説明

ポリアクリロニトリル系繊維の製造方法

【課題】
湿式あるいは乾湿式紡糸方法により紡糸した繊維に含まれる溶媒を水に置換する洗浄方法において、溶媒回収のための水の処理量を減らして、トータルの処理エネルギーを減少する炭素繊維前駆体に用いられるPAN系繊維の製造方法を提供すること。
【解決手段】
ポリアクリロニトリル系繊維の糸条に含まれる紡糸に用いた溶媒と水を置換する洗浄工程を有する溶液紡糸によるポリアクリロニトリル系繊維の製造方法であって、
前記洗浄工程は、9〜40槽の洗浄槽を用い糸条の走行方向に対し最下流の洗浄槽から洗浄水を流し、各洗浄槽から流出する洗浄水はひとつ上流の洗浄槽に流すものであり、
洗浄槽から流出する洗浄水中の溶媒濃度が5〜11質量%の範囲にある洗浄槽の少なくとも1つから流出した洗浄水の少なくとも1部を、膜濾過分離を用いて溶媒濃度が11〜18質量%の濃縮水と溶媒濃度が0.02〜0.5質量%の透過水に分離し、
該透過水の少なくとも1部を溶媒濃度が0.02〜1質量%である洗浄槽の少なくとも1つに流す洗浄水に追加し
溶媒濃度が1〜5質量%である洗浄槽における繊維の質量に対する洗浄に用いる水の質量の比をa、
溶媒濃度が0〜0.02質量%である洗浄槽における繊維の質量に対する洗浄に用いる水の質量の比をbとしたとき、
下記式(1)(2)を満たすように、
最下流の洗浄槽に投入する洗浄水の量と、
溶媒濃度が0.02〜1質量%である洗浄槽の少なくとも1つに追加する前記透過水の量を制御することを特徴とするポリアクリロニトリル系繊維の製造方法。
6≦a≦15 ・・・(1)
1.4≦a/b≦3.0 ・・・(2)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維用前駆体繊維として用いるポリアクリロニトリル系繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアクリロニトリル系炭素繊維は、ポリアクリロニトリル系繊維を溶液紡糸し、凝固した繊維に含まれる溶媒と水を置換する水洗工程を経て、乾燥、延伸する製糸工程、200〜400℃の空気雰囲気中で該前駆体繊維を加熱焼成して酸化繊維に転換する耐炎化工程、窒素・ヘリウム・アルゴン等の不活性雰囲気中でさらに300〜2500℃に加熱して炭化する炭化工程を経ることで得られる。得られた炭素繊維は、優れた比強度・比弾性率を活用して、材料軽量化による二酸化炭素排出削減のために、複合材料用強化繊維として航空・宇宙用途、スポーツ用途や一般産業用途などに幅広く利用されている。
【0003】
性能の優れた炭素繊維を得るために前駆体繊維であるポリアクリロニトリル系繊維の製造時にも改善すべきポイントがある。すなわち、性能の優れた炭素繊維を得るためには、製糸工程中の乾燥工程においてポリアクリロニトリル系繊維束中での接着や疑似接着を防止することが重要である。ポリアクリロニトリル系繊維を溶液紡糸し、凝固した繊維に含まれる溶媒と水を置換する水洗工程では、紡糸された溶媒を高濃度で含む糸条をそれよりも溶媒濃度の低い水溶液の入った洗浄槽などを通過させることを繰り返し、糸条に含まれる溶媒含有量を低下させる。乾燥工程においてポリアクリロニトリル系繊維束中での接着や疑似接着を防止するためには、ポリアクリロニトリル系繊維中の残存溶媒含有量を低減する必要があるとされている(特許文献1参照)。ポリアクリロニトリル系繊維中の残存溶媒含有量を低減する手段としては、一般に(1)ポリアクリロニトリル系繊維の単位繊維量に対する水洗水量の比(浴比とも言う)を高め、洗浄槽中の溶媒濃度を低下させること、(2)洗浄槽の数を増やすこと、(3)糸条に含まれる溶媒濃度を外部からの振動などにより置換を促進させることなどが挙げられる。
【0004】
一方、炭素繊維製造時の使用エネルギーを低減することや二酸化炭素排出量の低減も重要である。かかる観点で見ると、ポリアクリロニトリル系繊維の製造時の溶媒回収工程においてポリアクリロニトリルを溶解する溶媒と水との混合物から、水を蒸発により分離するエネルギーが炭素繊維製造時の使用エネルギーのうち比較的大きな比率を占めている。そのエネルギーを低減するためには、溶媒回収工程に送られる水の量を減らすことが効果的である。
【0005】
以上より、炭素繊維の高性能化において、ポリアクリロニトリル系繊維の製造時に、ポリアクリロニトリル系繊維中の残存溶媒含有量を低減する必要があるが、用いる手段には、ポリアクリロニトリル系繊維の製造にかかるエネルギーを低減するという観点も重要であり、かかる観点から従来技術を整理すると以下のようになる。
【0006】
(1)のように単純に浴比を高めると、蒸発させなければならない水の量が多くなるので、エネルギー低減ができない。(2)の洗浄槽を増やす方法では、槽からの水の蒸発量が増えることと、洗浄槽などの設備コストが増えることという欠点がある。従って、従来の技術では、上記目的のために、(3)の糸条に含まれる溶媒濃度を外部からの振動などにより置換を促進させる技術が検討されてきた。かかる方法の例として、超音波による方法(特許文献1参照)、加熱による方法(特許文献2参照)、糸条に振動を与える方法(特許文献3参照)、界面活性剤を添加する方法(特許文献4参照)などがある。
【0007】
一般的に、溶媒回収では、熱エネルギー以外に、圧力により逆浸透膜を用いた分離を併用することでトータルエネルギーの大幅な削減が図られることが知られている(特許文献5参照)。
【0008】
そしてポリアクリロニトリル系繊維に逆浸透膜を利用した例として、ポリアクリロニトリル系繊維の紡糸溶媒の一つである無機塩系溶媒を回収・再使用する際に、着色成分除去を目的としたものがある(特許文献6参照)。
【0009】
しかしながら、単純に逆浸透膜による分離をポリアクリロニトリル繊維の製糸工程に適用しても、運転エネルギーや膜製造エネルギーに対して、溶媒と水の置換効率向上効果が低く、ポリアクリロニトリル繊維の製造にかかるエネルギーを低減できるものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭61−108715号公報
【特許文献2】特開昭57−42917号公報
【特許文献3】特開2001−49523号公報
【特許文献4】特開平01−221510号公報
【特許文献5】特開2006−151821号公報
【特許文献6】特開平05−230721号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、湿式あるいは乾湿式紡糸方法により紡糸した繊維に含まれる溶媒を水に置換する洗浄方法において、溶媒回収のための水の処理量を減らして、トータルの処理エネルギーを減少する炭素繊維前駆体に用いられるポリアクリロニトリル系繊維の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
課題を解決するために、本発明は以下の構成からなる。すなわち、ポリアクリロニトリル系繊維の糸条に含まれる紡糸に用いた溶媒と水を置換する洗浄工程を有する溶液紡糸によるポリアクリロニトリル系繊維の製造方法であって、
前記洗浄工程は、9〜40槽の洗浄槽を用い糸条の走行方向に対し最下流の槽から洗浄水を流し、各槽から流出する洗浄水はひとつ上流の槽に流すものであり、
槽から流出する洗浄水中の溶媒濃度が5〜11質量%の範囲にある洗浄槽の少なくとも1つから流出した洗浄水の少なくとも1部を、膜濾過分離を用いて溶媒濃度が11〜18質量%の濃縮水と溶媒濃度が0.02〜0.5質量%の透過水に分離し、
該透過水の少なくとも1部を溶媒濃度が0.02〜1質量%である槽の少なくとも1つに流す洗浄水に追加し
溶媒濃度が1〜5質量%である槽における繊維の質量に対する洗浄に用いる水の質量の比をa、
溶媒濃度が0〜0.02質量%である槽における繊維の質量に対する洗浄に用いる水の質量の比をbとしたとき、
下記式(1)(2)を満たすように、
最下流の槽に投入する洗浄水の量と、
溶媒濃度が0.02〜1質量%である槽の少なくとも1つに追加する前記透過水の量を制御することを特徴とするポリアクリロニトリル系繊維の製造方法である。
6≦a≦15 ・・・(1)
1.4≦a/b≦3.0 ・・・(2)
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、以下に説明するとおり、炭素繊維前駆体に用いられるポリアクリロニトリル系繊維の製糸工程の中の湿式あるいは乾湿式紡糸方法により紡糸した繊維に含まれる溶媒を水に置換する洗浄工程において、溶媒を回収する工程への水の送液量を減らして、炭素繊維製造にかかるのトータルの処理エネルギーを減少することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
ポリアクリロニトリル(以降、PANと略記することもある)系繊維の糸条に含まれる紡糸に用いた溶媒(以降、紡糸溶媒と記すこともある)と水を置換する洗浄工程を有する溶液紡糸によるポリアクリロニトリル系繊維の製造方法において、ポリアクリロニトリル系繊維の糸条に含まれる紡糸溶媒と水の置換に関して、膜濾過分離を用いて、洗浄水に追加利用することにより、水洗効率が向上するのではないかとの考えの下検討したところ、特定の溶媒濃度の槽の流出液を分離して、各槽の浴比を特定の範囲となるように再利用することで前駆体に用いられるPAN系繊維の製造エネルギーが低減できることを見出したものである。具体的には、浴比が大きいと糸条中の溶媒濃度と槽中水溶液の溶媒濃度の差が大きくなるが、糸条中の溶媒濃度が低いほど洗浄効率は低下する傾向があることを見出したため、糸条中の溶媒濃度が高い場合に浴比を高め、糸条中の溶媒濃度が低い場合に浴比を低減するものである。
【0015】
なお、本発明において、PAN系繊維の溶液紡糸に用いられる紡糸溶媒としては、有機溶媒および無機塩系溶媒の両方を含み、具体的には、塩化亜鉛水溶液、硫酸水溶液、硝酸水溶液、チオシアン酸ナトリウム水溶液、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、エチレンカーボネートおよびγ−ブチロラクトンが挙げられる。
【0016】
本発明において、溶液紡糸により紡糸したポリアクリロニトリル系繊維の糸条に含まれる紡糸に用いた溶媒と水を置換する洗浄工程は、通常9〜40槽の洗浄槽を用い糸条の走行方向に対し最下流の槽から洗浄水を流し、各槽から流出する洗浄水はひとつ上流の槽に流すものである(以降においても、上流/下流は糸条の走行方向を基準とするものとする)。ここで、洗浄槽が8以下であると、紡糸溶媒が十分に水と置換することができず、上限については洗浄の観点からは多くても問題となることはないが、41以上としても設備の大型化に伴う設備費用や運転エネルギーに見合うだけの効果が得られないことから設定している。また、洗浄水は糸条の走行方向に対し最下流の槽から投入し、各槽から流出する洗浄水はひとつ上流の槽に流すものであるが、これは、溶媒抽出一般的な知見をベースとしている。すなわち、糸条に含まれる溶媒濃度よりも溶媒濃度の低い洗浄槽に糸条を導入し、徐々に溶媒濃度を下げていく操作を行うことから、糸条中の溶媒の濃度が小さい下流ほど、溶媒含有率の少ない新鮮な洗浄水で洗浄する必要があるためである。
【0017】
本発明では、洗浄槽から流出する洗浄水中の溶媒濃度が5〜11質量%の範囲にある洗浄槽の少なくとも1つから流出した洗浄水の少なくとも1部を、膜濾過分離を用いて溶媒濃度が11〜18質量%の濃縮水と溶媒濃度が0.02〜0.5質量%の透過水に分離し、
該透過水の少なくとも1部を溶媒濃度が0.02〜1質量%である洗浄槽の少なくとも1つに流す洗浄水に追加し
溶媒濃度が1〜5質量%である槽における繊維の質量に対する洗浄に用いる水の質量の比(以下、浴比と記述することがある)をa、
溶媒濃度が0〜0.02質量%である槽における繊維の質量に対する洗浄に用いる水の質量の比をbとしたとき、
下記式(1)(2)を満たすように、
最下流の槽に投入する洗浄水の量と、
溶媒濃度が0.02〜1質量%である槽の少なくとも1つに流す洗浄水の量を制御することを特徴とする。
6≦a≦15 ・・・(1)
1.4≦a/b≦3.0 ・・・(2)
本発明において、洗浄に用いる水の質量とは槽中の水溶液量ではなく、単位時間あたりに槽に投入される水溶液の質量を示す。本発明において、上記範囲の浴比を採用する意味は、溶媒濃度が1〜5質量%である洗浄槽における浴比を高めて糸条中に含まれる溶媒と水の置換を促進し、溶媒濃度が0〜0.02質量%である洗浄槽における浴比を低く抑えることにある。すなわち、溶媒濃度が0〜0.02質量%である洗浄槽においては、溶媒と水の置換効率が低下しやすく、浴比を高めたとしてもそのことによる効果が発揮されにくい。一般的には、全ての洗浄工程を一定の浴比とするが、本発明では、膜濾過分離を活用することにより、溶媒含有率の低い透過水の少なくとも一部、好ましくは全量を溶媒濃度が0.02〜1質量%である洗浄槽の少なくとも1つに流す洗浄水に追加することで、浴比bを低く抑えつつ、溶媒濃度が1〜5質量%である洗浄槽を含む洗浄槽の浴比aを高めるものである。このように、前記範囲の溶媒濃度の洗浄槽に透過水を追加することで、浴比aを高められるため、溶媒と水との置換効率を高くすることができる。また、溶媒濃度が0.04〜0.1質量%である洗浄槽に透過水を追加することが好ましい。
【0018】
ここで、膜濾過分離について説明する。膜濾過分離に供する水溶液は、洗浄槽から流出する洗浄水中の溶媒濃度が5〜11質量%の範囲にある洗浄槽のうち最上流の洗浄槽から流出した洗浄水の少なくとも1部を用いる、かかる膜濾過分離に供する5〜11質量%の範囲にある洗浄槽のうち最上流の洗浄槽の水溶液の溶媒濃度は、6〜10質量%であることが好ましい。前記洗浄水の溶媒濃度が上記範囲を外れる場合は透過水の水量と溶媒濃度のバランスが悪くなる。また、前記溶媒濃度が5〜11質量%の範囲にある洗浄槽から流出した洗浄水は膜濾過分離により溶媒濃度を高めた方が溶媒回収の熱エネルギーを低減できるので、全量を膜濾過分離することが好ましい。
【0019】
前記洗浄水を、膜濾過分離する際、溶媒濃度を高めた濃縮水は、11〜18質量%の範囲に溶媒濃度を高めることが好ましい、より好ましくは12〜15質量%である。濃縮水の溶媒濃度が11質量%未満の場合は、透過水の量が十分得られず、また、溶媒回収工程に送液する濃縮水の水量が減らないため、エネルギー低減の効果が極めて低くなり、一方、18質量%を超えるところまで濃縮しようとすると、超高圧設備が必要となり、特殊な膜を開発する必要となり、熱エネルギーを削減する以上の膜製造コストや運転エネルギーが大きくなり、トータルのPAN系繊維製造エネルギー低減効果が得られないためである。濃縮水は、好ましくは膜濾過分離に供した槽よりひとつ上流の槽に投入する。あるいは、濃縮水の一部を、回収工程へ送液しても良い。前記洗浄水を膜濾過分離した透過水の溶媒濃度は0.02〜0.5質量%であり、好ましくは0.04〜0.1質量%である。透過水の溶媒濃度を0.02質量%未満にすることは、濾過の回数を過大に増やす必要があることが多く、膜の製造コストと運転エネルギーが多くかかりすぎ、一方、0.5質量%を超える場合には、繊維に含まれる溶媒を水に置換する効率が悪くなり洗浄槽の数を減らすことが難しくなるためである。なお、再度膜濾過分離を行い、透過水の溶媒濃度を下げることもできる。これらの水溶液の溶媒濃度は、濾過膜の性質と濾過する回数、濾過圧力によって制御される。
【0020】
本発明で用いられる膜としては、回収対象である溶媒の分子の大きさと膜の孔径から、逆浸透膜、ナノ濾過膜、限界濾過膜があげられるが、好ましくは、逆浸透膜で、逆浸透膜の中でも、好ましくは、海水淡水化用がよい。精密濾過膜では、膜の平均孔が0.1ミクロン以上と大きいために、溶媒分子も膜の孔を通過してしまい、膜濾過分離効率が低下することがある。沸点が大気圧で110℃以上の性質を示す溶媒の分子の大きさは、一般に0.001ミクロンよりも大きいとされ、逆浸透膜ならば、溶媒分子は、膜面を通過することなく、共存する水のみ通過させることができるため、本発明の膜濾過分離に好適に適用できる。
【0021】
逆浸透膜による濃縮方法において、膜は平膜でも中空糸型でもどちらでも良く、平膜の場合は、濃縮を効果的に行うために膜をスパイラル型などに折り畳んでエレメント内に充填して使用する方法を採ることができる。中空糸型の場合は、糸束を束ねてエレメント内に充填する方法が多い。
【0022】
膜濾過分離では、それに供する洗浄水を加圧して膜濾過分離効率を高める場合が多く、逆浸透膜の場合は、加圧が必須である。加圧する場合の圧力は、浸透圧以上の圧力が必要で、好ましくは0.3〜10MPaであり、より好ましくは6〜9MPaである。濾過圧力が低いと透過水量が低下し膜濾過分離効率が悪く、膜濾過分離圧力が高いほど好ましいが、濾過膜の耐圧性、ファウリング、消費エネルギーを考慮する必要があり、上記範囲に制御することが好ましい。また、膜濾過分離に供する洗浄水のpHは6〜8が好ましい。膜濾過分離時の温度は、膜の性質にも依存するが、好ましくは20〜50℃であり、より好ましくは25〜35℃である。
【0023】
このような膜濾過分離を用い、式(1)と(2)を満たすように洗浄条件を設定することが重要である。aが6未満では、溶媒と水の置換が不足して洗浄槽の数を増やさなくてはならず、15以上では溶媒回収エネルギーを減らすことができないためである。好ましくはaは8〜13である。bが溶媒回収エネルギーに関連しているため低減するほど好ましく、好ましくは3〜9であり、より好ましくは3〜7である。bは最下流の洗浄槽に投入する洗浄水の量によって調整できる。
【0024】
浴比aおよび浴比bの比率(a/b)は、1.4〜3.0であり、好ましくは、1.6〜3.0である。比率(a/b)が1.4未満の場合はbを大きくせずには溶媒置換が不足し、a/bが3を超える場合は膜濾過分離工程の運転エネルギーが大きくなりすぎる。溶媒濃度が0.02〜1質量%である洗浄槽の少なくとも1つに流す洗浄水の量を制御することで浴比aは調整できる。すなわち、bに前記透過水の量を加えたものがaとなる。
【0025】
本発明において、各洗浄槽中の溶媒濃度は、製造の開始時点と溶媒濃度が定常状態に達する時点とで異なることがあるが、溶媒濃度が定常状態に達する時点に合わせて上記製造方法を決定する。そのためには、a/bに依存するが、膜濾過分離に供する洗浄水を、総洗浄槽数の上流から概ね2割の洗浄槽から得て、透過水を下流から概ね3割の洗浄槽に追加し、各洗浄槽の溶媒濃度を適宜サンプリングして測定しながらその変化が定常状態に達して来たところで、膜濾過分離に供する洗浄水を得る洗浄槽と透過水を投入する洗浄槽を調整する。例えば、透過水を加えた洗浄槽の溶媒濃度が規定値より低下したら、もう一つ上流の洗浄槽に添加する洗浄槽を変えればよい。浴比、洗浄水条件、投入糸条の条件による各洗浄槽の飽和溶媒濃度は従来のプロセスとの比較により同業者であれば容易に推測ができるため、上記洗浄槽の位置の設定は容易にできる。
【0026】
本発明において、洗浄工程とは、溶液紡糸した凝固繊維を次に水溶液に浸す槽から、洗浄水を外部から供給する洗浄槽までをいう(ここでいう洗浄水を外部から供給するとは、洗浄槽から流出したのではない新鮮な洗浄水を供給することをいう)。なお、一般的に、後述する紡糸溶液を凝固させるために凝固浴に浸漬するが、本発明において凝固浴は洗浄工程に含まない。洗浄工程において、糸条の通過速度は好ましくは50〜200m/分であり、より好ましくは80〜200m/分であり、更に好ましくは100〜200m/分である。特に、糸条の通過速度が速いほど本発明の効果を発揮しやすいので好ましく、一方、かかる速度が200m/分を超える場合には、水溶液の飛散や次の洗浄槽への持ち出しが大きくなりすぎる場合がある。前記洗浄工程中で延伸を行ってもよく、前記洗浄工程中の全延伸倍率は、好ましくは1〜7倍であり、より好ましくは1.2〜3倍である。かかる場合には、糸条の通過速度は前記洗浄工程中の平均速度を指し、本発明において平均速度とは各洗浄槽等の出側のローラー周速の総和を洗浄槽数で割ったものとする。また、洗浄工程の水溶液温度は、好ましくは35〜98℃であり、より好ましくは60〜95℃であり、工程中は一定でも、段階的に高くしても構わない。洗浄工程の水温度は高いほど、溶媒と水の拡散速度が速くなり好ましいが、高すぎると水の蒸発が多くなりすぎてエネルギー損失が大きくなる。洗浄工程の水溶液pHは溶媒と水の置換効率の観点から、好ましくは4〜9である。洗浄工程における糸条の最大幅と最大厚みの比は好ましくは10〜100である。かかる比が10未満の場合は、溶媒と水の置換が不足することがあり、一方、100を超えると設備生産性が低下することがある。また、各洗浄槽において洗浄水を流す向きはポリアクリロニトリル系繊維の糸条の走行方向に対していずれでも構わないが、洗浄効率を高めるために、向流に流すことが好ましい。
【0027】
本発明において好適に用いられるPAN系繊維に用いられるPAN系重合体の重量平均分子量は好ましくは20万〜70万である。PAN系重合体の成分としては、少なくとも90モル%以上、より好ましくは98モル%以上のアクリロニトリルと、10モル%以下、より好ましくは2モル%以下の、耐炎化を促進し、かつ、アクリロニトリルと共重合性のある、耐炎化促進成分を共重合したものを好適に使用することができる。本発明においては、耐炎化を促進する意味で、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらアルカリ金属塩、アンモニウム塩および低級アルキルエステル類、アクリルアミドおよびその誘導体、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸およびそれらの塩類またはアルキルエステル類からなる群より選ばれる少なくとも一種の単量体を用いることが好ましい。かかる成分は0.1モル%以上で耐炎化促進効果を発揮し始め、2モル%以下なら耐炎化時の異常発熱など避けることができる。また、かかる耐炎化促進成分以外にも溶媒への溶解性を高める観点から例えば、アクリル酸メチルなど、アクリル酸アルキルエステルやメタクリル酸アルキルエステルを共重合しても構わない。
【0028】
前記した重合体は、溶液重合法、水系沈殿重合法、乳化重合法などを採用して得ることができる。
【0029】
前記したPAN系重合体を、前述したPAN系重合体が可溶な溶媒に溶解し、紡糸溶液とする。溶液重合を用いる場合、重合に用いられる溶媒と紡糸溶媒を同じものにしておくと、得られたPAN系重合体を分離し紡糸溶媒に再溶解する工程が不要となる。
【0030】
紡糸溶液における重合体濃度は、5〜30重量%の範囲であることが好ましく、14〜25重量%であることがより好ましい。重合体濃度が5重量%未満では溶媒使用量が多くなり、溶媒と水の置換を十分行えないことがある。一方、重合体濃度が30重量%を超えると製糸工程で糸切れが増えることがある。
【0031】
本発明において重合体濃度とは、PAN系重合体の溶液中に含まれるPAN系重合体の重量%である。具体的には、PAN系重合体の溶液を計量した後、PAN系重合体を溶解せずかつPAN系重合体溶液に用いる溶媒と相溶性のあるものに、計量したPAN系重合体溶液を脱溶媒させた後、PAN系重合体を計量する。重合体濃度は、脱溶媒後のPAN系重合体の重量を、脱溶媒する前のPAN系重合体の溶液の重量で割ることにより算出する。
【0032】
本発明では、上述のようにして得た紡糸溶液を、溶液紡糸法により紡糸することにより、PAN系繊維を製造する。中でも湿式または乾湿式紡糸法を適用することが好ましい。
【0033】
本発明において、PAN系繊維を紡糸する口金の孔数は、3000〜60000個である。孔数が3000個より少ない場合、生産性が低下し、そのような状態では本発明の効果が得にくい。紡糸後、水洗工程前に合糸しても構わない。一方、孔数が60000個を超える場合には、溶媒と水の置換が困難となることがある。
【0034】
本発明において用いられる凝固浴には、PAN系重合体溶液で溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、塩化亜鉛水溶液、およびチオ硫酸ナトリウム水溶液などのPAN系重合体の溶媒と、いわゆる凝固促進成分の混合物が用いられる。凝固促進成分としては、前記のPAN系重合体を溶解せず、かつPAN系重合体溶液に用いた溶媒と相溶性があるものが好ましい。凝固促進成分としては、具体的には、水、メタノール、エタノールおよびアセトンなどが挙げられるが、安全性の面、凝固速度が高いことなどから、水を使用することが最も好ましい。
【0035】
凝固浴の溶媒濃度は、なるべく高くすることによりゆっくり凝固させ、均一な緻密な凝固状態の凝固糸を得ることができ、かつ、凝固促進成分量を減らし、溶媒回収エネルギーの低減を行うことができる。ジメチルスルホキシドを例にした場合には、凝固浴の溶媒濃度は好ましくは20重量%以上であり、より好ましくは60重量%以上であり、更に好ましくは69重量%以上である。溶媒濃度を高めていくと臨界濃度があり、凝固状態の均質化が困難となるため、溶媒濃度は臨界濃度以下であることが好ましい。
【0036】
本発明において、凝固浴温度は、溶媒の凝固浴中への拡散速度および凝固促進成分の紡糸溶液への拡散速度に影響を与え、その結果、凝固浴温度が低いほど緻密な凝固糸となり、高強度な炭素繊維が得られる。凝固浴温度を0〜70℃とすることが好ましい。より好ましくは5〜20℃である。
【0037】
本発明において、凝固浴とは紡糸溶液が浸漬する1槽目のことのみを指し、複数層の凝固浴を有する場合、2槽目以降は洗浄工程に含めるものとする。
【0038】
本発明において、PAN系重合体の溶液を凝固浴中に導入して凝固させて凝固繊維を形成した後、洗浄工程、(必要に応じ)油剤付与工程、および、乾燥工程を経て、炭素繊維前駆体に用いられるPAN系繊維が得られる。また、上記の工程に乾熱延伸工程や蒸気延伸工程を加えてもよい。
【0039】
洗浄工程の後、単繊維同士の接着を防止する目的から、延伸された繊維糸条にシリコーン化合物等からなる油剤を付与することが好ましい。シリコーン油剤は、耐熱性の高いアミノ変性シリコーン等の変性されたシリコーンを含有するものを用いることが好ましい。
【0040】
乾燥工程としては、例えば、乾燥温度が70〜200℃で乾燥時間が10秒から200秒の乾燥条件が好ましい結果を与える。生産性の向上や結晶配向度の向上として、乾燥工程後に加熱熱媒中で延伸することが好ましい。加熱熱媒としては、例えば、加圧水蒸気あるいは過熱水蒸気が操業安定性やコストの面で好適に用いられ、延伸倍率は通常1.5〜10倍である。
【0041】
PAN系繊維の全体配向度や結晶配向度の配向を高め、強度を高めるため、凝固糸の引き取りローラーからの合計延伸倍率は、10〜20倍が好ましい。かかる合計延伸倍率が10倍未満では、PAN系繊維の全体配向度や結晶配向度が不足し、一方、合計延伸倍率が20倍を超える場合には、PAN系繊維の強度が低下する場合がある。
【0042】
このようにして得られたPAN系繊維の単繊維繊度は、0.3〜1.5dtexであり、好ましくは0.3〜1.1dtexであり、より好ましくは0.6〜1.1dtexである。単繊維繊度が小さすぎると、生産性が低下するばかりか、ローラーやガイドとの接触による糸切れ発生などにより、製糸工程および炭素繊維の焼成工程のプロセス安定性が低下することがある。一方、単繊維繊度が大きすぎると、耐炎化工程での蓄熱が大きく糸切れしやすく得られる炭素繊維の引張強度および引張弾性率が低下することがある。
【0043】
得られるPAN系繊維は、通常、連続繊維の形状である。また、その1糸条当たりの単繊維数は、好ましくは3000〜60000本である。得られるPAN系繊維は、均質であるために1糸条あたりの単繊維数は、焼成工程における生産性の向上の目的からは多い方が好ましく、また安定して焼成通過することが可能である。単繊維数が60000本を越えると束内部まで均一に耐炎化処理できないことがある。単繊維数が多いほど、本発明の効果が更に顕著となる。単繊維数は、紡糸口金孔数と複数の錘から得られた糸条を合糸する数で制御できる。口金孔数は多いほどコストパフォーマンスが高いが、吐出の安定性からは合糸する数を増やすとよい。合糸するのは、凝固浴を出た後から耐炎化までの間であれば構わないが、凝固浴を出た後で合糸することが設備生産性の観点で好ましい。
【0044】
次に、本発明の炭素繊維の製造方法について説明する。
【0045】
本発明では、前記のようにして得たPAN系繊維を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化する耐炎化工程と、耐炎化工程で得られた繊維を、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化する予備炭化工程と、予備炭化工程で得られた繊維を1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化する炭化工程を順次経て炭素繊維を得ることができる。
【0046】
本発明において、耐炎化とは、空気を4〜25mol%以上含む雰囲気中において、200〜300℃で熱処理する工程をいう。通常、紡糸工程と耐炎化工程以降は非連続であるが、紡糸工程と耐炎化工程の一部もしくは全てを連続的に行っても構わない。また、耐炎化工程の生産性向上のために耐炎化工程における雰囲気最高温度を270〜300℃に設定することが好ましい。耐炎化工程の雰囲気最高温度が高すぎると炭素繊維の物性が低下することがある。
【0047】
耐炎化する際の延伸比は、0.8〜1.2が好ましく、0.9〜1.1がより好ましい。耐炎化する際の延伸比が0.8を下回ると、耐炎化工程の張力が低下し、耐炎化炉スリットなどで擦過を起こす場合があり、得られる炭素繊維の単繊維強度分布が広がる場合がある。また、耐炎化する際の延伸比が1.2を超えると、延伸張力が高すぎてローラー等に圧迫されて圧痕が残る場合や欠陥が拡大する場合がある。
【0048】
耐炎化の処理時間は、10〜100分の範囲で適宜選択することができるが、続く予備炭化の生産安定性、および、得られる炭素繊維の力学物性向上の目的から、得られる耐炎化繊維の比重が1.3〜1.38の範囲となるように設定することが好ましい。
【0049】
予備炭化、および、炭化は、不活性雰囲気中で行なわれるが、用いられる不活性ガスとしては、例えば、窒素、アルゴン、および、キセノンなどが用いられる。経済的な観点からは、窒素が好ましく用いられる。
【0050】
予備炭化の温度は、300〜800℃とする。なお、予備炭化における昇温速度は、500℃/分以下に設定されることが好ましい。
【0051】
予備炭化を行う際の延伸比は、0.95〜1.2が好ましく、1.0〜1.1がより好ましい。予備炭化を行う際の延伸比が0.95を下回ると、得られる予備炭化繊維の配向度が不十分となる場合があり、炭素繊維のストランド引張弾性率が低下する場合がある。また、予備炭化を行う際の延伸比が1.2を超えると、延伸張力が高すぎてローラー等に圧迫されて圧痕が残る場合や欠陥が拡大する場合がある。
【0052】
炭化の温度は、好ましくは1,000〜2,000℃、より好ましくは1,200〜1800℃、さらに好ましくは1,300〜1,600℃とする。一般に炭化の最高温度が高いほど、ストランド引張弾性率は高まるものの、引張強度は1,500℃付近で極大となるため、両者のバランスを勘案して、炭化の温度を設定する。
【0053】
炭化を行う際の延伸比は、0.96〜1.05が好ましく、0.97〜1.05がより好ましく、0.98〜1.03がさらに好ましい。炭化を行う際の延伸比が0.96を下回ると、得られる炭素繊維の配向度や緻密性が不十分となる場合があり、ストランド引張弾性率が低下する場合がある。また、炭化を行う際の延伸比が1.05を超えると、延伸張力が高すぎてローラー等に圧迫されて圧痕が残る場合や欠陥が拡大する場合がある。
【0054】
より弾性率が高い炭素繊維を所望する場合には、炭化工程に続き黒鉛化を行うこともできる。かかる場合、黒鉛化工程の温度は2000〜2800℃であるのがよい。また、その最高温度は、所望する炭素繊維の要求特性に応じて適宜選択して使用される。黒鉛化工程における延伸比は、所望する炭素繊維の要求特性に応じて、毛羽発生など品位低下の生じない範囲で適宜選択するのがよい。
【0055】
得られた炭素繊維はその表面改質のため、電解処理することができる。電解処理に用いられる電解液には、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、炭酸アンモニウムおよび重炭酸アンモニウムのようなアルカリまたはそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量は、適用する炭素繊維の炭化度に応じて適宜選択することができる。
【0056】
電解処理により、得られる繊維強化複合材料において炭素繊維マトリックスとの接着性が適正化することができ、接着が強すぎることによる複合材料の脆性的な破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの樹脂との接着性に劣り、非繊維方向における強度特性が発現しないという問題が解消され、得られる繊維強化複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
【0057】
電解処理の後、炭素繊維に集束性を付与するため、サイジング処理を施すこともできる。サイジング剤には、使用する樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂等との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0058】
本発明により得られる炭素繊維は、プリプレグとしてオートクレーブ成形、織物などのプリフォームとしてレジントランスファーモールディングで成形、およびフィラメントワインディングで成形するなど種々の成形法により、航空機部材、圧力容器部材、自動車部材、釣り竿およびゴルフシャフトなどのスポーツ部材として好適に用いられる。
【実施例】
【0059】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。本実施例で用いた測定方法を次に説明する。
<水溶液中の溶媒濃度>
溶媒濃度が3%以上のときは、屈折計で測定し、溶媒濃度が3%未満の時は、ガスクロマトグラフィーから算出した。
【0060】
屈折計では、溶媒濃度は、5%毎に調整した溶液の屈折率から検量線を作成し、算出した。n数は1である。装置は、アタゴ製1T、試料温度は、30℃。
【0061】
溶媒濃度が3%未満の時は、ガスクロマトグラフィーによる溶媒ピーク面積比から算出した。装置は、島津製作所製GC-2014、カラムはDB-1(長さ60m、内径0.25mm、液相の膜厚1.00μm)、注入量1.0μL、キャリアガスはHe、カラム流量2cc/分、カラム温度は120℃×15分、13分で250℃まで昇温し、5分保持後、測定し検量線から溶媒濃度を算出した。n数は1である。
<糸条中の溶媒濃度>
サンプリングした溶液を含む糸条約100g、90℃の水で2時間浸漬し、溶媒を抽出した。上記と同様にして溶媒濃度を算出し、溶媒抽出時に希釈された量を考慮して求める。n数は1である。
<接着評価>
以下の実施例、比較例の条件で製糸したときに水洗工程後の繊維束を50cm採取し、底が黒色で、約2cm深さの水が入ったバットで繊維束を泳がせ、バラケ具合を観察して、接着状態を評価した。評価基準は以下の通りである。n数は1である。
1:単繊維状にばらけている。
2:ピンセットで水中の繊維束を軽くたたくと単繊維にばらける。
3:数本単位でばらけない繊維束を含む。
4:数10本単位でばらけない繊維束を含む。
5:数10本単位でばらけない繊維束を複数含む。
<炭素繊維束の引張強度および弾性率>
JIS R7608(2007年)「樹脂含浸ストランド試験法」に従って求める。測定する炭素繊維の樹脂含浸ストランドは、3、4−エポキシシクロヘキシルメチル−3、4−エポキシシクロヘキシル−カルボキシレート(100重量部)/3フッ化ホウ素モノエチルアミン(3重量部)/アセトン(4重量部)を、炭素繊維または黒鉛化繊維に含浸させ、130℃の温度で30分硬化させて作製する。また、炭素繊維のストランドの測定本数は6本とし、各測定結果の平均値を引張強度とする。本実施例では、3、4−エポキシシクロヘキシルメチル−3、4−エポキシシクロヘキシル−カルボキシレートとして、ユニオンカーバイド(株)製“ベークライト”(登録商標)ERL4221を用いた。
<炭素繊維製造エネルギー>
膜濾過分離に必要なポンプを稼動する電気エネルギーと、溶媒回収工程に送られた洗浄水を蒸留回収する熱量エネルギーの和を評価した。なお、蒸留回収は以下のように行った。
回収工程に供される水溶液を40mmHgの減圧下ではじめは50℃に過熱して、水を主成分とする初留分を4900g除去した後に、20mmHgまで減圧度を上げて、かつ100℃まで昇温して、DMSOを気化させ、DMSOの濃度を92重量%まで濃縮する。
【0062】
従来の典型的な炭素繊維製造方法に対応する比較例1の膜濾過分離と蒸留エネルギーを1として相対評価を行った。評価基準は以下の通りである。
○:比較例1のエネルギー量の0.6倍未満
×:比較例1のエネルギー量の0.6倍以上
[参考例]
アクリロニトリル99.5モル%とイタコン酸0.5モル%からなるPAN系重合体を、ジメチルスルホキシドを溶媒とする溶液重合法により重合し、極限粘度1.5、濃度22重量%の紡糸原液を得た。重合後、アンモニアガスをpH8.5になるまで吹き込み、イタコン酸を中和して、アンモニウム基をポリマー成分に導入することにより、紡糸原液の親水性を向上させた。得られた紡糸原液を40℃として、直径0.15mm、孔数4000の紡糸口金を用いて、一旦空気中に吐出し、約4mmの距離の空間を通過させた後、20℃にコントロールした69重量%ジメチルスルホキシド水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸により紡糸させ、凝固繊維束中に含まれる溶媒濃度が200%の凝固繊維束を用意した。
【0063】
それらの凝固繊維束を異なる溶媒濃度の水溶液の入った洗浄槽に100m/分の速度で1秒間通過させた。このときの段効率を表1に示す。段効率とは{(洗浄前の繊維束中溶媒濃度)−(洗浄後の繊維束中溶媒濃度)}/{(洗浄前の繊維束中溶媒濃度)−(洗浄槽中水溶液の溶媒濃度)}である。繊維束中に含まれる溶媒濃度が8%のときは洗浄槽中水溶液の溶媒濃度に段効率は依存しないが、糸条中に含まれる溶媒濃度が0.4%のときは洗浄槽中水溶液の溶媒濃度に段効率は依存した。すなわち、浴比が大きいと糸条中の溶媒濃度と槽中水溶液の溶媒濃度の差が大きくなるが、糸条中の溶媒濃度が低いほど洗浄効率は低下する傾向があることが分かった。
[実施例1〜3、比較例1〜4]
参考例で得られた含まれる溶媒濃度が200%の凝固繊維束を70℃、60重量%ジメチルスルホキシド水溶液の入った洗浄槽中で3倍に延伸し、その後、表2の浴比bと同じ浴比の洗浄槽(槽1と呼ぶ)で水洗し、糸条中に含まれる溶媒濃度を12%とした。槽1での洗浄により、糸条中に含まれる溶媒濃度を12%とした糸条をさらに10槽の洗浄槽(上流側の5槽を槽群2、下流側の5槽を槽群3と呼ぶ)を通して洗浄した。槽群2、槽群3の各洗浄槽の最大溶媒濃度と最小溶媒濃度の範囲を表2に示す。最下流の洗浄槽から洗浄水を浴比bで流した。槽群2の上流側から流出する洗浄水(例えば、実施例1ならば、溶媒濃度6質量%の洗浄水)の全てを膜濾過分離工程で処理し、表2に示す溶媒濃度である濃縮水を槽1へ、表2に示す溶媒濃度である透過水を槽群2の下流側(例えば、実施例1ならば、溶媒濃度0.1質量%の洗浄水の入った洗浄槽)に戻した。この操作により槽群2(溶媒濃度が1〜5質量%である洗浄槽を含む)は浴比aとなる。水洗速度は100m/分であり、水洗したのち、油剤浴中を通過させることにより、調製した油剤をディップーニップ法で付着させた。さらに180℃の加熱ローラーを用いて、接触時間40秒の乾燥処理を行った。得られた乾燥糸を、0.4MPaの加圧スチーム中で延伸することにより、製糸全延伸倍率を14倍とし、単糸繊度0.7dTex、単繊維本数4000本のPAN系繊維を得た。なお、得られたPAN系繊維の油剤付着量は純分で1.0重量%であった。
【0064】
得られたPAN系繊維束を240〜280℃の空気中で加熱して耐炎化繊維に転換した。耐炎化処理の時間は40分、耐炎化処理の工程における延伸比は1.00とした。
さらに、この耐炎化繊維を、300〜800℃の窒素雰囲気中で加熱して予備炭素化処理した後、最高温度1300℃の窒素雰囲気中で加熱して炭素化処理した。予備炭素化処理の工程における延伸比は1.0、炭素化処理の工程における延伸比は、0.97とした。さらに、炭素化処理して得られた繊維を硫酸水溶液中で、10クーロン/g−CFの電気量で陽極酸化処理を行って炭素繊維束を得た。炭素繊維束の特性等の測定結果を表2に示す。
【0065】
なお、比較例1では、膜濾過分離を用いなかった。全体の浴比が多いので、溶媒回収エネルギーは低減できないが、糸中の溶媒濃度を低下出来ているので、CF強度は高かった。また、槽群3の浴比は実施例1よりも高いにも関わらず、洗浄工程後の繊維中の残存溶媒濃度は実施例1と大幅に変わるものではなかった。
【0066】
比較例2では、比較例1より浴比を低下させたところ、糸条に残存している溶媒量が多くなりCF強度が低下した。
【0067】
比較例3では、透過水を槽群3に戻したところ、糸条に残存している溶媒量が多くなり、CF強度が低下した。
【0068】
比較例4では、実施例1で得られた透過水を再度膜濾過分離して、濃縮水の溶媒濃度を1.0質量%、透過水の溶媒濃度を7ppmとして(濃縮水/透過水の重量比は1/9)、濃縮水を槽群2の下流側の洗浄槽へ、透過水を槽群3の下流側の洗浄槽へ戻したところ、洗浄効率は高まったものの、膜濾過分離工程の運転エネルギーが大きく、総エネルギー削減にならなかった。
【0069】
【表1】

【0070】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明では、炭素繊維の製造エネルギーを低減して炭素繊維の製造が可能となるため、多くの用途でトータルの使用エネルギー低減が容易となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアクリロニトリル系繊維の糸条に含まれる紡糸に用いた溶媒と水を置換する洗浄工程を有する溶液紡糸によるポリアクリロニトリル系繊維の製造方法であって、
前記洗浄工程は、9〜40槽の洗浄槽を用い糸条の走行方向に対し最下流の洗浄槽から洗浄水を流し、各洗浄槽から流出する洗浄水はひとつ上流の洗浄槽に流すものであり、
洗浄槽から流出する洗浄水中の溶媒濃度が5〜11質量%の範囲にある洗浄槽の最上流から流出した洗浄水の少なくとも1部を、膜濾過分離を用いて溶媒濃度が11〜18質量%の濃縮水と溶媒濃度が0.02〜0.5質量%の透過水に分離し、
該透過水の少なくとも1部を溶媒濃度が0.02〜1質量%である洗浄槽の少なくとも1つに流す洗浄水に追加し
溶媒濃度が1〜5質量%である洗浄槽における繊維の質量に対する洗浄に用いる水の質量の比をa、
溶媒濃度が0〜0.02質量%である洗浄槽における繊維の質量に対する洗浄に用いる水の質量の比をbとしたとき、
下記式(1)(2)を満たすように、
最下流の洗浄槽に投入する洗浄水の量と、
溶媒濃度が0.02〜1質量%である洗浄槽の少なくとも1つに追加する前記透過水の量を制御することを特徴とするポリアクリロニトリル系繊維の製造方法。
6≦a≦15 ・・・(1)
1.4≦a/b≦3.0 ・・・(2)
【請求項2】
前記濃縮水を溶媒濃度が11%を超える洗浄槽の最下流の洗浄槽に投入する請求項1に記載のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の製造方法によって得られたポリアクリロニトリル系繊維を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化する耐炎化工程と、耐炎化工程で得られた繊維を、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化する予備炭化工程と、予備炭化工程で得られた繊維を1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化する炭化工程を順次経て炭素繊維を得る炭素繊維の製造方法。

【公開番号】特開2011−214165(P2011−214165A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−80702(P2010−80702)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】