説明

パルス光の伝送方法及びこの伝送方法を用いたレーザ装置

【課題】簡明な構成で、狭帯域のレーザ光を出力可能なパルス光の伝送方法、及びレーザ装置を提供する。
【解決手段】レーザ装置1は、第1のパルス光P1を出射する第1レーザ光源11と、第2パルス光P2を出射する第2レーザ光源12と、これらのパルス光P1,P2を伝送して出射する光ファイバ22とを備えて構成される。第2のパルス光P2は、光ファイバ22を伝播する過程で第1のパルス光P1と相互位相変調を生じる光であるとともに、第1のパルス光P1が光ファイバ22を伝播する過程で生じる自己位相変調に基づく位相の変調を、第2のパルス光P2が光ファイバを伝播する過程で生じる相互位相変調に基づく位相変調により補償して、光ファイバ22の出力端22oにおいて第1のパルス光P1の位相が略一定となるように構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光ファイバにより伝送するパルス光の伝送方法、及びパルス光を伝送する光ファイバを備えたレーザ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
パルス光を伝送する光ファイバを備えたレーザ装置として、露光装置や光造形装置等のように対象物の加工を行う光加工装置用の光源や、顕微鏡や望遠鏡等のように対象物の像を作る観察装置の光源として用いられるレーザ装置が知られている(例えば特許文献1を参照)。
【0003】
このようなレーザ装置では、レーザ光源から出射されたパルス光が光ファイバにより伝送され、あるいはファイバ光増幅器により増幅される。光ファイバのコアは直径1〜10μm程度であることから、光ファイバ内におけるレーザ光の単位面積当たりの光強度(パワー密度)が著しく増加する。このため、光ファイバ内において非線形光学効果が大きくなり、光強度によって屈折率が変わる自己位相変調が発生する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−50815号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
自己位相変調は、光ファイバ中を伝播するレーザ光のスペクトル幅を広げるように作用するため、光ファイバの出力端から出射されるレーザ光(出力光)のスペクトル幅が、光ファイバに入射するレーザ光(入射光)のスペクトル幅よりも広くなるスペクトル拡がりが発生する。特に、コアの直径が小さいシングルモードファイバ(単一モードファイバ)では伝播するレーザ光のパワー密度が極めて高くなるため、自己位相変調によるスペクトル拡がりが大きくなる。スペクトル幅の拡大は、単色性が高い狭帯域の光源が求められる光加工装置や観察装置にとって大きな障害となる。
【0006】
本発明は上記のような事情に鑑みてなされたものであり、簡明な構成で、狭帯域のレーザ光を出力できるようなパルス光の伝送方法、及びレーザ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
課題を解決するための手段を説明するにあたり、まず光ファイバ中を伝播するレーザ光によって生じる非線形光学効果について簡単に説明する。光ファイバはレーザ光を狭い空間に閉じ込めて伝送するため電磁場のパワー密度が高くなり、さらに媒質と光との相互作用長が長いことから非線形相互作用が現れる。電界強度が高くなると誘電分極は電界強度に比例しなくなり、二次、三次の分極(非線形分極)が生じてくる。
【0008】
ここで、二次の非線形光学効果は結晶構造の異方性に起因して発現する。伝送用光ファイバの主成分は、多くの場合石英ガラスであるため結晶構造を持たず、二次の非線形光学効果、具体的には第二高調波発生や和周波発生は現れない。そのため、光ファイバでは三次の非線形光学効果が主体となる。三次の非線形光学効果には、第三高調波発生、四光波混合、非線形屈折率、非線形散乱などがある。ここでは、パルス光のスペクトル幅拡大を引き起こす非線形屈折率の効果に注目する。非線形屈折率は、三次の非線形感受率の存在により屈折率が光強度(電界振幅の二乗)に比例して変化する現象である。
【0009】
非線形屈折率によって引き起こされる非線形効果の代表的なものが、自己位相変調(SPM:Self Phase Modulation)と相互位相変調(XPM:Cross Phase Modulation)である。自己位相変調は、光ファイバ中をレーザ光が伝播するときに自分自身の光強度により位相シフトを起こすことであり、相互位相変調は、光ファイバ中を同時に伝播する他のレーザ光の光強度により位相シフトを起こすことである。
【0010】
具体的に、第1のパルス光(波長λ1)と、この第1のパルス光を時間的に囲むような第2のパルス光(波長λ2)とを同時に光ファイバに入射し、光ファイバで伝送する場合を考える。このとき、第1、第2のパルス光は、自己位相変調(SPM)により位相が変化し、相互位相変調(XPM)を通して互いの位相に影響を与える。
【0011】
いま、第1、第2のパルス光として、パルス幅がnsec(ナノ秒)オーダーの比較的長いパルス光を考える。またパルス光(レーザ光)の波長は1.5μm程度、光ファイバのファイバ長は数m程度とする。このようなパルス時間幅、ファイバ長の場合には、群速度の違いによる二つのパルスのウォークオフ(時間的な分離)や、群速度分散によるパルス時間波形の拡がりなどは無視できる。このとき、自己位相変調(SPM)及び相互位相変調(XPM)を考慮した二つのパルス光のファイバ中の伝播は以下のように記述される(G.P.アグラワール 著、小田垣孝,山田興一 訳、非線形ファイバー光学、吉岡書店、1997年5月、第7章)。
【0012】
【数1】

【0013】
上記各式における下添え字の「1」は第1のパルス光(主パルス)、下添え字の「2」は第2のパルス光(副パルス)を表す。(1)式のA1(0,T),A1(L,T)は、それぞれ時刻Tにおける光ファイバの入射端,出射端での主パルス(第1のパルス光)のエンベロープを表す複素振幅であり、(2)式のA2(0,T),A2(L,T)は、同様に副パルス(第2のパルス光)に対応する。なお、パワーと振幅との関係はP1=|A12,P2=|A22
の関係にある。
【0014】
(3)式のφ1(T)は、主パルスの位相変調を表しており、右辺カッコ内の第1項が自己位相変調(SPM)による変調成分、第2項が相互位相変調(XPM)による変調成分である。(4)式のφ2(T)は、同様に副パルスに対応する。(5)式のγは非線形光学効果を表す量である。なお、各式中のLは光ファイバのファイバ長、n2は光ファイバの非線形屈折率、Aeff は光ファイバのモード断面積である。非線形相互作用による主パルスのスペクトル拡がり(周波数チャープ)δωは、次式(6)で与えられる。
【0015】
【数2】

【0016】
この(6)式から、主パルス(波長λ1)の自己位相変調によるスペクトル拡がりδωを最小化するには、A1(L,T)のエネルギーが存在する大部分の時間領域において、位相φ1(T)が略一定になる(時間軸波形においてφ1(T)が平坦になる)ように、A2の時間波形を調整すれば良いことがわかる。
【0017】
上記原理について、図2に示す自己位相変調の概念図を参照して説明する。(a)はファイバ中のある位置で観察したパルス光のパルス波形(|A(L,T)|)、(b)は自己位相変調により変調されたパルス光の位相φ(T)、(c)は位相φ(T)を微分して求められる周波数ωの変調の様子である。
【0018】
この図からわかるように、時間軸領域におけるパルス光の立ち上がり領域で周波数が減少するレッドシフト、パルス光の立下り領域で周波数が増加するブルーシフトが発生し、スペクトル幅が広がる周波数チャープが発生する。
【0019】
一方、この図から、パルス光が存在する時間領域において、位相φ(T)が略一定になるように、すなわち(b)の時間軸波形が平坦になるようにすれば、スペクトル拡がりを最小化できることがわかる。
【0020】
本願発明者は、パルス光が存在する時間領域でφ(T)を平坦化する手段として、第2のパルス光を導入し、第1のパルス光(主パルス)の自己位相変調による位相変化を、第2のパルス光(副パルス)の相互位相変調による位相変化で補償することにより、光ファイバの出力端において第1のパルス光の位相を略一定化する、という新規概念の本願発明を構築したのである。以下、このような原理に基づいて、前述した課題を解決するための手段について説明する。
【0021】
本発明を例示する第1の態様は、第1のパルス光を光ファイバに入射して伝送し、この光ファイバの出力端から出射させるパルス光の伝送方法である。このパルス光の伝送方法は、前記第1のパルス光と相互位相変調を生じる第2のパルス光を前記光ファイバに入射して第1のパルス光とともに伝送させ、第1のパルス光が光ファイバを伝播する過程で生じる自己位相変調に基づく位相変調を、第2のパルス光が光ファイバを伝播する過程で生じる相互位相変調に基づく位相変調により補償して、光ファイバの出力端において第1のパルス光の位相が略一定となるようにしたことを特徴とする。
【0022】
なお、前記第1のパルス光と前記第2のパルス光とは、波長及び偏光方向の少なくとも一方が異なることが好ましい。また、前記光ファイバが単一モードファイバであることは本発明の好適な適用例であり、第1のパルス光を増幅するファイバ光増幅器であることも好ましい適用例である。
【0023】
本発明を例示する第2の態様はレーザ装置である。このレーザ装置は、第1のパルス光を出射する第1のレーザ光源と、第2のパルス光を出射する第2のレーザ光源と、前記第1のレーザ光源から出射された第1のパルス光、及び前記第2のレーザ光源から出射された第2のパルス光が入射され、これら第1及び第2のパルス光を伝送して出力端から出射する光ファイバとを備えて構成される。そして、前記第2のパルス光が、光ファイバを伝播する過程で第1のパルス光と相互位相変調を生じる光であるとともに、第1のパルス光が光ファイバを伝播する過程で生じる自己位相変調に基づく位相変調を、第2のパルス光が光ファイバを伝播する過程で生じる相互位相変調に基づく位相変調により補償して、光ファイバの出力端において第1のパルス光の位相が略一定となるように構成されることを特徴とする。
【0024】
なお、前記第1のパルス光と記第2のパルス光とは、波長及び偏光方向の少なくとも一方が異なることが好ましく、前記光ファイバの出力端から出射された第1のパルス光と第2のパルス光とを分離する分離手段を設けることが好ましい構成態様である。また、前記光ファイバが単一モードファイバであることは本発明の好適な適用例であり、パルス光を増幅するファイバ光増幅器であることも好適な適用例である。
【0025】
本発明を例示する第3の態様は、前記光ファイバから出射された前記第1のパルス光の波長を変換する波長変換部を備えたことを特徴とするレーザ装置である。この場合において、第1のパルス光及び第2のパルス光は波長が赤外領域の光であり、波長変換部により波長変換された第1のパルス光は波長が紫外領域の光であることが好ましい構成態様である。
【発明の効果】
【0026】
本発明の態様によれば、第1のパルス光に第2のパルス光を重畳する簡明な構成で、狭帯域のレーザ光を出力可能なパルス光の伝送方法、及びレーザ装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明を適用した第1構成形態のレーザ装置を例示する概要構成図である。
【図2】自己位相変調を説明するための概念図である。
【図3】レーザ光源の構成例を示す概要構成図である。
【図4】本発明を適用した第2構成形態のレーザ装置を例示する概要構成図である。
【図5】光ファイバに入射させる主パルス及び副パルスの波形を示すグラフである。
【図6】光ファイバの出力端から出射される主パルスの位相φ1(T)の概略波形を示すグラフである。
【図7】光ファイバの出力端から出射される主パルスのスペクトルを示すグラフである。
【図8】本発明を適用した第3構成形態のレーザ装置を例示する概要構成図である。
【図9】波長変換部の構成例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を実施するための形態について、図面を参照しながら説明する。図1に本発明を適用した第1構成形態のレーザ装置1の概要構成図を示す。レーザ装置1は、大別的に、レーザ光を出射するレーザ光源10と、レーザ光源10から出射されたレーザ光を伝送する伝送部20と、詳細図示を省略するが、レーザ光源10及び伝送部20の作動を制御する制御部とを備えて構成される。
【0029】
レーザ光源10は、第1のパルス光(主パルス)P1を出射する第1レーザ光源11と、第2のパルス光(副パルス)P2を出射する第2レーザ光源12とを備える。第1レーザ光源11及び第2レーザ光源12は、例えば図3に示すように、同じDFB半導体レーザ15を二つ設けることにより構成することができる。DFB半導体レーザ15は、出力光のパルス波形を高速で制御することができ、また温度制御することにより所定の波長範囲で狭帯域化された単一波長のパルス光を出力させることができる。
【0030】
図3に示すレーザ光源10は、各DFB半導体レーザ15からCW光(あるいはON時間が充分に長いパルス光)を出力させ、その一部を電気光学変調素子(EOM)や音響光学変調素子(AOM)等の外部変調器16,17により切り出して、各々所要波形のパルス光を出力するようにした構成例を示す。このように外部変調器16,17を使用すると、DFB半導体レーザ15,15を直接パルス変調するときに発生するチャープ(周波数変調)を伴わない、フーリエ限界に近いパルス光を発生させることができる。そのため、第1レーザ光源11及び第2レーザ光源12から、極めて狭帯域の(単色性が高い)パルス光P1,P2を出力させることができる。
【0031】
本構成形態では、第1レーザ光源11から波長λ1の第1のパルス光P1を出力させ、第2レーザ光源12から波長λ2の第2のパルス光P2を出力させる構成、すなわち波長λが異なる二つのパルス光P1とP2を重ね合わせる構成例を説明する。波長λ1及びλ2は、次述する分離素子23により分離可能なであれば良く、例えば、第1のパルス光P1の波長λ1=1550nmに対し、第2のパルス光P2の波長λ2=1560nm程度に設定される。
【0032】
伝送部20は、第1レーザ光源11から出射された第1のパルス光P1と第2レーザ光源12から出射された第2のパルス光P2とを結合する波長分割多重化装置(WDM:Wavelength Division Multiplexer)21、WDM21により結合されたパルス光P1,P2を伝送する光ファイバ22、及び光ファイバ22の出力端22oから出射されたパルス光を分離する分離素子23を備えて構成される。図1に示す分離素子23は、波長λ1の光を透過し、波長λ2の光を反射することによりパルス光を分離する光学素子であり、例えば、ダイクロイックミラーやバンドパスフィルタのような波長選択性がある光学素子により構成される。
【0033】
光ファイバ22は、波長1.5μm帯の光を伝送する伝送用の石英ガラス系の光ファイバであり、具体的には、コア直径が数μm〜10μm程度のシングルモードファイバが好適に用いられる。シングルモードファイバは、コア内を伝播するレーザ光のパワー密度が極めて高くなるため、一般的には自己位相変調によるスペクトル拡がりが大きくなり問題となる。しかし、これを抑制する本発明のレーザ装置によれば、シングルモードファイバの特徴を活かしつつ、モード分散による伝送ひずみを抑止し、かつ単色性が高い狭帯域のレーザ光を伝送することができる。
【0034】
光ファイバ22のファイバ長Lは、レーザ装置1と顕微鏡や望遠鏡等の観察装置(あるいは光加工装置)との距離に応じて1〜5m程度の適宜な長さに設定される。また、使用されるパルス光のパルス時間幅は比較的長く、一般的にはnsecオーダーである。このため、群速度の違いによる二つのパルスのウォークオフや、群速度分散によるパルス時間波形の拡がりなどは無視できる。
【0035】
光ファイバ22の出力端22oから出射されたパルス光は、レンズによりコリメートされて分離素子23に入射し、この分離素子23により波長λ1の光と波長λ2の光が分離される。図1の構成例では、波長λ1の第1のパルス光P1が分離素子23を透過してレーザ装置1から出射される。一方、波長λ2の第2のパルス光P2は分離素子23により反射され、図示省略する遮光板またはパワーダンパ等に吸収される。
【0036】
第2構成形態のレーザ装置2を図4に示す。本構成形態のレーザ装置2は、第1構成形態のレーザ装置1と基本的に同様の構成であるが、第1,第2のパルス光P1,P2を伝送する光ファイバ22を、パルス光P1,P2を伝送するとともに増幅するファイバ光増幅器25とした構成例である。
【0037】
ファイバ光増幅器25は、例えば、コアにレーザ媒質がドープされたシングルモードの光ファイバ(シングルモードファイバ)22′が用いられ、レーザ媒質を励起するポンプ用光源26の出力が、カプラ27によりコアに結合される。コアにドープされるレーザ媒質は、増幅する光の波長に応じて適宜選択することができる。本構成例で示す波長1.5μm帯のパルス光を増幅する場合には、Er(エルビウム)あるいはYb(イットリビウム)等の希土類元素がドープされた光ファイバが好適に用いられる。
【0038】
なお、コアにレーザ媒質がドープされたダブルクラッド構造の光ファイバを用い、ポンプ用光源26の出力を、カプラ27により第1クラッドに結合するようなマルチクラッド構造のファイバ光増幅器としても良い。
【0039】
また、複数のファイバ光増幅器25を直列、及び/または並列に接続して、伝送部20を構成しても良い。複数のファイバ光増幅器を直列接続する構成によれば、各段の増幅率を抑えつつ出力端から出力されるパルス光を高出力化することができる。一方、複数のファイバ光増幅器を並列接続する構成によれば、ファイバにより伝送される光の光路長を抑制しつつ、全体として伝送部20から出力されるパルス光を高出力化することができる。これらを適宜組み合わせることにより、光造形装置や露光装置等のような光加工装置(あるいは観察装置等)に所要出力のパルス光を提供することができる。
【0040】
以上のようなレーザ装置1,2において、光ファイバ22,22′に入射させる波長λ1の第1のパルス光P1と、波長λ2の第2のパルス光P2の具体的な構成例とその作用について、シミュレーション結果に基づいて説明する。なお、以降ではファイバ光増幅器の光ファイバ22′を含めて光ファイバ22と表記する。
【0041】
ここでは、光ファイバ22のファイバ長L=2m、モード断面積Aeff=100μm2とし、非線形屈折率n2はn2=3×10-20m2/Wとした(従って、γ=1.2/W・kmである)。
【0042】
図5に、光ファイバ22に入射させる波長λ1の第1のパルス光(主パルス)P1のパルス波形と、波長λ2の第2のパルス光(副パルス)P2のパルス波形の構成例を示す。図5におけるグラフの横軸は時間、縦軸は光強度であり、主パルスP1を実線、副パルスP2を点線で示している。
【0043】
例示する構成例においては、主パルスP1は、波長λ1=1550nm、パルス時間幅が半値全幅FWHMで1.67nsec、ピークパワーが10kWのガウス型のパルスである。一方、副パルスP2は、波長λ2=1560nm、パルス時間幅は主パルスと同じ1.67nsecであるがピークパワーが約半分(5kW)の二つのガウス型のパルスを、時間間隔2.8nsecだけ離して加算(合成)したパルスである。
【0044】
これらは、主パルスP1のパルス波形が前述した(1)式におけるA1(0,T)の光強度、すなわち|A1(0,T)|2に相当し、副パルスP2のパルス波形が(2)式におけるA2(0,T)の光強度、すなわち|A2(0,T)|2に相当する。副パルスP2は、主パルスP1を時間軸上で挟み込むような波形であり、これらのパルス光がWDM21により合成され、二つのパルスが時間的に重ね合わされた状態で光ファイバ22に入射される。
【0045】
重ね合わされた主パルスP1及び副パルスP2は、光ファイバ22を伝播する過程で、各々前述の(3)(4)式の自己位相変調(SPM)及び相互位相変調(XPM)を受け、出力端22oから出射される。出射されたパルス光は分離素子23により分離され、分離素子23を透過した波長λ1の主パルスP1が伝送部20から出射される。
【0046】
光ファイバの出力端22oにおける主パルスP1の位相φ1(T)は、その概略波形を図6に示すように、副パルスP2から受ける相互位相変調の効果によって中央部が位相変調一定の状態で波形が平坦になっている。換言すれば、主パルスP1が存在する時間領域で主パルスP1の位相φ1(T)が略一定となるように、副パルスP2のパルス波形を設定するのである。
【0047】
図7に、出力端22oから出射される主パルスP1のスペクトルを示す。図7のグラフにおける横軸は周波数、縦軸はスペクトル強度である。図中には、主パルスP1の入射端でのスペクトルSi(Input spectrum)を一点鎖線、出力端でのスペクトルSo(SPM+XPM)を実線で示す。また、比較のため、主パルスP1のみを入射した場合(すなわち自己位相変調のみが生じる場合)のスペクトルSr(Only SPM)を点線で示している。
【0048】
この図から、主パルスP1のみを入射した場合には、入射パルスのスペクトルSiと比較して、出射パルスのスペクトルSrが自己位相変調(SPM)の効果によって顕著に拡大している。入射パルスと同一周波数の位置にはピークが立たず、これを挟んで離散的に分布している。
【0049】
一方、上述したような副パルスP2を同時に入射した場合には、出射パルスのスペクトルSoは入射パルスと同一周波数位置に高いピークを持ち、単色性が高いものである。このスペクトル波形から、主パルスP1の自己位相変調(SPM)を補償するように作用する相互位相変調(XPM)の効果により、出射パルスのスペクトルの拡大が大幅に抑制されることがわかる。
【0050】
従って、以上説明したようなパルス光の伝送方法、及びこの伝送方法を実現するレーザ装置1,2によれば、主パルスP1に副パルスP2を重ね合わせる簡明な構成で、単色性が極めて高いパルス光を出力することができる。
【0051】
なお、以上では、光ファイバ22の出力端から出射するパルス光から、第2のパルス光を分離する手段として、主パルスP1と副パルスP2とを異なる波長λ1≠λ2とし、ダイクロイックミラーのような波長選択性のある分離素子23で分離する手法を例示した。しかし、副パルスP2は、主パルスP1との間で相互位相変調を生じ、光ファイバから出射後に分離可能であればよく、その手段は波長差に限定されるものではない。
【0052】
他の構成手段として、主パルスP1と副パルスP2の偏光方向を異なる方向とし、ポラライザのような偏光方向選択性のある分離素子を用いて分離する手法が例示される。例えば、主パルスP1と同一の波長λ1であるが、主パルスP1と偏光方向が直交するパルスを副パルスP2として用い、ポラライザ等の分離素子23により分離する構成とすることができる。この場合、主パルスP1に対する相互位相変調の係数(前述した(3)(4)式中の係数)が異なるため、副パルスP2のピークパワーをこの係数に応じて変化させる。
【0053】
次に、第3構成形態のレーザ装置3について説明する。このレーザ装置3の概要構成を図8に示すように、レーザ装置3は伝送部20から出射されたレーザ光の波長を変換する波長変換部30を備えて構成される。レーザ装置3におけるレーザ光源10及び伝送部20は既述したレーザ装置1,2と同様であり、ここでは重複説明を省略する。
【0054】
波長変換部30は、観察装置や光加工装置等の用途及び機能に応じて、公知の波長変換光学素子を組み合わせて、可視〜紫外領域で適宜な出力波長の構成とすることができる。
【0055】
本実施形態では、波長変換部30の一例として、伝送部20から出力される波長1550nmの赤外レーザ光(分離素子23により波長λ2の成分が分離除去された第1のパルス光)を、波長193nmの紫外レーザ光に波長変換する場合について説明する。波長変換部30の構成例を図9に示す。図示する波長変換部30は、伝送部20から第1のパルス光(以下では混同を避けるため、基本波パルス光または基本波という)La1,La2,La3が入射する構成を示している。なお、図中に付記する上下矢印は偏光方向がP偏光、中央にドットがある丸印は偏光方向がS偏光であることを示す。
【0056】
波長変換部30は、6つの波長変換光学素子31〜36を主体とし、3つの光路により構成される。波長λ2の成分が除去されて波長変換部30に入射した波長λ1,周波数ωの第1の基本波パルス光La1は、ω→2ω→3ω→5ωの順に波長変換される。同様に波長λ1,周波数ωの第2の基本波パルス光La2は、ω→2ωに波長変換される。そして、5倍波と2倍波の和周波発生により7倍波7ωが発生され、この7倍波と波長λ1,周波数ωの第3の基本波パルス光La3の和周波発生により8倍波8ωが生成される。
【0057】
第1の基本波パルス光La1は、P偏光で波長変換光学素子31に集光入射され、P偏光の2倍波(2ω)を発生させる。発生した2倍波と波長変換光学素子31を透過した基本波は、波長変換光学素子32に集光入射し、和周波発生によりS偏光の3倍波(3ω)を発生させる。波長変換光学素子31,32は、例えば、2倍波発生用の波長変換光学素子31としてPPLN結晶、3倍波発生用の波長変換光学素子32としてLBO結晶が用いられる。なお、波長変換光学素子31として、PPKTP結晶、PPSLT結晶、LBO結晶等を用いることもできる。
【0058】
波長変換光学素子32により発生されたS偏光の3倍波と、波長変換光学素子32を透過したP偏光の基本波及び2倍波は、2波長波長板41を透過させて2倍波だけをS偏光に変換する。2波長波長板41として、例えば、結晶の光学軸と平行にカットした一軸性の結晶の平板からなる波長板が用いられる。この波長板は、一方の波長の光(2倍波)に対して偏光を回転させ、他方の波長の光に対しては、偏光が回転しないように、波長板(結晶)の厚さを一方の波長の光に対してλ/2の整数倍で、他方の波長の光に対しては、λの整数倍になるようにカットすることにより構成される。
【0059】
ともにS偏光になった2倍波及び3倍波は、波長変換光学素子33に集光入射させ、和周波発生によりP偏光の5倍波(5ω)を発生させる。なお、5倍波発生用の波長変換光学素子33として、例えばLBO結晶が用いられるが、BBO結晶、CBO結晶を用いることも可能である。波長変換光学素子33から出射される5倍波は、ウォークオフのため断面が楕円形になっている。そこで、2枚のシリンドリカルレンズ42v,42hにより、楕円形の断面形状を円形に整形し、ダイクロイックミラー43に入射させる。
【0060】
第2の基本波パルス光La2は、P偏光で波長変換光学素子34に集光入射させ、P偏光の2倍波(2ω)を発生させる。波長変換光学素子34により発生された2倍波は、ダイクロイックミラー44に入射させる。2倍波発生用の波長変換光学素子34は、PPLN結晶を用いることができるほか、LBO結晶、PPKTP結晶、PPSLT結晶等を用いてもよい。
【0061】
第3の基本波パルス光La3は、S偏光で波長変換部30に入射され、波長変換することなくダイクロイックミラー44に入射させる。ダイクロイックミラー44は、基本波の波長帯域の光を透過し、2倍波の波長帯域の光を反射するように構成されており、ダイクロイックミラー44を透過したS偏光の基本波と、ダイクロイックミラー44に反射されたP偏光の2倍波とが同軸に重ね合わされてダイクロイックミラー43に入射する。
【0062】
ダイクロイックミラー43は、基本波および2倍波の波長帯域の光を透過し、5倍波の波長帯域の光を反射するように構成されており、このダイクロイックミラー43を透過したS偏光の基本波およびP偏光の2倍波と、ダイクロイックミラー43で反射されたP偏光の5倍波とが同軸に重ね合わされて波長変換光学素子35に入射する。
【0063】
波長変換光学素子35,36は近接して配設されるとともに、基本波、2倍波、5倍波の各光路には、波長変換光学素子35,36に所定のスポットサイズで各波長の光が集光入射するように設定されたレンズが設けられている。波長変換光学素子35では、P偏光の2倍波(2ω)とP偏光の5倍波(5ω)による和周波発生が行われ、7倍波(7ω)が発生される。7倍波発生用の波長変換光学素子35として、CLBO結晶が用いられる。
【0064】
波長変換光学素子35により発生されたS偏光の7倍波(7ω)と、波長変換光学素子35を透過したS偏光の基本波(ω)は、波長変換光学素子36に入射し、和周波発生によりP偏光の8倍波(8ω)が発生される。8倍波発生用の波長変換光学素子36として、CLBO結晶が用いられる。なお、波長変換光学素子36から出力される光には、8倍波以外に、波長変換光学素子36を透過した基本波や2倍波等の他の波長成分が含まれるが、ダイクロイックミラーや偏光ビームスプリッタ、プリズム等を使用することにより、これらを分離・除去することができる。
【0065】
このようにして、伝送部20から出力された波長λ1=1550nmの基本波パルス光が波長変換部30において順次波長変換され、波長変換部30から波長193nmの紫外パルス光Lvが出力される。
【0066】
以上のように構成されるレーザ装置3によれば、狭帯域化された極めて単色性が高い紫外パルス光を出力することができ、これにより微細加工が可能な光加工装置や微細構造を観察可能な観察装置を提供することができる。
【0067】
なお、主パルスP1と副パルスP2の偏光方向を異なる方向とし、ポラライザのような偏光方向選択性のある分離素子を用いて分離する手法を用いる場合には、第1,第2レーザ光源11,12は、単一のレーザから出射されたレーザ光を二分割して構成しても良い。
【0068】
また、レーザ光源10から出力し伝送部20の光ファイバ22により伝送するパルス光の波長λとして1.5μm帯の構成を例示したが、本発明はこのような赤外領域に限定されるものではなく、可視〜紫外領域のパルス光であっても同様に適用し、同様の効果を得ることができる。さらに、レーザ装置から出力されたパルス光の適用例として、顕微鏡や望遠鏡等の観察装置、光造形装置や露光装置等の光加工装置を示したが、これらは代表的な適用例であり、本発明による狭帯域化されたパルス光の適用範囲は、このような代表例により限定されるものではない。例えば、測長器や形状測定器等の種々の測定装置、検査装置、治療装置等に適用して同様の効果を得ることができるものである。
【符号の説明】
【0069】
1 第1構成形態のレーザ装置
2 第2構成形態のレーザ装置
3 第3構成形態のレーザ装置
10 レーザ光源
11 第1レーザ光源
12 第2レーザ光源
20 伝送部
22,22′ 光ファイバ(22o 出力端)
23 分離素子
25 ファイバ光増幅器
30 波長変換部
1 第1のパルス光(主パルス)
2 第2のパルス光(副パルス)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1のパルス光を光ファイバに入射して前記光ファイバにより伝送し、前記光ファイバの出力端から出射させるパルス光の伝送方法であって、
前記第1のパルス光と相互位相変調を生じる第2のパルス光を前記光ファイバに入射して前記第1のパルス光とともに伝送させ、
前記第1のパルス光が前記光ファイバを伝播する過程で生じる自己位相変調に基づく位相変調を、前記第2のパルス光が前記光ファイバを伝播する過程で生じる相互位相変調に基づく位相変調により補償して、
前記光ファイバの前記出力端において前記第1のパルス光の位相が略一定となるようにしたことを特徴とするパルス光の伝送方法。
【請求項2】
前記第1のパルス光と前記第2のパルス光とは、波長が異なることを特徴とする請求項1に記載のパルス光の伝送方法。
【請求項3】
前記第1のパルス光と前記第2のパルス光とは、偏光方向が異なることを特徴とする請求項1に記載のパルス光の伝送方法。
【請求項4】
前記光ファイバは、単一モードファイバであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のパルス光の伝送方法。
【請求項5】
前記光ファイバは、前記第1のパルス光を増幅するファイバ光増幅器であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のパルス光の伝送方法。
【請求項6】
第1のパルス光を出射する第1のレーザ光源と、
第2のパルス光を出射する第2のレーザ光源と、
前記第1のレーザ光源から出射された前記第1のパルス光、及び前記第2のレーザ光源から出射された前記第2のパルス光が入射され、前記第1及び第2のパルス光を伝送して出力端から出射する光ファイバとを備え、
前記第2のパルス光は、前記光ファイバを伝播する過程で前記第1のパルス光と相互位相変調を生じる光であるとともに、前記第1のパルス光が前記光ファイバを伝播する過程で生じる自己位相変調に基づく位相変調を、前記第2のパルス光が前記光ファイバを伝播する過程で生じる相互位相変調に基づく位相変調により補償して、前記光ファイバの出力端において前記第1のパルス光の位相が略一定となるように構成されることを特徴とするレーザ装置。
【請求項7】
前記第1のパルス光と前記第2のパルス光とは、波長が異なることを特徴とする請求項6に記載のレーザ装置。
【請求項8】
前記第1のパルス光と前記第2のパルス光とは、偏光方向が異なることを特徴とする請求項6に記載のレーザ装置。
【請求項9】
前記光ファイバの出力端から出射された前記第1のパルス光と前記第2のパルス光とを分離する分離手段を設けたことを特徴とする請求項6〜8のいずれか一項に記載のレーザ装置。
【請求項10】
前記光ファイバは、単一モードファイバであることを特徴とする請求項6〜9のいずれか一項に記載のレーザ装置。
【請求項11】
前記光ファイバは、ファイバ光増幅器であることを特徴とする請求項6〜10のいずれか一項に記載のレーザ装置。
【請求項12】
前記光ファイバから出射された前記第1のパルス光の波長を変換する波長変換部を備えたことを特徴とする請求項6〜11のいずれか一項に記載のレーザ装置。
【請求項13】
前記第1のパルス光及び前記第2のパルス光は波長が赤外領域の光であり、
前記波長変換部により波長変換された第1のパルス光は波長が紫外領域の光であることを特徴とする請求項12に記載のレーザ装置。
【請求項14】
前記レーザ装置は、前記第1のパルス光を利用して対象物を加工する光加工装置または前記第1のパルス光を利用して対象物の像を作る観察装置の光源であることを特徴とする請求項6〜13のいずれか一項に記載のレーザ装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2012−2965(P2012−2965A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−136803(P2010−136803)
【出願日】平成22年6月16日(2010.6.16)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】