説明

ビードコード用ワイヤの製造方法、ビードコード及び車両用タイヤ

【課題】 めっき処理を施すことなしに、ゴムとの接着性に優れたビードコード用ワイヤを得ることができるビードコード用ワイヤの製造方法を提供する。
【解決手段】 ビードコード用ワイヤを製造する場合には、まず鋼線をデスケール処理する。続いて、デスケール処理がなされた鋼線に対して電解による化成皮膜処理を施すことにより、鋼線の表面にリン酸塩皮膜を形成する。続いて、化成皮膜処理がされた鋼線に対して乾式の伸線加工を施した後、更に仕上げ伸線として湿式の伸線加工を施すことにより、ビードコード用ワイヤを得る。このとき、ビードコード用ワイヤの表面に、耐食性を有するリン酸亜鉛皮膜が残留するように、伸線加工を実施する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば車両用タイヤのビード部の補強材として使用されるビードコード用ワイヤの製造方法、ビードコード及び車両用タイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両用タイヤのビード部の補強材として使用されるビードコードを製造する方法としては、例えば特許文献1に記載されているものが知られている。特許文献1に記載の方法は、ビードワイヤ線材を伸線して綱線とした後、その鋼線に対して銅及び亜鉛のめっき処理を順に施して、銅及び亜鉛の熱拡散を行うというものである。
【特許文献1】特許第2872682号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記従来技術においては、タイヤ(ゴム)との接着性を得るためにCu合金系のめっき処理を実施するので、原材料費のアップに繋がる。また、めっき処理を施したワイヤからなるビードコードを車両用タイヤのリムの外周部に組み込む際には、金属(めっき層)とゴムとの加硫接着のための加硫促進剤等をゴムに添加する必要があるため、更なるコストアップとなってしまう。
【0004】
本発明の目的は、めっき処理を施すことなしに、ゴムとの接着性に優れたビードコード用ワイヤを得ることができるビードコード用ワイヤの製造方法、ビードコード及び車両用タイヤを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係わるビードコード用ワイヤの製造方法は、鋼線をデスケール処理する工程と、デスケール処理がなされた鋼線に対して電解による化成皮膜処理を施すことにより、鋼線の表面にリン酸塩皮膜を形成する工程と、化成皮膜処理がなされた鋼線に対して伸線加工を施して、ビードコード用ワイヤを得る工程とを含み、ビードコード用ワイヤを得る工程においては、ビードコード用ワイヤの表面にリン酸塩皮膜が残留するように伸線加工を施すことを特徴とするものである。
【0006】
このように本発明に係わるビードコード用ワイヤの製造方法においては、電解による化成皮膜処理によって鋼線の表面にリン酸塩皮膜を形成することにより、潤滑性及び耐食性を有する鋼線が得られることとなる。そして、そのような化成皮膜処理がなされた鋼線に対して伸線加工を施す際には、表面にリン酸塩皮膜が残留するように伸線加工を行うことにより、得られるビードコード用ワイヤの耐食性がある程度確保されることとなる。これにより、特に鋼線に対してめっき処理を施さなくても、接着剤を介するだけでゴムとの接着性に優れたビードコード用ワイヤを得ることができる。
【0007】
好ましくは、ビードコード用ワイヤを得る工程においては、まず化成皮膜処理がなされた鋼線に対して乾式の伸線加工を施し、続いて湿式の伸線加工を施す。
【0008】
乾式の伸線加工では、湿式の伸線加工に比べて潤滑剤の使用量が多くなる。このため、鋼線に対して乾式の伸線加工のみを施すと、リン酸塩皮膜の上に多くの乾式潤滑剤が残ることがあり、ビードコード用ワイヤとゴムとの接着に影響を与える可能性がある。そこで、乾式の伸線加工を行った後に、湿式潤滑剤の使用量の少ない湿式の伸線加工を行うことにより、リン酸塩皮膜上に付着した乾式潤滑剤が脱落したり溶解除去されるようになるため、リン酸塩皮膜上に残留する乾式潤滑剤を十分低減させることができる。
【0009】
湿式の伸線加工を施すときに、全伸線減面率に対する湿式の伸線減面率の比率が10〜49%となるように伸線加工を行うのが好ましい。
【0010】
湿式の伸線加工による伸線減面率の比率を10%以上とすることにより、乾式の伸線加工によりリン酸塩皮膜上に付着した乾式潤滑剤の脱落及び溶解除去が十分に行えるようになる。湿式の伸線加工による伸線減面率の比率を49%以下とすることにより、リン酸塩皮膜上に付着した乾式潤滑剤だけでなくリン酸塩皮膜までもが脱落及び溶解除去されてしまうことが防止される。これにより、ビードコード用ワイヤの耐食性を一層向上させることができる。また、湿式の伸線加工における潤滑効果が十分確保されるため、ビードコード用ワイヤの表面粗さの増大を抑制することができる。
【0011】
また、乾式の伸線加工及び湿式の伸線加工を、鋼線の伸線方向が同方向となるように連続して行うのが好ましい。
【0012】
乾式の伸線加工及び湿式の伸線加工を別々に行う場合には、乾式の伸線加工がなされた鋼線を一旦ボビンに巻き取り、その後で当該ボビンから鋼線を繰り出して湿式の伸線加工を行うので、同じ鋼線に対して伸線加工が施される方向性(伸線方向性)が逆になる。この場合には、後で実施する湿式の伸線加工時に、抵抗の増大によってリン酸塩皮膜が脱落しやすくなる。そこで、鋼線の伸線方向が同方向となるように、乾式の伸線加工及び湿式の伸線加工を連続して行うことにより、湿式の伸線加工時に生じる抵抗が低減されるため、リン酸塩皮膜の脱落を抑制することができる。
【0013】
さらに、リン酸塩皮膜としてリン酸亜鉛皮膜を形成するのが好ましい。リン酸亜鉛は、リン酸塩の中でも特に耐食性に優れており、また電解による化成皮膜処理として汎用性が高い。従って、鋼線の表面にリン酸亜鉛皮膜を形成するのが好適である。
【0014】
また、本発明は、環状コアワイヤと、環状コアワイヤの周りに螺旋状に巻き付けられた側線ワイヤとを備えたビードコードにおいて、側線ワイヤは、上記のビードコード用ワイヤの製造方法によって作製されたビードコード用ワイヤで構成されていることを特徴とするものである。
【0015】
このように側線ワイヤを上記のビードコード用ワイヤの製造方法によって作ることにより、上述したように、側線ワイヤの表面にはリン酸塩皮膜が残留するため、側線ワイヤの耐食性がある程度確保されるようになる。これにより、側線ワイヤは、特にめっき処理が施されていなくても、接着剤を介するだけでゴムとの接着性に優れたものとなる。
【0016】
好ましくは、側線ワイヤの表面には、リン酸塩を含む潤滑成分が付着しており、側線ワイヤの表面粗さが0.2〜12.0μmRzであり、側線ワイヤの表面におけるリン酸塩を含む潤滑成分の付着量が0.1〜3.9g/mである。
【0017】
側線ワイヤの表面粗さを0.2μmRz以上とすることにより、リン酸塩を含む潤滑成分を側線ワイヤの表面に確実に残留させることができる。側線ワイヤの表面粗さを12.0μmRz以下とすることにより、側線ワイヤの巻き付けに対しての側線ワイヤの表面性状を良好にすることができる。また、側線ワイヤの表面粗さを長期に亘って安定化させるためには、側線ワイヤの表面におけるリン酸塩を含む潤滑成分の付着量を0.1〜3.9g/mとするのが好適であることが実験等から分かった。
【0018】
また、好ましくは、環状コアワイヤの鋼線の材質は、C:0.08〜0.27質量%、Si:0.30〜2.00質量%、Mn:0.50〜2.00質量%、Cr:0.20〜2.00質量%を含み、更にAl、Nb、Ti、及びVの少なくとも1種を0.001〜0.100質量%の範囲で含有し、残部がFe及び不可避的に混入してくる不純物からなる合金鋼である。
【0019】
上記合金鋼は、溶接性に優れたものである。従って、例えばコアワイヤの両端面同士を溶接して環状コアワイヤを作り上げる場合には、コアワイヤの鋼線を上記合金鋼とすることにより、コアワイヤの両端面同士の溶接性が良好になるため、環状コアワイヤの接続部の強度低下を抑えることができる。よって、結果的に高強度のビードコードを得ることが可能となる。
【0020】
環状コアワイヤの鋼線の材質は、Cを0.28〜0.56質量%含む炭素鋼であっても良い。
【0021】
このような炭素鋼も、比較的溶接性に優れている。従って、例えばコアワイヤの両端面同士を溶接して環状コアワイヤを作り上げる場合には、コアワイヤの鋼線を上記炭素鋼とすることにより、コアワイヤの両端面同士の溶接性が良好になるため、環状コアワイヤの接続部の強度低下を抑えることができる。よって、結果的に高強度のビードコードを得ることが可能となる。
【0022】
本発明に係わる車両用タイヤは、上記のビードコードに接着剤を塗布した状態で、当該ビードコードをビード部に埋め込んでなることを特徴とするものである。
【0023】
このように上記のビードコードを用いることにより、上述したように、ビードコードの側線ワイヤは、特にめっき処理が施されていなくても、ゴムとの接着性を保持するために必要な表面性状を確保することができる。従って、金属とゴムとの接着に適した接着剤を使用することで、ビードコードとタイヤゴムとの接着性を良好にすることができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、めっき処理を施すことなしに、ゴムとの接着性に優れたビードコード用ワイヤを得ることができる。これにより、ビードコードの作製と車両用タイヤへのビードコードの組み込みとに要するコストを低減することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明に係るビードコード用ワイヤの製造方法、ビードコード及び車両用タイヤの好適な実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0026】
図1は、本発明に係るビードコードの一実施形態を備えた車両用タイヤを示す断面図である。同図において、車両用タイヤ1はタイヤ本体2を備え、このタイヤ本体2にはリム3が装着される。タイヤ本体2は、トレッド部4と、このトレッド部4の両端部からタイヤ径方向内側に延びる1対のサイドウォール部5と、リム3に嵌め込まれる1対のビード部6とを有している。
【0027】
タイヤ本体2の内部には、カーカス7及び複数層のベルト8が埋設されている。カーカス7は、トレッド部4から各サイドウォール部5を介して各ビード部6に至るように設けられている。カーカス7の両端部は、各ビード部6において折り返されている。ベルト8は、トレッド部4におけるカーカス7のタイヤ径方向外側に設けられている。
【0028】
各ビード部6には、環状のビードコード9がタイヤ周方向に延びるように埋め込まれている。ビードコード9は、ビード部6を補強するための補強材であり、カーカス7の折り返し部7aに係合するように配置されている。
【0029】
図2はビードコード9の斜視図であり、図3はビードコード9の一部拡大斜視図であり、図4はビードコード9の拡大断面図である。
【0030】
各図において、ビードコード9は、環状コアワイヤ10と、この環状コアワイヤ10の周りに螺旋状に連続して巻き付けられた側線ワイヤ11とを備えている。環状コアワイヤ10の線径は、側線ワイヤ11の線径に対して同等以上となっている。例えば、環状コアワイヤ10の線径(直径)は1.5mmであり、側線ワイヤ11の線径(直径)は1.4mmである。
【0031】
環状コアワイヤ10は、1本のコアワイヤ10aを環状に曲げて、そのコアワイヤ10aの両端面同士を溶接により接合したものである(図8参照)。この場合には、環状コアワイヤ10の接合部分S(図8参照)の増径を生じさせること無く、コアワイヤ10aの両端面同士を簡単に接合することができる。
【0032】
環状コアワイヤ10は、合金鋼線で形成されている。この合金鋼線の材質は、例えばC:0.08〜0.27質量%、Si:0.30〜2.00質量%、Mn:0.50〜2.00質量%、Cr:0.20〜2.00質量%を含み、更にAl、Nb、Ti、及びVの少なくとも1種を0.001〜0.100質量%の範囲で含有し、残部がFe及び不可避的に混入してくる不純物からなっている。このような組成であれば、コアワイヤ10aの両端面同士の溶接性が高くなるため、結果的に環状コアワイヤ10の破断強度の低下を抑制することができる。
【0033】
また、環状コアワイヤ10は、Cを0.28〜0.56質量%含む中炭素鋼線材で形成されていても良い。このような炭素鋼線材を用いても、コアワイヤ10aの両端面同士の溶接性が高くなるため、環状コアワイヤ10として必要とされる強度を確保することができる。
【0034】
側線ワイヤ11は、環状コアワイヤ10の周りに複数周にわたって螺旋状に巻き付けられている。側線ワイヤ11は、材質として0.7質量%以上のCを含む高炭素鋼線材で形成されている。
【0035】
側線ワイヤ11の巻き付け始端部と巻き付け終端部は、略円柱状を有する接続部材12により接続されている。接続部材12は、側線ワイヤ11の巻き付け始端部及び巻き付け終端部がそれぞれ挿入される1対の接続用凹部13を両端側に有している。この接続用凹部13は、断面円形状を有している。なお、接続部材12としては、単なるスリーブ等であっても良い。
【0036】
環状コアワイヤ10及び側線ワイヤ11の表面には、図示はしないが、リン酸塩を含む潤滑成分が付着されている。この潤滑成分としては、伸線加工前にコアワイヤ10a及び側線ワイヤ11の表面に形成されるリン酸塩皮膜(後述)であり、その他に伸線加工時に使用される潤滑剤(後述)も若干含まれることがある。このようなリン酸塩を含む潤滑成分の付着量は、0.1〜3.9g/mであるのが好ましい。
【0037】
また、環状コアワイヤ10及び側線ワイヤ11の表面粗さは、好ましくは0.2〜12.0μmRzである。ここでいう表面粗さは、JIS B 0601−1994の規格に準拠した十点平均粗さ(Rz)のことである。具体的には、十点平均粗さ(Rz)は、図5に示すように、粗さ曲線から基準長さLだけ抜き取り、この抜き取り部分の平均線から、最も高い山頂から5番目までの山頂の標高(Yp)の絶対値の平均値と、最も低い谷底から5番目までの谷底の標高(Yv)の絶対値の平均値との和をいう。
【数1】

【0038】
次に、上記のビードコード9を製造して車両用タイヤ1のタイヤ本体2に組み付ける方法について、図6に示すフローチャートより説明する。
【0039】
同図において、まず環状コアワイヤ10を形成する鋼線と側線ワイヤ11を形成する鋼線とを準備し、これらの鋼線をデスケール処理する(工程51)。このデスケール処理としては、鋼線表面のスケールを化学的または機械的な方法により取り除く処理だけでなく、その後の酸洗い処理も含んでいる。
【0040】
続いて、デスケール処理がなされた鋼線に対して電解による化成皮膜処理を施すことにより、潤滑性及び耐食性を兼ね備えるリン酸塩皮膜を鋼線の表面に形成する(工程52)。ここでは、耐食性に優れ、電解による化成皮膜処理として汎用性の高いリン酸亜鉛皮膜をリン酸塩皮膜として形成する。具体的には、例えば亜鉛イオン、リン酸イオン及び硝酸イオンを所定量ずつ含有するリン酸塩皮膜形成用の溶液を電解液として使用し、鋼線を陰極にして電流を流すことにより、リン酸塩皮膜としてリン酸亜鉛皮膜を形成する。このとき、化成皮膜処理を電解方式で行うことにより、鋼線の表面にリン酸亜鉛皮膜を均一に安定して形成することができる。
【0041】
続いて、電解による化成皮膜処理がなされた鋼線に対して乾式の伸線加工を施す(工程53)。具体的には、図7に示すように、化成皮膜処理により得られた鋼線14をリール15から繰り出して、複数段の乾式伸線用ダイス16に通して引き抜くことにより、鋼線14の径を順次細くしていく。このとき、乾式伸線用ダイス16に対する鋼線14の滑り性を良くするために、鋼線14に形成されたリン酸亜鉛皮膜を乾式潤滑剤で包み込んで押圧した状態で、伸線加工を行う。乾式潤滑剤としては、Ca系金属石鹸類(ステアリン酸カルシウム等)やNa系金属石鹸(ステアリン酸ナトリウム等)が用いられる。
【0042】
そして、乾式の伸線加工がなされた鋼線14に対して、仕上げ伸線として湿式の伸線加工を施すことにより、所望径の鋼線(ビードコード用ワイヤ)を得る(工程54)。具体的には、図7に示すように、最終段の乾式伸線用ダイス16を通過した鋼線14を複数段の湿式伸線用ダイス17に通して引き抜くことにより、鋼線14の径を更に順次細くしていく。このとき、湿式伸線用ダイス17に対する鋼線14の滑り性を良くするために、湿式潤滑剤に鋼線14を浸漬させた状態で、伸線加工を行う。湿式潤滑剤としては、例えば脂肪酸水溶液等が使用される。
【0043】
このとき、上述した電解による化成皮膜処理によって鋼線14の表面にはリン酸亜鉛皮膜が均一に形成されているので、鋼線14の伸線加工時に、乾式伸線用ダイス16及び湿式伸線用ダイス17に損傷等が生じにくく、鋼線14の伸線加工性の向上に寄与させることができる。
【0044】
また、乾式の伸線加工では、多くの量の乾式潤滑剤が必要となるため、伸線終了後もリン酸亜鉛皮膜上に乾式潤滑剤が残存することがある。しかし、乾式の伸線加工を行った後には湿式の伸線加工を実施するので、リン酸亜鉛皮膜上に付着した不要な乾式潤滑剤は、湿式伸線用ダイス17を通過する時に脱落したり、湿式潤滑剤により溶解除去される。
【0045】
湿式の伸線加工を実施するときには、全伸線減面率に対する湿式の伸線加工による伸線減面率の比率が10〜49%となるように伸線加工を行うことが好ましい。ここで、伸線加工前の鋼線の線径をd、伸線加工後の鋼線の線径をdとしたときに、伸線減面率は下記式で表される。
【数2】


これにより、リン酸亜鉛皮膜上に付着した乾式潤滑剤の脱落及び溶解除去が促進されると共に、リン酸亜鉛皮膜までもが除去されてしまうことを防止できる。従って、仕上げ伸線により得られるビードコード用ワイヤの表面粗さの増大を抑えることが可能となる。
【0046】
また、湿式の伸線加工では、ビードコード用ワイヤの表面粗さを0.2〜12.0μmRzに調整し、ビードコード用ワイヤにおけるリン酸亜鉛を含む潤滑成分の付着量を0.1〜3.9g/mに調整するのが好ましい。ワイヤの表面粗さ(Rz)を上記範囲とすることにより、ビードコード用ワイヤの表面にリン酸亜鉛皮膜を確実に残存させつつ、ビードコード用ワイヤの表面性状を良好にし、ビードコード用ワイヤの表面の滑り性を良くすることができる。
【0047】
乾式及び湿式の伸線加工は、図7に示すように、鋼線14の進行方向を同じ方向(順方向)にしたままの状態で、連続的に行うことが好ましい。これにより、鋼線14に対して伸線加工が施される方向(伸線方向性)は、乾式及び湿式の伸線加工で同じ方向となるため、後で実施する湿式の伸線加工時に、鋼線14と湿式伸線用ダイス17との間に生じる抵抗が小さくなり、鋼線14の伸線がスムーズに行われるようになる。従って、鋼線14と湿式伸線用ダイス17との間に生じる抵抗によるリン酸亜鉛皮膜の脱落を抑制することができる。
【0048】
このように乾式及び湿式の伸線加工を併用する複合伸線方式を採用することにより、ビードコード用ワイヤの表面には、耐食性を有するリン酸亜鉛皮膜が残留するようになる。
【0049】
次いで、上記の乾式及び湿式の伸線加工によって得られた所望径のビードコード用ワイヤをリール18に巻き取って、所望のコイル径を有する側線ワイヤ11を形成する(工程55)。
【0050】
また、これと並行して、上記の乾式の伸線加工のみによって得られた所望径の鋼線を他のリールに巻き取って、側線ワイヤ11よりも大きなコイル径を有するコアワイヤ10aを形成する。そして、そのコアワイヤ10aを所定の長さに切断した後、コアワイヤ10aの両端面同士を突き合わせて加熱溶接する。これにより、図8に示すような環状コアワイヤ10が得られる(工程56)。なお、コアワイヤ10aの形成手法としては、必要により側線ワイヤ11の形成と同様に、乾式の伸線加工の後に湿式の伸線加工を行うようにしても良い(図6の破線矢印参照)。
【0051】
続いて、図示しないワイヤ巻き付け機を用いて、図8に示すように側線ワイヤ11を環状コアワイヤ10の周りに複数周にわたって螺旋状に巻き付けていく。このとき、上述したように側線ワイヤ11の表面の滑り性が良好であるため、環状コアワイヤ10に対して側線ワイヤ11を整然と配列させて、成形性の向上に寄与させることができる。
【0052】
そして、側線ワイヤ11の巻き付け始端部及び巻き付け終端部を接続部材12の接続用凹部13にそれぞれ挿入することにより、側線ワイヤ11の巻き付け始端部及び巻き付け終端部同士を接続部材12により接続する(図3参照)。これにより、図2に示すような環状のビードコード9が完成する(工程57)。このようにして作製されたビードコード9は、一時保管される。
【0053】
その後、必要に応じてビードコード9をアルカリ洗浄した(工程58)後、ビードコード9の側線ワイヤ11の表面に接着剤を塗布する(工程59)。接着剤としては、金属とゴムとの接着に適した接着剤(例えば登録商標:ケムロック)を使用する。
【0054】
続いて、ビードコード9をゴム材に固着させてなるゴム付きビードコードを作製する(工程60)。このとき、ビードコード9には接着剤が塗布されているので、ビードコード9とゴム材との加硫接着のための加硫促進剤を添加しなくても、ビードコード9とゴム材とが確実に接着固定される。そして、そのゴム付きビードコードを車両用タイヤ1のビード部6に組み込む(工程61)。
【0055】
ここで、比較例として、ビードコードを製造してタイヤ本体2に組み付ける従来一般の方法を図9に示す。
【0056】
同図において、まず鋼線のデスケール処理を行った(工程101)後、鋼線に対して一次伸線加工を施す(工程102)。この一次伸線加工としては、通常は乾式の伸線加工が採用される。続いて、一次伸線加工がなされた鋼線を低温で熱処理した(工程103)後、前処理として鋼線の電解酸洗い等を実施する(工程104)。続いて、その鋼線に対して電気めっき処理を施して、鋼線の表面に銅めっき層及び亜鉛めっき層を順に形成し(工程105)、更に通電又は高周波加熱により銅めっき層及び亜鉛めっき層を熱拡散させて、黄銅めっき層を形成する(工程106)。
【0057】
続いて、めっきされた鋼線を酸洗いした(工程107)後、その鋼線に対して二次(仕上げ)伸線加工を施す(工程108)。この二次伸線加工としては、乾式の伸線加工または湿式の伸線加工が採用される。
【0058】
その後、仕上げ伸線加工によって得られた鋼線をリールに巻き取って、側線ワイヤを形成する(工程109)。また、これと並行して、一次伸線加工によって得られた鋼線をリールに巻き取ってコアワイヤを形成し、そのコアワイヤの両端面同士を接続して環状コアワイヤを作製する(工程110)。そして、側線ワイヤを環状コアワイヤの周りに複数周にわたって螺旋状に巻き付け、更に側線ワイヤの巻き付け始端部及び巻き付け終端部を接続することにより、環状のビードコードを得る(工程111)。
【0059】
続いて、加硫促進剤を入れたゴムシートを貼り付けて、ゴム付きビードコードを作製する(工程112)。そして、車両用タイヤ1のビード部6にゴム付きビードコードを組み込む(工程113)。
【0060】
このような従来一般のビードコードの製造方法では、鋼線の表面に銅及び亜鉛のめっき処理を施すので、原材料費が高くなるだけでなく、車両用タイヤ1のビード部6にビードコードを組み込むときに、加硫促進剤の添加が必要となるため、大幅なコストアップに繋がってしまう。
【0061】
これに対し本実施形態では、電解による化成皮膜処理によって、耐食性を有するリン酸亜鉛皮膜を鋼線の表面に形成した後、その鋼線に対して乾式の伸線加工及び湿式の伸線加工を順に行い、少なくとも側線ワイヤ11の表面にリン酸亜鉛皮膜が残留するようにしたので、鋼線に対してめっき処理を施さなくても、側線ワイヤ11の耐食性を維持することができる。従って、製造コストの低減を図ることが可能となる。
【0062】
また、環状コアワイヤ10及び側線ワイヤ11からなるビードコード9を車両用タイヤ1のビード部6に組み込む際には、金属とゴムとの接着に適した接着剤を側線ワイヤ11に塗布することで、ビードコード9とゴム材との優れた接着性を実現することができる。従って、ビードコード9とゴム材とを加硫接着する従来製品と比べて、低コストでありながら同等の接着性能を発揮させることができる。
【0063】
以上により、ビードコード9の作製から車両用タイヤ1へのビードコード9の組み込みまでの工程にかかるトータルコストを低く抑えることが可能となる。
【0064】
次に、本発明に係るビードコード用ワイヤの製造方法についての実施例を以下に述べる。
【0065】
実際に、上述した方法を用いて、鋼線に対して伸線加工を施してビードコード用ワイヤ(コアワイヤ及び側線ワイヤ)を作製し、更にそのコアワイヤ及び側線ワイヤを使って、図2〜図4に示すようなビードコードを作製した。コアワイヤ及び側線ワイヤの鋼線の材質は、表1に示す通りである。
【表1】

【0066】
なお、コアワイヤの鋼線の材質として表2に示す中炭素鋼を用いても、表1に示すものとほぼ同等の性能が得られる。
【表2】

【0067】
また、コアワイヤの製造条件は表3に示す通りであり、6種類のコアワイヤ(No.1〜No.6)を作製した。側線ワイヤの製造条件は表4に示す通りであり、10種類の側線ワイヤ(No.7〜No.16)を作製した。
【表3】


【表4】

【0068】
ここで、コアワイヤの製造条件として、最終段のダイスの線速は650m/minである。側線ワイヤの製造条件として、最終段のダイスの線速は700m/minであり、スキンパスの減面率は8.2%である。なお、スキンパスとは、最終段のダイスにおいて、潤滑剤を補給せず線表面に残っている潤滑剤だけで乾式の伸線加工を行うものである。
【0069】
また、ビードコードの製造条件としては、側線ワイヤの最大巻き付け振れ角が23度であり、側線ワイヤの巻き出し時の張力が0.5kg以下であり、環状コアワイヤの中心径Dsoが437.95mmであり、環状コアワイヤの中心径Dsoに対する側線ワイヤの中心径D(Dso/D)が0.64である。
【0070】
表3に示す伸線条件No.1〜No.6の環状コアワイヤと、表4に示す伸線条件No.7〜No.16の側線ワイヤとを組み合わせて、ビードコードを作製し、成形性及び耐食性の評価を行った。その時の評価結果を表4及び表5に示す。表4では、側線ワイヤ単体での耐食性の評価結果を示し、表5では、ビードコードでの成形性及び耐食性の評価結果を示している。
【表5】

【0071】
ここで、成形性については、環状コアワイヤに対する側線ワイヤの配列性を目視で評価した。なお、各種類のビードコードについて、評価すべきビードコードの本数は20本であり、評価基準は下記の通りである。
◎:20本とも配列の乱れが無い
○:配列の乱れの無いものが18本または19本である
△:配列の乱れの無いものが10本〜17本である
×:配列の乱れの無いものが9本以下である
【0072】
耐食性については、30℃×80%RH(梅雨時期想定)条件下で、仕上げ伸線後の環状コアワイヤ及び側線ワイヤまたはビードコードを放置し、発錆が認められる迄の時間で評価した。この時の評価基準は、下記の通りである。
◎:200時間以上
○:120時間以上200時間未満
△:80時間以上120時間未満
×:80時間未満
【0073】
表4及び表5に示す評価結果から、電解による化成皮膜処理によって鋼線の表面にリン酸亜鉛皮膜を形成し、その鋼線に対して少なくとも乾式の伸線加工を施すことにより、側線ワイヤの表面の耐食性が良くなることが明らかである。このとき、全伸線減面率に対する湿式の伸線加工による伸線減面率の比率を10〜49%とした場合には、側線ワイヤの表面の耐食性が維持されている。
【0074】
また、表5に示す評価結果から、電解による化成皮膜処理によって鋼線の表面にリン酸亜鉛皮膜を形成し、その鋼線に対して少なくとも乾式の伸線加工を施すことにより、ビードコードの成形性が良くなることが明らかである。このとき、仕上げ伸線後の側線ワイヤの表面粗さを0.2〜12.0μmRzとした場合には、ビードコードの成形性が向上している。
【0075】
以上のような実施例によって、鋼線にめっき処理を施さなくても、側線ワイヤの耐食性をある程度確保できると共に、ビードコードの成形性を損なうことを防止できるという本発明の効果が実証された。
【0076】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。例えば上記実施形態では、リン酸亜鉛皮膜が形成された鋼線に対して乾式の伸線加工及び湿式の伸線加工を連続して施す複合伸線方式を採用したが、ビードコード用ワイヤの製造条件等によっては、乾式の伸線加工だけで行っても良い。
【0077】
また、上記実施形態では、電解による化成皮膜処理によって鋼線の表面にリン酸亜鉛皮膜を形成し、その鋼線に対して伸線加工を施すことによって、環状コアワイヤ10及び側線ワイヤ11の両方を作製したが、そのような製造方法は、少なくとも側線ワイヤ11に適用すれば良い。
【0078】
さらに、上記実施形態では、側線ワイヤ11を環状コアワイヤ10の周りに螺旋状に1層だけ巻き付ける構成としたが、側線ワイヤ11を環状コアワイヤ10の周りに複数層巻き付けても良い。また、上記の環状コアワイヤ10の代わりに、複数本の環状コアワイヤを撚り合わせてなる撚線を形成し、この撚線の周りに側線ワイヤ11を螺旋状に巻き付けても良い。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】本発明に係るビードコードの一実施形態を備えた車両用タイヤを示す断面図である。
【図2】図1に示すビードコードの斜視図である。
【図3】図2に示すビードコードの一部拡大斜視図である。
【図4】図2に示すビードコードの断面図である。
【図5】図3に示す環状コアワイヤ及び側線ワイヤの表面粗さとして十点平均粗さ(Rz)を示す概略図である。
【図6】図3に示すビードコードを製造して車両用タイヤに組み付ける手順を示すフローチャートである。
【図7】図6に示す乾式の伸線加工及び湿式の伸線加工を行う方法を示す概略図である。
【図8】図3に示す環状コアワイヤの周りに側線ワイヤを螺旋状に巻き付ける様子を示す斜視図である。
【図9】比較例として、ビードコードを製造して車両用タイヤに組み付ける従来一般の手順を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0080】
1…車両用タイヤ、6…ビード部、9…ビードコード、10…環状コアワイヤ、11…側線ワイヤ(ビードコード用ワイヤ)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼線をデスケール処理する工程と、
前記デスケール処理がなされた鋼線に対して電解による化成皮膜処理を施すことにより、前記鋼線の表面にリン酸塩皮膜を形成する工程と、
前記化成皮膜処理がなされた鋼線に対して伸線加工を施して、ビードコード用ワイヤを得る工程とを含み、
前記ビードコード用ワイヤを得る工程においては、前記ビードコード用ワイヤの表面に前記リン酸塩皮膜が残留するように前記伸線加工を施すことを特徴とするビードコード用ワイヤの製造方法。
【請求項2】
前記ビードコード用ワイヤを得る工程においては、まず前記化成皮膜処理がなされた鋼線に対して乾式の伸線加工を施し、続いて湿式の伸線加工を施すことを特徴とする請求項1記載のビードコード用ワイヤの製造方法。
【請求項3】
前記湿式の伸線加工を施すときに、全伸線減面率に対する湿式の伸線減面率の比率が10〜49%となるように伸線加工を行うことを特徴とする請求項2記載のビードコード用ワイヤの製造方法。
【請求項4】
前記乾式の伸線加工及び前記湿式の伸線加工を、前記鋼線の伸線方向が同方向となるように連続して行うことを特徴とする請求項2または3記載のビードコード用ワイヤの製造方法。
【請求項5】
前記リン酸塩皮膜としてリン酸亜鉛皮膜を形成することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載のビードコード用ワイヤの製造方法。
【請求項6】
環状コアワイヤと、前記環状コアワイヤの周りに螺旋状に巻き付けられた側線ワイヤとを備えたビードコードにおいて、
前記側線ワイヤは、請求項1〜5のいずれか一項記載のビードコード用ワイヤの製造方法によって作製されたビードコード用ワイヤで構成されていることを特徴とするビードコード。
【請求項7】
前記側線ワイヤの表面には、リン酸塩を含む潤滑成分が付着しており、
前記側線ワイヤの表面粗さが0.2〜12.0μmRzであり、
前記側線ワイヤの表面における前記リン酸塩を含む潤滑成分の付着量が0.1〜3.9g/mであることを特徴とする請求項6記載のビードコード。
【請求項8】
前記環状コアワイヤの鋼線の材質は、C:0.08〜0.27質量%、Si:0.30〜2.00質量%、Mn:0.50〜2.00質量%、Cr:0.20〜2.00質量%を含み、更にAl、Nb、Ti、及びVの少なくとも1種を0.001〜0.100質量%の範囲で含有し、残部がFe及び不可避的に混入してくる不純物からなる合金鋼であることを特徴とする請求項6または7記載のビードコード。
【請求項9】
前記環状コアワイヤの鋼線の材質は、Cを0.28〜0.56質量%含む炭素鋼であることを特徴とする請求項6または7記載のビードコード。
【請求項10】
請求項6〜9のいずれか一項記載のビードコードに接着剤を塗布した状態で、当該ビードコードをビード部に埋め込んでなることを特徴とする車両用タイヤ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−308864(P2007−308864A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−102143(P2007−102143)
【出願日】平成19年4月9日(2007.4.9)
【出願人】(302061613)住友電工スチールワイヤー株式会社 (163)
【出願人】(504211429)栃木住友電工株式会社 (50)
【Fターム(参考)】