説明

フィレット部の超音波探傷方法及びフィレット部用の超音波探傷装置

【課題】フィレット部の表面の曲率が大きく当該フィレット部の表面に探触子を配置できないクランク軸において、フィレット部内のきずを検出することが可能な超音波探傷方法、及び超音波探傷装置を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明は、クランクピン104及びクランクアーム106における探傷面T上に発信振動子21と受信振動子22とを具備する探触子20を配置し、探傷面T上でフィレット部108に沿って探触子20を移動させつつフィレット部108内に向けて超音波を発信させると共にフィレット部108内のきずFで反射した超音波を受信する。そして、超音波が探傷面Tに入射したときに当該探傷面Tにおける縦波の屈折角θが臨界角となる入射角θで発信振動子21が超音波を探傷面Tに入射させ、発信振動子21の探傷面Tに対する姿勢を維持しつつ探触子20を移動させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波を用い、被検査物の内部に存在するきず(材料きず)を検出する超音波探傷方法及び超音波探傷装置に関するものであり、特に、クランク軸のフィレット部の探傷に好適なものである。
【背景技術】
【0002】
船舶等のエンジンに用いられるクランク軸のフィレット部(クランクピンとクランクアームとの接続部:図1の符号108参照)には、クランクピンに接続されるピストンの稼動に伴い、長期間の大きな繰り返し曲げ応力が作用する。しかしながら、近年船舶等のエンジンは、高出力・小型化が進められ、高応力部であるフィレット部への要求品質(特に内部に存在するきず)はますます高くなっており、フィレット部の品質を保証する安定した検査が求められている。
【0003】
クランク軸に生じたきずを非破壊で検査する方法としては、特許文献1に記載された浸透探傷法や、特許文献2に記載された超音波探傷法が知られている。
【0004】
具体的に、浸透探傷法では、先ず、クランク軸(被検査対象物)表面の検査対象領域に浸透液を塗布する。このとき、表面に開口したきずが存在していると、この表面に塗布された浸透液が毛細管現象によってその内部に浸透する。次に、被検査対象物の表面から浸透液を除去する。これにより、きずの内部に浸透した浸透液を除いて、クランク軸の表面に塗布されている浸透液が除去される。この状態で、検査対象領域に現像剤を噴きつけて現像剤の皮膜を形成する。この現像剤は、微細な粒子によって構成されているため、この現像剤によって皮膜を形成するとその粒子間において毛細管現象が生じる。これにより、表面に開口したきず内に浸透している浸透液が現像剤の皮膜によって吸い上げられる。このとき、浸透液は皮膜中に広がり、皮膜の表面において実際のクラック等の開口きず幅よりも拡大された指示模様となって現れる。この指示模様を観察することによって非破壊できずを検出することができる。
【0005】
また、超音波探傷法では、被検査対象物の表面である探傷面から超音波を入射させ、内部を伝播する超音波がきずで反射し、戻ってきた反射波を受信することにより、被検査対象物の内部のきずを非破壊で検出することができる。具体的には、探傷面に対して超音波を発信する発信振動子とこの発信された超音波を探傷面から受信する受信振動子とを具備する探触子を探傷面上に配置する。そして、図13に示されるように、この探触子200の発信振動子から探傷面210aに対して超音波を入射させる。これにより、被検査物210内部を超音波swが伝播し、その軌道上に割れ等のきずfが存在するとこのきずfによって超音波swが反射され、この反射された超音波swを受信振動子が受信する。そして、この受信振動子から出力される受信信号を解析することによって、被検査対象物210の内部のきずの有無や、きずの位置、大きさ等を非破壊で検出することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−270341号公報
【特許文献2】特開2007−205959号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
エンジンの高出力・小型化に伴うクランク軸への高疲労強度用要求に対応するためには、高応力部であるフィレット部の表層部の微小な内部きずを安定して検出する非破壊検査方法が不可避である。
【0008】
しかしながら、上記の浸透探傷法や超音波探傷法では、表面の曲率が大きなフィレット部を有するクランク軸において、当該フィレット部の表層部(即ち、フィレット部内の表面近傍)のきずを検出することができなかった。具体的に、浸透探傷法では、きず内に浸透液を浸透させることによってきずの検出を行うため、表面に開口していない部材内部のきずを検出できない。また、超音波探傷法では、表面の曲率が大きなフィレット部を有するクランク軸において、当該フィレット部の表層部に生じているきずを検出することが困難である。即ち、表面の曲率が大きなフィレット部を有するクランク軸では、図14に示されるように、探触子200をフィレット部表面に配置できず、しかも、探触子200から発信された超音波swが部材内部を真っ直ぐに伝播するためクランクピンやクランクアームの表面に探触子200を配置してもフィレット部の表層部に生じているきずfに対して超音波を照射できない。
【0009】
そこで、本発明は、上記問題点に鑑み、フィレット部の表面の曲率が大きく当該フィレット部の表面に探触子を配置できないクランク軸において、フィレット部内のきずを検出することが可能な超音波探傷方法、及び超音波探傷装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、上記課題を解消すべく、本発明は、クランク軸におけるクランクピンとクランクアームとの接続部位であるフィレット部内に超音波を伝播させ、この伝播させた超音波を受信することにより前記フィレット部内のきずを検出する超音波探傷方法を提供する。この方法は、前記クランクピン及び前記クランクアームの各表面における前記フィレット部の表面と隣接する領域によって形成される探傷面上に当該探傷面に対して前記超音波を発信する発信振動子とこの発信された超音波を前記探傷面から受信する受信振動子とを具備する探触子を配置する配置工程と、前記探傷面上において、前記フィレット部からの距離を一定に維持した状態で当該フィレット部に沿って前記探触子を移動させつつ前記フィレット部内に向けて前記発信振動子から超音波を発信させると共に前記フィレット部内にきずが生じていた場合にこのきずで反射した超音波を前記受信振動子で受信する走査工程と、を備える。そして、前記走査工程では、前記発信振動子が、前記超音波が前記探傷面に入射したときに当該探傷面における縦波の屈折角が臨界角となる入射角で前記超音波を前記探傷面に入射させ、このときの前記発信振動子の前記探傷面に対する姿勢を維持しつつ前記探触子を移動させる。
【0011】
また、上記課題を解消すべく、本発明は、クランク軸におけるクランクピンとクランクアームとの接続部位であるフィレット部内に超音波を伝播させ、この伝播させた超音波を受信することにより前記フィレット部内のきずを検出する超音波探傷装置を提供する。この装置は、前記クランクピン及び前記クランクアームの各表面における前記フィレット部の表面と隣接する領域によって形成される探傷面に対して前記超音波を発信する発信振動子と、この発信された超音波を前記探傷面から受信する受信振動子と、前記発信振動子の発信する超音波を前記探傷面まで伝播する伝播部材と、を具備する探触子と、前記フィレット部内に向けて前記伝播部材を介して前記発信振動子から超音波を発信させると共に前記フィレット部内にきずが生じていた場合にこのきずで反射した超音波を前記受信振動子で受信し、この受信信号から前記フィレット部内のきずを検出するきず検出装置と、を備える。そして、前記伝播部材は、前記探触子を前記探傷面上で移動させたときに当該探傷面と摺接する摺接面と前記発信振動子が載置される載置面とを有し、前記載置面から前記摺接面まで前記発信振動子が発信する超音波を伝播し、前記摺接面に対する前記載置面の傾斜角が、前記超音波が前記探傷面に入射したときに当該探傷面における縦波の屈折角が臨界角となる入射角で前記超音波が前記探傷面に入射する角度となる形状を有する。
【0012】
これらの本発明によれば、クリーピング波を利用することによって、フィレット部の表層部(即ち、フィレット部内の表面近傍)に発生するきず(材料きず)を好適に検出することができる。以下で説明する。
【0013】
フィレット部の表面が湾曲しているため、その曲率が大きいとフィレット部表面に探触子を配置できない。そこで、フィレット部の表面と隣接するクランクアーム又はクランクピンの表面(探傷面)に探触子を配置してフィレット部の表層のきずを探傷することが考えられる。この場合、クランクアーム又はクランクピンの表面からフィレット部表面に沿って進む波動を用いて超音波探傷を行う必要がある。超音波探傷に用いられる被検査対象物の表面に沿って進む波動としては、表面波とクリーピング波とがある。
【0014】
このクリーピング波とは、被検査対象物の表面における縦波の屈折角が臨界角となる入射角で超音波を前記表面に入射させることにより生じ、前記被検査対象物における超音波の入射面(表面)に沿って伝播する縦波の一種である。ここで表面波とは、被検査対象物の表面に沿って進む波動のうち前記のクリーピング波以外の波動である。
【0015】
この表面波は、被検査対象物の表面から当該表面波の波長程度の深さまでしか内部に伝播されないため、表面からの深さ(距離)が波長よりも深い位置のきずに表面波を照射することができない。また、超音波探傷では、被検査対象物内を伝播する超音波の波長の半分程度の大きさよりも小さなきずを検出できないため、表面波の波長を大きくして深い位置のきずの検出を行うと小さなきずを検出することができなくなる。一方、クリーピング波は、波長よりも深い位置まで被検査対象物の内部に伝播されるため、このクリーピング波を用いることによって同じ波長であれば表面波よりも深い位置まで探傷することが可能となる。そのため、クリーピング波を用いることにより、表面波と同程度の大きさのきずを検出できる場合(波長が同じ場合)には、より深い位置までの探傷が可能となり、表面波と同じ深さ位置まで探傷できる場合には、より小さいきずを検出することが可能となる。
【0016】
また、クリーピング波は、被検査対象物の表面に沿って伝播するため、クランクピン及びクランクアームの各表面におけるフィレット部の表面と隣接する領域(探傷面)に探触子を配置することで(図1参照)、発生したクリーピング波がフィレット部の表面に沿って伝播される。これにより、フィレット部の表層部のきずにクリーピング波を照射することができる。そして、このきずで反射されたクリーピング波を受信することにより、フィレット部の表層部のきずの検出が可能となる。
【0017】
これにより、フィレット部表面に探触子を配置できない表面の曲率が大きなフィレット部を有するクランク軸においても、当該フィレット部の表層部のきずを検出することが可能となる。
【0018】
さらに、上述の超音波探傷装置では、探触子を移動させつつ探傷を行う際に伝播部材の摺接面を探傷面に対して摺動させるだけで探傷面に対する超音波の入射角を一定に保つことができるため、探触子を移動させつつクリーピング波を容易に生じさせることができる。
【0019】
本発明に係る超音波探傷方法において、前記発信振動子は、当該発信振動子が発信する超音波の進行方向と直交する方向に広がり且つ前記超音波を発信するために振動する振動面を有し、縦波の屈折角が臨界角となる入射角で前記超音波が前記探傷面に入射する方向に前記振動面を向けたときに当該振動面における探傷面に対する傾斜方向の長さが当該振動子の発信する超音波の波長の15倍以上、30倍以下となる寸法を有することが好ましい。また、本発明に係る超音波探傷装置において、前記発信振動子は、当該発信振動子が発信する超音波の進行方向と直交する方向に広がり且つ前記超音波を発信するために振動する振動面を有し、この振動面が前記載置面に接するように前記伝播部材に設置され、前記発信振動子は、前記摺接面に対する前記載置面の傾斜方向の長さが当該振動子の発信する超音波の波長の15倍以上、30倍以下となる寸法を有することが好ましい。
【0020】
これらの構成によれば、探傷に用いるクリーピング波の振幅(強度)を好適に大きくすることができ、これにより、きずで反射されたクリーピング波がより検出し易くなってきずの検出感度が向上する。具体的には、振動面が探傷面に対して所定の角度で傾斜した状態で超音波を発信するため、傾斜方向の各部位から発信された同位相の超音波が距離に応じて探傷面に順次到達する。このとき、最初に探傷面に到達した超音波により生じたクリーピング波の進行に合わせて前記各部位から発信された同位相の超音波が探傷面に順次到達するため、このクリーピング波の振幅が徐々に増幅される。
【0021】
そして、振動面の前記傾斜方向の長さを振動子の発信する超音波の波長の15倍以上、30倍以下とすることにより、クリーピング波の振幅(強度)を効果的に増幅することができる。即ち、振動面の前記傾斜方向の長さを振動子の発信する超音波の波長の15倍以上とすることにより、探傷面で生じるクリーピング波の強度(振幅)を十分に大きくすることができる一方、前記傾斜方向の長さが振動子の発信する超音波の波長の30倍よりも大きくなるとクリーピング波の強度が所定の値に収束するため効率よくクリーピング波を増幅することができなくなる。
【0022】
上記の超音波探傷方法において、前記配置工程では、前記クランクアームにおける前記クランクピンの中心軸と直交する面を探傷面として当該探傷面上に前記探触子を配置し、前記走査工程では、前記探触子を少なくとも前記クランクアームの探傷面における前記クランク軸のジャーナル軸側の所定領域内で当該探傷面に沿って摺動させ、前記所定領域は、前記クランクアームの探傷面において、前記クランクピンの中心軸と前記ジャーナル軸の中心軸とを結ぶ基準線と、前記クランクピンの中心軸と前記探傷面上に配置された探触子とを結ぶ線とが交差する角度が45°以内となる範囲であることが好ましい。
【0023】
かかる構成によれば、クランク軸が組み込まれたエンジンを作動させたときに大きな曲げモーメントが作用するフィレット部のジャーナル軸側の部位を少なくとも探傷することができる。
【0024】
前記配置工程は、前記クランクピンにおける探傷面である第1探傷面に前記探触子を配置する第1配置工程と、前記クランクアームにおける探傷面である第2探傷面に前記探触子を配置する第2配置工程と、を有し、前記検出工程は、前記第1探傷面上で当該探傷面上に配置した探触子を移動させる第1検出工程と、前記第2探傷面上で当該探傷面上に配置した探触子を移動させる第2検出工程と、を有することが好ましい。
【0025】
かかる構成によれば、フィレット部を挟んでその両側(クランクピン側とクランクアーム側と)からフィレット部内に向けてクリーピング波をそれぞれ伝播させることができるため、片側(クランクピン側とクランクアーム側とのいずれか一方)からフィレット部内に向けてクリーピング波を伝播させる場合に比べ、フィレット部の幅方向(クランクピンからクランクアームに向かってフィレット部を横断する方向)のより広い範囲のきずの検出を行うことが可能となる。
【発明の効果】
【0026】
以上より、本発明によれば、フィレット部の表面の曲率が大きく当該フィレット部の表面に探触子を配置できないクランク軸において、フィレット部内のきずを検出することが可能な超音波探傷方法、及び超音波探傷装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本実施形態に係る超音波探傷装置の構成、及びこの超音波探傷装置における探触子のクランク軸への配置状態を説明するための図である。
【図2】前記超音波探傷装置の構成、及びこの超音波探傷装置における探触子のクランク軸への配置状態を説明するための図である。
【図3】前記探触子の構成を説明するための縦断面図である。
【図4】図3のIV−IV位置における前記探触子の断面図である。
【図5】クリーピング波を説明するための図である。
【図6】発信振動子の長さと、探触子によって形成されるクリーピング波の強度との関係を示す図である。
【図7】アーム探傷用位置決め部材の説明をするための図である。
【図8】ピン探傷用位置決め部材及びピン探傷用スペーサの説明をするための図である。
【図9】前記超音波探傷装置での探傷結果の一例のAスコープを示す図である。
【図10】前記超音波探傷装置での探傷結果の一例のBスコープを示す図である。
【図11】実施例において、クランクピン側から走査した結果のBスコープを示す図である。
【図12】実施例において、クランクアーム側から走査した結果のBスコープを示す図である。
【図13】従来の超音波探傷法(斜角探傷法)を説明するための図である。
【図14】表面の曲率が大きいフィレット部を有するクランク軸において、当該フィレット部を従来の超音波探傷法によって探傷した場合を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の一実施形態について、添付図面を参照しつつ説明する。
【0029】
本実施形態に係る超音波探傷方法に用いられる超音波探傷装置は、クリーピング波を利用してエンジンに用いられるクランク軸のフィレット部の表層部の材料きず(例えば、内部割れや非金属介在物等)を検出する装置である。このクランク軸は、鋼材で形成されており、図1及び図2に示されるように、エンジンにクランク軸100が組み込まれてこのエンジンが作動したときに当該クランク軸100の回転中心となるジャーナル軸102と、ピストンの駆動力が伝達されるクランクピン104と、ジャーナル軸102とクランクピン104とを連結するクランクアーム106とを備える。フィレット部108は、クランクピン104とクランクアーム106との接続部であり、前記エンジンの作動時においてピストンの駆動力がクランクピン104に伝達されることによって大きな曲げモーメントの作用する部位である。このフィレット部108は、鍛造によって形成される。本実施形態では、船舶の電源供給用のディーゼルエンジン等に用いられ、表面の曲率が大きなフィレット部108を有するクランク軸100において、当該フィレット部108の探傷を行う。例えば、図1に示す例では、フィレット部108のアール(図1におけるフィレット部表面を表す曲線部の曲率半径)が9mm程度のクランク軸100である。
【0030】
超音波探傷装置10は、探傷面T上を摺動(移動)させる探触子20と、この探触子20とケーブル11を介して接続されるきず検出装置12と、探触子20の探傷面T上における摺動距離(移動距離)を測定する距離測定装置14と、を備える。
【0031】
探触子20は、被検査対象物の探傷面T上に配置され、この探傷面Tに対して超音波を発信すると共に探傷面Tからの超音波を受信する。本実施形態における被検査対象物は前記のクランク軸100、詳しくは、クランク軸100のフィレット部108であり、探傷面Tは、クランクピン104及びクランクアーム106の各表面におけるフィレット部108の表面108aと隣接する領域である(図1及び図2参照)。この探触子20は、いわゆる二振動子型の探触子であり、図3及び図4に示されるように、超音波を発信する発信振動子21と、超音波を受信する受信振動子22と、探触子20を探傷面T上に配置したときに探傷面Tと各振動子21、22との間にそれぞれ位置する伝播部材23a、23bと、発信振動子21と受信振動子22との間において音波が互いに伝播しないように絶縁する音響セパレータ24と、これら各部材を囲うケーシング25と、を備える。本実施形態の探触子20は、長さ(図3における左右方向の長さ)が3.5cm、幅(図4における左右方向の長さ)が3.4cm、高さ(図3における上下方向の長さ)が3.0cmである。
【0032】
伝播部材23a(23b)は、探触子20を探傷面Tに沿って当該探傷面T上を摺動させたときに当該探傷面Tと摺接する摺接面26と、発信振動子21(又は受信振動子22)が載置される載置面27とを有し、載置面27から摺接面26まで(又は摺接面26から載置面27まで)超音波を伝播する。尚、発信振動子21が載置される伝播部材23aと受信振動子22が載置される伝播部材23bとは、いずれも同じ素材で形成され且つ同じ形状を有する。具体的に、伝播部材23a、23bは、摺接面26と載置面27とを当該伝播部材23a、23bの表面に含み、摺接面26に対する載置面27の傾斜角が所定の角度θとなる形状を有する。この所定の角度θとは、図5にも示されるように、摺接面26を探傷面Tに接触させた状態で載置面27から当該載置面27と直交する方向に向けて入力された超音波が伝播部材23aの内部を伝播して摺接面26を介して探傷面Tに入射したときに、当該探傷面Tにおける縦波の屈折角θが臨界角(90°)となる入射角θで超音波が探傷面Tに入射する角度である。このような角度とすることにより、伝播部材23aが発信振動子21から発信された超音波を探傷面Tまで伝播すると、探傷面Tの直下(クランク軸100の表面近傍)にクリーピング波CWが生じる。
【0033】
このクリーピング波CWとは、被検査対象物の表面における縦波の屈折角θが臨界角となる入射角θで超音波を前記表面に入射させることにより生じ、前記被検査対象物における超音波の入射面(表面)に沿って伝播する縦波の一種である。このクリーピング波CWは、被検査対象物の表面と直交する方向においては数mmの範囲に存在することができる。
【0034】
このクリーピング波CW以外で、これと同じ被検査対象物の表面に沿って伝播する波動としては、表面波が知られている。本実施形態において、この表面波とは、上記の縦波の屈折角が臨界角となる入射角以外の入射角で超音波を前記表面に入射させることにより生じ、前記被検査対象物における超音波の入射面(表面)に沿って伝播する波動のことをいう。この表面波は、被検査対象物の表面と直交する方向においては波長程度の範囲までしか存在することができない。そのため、同じ波長のクリーピング波CWと表面波とでは、クリーピング波CWの方が被検査対象物の表面からより深い位置のきずを検出することができる。また、超音波探傷では、被検査対象物内を伝播する超音波の波長の半分程度の大きさよりも小さなきずを検出できないことから、表面波の波長を大きくしてクリーピング波CWと同じ深さ位置のきずを検出できるようにした場合には、クリーピング波CWの方がより小さいきずを検出することができる。
【0035】
探傷面Tの直下にクリーピング波CWを生じさせるための摺接面26に対する載置面27の角度は、伝播部材23aの内部での音速と、クランク軸100(被検査対象物)内部での音速と、臨界角(90°)とを用いて以下のスネルの法則(下記の式(1)参照)から求められる。
【0036】
【数1】

【0037】
本実施形態の伝播部材23aは、アクリル樹脂で形成されたいわゆるクサビ型の部材であり、当該伝播部材23a中の音速は2700m/secである。また、上述のようにクランク軸100は、鋼材で形成されているため、このクランク軸100中の縦波の音速は、5900m/secである。従って、スネルの法則(式(1))において、図5に示されるように、探傷面Tにおける縦波の屈折角をθとし、超音波の探傷面Tに対する入射角をθとし、伝播部材23a中の音速をVとし、クランク軸100中の縦波の音速をVとすると、θ=27.23°となる。この入射角θが前記の摺接面26に対する載置面27の傾斜角θとなる。
【0038】
発信振動子21は、板状の部材であり、ケーブル11を介してきず検出装置12と接続されている。そして、発信振動子21は、ケーシング25に設けられたコネクタ25aを介してきず検出装置12からの発信信号を受信して超音波を発信する。具体的に、発信振動子21は、一方の主面として振動面21aを有する。この振動面21aは、きず検出装置12からの発信信号に基づいて当該振動面21aと直交する方向に振動する。これにより、発信振動子21は、振動面21aと直交する方向に進行する超音波を発信する。即ち、発信振動子21は、きず検出装置12から出力された発信信号(電気信号)を受信してこれを振動面21aの振動に変換することにより超音波を発信する。
【0039】
この振動面21aは、摺接面26に対する傾斜方向の長さが当該振動子21の発信する超音波の波長の15倍以上、30倍以下となる寸法を有する。これにより、探傷に用いるクリーピング波CWの振幅(強度)を好適に大きくすることができ、その結果、きずFで反射されたクリーピング波CWがより検出し易くなって当該超音波探傷装置10におけるきずFの検出感度が向上する。詳しくは、探触子20を探傷面T上に配置した状態において、伝播部材23aに取り付けられた発信振動子21の振動面21aは、探傷面T(摺接面26)に対して前記所定の角度θで傾斜した状態で超音波を発信する。そのため、振動面21aの傾斜方向の各部位から発信された同位相の超音波(図5におけるSW、SW、SW、…)が距離に応じて探傷面Tに順次到達する。このとき、最初に探傷面Tに到達した超音波(図5におけるSW)により生じたクリーピング波CWの進行に合わせて前記各部位から発信された同位相の超音波(図5におけるSW、SW、SW、…)が探傷面Tに順次到達する。その結果、クリーピング波の振幅が徐々に増幅される。
【0040】
そして、振動面21aの前記傾斜方向の長さを振動子21の発信する超音波の波長の15倍以上、30倍以下とすることにより、クリーピング波CWの振幅(強度)を効果的に増幅することができる(図6参照)。即ち、振動面21aの前記傾斜方向の長さを発信振動子21の発信する超音波の波長の15倍以上とすることにより、探傷面Tで生じるクリーピング波CWの強度(振幅)を十分に大きくすることができる一方、前記傾斜方向の長さが発信振動子21の発信する超音波の波長の30倍よりも大きくなるとクリーピング波の強度が所定の値に収束するため効率よくクリーピング波CWを増幅することができなくなる。
【0041】
本実施形態では、発信振動子21は、周波数が7MHzの超音波を発信し、前記傾斜方向の振動面の長さが20mmである。従って、振動面21aの前記傾斜方向の長さは、発信振動子21が発信する超音波の波長の26.7倍となり、図6に示されるように、形成されるクリーピング波CWの強度は、前記振動面の長さが波長と同じ発信振動子から発信される超音波によって形成されるクリーピング波CWの強度と比べて10倍程度に増幅される。
【0042】
このように構成される発信振動子21は、振動面21aが載置面27と対向した状態で当該載置面27と接するように伝播部材23aの載置面27上に載置される。即ち、発信振動子21は、伝播部材23aの摺接面26に対する振動面21aの傾斜角が上述の所定の角度θとなるような姿勢で伝播部材23aに取り付けられる。これにより、伝播部材23aから発信された超音波は、入射角θが上述の所定の角度θとなるように摺接面26に入射する。
【0043】
受信振動子22は、発信振動子21と同様の構成であり、発信振動子21の振動面21aに対応する振動面22aが当該振動面22aに入射した(即ち、受信振動子22が受信した)超音波によって振動すると、この振動を受信信号(電気信号)に変換して出力する。この受信信号は、ケーシング25のコネクタ25aを介してきず検出装置12に送信される。この受信振動子22は、振動面22aが載置面27と対向した状態で当該載置面27と接するように伝播部材23bの載置面27上に載置される。
【0044】
ケーシング25は、底側(図3における下側)が開口した箱状の部材であり、載置面27に発信振動子21が載置された伝播部材23aと、載置面27に受信振動子22が載置された伝播部材23bとを収容する。具体的には、探触子20を平面状の探傷面上に配置した場合に各伝播部材23a、23bの摺接面26がケーシング25の底側の開口から露出して前記探傷面とそれぞれ面接触する状態で2つの伝播部材23a、23bがケーシング25内にそれぞれ固定されている。これら2つの伝播部材23a、23bは、ケーシング25内において同じ姿勢、即ち、載置面27と摺接面26とをそれぞれ同じ方向に向けて並んでいる。
【0045】
以上のように構成される探触子20は、探傷面T上に配置された状態で発信振動子21から超音波を発信することにより、探傷面Tに沿うと共に当該探触子20の先端側(図5において左側)に向けて伝播する(進む)クリーピング波CWを生じさせる。
【0046】
このケーシング25には、図7(A)及び図7(B)に示すアーム探傷用位置決め部材30を着脱可能に取り付けることができる。アーム探傷用位置決め部材30は、探触子20をクランクアーム106における探傷面T上で摺動させるときに、フィレット部108(又はクランクピン104の周面)からの探触子20の距離を一定に維持するためのものである。アーム探傷用位置決め部材30は、ケーシング25(探触子20)の先端に取り付けられる。このアーム探傷用位置決め部材30は、先端に湾曲摺接面32を有すると共に基部にケーシング25の先端面と着脱可能に係合する係合部34を有し、これら湾曲摺接面32と係合部34との間隔が一定に維持される形態を有する。湾曲摺接面32は、被検査対象物であるクランク軸100のクランクピン104の周面と摺接可能な湾曲形状を有する。即ち、湾曲摺接面32は、アーム探傷用位置決め部材30の先端をクランクピン104の周面に当接させたときに、この周面に対して湾曲摺接面全体が面接触する。
【0047】
このように構成されるアーム探傷用位置決め部材30をケーシング25の先端面に取り付け、当該位置決め部材30先端の湾曲摺接面32がクランクピン104の周面と面接触するように探触子20を探傷面T上に配置し、探傷面T上で当該探傷面Tに沿って探触子20を摺動させるときに湾曲摺接面32がクランクピン104の周面から離れないようにして摺動させる。これにより、探触子20をフィレット部108からの距離を一定に維持しつつ当該探触子20を探傷面T上で容易に移動させることができる。
【0048】
また、ケーシング25は、アーム探傷用位置決め部材30に変えて、図8(A)及び図8(B)に示すピン探傷用位置決め部材40を着脱可能に取り付けることができる。このピン探傷用位置決め部材40を取り付ける場合、ケーシング25の底部には、ピン探傷用スペーサ46を着脱可能に取り付ける。ピン探傷用位置決め部材40は、探触子20をクランクピン104における探傷面T上で摺動させるときに、フィレット部108(又はクランクアーム106におけるクランクピン104側を向いた面)からの探触子20の距離を一定に維持するためのものである。ピン探傷用位置決め部材40は、アーム探傷用位置決め部材30と同様に、ケーシング25(探触子20)の先端に取り付けられる。このピン探傷用位置決め部材40は、先端に摺接面42を有すると共に基部にケーシング25の先端面と着脱可能に係合する係合部44を有し、これら摺接面42と係合部44との間隔が一定に維持される形態を有する。摺接面42は、被検査対象物であるクランク軸100のクランクアーム106におけるクランクピン104側を向いた面と摺接可能な形状(平面形状)を有する。即ち、摺接面42は、ピン探傷用位置決め部材40の先端をクランクアーム106の前記の面に当接させたときに、この面に対して摺接面42全体が面接触する。
【0049】
ピン探傷用スペーサ46は、探触子20をクランクピン104における探傷面T上で摺動させるときに、探触子20のクランクピン104に対する姿勢を安定させるためのものである。ピン探傷用スペーサ46は、ケーシング25の前後方向に延び、ケーシング25の底部に当接する当接面47と、クランクピン104の周面と摺接する摺接面48とを有し、これら当接面47と摺接面48との間隔が一定に維持される形状を有する。このピン探傷用スペーサ46は、ケーシング25の幅方向両端の底部に着脱可能にそれぞれ取り付けられる。このピン探傷用スペーサ46を取り付けた状態で、当該スペーサ46の摺接面48がクランクピン104の周面(探傷面T)と面接触した状態で探触子20をクランクピン104の周方向に摺動させることで、クランクピン104に対する探触子20の姿勢を一定に保つことができる。
【0050】
これらピン探傷用位置決め部材40とピン探傷用スペーサ46,46とをケーシング25にそれぞれ取り付けた状態で、当該位置決め部材40先端の摺接面42がクランクアーム106の前記面と面接触すると共に当該スペーサ46の摺接面48がクランクピン104の周面(探傷面T)と面接触するように探傷面T上に探触子20を配置する。そして、探傷面T上で当該探傷面Tに沿って探触子20を摺動させるときに、ピン探傷用位置決め部材40の摺接面42が前記の面から離れないようにしつつピン探傷用スペーサ46の摺接面48が探傷面Tから離れないようにして探触子20を摺動させる。これにより、探触子20をフィレット部108からの距離を一定に維持し且つクランクピン104に対する探触子20の姿勢を一定に保ちつつ当該探触子20を探傷面T上で容易に移動させることができる。
【0051】
尚、これらアーム探傷用位置決め部材30、ピン探傷用位置決め部材40、ピン探傷用スペーサ46、46の具体的構成は限定されない。探傷面T上にレール等の案内部材を配置してこれに沿って探触子20を摺動させること等により、フィレット部108からの探触子20の距離を一定に維持するようにしてもよい。
【0052】
音響セパレータ24は、発信振動子21が発信した超音波が受信振動子22に直接又は被検査部材(本実施形態ではクランク軸100)に入射することなく伝播部材23a、23bを介して受信されるのを防止するための音響絶縁板であり、ケーシング25内で並ぶ2つの伝播部材23a、23b間を隔てるようにケーシング25内を仕切っている。
【0053】
きず検出装置12は、CRT、LCD等で構成され、表示画面15aを有する表示装置(モニタ)15と、この表示装置15が接続される検出装置本体16とを有する。
【0054】
検出装置本体16は、汎用の計算機(いわゆるパソコン)と同様に、CPU、RAM、ROM、HDD、FDD、CDR、キーボード、マウス等を備え(図示省略)、ハードディスク(又はROM、RAM等)には、OS及び欠陥の位置を解析するための解析プログラム等が予め格納されている。尚、ハードディスクに代えて、CD、LD、メモリーカード等の他の外部記憶手段に解析プログラムが記憶されており、解析を実行する際に検出装置本体のRAMに読み込む形態等でもよい。
【0055】
検出装置本体16は、この解析プログラムによって超音波探傷部16aと解析部16bとして機能する。超音波探傷部16aは、発信振動子21に超音波を発生させるための発信信号を生成して送信すると共に受信振動子22からの受信信号(受信波形)を受信してこれを格納する。解析部16bは、超音波探傷部16aに格納された受信信号(探傷結果情報)を読み取ると共に距離測定装置14からの距離信号を受け取り、これらに基づいてきず位置の解析を行う。
【0056】
この検出装置本体16は、解析部16bにおける解析結果を表示装置15に送信し、表示装置15は、この解析結果を表示画面15aに表示する。この表示画面15aに表示される解析結果としては、例えば、図9及び図10に示すようなAスコープやBスコープ等が挙げられる。
【0057】
距離測定装置14は、探触子20を探傷面T上で摺動させるときに、その摺動距離を測定する。この距離測定装置14は、検出装置本体16に接続され、測定結果を距離信号として検出装置本体16に出力する。本実施形態の距離測定装置14は、ワイヤエンコーダであり、先端が探触子20に接続されるワイヤ14aと、このワイヤ14aを引き出し可能に収納し、収納されたワイヤ14aが引き出されたときにこの引き出し量(引き出し長さ)を計測する測定装置本体14bと、を備える。即ち、この距離測定装置14は、ワイヤ14a先端に探触子20を接続し、探触子20を探傷面T上で摺動させたときに測定装置本体14bから引き出されたワイヤ14aの長さを探触子20の摺動距離として出力する。尚、距離測定装置14の具体的構成は限定されない。例えば、距離測定装置14は、探触子20に当該探触子20の探傷面T上での摺動に伴って回転する回転部材と、この回転部材の回転を検出して探触子20の摺動距離を算出する演算部とからなる構成等でもよい。
【0058】
次に、上記構成の超音波探傷装置10を用い、表面の曲率が大きなフィレット部108を有するクランク軸100の当該フィレット部108の超音波探傷方法について説明する。
【0059】
図1及び図2に示されるように、クランクアーム106の探傷面T上に探触子20を配置する。この探傷面Tは、クランクアーム106の表面におけるフィレット部108の表面108aと隣接する領域であり、クランクピン104の中心軸と直交する面である。
【0060】
具体的には、伝播部材23a、23bの摺接面26と探傷面Tとを密着させて探触子20からの超音波がクランク軸100内に入射し易いよう、探傷面T上に接触媒質(本実施形態ではエンジンオイル)が塗布される。そして、ケーシング25の先端にアーム探傷用位置決め部材30を取り付け、この位置決め部材30先端の湾曲摺接面32がクランクピン104の周面に面接触するように探触子20を探傷面T上に配置する。これにより、探触子20は、探傷面T上において、その先端側をフィレット部108に向けた姿勢となる。このとき、探傷面Tに対する発信振動子21の姿勢が、超音波が探傷面Tに入射したときに当該探傷面Tにおける縦波の屈折角θが臨界角となる入射角θで超音波を探傷面Tに入射させる状態となっている。
【0061】
この状態で、きず検出装置12(検出装置本体16の超音波探傷部16a)は、発信振動子21に向けて発信信号を出力する。この発信信号を受信した発信振動子21が振動面21aを振動させて超音波を発信すると、この超音波が探傷面Tからクランク軸100内に入射してクリーピング波CWが形成される。このクリーピング波CWは、探傷面Tからこの探傷面Tと連続しているフィレット部108の表面108aに沿って伝播される。これにより、従来の超音波探傷法では検出することができなかったフィレット部108の表層部(フィレット部108内の表面108a近傍)のきずFの検出が可能となる。具体的には、検出装置本体16の超音波探傷部16aは、周波数が7MHzの超音波を発信振動子21が発信するように発信信号を探触子20に向けて出力し、この発信信号を受信した発信振動子21は、この周波数の超音波を発信する。これにより生じたクリーピング波CWによれば、表面波では検出できないクランク軸100(フィレット部108)の表面108aから2mmよりも深い位置に存在するφ0.7mmのFBH(フラットボトムドホール)相当のきずFを検出することができる。本実施形態の超音波探傷装置10によれば、上記の周波数の超音波を発信振動子21から発信させてフィレット部108の探傷を行った場合に、フィレット部表面108aから5mm程度の深さまでに存在するφ0.7mmのFBH相当のきずFを検出することが可能である。
【0062】
尚、クリーピング波CWと同様に被検査対象物の表面に沿って伝播する表面波を用いて前記のφ0.7mmのFBH相当のきずFを検出する場合には、表面から2mm以内の範囲に存在する場合しか検出することができない。超音波探傷の場合、波長の半分程度の大きさよりも小さいきずを検出することができないため、前記のφ0.7mmのFBH相当のきずを検出するためには、波長が1.4mmよりも短くする必要がある。しかし、表面波は、被検査対象物の表面から波長程度の深さまでしか探傷することができないため、波長が1.4mm以下の場合、表面から1.4mm程度の深さまでしか探傷することができない。
【0063】
フィレット部108内の表面108a近傍にきずFが存在している場合には、このきずFにクリーピング波CWが反射されて探触子20まで戻ってくる。この戻ってきたクリーピング波CWは、伝播部材23bに入射して受信振動子22まで伝播される。受信振動子22は、このきずFで反射されたクリーピング波CWを受信すると、その振動に応じて受信信号(波形信号)を出力する。検出装置本体16の超音波探傷部16aがこれを受信して格納する。そして、表示装置15は、この波形信号をAスコープとして表示画面15aに表示する(図9参照)。
【0064】
この状態で、フィレット部108からの距離を一定に維持しつつ当該フィレット部108に沿って探触子20を探傷面T上で摺動(移動)させる。このとき、アーム探傷用位置決め部材30の先端の湾曲摺接面32がクランクピン104の周面から離れることなく当該周面に沿ってクランクピン104の周方向に摺動させ、且つ探触子20の底面(詳しくは、伝播部材23a、23bの摺接面26)を探傷面T上で当該探傷面Tに沿って摺動させる。これにより、探触子20をフィレット部108からの距離を一定に維持しつつ移動させることが容易にできる。
【0065】
探触子20が探傷面T上を移動すると、先端が探触子20に接続されている距離測定装置14のワイヤ14aが測定装置本体14bから引き出され、この引き出された長さが探触子20の探傷面T上での移動距離として、距離測定装置14が距離信号を検出装置本体16に出力する。解析部16bは、超音波探傷部16aに格納されているフィレット部108の各位置での波形信号と、距離測定装置14から受信した距離信号とから、フィレット部108にきずFが存在していた場合にその位置と大きさとを検出し、この検出結果を表示装置15に出力する。表示装置15は、この解析結果を表示画面15aに表示する。このとき、表示装置15は、検出結果を例えばBスコープとして表示画面15aに表示させる(図10参照)。
【0066】
本実施形態では、探触子20を少なくとも探傷面Tにおけるクランク軸100のジャーナル軸102側の所定領域内で当該探傷面Tに沿って摺動させる。この所定領域は、探傷面T(図2における紙面)において、クランクピン104の中心軸C1とジャーナル軸102の中心軸C2とを結ぶ線を基準線SLとし、クランクピン104の中心軸C1と探傷面T上の探触子20とを結ぶ線Lとが交差する角度θが±45°以内となる範囲である。ここで、図2において基準線SLよりも右側に線Lが在る場合の前記交差する角度をプラスの値とし、左側に線Lが在る場合の前記交差する角度をマイナスの値とする。
【0067】
上記の範囲を探傷することにより、クランク軸100が組み込まれたエンジンを作動させたときに大きな曲げモーメントが作用するフィレット部108のジャーナル軸102側の部位を少なくとも探傷することができる。尚、クランクアーム106の前記の面においては、少なくとも上記の所定領域を探傷すればよく、クランクピン104の全周に亘って探傷してもよい。
【0068】
次に、ケーシング25のアーム探傷用位置決め部材30を取り外し、ピン探傷用位置決め部材40及びピン探傷用スペーサ46をケーシング25に取り付ける。そして、クランクピン104における探傷面T上に探触子20を配置する。このとき、ピン探傷用位置決め部材40の先端の摺接面42をクランクアーム106のクランクピン104側を向いた面に面接触させると共に、ピン探傷用スペーサ46の摺接面48がクランクピン104の周面(クランクピン104における探傷面T)に面接触させる。
【0069】
この状態で、探触子20から超音波を発信させ、フィレット部108からの距離を一定に維持しつつ当該フィレット部108に沿って探触子20を探傷面T上で摺動(移動)させる。このとき、ピン探傷用位置決め部材40の先端の摺接面42がクランクアーム106の前記面から離れることなく当該面に沿ってクランクピン104の周方向に摺動させ、且つ探触子20のピン探傷用スペーサ46の摺接面48を探傷面T上で当該探傷面Tに沿って摺動させる。これにより、探触子20をフィレット部108からの距離を一定に維持しつつ移動させることが容易にできる。
【0070】
このようにして、クランクアーム106側からの走査と、クランクピン104側からの走査とを行うことにより、当該クランク軸100におけるフィレット部108の幅方向(クランクアーム106からクランクピン104に向けてフィレット部表面108aを横断する方向)の全領域の探傷を確実に行うことができる。
【0071】
本実施形態の超音波探傷装置10によれば、クリーピング波CWを利用することによって、クランク軸100において生じ易いフィレット部108の表層部のきずFを好適に検出することができる。以下で説明する。
【0072】
フィレット部108の表面が湾曲しているため、その曲率が大きいとフィレット部表面108aに探触子20を配置できない。そこで、フィレット部108の表面108aと隣接するクランクアーム106又はクランクピン104の表面(探傷面T)に探触子20を配置してフィレット部108の表層部のきずFを探傷することが考えられる。この場合、クランクアーム106又はクランクピン104の表面からフィレット部表面108aに沿って進む波動を用いて超音波探傷を行う必要がある。超音波探傷に用いられる被検査対象物の表面に沿って進む波動として、表面波とクリーピング波CWとがある。
【0073】
この表面波は、上述のように被検査対象物の表面から当該表面波の波長程度の深さまでしか内部に伝播されないため、表面からの深さ(距離)が波長よりも深い位置のきずFに表面波を照射することができない。また、超音波探傷では、被検査対象物内を伝播する超音波の波長の半分程度の大きさよりも小さなきずを検出できないため、表面波の波長を大きくして深い位置のきずの検出を行うと小さなきずを検出することができなくなる。一方、クリーピング波CWは、波長よりも深い位置まで被検査対象物の内部に伝播されるため、このクリーピング波CWを用いることによって同じ波長であれば表面波よりも深い位置まで探傷することが可能となる。そのため、クリーピング波CWを用いることにより、表面波と同程度の大きさのきずを検出できる場合(波長が同じ場合)には、より深い位置までの探傷が可能となり、表面波と同じ深さ位置まで探傷できる場合には、より小さいきずを検出することが可能となる。
【0074】
また、クリーピング波CWは、被検査対象物の表面に沿って伝播するため、クランクピン104及びクランクアーム106の各表面における探傷面Tに探触子20を配置することで(図1参照)、発生したクリーピング波CWがフィレット部108の表面108aに沿って伝播される。これにより、フィレット部108の表層部のきずFにクリーピング波CWを照射することができる。そして、このきずFで反射されたクリーピング波CWを受信することにより、フィレット部108の表層部のきずFの検出が可能となる。
【0075】
これにより、フィレット部表面108aに探触子20を配置できないフィレット部108の表面108aの曲率が大きく当該フィレット部108の表面108aに探触子20を配置できないクランク軸100においても、当該フィレット部108の表層部のきずFを好適に検出することが可能となる。
【0076】
さらに、上述の超音波探傷装置10では、探触子20を移動させつつ探傷を行う際に伝播部材23a、23bの摺接面26を探傷面Tに対して摺動させるだけで探傷面Tに対する超音波の入射角θを一定に保つことができるため、探触子20を移動させつつクリーピング波CWを容易に生じさせることができる。
【0077】
また、上記の超音波探傷装置10によれば、手で持つことができる程度の大きさの探触子20を探傷面T(クランク軸100表面のフィレット部108近傍の部位)上で摺動させることにより、フィレット部108の表層部のきずFの検出が可能であるため、クランク軸100がエンジンに組み込まれた状態であっても探傷することができる。従って、クランク軸100の製造時の探傷に加え、エンジン(本実施形態では、船舶の電源用のディーゼルエンジン)の定期点検の時に、エンジンに組み込まれた状態での探傷も可能である。
【0078】
尚、本発明のフィレット部の超音波探傷方法及びフィレット部用の超音波探傷装置は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【0079】
上記実施形態では、クランクアーム106における探傷面Tに探触子20を配置してクランクアーム106側からフィレット部108の探傷を行う工程と、クランクピン104における探傷面Tに探触子20を配置してクランクピン104側からフィレット部108の探傷を行う工程と、を順に行っているが、これに限定されない。例えば、クランクピン104側からフィレット部108の探傷を行う工程の後にクランクアーム106側からフィレット部108の探傷を行う工程を行ってもよい。また、探触子20を2つ用いてクランクアーム106側からフィレット部108の探傷を行う工程とクランクピン104側からフィレット部108の探傷を行う工程とを同時に行ってもよい。
【実施例1】
【0080】
ここで、上記実施形態の超音波探傷装置を用いて実際に行った探傷結果について説明する。本実施例では、クランクアームの中心軸とクランクピンの中心軸とを通る平面におけるフィレット部表面の断面形状が半径9mmの円弧状となるフィレット部における探傷を行った。前記円弧の開始位置(探触子が配置される側のフィレット部の端部)を0°とし、前記円弧の終わり位置(探触子が配置される側と反対の側のフィレット部の端部)を90°とし、その中間を45°とする。そして、これら0°、45°、90°の位置のフィレット部内において、表面からの深さ(表面と直交する方向の深さ)が1mmの位置を上端とし、前記深さ方向の長さが1mm、フィレット部に沿った方向(クランクピンの周方向)の長さが2.5mmのスリット(試験片)をそれぞれ設けた。
【0081】
このフィレット部内の各位置にスリットを設けたクランク軸の当該フィレット部の探傷を上記実施形態の超音波探傷装置を用いて行った。その結果を、図11(A)乃至図12(C)に示す。この図11(A)乃至図11(C)は、クランクピン側から走査した、即ち、クランクピンにおける探傷面上で当該探傷面に沿って探触子を摺動させて探傷を行った結果であり、図12(A)乃至図12(C)は、クランクアーム側から走査した、即ち、クランクアームにおける探傷面上で当該探傷面に沿って探触子を摺動させて探傷を行った結果である。
【0082】
これらの探傷結果から、クランクアーム側から走査した場合、フィレット部におけるクランクアーム側の端部(0°)と45°の位置に存在するきずは検出することができるが、クランプピン側の端部(90°)の位置に存在するきずは検出することができないことが分かる。また、クランクピン側から走査した場合、フィレット部におけるクランクピン側の端部(0°)と45°の位置に存在するきずは検出することができるが、クランプアーム側の端部(90°)の位置に存在するきずは検出することができないことが分かる。
【0083】
以上のことから、本実施例では、フィレット部表面の前記円弧方向に沿って探触子の先端から6mm程度の範囲までしか探傷できていない、即ち、フィレット部表面の前記円弧方向に沿って探触子の先端から6mm程度の範囲までしかクリーピング波が伝播していないことが分かる。従って、きずの検出漏れを防ぐためには、クランクアーム側とクランクピン側とのいずれか一方側からのみ走査するよりも、クランクアーム側から走査すると共にクランクピン側からも走査することが好ましいことが分かる。
【符号の説明】
【0084】
10 超音波探傷装置
20 探触子
21 発信振動子
21a 振動面
23a 伝播部材
26 摺接面
27 載置面
100 クランク軸
102 ジャーナル軸
104 クランクピン
106 クランクアーム
108 フィレット部
108a フィレット部の表面
CW クリーピング波
F きず
T 探傷面
θ 超音波の探傷面に対する入射角
θ 超音波の探傷面における屈折角

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クランク軸におけるクランクピンとクランクアームとの接続部位であるフィレット部内に超音波を伝播させ、この伝播させた超音波を受信することにより前記フィレット部内のきずを検出する超音波探傷方法であって、
前記クランクピン及び前記クランクアームの各表面における前記フィレット部の表面と隣接する領域によって形成される探傷面上に当該探傷面に対して前記超音波を発信する発信振動子とこの発信された超音波を前記探傷面から受信する受信振動子とを具備する探触子を配置する配置工程と、
前記探傷面上において、前記フィレット部からの距離を一定に維持した状態で当該フィレット部に沿って前記探触子を移動させつつ前記フィレット部内に向けて前記発信振動子から超音波を発信させると共に前記フィレット部内にきずが生じていた場合にこのきずで反射した超音波を前記受信振動子で受信する走査工程と、を備え、
前記走査工程では、前記発信振動子が、前記超音波が前記探傷面に入射したときに当該探傷面における縦波の屈折角が臨界角となる入射角で前記超音波を前記探傷面に入射させ、このときの前記発信振動子の前記探傷面に対する姿勢を維持しつつ前記探触子を移動させるフィレット部の超音波探傷方法。
【請求項2】
請求項1に記載のフィレット部の超音波探傷方法において、
前記発信振動子は、当該発信振動子が発信する超音波の進行方向と直交する方向に広がり且つ前記超音波を発信するために振動する振動面を有し、縦波の屈折角が臨界角となる入射角で前記超音波が前記探傷面に入射する方向に前記振動面を向けたときに当該振動面における探傷面に対する傾斜方向の長さが当該振動子の発信する超音波の波長の15倍以上、30倍以下となる寸法を有するフィレット部の超音波探傷方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のフィレット部の超音波探傷方法において、
前記配置工程では、前記クランクアームにおける前記クランクピンの中心軸と直交する面を探傷面として当該探傷面上に前記探触子を配置し、
前記走査工程では、前記探触子を少なくとも前記クランクアームの探傷面における前記クランク軸のジャーナル軸側の所定領域内で当該探傷面に沿って摺動させ、
前記所定領域は、前記クランクアームの探傷面において、前記クランクピンの中心軸と前記ジャーナル軸の中心軸とを結ぶ基準線と、前記クランクピンの中心軸と前記探傷面上に配置された探触子とを結ぶ線とが交差する角度が45°以内となる範囲であるフィレット部の超音波探傷方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のフィレット部の超音波探傷方法において、
前記配置工程は、前記クランクピンにおける探傷面である第1探傷面に前記探触子を配置する第1配置工程と、前記クランクアームにおける探傷面である第2探傷面に前記探触子を配置する第2配置工程と、を有し、
前記検出工程は、前記第1探傷面上で当該探傷面上に配置した探触子を移動させる第1検出工程と、前記第2探傷面上で当該探傷面上に配置した探触子を移動させる第2検出工程と、を有するフィレット部の超音波探傷方法。
【請求項5】
クランク軸におけるクランクピンとクランクアームとの接続部位であるフィレット部内に超音波を伝播させ、この伝播させた超音波を受信することにより前記フィレット部内のきずを検出する超音波探傷装置であって、
前記クランクピン及び前記クランクアームの各表面における前記フィレット部の表面と隣接する領域によって形成される探傷面に対して前記超音波を発信する発信振動子と、この発信された超音波を前記探傷面から受信する受信振動子と、前記発信振動子の発信する超音波を前記探傷面まで伝播する伝播部材と、を具備する探触子と、
前記フィレット部内に向けて前記伝播部材を介して前記発信振動子から超音波を発信させると共に前記フィレット部内にきずが生じていた場合にこのきずで反射した超音波を前記受信振動子で受信し、この受信信号から前記フィレット部内のきずを検出するきず検出装置と、を備え、
前記伝播部材は、前記探触子を前記探傷面上で移動させたときに当該探傷面と摺接する摺接面と前記発信振動子が載置される載置面とを有し、前記載置面から前記摺接面まで前記発信振動子が発信する超音波を伝播し、前記摺接面に対する前記載置面の傾斜角が、前記超音波が前記探傷面に入射したときに当該探傷面における縦波の屈折角が臨界角となる入射角で前記超音波が前記探傷面に入射する角度となる形状を有するフィレット部用の超音波探傷装置。
【請求項6】
請求項5に記載の超音波探傷装置において、
前記発信振動子は、当該発信振動子が発信する超音波の進行方向と直交する方向に広がり且つ前記超音波を発信するために振動する振動面を有し、この振動面が前記載置面に接するように前記伝播部材に設置され、
前記発信振動子は、前記摺接面に対する前記載置面の傾斜方向の長さが当該振動子の発信する超音波の波長の15倍以上、30倍以下となる寸法を有するフィレット部用の超音波探傷装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2012−163517(P2012−163517A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−25848(P2011−25848)
【出願日】平成23年2月9日(2011.2.9)
【出願人】(594126159)神鋼検査サービス株式会社 (9)
【Fターム(参考)】