説明

フルオロ化合物の製造方法

【課題】様々な分子構造の2つのフッ素原子が結合した炭素原子を有するフルオロ化合物を、一段階の反応によって効率的に得られ、しかも、工業化にも適した製造方法を提供する。
【解決手段】下式(A)で表される化合物をIFと反応させることを特徴とする下式(B)で表されるフルオロ化合物の製造方法。


(式中、Xはアリール基、ヘテロ環基、アルキル基を、Yは、アリール基、アルキル基、アシル基、シアノ基、アルコキシカルボニル基を、Rはアリール基、アルキル基を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフルオロ化合物の製造方法に関する。さらに詳しくは、2つのフッ素原子が結合した炭素原子を有するフルオロ化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、有機化合物をフッ素化してフルオロ化合物を製造する際には、フッ素化剤が用いられている。例えば、カルボニル基を有する化合物を、SFまたはDAST(ジエチルアミノサルファートリフルオライド)を用いてフッ素化する方法が知られている。しかし、これらのフッ素化剤の取り扱いは容易でなく、値段も高価で、工業的な製造方法に用いるフッ素化剤としては有利ではない問題があった。
そこで、取り扱いが容易なフッ素化剤として、IFを用いるフッ素化方法が提案されている(特許文献1)。
特許文献1では、2つのフッ素原子が結合した炭素原子を有するフルオロ化合物をIFを用いて製造する方法として、以下の式(a)〜(c)の式で示される具体例が挙げられている。
【0003】
【化1】

【0004】
ただし、式(a)〜(c)で使用した記号Etはエチル基を示し、Meはメチル基を示し、r.t.は室温(23℃)で反応させたことを示し、hrは反応時間を示す。また、hexaneは反応溶媒としてヘキサンを、CHClは反応溶媒としてCHClを使用したことを示す。
また、IF/EtN−3HF(1:1モル比)とは、IFに対するEtN量が等倍モルとなるように、IFと、EtNとHFとの混合試薬(EtN:HF=1:3モル比)とを混合したフッ素化剤を用いて反応させたことを示す。
【特許文献1】国際公開第01/96263号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、式(a)、(b)で得られるフルオロ化合物は、分子内にスルフィド基を有しており、このスルフィド基を除いた化合物を入手するためには、さらなる反応工程が必要である。
また、式(c)の反応では、原料が、2個のイオウ原子を含むヘテロ環を備えた特殊な構造のものである。そのため、式(c)の反応における特定の原料以外には入手が困難であり、得られるフルオロ化合物の構造が限定されていた。また、式(c)の原料を合成するには、臭気の強いHS-CH2CH2-SHを使う必要があった。
本発明は、かかる従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、2つのフッ素原子が結合した炭素原子を有する様々な分子構造のフルオロ化合物を、一段階の反応によって効率的に製造し、しかも、工業化にも適した製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、モノスルフィド類をIFと反応させると、スルフィド基とスルフィド基のα位の炭素原子に結合する水素原子とを一段階の反応でフッ素原子に置換できることを見出だした。すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
【0007】
[1]下式(A)で表される化合物をIFと反応させることを特徴とする下式(B)で表されるフルオロ化合物の製造方法。
ただし、Xは、アリール基、1価ヘテロ環基、およびアルキル基から選ばれる基、または該選ばれる基中の水素原子の1個以上が置換された基を表し、Yはアリール基、1価ヘテロ環基、アルキル基、アシル基、およびアリールオキシ基から選ばれる基、または該選ばれる基中の水素原子の1個以上が置換された基、シアノ基、またはアルコキシカルボニル基を表し、Rはアリール基およびアルキル基から選ばれる基、または該選ばれる基の水素原子の1個以上が置換された基を表す。
【0008】
【化2】

【0009】
[2]Xがアリール基、および1価ヘテロ環基から選ばれる基、または該選ばれる基中の水素原子の1個以上が置換された基であり、Yがシアノ基、アルコキシカルボニル基、アシル基、ハロゲン化アルキル基、またはハロゲン化アシル基である[1]に記載のフルオロ化合物の製造方法。
[3]Rがアリール基、アルキル基、またはハロゲン化アリール基である[1]または[2]に記載の製造方法。
[4]反応温度が−50〜100℃である[1]〜[3]のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の原料化合物であるモノスルフィド類は製造が容易である。また、スルフィド基に結合する基の構造に殆ど制限がない。そのため、様々な分子構造を有するフルオロ化合物を容易に得ることができる。
また、フッ素化剤であるIFは爆発性等の取り扱い上の問題がなく、かつ価格も安価である。そのため、本発明の製造方法は工業化に適している。
また、本発明の製造方法は、1つの炭素原子に対して、一段階で2つのフッ素原子を導入することが可能である。したがって、本発明によれば、2つのフッ素原子が結合した炭素原子を有するフルオロ化合物を、効率的に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本明細書においては、式(A)で表される化合物を「化合物(A)」のようにも記す。他の式で表される化合物についても同様に記す。
本発明の製造方法は、下記に示すように、化合物(A)をIFと反応させることにより、化合物(B)を製造する方法である。
【0012】
【化3】

【0013】
ただし、Xは、アリール基、1価ヘテロ環基、およびアルキル基から選ばれる基、または該選ばれる基中の水素原子の1個以上が置換された基を表し、Yはアリール基、1価ヘテロ環基、アルキル基、アシル基、およびアリールオキシ基から選ばれる基、または該選ばれる基中の水素原子の1個以上が置換された基、シアノ基、またはアルコキシカルボニル基を表し、Rはアリール基およびアルキル基から選ばれる基、または該選ばれる基の水素原子の1個以上が置換された基を表す。
【0014】
[化合物(A)]
化合物(A)は、スルフィド基のα位の炭素原子に、水素原子が1つ結合し、かつ、XおよびYで表される2つの置換基が結合した化合物である。
化合物(A)におけるXは、アリール基、1価ヘテロ環基、およびアルキル基から選ばれる基、または該選ばれる基中の水素原子の1個以上が置換された基である。
【0015】
Xを構成するアリール基としては、フェニル基、ナフチル基等が挙げられる。
Xを構成する1価ヘテロ環基としては、チエニル基、フラニル基が挙げられる。
Xを構成するアルキル基としては、直鎖構造、分岐構造、環構造、または、部分的に分岐構造を有する基および/または部分的に環構造を有する基であってもよい。アルキル基は、炭素数1〜10のアルキル基が好ましく、炭素数1〜6のアルキル基が特に好ましい。アルキル基の具体例としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基等が挙げられる。
【0016】
また、Xは、上記の基の基中の水素原子の1個以上が置換された基であってもよい。
該基中の水素原子と置換する置換基としては、IFを用いたフッ素化反応において不活性な基から選択されることが好ましい。フッ素化反応において不活性な基としては、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基等が挙げられる。ハロゲン原子としては、塩素原子、フッ素原子、または臭素原子が好ましい。
【0017】
Xを構成する置換アリール基(アリール基中の水素原子の1個以上が置換された基)としては、ハロゲン化アリール基が好ましく、クロロフェニル基、ブロモフェニル基、2,3−ジフルオロフェニル基が挙げられる。
Xを構成する置換1価ヘテロ環基(1価ヘテロ環基中の水素原子の1個以上が置換された基)としては、5−メチル−2−チエニル基、4−メチル−2−チエニル基等が挙げられる。
Xを構成する置換アルキル基(アルキル基中の水素原子の1個以上が置換された基)としては、フッ素原子に置換されたアルキル基が好ましく、フッ素原子を1個以上有するフルオロアルキル基がより好ましく、トリフルオロメチル基が特に好ましい。
【0018】
化合物(A)におけるYはアリール基、1価ヘテロ環基、アルキル基、アシル基、およびアリールオキシ基から選ばれる基、または該選ばれる基中の水素原子の1個以上が置換された基、シアノ基、またはアルコキシカルボニル基である。
【0019】
Yを構成するアリール基、1価ヘテロ環基、およびアルキル基は、何れもXとして選択できるこれらの基と同じものから選択できる。また、これらの基の基中の水素原子の1個以上が置換された置換アリール基、置換1価ヘテロ環基、および置換アルキル基も、Xとして選択できるものと同じである。
Yとして選択できるこれらの基の中で、好ましい基もXにおける好ましい基と同じである。
【0020】
Yを構成するアシル基としては、アルカノイル基またはベンゾイル基が好ましい。アルカノイル基としては、炭素数が1〜10の基が好ましく、炭素数1〜6の基が特に好ましい。アルカノイル基の具体例としては、アセチル基、プロピオニル基、n−ブチリル基等の基が挙げられる。
Yを構成するアリールオキシ基としては、フェノキシ基、ナフトキシ基等が挙げられる。
【0021】
Yを構成する置換アシル基(アシル基中の水素原子の1個以上が置換された基)としては、クロロアセチル基、ブロモアセチル基、トリフルオロアセチル基等が挙げられる。
Yを構成する置換アリールオキシ基(アリールオキシ基の水素原子の1個以上が置換された基)としては、4−ニトロフェノキシ基、4−シアノフェノキシ基、4−ブロモフェノキシ基、4−クロロフェノキシ基、4−フルオロフェノキシ基、4−メチルフェノキシ基、4−tert−ブチルフェノキシ基等が挙げられる。
【0022】
Yを構成するアルコキシカルボニル基としては、アルキル基部分の炭素数が1〜9である基が好ましく、炭素数1〜5である基が好ましい。アルキル基部分の構造は直鎖構造であっても分岐構造であってもよい。アルコキシカルボニル基の例としては、メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、n−プロポキシカルボニル基、i−プロポキシカルボニル基、n−ブトキシカルボニル基等が挙げられる。
【0023】
本発明の製造方法では、化合物(A)中のXおよびYは、その構造が保持されたまま、化合物(B)中のXおよびYとなる。したがって、化合物(A)中のXおよびYは、目的とする化合物(B)のXおよびYを選択すればよい。
ただし、フッ素化反応の反応性の観点からは、Xとしては電子吸引性を持たない、または電子吸引性が弱い基を採用し、Yとして電子吸引性の基を選択することが好ましい。
その理由は、本発明の製造方法における反応メカニズムに基づき以下のように考えられる。
【0024】
まず、本発明の製造方法における反応は、以下のようなメカニズムで進行すると考えられる。なお、以下の説明は、Xがフェニル基、Yがエトキシカルボニル基である場合を例に挙げて行う。
まず、下式に示すように、IFは、平衡反応により、IFとFとを生成させる。
【0025】
【化4】

【0026】
下式(I)に示すように、Xがフェニル基、Yがエトキシカルボニル基である化合物(A)は、イオウ原子に非共有電子対を有している。反応は、この非共有電子対をイオウ原子とIFとが共有することにより開始する。
次に、下式(II)に示すように、IFから生成したFは、ベンジル位の炭素原子に結合した水素原子を引きぬき、下式(III)に示す安定なカチオンを生成させると共に、このカチオンに再びFが反応し、まずフッ素原子1個がベンジル位の炭素原子に結合する。
次いで、下式(IV)に示すように、イオウ原子の非共有電子対をイオウ原子とIFとが共有する。最後に、下式(V)に示すようにFが反応してIFおよびRS−Fが脱離することにより、目的とするジフルオロ体(VI)が生成すると考えられる。
【0027】
【化5】

【0028】
上記メカニズムにおける反応の開始には、化合物(A)のイオウ原子に非共有電子対が存在することが必要とされる。もし、XおよびYの双方が電子吸引性の基である場合には、イオウ原子の非共有電子対の電子密度が低くなり、反応が開始しづらくなる。そのため、Xとしては電子吸引性を持たない、または電子吸引性が弱い基を採用することが好ましいと考えられる。
一方、Yとして電子吸引性の基を選択することが好ましい。Yが電子供与性の基R’である場合には、下式(VII)に示すように、イオウ原子の非共有電子対をIFと共有することはできる。しかし、その後、式(VIII)に示すカチオンの安定性が高くなり、該カチオンがFと反応して式(IX)に示すモノフルオロ体を生成するする副反応が同時に進行してしまう。そのため、目的とするジフルオロ体(VI)の収率が低くなると考えられる。
Yが「電子吸引性の基」であれば、反応の中間物質である式(III)に示すカチオンが、式(VIII)に示すカチオンと同様のカチオンよりも安定性が高くなることから、(II)→(III)→(VI)の反応が優先的に起こり、上記副反応が抑えられると考えられる。
【0029】
【化6】

【0030】
以上のことから、Xとして「電子吸引性を持たない、または電子吸引性が弱い基」、Yとして「電子吸引性の基」を選択した場合には、反応の開始がしやすく、かつ副反応の進行を抑えられるので、より収率良く目的とするジフルオロ体(VI)が生成するものと考えられる。
【0031】
したがって、反応性の観点から好ましいXとしては、アリール基、および1価ヘテロ環基から選ばれる基、または該選ばれる基中の水素原子の1個以上が置換された基が挙げられる。ここで「水素原子の1個以上が置換された基」における水素原子と置換する置換基は、炭素数1〜6個のアルキル基、炭素数1〜6個のアルコキシ基、ハロゲン原子、シアノ基、ニトロ基から選択される1以上であることが好ましい。
反応性の観点からより好ましいXは、アリール基、またはハロゲン化アリール基であり、アルキル置換されたアリール基またはアルコキシ置換されたアリール基であることが特に好ましい。
また、反応性の観点から好ましいYとしては、シアノ基、アルコキシカルボニル基、アシル基、ハロゲン化アルキル基、及びハロゲン化アシル基が挙げられる。反応性の観点からより好ましいYは、アルコキシカルボニル基、またはアシル基であり、シアノ基、またはハロゲン化アルキル基であることが特に好ましい。
【0032】
化合物(A)中のRはアリール基およびアルキル基から選ばれる基、または該選ばれる基の水素原子の1個以上が置換された基である。
Rを構成するアリール基およびアルキル基は、何れもXとして選択できるこれらの基と同じものから選択できる。また、これらの基の基中の水素原子の1個以上が置換された置換アリール基および置換アルキル基も、Xとして選択できるものと同じである。
本発明の製造方法では、化合物(A)中のRは化合物(B)中に残らない。そのため、Rは、化合物(A)の入手の容易性及びIFとの反応性の観点から選択することができる。
IFとの反応性の観点から好ましいRとしては、アリール基、アルキル基またはハロゲン化アリール基、ハロゲン化アルキル基が挙げられる。反応性の観点からより好ましいRは、アリール基、アルキル基、またはハロゲン化アリール基であり、アルキル基またはハロゲン化アリール基であることが特に好ましい。ハロゲン化アリール基におけるハロゲン原子としては、フッ素原子、または塩素原子が好ましい。
Rがアルキル基、またはハロゲン化アリール基であれば硫黄原子上の電子密度を極度に低下させることが無いので、フッ素化反応の進行に好ましいと考えられる。
また、化合物(A)の入手の容易性の観点から好ましいRとしては、アリール基、アルキル基またはハロゲン化アリール基が挙げられる。化合物(A)の入手の容易性の観点からより好ましいRは、アリール基またはアルキル基であり、アルキル基であることが特に好ましい。
特に好ましいRはメチル基である。Rがメチル基である化合物(A)は、入手や合成が容易である。また、Rがメチル基である化合物(A)は、IFとの反応性も良好である。
なお、化合物(A)の製造方法については後述するが、市販品として入手することもできる。
【0033】
[フッ素化反応]
本発明の反応は、化合物(A)とIFとを反応させて、スルフィド基とスルフィド基のα位の炭素原子に結合する水素原子を一段の反応でフッ素化して、2つのフッ素原子が結合した炭素原子を有するフルオロ化合物を得る反応である。
【0034】
IFの量は、化合物(A)に対して1〜10倍モル量が好ましく、1.5〜2.0倍モル量が特に好ましい。
IFはあらかじめ溶媒に溶解させておいたものを反応系中に添加するのが取り扱いの容易さの観点から好ましい。該溶媒は、後述のフッ素化反応に用い得る溶媒と同一であっても異なっていてもよい。
IFの溶解に使用する溶媒は、後述のフッ素化反応に用い得る溶媒と同一のものから選択できる。中でも、溶解性の観点から塩化メチレン(CHCl)が特に好ましい。該溶媒の量は、IFに対して1〜10倍モル量が好ましく、3〜5倍モル量がより好ましい。
【0035】
フッ素化反応の反応温度は−50〜100℃が好ましく、−20〜30℃が特に好ましい。反応温度が100℃以下であれば、IFの沸点(100.5℃)以下となることによりIFの損失を防ぐことができ好ましい。また、30℃以下であれば、目的外の反応(たとえば、他のフッ素化反応等の副反応)が抑制されるので好ましい。一方、反応温度が−50℃以上であれば、液相で反応を実施できるため好ましい。また、−20℃以上であれば大部分の原料の析出を防ぐことができるのでより好ましい。
反応時間は特に限定されず、原料が消失するまで、または、反応が進行しなくなるまでの時間であることが好ましい。
【0036】
フッ素化反応は無溶媒で行っても溶媒の存在下に行ってもよく、溶媒の存在下で行うのが好ましい。化合物(A)が液状である場合には、化合物(A)が溶媒としての役目を果たすため、溶媒を用いずとも反応を実施できる。
溶媒の存在下で反応させる場合、溶媒としては、塩化メチレン、クロロホルムなどの塩素系溶媒、トルエン、ヘキサン、ペンタンなどの炭化水素系溶媒、テトラヒドロフランなどのフッ素系溶剤、ジエチルエーテル、t−ブチルエチルエーテルなどのエーテル系溶剤、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル等が挙げられる。中でもヘキサン、塩化メチレンが好ましい。
【0037】
フッ素化反応で得た化合物(B)を含む反応粗生成物は、通常の後処理として、水を加え希釈し、その後、中和操作、抽出、乾燥等を行う。中和操作に用いる中和剤としては、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、水酸化ナトリウムなどの水溶液などが挙げられ、取り扱いの点から炭酸水素ナトリウムを用いることが好ましい。抽出する為の溶媒は、反応に用いるものと同じ溶媒を使用できるが、ジエチルエーテル、塩化メチレンが好ましい。乾燥に用いる乾燥剤としては、無水硫酸マグネシウム、無水硫酸ナトリウムなどが挙げられる。
また、中和操作、抽出、乾燥等の後に、目的に応じた純度にするための精製処理を行ってもよい。精製処理としては、カラムクロマトグラフィー、蒸留、再結晶等の方法が挙げられる。
【0038】
[化合物(A)の製造方法]
本発明の反応の出発物質である化合物(A)は、公知の化合物にY. Tamura et al. Tetrahedron Lett., 1980, 21, 2547-2548.等に記載される方法を適用することにより製造できる。
化合物(A)の製造方法としては、つぎの方法1〜3の何れかによるのが好ましい。
【0039】
[方法1]
下式(1)で表される化合物を塩素化剤と反応させて下式(2)で表される化合物とし、該式(2)で表される化合物を式(3)で表される化合物と反応させて化合物(A)を得る方法。ただし、式中のR、Y、およびXは前記と同じ意味を表す。
R−S−CH−Y (1)
R−S−CHCl−Y (2)
H−X (3)
【0040】
塩素化剤としては、N−クロロスクシンイミド、塩化スルフリル等が挙げられ、化合物(1)に対して1〜1.5倍モル量を用いるのが好ましい。
塩素化剤との反応は四塩化炭素、クロロホルム、塩化メチレンなどの溶媒存在下に行うのが好ましい。化合物(1)と塩素化剤との反応温度は0〜100℃で行うのが好ましく、10〜30℃で行うのがより好ましい。
化合物(2)と化合物(3)の反応は、塩化メチレンなどの溶媒の存在下に行うのが好ましい。なお、化合物(3)が液状の場合は、無溶媒で行うこともできる。化合物(2)と化合物(3)の反応温度は0〜100℃で行うのが好ましく、0〜20℃で行うのがより好ましい。
【0041】
[方法2]
下式(4)で表される化合物を式(5)で表される化合物と反応させて化合物(A)を得る方法。ただし、式中のR、Y、およびXは前記と同じ意味を表す。
X−CHCl−Y (4)
RSNa (5)
反応は化合物(5)の水溶液と化合物(4)を反応させることが好ましく、反応温度は0〜100℃で行うのが好ましく、0〜20℃で行うのがより好ましい。
【0042】
[方法3]
下式(6)で表される化合物と下式(7)で表される化合物と下式(8)で表される化合物をルイス酸存在下に反応させて化合物(A)を得る方法。ただし、式中のR、Y、およびXは前記と同じ意味を表す。
H−X (6)
R−S−H (7)
Y-CH(OH)2 (8)
反応は塩化メチレンなどの溶媒存在下で行うのが好ましく、反応温度は、反応温度は0〜100℃で行うのが好ましく、0〜20℃で行うのがより好ましい。用いるルイス酸としては、三ふっ化ほう素―ジエチルエーテルなどが挙げられる。
【実施例】
【0043】
以下本発明の実施例を説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されない。なお、製造した化合物の構造は公知のNMRのデータと比較することにより決定した。化合物の収率は用いた原料と生成物の質量を定量することにより求めた。
実施例中で使用した記号の意味は、Phはフェニル基を示し、Etはエチル基を示し、Buはブチル基を示し、t-Buはターシャリーブチル基を示し、r.t.は室温(23℃)で反応させたことを示す。
【0044】
[例1]化合物(A)の調製例
[例1−1]化合物(A−1)の合成例
メチルチオ酢酸エチルの3.9g(29mmol)を四塩化炭素(100ml)に溶解した溶液に、0℃で、N−クロロスクシンイミドの4.0g(30mmol)を少しずつ加えた。加え終わった後、室温(23℃)で6時間攪拌し。固体を濾別したのち、濾液を10mmHgの減圧下で、91℃にて蒸留し、メチルチオクロル酢酸エチルの4.3g(25.6 mmol)を得た。
得られたメチルチオクロル酢酸エチルの内、1.68g(10mmol)をベンゼンに溶解してベンゼン溶液の5mlとし、この溶液に、0℃でSnClの2.6g(10mmol)をゆっくり滴下した。30分攪拌後、水を加えてジエチルエーテル抽出した後、無水硫酸マグネシウムで乾燥し、ロータリーエバポレーターで濃縮後シリカゲルカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、ヘキサン−ジエチルエーテル)により精製して、メチルチオフェニル酢酸エチル(A−1)の1.89g(9mmol)を得た。収率は80%であった。
【0045】
[例1−2〜例1−7]
出発物質を変更する以外は例1−1の方法と同じ方法を用いて、下記化合物(A−2)、(A−3)、(A−5)〜(A−7)を合成した。出発物質、生成した化合物(A)の関係を表1に示す。また、出発物質を変更する以外は例1−1の方法と同じ方法を用いて、下記化合物(A−4)を合成する。出発物質、生成する化合物(A)の関係を表1に示す。
【0046】
[例1−8]
2−クロロ−1,2−ジフェニルエタノンの5g(22mmol)をシクロヘキサン(40ml)に溶解した溶液に、メチルチオナトリウム15%水溶液の20mlを加え、室温(23℃)で14時間攪拌した。ジエチルエーテル抽出した後、無水硫酸マグネシウムで乾燥し、ロータリーエバポレーターで濃縮後シリカゲルカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、ヘキサン−ジエチルエーテル)により精製して、1,2−ジフェニル−2−メチルチオエタノン(A−8)の4.8g(20mmol)を得た。収率は91%であった。
【0047】
[例1−9]
出発物質を変更する以外は例1−8の方法と同じ方法を用いて、下記化合物(A−9)を合成した。出発物質、生成した化合物(A)の関係を表1に示す。
【0048】
[例1−10]
トリフルオロアセトアルデヒド水和物の1.5g(8.1mmol)、ブタンチオールの0.74g(8.2mmol)およびtert−ブチルベンゼンの2.25g(16.8mmol)を塩化メチレンの25mlに溶解した。この塩化メチレン溶液にBF−HO(BFとHOとの1:1(モル比)の混合物。1.5ml)を室温(23℃)で加え、同温度で2時間攪拌した。水を加えて塩化メチレンで抽出し、有機層を水、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、飽和食塩水で洗浄した。無水硫酸マグネシウムで乾燥し、ロータリーエバポレーターで濃縮後シリカゲルカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、ヘキサン−ジエチルエーテル)により精製して、ブチル−2,2,2−トリフルオロ―1−(tert−ブチルフェニル)エチルスルフィド(A−10)の0.76g(2.5mmol)を得た。収率は31%であった。
【0049】
【表1】

【0050】
[例2]
IFと、IFの5倍モル量の塩化メチレンを混合してIFのCHCl溶液(以下「IF/5CHCl」と記載する。)とした。
テトラフルオロエチレン製の容器にIF/5CHClの1g、IFとして1.5mmol)、ヘキサンの2mlを入れ、これに0℃でメチルチオフェニル酢酸エチル(A−1)の210mg(1mmol)を加え、室温で2時間攪拌した。得られた混合物をテトラフルオロエチレン製のビーカーに入れた水20mlに投入し、炭酸水素ナトリウム水溶液で中和し、ジエチルエーテルで抽出した後、有機層をチオ硫酸ナトリウム水で洗浄した。無水硫酸マグネシウムで乾燥し、ロータリーエバポレーターで濃縮後シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製して、2,2−ジフルオロフェニル酢酸エチル(B−1)の146mg(0.73mmol)を得た。収率は73%であった。
【0051】
[例3〜11]
原料として表2に記載した化合物(A)を用い。反応条件を表2に記載したものに変更すること以外は、例2の方法と同じ方法で反応を実施した。得られた化合物(B)と収率を表2に示す。
【0052】
【表2】

【0053】
実施例で製造した化合物の同定資料を以下に示す。
化合物(B−1):H−NMR(400MHz、溶媒:CDCl、基準:TMS)δ(ppm):1.31(t、3H、7.2Hz)、4.3(q、2H、7.2Hz)、7.44〜7.52(m、3H)、7.60〜7.62(m、2H)。19F−NMR(376MHz、溶媒CDCl、基準:CFCl)δ(ppm):−104.5(s、2F).
【0054】
化合物(B−2):H−NMR(400MHz、溶媒:CDCl、基準:TMS)δ(ppm):2.3(t、3H、1.5Hz)、7.45〜7.56(m、5H)。19F−NMR(376MHz、溶媒CDCl、基準:CFCl)δ(ppm):−107.4(s、2F)。
【0055】
化合物(B−3):H−NMR(400MHz、溶媒:CDCl、基準:TMS)δ(ppm):7.53〜7.69(m、5H)。19F−NMR(376MHz、溶媒CDCl、基準:CFCl)δ(ppm):−83.8(s、2F)。
【0056】
化合物(B−4):H−NMR(400MHz、溶媒:CDCl、基準:TMS)δ(ppm):1.23(t、3H、7.3Hz)、4.3(q、2H、7.3Hz)、7.5〜7.6(m、3H)、7.85〜7.98(m、3H)、8.2(d、1H、8.4Hz)。19F−NMR(376MHz、溶媒CDCl、基準:CFCl)δ(ppm):−100.7(s、2F)。
【0057】
化合物(B−5):H−NMR(400MHz、溶媒:CDCl、基準:TMS)δ(ppm):6.8〜7.0(m、2H)、7.46―7.61(m、5H)、7.79―7.85(m、1H)。19F−NMR(376MHz、溶媒CDCl、基準:CFCl)δ(ppm):−102.7〜−102.6(m、1F)、−100.6(s、1F)、−100.6(s、1F)、−100.1〜−100.2(m、1F)。
【0058】
化合物(B−6):H−NMR(オルト体)(400MHz、溶媒:CDCl、基準:TMS)δ(ppm):1.33(t、3H、7.4Hz)、4.36(q、2H、7.2Hz)、7.34―7.65(m、3H)、7.74(d、1H、7.8Hz)。19F−NMR(オルト体)(376MHz、溶媒CDCl、基準:CFCl)δ(ppm):−102.51(s、2F)。H−NMR(パラ体)(400MHz、溶媒:CDCl、基準:TMS)δ(ppm):1.31(t、3H、7.3Hz)、4.36(q、2H、7.2Hz)、7.48(d、2H、8.4Hz)、7.60(d、2H、8.5Hz)。19F−NMR(パラ体)(376MHz、溶媒CDCl、基準:CFCl)δ(ppm):−104.73(s、2F)
【0059】
化合物(B−7):H−NMR(400MHz、溶媒:CDCl、基準:TMS)δ(ppm):1.36(t、3H、7.3Hz)、4.37(q、2H、7.1Hz)、7.07(t、1H、4.3Hz)、7.40(s、1H)、7.49(d、1H、5.0Hz)。19F−NMR(376MHz、溶媒CDCl、基準:CFCl)δ(ppm):−93.45(s、2F)。
【0060】
化合物(B−8):H−NMR(400MHz、溶媒:CDCl、基準:TMS)δ(ppm):7.42〜7.48(m、5H)、7.57〜7.63(m、3H)、8.03(d、2H、8.0Hz)。19F−NMR(376MHz、溶媒CDCl、基準:CFCl)δ(ppm):−98.2(s、2F)。
【0061】
化合物(B−9):H−NMR(オルト体)(400MHz、溶媒:CDCl、基準:TMS)δ(ppm):1.35(s、9H、)、7.40―7.60(m、4H)。19F−NMR(オルト体)(376MHz、溶媒CDCl、基準:CFCl)δ(ppm):−85.41(t、3F、2.2Hz)、−115.29(q、2F、2.1Hz)。H−NMR(パラ体)(400MHz、溶媒:CDCl、基準:TMS)δ(ppm):1.35(s、9H、)、7.52(s、4H)。19F−NMR(パラ体)(376MHz、溶媒CDCl、基準:CFCl)δ(ppm):−85.43(t、3F、2.1Hz)、−115.18(t、2F、1.8Hz)。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の製造方法によって得られる2つのフッ素原子が結合した炭素原子を有するフルオロ化合物は、例えば医薬や農薬などの合成中間体として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下式(A)で表される化合物をIFと反応させることを特徴とする下式(B)で表されるフルオロ化合物の製造方法
ただし、Xは、アリール基、1価ヘテロ環基、およびアルキル基から選ばれる基、または該選ばれる基中の水素原子の1個以上が置換された基を表し、Yはアリール基、1価ヘテロ環基、アルキル基、アシル基、およびアリールオキシ基から選ばれる基、または該選ばれる基中の水素原子の1個以上が置換された基、シアノ基、またはアルコキシカルボニル基を表し、Rはアリール基およびアルキル基から選ばれる基、または該選ばれる基の水素原子の1個以上が置換された基を表す。
【化1】

【請求項2】
Xがアリール基、および1価ヘテロ環基から選ばれる基、または該選ばれる基中の水素原子の1個以上が置換された基であり、Yがシアノ基、アルコキシカルボニル基、アシル基、ハロゲン化アルキル基、またはハロゲン化アシル基である請求項1に記載のフルオロ化合物の製造方法。
【請求項3】
Rがアリール基、アルキル基、またはハロゲン化アリール基である請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
反応温度が−50〜100℃である請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。

【公開番号】特開2009−191031(P2009−191031A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−34626(P2008−34626)
【出願日】平成20年2月15日(2008.2.15)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】