説明

フーリエ変換赤外分光光度計

【課題】試料からの透過光又は反射光をアナログ信号として検出し、この検出信号をA/D変換器でデジタル信号に変換した後、該デジタル信号をフーリエ変換してスペクトルを得るものにおいて、A/D変換器の入力レンジを有効に活用でき、且つA/D変換器の入力レンジを超過するオーバーフローを防止することができるフーリエ変換赤外分光光度計を提供する。
【解決手段】本発明は、今回の測定時におけるA/D変換器28の出力信号の最大値と、前回の測定時におけるA/D変換器28の出力信号の最大値の差分値から、次回の測定時におけるA/D変換器28の出力信号の最大値を予測し、この予測値に基づき、次回の測定時におけるアンプ26の増幅率を決定する制御/処理部30を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フーリエ変換赤外分光光度計に関する。
【背景技術】
【0002】
フーリエ変換赤外分光光度計(以下「FTIR」と略す)では、固定鏡及び移動鏡を含むマイケルソン型干渉計により時間的に振幅が変動する干渉波を生成し、これを試料に照射してその透過光又は反射光をインターフェログラムとして検出する。そして、この検出信号をフーリエ変換することにより、横軸に波数、縦軸に強度(吸光度又は透過率など)をとった吸収スペクトルを得る。このとき、1回の移動鏡の走査によって1本のインターフェログラムが発生し、該インターフェログラムから所定の波長範囲全てに亘る吸収スペクトルを取得することができる。
【0003】
このようなFTIRでは、試料からの透過光又は反射光としてのインターフェログラムはアナログ信号として検出される。そして、検出されたアナログ信号を増幅器を介してゲイン調整した後にA/D変換器に入力してデジタルデータに変換し、このデジタルデータに対してフーリエ変換を実行することで吸収スペクトルを得ている(特許文献1、2参照)。
【0004】
FTIRでは、試料からの透過光又は反射光の検出精度を高めてノイズの少ないスペクトルを得るため、増幅器からの入力信号がA/D変換器の入力レンジに収まる最大値となるように増幅器の増幅率が決定される。そのため、従来のFTIRでは、測定開始後、最初に得られたIFGの最大値に基づき増幅率を設定し、測定停止命令を受けるまで同一の増幅率で測定が行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002-22536号公報
【特許文献2】特開2003-14543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、時間の経過と共に吸光度が変化するような試料の吸収スペクトルを連続的に測定するような場合に、最初に設定した増幅率で測定を続けた場合には、必ずしも適切な増幅率で測定していることにはならない場合がある。特に、試料からの透過光又は反射光の光量が増加するような場合は、A/D変換器の入力レンジを超えるオーバーフローが起きて飽和してしまうため、正確な測定ができない。これを防ぐため、A/D変換器が飽和するとエラーを報知するようにしており、この結果、測定が中断される可能性がある。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、試料からの透過光又は反射光をアナログ信号として検出し、この検出信号をA/D変換器でデジタル信号に変換した後、該デジタル信号をフーリエ変換してスペクトルを得るものにおいて、A/D変換器の入力レンジを有効に活用でき、且つA/D変換器の入力レンジを超過するオーバーフローを防止することができるフーリエ変換赤外分光光度計を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本願の第1発明は、赤外光を発生する光源と、固定鏡及び移動鏡を含み、前記赤外光より干渉光を生成する干渉計と、該干渉光をアナログ信号として検出する検出器と、該検出器の検出したアナログ信号を増幅する増幅回路と、増幅されたアナログ信号をデジタル信号に変換するA/D変換器と、前記デジタル信号をフーリエ変換してスペクトルを得る処理部とを具備するフーリエ変換赤外分光光度計において、
今回の測定時における前記A/D変換器の出力信号の最大値と、前回の測定時における前記A/D変換器の出力信号の最大値から、次回の測定時における前記A/D変換器の出力信号の最大値を予測し、この予測値に対応する前記A/D変換器の入力信号が該A/D変換器の入力レンジに含まれるように、次回の測定時における前記増幅回路の増幅率を決定する制御部を備えることを特徴とする。
ここで、「前回の測定」、「今回の測定」、「次回の測定」とは、測定開始命令を受けてから測定停止命令を受けるまでの間に行われる複数回の測定動作のうちの3回分の測定動作をいい、例えば時間の経過と共に光量が変化する一つの試料の吸収スペクトルを連続的に複数回測定するような場合における3回分の測定動作をいう。1回分の測定動作とは例えば移動鏡の一往復動に対応して行われる一連の測定動作に相当する。また、「前回の測定」及び「次回の測定」は、「今回」よりも以前に行われた測定、及び、今後行われる測定であれば良く、必ずしも、今回の測定の直前に行われた測定、及び、直後に行われる測定に限らない。
【0009】
第2発明は、前記第1発明において、前記制御部が、今回の測定時における前記A/D変換器の出力信号の最大値と、前回の測定時における前記A/D変換器の出力信号の最大値の変化量に基づき、次回の測定時における前記A/D変換器の出力信号の最大値を予測するようにしたことを特徴とする。
【0010】
第3発明は、前記第1発明又は第2発明において、
前記処理部が、前記移動鏡の一往復動に対応する前記A/D変換器の出力信号からインターフェログラムスペクトルを作成するように構成され、
前記制御部が、前記インターフェログラムスペクトルから前記A/D変換器の出力信号の最大値を求めることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、測定開始命令を受けてから測定停止命令を受けるまでの間の各測定動作によって得られたA/D変換器の出力信号の最大値に基づき次回の測定時におけるA/D変換器の出力信号の最大値を予測し、予測した出力信号の最大値がA/D変換器の入力レンジに収まるように増幅回路の増幅率を決定するので、A/D変換器の入力レンジを有効に活用でき、しかも、A/D変換器の入力レンジを超過するオーバーフローを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施例に係るFTIRの概略構成図。
【図2】制御/処理部による増幅率の設定処理の手順を示すフローチャート。
【図3】FTIRの動作を説明するための波形図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施例に係るFTIRについて図面を参照して説明する。
【0014】
図1は、本実施例に係るFTIRの概略構成図である。本実施例に係るFTIRには、インターフェログラムを得るための主干渉計、及び移動鏡の摺動速度を制御したり主干渉計の光検出器で得られる信号をサンプリングするタイミング信号を生成したりするためのコントロール干渉計が設けられている。主干渉計は、赤外光源11、集光鏡12、コリメータ鏡13、ビームスプリッタ14、固定鏡15、移動鏡16等から構成され、スペクトル測定を行うための干渉赤外光を発生させる。すなわち、赤外光源11から出射された赤外光は、集光鏡12、コリメータ鏡13を介してビームスプリッタ14に照射され、ここで固定鏡15及び移動鏡16の二方向に分割される。固定鏡15及び移動鏡16にてそれぞれ反射した光はビームスプリッタ14によって再び合一され、放物面鏡21へ向かう光路に送られる。このとき、移動鏡16は移動鏡駆動部16aにより前後(図1中の矢印Mの方向)に往復駆動されているため、合一された光は時間的に振幅が変動する干渉光(インターフェログラム)となる。放物面鏡21にて集光された光は試料室22内に照射され、試料室22に配置された試料23を通過した光は楕円面鏡24により光検出器25へ集光される。
【0015】
一方、コントロール干渉計は、レーザ光源17、ミラー18、ビームスプリッタ14、固定鏡15、移動鏡16等から構成され、干渉縞信号を得るためのレーザ干渉光を発生させる。すなわち、レーザ光源17から出射された光はミラー18を介してビームスプリッタ14に照射され、上記赤外光と同様に干渉光となって放物面鏡21の方向へ送られる。このレーザ干渉光は非常に小さな径の光束となって進行するため、光路中に挿入されたミラー19により反射されて光検出器20に導入される。
【0016】
上記主干渉計を中心とする光学部品は気密室10内に配置されており、気密室10内は湿度がコントロールされている。これは、主として、潮解性を有するKBrを基板とするビームスプリッタ14を保護するためである。
【0017】
光検出器20の受光信号、つまりレーザ光干渉縞信号(通常「フリンジ信号」と呼ばれる)は信号生成部29に入力され、ここで赤外干渉光に対する受光信号をサンプリングするためのパルス信号が生成される。また、このレーザ光干渉縞信号は安定した移動鏡16の摺動制御を行うためにも利用される。なお、上記レーザ光源17としては、一般にHe−Neレーザが使用され、信号生成部29にて上記レーザ光干渉縞信号と同じ周波数を有するパルス信号が生成される。
【0018】
試料室22に配置された試料23を通過した干渉光はアナログ信号として光検出器25で受信される。光検出器25で得られた受光信号はアンプ26で増幅され、サンプルホールド回路(S/H)27にて上記パルス信号によるタイミングでサンプリングされた後にA/D変換器(A/D)28によりデジタルデータに変換される。該デジタルデータは制御/処理部30に送られ、所定のデータ処理を実行した後にフーリエ変換演算を行って吸収スペクトルを作成する。
【0019】
制御/処理部30は、専用の制御/処理装置とすることもできるが、一般的には、その実体は専用の制御/処理ソフトウエアをインストールしたパーソナルコンピュータであって、各種の入力操作を行うためのキーボードやポインティングデバイス(マウスなど)による入力部41や測定結果等を表示するためのモニタ40が接続されている。
【0020】
ここで、制御/処理部30にあっては、光検出器25が検出するアナログ信号の変動範囲を予測し、A/D変換器28の入力信号が該A/D変換器28の入力レンジに含まれるようにアンプ26の増幅率を決定する。以下、アンプ26の増幅率を決定する手順について図2を参照しながら説明する。
制御/処理部30は、A/D変換器28から送られたデジタルデータを格納するメモリを備えており、このメモリに格納された移動鏡の一往復動に対応するデジタルデータからインターフェログラムスペクトル(以下「IFGスペクトル」という)を作成すると共に、作成されたIFGスペクトルから、IFGの信号強度の最大値M1を求めるようになっている(S1)。求めた最大値M1は制御/処理部30が備えるメモリに格納される。
【0021】
図3は、縦軸を信号強度(A/D変換値)、横軸を移動鏡の位置とする、A/D変換後のIFGスペクトルの一般的な形状を示している。図3から分かるように、通常は、移動鏡の位置が「0cm」のときに信号強度は最大値となる。従って、通常は、移動鏡の位置が「0cm」を中心として±2cm程度の縦軸値を比較することで、IFGの信号強度の最大値(縦軸最大値)を求めることができる。
【0022】
次に、制御/処理部30は、既にメモリに格納されている、以前のIFG最大値M2を読み出し、このIFG最大値M2と今回のIFG最大値M1との差分値D1(つまり、D1=M1−M2)を求める。そして、この差分値D1を今回のIFG最大値M1に加算することで、次の測定時のIFG最大値の予測値P1(つまり、P1=M1+D1)を演算する(S2)。
【0023】
続いて、求めた予測値P1に対応するA/D変換器28の入力信号が該A/D変換器28の入力レンジに含まれるか否かの判定を行う(S3)。判定は、制御/処理部30が備えるメモリに予め格納されている上限閾値及び下限閾値と予測値P1とを比較することで行う。上限閾値及び下限閾値は、A/D変換器の入力値(アナログ値)に対応する出力信号(デジタル値)から成る。具体的には、予測値P1が上限閾値以上の場合は、増幅率を1段下げ(S4)、予測値P1が下限閾値以下であるときは、増幅率を1段上げる(S6)。また、予測値P1が上限閾値と下限閾値の間のときは、増幅率を維持する(S5)。以上により、次回の測定時の増幅率が決定されると、制御/処理部30はアンプ26の増幅率を変更すると共に、今回のIFG最大値M1をM2としてメモリに格納する。
【0024】
例えば4ビットのA/D変換器28の場合はフルスケールが「1111」であるため、余裕を持って上限閾値は「1110」に設定されている。一方、下限閾値は、増幅率を1段上げた場合でも上限閾値よりも小さくなるように、例えば上限閾値の半分以下となるように設定されている。アンプ26の増幅率は、1倍、2倍、4倍、8倍・・・のように2のn乗で表される数値であり、増幅率が1段上がるということは、増幅率が2倍になることを意味する。従って、上限閾値が「1110」の場合は、その半分の「110」以下等に設定するとよい。
例として、上限閾値が「1110」、下限閾値が「110」に設定されている場合に、増幅率2倍で測定した結果、予測値P1=101である場合について説明する。この場合、予測値P1は、上限閾値以下となり、下限閾値以下となる。このため、制御/処理部30は増幅率を1段上げ、4倍に設定する。
【0025】
なお、今回が1回目のIFG取得時である場合は、以前のIFG最大値M2が記憶されていない。従って、この場合は、アンプの増幅率を最低増幅率(1倍)に設定して測定を行い、その時の信号強度の最大値から次回の測定時に増幅率を決定する。
【0026】
このような本実施例によれば、測定開始命令を受けてから測定停止命令を受けるまでの間の各測定動作によって得られたIFGスペクトルからA/D変換器28の出力信号の最大値を求め、この最大値に基づき次回の測定時におけるA/D変換器28の出力信号の最大値を予測すると共にこの予測した出力信号の最大値に対応する入力信号がA/D変換器28の入力レンジに収まるようにアンプ26の増幅率を決定するので、A/D変換器28の入力レンジを有効に活用でき、しかも、A/D変換器28の入力レンジを超過するオーバーフローを防止することができる。
【0027】
なお、アンプ26の増幅率は、IFG取得毎に更新する必要はなく、複数回IFGを取得する毎に増幅率を更新する構成でも良い。また、複数回のIFGのスペクトルを積算処理し、その積算処理後のIFGスペクトルからIFG最大値M1を求めて、次回の測定時の増幅率を決定するようにしても良い。
【符号の説明】
【0028】
10…気密室
11…赤外光源
12…集光鏡
13…コリメータ鏡
14…ビームスプリッタ
15…固定鏡
16…移動鏡
16a…移動鏡駆動部
17…レーザ光源
18…ミラー
19…ミラー
20…光検出器
21…放物面鏡
22…試料室
23…試料
24…楕円面鏡
25…光検出器
26…アンプ(増幅器)
28…A/D変換器
30…制御/処理部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外光を発生する光源と、固定鏡及び移動鏡を含み、前記赤外光より干渉光を生成する干渉計と、該干渉光をアナログ信号として検出する検出器と、該検出器の検出したアナログ信号を増幅する増幅回路と、増幅されたアナログ信号をデジタル信号に変換するA/D変換器と、前記デジタル信号をフーリエ変換してスペクトルを得る処理部とを具備するフーリエ変換赤外分光光度計において、
今回の測定時における前記A/D変換器の出力信号の最大値と、前回の測定時における前記A/D変換器の出力信号の最大値から、次回の測定時における前記A/D変換器の出力信号の最大値を予測し、この予測値に対応する前記A/D変換器の入力信号が該A/D変換器の入力レンジに収まるように、次回の測定時における前記増幅回路の増幅率を決定する制御部を備えることを特徴とするフーリエ変換赤外分光光度計。
【請求項2】
前記制御部が、今回の測定時における前記A/D変換器の出力信号の最大値と、前回の測定時における前記A/D変換器の出力信号の最大値の差分値に基づき、次回の測定時における前記A/D変換器の出力信号の最大値を予測することを特徴とする請求項1に記載のフーリエ変換赤外分光光度計。
【請求項3】
前記処理部が、前記移動鏡の一往復動に対応する前記A/D変換器の出力信号からインターフェログラムスペクトルを作成するように構成され、
前記制御部が、前記インターフェログラムスペクトルから前記A/D変換器の出力信号の最大値を求めることを特徴とする請求項1又は2に記載のフーリエ変換赤外分光光度計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−7943(P2012−7943A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−142791(P2010−142791)
【出願日】平成22年6月23日(2010.6.23)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】