説明

ポリビニルピロリドンの製造方法

【課題】分子量や分散度が小さく、着色のないポリビニルピロリドンを製造できる方法を提供する。他の目的は、ポリビニルピロリドンを製造するに当たって、反応容器の蓋裏面や、反応容器内に設けられた撹拌羽の軸部分などにポリビニルピロリドンが付着するのを防止する。
【解決手段】過酸化水素と銅のアンミン錯塩とを重合開始剤としてビニルピロリドンを重合してポリビニルピロリドンを製造するに当たり、反応容器として実質的にMoを含有しない鋼材で構成されている容器を用いればよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過酸化水素と銅のアンミン錯塩とを重合開始剤としてビニルピロリドンを重合してポリビニルピロリドンを製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリビニルピロリドンの製造方法としては、例えば特許文献1に、重合開始剤として過酸化水素を用いると共に、反応液のpHをNaOHやKOH、或いはその炭酸塩または重炭酸塩を用いて調整しながら重合することが開示されている。また、特許文献2には、過酸化水素と銅のアンミン錯塩とを重合開始剤としてビニルピロリドンを重合することが開示されている。
【0003】
ところでポリビニルピロリドンを製造する際には、ラボレベルでは、反応容器として例えばガラス製のビーカーや金属製の釜の表面にガラスコーティングを施した容器を用いている。しかしポリビニルピロリドンを製造するに当たっては、重合反応時の温度を一定に保つために、重合による発熱を制御する必要がある。そのためこうした容器を用いてラボレベルから工業化レベルにスケールアップしようとすると、容器の熱伝導度が小さいために、重合熱を除熱することが難しく、反応時間を延ばす等の余分な操作が必要となる。
【0004】
そこで工業的にポリビニルピロリドンを製造するに当たっては、反応容器として鋼材製の容器を用いるのが一般的である。ところがラボレベルから工業化レベルにスケールアップすると、得られるポリビニルピロリドンの分子量と分散度が増大し、また着色が認められることがあり、品質が劣化することがあった。さらに、反応容器の蓋裏面や、反応容器内に設けられた撹拌羽の軸部分など反応液が直接接触しない部分にも水に不溶なポリビニルピロリドンの高分子量物や架橋体が付着することがあり、反応終了後に付着物を除去しなければならないという問題もあった。
【特許文献1】特開昭62−62804号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献2】特開2002−155108号公報(特許請求の範囲等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、この様な状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、分子量と分散度が小さく、着色を抑えたポリビニルピロリドンを製造できる方法を提供することにある。また、他の目的は、ポリビニルピロリドンを製造するに当たって、反応容器の蓋裏面や、反応容器内に設けられた撹拌羽の軸部分など反応液が直接接触しない部分に水に不溶なポリビニルピロリドンの高分子量物や架橋体が付着するのを防止することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、ポリビニルピロリドンを製造する際に生じる上記不具合の発生原因を突き止めるべく鋭意検討を重ねた。その結果、反応容器の素材が、ポリビニルピロリドンの分子量や分散度、着色の有無、或いは蓋裏面などへの付着の有無等に影響を及ぼしていることが判明し、本発明を完成した。
【0007】
即ち、上記課題を解決することのできた本発明に係るポリビニルピロリドンの製造方法とは、過酸化水素と銅のアンミン錯塩とを重合開始剤としてビニルピロリドンを重合してポリビニルピロリドンを製造する際に、反応容器として実質的にMoを含有しない鋼材で構成されている容器を用いる点に要旨を有する。
【0008】
前記容器内では、実質的にMoを含有しない鋼材で構成されている撹拌羽を使用することが好ましい。前記実質的にMoを含有しない鋼材としては、例えば、JIS規格においてMo含有量が規定されていないステンレス鋼を用いることができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、特定の素材で構成されている反応容器を用いてポリビニルピロリドンを製造することによって、ビニルピロリドンの重合反応を安定して進めることができる。その結果、分子量や分散度が小さいポリビニルピロリドンを得ることができる。また本発明の製造方法で得られるポリビニルピロリドンは、殆ど着色していない。更に、反応容器の蓋裏面や、反応容器内に設けられた撹拌羽の軸部分など反応液が直接接触しない部分にもポリビニルピロリドンを付着させることなく操業できるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のポリビニルピロリドンの製造方法では、ビニルピロリドンに、重合開始剤として過酸化水素と銅のアンミン錯塩とを添加することにより重合を開始してポリビニルピロリドンを製造する。ここでいうビニルピロリドンとは、通常N−ビニル−2−ピロリドンを指し、ポリビニルピロリドンとは、N−ビニル−2−ピロリドンの単独重合体である。
【0011】
このとき本発明では、重合用の反応容器として実質的にMoを含有しない鋼材で構成されている容器を用いる。反応容器を構成する素材として、実質的にMoを含有しない鋼材を選択することにより、上記不具合を改善できることが見出されたからである。
【0012】
即ち、重合開始剤として過酸化水素を用いる場合には、反応容器の腐食を防止するために、反応容器を構成する素材として耐食性に優れた鋼材を選択するのが一般的である。そのため、鋼材のなかでもステンレス鋼が多用されており、特にMoを含有するステンレス鋼(例えば、JIS G4304やG4305で規定されるSUS316など)が使用されていた。ところが本発明者らがSUS316で構成されている反応容器を用いてポリビニルピロリドンを製造したところ、ガラス製のフラスコでは何の不具合も生じなかったにもかかわらず、上記不具合が生じた。
【0013】
そこで本発明では、耐食性については若干落ちることを前提として、実質的にMoを含有しない鋼材(具体的には、JIS G4304やG4305で規定されているSUS304)で構成されている反応容器を用いてポリビニルピロリドンを製造した。その結果、上記不具合は生じなかった。
【0014】
このように、実質的にMoを含有しない鋼材で構成されている反応容器を用いることにより、上記不具合が改善できる理由については全てを解明できたわけではないが、本発明者らは次のように考えている。
【0015】
即ち、反応容器がMoを含有する場合には、このMoによって重合開始剤として添加している過酸化水素が分解されるため、重合開始剤の絶対量が不足し、ポリビニルピロリドンの分子量が不均一に増大し、その結果、分散度も増大すると考えられる。また、第三級炭素(複素環が結合している炭素)に結合している水素が、過酸化水素が分解されたときに発生したラジカルによって引き抜かれ、ここが架橋点となってゲル物の生成要因となったり、この位置にアンモニアが結合することによりポリビニルピロリドンの着色要因になると考えられる。更に、未反応のビニルピロリドン(モノマー)が揮発して容器の蓋裏面に付着した際に、反応容器を構成する素材に含まれるMoの影響により重合や架橋することにより蓋裏面や攪拌羽の軸部分等に水に不溶なポリビニルピロリドンが生成すると考えられる。
【0016】
これに対し、反応容器として実質的にMoを含有しない鋼材で構成されている容器を用いれば、Moによる過酸化水素の分解を防止できるだけでなく、ビニルピロリドンモノマーが反応容器表面で重合するのを防止できるため、上記不具合が発生しない。
【0017】
本発明の製造方法で用いる反応容器は、反応容器内面の全てが実質的にMoを含有しない鋼材で構成されているのが好ましい。即ち、反応容器のうちビニルピロリドンに重合開始剤として過酸化水素と銅のアンミン錯塩とを添加して反応させるときの液相と接触する部分のみならず、蓋裏面など反応液と直接接触しない部分も実質的にMoを含有しない鋼材で構成されているのがよい。
【0018】
上記容器内では、耐食性のある撹拌羽を用いて容器内を撹拌すればよく、その素材は特に限定されず、例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE)製の撹拌羽や、PTFEやポリエチレン(PE)をコーティングした撹拌羽、或いはガラスコーティングした攪拌羽を用いればよい。また、鋼材で構成されている撹拌羽を用いる場合には、鋼材として実質的にMoを含有しない鋼材を使用するのがよい。
【0019】
なお、「実質的に」とは、鋼材に不可避不純物として含有する程度は許容できることを意味しており、具体的にはMoの含有量は例えば0.5質量%程度未満であればよい。
【0020】
上記実質的にMoを含有しない鋼材としては、JIS規格においてMo含有量が規定されていないステンレス鋼(鋼板や棒鋼)を用いることができる。具体的には、例えばJIS G 4303〜4305等に規定されるオーステナイト系(例えば、SUS301,SUS302,SUS303,SUS304,SUS305,SUS309,SUS310,SUS321,SUS347,SUSXM7,SUSXM15J1など)、フェライト系(例えば、SUS405,SUS410、SUS429,SUS430など)、マルテンサイト系(例えば、SUS403,SUS410,SUS420,SUS429,SUS440など)、析出硬化系(例えば、SUS630,SUS631など)のステンレス鋼等を用いることができる。特に、SUS304を用いるのが好ましい。
【0021】
次に、上記反応容器内で行なう重合反応について説明する。ビニルピロリドンの重合は、水媒体中での溶液重合によって行うことができる。例えばビニルピロリドン水溶液に過酸化水素水溶液と銅のアンミン錯塩の水溶液とを添加して重合することができる。
【0022】
上記ビニルピロリドン水溶液としては、例えば濃度が10〜60質量%の水溶液を用いることができる。ビニルピロリドン水溶液の濃度が低いと、生産性が悪く、コスト高を招く傾向がある。一方、濃度が高いと、重合中に経時的に粘度が高くなり、攪拌が困難となったり、重合熱の除熱が困難となる。上記水溶液の濃度の下限は20質量%とするのが好ましく、上限は50質量%とするのが好ましい。
【0023】
上記過酸化水素の添加量は特に限定されず、目的とするK値に合わせて添加すればよく、ビニルピロリドンに対して例えば0.005〜8質量%程度とすればよい。過酸化水素の添加量が少ないと、重合速度が低下し、生産性が低くなる傾向がある。一方、添加量が多いと、重合後、不純物となり品質上好ましくなく、比較的分子量の高いものを製造することが困難になる傾向がある。
【0024】
なお、過酸化水素はそのまま添加してもよいし、水溶液(過酸化水素水)として添加してもよい。
【0025】
開始剤として作用する銅のアンミン錯塩としては、例えばジアンミン銅塩([Cu(NH322SO4・H2O、[Cu(NH32]Clなど)、テトラアンミン銅塩([Cu(NH34]SO4・H2O、[Cu(NH34]Cl2など)がある。
【0026】
銅のアンミン錯塩に含まれる銅イオン量は、ビニルピロリドンに対して、0.01〜2質量ppmとすることが好ましい。銅イオン量が0.01質量ppm未満では、過酸化水素の分解が遅くなり、反応時間が長くなる傾向がある。一方、銅イオン量が2質量ppmを超えると、過酸化水素の分解が促進され、開始剤の効率が悪くなる。また、多量の過酸化水素を必要とし、その結果、著しい着色が起こる傾向がある。より好ましい上限は1.0質量ppmである。
【0027】
銅のアンミン錯塩は、例えば硫酸銅(II)、塩化銅(II)、酢酸銅(II)などの銅塩と、アンモニアとをビニルピロリドン水溶液に添加することによって形成される。なお、銅塩とアンモニアは、そのまま添加してもよいし、水溶液として添加することもできる。
【0028】
ここで、銅塩は、上記のように銅イオン量がビニルピロリドンに対して、好ましくは0.01〜2質量ppmとなるように添加される。より好ましい上限は1質量ppmである。
【0029】
これに対し、アンモニアの添加量は、ビニルピロリドンに対して、好ましくは0.04〜1質量%添加する。アンモニアの添加量が0.04質量%未満では反応速度が遅くなったり、反応中のpHが低下しすぎてビニルピロリドンが加水分解する傾向がある。より好ましい下限は0.1質量%である。一方、1質量%を超えるとpHが高くなり、着色、架橋などの副反応が起こる傾向がある。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。なお、実施例において、特に断らない限り、「%」は質量%を表す。
【0031】
実施例1
実質的にMoを含有しないSUS304で構成されている反応容器と撹拌羽を用い、次の反応を行った。反応容器に水93.8kgと硫酸銅(II)0.0046gとを仕込み、これを60℃まで昇温した。次いで、60℃を維持しながら、N−ビニルピロリドン100kg、25%アンモニア水0.6kg、および35%過酸化水素水溶液3.4kgを、夫々別々に180分間かけて滴下した。滴下終了後、25%アンモニア水0.2kgを添加した。反応開始から4時間後、80℃に昇温し、35%過酸化水素水0.5kgを添加した。次いで、反応開始から5.5時間後、35%過酸化水素水0.5kgを添加し、更に80℃で1時間保持して50%ポリビニルピロリドン水溶液を得た。
【0032】
実施例2
実質的にMoを含有しないSUS304で構成されている反応容器と撹拌羽を用い、次の反応を行った。反応容器に水85.3kgを仕込み、これを60℃まで昇温した。次いで、60℃を維持しながら、N−ビニルピロリドン90kg、25%アンモニア水0.72kg、硫酸銅(II)0.0046g、および35%過酸化水素水溶液11.4kgを、夫々別々に180分間かけて滴下した。滴下終了後、25%アンモニア水1.8kgを180分間かけて滴下した。反応開始から6時間後、35%過酸化水素水0.5kgを添加し、更に1時間保持して50%ポリビニルピロリドン水溶液を得た。
【0033】
参考例1(ラボレベル)
ガラス製のフラスコとポリテトラフルオロエチレン製の撹拌羽を用い、次の反応を行った。反応容器に水938gと硫酸銅(II)0.046mgとを仕込み、これを60℃まで昇温した。次いで、60℃を維持しながら、N−ビニルピロリドン1kg、25%アンモニア水6g、および35%過酸化水素水溶液34gを、夫々別々に180分間かけて滴下した。滴下終了後、25%アンモニア水2gを添加した。反応開始から4時間後、80℃に昇温し、35%過酸化水素水5gを添加した。次いで、反応開始から5.5時間後、35%過酸化水素水5gを添加し、更に80℃で1時間保持して50%ポリビニルピロリドン水溶液を得た。
【0034】
比較例1
上記実施例1において、反応容器および撹拌羽として、実質的にMoを含有しないSUS304で構成されている反応容器と撹拌羽を用いる代わりに、Moを2%含有するSUS316で構成されている反応容器と撹拌羽を用いる以外は、同じ条件として50%ポリビニルピロリドン水溶液を得た。
【0035】
比較例2
上記実施例1において、反応容器および撹拌羽として、実質的にMoを含有しないSUS304で構成されている反応容器と撹拌羽を用いる代わりに、Moを2%含有するSUS316で構成されている反応容器と撹拌羽を用いると共に、SUS316で構成されている反応容器に、予め35%過酸化水素水溶液34gと水938gを仕込み、80℃で3時間加熱して反応容器内壁を洗浄する以外は、上記実施例1と同じ条件で50%ポリビニルピロリドン水溶液を得た。
【0036】
次に、得られたポリビニルピロリドン水溶液について、下記の性能評価を行った。結果は下記表1に示す。
【0037】
[K値]
得られたポリビニルピロリドン水溶液を濃度が1%となるように水で希釈し、この希釈液の粘度を25℃で、毛細管粘度計を用いて測定した。測定して得られた粘度からフィケンチャー式に基づいてK値を算出した。数値が小さいほど、分子量が低いことを表す。
【0038】
[色相(5%APHA)]
得られたポリビニルピロリドン水溶液を濃度が5%になるように水で希釈し、この希釈液の色相(5%APHA;ハーゼン色数ともいう)をJIS K3331に基づいて測定した。数値が小さいほど、色相が低いことを表し、着色されていないことを示す。
【0039】
[残存N−ビニルピロリドン量]
液体クロマトグラフィーを用い、吸収強度を235nmとして水溶液中に残存するN−ビニルピロリドン量を測定し、ポリビニルピロリドン量に対する残存N−ビニルピロリドン量を算出した。
【0040】
[分子量分布]
島津製作所製のGPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)を用い、カラムとしてShodex社製の「LF804(商品名)」と「KD801(商品名)」を使用して、溶離液としてDMF、1%KBrを添加し、カラム温度40℃、流量0.8mL/minで重量平均分子量(Mw)と分散度(Mn)を測定し、分子量分布(Mw/Mn)を算出した。
【0041】
また、反応終了後に、反応容器の蓋裏面を目視で観察し、ゲル物が付着していないか調べた。観察結果を下記表1に示す。なお、ゲル物が付着している場合には、このゲル物の組成を調べたところ、ポリビニルピロリドンであることを確認した。
【0042】
【表1】

【0043】
表1から次のように考察できる。実施例1と2によれば、実機レベルでもラボレベル(参考例1)と同程度の物性を有するポリビニルピロリドンを製造できる。また、実機レベルでも反応終了後の反応容器の蓋裏面等に、ゲル物の付着は認められなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
過酸化水素と銅のアンミン錯塩とを重合開始剤としてビニルピロリドンを重合してポリビニルピロリドンを製造するに当たり、
反応容器として実質的にMoを含有しない鋼材で構成されている容器を用いることを特徴とするポリビニルピロリドンの製造方法。
【請求項2】
前記容器内で、実質的にMoを含有しない鋼材で構成されている撹拌羽を使用する請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記実質的にMoを含有しない鋼材として、JIS規格においてMo含有量が規定されていないステンレス鋼を用いる請求項1または2に記載の製造方法。

【公開番号】特開2007−262159(P2007−262159A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−86417(P2006−86417)
【出願日】平成18年3月27日(2006.3.27)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【出願人】(000003506)第一工業製薬株式会社 (491)
【Fターム(参考)】