説明

プレス成形用ガラス素材、プレス成形用ガラス素材の製造方法、および光学素子の製造方法

【課題】精密プレス成形法によって高品質なガラス光学素子を得ることが可能なプレス成形用ガラス素材を提供すること。
【解決手段】光学ガラスからなる芯部と、少なくとも前記芯部の光学機能面となる部位を覆う厚み15nm未満の珪素酸化物膜とを有し、かつ、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m以下であるプレス成形用ガラス素材。光学ガラスからなる芯部と、少なくとも芯部の光学機能面となる部位を覆う厚み15nm未満の珪素酸化物膜とを有するプレス成形用ガラス素材の製造方法。SiOからなる成膜材料を用いて、不活性ガスと酸素との混合ガス雰囲気であって、酸素含有率が5体積%以上20体積%未満の範囲である雰囲気下で成膜処理を行うことにより前記珪素酸化物膜を前記芯部の前記部位上に形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精密モールドプレスによってガラス光学素子を得るために使用可能なプレス成形用ガラス素材、該プレス成形用ガラス素材の製造方法、および上記プレス成形用ガラス素材または上記製造方法によって得られたプレス成形用ガラス素材を使用する光学素子の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガラスレンズ等の光学素子を製造する方法として、対向する成形面を有する上型と下型により、成形素材(以下、「プレス成形用ガラス素材」または「ガラスプリフォーム」という)をプレス成形する方法(「精密プレス成形法」、「精密モールドプレス法」等と呼ばれる)が知られている。この方法は、熔融状態から所定形状に固化させた光学ガラスまたは所定形状に研磨加工した光学ガラスを成形型内に投入し、加熱プレス成形することによりガラス光学素子を得る方法である。精密プレス成形法は、精密に加工された成形型を用いることでプレス成形後の研磨加工などの後加工を必要としないために安価に高性能のレンズを得ることができる。
【0003】
しかし、この精密プレス成形法によってガラス光学素子を成形する際、プレス成形用ガラス素材と成形型の成形面とが高温状態下で密着するため、それらの界面で化学反応が生じると融着が生じ離型性が低下するという問題点がある。
【0004】
このような問題点を解決する方法として、例えば、特許文献1には、リヒートプレス法において成形型とガラスプリフォームの融着を防止するために、ガラスプリフォームの表面に、炭化水素ガスの熱分解によって炭素膜を形成したものを成形用ガラス素材として用いる方法が提案されている。
【0005】
また、特許文献2には、メタンガスを用いて高周波放電を行い、またはメタンガスと水素ガスを用いてイオンビームを引き出し、ガラスプリフォーム表面上に膜厚が20nmから30nmの炭化水素膜を形成したものを成形用ガラス素材として用いる方法が開示されており、このような成形用ガラス素材を用いれば、離型し難いレンズ形状のプレス成形であっても良好な離型性が得られるとされている。
【0006】
さらに、特許文献3には、金型と成形品との間の離型性を高めるために、ガラスプリフォームに対してメタンプラズマ処理を施した後、その表面に5nm未満の炭素膜を形成したものを成形用ガラス素材として用いる方法が開示されている。
【0007】
上記特許文献1〜3に記載の方法は、ガラスプリフォーム上に炭素系薄膜を形成するものであるが、近年ガラスレンズに求められている高屈折率を達成すべく高屈折率付与成分であるW、Ti、Bi、Nb等を含有するガラスは、プレス成形時の高温環境下において炭素系薄膜と反応しやすい。これは、上記高屈折率付与成分が易還元成分であることから、ガラス成分として存在しつつ複数の価数をとり得るため酸化還元反応を生じやすく、プレス成形のプロセスにおいて、成形型に圧着されつつ変形する過程で種々の界面反応を生じることに起因すると考えられる。
【0008】
これに対し、ガラスプリフォーム上に成膜される薄膜としては、炭素系薄膜以外に珪素酸化物膜が知られている。
【0009】
例えば、特許文献4には、PbOを含有するガラスやアルカリ硼珪酸塩ガラスに対し、蒸着法やスパッタ法で50〜2000Å、好ましくは100〜1000ÅのSiO膜を成膜することにより良好な光学的品質を有するレンズが得られることが記載されている。
【0010】
また、特許文献5には、プレス時にガラス素材と下型の隙間が0.1mm以下の領域に対し、蒸着法にて100ÅのSiO膜をガラス素材に施し、ガラス素材からの揮発成分をブロックする手法が示されている。
【0011】
さらに、特許文献6には、ガラス素材を加熱処理することで表面層を形成し、その上に蒸着法やスパッタ法でSiOを70〜90質量%含むコートを5〜50nm成膜する手法が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平8−217468号公報
【特許文献2】特開平8−259241号公報
【特許文献3】特開平9−286625号公報
【特許文献4】特公平2−1779号公報
【特許文献5】特開平7−118025号公報
【特許文献6】特開平8−198631号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
珪素酸化物膜は、上記易還元成分との反応性に乏しいため、炭素系薄膜のように上記易還元成分を含むガラスと反応することにより不良が発生することは回避することができる。しかし本願発明者の検討により、特許文献4〜6に記載されているような従来の珪素酸化物膜は、依然としてプレス成形用ガラス成形素材と型との融着を十分に抑制することができず、特に、精密プレス成形においてプレス成形用ガラス素材と成形型とが高温で長時間接触する場合には、歩留まりが大きく低下し、場合によっては上記融着に起因し光学素子を得ること自体が困難になることが判明した。
【0014】
そこで本発明の目的は、精密プレス成形法によって高品質なガラス光学素子を得ることが可能なプレス成形用ガラス素材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本願発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、以下の新たな知見を得るに至った。
(1)表面に珪素酸化物膜を有するプレス成形用ガラス素材において、三液法によって測定される表面自由エネルギーとプレス成形時の歩留まりとの間に良好な相関が見られ、表面に厚み15nm未満の珪素酸化物膜を有するプレス成形用ガラス素材の中で、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m以下であるものにより、プレス成形時の歩留まりを向上することができる。
(2)従来、SiO薄膜等の珪素酸化物膜を成膜する手法としては、有機シラン系ガスと酸化性ガスの混合ガスによるプラズマCVD法(例えば特開平9−102491号公報参照)、SiCをターゲットとしたアルゴン含有酸素雰囲気下でのスパッタ法(例えば特開2004−84033号公報参照)、酸素を含む気体中でシリコンをターゲットにしたレーザアブレーション法(例えば特開2002−93801号公報参照)などが知られていた。このように従来、珪素酸化物膜の成膜方法として、SiOからなる成膜材料を用いて酸素含有雰囲気下で成膜を行う方法は知られていなかった(ガラスプリフォーム上に珪素酸化物膜を形成することを開示する上記特許文献4〜6にも、かかる成膜方法の記載はない)。
これに対し本願発明者らは、SiOからなる成膜材料を用いて5体積%以上20体積%未満の酸素を含有する不活性ガスと酸素との混合ガス含有雰囲気下で成膜された珪素炭化物膜を表面に形成したプレス成形用ガラス素材によれば、精密プレス成形時の歩留まりを改善できることを新たに見出した。これは、以下の理由によると推察される。
前述の三液法によって測定される表面自由エネルギーは、非極性成分と水素結合成分と双極子成分とからなる極性成分とを含むが、上記方法で成膜された珪素酸化物膜では、水素結合成分の顕著な減少が見られる。これは成膜雰囲気に含まれる酸素が珪素酸化物膜に取り込まれる結果、従来の成膜方法で形成される珪素炭化物膜と比べて酸素を多く含む珪素酸化膜が形成されたことに起因すると考えられる。この結果、三液法によって測定される表面自由エネルギーが従来の珪素酸化物膜を有するプレス成形用ガラス素材と比べて低下することが、歩留まり改善に寄与していると推察される。
本発明は、以上の知見に基づき完成された。
【0016】
即ち、上記目的は、下記手段によって達成された。
[1]光学ガラスからなる芯部と、少なくとも前記芯部の光学機能面となる部位を覆う厚み15nm未満の珪素酸化物膜とを有し、かつ、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m以下であることを特徴とするプレス成形用ガラス素材。
[2]前記光学ガラスは、W、Ti、Bi、およびNbからなる群から選ばれる少なくとも一種の易還元成分を含む、[1]に記載のプレス成形用ガラス素材。
[3]前記光学ガラスは、モル%表示で、P25;10〜45%、Nb25;3〜35%、Li2O;0〜35%、TiO2;0〜25%、WO3;0〜20%、Bi23;0〜40%、B23;0〜20%、BaO;0〜25%、ZnO;0〜25%、Na2O;0〜50%、K2O;0〜20%、Al23;0〜15%、SiO2;0〜15%、F;全酸素量に対して0〜10%、を含む、[1]または[2]に記載のプレス成形用ガラス素材。
[4]光学ガラスからなる芯部と、少なくとも芯部の光学機能面となる部位を覆う厚み15nm未満の珪素酸化物膜とを有するプレス成形用ガラス素材の製造方法であって、
SiOからなる成膜材料を用いて、不活性ガスと酸素との混合ガス雰囲気であって、酸素含有率が5体積%以上20体積%未満の範囲である雰囲気下で成膜処理を行うことにより前記珪素酸化物膜を前記芯部の前記部位上に形成することを特徴とする、プレス成形用ガラス素材の製造方法。
[5]前記成膜処理をスパッタ法により行う、[4]に記載のプレス成形用ガラス素材の製造方法。
[6][1]〜[3]のいずれかに記載のプレス成形用ガラス素材を作製する、[4]または[5]に記載のプレス成形用ガラス素材の製造方法。
[7][1]〜[3]のいずれかに記載のプレス成形用ガラス素材または[4]もしくは[5]に記載の方法により作製したプレス成形用ガラス素材を加熱し、プレス成形型を用いて精密プレス成形することを含む、光学素子の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、精密プレス成形によって高品質な光学素子を、高い歩留まりで量産することができる。更に本発明によれば、従来プレス成形が困難であった高屈折率硝材であっても、精密プレス成形に供することができるため、この結果、高品質の高屈折率レンズを安価に提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明にかかるプレス成形用ガラス素材の一形態を表した断面図である。
【図2】図2に示したプレス成形用ガラス素材を用いてプレス成形したガラス成形体の断面図である。
【図3】図2に示したガラス成形体から得られたガラス光学素子の断面図である。
【図4】精密プレス成形法の一形態を表す説明図である。
【図5(A)】スパッタガス中の酸素含有率と表面自由エネルギーとの相関を示すグラフである。
【図5(B)】スパッタガス中の酸素含有率と表面エネルギーの構成成分である非極性成分との相関を示すグラフである。
【図5(C)】スパッタガス中の酸素含有率と表面エネルギーの構成成分である水素結合成分との相関を示すグラフである。
【図5(D)】スパッタガス中の酸素含有率と表面エネルギーの構成成分である双極子成分との相関を示すグラフである。
【図6(A)】膜厚15nmの珪素酸化物膜を形成したプレス成形用ガラス素材のプレス後の表面状態を示すSEM画像である。
【図6(B)】図6(A)に示すプレス素材の断面の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[プレス成形用ガラス素材]
本発明のプレス成形用ガラス素材は、光学ガラスからなる芯部と、少なくとも前記芯部の光学機能面となる部位を覆う厚み15nm未満の珪素酸化物膜とを有し、かつ、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m以下であるものである。
本発明のプレス成形用ガラス素材によれば、プレス成形時のプレス成形用ガラス素材と成形型との融着を抑制することができ、これにより歩留まり向上を達成し高品質な光学素子を量産することができる。更には型寿命を延ばすことも可能となる。したがって本発明のプレス成形用ガラス素材によれば、精密プレス成形による光学素子の製造において、生産性を顕著に向上することができる。
以下、本発明のプレス成形用ガラス素材について、更に詳細に説明する。
【0020】
本発明のプレス成形用ガラス素材は、少なくとも光学ガラスからなる芯部の光学機能面となる部位を覆う珪素酸化物膜を有する。前記珪素酸化物膜は、光学機能面となる部位を含む芯部前面を覆うように設けることも、もちろん可能である。
【0021】
本発明のプレス成形用ガラス素材は、上記珪素酸化物膜を有することにより、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m以下となる表面性が付与されたものである。上記表面自由エネルギーが75mJ/m以下であれば、プレス成形用ガラス素材と成形型との融着を起こすことなく精密プレス成形を行うことができるため、光学素子製造における歩留まり向上および型寿命向上を達成することができる。他方、上記表面自由エネルギーが75mJ/mを超えると、精密プレス成形時にプレス成形用ガラス素材と成形型との融着が顕著に発生するため、精密プレス成形における生産性が著しく低下する。本発明のプレス成形用ガラス素材の上記表面自由エネルギーは、成形型との融着をより効果的に抑制する観点からは、72mJ/m以下であることがより好ましい。上記表面自由エネルギーは、プレス成形用ガラス素材と成形型との融着抑制の観点からは低いほど好ましく、その下限値は特に限定されるものではないが、例えば後述の本発明のプレス成形用ガラス素材の製造方法によれば、上記表面自由エネルギーとして、50mJ/m程度のプレス成形用ガラス素材を製造可能である。
【0022】
本発明において、プレス成形用ガラス素材の表面性の指標として使用する三液法によって測定される表面自由エネルギーについて、以下に説明する。
【0023】
二液法によって測定される表面自由エネルギーは、固体または液体の分散力と固体または液体の極性相互作用力との和によって与えられる(例えば本願発明者らによる特開2005−225707号公報参照)。これに対し、三液法によって測定される表面自由エネルギーは、非極性な分子間力についてのFowkesの理論を、更に極性または水素結合性の分子間力による成分にまで拡張したものであり、この拡張Fowkes理論によれば、各物質の表面自由エネルギーγは、下記式(1)に示すように、非極性成分(分散成分)γと水素結合成分γと双極子成分γとからなる極性成分との和によって与えられる。
γ=γ+γ+γ …(1)
【0024】
更に、接触角と各成分との間には、下記式(2)の関係が成立する。
【数1】

【0025】
上記式(2)中、γは、γ+γ+γで表される液体の表面自由エネルギーを表す。γは、液体の表面自由エネルギーの分散成分を表す。γは、液体の表面自由エネルギーの双極子成分を表す。γは、液体の表面自由エネルギーの水素結合成分を表す。γは、固体の表面自由エネルギーの分散成分を表す。γは、固体の表面自由エネルギーの双極子成分を表す。γは、固体の表面自由エネルギーの水素結合成分を表す。θは、接触角を表す。
【0026】
本発明では、以下の3種の液体を標準物質として使用し、その接触角と各パラメーターによって構成される3行3列の行列式によって、各成分を求めることにより算出した表面自由エネルギーをプレス成形用ガラス素材の表面性の指標とする。
【0027】
【表1】

【0028】
本発明のプレス成形用ガラス素材は、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m以下であれば、その表面に形成された珪素酸化物膜の組成は特に限定されるものではない。珪素酸化膜の組成については、二酸化珪素(SiO)を含むものが安定であるが、SiOに限定されるものではなく、組成をSiとした場合、例えば、y/x=1〜3程度のものが存在することも可能である。上記珪素酸化物膜は、本発明のプレス成形用ガラス素材をプレス成形して光学素子を成形したときに、光学素子の光学機能面を形成することになる芯部の部位に少なくとも被覆されていればよい。光学機能面とは、例えば光学レンズにおける有効径内の領域を意味する。また、珪素酸化物膜を芯部の全面を覆うように設ける場合、珪素酸化物膜の形成方法にもよるが、光学機能面となる箇所の表面ガラス層厚さT1と外周側周辺部の表面ガラス層厚さT2は異なる場合があり、傾向としては、T1≧T2である。本発明においては光学機能面となる部位の表面性状に注目しており、本発明で特定する膜厚は、T1とする。上記膜厚は、例えば、ガラス素材の断面を元素分析することによって測定することができる。または、珪素酸化物膜の成膜条件によって特定することも可能である。
本発明のプレス成形用ガラス素材が有する珪素酸化物膜の膜厚は、15nm未満とする。これは、珪素酸化物膜の膜厚が15nm以上になると、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m以下であったとしても成形型との融着を抑制できない場合があるからである。これは、膜厚が15nm以上の珪素酸化物膜はプレス温度において十分な粘性が得られないためプレス時にクラックが発生し、このクラックの隙間から露出したガラスが成形型と融着するからである。この理由を本願発明者らは、量子サイズ効果が消失することによるものであると推察している。上記膜厚の下限値は、好ましくは1nm以上である。膜厚1nm未満になると、珪素酸化物膜が局所的に欠落して島状に成膜され、ガラス素材が成形型に融着する場合があるのに対し、膜厚1nm以上であれば、均一な成膜が可能である。上限値は、上記の通り15nm未満であるが、プレス成形後に得られる光学素子の光学特性への影響を低減する観点からは、10nm±30%であることが好ましく、さらには、10nm±20%であることが好ましい。
【0029】
次に、本発明のプレス成形用ガラス素材の芯部を構成する光学ガラスについて説明する。
【0030】
本発明のプレス成形用ガラス素材は、易還元成分との反応性に乏しい珪素酸化物膜を有するため、W、Ti、Bi、およびNbからなる群から選ばれる少なくとも一種の易還元成分を含む光学ガラスを芯部に有することが好ましい。特に、その含有量が合計で5モル%以上(例えば、10〜65モル%、より好ましくは、15〜55モル%)であるときに、本発明の適用が有効である。上記易還元成分を含む光学ガラスの中でも、特に、炭素系薄膜と反応しやすく、炭素系薄膜では成形型との融着防止が困難なガラスとしては、リン酸系光学ガラスおよび必須成分としてB23、La23、ZnOを含む光学ガラスが挙げられる。したがって本発明はこれらガラスを芯部とするプレス成形用ガラス素材であることが、特に好ましい。そのような光学ガラスとしては、下記光学ガラスI、IIを挙げることができる。
【0031】
<光学ガラスI>
モル%表示で、P25;10〜45%、Nb25;3〜35%、Li2O;0〜35%、TiO2;0〜25%、WO3;0〜20%、Bi23;0〜40%、B23;0〜20%、BaO;0〜25%、ZnO;0〜25%、Na2O;0〜50%、K2O;0〜20%、Al23;0〜15%、SiO2;0〜15%(但し、WO3、TiO2、Bi23およびNb25の合計量が10%以上、65%未満)、F;全酸素量に対して0〜10%、を含む光学ガラス。
<光学ガラスII>
モル%表示で、SiO;0〜50%、B;5〜70%、LiO;0〜20%、NaO; 0〜10%、KO; 0〜10%、ZnO;1〜50%、CaO:0〜10%、BaO:0〜10%、SrO:0〜10%、MgO:0〜10%、La;5〜30%、Gd;0〜22%、Yb;0〜10%、Nb;0〜15%、WO;0〜20%、TiO;0〜40%、Bi;0〜20%、ZrO;0〜15%、Ta;0〜20%、GeO;0〜10%、F;全酸素量に対して0〜10%、を含む光学ガラス。
【0032】
以下に、上記光学ガラスI、IIについて更に詳細に説明する。以下に記載のガラス組成は、特に断りのない限り、モル基準にて表記するものとする。
【0033】
光学ガラスI
25は、ガラスの網目構造の形成成分であり、ガラスに製造可能な安定性を持たせる成分である。P25の含有量が45モル%を超えると、耐候性が悪化するとともに高屈折率の維持が困難になる傾向がある。また10モル%未満では、ガラスの失透傾向が強くなりガラスが不安定となりやすいので、10〜45モル%の範囲が好ましく、15〜35モル%の範囲とすることがより好ましい。
【0034】
Nb25は、高屈折率・高分散などの特性を持たせる成分である。導入量が35%を超えると、ガラス転移温度や屈伏点が高くなり、安定性、高温溶解性も悪くなり、精密プレス時に発泡や着色しやすくなるという傾向がある。その導入量が3%未満では、ガラスの耐久性が悪化し、所要の高屈折率を得にくくなるため、3〜35%の範囲にすることが好ましく、5〜25%の範囲にすることがより好ましい。
【0035】
Li2Oは、ガラス転移温度を下げるのに効果的な成分であり、他のアルカリに比べ、屈折率を低下させにくい。35%を超えると、ガラスの安定が悪化し、失透しやすいため、導入量を0〜35%の範囲にすることが好ましい。なお、導入量が2%未満では得られるガラスの転移温度が高くなる傾向があるため、その導入量は2〜35%とすることが好ましく、2〜30%とすることがより好ましく、3〜25%とすることが更に好ましい。
【0036】
TiO2は、高屈折率高分散性を付与し、失透安定性を向上させる成分である。含有量が25%を超えると、ガラスの失透安定性や透過率が悪化しやすく、屈伏点や液相温度も上昇し、精密プレス成形時にガラスが着色しやすくなるため、その導入量は0〜25%とすることが好ましく、0〜15%とすることがより好ましい。
【0037】
WO3は、高屈折率・高分散特性と低温軟化性を付与する上で効果的な成分である。WO3はガラス転移温度や屈伏点を下げる働きや、屈折率を上げる働きをする。WO3の過剰導入、例えば20%を超えて導入すると、ガラスが着色しやすくなる一方、ガラスの高温粘性も低くなるので、ガラス素球の熱間成形が難しくなる。したがって、その含有量を0〜20%とすることが好ましく、0〜15%の範囲とすることがより好ましく、0〜10%の範囲とすることがより好ましい。
【0038】
また、高屈折率ガラスの結晶化傾向を抑制するためには、WO3は1モル%以上導入することが好ましく、例えば2モル%以上、好ましくは2〜10モル%含有することが有利である。
【0039】
Bi23は、鉛の代替材料であって、高屈折率・高分散性を付与する成分であり、ガラスの生成領域を大幅に拡大し、安定化させる効果がある。したがって、Bi23を導入することにより、P25の含有量の少ないガラスでもガラス化を可能にする。その導入量が40%超えると、ガラスが着色しやすくなるあるため、Bi23の含有量は0〜40%とすることが好ましく、0〜25%とすることがより好ましい。
【0040】
23は、ガラスの溶融性の向上やガラスの均質化に有効であると同時に、少量の導入でガラス内部にあるOHの結合性を変え、精密プレス成形時におけるガラスの発泡を抑制する効果が得られる。B23を20%より多く導入すると、ガラスの耐候性が悪化したり、ガラスが不安定になりやすいため、その導入量は0〜20%とすることが好ましい。より好ましい範囲は0〜10%である。
【0041】
BaOは、高屈折率を付与し、失透安定性を向上させ、液相温度を低下させる効果のある成分である。WO3を導入する場合(特に多量のWO3を導入する場合)、BaOの導入でガラスの着色を抑え、失透安定性を高める効果が大きく、P25含有量の少ない場合、ガラスの耐候性を高める効果もある。BaOの導入量が25%を超えると、ガラスが不安定となり、ガラス転移温度、屈伏点が高くなるので、BaOの導入量は0〜25%にすることが好ましく、0〜15%にすることがより好ましい。
【0042】
ZnOはガラスの屈折率や分散を高めるために導入し得る成分で、少量のZnOの導入でガラス転移温度や屈伏点、液相温度を低下させる効果もある。しかし、過剰に導入すると、ガラスの失透安定性が著しく悪化し、液相温度も逆に高くなるおそれがある。したがって、ZnO導入量を0〜25%にすることが好ましく、0〜15%にすることがより好ましく、0〜10%にすることがさらに好ましい。
【0043】
Na2O、K2Oは、いずれもガラスの耐失透性を向上させるとともに、ガラス転移温度、屈伏点、液相温度を低下させ、ガラスの溶融性を改善するために導入し得る成分である。しかし、Na2Oが50%より多い場合、K2Oが20%より多い場合、またはLi2O、Na2OおよびK2Oの合計量が55%よりも多い場合には、ガラスの安定性が悪くなるばかりでなく、ガラスの耐候性や耐久性が悪くなるおそれがある。したがって、Na2OとK2Oの導入量は、それぞれ0〜50%、0〜20%にすることが好ましく、Li2O、Na2OおよびK2Oの合計量は0〜55%にすることが好ましい。より好ましい範囲は、Na2Oは3〜35%、K2Oは0〜10%である。
【0044】
Al23、SiO2は、ガラスの安定性や光学恒数を調整するために導入し得る成分である。しかし、これらの成分はガラス転移温度を高めるので、精密プレス成形性を低下させるおそれがあるため、それぞれ15%以下に抑えることが望ましく、さらに、それぞれ0〜10%にすることがより好ましい。
【0045】
MgO、CaO、SrOはガラスの安定性や耐候性を調整するために導入し得る成分であるが、過剰に導入すると、ガラスが不安定となるので、導入量をそれぞれ0〜15%にすることが好ましく、0〜10%にすることがより好ましい。
【0046】
La23、Gd23、Yb23、ZrO2、Ta23も、ガラスの安定性や光学恒数を調整するために導入し得る成分である。しかし、これらの成分のすべてはガラス転移温度を高めるので、精密プレス成形性を低下させるおそれがある。したがって、その導入量をそれぞれ0〜10%に抑えることが望ましく、さらに、それぞれ0〜8%にすることがより好ましい。
【0047】
なお、本発明の目的を達成しつつ、上記性質をより良好にする上から、上記各成分に清澄剤を加えた合計量を95%超とすることが好ましく、98%超とすることがより好ましく、99%超とすることがさらに好ましく、100%とすることがより一層好ましい。
【0048】
上記成分に加えて清澄剤を外割で0〜1質量%加えることができる。ただし清澄剤の過剰な添加は精密プレス成形時に成形型の成形面、特に離型膜にダメージを与えるおそれがあるため注意する必要がある。清澄剤としてはSb23、SnO2、CeO2、As23、などを例示できるが、環境への影響に配慮するとAs23の使用は避けるべきである。Sb23の好ましい量は0〜1質量%である。Sb23はガラスの清澄剤として有効であるが、1質量%超えて添加すると、プレス成形時にガラスが発泡しやすくなるので、その導入量は0〜1質量%とするのがよい。また、SnO2とCeO2は同時に使用することができ、好ましい量は合計で0〜2.5質量%である。
【0049】
この他、PbOは環境への影響から導入しないことが好ましい。また、ガラスを着色して特定波長域の光吸収機能を付与する場合を除き、Cu、Fe、Cdなどを導入しないことが望ましい
【0050】
また、Fは低Tg化に有用な成分である。しかし、過剰に導入すると熔融ガラスを成形する際に融液から揮発し、脈理発生や恒数変動の原因となる。よって、導入量は全酸素量の0〜10モル%とすることが好ましく、0〜5モル%に制限することがより好ましい。
【0051】
上記芯部となる光学ガラスIは、屈折率ndが1.7以上、アッベ数νdが35以下、より好ましくは、30以下、更には25以下のものなど、高屈折、高分散を達成することができるため、非常に重用される高付加価値ガラスである。しかしながら、そのような有用な光学恒数を達成するために含有する成分(W、Ti、Bi、Nb)は、還元されやすく、プレス成形の過程で反応活性が高い。すなわち、ガラス表面と成形型の成形面との界面において、高温下で反応が生じやすく、その結果、得られた成形体表面にクモリ、キズ状の反応痕や成形面との融着が生じるために、外観性能の不十分な光学素子となりやすい。これに対し本発明によれば、その表面に前記珪素酸化物膜を形成することにより、芯部を構成する光学ガラスと成形型成形面との反応を防止することができる。更に、上記珪素酸化膜を形成することにより三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m以下に低減された本発明のプレス成形用ガラス素材は、成形型成形面に融着しにくいものであるため、精密プレス成形により高い歩留まりで光学素子を製造することが可能である。なお、上記光学ガラスIのガラス転移点Tgが430℃以上、例えば450℃以上520℃以下であるときに、本発明の効果が顕著である。また、軟化点が530℃以上、たとえば540℃以上600℃以下であるときに本発明の効果が顕著である。
【0052】
光学ガラスII
光学ガラスIIにおいて、B23はガラスのネットワーク構成のために必須の成分であり、La23は高屈折率、低分散特性を付与するために必須の成分であって、両成分が共存することにより、ガラスの安定性がより一層向上する。ZnOは、屈折率を低下させずにガラスに低温軟化性を付与するために必須の成分である。光学ガラスIIは上記必須成分を含むことにより、屈折率(nd)が1.7超、好ましくは1.8以上、アッベ数(νd)が27以上、好ましくは35〜50という光学特性を有することができる。
【0053】
以下に、光学ガラスIIの組成について説明する。
SiO2はガラス安定性を向上させる働きをするが、過剰導入によって屈折率が低下するとともにガラス転移温度が上昇する。したがって、その導入量は0〜50%とする。その導入量は、0〜40%が好ましく、1〜20%がより好ましく、4〜15%が特に好ましい。
【0054】
23はネットワーク形成のための必須成分であるが、過剰導入によって屈折率(nd)が低下するため5〜70%導入することが好ましい。その導入量は、10〜65%がより好ましく、20〜55%が特に好ましい。
【0055】
Li2Oはガラス転移温度を低下させる効果が大きいが、過剰導入により屈折率が低下するとともに、ガラス安定性も低下する。したがって、Li2Oの量を0〜20%とすることが好ましく、0〜15%がより好ましく、導入しなくてもよい。Na2O、K2Oは熔融性を改善させる働きがあるが、過剰導入により屈折率やガラス安定性が低下するため、それぞれの導入量を0〜10%とする。導入量は、好ましくはそれぞれ0〜8%、特に好ましくは0〜6%であり、導入しなくてもよい。
【0056】
ZnOは高屈折率を維持しつつ、低温軟化性を付与するための必須成分であるが、過剰導入によってガラス安定性が低下するので、その導入量を1〜50%とすることが好ましい。その導入量は、3〜45%がより好ましく、10〜40%が特に好ましい。
【0057】
CaO、BaO、SrO、MgOも熔融性を改善させる働きがあるが、過剰導入により屈折率やガラス安定性が低下するため、それぞれの導入量は0〜10%とすることが好ましい。導入量は、より好ましくはそれぞれ0〜8%、特に好ましくは0〜5%である。BaOは屈折率を高める働きをするが過剰導入により、ガラス安定性が低下するため、その導入量を0〜10%とすることが好ましい。導入量は0〜8%がより好ましく、0〜5%が特に好ましい。
【0058】
La23は高屈折率低分散特性を付与するための必須成分であるが、過剰導入によりガラス安定性が低下するので、5〜30%導入することが好ましい。その導入量は、7〜25%がより好ましく、9〜18%が特に好ましい。
【0059】
Gd23は高屈折率、低分散特性を付与するための成分であるが、過剰導入によりガラス安定性が低下するので0〜22%導入することが好ましい。Gd23はLa23と共存することにより単独で導入したときよりもガラス安定性を向上できるという効果がある。その導入量は、0〜20%が好ましく、1〜20%が特に好ましい。
【0060】
Ybは高屈折率・低分散の成分として使用される任意成分であり、少量導入する場合、ガラスの安定性を高め、化学的耐久性を向上させるが、過剰の導入によりガラスの失透に対する安定性を大きく損ない、ガラス転移温度や屈伏点温度を上昇させる。そのため、含有量は0〜10%とすることが好ましく、より好ましくは0〜8%とする。
【0061】
Nb25も屈折率を高める成分であるが過剰導入により、ガラス安定性が低下し、液相温度が上昇するので0〜15%導入することが好ましい。その導入量は、0〜13%がより好ましく、0〜7%が特に好ましい。
【0062】
WO3は屈折率を上げ、ガラス安定性を向上させる働きをする。ただし、過剰導入によりガラス安定性が低下するとともにガラスが着色する。したがって、WO3の導入量は0〜20%とすることが好ましく、より好ましくは0〜18%、特に好ましくは1〜13%とする。
【0063】
TiOも屈折率を高める成分であるが過剰導入により、ガラス安定性が低下し、ガラスが着色するので0〜40%導入することが好ましい。その導入量は、0〜35%がより好ましく、0〜24%が特に好ましい。
【0064】
なお、屈折率を高める上からは、WO3、Ta25、Nb25、TiO2の合計量を好ましくは0.1〜25%、より好ましくは1〜21%、さらに好ましくは3〜15とする。
【0065】
アッベ数(νd)27未満の範囲でガラスに求められる諸条件を満たしつつより一層の高屈折率化を図るためには、B23とSiO2の合計量に対するB23の量のモル比(B23/(B23+SiO2))を0.50〜1.00とすることが好ましく、0.60〜0.95とすることが特に好ましい。
【0066】
Bi23は屈折率を高め、ガラス安定性を向上する働きをするが、過剰導入によりガラスが着色したり、白金製の溶解炉を腐食したりする問題が生ずるので導入量を0〜20%とすることが好ましい。導入量は0〜10%がより好ましく、0〜5%が特に好ましい。
【0067】
ZrO2は屈折率を高める働きをするが、過剰導入によりガラス安定性が低下し、液相温度が上昇する。そのため、導入量を0〜15%とすることが好ましい。導入量は0〜12%がより好ましく、1〜6%が特に好ましい。
【0068】
なお、ガラス安定性を維持しつつ、高屈折率化を図る上からは、WO、Ta25、Nb25、TiO2およびZrO2の合計量を2〜40モル%とすることが好ましく、5〜35モル%が特に好ましい。
【0069】
Taは高屈折率・低分散の成分として使われる任意成分である。少量のTaを導入することにより、ガラスの屈折率を低下させずに、高温粘性や失透に対する安定性を改善する効果があるが、20%を超えて導入すると液相温度が急激に上昇し、分散が増大するので、その導入量を0〜20%とすることが好ましく、より好ましくは0〜17%とする。
【0070】
GeOは、ガラスの屈折率を高めるとともに、ガラスの安定性を向上させる働きをする任意成分であり、その導入量は0〜10%とすることが好ましく、0〜8%とすることがより好ましい。ただし、他の成分に比べて桁違いに高価であるため導入しないことがより好ましい。
【0071】
なお、本発明の目的を達成しつつ、上記性質をより良好にする上から、上記各成分に清澄剤を加えた合計量を95%超とすることが好ましく、98%超とすることがより好ましく、99%超とすることがさらに好ましく、100%とすることがより一層好ましい。
【0072】
上記成分に加えて清澄剤を外割で0〜1質量%加えることができる。ただし清澄剤の過剰な添加は精密プレス成形時に成形型の成形面、特に離型膜にダメージを与えるおそれがあるため注意する必要がある。清澄剤としてはSb23、SnO2、CeO2、As23、などを例示できるが、環境への影響に配慮するとAs23の使用は避けるべきである。Sb23の好ましい量は0〜1質量%である。また、SnO2とCeO2は同時に使用することができ、好ましい量は合計で0〜2.5質量%である。
【0073】
Fは低Tg化に有用な成分である。しかし、過剰に導入すると熔融ガラスを成形する際に融液から揮発し、脈理発生や恒数変動の原因となる。よって、導入量は全酸素量に対して0〜10モル%とすることが好ましく、0〜5モル%とすることがより好ましい。
【0074】
この他、PbOは環境への影響、非酸化性雰囲気中で精密プレス成形する時に還元してプレス成形型の成形面に付着することから導入しないことが好ましい。また、ガラスを着色して特定波長域の光吸収機能を付与する場合を除き、Cu、Fe、Cd、Ni、Crなどを導入しないことが望ましい。
【0075】
上記芯部となる光学ガラスIは、屈折率ndが1.7以上、アッベ数νdが35以下、より好ましくは、30以下、更には25以下のものなど、高屈折、高分散を達成することができるため、非常に重用される高付加価値ガラスである。光学ガラスIIも同様に、非常に重用される高付加価値ガラスである。しかしながら、有用な光学恒数を達成するために含有する成分(W、Ti、Bi、Nb)は、還元されやすく、プレス成形の過程で反応活性が高い。すなわち、ガラス表面と成形型の成形面との界面において、高温下で反応が生じやすく、その結果、得られた成形体表面にクモリ、キズ状の反応痕や成形面との融着が生じるために、外観性能の不十分な光学素子となりやすい。
これに対し本発明によれば、その表面に前記珪素酸化物膜を形成することにより、芯部を構成する光学ガラスと成形型成形面との反応を防止することができる。更に、上記珪素酸化膜を形成することにより三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m以下に低減された本発明のプレス成形用ガラス素材は、成形型成形面に融着しにくいものであるため、精密プレス成形により高い歩留まりで光学素子を製造することが可能である。なお、上記光学ガラスIについては、ガラス転移点Tgが430℃以上、例えば450℃以上520℃以下であるときに、本発明の効果が顕著である。また、軟化点が530℃以上、例えば540℃以上600℃以下であるときに本発明の効果が顕著である。前記光学ガラスIIについては、ガラス転移点Tgが530℃以上、例えば560℃以上630℃以下であるときに、本発明の効果が顕著である。また、軟化点が、640℃以上、例えば650℃以上720℃以下であるときに本発明の効果が顕著である。
【0076】
本発明のプレス成形用ガラス素材を構成する芯部の形状は、芯部の光学機能面となる部位を覆う珪素酸化物膜の膜厚が通常数十nm程度であることから、本発明のプレス成形用ガラス素材の形状と実質的に同一である。
【0077】
本発明のプレス成形用ガラス素材は、目的とするガラス光学素子と同一の面形状、中心肉厚を有するガラス成形体(プレス成形によって成形されたガラス成形体)に近似した形状とすることが好ましい。プレス成形によって得られるガラス成形体に近似した形状のガラス素材(以下、「近似形状ガラス素材」ということもある)を用いてプレス成形することで、プレス成形時におけるガラス素材の形状変化率が少なくなり、それに伴って珪素酸化物膜の伸び量も少なくなるため、珪素酸化物膜が薄くなり過ぎたり、クラックが入ったりして珪素酸化物膜の機能が損なわれることを抑止することができる。
【0078】
ガラス成形体に近似した形状とは、好ましくは、ガラス光学素子を得るためのプレス成形による中心肉厚の変化率が50%以下であること、および外径の変化率が50%以下であることである。このようにプレス成形による中心肉厚の変化率が50%以下、かつ外径の変化率が50%以下となるような近似形状ガラス素材を用いた場合、表面クラックやクモリ、キズ等が発生することのない高品質な光学性能を有する光学素子を容易に製造することができる。
【0079】
ここで、変化率とはプレス成形前の寸法に対して、プレス成形後の寸法がどれだけ変化したかを示す比率であって、下記の計算式(式A)で求めることができる。
【0080】
【数2】

【0081】
つまり、中心肉厚の変化率は下記式Bで求めることができる。
【0082】
【数3】

【0083】
例えば、プレス成形前のガラス素材の中心肉厚が2.0mmで、プレス後のプレス成形体の中心肉厚が1.0mmとした場合、式Bから、中心肉厚の変化率は50%となる。
【0084】
また、外径の変化率は下記式Cで求めることができる。
【0085】
【数4】

【0086】
例えば、プレス成形前のガラス素材の外径寸法が10.0mmで、プレス後のプレス成形体の外径寸法が15.0mmとした場合、数式Cから、外径の変化率は50%となる。
【0087】
近似形状ガラス素材をプレス成形した際の中心肉厚の変化率が50%以下、かつ外径の変化率が50%以下とすることで、ガラス素材の変形量が少なくなることに伴って、珪素酸化物膜の変形量も少なくなり、珪素酸化物膜にひび割れが生じることを防ぐことができる。
【0088】
なお、中心肉厚の変化率は、30%以下が好ましく、20%以下がさらに好ましい。ただし、中心肉厚の変化率が1%未満になると、近似形状ガラス素材の主表面と成形型の成形面との間にガス溜まりが生じて、プレス成形体の面精度が却って劣化する場合がある。したがって、中心肉厚の変化率は1%以上、好ましくは5%以上であることが望ましい。
【0089】
また、外径の変化率は、30%以下が好ましく、20%以下がさらに好ましく、10%以下がより好ましい。ただし、外径の変化率が1%未満になると、近似形状ガラス素材の主表面と成形型の成形面との間にガス溜まりが生じて、プレス成形体の面精度が却って劣化する場合がある。したがって、外径の変化率は1%以上、好ましくは3%以上であることが望ましい。
【0090】
図1は、本発明にかかるプレス成形用ガラス素材の一形態を示す断面図であって、当該ガラス素材は最終的な光学素子を得るための基となるガラス成形体と近似した形状に予備成形された近似形状ガラス素材である。図1において、符号dはガラス素材の外形寸法であり、符号tは中心肉厚を示している。当該ガラス素材は、好ましくは上記光学ガラスIまたは光学ガラスIIなどの多成分系の光学ガラスからなる芯部1と、芯部1の表面に被覆された珪素酸化物膜2とを有している。
【0091】
図2は、図1に示したガラス素材をプレス成形したガラス成形体の断面図であり、プレス成形によって中心肉厚tがガラス素材のそれよりも短くなり、外径寸法dがガラス素材のそれよりも大きくなっている。なお、プレス成形体の表面全体には珪素酸化物膜2が形成されている。図2に示したガラス成形体は、外周部を心取り加工(研削加工)することにより、図3に示すガラス光学素子とすることができる。心取り加工により研削された外周端面は、珪素酸化物膜2も除去されている。
【0092】
次に、本発明のプレス成形用ガラス素材の芯部の予備成形について説明する。
本発明のプレス成形用ガラス素材は、芯部1となるガラスを所定の体積および所定の形状に予備成形したものを用いて作製することができる。この予備成形は、例えば、ブロック状の光学ガラスから切り出したものを、研削や研磨によって所定体積、所定形状に予備成形することにより行うことができる。
【0093】
あるいは、溶融状態の光学ガラスをパイプから滴下、または流下しつつ分離して所定量のガラス塊とし、このガラス塊の冷却中に予備成形することができる。ここで、溶融状態のガラスを、底部からガスを噴出する受け型に受け、実質的に浮上させた状態で冷却しつつ予備成形する方法を採用することができる。この方法は生産効率が高く、表面の平滑なガラス素材が得られることから好ましい。特に、目的とするガラス光学素子またはガラス成形体に近似した形状のガラス素材の芯部を予備成形する場合は、上記受け型上の溶融ガラスに対して、その上方から所定形状の金型を押し当てることにより、ガラスの上面側を変形させ、これを冷却することで、近似形状のガラス素材の芯部を成形できる。例えば、図1に示したようなガラス素材の芯部を成形する場合は、受け型上の熔融ガラスに凸面を有する金型を押し当て、該ガラスの上面を凹形状に変形させ、冷却することにより、凸面と凹面を有する近似形状のガラス素材の芯部を得ることができる。
【0094】
本発明のプレス成形用ガラス素材は、上記のように予備成形された芯部1となる光学ガラスからなる予備成形体の表面に珪素酸化物膜2が被覆されている。被覆方法は、スパッタ法、真空蒸着法などの公知の成膜法を用いることができる。本発明のプレス成形用ガラス素材の三液法によって測定される表面自由エネルギーは、成膜条件によって制御することができ、その詳細は後述する。
【0095】
[プレス成形用ガラス素材の製造方法]
本発明のプレス成形用ガラス素材の製造方法は、光学ガラスからなる芯部と、少なくとも芯部の光学機能面となる部位を覆う珪素酸化物膜とを有するプレス成形用ガラス素材の製造方法であり、SiOからなる成膜材料を用いて、不活性ガスと酸素との混合ガス雰囲気であって、酸素含有率が5体積%以上20体積%未満の範囲である雰囲気下で成膜処理を行うことにより前記珪素酸化物膜を形成するものである。SiOからなる成膜材料を用いて5体積%以上20体積%未満の酸素を含有する上記雰囲気下で成膜された珪素炭化物膜を表面に形成したプレス成形用ガラス素材によれば、プレス成形時の歩留まりを改善することができる。これは、先に説明したように、上記成膜条件によって形成された珪素酸化物膜は、従来の成膜方法で形成される珪素炭化物膜と比べて酸素を多く含む状態にあるため、三液法によって測定される表面自由エネルギーが従来の珪素酸化物膜を有するプレス成形用ガラス素材と比べて低下することに起因すると推察される。即ち、本発明のプレス成形用ガラス素材の製造方法により製造されるプレス成形用ガラス素材は、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m以下である、前述の本発明のプレス成形用ガラス素材であることができる。ただし、先に説明した理由から、上記珪素酸化物膜の膜厚は15nm未満とする。
【0096】
本発明のプレス成形用ガラス素材の製造方法では、珪素酸化物膜の成膜処理を、アルゴン等の不活性ガス中に5体積%以上20体積%未満の酸素を含有する雰囲気下で行う。成膜処理を行う雰囲気の酸素含有率が5体積%未満の場合および20体積%を超える場合のいずれにおいても、得られたプレス成形用ガラス素材を用いてプレス成形を行う際、プレス成形用ガラス素材と成形型との融着を抑制することが困難となる。これは、酸素含有率5体積%未満の場合については、形成される珪素酸化物膜の酸素含有率が少ないため三液法による表面自由エネルギーが高いことに起因すると考えられ、酸素含有率20体積%超の場合については、プレス成形用ガラス素材の表面における高次構造が不安定化し、反応が活性化することに起因し三液法による表面自由エネルギーが高くなるからであると考えられる。上記酸素含有率は、融着をより効果的に抑制する観点から、5体積%以上15体積%以下であることが好ましい。上記雰囲気に含まれる酸素以外の成分である不活性ガスとしては、アルゴンガス、ヘリウムガス、ネオンガス、キセノンガス等を挙げることができる。
【0097】
成膜処理は、成膜材料としてSiOからなる成膜材料を用いて、好ましくはスパッタ法、より好ましくはPVD法によって行うことができる。具体的には、SiO(例えば石英ガラス)をターゲット基材とし、不活性ガス中に酸素を5体積%以上20体積%未満含有するスパッタガスを用いたPVD法によって、芯部に珪素酸化物膜を形成することができる。より具体的な珪素酸化物膜の成膜方法としては、以下の方法を用いることができる。すなわち、所定形状に形成した複数の芯ガラス(芯部)をトレーに配列して真空チャンバー内に配置し、真空チャンバー内を真空排気しながら、加熱ヒーターにより芯ガラスを約300℃に加熱する。真空チャンバー内の真空度が1×10−5Torr以下になるまで排気した後、不活性ガス中に酸素を5体積%以上20体積%未満含有するスパッタガスを導入し、真空チャンバー内のターゲット基材(石英ガラス)に高周波を印加して、原料をプラズマ化し、芯ガラスの表面に珪素酸化物膜を成膜する。成膜時の出力は、100〜300W、スパッタガス流量は20〜100sccm、成膜時の雰囲気温度は350〜370℃とすることが、それぞれ好ましい。なお、珪素酸化物膜の膜厚は、真空チャンバー内の圧力(真空度)、出力(電源パワー)、成膜時間を調整することによって所望の範囲に制御することができる。前述のように、形成される珪素酸化物膜は、得られるプレス成形用ガラス素材をプレス成形して光学素子を成形したときに、光学素子の光学機能面を形成することになる芯部の部位に少なくとも被覆されていればよい。
【0098】
本発明のプレス成形用ガラス素材の製造方法では、SiOからなる成膜材料を使用する。ここでSiOからなる成膜材料とは、SiO以外の成分を意図的に混合したものではないことを意味し、SiO調製過程において混入した不純物が含まれていることを許容するものとする。好ましくはSiO純度が95質量%以上、より好ましくは98質量%以上、更に好ましくは99質量%以上のものである。
【0099】
[光学素子の製造方法]
本発明の光学素子の製造方法は、本発明のプレス成形用ガラス素材または本発明の製造方法により作製したプレス成形用ガラス素材を加熱し、プレス成形型を用いて精密プレス成形することを含むものである。
【0100】
精密プレス成形法は、モールドオプティクス成形法とも呼ばれ、既に当該発明の属する技術分野においてはよく知られたものである。光学素子の光線を透過したり、屈折させたり、回折させたり、反射させたりする面を光学機能面と呼ぶ。例えばレンズを例にとると非球面レンズの非球面や球面レンズの球面などのレンズ面が光学機能面に相当する。精密プレス成形法はプレス成形型の成形面を精密にガラスに転写することにより、プレス成形で光学機能面を形成する方法である。つまり光学機能面を仕上げるために研削や研磨などの機械加工を加える必要がない。
【0101】
精密プレス成形に用いる成形型としては、充分な耐熱性、剛性を有し、緻密な材料を精密加工したものを用いることができる。例えば、炭化ケイ素、窒化ケイ素、炭化タングステン、酸化アルミニウムや炭化チタン、ステンレス等金属、あるいはこれらの表面に炭素、耐熱金属、貴金属合金、炭化物、窒化物、硼化物などの膜を被覆したものを挙げることができる。
【0102】
成形型としては、プレス成形用ガラス素材との接触面となる成形面に、炭素含有膜等の被覆膜を有するものを使用することもできる。該炭素含有膜としては、非晶質および/または結晶質の、グラファイトおよび/またはダイヤモンドの、単一成分層または複合層から構成されているものを用いることが好ましい。この炭素膜は、スパッタリング法、プラズマCVD法、CVD法、イオンプレーティング法等の手段で成膜することができる。例えば、スパッタガスとしてArの如き不活性ガスを、スパッタターゲットとしてグラファイトを用いてスパッタリングにより成膜することができる。或いは、マイクロ波プラズマCVD法により原料ガスとしてメタンガスと水素ガスを用いて成膜してもよい。イオンプレーティング法により形成する場合には、ベンゼンガスを用い、イオン化して用いることができる。これらの炭素膜はC−H結合を有するものを含む。なお、成形型の成形面に炭素含有膜を設けることにより、プレス成形時のプレス成形用ガラス素材と成形型との融着をよりいっそう防止することが可能となるが、このような場合には、プレス成形時に炭素の酸化を防止する目的で、非酸化雰囲気下でプレスを行うことが好ましい。しかし、非酸化雰囲気下では、上記易還元成分はより還元されやすい上、ガラスと炭素の間で界面反応が生じやすいという不都合がある。これに対し、前記珪素酸化物膜を有するプレス成形用ガラス素材であれば、プレス成形時に芯部のガラスと成形面上の炭素含有膜が直接接触することがないため、窒素ガスなどの非酸化雰囲気下でプレスを行ってもガラスと炭素の間の界面反応を抑制することができるという利点もある。
【0103】
精密プレス成形は、具体的には、例えば以下のような方法で行うことができる。
プレス成形にあたっては、図4に示すように、上型4、下型5および胴型6を含む成形型7内にプレス成形用ガラス素材PFを供給し、プレスに適した温度域に昇温する。例えば、加熱温度は芯部1の光学ガラスの種類によって適宜設定されるが、プレス成形用ガラス素材PFと成形型7が、プレス成形用ガラス素材PFの粘度が10〜1010dPa・sになる温度域にあるときプレス成形を行うことが好ましい。プレス温度は、例えば芯部1を構成する光学ガラスが107.2dPa・s相当前後となる温度が好ましく、芯部1が107.2dPa・s相当となる温度が800℃以下、好ましくは750℃以下、更に好ましくは650℃以下であるようにすることが、ガラスの選択の指標となり得る。プレス成形は、プレスヘッド3を降下させ所定の荷重を印加することにより行うことができる。
【0104】
プレス成形用ガラス素材PFを成形型7に導入し、プレス成形用ガラス素材PFと成形型7を一緒にプレス成形温度まで加熱してプレス成形を行ってもよく、予熱した成形型7に加熱したプレス成形用ガラス素材PFを導入してプレス成形を行ってもよい。前者の方法は、後者の方法に比べてプレス成形用ガラス素材と成形型との接触時間が長くなるため融着を生じやすいが、本発明によれば、上記方法を採用する場合であっても、融着を起こすことなく精密プレス成形を行うことが可能である。一方、後者の方法を採用する場合には、プレス成形用ガラス素材PFを10〜10dPa・s粘度相当、成形型7をガラス粘度で10〜1012dPa・s相当の温度にそれぞれ昇温し、プレス成形用ガラス素材PFを成形型7に配置して直ちにプレス成形する方法を採用してもよい。この方法は、成形型の温度変化幅を相対的に少なくすることができるため、成形装置の昇温/降温サイクルタイムを短縮できるとともに、成形型7の熱による劣化を抑制できる効果がある点で好ましい。いずれの場合も、プレス成形開始時、または開始後に冷却を開始し、適切な荷重印加スケジュールを適用しつつ、成形面とガラス素子の密着を維持しながら、降温する。この後、離型して成形体を取り出す。離型温度は、ガラス粘度1012.5〜1013.5dPa・s相当の温度で行うことが好ましい。
【0105】
離型された成形体は、その表面にプレス前のプレス成形用ガラス素材と同様に珪素酸化物膜が存在している。プレス成形により得られた成形体は、表面に珪素酸化物膜を有するため、珪素酸化物膜を持たないものと比べてSiO等の珪素酸化物の含有量が多く、これにより化学的耐久性に優れるという特性を有する。なお、珪素酸化物膜の膜厚は、プレス成形により実質的な変化はしない。特に、プレス成形用ガラス素材がプレス成形によって得られるガラス成形体に近似した形状を有する場合、ことに、プレス成形による中心肉厚の変化率が50%以下であり、かつ外径の変化率が50%以下である形状を有する場合にはこの傾向は顕著である。珪素酸化物膜は芯ガラスに比べて熱膨張係数が大幅に低く、かつ、ガラス転移温度が芯ガラスに比べて高い(プレス温度程度では熱変形し難い(延び難い))。そのため、常温のプレス成形用ガラス素材PFをプレス温度まで加熱昇温し、プレス成形し、さらにプレス成形後に常温まで冷却しても、珪素酸化物膜の膜厚は、プレス成形用ガラス素材とプレス成形後のガラス光学素子で大きく変化しない。
【0106】
得られた成形体は、そのまま最終製品である光学素子として出荷することができ、または、表面に反射防止膜等の光学的機能膜を形成した後に最終製品とすることもできる。後者の場合は、前記珪素酸化物膜を有する成形体に、Al、ZrO−TiO、MgFなどの材料を単層で、または積層して適宜成膜することによって、所望の反射防止膜とすることができる。反射防止膜の成膜方法は、蒸着法、イオンアシスト蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタ法など、公知の方法で行うことができる。例えば、蒸着法による場合には、蒸着装置を用いて、10−4Torr程度の真空雰囲気中で、蒸着材料を電子ビーム、直接通電またはアークにより加熱し、材料から蒸発および昇華により発生する材料の蒸気を基材の上に輸送し凝縮・析出させることにより反射防止膜を形成することができる。基材加熱温度は室温〜400℃程度とすることができる。ただし、基材のガラス転移温度(Tg)が450℃以下の場合、基材加熱の上限温度はTg−50℃とすることが好ましい。なお、プレス成形後に得られた成形体表面に存在する珪素酸化物膜は反射防止膜との親和性が高い。このため、反射防止膜が剥離し難くなるという効果もある。なお、プレス成形体の外周部を心取り加工して、ガラス光学素子として使用することもできる。
【0107】
本発明により得られるガラス光学素子は、小径、薄肉の小重量レンズ、例えば、携帯撮像機器などに搭載する小型撮像系用レンズ、通信用レンズ、光ピックアップ用の対物レンズ、コリメータレンズ等とすることができる。レンズ形状は特に限定されるものではなく、凸メニスカスレンズ、凹メニスカスレンズ、両凸レンズ、両凹レンズなど各種の形状をとることができる。
【実施例】
【0108】
以下、本発明を実施例により更に説明する。但し、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0109】
1.プレス成形用ガラス素材の作製
下記表2に記載した組成を有する、前述の光学ガラスIに属する光学ガラスを、熔融状態から受け型に滴下、冷却し、図1に示すような片側を凸面、反対側を凹面とした形状のガラス塊(ガラス素材の芯部)を予備成形した。
【0110】
【表2】

【0111】
次いで、以下の方法により、ガラス素材の芯部の表面に珪素酸化物膜を形成した。
すなわち、複数の芯部を保持するトレーと、これに対向するターゲット基材(ここでは、純度99質量%以上の石英ガラス)を収容するチャンバー(スパッタ室)とを備えるスパッタ装置を用いて、スパッタ法による珪素酸化物の成膜を実施した。まず、トレーに配置したガラス素材の芯部をチャンバー外で200℃程度に予備加熱してから、チャンバー内に搬送した。次いで、チャンバー内を真空排気しながら、ガラス芯部を加熱ヒーターで300℃程度に加熱した。チャンバー内の真空度が1×10−5Torr以下になるまで排気した後、アルゴンガス中に所定量の酸素を含むスパッタガスを導入し、高周波出力を250Wとして、ターゲット基材をArイオンでスパッタリングし、ターゲット原子であるSiOをガラス芯部の表面に付着、堆積させた。しかる後、チャンバー内を冷却し、成膜後のガラス素材をトレーごと取り出した。
【0112】
2.表面自由エネルギーの測定
上記1.で作製したプレス成形用ガラス素材の三液法による表面自由エネルギーを、以下の方法で測定した。
始めに表1記載の超純水、グリセリンおよびジヨードメタンをそれぞれ作製したプレス成形用ガラス素材に滴下し、各接触角θ1、θ2、θ3を測定した。
次に以下の逆行列式に、表1記載の各液体のパラメーターおよび測定した接触角を代入した。
【0113】
【数5】

【0114】
これにより作製したプレス成形用ガラス素材表面の分散成分γsa、同双極子成分γsb、同水素結合成分γscを求めた。
最後に上記結果から作製したプレス成形用ガラス素材の表面自由エネルギーγSを以下の式によって算出した。
γS=γsa+γsb+γsc
【0115】
3.珪素酸化物膜の同定および膜厚の算出
上記1.で作製したプレス成形用ガラス素材の表面に形成された珪素酸化物膜の同定は、電子顕微鏡(SEM)付属のX線光電子分光分析装置(XPS)、またはエネルギー分散型X線分光法(EDX)を用いて、ガラス表面の組成分析することにより実施した。また、珪素酸化物膜の膜厚については、平板ガラスの一部にマスキングを施し、ガラス素材へ珪素酸化物膜を形成する際と同一の条件で当該平板ガラスに珪素酸化物膜を形成した後、マスクを剥がして、成膜部とマスク部との高さの差を原子間力顕微鏡(AFM)で観察することにより測定された膜厚をプレス成形用ガラス素材の表面に形成された珪素酸化物膜とした。
【0116】
4.ガラスレンズの作製
次いで、上記ガラス素材PFをモールドプレス成形装置により窒素ガス雰囲気下でプレス成形した。すなわち、まず成形面にスパッタ法による炭素含有離型膜を形成したSiC製の上下型と、これらの上下型を同軸上に保持する胴型からなる成形型を用い、上下型で上記ガラス素材PFを挟持するように成形型内にガラス素材を供給した。そして、雰囲気が非酸化性のNガスで充満した成形装置のチャンバー内に成形型を投入し、成形型およびガラス素材PFを580℃に加熱した。次いで、成形型を120kg/cmで加圧するとともに成形型を所定の冷却速度で冷却を行い、成形型の温度が460℃になった時点で加圧を終了した。次いで、成形型を急冷し、300℃以下になったところで成形型をチャンバー内から取り出し、成形型を分解して成形型内のプレス成形体を取り出した。成形体の断面形状は図2に示し、その外径寸法dは21.5mm、中心肉厚は2.65mmであった。すなわち、プレス成形による外径の変化率は22.2%であり、中心肉厚の変化率が18.2%であった。次いで、プレス成形体の外周部を研削加工により心取りを行い、図3に示すようなφ18mmの凸メニスカス形状の非球面ガラスレンズを得た。
【0117】
5.表面自由エネルギーの測定結果
図5(A)に、スパッタガス中の酸素導入率を5体積%、10体積%、15体積%、20体積%としてスパッタ時間を同一(5分間)として得られたプレス成形用ガラス素材の三液法による表面自由エネルギーを示し、図5(B)〜(D)に、図5に示した表面自由エネルギーの構成成分である非極性成分、水素結合成分、双極子成分を示す。
図5(A)〜(D)に示す結果から、酸素導入率が5体積%以上20体積%未満において、三液法による表面自由エネルギーが75mJ/m以下の値となったことは、主に水素結合成分の減少によるものであることが確認できる。
【0118】
6.歩留まりの評価
スパッタ時間およびスパッタガス中の酸素導入率を変えることにより各種珪素酸化物膜を形成した。形成した珪素酸化物膜を上記3.に記載の方法で同定したところ、いずれの場合にもガラス表面から珪素と酸素が検出されたため、これによりスパッタ処理により珪素酸化物膜がプレス成形用ガラス素材の表面に形成されたことが確認された。
1回の成膜処理につき合計360個のプレス成形用ガラス素材を作製し、得られたガラス素材から表面自由エネルギー測定用のサンプルを抽出し、上記2.に記載の方法で表面自由エネルギーを測定した。測定結果を下記表3に示す。また、下記表3に示す膜厚は、上記3.に記載の方法で測定したものである。
次いで、得られたプレス成形用ガラス素材を用いて、上記4.に記載の方法によりプレス成形を連続して行い、得られたガラスレンズに透過光を照射し、型との融着に起因して発生したと考えられる不良の有無を目視で判定した。プレス成形により作製したガラスレンズ360個中、製品として出荷できないほどの明らかな外観・形状不良が認められなかった良品の割合を歩留まりとして表3に示す。なお、酸素導入率0%の比較例1、2では、プレス1回目に成形型とプレス成形用ガラス素材との融着が生じたためガラスレンズを得ることができなかった。


【0119】
【表3】

【0120】
7.型寿命の評価
スパッタ時間およびスパッタガス中の酸素導入率を変えることにより各種珪素酸化物膜を形成した。形成した珪素酸化物膜を上記3.に記載の方法で同定したところ、いずれの場合にもガラス表面から珪素と酸素が検出されたため、これによりスパッタ処理により珪素酸化物膜がプレス成形用ガラス素材の表面に形成されたことが確認された。
1回の成膜処理につき合計360個のプレス成形用ガラス素材を作製し、得られたガラス素材から表面自由エネルギー測定用のサンプルを抽出し、上記2.に記載の方法で表面自由エネルギーを測定した。測定結果を下記表4に示す。また、下記表4に示す膜厚は、上記3.に記載の方法で測定したものである。
次いで、得られたプレス成形用ガラス素材を用いて、上記4.に記載の方法によりプレス成形を連続して行い、1回プレスを行う度に顕微鏡による反射光観察により成形型の表面を観察し、成形型表面にプレス成形用ガラス素材の融着痕が明らかに観察された際のプレス回数を型寿命として表4に示す。
【0121】
【表4】

【0122】
8.珪素酸化物膜の膜厚の影響(比較例8)
スパッタガス中の酸素導入率10体積%として膜厚15nmの珪素酸化物膜を作製した比較例8のプレス成形用ガラス素材の表面自由エネルギーを上記2.に記載の方法で測定したところ、表4に示すように64.3mJ/mであった。しかしながら、このプレス成形用ガラス素材を用いて、上記4.に記載の方法によりプレス成形したところ、成形型との顕著な融着が発生した。そこでプレス成形後のガラス素材の表面を走査型電子顕微鏡(測定条件:低真空モード、加速電圧3kev)により観察した。得られたSEM画像を図6(A)に示す。図6(A)に示すSEM画像から、図6(A)に示すガラス素材の断面を模式的に示すと図6(B)に示す模式図となる。図6(A)中の矢印で示す部分のように周辺部より明るく表示されている箇所は、周辺部より高く組成が異なる部分である。これは、図6(B)に示すように、珪素酸化物膜2にクラックが発生し、芯部1を構成する硝材の一部が珪素酸化物膜2のクラック発生部分から飛び出していることを意味する。このように珪素酸化物膜2から飛び出した硝材が成形型と直接接触することが、顕著な融着発生の原因である。
【0123】
評価結果
表3に示すように、膜厚15nm未満の珪素酸化物膜を有し、表面自由エネルギーが75mJ/m以下のプレス成形用ガラス素材を用いてプレス成形を行った実施例1〜3では、65%以上の歩留まりを確保することができた。実施例1〜3により得られた良品のガラスレンズは、いずれも外観、形状とも良好であったが、中でも実施例2で得られた良品のガラスレンズは外観、形状とも特に良好であった。
これに対し、前述のように比較例1、2ではプレス成形を行うことができなかった。また、膜厚15nm未満の珪素酸化物膜を有するものの、表面自由エネルギーが75mJ/m超のプレス成形用ガラス素材を用いてプレス成形を行った比較例3、4では、実施例1〜3と比べて歩留まりが低下した。比較例3は、歩留まりは60%と表3に示す比較例の中では良好ではあるが、プレス荷重を120kg/cmより上げるとプレス1回目から成形型との顕著な融着が発生したため、低荷重条件下でのみ60%の歩留まりを確保できるものであった。これに対し実施例1〜3ではプレス荷重を120kg/cmより上げても表3に示した結果と同等の歩留まりでガラスレンズを得ることができた。また、比較例4で得られた良品は、実施例1〜3で得られた良品と比べて外観、形状とも劣るものであった。
型寿命については、表4に示すように、膜厚15nm未満の珪素酸化物膜を有するものの表面自由エネルギーが75mJ/m超のプレス成形用ガラス素材を用いてプレス成形を行った比較例5、膜厚15nmの珪素酸化物膜を有し、表面自由エネルギーが75mJ/m超のプレス成形用ガラス素材を用いてプレス成形を行った比較例6、および珪素酸化物膜を形成しなかった比較例7では、プレス成形1回目から顕著な融着が発生した。これに対し、膜厚15nm未満の珪素酸化物膜を有し、かつ表面自由エネルギーが75mJ/m以下のプレス成形用ガラス素材を用いてプレス成形を行った実施例4〜6では、融着を起こすことなく連続プレス成形が可能であった。中でも実施例5では、融着を起こすことなく200回以上の連続プレス成形が可能であった。
なお、比較例8に示したように、表面自由エネルギーが75mJ/m以下のプレス成形用ガラス素材であっても珪素酸化物膜の膜厚が15nmを超えるとプレス成形時に成形型とガラス素材との融着が発生することにより、型寿命が低下した。
以上の結果から、膜厚15nm未満の珪素酸化物膜を有し、表面自由エネルギーが75mJ/m以下のプレス成形用ガラス素材を用いてプレス成形を行うことにより、歩留まりおよび型寿命の向上が可能であることが確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0124】
本発明は、ガラスレンズ等の光学素子製造分野に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学ガラスからなる芯部と、少なくとも前記芯部の光学機能面となる部位を覆う厚み15nm未満の珪素酸化物膜とを有し、かつ、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m以下であることを特徴とするプレス成形用ガラス素材。
【請求項2】
前記光学ガラスは、W、Ti、Bi、およびNbからなる群から選ばれる少なくとも一種の易還元成分を含む、請求項1に記載のプレス成形用ガラス素材。
【請求項3】
前記光学ガラスは、モル%表示で、P25;10〜45%、Nb25;3〜35%、Li2O;0〜35%、TiO2;0〜25%、WO3;0〜20%、Bi23;0〜40%、B23;0〜20%、BaO;0〜25%、ZnO;0〜25%、Na2O;0〜50%、K2O;0〜20%、Al23;0〜15%、SiO2;0〜15%、F;全酸素量に対して0〜10%、を含む、請求項1または2に記載のプレス成形用ガラス素材。
【請求項4】
光学ガラスからなる芯部と、少なくとも芯部の光学機能面となる部位を覆う厚み15nm未満の珪素酸化物膜とを有するプレス成形用ガラス素材の製造方法であって、
SiOからなる成膜材料を用いて、不活性ガスと酸素との混合ガス雰囲気であって、酸素含有率が5体積%以上20体積%未満の範囲である雰囲気下で成膜処理を行うことにより前記珪素酸化物膜を前記芯部の前記部位上に形成することを特徴とする、プレス成形用ガラス素材の製造方法。
【請求項5】
前記成膜処理をスパッタ法により行う、請求項4に記載のプレス成形用ガラス素材の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のプレス成形用ガラス素材を作製する、請求項4または5に記載のプレス成形用ガラス素材の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のプレス成形用ガラス素材または請求項4もしくは5に記載の方法により作製したプレス成形用ガラス素材を加熱し、プレス成形型を用いて精密プレス成形することを含む、光学素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5(A)】
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【図5(B)】
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【図5(C)】
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【図5(D)】
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【図6(A)】
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【図6(B)】
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【公開番号】特開2011−136870(P2011−136870A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−298210(P2009−298210)
【出願日】平成21年12月28日(2009.12.28)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】