説明

フィルム延伸装置及び方法

【課題】把持部材を確実に冷却する。
【解決手段】各レール11,12の各往路部11d,12dに沿って移動するクリップ5は、往路室45内に収納され、各復路部11e,12eに沿って移動するクリップ5は、復路室46内に収納される。往路室45と復路室46とは、通気しないように設けられる。冷風器57から送風された冷却風は、ダクト54の給気口54bから復路室46内に入り、復路室46内を復路部12eに沿って移動するクリップ5が冷却される。復路室46内に入ってクリップ5を冷却した冷却風は、ダクト54に形成された排気口54cからダクト54の側方に排気される。上カバー61aと往路室45及び復路室46との間には、往路室45内の空気をカバー61の側方に排気する上排気通路62が設けられる。下カバー61bと往路室45及び復路室46との間には、往路室45内の空気をカバー61の側方に排気する下排気通路63が設けられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィルムを延伸するフィルム延伸装置及び方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、液晶ディスプレイ等の急速な発展・普及により、これら液晶ディスプレイの保護フィルム等に用いられるポリマーフィルム、特にセルロースアシレートフィルムの需要が増大している。この需要の増大に伴い生産性の向上が望まれている。セルロースアシレートフィルム(以下、フィルム)は、連続走行する支持体に、流延ダイを用いてドープを流延し、この流延膜を支持体から剥がした後、乾燥させて巻き取ることにより製造されている。
【0003】
フィルムの光学特性、特にレタデーションを調節する方法として、テンター装置等のフィルム延伸装置を用いてフィルムを幅方向に延伸することが行われている。テンター装置では、フィルムの両側縁部を把持するクリップやピン等の把持部材を、一対のレールに沿って移動させる。レールには、往路部及び復路部が設けられ、把持部材は、フィルムの両側縁部を把持しながらレール往路部に沿って移動してフィルムを幅方向に延伸するとともに、フィルムの把持を開放した後にレール復路部に沿って移動してレール往路部に戻る。
【0004】
テンター装置では、延伸し易いように加熱風を吹き付けてフィルムを加熱しており、この加熱風により、レール往路部を移動する把持部材も加熱される。加熱された状態のままの把持部材、詳しくは、フィルムのガラス転移点温度(Tg)よりも高い温度に加熱された把持部材でフィルムを把持すると、把持した部分のフィルムが千切れてしまうため、フィルムを把持する前にレール復路部を移動中の把持部材を冷却している。この冷却された把持部材がフィルムを把持してレール往路部を移動すると、加熱風が冷却された把持部材にあたって温度が低下して低温空気になる。この低温空気が逆流してフィルム側縁部にあたると、フィルム側縁部の温度が低下する。温度が低下したフィルム側縁部は充分な延伸を行うことができず、製品として使用することができないため、フィルムは、この側縁部分が切り落とされて製品となる。フィルム側縁部の温度低下を抑制し、切り落とし量を少なくすることにより、製品として使用する部分を広げて、生産性を向上する技術が開示されている。しかしながら、従来の技術ではフィルム側縁部の温度低下が依然15〜25℃ほど発生し、製品得率の更なる改善が望まれていた。
【0005】
特許文献1記載のフィルムの横延伸装置では、把持部材を覆うカバーを設け、このカバー内の空気を吸引することにより、カバー内からフィルムへの低温空気の逆流を防止して、フィルム側縁部の温度低下を防止している。
【0006】
また、特許文献2の二軸延伸ポリアミドフィルムの製造方法では、把持部材を覆うカバーを設け、このカバー内の気圧を、フィルムが通過する部分の気圧よりも5〜50hPa低くして、空気の流れをフィルム通過部分からカバー内への一方向にすることにより、カバー内からフィルムへの低温空気の逆流を防止して、フィルム側縁部の温度低下を防止している。また、気圧差を5〜50hPaとすることにより、フィルム通過部分からカバー内へ流れる空気の流量を調整して、把持部材の温度上昇を適度なものにしている。これにより、把持部材の温度上昇が小さい場合や大きい場合に発生するフィルム切断を防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭61−160223号公報
【特許文献2】特開2000−254966号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1では、カバー内の空気を吸引する吸引口が延伸装置の入口及び出口にしか設けられておらず、また、レール往路部を移動する把持部材と、レール復路部を移動する把持部材とが同じ空間に配されているため、カバー内の低温空気が、レール復路部を移動する把持部材にあたる。低温空気がレール復路部を移動する把持部材にあたると、把持部材の冷却が不充分なものになることがあり、この冷却が不充分な把持部材でフィルムを把持すると、把持した部分のフィルムが千切れることがある。また、特許文献2では、把持部材を覆うカバーの具体的な構造が記載されておらず、カバー内に流れ込んだ低温空気がレール復路部を移動する把持部材にあたることへの考慮はなされていない。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、レールの復路部を移動する把持部材を確実に冷却しながら、低温空気のフィルムへの逆流を抑制して、フィルム側縁部の温度低下を抑制することにより、製品得率を大幅にアップさせることができるフィルム延伸装置及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明のフィルム延伸装置は、往路部及び復路部を有する一対のレールと、フィルムを加熱する加熱器と、前記フィルムの両側縁部を把持しながら前記レールの往路部に沿って移動して前記加熱器により加熱された前記フィルムを幅方向に延伸するとともに、前記フィルムの把持を開放した後に前記レールの復路部に沿って移動して前記レールの往路部に戻る複数の把持部材と、前記レールの往路部に沿って移動する前記把持部材を収納する往路室と、前記往路室と通気しないように設けられ、前記レールの復路部に沿って移動する前記把持部材を収納する復路室と、前記往路室及び復路室を覆うカバーと、前記復路室内に冷却風を送り、前記復路室内を移動する前記把持部材を冷却する冷風器と、前記往路室及び復路室の上方及び下方であって前記カバーとの間にそれぞれ設けられ、前記加熱器により加熱された加熱空気が前記往路室内に流れ込んだ後に前記把持部材にあたって温度が低下して低温空気となったときに、前記低温空気を前記カバーの側方に排気する排気通路と、を備えることを特徴とする。なお、前記フィルムは、ポリマーフィルムであることが好ましく、セルロースアシレートフィルムであることがさらに好ましい。セルロースアシレートとしては、セルローストリアセテート(TAC)やジアセチルセルロース(DAC)が挙げられる。
【0011】
また、前記カバー内に、前記低温空気を前記排気通路に向けて送風する排気装置を設けることが好ましい。
【0012】
さらに、前記冷風器から送風された冷却風を前記復路室内に入れる給気口と、前記把持部材を冷却した後の処理済冷却風を排気する排気口とを有し、前記復路室内を略密閉状態にするダクトを備えることが好ましい。
【0013】
また、本発明のフィルム延伸方法は、フィルムの両側縁部を把持した複数の把持部材を、カバーで覆われた往路室内を一対のレールの往路部に沿って移動させて、加熱器により加熱された前記フィルムを幅方向に延伸する延伸工程と、前記フィルムの把持を開放した前記複数の把持部材を、前記カバーで覆われるとともに前記往路室と通気しないように設けられた復路室内を前記レールの復路部に沿って移動させて、前記レールの往路部に戻す戻し工程と、前記復路室内に冷却風を送り、前記復路室内を移動する前記把持部材を冷却する冷却工程と、前記加熱器により加熱された加熱空気が前記往路室内に流れ込んだ後に前記把持部材にあたって温度が低下して低温空気となったときに、前記往路室及び復路室の上方及び下方であって前記カバーとの間にそれぞれ設けられた排気通路から前記低温空気を前記カバーの側方に排気する排気工程と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、加熱器により加熱された加熱空気が、レールの往路部に沿って移動する把持部材を収納する往路室内に流れ込んだ後に、把持部材にあたって温度が低下して低温空気となったときにも、この低温空気をカバーの側方に排気するから、往路室内の低温空気のフィルムへの逆流を抑制し、低温空気によるフィルムの温度低下を抑制することができる。これにより、フィルム側縁部の切り落とし量を少なくし、製品として使用する部分を広げて、生産性を向上することができる。
【0015】
また、レールの復路部に沿って移動する把持部材を収納する復路室と、往路室とを通気しないから、復路室内に送られた冷却風が往路室に回り込むことがない。さらに、往路室内の低温空気を、往路室及び復路室の上方及び下方に設けられた排気通路からカバーの側方に排気するから、復路室は、一定の温度の低温空気が通過する排気通路によって保温される。これにより、復路室内の温度を一定に保ち、復路室内を移動する把持部材を確実に冷却することができる。
【0016】
さらに、カバー内に設けられた排気装置により、低温空気を排気通路に向けて送風するから、低温空気をカバーの側方に確実に排気することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】クリップテンター装置を示す平面図である。
【図2】クリップテンター装置のクリップと第2レールと往路室と復路室とカバーとを示す正面図である。
【図3】クリップを示す斜視図である。
【図4】クリップと第2レールとダクトとカバーとを示す斜視図である。
【図5】クリップと第2レールとを示す斜視図である。
【図6】溶液製膜設備の概略図である。
【図7】排気通路を設けたクリップテンター装置と排気通路を設けていないクリップテンター装置とのフィルム側縁部温度の実験結果を示す表である。
【図8】排気通路を設けたクリップテンター装置のクリップとカバーと数値流体シミュレーションによる温度低下エリアとを示す斜視図である。
【図9】排気通路を設けていないクリップテンター装置のクリップとカバーと数値流体シミュレーションによる温度低下エリアとを示す斜視図である。
【図10】排気通路を設けていないクリップテンター装置のクリップと第2レールと往路室と復路室とカバーとを示す正面図である。
【図11】カバー内に排気ファンを設けた実施形態のクリップと第2レールと往路室と復路室とカバーとを示す正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1に示すように、クリップテンター装置2は、ポリマーフィルム3の両側縁部をクリップ5で把持してフィルム搬送方向Aに搬送しながらフィルム幅方向Bに延伸するとともに、ポリマーフィルム3を乾燥させる。
【0019】
クリップテンター装置2は、第1レール11と、第2レール12と、これらレール11,12に案内される第1,第2チェーン(エンドレスチェーン)13,14とを備えている。第1,第2チェーン13,14には、クリップ5が一定のピッチで多数取り付けられている。
【0020】
各レール11,12は、フィルム搬送方向Aに延びる第1直線部11a,12aと、フィルム搬送方向Aに対して外側方向に傾斜した傾斜部11b,12bと、フィルム搬送方向Aに延びる第2直線部11c,12cとを備える。また、第1,第2レール11,12は、クリップ5を把持開始位置PAから把持開放位置PBまで案内する往路部11d,12dと、クリップ5を把持開放位置PBから把持開始位置PAまで案内する復路部11e,12eとを備える。
【0021】
クリップテンター装置2は、図示しない乾燥室内に配置されている。乾燥室は、フィルム搬送方向Aで、予熱ゾーン2a、延伸ゾーン2b、延伸緩和ゾーン2cに区画されている。各レール11,12の第1直線部11a,12aの範囲となる予熱ゾーン2aでは、ポリマーフィルム3は、加熱器16(図2参照)から送風される加熱風により、例えば80℃以上200℃以下で予熱される。この予熱ゾーン2aでは、一対のクリップ間距離は変化がなく、クリップ5によるフィルム幅方向Bでの延伸は行われない。加熱器16は、フィルム搬送方向Aにおいて、所定ピッチで複数設けられている。
【0022】
各レール11,12の傾斜部11b,12bの範囲となる延伸ゾーン2bでは、ポリマーフィルム3は、加熱器16から送風される加熱風により、例えば80℃以上200℃以下で加熱される。この延伸ゾーン2bでは、クリップ5が傾斜部11b,12bを移動することにより、一対のクリップ間距離が漸増し、ポリマーフィルム3は、クリップ5によりフィルム幅方向Bに延伸される。第2直線部11c,12cの範囲となる延伸緩和ゾーン2cでは、一対のクリップ間距離は変化がなく、延伸緩和が行われる。なお、延伸倍率は所望の光学特性等に合わせて適宜変更されるものである。
【0023】
第1,第2チェーン13,14は、原動スプロケット21,22及び従動スプロケット23,24の間に掛け渡されており、これらスプロケット21〜24の間では、第1チェーン13は第1レール11によって、第2チェーン14は第2レール12によって案内される。原動スプロケット21,22はテンタ出口27側に設けられており、これらは図示しない駆動機構により回転駆動され、従動スプロケット23,24はテンタ入口26側に設けられている。
【0024】
図2及び図3に示すように、クリップ5は、クリップ本体28とレール取付部29とから構成されている。クリップ本体28は、クランパ31と、略コ字形状のフレーム32とから構成されている。このフレーム32は、クランパ31を回動自在に支持する取付軸32aと、ポリマーフィルム3の側縁部が載せられるベース32bとを備える。
【0025】
クランパ31は、フレーム32に取り付けられる軸部31aと、ベース32bとの間にポリマーフィルム3を把持する把持部31bと、頭部31cとからなる。クランパ31は、ベース32bとの間にポリマーフィルム3を把持する把持位置(図2の左側のクランパ31及び図3(A)参照)と、把持を開放する開放位置(図2の右側のクランパ31及び図3(B)参照)との間で回転する。クランパ31は、把持位置と開放位置との中間位置から把持位置までの間では、把持位置に向けて付勢され、中間位置から開放位置までの間では、開放位置に向けて付勢される。把持開始位置PAでは、ベース32bと把持部31bとによりポリマーフィルム3が把持される。
【0026】
レール取付部29は、取付フレーム35と、ガイドローラ36,37,38とから構成されている。取付フレーム35には、第1チェーン13または第2チェーン14が取り付けられる。ガイドローラ36〜38は、原動スプロケット21,22の各支持面に接触するか、第1レール11または第2レール12の支持面に接触するかして、回転する。これにより、各スプロケット21,22や各レール11,12からクリップ本体28が脱落することなく、各レール11,12に沿って案内される。
【0027】
図1に示すように、テンタ出口27の原動スプロケット21,22に近接して、クリップ5を開放する周知のクリップオープナ41が2個配置されている。このクリップオープナ41は、ポリマーフィルム3の把持開放位置PBで、クリップ5の頭部31c,32cに接触してこれを開放状態にし、クリップ5によるポリマーフィルム3の側縁部の把持が開放される。クリップオープナ41により開放位置に回転されたクランパ31は、開放位置に位置し続け、この状態でクリップ5は把持開放位置PBから把持開始位置PAに向けて戻り方向Cに移動する。
【0028】
テンタ入口26の従動スプロケット23,24に近接して、クリップ5を閉じる周知のクリップクローザ42が2個配置されている。このクリップクローザ42は、ポリマーフィルム3の把持開始位置PAで、クリップ5の頭部31cに接触してこれを閉じ状態にし、クリップ5によりポリマーフィルム3の側縁部が把持される。クリップクローザ42により把持位置に回転されたクランパ31は、把持位置に位置し続け、ポリマーフィルム3を把持した状態で移動する。
【0029】
クリップテンター装置2では、延伸開始位置PCでポリマーフィルム3の延伸が開始され、延伸終了位置PDでポリマーフィルム3の延伸が終わる。
【0030】
図2〜図5に示すように、第2レール12の往路部12dに沿って移動するクリップ5は、往路室45内に収納され、第2レール12の復路部12eに沿って移動するクリップ5は、復路室46内に収納されている。
【0031】
往路室45は、第2レール12の中心板51、上板52、下板53及びダクト54の上板54aにより構成された空間であり、復路室46は、中心板51、上板52、下板53及びダクト54により構成された空間である。往路室45と復路室46とは、通気しないように設けられ、復路室46は、ダクト54により略密閉状態にされている。同様に、第1レール11にも、往路室45及び復路室46が設けられている。
【0032】
ダクト54の側方には、クリップ5を冷却するための冷却風を送風する冷風器57が設けられている。ダクト54には、冷風器57から送風された冷却風を復路室46内に入れる給気口54bが形成されている。この給気口54bから復路室46内に入った冷却風により、復路室46内を復路部12eに沿って移動するクリップ5が冷却される。復路室46内に入ってクリップ5を冷却した冷却風は、ダクト54に形成された排気口54cからダクト54の側方に排気される。給気口54b及び排気口54cは、所定ピッチで複数形成されている。
【0033】
往路室45及び復路室46は、カバー61により覆われている。カバー61は、上カバー61a及び下カバー61bから構成される。各カバー61a,61bは、ポリマーフィルム3に接触しないように、ポリマーフィルム3との間に隙間がある。
【0034】
上カバー61aと往路室45及び復路室46との間には、往路室45内の空気をカバー61の側方に排気する上排気通路62が設けられている。下カバー61bと往路室45及び復路室46との間には、往路室45内の空気をカバー61の側方に排気する下排気通路63が設けられている。各排気通路62,63は、高さ10mm〜30mmが好ましい。同様に、第1レール11に設けられた往路室45及び復路室46も、カバー61により覆われている。
【0035】
各カバー61a,61bは、ダクト54の上板54aまたは下板53との間に、フィルム搬送方向Aにおいて所定ピッチで設けられた複数の固定部材66により、ダクト54の上板54aまたは下板53に取り付けられている。なお、図2では、固定部材66の図示を省略している。
【0036】
次に上記ポリマーフィルム3の製造方法について説明する。ただし、以下に述べる製造方法ならびに製造装置は、本発明の一例であり、これに限定されるものではない。
【0037】
図6に示すように、溶液製膜設備70は、ドープ71と流延室72とピンテンター装置73とクリップテンター装置2と乾燥室74と冷却室75と巻取室76とを有する。
【0038】
ドープ71は、ジアセチルセルロースフィルムとしてのポリマーフィルム3を製造するためのものであり、このドープ71は、流延ダイ80に送られる。
【0039】
流延室72には、流延ダイ80、回転ドラム81、この回転ドラム81に掛け巡らされて移動する流延バンド82、剥取ローラ83、減圧チャンバ84が設置されている。回転ドラム81は駆動装置(図示せず)により回転されており、この回転ドラム81の回転により移動する流延バンド82に向けて、流延ダイ80からドープ71が吐出され、流延バンド82に流延膜85が形成される。
【0040】
流延室72は、温調装置(図示せず)によって、流延膜85が冷却固化(ゲル化)し易い温度に設定されている。そして、流延バンド82が移動する間に、流延膜85は自己支持性を有するゲル強度に達し、剥取ローラ83は、流延バンド82上の流延膜85を湿潤フィルム88として剥ぎ取る。また、流延室72内では、流延膜85は乾燥風が吹き付けられて乾燥され、流延室72を出た湿潤フィルム88は、残留溶媒量が95質量%程度となる。
【0041】
減圧チャンバ84は、流延ダイ80に対し、ドラム走行方向上流側に配置されており、減圧チャンバ84内を負圧に保っている。これにより、流延ビードの背面(後に、流延バンド82に接する面)側を所望の圧力に減圧し、回転ドラム81が高速で回転することにより発生する同伴風の影響を少なくしている。
【0042】
流延室72の下流には、渡り部91、ピンテンター装置73、クリップテンター装置2が順に設置されている。渡り部91は、搬送ローラ92によって湿潤フィルム88をピンテンター装置73に導入する。ピンテンター装置73は、湿潤フィルム88の両端部を貫通して保持する多数のピンプレートを有し、このピンプレートが軌道上を走行する。この走行中に湿潤フィルム88に対し乾燥風が送られ、湿潤フィルム88は走行しつつ乾燥され、ポリマーフィルム3となる。このポリマーフィルム3は、クリップテンター装置2に送られる。
【0043】
クリップテンター装置2においてポリマーフィルム3は延伸されるとともに乾燥され、クリップテンター装置2を出たポリマーフィルム3には所望の光学特性が付与される。なお、ポリマーフィルム3への延伸による光学特性の付与は、ポリマーフィルム3の巻取後にオフラインで行っても良く、この場合には、溶液製膜設備70からクリップテンター装置2を省略してもよい。
【0044】
ピンテンター装置73及びクリップテンター装置2の下流にはそれぞれ耳切装置93が設けられている。耳切装置93はフィルム両端部の耳を裁断する。この裁断した耳は風送によりクラッシャ94に送られて、ここで粉砕され、ドープ等の原料として再利用される。
【0045】
乾燥室74には、複数のローラ97が設けられており、これらにポリマーフィルム3が巻き掛けられて搬送されることにより乾燥が行われる。乾燥室74には吸着回収装置98が接続されており、ポリマーフィルム3から蒸発した溶媒が吸着回収される。
【0046】
乾燥室74の出口側には冷却室75が設けられており、この冷却室75でポリマーフィルム3が室温となるまで冷却される。巻取室76には、プレスローラ102を有する巻取機101が設置されており、ポリマーフィルム3が巻き芯にロール状に巻き取られる。
【0047】
本実施形態では、ポリマーとしてセルロースアシレートを用いている。セルロースアシレートとしては、セルローストリアセテート(TAC)やジアセチルセルロース(DAC)が挙げられる。
【実施例1】
【0048】
図6に示す溶液製膜設備70において、流延バンド82の表面上に、ドープ71を流延して流延膜85を形成した。自己支持性を有する流延膜85を剥取ローラ83で支持しながら剥ぎ取り、湿潤フィルム88を得た。
【0049】
ピンテンター装置73では、その入口付近で湿潤フィルム88の両側端部にピンを差し込み保持した後、残留溶媒量が95質量%の湿潤フィルム88を乾燥し、ポリマーフィルム3とした。
【0050】
ピンテンター装置73でフィルム中の溶媒を規定量まで除去した後、下流に設置した耳切装置93でポリマーフィルム3の両側端部を切断した後、ポリマーフィルム3をクリップテンター装置2に送る。
【0051】
ポリマーフィルム3が、クリップテンター装置2内の把持開始位置PAまで搬送されると、クリップ5のクランパ31は、頭部31cがクリップクローザ42に接触して把持位置に回転され、ポリマーフィルム3の両側縁部が把持される。クリップクローザ42により把持位置に回転されたクランパ31は、把持位置に位置し続け、ポリマーフィルム3を把持した状態で移動する。
【0052】
ポリマーフィルム3の両側端部を把持したクリップ5を、第1,第2レール11,12の各往路部11d,12dに沿って往路室45内を移動させてポリマーフィルム3を搬送するとともに、加熱器16から140℃の加熱風をポリマーフィルム3に向けて送風する。ポリマーフィルム3は、加熱風により加熱された状態でフィルム搬送方向Aに搬送されながら、フィルム幅方向Bに延伸される。延伸前のポリマーフィルム3の幅を100%としたときに、延伸ゾーン2bにおける延伸率は120%とした。加熱器16からポリマーフィルム3に向けて送風された加熱風は、ポリマーフィルム3とカバー61との隙間から、往路室45内に流れ込み、往路室45内を移動するクリップ5は加熱される。
【0053】
クリップ5は、把持開放位置PBまで移動すると、頭部31c,32cがクリップオープナ41に接触してクランパ31が開放位置まで回転され、ポリマーフィルム3の把持が開放される。クリップオープナ41により開放位置に回転されたクランパ31は、開放位置に位置し続け、この状態でクリップ5は把持開始位置PAに向けて復路室46内を戻り方向Cに移動する。
【0054】
冷風器57は、給気口54bに向けて40℃の冷却風を送風する。この冷却風は、給気口54bから復路室46内に送られ、復路室46内を各復路部11e,12eに沿って移動するクリップ5が冷却される。復路室46内に入ってクリップ5を冷却した冷却風は、排気口54cからダクト54の側方に排気される。
【0055】
ポリマーフィルム3とカバー61との隙間から、往路室45内に流れ込んだ加熱風は、クリップ5にあたって温度が低下して低温空気となる。往路室45内の低温空気は、上排気通路62及び下排気通路63を通って、カバー61の側方に排気される。
【0056】
クリップテンター装置2の下流に設置した耳切装置93でポリマーフィルム3の両側端部を切断した後、乾燥室74において複数のローラ97に巻き掛けて搬送する間に、ポリマーフィルム3の乾燥を十分に促進させた。冷却室75においてポリマーフィルム3を略室温となるまで冷却した後、巻取室76に送り、プレスローラ102で押圧しながら巻き芯に巻き取ってロール状のポリマーフィルム3を得た。
【0057】
実施例1では、上排気通路62及び下排気通路63を設けたクリップテンター装置2を用いてポリマーフィルム3の延伸を行った。そして、テンタ入口26からの距離に対するポリマーフィルム3側縁部近傍の温度(℃)の変化を、ポリマーフィルム3表面に貼り付けた熱電対にて測定した結果を図7に示す。
【0058】
以下、実施例1に対して、クリップ5をカバー111で覆うが、上排気通路及び下排気通路が設けられていない従来のクリップテンター装置(図9及び図10参照)を用いて同様の実験を行い、比較例1(図7参照)を得た。
【0059】
比較例1では、加熱器16の無い部分と一致する位置で、フィルム温度が加熱風温度より下がっていることがわかった。このことから、加熱風より低温の物体が影響していること、すなわちカバー61a,61bの内側に入り低温のクリップ5と熱交換した空気が、加熱器16が無い部分から逆流してポリマーフィルム3側縁部に接触するためであることを見出し、実施例1の対策を発想することが出来た。
【0060】
これに対して、実施例1では、比較例1のような加熱器16の無い部分での温度低下が抑制されている。延伸実験の結果、比較例1では、ポリマーフィルム3の中心部側に対し側縁側部では22℃の温度低下が発生していたが、実施例1では、温度低下を10℃にまで抑制する事ができた。この結果、比較例1では側縁部は充分な延伸が行われず、延伸後のポリマーフィルム3では、側縁部を製品として使用することができなくなる。このため、側縁部を切り落とす必要があり、ポリマーフィルム3を製品として使用することができる幅が、実施例1よりも狭くなっていたが、実施例1では、温度低下が抑制されることにより、切り落とす必要がある側縁部の幅が比較例1より狭くなることから、製品として使用できる幅を拡大させて、製品ロスを比較例1に対し55%に低減させることができる。なお、実施例1及び比較例1と同じ条件で複数回実験を行ったところ、同様の実験結果を得た。
【0061】
また、実施例1におけるポリマーフィルム3側縁部近傍の温度分布(℃)をシミュレーションで評価した結果を図8に示す。図8におけるポリマーフィルム3端部の斜線で表わされた部分FAは、ポリマーフィルム3の中心部よりも2℃以上温度が低下した温度低下領域で、フィルム温度が低下して、製品として使用できない範囲を示す。実施例1では、加熱風は、図2に示す各排気通路62,63を通ってカバー61の側方に排気されるため、カバー61a,61bと接触したり、カバー61a,61bの内側に入り低温となった空気が逆流して、ポリマーフィルム3側縁部に接触することによるポリマーフィルム3側縁部の温度低下が抑制される。この結果、ポリマーフィルム3側縁部において温度低下により充分な延伸を行うことができずに発生していた、製品として使用することができないフィルムの量を大幅に削減することができる。なお、図8では、温度低下領域FAを誇張して描いているが、実際は、側縁部の延伸に影響を与えない程度のごく小さなものである。
【0062】
一方、比較例1におけるクリップテンター装置内のポリマーフィルム3側縁部近傍の温度(℃)をシミュレーションで評価した結果を図9に示す。図9におけるポリマーフィルム3端部の斜線で表わされた部分FAは、ポリマーフィルム3の中心部よりも2℃以上温度が低下した温度低下領域で、フィルム温度が低下して、製品として使用できない範囲を示す。図10に示すように、排気通路が設けられていない比較例1では、ポリマーフィルム3に吹き付けられる加熱風は、カバー111と接触したり、カバー111の内側に入って低温となった空気が逆流して、ポリマーフィルム3側縁部に接触するため、ポリマーフィルム3側縁部の広い範囲で温度が低下することが確認された。この結果、ポリマーフィルム3側縁部において温度低下により充分な延伸を行うことができず、製品として使用することができないフィルムが大量に発生している原因を見出すことが出来た。なお、シミュレーションには、株式会社シーディー・アダプコ・ジャパン製のソフトウェア、汎用熱流体解析プログラムSTAR−LTを使用した。
【0063】
また、実施例1は、往路室45内の低温空気が、復路室46の上下を通る上排気通路62及び下排気通路63を通してカバー61の側方に排気されるから、復路室46は、一定の温度の低温空気が通過する各排気通路62,63によって保温される、これにより、保温復路室46内の温度は一定に保たれ、復路室46内を移動するクリップ5は確実に冷却された。
【0064】
なお、図11に示すように、カバー61内の上下に、排気ファン121を設け、この排気ファン121により、往路室45内の低温空気を上排気通路62及び下排気通路63を通してカバー61の側方に強制的に排気してもよい。この場合、排気ファン121を、フィルム搬送方向Aにおいて一定ピッチで複数設ける。
【0065】
また、本実施形態では、クリップテンター装置に本発明を実施しているが、ピンテンター装置にも本発明は実施可能である。
【符号の説明】
【0066】
2 クリップテンター装置
3 ポリマーフィルム
5 クリップ
11,12 第1,第2レール
11d,12d 往路部
11e,12e 復路部
16 加熱器
45 往路室
46 復路室
54 ダクト
54b 給気口
54c 排気口
57 冷風器
61 カバー
61a 上カバー
61b 下カバー
62 上排気通路
63 下排気通路
121 排気ファン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
往路部及び復路部を有する一対のレールと、
フィルムを加熱する加熱器と、
前記フィルムの両側縁部を把持しながら前記レールの往路部に沿って移動して前記加熱器により加熱された前記フィルムを幅方向に延伸するとともに、前記フィルムの把持を開放した後に前記レールの復路部に沿って移動して前記レールの往路部に戻る複数の把持部材と、
前記レールの往路部に沿って移動する前記把持部材を収納する往路室と、
前記往路室と通気しないように設けられ、前記レールの復路部に沿って移動する前記把持部材を収納する復路室と、
前記往路室及び復路室を覆うカバーと、
前記復路室内に冷却風を送り、前記復路室内を移動する前記把持部材を冷却する冷風器と、
前記往路室及び復路室の上方及び下方であって前記カバーとの間にそれぞれ設けられ、前記加熱器により加熱された加熱空気が前記往路室内に流れ込んだ後に前記把持部材にあたって温度が低下して低温空気となったときに、前記低温空気を前記カバーの側方に排気する排気通路と、
を備えることを特徴とするフィルム延伸装置。
【請求項2】
前記カバー内に、前記低温空気を前記排気通路に向けて送風する排気装置を設けたことを特徴とする請求項1記載のフィルム延伸装置。
【請求項3】
前記冷風器から送風された冷却風を前記復路室内に入れる給気口と、前記把持部材を冷却した後の冷却風を排気する排気口とを有し、前記復路室内を略密閉状態にするダクトを備えることを特徴とする請求項1または2記載のフィルム延伸装置。
【請求項4】
フィルムの両側縁部を把持した複数の把持部材を、カバーで覆われた往路室内を一対のレールの往路部に沿って移動させて、加熱器により加熱された前記フィルムを幅方向に延伸する延伸工程と、
前記フィルムの把持を開放した前記複数の把持部材を、前記カバーで覆われるとともに前記往路室と通気しないように設けられた復路室内を前記レールの復路部に沿って移動させて、前記レールの往路部に戻す戻し工程と、
前記復路室内に冷却風を送り、前記復路室内を移動する前記把持部材を冷却する冷却工程と、
前記加熱器により加熱された加熱空気が前記往路室内に流れ込んだ後に前記把持部材にあたって温度が低下して低温空気となったときに、前記往路室及び復路室の上方及び下方であって前記カバーとの間にそれぞれ設けられた排気通路から前記低温空気を前記カバーの側方に排気する排気工程と、
を有することを特徴とするフィルム延伸方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−189629(P2011−189629A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−57789(P2010−57789)
【出願日】平成22年3月15日(2010.3.15)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】