説明

プラスチックレンズの製造方法

【課題】内部歪が少なく均質なプラスチックレンズの製造方法を提供すること。
【解決手段】重合反応が完結する前の反応生成物から型を取り外した後、重合を完結させて反応完結生成物を得る。この硬化工程後、40℃以下の温度(プラスチックレンズの使用温度に相当)に反応完結生成物を冷却する。ここで、硬化工程で残った重合収縮による内部歪に加えて、熱収縮による歪がレンズ内に発生する。この状態で、使用温度まで冷却した場合に発生する内部歪は全て発生している。その後、反応完結生成物を反応完結生成物のガラス転移点以上の温度で加熱し、アニールする。したがって、分子の再配列が起こって重合収縮および熱収縮による歪を解放でき、使用温度まで冷却しても内部歪の少ない均質なプラスチックレンズを得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、注型法を使用した重合反応によるプラスチックレンズの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチックレンズの製造方法には、モノマーを含む原料組成物をレンズ型に注入してレンズ型内で重合反応させ、反応生成物を得る、いわゆる注型法がある。注型法においては、レンズ型内での反応生成物の重合収縮は、反応生成物とレンズ型とが接した状態で起こる。ここで、レンズ型と原料組成物とが接する界面の状態がばらついていると、重合反応の進行にしたがって、部分的に界面での剥がれが発生する。あるいは、剥がれは発生しなくても、界面付近の重合反応の進み具合や型を取り外した後のプラスチックレンズの表面状態が不均質になる。また、レンズ型に力学的に規制された状態で重合収縮が起こるので、重合反応が進行するにつれて反応生成物に内部歪が蓄積する。
【0003】
したがって、レンズ型と接した状態で重合反応が完結したプラスチックレンズでは、表面が不均質で、内部歪が残存する。このようなプラスチックレンズでは、表面形状のばらつきや染色ムラが生じる。例えば、染色を行なう場合、染料の表面から内部への侵入量が不均一となり、染色ムラが生じる。
染色ムラを減少させる製造方法として、重合反応が完結する前の反応生成物からレンズ型を取り外したのち、その反応生成物の重合反応を完結させる方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
【特許文献1】特開平10−264181号公報(第3頁および第4頁、段落[0021]〜[0026])
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の製造方法では、レンズの厚みが厚い場合、つまり重合収縮による体積収縮量が大きくなった場合まで対応できず、プラスチックレンズに大きな内部歪が残るという課題は解決されていない。
【0006】
本発明の目的は、内部歪が少なく均質なプラスチックレンズの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のプラスチックレンズの製造方法は、注型法を使用した重合反応によるプラスチックレンズの製造方法であって、前記重合反応が完結する前にプラスチックレンズの反応生成物を型から取り外し、その後前記反応生成物を加熱して、前記重合反応を完結させた反応完結生成物を得る硬化工程と、前記反応完結生成物を40℃以下に冷却する冷却工程と、その後前記反応完結生成物のガラス転移点以上の温度で、前記反応完結生成物を熱処理するアニール工程とを含むことを特徴とする。
【0008】
この発明によれば、重合反応が完結する前の反応生成物から型を取り外すことによって、反応生成物への力学的規制および反応生成物と型との界面の影響をなくした状態にして、硬化工程で重合を完結させて反応完結生成物を得る。この状態でも、内部歪は発生している。
さらに、硬化工程後、40℃以下の温度(プラスチックレンズの使用温度に相当)に反応完結生成物を冷却する。ここで、硬化工程で残った重合収縮による内部歪に加えて、熱収縮による歪がレンズ内に発生する。この状態で、使用温度まで冷却した場合に発生する内部歪は全て発生している。その後、反応完結生成物を反応完結生成物のガラス転移点以上の温度で加熱し、アニールする。したがって、分子の再配列が起こって重合収縮および熱収縮による歪が解放され、再度使用温度まで冷却しても内部歪の少ない均質なプラスチックレンズが得られる。
【0009】
本発明では、前述の冷却温度を40℃以下としたが、20℃以上35℃以下が好ましい。40℃を超える場合は、熱収縮の歪が全て発生しきらないままでアニールするため、最終的に内部歪が残存し、20℃未満の場合は、別途冷却装置が必要となる。
また、ガラス転移点は、80℃から135℃の材料が好ましい。ガラス転移点が80℃未満のプラスチックレンズ材料においては、レンズの実使用温度との差が少ないことから、硬化後の熱収縮による内部歪の発生度合いは少ない。また、ガラス転移点が135℃を超えるプラスチックレンズ材料では、素材のガラス転移点とアニール温度が近接していることから、アニールの効果が得づらい。
【0010】
なお、本発明における重合反応の完結とは、以下のことを意味するものとする。
重合反応では、未反応モノマーが全くなくなっていることが理想である。しかしながら、分子間の立体障害等により未反応モノマーが全くなくなるまでは、反応は進行しない。未反応モノマー量は、原料組成物の種類および調合比によって様々であるが、おおむね、0.03〜2.00wt%程度である。この程度未反応モノマーが存在しても、十分な物理的化学的特性が得られれば、本発明では、この状態を重合反応が「完結」した状態と定義する。また、重合反応が完結した反応生成物を反応完結生成物と呼ぶこととする。
【0011】
本発明では、前記プラスチックレンズの最薄部が6mm以上である構成が好ましい。
この発明では、最薄部が6mm以上の厚いプラスチックレンズで、重合収縮による内部歪の解消がより効果的に行なえる。
【0012】
本発明では、前記プラスッチックレンズは、チオウレタン系樹脂をレンズ素材とする構成が好ましい。
この発明では、重合反応温度の高いチオウレタン系樹脂であるので、熱収縮による内部歪の解消がより効果的に行なえる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態を、より具体的に実施例と比較例1〜比較例3に基づいて説明する。本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
図1には、実施例に係るプラスチックレンズの製造方法のフローチャートが示されている。
【0014】
[実施例]
図1において、プラスチックレンズの製造方法は、原料調製工程(S1)、注型工程(S2)、一次硬化工程(S3)、離型工程(S4)、二次硬化工程(S5)、冷却工程(S6)、アニール工程(S7)、検査工程(S8)を含んでいる。硬化工程は、1次硬化工程(S3)から二次硬化工程(S5)までの工程である。
【0015】
(1)原料調製工程(S1)
プラスチックレンズの原料となる重合反応を起こす原料組成物は以下に示す方法で調製した。
攪拌子を備えたガラス容器に、ジクロヘキシルメタン−4,4′−ジイソシアネート43.5重量部、イソホロンジイソシアネート43.5重量部、1,2−ビス〔(2−メルカプトエチル)チオ〕−3−メルカプトプロパン63.0重量部、ジブチルチンジラウレート0.1重量部、内部剥離剤0.15重量部を混合して均一液とし、充分に脱泡して原料組成物とした。
【0016】
(2)注型工程(S2)
レンズ型を以下に示す方法で組み立てた。
外径80mmの円盤状からなる二枚のガラス型を用意した。一方のガラス型はプラスチックレンズ凸面の転写面を持ち、他方のガラス型は凹面の転写面を有している。この二枚のガラス型の転写面を対抗させて、中心間の距離を7mm、外周縁間の距離を9mmとした状態で、外周を封止用テープで巻いて保持し、レンズ型を組み立てた。
ここで、ガラス型の最も近い距離の部分、つまりプラスチックレンズの最薄部が6mm以上であれば、重合反応による体積収縮量が大きくなり、内部歪は発生しやすくなる。
このレンズ型の中に、得られた原料組成物を側面のテープから注入針によって注入し、その後、注入口を紫外線硬化型接着剤で封止した。
【0017】
(3)一次硬化工程(S3)
この工程は、重合反応が完結する前の反応生成物を形成する工程である。
原料組成物が注入されたレンズ型を、温風加熱炉に投入し、35℃から130℃まで12時間で昇温して、130℃で0.5時間保持した。その後、4時間で40℃まで放冷して反応生成物を形成した。
130℃での保持時間は、保持時間後の反応生成物中の未反応モノマー量で決めることができる。具体的には、反応生成物の未反応モノマー量が重合完結時の未反応モノマー量の2倍以上、より好ましくは、4倍以上10倍以下残存する時間で保持する。
未反応モノマー量が、2倍未満では、重合反応が完結した状態とあまり変わりがなく、二次硬化工程(S5)での効果が少なくなる。一方、10倍を超えると粘着性があり、反応生成物からガラス型の取り外しが難しくなる。また、反応生成物が柔らかいため形状が保持されず取り扱いが難しく、傷や割れが発生しやすくなる。
【0018】
(4)離型工程(S4)
この工程は、反応生成物を型から取り外す工程である。
放冷後、反応生成物から封止用テープとガラス型を取り外して、重合反応が完結する前の反応生成物を得た。
【0019】
図2には、本実施例の二次硬化工程(S5)からアニール工程(S7)までに反応生成物に加わる加熱温度の時間変化を示すグラフが示されている。温度の変化の様子を、横軸を時間(h)、縦軸を温度(℃)として示した。
【0020】
(5)二次硬化工程(S5)
この工程は、重合反応を完結させた反応完結生成物を形成する工程である。
この反応生成物を温風加熱炉に投入し、130℃まで一時間で昇温後、2時間保持して反応完結生成物を形成した。
この場合、130℃での保持温度は1時間以上であればよい。時間の上限は、作業効率等を考慮して決める。
【0021】
(6)冷却工程(S6)
この工程は、反応完結生成物を40℃以下に冷却する工程である。
二次硬化工程(S5)後、反応完結生成物を30℃まで一時間で冷却する。冷却は、自然冷却でも強制冷却でもよい。したがって、冷却時間は問わない。
冷却は、実使用温度である40℃以下になるまで冷却する。到達温度は、作業効率や装置の冷却能力によって決めることができる。
【0022】
(7)アニール工程(S7)
この工程は、反応完結生成物のガラス転移点以上の温度で、反応完結生成物を熱処理する工程である。
再度、反応完結生成物のガラス転移点である120℃以上の130℃まで一時間で昇温後、130℃で2時間保持した。
この温度は、反応完結生成物のガラス転移点温度を超えればよく、保持時間は問わない。加熱後、70℃まで一時間で冷却後、温風加熱炉から取り出し、自然冷却して最終的にプラスチックレンズを得た。
【0023】
(8)検査工程(S8)
得られたプラスチックレンズの残留した内部歪の評価と凸面表面屈折率を評価した。凸面表面屈折率は、凸面ベースカーブ(表面形状)よって決まるので、表面形状評価の目安となる。
【0024】
〔内部歪評価〕
偏光軸を直交させた2枚の偏光板の間にプラスチックレンズを置いて、透過光の濃淡で内部歪の方向、大きさを観察し、内部歪の発生率を評価した。具体的には、神港精機(株)製ポーラリメータを用いて評価した。
【0025】
〔ベースカーブ評価〕
得られたプラスチックレンズの中から無作為に30枚を抽出し、フォコビジョン(FOCOVISION)でレンズ幾何学中心の凸面表面屈折率を測定し、プラスチックレンズの凸面表面形状のばらつきを標準偏差で評価した。
良好:0.01D(ディオプトリ)以内。
やや良好:0.03D以内。
不良:0.03Dを超える。
【0026】
以下に比較例について説明する。各比較例の原料調製工程(S1)から離型工程(S4)までは、実施例と同様に行なった。各比較例は、二次硬化工程(S5)、冷却工程(S6)、アニール工程(S7)が実施例とは異なる。
【0027】
[比較例1]
図3には、比較例1の二次硬化工程(S5)で反応生成物に加わる加熱温度の時間変化を示すグラフが示されている。比較例1では、アニール工程(S7)は行わなかった。
二次硬化工程(S5)を以下のように変更した。
実施例で得られた離型工程(S4)後の反応生成物を温風加熱炉に投入し、130℃まで一時間で昇温後、3時間保持した。
冷却工程(S6)を以下のように変更した。
130℃から一時間で70℃まで冷却し、その後は室温まで自然冷却した。
【0028】
[比較例2]
図4には、比較例2の二次硬化工程(S5)で反応生成物に加わる加熱温度の時間変化を示すグラフが示されている。比較例2でも、アニール工程(S7)は行なわなかった。
二次硬化工程(S5)を以下のように変更した。
実施例で得られた離型工程(S4)後の反応生成物を温風加熱炉に投入し、130℃まで1時間で昇温後、5時間保持した。
冷却工程(6)は、比較例1と同様に行なった。
【0029】
[比較例3]
図5には、比較例3の二次硬化工程(S5)からアニール工程(S7)までに反応生成物に加わる加熱温度の時間変化を示すグラフが示されている。冷却工程(S6)とアニール工程(S7)とが実施例と異なる。
冷却工程(S6)を以下のように変更した。
二次硬化工程(S5)終了後、50℃まで1時間で冷却した。
アニール工程(S7)を以下のように変更した。
50℃から130℃まで1時間で昇温後、130℃で2時間保持した。加熱後、70℃まで一時間で冷却後、温風加熱炉から取り出し、自然冷却して最終的にプラスチックレンズを得た。
【0030】
実施例と比較例1〜比較例3の検査工程(S8)による結果を表1に示した。
【表1】

【0031】
比較例1と比較例2とから、二次硬化工程(S5)で130℃に保持する時間を長くすると、内部歪発生率は少なくなることがわかるが、表面形状のばらつきはよくならないことがわかる。
また、比較例3から二次硬化工程(S5)後に冷却工程(S6)とアニール工程(S7)を加えるとさらに内部歪残り、表面形状のばらつきは改善されている。そして、実施例のように冷却工程(S6)の冷却到達温度を30℃にすると、内部歪がなくなり表面形状ばらつきも良好になることが確認できた。
【0032】
このような本実施形態によれば、以下の効果がある。
(1)重合反応が完結する前の反応生成物から型を取り外すことによって、反応生成物への力学的規制および反応生成物と型との界面の影響をなくした状態にでき、二次硬化工程(S5)で重合を完結させて反応完結生成物を得ることができる。
【0033】
(2)二次硬化工程(S5)後、40℃以下の温度(プラスチックレンズの使用温度に相当)に反応完結生成物を冷却する。ここで、二次硬化工程(S5)で残った重合収縮による内部歪に加えて、熱収縮による歪がレンズ内に発生する。この状態で、使用温度まで冷却した場合に発生する内部歪は全て発生している。その後、反応完結生成物を反応完結生成物のガラス転移点以上の温度で加熱し、アニールする。したがって、分子の再配列が起こって重合収縮および熱収縮による歪を解放でき、使用温度まで冷却しても内部歪の少ない均質なプラスチックレンズを得ることができる。
【0034】
(3)最薄部が6mm以上の厚いプラスチックレンズで、重合収縮による内部歪の解消がより効果的にできる。
【0035】
(4)重合反応温度の高いチオウレタン系樹脂であるので、熱収縮による内部歪の解消がより効果的にできる。
【0036】
なお、本発明は前述の実施例に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
例えば、前記実施例では、封止用テープでガラス型を保持していたが、本発明ではガスケットによる保持でもよい。
【0037】
さらに、本発明を実施するための最良の構成、方法などは、以上の記載で開示されているが、本発明は、これに限定されるものではない。すなわち、本発明は、主に特定の実施例に関して特に図示され、かつ、説明されているが、本発明の技術的思想および目的の範囲から逸脱することなく、以上述べた実施例に対し、形状、材質、数量、その他の詳細な構成において、当業者が様々な変形を加えることができるものである。
したがって、上記に開示した形状、材質などを限定した記載は、本発明の理解を容易にするために例示的に記載したものであり、本発明を限定するものではないから、それらの形状、材質などの限定の一部もしくは全部の限定を外した部材の名称での記載は、本発明に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、プラスチック眼鏡レンズに利用できる他、携帯カメラ用レンズ、デジタルカメラ用レンズ、ビデオカメラ用レンズ等にも利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の実施例にかかる工程のフローチャートを示す図。
【図2】本発明の実施例にかかる加熱温度の時間変化を示すグラフ。
【図3】比較例1にかかる加熱温度の時間変化を示すグラフ。
【図4】比較例2にかかる加熱温度の時間変化を示すグラフ。
【図5】比較例3にかかる加熱温度の時間変化を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
注型法を使用した重合反応によるプラスチックレンズの製造方法であって、
前記重合反応が完結する前にプラスチックレンズの反応生成物を型から取り外し、その後前記反応生成物を加熱して、前記重合反応を完結させた反応完結生成物を得る硬化工程と、
前記反応完結生成物を40℃以下に冷却する冷却工程と、
その後前記反応完結生成物のガラス転移点以上の温度で、前記反応完結生成物を熱処理するアニール工程とを含むことを特徴とするプラスチックレンズの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のプラスチックレンズの製造方法において、
前記プラスチックレンズの最薄部が6mm以上であることを特徴とするプラスチックレンズの製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のプラスチックレンズの製造方法において、
前記プラスッチックレンズは、チオウレタン系樹脂をレンズ素材とすることを特徴とするプラスチックレンズの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−239977(P2006−239977A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−57124(P2005−57124)
【出願日】平成17年3月2日(2005.3.2)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】