説明

プリクック赤味魚肉ステーキの製造方法

【課題】 安全で低コストで素材の持ち味を活かしながら、−18℃にてほぼ1年間という長期に渡り品質の劣化を抑制して冷凍保存可能なステーキ用プリクック赤身魚肉の製造方法を提供する。
【解決手段】 ソーク液成分を赤身魚肉中心部まで浸透させ魚肉中のミオグロビンを強制的に還元型ミオグロビンに誘導した後、加熱処理して表層部タンパク質を変性固化し、酸素と非接触状態で凍結保存して魚肉中の還元型ミオグロビンの酸化抑制維持をすることによって、COガスを使用せずに、解凍開封後にあっては鮮赤色を呈示し、食味およびテクスチャーにおいては生と同様の状態を維持しつつ、その後は経時的に生の赤身魚と同様の自然な色調変化を伴うようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生の赤身魚肉にソーク液を含浸処理させた後に、調味液に浸漬し、加熱処理して表層部タンパク質を変性固化することにより、赤身魚肉の内部における経時的品質劣化の遅延抑制を図り、自然な生の赤身魚と同様の視覚的に好ましい色調の維持と風味の向上を図り、かつ超低温管理によらずに通常冷凍であっても保存性を充分に維持することのできるステーキ用赤身魚肉の製造加工方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
畜肉類はステーキ、ソテーなどの加熱調理されて食されるケースが一般的であるが、日本においては魚類は加熱調理されるほか、新鮮な魚は刺身としての生食も好まれる。魚類の中でもとりわけマグロの場合には、その食べ方には一般的には刺身としての生食がもっとも大きな比重を占めている。加熱加工される場合には、佃煮や缶詰にされて食されたり、さらにはペット用フードの原材料として加工がなされたりしている。
【0003】
赤身魚の代表的な魚であるマグロは大型回遊魚に含まれるフィッシュペプチドアミノ酸として持久力や瞬発力を高め疲労回復に有効な最近注目されるようになったアンセリンや肥満抑制効果のあるヒスチジン、および必須アミノ酸のすべての含有量が人体に必要な基準値を超えアミノ酸スコアが満点である100ポイントをマークするタンパク源としてはもとより、畜肉類の2倍〜4倍の鉄分、それも人体に吸収されやすい2価鉄であるヘム鉄の形態で含有するなど人体に有効な成分含有量が高く、味覚の面からも好まれている代表的な魚であるが、刺身などで食べる場合には鮮度が極めて重要で、そのために捕獲してから速やかに食卓に供する必要があり、その迅速性と保冷性とを確保するためには流通コスト面から最終商品価格が高くならざるを得ない。
【0004】
そこで低価格維持のため一般的にはマグロを冷凍して流通過程に載せる方策を採っているが、冷凍するとマグロの細胞中の水分が氷の結晶となり、結晶成長に伴い細胞膜組織が破壊されて品質・味の低下を招いてしまう。品質の低下を極力少なくするためには超低温冷凍(−50〜60℃)で管理しなければならず、この超低温冷凍管理はコストがかかるため通常冷凍(−18℃前後)もしくは冷蔵により流通に載せている。しかしマグロ肉などの赤身肉は通常冷凍では風味など品質の低下は避けることができず、特に肉表面・内部の経時的色調の劣化が著しく、外観的商品価値も損なわれる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
マグロ肉を冷凍にて好ましい色調を保つ従来の方法は、ハイコストであったり、COガス(一酸化炭素)を使用した安全な処理方法ではなく、または安全であっても、長期間の保存を実現することは難しかった。本発明は安全で低コストで素材の持ち味を活かしながら、−18℃にてほぼ1年間という長期に渡り冷凍保存可能なマグロ等のステーキ用赤身魚肉を提供することを目的をする。
【0006】
マグロ肉の筋繊維中には肉の色調の主要な基となる色素タンパク質のミオグロビン(myoglobin、Mb)が存在する。このミオグロビン(Mb)には、酸素型オキシミオグロビン(OMb)、還元型(RMb)およびメト型オキシミオグロビン(MMb)が存在し、それぞれの色調は、酸素型オキシミオグロビン(OMb)は鮮紅色、還元型(RMb)は暗紫赤色、メト型オキシミオグロビン(MMb)は褐色を、それぞれ肉の色調として呈することとなる。
【0007】
赤身魚肉の筋繊維は生体時には毛細血管から酸素を受け取りオキシミオグロビン(OMb)として酸素を貯蔵している。死亡により、酸素供給が絶たれると結合していた酸素を放ちオキシミオグロビン(OMb)は還元型RMbへと変化する。ここで赤身魚肉の色調も鮮紅色から暗紫赤色へと変化していくが、カットされると肉の表層面が空気に触れるため還元型RMbには再び酸素が結合してオキシミオグロビン(OMb)となり、鮮紅色を呈するようになる。この減少をブルーミング(blooming)と称し、色調から赤身魚肉が新鮮な状態を表しているとの根拠となる。
【0008】
しばらくすると、オキシミオグロビン(OMb)はさらに酸化されて次第にメトミオグロビン(MMb)となり(メト化)、赤身魚肉はメト化が進むにつれて好ましからぬ褐色又は黒褐色となり、このような色調を有する肉は古い肉と判断される。
【0009】
当業者にとってはこれらの経時的変化は周知であるが、小売段階においてはこの見た目のブルーミングの度合いが購買力に大きく影響する。そこで赤身魚肉の色調を外観的に新鮮状態に見えるように保つために一酸化炭素ガス(CO)を赤身魚肉に付与して空気中の酸素がミオグロビンと結合してメト化する前にカルボキシMbとして固定してしまい、その結果赤身魚肉にメト化遅延効果を生じさせて、鮮紅色を長時間維持するという手段が一般的に用いられている。
【0010】
そのような例としては、薫煙COガスをスモーク注入針によりマグロ肉に刺入接触させてスモーク処理を行う方法(特開2002−204650)、変色した赤身肉を一酸化炭素ガスと接触させることにより再び赤色化する方法(特開平5−317000)、真空にした容器の中にマグロなどの生魚、生肉を入れておき、この容器に一酸化炭素を注入して触れさせる方法(特開平5−308923)などが見られる。
【0011】
しかし、COガスを使用することは、古くなった鮮度の悪い生食用マグロ肉であってもその切断表面があたかも鮮度の良いマグロ肉と同様の色調を呈しているため腐敗していてもそれに気が付かずに、食べてしまうことになり人体に害を与えることとなる、という問題点を含んでいる。そのため日本の食品衛生法ではこのCOガスのマグロに対する使用を禁止している。
【0012】
そればかりでなく、さらにはCOガスで処理されたマグロを加熱すると、固定されたCOガスは肉外に放出されてしまう、という報告結果が報告されている(非特許文献1)。この文献には、80℃以上の加熱によりマグロ肉内に固定されたCOガスの80%程度が外部に放出されてしまい、狭い調理場で大量に加熱処理した場合は、雰囲気のCOガス濃度が高くなり健康上好ましくない環境を創出してしまう。
【0013】
魚肉類を鮮度維持や風味向上のため、液に浸漬する各種技術も従来見られるが、特開2001−37458に記載のように、酸化反応であるメト化を防止するために、鮮度保持液を噴霧や塗布などによって刺し身などの表面をコーティングする方法を取り、場合によっては食品を浸漬させ、鮮度保持・色調の維持・酸化防止・乾燥防止・冷凍変性防止・離水防止・保水性向上を目的とした調合液体という方法を採用しているもの、または特開2000−333644において、冷凍した魚肉または牛肉のロインの表面を焼き上げ、これを合成樹脂の包装袋に入れると共に、包装袋内にしょう油をベースとした調味液を入れて真空包装し、凍結することを特徴とする味付けたたきの製造方法を開示したものもあるが、これは加熱後の味付けをするたたき風食品の製造方法であって、ソーク液の肉類への内部浸透により色調維持を図ることは考慮されていない。
【0014】
【特許文献1】特開2002−204650
【特許文献2】特開平5−317000
【特許文献3】特開平5−308923
【特許文献4】特開2001−37458
【特許文献5】特開2000−333644
【非特許文献1】CHAU−JEN CHOW and YUH−JWO CHU .2004.EFFECT OF HEATING ON RESIDUAL CARBON MONOXIDE CONTENT IN CO−TREATED TUNA AND MYOGLOBN.(Journal of Food Biochemistry.28.476−487)
【課題を解決するための手段】
【0015】
本願発明は特開2001−37458のようにマグロ肉表面のコーティング処理をする発明とは異なり、0℃〜10℃の範囲内で10〜24時間の浸漬処理を行なって、赤身魚肉の筋組織内部へのソーク液の浸透を充分に行なうことによって赤身魚肉中のメトミオグロビン、オキシミオグロビンを強制的に還元型ミオグロビンの状態に戻し、還元型ミオグロビンの状態を持続し酸化を抑制しながら冷凍保存し、解凍開封後に酸素と接触することにより、還元型ミオグロビンはオキシミオグロビンとなり、好ましい鮮赤色を呈することを目的とする。また、還元化されているため、解凍後であっても未開封の場合では冷蔵にて1週間程度保管しても開封後同様の鮮赤色を得ることが出来る。
【0016】
本発明は赤身魚肉にソーク液を浸漬浸透させて還元型ミオグロビンの状態を維持し、調味液に浸漬することにより赤身魚肉に風味を付与することはもとより、浸漬液の浸透圧による細胞からの水分減少作用を生じさせて冷凍した場合における細胞組織の破壊が最小限に回避されるため味の劣化も防ぎ、赤身魚肉表面タンパク質部を加熱処理により変性固化して空気との接触メト化を防いで、色調面での経時的な褐色化を抑制し、見た目と味の両面を満足させ、前述のように人体の健康に極めて有用な成分を多く含み、生食よりも量を多く食することができ、さらに流通および保冷に要するコストが少なくて済む値段の面からも刺身に比べて極めて安いステーキタイプのプリクック赤身魚肉を提供するものである。
【0017】
加熱時に網目や格子上の焼き目をつければ香ばしさを増すだけでなく、視覚的にもおいしく感じられる。加熱時間調整をして、レア、ミディアム、ウェルダンの各状態の赤身魚肉を提供するができるので、消費者が個々の好みに応じた状態のプリクック赤身魚肉ステーキを購入することにより短かい調理時間で食事の用意ができる。あるいはレストランでは注文に応じた焼き具合の魚肉ステーキを、再加熱するだけで速やかにテーブルに供することができる。魚肉ステーキとしてだけの利用ではなく、スライスしてタタキ風やカルパッチョ風にして食したり、サラダの具材など料理素材としても重宝に利用できる。
【0018】
なお、ソーク液に浸漬した赤身魚肉の方が、浸漬しないものに比較して加熱処理による重量の目減りが少なく、テクスチャーとしてのぷりぷり感が増すが、これはソーク液が赤身魚肉の組織細胞膜周囲へ浸透により細胞膜の補強的役割を果たしているものと考えられる。
【発明の効果】
【0019】
ソーク液を浸透させること、およびその後表層部を加熱してから真空パックによる包装をするので、超低温冷凍(−50℃〜60℃)によらずに通常冷凍(−18℃)で従来の方法では20日間程度であったものが、ほぼ1年間鮮度と色調の維持が可能となり、解凍開封後は前述のごとく空気中の酸素と接触することにより、還元型ミオグロビンはオキシミオグロビンとなり、好ましい鮮赤色を呈し、その後は時間の経過とともにメト化退色が通常の生の赤身魚肉と同様に自然に進行するので、品質が低下した場合にも外観的に視認でき、COガス付与により、鮮度が落ちている場合でも新鮮なような赤味を保って消費者を欺くことはない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の方法の実施の形態を説明する。
ステーキに適する形状にカットしたマグロ肉を、酸化還元作用のあるアスコルビン酸ナトリウム、アスコルビン酸、アスコルビン酸パルミチン酸エステルなど、および、炭酸ナトリウム、クエン三酸ナトリウムなどのpH調整剤を溶解した水溶液から構成されるソーク液に0℃〜10℃で15時間〜24時間浸漬することにより、厚さ約3cmのマグロ肉のほぼ内部までソーク液を浸透させる。
【0021】
浸漬処理は静置状態で十分な含浸が得られるが、浸漬中に超音波振動子等により振動を与える事や、ソーク液のインジェクションの併用により含浸率を上げることが好ましい。
【0022】
このマグロ肉に付着したソーク液を除去し、味醂配合調味液に1〜15分間、5℃で浸漬した後に液切りをして、190℃の油で30秒間フライした肉を冷水で冷却し、あるいはフライする替わりにボイルして水切り冷却後、酸素を透過させないプラスチック製袋で真空包装して−18℃で凍結保存する。
【0023】
上記実施例では、加熱処理前に味醂配合調味液の浸漬処理を行なっているが、この調味液浸漬は例えばソーク液浸透マグロ肉を素揚げしてから行なっても良いし、浸漬方法ではなく調味液を表面に噴霧した後に網目状焼き焦げを付与することもできる。調味液はしょうゆベースに味醂を配合したものが風味および外観的に焦げ網目をつけ易くなる点では好ましいが、これのみに特に限定する必要はなく、ニンニクあるいはハーブ系を添加したり各種バリエーションを適宜考慮することができる。
【0024】
真空包装をする前に、マグロ肉の表面に網目の焼き模様を施すことにより、外観上食欲をそそるものとなるが、この焼き目模様付け処理には浸漬液に味醂配合をしたものが焼き目をきれいに仕上げ易く、味醂以外のバターや、液糖を使用して焦げ目を付けることは可能であっても、味醂と比較すると焦げ色は薄く、仕上がりは悪くなる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0〜10℃のソーク液中に10時間〜24時間、赤身魚肉の表面が外気を遮断する状態で全て浸るように漬け込み、ソーク液成分を赤身魚肉中心部まで浸透させ赤身魚肉中のミオグロビンを強制的に還元型ミオグロビンに誘導した後、加熱処理して表層部タンパク質を変性固化し、酸素透過性のないプラスチック製の袋により真空包装して凍結することにより保存中における魚肉中の還元型ミオグロビンを維持し、ミオグロビンの酸化を防止することを特徴とするプリクック赤身魚肉ステーキの製造方法。
【請求項2】
ソーク液は、アスコルビン酸ナトリウム、アスコルビン酸、アスコルビン酸パルミチン酸エステルなどの酸化防止・還元剤および/または炭酸ナトリウム、クエン三酸ナトリウムなどのpH調整剤を溶解した水溶液であることを特徴とする請求項1におけるプリクック赤身魚肉ステーキの製造方法。
【請求項3】
ソーク液浸透後の赤身魚肉を加熱処理工程の前後いずれかに、味醂配合調味液に浸漬することを特徴とする請求項1におけるプリクック赤身魚肉ステーキの製造方法。
【請求項4】
ソーク液の浸透工程において、振動を、好ましくは超音波振動をソーク液に与えることにより、含浸効率を上げることを特徴とする請求項1におけるプリクック赤身魚肉ステーキの製造方法。
【請求項5】
赤身魚肉がマグロであることを特徴とする請求項1におけるプリクック赤身魚肉ステーキの製造方法。

【公開番号】特開2007−135558(P2007−135558A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−362437(P2005−362437)
【出願日】平成17年11月18日(2005.11.18)
【出願人】(399046717)
【Fターム(参考)】