説明

ポンプ

【課題】電気や熱を供給することなく、流体を輸送するポンプを提供を提供する。
【解決手段】密閉された空間を有するセル2と、前記空間を、流体が通過する流体室21と大気中に開放可能な気体室とに分割する膜部材3,4であって、該膜部材が、流体に含まれる特定物質(基質)と、例えば触媒反応であって、該反応時の酸素の消費によって減圧状態を生じさせる反応をして気体を消費する感応膜3であって、該減圧状態を利用して流体を輸送する構成とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体に含まれる特定物質(基質)と反応して気体を消費する感応膜を用いたポンプに関する。特には、生体内の特定物質の存在下で駆動される、ドラッグデリバリーシステム(DDS)等の医療用途に用いることができるポンプに関する。
【背景技術】
【0002】
エネルギーを機械的仕事に変換して動作するポンプは、産業用機械、上水道、灌漑等の幅広い分野で利用されてきた。例えば、往復ポンプや回転ポンプは、電気エネルギーや熱エネルギー、圧力エネルギー等を往復運動や回転運動の機械的仕事に変換している。このようなポンプのエネルギー供給源として、通常、電気や蒸気圧を発生させる電源や加熱源等が使用される。
【0003】
医療分野においては、生体に使用する小型分析装置や小型医療器具の開発が盛んに行われている。例えば、ドラッグデリバリーシステムに関しては、薬剤等の流体を輸送するために上記のようなポンプが使用されることもある。このような分野においては、エネルギー供給や運動制御の点のみでなく、生体適合性を考慮する必要がある。
【0004】
ところで、本発明者らは、特定の物質と反応して体積変化(圧力変化)を生じる感応膜を用いて、この体積変化を利用して駆動力を得る、生体に利用可能なポンプやアクチュエータを提案している(例えば、特許文献1、2参照)。この感応膜は、特定の物質(基質)と触媒反応して、体積変化を生じさせる生体触媒を使用したものである。
【0005】
【特許文献1】特開2004−350512
【特許文献2】特開2005−289931
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、特定の物質と反応して体積変化(圧力変化)を生じる感応膜を用いて、新規な構造のポンプを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、流体に含まれる特定物質と反応して気体を消費する感応膜を用いることにより、上記目的を達成し得るという知見を得た。
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、流体に含まれる特定物質(基質)と反応して気体を消費する感応膜を用いて減圧状態を生じさせ、該減圧状態を利用して流体を輸送するポンプを提供するものである。
【0008】
また、本発明は、密閉された空間を有するセルと、前記空間を、流体が通過する流体室と大気中に開放可能な気体室とに分割する膜部材であって、該膜部材が、前記流体に含まれる特定物質(基質)と反応して気体を消費する感応膜と、前記流体が透過不能であるとともに伸縮性を有する作動膜と、を有する膜部材と、を備えるポンプであって、以下の過程により前記流体室中の流体が輸送されることを特徴とするポンプを提供する:(1)前記流体中に前記特定物質が含まれていた場合、前記感応膜が該特定物質と反応する、(2)この反応により前記気体室内の気体が消費されて該気体室が減圧され、前記作動膜が前記気体室側へ吸引されて伸長する、(3)前記作動膜の伸長により前記流体室の体積が増加し、その結果該流体室へ前記流体が流れ込む、(4)前記気体室を大気解放して常圧に戻し、前記作動膜を元の状態に戻す、(5)前記流体室に流れ込んだ流体が該流体室から排出される。
【0009】
本発明のポンプは、前記反応が触媒反応であって、該反応時の酸素の消費によって減圧状態を生じさせるものが挙げられる。
前記感応膜としては、透析膜上に、前記触媒を含有する樹脂層を積層させてなる触媒固定化膜であるものが挙げられる。
前記感応膜としては、前記触媒を含有する水溶性感光性樹脂を硬化させて形成されたものが挙げられる。
前記触媒としては、生体触媒が挙げられる。
前記触媒としては酵素が挙げられ、酵素としては、グルコース酸化酵素、アルコール酸化酵素、乳酸酸化酵素、アスコルビン酸酸化酵素、及びピルビン酸酸化酵素が挙げられる。
前記触媒としてはは、微生物を用いてもよい。微生物としては酵母を用いることができる。
本発明は、更に第二の流体室を有し、前記作動膜の伸長により、前記流体室に、第二の流体室から流体が流れ込む、ポンプを提供する。
本発明のポンプとしては、前記特定物質がグルコースであって、前記酵素がグルコース酸化酵素(グルコースオキシターゼ)であって、前記特定物質が含まれる流体が血液であって、前記輸送される流体がインスリンであるものが挙げられる。
また、本発明は、前記ポンプを用いて、前記特定物質の濃度を一定濃度に維持する制御システムを提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、電気や熱を供給することなく、流体中に含まれる特定の物質と反応して体積変化を生じる感応膜を使用して流体を輸送するポンプを提供できる。感応膜として生体触媒が固定された膜を使用すると、生体内で用いることができ、ドラッグデリバリーシステムや人工血管の補助ポンプ(拍動型人工血管)などの医療用として使用することができる。具体的には、血糖値管理用インスリン自動供給システムへの適用が考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
まず、本発明のポンプの基本的な駆動システムを説明する。
図8は、本発明のポンプの駆動システムを説明する図である。
この例では、特定の物質(基質)がグルコースであって、感応膜がグルコース酸化酵素(グルコースオキシダーゼ)が固定された膜(酵素固定化膜、詳細後述)である場合を説明する。
以下の説明においては、グルコース酸化酵素が固定された膜を用いる場合について説明するが、本発明はこれに限定するものでなく、後述する酵素を等に制限なく用いることができる。
【0012】
密閉可能な空間101を有するセル100を準備し、この空間101を酵素固定化膜105で上部の気体室102と下部の流体室103に分割する。流体室103には開閉可能な入口103aと出口103bとが設けられている。両口を解放すると、流体は流体室103を通過し、両口を閉じると、流体が流体室103に滞留する。
【0013】
酵素固定化膜105について説明する。本明細書において、酵素固定化膜と記載する場合は、酵素を固定化してなる膜を意味する。
酵素固定化膜は、膜材料である担体上に、触媒(生体触媒)としての酵素が固定化されたものである。用いられる担体としては、従来より酵素を固定化するために用いられている材料のものを特に制限なく用いることができる。このような材料としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリジメチルシロキサン、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリスチレン等が挙げられる。このような担体の厚みは、特に限定されないが、好ましくは100nm〜200μmであり、更に好ましくは10μm〜100μmである。
【0014】
また、担体上に固定された酵素が流体に含まれる基質の反応に関与するためには、担体は多孔性であることが好ましい。担体の孔のサイズに特に制限はないが、通常は、直径が0.1〜1μm程度であり、好ましくは0.2μm程度でよい。また、担体の空隙率は60〜90%であることが好ましい。
【0015】
前記酵素固定化膜は、脱水素酵素が担体に固定化されてなるものであるが、酵素を、例えばポリマーと混合して担体上に塗布し乾燥して製造される。酵素としては、グルコース酸化酵素、アルコール酸化酵素、乳酸酸化酵素、アスコルビン酸酸化酵素、ピルビン酸酸化酵素等が挙げられる。これら酵素は、流体に含まれる特定物質と反応するものを選択すればよく、例えば、特定の物質がアルコールである場合にはアルコール酸化酵素を選択することができる。また、ポリマーとしては、従来より酵素固定化膜を製造するために用いられているものを特に制限なく用いることができ、例えば、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール又はポリビニルアルコールにSbQの光官能基を組み合わせたPVA−SbQ、SPP−H13、ホスホコリン基を含むポリマー等が挙げられる。
上記の中でも、ホスホコリン基を含むポリマーである、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)と他のモノマーとの共重合体を用いた場合、酵素を固定化した後の脱塩処理をする必要がないので好ましい。
また、脱水素酵素を担体に固定化する方法としては、他に、グルタルアルデヒドの架橋による方法を用いてもよいが、本発明においては、方法は特に限定されない。
【0016】
このような共重合体を製造するために用いられるモノマーとしては、例えば、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、アミル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート、ヘプチル(メタ)アクリレート、オクチル(メタ)アクリレート、ノニル(メタ)アクリレート、デシル(メタ)アクリレート、ドデシル(メタ)アクリレート、ヘキサデシル(メタ)アクリレート、オクタデシル(メタ)アクリレート、ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、エチレングリコール(メタ)アクリレート、エチレングリコールメチルエーテル(メタ)アクリレート、ポリ(エチレングリコール)(メタ)アクリレート、ポリ(エチレングリコール)メチルエーテル(メタ)アクリレート、N−ビニルピロリドン、酢酸ビニル、γ−メタクリルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリルオキシプロピルトリエトキシシラン、ビニルトリス(2−メトキシエトキシ)シラン、メチルトリビニルメチルジエトキシシラン等が挙げられる。このような共重合体は、MPCと上記モノマーとのラジカル共重合によって得ることができる。
【0017】
上記共重合体としては、例えば、2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)と2−エチルヘキシルメタクリレート(EHMA)との共重合体が挙げられ、該共重合体は、下記一般式(1)で表わされる繰り返し単位を有するポリマーである。
【0018】
上述の説明においては、生体触媒として酵素を用いたが、本発明においては、生体触媒としては、上述した酵素の他に、微生物を用いることができる。このような微生物としては、例えば酵母(Saccharomycescerevisiae)等の酵母、ブドウ球菌、緑膿菌、大腸菌、エンテロバクター、プロテウス等の細菌等が挙げられる。
【0019】
本実施例においては、酵素固定化膜105は、以下の方法で作製した。まず透析膜(MWCO:14000、厚さ:20μm)を準備し、グルコース酸化酵素(グルコースオキシダーゼ)と光架橋性樹脂であるスチルバゾリウム化ポリビニルアルコール(PVA−SbQ)の混合液を透析膜の一面に塗布する。グルコースオキシダーゼは、以下のグルコース酸化反応を促進させる酵素である。
グルコース+O→グルクロン酸+H
つまり、この反応により酸素が消費される。
【0020】
塗布後、光を照射すると、光架橋性樹脂が硬化し、同樹脂とともにグルコースオキシターゼが透析膜に固定される。
【0021】
次に、図8を参照してポンプの駆動作用を説明する。
まず、セル100の流体室103の入口103aと出口103bとを開き、グルコース溶液が流体室103を通過するようにする。グルコースを流入してから4分後に両口103a、103bを閉じ、グルコース溶液を流体室103に滞留させる。すると、グルコース溶液中のグルコースが前述の酸化反応を起こす。この反応により、気体室102内の酸素が消費され、同気体室102が減圧される。グルコース流入後の気体室102内の圧力の時間経過を計測した。
【0022】
図9は、グルコース濃度を変えた場合の、気体室の気圧と時間との関係を示すグラフである。縦軸は気体室の圧力、横軸は時間を示す。グルコース濃度は、0、25、50、100、150及び200(mmol/リットル)である。
グラフに示すように、グルコース濃度が0の場合は、圧力はゼロに保たれているのに対し、グルコースが存在する場合は、4分後からほぼ直線的に気体室の圧力が減圧し始めた。この際、グルコース濃度が高いほど、圧力低下量が大きい。
【0023】
図10は、グルコース濃度と減圧率との関係を示すグラフである。縦軸は減圧直後からの単位時間当たりの圧力低下量であり、横軸はグルコース濃度を示す。
このグラフから、圧力低下量とグルコース濃度とは下記の式で表わされる。
圧力=−0.839−0.031(mmol/リットル)
グルコース濃度が25〜200(mmol/リットル)の範囲では、この式の相関関数Rは0.998であり、圧力低下量とグルコース濃度とは高い相関関係にあることがわかった。
つまり、グルコースが存在した場合、この酵素固定化膜により、グルコース濃度に比例した減圧状態が生じることが確認された。
【0024】
次に、本発明の実施の形態に係るポンプを説明する。
図1は、本発明の第1の実施の形態に係るポンプの構造を説明する分解斜視図である。この例でも、流体がグルコース溶液、流体に含まれる特定物質(基質)がグルコース、感応膜がグルコース酸化酵素(グルコースオキシダーゼ)が固定された膜(酵素固定化膜)である場合を説明する。
このポンプ1は、上下に二つ割りされた上部セル10と下部セル20とからなるセル2と、グルコースと反応して気体を消費する感応膜3と、グルコース溶液が透過不能であるとともに伸縮性を有する作動膜4と、を有する。
【0025】
上部セル10には、下面に開口した気体室11が形成されている。この気体室11には、通気管13が接続している。通気管は弁15で開閉可能となっている。下部セル20には、上面に開口した流体室21が形成されている。この流体室21には、流入管23と流出管24とが接続している。流入管23及び流出管24は、各々弁25、26で開閉可能となっている。 上部セル10と下部セル20は、例えば、アクリル樹脂などで作製される。また、上部セル10と下部セル20とは、四隅でボルトとナット(図示されず)により結合される。
【0026】
感応膜3としては、前述の、グルコースオキシダーゼと光架橋性樹脂の混合液を透析膜の一面に塗布して作製した酵素固定化膜を使用できる。作動膜4としては例えば、ポリウレタンフィルムを使用できる。
【0027】
酵素固定化膜3と作動膜4は、弾性材料で作製されたフィルム状の上補助部材31と下補助部材32とに挟まれて、上部セル10と下部セル20との間に配置される。各補助部材31、32は、上部セル10及び下部セル20とほぼ同じ寸法であり、気体室11及び流体室21に面する部分に、酵素固定化膜3と作動膜4とが各々露出する開口31a、31b及び32a、32bが開けられている。酵素固定化膜3は、上面に、変形不能なネット部材35を介して両補助部材31、32間に挟まれており、上方(気体室側)へ変形しないようにされている。一方、作動膜4は、下面に変形不能なネット36を介して両補助部材間31、32に挟まれており、上方(気体室側)へ変形可能となっている。
【0028】
酵素固定化膜3と作動膜4とを挟んだ上下の補助部材31、32を上部セル10と下部セル20との間に配置して、ボルトとナットで上部セル10と下部セル20とを結合する。これにより、気体室11と流体室21とが、酵素固定化膜3と作動膜4とで画される。なお、ボルトとナットで、上下のセル10、20を強固に結合することにより、気体室11と流体室21とは、液密かつ気密に分離される。
【0029】
図2は、図1のポンプの作動を説明する図である。なお、図2は図1の主要部分を簡略化して示している。
まず、図2(A)に示すように、気体室11の通気管13の弁15を閉じて気体室11を密閉しておく。そして、流体室21の流出管24の弁26を閉じ、流入管23の弁を開いて、グルコース溶液を流入管23から流体室21に流入させて同室21に滞留させる。すると、酵素固定化膜3に含まれるグルコースオキシダーゼがグルコース溶液中のグルコースの酸化反応を促進させ、気体室11内の酸素が消費される。これにより、気体室11が減圧される。気体室11は前述のように密閉されているので、伸縮性を有する作動膜4が気体室11側へ伸長する。そして、作動膜4が伸長した分だけ流体室21の容積が大きくなり、流入管23からさらにグルコース溶液が流れ込む。なお、酵素固定化膜3は、前述のように上面が補助ネット35で押さえられているので、気体室11側へ伸長しない。
【0030】
その後、図2(B)に示すように、流体室21の流入管23の弁25を閉じるとともに、流出管24の弁を開き、さらに、気体室11の通気管13の弁15を開く。すると、気体室11は常圧に戻り、作動膜4が収縮して元の状態に戻る。そして、作動膜4の伸長により流体室21に流れ込んだ分のグルコース溶液が流出管24から排出される。つまり、セル2内を流体(グルコース溶液)が輸送されることになる。
【0031】
図3は、グルコース溶液の排出量及び気体室圧力と、時間との関係を示すグラフである。縦軸は、グルコース溶液排出量(μリットル)及び気体室の圧力(Pa)、横軸は時間を示す。グラフ中の太線は排出量、実線は圧力を示す。
グラフの実線に示すように、流体室にグルコース溶液を貯留させた直後(時間0)から気体室11の圧力が低下し始める。この際、圧力はいったん急激に低下するが、その後は直線的に低下していく。なお、グラフの太線に示すように、流体室21の流出管24の弁26は閉じられているのでグルコース溶液の排出量はゼロのままである。
【0032】
流体室21にグルコース溶液を貯留させてから6分後に、流体室21の流入管23の弁25を閉じるとともに、流出管24の弁26を開き、さらに、気体室11の通気管13の弁15を開いた。すると、直後に気体室11は常圧(0Pa)に戻り、作動膜4の伸長により流体室21に流れ込んだ分(約150μリットル)のグルコース溶液が流出管24から排出された。さらに、この一連の作用後すぐに、気体室11の通気管13の弁15を閉じて気体室11を密閉状態とするとともに、流体室21の流出管24の弁26を閉じて流入管23の弁25を開いた。すると、その直後から再び気体室11の圧力が低下し始めた。この場合の圧力の低下度合い(傾き)は最初の圧力低下とほぼ同じ傾向を示した。
【0033】
再度気体室11を密閉してから7分後(最初からは13分後)に、流体室21の流入管23の弁25を閉じるとともに、流出管24の弁26を開き、さらに、気体室11の通気管13の弁15を開いた。すると、直後に気体室11は常圧(0Pa)に戻り、作動膜4の伸長により流体室21に流れ込んだ分(約150μリットル)のグルコース溶液が流出管24から排出された。これにより全体の排出量は約300μリットルとなった。
【0034】
このように気体室11の密閉と解放を繰り返すことにより、流体室21内の流体をほぼ一定のポンプ速度(平均流速15.01μリットル/min)で輸送することができる。
なお、特定物質が含まれる流体と、輸送される流体は、同じであっても異なる種類であってもよい。詳しくは後述するが、血液(特定物質が含まれる流体)中のグルコース(特定物質)の触媒反応によってインスリン(輸送される流体)を血液中に注入することもできる。
【0035】
図4は、ポンプ速度と圧力低下量との関係を示すグラフである。縦軸はポンプ速度(μリットル/min)、横軸は圧力低下量(Pa)を示す。
圧力低下量が50Paのときはポンプ速度が0であるが、50Pa以上になると、ポンプ速度が発生する。ただし、圧力低下量とポンプ速度とは比例しておらず、低下量150Paから300Paまではほぼ横ばい、あるいは、低下量が多くなるほどポンプ速度が低下する傾向を示す。このグラフからは、圧力低下量が200リットル/min程度のときに、最も高いポンプ速度が得られることが分かる。
【0036】
図5、6、7は、本発明の第2の実施の形態に係るポンプの構造及び作用を説明する図であり、各図(A)は全体図、各図(B) は図(A)の一部を拡大して示す図である。
この例では、血液(特定物質が含まれる流体)中にグルコース(特定物質)が含まれるときに、インスリン(輸送される流体)を血液中に注入する装置を説明する。図1のポンプでは、特定物質(グルコース)が含まれる流体がグルコース溶液であり、輸送される流体もグルコース溶液であった。しかし、この例では、特定物質(グルコース)が含まれる流体(血液)と輸送される流体(インスリン)とが異なる。
【0037】
このポンプ51は、図1のポンプ1とほぼ同様の構造であり、気体室61と流体室71、73とを有するセル52と、グルコースと反応して気体を消費する酵素固定化膜53と、グルコース溶液が透過不能であるとともに伸縮性を有する作動膜54と、を有する。ただし、この例では、前述のように、特定物質(グルコース)が含まれる流体(血液)と輸送される流体(インスリン)とが異なるので、2個の流体室71、73が設けられている。さらに、気体室61の通気管を開閉する弁の代わりに、通気口を自動的に開閉する弁部材80が作動膜54に設けられている。
【0038】
セル52の下部には、特定物質が含まれる流体(血液、第1の流体という)が収容される第1の流体室71と、第1の流体室71の上方に位置し、輸送される流体(インスリン、第2の流体)が収容される第2の流体室73とが形成されている。第1の流体室71には流入口71aと流出口71bとが設けられており、流体は、流入口71aから流体室71を通って流出口71bから排出される。第2の流体室73には、流入管75と流出管76とが接続している。流入管75は、まっすぐ下方に延びる縦管路75aと、同縦管路75aの先端から側方に延びる横管路76bを有する。縦管路75aの径は、例えば2mmである。横管路75bの口には、インスリンが含まれる注射器90が接続している。注射器90のピストン91は、バネ93により押し出し方向に付勢されている。流出管76は、まっすぐ下方に延びて第1の流体室71と連通している。流出管76は先端(下端)76aが先細となっている。流出管76の径は、例えば2mmである。
【0039】
セル52の上部には、気体室61が形成されている。この気体室61は、下面の一部が、酵素固定化膜53で第1の流体室71と画されているとともに、別の一部が、作動膜54で第2の流体室73と画されている。なお、酵素固定化膜53は、上方へ変形しないように支持されており、作動膜54は上方へ変形可能に支持されている。酵素固定化膜53の、第1の流体室71に開口している部分の径は例えば15mmである。作動膜54の、第2の流体室72に開口している部分の径は例えば10mmである。
【0040】
気体室61の上面には、開口63が開けられている。開口63の径は例えば5mmである。開口63はPDMS(ポリジメチルシロキサン)製の伸縮可能な薄膜65で塞がれている。この薄膜65には、気体室を開閉する弁の代わりとなる弁部材80が取り付けられている。
【0041】
弁部材80は、作動膜54と一体に設けられた中空のパイプ81を有する。パイプ81の上端は閉じられており、薄膜65を突き抜けている。パイプ81の側面と薄膜65とは気密に接しており、パイプ81が薄膜65に対して上下にスライド可能となっている。また、パイプ81の下端には作動膜54の下面に固定された栓部材83が取り付けられている。この栓部材83は、第2の流体室73の流入管75の口を開閉可能に閉じている。さらに、パイプ81の側面には、長さ方向に並んで複数の開口85が開けられている。
【0042】
次に、このポンプの作用を説明する。
初期状態では、図5(A)に示すように、第2の流体室73(流入管75、流出管73を含む)はインスリンで充填されており、第1の流体室71には血液が流されている。第2の流体室73は流体が充填されて第1の流体室71とほぼ同じ圧力であるとともに、第1の流体室71と連通する流出管76の先端76aは先細となっているため、第1の流体室71から流出管76に血液が流れ込むことはない。弁部材80は、栓部材83が第2の気体室73の流入口75を塞ぎ、図5(B)に示すように、パイプ81の側面に形成された開口85の全てが薄膜65の下方に位置するように支持されている。
【0043】
第1の流体室71を流れる血液中にグルコースが含まれていない場合は、酵素固定化膜53の酵素によるグルコースの酸化反応は起こらない。血液中にグルコースが含まれていた場合、酵素固定化膜53の酵素により、血液中のグルコースと気体室61内の酸素とが反応し、気体室61が減圧される。すると、図6(A)に示すように、作動膜54が上方へ引っ張られるように伸長する。同時に、図6(B)にも示すように、薄膜65も下方に引っ張られるように伸長する。
【0044】
作動膜54が上方へ引っ張られると、同膜54に固定されている弁部材80の栓部材83も一緒に上方へ移動する。すると、栓部材83が第2の流体室73の流入管75の口から離れて、流入管75の流入口が開く。これにより、バネ93で押し出し方向に付勢されているピストン91が押し出されて、インスリンが流入管75から第2の流体室73に流れ込む。そして、流出管76を通って先細の先端76aから第1の流体室71内に放出される。つまり、インスリンが血液中に注入される。
【0045】
第1の流体室71を流れるグルコースが気体室61内の酸素と反応してさらに気体室61が減圧されると、図7(A)に示すように、作動膜54が上方にさらに伸長して、弁部材80がさらに持ち上げられる。一方、薄膜65も下方にさらに伸長する。すると、弁部材80のパイプ81が薄膜65から上方にさらに突き出し、図7(B)に示すように、やがてパイプ81の側面に形成された一番上の開口85が薄膜65から上方に位置する。これにより、大気が開口85からパイプ81に入り、上から二番目の開口85等を通って気体室61内に入り込む。そして、やがて気体室61は常圧に戻る。
【0046】
すると、作動膜54は収縮して元の状態に戻り、再び弁部材80の栓部材83が流入口75の口を閉じ、流入管75から第2の流体室73へインスリンが流れ込まなくなる。また、薄膜65も元の状態に戻り、パイプ81の開口85が薄膜65の下方に位置し、気体室61が密閉される。
【0047】
本発明のポンプの具体例を図面を参照しつつ説明したが、本発明のポンプは上述の形態のものに限定されず、例えば、上述したものを柔軟な管状のものに埋め込んで、管内の液体を輸送するようなポンプとして用いることもできる。
また、上記図面においては、血液中のグルコースの濃度によりインスリンを流入する例を示したが、インスリンは、肝臓における糖新生の抑制、グリコーゲンの合成促進・分解抑制効果を有しており、これにより血中グルコース濃度を低下する作用を有する。従って、上述したポンプは、血液中のグルコース濃度を一定濃度に維持できるように投薬量を自律的に制御することのできるシステムとして用いることができる。
すなわち、本発明は、本発明のポンプを用いることを特徴とする、流体(例えば、血液)に含まれる成分(例えば、グルコース)の濃度を一定に維持するための制御システムを提供する。すなわち、本発明は、前述した本発明のポンプを用いて、前記特定物質の濃度を一定濃度に維持する制御システムを提供する。
【0048】
本発明のポンプは、特定物質の触媒反応によって生じる減圧状態を利用するものであり、圧力や電力などの外部エネルギーを供給せずに流体を輸送する駆動力を発生することができる。この際、触媒反応は、流体に含まれる特定物質(基質)が存在するときのみ起こるので、例えば、特定物質が存在したときにのみに駆動力が必要な場合などに適している。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係るポンプの構造を説明する分解斜視図である。
【図2】図1のポンプの作動を説明する図である。
【図3】グルコース溶液の排出量及び気体室圧力と、時間との関係を示すグラフである。
【図4】ポンプ速度と圧力低下量との関係を示すグラフである。
【図5】本発明の第2の実施の形態に係るポンプの構造及び作用を説明する図である。
【図6】本発明の第2の実施の形態に係るポンプの構造及び作用を説明する図である。
【図7】本発明の第2の実施の形態に係るポンプの構造及び作用を説明する図である。
【図8】本発明のポンプの駆動システムを説明する図である。
【図9】グルコース濃度を変えた場合の、気体室の気圧と時間との関係を示すグラフである。
【図10】グルコース濃度と減圧率との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0050】
1 ポンプ 2 セル
3 感応膜 4 作動膜
10 上部セル 11 気体室
15 弁 20 下部セル
21 流体室 23 流入管
24 流出管 26 弁
31 上補助部材 32 下補助部材
31a 開口 31b 開口
32a 開口 32b 開口
35 ネット部材 31 補助部材
32 補助部材 36 ネット
35 補助ネット 51 ポンプ
52 セル 53 酵素固定化膜
54 作動膜 61 気体室
63 開口 65 薄膜
71 流体室 71a 流入口
71b 流出口 73 流体室
75 流入管 75a 縦管路
76 流出管 76a 先端(下端)
76b 横管路 80 弁部材
81 パイプ 83 栓部材
85 開口 90 注射器
91 ピストン 93 バネ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体に含まれる特定物質(基質)と反応して気体を消費する感応膜を用いて減圧状態を生じさせ、該減圧状態を利用して流体を輸送するポンプ。
【請求項2】
密閉された空間を有するセルと、
前記空間を、流体が通過する流体室と大気中に開放可能な気体室とに分割する膜部材であって、
該膜部材が、前記流体に含まれる特定物質(基質)と反応して気体を消費する感応膜と、前記流体が透過不能であるとともに伸縮性を有する作動膜と、を有する膜部材と、
を備えるポンプであって、
以下の過程により前記流体室中の流体が輸送されることを特徴とするポンプ:
(1)前記流体中に前記特定物質が含まれていた場合、前記感応膜が該特定物質と反応する、
(2)この反応により前記気体室内の気体が消費されて該気体室が減圧され、前記作動膜が前記気体室側へ吸引されて伸長する、
(3)前記作動膜の伸長により前記流体室の体積が増加し、その結果該流体室へ前記流体が流れ込む、
(4)前記気体室を大気解放して常圧に戻し、前記作動膜を元の状態に戻す、
(5)前記流体室に流れ込んだ流体が該流体室から排出される。
【請求項3】
前記反応が触媒反応であって、該反応時の酸素の消費によって減圧状態を生じさせることを特徴とする請求項1又は2に記載のポンプ。
【請求項4】
前記感応膜が、透析膜上に、前記触媒を含有する樹脂層を積層させてなる触媒固定化膜であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のポンプ。
【請求項5】
前記感応膜が、前記触媒を含有する水溶性感光性樹脂を硬化させて形成されたものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のポンプ。
【請求項6】
前記触媒が生体触媒であることを特徴とする請求項4又は5に記載のポンプ。
【請求項7】
前記触媒が酵素であることを特徴とする請求項4又は5に記載のポンプ。
【請求項8】
前記酵素が、グルコース酸化酵素、アルコール酸化酵素、乳酸酸化酵素、アスコルビン酸酸化酵素、又は、ピルビン酸酸化酵素であることを特徴とする請求項7に記載のポンプ。
【請求項9】
前記触媒が微生物を含むことを特徴とする請求項4又は5に記載のポンプ。
【請求項10】
前記微生物が酵母であることを特徴とする請求項9に記載のポンプ。
【請求項11】
更に第二の流体室を有し、前記作動膜の伸長により、前記流体室に、第二の流体室から流体が流れ込む、請求項2〜10のいずれか1項に記載のポンプ。
【請求項12】
前記特定物質がグルコースであって、
前記酵素がグルコース酸化酵素(グルコースオキシターゼ)であって、
前記特定物質が含まれる流体が血液であって、
前記輸送される流体がインスリンであることを特徴とする請求項11記載のポンプ。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか1項記載のポンプを用いて、前記特定物質の濃度を一定濃度に維持する制御システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−254481(P2009−254481A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−105291(P2008−105291)
【出願日】平成20年4月15日(2008.4.15)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【Fターム(参考)】