説明

フッ素系合成樹脂の接着性表面改質方法及びその物品

【課題】
本発明はプラズマベースイオン注入・成膜法を用いて、耐食性タンクの内張材、回転ローラー表面、気密パッキン表面、各種粘着防止ロール、シート等のフッ素系合成樹脂の表面を、金属やセラミックス、他の高分子樹脂とを高い接着力を得るための表面改質技術を提供するものである。
【解決手段】
プラズマベースイオン注入・成膜法を用いて、真空中で少なくとも一原子以上のアルゴンまたは窒素を含有するアルゴンや窒素プラズマを発生させ、負の高エネルギー高周波パルス電圧を印加して、アルゴンまたは窒素イオン注入と傾斜構造を持った微細な凹凸形状を形成したフッ素系合成樹脂物品及びその表面改質方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性タンクの内張材、回転ローラー表面、気密パッキン表面、各種粘着防止ロール、シート等のフッ素系合成樹脂の表面を、金属やセラミックス、他の高分子樹脂と接着するために表面粗化して接着性付与することを狙いに改善した表面改質方法及びその物品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
フッ素系合成樹脂としてポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、ポリビニリデンフルオライド、ポリクロロトリフルオロエチレン、クロロトリフルオエチレン・エチレン共重合体等の合成樹脂が耐食性タンクの内張材、耐食性パイプ内面、耐食性部材表面、回転ローラー表面、気密パッキン表面、各種粘着防止ロール、各種粘着防止シートおよびフィルム等など数多く使用されている。
【0003】
しかしこれらのフッ素系合成樹脂単独では機械的強度や機能性の問題から金属やセラミックス、他の高分子樹脂と接着する必要があり、接着性の良い表面改質を行わなければ長期間にわたって複合部材として使用することが出来ない。
【0004】
現在多く使用されているフッ素系合成樹脂特にポリテトラフルオロエチレン樹脂(PTFE)では金属ナトリウム・アンモニウム塩処理が使用されている。この表面処理液は非常に酸化性が強く腐食が激しく且つ廃液処理が複雑であるため、公害防止面から使用禁止の動きが出ている。このためこれに代わる接着性付与技術が早期に求められている。
【0005】
現在、PTFE樹脂の金属ナトリウム・アンモニウム塩処理では、CF結合の一部がアンモニウム塩に置換され、また一部では酸素と結合してカルボニル基を形成してエポキシ樹脂接着材やウレタン樹脂接着材を用いて他の材料と接着が容易になっている。また金属ナトリウム・アンモニウム塩処理では脱フッ素化が起きてPTFE表面が激しく凹凸が形成される。これらは表面処理後の経時変化が少なく長期にわたって実用化されてきた。しかし公害問題から早期な代替え技術の開発が望まれている。
【0006】
これらのことから各種のプラズマ処理による表面改質法の試みがあった。特開平2000-96233に記載されているようにフッ素系プラズマCVD法において、プラズマ生成方法や印加電圧、ガス組成などを工夫して、出来るだけ低温加工が可能なプラズマCVD装置を開発して、プラスチック表面への接着性付与する方法が提案され、さらにカメラ用オーリングや自動車用ワイパーゴムなどに利用することが提案されている。しかしながらこれらのプラズマCVD法は、導入したガスを高周波でプラズマ化させて、活性化したアルゴンまたは窒素元素を部品表面で化学的に反応し反応させる手法であるため、樹脂表面とDLC膜層との化学的結合力が弱く密着性に乏しいことがある。
【0007】
【特許文献1】特開平7-40442特開平7-40442では、多孔PTFEとの接着性を付与するため、250℃以上の温度に置いて熱可塑性樹脂を多孔体の内部に挿入して接着力を高める方法が提案されている。しかしこの方法では、非多孔体の材料では接着性を付与することができない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明はシート状、フィルム状、ロール状物から凹凸のある複雑形状物に対して、PTFE樹脂表面を0.1μm以上の深さまで表面改質して、エポキシ接着材やウレタン接着材に安定した接着力を付与できるフッ素系合成樹脂の表面改質方法を提供するものである。
【0009】
従来の金属ナトリウム・アンモニウム塩処理では薬液層にPTFE樹脂表面を浸漬するだけであったが、本発明も真空チャンバー内に電極を貼り付けたフッ素系合成樹脂を曝すだけで表面改質可能であり、高価で複雑な装置を必要としないものである。また公害問題となる廃液を排出することなく、排ガスなどを吸着塔を通して排気するだけで問題ない。
【0010】
本発明はPTFE樹脂表面に5〜20kVの高電圧をパルス状に印加してPTFE表面を0.1μm以上の深さまで表面改質して、CF結合の一部を窒素原子や酸素原子に置換して、経時変化の無い安定した接着性表面を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明はプラズマベースイオン注入法を用いて、フッ素系合成樹脂(基材)の周辺に外部アンテナによるRFプラズマあるいは自己バイアス電圧によるプラズマ生成を行い、これに対して数百V〜数十kVの負パルス電圧を印加して、アルゴンまたは窒素を含有するイオンを樹脂表面に注入することによりアルゴンまたは窒素の傾斜層を形成させ、さらに電圧制御しながらアルゴンまたは窒素と酸素を含有した極性基を樹脂表層に形成することによって、上記の課題の解決を実現し目的を達成するものである。
【0012】
フッ素系合成樹脂は多くは、他の高分子材料に比較して耐熱性があるが、脱フッ素化したフッ素ガスは腐食性があり且つ表層が脆くなるため、低温でアーク放電等が無く高電圧をパルス状でイオン注入処理する必要がある。
【0013】
具体的には真空チャンバー、真空排気系、ガス供給・処理系、高周波プラズマ源、負の高電圧パルス電源・高圧導入系と冷却系に構成された装置を用いてフッ素系合成樹脂の表面改質をする。フッ素系合成樹脂は絶縁物であるため、本基材に電圧を印加するための電極を表面改質しない反対側の背面あるいは処理しない中心部に配置して、高周波プラズマ源に電力を供給することによりガスプラズマを発生させ、被注入物(フッ素系合成樹脂)周辺に負の高圧パルス電圧を加えると、プラズマ中の電子は排斥され、被注入物の輪郭に沿って周りにイオンシースが形成される。このイオンシースは被注入物の輪郭に沿って覆われ、その後負の電圧をこのイオンシースに印加されるため、イオンのみがあらゆる方向から被注入物に引きつけ加速され、被注入物に狙いとする元素をイオン注入されるものである。
【0014】
本発明のフッ素系合成樹脂からなる絶縁物では、処理表面に帯電してチャージアップ電荷による絶縁破壊する現象が現れることがある。本発明の高周波・高電圧の負パルス電圧を印加する方法では、パルスなのでパルス電圧がない時にはプラズマは基材に接近し、基材に帯電した電荷はプラズマ中に放出され、チャージアップは解消される。またパルスの周波数および印加時間等を形状毎に最適化して行うことで絶縁破壊を防止すると共に、チャージアップによる表面改質の不均一性、改質速度の低下を防ぐことが可能である。
【発明の効果】
【0015】
プラズマベースイオン注入法における接着特性に及ぼすパラメーターとしては、高周波プラズマ源の周波数、プラズマ増幅電圧、繰返し周波数、パルス数などがあり、さらに高圧誘引パルス電源側のパラメーターとしては印加電圧、カレント電流、繰返しパルス数、パルス幅、ディレータイムなどがあり、またプラズマ生成原料のガス流量、ガス圧力等は影響を及ぼす。これらをコントロールして被注入物の輪郭に沿ってイオンシースを形成し、イオンのみを被注入物であるフッ素系合成樹脂に対してイオンを注入することにより、接着性を改善したフッ素系合成樹脂表面処理方法とその表面改質物品を提供するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の表面改質ガスは、アルゴン、水素、酸素、窒素及びアンモニア等から選択される少なくとも1種類を主成分としたガスを使用し、真空チャンバー内にガス導入を行い高周波電圧を印加してガスをプラズマ化することによって、アルゴンまたは窒素原子もしくは分子イオンを生成させ、これを加速してイオン注入するのが好ましい。
【0017】
表面改質ガスの選定方法としては、アルゴンまたは水素原子と窒素原子の割合によりプラズマ状態が異なり、さらにフッ素系合成樹脂表面のフッ素原子を何パーセント脱フッ素化させるかによって、ガス種とその混合割合を決定するのが好ましい。アルゴンガスと水素ガスは基本的にCF結合を切断するためのエネルギーに利用され、酸素や窒素、アンモニアガスは、カーボンとの結合に利用される。酸素は水酸基、カルボニル基、カルボキシル基の生成に、窒素やアンモニアはアミノ基、アンモニウムの生成に寄与することが判っており、それぞれの最適なガス系を選定するのが望ましい。特にアンモニアガスはプラズマ分解すると水素と窒素イオンが生成され、窒素ガス単体で使用するよりも活性な原子状イオンが得られる利点がある。しかしアンモニアガスが使用しにくい環境では窒素ガスを使用しても効果は得られる。
【0018】
ガスプラズマを発生させる高周波電力として、周波数が0.2MHzから2.45GHzまでの範囲で、出力が10Wから20kWまでの範囲で、パルス幅1.0μsec以上であることが望ましい。その理由は周波数が0.2MHzより低い周波数では前記ガスのプラズマ分解が充分でなく表面改質速度が遅くなるからであり、また2.45GHzより大きいとプラズマ生成の安定性や装置コストの上昇を招くためである。高周波出力が10W以下ではプラズマ密度が低くイオン注入は出来ても表面改質が出来ないからであり、また20kW以上では電源容量が大きく装置コストの増加を招くためである。さらにパルス幅1.0μsec以下であると実質的なイオン注入時間が短くなり、また絶縁物の場合チャージアップしやすくなるためである。
【0019】
さらに上記のプラズマ生成のみならず高周波パルス印加電源は非常に重要である。従来のプラズマ処理装置では3kV以下の直流電圧電源を用いて表面処理することが多く、一時的な親水性付与技術として利用された。しかし本発明の高周波パルス印加電圧としては、その周波数、パルス幅、印加電圧の最適化が必要である。
【0020】
その理由は周波数が100Hz以下であると一定時間内のイオン注入回数が減少することになりイオン注入効率が低下する。一方5000Hz以上であると高周波パルス電源の高性能化が必要となり装置コストの上昇を招く。パルス幅はイオン注入時のシース幅と大きく関係し、幅が狭いと複雑な形状に沿ってシースが形成され、均一にイオン注入されるが、幅が広いと狭い隙間にはシースが出来なくなりイオン注入量が減少する。このことからパルス幅が1.0μsec以下であると1回のパルスのイオン注入時間が短いことによりイオン注入効率が低下すると共にナノsecオーダーのパルス幅を形成するには高価な高周波電源が必要となり、装置コストがアップする。一方パルス幅が広く1000μsec以上であると成形品周辺に供給されるプラズマ密度が低下して、イオン注入効率が低下するばかりでなくパルス電源の高性能化が必要となり装置コストの上昇を招くことになる。
【0021】
特に好ましい負パルス電圧は、フッ素系合成樹脂表面の接着性付与の観点からは−7.0〜20kVが好ましい。−7.0kV以下であるとフッ素系合成樹脂基材へのイオン注入深さが浅く、カーボン元素と酸素及び窒素間の化合物傾斜構造化が得られず接着力の向上に寄与せず、また−20kV以上の高電圧になると基材と化合物傾斜構造化は進むが、高周波パルス電源が大型化して装置コストの大幅な上昇を招き、さらにフッ素系合成樹脂の場合には基材表面におけるチャージアップによる放電、発熱によるプラスチック成形品のひずみ発生が顕著になり20kV以上は好ましくない。
【0022】
フッ素系合成樹脂表面へのイオン注入時間は制約されるものではないが5〜60分であることが好ましい。より好ましくは生産性の観点から短時間処理であるが、フッ素系合成樹脂の高電圧イオン注入処理は表面劣化が激しくなり表面層が脆くなり、接着力を低下させることもあり、材料成分によってイオン注入条件を選定する必要がある。
【0023】
従来の質量分離によるイオン注入では、注入電流がmA以下で、高エネルギーの場合では数Aのオーダーである。そのため、1E17ions/cm2のイオン注入をするには数時間もかかってしまう。これに対してプラズマベースのイオン注入では、成形品に対して周囲から一度に電流が流入するため、数A〜数十Aの電流が流れ、それにより短時間でのアルゴンまたは窒素イオン注入処理が行える。且つ直流によるイオン注入でなくパルスによるイオン注入であるため、絶縁物に対してもチャージアップによる損傷は非常に少ない。
【0024】
本発明のアルゴンまたは窒素イオン注入法では表層の汚染層を充分突き破るだけのエネルギーでイオン注入されるため、アルゴンまたは窒素の傾斜構造を容易に形成することが可能であり、特にC-F間の結合を切断する高エネルギーでアルゴンまたは窒素イオン注入することにより表層部に生成したラジカルと活性窒素原子やチャンバー内に残留している活性酸素原子と反応することにより、フッ素系合成樹脂表面では深さ方向に0.1μ前後の反応層を容易に得ることが可能である。
【0025】
本プロセスではイオン注入時のエネルギーを変化させることによりフッ素系合成樹脂表面の接着層の厚さを変化させることが可能であるため、フッ素系合成樹脂の種類によっては低エネルギーで樹脂の損傷を押さえながら表面改質することも可能である。特にビニリデン系の二重結合を持った重合物では低い10kV以下のエネルギーで表面改質することが、接着性を付与するプロセスとして最適であることが判った。
【0026】
本発明のフッ素系合成樹脂の表面改質手法では、その非処理物表面よりアルゴンまたは窒素が50nm以上イオン注入され、その表層部に微細な凹凸が形成され表面粗さが0.1μm以上と大きくなり、フッ素系合成樹脂の摩擦係数が0.1以上になることが判った。
【0027】
高周波パルス電圧やパルス幅、周波数、印荷時間、処理温度等を種々変化させて評価した結果、被処理物表面から、より深くアルゴンまたは窒素原子が注入されていることが接着性向上に寄与することを見出した。実験の結果少なくとも50nm以上イオン注入されていることが好ましく、これより浅いと接着性への寄与率が低下することが判った。この理由は、脱フッ素化によるラジカルとの反応層の厚さが表層より数十原子層では空気中の酸素や水分により経時変化を起こし長期間の接着性付与効果を維持することが出来ず、数百原子層は必要であるためと考えている。
【0028】
本発明のフッ素系合成樹脂の表面改質法では、樹脂成形品裏面に負電圧印加電極を取付け、これと高電圧のフィードスルーと接続する。高周波(RF)電力はフィードスルーとチャンバーの間に加え、電子をその間の電界変化によって往復運動させ、気体分子と衝突を繰返すことによりアルゴン、窒素、アンモニア等ガス分子を電離させ高密度のプラズマを形成する。プラズマ中にはイオン、ラジカル、電子が共存するので、高圧パルス電圧を印加すると、プラズマ中のイオンをフッ素系合成樹脂に注入することができ、高圧パルス電圧を印加されないと自己バイアス(通常数十ボルト)によるイオンを表面に反応させ、この時ラジカル重合により窒素あるいは酸素元素が結合し反応物を形成することが出来る。
【0029】
フッ素系合成樹脂表面の反応物は、使用するガス種、ガス圧、印加電圧等によって異なるが、樹脂基材が大きく劣化せず緻密な微細凹凸の形成が容易で他材料との接着力向上に役立つ形態になることが好ましい。プラズマベースイオン注入装置では少なくとも3ステップのプロセスで表面改質するのが好ましく、基板表面のクリーニング後に、高電圧でイオン注入してC-F結合の切断を行う。その後窒素あるいはアンモニアガスを導入して低い電圧を印加しながら極性基を生成する反応を促進するのが好ましい。このように中エネルギースパッタ処理、高エネルギーイオン注入、低エネルギー極性基生成の3ステップがフッ素系合成樹脂の表面改質に有利であることが判った。
【実施例】
【0030】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
まず、本発明のフッ素系合成樹脂基材への表面改質方法に用いるプラズマベースイオン注入装置の概略構成を図1に基づいて説明する。この装置は、フッ素系合成樹脂シート1をセットする架台2を内蔵する真空チャンバー3を具えている。セット架台は負電圧印加のための電極を兼ねている。真空チャンバー3は、排気装置4により内部を所定の真空度に保持することができる。この装置は、所定のガスを、導入口5を通して導入され、アルゴンや窒素系ガスプラズマを形成させ、また必要に応じて接着性を向上させるため特殊元素をイオン注入するための有機金属ガス導入源6も設けられている。
【0031】
さらにこの装置は、各種形状のフッ素系合成樹脂シート1に高電圧の負電荷を印加する高電圧負パルス電源7と高周波(RF)電源8も具えている。高電圧負パルス電源7では、所定のエネルギーの負電荷を発生させ、高電圧用フィードスルー9を通じてフッ素系合成樹脂シート1に負電荷のパルスを印加する。このフィードスルーはセット架台とつながっており、セット架台は絶縁碍子10で、電気的に浮いた状態になっている。さらに高電圧パルスと高周波を重ね合わせる重畳装置11通じて高電圧用フィードスルー9から電力を供給して、供給ガスをプラズマ化させ成膜することが出来る。高電圧用フィードスルー9にはシールドカバー12が取り付けられフィードスルー9を防護している。
【0032】
これらフッ素系合成樹脂に負電荷のパルスを印加すると、各種導入ガスによって生成したプラズマ中の原子状イオンあるいは分子イオンがフッ素系合成樹脂表面に引きつけられイオン注入される。電極形状に沿って負電荷のパルスを印加してイオンを注入するので、樹脂が平板でなく凹凸のある立体形状物でも電界が樹脂の形状に沿って発生し、この表面に対してほぼ直角にアルゴン、水素、酸素または窒素イオンが衝突する。
【0033】
この時フッ素系合成樹脂中のフッ素は一部脱フッ素化して、残ったカーボンラジカルと酸素や窒素イオンと反応物を形成ことができる。さらに分子切断したフッ素系合成樹脂表面はミクロ的な激しい凹凸形状を形成して接着表面積を大きく増大させる。なお、同時にアルゴンや水素イオンもイオン注入されるが、これらはC-F結合の切断に有用であり、分子切断後には基材中のアルゴン、水素は拡散して脱ガスすると見られ、基材の物性をあまり左右されることはないと考えられている。
以下実施例に基づき説明する。
【0034】
図1のようなプラズマベースイオン注入装置を用いて、図中に示すように平板電極にPTFE樹脂シート1を10枚に貼り付け、次の条件でプラズマを発生させ表面改質を行いPTFEの表面分析と接着性評価を行った。
【0035】
使用材料:PTFE樹脂シート 150×150×1mm
使用ガス種:アルゴン/水素/アンモニアガス
ガス混合比:第1ステップ アルゴン/水素=2/1
第2ステップ 水素/アンモニア=1/2
第3ステップ 酸素/アンモニア=1/2
イオン注入時圧力:0.5Pa〜1.0Pa
注入エネルギー:7keV、12keV、20keV
イオン注入時間:10分、30分
試料印加周波数:2000Hz
【0036】
前記の3条件の注入エネルギーと2条件の表面改質時間で処理を行った。第1ステップではアルゴン/水素ガスを用いて表面のクリーニングを行い、その後高エネルギーで水素/アンモニアガスをプラズマ分解して水素および窒素のイオン注入を行った。その後電圧を下げながら酸素/アンモニアガスを導入して、前記高エネルギーでCF結合が切断された箇所に、酸素やアンモニアガス(窒素)を導入して化学反応させた。導入した酸素は水酸基、カルボニル基、カルボキシル基の生成に、窒素やアンモニアはアミノ基、アンモニウムの生成に寄与することが判っており光電子分光分析で評価を行った。
【0037】
図2に本実験条件で得られたPTFEの表面を光電子分光分析により各エネルギーで30分処理した表面の元素含有量を測定した結果を示す。未処理のPTFEはカーボン元素1ヶに対してフッ素元素2ヶであり、元素含有比率は1:2である。しかし表面には僅かな酸素が含まれていた。これに対してPTFEに高エネルギーでイオン注入したサンプルではいずれもフッ素含有量が10〜30まで減少して酸素と窒素元素が増加していることが判る。特に注入エネルギーが12kVの時に窒素含有量が最大であった。
【0038】
PTFE表面に含有している酸素や窒素元素は別途解析した結果、水酸基、カルボニル基、カルボキシル基およびアミノ基、アンモニウム塩が生成されているものと推定されこれらが接着力に大きく影響していると考えられる。これらの化合物は深さ方向にどの程度変化しているか二次イオン質量分析装置を用いて評価した。
【0039】
図3はPTFE表面から深さ方向への窒素濃度分布で、窒素層は150nm付近まで含有していることが判った。この窒素の注入深さは7keVで80nm付近まで、12keVで120nm、20keVで140nmほどイオン注入されていることが判る。このように印加電圧が高い程窒素はPTFE材料中の深くまで入り込み傾斜構造を示していることが判る。
【0040】
さらに、PTFEへの注入エネルギーと処理時間の影響を調査するため、次の評価を行った。図4にPTFEの表面改質前後の電子顕微鏡観察結果を、また表面改質後の水の接触角とその表面粗さ測定結果ならびにPTFEの表面改質前後摩擦係数を測定した。さらにPTFEとゴム材料並びに金属材料との接着性を評価するため、1cm幅でエポキシ接着剤を用いて接着して、それぞれの接着強度を各3点ずつ測定した。
【0041】
図4の結果から判るように、未処理のPTFEは接触角が大きく、表面粗さは平滑でPTFEとゴムおよび金属とは殆ど接着しないことが判る。これに対して7kV 10分、30分、12kV 10分、30分よよび20kV 10分、30分表面改質したサンプルでは、電子顕微鏡で表面観察したモルホロジーは非常に凹凸のあることが判る。特に12kV処理では凹凸面が粗いことが判った。この表面における水の接触角は50〜60度まで低下し、これにより表面粗さは0.2〜0.4μmまで粗くなっている。この表面における鉄系材料とPTFEとの摩擦係数を測定した結果、数倍の摩擦係数になった。このようなPTFE表面に対するゴムおよび金属との接着性は3〜10kgf/cm2と非常に高く、従来の200倍以上の接着性が得られることが判った。
【0042】
また実験例には記載していないが、PFA樹脂に関しても同様の実験、評価を行った結果、10keVエネルギーで130nm付近まで窒素イオン注入が確認され、表面のモルホロジーも激しい凹凸が出きることが判った。このようにフッ素系樹脂の種類を問わずアルゴンまたは窒素のパルスイオン注入とそれに続く低エネルギー表面改質処理が接着性付与技術に不可欠であることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
以上、説明したように、本発明方法によれば、プラズマベースイオン注入・成膜法を用いて、耐食性タンクの内張材、回転ローラー表面、気密パッキン表面、各種粘着防止ロール、シート等のフッ素系合成樹脂の表面を、金属やセラミックス、他の高分子樹脂と接着するために表面粗化して接着性付与するため、アルゴンまたは窒素、アンモニアイオン注入を行い、さらに低エネルギーで表面改質層を形成することにより、フッ素系合成樹脂と他材料との優れた接着性物品及びその表面改質方法を提供できることが判った。
【0044】
また、本発明のフッ素系合成樹脂表面を優れた接着性表面に変化させる技術は、フッ素系合成樹脂に限らず、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチルビニルアセテート、シクロヘキリルポリオレフィン等のオレフィン系ポリマーに対しても有効であり、耐食性、耐熱性、撥水性、離型性、成形加工性等の特徴を生かしながら半導体部材分野、食品加工装置分野、医療機器および医療装置部材分野などの機能性向上など幅広い分野へ応用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明のフッ素系合成樹脂に用いるプラズマベースイオン注入・成膜装置の構成図である。
【図2】PTFEへのイオン注入後の光電子分光分析によるサンプル表面の元素濃度比を示した表である。
【図3】PTFEへの窒素イオン注入深さ分布を示したグラフである。
【図4】PTFEへのイオン注入表面改質後の表面モルホロジーと接着性評価を未処理品と比較した表ある。
【符号の説明】
【0046】
1 フッ素系合成樹脂シート
2 架台
3 真空チャンバー
4 排気装置
5 炭化水素ガス導入口
6 有機金属ガス導入口
7 高電圧負パルス電源
8 高周波(RF)電源
9 高電圧用フィードスルー
10 絶縁碍子
11 重畳装置
シールドカバー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.1〜10Paの真空中でアルゴンもしくはアンモニアガスまたはアルゴン/アンモニアガスプラズマを同時に発生させ、この中にフッ素系合成樹脂をさらし、本樹脂に7〜20keV、100〜5000サイクルの高電圧負パルスを印加して、アルゴンまたは窒素イオンをフッ素系合成樹脂表面に注入することを特徴とするフッ素系合成樹脂の表面改質方法。
【請求項2】
非処理物であるフッ素系合成樹脂を0.1〜10Paの真空中にセットし、ここにアルゴン/アンモニア系ガスを導入して高周波電力の供給によりプラズマを発生させ、フッ素系合成樹脂に1〜30keV、500〜5000サイクルの高圧負パルスを印加して、アルゴンまたは窒素イオンをフッ素系合成樹脂表面からイオン注入し、その後さらに窒素元素を表層に反応させることを特徴とするフッ素系合成樹脂の表面改質方法。
【請求項3】
表面改質ガスとして、アルゴン、水素、窒素、酸素、アンモニア等からなるガスから選択される、少なくとも1種類以上を主成分としたガスを使用してアルゴンまたは窒素イオンを注入した後、フッ素系合成樹脂中のフッ素を窒素と置換したことを特徴とする請求項2に記載のフッ素系合成樹脂の表面改質方法。
【請求項4】
少なくともフッ素系合成樹脂への印加電圧が7keV以上で、アルゴンまたは窒素イオン注入時間が5〜60分であることを特徴とする請求項2に記載のフッ素系合成樹脂の表面改質方法。
【請求項5】
フッ素系合成樹脂が主としてポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体、ポリビニリデンフルオライド、ポリクロロトリフルオロエチレン、クロロトリフルオエチレン・エチレン共重合体等の合成樹脂からなることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のフッ素系合成樹脂の表面改質方法。
【請求項6】
フッ素系合成樹脂に、アルゴンまたは窒素イオン注入層が樹脂表層より50nm以上イオン注入したことを特徴とする請求項5に記載のフッ素系合成樹脂の表面改質方法。
【請求項7】
フッ素系合成樹脂に、アルゴンまたは窒素イオン注入を行い樹脂表層より内部の窒素濃度が5at%以上であることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載のフッ素系合成樹脂の表面改質方法。
【請求項8】
フッ素系合成樹脂表面にアルゴンまたは窒素イオン注入して少なくとも0.1μm以上の凹凸を形成して、表面摩擦係数を0.1以上にしたことを特徴とする請求項1に記載のフッ素系合成樹脂の表面改質方法。
【請求項9】
請求項1から8のいずれかに記載の方法を用いて製造したフッ素系合成樹脂物品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−174791(P2008−174791A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−8858(P2007−8858)
【出願日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【出願人】(303029317)株式会社プラズマイオンアシスト (17)
【Fターム(参考)】