説明

ポリグルクロン酸およびその製造方法

【課題】 本発明における課題は、生体適合性、生分解性等の安全性に優れ、かつ機能性材料としての物性にも優れ、さらに、食品、医療品、医薬品、化粧品、電子部材等、各種機能材料の合成原料としても有用な、金属含有量が少なく高い水溶性を有するポリグルクロン酸またはその水溶液を提供することにある。さらには、グリセリンやエチレングリコールなどの有機溶剤にも溶解することができ、取扱い性、加工適性、塗工性が良く、反応基材として非常に有用となるポリグルクロン酸を提供するものである。また、これらのポリグルクロン酸、またはその水溶液の簡便でかつ安全な製造方法を提供することにある。
【課題手段】 本発明は、金属イオン含有量が全体の重量に対して3%以下であることを特徴とするポリグルクロン酸を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多糖類由来の均一な構造を有するポリグルクロン酸に関するものである。ナトリウムなどの金属イオンが少なく、高い水溶性と有機溶剤への溶解性を示すポリグルクロン酸は、反応基材として非常に有用であり、また金属イオンが材料として重要な影響を与えてしまう分野、例えば、電子基材や生体材料などとして非常に有用である。
【背景技術】
【0002】
天然に存在するウロン酸としては、グルクロン酸、マンヌロン酸、ガラクツロン酸が主であり、ペクチンやアルギン酸等として植物の構造多糖類として存在したり、また動物の体内にも存在し生理的な重要な機能も果たしている。前記したペクチンは、主にα−D−ガラクツロン酸からなるポリグルクロン酸であり、アルギン酸はβ−(1、4)−D−マンヌロン酸とα−(1、4)−L−グルクロン酸からなるポリグルクロン酸である。これらは、食品添加物、増粘剤、安定剤等として工業的に利用されている。
【0003】
最近では、ポリグルクロン酸の安全性、生分解性、生体適合性、およびその生理的な機能などを生かし、さらに、化学的・物理的修飾、誘導体化、他材料との複合化等、二次修飾することにより、高機能な新規材料を開発しようという検討も行われている。しかし、前記した天然に存在するポリグルクロン酸類は、ほとんどがヘテロ多糖類であり、不均一な構造ゆえに、機能に影響する化学構造の解析や、材料設計および材料物性の制御が困難であり、このような検討原料としては好ましくない。また、天然のアルギン酸やヒアルロン酸は、その構造中のカルボキシル基がナトリウム塩などを形成していることがなく、COOHの構造で存在している場合(COOH型)、水に溶解せず、均一系での水系反応などの改質を行うことは容易ではない。
【0004】
一方、グルクロン酸は植物や動物や微生物の多糖の構成単糖として広く存在している。動物に異物や薬物を投与した際に、それらは直接あるいは誘導体に変化した後に、D−グルクロン酸と結合した形で体外に排泄される。また、グルクロン酸の生体内代謝については、ウリジン二リン酸(UDP)−D−グルクロン酸という糖ヌクレオチドが細菌、植物、動物に広く存在し、このUDP−D−グルクロン酸はUDP−D−グルクロン酸デカルボキシラーゼとニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)により脱炭酸され、UDP−D−キシロースとCOになり、最終的にはCOと水に分解されることが知られている。しかし、このD−グルクロン酸を構成単糖とする天然ホモ多糖類は、現在のところその存在が確認されていない。ポリグルクロン酸が効率良く製造することができれば、これまでのポリグルクロン酸の用途のみにとどまらず、新たな分野での利用が期待できる。
【0005】
また、安価なでんぷんやセルロース等の多糖類を酸化してポリグルクロン酸類を得る試みもなされている。ピラノース環のC6位の一級水酸基のみを選択的に酸化する手法は少なく、現在提案されている有効な酸化手法としては、二酸化窒素による酸化、および2、2、6、6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(以下、TEMPOと称する)等のN−オキシル化合物触媒による酸化が挙げられる。しかし、二酸化窒素を用いた酸化方法では、若干のカルボキシル基の導入にのみとどまるか、高度に酸化させて全ての6位一級水酸基の酸化を行おうとすると、2位、3位の酸化や、分子量の低下などの副反応が著しく、完全水溶性のポリグルクロン酸を得ることはできない。
【0006】
一方、TEMPO触媒による酸化では、かなり高い選択性で多糖類のC6位の一級水酸基をほとんど全て酸化することができる(非特許文献1参照)。最も一般的な多糖類のTEMPO酸化は、TEMPOと臭化ナトリウムの存在下、次亜塩素酸ナトリウムを共酸化剤として用いる酸化方法であるが、酸化反応はアルカリ性側で進行するため、得られる生成物のポリグルクロン酸は通常ナトリウム塩となっている。
【0007】
さらに前述したように、水溶性ポリグルクロン酸類を化学修飾して、高機能な新規材料を合成しようとするとき、原料のポリグルクロン酸は解析と材料設計のために化学構造が明確かつ均一であることが重要であるとともに、これらのポリグルクロン酸のカルボキシル基がナトリウム塩などを形成していると、これらの塩は安定であり反応の進行を妨げる場合も多い。そのため、ナトリウム塩を形成していないカルボキシル基をより多く有しているポリグルクロン酸が求められている。
【0008】
また、ポリグルクロン酸の水溶液はガスバリア性コーティング剤としても利用できる(特許文献1参照)。このような利用の際に、ポリグルクロン酸の更なる機能化が検討されるだろう。この場合も、ナトリウム塩を形成していない反応性の高いカルボキシル基を数多く有し、かつ水溶性が高いと改質が行いやすい。
また、これらのポリグルクロン酸ナトリウム塩は水には非常に高い溶解性を示すが、一般的な有機溶剤にはほとんど溶解しないため、溶媒選択の余地がないという問題があった。
【0009】
さらに材料に含まれる金属イオンが機能材料に重要な影響を与えてしまうことが懸念される用途へは、金属イオン含有量の少ないポリグルクロン酸は非常に有用な材料となりうる。例えば、電子材料、生体材料はもちろん、包装材料分野などのあらゆる分野において活用できる。
【非特許文献1】Isogai,A.Kato,Y.(1998).Preparation of polyuronic acid from cellulose by TEMPO−mediated oxidation.cellulose,5,153−164
【特許文献1】特開2001−334600号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明の課題は、生体適合性、生分解性等の安全性に優れ、かつ機能性材料としての物性にも優れ、さらに、食品、医療品、医薬品、化粧品、電子部材等、各種機能材料の合成原料としても有用な、金属含有量が少なく高い水溶性を有するポリグルクロン酸またはその水溶液を提供することにある。さらには、グリセリンやエチレングリコールなどの有機溶剤にも溶解することができ、取扱い性、加工適性、塗工性が良く、反応基材として非常に有用となるポリグルクロン酸を提供するものである。また、これらのポリグルクロン酸、またはその水溶液の簡便でかつ安全な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に記載の発明は、下記化学式(1)または(2)で表される構造を有し、金属イオン含有量が全体の重量に対して3%以下であることを特徴とするポリグルクロン酸である。
【0012】
【化2】

【0013】
(n、m、n’、m’は2以上の整数である。)
【0014】
請求項2に記載の発明は、カルボキシル基含有量が3.5mmol/g以上であることを特徴とする請求項1に記載のポリグルクロン酸である。
【0015】
請求項3に記載の発明は、水に対する溶解性が10重量%以上であることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載のポリグルクロン酸である。
【0016】
請求項4に記載の発明は、有機溶剤に対する溶解性が10重量%以上であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のポリグルクロン酸である。
【0017】
請求項5に記載の発明は、少なくとも、多糖類の一級水酸基を選択的に酸化する工程、得られた酸性多糖類のナトリウム塩を水溶液とする工程、該水溶液に脱塩処理を施す工程よりなり、金属イオン含有量が全体の重量に対して3%以下であるポリグルクロン酸を得ることを特徴とするポリグルクロン酸の製造方法である。
【0018】
請求項6に記載の発明は、前記多糖類の一級水酸基を選択的に酸化する工程が、アルカリを添加しながら反応水溶液のpHを10から11の間に維持し、N−オキシル化合物と酸化剤とを用いる水系の反応よりなることを特徴とする請求項5に記載のポリグルクロン酸の製造方法である。
【0019】
請求項7に記載の発明は、前記多糖類が、でんぷんまたはセルロースであることを特徴とする請求項5または6のいずれかに記載のポリグルクロン酸の製造方法である。
【0020】
請求項8に記載の発明は、前記脱塩処理を施す工程が、酸処理またはイオン交換樹脂で処理する工程よりなることを特徴とする請求項5から7のいずれかに記載のポリグルクロン酸の製造方法である。
【0021】
請求項9に記載の発明は、前記酸処理が、酸性多糖類のナトリウム塩の水溶液をpH2以下に調製する工程よりなることを特徴とする請求項5から8のいずれかに記載のポリグルクロン酸の製造方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明のポリグルクロン酸は、構造が明確であり、また、ナトリウムなどの金属イオン含有量が少なく反応性の高いカルボキシル基を数多く有していることから、高い水溶性を示す。この高い水溶性の特徴を生かし、水系の反応原料として、また、水系のコーティング材料など様々な材料として好ましく用いることができる。さらには、金属イオン含有量が影響を及ぼす分野、電子材料や生体材料、包装材料、食品、医療品、医薬品、化粧品等、様々な機能性材料としての応用も期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
本発明におけるポリグルクロン酸は、化学式(1)または(2)に示す構造からなるもので、D−グルクロン酸が、多数αまたはβ−(1、4)結合したもので、化学構造が明確かつ均一であり、金属イオン含有量が少なく、反応性の高いカルボキシル基を数多く有するため、二次修飾する場合の合成原料として特に好ましい。また、カルボキシル基は塩を形成していると非常に安定な構造とされており、そのために反応の進行を阻害する恐れがある。従って、ナトリウムなどの金属イオンがポリグルクロン酸の全量に対し3%以下であると反応が速やかに進行する場合が多く、金属イオン含有量が1%以下であるとさらに好ましい。また、電子材料、生体材料としての利用など、材料に含まれる金属イオンが影響を及ぼす恐れのある分野においては、金属イオン含有量の少ないポリグルクロン酸が材料として有用である。
【0024】
さらに本発明の水溶性ポリグルクロン酸は、例えばα−(1、4)−D−グルコースを主鎖とする多糖類を原料として、N−オキシル化合物触媒による酸化手法を用いることにより得ることができるが、本発明の特徴である明確かつ均一な構造を有しており、かつ高分子量のポリグルクロン酸を得るためには、穏やかな反応条件下で、選択的な反応の進行に必要な薬剤が必要量だけ随時供給され、かつできるだけ短時間で酸化することが重要となる。つまり、N−オキシル化合物触媒の存在下、臭化アルカリ金属と酸化剤を用いて、5℃以下の低温条件下、水系でpHを10−11の範囲で一定に保ちながら酸化することにより、本発明のポリグルクロン酸が得られる。ここで、N−オキシル化合物としては、2、2、6、6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル(TEMPO)が、臭化アルカリ金属としては臭化ナトリウムが、酸化剤としては次亜塩素酸ナトリウムが特に好ましい。
【0025】
ここで上記酸化手法の一例を挙げると、水に原料を溶解あるいは均一に分散させて、TEMPOと臭化ナトリウムを溶解した水溶液を加えて、系内を5℃以下に冷却し、pHを10に調整する。ここに先ず少量の次亜塩素酸ナトリウム溶液を加えると、一時的にpHが上昇するが、攪拌を続けると系内のpHは徐々に低下してくるので、水酸化ナトリウム水溶液を滴下して系内のpHを10〜11の範囲で一定に保つ。さらに酸化剤である次亜塩素酸ナトリウム溶液を反応の進行具合に応じて調整しながら滴下することで、余剰の酸化剤が系内に存在し、副反応に作用することを抑える。また、反応中は系内の温度を5℃以下に維持する。反応の進行に伴い、系内は均一な溶液となる。この反応条件においては、添加される水酸化ナトリウムの量は、ほぼ酸化により導入されたカルボキシル基の量に対応しており、原料のグルコース残基量と当モルの添加量に達した時点で、エタノールを添加して過剰の酸化剤を失活させ、過剰量のエタノール中で再沈させるとよい。生成物はアセトンと水の混合溶液を用いて十分洗浄後、アセトンで脱水してから減圧乾燥することにより、本発明のポリグルクロン酸のナトリウム塩が得られる。
【0026】
この酸化反応の原料としては、α−(1、4)−D−グルコースからなるでんぷん、またはβ−(1、4)−D−グルコースからなるセルロースが好ましく用いられる。でんぷんには様々な種類があり、化学構造的にアミロース、アミロペクチンからなるとされ、その配合比は原料資源によるが、本発明のポリグルクロン酸の原料としては特に限定されるものではなく、さまざまな天然資源から得ることができる。
また、原料に用いるセルロースは特に限定するものではないが、一旦溶解再生処理を施したセルロースを用いると、副反応を抑えることができ、高分子量の完全水溶性ポリグルクロン酸を得ることができる。
【0027】
また、本発明のポリグルクロン酸の脱塩工程は、上記のような酸化方法により得られたポリグルクロン酸のナトリウム塩(COON a型)を水溶液とし、酸処理を行った後、過剰量のエタノールで再沈させ、洗浄、乾燥の操作を行うか、透析により不純物を除去することで、COOH型の脱塩したポリグルクロン酸を得ることができる。また、ポリグルクロン酸のナトリウム塩を水溶液とした後、イオン交換樹脂で処理することによっても脱塩したポリグルクロン酸を得ることができる。
【0028】
ここで、本発明における酸処理とは、例えば以下に示すような操作により行われる。
はじめに、ポリグルクロン酸の塩、例えばナトリウム塩の水溶液を調整する。このときの固形分濃度は1〜30%、好ましくは5〜10%にする。この水溶液に酸を滴下、あるいは酸にポリグルクロン酸水溶液を滴下することで脱塩を行う。ここで用いる酸は、例えば塩酸、酢酸、硝酸、乳酸などが挙げられる。また、水溶液に酸を滴下する場合は、pHは2以下、より好ましくはpH1.3以下に調製する。pHが2以上であると、ナトリウムなどの金属塩の十分な脱塩を行うことができない。
【0029】
また、本発明におけるイオン交換樹脂による処理においては、陽イオン交換樹脂であれば、様々な市販のイオン交換樹脂を用いることができる。例えば、オルガノ(株)製のIR120やCT200などを用いることができる。これらの樹脂を所定の再生方法にてH型に再生した後、ポリグルクロン酸の水溶液を処理する。処理の方法は、バッチ式、カラム式とあり、どちらでも処理することができるが、カラム式を用いる方が十分に脱塩することができ、好ましい。
イオン交換樹脂で処理する際のポリグルクロン酸水溶液の固形分濃度は、その後の処理
によって自由に選択することができる。得られたCOOH型のポリグルクロン酸を乾燥させ、粉末として得たい場合や、そのまま反応液やコーティング剤として用いるなど濃厚な溶液を得たい場合に、1〜30%の間で処理が可能であることが、本発明の大きな特徴でもある。通常、このような濃厚溶液では溶液の粘度が上昇する、交換が十分に行われないなどの問題が生じるが、本発明のポリグルクロン酸では容易にこの処理を行うことが可能である。
【0030】
本発明のポリグルクロン酸は、構造が均一なαまたはβ−(1、4)−ポリグルクロン酸であるため、重水に溶解させて13C−NMRを測定すると、ピラノース環C6位の水酸基を持つ炭素に由来するピーク(δ=60−65ppm付近)が小さくなり、それに代わってカルボキシル基に由来するピーク(δ=170−180ppm付近)が現れる。さらに、C3位の2級水酸基の酸化により生じるケトンなどのピーク(δ=200−210ppm付近)は検出されないことを特徴とする。
【0031】
また、ポリグルクロン酸に含まれる金属イオンの含有量はICP発光分光分析法、原子吸光分析、イオンクロマト法などで調べることができるが、電子線マイクロアナライザーを用いたEPMA法、蛍光X線分析法の元素分析によって簡便に調べることができる。
【0032】
天然のアルギン酸やヒアルロン酸などのポリグルクロン酸はナトリウム塩やアンモニウム塩などを形成していないと水に溶解しない。また、前述のTEMPO酸化によりこれまで得られていたポリグルクロン酸ナトリウム塩も、非常に高い水溶性を有している。
また、このポリグルクロン酸ナトリウム塩をある程度脱塩したものが水溶性を示すことを、我々は既に確認している。しかしながら、これらのポリグルクロン酸ナトリウム塩の脱塩の程度と溶解性については、明らかになっていなかった。
本発明のポリグルクロン酸は、十分な脱塩を行うことで、有機溶媒への溶解性付与や、反応性の向上などの機能化がなされ、その後の反応原料などとしての利用が広がった。
【0033】
さらに、本発明のポリグルクロン酸は水溶性が非常に高く、そのカルボキシル基が塩を形成していなくても高い濃度で水に溶解することが可能である。また、その水溶液の粘度は非常に低く、水中でのポリグルクロン酸の改質処理や、コーティング、キャスティングなどの成形加工も容易である。また、コーティング膜などの乾燥物にも金属イオンは存在しない。さらに、水溶液中に含まれるポリグルクロン酸の含有量が10重量%以上であると、反応あるいは改質などの効率が良く、30重量%以上であるとさらに好ましい。
【0034】
一般に、分子量が大きい物質は、膜や繊維にしたときに強度が強くなることが知られているが、分子量が大きくなると水系溶媒への溶解度は低下し、水溶液としたときの粘度が高くなり成形性が悪くなる。しかし、本発明のポリグルクロン酸は、カルボキシル基がCOOH型であっても、高分子量であっても、30%以上の高濃度で溶解することが可能であり、その水溶液粘度も低い。このポリグルクロン酸やその水溶液を用いて膜や繊維として用いた場合や、他の材料と複合化して用いる場合、均一性が非常に高く、強度が強く、多くのグルクロン酸ユニットを含んだものとなり、非常に好ましい。
【0035】
また、本発明のポリグルクロン酸およびその水溶液は反応基材として非常に有効である。これらを用いた反応のうち特に有効なのは、水系の均一反応である。水酸基などと比べて、反応性の高いカルボキシル基を数多く有する本発明のポリグルクロン酸は、安定な塩を形成することなく、分子量が大きくても高い濃度で水に溶解することができるため、その反応効率も良い。一般的なカルボキシル基の反応を適用することができ、反応の種類は特定されず、エポキシ、カルボジイミド、ジヒドラジド、アミンなどを有する様々な化合物との反応が可能である。また、中でもエポキシ化合物のような系内の水と反応してしまうような化合物との反応においては、ごく少量の水に高濃度に溶解させることが可能な本発明のポリグルクロン酸は非常に有効である。
【0036】
また、本発明のポリグルクロン酸は、そのカルボキシル基含有量が3.5mmol/g以上であることを特徴としている。カルボキシル基の量はある程度以上ないとポリグルクロン酸としての機能を保持できず、また、二次修飾時の反応サイト確保のためにも、カルボキシル基含有量は3.5mmol/g以上であることが好ましい。カルボキシル基量が3.5mmol/g以上であると、低温の水などへの溶解性が高く、また反応基材として利用するときにその反応サイトが多いため、改質が行い易いなどの利点がある。さらに好ましくは5.2mmol/gであることが好ましい。また、さらに5.5mmol/g以上であると、理論上、ほぼ全ての1級水酸基がカルボキシル基に変換して、グルクロン酸のホモポリマーとなり、利用用途は格段に広がる。なお、この場合の金属イオン含有量も、前述の範囲内に入る。
【0037】
ここで、ポリグルクロン酸に含まれるカルボキシル基の含有量は、電導度滴定など各種滴定、NMR、IRなどにより求めることができるが、本発明の実施例に示すように電導度滴定により簡便に調べることが可能である。
【0038】
さらに、本発明のポリグルクロン酸は、グリセリンやエチレングリコールなどの有機溶媒への溶解性を付与したことも特徴としている。従来得られていたポリグルクロン酸のナトリウム塩は、水へは高い溶解性を有しているものの、一般的な有機溶媒にはほとんど溶解しない。従って、有機溶媒への溶解性を付与することができれば、溶媒の選択の幅が広がり、さらなる機能化反応などにおいても反応条件が多彩に選択できることとなり、非常に有効なものとなり得る。特に溶解性の高い溶媒としては、グリセリンやエチレングリコールなどの多価アルコール類やそれらの誘導体などがあげられ、ポリグルクロン酸のナトリウム塩では溶解しないのに対し、本発明のポリグルクロン酸の場合は、25重量%以上であっても溶解し、透明な溶液となる。
【0039】
本発明のポリグルクロン酸は、一般的な機能材料としてはもちろん、電子材料、生体材料、食品、医療・医薬品、化粧品等の機能性材料として、様々な用途に応用することができる。例えば、紡糸することによって繊維状に加工したり、水溶液とし塗布することにより、機能性膜やガスバリア材や生体適合材料などに応用することができる。また、他の多糖類との複合材料の原料として容易に用いることが可能である。
【0040】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明する。
【実施例1】
【0041】
水溶性でんぷん(ACROS社製)1.0gを5%濃度で蒸留水に均一に分散させた。ここに、TEMPO 19mg、臭化ナトリウム 0.25gを溶解させた水溶液を加え、アミロースの固形分濃度が約2wt%になるように調製した。反応系を冷却し、11%次亜塩素酸ナトリウム水溶液3.0gを添加し、酸化反応を開始した。反応温度は常に5℃以下に維持した。反応中は系内のpHが低下するが、0.5N−NaOH水溶液を逐次添加し、pH10.8付近に調整するとともに、さらに11%次亜塩素酸ナトリウム水溶液8.0gを反応の進行に応じて調整しながら滴下した。グルコース残基の全モル数に対し、100%のモル数に対応するアルカリ添加量に近づくと、次亜塩素酸ナトリウム水溶液の滴下に関係なく、アルカリの添加速度は遅くなり、系内は完全に溶解して、黄色の均一な溶液となる。アルカリ添加量が前記の100%(12.34ml)に達した時点で、エタノールを添加して反応を停止させた。反応時間は2時間であった。この反応溶液を過剰量のエタノール中に投入して、生成物を再沈させた。さらに、水:アセトン=1:7の溶液により十分洗浄した後、アセトンで脱水して、40℃減圧乾燥し、白色粉末状のポリグルクロン酸のナトリウム塩1.2gを得た。得られたポリグルクロン酸のナトリウム塩1.0gを40mlの蒸留水に溶解し、攪拌しながら、pH1になるまで2N−塩酸を添加した。溶液は透明な溶液のままであった。この溶液を過剰量のエタノール中に投入し、生成物を再沈させた。さらに、水:アセトン=1:7の溶液により十分洗浄した後、アセトンで脱水して、40℃で減圧乾燥し、白色粉末状の脱塩したポリグルクロン酸0.8gを得た。
【実施例2】
【0042】
とうもろこしでんぷん(関東化学(株)製)5.0gを5%濃度で蒸留水に加熱溶解してから、溶液を冷却した。ここに、TEMPO 96mg、臭化ナトリウム 1.27gを溶解させた水溶液を加え、でんぷんの固形分濃度が約2wt%になるように調製した。反応系を冷却し、11%次亜塩素酸ナトリウム水溶液17gを添加し、酸化反応を開始した。反応温度は常に5℃以下に維持した。反応中は系内のpHが低下するが、0.5N−NaOH水溶液を逐次添加し、pH10.7付近に調整するとともに、さらに11%次亜塩素酸ナトリウム水溶液40gを反応の進行に応じて調整しながら滴下した。グルコース残基の全モル数に対し、100%のモル数に対応するアルカリ添加量に近づくと、次亜塩素酸ナトリウム水溶液の滴下に関係なく、アルカリの添加速度は遅くなった。アルカリ添加量が前記の100%(61.68ml)に達した時点で、エタノールを添加して反応を停止させた。反応時間は1時間40分であった。この反応溶液は、ろ過により不要の不純物を除いてから、過剰量のエタノール中に投入して生成物を再沈させた。さらに、水:アセトン=1:7の溶液により十分洗浄した後、アセトンで脱水して、40℃で減圧乾燥し、白色粉末状のポリグルクロン酸のナトリウム塩5.7gを得た。得られたポリグルクロン酸のナトリウム塩2.0gを80mlの蒸留水に溶解し、攪拌しながら、pH1になるまで2N−塩酸を添加した。溶液は透明な溶液のままであった。この溶液をセルロース透析チューブに入れ、イオン交換水により一晩透析を行い、脱塩をして、実施例2のポリグルクロン酸水溶液を得た。
【実施例3】
【0043】
実施例2のポリグルクロン酸水溶液を凍結乾燥し、白色粉末状の実施例3のポリグルクロン酸を得た。
【実施例4】
【0044】
水溶性でんぷん(ACROS社製)5.0gを5%濃度で蒸留水に加熱溶解してから、溶液を冷却した。ここに、TEMPO 96mg、臭化ナトリウム 1.27gを溶解させた水溶液を加え、でんぷんの固形分濃度が約2wt%になるように調製した。反応系を冷却し、11%次亜塩素酸ナトリウム水溶液45gを添加し、酸化反応を開始した。反応温度は常に5℃以下に維持した。反応中は系内のpHが低下するが、0.5N−NaOH水溶液を逐次添加し、pH10.8付近に調整した。アルカリ添加量が、グルコース残基の全モル数に対し、80%のモル数に対応する添加量(49.34ml)に達した時点で、エタノールを添加して反応を停止させた。反応時間は50分であった。この反応溶液は、ろ過により不溶の不純物を除いてから、過剰量のエタノール中に投入して、生成物を再沈させた。さらに、水:アセトン=1:7の溶液により十分洗浄した後、アセトンで脱水して、40℃減圧乾燥して、白色粉末状のポリグルクロン酸ナトリウム塩5.5gを得た。得られたポリグルクロン酸ナトリウム塩2.0gを蒸留水20gに溶解させ、イオン交換樹脂(アンバーライト IR120)で処理し、実施例4のポリグルクロン酸水溶液を得た。
【実施例5】
【0045】
実施例1の途中の工程で得られた脱塩前のポリグルクロン酸ナトリウム塩5.0gを水50gに溶解させ、イオン交換樹脂(アンバーライト IR120)で処理した。この溶液を凍結乾燥して白色粉末状の実施例5のポリグルクロン酸を得た。
【0046】
<比較例1>
水溶性でんぷん(ACROS社製)5.0gを、5%濃度で蒸留水に加熱溶解してから、溶液を冷却した。ここに、TEMPO 96mg、臭化ナトリウム 1.27gを溶解させた水溶液を加え、でんぷんの固形分濃度が約2wt%になるように調製した。11%次亜塩素酸ナトリウム水溶液57gを添加し、酸化反応を開始する。反応温度は常に5℃以下に維持した。反応中は系内のpHが低下するが、0.5N−NaOH水溶液を逐次添加し、pH10.8付近に調整した。アルカリ添加量が、グルコース残基の全モル数に対し、100%のモル数に対する添加量(61.68ml)に達した時点で、エタノールを添加して反応を停止させた。反応時間は45分であった。この反応溶液は、ろ過により不溶の不純物を除いてから、過剰量のエタノール中に投入して、生成物を再沈させた。さらに水:アセトン=1:7の溶液により十分洗浄した後、アセトンで脱水して、40℃減圧乾燥して、比較例1の白色粉末状のポリグルクロン酸ナトリウム塩5.6gを得た。
【0047】
<比較例2>
比較例1のポリグルクロン酸ナトリウム塩1gを蒸留水9gに溶解させ、塩酸を滴下し、pHを3に調整した。この水溶液を多量のエタノールに加え、沈殿したポリウロン酸を更に水:アセトン=1:7の溶液により十分洗浄した後、アセトンで脱水し、40℃で減圧乾燥して白色粉末状の比較例2のポリグルクロン酸を得た。
【0048】
<比較例3>
未酸化の水溶性でんぷん(ACROS社製)を比較例3として用いた。
【0049】
<評価>
(カルボキシル基量)
実施例1、3、4、5、および比較例1、2、3のカルボキシル基量を電導度滴定により測定した。測定方法を以下に示す。なお、実施例4については水溶液を乾燥させた粉末を試験に用いた。
それぞれのサンプルを0.05〜0.3g精秤し、水55gに溶解または懸濁させる。ここに、0.01N−NaCl水溶液を5ml、0.1N−HCl水溶液5mlを添加する。この溶液を0.1N−NaOH水溶液で滴定し、そのときの0.1N−NaOH滴下量、pH、電導度をプロットし、グラフからカルボキシル基量を求めた。結果を表1に示す。
(金属イオン含有量)
実施例1、3、4、5、および比較例1、2、3の金属イオン含有量を電子線マイクロアナライザーによりEPMA分析法、または蛍光X線分析により元素分析を行い測定した。なお、実施例4については水溶液を乾燥させた粉末を試験に用いた。結果を表1に示す。
【0050】
【表1】

【0051】
また、実施例3および実施例5のポリグルクロン酸2.5gをエチレングリコール7.5gに添加し、十分撹拌した。これらは室温で速やかに溶解し、透明な溶液となった。
また、比較例1のポリグルクロン酸ナトリウム塩0.5gをエチレングリコール9.5gに添加し、十分撹拌した。しかし、完全に溶解することはなく、透明な溶液とならなかった。
【実施例6】
【0052】
実施例1のポリグルクロン酸1gを蒸留水9gに溶解させ、実施例6のポリグルクロン酸水溶液を得た。
【実施例7】
【0053】
実施例1のポリグルクロン酸3gを蒸留水7gに溶解させ、実施例7のポリグルクロン酸水溶液を得た。
【0054】
<比較例4>
比較例1のポリグルクロン酸ナトリウム塩3gを蒸留水7gに溶解させ、比較例4のポリグルクロン酸ナトリウム塩の水溶液を得た。
【実施例8】
【0055】
実施例6の水溶液10gにポリカルボジイミド水溶液(V−20 日清紡製)3gを加え、室温で撹拌した。この水溶液を厚さ13μmで片面コロナ処理済みのポリエチレンテレフタレートフィルムの親水面側に、バーコーター(♯10)でコーティング後、80℃で30分加熱乾燥させ、コーティングフィルムを得た。コーティングフィルムは透明な膜を形成しており、水で湿らせた綿棒で20回擦っても、膜が崩れたりふやけたりすることはなかった。
さらに、このコーティングフィルムの酸素透過度を測定した。
(酸素透過度の測定方法)
酸素透過度測定装置(モダンコントロール社製、OXTRAN 10/40A)を用いて、30℃70%RH雰囲気下、および、30℃100%RH雰囲気下で測定した。その結果、実施例8のコーティングフィルムはどちらの湿度雰囲気下でも2.4cc/(m2・day・atom)であり、耐湿性のあるバリア膜が形成したことが分かった。
【0056】
<比較例5>
比較例1の水溶液10gにポリカルボジイミド水溶液(V−20 日清紡製)3gを加え、室温で撹拌した。この水溶液を実施例8と同様の手法でポリエチレンテレフタレートフィルム上に、バーコーター(♯10)でコーティング後、80℃で30分加熱乾燥させ、コーティングフィルムを得た。このコーティングフィルムは黄色くべっとりしており、水で湿らせた綿棒で20回擦ると、膜は溶解し崩れてしまった。
【実施例9】
【0057】
実施例7のポリグルクロン酸水溶液10gにデナコールEX811(ナガセケムテック(株)製)0.3gを添加し、室温で撹拌混合し、固形分濃度が30%のポリグルクロン酸水溶液を得た。60時間後、反応溶液はゲル化し、水に溶解しないゲル状物が生成した。
【実施例10】
【0058】
実施例1のポリグルクロン酸0.5gを水9.5gに溶解させた水溶液にデナコールEX811(ナガセケムテック(株)製)0.3gを添加し、室温で撹拌混合、固形分濃度が5%のポリグルクロン酸水溶液を得た。60時間後、反応溶液はゲル化しなかった。さらに一週間後も、反応溶液はゲル化せず、水に入れると溶解した。
【実施例11】
【0059】
実施例1のポリグルクロン酸1gに、水8.7g、グリセリン0.3gを添加した溶液にデナコールEX811(ナガセケムテック(株)製)0.3gを添加し、室温で撹拌混合した。24時間後、厚さ13μmの片面コロナ処理済みのポリエチレンテレフタレートフィルムの親水面側に、この反応溶液をバーコーター(♯10)でコーティング後、80℃で30分加熱乾燥させ、コーティングフィルムを得た。コーティングフィルムは透明な膜を形成しており、水で湿らせた綿棒で20回擦っても、膜が崩れたり、ふやけたりすることはなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式(1)または(2)で表される構造を有し、金属イオン含有量が全体の重量に対して3%以下であることを特徴とするポリグルクロン酸。
【化1】

【請求項2】
カルボキシル基含有量が3.5mmol/g以上であることを特徴とする請求項1に記載のポリグルクロン酸。
【請求項3】
水に対する溶解性が10重量%以上であることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載のポリグルクロン酸。
【請求項4】
有機溶剤に対する溶解性が10重量%以上であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のポリグルクロン酸。
【請求項5】
少なくとも、多糖類の一級水酸基を選択的に酸化する工程、得られた酸性多糖類のナトリウム塩を水溶液とする工程、該水溶液に脱塩処理を施す工程よりなり、金属イオン含有量が全体の重量に対して3%以下であるポリグルクロン酸を得ることを特徴とするポリグルクロン酸の製造方法。
【請求項6】
前記多糖類の一級水酸基を選択的に酸化する工程が、アルカリを添加しながら反応水溶液のpHを10から11の間に維持し、N−オキシル化合物と酸化剤とを用いる水系の反応よりなることを特徴とする請求項5に記載のポリグルクロン酸の製造方法。
【請求項7】
前記多糖類が、でんぷんまたはセルロースであることを特徴とする請求項5または6のいずれかに記載のポリグルクロン酸の製造方法。
【請求項8】
前記脱塩処理を施す工程が、酸処理またはイオン交換樹脂で処理する工程よりなることを特徴とする請求項5から7のいずれかに記載のポリグルクロン酸の製造方法。
【請求項9】
前記酸処理が、酸性多糖類のナトリウム塩の水溶液をpH2以下に調製する工程よりなることを特徴とする請求項5から8のいずれかに記載のポリグルクロン酸の製造方法。

【公開番号】特開2006−77149(P2006−77149A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−263510(P2004−263510)
【出願日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)
【Fターム(参考)】