好ましい。
【0020】
これによれば、線形化されたセットリング誤差をデジタル誤差補正回路により補正することができるため、高速で消費電力が小さく、かつ変換精度の高いパイプライン型A/D変換回路が得られる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、セットリング誤差を線形化でき、高速で消費電力の小さいパイプライン型A/D変換回路が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本実施形態に係るパイプライン型A/D変換回路の構成を示す図である。
【図2】本実施形態に係るパイプライン型A/D変換回路の構成と動作を示す図である。
【図3】FADCの回路構成を示す図である。
【図4】演算増幅器によるサンプリングキャパシタの充電動作を示す図である。
【図5】乗算型D/A変換回路の入出力特性とサンプリングキャパシタの充電電圧を示す図である。
【図6】本実施形態に係るパイプライン型A/D変換回路におけるセットリング誤差の特性を示す図である。
【図7】参照電圧発生回路を示す図である。
【図8】参照電圧発生回路に入力されるクロックの波形を示す図である。
【図9】参照電圧発生回路の動作を示す図である。
【図10】参照電圧発生回路の動作を示す図である。
【図11】乗算型D/A変換回路の有限利得誤差とセットリング誤差とを示す図である。
【図12】サブA/D変換回路の入出力特性を示す図である。
【図13】デジタル誤差補正回路の構成を示す図である。
【図14】デジタル誤差補正回路を用いた補正の有無による積分非直線性の違いを示す図である。
【図15】乗算型D/A変換回路の誤差を示す図である。
【図16】デジタル誤差補正回路における補正段数と積分非直線性の関係を示す図である。
【図17】従来のパイプライン型A/D変換回路の構成を示す図である。
【図18】従来のパイプライン型A/D変換回路の動作を示す図である。
【図19】従来のパイプライン型A/D変換回路におけるセットリング誤差の特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、添付図面を参照しながら本発明によるパイプライン型A/D変換回路の実施の形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0024】
本実施形態に係るパイプライン型A/D変換回路も、図17に示す従来のパイプライン型A/D変換回路10と同様のブロック構成をとっている。すなわち、本実施形態に係るパイプライン型A/D変換回路10は、図1に示すように、アナログ入力信号をサンプルホールドした後、サンプルホールドされたサンプルホールド信号を出力するサンプルホールド回路11と、複数段設けられるA/D変換回路部20−1〜20−kを備えて構成され、A/D変換回路部20−1〜20−kは、互いに縦続接続されている。本実施形態のパイプライン型A/D変換回路のA/D変換回路部20−1〜20−kと、従来のパイプライン型A/D変換回路のA/D変換回路部920−1〜920−kとの違いは、以下で詳述する。
【0025】
図2は、本実施形態に係るパイプライン型A/D変換回路の構成と動作を示す図である。本図においては、図18と同様に、第(i−1)ステージと第iステージとを示している。第(i−1)ステージは、サンプリングキャパシタC及びCと、演算増幅器A(i−1)と、DAC23(i−1)と、FADC25と、pcDAC26から構成される。第iステージは、サンプリングキャパシタC’及びC’と、演算増幅器A(i)と、DAC23(i)と、FADC25(i)(図示略)と、pcDAC26(i)(図示略)から構成される。
【0026】
図2(a)は、第(i−1)ステージがサンプルフェーズで動作し、第iステージが増幅フェーズで動作しているところを示している。サンプルフェーズと増幅フェーズについては、本実施形態のパイプライン型A/D変換回路は、従来のパイプライン型A/D変換回路と同様の動作を行う。
【0027】
次に、図2(b)は、本実施形態のパイプライン型A/D変換回路の第(i−1)ステージが増幅フェーズに移る直前、すなわち第iステージがサンプルフェーズに移る直前の状態を示す。この状態での動作をプリチャージ動作と称し、この動作段階をプリチャージフェーズと称する。このプリチャージフェーズにおいて、第(i−1)ステージの入力VINはFADC(サブA/D変換回路)25に接続され、FADC25の出力はpcDAC26に入力される。
【0028】
FADC25について、図3を用いて説明する。図3は、FADC25の構成を示す図である。FADC25は、5つの比較器251〜255を備えて構成されている。入力Vinは、5つの比較器251〜255の非反転入力に接続されている。比較器251の反転入力には電圧−V/4の電圧源が接続されている。なお、Vは、ADC22でのA/D変換の基準値として用いられる基準電圧である。比較器251は、Vinを−V/4と比較して、比較結果に応じた2値信号を出力Dに出力する。比較器251は、Vinが−V/4よりも大きければハイレベルの信号を出力し、Vinが−V/4よりも小さければローレベルの信号を出力する。比較器252の反転入力には電圧V/4の電圧源が接続されている。比較器252は、VinをV/4と比較して、比較結果に応じた2値信号を出力Dに出力する。比較器252は、VinがV/4よりも大きければハイレベルの信号を出力し、VinがV/4よりも小さければローレベルの信号を出力する。比較器253は、Vinを−V/2と比較して、比較結果に応じた2値信号を出力Dに出力する。比較器253は、Vinが−V/2よりも大きければハイレベルの信号を出力し、Vinが−V/2よりも小さければローレベルの信号を出力する。比較器254の反転入力には電圧V/2の電圧源が接続されている。比較器254は、VinをV/2と比較して、比較結果に応じた2値信号を出力Dに出力する。比較器254は、VinがV/2よりも大きければハイレベルの信号を出力し、VinがV/2よりも小さければローレベルの信号を出力する。比較器255の反転入力には電圧0の電圧源が接続されている。比較器255は、Vinを0と比較して、比較結果に応じた2値信号を出力Dに出力する。比較器255は、Vinが0よりも大きければハイレベルの信号を出力し、Vinが0よりも小さければローレベルの信号を出力する。なお、各ステージの出力は、ほぼ−V/2から+V/2までの範囲内となる。したがって、第2ステージ以降の各ステージの入力電圧もほぼ第2ステージ以降においては、通常、ほぼ−V/2から+V/2までの範囲内となる。このため、第2ステージ以降の各ステージにおいては、比較器253及び比較器254を省略し、入力電圧と−V/2の比較及び入力電圧と+V/2の比較を省略してもよい。
【0029】
図2(b)に戻って説明を続ける。電圧生成回路部(pcDAC)26は、FADC25の出力に応じて、正の参照電圧源と負の参照電圧源の中間電圧をプリチャージ電圧として出力する回路である。詳細な構成については後述する。
【0030】
図2(b)に示すプリチャージフェーズにおいて、第iステージのサンプリングキャパシタC’及びC’のトッププレートは基準電位GNDに接続される。同時に、C’及びC’のボトムプレートは、pcDAC26の出力に接続される。したがって、このプリチャージフェーズにおいて、C’及びC’は、pcDAC26の出力電圧により充電される。
【0031】
プリチャージフェーズが終わると、図2(c)に示すように、第(i−1)ステージは増幅フェーズに移り、同時に第iステージはサンプルフェーズに移る。このときの動作は、従来型のパイプライン型A/D変換回路と同様である。
【0032】
ここで、pcDAC26がプリチャージフェーズにおいてC’及びC’をどのような電圧に充電することが好ましいかについて説明する。図4は、第(i−1)ステージのサンプリングキャパシタC、C及び演算増幅器A(i−1)と、第iステージのサンプリングキャパシタC’、C’との接続関係を示す図である。図中、Cinは演算増幅器A(i−1)の反転入力と非反転入力の間の寄生容量を表し、Coutは演算増幅器A(i−1)の出力の寄生容量を表す。また、Cは、第iステージのサンプリングキャパシタC’とC’とをまとめて表す。
【0033】
図4(a)は、第(i−1)ステージがサンプルフェーズであり、第iステージが増幅フェーズにある状態を示す。このとき、第(i−1)ステージのサンプリングキャパシタCとCは共に電圧Vinに充電されている。また、Cは電圧VL0に充電されている。
【0034】
図4(b)は、第(i−1)ステージが増幅フェーズに移り、第iステージがサンプルフェーズに移った状態を示す。このとき、C及びCのトッププレートは基準電位GNDから切り離され、演算増幅器A(i−1)の反転入力に接続される。CのボトムプレートはDAC23(i−1)の出力に接続され、その電位がVDACとなる。また、Cのボトムプレートは演算増幅器A(i−1)の出力に接続される。さらに、Cも演算増幅器A(i−1)の出力に接続される。ここで、第(i−1)ステージが増幅フェーズに移り、第iステージがサンプルフェーズに移った直後の演算増幅器A(i−1)の出力ノードの過渡応答の初期電圧をVout_initとすると、Vout_initは次の式(1)で表される。
【数1】

【0035】
また、第iステージが増幅フェーズにあるときのCの電圧VL0は、プリチャージを行わない場合には、第iステージが増幅フェーズにあるときの第iステージのDAC23(i)の出力電圧VDAC_2nd、第iステージの出力電圧VOUT_2nd、第(i−1)ステージの演算増幅器A(i−1)の反転入力の電圧Vs_2ndを用いて、次の式(2)で表される。
【数2】

【0036】
第(i−1)ステージが増幅フェーズに移ると、演算増幅器A(i−1)は、上記の初期電圧Vout_initから、入力Vinに応じた目標出力電圧値までサンプリングキャパシタCを充電する。初期電圧Vout_initと目標出力電圧値との差が大きいほど、Cの充電に時間がかかる。このため、初期電圧Vout_initと目標出力電圧値との差が最大となる場合に、Cの充電にかかる時間が最長となる。このようなCの充電にかかる時間が最長となる場合でも十分にCを充電できるように、パイプライン型A/D変換回路の各ステージに必要な最小限の時間周期が決定され、動作速度が制限される。
【0037】
そこで、初期電圧Vout_initと目標出力電圧値との差を小さくできれば、Cの充電にかかる時間を短縮することができ、パイプライン型A/D変換回路の動作速度を高めることができる。
【0038】
図5に、各パイプラインステージである乗算型D/A変換回路(MDAC)の伝達曲線を細線で示す。このMDACの伝達曲線は、MDACの入力Vinに対して出力されるべき出力Voutの値である。MDACの伝達曲線は、ADC22の出力するデジタル値Dに対応する3本の直線で表される。すなわち、−V≦Vin<−V/4のときはD=−1で、Vout=2Vin+V、−V/4≦Vin≦V/4のときはD=0でVout=2Vin、V/4<Vin≦VのときはD=1で、Vout=2Vin−Vとなる。
【0039】
以上で説明したMDACの伝達曲線が目標出力電圧値となる。そこで、このMDACの伝達曲線にVout_initを近づけると、Cの充電時間を短くすることができる。そこで、本実施形態においてはVinの値によってVout_initの値を切り替え、Vinの値に応じてMDACの伝達曲線にVout_initを近づける。具体的には、例えば、Vinが−3V/4<Vin≦−Vin/2の範囲にあるとき、図5から、MDACの伝達曲線は、−V/2<Vin≦0の範囲にある。そこで、−3V/4<Vin≦−V/2の範囲においては、Vout_initを−3V/4と−Vin/2の中間値にあたる−V/4とすれば、Vinが−3V/4<Vin≦−V/2の範囲におけるMDACの伝達曲線とVout_initとの差の最大値を最も小さくできる。このため、Vinが−3V/4<Vin≦−V/2の範囲においては、Vout_initを−V/4とする。同様に、−V/4<Vin<0及びV/4≦Vin<V/2の範囲においては、Vout_initを−V/4とし、−V/2<Vin≦−V/4、0≦Vin<V/4及びV/2≦Vin<3V/4の範囲においてはVout_initを−V/4とする。以上のVinとVout_initとの関係を図5の破線で示す。
【0040】
また、Vout_initとVL0は、式(1)の関係を有している。そこで、望ましいVout_initの値から、第(i−1)ステージのサンプルフェーズの間にCにプリチャージすべき電圧値VL0を逆算することができる。このように逆算されるVL0のVinとの関係を図5の太い実線で示す。
【0041】
以上のようにCのプリチャージを行った場合のMDACのセットリング誤差特性のシミュレーション結果を図6に示す。図6に示される通り、プリチャージを行うことにより、プリチャージを行わないMDACの伝達特性(図19参照)と比べて、セットリング誤差のVinに対する線形性が向上する。
【0042】
ここで、Cに対するプリチャージ電圧の与え方としては、上記で説明した最適電圧を出力する参照電圧源を用いる方法も考えられるが、参照電圧源の数が増えると電力消費も増加し、また、参照電圧源を構成するアナログ回路部の規模も大きくなるため、実装面積の点でも好ましくない。そこで、本実施形態においては、プリチャージ電圧を、キャパシタの接続を変更したときの電荷再配分により発生する。
【0043】
具体的なプリチャージ電圧の発生方法を図7〜図10を用いて説明する。図7は、本実施形態において、電荷再配分により参照電圧を発生する回路を示す図である。なお、図7は、プリチャージ電圧を発生するプリチャージ回路の回路図であり、説明を簡単にするため、シングルエンドの回路図としている。本実施形態においては、各ステージのサンプリングキャパシタC及びCとプリチャージ電圧を発生するためのキャパシタを共用している。すなわち、図2のキャパシタCが図7のキャパシタCに、図2のキャパシタCが図7のキャパシタC/3及び2C/3を並列接続したものに相当する。このような3個のキャパシタC/3、2C/3及びCを、pcDAC26の内部の6個のスイッチ261〜266により適宜切り替えて接続する。
【0044】
また、図8に、図7の参照電圧発生回路に供給されるクロックのタイミングチャートを示す。時刻tにクロックΦ及びΦDAが立ち上がり、キャパシタCのボトムプレートがDAC23の出力DAC_Pに接続されると共にキャパシタC/3及びキャパシタ2C/3のボトムプレートがアンプAの出力に接続され、増幅フェーズが開始する。次に時刻tにクロックΦ及びΦDAが立ち下がり、キャパシタCのボトムプレートがDAC23の出力DAC_Pから切り離されると共にキャパシタC/3及びキャパシタ2C/3のボトムプレートがアンプAの出力から切り離され、増幅フェーズが終了する。そして、時刻tにΦSPが立ち上がり、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのトッププレートが基準電位GNDに接続される。
【0045】
次いで、時刻tに制御信号Yx(xは1〜3の整数)が変動して適宜ハイレベル又はローレベルの信号となり、pcDAC26内の6個のスイッチ261〜266がオン状態またはオフ状態となる。これによって、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートが正の参照電圧VREFPと負の参照電圧VREFNとの間で適宜直列又は並列に接続され、プリチャージフェーズが開始する。制御信号YxはFADC25が入力Vinを基準電圧と比較して出力する比較結果信号に基づいて変化する。制御信号Yxの変化の仕方については後述する。その後、時刻tに制御信号Yxが全て立ち下がり、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートが正の参照電圧VREFPと負の参照電圧VREFNから切り離され、プリチャージフェーズが終了する。
【0046】
その後、時刻tにクロックΦinが立ち上がり、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートがステージの入力Vinに接続され、サンプルフェーズが開始する。そして、時刻tにクロックΦSPが立ち下がり、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのトッププレートが基準電位GNDから切り離されることでサンプルフェーズが終了する。最後に時刻tにクロックΦinが立ち下がることで、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートがステージの入力Vinから切り離され、1周期が終了する。
【0047】
次に、図9及び図10を用いて、制御信号YがVinに応じてどのように変化し、プリチャージ電圧がどのように発生するかについて説明する。なお、以下の説明においては、正の参照電圧VREFPを+V、負の参照電圧VREFNを−Vとする。また、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのトッププレートは、クロックΦSPが立ち上がることにより、基準電位GNDに接続されている。そして、以下で説明するように、本実施形態においては、3個のキャパシタのうち2個を並列に接続して合成容量とし、この合成容量と残る1個のキャパシタとを第1の制御スイッチを用いて直列に接続した後、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCを第2の制御スイッチを用いて並列に接続を変更することによって、C/3、2C/3及びCが、参照電圧の上限+Vと−Vとの間にある中間電圧値に充電される。
【0048】
図9(a)は、−3V/4<Vin≦−V/2の場合の3個のキャパシタC/3、2C/3及びCの接続を表す図である。まず、図9(a)の実線で示すように、Y及びYはハイレベル、Yはローレベルとされ、キャパシタC/3、2C/3のボトムプレートは+Vに接続され、キャパシタCのボトムプレートは−Vに接続される。これにより、キャパシタC/3、2C/3、Cにはそれぞれ+C/3、+2C/3、−Cの電荷が充電される。次に、図9(a)の破線で示すように、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートが+V及び−Vから切り離され、これらのボトムプレートが全て接続されることにより、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCが並列に接続を変更される。これにより、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCに充電された電荷は(+C/3)+(+2C/3)+(−C)=0となる。したがって、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートに出力される電圧VL0は、電荷0を3個のキャパシタC/3、2C/3及びCの並列接続時の合成容量C/3+2C/3+C=2Cで除算した0となる。
【0049】
図9(b)は、−V/2<Vin≦−V/4の場合の3個のキャパシタC/3、2C/3及びCの接続を表す図である。まず、図9(b)の実線で示すように、Y及びYはハイレベル、Yはローレベルとされ、キャパシタ2C/3、Cのボトムプレートは+Vに接続され、キャパシタC/3のボトムプレートは−Vに接続される。これにより、キャパシタC、2C/3、C/3にはそれぞれ+C、+2C/3、−C/3の電荷が充電される。次に、図9(b)の破線で示すように、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートが+V及び−Vから切り離され、これらのボトムプレートが全て接続されることにより、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCが並列に接続を変更される。これにより、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCに充電された電荷は(+C)+(+2C/3)+(−C/3)=+4C/3となる。したがって、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートに出力される電圧VL0は、電荷+4C/3を3個のキャパシタC/3、2C/3及びCの並列接続時の合成容量C/3+2C/3+C=2Cで除算した+2V/3となる。
【0050】
図9(c)は−V/4<Vin<0の場合の3個のキャパシタC/3、2C/3及びCの接続を表す図である。まず、図9(c)の実線で示すように、Yはハイレベル、Y及びYはローレベルとされ、キャパシタ2C/3のボトムプレートは+Vに接続され、キャパシタC/3、Cのボトムプレートは−Vに接続される。これにより、キャパシタ2C/3、C/3、Cにはそれぞれ+2C/3、−C/3、−Cの電荷が充電される。次に、図9(c)の破線で示すように、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートが+V及び−Vから切り離され、これらのボトムプレートが全て接続されることにより、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCが並列に接続を変更される。これにより、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCに充電された電荷は(+2C/3)+(−C/3)+(−C)=−2C/3となる。したがって、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートに出力される電圧VL0は、電荷−2C/3を3個のキャパシタC/3、2C/3及びCの並列接続時の合成容量C/3+2C/3+C=2Cで除算した−V/3となる。
【0051】
図10(a)は0≦Vin<V/4の場合の3個のキャパシタC/3、2C/3及びCの接続を表す図である。まず、図10(a)の実線で示すように、Y及びYはハイレベル、Yはローレベルとされ、キャパシタC/3、Cのボトムプレートは+Vに接続され、キャパシタ2C/3のボトムプレートは−Vに接続される。これにより、キャパシタC/3、C、2C/3にはそれぞれ+C/3、+C、−2C/3の電荷が充電される。次に、図10(a)の破線で示すように、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートが+V及び−Vから切り離され、これらのボトムプレートが全て接続されることにより、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCが並列に接続を変更される。これにより、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCに充電された電荷は(+C/3)+(+C)+(−2C/3)=+2C/3となる。したがって、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートに出力される電圧VL0は、電荷+2C/3を3個のキャパシタC/3、2C/3及びCの並列接続時の合成容量C/3+2C/3+C=2Cで除算した+V/3となる。
【0052】
図10(b)はV/4≦Vin<V/2の場合の3個のキャパシタC/3、2C/3及びCの接続を表す図である。まず、図10(b)の実線で示すように、Yはハイレベル、Y及びYはローレベルとされ、キャパシタC/3のボトムプレートは+Vに接続され、キャパシタ2C/3、Cのボトムプレートは−Vに接続される。これにより、キャパシタC/3、2C/3、Cにはそれぞれ+C/3、−2C/3、−Cの電荷が充電される。次に、図10(b)の破線で示すように、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートが+V及び−Vから切り離され、これらのボトムプレートが全て接続されることにより、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCが並列に接続を変更される。これにより、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCに充電された電荷は(+C/3)+(−2C/3)+(−C)=−4C/3となる。したがって、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートに出力される電圧VL0は、電荷−4C/3を3個のキャパシタC/3、2C/3及びCの並列接続時の合成容量C/3+2C/3+C=2Cで除算した−2V/3となる。
【0053】
図10(c)はV/2≦Vin<3V/2の場合の3個のキャパシタC/3、2C/3及びCの接続を表す図である。まず、図10(c)の実線で示すように、Yはハイレベル、Y及びYはローレベルとされ、キャパシタCのボトムプレートは+Vに接続され、キャパシタ2C/3、Cのボトムプレートは−Vに接続される。これにより、キャパシタC、2C/3、C/3にはそれぞれ+C、−2C/3、−C/3の電荷が充電される。次に、図10(c)の破線で示すように、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートが+V及び−Vから切り離され、これらのボトムプレートが全て接続されることにより、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCが並列に接続を変更される。これにより、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCに充電された電荷は(+C)+(−2C/3)+(−C/3)=0となる。したがって、3個のキャパシタC/3、2C/3及びCのボトムプレートに出力される電圧VL0は、電荷0を3個のキャパシタC/3、2C/3及びCの並列接続時の合成容量C/3+2C/3+C=2Cで除算した0となる。
【0054】
次に、これまで説明した、プリチャージによってセットリング誤差を線形化したパイプライン型A/D変換回路に対して、その出力するデジタル信号に含まれる誤差を補正するためのデジタル誤差補正回路について説明する。パイプライン型A/D変換回路において生ずる誤差のうち主なものとして、セットリング誤差と、有限利得誤差とがある。セットリング誤差は、MDACにおいて、応答時間不足によって演算増幅器からサンプリング容量への充電が十分に行われないことによって生じる誤差である。また、有限利得誤差は、MDACにおいて、演算増幅器の持つ利得が有限であることによって生じる誤差である。仮に演算増幅器の利得が無限大であれば、有限利得誤差は生じない。以下で説明するデジタル誤差補正回路は、上記のセットリング誤差と有限利得誤差の双方を補正するための回路である。
【0055】
以下、デジタル誤差補正回路における補正処理のアルゴリズムを説明する。まず、第iステージの入力信号をXとし、この入力信号XをA/D変換した値をDCODEとする。このとき、参照電圧をVとすると、入力信号Xの範囲は以下の式(3)の通りである。
【数3】

【0056】
また、第iステージの出力の理想値Xi+1は、次の式(4)の通りである。
【数4】

【0057】
ここで、Dは、ADC22がXをA/D変換した後のデジタル信号である。ここでは、ADC22は1.5ビットADCとして説明をする。この場合、−V≦Vin<−V/4のときD=−1、−V/4≦Vin≦V/4のときD=0、V/4<Vin≦VのときD=1である。
【0058】
について式(4)を解くと、次の式(5)のようになる。
【数5】

【0059】
一方、MDACの持つセットリング誤差と有限利得誤差を考慮すると、式(4)のXi+1は次の式(6)のようになる。
【数6】

【0060】
ここで、a’は、第iステージのMDACの有限利得誤差を表す係数である。また、b’は、第iステージのMDACのセットリング誤差を表す係数である。プリチャージを行わない従来のパイプライン型A/D変換回路においては、MDACの有する演算増幅器がトランスコンダクタンス領域だけでなくスルーイング領域でも動作するため、a’及びb’はXの変動に応じて変動するXの関数である。すなわち、a’及びb’は入力信号依存性を有している。このため、これらの有限利得誤差及びセットリング誤差の補正を行うためには、Xに対して非線形な補正が必要になる。したがって、補正を行うための補正回路は複雑なものとなる。
【0061】
一方、これまでに述べたプリチャージを行うパイプライン型A/D変換回路においては、MDACの有する演算増幅器はトランスコンダクタンス領域でのみ動作するため、有限利得誤差及びセットリング誤差がXに対して線形となる。
【0062】
有限利得誤差とセットリング誤差の入力電圧に対する依存性を図11に示す。図11(a)は、MDACを100MHzで動作させ、またプリチャージを行ったときの有限ゲイン誤差egainの、MDACへの入力電圧Vinに対する変化のシミュレーション結果を示す図である。図11(b)は、MDACを100MHzで動作させ、またプリチャージを行ったときのセットリング誤差estの、MDACへの入力電圧Vinに対する変化のシミュレーション結果を示す図である。有限ゲイン誤差egainは、−3V/4≦Vin<−V/4、−V/4≦Vin≦V/4、V/4<Vin≦3V/4の3個の領域のそれぞれにおいて、ほぼ同じ傾きとオフセットを持っており、また、それぞれの領域内においてはVinに対してほぼ線形に変化する。セットリング誤差estは、−3V/4≦Vin<−V/2、−V/2≦Vin<−V/4、−V/4≦Vin<0、0<Vin≦V/4、V/4<Vin≦V/2、V/2<Vin≦3V/4の6個の領域のそれぞれにおいて、ほぼ同じ傾きとオフセットを持っており、また、それぞれの領域内においてはVinに対してほぼ線形に変化する。
【0063】
以上で示したように、プリチャージを行うパイプライン型A/D変換回路においては、a’及びb’はXの値によらない定数とみなすことができる。このため、有限利得誤差及びセットリング誤差の補正を行うためには、Xに対して線形な補正をすればよい。したがって、補正を行うための補正回路が以下で述べるような簡単なものとできる。以下、a’及びb’をそれぞれ定数a及び定数bとして説明を行う。
【0064】
以下の補正において使用されるデジタルコードD及びDPについて図12を用いて説明する。図12(a)のグラフ及び図12(b)の表に示すように、−3V/4≦Vin<−V/2のときD=−1、DP=−1であり、−V/2≦Vin<−V/4のときD=−1、DP=1であり、−V/4≦Vin<0のときD=0、DP=−1であり、0≦Vin<V/4のときD=0、DP=1であり、V/4≦Vin<V/2のときD=1、DP=−1であり、V/2≦Vin<3V/4のときD=1、DP=1である。
【0065】
以上のようなデジタルコードD及びDPを用いると、式(6)のXi+1は次の式(7)のように表せる。
【数7】

【0066】
これを変形すると、次の式(8)のようになる。
【数8】

【0067】
式(5)と式(8)を比較することにより、第iステージの有限利得誤差egain[i]及びセットリング誤差est[i]は、それぞれ以下の式(9)及び式(10)のように表せることがわかる。
【数9】


【数10】

【0068】
したがって、式(9)及び式(10)により誤差を求めて、Xからegain[i]及びest[i]を減算することにより、Xの補正を行うことができる。
【0069】
また、次の式(11)により、Xi+1とDとDPとを用いてXを求めることにより誤差を補正することもできる。
【数11】

【0070】
式(11)は、Xi+1、a、bからXを求める式となっている。すなわち、式(11)によれば、第(i+1)ステージの入力値であるXi+1の値を用いて、その前段である第iステージの入力値であるXの値を求めることができる。このように求めたXの値から、式(11)と同様に、第(i−1)ステージの入力値であるXi−1も求めることができる。このような計算を繰り返すことにより、後段から順にさかのぼって、初段までの補正を行うことができる。
【0071】
以上で説明したアルゴリズムを実行するデジタル誤差補正回路を備えたパイプライン型A/D変換回路を図13に示す。この例においては、上位の3ステージ分のXを補正する場合を示している。
【0072】
本実施形態に係るパイプライン型A/D変換回路50は、パイプラインA/D変換回路本体部30と、デジタル誤差補正回路40とを備えて構成されている。パイプラインA/D変換回路本体部30は、入力Xn−2をA/D変換し、変換された結果であるデジタル信号をデジタル誤差補正回路40に出力する。デジタル誤差補正回路40は、パイプラインA/D変換回路本体部30から入力されたデジタル信号の誤差を補正し、補正結果であるX’n−2を出力する。
【0073】
パイプラインA/D変換回路本体部30は、複数段のA/D変換回路部20を縦続に接続し、さらにその後段にバックエンド部33を接続して構成されている。ここで、第nステージのA/D変換回路部20−nは、MDAC31(n)とpcDAC32(n)とを備えて構成されている。
【0074】
MDAC31(n)は、アナログ入力XをA/D変換して、図12に示すDを出力すると共に、Dをアナログ変換し、XからDのアナログ変換結果を減算し、減算結果を増幅してアナログ出力Xn+1に出力する機能ブロックである。MDAC31(n)は、具体的な回路構成としては、図17に示すサンプルホールド部21、ADC22、DAC23、残余ゲインアンプ24により構成される。
【0075】
pcDAC32は、アナログ入力Xの値に応じて図12に示すデジタル出力DPを出力する機能ブロックである。pcDAC32は、具体的な回路構成としては、図3に示すFADC25と、FADC25に含まれる各比較器251〜255の出力信号を組み合わせて図12に示す比較結果信号DPを生成する論理回路により構成される。
【0076】
バックエンド部33は、パイプラインA/D変換回路本体部30のうち、第nステージのA/D変換回路部20−nよりも後段に接続されるA/D変換回路部20全てを含んだ回路である。つまり、バックエンド部33自体が、パイプラインA/D変換回路本体部30よりもステージ数の3個少ないパイプライン型A/D変換回路となっている。バックエンド部33は、アナログ入力Xn+1をA/D変換してDBACKとし、このDBACKをデジタル誤差補正回路40に出力する。
【0077】
デジタル誤差補正回路40は、誤差補正回路41を縦続接続して構成されている。縦続接続される誤差補正回路41のうち、その初段に相当する誤差補正回路41(n)は、D、DP、DBACKを用いて、Xの補正後の値に相当するX’を計算して出力する回路である。具体的には、デジタル誤差補正回路40は、式(11)を用いて、Xの補正後の値X’を計算する。ここで、式(11)のXi+1としては、バックエンド部33の出力するDBACKが用いられる。
【0078】
誤差補正回路41のうち、初段以外に相当する誤差補正回路41(n−1)は、Dn−1、DPn−1、X’を用いて、Xn−1の補正後の値に相当するX’n−1を計算して出力する回路である。具体的には、デジタル誤差補正回路40は、式(11)を用いて、Xの補正後の値X’n−1を計算する。ここで、式(11)のXi+1としては、誤差補正回路41(n)の出力するX’が用いられる。すなわち、誤差補正回路41(n−1)は、MDAC31(n−1)が出力するデジタル信号Dn−1と、pcDAC32(n−1)が出力する比較結果信号DPn−1と、他段の誤差補正回路41(n)によって補正された入力信号X’とを用いて、MDAC31(n−1)が出力する入力信号Xn−1を補正する。また、誤差補正回路41(n−2)も、同様にして、MDAC31(n−1)が出力するデジタル信号Dn―2と、pcDAC32(n−1)が出力する比較結果信号DPn−2と、他段の誤差補正回路41(n−1)によって補正された入力信号X’n−1とを用いて、MDAC31(n−1)が出力する入力信号Xn−2を補正する。この例では、MDAC31(n−2)がパイプラインA/D変換回路本体部30における初段のMDACであり、MDAC31(n−2)に入力されるXn−2が補正され、最終的な補正結果がX’n−2=DOUT_Correctedとして出力される。
【0079】
このように、デジタル誤差補正回路40においては、パイプラインA/D変換回路本体部30のMDAC31が出力するデジタル信号Dと、pcDAC32が出力する比較結果信号DPと、パイプラインA/D変換回路本体部30の後段側のMDAC31の入力であるXn+1とに基づいて、前段側のMDAC31の入力であるXが求められ、以下同様にして前の段のXn−1、Xn−2、と順番に前段側にさかのぼることにより、初段までの補正が行われる。
【0080】
以上で説明したパイプライン型A/D変換回路における誤差のデジタル補正の有無による違いを図14に示す。図14(a)は、12ビットのパイプライン型A/D変換回路において、有限ゲイン誤差とセットリング誤差のデジタル補正を行う前の積分非直線性(INL、Integral Non-Linearity)を示す図である。図14(b)は、同じ12ビットのパイプライン型A/D変換回路において、有限ゲイン誤差とセットリング誤差のデジタル補正を行った後の積分非直線性を示す図である。図14(b)においては、全ての段に補正をかけた場合の結果を示している。図14(a)の補正前の積分非直線性は30LSB(Least Significant Bit)程度であるのに対し、図14(b)の補正後の積分非直線性は0.6LSB程度となり、積分非直線性が大幅に改善されている。
【0081】
このパイプライン型A/D変換回路において用いたMDACの誤差estageの特性を図15に示す。このestageは、有限利得誤差とセットリング誤差の両方を含んでいる。estageの誤差は1.5%以上と大きなものであるが、本実施形態のデジタル誤差補正回路によれば、MDACの誤差estageを十分な線形性を有するものとできる。
【0082】
また、補正を行う段数である補正段数と積分非直線性との関係を図16に示す。図16に示す通り、補正段数を増やすほど積分非直線性を小さくすることが可能である。補正段数が1段の場合、積分非直線性はプラスマイナス17LSB程度であるが、デジタル誤差補正回路によって7段以上の補正を行うことにより、INLがプラスマイナス1LSB以内に抑えられる。
【0083】
以上で説明したように、本実施形態のパイプライン型A/D変換回路によれば、入力信号をサンプリングキャパシタにサンプリングする前に、プリチャージ回路が、正の参照電圧と負の参照電圧との間にある中間電圧値に充電を行うため、簡易な回路構成によってセットリング誤差を線形化でき、高速で消費電力の小さいパイプライン型A/D変換回路が得られる。
【0084】
また、本実施形態のパイプライン型A/D変換回路によれば、サンプリング、ホールド、増幅に用いられるサンプリングキャパシタを正の参照電圧源と負の参照電圧源の間で直列に接続した後に、前記複数のサンプリングキャパシタを前記第2の制御スイッチを用いて並列に接続を変更することによって、充電用の電圧を発生することにも用いることができるため、充電用の電圧発生回路を別途設ける必要がなく、回路の実装面積を小さく抑えることが可能となる。
【0085】
また、本実施形態のパイプライン型A/D変換回路によれば、−V/2と、−V/4と、0と、+V/4と、+V/2と、のしきい値を有する5個の比較器、または−V/4と、0と、+V/4と、のしきい値を有する3個の比較器からの各比較結果信号に基づいて、−2V/3と、−V/3と、0と、V/3と、2V/3と、の5値の出力信号を出力されるため、A/D変換回路部への入力電圧に応じて、プリチャージ回路での充電に使用される中間電圧値が生成され、セットリング誤差をより線形化することができ、高速で消費電力の小さいパイプライン型A/D変換回路が得られる。
【0086】
また、本実施形態のデジタル誤差補正回路を備えるパイプライン型A/D変換回路によれば、線形化されたセットリング誤差をデジタル誤差補正回路により補正することができるため、高速で消費電力が小さく、かつ変換精度の高いパイプライン型A/D変換回路が得られる。
【符号の説明】
【0087】
10…パイプライン型A/D変換回路、20…A/D変換回路部、21…サンプルホールド部、22…ADC、23…DAC、24…残余ゲインアンプ、25…FADC、26…pcDAC、30…パイプライン型A/D変換回路本体部、40…デジタル誤差補正回路部、241〜245…比較器、261〜266…スイッチ、A…演算増幅器、C,C,C’,C’…サンプリングキャパシタ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アナログ入力信号をサンプルホールドした後、サンプルホールドされたサンプルホールド信号を出力するサンプルホールド回路と、
互いに縦続接続された複数段のA/D変換回路部を含み、前記サンプルホールド信号をパイプライン形式でA/D変換するA/D変換回路と、
を備えたパイプライン型A/D変換回路において、
前記各段のA/D変換回路部は、
複数の比較器を含み、入力信号を所定ビットのデジタル信号にA/D変換するサブA/D変換回路と、
前記サブA/D変換回路からのデジタル信号を、参照電圧を基準値として用いて生成したアナログ制御信号にD/A変換し、前記アナログ制御信号に基づいて、前記入力信号を、複数のサンプリングキャパシタを用いてサンプリングし、ホールドし、増幅することによりD/A変換する乗算型D/A変換回路と、
後段側の前記乗算型D/A変換回路で前記サンプリングをする前に、後段側の前記サンプリングキャパシタを、前記サブA/D変換回路に含まれる前記複数の比較器の出力する比較結果信号に応じて、前記参照電圧の上限と下限との間にある中間電圧値に予め充電するプリチャージ回路と、
を有することを特徴とする、パイプライン型A/D変換回路。
【請求項2】
前記プリチャージ回路は、前記複数のサンプリングキャパシタを正の参照電圧源と負の参照電圧源の間で複数の合成容量として直列に接続するための第1の制御スイッチと、前記複数のサンプリングキャパシタを正の参照電圧源と負の参照電圧源の間で並列に接続するための第2の制御スイッチと、を有しており、前記複数のサンプリングキャパシタを正の参照電圧源と負の参照電圧源の間で前記第1の制御スイッチを用いて複数の合成容量として直列に接続した後に、前記複数のサンプリングキャパシタを前記第2の制御スイッチを用いて並列に接続を変更することによって前記充電を行うことを特徴とする請求項1に記載のパイプライン型A/D変換回路。
【請求項3】
前記A/D変換回路部のうち初段のA/D変換回路部が有する前記サブA/D変換回路は、それぞれ、前記各A/D変換回路部のA/D変換の基準値をVとしたときに、−V/2と、−V/4と、0と、+V/4と、+V/2と、のしきい値を有する5個の比較器を含み、
前記A/D変換回路部のうち、初段以外のA/D変換回路部が有する前記サブA/D変換回路は、それぞれ−V/4と、0と、+V/4と、のしきい値を有する3個の比較器を含み、
前記プリチャージ回路は、前記比較器からの各比較結果信号に基づいて、−2V/3と、−V/3と、0と、V/3と、2V/3と、の5値の出力信号を出力することを特徴とする請求項1又は2に記載のパイプライン型A/D変換回路。
【請求項4】
前記サブA/D変換回路は、
それぞれ、前記各A/D変換回路部のA/D変換の基準値をVとしたときに、−V/2と、−V/4と、0と、+V/4と、+V/2と、のしきい値を有する5個の比較器を含み、
前記プリチャージ回路は、前記5個の比較器からの各比較結果信号に基づいて、−2V/3と、−V/3と、0と、V/3と、2V/3と、の5値の出力信号を出力することを特徴とする請求項1又は2に記載のパイプライン型A/D変換回路。
【請求項5】
互いに縦続接続される複数段の誤差補正回路を有するデジタル誤差補正回路をさらに備え、
前記誤差補正回路のうち、初段の前記誤差補正回路は、前記A/D変換回路部の有する前記サブA/D変換回路が出力するデジタル信号と、前記A/D変換回路部の有する前記サブA/D変換回路に含まれる前記比較器が出力する比較結果信号と、を用いて前記A/D変換回路部よりも後段にある前記A/D変換回路部が出力する前記入力信号を補正し、
前記誤差補正回路のうち、初段以外の前記誤差補正回路は、前記A/D変換回路部の有する前記サブA/D変換回路が出力するデジタル信号と、前記A/D変換回路部の有する前記サブA/D変換回路に含まれる前記比較器が出力する比較結果信号と、他段の誤差補正回路によって補正された前記入力信号とを用いて、前記A/D変換回路部が出力する前記入力信号を補正することを特徴とする、請求項1に記載のパイプライン型A/D変換回路。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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