説明

マグネシウム合金成形体およびその製造方法

【課題】 軽量でありながらも十分な強度と制振性を兼ね備えたマグネシウム合金成形体を提供する。
【解決手段】 マグネシウム合金粉末の押出し成形法を用いて、フラーレン類をマグネシウム合金中に分散させたマグネシウム合金成形体とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なマグネシウム合金成形体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化対策の一つとして、自動車の燃費向上のための部品の軽量化が推進されている。また、パーソナルコンピュータ(以下において「PC」という。)を持ち歩く機会が増えるに伴って、PCを持ち歩く際の利便性を向上させるために、PCの筐体を軽量化することも積極的に推し進められている。このような背景の中で、軽量な金属であるマグネシウムは、製品の軽量化に不可欠な存在として注目を浴びている。マグネシウムは軽量であることに加え、優れた制振性を有するという利点も持ち合わせた材料であるが、マグネシウム単体では強度が不足するため、通常、合金化して用いられる。しかしながら、一般的に用いられている合金であるMg−Al−Zn系やMg−Zn−Zr系のマグネシウム合金では、十分な制振性が得られていないのが現状である。今後、PCの筐体や産業用ロボットの位置制御部品など、軽量かつ制振性のよい金属材料が求められる分野は広がると予想されるため、制振性に優れたマグネシウム合金の開発が望まれる。
【0003】
強度と制振性が両立されたマグネシウム合金とするために、これまでマグネシウム合金に炭化ケイ素、窒化ケイ素やカーボンファイバー等を混合分散させることによって複合強化することが検討されてきた。例えば、非特許文献1では、マグネシウム粉末にグラッシーカーボンおよびカーボンファイバーを混合分散し、成型後、熱間押出を行うことにより、制振性が改善された材料が得られることが開示されている。
【非特許文献1】第108回軽金属学会春期大会講演概要 17頁(2005年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、非特許文献1においては、グラッシーカーボン等をマグネシウムに対して10〜20質量%も添加しなければ制振性の改善は見られず、その場合ヤング率と剛性率が大きく低下してしまうという問題があった。
【0005】
そこで、本発明は、軽量でありながらも十分な強度と制振性を兼ね備えたマグネシウム合金成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、マグネシウム合金成形体に特定の材料を分散させることで十分な強度を保ちつつも制振性を良好にすることができることを見出した。
【0007】
かくして本発明の第一の態様は、マグネシウム合金粉末の押出し成形法を用いて、フラーレン類をマグネシウム合金中に分散させたマグネシウム合金成形体を提供して前記課題を解決するものである。
【0008】
この態様において、前記マグネシウム合金成形体におけるフラーレン類の含有量は、0.1〜10質量%であることが好ましい。
【0009】
本発明の第二の態様は、請求項1または2に記載のマグネシウム合金成形体からなる制振材料を提供して前記課題を解決するものである。
【0010】
本発明の第三の態様は、マグネシウム合金粉末の押出し成形法を用いて、フラーレン類をマグネシウム合金中に分散させることを特徴とする、マグネシウム合金成形体の製造方法を提供して前記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、強度と軽量性というマグネシウム合金の本来の特性を保ちつつも、従来のマグネシウム合金に比べて大幅に制振性が改善されたマグネシウム合金成形体が提供される。このマグネシウム合金成形体は制振性に優れていることから、制振材料として特に有用である。また、本発明の製造方法によれば、簡易に、フラーレン類が均一に分散されたマグネシウム合金成形体を製造することができる。
【0012】
本発明のこのような作用および利得は、次に説明する発明を実施するための最良の形態から明らかにされる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明のマグネシウム合金成形体は、フラーレン類が分散されていることを特徴とするものであり、原料として、マグネシウム合金粉末が用いられる。本発明で使用するマグネシウム合金粉末は、マグネシウムを主成分とし、他の成分として、強度や耐熱性向上の目的で添加されるアルミニウム、亜鉛、マンガン、ジルコニウム、カルシウム、イットリウム、レアアース等を含む、粉末状の合金である。ここで「マグネシウムを主成分」とする合金とは、合金中のマグネシウム含有量が50質量%を超えるものをいう。合金中のマグネシウム含有量は好ましくは70質量%以上、さらに好ましくは80質量%以上である。本発明に用いられるマグネシウム合金の種類に制限はなく、公知のマグネシウム合金を粉末化して使用することができる。粉末化の方法も特に制限はないが、例えばマグネシウム合金ブロックを旋盤で切削する方法が例示できる。また、マグネシウム合金を溶融させてから急冷凝固させることによって得られる粉末やリボン、チクソモールディング・ダイキャスト用チップのマグネシウム合金粉末も使用できる。
【0014】
上記マグネシウム合金粉末には、予め二つめの原料であるフラーレン類が分散される。フラーレンとは、閉殻構造を有する炭素クラスターであり、フラーレンの具体例としては、C60、C70、C76、C78、C82、C84、C90、C94、C96、および、これらよりも多くの炭素を有する高次の炭素クラスターが挙げられる。フラーレンの炭素数は通常60〜130の偶数である。本発明でいうフラーレン類とは、フラーレン骨格を有するものを指し、フラーレンの他にフラーレン誘導体も含む概念である。フラーレン誘導体には、フラーレン骨格上に置換基を有するものの他、フラーレン骨格の内部に金属や化合物などを内包するもの、他の金属原子や化合物と錯体を形成したもの等が含まれる。本発明において、フラーレン類が有するフラーレン骨格としては、比較的製造が容易で、真球に近い形状をしていることから、C60骨格が好ましい。また、複数の種類のフラーレン類からなる混合品を用いてもよいが、混合品を使用する場合には、C60骨格の割合が50質量%以上であることが好ましい。
【0015】
マグネシウム合金粉末へのフラーレン類の分散は、湿式混合、乾式混合どちらによっても行うことができる。湿式混合の場合は、フラーレン類を有機溶剤溶液としても、分散液としてもよい。好ましくは、フラーレン類の有機溶媒溶液を加えてよく混合後、有機溶媒を蒸発させることにより、フラーレン分散マグネシウム粉末を得る方法が用いられる。使用する有機溶剤に特に制限はないが、フラーレン類を溶解することができる有機溶剤が好ましい。具体的には、トルエン、キシレン、トリメチルベンゼンのような芳香族系溶剤や、ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素などのハロアルカン系有機溶剤が好ましいが、特にトルエンおよびキシレンが好ましい。有機溶剤に溶解、あるいは分散されるフラーレン類の濃度は、有機溶剤の種類によっても変わるが、通常、溶液の場合は0.01〜5質量%、分散液の場合は1〜50質量%程度である。
【0016】
フラーレン類を分散させたマグネシウム合金粉末におけるフラーレン類の割合は、フラーレン類が少なすぎると効果があらわれず、また多すぎるとヤング率や剛性率が低下してしまうことから、0.1〜10質量%が好ましく、特に好ましくは0.5〜7質量%である。
【0017】
フラーレン類が分散されたマグネシウム合金粉末は、マグネシウム合金成形体へと成形するために、コンテナに仕込まれて押出し成形される。その際、予め缶に封入してプレス成形することにより、押出し成形用ワーク材にしたものを仕込んでもよい。押出し成形の方法としては、温間押出し成形法または熱間押出し成形法が好ましい。押出し成形時の加工温度は、温間成形の場合には150℃〜200℃に、熱間成形の場合には200℃〜450℃に設定される。押出し成形時に黒鉛や二硫化モリブデンなどの潤滑剤を用いてもよい。このようにフラーレン類が分散されたマグネシウム合金粉末を用いて押出し成形を行うことで、粉末時に分散されていたフラーレン類が取り込まれたマグネシウム合金成形体を得ることができる。また、このようにフラーレン類が分散されたマグネシウム合金粉末を用いて圧縮成形することによって、平板状のマグネシウム合金成形体を得ることもできる。
【0018】
押出し成形によって丸棒状に成形された、本発明のマグネシウム合金成形体の光学顕微鏡写真を図1に示す。(A)は押出し方向と直交する方向に切断した断面写真であり、(B)は押出し方向と平行に切断した断面写真であり、(C)は(B)の拡大写真である。各写真において、白い部分がマグネシウム合金であり、その中に見える黒い部分がフラーレンである。(A)の切断面ではフラーレンはマグネシウム合金中でランダムに点在しているように見えるが、これらのフラーレンは、(B)の切断面では、互いに平行に筋状に連なっていることが分かる。筋部分が拡大されている(C)を見ると、各筋は、連続した点状、太い線状、細い線状、と形態は様々であるが、どれも押出し方向に平行に配列していることが分かる。
【0019】
本発明のマグネシウム合金成形体は、フラーレン類が分散されていない従来のマグネシウム合金粉末から得られる成形体と比較して、強度はそのまま維持しつつも、制振特性が大幅に改善される。これは、光学顕微鏡によって筋状に観察された、マグネシウム合金成形体中で押出し方向に配列したフラーレンの結晶(フラーレン配列膜)の存在によるものと推測される。この配列したフラーレンの結晶は、マグネシウム合金中で振動を減衰する役割を果たしていると考えられる。フラーレンの結晶は分子性結晶であり、分子同士の結びつきは強くない。そのため、合金に与えられた振動は、マグネシウム合金中に形成されたフラーレン配列結晶中で減衰されていくものと考えられる。
【実施例】
【0020】
以下に実施例および比較例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0021】
(実施例1)
ASTM AZ91マグネシウム合金鋳造材を、413℃で48時間溶体化処理した後、水冷することによって、切削に供する試験体を作成した。これを、旋盤を用いて切削することによって、平均粒径が500μm程度のマグネシウム合金粉末とした。このマグネシウム合金粉末38gに、0.38g(1質量%)の混合フラーレン(ナノムミックス(登録商標)、フロンティアカーボン社製、C60が61%、C70が25%、それ以外の分子量が高いフラーレン14%)を127mlのトルエンに溶解させたフラーレン溶液を添加、混合後、トルエンを蒸発乾固させることにより、フラーレン分散マグネシウム合金粉末を得た。
このフラーレン分散マグネシウム合金粉末を、直径40mm、長さ70mmのASTMAZ31マグネシウム合金製の円筒形の缶に装填し、200℃にてプレスして1次成形体を得た。その後、缶から取り出した1次成形体を、押出し比16(直径40mmから10mm)、押出し速度0.2mm/秒の一定速度にて押出し成形を行い、フラーレンを1質量%含有するマグネシウム合金成形体を得た。
【0022】
(実施例2)
マグネシウム合金粉末に添加するフラーレンの量を1質量%から5質量%に変えてフラーレン分散マグネシウム合金粉末を作成した以外は実施例1と同様の操作を行って、フラーレンを5質量%含有するマグネシウム合金成形体を得た。
【0023】
(比較例1)
マグネシウム合金粉末にフラーレンを添加しない以外は実施例1と同様の操作を行って、フラーレンを含有しないマグネシウム合金成形体を得た。
【0024】
上記実施例1、実施例2、および比較例1のマグネシウム合金成形体から試験片を作成し、制振特性および機械的特性を測定した。測定方法は以下の通りである。結果を表1に示す。また、制振特性の測定において得られた振動波形もあわせて図2に示す。図2においては、(A)が実施例1、(B)が実施例2、(C)が比較例1の振動波形である。
【0025】
(制振特性の測定)
直径6mm、長さ62mmの円柱に巾3.6mmの平坦部を設けた試験片を用いて、加振を片端固定の状態で行い、減衰法(JIS G0602(1993):制振鋼板の振動減衰特性試験法)によって950Hzにおける損失係数を算出した。
【0026】
(機械的特性測定)
平行部長さ20mm、直径4mmの丸棒試験片を用い、クロスヘッド速度0.6mm/minの引張試験にて耐力、引張強さ、および破断伸びを測定した。これらの物性はJIS Z2241(1998)に準じて測定を行った。また、幅7.5mm、厚さ1.8mm、長さ64mmの矩形試験片を用いて、自由共振式による動的弾性係数をJIS Z2280(1993):金属材料のヤング率試験方法に基づいて算出し、剛性率はASTM C848−88(1999): Standard test method for Young's modulus, shear modulus, and Poisson's ratio for ceramic whitewares by resonance に基づいて測定を行った。
【0027】
【表1】

【0028】
表1をみると、ヤング率および剛性率は、実施例1、実施例2、および比較例1のマグネシウム合金成形体でほぼ同じ値である一方で、損失係数は、実施例1および実施例2のマグネシウム合金成形体が、比較例1に比べて非常に大きな値となっている。このことから、フラーレン類を含有する本発明のマグネシウム合金成形体(実施例1、実施例2)は、フラーレンを含有しないマグネシウム合金成形体(比較例1)と比較して、ヤング率、剛性率、耐力、引張強さ、破断伸びといった機械的物性の大きさは同等でありながらも制振性に優れたマグネシウム合金成形体であることが分かる。
【0029】
以上、現時点において、最も実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨あるいは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴うマグネシウム合金成形体およびその製造方法もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明のマグネシウム合金成形体の光学顕微鏡写真である。
【図2】実施例1、2および比較例1のマグネシウム合金成形体の振動波形を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マグネシウム合金粉末の押出し成形法を用いて、フラーレン類をマグネシウム合金中に分散させたマグネシウム合金成形体。
【請求項2】
前記マグネシウム合金成形体における前記フラーレン類の含有量が、0.1〜10質量%である請求項1に記載のマグネシウム合金成形体。
【請求項3】
請求項1または2に記載のマグネシウム合金成形体からなる制振材料。
【請求項4】
マグネシウム合金粉末の押出し成形法を用いて、フラーレン類をマグネシウム合金中に分散させることを特徴とする、マグネシウム合金成形体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−84887(P2007−84887A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−276425(P2005−276425)
【出願日】平成17年9月22日(2005.9.22)
【出願人】(591030499)大阪市 (64)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【Fターム(参考)】