説明

プレストレストコンクリート緊張材被覆用硬化性樹脂組成物

【課題】プレストレストコンクリート緊張材の防錆被覆用エポキシ系硬化性樹脂組成物の提供。
【解決手段】プレストレストコンクリート緊張材に被覆して用いられるエポキシ樹脂系硬化性樹脂組成物からなり、前記エポキシ樹脂が不飽和脂肪酸で変性されたエポキシ変性酸化硬化型樹脂であり、かつこのエポキシ変性酸化硬化型樹脂をpH7.5から8.5の塩基性範囲に維持するための弱酸と強塩基からなる塩、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物、またはアルカリ土類金属の酸化物などの塩基性pH調整剤を含有するプレストレストコンクリート緊張材被覆用硬化性樹脂組成物とする。緊張材の表面は経時的に安定して塩基性に保たれるようになり、鋼材製の緊張材では表面に不動態が形成されて腐食が進行しない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、コンクリートに予め圧縮応力を与えて耐荷重性を高めるために埋設される鋼材などの緊張材を被覆し、防食性を高めてコンクリートと一体化させるプレストレストコンクリート緊張材被覆用硬化性樹脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、プレストレストコンクリートは、コンクリートに埋め込んだ緊張材が縮もうとする力を利用してコンクリートに予め圧縮するストレスを与え、この圧縮応力でコンクリートが荷重を受けた際に受ける引張応力を打ち消して、耐荷重性を高めたコンクリート成形体であり、橋梁の床板などのように大荷重を受けるが軽量化することも必要な構造物に適用できるものである。
【0003】
このようなプレストレストコンクリート(以下、PCと略記する。)に埋設される緊張材は、鋼線、鋼撚線、硬鋼線、鋼棒などの鋼材から主としてなり、PC鋼材とも通称されているものである。
【0004】
本来のPC鋼材は、コンクリート打設前にポリエチレン樹脂その他の合成樹脂からなるチューブ状のシースを配設し、コンクリート打設後に前記シースの中に挿入され、さらにコンクリートが硬化した後にPC鋼材を緊張させ、防錆、防食、コンクリートとの一体化などのためにPC鋼材とシースとの間隙にセメントミルクなどを注入して埋設されるが、その際には完全に充填密封して埋設されることが望ましい。
【0005】
しかし、PC鋼材とシースとの間隙を確実に埋めることは、非常に困難を伴う煩雑な作業であり、しばしば不完全になる場合には鋼材が腐食しやすくなる。そのような事態を回避するため、予め緊張材の表面にエポキシ樹脂組成物を被覆しておき、これにより防錆性や防食性を高めたプレグラウトPC鋼材とも称されるものが知られている(特許文献1)。
【0006】
このようなプレグラウトPC鋼材に用いられる鋼材被覆用の樹脂組成物としては、上記した場合のエポキシ樹脂を酸化硬化可能な脂肪酸で変性された酸化硬化型のもの(特許文献2)、アミン系の硬化剤、例えば湿気硬化型硬化剤を用いたもの(特許文献3)が知られている。
【0007】
【特許文献1】特開昭63−167836号公報
【特許文献2】特開2004−99834号公報
【特許文献3】特開2002−60465号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、上記した従来のプレストレストコンクリート緊張材被覆用の酸化硬化型のエポキシ樹脂系硬化性樹脂組成物は、緊張後に鋼材が破断しやすくなる問題点があった。このように鋼材が破断したコンクリートでは、ストレス(圧縮応力)がなくなり、耐荷重性は所期した値よりも低下してしまうことになる。
【0009】
このような欠点のないプレストレストコンクリートになるよう本願の発明者らは、種々の検査や実験を重ねた結果、酸化硬化型の鋼材被覆用の硬化性樹脂組成物は、樹脂自体のもつpH値が酸性側に偏っている事実を付きとめた。エポキシ樹脂は本来的に低分子量のエポキシ化合物(反応性希釈剤)などを含んでいるために、PC製造業者や施工作業者などが皮膚のかぶれ等の皮膚障害を起こしやすい樹脂であるのだが、これら皮膚障害の原因は、エポキシ樹脂の持つ高反応性のエポキシ基及び高反応性の硬化剤が原因である。
【0010】
一方、酸化硬化型のプレグラウトPC鋼材に用いられる鋼材被覆用の樹脂組成物は、予め過剰の不飽和脂肪酸とエポキシ基を完全に反応させることでエポキシ基を除去し、不飽和脂肪酸として不飽和度が充分高いものを用いることで、脂肪酸部分に酸化による硬化反応性を付与しているため、皮膚障害性の低い金属触媒により硬化させることができる。
以上の2点により、酸化硬化型のプレグラウトPC鋼材用硬化性樹脂組成物は、皮膚障害性の原因を取り除いた樹脂である。
【0011】
しかし、上記手段を採用したことにより、樹脂中に未反応の不飽和脂肪酸が残ることになった。本願の発明者らは、この樹脂組成物に起因する酸性雰囲気が鋼材を腐食させ得ることに着目し、鋭意調査した結果、特に緊張によって歪みを与えられている鋼材においては、局所的な腐食が進行することを突き止めた。
【0012】
この発明の課題は、プレストレストコンクリート緊張材被覆用のエポキシ樹脂系の硬化性樹脂組成物を、鋼材を腐食させ難いものとすることにより緊張材の経時的な破断を回避し、これにより所期したプレストレストコンクリートの耐荷重性を長期間に亙って維持できるプレストレストコンクリート緊張材が製造できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するために、この発明においては、プレストレストコンクリート緊張材に被覆して用いられるエポキシ樹脂を主成分とする硬化性樹脂組成物からなり、前記エポキシ樹脂が不飽和脂肪酸で変性されたエポキシ変性酸化硬化型樹脂であり、かつpH7.5から8.5の塩基性範囲になるように塩基性pH調整剤を含有してなるプレストレストコンクリート緊張材被覆用硬化性樹脂組成物としたのである。
【0014】
上記したように構成されるこの発明のプレストレストコンクリート緊張材被覆用硬化性樹脂組成物は、エポキシ樹脂が不飽和脂肪酸で変性されていて、その反応が完了後のエポキシ変性酸化硬化型樹脂に塩基性pH調整剤を添加してpH7.5以上の塩基性範囲に調整してある。このようにすることで緊張材の表面は、経時的に安定して塩基性に保たれ、鋼材製の緊張材では表面に不動態が形成されて腐食が進行しない。
【0015】
一方、樹脂のpHが8.5を超えると、脂肪酸とエポキシ樹脂間のエステル結合の加水分解が加速されるため、pHは8.5以下とすることが望ましい。このようにして調整された樹脂中には水素イオンが殆どなくなり、そのために緊張材が高強度鋼または高張力鋼である場合に起こりやすい「遅れ破壊(腐食環境下で一定の応力下で迅速に破壊が進行する現象)」が起こらなくなり、所期した強度が長期にわたり維持される。
【0016】
このような好ましい塩基性環境を維持できる塩基性pH調整剤は、弱酸と強塩基からなる塩、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物、またはアルカリ土類金属の酸化物が採用されることが好ましい。また、酸と塩基からなる塩を複数組み合わせたものを利用することもできる。このような塩の組み合わせは、一般的に緩衝効果を有するものが多く知られており、この発明にも使用可能な組み合わせを選択的に採用できる。
【0017】
アルカリ土類金属の酸化物としては、酸化カルシウム、酸化ストロンチウムおよび酸化バリウムからなる群から選ばれる1種以上のアルカリ土類金属の酸化物が挙げられる。
【発明の効果】
【0018】
この発明は、以上説明したように、エポキシ変性酸化硬化型樹脂がpH7.5から8.5を超える塩基性に維持されるように塩基性pH調整剤を配合したプレストレストコンクリート緊張材被覆用硬化性樹脂組成物としたので、鋼材からなる緊張材は表面に不動態が形成されて腐食が進行せず、水素イオンが殆どなくて「遅れ破壊」も起こらず、緊張材が発錆し難い状態になって破断も回避され、これにより所期したプレストレストコンクリートの耐荷重性を長期に亙って維持できるプレストレストコンクリート緊張材被覆用硬化性樹脂組成物となる利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
この発明に用いる緊張材は、鋼線、鋼撚線、硬鋼線、鋼棒などの鋼材その他の引っ張り力に強い高強度の鉄系金属、クロムやニッケルを含む鉄系合金その他の金属からなり、主としてPC鋼材とも呼ばれている鋼材を含む周知の緊張材である。例えばコンクリートに所期した耐荷重性が得られるように、高強度鋼、高張力鋼なども使用することができる。
【0020】
エポキシ樹脂としては、例えばビスフェノールAジグリシジルエーテル、ビスフェノールFジグリシジルエーテル、ノボラックグリシジルエーテルなどが挙げられる。
【0021】
エポキシ樹脂のエステル化反応に用いる不飽和脂肪酸としては、植物油成分の不飽和脂肪酸を水酸化ナトリウムでケン化して得られるものが挙げられる。例えば、亜麻仁油脂肪酸、サフラワー油脂肪酸、大豆油脂肪酸、綿実油脂肪酸、ひまし油脂肪酸などである。
【0022】
前述のエポキシ樹脂を、上記のような不飽和脂肪酸と反応させて、未硬化状態の酸化硬化型のエポキシ樹脂とするには、エポキシ樹脂と前記した脂肪酸とを配合し、必要に応じて硬化促進剤(第3級アミン化合物など)と混合し、不活性雰囲気の加熱条件(例えば、100℃で45時間)で変性反応を充分に進行させ、エポキシ変性酸化硬化型樹脂を得る。
因みに、エポキシ変性酸化硬化型樹脂は、空気中の酸素で酸化重合することにより三次元網目構造を形成して硬化する。
【0023】
そして、エポキシ変性酸化硬化型樹脂について、前記変性反応後に残った皮膚障害の原因となるエポキシ基を全て除去するために、過剰量の脂肪酸を配合し、反応物であるエポキシ変性酸化硬化型樹脂を、一旦、pH7以下に酸性化する。
【0024】
次いで、エポキシ変性酸化硬化型樹脂がpH7.5から8.5の塩基性範囲になるよう塩基性pH調整剤を配合する。前述のように、塩基性pH調整剤としては、弱酸と強塩基からなる塩、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物、またはアルカリ土類金属の酸化物を採用することができる。
【0025】
強塩基と弱酸との組み合わせ例は、特に制限されずに周知の強塩基と弱酸を採用すればよく、例えば強塩基の陽イオンとして、Na+、K+、Ca2+、Ba2+などが挙げられ、弱酸の陰イオンとしては、CH3COO、HCO3−、(SO2-などが挙げられる。
【0026】
また、塩の例としては、CH3COONa、CH3COOK、NaHCO3、Na2SO3、Ca(HCO32、NaHPO4、Na2CO3、BaCO3、CaCO3などが挙げられる。
【0027】
アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物としては、NaOH、KOH、Ca(OH)2などが挙げられる。
【0028】
また、アルカリ土類金属の酸化物としては、酸化カルシウム(CaO)、酸化ストロンチウム(SrO)および酸化バリウム(BaO)のほか、酸化ベリリウム(BeO)酸化マグネシウム(MgO)などが挙げられる。これらアルカリ土類金属の酸化物は、水分を吸収し、発錆を抑えしかもエポキシ樹脂に塩基性の環境を提供できるという点で好適なものであり、取り扱いの簡便な酸化カルシウム(CaO)は現状では最も好適なものといえる。
【0029】
一方、酸と塩基からなる塩を複数組み合わせたものの例としては、緩衝効果を有するものを用いるのが好ましく、NaH2PO4−Na2HPO4、KHCO3−K2HCO3などがあり、上記に限定されず、適宜選択することが可能である。
【実施例および比較例】
【0030】
[実施例1]
冷却管、窒素導入管、温度計及び攪拌装置を備えた3000mlの4つ口フラスコに、エポキシ樹脂(ジャパンエポキシレジン社製:エピコート828)614.6g、亜麻仁油脂肪酸884.7g、ジメチルエタノールアミン0.75gを入れ、窒素雰囲気下100℃で45時間反応を行なった。得られた樹脂の酸価を測定したところ、0.3mgKOH/gであり、脂肪酸による変性反応が終了したことを確認した。その後、CaOを徐々に加えてpH7.5に中和した。
【0031】
これを10本の外径5mmのφ鋼線に塗布し、0.7Pu(Puは鋼線破断荷重)をかけたまま放置したが、3ヶ月経過後も鋼材の破断は生じなかった。また、緊張力を解除したサンプルを湿潤環境下に1000時間保管したが、鋼材と被覆樹脂界面での剥離は見られず、加水分解が生じていないことを確認した。
【0032】
[比較例1]
冷却管、窒素導入管、温度計及び攪拌装置を備えた3000mlの4つ口フラスコに、エポキシ樹脂(ジャパンエポキシレジン社製:エピコート828)614.6g、亜麻仁油脂肪酸884.7g、ジメチルエタノールアミン0.75gを入れ、窒素雰囲気下100℃で45時間反応を行なった。得られた樹脂の酸価を測定したところ、0.3mgKOH/gであり、脂肪酸による変性反応が終了したことを確認した。
【0033】
これを10本の外径5mmのφ鋼線に塗布し、0.7Pu(Puは鋼線破断荷重)をかけたまま放置したところ、3ヶ月経過後に6本の鋼材が破断した。
【0034】
[比較例2]
冷却管、窒素導入管、温度計及び攪拌装置を備えた3000mlの4つ口フラスコに、エポキシ樹脂(ジャパンエポキシレジン社製:エピコート828)614.6g、亜麻仁油脂肪酸884.7g、ジメチルエタノールアミン0.75gを入れ、窒素雰囲気下100℃で45時間反応を行なった。得られた樹脂の酸価を測定したところ、0.3mgKOH/gであり、脂肪酸による変性反応が終了したことを確認した。その後、CaOを徐々に加え、pH9に中和した。
【0035】
これを10本の外径5mmのφ鋼線に塗布し、0.7Pu(Puは鋼線破断荷重)をかけたまま放置したが、3ヶ月経過後も鋼材の破断は生じなかった。一方、緊張力を解除したサンプルを湿潤環境下に1000時間保管したところ、鋼材と被覆樹脂界面での剥離が見られ、加水分解が生じていることを確認した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プレストレストコンクリート緊張材に被覆して用いられるエポキシ樹脂を主成分とする硬化性樹脂組成物からなり、前記エポキシ樹脂が不飽和脂肪酸で変性されたエポキシ変性酸化硬化型樹脂であり、かつpH7.5から8.5の塩基性範囲になるように塩基性pH調整剤を含有してなるプレストレストコンクリート緊張材被覆用硬化性樹脂組成物。
【請求項2】
塩基性pH調整剤が、弱酸と強塩基からなる塩である請求項1に記載のプレストレストコンクリート緊張材被覆用硬化性樹脂組成物。
【請求項3】
塩基性pH調整剤が、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物である請求項1に記載のプレストレストコンクリート緊張材被覆用硬化性樹脂組成物。
【請求項4】
塩基性pH調整剤が、アルカリ土類金属の酸化物である請求項1に記載のプレストレストコンクリート緊張材被覆用硬化性樹脂組成物。
【請求項5】
アルカリ土類金属の酸化物が、酸化カルシウム、酸化ストロンチウムおよび酸化バリウムからなる群から選ばれる1種以上のアルカリ土類金属の酸化物である請求項4に記載のプレストレストコンクリート緊張材被覆用硬化性樹脂組成物。
【請求項6】
塩基性pH調整剤の水溶液が、緩衝効果を有することを特徴とする請求項1に記載のプレストレストコンクリート緊張材被覆用硬化性樹脂組成物。

【公開番号】特開2006−188603(P2006−188603A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−1589(P2005−1589)
【出願日】平成17年1月6日(2005.1.6)
【出願人】(302061613)住友電工スチールワイヤー株式会社 (163)
【Fターム(参考)】