説明

ヒアルロニダーゼ阻害剤

【課題】
皮膚の保湿等に寄与するヒアルロン酸に由来するアルロニダーゼ阻害剤と、該阻害剤を含むシワ形成抑制剤とを提供する。
【解決手段】
本発明は、ホスホリルコリン基を有するヒアルロン酸誘導体からなることを特徴とするヒアルロニダーゼ阻害剤を提供する。前記ホスホリルコリン基を有するヒアルロン酸誘導体は、ホスホリルコリンヒアルロン酸である場合がある。前記誘導体は、ヒアルロン酸の主要な機能である保湿性が維持されている上、ホスホリルコリン基の導入により親水性及び生体適合性が高められており、また、ヒアルロン酸を分解するヒアルロニダーゼの活性を阻害する能力を有する。また本発明は、前記ヒアルロニダーゼ阻害剤を含むことを特徴とするシワ形成抑制剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホスホリルコリン基を有するヒアルロン酸誘導体を含むヒアルロニダーゼ阻害剤と、該ヒアルロニダーゼ阻害剤を含むシワ形成抑制剤とを提供する。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸は、β−D−N−アセチルグルコサミンとβ−D−グルクロン酸とが交互に結合してできた直鎖状の高分子多糖である。水分保持能力が非常に高く、皮膚、関節、脳等の生体内の細胞外マトリックスに存在し、細胞間隙への水分の保持、組織内へのゼリー状のマトリックス形成による細胞の保持、組織の潤滑性及び柔軟性の保持、機械的障害等の外力に対する抵抗力付与等、多くの機能を有する。
【0003】
皮膚のヒアルロン酸量は加齢とともに減少し、それに伴い、小じわやかさつき等老化に伴う皮膚の外観の変化が現れるといわれる。このような背景からヒアルロン酸を配合した化粧料及び薬剤が多数提案されている。しかしヒアルロン酸を配合する従来の化粧料及び薬剤は、皮膚における保湿効果を発揮するが、本質的に皮膚の状態を改善し得るものではない。その理由は、皮膚のヒアルロン酸が迅速に分解されるためと考えられている。皮膚のヒアルロン酸の半減期は約1日であるとの報告がある(非特許文献1)。
【非特許文献1】Tammi R. et.al., J.Invest.Dermatol.,97,126−130(1991) ヒアルロニダーゼは、グリコシド結合を切断することによりヒアルロン酸を分解する酵素の総称である。ヒアルロニダーゼは生体内に広く分布し皮膚にも存在する。皮膚のヒアルロニダーゼが活性化されると、皮膚結合組織のヒアルロン酸が分解され、皮膚の弾力性及び保湿性低下、しわの発生等につながる。したがってヒアルロニダーゼ活性を阻害することが皮膚の弾力性及び保湿性の維持、しわの発生抑制等に寄与すると考えられる。
【0004】
クロモグリク酸ナトリウム、トラニラストのような既存の抗アレルギー剤、アスピリン、インドメタシンのような抗炎症薬等はヒアルロニダーゼ活性阻害能を有し、該阻害能が治療効果の発揮に一定の役割を果たすことが示唆されている(非特許文献2及び3)。
【非特許文献2】Chem.Pharm.Bull.,33,642(1985)
【非特許文献3】掛川寿夫ら、炎症,4,437(1984) このような背景から種々のヒアルロニダーゼ阻害剤と、該阻害剤を含む化粧料及び薬剤等とが開発されている。例えば特許文献1では、グルクロン酸誘導体およびガラクトサミン誘導体から構成されるオリゴ糖を有効成分とするヒアルロニダーゼ阻害剤、抗アレルギー剤及び抗炎症剤が開示される。また特許文献2ではアセロラ種子の抽出物を有効成分とするヒアルロニダーゼ阻害剤及び化粧料等が開示される。しかしこれらのヒアルロニダーゼ阻害剤は、化学的にヒアルロン酸と関連がなく、水分保持能力のようなヒアルロン酸の特性を共有しない。
【特許文献1】特開平5−178876号公開特許公報
【特許文献2】特開2004−175856号公開特許公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
水分保持能力を有し皮膚の保湿等に寄与するヒアルロン酸自体の機能と、ヒアルロニダーゼ活性阻害能とを併せ持つ化合物は、化粧料又は薬剤の成分として有用であり、開発する必要性がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、ホスホリルコリン基を有するヒアルロン酸誘導体からなることを特徴とするヒアルロニダーゼ阻害剤を提供する。
【0007】
前記ホスホリルコリン基を有するヒアルロン酸誘導体は、ホスホリルコリンヒアルロン酸である場合がある。
【0008】
本発明は、前記ヒアルロニダーゼ阻害剤を含むことを特徴とするシワ形成抑制剤を提供する。
【0009】
本発明の「ホスホリルコリン基を有するヒアルロン酸誘導体」とは、ヒアルロン酸又はその誘導体と、ホスホリルコリン基とを結合させた物質である。これによりヒアルロン酸の主要な機能である保湿性が維持されている上にホスホリルコリン基の導入により親水性及び生体適合性が高められている。
【0010】
ホスホリルコリン基は、以下の化学式(1)で示される構造を有する官能基である。
【0011】
【化1】

【0012】
化学式(1)
本発明のホスホリルコリン基を有するヒアルロン酸誘導体の製造方法は、特開2003−301001号公開特許公報に開示されている。すなわち、前記誘導体の製造方法は、(1)グリセロホスホリルコリンの酸化的開裂反応を行うことによりホスホリルコリン基を有するアルデヒド体(以下、「ホスホリルコリンアルデヒド体」という。)を調製するステップと、(2)ヒアルロン酸とジアミンとのアミド化反応を行うことによりアミノ基を有するヒアルロン酸誘導体(以下、「アミノ基含有ヒアルロン酸誘導体」という。)を調製するステップと、(3)前記ホスホリルコリンアルデヒド体と前記アミノ基含有ヒアルロン酸誘導体との還元的アミノ化反応を行うステップとを含む。
【0013】
前記製造方法により製造されるホスホリルコリン基を有するヒアルロン酸誘導体は、以下の化学式(2)で示されるホスホリルコリンヒアルロン酸の場合がある。
【0014】
【化2】

【0015】
化学式(2)
化学式(2)においてnは2以上の整数である。
【0016】
本発明の「ヒアルロニダーゼ」とは、グリコシド結合を切断することによりヒアルロン酸を分解する酵素の総称である。切断されるグリコシド結合はグルクロニド結合又はN−アセチルグルコサミニド結合の場合がある。
【0017】
本発明の「ヒアルロニダーゼ阻害剤」とは、ヒアルロニダーゼのヒアルロン酸分解活性(以下、「ヒアルロニダーゼ活性」という。)を阻害する薬剤をいう。
【0018】
ヒアルロニダーゼ阻害剤のヒアルロニダーゼ活性を阻害する能力(以下、「ヒアルロニダーゼ活性阻害能」という。)の評価方法は、(1)ヒアルロニダーゼ阻害剤候補薬、ヒアルロニダーゼ及びヒアルロン酸を用意するステップと、(2)前記ヒアルロニダーゼ阻害剤候補薬の存在下又は非存在下で前記ヒアルロニダーゼ及び前記ヒアルロン酸を反応液中で混合し、一定時間前記ヒアルロン酸の分解反応を行わせるステップと、(3)前記ヒアルロン酸の分解反応による生成物を定量するステップと、(4)前記ヒアルロニダーゼ阻害剤候補薬の存在下と非存在下とにおける前記ヒアルロン酸の分解反応による生成物の定量値を比較するステップとを含むのが一般的である。
【0019】
前記ヒアルロニダーゼ活性阻害能の評価方法におけるステップ(3)で定量される生成物は、N−アセチルグルコサミンとグルクロン酸とが交互に連結した四糖の場合がある。
【0020】
前記ヒアルロニダーゼ活性阻害能の評価方法におけるステップ(3)における生成物の定量方法は、前記生成物を高速液体クロマトグラフィーにより定量する方法か、前記生成物の還元末端に存在するN−アセチルグルコサミンとエールリッヒ試薬との反応を利用して定量する方法かの場合がある。
【0021】
前記ヒアルロニダーゼ活性阻害能の評価方法におけるステップ(4)では、前記ヒアルロニダーゼ阻害剤候補薬の存在下と非存在下とにおける前記ヒアルロン酸の分解反応による生成物の定量値の比較により、該候補薬によりヒアルロニダーゼ活性が阻害された度合いを評価できる。また、前記候補薬の存在下における生成物の定量値が前記候補薬の非存在下における生成物の定量値の50%となるときの前記候補薬濃度を50%阻害濃度(IC50)といい、ヒアルロニダーゼ活性阻害能の指標として使用する場合がある。
【0022】
本発明のシワ形成抑制剤は、本発明のヒアルロニダーゼ阻害剤を有効成分として含み、シワの発生抑制の効果を得ることを目的として使用することができる。本発明のヒアルロニダーゼ阻害剤はホスホリルコリン基を有するヒアルロン酸誘導体であり、好ましくはホスホリルコリンヒアルロン酸である。Bosniak, S.ら、Arch. Facial Plast. Surg.,6;Nov/Dec, 379−383(2004)が報告するように、ヒアルロン酸製剤、例えば、非動物性安定化ヒアルロン酸(NASHA)は顔のシワ(rhytids)の治療薬として欧米その他で承認されている。本発明のシワ形成抑制剤はヒアルロン酸の誘導体であり、保水能力の高いゲルを形成するので、前記ヒアルロン酸製剤と同様にシワ抑制作用があると考えられる。そのうえで本発明のシワ形成抑制剤にはヒアルロニダーゼ阻害活性があるため、ヒアルロニダーゼに対して難分解性であるのでシワ形成抑制効果が持続すると考えられる。
【0023】
本発明のシワ形成抑制剤は、剤形に応じ通常の方法により製造することができる。その剤形は、本発明の効果を損なわないものであれば特に限定されない。例えば、ローション剤、ゲル剤、クリーム、軟膏、カプセル剤、エアゾール剤及びシート状製品等の任意の剤形を採用することができる。
【0024】
また、本発明のシワ形成抑制剤には、他の有効成分や生理学的に許容可能な賦形剤、色素、香料等の添加物を組み合わせて配合することができる。例えば、本発明の効果を損なわない範囲で、化粧品又は薬剤に配合し得る油脂類、保湿剤、色素、香料、栄養素、抗菌剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤等を配合することができる。
【0025】
本発明のシワ形成抑制剤において、本発明のヒアルロニダーゼ阻害剤の配合量は特に限定されないが、いずれも化粧料及び薬剤の全量中0.0005〜20重量%であることが好ましい。さらに好ましくは0.001〜10重量%である。
【0026】
本発明のシワ形成抑制剤の使用方法は、皮膚へ直接塗布又は散布する経皮投与か、あるいは、局部皮下又は皮内注射による投与かを採用することができるがこれらに限定されない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下に実施例を示すが、これらは実施態様の例示を意図しており本発明の範囲を限定することは意図しない。
【実施例1】
【0028】
1.ホスホリルコリンヒアルロン酸の調製
1.1.グリセロホスホリルコリンの酸化的開裂反応によるホスホリルコリンアルデヒド体の調製
L−α−グリセロホスホリルコリン(450mg)を蒸留水15mLに溶解し、氷水浴中で冷却する。過ヨウ素酸ナトリウム(750mg)を添加し、2時間攪拌した。更にエチレングリコール(150mg)を添加して1時間攪拌した。反応液を減圧濃縮、減圧乾燥し、メタノールにより目的物質を抽出した。構造式を化学式(3)に示す。
【0029】
【化3】

【0030】
化学式(3)
1.2.ヒアルロン酸とジアミンとのアミド化反応によるアミノ基含有ヒアルロン酸誘導体(アミノヒアルロン酸)の調製
ヒアルロン酸1gとエチレンジアミン(10ml)を蒸留水10mLに溶解し、pH5に調整する。1{3−(ジメチルアミノ)プロピル}3−エチルカルボジイミド塩酸塩1.5gを徐添加した。室温で1晩攪拌した後、反応液を水中で透析し、凍結乾燥により目的物1.2gを得た。構造式を化学式(4)に示す。
【0031】
【化4】

【0032】
化学式(4)
1.3.ホスホリルコリンアルデヒド体とアミノヒアルロン酸との還元的アミノ化によるホスホリルコリンヒアルロン酸の調製
1.1のホスホリルコリンアルデヒド体1gを1.2のアミノヒアルロン酸(1g)水溶液(15mL)に添加し、5時間室温で攪拌した。水素化シアノホウ素酸ナトリウム500mgを添加し、一晩攪拌した。透析、凍結乾燥により精製し、目的物1.2gを得た。構造式を化学式(5)に示す。
【0033】
【化5】

【0034】
化学式(5)
【実施例2】
【0035】
2.ホスホリルコリンヒアルロン酸のヒアルロニダーゼ活性阻害能の評価
2.1.ヒアルロン酸の分解反応
0.1%ヒアルロン酸(分子量約86万)100μLと、酢酸緩衝液(pH5.0)と、ヒアルロニダーゼ(ウシ精巣由来、Calbiochem製)20Uとを混合した。前記混合物に、阻害剤としてコンドロイチン硫酸A、コンドロイチン硫酸C、アセチル化ヒアルロン酸(AcHA)及びホスホリルコリンヒアルロン酸(PC−HA)をそれぞれ、最終濃度が0、0.005、0.015、0.05、0.15、0.5%となるように添加し反応液200μLを得た。前記反応液を37℃で8時間インキュベーションした。
【0036】
2.2.ヒアルロン酸の分解反応液の分析
HPLCシステム(ナノスペースSI−2、資生堂)を使用して、前記各反応後液の分析を行った。分析条件は以下である。カラム:Superdex peptide 10/300GL(Amersham Biosciences)、カラム温度:室温、注入量:30μL、移動相:10mM酢酸アンモニウム/メタノール(8:2)、流速:0.6mL/分、検出:UV(210nm)。
【0037】
2.3.ヒアルロニダーゼ活性阻害能の評価
ヒアルロン酸の分解反応による生成物である四糖(以下「HA−四糖」という。)を指標とし、ヒアルロニダーゼ活性阻害能を評価した。阻害剤を添加せずに(最終濃度0%で)インキュベーションを行った反応後液をHPLCで分析した際のクロマトグラムにおけるHA−四糖のピーク面積に対する、阻害剤を添加した反応後液についてのHA−四糖のピーク面積の割合を算出し、該割合の減少度により活性阻害能を評価した。また活性阻害能の定量化のために、HA−四糖のピーク面積が阻害剤を添加しない水準の50%となる阻害剤濃度を50%阻害濃度(IC50)として算出した。なお、阻害剤の陽性対照として、ヒアルロニダーゼ活性阻害能を有することが知られているコンドロイチン硫酸A及びCを使用した。
【0038】
2.4.結果
図1に、各ヒアルロニダーゼ阻害剤のヒアルロニダーゼ活性阻害能の評価結果を示す。PC−HAはコンドロイチン硫酸Aと同様に濃度0.05%でHA−四糖のピーク面積を大幅に減少させ、0.15%でほぼゼロにまで減少させた。表1に各阻害剤の50%阻害濃度(IC50)を示す。PC−HAのIC50はコンドロイチン硫酸Cよりはやや高いが、コンドロイチン硫酸Aと同等の50μg/mLであった。図1及び表1より、ホスホリルコリンヒアルロン酸は、コンドロイチン硫酸Aと同程度のヒアルロニダーゼ活性阻害能を有することが確認された。
【0039】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】ヒアルロニダーゼ阻害剤の阻害活性を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホスホリルコリン基を有するヒアルロン酸誘導体からなることを特徴とするヒアルロニダーゼ阻害剤。
【請求項2】
前記ホスホリルコリン基を有するヒアルロン酸誘導体はホスホリルコリンヒアルロン酸であることを特徴とする請求項1に記載のヒアルロニダーゼ阻害剤。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のヒアルロニダーゼ阻害剤を含むことを特徴とするシワ形成抑制剤。

【図1】
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【公開番号】特開2009−114073(P2009−114073A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−285185(P2007−285185)
【出願日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【出願人】(000001959)株式会社資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】