説明

ポリ[(シリリン)エチニレン]およびポリ[(シリレン)エチニレン]の合成ならびにそれらを前駆体とする炭化ケイ素の作製

【課題】有機−無機変換ルートにより作製される炭化ケイ素の高性能化ならびに高度利用をはかるために、新しい前駆体有機ポリマーとして、ポリ[(シリリン)エチニレン]ならびにポリ[(シリレン)エチニレン]を合成した。
【解決手段】
ポリ[(シリリン)エチニレン]あるいは/ならびにポリ[(シリレン)エチニレン]を焼成する過程において、ヒドロシリル化反応により高度なクロス・リンク型ネットワーク構造が生起するために、熱分解による物質損失が大幅に抑止され、欠陥の少ない高品質の炭化ケイ素の粉末、成形品、繊維、薄膜、複合材料マトリックスが作製できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
高硬度、高融点、高強度等の本来的性質を有する炭化ケイ素は、高温半導体から耐熱セラミックの広い応用分野において、その活用が期待されている物質である。炭化ケイ素の作製法は、炭素とケイ素を反応させる無機合成ルート、ならびに炭素、ケイ素、水素等から成る有機ポリマーを熱分解して炭化ケイ素を得る有機−無機変換ルートの二つに大別される。本特許申請の合成法では、炭素−炭素三重結合とケイ素−水素結合を有するポリ[(シリリン)エチニレン]ならびにポリ[(シリレン)エチニレン]を新たに合成し、これらの有機ポリマーを前駆体として焼成して炭化ケイ素を作製する。焼成の初期過程において、ヒドロシリル化反応が生起・促進されることにより、炭素−ケイ素原子間に強固なクロス・リンク型ネットワーク構造が形成・促進され、焼成の際には水素原子を放出するのみである。そのため本方法は高密度かつ高品質の炭化ケイ素が形成される極めて物質損失が少ない新しい有機−無機変換ルートである。
【背景技術】
【0002】
これまで研究開発され実用化されている有機−無機変換ルートによる炭化ケイ素の作製法においては、先ずジクロロジメチルシランからポリ(ジメチルシラン)を合成し、続いてポリカルボシランに転換する2段階の反応により前駆体ポリマーを作製し、これを高温焼成して炭化ケイ素を得ている。特に、この従来法を炭化ケイ素繊維の製造に応用し、世界に先駆けて日本において工業的実用化(日本カーボン株式会社のニカロン繊維、宇部興産株式会社のチラノ繊維)を成功させたのが、先行する特許文献[0003]〜[0007]ならびに非特許文献[0009]、[0010]により権利化された矢島法であり、今もって欧米諸国が追従したくとも追従できない独創的技術である。しかし、矢島法では焼成中にポリカルボシランが分解し、最終生成物である炭化ケイ素に到達するまでに約40%の物質損失が避けられないのみならず、得られた炭化ケイ素にも多くの欠陥が残存する。欧米諸国では、これらの欠点を克服するプロセスの開発に懸命であり、炭化ケイ素成形体の前駆体として[0008]ならびに[0011]に示すInterrante等のポリカルボシランが発明されているが、炭化ケイ素繊維の前駆体は未だ工業的成功には至っていない。本特許申請の方法においては、新たに合成したポリ[(シリリン)エチニレン]ならびにポリ[(シリレン)エチニレン]を前駆体ポリマーとするので、焼成過程の初期にヒドロシリル化反応が生起して強固なクロス・リンク型ネットワーク構造が発達し、高温熱分解による物質損失が可及的に抑止され、極めて緻密かつ高品質な炭化ケイ素が最終生成物として形成される。このために、より高性能な炭化ケイ素の粉末、バルク成形品、繊維、薄膜、多相組織複合材料等の作製が可能になり、日本の独創的技術のさらなる発展に貢献することが期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
特公昭57−26527
【0004】
特公昭57−38548
【0005】
特公昭57−53891
【0006】
特公昭57−53892
【0007】
特公昭58−38534
【0008】
United States Patent No.5153295
【非特許文献】
【0009】
S.Yajima,J.Hayashi,M.Omori,Chem.Lett.1975,931.
【0010】
S.Yajima,K.Okamura,J.Hayashi,M.Omori,J.Am.Ceram.Soc.59(1976)324.
【0011】
L.V.Interrante,C.W.Whitmarsh,C−Y.Yang,W.Sherwood,W.R.Schmidt,P.S.Marchetti and G.E.Maciel,Ceramic Transaction 42(1994b)57−69.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
(ポリ[(シリリン)エチニレン]ならびにポリ[(シリレン)エチニレン]の合成)
トリクロロシランあるいはジクロロシランとジリチオアセチレンを反応させ、1段階でポリ[(シリリン)エチニレン]あるいはポリ[(シリレン)エチニレン]を合成する。分子構造の中に炭素−炭素三重結合とケイ素−水素結合が存在するのが特徴である。反応式を下記に示す。

【0013】
(ヒドロシリル化反応による強固なネットワークの形成と熱分解による物質損失の抑止)
ポリ[(シリリン)エチニレン]あるいは/ならびにポリ[(シリレン)エチニレン]を焼成する過程において、200〜300℃の初期低温度領域でヒドロシリル化反応が生起し、高度なクロス・リンク型ネットワーク構造が形成される。このために、炭化ケイ素セラミックが形成される1000℃以上まで焼成しても顕著な熱分解が生起しないので、重量減少すなわち物質損失が効果的に抑止され、最終的に得られる炭化ケイ素は欠陥が少なく高品質である。
【0014】
(各種形状の炭化ケイ素の作製)
ポリ[(シリリン)エチニレン]あるいは/ならびにポリ[(シリレン)エチニレン]は、アモルファス構造の粉末状固体あるいは粘ちょう流体として安定に合成されるポリマーであるので、これらのポリマーを前駆体として焼成して作製される炭化ケイ素は、粉末、成形品、繊維、薄膜、複合材料マトリックスとして用いることができる。
【課題を解決するための手段】
【0015】
有機−無機変換ルートによる炭化ケイ素の作製は応用展開の可能性が高いプロセスとして注目を集めているが、炭化ケイ素の優れた本来的性質を引き出し、高度利用への道を切り開くためには、前駆体である有機ポリマーの高度化が必要である。本特許申請では、炭素−炭素三重結合とケイ素−水素結合を有するポリ[(シリリン)エチニレン]ならびにポリ[(シリレン)エチニレン]を新しく合成し、これらを前駆体ポリマーとして焼成することにより、炭化ケイ素の高性能化ならびに高度利用への課題を解決する手段を提供するものである。
【発明の効果】
【0016】
本特許申請のポリ[(シリリン)エチニレン]ならびにポリ[(シリレン)エチニレン]は、従来の有機−無機変換ルートによる炭化ケイ素の作製に用いられているポリカルボシランに比べて、より単純な1段階の反応により合成され、収率も良好であり、炭化ケイ素へ変換する焼成過程での熱分解による物質損失も極めて少ない。また、ポリ[(シリリン)エチニレン]ならびにポリ[(シリレン)エチニレン]は、固体粉末あるいは粘ちょう流体として安定に得られるので、粉末、成形品、繊維、薄膜、複合材料マトリックスとしての炭化ケイ素の作製に優れた効果を発揮する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本特許申請において新たに合成されたポリ[(シリリン)エチニレン]ならびにポリ[(シリレン)エチニレン]を有機−無機変換ルートによる炭化ケイ素作製の前駆体として使用する場合、熱分解生成物が殆ど水素のみであるので、重量減少や体積収縮等の物質損失が極めて少ない。この特徴は、炭化ケイ素をマトリックスとするマイクロ・マシンあるいは高温動作機械の精密部品を製造する際の最良かつ最適の条件である。
【実施例】
【0018】
(ポリ[(シリリン)エチニレン]の合成と炭化ケイ素の作製)
n−ブチルリチウムのヘキサン溶液(30.0ml、48.0mmol)、テトラヒドロフラン(5ml)、ジエチルエーテル(5ml)の混合物を−78℃に冷却し、これにトリクロロエチレン(2.12g、16.1mmol)のジエチルエーテル(4ml)溶液を滴下した。滴下終了後、20分間攪拌し、室温にしてさらに2時間攪拌した。これを再び−78℃に冷却し、トリクロロシラン(2.17g、16.0mmol)のジエチルエーテル(4ml)溶液を滴下した。滴下終了後、徐々に室温にしながら一晩攪拌した。反応混合物をジエチルエーテルと飽和食塩水を用いて分液し、有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥した。溶媒を留去し、得られた固体を乳鉢で粉末にし、ジクロロメタンで洗浄した。溶媒をろ過して除き、真空ポンプで乾燥すると、ポリ[(シリリン)エチニレン]が淡黄色の粉末として0.85g(82%)得られた。
得られたポリ[(シリリン)エチニレン]はX線回折によりアモルファス構造をとっていることが確認された。29Si CP/MAS NMRの測定から、Si−C≡C(δ−84.8ppm)の存在が確認された。赤外吸収スペクトルの測定から、C≡C伸縮振動(2060cm−1)、Si−H伸縮振動(2260cm−1)に加えて、C−H伸縮振動(3280cm−1)、Si−O伸縮振動(1070cm−1)が確認された。また、280℃まで加熱すると、C≡C伸縮振動及びSi−H伸縮振動のピークが急に減少することから、ヒドロシリル化反応の生起、すなわちクロス・リンキングによる高度ネットワーク構造の形成が確認された。さらに、DTA曲線の発熱ピークが265.9℃に観測され、これはヒドロシリル化反応に対応している。
ポリ[(シリリン)エチニレン]を窒素ガス雰囲気下で室温から5℃/minの昇温速度で1000℃まで加熱すると、黒色粉末状の炭化ケイ素が得られたが、この有機−無機変換に伴う重量減少は僅か5%であった。同様に、ポリ[(シリリン)エチニレン]粉末を加圧成形したペレットを1000℃まで加熱・焼成したが、ほとんど形状寸法の変化が認められなかった。さらにこの炭化ケイ素を1500℃まで加熱したところ、重量減少は0.5%であり、ほとんど減少は見られなかった。
【0019】
(ポリ[(シリレン)エチニレン]の合成と炭化ケイ素の作製)
n−ブチルリチウムのヘキサン溶液(30.0ml、48.0mmol)、テトラヒドロフラン(5ml)、ジエチルエーテル(5ml)の混合物を−78℃に冷却し、これにトリクロロエチレン(2.12g、16.1mmol)のジエチルエーテル(4ml)溶液を滴下した。滴下終了後、20分間攪拌し、室温にしてさらに2時間攪拌した。これを再び−78℃に冷却し、液化させたジクロロシラン(1.63g、16.1mmol)を冷却しながら滴下した。滴下終了後、徐々に室温にしながら一晩攪拌した。反応混合物をジエチルエーテルと飽和食塩水を用いて分液し、有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥した。溶媒を留去すると淡黄色の粘ちょう流体が得られた。これを真空ポンプで減圧にすると固化した。得られた固体を乳鉢で粉末にし、ジクロロメタンで洗浄した。溶媒をろ過して除き、真空ポンプで乾燥すると、ポリ[(シリレン)エチニレン]が淡黄色の粉末として0.37g(42%)得られた。
得られたポリ[(シリレン)エチニレン]はX線回折によりアモルファス構造をとっていることが確認された。29Si CP/MAS NMRの測定から、Si−C≡C(δ−85.3ppm)の存在が確認された。赤外吸収スペクトルの測定から、C≡C伸縮振動(2050cm−1)、Si−H伸縮振動(2190cm−1)に加えて、C−H伸縮振動(3280cm−1)、Si−O伸縮振動(1110cm−1)が確認された。さらに、DTA曲線の発熱ピークが222.2℃に観測され、これはヒドロシリル化反応に対応している。
ポリ[(シリレン)エチニレン]を窒素ガス雰囲気下で室温から5℃/minの昇温速度で1000℃まで加熱すると、黒色粉末状の炭化ケイ素が得られたが、この有機−無機変換に伴う重量減少は10%であった。また、粘ちょう流体の状態で石英板に塗布し、さらに650rpmの速度でスピンコーティングを行って薄膜とし、1000℃まで加熱・焼成すると、炭化ケイ素の薄膜が得られた。さらにこの炭化ケイ素を1500℃まで加熱したところ、重量減少は0.5%であり、ほとんど減少は見られなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリクロロエチレンからジリチオアセチレンを合成し、トリクロロシランとの1段階反応によりポリ[(シリリン)エチニレン]を合成する。
【請求項2】
トリクロロエチレンからジリチオアセチレンを合成し、ジクロロシランとの1段階反応によりポリ[(シリレン)エチニレン]を合成する。
【請求項3】
合成されたポリ[(シリリン)エチニレン]あるいは/ならびにポリ[(シリレン)エチニレン]の粉末あるいは加圧成形体を前駆体として焼成することにより、粉末あるいはバルク状の炭化ケイ素を作製する。
【請求項4】
ポリ[(シリレン)エチニレン]の粘ちょう流体あるいは溶液を紡糸して得られる繊維あるいは塗布して得られる薄膜を前駆体として焼成することにより、繊維状あるいは薄膜状の炭化ケイ素を作製する。

【公開番号】特開2010−222549(P2010−222549A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−99363(P2009−99363)
【出願日】平成21年3月24日(2009.3.24)
【出願人】(591047291)財団法人特殊無機材料研究所 (1)
【Fターム(参考)】