説明

フェライト組成物および電子部品

【課題】 高周波数の環境下において、使用温度等が外気温付近で、高い飽和磁束密度を有するフェライト組成物、および電子部品を提供すること。
【解決手段】 主成分が、酸化鉄と、酸化亜鉛と、酸化マンガンと、から構成され、前記主成分100重量%に対して、副成分として、SiOを60〜250ppm、CaOを360〜1000ppm含有し、さらにPbが10ppm以下、Cdが10ppm以下であるフェライト組成物であって、前記フェライト組成物Tspが−10〜50℃の範囲にあり、前記フェライト組成物のキュリー点Tc、前記酸化鉄の含有量(Xモル%)および前記酸化亜鉛の含有量(Zモル%)が下記式(1)〜(3)を満足することを特徴とするフェライト組成物。
Tc=12.8×(X−(2/3)×Z)−358 …式(1)
62.1≦X≦65.1 …式(2)
293℃≦Tc≦396℃ …式(3)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト組成物および電子部品に関し、高周波数の環境下において、環境温度あるいは使用温度が室温付近あるいは外気温付近で、高い飽和磁束密度を有するフェライト組成物、および電子部品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯用機器等の各種電子機器の小型・軽量化が急速に進み、それに対応すべく、各種電子機器の電気回路に用いられる電子部品の小型化・高効率化・高周波数化への要求が急速に高まっている。
【0003】
例えば、携帯用機器等のDC−DCコンバータ用のコイル磁芯としては、従来Ni−Znフェライトが用いられてきた。しかしながら、Ni−Znフェライトは比較的に電力損失が大きいため、コイル磁芯等の部品の小型化・高効率化・高周波数化への対応が困難であった。
【0004】
このような問題に対し、Ni−Znフェライトに代えて、Mn−Znフェライトを用いることが考えられる。従来、Mn−Znフェライトは、電源用トランスなどに用いられ、低周波数かつ高磁場の環境下で使用されてきた。
【0005】
また、近年、トランス等の磁芯として用いられるフェライトには、実際の使用温度域よりも高い温度域において磁気損失が最小となるような温度特性を持つことが要求されてきた。これは、使用時にトランスが磁気損失により発熱しトランス自体の温度が上昇、その結果、さらに磁気損失が増大してトランスの発熱が大きくなることを繰り返す、いわゆる熱暴走を起こす危険性があったからである。電源用トランスの場合、使用温度域は、通常、動作温度(例えば80℃)付近の温度とされる。
【0006】
一方、携帯用機器等のDC−DCコンバータ用のコイル磁芯として用いる場合、環境温度あるいは使用温度は室温付近あるいは外気温付近であり、トランスと比較すると、電圧も低く、熱暴走の危険は少ない。また、このような携帯用機器では、上述したように、駆動周波数の高周波数化(例えば1MHz以上)が進み、高周波数領域における損失が小さいことが要求される。
【0007】
また、トランスにおいても、DC−DCコンバータのような携帯用機器に用いられる部品においても、大電流への対応が進んでいる。そのため、このような部品に用いられる磁芯には大電流でもインダクタンスが低下しない優れた直流重畳特性が要求される。優れた直流重畳特性を実現するには、高い飽和磁束密度が必須であり、特にその環境温度あるいは使用温度において高い飽和磁束密度を有することが必要となる。
【0008】
したがって、環境温度あるいは使用温度が室温付近あるいは外気温付近であっても、高周波数領域での磁気損失を低下させ、高い飽和磁束密度を有するフェライト組成物が求められている。
【0009】
低損失で高飽和磁束密度を有するMn−Znフェライトの例として、例えば、特許文献1では、主成分として、Feが52.4〜53.7モル%、ZnOが7.0〜11.5モル%、残部MnOとし、副成分として、CaOと、Vと、Nbと、AlまたはBiとを特定量含むMn−Znフェライトが提案されている。
【0010】
しかしながら、上記のMn−Znフェライトは、特許文献1にも記載されているように、トランスの実駆動温度である60℃以上において、低周波数領域での磁気損失が最小となる温度(Pcv min=Tsp)を設定しており、使用温度あるは室温付近かつ高周波領域では使用が適さないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2003−128458号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、このような実状に鑑みてなされ、高周波数の環境下において、使用温度あるいは環境温度が室温付近あるいは外気温付近で、高い飽和磁束密度を有するフェライト組成物および電子部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を行った結果、フェライト組成物のキュリー温度(Tc)と、フェライト組成物の主成分組成と、を所定の範囲に制御するとともに、フェライト組成物の副成分の含有量を所定の範囲に制御することにより、高周波数の環境下において、使用温度あるいは環境温度(室温付近あるいは外気温付近)で、フェライト組成物の磁気損失が最小となり、しかも高い飽和磁束密度(例えば570mT以上)を実現することができることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0014】
すなわち、本発明に係るフェライト組成物は、
主成分が、酸化鉄と、酸化亜鉛と、酸化マンガンと、から構成され、
前記主成分100重量%に対して、副成分として、酸化ケイ素をSiO換算で60〜250ppm、酸化カルシウムをCaO換算で360〜1000ppm、を含有し、さらにPbの含有量が10ppm以下、Cdの含有量が10ppm以下であるフェライト組成物であって、
前記フェライト組成物の磁気損失の極小温度Tspが−10〜50℃の範囲にあり、
前記主成分における前記酸化鉄の含有量をFe換算でXモル%、前記酸化亜鉛の含有量をZnO換算でZモル%、残部を前記酸化マンガンとしたときに、前記フェライト組成物のキュリー温度Tc、前記Xおよび前記Zが下記式(1)〜(3)を満足することを特徴とする。
Tc=12.8×(X−(2/3)×Z)−358 …式(1)
62.1≦X≦65.1 …式(2)
293℃≦Tc≦396℃ …式(3)
【0015】
本発明では、上記の式(1)〜(3)を用いて主成分の組成を決定し、さらに副成分の含有量を上記の特定の範囲としている。このようにすることで飽和磁束密度Bsが高いフェライト組成物(例えば570mT以上)を得ることができる。さらに、Tspが−10〜50℃の範囲内となるフェライト組成物とすることで、飽和磁束密度Bsを高く保ちつつ、高周波領域(例えば1MHz以上)においても、使用温度あるいは環境温度が室温付近あるいは外気温付近(例えば−10〜50℃)で、電力損失を低減することができる。
【0016】
本発明に係るフェライト組成物は、さらに、下記式(4)および(5)を満足することを特徴とする。
Tsp=21.6(X+0.52Z)−1520 …式(4)
−10℃≦Tsp≦50℃ …式(5)
【0017】
本発明では、上記式(4)および式(5)を用いて、Tspが−10〜50℃の範囲内となるフェライト組成物の主成分組成を高精度で決定することができる。これにより、高周波領域(例えば1MHz以上)においても、使用温度あるいは環境温度が室温付近あるいは外気温付近(例えば−10〜50℃)で、電力損失が低減され、かつ高い飽和磁束密度を有するフェライト組成物を得ることができる。
【0018】
本発明に係る電子部品は、上記に記載のフェライト組成物から構成されるフェライトコアを有し、1MHz以上の周波数領域で使用される。
【0019】
本発明に係る電子部品は、フェライト組成物のTspが−10〜50℃の温度範囲にあるため、使用温度あるいは環境温度が室温付近または外気温付近(例えば−10〜50℃)である部品として好適である。しかも、高い飽和磁束密度を有すると共に、使用温度あるいは環境温度において磁気損失が最小となり、電力損失を低減できることから、省電力を実現することができる。
【0020】
このような電子部品としては、特に制限されないが、各種電子機器に用いられるDC−DCコンバータのコイル部品などが挙げられる。コイル部品としては、インダクタやチョークコイル等が挙げられる。また、Tspを示す温度付近までトランスを冷却することで、本発明に係る電子部品をトランスにも好適に用いることができる。トランス部品としては、スイッチング用、インバータ用等の電源トランス等が挙げられる。特に、使用温度あるいは環境温度が室温付近あるいは外気温付近(例えば−10〜50℃)となる携帯電話やスマートフォン、PC、タブレットPC等の部品として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は本発明の一実施形態に係るDC−DCコンバータ用フェライトコアである。
【図2】図2は本発明の実施例および比較例に係るフェライト組成物におけるキュリー温度Tcと飽和磁束密度Bsの関係を示すグラフである。
【図3】図3は本発明の実施例および比較例に係るフェライト組成物におけるキュリー温度Tcと磁気損失の極小温度Tspの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を図面に示す実施形態に基づき説明する。
【0023】
本実施形態に係るDC−DCコンバータ用フェライトコアとしては、図1に示したトロイダル型のほか、FT型、ET型、EI型、UU型、EE型、EER型、UI型、ドラム型、ポット型、カップ型等を例示することができる。このDC−DCコンバータ用フェライトコアの周囲に巻き線を所定巻数だけ巻回することにより所望のコイル磁芯を得る。
【0024】
本実施形態に係るDC−DCコンバータ用フェライトコアは、本実施形態に係るフェライト組成物で構成してある。
【0025】
本実施形態に係るフェライト組成物は、主成分が、酸化鉄と、酸化亜鉛と、酸化マンガンと、から構成され、前記主成分における前記酸化鉄の含有量をFe換算でXモル%、前記酸化亜鉛の含有量をZnO換算でZモル%、残部を前記酸化マンガンとしたときに、前記フェライト組成物のキュリー温度Tc、前記Xおよび前記Zが下記式(1)〜(3)を満足する。
Tc=12.8×(X−(2/3)×Z)−358 …式(1)
62.1≦X≦65.1 …式(2)
293℃≦Tc≦396℃ …式(3)
【0026】
さらに、本実施形態に係るフェライト組成物は、前記フェライト組成物の磁気損失の極小温度Tsp、前記Xおよび前記Zが、さらに下記式(4)および(5)を満足する。
Tsp=21.6(X+0.52Z)−1520…式(4)
−10℃≦Tsp≦50℃ …式(5)
【0027】
したがって、本実施形態では、主成分100モル%中、酸化鉄の含有量(X)および酸化亜鉛の含有量(Z)は、FeおよびZnO換算で、上記の式(1)〜(5)を満足するように決定される。なお、主成分の残部は、酸化マンガンから構成される。
【0028】
Xは、好ましくは62.1〜65.1モル%、より好ましくは63.2〜63.9モル%である。酸化鉄の含有量が多すぎても少なすぎても、飽和磁束密度が低下する傾向にある。
【0029】
本実施形態に係るフェライト組成物は、上記の式で算出される主成分に加え、副成分として、酸化ケイ素および酸化カルシウムを含有している。このような副成分を含有させることで、高い飽和磁束密度を得ることができる。
【0030】
酸化ケイ素の含有量は、主成分100重量%に対して、SiO換算で、60〜250ppm、より好ましくは100〜200ppmである。酸化ケイ素の含有量が多くても少なすぎても、飽和磁束密度が低下する傾向にある。
【0031】
酸化カルシウムの含有量は、主成分100重量%に対して、CaO換算で、360〜1000ppm、より好ましくは360〜730ppmである。酸化カルシウムの含有量が多くても少なすぎても、飽和磁束密度が低下する傾向にある。
【0032】
また、本実施形態に係るフェライト組成物は、上記主成分および副成分の他に、CdおよびPbを含有している。このような成分を所定の範囲に制御することにより、高い飽和磁束密度を得ることができる。
【0033】
Pbの含有量は、主成分100重量%中に、10ppm以下、好ましくは2〜5ppmである。その含有量が、主成分100重量%中に、10ppmを超えると、飽和磁束密度が低下する傾向にある。
【0034】
Cdの含有量は、主成分100重量%中に、10ppm以下、好ましくは2〜5ppmである。その含有量が、主成分100重量%中に、10ppmを超えると、飽和磁束密度が低下する傾向にある。
【0035】
PbおよびCdは、主成分原料である酸化鉄、酸化亜鉛、酸化マンガン中に含まれることがある。PbおよびCdの含有量が所定の範囲を超えると、飽和磁束密度が低下する傾向にあることが、本願発明者らによって見出された。そこで、本発明では、原料中のCdおよびPbの含有量を厳密に管理し、上記の範囲内となるようにする。なお、PbおよびCdの含有量を所定の範囲に制御する方法は、特に限定されず、主成分にCdおよびPbの酸化物等を添加することで所定の範囲に制御してもよい。
【0036】
本実施形態に係るフェライト組成物は、上記の関係式(1)〜(5)で算出される主成分に加え、所定の副成分を含有させることで、高い飽和磁束密度を有し、所望のTspに制御することができる。
【0037】
従来、Mn−Zn系フェライトにおいて、Tspを求める式としては、下記の式(α)が知られていた(「電子材料シリーズ フェライト」(丸善株式会社発行、昭和63年)の79頁記載)。
Tsp=−45.5(X+0.2Z)+2620…式(α)
式(α)において、XはFe量(モル%)、ZはZnO量(モル%)である。
【0038】
しかし、Fe量が多い領域(例えば、58モル%以上)について、上記Tspを求める式(α)を用いて、Fe量およびZnO量を決定しようとすると、例えばTspが−200℃以下となってしまい、現実的ではなく、上記のTspを求める式は、Fe量が多い(例えば、58モル%以上)場合には、成り立たないことが判明した。
【0039】
従来、Fe量が多い領域(例えば、58モル%以上)については、Tspを求める指標となるものが存在しないため、十分な検討がなされておらず、特に、1MHz以上の高周波数領域において、磁気損失を低減でき、高い飽和磁束密度を有するフェライト組成物については、何ら知見なかった。
【0040】
そこで、本発明者等は鋭意実験を行い、フェライト組成物中の酸化鉄の含有量が比較的多い場合に、Tspと酸化鉄および酸化亜鉛とが、上記の式(α)とは異なる関係を有することを見出した。すなわち、フェライト組成物中の酸化鉄の含有量をFe換算でXモル%、酸化亜鉛の含有量をZnO換算でZモル%としたときに、Tspと、XおよびZとは、下記の式(4)および式(6)を満足する。
Tsp=21.6(X+0.52Z)−1520…式(4)
X≧58.0…式(6)
【0041】
酸化鉄の含有量が多い場合には(例えば、58モル%以上)、磁気損失が極小となる温度(Tsp)と、酸化鉄および酸化亜鉛の含有量と、が上記の関係式(4)を満足する。なお、主成分の残部は、酸化マンガンから構成される。
【0042】
このような新たなTspの関係式(4)によれば、酸化鉄の含有量が多い領域(例えば、58モル%以上)についても、現実的なTspの値と、最適な酸化鉄及び酸化亜鉛の含有量を決定することが可能となる。
【0043】
本発明者等は、このような知見に基づき、従来のTspを求める式(α)にとらわれることなく、酸化鉄の含有量が多い領域(例えば、58モル%以上)についても、鋭意研究を行った結果、特に、高い飽和磁束密度(例えば570mT以上)が得られる、フェライト組成物のキュリー温度(Tc)と、フェライト組成物中の酸化鉄および酸化亜鉛の含有量との関係を見出し、本発明に至った。すなわち、フェライト組成物中の酸化鉄の含有量をFe換算でXモル%、酸化亜鉛の含有量をZnO換算でZモル%としたときに、Tcと、XおよびZとは、下記の関係式(1)〜(3)を満足する。
Tc=12.8×(X−(2/3)×Z)−358 …式(1)
62.1≦X≦65.1 …式(2)
293℃≦Tc≦396℃ …式(3)
【0044】
本実施形態では、主成分100モル%中、酸化鉄の含有量(X)および酸化亜鉛の含有量(Z)は、FeおよびZnO換算で、上記の式(1)を満足するように決定される。なお、主成分の残部は、酸化マンガンから構成される。
【0045】
ここで、キュリー温度(Tc)とは、フェライト組成物固有の物性値である。また、上記の式(1)により、フェライト組成物中の酸化鉄(Fe換算)および酸化亜鉛(ZnO)の含有量により一義的に決定される値として、知られている。
【0046】
上記の式(1)〜(3)を満足することによって、高い飽和磁束密度(例えば570mT以上)が得られるフェライト組成物の主成分組成を決定することができる。Xは、好ましくは62.1〜65.1モル%、より好ましくは63.2〜63.9モル%である。酸化鉄の含有量が多すぎても少なすぎても、飽和磁束密度が低下する傾向にある。
【0047】
さらに、本実施形態に係るフェライト組成物は、磁気損失が最小となる温度Tspが、−10〜50℃、より好ましくは0〜50℃の範囲内にある。Tspをこの範囲とすることにより、高周波領域(例えば1MHz以上)においても、室温あるいは外気付近(例えば−10〜50℃)に使用温度および環境温度がある部品について、磁気損失を低く保つことができ、好適に使用することができる。特に、携帯電話やスマートフォン、PC、タブレットPC等の電子部品としての使用に適している。
【0048】
なお、高い飽和磁束密度を有する本実施形態に係るフェライト組成物は、上記Tcの関係式(1)〜(3)を満足すると共に、下記式(4)および(5)を満足することにより、高い飽和磁束密度を有し、所望のTsp(例えば−10〜50℃)を有するフェライト組成物として、主成分100モル%中の酸化鉄の含有量(X)および酸化亜鉛の含有量(Z)を、さらに特定することができる。
Tsp=21.6(X+0.52Z)−1520…式(4)
−10℃≦Tsp≦50℃ …式(5)
【0049】
本実施形態に係るフェライト組成物は、上記式(2)で特定されているように酸化鉄の含有量が多いため(62.1〜65.1モル%)、磁気損失が極小となる温度(Tsp)と、酸化鉄および酸化亜鉛の含有量と、が上記の新たなTspの式(4)を満足する。
【0050】
そのため、高い飽和磁束密度を有する本実施形態に係るフェライト組成物について、上記Tcの関係式(1)〜(3)により主成分組成を限定し、さらに上記の新たなTspの式(4)を用いて、Tspを所定の範囲(例えば−10〜50℃)に制御することが可能となる。これにより、所望のTspと、高い飽和磁束密度を有するフェライト組成物を高精度に得ることができる。
【0051】
なお、Tspを所定の範囲(例えば−10〜50℃)に制御する方法は特に限定されず、上記の新たなTspの式(4)により予め組成から決定してもよいし、上記Tcの関係式(1)〜(3)を満足するフェライト組成物について、Tspの実測値を測定し、所定の範囲にあるフェライト組成物のみを厳選してもよい。
【0052】
本実施形態に係るフェライト組成物は、所定のTsp(例えば−10〜50℃)を有することにより、使用温度あるいは環境温度が室温付近あるいは外気温付近(−10〜50℃)であっても、電力損失を低減することができる。すなわち、Tspは、フェライト組成物の磁気損失の極小温度であるところ、当該Tspが所定の範囲内にある場合には、室温付近あるいは外気温付近(−10〜50℃)において、電力損失が最小となると考えられる。
【0053】
本実施形態に係るフェライト組成物は、フェライト組成物の磁気損失の極小温度Tspが−10〜50℃の範囲にあり、フェライト組成物のキュリー温度(Tc)、フェライト組成物中の酸化鉄の含有量(X)および酸化亜鉛の含有量(Z)が上記式(1)〜(3)を満足することを特徴とする。
【0054】
このような本実施形態に係るフェライト組成物によれば、高周波数の環境下において、使用温度あるいは環境温度が室温付近あるいは外気温付近(−10〜50℃)であっても、電力損失を低減することができ、かつ高い飽和磁束密度(例えば570mT以上、より好ましくは590mT以上)を実現することができる。
【0055】
次に、本実施形態に係るフェライト組成物の製造方法の一例を説明する。
【0056】
まず、出発原料(主成分の原料および副成分の原料)を、所定の組成比となるように秤量して混合し、原料混合物を得る。混合する方法としては、例えば、ボールミルを用いて行う湿式混合や、乾式ミキサーを用いて行う乾式混合が挙げられる。なお、平均粒径が0.1〜3μmの出発原料を用いることが好ましい。
【0057】
主成分の原料としては、酸化鉄(α−Fe)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化マンガン(Mn)、あるいは複合酸化物などを用いることができる。さらに、その他、焼成により上記した酸化物や複合酸化物となる各種化合物等を用いることができる。焼成により上記した酸化物になるものとしては、例えば、金属単体、炭酸塩、シュウ酸塩、硝酸塩、水酸化物、ハロゲン化物、有機金属化合物等が挙げられる。なお、主成分中の酸化マンガンの含有量はMnO換算で計算されるが、主成分の原料としては、Mnが好ましく用いられる。
【0058】
副成分の原料としては、主成分の原料の場合と同様に、酸化物だけではなく複合酸化物や焼成後に酸化物となる化合物を用いればよい。酸化ケイ素(SiO)の場合には、SiOを用いることが好ましい。また、酸化カルシウム(CaO)の場合には、炭酸カルシウム(CaCO)を用いることが好ましい。
【0059】
CdおよびPbについては、主成分の原料である酸化鉄、酸化亜鉛および酸化マンガンに含まれる場合がある。そのため、CdおよびPbの含有量の異なる種々の酸化鉄、酸化亜鉛および酸化マンガン原料の使用量を調整することで、CdおよびPbの含有量を調整することができる。なお、CdおよびPbの含有量を所定の範囲に制御する方法は、特に限定されず、主成分にCdおよびPbの酸化物等を添加することで所定の範囲に制御してもよい。
【0060】
この他、本実施形態に係るフェライト組成物には、原料中の不可避的不純物元素の酸化物が数ppm〜数百ppm程度含まれ得る。
【0061】
具体的には、B、C、S、Cl、As、Se、Br、Te、Iや、Li、Na、Mg、Al、K、Ga、Ge、Sr、In、Sn、Sb、Ba、Bi等の典型金属元素や、Sc、Ti、V、Cr、Y、Nb、Mo、Pd、Ag、Hf、Ta等の遷移金属元素が挙げられる。
【0062】
次に、原料混合物の仮焼きを行い、仮焼き材料を得る。仮焼きは、原料の熱分解、成分の均質化、フェライトの生成、焼結による超微粉の消失と適度の粒子サイズへの粒成長を起こさせ、原料混合物を後工程に適した形態に変換するために行われる。こうした仮焼きは、好ましくは800〜1100℃の温度で、通常1〜3時間程度行う。仮焼きは、大気(空気)中で行ってもよく、大気中よりも酸素分圧が高い雰囲気や純酸素雰囲気で行っても良い。なお、主成分の原料と副成分の原料との混合は、仮焼きの前に行ってもよく、仮焼き後に行ってもよい。
【0063】
次に、仮焼き材料の粉砕を行い、粉砕材料を得る。粉砕は、仮焼き材料の凝集をくずして適度の焼結性を有する粉体とするために行われる。仮焼き材料が大きい塊を形成しているときには、粗粉砕を行ってからボールミルやアトライターなどを用いて湿式粉砕を行う。湿式粉砕は、仮焼き材料の平均粒径が、好ましくは1〜2μm程度となるまで行う。
【0064】
次に、粉砕材料の造粒(顆粒)を行い、造粒物を得る。造粒は、粉砕材料を適度な大きさの凝集粒子とし、成形に適した形態に変換するために行われる。こうした造粒法としては、例えば、加圧造粒法やスプレードライ法などが挙げられる。スプレードライ法は、粉砕材料に、ポリビニルアルコールなどの通常用いられる結合剤を加えた後、スプレードライヤー中で霧化し、低温乾燥する方法である。
【0065】
次に、造粒物を所定形状に成形し、成形体を得る。造粒物の成形としては、例えば、乾式成形、湿式成形、押出成形などが挙げられる。乾式成形法は、造粒物を、金型に充填して圧縮加圧(プレス)することにより行う成形法である。成形体の形状は、特に限定されず、用途に応じて適宜決定すればよいが、本実施形態ではトロイダル型形状とされる。
【0066】
次に、成形体の本焼成を行い、焼結体(本実施形態のフェライト組成物)を得る。本焼成は、多くの空隙を含んでいる成形体の粉体粒子間に、融点以下の温度で粉体が凝着する焼結を起こさせ、緻密な焼結体を得るために行われる。このような本焼成は、好ましくは900〜1300℃の温度で、通常2〜5時間程度行う。本焼成は、大気(空気)中で行ってもよく、大気中よりも酸素分圧が高い雰囲気で行っても良い。
【0067】
このような工程を経て、本実施形態に係るフェライト組成物は製造される。
【0068】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明はこうした実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々なる態様で実施し得ることは勿論である。
【0069】
例えば、上述した実施形態では、トロイダル型形状とするために、本焼成前に該形状に成形しているが、本焼成後に該形状に成形(加工)してもよい。
【実施例】
【0070】
以下、本発明を、さらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0071】
まず、主成分の原料として、Fe、ZnOおよびMnを準備した。副成分の原料として、SiOおよびCaCOを準備した。
【0072】
なお、CdおよびPbについては、主成分の原料である酸化鉄、酸化亜鉛および酸化マンガンに含まれる。そのため、最終的に得られるサンプルが表1〜3に記載のCd量およびPb量を含有するよう、CdおよびPbの含有量の異なる種々の酸化鉄、酸化亜鉛および酸化マンガン原料の使用量を調整して準備した。
【0073】
次に、準備した主成分の原料の粉末を、上記の式(1)により算出された含有量となるように秤量し、さらに、副成分の原料の粉末を表1〜3に示す量となるように秤量した後、ボールミルで5時間湿式混合して原料混合物を得た。
【0074】
次に、得られた原料混合物を、空気中において950℃で2時間仮焼して仮焼き材料とした後、ボールミルで20時間湿式粉砕して、平均粒径が1.5μmである粉砕材料を得た。
【0075】
次に、この粉砕材料を乾燥した後、該粉砕材料100重量%に、バインダーとしてのポリビニルアルコールを1.0重量%添加して造粒し、20メッシュの篩で整粒して顆粒とした。この顆粒を196MPa(2ton/cm)の圧力で加圧成形して、トロイダル形状(寸法=外径22mm×内径12mm×高さ6mm)の成形体を得た。
【0076】
次に、これら各成形体を、酸素分圧を適宜制御しながら、1270℃で2.5時間焼成して、焼結体としてのトロイダルコアサンプルを得た。得られたサンプルについて、蛍光X線分析を行い、フェライトコアの組成を測定した。結果を表1〜3に示す。
【0077】
<飽和磁束密度(Bs)>
得られたトロイダルコアサンプルに、巻線を60回巻回した後、B−Hカーブトレーサー(理研電子株式会社製Model BHS40)を用いて2kA/mの磁場を印加したときの飽和磁束密度Bsを25℃および100℃において測定した(単位:mT)。結果を表1〜3および図2に示す。
【0078】
<損失が最小となる温度(Tsp)>
得られたトロイダルコアサンプルに、1次巻線および2次巻線を3回ずつ巻回し、1MHz−50mTの条件において、−40〜100℃における電力損失Pcv(単位:kW/m)を測定し、損失が最小となる温度(Tsp)を求めた。
【0079】
【表1】

【0080】
【表2】

【0081】
【表3】

【0082】
表1および図2に示されるように、フェライト組成物のキュリー温度Tcおよびフェライト組成物中の酸化鉄(Fe)の含有量が、所定の範囲内に制御されていないフェライト組成物は(試料1〜7、12〜16および42〜49)、本発明の範囲外であり、570mT以上の高い飽和磁束密度を実現することができない。
【0083】
また、表1および図3に示すように、フェライト組成物の磁気損失が最小になる温度Tspが、所定の範囲内にないフェライト組成物は(試料25、33、40および41等)、本発明の範囲外であり、高周波数の環境下において、使用温度あるいは環境温度が室温付近あるいは外気付近である場合に、十分に電力損失を低減できず、使用に耐えない。
【0084】
一方、本発明のフェライト組成物は、フェライト組成物の磁気損失が最小になる温度Tspも所定の範囲内にあり、フェライト組成物のキュリー温度Tcおよびフェライト組成物中の酸化鉄(Fe)の含有量が、所定の範囲内となるように主成分組成が制御されているため、高周波数の環境下において、使用温度あるいは環境温度が室温付近あるいは外気付近で、高い飽和磁束密度(例えば570mT以上)を実現できる(試料8〜11、17〜24、26〜32および34〜39)。
【0085】
また、表2より、副成分(SiOおよびCaO)を含有させても、Tspは変化せず、副成分の含有量を本発明の範囲内とすることで(試料51〜53および56〜59)、高い飽和磁束密度が得られることが確認できた。
【0086】
これに対し、表2より、副成分(SiOおよびCaO)の含有量が本発明の範囲外となっている場合(試料50、54、55および60)には、飽和磁束密度が良好な範囲とならないことが確認できた。
【0087】
また、表3より、原料中から含まれる、Cd、Pbの含有量を本発明の範囲内とすることで(試料61〜65および67〜71)、高い飽和磁束密度が得られることが確認できた。
【0088】
これに対し、表3より、CdまたはPbが本発明の範囲外となっている場合(試料66および72)には、飽和磁束密度が良好な範囲とならないことが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明に係る電子部品は、高周波数の環境下において、使用温度あるいは環境温度が室温付近あるいは外気温付近で、高い飽和磁束密度を有する。そのため、本発明に係る電子部品を各種電子機器等に用いた場合であっても、電池等の消耗を抑制でき、省電力を実現することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主成分が、酸化鉄と、酸化亜鉛と、酸化マンガンと、から構成され、
前記主成分100重量%に対して、副成分として、酸化ケイ素をSiO換算で60〜250ppm、酸化カルシウムをCaO換算で360〜1000ppm、を含有し、さらにPbの含有量が10ppm以下、Cdの含有量が10ppm以下であるフェライト組成物であって、
前記フェライト組成物の磁気損失の極小温度Tspが−10〜50℃の範囲にあり、
前記主成分における前記酸化鉄の含有量をFe換算でXモル%、前記酸化亜鉛の含有量をZnO換算でZモル%、残部を前記酸化マンガンとしたときに、前記フェライト組成物のキュリー温度Tc、前記Xおよび前記Zが下記式(1)〜(3)を満足することを特徴とするフェライト組成物。
Tc=12.8×(X−(2/3)×Z)−358 …式(1)
62.1≦X≦65.1 …式(2)
293℃≦Tc≦396℃ …式(3)
【請求項2】
請求項1に記載のフェライト組成物であって、さらに以下の式(4)および(5)を満足することを特徴とするフェライト組成物。
Tsp=21.6(X+0.52Z)−1520 …式(4)
−10℃≦Tsp≦50℃ …式(5)
【請求項3】
請求項1または2に記載のフェライト組成物から構成されるフェライトコアを有し、1MHz以上の周波数領域で使用される電子部品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−107793(P2013−107793A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−254064(P2011−254064)
【出願日】平成23年11月21日(2011.11.21)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】