説明

ポリオール脱水素酵素組成物

【課題】補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素の保存安定性を向上させる手段を提供する。
【解決手段】補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素と、グリシルグリシンと、界面活性剤と、を安定化剤として含むポリオール脱水素酵素組成物。また、正確にポリオールを定量できる上記PQQ依存性PDH組成物を含むポリオール測定試薬、および上記PQQ依存性PDH組成物を用いたポリオールの定量方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素(以下、「PQQ依存性PDH」または単に「ポリオール脱水素酵素」とも称する)の保存安定性、特に凍結乾燥後のポリオール脱水素酵素の保存安定性を向上させたポリオール脱水素酵素組成物、当該組成物を含むポリオール測定試薬、および当該組成物を用いたポリオールの定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素は、バクテリアの細胞膜に存在し、グルコノバクター属の細菌などから抽出、精製する方法が知られており、グリセロールやソルビトール、マンニトールなどの定量に利用されている。
【0003】
従来から、例えば、グリセロールに関しては、下記式(1)および式(2)で示すように、グリセロールキナーゼ(GK)とグリセロール−3−リン酸オキシダーゼ(GPO)もしくはグリセロール−3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GPDH)とを用いることによる定量方法が知られている。
【0004】
【化1】

【0005】
しかし、この方法は二種類の酵素を用いるため反応が煩雑である。さらに、グリセロール−3−リン酸オキシダーゼを用いた場合は溶存酸素の影響を受けるという問題点がある。また、グリセロール−3−リン酸デヒドロゲナーゼを用いた場合は、高価なNADを添加する必要がある。
【0006】
溶存酸素の影響を受けず、一種類の酵素を用いる方法としては、下記式(3)で示すようなNAD依存性グリセロールデヒドロゲナーゼを用いた方法が知られている。
【0007】
【化2】

【0008】
しかし、NAD依存性グリセロールデヒドロゲナーゼを用いた場合、グリセロール−3−リン酸デヒドロゲナーゼと同様、高価なNADを添加する必要がある。
【0009】
これに対して、より安価で簡便なグリセロールの定量方法として、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素(PQQ依存性PDH)を用いる方法がある。この方法は、下記式(4)の反応によって行われるため、溶存酸素の影響を受けない、反応が簡便で複数の酵素を用いる必要がない、高価なNADを添加する必要がないなどのメリットがある。
【0010】
【化3】

【0011】
しかし、PQQ依存性PDHは、膜結合型酵素であるため、保存安定性が悪いという問題点がある。したがって、上記PQQ依存性PDHの安定性を向上させることが重要な課題となっている。
【0012】
PQQ依存性PDHの安定性を向上させる方法として、特許文献1には、PQQ依存性PDHと類似する、補欠分子族としてピロロキノリンキノン(PQQ)を含むグルコース脱水素酵素に対して、(i)アスパラギン酸、グルタミン酸、α―ケトグルタル酸、リンゴ酸、α―ケトグルコン酸、α―サイクロデキストリンおよびこれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種の化合物、ならびに(ii)アルブミンを含む安定化剤を添加することにより、従来に比べて安定な酵素組成物が得られることが開示されている。
【0013】
また、特許文献2には、PQQ依存性PDHに対して、2価の金属イオンを有する化合物、非還元糖、および界面活性剤を安定化剤として添加することにより、保存安定性の向上したポリオール脱水素酵素組成物が得られることが開示されている。
【0014】
さらに、特許文献3には、PQQ依存性PDHに対して、ストレプトマイシンおよびジヒドロストレプトマイシンの少なくとも一方と、2価の金属イオンを形成する金属を含む化合物と、界面活性剤とを安定化剤として添加することにより、安定なポリオール脱水素酵素組成物が得られることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2001−224368号公報
【特許文献2】特開2007−259814号公報
【特許文献3】特開2008−245533号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかし、特許文献1に記載の安定化剤では、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上させることはできない。
【0017】
特許文献2に記載の酵素組成物では、37℃で1週間保存した際の酵素活性の残存活性が80%前後であり、酵素の保存安定性が十分であるとはいえない。
【0018】
また、特許文献2や特許文献3に記載の酵素組成物には、高濃度の安定化剤が含まれるため、酵素組成物を再溶解させる場合に溶解が困難であるという問題や、溶解した場合であっても溶液の粘度が高くなりすぎるという問題がある。
【0019】
さらに、特許文献3に記載の酵素組成物では、酵素活性の残存活性は向上しているものの、保存中に酵素組成物が渇変するという問題が生じるおそれがある。渇変するということは、すなわち、保存中に制御できない反応が起こることを意味するため、定量用試薬として利用する際には十分な精度が得られないおそれがある。
【0020】
よって、酵素組成物の渇変を防止し、酵素の保存安定性をさらに向上させる技術が望まれている。
【0021】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、保存中の渇変が抑制され、且つ、酵素の保存安定性が向上したポリオール脱水素酵素組成物を提供することを目的とする。また、本発明の他の目的は、正確にポリオールを定量できる上記PQQ依存性PDH組成物を含むポリオール測定試薬、および上記PQQ依存性PDH組成物を用いたポリオールの定量方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明者らは、上記従来の問題点に鑑み、鋭意研究を積み重ねた。その結果、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素に対して、グリシルグリシンおよび界面活性剤を添加することにより、ポリオール脱水素酵素の安定性、特に凍結乾燥後のポリオール脱水素酵素の安定性が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0023】
すなわち、本発明は、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素と、グリシルグリシンと、界面活性剤とを含む、ポリオール脱水素酵素組成物である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、低濃度の安定化剤によって補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素(PQQ依存性PDH)の経時的な酵素活性の低下、特に凍結乾燥後の経時的な酵素活性の低下を有意に抑制・防止することができ、これによりPQQ依存性PDHの保存安定性を著しく向上させることができる。特に、グリシルグリシンを含む本発明の酵素組成物は、よく知られている2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール(Tris)、3−モルホリノプロパンスルホン酸(MOPS)、グリシンなどの緩衝剤を含む酵素組成物に比べて、酵素の残存活性を有意に向上させることができる。さらに、本発明の酵素組成物では渇変が防止されうる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0026】
本発明の一形態によれば、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素と、グリシルグリシンと、界面活性剤と、を含む、ポリオール脱水素酵素組成物が提供される。
【0027】
本発明において、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素(PQQ依存性PDH)は、いずれのポリオールを基質としてもよく、2つ以上の水酸基を有するアルコール(糖アルコールを含む)であれば、特に制限されない。例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、ラクチトールなどの二糖由来アルコール、グリセロールなどのトリオール、エリスリトールなどのテトリトール、アラビトール、キシリトール、リビトールなどのペンチトール、マンニトール、ソルビトールなどのヘキシトール、イノシトールなどのシクリトールなどが挙げられる。中でも好ましくは、グリセロール(ピロロキノリンキノン依存性グリセロール脱水素酵素)、アラビトール(ピロロキノリンキノン依存性アラビトール脱水素酵素)、およびマンニトール(ピロロキノリンキノン依存性マンニトール脱水素酵素)を基質とし、より好ましくはグリセロールを基質とする。
【0028】
本発明に用いられるPQQ依存性PDHとしては、従来公知の酵素をいずれも好ましく使用することができる。該酵素は例えば、グルコノバクター属、シュードモナス属など、様々な細菌が生成することが知られている。本発明では、これらのPQQ依存性PDHを産生することができる菌(以下、「PQQ依存性PDH産生菌」とも称する)が生成するいずれのPQQ依存性PDHも好適に使用することができるが、これらの中でも特に、グルコノバクター属に由来するPQQ依存性PDHを好適に使用することができる。さらに、入手の容易さから、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)NBRC 3130、3171、3172、3189、3244、3250、3253、3255、3256、3257、3258、3285、3287、3289、3290、3291、3292、3293、3294、3462、3990、12467、14819;グルコノバクター・フラテウリ(Gluconobacter frateurii)NBRC 3251、3254、3260、3264、3265、3268、3270、3271、3272、3273、3274、3286、16669;グルコノバクター・セリナス(Gluconobacter cerinus)NBRC 3262、3263、3266、3267、3269、3275、3276等を使用することができる。
【0029】
また、PQQ依存性PDH産生菌であれば、これらの自然突然変異株または人為突然変異株を使用してもよい。人為突然変異処理方法は、当業者に周知の方法と同様にしてもしくは当業者に周知の方法を適宜修飾してまたはこれらの方法を適宜組合せて適用することができる。このような微生物の代表菌株として、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)が使用され、特にグルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans)NBRC 3291が好ましく使用される。
【0030】
上記PQQ依存性PDH産生菌からPQQ依存性PDHを得るための具体的な方法は、特に制限されず、例えば、上記PQQ依存性PDH産生菌を栄養培地にて培養し、該培養物からPQQ依存性PDHを抽出する方法が挙げられる。
【0031】
上記PQQ依存性PDH産生菌を培養する培地は、使用菌株が資化しうる炭素源、窒素源、無機物、その他必要な栄養素を適量含有するものであれば、合成培地であっても天然培地であってもよい。炭素源としては、例えば、グルコース、グリセロール、ソルビトールなどが使用される。窒素源としては、例えば、ペプトン類、肉エキス、酵母エキスなどの窒素含有天然物や、塩化アンモニウム、クエン酸アンモニウムなどの無機窒素含有物が使用される。無機物としては、リン酸カリウム、リン酸ナトリウム、硫酸マグネシウムなどが使用される。その他、特定のビタミンなどが必要に応じて使用される。上記の炭素源、窒素源、無機物、およびその他の必要な栄養素は、単独で用いても2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0032】
培養は、振とう培養あるいは通気撹拌培養で行うことが好ましい。培養温度は20〜50℃、好ましくは22〜40℃、最も好ましくは25℃〜35℃である。培養pHは4〜9の範囲、好ましくは5〜8である。これら以外の条件下でも、使用する菌株が生育すれば実施される。培養期間は通常0.5〜5日が好ましい。なお、これらのPQQ依存性PDHは、上記培養によって得られた酵素でも、PQQ依存性PDH遺伝子を大腸菌等に形質導入して得られた組換え酵素であってもよい。
【0033】
次いで、得られたPQQ依存性PDHを抽出する。抽出方法は一般に使用される抽出方法を用いることができ、例えば超音波破砕法、フレンチプレス法、有機溶媒法、リゾチーム法等を用いることができる。抽出したPQQ依存性PDHの精製方法は特に制限されず、例えば、硫安やぼう硝などの塩析法、塩化マグネシウムや塩化カルシウムを用いる金属凝集法、ストレプトマイシンやポリエチレンイミンを用いる除核酸、またはDEAE(ジエチルアミノエチル)−セファロース、CM(カルボキシメチル)−セファロースなどのイオン交換クロマト法などを用いることができる。なお、これらの方法で得られる部分精製酵素や精製酵素液は、そのままの形態で使用しても、または化学修飾された形態で使用してもよい。本発明において、化学修飾された形態のPQQ依存性PDHを使用する場合には、上記の方法で得られる培養物由来のPQQ依存性PDHを、例えば、特開2006−271257号公報に記載されるような方法などを用いて適宜化学修飾して使用することができる。なお、化学修飾方法は、上記公報に記載の方法に限定されるものではない。
【0034】
本発明の酵素組成物はPQQ依存性PDHおよびPQQ依存性PDHを安定化する安定化剤を含む。そして、本発明の酵素組成物に含まれる安定化剤はグリシルグリシンと、界面活性剤とを含み、さらに、好ましくは、必要に応じて、非還元糖および/または2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物を含む。
【0035】
本発明に用いられるグリシルグリシンは緩衝剤として機能し、アミノ酸系緩衝剤の一種である。グリシルグリシンはPQQ依存性PDHの保存安定性を向上させ、また、本発明の酵素組成物の保存安定性を向上させうる。本発明の酵素組成物は、緩衝剤であるグリシルグリシンを安定化剤として用いるため、低濃度の安定化剤でPQQ依存性PDHの保存安定性を向上できるというメリットがある。特に、グリシルグリシンは、グリシンなどの他のアミノ酸系緩衝剤や他のよく知られている緩衝剤を含む酵素組成物に比べて、酵素組成物の保存時の安定性を飛躍的に向上させることができる。
【0036】
本発明の酵素組成物に含まれるグリシルグリシンの量は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上できる量であれば特に限定されないが、組成物中のPQQ依存性PDHの総質量を100質量%として、好ましくは2〜250質量%、より好ましくは3〜200質量%である。さらに好ましくは5〜150質量%である。2質量%以上であれば、安定化剤としての効果を十分に発揮でき、一方、250質量%以下であれば、添加に見合う安定化剤としての効果の向上が認められる。
【0037】
また、本発明の酵素組成物において、グリシルグリシンに加えて酸またはアルカリなどのpH調整剤を含むことが好ましい。これにより、酵素組成物のpHを所望の範囲に調整することができる。本発明の酵素組成物のpHは、酵素の安定pHから極端に外れていなければよく、好ましくは6.0〜11.0、より好ましくは6.5〜10.5、最も好ましくは7.0〜10.0である。なお、酵素組成物のpHとは、酵素組成物が溶液形態や半固体形態の場合には当該酵素組成物のpHをいい、酵素組成物が固体形態の場合には当該酵素組成物1gを100ml水溶液とした際の当該水溶液のpHをいう。かようなpH調整剤としては、塩酸等の酸や水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリが挙げられる。pH調整剤の含有量は特に制限されず、所望のpHが実現される量を用いればよい。
【0038】
また、本発明の酵素組成物は、グリシルグリシンに加えて他の緩衝剤を含んでもよい。他の緩衝剤としては、例えば、リン酸、2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール(Tris)、酢酸、3−モルホリノプロパンスルホン酸(MOPS)、4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジンエタンスルホン酸(HEPES)、グリシン、ホウ酸、またはイミダゾールなどが挙げられる。
【0039】
本発明に用いられる界面活性剤は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上させ、また、本発明の酵素組成物の保存安定性を向上させうる。
【0040】
前記界面活性剤の種類は特に制限されず、膜タンパク質の可溶化に一般的に使用されているものであれば、陽イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、両性界面活性剤、非イオン性界面活性剤、および天然型界面活性剤などが挙げられ、これらのいずれを用いてもよい。陽イオン性界面活性剤としては、セチルピリジニウムクロリド、トリメチルアンモニウムブロミドが挙げられる。陰イオン性界面活性剤としては、コール酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウムなどが挙げられる。両性界面活性剤としては、3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホナート(CHAPS)、n−アルキル−N−N−ジメチル−3−アンモニオ−1−プロパンスルホン酸(Zwittergent)などが挙げられる。非イオン性界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=4〜40)(例えば、Triton(登録商標)X−100)、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート(Tween80)、アルキルグリコシドなどが挙げられる。天然型界面活性剤としては、例えば、リン脂質が挙げられ、好ましくは、卵黄レシチン、大豆レシチン、水添レシチン、高純度レシチンなどのレシチンなどが挙げられる。ただし、これら以外の界面活性剤が用いられてもよいことは勿論である。これらは単独で使用しても、または2種以上の混合物の形態で使用してもよい。中でも、好ましくは、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=7〜16)、3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホナート(CHAPS)、n−オクチル−β−D−グルコシド、n−オクチル−β−D−チオグルコシドである。かような界面活性剤はPQQ依存性PDHの保存安定性を向上させ、また、本発明の酵素組成物の保存安定性を向上させうる。さらにこれらの中でも、酵素活性の低下を抑制するという観点から、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)であるTriton(登録商標)X−100がより好ましい。
【0041】
本発明に使用される界面活性剤の量は、酵素の安定性が向上できる量であれば特に限定されない。ここで、例えば、界面活性剤は酵素組成物を調製する際に、限外ろ過等の濃縮過程により除去されうる。界面活性剤としてTritonX(登録商標)−100を使用する場合、得られた酵素組成物中のTritonX(登録商標)−100の含有量は、本来であれば、質量分率(質量%)で規定することが望ましいが、下記理由により現状では規定困難である。
【0042】
PQQ依存性PDHを含む溶液中のTritonX(登録商標)−100の定量方法としては、(1)PQQ依存性PDHを加熱やトリクロロ酢酸等により変性後、遠心分離することにより沈殿させ、PQQ依存性PDHを含まない上清の280nmの吸光度を測定する方法や(2)JIS法により測定する方法などが考えられる。しかし、(1)の方法では、完全にPQQ依存性PDHを沈殿させることが困難であり、測定誤差が生じる。また、(2)の方法では、PQQ依存性PDHが発色反応を妨害し、定量できないという問題が生じる。そこで本発明者らは簡易なTritonX(登録商標)−100量の確認方法として、ローリー法により測定された蛋白濃度が5mg/mlである溶液とした場合の280nmにおける吸光度により規定することとした。具体的には、ローリー法(BIO RAD社製、DC protein assay)により測定された蛋白濃度が5mg/mlとなるように濃度調整されたPQQ依存性PDH溶液を調製し、このPQQ依存性PDH溶液の280nmにおける吸光度を分光光度計(株式会社島津製作所製)により測定した場合の吸光度の大きさにより酵素組成物中のTritonX(登録商標)−100の含有量を評価することとした。ローリー法(BIO RAD社製、DC protein assay)は界面活性剤等の干渉を受けにくく、高精度な蛋白質の定量法として知られている。なお、標準液としては牛血清アルブミンを用いた。一方、酵素組成物中の蛋白質およびTritonX−100は波長280nmで吸光を示し、当該280nmにおける吸光度の大きさは酵素組成物中に含まれる蛋白質およびTritonX(登録商標)−100の合計量に対応する。したがって、ローリー法により蛋白濃度が5mg/mlである溶液、すなわち同一の蛋白濃度を有する溶液の280nmにおける吸光度を測定することにより、TritonX(登録商標)−100量を確認することができる。
【0043】
具体的には、界面活性剤としてTriton(登録商標)X−100を使用した場合には、酵素組成物を、ローリー法により測定された蛋白濃度が5mg/mlである溶液とした場合の280nmにおける吸光度が好ましくは6〜16の範囲であり、より好ましくは6〜14の範囲であり、特に好ましくは6〜12の範囲である。6未満である場合にはTritonX−100の量が少なすぎて安定化効果が得られず、16を超える場合にはTritonX−100が高濃度となり、保存安定性が低下する。TritonX−100の含有量をこの吸光度の値が上記範囲とすることにより、酵素の失活を防止し、酵素組成物の保存安定性を向上させることが可能となる。
【0044】
本発明の酵素組成物は、さらに非還元糖を含むことが好ましい。本発明に用いられる非還元糖は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上させ、また、本発明の酵素組成物の保存安定性を向上しうる。
【0045】
本発明において、「非還元糖」とは、遊離性のアルデヒド基やケトン基をもたないために還元性を有しない糖類を意味する。このような還元糖としては、上記したような性質を有するものであればよく、例えば、還元基同士の結合したトレハロース型小糖類、糖類の還元基および非糖類が結合した配糖体、糖類に水素添加して還元した糖アルコールなどがある。より具体的には、スクロース、トレハロース、ラフィノース等のトレハロース型少糖類;アルキル配糖体、フェノール配糖体、カラシ油配糖体等の配糖体;およびアラビトール、キシリトール、ソルビトール等の糖アルコールなどが挙げられる。中でも、トレハロース、ラフィノース、スクロースが好ましく、特にトレハロースおよびラフィノースが好ましい。また、これらのうち、PQQ依存性PDHの基質となる糖アルコールは、好ましくない場合がある。これらの還元糖は、単独で使用しても、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0046】
本発明の酵素組成物に含まれる非還元糖の量は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上できる量であれば特に制限されないが、酵素組成物中のPQQ依存性PDHの総質量を100質量%として、好ましくは1〜200質量%、より好ましくは5〜100質量%である。1質量%以上であれば、安定化剤としての効果を十分に発揮でき、一方、200質量%以下であれば、添加に見合う安定化剤としての効果の向上が認められる。
【0047】
本発明の酵素組成物は、さらに2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物を含むことが好ましい。本発明に用いられる2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上させ、また、本発明の組成物の保存安定性を向上させうる。
【0048】
本発明に用いられる2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物としては、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上でき、かつ、2価のイオンを形成する化合物であれば特に制限されない。上記2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物の具体的な例としては、カルシウム、マグネシウム、バリウム、マンガン、鉄、銅、コバルト、ニッケル、水銀、鉛および亜鉛などの2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物が挙げられる。中でも、カルシウムを含む化合物およびマグネシウムを含む化合物からなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。また、上記2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物の形態は、PQQ依存性PDHの安定性を向上できるものであれば特に制限されないが、例えば、上記金属のフッ化物、塩化物、臭化物、もしくはヨウ化物などのハロゲン化物、上記金属の硫酸塩、上記金属の硝酸塩、または上記金属のリン酸塩などが挙げられる。これらの中でも、塩化物、硫酸塩、および硝酸塩からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましい。なお、これら2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物は単独で使用されても、また2種以上の混合物の形態で使用されてもよい。
【0049】
本発明の酵素組成物に含まれる2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物の量は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上できる量であれば特に制限されないが、組成物中のPQQ依存性PDHの総質量を100質量%として、好ましくは1〜30質量%、より好ましくは1〜20質量%である。1質量%以上であれば、安定化剤としての効果を十分に発揮でき、一方、30質量%以下であれば、添加に見合う安定化剤としての効果の向上が認められ、また、本発明の組成物を緩衝液等で再溶解する際、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物を溶解できる。
【0050】
本発明の酵素組成物は、本発明の目的を損なわない範囲内で、ジチオスレイトール、2−メルカプトエタノール等の還元剤などの付加成分を所望に応じて含有することができる。
【0051】
本発明の酵素組成物の形態は特に制限されず、例えば粉末状、顆粒状、錠剤状などの固体形態;液状、乳液状等の液体形態;またはペースト状等の半固体形態などの、任意の形態でありうる。中でも、本発明の効果が顕著に発揮されることから、固体状の形態であることが好ましい。
【0052】
本発明の酵素組成物の製造方法は、特に制限されないが、例えば、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素(PQQ依存性PDH)に対して、グリシルグリシンおよび界面活性剤を添加する方法が挙げられる。
【0053】
グリシルグリシンの添加形態は特に制限されず、グリシルグリシンをそのまま添加してもよいが、グリシルグリシンを含む緩衝液(以下「グリシルグリシン緩衝液」とも称する)として添加することが好ましい。グリシルグリシン緩衝液とは、グリシルグリシンを緩衝剤として含む緩衝液をいう。
【0054】
すなわち、本発明の一実施形態は、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素に、グリシルグリシンを含む緩衝液と、界面活性剤と、を安定化剤として添加する段階を有する、ポリオール脱水素酵素組成物の製造方法である。
【0055】
グリシルグリシン緩衝液の濃度は、PQQ依存性PDHの保存安定性を向上できる量であれば特に制限されないが、好ましくは0.5〜500mM、より好ましくは0.75〜400mM、最も好ましくは1〜300mMである。なお、本発明においてグリシルグリシン緩衝液の濃度とは、緩衝液中に含まれるグリシルグリシンの濃度(mM)をいう。0.5mM以上であれば、安定化剤としての効果を十分に発揮でき、一方、500mM以下であれば、添加に見合う安定化剤としての効果の向上が認められる。
【0056】
上記グリシルグリシン緩衝液のpHは、酵素の安定pHから極端に外れていなければよく、好ましくは6.0〜11.0、より好ましくは6.5〜10.5、最も好ましくは7.0〜10.0である。グリシルグリシン緩衝液のpHは、酸(塩酸等)もしくはアルカリ(水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等)を添加することにより、所望の値に調整することができる。具体的には、グリシルグリシン−NaOH緩衝液やグリシルグリシン−KOH緩衝液を用いることができる。
【0057】
また、本発明の酵素組成物において、グリシルグリシン緩衝液に加えて他の緩衝液をさらに添加してもよい。このような緩衝液としては、所望のpHを有するものであれば公知の緩衝液が適宜使用でき、特に限定されるものではないが、例えば、リン酸緩衝液、トリス−HCl緩衝液、酢酸緩衝液、MOPSもしくはHEPESなどのGOOD緩衝液、グリシン―NaOHなどの他のアミノ酸系緩衝液、ホウ酸緩衝液、またはイミダゾール緩衝液などが用いられる。
【0058】
上記方法において、各成分の添加順序も特に制限されず、PQQ依存性PDHに対して、各成分を順次添加してもよく、各成分を同時に添加してもよい。酵素組成物がPQQ依存性PDH、グリシルグリシン緩衝液および界面活性剤に加えて非還元糖、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物、および/またはその他の付加成分を含む場合においても、上記の方法と同様に、各成分を順次または同時にPQQ依存性PDHに対して添加すればよく、各成分の添加順序も特に制限されない。
【0059】
上記手順により液体形態の酵素組成物が得られるが、本発明の酵素組成物は粉末状などの固体形態であってもよい。
【0060】
本発明の酵素組成物が粉末状とする場合は、PQQ依存性PDHに対して、グリシルグリシン緩衝液および界面活性剤、必要に応じて、非還元糖、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物、その他の付加成分を添加して得た溶液状の酵素組成物を凍結乾燥等によって粉末状にすることができる。この際、凍結乾燥の方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができる。また、酵素組成物の凍結乾燥する段階は上記の安定化剤を添加して酵素組成物を得る段階の直後に行ってもよく、または安定化剤を添加して酵素組成物を得る段階と酵素組成物の凍結乾燥する段階との間に他の工程を行ってもよい。
【0061】
本発明のポリオール脱水素酵素組成物は、ポリオール脱水素酵素の安定性を向上することができ、特に、凍結乾燥時のPQQ依存性PDHの失活を抑えるとともに、凍結乾燥後のPQQ依存性PDHの保存安定性を有意に向上させることができる。特に、グリシルグリシン緩衝液を用い、さらに界面活性剤としてTriton(登録商標)X−100を用いる場合に、上記効果が顕著に得られる。
【0062】
PQQ依存性PDHは、ポリオールと電子受容体とを、対応する脱水素物と還元型電子受容体とに変換することができる。本発明のPQQ依存性PDHが好適に使用できる電子受容体としては、フェリシアン化カリウム、フェナジニウムメチルサルフェートおよびその誘導体、2,6−ジクロロフェノールインドフェノール(DCIP)、Wurster’s blue、ニトロテトラゾリウムブルー等が挙げられる。
【0063】
本発明の別の一形態によれば、本発明の上記形態の酵素組成物を含むポリオール測定試薬が提供される。また、本発明のさらに別の一形態によれば、本発明の上記形態の酵素組成物をポリオールと反応させることを特徴とする、ポリオールの定量方法が提供される。本発明の酵素組成物に含まれるPQQ依存性PDHは、ポリオールの定量に優れるため、ポリオール測定試薬として好適に使用することができる。また、PQQ依存性PDHは補欠分子族としてPQQを有するため、あえてPQQを反応系に添加することなく、ポリオールを定量することができる。
【0064】
本発明において「ポリオール」とは、2つ以上の水酸基を有するアルコール(糖アルコールを含む)を意味する。本発明で用いられるポリオールとしては、特に制限されないが、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,3−ブチレングリコール、またはラクチトールなどの二糖由来アルコール、グリセロールなどのトリオール、エリスリトールなどのテトリトール、アラビトール、キシリトール、またはリビトールなどのペンチトール、マンニトール、またはソルビトールなどのヘキシトール、イノシトールなどのシクリトールなどが挙げられる。これらの中でも、好ましくはグリセロールである。
【0065】
本発明のポリオール測定試薬は、ポリオールを定量するための試薬であり、ポリオール脱水素酵素組成物中にPQQ依存性PDHを含む。ポリオール脱水素酵素として、PQQ依存性PDHを使用する点に特徴がある。例えば特許公報第3041840号、特許公報第3450911号、特許公報第3494398号などに記載されるポリオール測定で使用するポリオール脱水素酵素として、本発明の酵素組成物に含まれるPQQ依存性PDHを使用することができる。
【0066】
本発明の定量方法に用いられるポリオールを含む試料としては、食品、血清、血漿または全血などが挙げられる。また、本発明の酵素組成物に含まれるPQQ依存性PDHは血清、血漿、または全血などの中性脂肪測定にも使用することができる。すなわち、これらの試料に含まれる中性脂肪は、例えば、リポプロテインリパーゼにより遊離脂肪酸とグリセロールとに分解されるが、ここで生じたグリセロールを上記のPQQ依存性PDHを用いて定量することができる。精神病治療患者および透析患者においては、中性脂肪測定時に遊離グリセロールが問題になるが、本発明に用いられるPQQ依存性PDHを使用して、グリセロールを予め消去するか、またはその量を測定しておくことにより、真の中性脂肪値を求めることが可能となる。なお、本発明に用いられるPQQ依存性PDHは溶液中に界面活性剤を含んでいてもポリオールを正確に定量することができる。
【実施例】
【0067】
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は何ら本発明を制限するものではない。なお、本発明において、PQQ依存性PDHの酵素活性は、下記方法により測定した。
【0068】
(酵素活性)
50μM DCIP(2,6−ジクロロフェノールインドフェノール)、0.2mM PMS(5−メチルフェナジニウムメチルサルフェート)、および450mM グリセロールを含んだ0.1%Triton(登録商標)X−100を含む10mM リン酸緩衝液(pH7.0)中に、酵素溶液を加えた。この溶液中の酵素と基質との反応をDCIPの600nmの吸光度変化によって追跡し、その吸光度の減少速度を酵素の反応速度とした。ここで、1分間に1μmolのDCIPが還元される酵素活性を1単位(U)とした。なお、DCIPのpH7.0におけるモル吸光係数は16.3mM−1とした。
【0069】
[調製例1:修飾PDHの調製]
ソルビトール 2g/100mL、酵母エキス 0.3g/100mL、肉エキス 0.3g/100mL、コーンスティープリカー 0.3g/100mL、ポリペプトン 1g/100mL、尿素 0.1g/100mL、KHPO 0.1g/100mL、MgSO・7HO 0.02g/100mL、およびCaCl・2HO 0.1g/100mLからなり、pHが7.0である培地100mLを調製し、500mL容の坂口フラスコに該培地80mLを移し、121℃、20分間オートクレーブ処理した。
【0070】
上記培地に、種菌として、グルコノバクター・オキシダンス(Gluconobacter oxydans) NBRC 3291を一白金耳植菌し、30℃で24時間、140min−1で振とう培養し、これを種培養液とした。
【0071】
次に、上記と同じ組成で調製した培地5Lを8L容ジャーファーメンターに移し、121℃で50分間オートクレーブを行い、放冷後、種培養液240mLを移した。これを、400rpm、通気量5L/min、30℃の条件で26時間培養した。
【0072】
所定時間培養した後、この培養液を遠心分離(8,000×g、10分、4℃)して集菌し、緩衝液で懸濁後、フレンチプレスにより菌体を破砕した。破砕液を遠心分離(4,000×g、10分、4℃)し、得られた上清を超遠心分離(40,000rpm、90分、4℃)して、膜画分を沈殿物として得た。
【0073】
この膜画分を10mMトリス塩酸緩衝液(pH8.0)で懸濁し、終濃度が1g/100mLとなるようにTriton(登録商標)X−100を加え、4℃で2時間撹拌した。超遠心分離(40,000rpm、90分、4℃)し、上清を0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む10mMリン酸緩衝液(pH7.5)で一晩透析し、これを可溶化膜画分とした。
【0074】
この可溶化膜画分をFPLC(Fast Protein Liquid Chromatography)にてResourceQ 6mLで夾雑するグルコース脱水素酵素を除いたポリオール脱水素酵素活性画分を得た。この画分を0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む20mM MOPS緩衝液(pH7.5)で一晩透析することにより、比活性30U/mg蛋白の酵素標品を得た。これをグルコノバクター・オキシダンス由来PDHと称する。
【0075】
次いで、該グルコノバクター・オキシダンス由来PDH(比活性30U/mg蛋白、蛋白濃度:0.625mg/mL)40mLに、終濃度0.2g/100mLになるように1g/100mL グルタルアルデヒド溶液 10mLを加え、20℃で60分間穏やかに撹拌した。
【0076】
続いて、0.5M トリス塩酸緩衝液(pH8.0)を50mL加え、20℃で30分間反応させることにより架橋反応を停止した。反応終了後、0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む10mM トリス塩酸緩衝液(pH8.0)で一晩透析することにより低分子量の夾雑物を取り除いた後、限外ろ過し、蛋白濃度を5mg/mLに調整し、これを修飾PDHとした。
【0077】
[実施例1、比較例1〜4]グリシルグリシン緩衝液の安定化効果の検討
調製例1で得られた修飾PDH(比活性28U/mg蛋白)を0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む表1に記載の10mM 緩衝液(pH7.5)で一晩透析することにより、異なる緩衝液を含む酵素溶液を得た。
【0078】
次いで、これらの酵素溶液をそれぞれ−80℃で凍結後、凍結乾燥を24時間行い、粉末状の酵素組成物を得た。この際、凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を測定した。さらに、得られた酵素組成物を37℃で1週間、インキュベートした後の酵素活性を測定した。そして、凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を100%とした場合の、37℃で1週間インキュベートした後の残存活性(単位:%)を算出した。結果を表1に示す。
【0079】
【表1】

【0080】
上記表1に示される結果から、PQQ依存性PDH(修飾PDH)に界面活性剤(Triton(登録商標)X−100)およびグリシルグリシン−NaOH緩衝液を含んでなる酵素組成物は、凍結乾燥後の酵素の失活を有意に抑制できることが確認された。一方、同じpHを有するK−リン酸緩衝液、Tris−HCl緩衝液、MOPS−NaOH緩衝液、グリシン−NaOH緩衝液を用いた酵素組成物では、グリシルグリシン−NaOH緩衝液を用いた酵素組成物に比べて、酵素の残存活性が小さくなった。この結果から、PQQ依存性PDHに対してグリシルグリシン緩衝液および界面活性剤がPQQ依存性PDHの安定性を有意に向上でき、グリシルグリシン緩衝液が優れた安定化効果を有することがわかる。
【0081】
[実施例2〜8]グリシルグリシン緩衝液のpH依存性
調製例1で得られた修飾PDH(比活性28U/mg蛋白)を0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む表2に記載の各pH値を有する10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液で一晩透析することにより、グリシルグリシン−NaOHのpHの異なる酵素溶液を得た。なお、10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液のpHは1M NaOHにより調整した。
【0082】
次いで、これらの酵素溶液をそれぞれ−80℃で凍結後、凍結乾燥を24時間行い、粉末状の酵素組成物を得た。この際、凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を測定した。さらに、得られた酵素組成物を37℃で1週間、インキュベートした後の酵素活性を測定した。そして、凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を100%とした場合の、37℃で1週間インキュベートした後の残存活性(単位:%)を算出した。結果を表2に示す。
【0083】
【表2】

【0084】
上記表2に示される結果から、本発明の酵素組成物において、グリシルグリシン緩衝液のpH値は6〜11までのいずれのpH値でも安定化効果が発揮されることがわかる。pH7〜10である場合には、特に優れたPQQ依存性PDHの安定性の向上効果が発揮されることがわかる。
【0085】
[実施例9〜13]グリシルグリシン緩衝液の濃度の依存性
調製例1で得られた修飾PDH(比活性28U/mg蛋白)を0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む表3に記載の各濃度のグリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH7.5)で一晩透析することによりグリシルグリシン緩衝液の濃度の異なる酵素溶液を得た。
【0086】
次いで、これらの酵素溶液をそれぞれ−80℃で凍結後、凍結乾燥を24時間行い、粉末状の酵素組成物を得た。この際、凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を測定した。さらに、得られた酵素組成物を37℃で1週間、インキュベートした後の酵素活性を測定した。そして、凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を100%とした場合の、37℃で1週間インキュベートした後の残存活性(単位:%)を算出した。結果を表3に示す。
【0087】
【表3】

【0088】
上記表2に示される結果から、本発明の酵素組成物において、グリシルグリシン緩衝液の濃度は0.5〜500mMまでの比較的広い範囲で安定化効果が発揮されることがわかる。さらに、濃度が1〜500mMである場合には、特に優れたPQQ依存性PDHの安定性の向上効果が発揮されることがわかる。
【0089】
[実施例14〜25]非還元糖および2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物の添加による効果
調製例1で得られた修飾PDH(比活性28U/mg蛋白)を0.1g/100mL Triton(登録商標)X−100を含む10mM グリシルグリシン−NaOH緩衝液(pH7.5)で一晩透析後、表4〜6に記載の非還元糖および/または2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物を、表4〜6に記載の濃度になるようにそれぞれ加え、安定化剤の構成成分の異なる酵素溶液を得た。
【0090】
これらの各酵素溶液を−80℃で凍結後、凍結乾燥を24時間行い、粉末状の酵素組成物を得た。この際、凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を測定した。得られた酵素組成物を37℃で1週間、インキュベートした後の酵素活性を測定した。凍結乾燥直後の酵素組成物の酵素活性を100%とした場合の、37℃で1週間、インキュベートした後の残存活性(単位:%)を算出した。結果を表4〜6に示す。
【0091】
【表4】

【0092】
【表5】

【0093】
【表6】

【0094】
上記表4〜6に示される結果から、グリシルグリシンおよび界面活性剤に加えて、非還元糖(トレハロースもしくはラフィノース)および/または2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物(MgSOもしくはCaCl)を含む場合には、PQQ依存性PDHを安定化する効果が著しく向上することが確認された。
【0095】
さらに、本発明の酵素組成物においては、低濃度の安定化剤(グリシルグリシン、界面活性剤、非還元糖、2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物)を用いた場合においてもPQQ依存性PDHの安定化を図ることができることが確認された。
【0096】
以上の結果から、本発明の酵素組成物は、PQQ依存性PDHの安定性を有意に向上でき、凍結乾燥による酵素活性の低下を有意に抑制することができることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明によれば、補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素の凍結乾燥後の経時的な酵素の安定性を向上させることが可能である。このため、本発明の酵素組成物は、正確にポリオールを定量することにおいて好適に使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素と、
グリシルグリシンと、
界面活性剤と、
を含む、ポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項2】
前記ポリオール脱水素酵素は、グリセロール脱水素酵素であることを特徴とする、請求項1に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項3】
前記界面活性剤は、ポリオキシエチレン−p−t−オクチルフェノール(オキシエチレン数=9,10)である、請求項1または2に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項4】
非還元糖をさらに含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項5】
前記非還元糖は、トレハロースおよびラフィノースの少なくとも一方を含むことを特徴とする、請求項4に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項6】
2価の金属イオンを形成する金属を含む金属化合物をさらに含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項7】
前記金属化合物は、カルシウムを含む化合物およびマグネシウムを含む化合物からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項6に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項8】
液体形態である、請求項1〜7のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項9】
固体形態である、請求項1〜7のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物を含む、ポリオール測定試薬。
【請求項11】
請求項1〜9のいずれか1項に記載のポリオール脱水素酵素組成物をポリオールと反応させる段階を有する、ポリオールの定量方法。
【請求項12】
補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素に、グリシルグリシンを含む緩衝液と、界面活性剤と、を安定化剤として添加する段階を有する、ポリオール脱水素酵素組成物の製造方法。
【請求項13】
補欠分子族としてピロロキノリンキノンを含むポリオール脱水素酵素に、グリシルグリシンを含む緩衝液と、界面活性剤と、を安定化剤として、酵素組成物を得る段階と、
前記酵素組成物を凍結乾燥する段階と、
を有する、ポリオール脱水素酵素組成物の製造方法。

【公開番号】特開2010−233531(P2010−233531A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−86747(P2009−86747)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(000106771)シーシーアイ株式会社 (245)
【出願人】(503195850)有限会社アルティザイム・インターナショナル (31)
【Fターム(参考)】