ポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法
【課題】ポリイミド樹脂や金属薄膜にダメージを与えることなく、ポリイミド樹脂に対して密着強度が比較的高い金属薄膜を形成する方法を提供すること。
【解決手段】アルカリ性溶液を用いてポリイミド樹脂表面のイミド環を開環し、改質層を形成する工程;金属イオン含有溶液を用いて、前記改質層に該金属イオンを吸着させる工程;還元浴により前記改質層に吸着した金属イオンを還元する工程;アルカリ金属含有溶液を用いて、還元工程後の改質層の内部に残留する金属イオンを該アルカリ金属イオンと置換する工程;酸溶液を用いて、前記アルカリ金属イオンを水素イオンに置換する工程;およびイミド環を閉環する再イミド化工程;を含むことを特徴とするポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法。
【解決手段】アルカリ性溶液を用いてポリイミド樹脂表面のイミド環を開環し、改質層を形成する工程;金属イオン含有溶液を用いて、前記改質層に該金属イオンを吸着させる工程;還元浴により前記改質層に吸着した金属イオンを還元する工程;アルカリ金属含有溶液を用いて、還元工程後の改質層の内部に残留する金属イオンを該アルカリ金属イオンと置換する工程;酸溶液を用いて、前記アルカリ金属イオンを水素イオンに置換する工程;およびイミド環を閉環する再イミド化工程;を含むことを特徴とするポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器の小型携帯化により、フレキシブル配線基板の薄型、高密度配線化が進行している。フレキシブル配線基板の製造方法として、直接めっき法によるポリイミド金属積層板の研究が盛んに行われている。特許文献1に示されている手順をフローチャート(図21)を用いて以下に示す。
【0003】
(1)ポリイミド樹脂101をアルカリ溶液(例えば5M KOH)で処理し、ポリイミド樹脂のイミド環を開環してイオン交換基(例えばカルボキシル基)を生成する。生成された層は、改質層102である。
(2)イオン交換基を導入したポリイミド樹脂を、金属イオン含有液で処理し、前記(1)で導入されたイオン交換能を有する基が金属イオンとイオン交換反応を行うことにより金属イオンが導入される。金属イオンが導入された改質層が、金属イオン含浸改質層211である。
(3)金属イオンが導入されたポリイミド樹脂を、還元剤溶液に浸漬し、ポリイミド樹脂表面に金属の被膜312を形成する。このとき、改質層211は、改質層中に含まれる金属イオン量が減少する(改質層212)。
【0004】
(4)電気化学的手法(電解めっき、無電解めっき)を用いて、回路形成のための銅層411を形成する。
(5)銅層411の表面にエッチングレジスト層を形成し、回路形状を露光、現像し、エッチングすることで形成する。エッチング除去された銅層が412である。
(6)酸処理によりポリイミド表面に残留したカルボキシル金属塩から金属成分を除去する。金属成分が除去されたポリイミド表面が413である。
(7)180℃〜200℃の高温雰囲気下で10〜80分の加熱処理を実施する。(6)の工程で金属成分が除去されたポリイミド表面413は、イミド環が開環した状態であるため、熱処理により閉環させる。
【0005】
また、特許文献2に示されている手順をフローチャート(図22)を用いて以下に示す。
(1)改質工程〜(5)回路パターン形成工程は、特許文献1と同様である。
(6)アルカリ処理により、配線板の露出した部位のポリイミド樹脂(図22の415に相当する部位)を溶解し剥離する。
(7)中和及び配線板の露出した部位のポリイミド樹脂に残留した金属成分の除去を目的とし、酸による処理を実施する。(図22中の416に相当する部分。)
(8)180℃〜200℃の高温雰囲気下で10〜80分の加熱処理を実施する。(7)の工程で金属成分が除去されたポリイミド表面416は、イミド環が開環した状態であるため、熱処理により閉環させる。閉環した箇所が、417である。
【特許文献1】特開2004−6584号公報
【特許文献2】特開2004−319918号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
現在市販されているポリイミド樹脂ベースの銅張積層板のポリイミド樹脂と銅箔との密着強度は、例えばエスパネックス(新日鐵化学)の場合、常態で14〜15N/cm(1.4〜1.5kgf/cm)であり、そのような密着強度を目標にしなければならない。しかし、特許文献1、2に記載されているプロセスでは、金属層とポリイミド樹脂層との密着強度は、常態で0.97kgf/cm、加熱後は0.64kgf/cmであり、現在市販の銅張積層板に対して低い値であった。
【0007】
例えば、特許文献1の工程(1)〜(3)を経て得られた金属薄膜を有するポリイミド樹脂基板に対して、約20μmの厚さの電解銅めっき膜を形成後、サンプルをエアブローしただけの状態で、銅薄膜の引き剥がし試験を実施した。その結果、約10N/cmの強度が得られたが、同じように作製したサンプルを、そのまま、室温中で2日後乾燥させた後、引き剥がし試験を実施したところ、強度が3N/cmと低下した。同サンプルの銅薄膜をエッチングしたところ、ポリイミド改質層に無数の亀裂が入っていることが判った。これは、膨潤した状態のポリイミド改質層表面に電解銅めっき膜を形成すると、乾燥に伴ってポリイミド改質層が収縮するときに、銅薄膜とポリイミド改質層との間で亀裂が発生したため、銅薄膜とポリイミド改質層の密着性が弱くなったと考えられる。このようなポリイミド改質層の亀裂は、改質層の厚さが厚いときや、改質層に残存する金属イオンの量が多いときに、特に顕著であった。
【0008】
特許文献1、2によると、配線層形成後に配線間に露出したポリイミド樹脂表面の残留金属を除去したり、或いは、配線間に露出したポリイミド樹脂を除去したりしている。すなわち、ポリイミド改質層に金属イオンが含まれた状態で表面の金属薄膜上に金属層(銅層)を形成した後、回路パターンを形成し、配線間の露出部を処理する。そのため、金属配線層の直下の改質層には金属イオンが残留する。改質層に金属イオンが残留すると、熱処理によっても再イミド化は起こり難く、比較的強度の弱い改質層が残存するので、乾燥によって当該改質層に亀裂が一層入り易く、密着性が弱くなるものと考えられる。
【0009】
直接めっき法においては、還元処理後のポリイミド改質層中に残留する金属イオンを極力少なく、或いは「0(ゼロ)」にする必要がある。還元処理において、すべてのCuイオンが金属Cuとして析出すれば、ポリイミド樹脂中にCuイオンが残存することはない。すべてのCuイオンを還元するためには、還元剤の還元力を高くする、すなわち還元剤の濃度を高くする、還元剤の温度を上げる、還元時間を長くする等の方法がある。しかしながら、実際にはポリイミド改質層がダメージを受けてしまうため、これらの手法を選択することは困難であった。そこで、還元後の金属薄膜付きポリイミド樹脂を酸溶液に浸漬し、金属イオンと水素イオンを置換する操作を行うと、前記酸処理のみでは十分に残留金属イオンを水素イオンに交換することが出来なかった。酸処理の時間を長くすれば、残留金属イオンは除去可能であったが、還元工程で析出した金属薄膜が溶解した。
【0010】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、ポリイミド樹脂や金属薄膜にダメージを与えることなく、ポリイミド樹脂に対して密着強度が比較的高い金属薄膜を形成する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、
アルカリ性溶液によりポリイミド樹脂表面を処理してイミド環を開環し、改質層を形成する工程;
金属イオン含有溶液により該改質層を処理する工程;
還元浴により該改質層を処理する工程;
アルカリ金属含有溶液により該改質層を処理する工程;
酸溶液により該改質層を処理する工程;および
イミド環を閉環する再イミド化工程;
を含むことを特徴とするポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法による効果は、以下のようなものである。
(1)金属薄膜とポリイミド樹脂との密着強度として比較的高い値、例えば14N/cmを達成でき、密着性の高い金属薄膜をポリイミド樹脂表面に形成できる。例えば、フレキシブル配線板を製造する場合、電解Cuめっき下地としての金属薄膜とポリイミド樹脂との密着強度が12N/cmと高く、信頼性の高いフレキシブル配線板を得ることができる。
(2)改質層が元のポリイミド分子構造に有効に戻るので、基板自体の機械的強度、耐熱性、耐薬品性も向上する。
その結果、本発明のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法は、ポリイミド配線板、特にフレキシブル配線板の製造方法に適用されると、信頼性の高い配線板を低コストで製造できるので、様々な分野におけるポリイミド配線板の汎用化に大いに貢献できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための最良の形態を説明する。
本発明のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法は、いわゆる直接めっき法(ダイレクトメタライゼーション)を用いている。
【0014】
本発明のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法は、詳しくは、
(1)アルカリ性溶液によりポリイミド樹脂表面を処理してイミド環を開環し、改質層を形成する工程;
(2)金属イオン含有溶液により該改質層を処理して、改質層に該金属イオンを吸着させる工程;
(3)還元浴により該改質層を処理して、改質層に吸着した金属イオンを還元させる工程;
(4)アルカリ金属含有溶液により該改質層を処理して、還元工程後の改質層の内部に残留する金属イオンを該アルカリ金属イオンと置換させる工程;
(5)酸溶液により該改質層を処理して、前記アルカリ金属イオンを水素イオンと置換させる工程;および
(6)イミド環を閉環する再イミド化工程;
を含むことを特徴とする。
【0015】
以下、本発明を図1〜図8を参照して説明する。図1は、本発明に係るポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法の製造工程を示すフロー図の一例であり、図2〜図8は、製造工程を説明するためのポリイミド樹脂(基板)の概略断面図の一例である。
【0016】
(1)改質工程
本発明において、直接めっき法を用いるに際し、金属薄膜形成のためにポリイミド樹脂表面を開環処理する必要がある。詳しくは図2に示すようなポリイミド樹脂1をアルカリ性溶液に浸漬することで、図3に示すように両面に改質層2を形成し、水洗する。この工程により、ポリイミド樹脂表面におけるポリイミド分子のイミド環が加水分解によって開環し、カルボキシル基が生成すると同時に、カルボキシル基の水素イオンがアルカリ性溶液中の金属イオンと置換され、改質層が形成される。例えば、化学式(1)で表されるポリイミドがKOH水溶液で処理される場合、加水分解による開環によって生成したカルボキシル基にカリウムイオンが吸着し、化学式(2)で表される構造を有するようになる。
【0017】
【化1】
【0018】
ポリイミド樹脂の構造は特に制限されるものではなく、例えば、上記化学式(1)で表されるような、ピロメリット酸二無水物と芳香族ジアミンとを反応させて製造されたポリイミド樹脂が使用可能である。また例えば、ピロメリット酸二無水物およびビフェニルテトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとを反応させて製造されたポリイミド樹脂が使用可能である。いずれのポリイミド樹脂においても、芳香族ジアミンは特に制限されるものではなく、例えば、4,4’−ジアミノジフェニルエーテルおよびパラフェニレンジアミンを含むものが好ましい。
【0019】
ポリイミド樹脂の形態は特に制限されず、可撓性を有するフィルム状のものから剛性を有するボード状のものまで、いかなるポリイミド樹脂も使用可能であるが、フレキシブル配線板を製造する観点からは、厚み10〜200μmの可撓性を有するフィルム状のものが好ましく使用される。ポリイミド基板を用いる場合、市販のものを使用することができ、例えば、アピカル(R)(カネカ製)、カプトン(R)(東レデュポン製)、ユーピレックス(R)(宇部興産製)等として入手可能である。特に、ピロメリット酸二無水物およびビフェニルテトラカルボン酸二無水物と、4,4’−ジアミノジフェニルエーテルおよびパラフェニレンジアミンとを反応させて製造されたポリイミド樹脂として、カプトンEN(R)(東レデュポン製)が入手可能である。
【0020】
アルカリ性溶液はポリイミドのイミド環を開環できる限り特に制限されるものではなく、例えば、K、Na等のアルカリ金属の水酸化物を含有する水溶液、Mg、Ca等のアルカリ土類金属の水酸化物を含有する水溶液等が使用可能である。アルカリ性溶液に含有され、本工程で水素イオンと置換する金属イオンを以下、金属イオンAと呼ぶものとする。
【0021】
本工程に用いられるアルカリ性溶液は通常は、濃度が3〜10M(mol/L)、溶液温度が20〜70℃であり、処理時間はピロメリット酸二無水物と芳香族ジアミンとを反応させて製造されたポリイミド樹脂に対しては、1〜10分である。好ましくは、溶液温度は30〜50℃、処理時間は3〜7分である。ピロメリット酸二無水物およびビフェニルテトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとを反応させて製造されたポリイミド樹脂に対しては、10〜100分である。好ましくは、溶液温度は30〜50℃、処理時間は30〜70分である。処理温度が高すぎるとイミド環の開環以外の分子構造を破壊する可能性があり、処理時間が長すぎると改質層の厚さが厚くなりポリイミド配線板としての強度が低下する恐れがある。
【0022】
水洗は、ポリイミド樹脂表面に付着したアルカリ性溶液を除去するために行う。従って、流水による水洗が望ましい。通常は、1〜5L/minの水量で、5分以上の水洗を行う。
【0023】
(2)金属イオン吸着工程
本工程では、金属イオン含有溶液により前記改質層2を処理して、図4に示すように、該溶液に含有される金属イオンを改質層に吸着させる。詳しくは、改質層2を有するポリイミド樹脂を、金属イオン含有溶液に浸漬して、改質層中の金属イオンAを、当該金属イオン含有溶液中の金属イオンと置換させ、水洗する。図4中、21が金属イオンを吸着した改質層である。例えば、前記化学式(2)で表されるポリイミドが銅イオン含有溶液で処理される場合、化学式(3)で表される構造を有するようになる。
【0024】
【化2】
【0025】
金属イオン含有溶液中に含まれる金属イオンは後述の工程で還元されて金属薄膜として析出するものであり、改質工程で置換した金属イオンAよりイオン化傾向の小さいものであれば特に制限されない。例えば、Niイオン、Cuイオン、Coイオン、Pdイオン、Agイオン、PtイオンまたはAuイオン、もしくはそれらの組み合わせが挙げられる。そのような金属イオンを含有する溶液として、具体的には、例えば、NiSO4水溶液、CuSO4水溶液、CoSO4水溶液、PdSO4水溶液、AgNO3水溶液、H2[PtCl6]・6H2O(塩化白金酸)水溶液、KAu(CN)2(シアン化金カリウム)水溶液、NiCl2水溶液、およびそれらの混合液などが使用可能である。金属イオン含有溶液に含有され、本工程で金属イオンAと置換する金属イオンを以下、金属イオンBと呼ぶものとする。
【0026】
本工程に用いられる金属イオン含有溶液は通常は、濃度が0.01〜0.1M(mol/L)、処理温度が20〜30℃であり、処理時間は5分以上である。特に本工程での処理時間は、工程(1)における改質処理の条件により適宜設定される。例えば、ポリイミド改質層の厚さが約5μmの場合、少なくとも5分間吸着処理を行えば十分である。
【0027】
水洗は、ポリイミド樹脂表面に付着した金属イオン含有溶液を除去するために行う。金属イオン含有溶液は通常、酸性であるため、そのまま次工程に持ち込むと還元剤のpHの変動をもたらす原因となる。また、ポリイミド樹脂表面に付着した金属塩が還元浴中で還元され、還元剤が分解、疲弊してしまう。水洗は通常、1〜5L/minの水量で、5分以上の条件で行う。
【0028】
(3)還元工程
本工程では、還元浴により前記改質層21を処理して、改質層21に吸着した金属イオンを還元させる。詳しくは改質層21中に金属イオンBを含有するポリイミド樹脂を還元浴に浸漬することによって、図5に示すように、金属イオンBを還元して金属粒子を析出させ、金属薄膜3を形成する。本工程において、改質層中の金属イオンBは全てが還元されるわけではないので、改質層には金属イオンBが残留する。金属薄膜が形成された後において、金属イオンBが残留した改質層を、図5中、22として示す。
【0029】
還元浴は、金属イオンBとの接触によって当該金属イオンBを還元できる液体であれば特に制限されず、一般的な無電解めっきで使用される還元剤の水溶液が使用可能である。具体的には、例えば、水素化ホウ素ナトリウムやジメチルアミンボラン等のホウ素化合物の水溶液や、次亜リン酸ナトリウムなどが使用可能である。還元時の温度は、使用する還元剤により異なるが、一般的に20℃〜50℃が望ましい。温度が低すぎると、還元反応において金属の核生成反応よりも核成長反応が優勢となり、ポリイミド樹脂の最表面付近で析出し、アンカー効果が得られない。また、温度が高すぎると、改質層が剥がれてしまう原因となりやすい。還元剤の濃度は、使用する還元剤により異なるが、水素化ホウ素ナトリウムの場合、0.0005mol/L〜0.05mol/L、望ましくは0.001mol/L〜0.01mol/Lである。浸漬時間は特に制限されるものではなく、通常は5〜60分間、特に7〜30分間である。還元剤は、単独の種類だけでなく、複数の種類を混合して使用しても良い。また、還元浴には、必要に応じてpH調整剤や錯化剤等を添加しても良い。
【0030】
金属イオンが還元されるのに伴い、金属イオンが吸着されていた改質層は、カルボキシル基にHイオンおよび還元浴由来のNaイオンが吸着された状態となる。
【0031】
還元処理後は通常、ポリイミド樹脂表面に付着した還元浴を除去するために水洗を行う。水洗は、1〜5L/minの水量で、5分以上の条件で行う。
【0032】
(4)アルカリ金属含有溶液処理工程
本工程では、アルカリ金属含有溶液により前記改質層22を処理して、改質層22の内部に残留する金属イオンBを該アルカリ金属イオンと置換させる。詳しくは、改質層22を有するポリイミド樹脂を、アルカリ金属含有溶液に浸漬して、改質層22中の金属イオンBを、当該アルカリ金属含有溶液中のアルカリ金属イオンと置換させ、水洗する。上記還元工程(3)で使用された還元浴に金属イオンが含有されていた場合等、改質層22に金属イオンB以外のものも含有されていた場合は、本工程において、そのような金属イオンもアルカリ金属イオンと置換させることができる。図6中、23がアルカリ金属含有溶液処理後において、アルカリ金属イオンを含有する改質層である。
【0033】
本発明においては、本工程で金属イオンB(例えば、Cuイオン)を一旦、アルカリ金属イオンに置換させるので、次工程における水素イオンへの置換を速やかに行うことができる。ポリイミド樹脂をRとした場合、改質層は中性〜アルカリ性下において以下のように解離すると考えられる。
R−COOH → R−COO− + H+
この中性〜アルカリ性の領域におけるカルボキシル基へのカチオン吸着の選択性は、溶液中に存在する総量の多いカチオンイオンが吸着される。金属イオン吸着工程で改質層に吸着される金属イオンBは、ポリイミド樹脂1cm2当たり約2.2×10−6molである。アルカリ金属含有溶液処理工程においては、吸着された金属イオンの大半は還元され金属として析出しているので、改質層中に残留している金属イオンBの量は、2.2×10−6molより遙かに少ない。ポリイミド樹脂の面積が1m2となっても、10−2mol程度である。アルカリ金属含有溶液処理工程に用いる溶液の濃度は、例えば後述の範囲の濃度であり、改質層中に残存している金属イオンBの濃度よりも遙かに多いアルカリ金属イオンを含んでいる。よって、金属イオンBとアルカリ金属イオンが交換され、
R−COO−M+
(式中、M+はアルカリ金属イオンを示す)の形になる。
【0034】
アルカリ金属含有溶液は、ナトリウム、カリウム、リチウム等のアルカリ金属、特にナトリウム、カリウムを含有する水溶液が使用される。そのような水溶液はアルカリ性を有することが好ましく、具体的には、例えば、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化リチウム水溶液等が挙げられる。
【0035】
アルカリ金属含有溶液の濃度は、工程(3)で残留した改質層中の金属イオンBの量に対して十分多い量のアルカリ金属イオンを含んでいればよく、例えば、0.1mol/L〜2mol/L、望ましくは0.5mol/L〜1mol/Lである。処理時間は、1分〜15分、望ましくは3分〜10分である。処理温度は、10℃〜40℃、望ましくは20℃〜30℃である。温度が高すぎると、ポリイミド改質層がさらに改質され、ポリイミド樹脂と金属薄膜との密着強度低下につながる恐れがある。温度が低すぎると、温度を安定させることが難しくなり、コスト増になる。また、本工程で用いる溶液に、酸化防止剤、例えば亜硫酸ナトリウム、亜硝酸ナトリウム等を添加しても良い。
【0036】
水洗は、ポリイミド樹脂表面に付着したアルカリ金属含有溶液を除去するために行う。水洗は通常、1〜5L/minの水量で、5分以上の条件で行う。
【0037】
(5)酸溶液処理工程
本工程では、酸溶液により前記改質層23を処理して、当該改質層23中に含有されるアルカリ金属イオンを水素イオンと置換させる。詳しくは、改質層23を有するポリイミド樹脂を酸溶液に浸漬して、改質層23中のアルカリ金属イオンを、当該酸溶液中の水素イオンと置換させる。図7中、24が酸溶液処理後において、水素イオンを含有する改質層である。
【0038】
本工程におけるアルカリ金属イオンの水素イオンへの置換は速やかに起こる。その結果、改質層中の金属イオンの残留を防止できるので、改質層の再イミド化を有効に行うことができ、金属薄膜とポリイミド樹脂との密着性を向上できる。アルカリ金属イオンの水素イオンへの置換は、銅イオン等の前記金属イオンBの水素イオンへの置換よりも著しく円滑に起こる。これは酸性下においてアルカリ金属イオンと水素イオンとのイオン交換序列の差が金属イオンBと水素イオンとの差よりも大きいためと考えられる。酸性下におけるイオン交換の序列は、
アルカリ金属イオン<金属イオンB<H+
と考えることができる。すなわち、水素イオンは金属イオンBよりもアルカリ金属イオンを基準とした方がイオン交換され易い。そのため、アルカリ金属イオンから水素イオンへの置換が比較的速やかに起こるものと考えられる。
【0039】
酸溶液は溶液中、水素イオンが存在するものであれば特に制限されず、通常、芳香族カルボン酸よりも強い酸が使用される。具体的には、例えば、硫酸水溶液、塩酸水溶液、硝酸水溶液、クエン酸水溶液等が使用できる。可能であれば、工程(3)の還元処理により析出した金属薄膜を溶かさない、或いは溶かしにくい酸溶液を用いることが望ましい。
【0040】
例えば、銅薄膜が析出した場合は、クエン酸水溶液が好ましく、ニッケル薄膜が析出した場合は、硫酸水溶液が好ましく使用される。
【0041】
酸溶液の濃度は、工程(4)で置換した改質層中のアルカリ金属イオンの量に対して十分多い量の水素イオンを含んでいればよく、例えば、0.1mol/L〜1.0mol/L、望ましくは0.2mol/L〜0.5mol/Lである。処理時間は1分〜15分、望ましくは2分〜10分である。処理温度は、10℃〜40℃、望ましくは20℃〜30℃である。
【0042】
酸溶液処理後は通常、ポリイミド樹脂表面に付着した酸溶液を除去するために水洗し、乾燥を行う。
水洗は通常、1〜5L/minの水量で、5分以上の条件で行う。
乾燥条件は特に制限されず、通常は温度が80〜140℃、望ましくは100〜120℃、時間は30〜60分である。得られた金属薄膜の酸化防止のため、窒素ガス雰囲気、不活性ガス雰囲気、真空雰囲気で加熱処理することが望ましい。真空雰囲気で乾燥を行う場合は、特に加熱の必要はなく常温で実施しても良い。その場合は乾燥時間を120分以上とする等、時間を長くすることが望ましい。
【0043】
(6)再イミド化工程
本工程ではイミド環を閉環する。詳しくは、前工程で得られたポリイミド樹脂を加熱することで、改質層24が再イミド化される(再イミド化ベーク処理)。これによって、図8に示すように、機械的強度、耐熱性、耐薬品性に劣る改質層を、元のポリイミド分子構造に戻すことができる。図8中、25が、再イミド化処理によってイミド化された元改質層である。
【0044】
処理条件は、改質層の再イミド化を達成できる限り特に制限されず、例えば、温度が250℃以上、時間は1時間以上である。得られた金属薄膜の酸化防止のため、窒素ガス雰囲気、不活性ガス雰囲気、真空雰囲気で加熱処理することが望ましい。
【0045】
以上に示した本発明のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法は、ポリイミド配線板、特にフレキシブル配線板の製造方法に適用可能である。
例えば、本発明のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法によって得られた金属薄膜を有するポリイミド樹脂に対して、いわゆるサブトラクティブ法またはアディティブ法等によって配線パターンを形成すればよい(配線形成工程)。
【0046】
詳しくはサブトラクティブ法においては、例えば、本発明で得られた金属薄膜を有するポリイミド樹脂に対して、所望により電解/無電解めっき等により金属膜をさらに形成し、配線領域にレジストパターンを形成した後、金属膜の露出部(非配線領域)をエッチング除去し、レジストパターンを除去すればよい。
【0047】
アディティブ法においては、例えば、本発明で得られた金属薄膜を有するポリイミド樹脂に対して非配線領域にレジストパターンを形成し、金属薄膜の露出部(配線領域)に電解/無電解めっき等により金属膜を形成した後、レジストパターンを除去し、さらに金属膜をマスクとして金属薄膜の露出部をエッチング除去すればよい。
【0048】
以上より、本発明では、金属薄膜を厚膜化する以前の工程で、且つ、乾燥工程の前にポリイミド樹脂改質層中の残留金属イオンを除去できるため、ポリイミド樹脂と金属層との密着強度の低下の恐れがない。また、ポリイミド樹脂改質層中の残留金属イオンを除去した後の再イミド化工程により、ポリイミド改質層は元のポリイミド分子構造に戻るため、耐熱性にも優れた配線板を得ることが可能となる。
【実施例】
【0049】
本発明によるポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法について、実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
<実験例1>
カルボキシル基は、イオン交換基として機能しており、そのイオン交換のし易さは酸性下においては、一般的に
Na+ < K+ < Mg2+ < Ca2+ < H+
と言われている。H+が最もカルボキシル基につきやすい。
また直接めっき法で使用される代表的な、Cuイオン、Niイオン、Agイオン、Pdイオン等の金属イオンは、イオン交換処理においてK+イオンと交換されることから、酸性下におけるイオン交換の序列は、
Na+ < K+ < (Cu2+、Ni2+、Ag+、Pd2+) < H+
と考えることができる。
【0051】
カルボキシル基に吸着された金属イオンの水素イオンとの交換は、上記序列において、水素イオンとの位置関係が離れた金属イオンほど交換されやすいと考えられる。よって、Naイオンを例にとり、CuイオンをNaイオンに置換し、その後Hイオンへ置換することが出来ないかどうかについて検証した。
【0052】
アルカリ改質処理、例えば水酸化カリウム水溶液を使用した改質処理を行った場合、イミド環が開環した箇所はカルボキシル基(COO−)にカリウムイオン(K+)が配位した状態となっている。図9に、温度50℃、濃度5mol/Lの水酸化カリウム水溶液に3分間浸漬して改質処理を行ったポリイミド樹脂のEDX分析結果を示す。改質層からカリウムが検出されていることが判る。これを、例えば硫酸銅水溶液に5分間浸漬すると、カルボキシル基に配位していたカリウムイオンが銅イオン(Cu2+)に置換される。図10に、水酸化カリウム水溶液による改質処理後に温度25℃、濃度0.05mol/Lの硫酸銅水溶液で5分間処理したポリイミド樹脂のEDX分析結果を示す。改質層から銅が検出され、カリウムが検出されなくなっていることが判る。
【0053】
図11に、前記Cuイオンが吸着したポリイミド樹脂を、温度25℃、濃度0.2mol/Lのクエン酸溶液で3分間処理した後のEDX分析結果を示す。本処理は、ポリイミド樹脂中のCuイオンとクエン酸溶液中の水素イオンを交換することが目的である。Cuのピークが検出されており、Cuイオンは完全に水素イオンに交換されていない。
【0054】
図12に、温度50℃、濃度5mol/Lの水酸化カリウム水溶液に3分間浸漬して改質処理したポリイミド樹脂を、温度25℃、濃度0.2mol/Lのクエン酸溶液で1分間処理した後のEDX分析結果を示す。カリウムのピークは検出されておらず、カリウムイオンが水素イオンに置換されて事を示している。ここで我々は、カリウムイオンから水素イオンへの置換の速さに着目した。重金属のイオン(前述の例ではCuイオン)から水素イオンへの置換よりも、アルカリ金属イオン(前述の例ではカリウムイオン)から水素イオンへ置換する方が速度が速いと想定される。
【0055】
次に、金属イオンをアルカリ金属イオンに置換可能かどうかを検証した。図13に、アルカリ改質後に硫酸銅水溶液処理を行ったポリイミド樹脂を、温度25℃、濃度1mol/Lの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液に2分浸漬した後のEDX分析結果を示す。Cuのピークは検出されておらず、Naのピークが検出されていることが判る。このことから、CuイオンとNaイオンの置換が可能であることが判る。
【0056】
アルカリ金属イオンと水素イオンの交換は前記の通り容易であることから、Naイオンと水素イオンの交換も容易であると推定される。図14に、前記のNa置換されたポリイミド樹脂を温度25℃、濃度0.2mol/Lのクエン酸溶液で1分間処理した後のEDX分析結果を示す。Naのピークは検出されておらず、Naイオンは水素イオンへ置換されたものと考えられる。
この後、乾燥、再イミド化ベーク処理を実施することにより、アルカリ改質処理により開環していたイミド環は閉環し、ポリイミド改質層は元のポリイミドの分子構造に戻る。
【0057】
図15と図16にアルカリ金属含有溶液処理工程の有無による、再イミド化ベーク処理後のポリイミド分子構造への戻り具合(イミド化率)を、FT−IR(フーリエ変換赤外分光)のATR(全反射測定)法により測定した結果を示す。図15は、還元工程後にアルカリ金属含有溶液処理を行わずに、塩酸溶液処理を行ったものであり、図16は還元工程後にアルカリ金属含有溶液処理を行い、さらに酸溶液処理を行ったものである。それぞれ、比較対象として未処理のポリイミド樹脂のFT−IR結果を示してある。ポリイミドの分子構造に戻った割合を評価する方法は、以下のようにして実施した。
【0058】
FT−IRスペクトルの1500cm−1に見られる吸収はベンゼン環の骨格振動に由来する吸収帯であり、ポリイミド樹脂をアルカリ改質処理してもベンゼン環の数は変化することがないため、イミド化率を決定する際の内部標準として用いることができる。また、1780cm−1に見られる吸収スペクトルは、イミドカルボニルの対象伸縮振動に由来する吸収帯であり、イミド特有の吸収帯である。すなわち、再イミド化ベーク処理後にイミド環が閉環した際に現れるピークである。再イミド化率は、1500cm−1に対する1780cm−1の反射光強度比(T1780/T1500)により算出した。
【0059】
図15より反射光強度比(T1780/T1500)を算出すると、未処理のポリイミド樹脂は0.78であり、アルカリ金属含有溶液処理を行っていない試料の再イミド化ベーク後の反射強度比は0.65であった。また、図16より反射光強度比(T1780/T1500)を算出すると、未処理のポリイミド樹脂は0.20であり、アルカリ金属含有溶液処理を行った試料の再イミド化ベーク後の反射強度比は0.22であった。なお、図15の値と図16の値が異なるのは、測定装置が異なるためである。前記のように、図16のアルカリ金属含有溶液処理を行った試料の反射強度比は、未処理のポリイミド樹脂の反射強度比と近い値を示しており、イミド化率は非常に高いと考えられる。これに対して、図15のアルカリ金属含有溶液処理を行っていない試料の場合、反射強度比は未処理のポリイミド樹脂の反射強度比と0.13の差があり、再イミド化が不十分であることを示している。よって、還元工程後にアルカリ金属含有溶液処理を行うことは、直接めっき法によりポリイミド配線板を製造する過程では、不可欠な工程であると言える。
【0060】
<実験例2>
[実施例1]
以下に説明する工程により、ポリイミド樹脂表面へCu薄膜を形成した。
対象ポリイミド樹脂は、125μm厚のポリイミドフィルムを用いた。ポリイミドフィルムとしては、東レ・デュポン社のカプトンHを使用した(図2)。
【0061】
まず、ポリイミド樹脂を50℃のKOH水溶液に3分間浸漬し、改質工程を実施した(図3)。この際、KOH水溶液は、5M(mol/L)の濃度に設定した。この工程により、ポリイミド樹脂の両面についてポリイミド分子中のイミド環の加水分解が行われ、ポリイミド表面の改質層2には、カルボキシル基にカリウムイオンが配位したカルボン酸カリウム塩が形成された。改質層2の厚さは、ポリイミド樹脂の断面をSEM(走査型電子顕微鏡)で観察することにより、約3μmであることが判った。その後、ポリイミド樹脂を、2リットル/分の流水で5分間水洗を実施した。
【0062】
次に、ポリイミド樹脂について、Cuイオン吸着の処理を実施した(図4)。Cuイオン吸着には、硫酸銅水溶液を用いた。処理条件は、濃度が0.05M(mol/L)、温度は25℃、処理時間は10分である。なお、溶液は攪拌している。その後、ポリイミド樹脂について、水洗を行った。水洗は、2リットル/分の流水で5分間実施した。
【0063】
次に、ポリイミド樹脂について、還元処理を行った(図5)。還元溶液は、水素化ホウ素ナトリウム水溶液であり、濃度は0.001M(mol/L)、pHは9.2、温度は25℃、処理時間は30分とした。なお、還元溶液は攪拌を行っている。浸漬開始から30分後、ポリイミド樹脂を水素化ホウ素ナトリウム還元溶液から取り出し、水洗処理を行った。水洗は、2リットル/分の流水で5分間実施した。
【0064】
次に、ポリイミド樹脂について、アルカリ金属含有溶液処理を行った(図6)。アルカリ金属含有溶液は、水酸化ナトリウム水溶液であり、濃度は1mol/L、温度は25℃、処理時間は3分とした。その後、水洗を行った。水洗は、2リットル/分の流水で30分間実施した。
【0065】
次に、ポリイミド樹脂について、酸溶液処理を行った(図7)。酸溶液は、クエン酸水溶液であり、濃度は0.2mol/L、温度は25℃、処理時間は7分とした。その後、ポリイミド樹脂について、水洗を行った。水洗は、2リットル/分の流水で5分間実施した。
【0066】
次に、ポリイミド樹脂について、乾燥処理を行った。乾燥処理は、まず、窒素ブローによりポリイミド樹脂表面に付着した水分を除去した。次に、真空(10hPa)雰囲気中で、温度は25℃、時間は3時間の乾燥処理を実施した。
【0067】
次に、ポリイミド樹脂について、再イミド化処理を行った(図8)。再イミド化処理は、窒素ガス雰囲気中で、300℃、1時間実施した。得られたCu薄膜形成ポリイミド樹脂の模式図は図8の通りである。ポリイミド樹脂の表面にCu金属薄膜3が形成されていることを示す。また、図17に、実際のポリイミド樹脂の断面をSEMにより観察した像を示す。析出したCu薄膜は、ポリイミド表面付近で層を形成している。図18に、図17中のA点をEDX(エネルギー分散X線分析)分析して得られたチャートを示す。Cu及びNaのピークは検出されておらず、ポリイミド樹脂中にCuイオン、Naイオンが残存していないことが判る。
【0068】
さらに、Cu薄膜とポリイミド樹脂の密着強度を測定するためにピール試験を実施した。ピール強度は、10〜12N/cmを示した。さらに、高温処理(150℃、196時間保持)後の密着強度低下は、約10%であった。ピール試験後の破断面は、Cu薄膜とポリイミド樹脂の界面であった。改質されていたポリイミド樹脂部で破断を起こしていないことから、再イミド化処理を行うことにより、ポリイミド樹脂の機械強度を保ちつつ、ポリイミド樹脂とCu薄膜層の密着強度を高くすることができた。
【0069】
ピール強度(密着強度)の測定方法について述べる。ピール強度は、JISC6471に規定されている90°引き剥がし試験方法により測定した。試験機は、一般的な引張試験機を用いた。前記に述べた工程により金属薄膜が形成されたポリイミド樹脂に対して電解めっきにより金属膜の膜厚を18μmに増膜した後、ポリイミド樹脂裏面を適当な金属板に貼り付ける。貼り付けは、市販のエポキシ系接着剤を用いた。接着剤が硬化後、ポリイミド樹脂が貼り付けられた金属板をピール試験治具に取り付け、試験片の一方と、引っ張り試験機のロードセルと接続する。この後、引っ張り試験を行い、引き剥がし強度を求め、これをピール強度とした。
【0070】
[実施例2]
本実施例では、以下の処理条件により還元工程を実施したこと以外、実施例1と同様の方法により、ポリイミド樹脂表面へCu薄膜を形成した。
還元剤にジメチルアミンボランを用い、濃度は0.5mol/L、pHは8.9、温度は50℃、処理時間は12分とした。
得られたポリイミド樹脂は、断面観察の結果、実施例1と同様の析出形態であった。また、図17のA点に相当する箇所をEDX分析した結果、実施例1と同様、Cu、Naのピークが検出されることはなかった。さらに、ポリイミド樹脂とCu薄膜層の密着強度は12〜14N/cmを示した。高温処理(150℃、196時間保持)後の密着強度低下は、約10%であった。
【0071】
[実施例3]
本実施例では、以下の処理条件によりアルカリ金属含有溶液処理工程を実施したこと以外、実施例1と同様の方法により、ポリイミド樹脂表面へCu薄膜を形成した。
アルカリ金属含有溶液は、水酸化カリウム水溶液であり、濃度は1mol/L、温度は25℃、処理時間は3分とした。その後、水洗を行った。水洗は、2リットル/分の流水で30分間実施した。
得られたポリイミド樹脂は、断面観察の結果、実施例1と同様の析出形態であった。また、図17のA点に相当する箇所をEDX分析した結果、実施例1と同様、Cu、Kのピークが検出されることはなかった。さらに、ポリイミド樹脂とCu薄膜層の密着強度は12〜14N/cmを示した。高温処理(150℃、196時間保持)後の密着強度低下は、約10%であった。
【0072】
[実施例4]
本実施例では、対象としたポリイミド樹脂を東レ・デュポン社のカプトンENを用いたこと及び、改質工程のKOH処理時間を40分としたこと以外、実施例1と同様の方法により、ポリイミド樹脂表面へCu薄膜を形成した。
得られたポリイミド樹脂は、断面観察の結果、実施例1と同様の析出形態であった。また、図17のA点に相当する箇所をEDX分析した結果、実施例1と同様、Cu、Naのピークが検出されることはなかった。さらに、ポリイミド樹脂とCu薄膜層の密着強度は9〜10N/cmを示した。高温処理(150℃、196時間保持)後の密着強度低下は、約10%であった。
【0073】
[比較例1]
実施例1の処理工程の内、アルカリ水溶液処理を行わなかったこと、および酸溶液処理時間を15分としたこと以外、実施例1と同様の方法により、ポリイミド樹脂表面へCu薄膜を形成した。
得られたCu薄膜形成ポリイミド樹脂は、断面観察の結果、実施例1と構造は同じであった。図19に、実際のポリイミド樹脂の断面をSEMにより観察した像を示す。図20に、図19中のB点をEDX(エネルギー分散X線分析)分析して得られたチャートを示す。Cuのピークが検出されており、ポリイミド樹脂中にCuイオンが残存していることが判る。さらに、Cu薄膜とポリイミド樹脂の密着強度を測定するためにピール試験を実施した。ピール強度は、4〜5N/cmを示した。破断面は、ポリイミド樹脂の元改質層であった箇所が大部分であった。改質層中にCuイオンが残存した状態で再イミド化ベーク処理を実施しているため、十分に元のポリイミド分子構造に戻っておらず、ポリイミド樹脂のバルク強度が低下したためであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明はフレキシブル配線板の製造に利用可能であり、片面フレキシブル配線板、両面フレキシブル配線板を複数枚積層した多層フレキシブル配線板や、ガラスエポキシ基板などの硬質基板とも合わせて積層したリジッド−フレキシブル配線板の製造などにも広く利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】本発明によるポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法の工程フロー図。
【図2】本発明に用いたポリイミド樹脂の概略断面模式図。
【図3】本発明によるポリイミド樹脂表面改質後の概略断面模式図。
【図4】本発明によるポリイミド樹脂への金属イオン吸着後の概略断面模式図。
【図5】本発明によるポリイミド樹脂への金属薄膜形成後の概略断面模式図。
【図6】本発明によるポリイミド樹脂へのアルカリ金属含有溶液処理後の概略断面模式図。
【図7】本発明によるポリイミド樹脂への酸溶液処理後の概略断面模式図。
【図8】本発明による再イミド化ベーク処理後の概略断面模式図。
【図9】アルカリ改質後のポリイミド樹脂改質層のEDX分析結果。
【図10】アルカリ改質後に硫酸銅水溶液で処理したポリイミド樹脂改質層のEDX分析結果。
【図11】アルカリ改質後に硫酸銅水溶液処理を行い、さらにクエン酸水溶液で処理したポリイミド改質層のEDX分析結果。
【図12】アルカリ改質後にクエン酸水溶液で処理したポリイミド改質層のEDX分析結果。
【図13】アルカリ改質後に硫酸銅水溶液処理を行い、さらに水酸化ナトリウム水溶液で処理したポリイミド改質層のEDX分析結果。
【図14】アルカリ改質後に硫酸銅水溶液処理を行い、次に水酸化ナトリウム水溶液処理を行い、さらにクエン酸水溶液で処理したポリイミド改質層のEDX分析結果。
【図15】再イミド化ベーク処理後のFT−IR分析結果(アルカリ金属含有溶液処理なし)。
【図16】再イミド化ベーク処理後のFT−IR分析結果(アルカリ金属含有溶液処理あり)。
【図17】実施例1による、ポリイミド樹脂表面へのCu薄膜形成後の断面SEM像。
【図18】実施例1による、ポリイミド樹脂表面へのCu薄膜形成後の断面EDX分析結果。
【図19】比較例1による、ポリイミド樹脂表面へのCu薄膜形成後の断面SEM像。
【図20】比較例1による、ポリイミド樹脂表面へのCu薄膜形成後の断面EDX分析結果。
【図21】従来技術の一例の工程フロー図。
【図22】従来技術の一例の工程フロー図。
【符号の説明】
【0076】
1:ポリイミド樹脂、2:改質層、3:ポリイミド樹脂中に析出した金属薄膜、21:金属イオンを吸着した改質層、22:金属薄膜を析出した後に残留金属イオンを含有した改質層、23:アルカリ金属含有溶液処理後の改質層、24:酸溶液処理後の改質層、25:再イミド化ベーク処理後の元改質層、101:ポリイミド樹脂、211:金属イオンを吸着した改質層、212:金属薄膜を析出した後の改質層、312:還元処理により析出した金属薄膜層、411:回路形成用に増膜した金属層、412:エッチングにより形成された配線間のスペース、413:酸処理により残留金属イオンが減少した改質層、414:再閉環工程により元のポリイミド構造に戻った配線間スペースのポリイミド樹脂、415:アルカリ溶液処理によりポリイミド樹脂がエッチング除去された配線間スペース、416:酸処理により残留金属イオンが減少した改質層、417:再閉環工程により元のポリイミド構造に戻った配線間スペースのポリイミド樹脂、A:EDX分析箇所、B:EDX分析箇所。
【技術分野】
【0001】
本発明はポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器の小型携帯化により、フレキシブル配線基板の薄型、高密度配線化が進行している。フレキシブル配線基板の製造方法として、直接めっき法によるポリイミド金属積層板の研究が盛んに行われている。特許文献1に示されている手順をフローチャート(図21)を用いて以下に示す。
【0003】
(1)ポリイミド樹脂101をアルカリ溶液(例えば5M KOH)で処理し、ポリイミド樹脂のイミド環を開環してイオン交換基(例えばカルボキシル基)を生成する。生成された層は、改質層102である。
(2)イオン交換基を導入したポリイミド樹脂を、金属イオン含有液で処理し、前記(1)で導入されたイオン交換能を有する基が金属イオンとイオン交換反応を行うことにより金属イオンが導入される。金属イオンが導入された改質層が、金属イオン含浸改質層211である。
(3)金属イオンが導入されたポリイミド樹脂を、還元剤溶液に浸漬し、ポリイミド樹脂表面に金属の被膜312を形成する。このとき、改質層211は、改質層中に含まれる金属イオン量が減少する(改質層212)。
【0004】
(4)電気化学的手法(電解めっき、無電解めっき)を用いて、回路形成のための銅層411を形成する。
(5)銅層411の表面にエッチングレジスト層を形成し、回路形状を露光、現像し、エッチングすることで形成する。エッチング除去された銅層が412である。
(6)酸処理によりポリイミド表面に残留したカルボキシル金属塩から金属成分を除去する。金属成分が除去されたポリイミド表面が413である。
(7)180℃〜200℃の高温雰囲気下で10〜80分の加熱処理を実施する。(6)の工程で金属成分が除去されたポリイミド表面413は、イミド環が開環した状態であるため、熱処理により閉環させる。
【0005】
また、特許文献2に示されている手順をフローチャート(図22)を用いて以下に示す。
(1)改質工程〜(5)回路パターン形成工程は、特許文献1と同様である。
(6)アルカリ処理により、配線板の露出した部位のポリイミド樹脂(図22の415に相当する部位)を溶解し剥離する。
(7)中和及び配線板の露出した部位のポリイミド樹脂に残留した金属成分の除去を目的とし、酸による処理を実施する。(図22中の416に相当する部分。)
(8)180℃〜200℃の高温雰囲気下で10〜80分の加熱処理を実施する。(7)の工程で金属成分が除去されたポリイミド表面416は、イミド環が開環した状態であるため、熱処理により閉環させる。閉環した箇所が、417である。
【特許文献1】特開2004−6584号公報
【特許文献2】特開2004−319918号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
現在市販されているポリイミド樹脂ベースの銅張積層板のポリイミド樹脂と銅箔との密着強度は、例えばエスパネックス(新日鐵化学)の場合、常態で14〜15N/cm(1.4〜1.5kgf/cm)であり、そのような密着強度を目標にしなければならない。しかし、特許文献1、2に記載されているプロセスでは、金属層とポリイミド樹脂層との密着強度は、常態で0.97kgf/cm、加熱後は0.64kgf/cmであり、現在市販の銅張積層板に対して低い値であった。
【0007】
例えば、特許文献1の工程(1)〜(3)を経て得られた金属薄膜を有するポリイミド樹脂基板に対して、約20μmの厚さの電解銅めっき膜を形成後、サンプルをエアブローしただけの状態で、銅薄膜の引き剥がし試験を実施した。その結果、約10N/cmの強度が得られたが、同じように作製したサンプルを、そのまま、室温中で2日後乾燥させた後、引き剥がし試験を実施したところ、強度が3N/cmと低下した。同サンプルの銅薄膜をエッチングしたところ、ポリイミド改質層に無数の亀裂が入っていることが判った。これは、膨潤した状態のポリイミド改質層表面に電解銅めっき膜を形成すると、乾燥に伴ってポリイミド改質層が収縮するときに、銅薄膜とポリイミド改質層との間で亀裂が発生したため、銅薄膜とポリイミド改質層の密着性が弱くなったと考えられる。このようなポリイミド改質層の亀裂は、改質層の厚さが厚いときや、改質層に残存する金属イオンの量が多いときに、特に顕著であった。
【0008】
特許文献1、2によると、配線層形成後に配線間に露出したポリイミド樹脂表面の残留金属を除去したり、或いは、配線間に露出したポリイミド樹脂を除去したりしている。すなわち、ポリイミド改質層に金属イオンが含まれた状態で表面の金属薄膜上に金属層(銅層)を形成した後、回路パターンを形成し、配線間の露出部を処理する。そのため、金属配線層の直下の改質層には金属イオンが残留する。改質層に金属イオンが残留すると、熱処理によっても再イミド化は起こり難く、比較的強度の弱い改質層が残存するので、乾燥によって当該改質層に亀裂が一層入り易く、密着性が弱くなるものと考えられる。
【0009】
直接めっき法においては、還元処理後のポリイミド改質層中に残留する金属イオンを極力少なく、或いは「0(ゼロ)」にする必要がある。還元処理において、すべてのCuイオンが金属Cuとして析出すれば、ポリイミド樹脂中にCuイオンが残存することはない。すべてのCuイオンを還元するためには、還元剤の還元力を高くする、すなわち還元剤の濃度を高くする、還元剤の温度を上げる、還元時間を長くする等の方法がある。しかしながら、実際にはポリイミド改質層がダメージを受けてしまうため、これらの手法を選択することは困難であった。そこで、還元後の金属薄膜付きポリイミド樹脂を酸溶液に浸漬し、金属イオンと水素イオンを置換する操作を行うと、前記酸処理のみでは十分に残留金属イオンを水素イオンに交換することが出来なかった。酸処理の時間を長くすれば、残留金属イオンは除去可能であったが、還元工程で析出した金属薄膜が溶解した。
【0010】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、ポリイミド樹脂や金属薄膜にダメージを与えることなく、ポリイミド樹脂に対して密着強度が比較的高い金属薄膜を形成する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、
アルカリ性溶液によりポリイミド樹脂表面を処理してイミド環を開環し、改質層を形成する工程;
金属イオン含有溶液により該改質層を処理する工程;
還元浴により該改質層を処理する工程;
アルカリ金属含有溶液により該改質層を処理する工程;
酸溶液により該改質層を処理する工程;および
イミド環を閉環する再イミド化工程;
を含むことを特徴とするポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法による効果は、以下のようなものである。
(1)金属薄膜とポリイミド樹脂との密着強度として比較的高い値、例えば14N/cmを達成でき、密着性の高い金属薄膜をポリイミド樹脂表面に形成できる。例えば、フレキシブル配線板を製造する場合、電解Cuめっき下地としての金属薄膜とポリイミド樹脂との密着強度が12N/cmと高く、信頼性の高いフレキシブル配線板を得ることができる。
(2)改質層が元のポリイミド分子構造に有効に戻るので、基板自体の機械的強度、耐熱性、耐薬品性も向上する。
その結果、本発明のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法は、ポリイミド配線板、特にフレキシブル配線板の製造方法に適用されると、信頼性の高い配線板を低コストで製造できるので、様々な分野におけるポリイミド配線板の汎用化に大いに貢献できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を実施するための最良の形態を説明する。
本発明のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法は、いわゆる直接めっき法(ダイレクトメタライゼーション)を用いている。
【0014】
本発明のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法は、詳しくは、
(1)アルカリ性溶液によりポリイミド樹脂表面を処理してイミド環を開環し、改質層を形成する工程;
(2)金属イオン含有溶液により該改質層を処理して、改質層に該金属イオンを吸着させる工程;
(3)還元浴により該改質層を処理して、改質層に吸着した金属イオンを還元させる工程;
(4)アルカリ金属含有溶液により該改質層を処理して、還元工程後の改質層の内部に残留する金属イオンを該アルカリ金属イオンと置換させる工程;
(5)酸溶液により該改質層を処理して、前記アルカリ金属イオンを水素イオンと置換させる工程;および
(6)イミド環を閉環する再イミド化工程;
を含むことを特徴とする。
【0015】
以下、本発明を図1〜図8を参照して説明する。図1は、本発明に係るポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法の製造工程を示すフロー図の一例であり、図2〜図8は、製造工程を説明するためのポリイミド樹脂(基板)の概略断面図の一例である。
【0016】
(1)改質工程
本発明において、直接めっき法を用いるに際し、金属薄膜形成のためにポリイミド樹脂表面を開環処理する必要がある。詳しくは図2に示すようなポリイミド樹脂1をアルカリ性溶液に浸漬することで、図3に示すように両面に改質層2を形成し、水洗する。この工程により、ポリイミド樹脂表面におけるポリイミド分子のイミド環が加水分解によって開環し、カルボキシル基が生成すると同時に、カルボキシル基の水素イオンがアルカリ性溶液中の金属イオンと置換され、改質層が形成される。例えば、化学式(1)で表されるポリイミドがKOH水溶液で処理される場合、加水分解による開環によって生成したカルボキシル基にカリウムイオンが吸着し、化学式(2)で表される構造を有するようになる。
【0017】
【化1】
【0018】
ポリイミド樹脂の構造は特に制限されるものではなく、例えば、上記化学式(1)で表されるような、ピロメリット酸二無水物と芳香族ジアミンとを反応させて製造されたポリイミド樹脂が使用可能である。また例えば、ピロメリット酸二無水物およびビフェニルテトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとを反応させて製造されたポリイミド樹脂が使用可能である。いずれのポリイミド樹脂においても、芳香族ジアミンは特に制限されるものではなく、例えば、4,4’−ジアミノジフェニルエーテルおよびパラフェニレンジアミンを含むものが好ましい。
【0019】
ポリイミド樹脂の形態は特に制限されず、可撓性を有するフィルム状のものから剛性を有するボード状のものまで、いかなるポリイミド樹脂も使用可能であるが、フレキシブル配線板を製造する観点からは、厚み10〜200μmの可撓性を有するフィルム状のものが好ましく使用される。ポリイミド基板を用いる場合、市販のものを使用することができ、例えば、アピカル(R)(カネカ製)、カプトン(R)(東レデュポン製)、ユーピレックス(R)(宇部興産製)等として入手可能である。特に、ピロメリット酸二無水物およびビフェニルテトラカルボン酸二無水物と、4,4’−ジアミノジフェニルエーテルおよびパラフェニレンジアミンとを反応させて製造されたポリイミド樹脂として、カプトンEN(R)(東レデュポン製)が入手可能である。
【0020】
アルカリ性溶液はポリイミドのイミド環を開環できる限り特に制限されるものではなく、例えば、K、Na等のアルカリ金属の水酸化物を含有する水溶液、Mg、Ca等のアルカリ土類金属の水酸化物を含有する水溶液等が使用可能である。アルカリ性溶液に含有され、本工程で水素イオンと置換する金属イオンを以下、金属イオンAと呼ぶものとする。
【0021】
本工程に用いられるアルカリ性溶液は通常は、濃度が3〜10M(mol/L)、溶液温度が20〜70℃であり、処理時間はピロメリット酸二無水物と芳香族ジアミンとを反応させて製造されたポリイミド樹脂に対しては、1〜10分である。好ましくは、溶液温度は30〜50℃、処理時間は3〜7分である。ピロメリット酸二無水物およびビフェニルテトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとを反応させて製造されたポリイミド樹脂に対しては、10〜100分である。好ましくは、溶液温度は30〜50℃、処理時間は30〜70分である。処理温度が高すぎるとイミド環の開環以外の分子構造を破壊する可能性があり、処理時間が長すぎると改質層の厚さが厚くなりポリイミド配線板としての強度が低下する恐れがある。
【0022】
水洗は、ポリイミド樹脂表面に付着したアルカリ性溶液を除去するために行う。従って、流水による水洗が望ましい。通常は、1〜5L/minの水量で、5分以上の水洗を行う。
【0023】
(2)金属イオン吸着工程
本工程では、金属イオン含有溶液により前記改質層2を処理して、図4に示すように、該溶液に含有される金属イオンを改質層に吸着させる。詳しくは、改質層2を有するポリイミド樹脂を、金属イオン含有溶液に浸漬して、改質層中の金属イオンAを、当該金属イオン含有溶液中の金属イオンと置換させ、水洗する。図4中、21が金属イオンを吸着した改質層である。例えば、前記化学式(2)で表されるポリイミドが銅イオン含有溶液で処理される場合、化学式(3)で表される構造を有するようになる。
【0024】
【化2】
【0025】
金属イオン含有溶液中に含まれる金属イオンは後述の工程で還元されて金属薄膜として析出するものであり、改質工程で置換した金属イオンAよりイオン化傾向の小さいものであれば特に制限されない。例えば、Niイオン、Cuイオン、Coイオン、Pdイオン、Agイオン、PtイオンまたはAuイオン、もしくはそれらの組み合わせが挙げられる。そのような金属イオンを含有する溶液として、具体的には、例えば、NiSO4水溶液、CuSO4水溶液、CoSO4水溶液、PdSO4水溶液、AgNO3水溶液、H2[PtCl6]・6H2O(塩化白金酸)水溶液、KAu(CN)2(シアン化金カリウム)水溶液、NiCl2水溶液、およびそれらの混合液などが使用可能である。金属イオン含有溶液に含有され、本工程で金属イオンAと置換する金属イオンを以下、金属イオンBと呼ぶものとする。
【0026】
本工程に用いられる金属イオン含有溶液は通常は、濃度が0.01〜0.1M(mol/L)、処理温度が20〜30℃であり、処理時間は5分以上である。特に本工程での処理時間は、工程(1)における改質処理の条件により適宜設定される。例えば、ポリイミド改質層の厚さが約5μmの場合、少なくとも5分間吸着処理を行えば十分である。
【0027】
水洗は、ポリイミド樹脂表面に付着した金属イオン含有溶液を除去するために行う。金属イオン含有溶液は通常、酸性であるため、そのまま次工程に持ち込むと還元剤のpHの変動をもたらす原因となる。また、ポリイミド樹脂表面に付着した金属塩が還元浴中で還元され、還元剤が分解、疲弊してしまう。水洗は通常、1〜5L/minの水量で、5分以上の条件で行う。
【0028】
(3)還元工程
本工程では、還元浴により前記改質層21を処理して、改質層21に吸着した金属イオンを還元させる。詳しくは改質層21中に金属イオンBを含有するポリイミド樹脂を還元浴に浸漬することによって、図5に示すように、金属イオンBを還元して金属粒子を析出させ、金属薄膜3を形成する。本工程において、改質層中の金属イオンBは全てが還元されるわけではないので、改質層には金属イオンBが残留する。金属薄膜が形成された後において、金属イオンBが残留した改質層を、図5中、22として示す。
【0029】
還元浴は、金属イオンBとの接触によって当該金属イオンBを還元できる液体であれば特に制限されず、一般的な無電解めっきで使用される還元剤の水溶液が使用可能である。具体的には、例えば、水素化ホウ素ナトリウムやジメチルアミンボラン等のホウ素化合物の水溶液や、次亜リン酸ナトリウムなどが使用可能である。還元時の温度は、使用する還元剤により異なるが、一般的に20℃〜50℃が望ましい。温度が低すぎると、還元反応において金属の核生成反応よりも核成長反応が優勢となり、ポリイミド樹脂の最表面付近で析出し、アンカー効果が得られない。また、温度が高すぎると、改質層が剥がれてしまう原因となりやすい。還元剤の濃度は、使用する還元剤により異なるが、水素化ホウ素ナトリウムの場合、0.0005mol/L〜0.05mol/L、望ましくは0.001mol/L〜0.01mol/Lである。浸漬時間は特に制限されるものではなく、通常は5〜60分間、特に7〜30分間である。還元剤は、単独の種類だけでなく、複数の種類を混合して使用しても良い。また、還元浴には、必要に応じてpH調整剤や錯化剤等を添加しても良い。
【0030】
金属イオンが還元されるのに伴い、金属イオンが吸着されていた改質層は、カルボキシル基にHイオンおよび還元浴由来のNaイオンが吸着された状態となる。
【0031】
還元処理後は通常、ポリイミド樹脂表面に付着した還元浴を除去するために水洗を行う。水洗は、1〜5L/minの水量で、5分以上の条件で行う。
【0032】
(4)アルカリ金属含有溶液処理工程
本工程では、アルカリ金属含有溶液により前記改質層22を処理して、改質層22の内部に残留する金属イオンBを該アルカリ金属イオンと置換させる。詳しくは、改質層22を有するポリイミド樹脂を、アルカリ金属含有溶液に浸漬して、改質層22中の金属イオンBを、当該アルカリ金属含有溶液中のアルカリ金属イオンと置換させ、水洗する。上記還元工程(3)で使用された還元浴に金属イオンが含有されていた場合等、改質層22に金属イオンB以外のものも含有されていた場合は、本工程において、そのような金属イオンもアルカリ金属イオンと置換させることができる。図6中、23がアルカリ金属含有溶液処理後において、アルカリ金属イオンを含有する改質層である。
【0033】
本発明においては、本工程で金属イオンB(例えば、Cuイオン)を一旦、アルカリ金属イオンに置換させるので、次工程における水素イオンへの置換を速やかに行うことができる。ポリイミド樹脂をRとした場合、改質層は中性〜アルカリ性下において以下のように解離すると考えられる。
R−COOH → R−COO− + H+
この中性〜アルカリ性の領域におけるカルボキシル基へのカチオン吸着の選択性は、溶液中に存在する総量の多いカチオンイオンが吸着される。金属イオン吸着工程で改質層に吸着される金属イオンBは、ポリイミド樹脂1cm2当たり約2.2×10−6molである。アルカリ金属含有溶液処理工程においては、吸着された金属イオンの大半は還元され金属として析出しているので、改質層中に残留している金属イオンBの量は、2.2×10−6molより遙かに少ない。ポリイミド樹脂の面積が1m2となっても、10−2mol程度である。アルカリ金属含有溶液処理工程に用いる溶液の濃度は、例えば後述の範囲の濃度であり、改質層中に残存している金属イオンBの濃度よりも遙かに多いアルカリ金属イオンを含んでいる。よって、金属イオンBとアルカリ金属イオンが交換され、
R−COO−M+
(式中、M+はアルカリ金属イオンを示す)の形になる。
【0034】
アルカリ金属含有溶液は、ナトリウム、カリウム、リチウム等のアルカリ金属、特にナトリウム、カリウムを含有する水溶液が使用される。そのような水溶液はアルカリ性を有することが好ましく、具体的には、例えば、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化リチウム水溶液等が挙げられる。
【0035】
アルカリ金属含有溶液の濃度は、工程(3)で残留した改質層中の金属イオンBの量に対して十分多い量のアルカリ金属イオンを含んでいればよく、例えば、0.1mol/L〜2mol/L、望ましくは0.5mol/L〜1mol/Lである。処理時間は、1分〜15分、望ましくは3分〜10分である。処理温度は、10℃〜40℃、望ましくは20℃〜30℃である。温度が高すぎると、ポリイミド改質層がさらに改質され、ポリイミド樹脂と金属薄膜との密着強度低下につながる恐れがある。温度が低すぎると、温度を安定させることが難しくなり、コスト増になる。また、本工程で用いる溶液に、酸化防止剤、例えば亜硫酸ナトリウム、亜硝酸ナトリウム等を添加しても良い。
【0036】
水洗は、ポリイミド樹脂表面に付着したアルカリ金属含有溶液を除去するために行う。水洗は通常、1〜5L/minの水量で、5分以上の条件で行う。
【0037】
(5)酸溶液処理工程
本工程では、酸溶液により前記改質層23を処理して、当該改質層23中に含有されるアルカリ金属イオンを水素イオンと置換させる。詳しくは、改質層23を有するポリイミド樹脂を酸溶液に浸漬して、改質層23中のアルカリ金属イオンを、当該酸溶液中の水素イオンと置換させる。図7中、24が酸溶液処理後において、水素イオンを含有する改質層である。
【0038】
本工程におけるアルカリ金属イオンの水素イオンへの置換は速やかに起こる。その結果、改質層中の金属イオンの残留を防止できるので、改質層の再イミド化を有効に行うことができ、金属薄膜とポリイミド樹脂との密着性を向上できる。アルカリ金属イオンの水素イオンへの置換は、銅イオン等の前記金属イオンBの水素イオンへの置換よりも著しく円滑に起こる。これは酸性下においてアルカリ金属イオンと水素イオンとのイオン交換序列の差が金属イオンBと水素イオンとの差よりも大きいためと考えられる。酸性下におけるイオン交換の序列は、
アルカリ金属イオン<金属イオンB<H+
と考えることができる。すなわち、水素イオンは金属イオンBよりもアルカリ金属イオンを基準とした方がイオン交換され易い。そのため、アルカリ金属イオンから水素イオンへの置換が比較的速やかに起こるものと考えられる。
【0039】
酸溶液は溶液中、水素イオンが存在するものであれば特に制限されず、通常、芳香族カルボン酸よりも強い酸が使用される。具体的には、例えば、硫酸水溶液、塩酸水溶液、硝酸水溶液、クエン酸水溶液等が使用できる。可能であれば、工程(3)の還元処理により析出した金属薄膜を溶かさない、或いは溶かしにくい酸溶液を用いることが望ましい。
【0040】
例えば、銅薄膜が析出した場合は、クエン酸水溶液が好ましく、ニッケル薄膜が析出した場合は、硫酸水溶液が好ましく使用される。
【0041】
酸溶液の濃度は、工程(4)で置換した改質層中のアルカリ金属イオンの量に対して十分多い量の水素イオンを含んでいればよく、例えば、0.1mol/L〜1.0mol/L、望ましくは0.2mol/L〜0.5mol/Lである。処理時間は1分〜15分、望ましくは2分〜10分である。処理温度は、10℃〜40℃、望ましくは20℃〜30℃である。
【0042】
酸溶液処理後は通常、ポリイミド樹脂表面に付着した酸溶液を除去するために水洗し、乾燥を行う。
水洗は通常、1〜5L/minの水量で、5分以上の条件で行う。
乾燥条件は特に制限されず、通常は温度が80〜140℃、望ましくは100〜120℃、時間は30〜60分である。得られた金属薄膜の酸化防止のため、窒素ガス雰囲気、不活性ガス雰囲気、真空雰囲気で加熱処理することが望ましい。真空雰囲気で乾燥を行う場合は、特に加熱の必要はなく常温で実施しても良い。その場合は乾燥時間を120分以上とする等、時間を長くすることが望ましい。
【0043】
(6)再イミド化工程
本工程ではイミド環を閉環する。詳しくは、前工程で得られたポリイミド樹脂を加熱することで、改質層24が再イミド化される(再イミド化ベーク処理)。これによって、図8に示すように、機械的強度、耐熱性、耐薬品性に劣る改質層を、元のポリイミド分子構造に戻すことができる。図8中、25が、再イミド化処理によってイミド化された元改質層である。
【0044】
処理条件は、改質層の再イミド化を達成できる限り特に制限されず、例えば、温度が250℃以上、時間は1時間以上である。得られた金属薄膜の酸化防止のため、窒素ガス雰囲気、不活性ガス雰囲気、真空雰囲気で加熱処理することが望ましい。
【0045】
以上に示した本発明のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法は、ポリイミド配線板、特にフレキシブル配線板の製造方法に適用可能である。
例えば、本発明のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法によって得られた金属薄膜を有するポリイミド樹脂に対して、いわゆるサブトラクティブ法またはアディティブ法等によって配線パターンを形成すればよい(配線形成工程)。
【0046】
詳しくはサブトラクティブ法においては、例えば、本発明で得られた金属薄膜を有するポリイミド樹脂に対して、所望により電解/無電解めっき等により金属膜をさらに形成し、配線領域にレジストパターンを形成した後、金属膜の露出部(非配線領域)をエッチング除去し、レジストパターンを除去すればよい。
【0047】
アディティブ法においては、例えば、本発明で得られた金属薄膜を有するポリイミド樹脂に対して非配線領域にレジストパターンを形成し、金属薄膜の露出部(配線領域)に電解/無電解めっき等により金属膜を形成した後、レジストパターンを除去し、さらに金属膜をマスクとして金属薄膜の露出部をエッチング除去すればよい。
【0048】
以上より、本発明では、金属薄膜を厚膜化する以前の工程で、且つ、乾燥工程の前にポリイミド樹脂改質層中の残留金属イオンを除去できるため、ポリイミド樹脂と金属層との密着強度の低下の恐れがない。また、ポリイミド樹脂改質層中の残留金属イオンを除去した後の再イミド化工程により、ポリイミド改質層は元のポリイミド分子構造に戻るため、耐熱性にも優れた配線板を得ることが可能となる。
【実施例】
【0049】
本発明によるポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法について、実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
<実験例1>
カルボキシル基は、イオン交換基として機能しており、そのイオン交換のし易さは酸性下においては、一般的に
Na+ < K+ < Mg2+ < Ca2+ < H+
と言われている。H+が最もカルボキシル基につきやすい。
また直接めっき法で使用される代表的な、Cuイオン、Niイオン、Agイオン、Pdイオン等の金属イオンは、イオン交換処理においてK+イオンと交換されることから、酸性下におけるイオン交換の序列は、
Na+ < K+ < (Cu2+、Ni2+、Ag+、Pd2+) < H+
と考えることができる。
【0051】
カルボキシル基に吸着された金属イオンの水素イオンとの交換は、上記序列において、水素イオンとの位置関係が離れた金属イオンほど交換されやすいと考えられる。よって、Naイオンを例にとり、CuイオンをNaイオンに置換し、その後Hイオンへ置換することが出来ないかどうかについて検証した。
【0052】
アルカリ改質処理、例えば水酸化カリウム水溶液を使用した改質処理を行った場合、イミド環が開環した箇所はカルボキシル基(COO−)にカリウムイオン(K+)が配位した状態となっている。図9に、温度50℃、濃度5mol/Lの水酸化カリウム水溶液に3分間浸漬して改質処理を行ったポリイミド樹脂のEDX分析結果を示す。改質層からカリウムが検出されていることが判る。これを、例えば硫酸銅水溶液に5分間浸漬すると、カルボキシル基に配位していたカリウムイオンが銅イオン(Cu2+)に置換される。図10に、水酸化カリウム水溶液による改質処理後に温度25℃、濃度0.05mol/Lの硫酸銅水溶液で5分間処理したポリイミド樹脂のEDX分析結果を示す。改質層から銅が検出され、カリウムが検出されなくなっていることが判る。
【0053】
図11に、前記Cuイオンが吸着したポリイミド樹脂を、温度25℃、濃度0.2mol/Lのクエン酸溶液で3分間処理した後のEDX分析結果を示す。本処理は、ポリイミド樹脂中のCuイオンとクエン酸溶液中の水素イオンを交換することが目的である。Cuのピークが検出されており、Cuイオンは完全に水素イオンに交換されていない。
【0054】
図12に、温度50℃、濃度5mol/Lの水酸化カリウム水溶液に3分間浸漬して改質処理したポリイミド樹脂を、温度25℃、濃度0.2mol/Lのクエン酸溶液で1分間処理した後のEDX分析結果を示す。カリウムのピークは検出されておらず、カリウムイオンが水素イオンに置換されて事を示している。ここで我々は、カリウムイオンから水素イオンへの置換の速さに着目した。重金属のイオン(前述の例ではCuイオン)から水素イオンへの置換よりも、アルカリ金属イオン(前述の例ではカリウムイオン)から水素イオンへ置換する方が速度が速いと想定される。
【0055】
次に、金属イオンをアルカリ金属イオンに置換可能かどうかを検証した。図13に、アルカリ改質後に硫酸銅水溶液処理を行ったポリイミド樹脂を、温度25℃、濃度1mol/Lの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液に2分浸漬した後のEDX分析結果を示す。Cuのピークは検出されておらず、Naのピークが検出されていることが判る。このことから、CuイオンとNaイオンの置換が可能であることが判る。
【0056】
アルカリ金属イオンと水素イオンの交換は前記の通り容易であることから、Naイオンと水素イオンの交換も容易であると推定される。図14に、前記のNa置換されたポリイミド樹脂を温度25℃、濃度0.2mol/Lのクエン酸溶液で1分間処理した後のEDX分析結果を示す。Naのピークは検出されておらず、Naイオンは水素イオンへ置換されたものと考えられる。
この後、乾燥、再イミド化ベーク処理を実施することにより、アルカリ改質処理により開環していたイミド環は閉環し、ポリイミド改質層は元のポリイミドの分子構造に戻る。
【0057】
図15と図16にアルカリ金属含有溶液処理工程の有無による、再イミド化ベーク処理後のポリイミド分子構造への戻り具合(イミド化率)を、FT−IR(フーリエ変換赤外分光)のATR(全反射測定)法により測定した結果を示す。図15は、還元工程後にアルカリ金属含有溶液処理を行わずに、塩酸溶液処理を行ったものであり、図16は還元工程後にアルカリ金属含有溶液処理を行い、さらに酸溶液処理を行ったものである。それぞれ、比較対象として未処理のポリイミド樹脂のFT−IR結果を示してある。ポリイミドの分子構造に戻った割合を評価する方法は、以下のようにして実施した。
【0058】
FT−IRスペクトルの1500cm−1に見られる吸収はベンゼン環の骨格振動に由来する吸収帯であり、ポリイミド樹脂をアルカリ改質処理してもベンゼン環の数は変化することがないため、イミド化率を決定する際の内部標準として用いることができる。また、1780cm−1に見られる吸収スペクトルは、イミドカルボニルの対象伸縮振動に由来する吸収帯であり、イミド特有の吸収帯である。すなわち、再イミド化ベーク処理後にイミド環が閉環した際に現れるピークである。再イミド化率は、1500cm−1に対する1780cm−1の反射光強度比(T1780/T1500)により算出した。
【0059】
図15より反射光強度比(T1780/T1500)を算出すると、未処理のポリイミド樹脂は0.78であり、アルカリ金属含有溶液処理を行っていない試料の再イミド化ベーク後の反射強度比は0.65であった。また、図16より反射光強度比(T1780/T1500)を算出すると、未処理のポリイミド樹脂は0.20であり、アルカリ金属含有溶液処理を行った試料の再イミド化ベーク後の反射強度比は0.22であった。なお、図15の値と図16の値が異なるのは、測定装置が異なるためである。前記のように、図16のアルカリ金属含有溶液処理を行った試料の反射強度比は、未処理のポリイミド樹脂の反射強度比と近い値を示しており、イミド化率は非常に高いと考えられる。これに対して、図15のアルカリ金属含有溶液処理を行っていない試料の場合、反射強度比は未処理のポリイミド樹脂の反射強度比と0.13の差があり、再イミド化が不十分であることを示している。よって、還元工程後にアルカリ金属含有溶液処理を行うことは、直接めっき法によりポリイミド配線板を製造する過程では、不可欠な工程であると言える。
【0060】
<実験例2>
[実施例1]
以下に説明する工程により、ポリイミド樹脂表面へCu薄膜を形成した。
対象ポリイミド樹脂は、125μm厚のポリイミドフィルムを用いた。ポリイミドフィルムとしては、東レ・デュポン社のカプトンHを使用した(図2)。
【0061】
まず、ポリイミド樹脂を50℃のKOH水溶液に3分間浸漬し、改質工程を実施した(図3)。この際、KOH水溶液は、5M(mol/L)の濃度に設定した。この工程により、ポリイミド樹脂の両面についてポリイミド分子中のイミド環の加水分解が行われ、ポリイミド表面の改質層2には、カルボキシル基にカリウムイオンが配位したカルボン酸カリウム塩が形成された。改質層2の厚さは、ポリイミド樹脂の断面をSEM(走査型電子顕微鏡)で観察することにより、約3μmであることが判った。その後、ポリイミド樹脂を、2リットル/分の流水で5分間水洗を実施した。
【0062】
次に、ポリイミド樹脂について、Cuイオン吸着の処理を実施した(図4)。Cuイオン吸着には、硫酸銅水溶液を用いた。処理条件は、濃度が0.05M(mol/L)、温度は25℃、処理時間は10分である。なお、溶液は攪拌している。その後、ポリイミド樹脂について、水洗を行った。水洗は、2リットル/分の流水で5分間実施した。
【0063】
次に、ポリイミド樹脂について、還元処理を行った(図5)。還元溶液は、水素化ホウ素ナトリウム水溶液であり、濃度は0.001M(mol/L)、pHは9.2、温度は25℃、処理時間は30分とした。なお、還元溶液は攪拌を行っている。浸漬開始から30分後、ポリイミド樹脂を水素化ホウ素ナトリウム還元溶液から取り出し、水洗処理を行った。水洗は、2リットル/分の流水で5分間実施した。
【0064】
次に、ポリイミド樹脂について、アルカリ金属含有溶液処理を行った(図6)。アルカリ金属含有溶液は、水酸化ナトリウム水溶液であり、濃度は1mol/L、温度は25℃、処理時間は3分とした。その後、水洗を行った。水洗は、2リットル/分の流水で30分間実施した。
【0065】
次に、ポリイミド樹脂について、酸溶液処理を行った(図7)。酸溶液は、クエン酸水溶液であり、濃度は0.2mol/L、温度は25℃、処理時間は7分とした。その後、ポリイミド樹脂について、水洗を行った。水洗は、2リットル/分の流水で5分間実施した。
【0066】
次に、ポリイミド樹脂について、乾燥処理を行った。乾燥処理は、まず、窒素ブローによりポリイミド樹脂表面に付着した水分を除去した。次に、真空(10hPa)雰囲気中で、温度は25℃、時間は3時間の乾燥処理を実施した。
【0067】
次に、ポリイミド樹脂について、再イミド化処理を行った(図8)。再イミド化処理は、窒素ガス雰囲気中で、300℃、1時間実施した。得られたCu薄膜形成ポリイミド樹脂の模式図は図8の通りである。ポリイミド樹脂の表面にCu金属薄膜3が形成されていることを示す。また、図17に、実際のポリイミド樹脂の断面をSEMにより観察した像を示す。析出したCu薄膜は、ポリイミド表面付近で層を形成している。図18に、図17中のA点をEDX(エネルギー分散X線分析)分析して得られたチャートを示す。Cu及びNaのピークは検出されておらず、ポリイミド樹脂中にCuイオン、Naイオンが残存していないことが判る。
【0068】
さらに、Cu薄膜とポリイミド樹脂の密着強度を測定するためにピール試験を実施した。ピール強度は、10〜12N/cmを示した。さらに、高温処理(150℃、196時間保持)後の密着強度低下は、約10%であった。ピール試験後の破断面は、Cu薄膜とポリイミド樹脂の界面であった。改質されていたポリイミド樹脂部で破断を起こしていないことから、再イミド化処理を行うことにより、ポリイミド樹脂の機械強度を保ちつつ、ポリイミド樹脂とCu薄膜層の密着強度を高くすることができた。
【0069】
ピール強度(密着強度)の測定方法について述べる。ピール強度は、JISC6471に規定されている90°引き剥がし試験方法により測定した。試験機は、一般的な引張試験機を用いた。前記に述べた工程により金属薄膜が形成されたポリイミド樹脂に対して電解めっきにより金属膜の膜厚を18μmに増膜した後、ポリイミド樹脂裏面を適当な金属板に貼り付ける。貼り付けは、市販のエポキシ系接着剤を用いた。接着剤が硬化後、ポリイミド樹脂が貼り付けられた金属板をピール試験治具に取り付け、試験片の一方と、引っ張り試験機のロードセルと接続する。この後、引っ張り試験を行い、引き剥がし強度を求め、これをピール強度とした。
【0070】
[実施例2]
本実施例では、以下の処理条件により還元工程を実施したこと以外、実施例1と同様の方法により、ポリイミド樹脂表面へCu薄膜を形成した。
還元剤にジメチルアミンボランを用い、濃度は0.5mol/L、pHは8.9、温度は50℃、処理時間は12分とした。
得られたポリイミド樹脂は、断面観察の結果、実施例1と同様の析出形態であった。また、図17のA点に相当する箇所をEDX分析した結果、実施例1と同様、Cu、Naのピークが検出されることはなかった。さらに、ポリイミド樹脂とCu薄膜層の密着強度は12〜14N/cmを示した。高温処理(150℃、196時間保持)後の密着強度低下は、約10%であった。
【0071】
[実施例3]
本実施例では、以下の処理条件によりアルカリ金属含有溶液処理工程を実施したこと以外、実施例1と同様の方法により、ポリイミド樹脂表面へCu薄膜を形成した。
アルカリ金属含有溶液は、水酸化カリウム水溶液であり、濃度は1mol/L、温度は25℃、処理時間は3分とした。その後、水洗を行った。水洗は、2リットル/分の流水で30分間実施した。
得られたポリイミド樹脂は、断面観察の結果、実施例1と同様の析出形態であった。また、図17のA点に相当する箇所をEDX分析した結果、実施例1と同様、Cu、Kのピークが検出されることはなかった。さらに、ポリイミド樹脂とCu薄膜層の密着強度は12〜14N/cmを示した。高温処理(150℃、196時間保持)後の密着強度低下は、約10%であった。
【0072】
[実施例4]
本実施例では、対象としたポリイミド樹脂を東レ・デュポン社のカプトンENを用いたこと及び、改質工程のKOH処理時間を40分としたこと以外、実施例1と同様の方法により、ポリイミド樹脂表面へCu薄膜を形成した。
得られたポリイミド樹脂は、断面観察の結果、実施例1と同様の析出形態であった。また、図17のA点に相当する箇所をEDX分析した結果、実施例1と同様、Cu、Naのピークが検出されることはなかった。さらに、ポリイミド樹脂とCu薄膜層の密着強度は9〜10N/cmを示した。高温処理(150℃、196時間保持)後の密着強度低下は、約10%であった。
【0073】
[比較例1]
実施例1の処理工程の内、アルカリ水溶液処理を行わなかったこと、および酸溶液処理時間を15分としたこと以外、実施例1と同様の方法により、ポリイミド樹脂表面へCu薄膜を形成した。
得られたCu薄膜形成ポリイミド樹脂は、断面観察の結果、実施例1と構造は同じであった。図19に、実際のポリイミド樹脂の断面をSEMにより観察した像を示す。図20に、図19中のB点をEDX(エネルギー分散X線分析)分析して得られたチャートを示す。Cuのピークが検出されており、ポリイミド樹脂中にCuイオンが残存していることが判る。さらに、Cu薄膜とポリイミド樹脂の密着強度を測定するためにピール試験を実施した。ピール強度は、4〜5N/cmを示した。破断面は、ポリイミド樹脂の元改質層であった箇所が大部分であった。改質層中にCuイオンが残存した状態で再イミド化ベーク処理を実施しているため、十分に元のポリイミド分子構造に戻っておらず、ポリイミド樹脂のバルク強度が低下したためであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明はフレキシブル配線板の製造に利用可能であり、片面フレキシブル配線板、両面フレキシブル配線板を複数枚積層した多層フレキシブル配線板や、ガラスエポキシ基板などの硬質基板とも合わせて積層したリジッド−フレキシブル配線板の製造などにも広く利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】本発明によるポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法の工程フロー図。
【図2】本発明に用いたポリイミド樹脂の概略断面模式図。
【図3】本発明によるポリイミド樹脂表面改質後の概略断面模式図。
【図4】本発明によるポリイミド樹脂への金属イオン吸着後の概略断面模式図。
【図5】本発明によるポリイミド樹脂への金属薄膜形成後の概略断面模式図。
【図6】本発明によるポリイミド樹脂へのアルカリ金属含有溶液処理後の概略断面模式図。
【図7】本発明によるポリイミド樹脂への酸溶液処理後の概略断面模式図。
【図8】本発明による再イミド化ベーク処理後の概略断面模式図。
【図9】アルカリ改質後のポリイミド樹脂改質層のEDX分析結果。
【図10】アルカリ改質後に硫酸銅水溶液で処理したポリイミド樹脂改質層のEDX分析結果。
【図11】アルカリ改質後に硫酸銅水溶液処理を行い、さらにクエン酸水溶液で処理したポリイミド改質層のEDX分析結果。
【図12】アルカリ改質後にクエン酸水溶液で処理したポリイミド改質層のEDX分析結果。
【図13】アルカリ改質後に硫酸銅水溶液処理を行い、さらに水酸化ナトリウム水溶液で処理したポリイミド改質層のEDX分析結果。
【図14】アルカリ改質後に硫酸銅水溶液処理を行い、次に水酸化ナトリウム水溶液処理を行い、さらにクエン酸水溶液で処理したポリイミド改質層のEDX分析結果。
【図15】再イミド化ベーク処理後のFT−IR分析結果(アルカリ金属含有溶液処理なし)。
【図16】再イミド化ベーク処理後のFT−IR分析結果(アルカリ金属含有溶液処理あり)。
【図17】実施例1による、ポリイミド樹脂表面へのCu薄膜形成後の断面SEM像。
【図18】実施例1による、ポリイミド樹脂表面へのCu薄膜形成後の断面EDX分析結果。
【図19】比較例1による、ポリイミド樹脂表面へのCu薄膜形成後の断面SEM像。
【図20】比較例1による、ポリイミド樹脂表面へのCu薄膜形成後の断面EDX分析結果。
【図21】従来技術の一例の工程フロー図。
【図22】従来技術の一例の工程フロー図。
【符号の説明】
【0076】
1:ポリイミド樹脂、2:改質層、3:ポリイミド樹脂中に析出した金属薄膜、21:金属イオンを吸着した改質層、22:金属薄膜を析出した後に残留金属イオンを含有した改質層、23:アルカリ金属含有溶液処理後の改質層、24:酸溶液処理後の改質層、25:再イミド化ベーク処理後の元改質層、101:ポリイミド樹脂、211:金属イオンを吸着した改質層、212:金属薄膜を析出した後の改質層、312:還元処理により析出した金属薄膜層、411:回路形成用に増膜した金属層、412:エッチングにより形成された配線間のスペース、413:酸処理により残留金属イオンが減少した改質層、414:再閉環工程により元のポリイミド構造に戻った配線間スペースのポリイミド樹脂、415:アルカリ溶液処理によりポリイミド樹脂がエッチング除去された配線間スペース、416:酸処理により残留金属イオンが減少した改質層、417:再閉環工程により元のポリイミド構造に戻った配線間スペースのポリイミド樹脂、A:EDX分析箇所、B:EDX分析箇所。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ性溶液によりポリイミド樹脂表面を処理してイミド環を開環し、改質層を形成する工程;
金属イオン含有溶液により該改質層を処理する工程;
還元浴により該改質層を処理する工程;
アルカリ金属含有溶液により該改質層を処理する工程;
酸溶液により該改質層を処理する工程;および
イミド環を閉環する再イミド化工程;
を含むことを特徴とするポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法。
【請求項2】
ポリイミド樹脂が、ピロメリット酸二無水物と芳香族ジアミンとを反応させて製造されたポリイミド樹脂であることを特徴とする請求項1に記載のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法。
【請求項3】
ポリイミド樹脂が、ピロメリット酸二無水物およびビフェニルテトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとを反応させて製造されたポリイミド樹脂であることを特徴とする請求項1に記載のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法。
【請求項4】
芳香族ジアミンが4,4’−ジアミノジフェニルエーテルおよびパラフェニレンジアミンを含む請求項2または3に記載のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法。
【請求項1】
アルカリ性溶液によりポリイミド樹脂表面を処理してイミド環を開環し、改質層を形成する工程;
金属イオン含有溶液により該改質層を処理する工程;
還元浴により該改質層を処理する工程;
アルカリ金属含有溶液により該改質層を処理する工程;
酸溶液により該改質層を処理する工程;および
イミド環を閉環する再イミド化工程;
を含むことを特徴とするポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法。
【請求項2】
ポリイミド樹脂が、ピロメリット酸二無水物と芳香族ジアミンとを反応させて製造されたポリイミド樹脂であることを特徴とする請求項1に記載のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法。
【請求項3】
ポリイミド樹脂が、ピロメリット酸二無水物およびビフェニルテトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとを反応させて製造されたポリイミド樹脂であることを特徴とする請求項1に記載のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法。
【請求項4】
芳香族ジアミンが4,4’−ジアミノジフェニルエーテルおよびパラフェニレンジアミンを含む請求項2または3に記載のポリイミド樹脂表面への金属薄膜形成方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図18】
【図20】
【図21】
【図22】
【図17】
【図19】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図18】
【図20】
【図21】
【図22】
【図17】
【図19】
【公開番号】特開2009−64872(P2009−64872A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−229987(P2007−229987)
【出願日】平成19年9月5日(2007.9.5)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年9月5日(2007.9.5)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【Fターム(参考)】
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