説明

マスキング治具および環状部材の被覆方法

【課題】溶射後の皮膜の加工工数を低減し、面取り部を有する環状部材の被覆処理の処理コストを抑制することが可能なマスキング治具および環状部材の被覆方法を提供する。
【解決手段】マスキング治具10は、面取り部85を有する軸受外輪8の端面82にアルミナ皮膜9を形成する軸受外輪8の被覆処理において、アルミナ皮膜9が形成されるべき皮膜形成領域(外周面81および端面82)以外の領域(内周面83、転走面84および面取り部85)を覆うことによって皮膜形成領域を制限するマスキング治具である。このマスキング治具10は、軸受外輪8の面取り部85を覆うためのマスク部11を備えている。そして、皮膜形成領域以外の領域を覆った場合、マスク部11は面取り部85に接触して面取り部85を覆い、面取り部85に接触する面に沿ってマスク部11の一部が端面82側に突出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はマスキング治具および環状部材の被覆方法に関し、より特定的には、溶射を行なうことにより皮膜を形成する環状部材の被覆処理において、環状部材の一部を覆うことによって皮膜が形成される領域を制限するためのマスキング治具、およびこれを用いた環状部材の被覆方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
軸受の軌道輪などの環状部材においては、表面の保護、絶縁性の確保などを目的として、表面に皮膜が形成される場合がある。たとえば、鉄道車両の主電動機、汎用モータ、風力発電の発電機などの装置に用いられる転がり軸受においては、装置の構造上、転がり軸受の内部に電流が流れるおそれがある。転がり軸受の内部に電流が流れると、転がり軸受を構成する軌道輪などの軌道部材と、玉、ころなどの転動体との間にスパークが生じ、これに起因して電食が発生する場合がある。そして、この電食による軌道部材や転動体の転走面の損傷は、転がり軸受の寿命を低下させる。
【0003】
内部に電流が流れるおそれのある用途に使用される転がり軸受において、上述のような電食に起因した転がり軸受の寿命低下を回避するためには、転がり軸受とハウジングなどの転がり軸受が接触する部材との間を絶縁する対策が有効である。そして、絶縁を達成する手段としては、転がり軸受において、ハウジングなどの他の部材と接触する軌道部材の表面に、セラミックなどの絶縁性を有する材料からなる皮膜を形成する対策が採用される場合がある。
【0004】
皮膜の形成は、代表的には、プラズマをエネルギー源とし、皮膜を構成する材料(被覆材)を溶融状態に加熱して、高速で環状部材に吹き付けることにより行なうプラズマ溶射により実施される。より具体的には、環状部材に対するプラズマ溶射が行なわれる場合、一般に、皮膜が形成されるべき表面に対してブラスト処理が行なわれ、当該表面の粗さが大きく(粗く)された後、アルミナ(Al)等のセラミックスが所望の膜厚になるまで溶射され、皮膜が形成される。
【0005】
このとき、環状部材において皮膜が形成されるべきでない領域は、マスキング治具によりマスキングされ、溶射が実施される。たとえば、環状部材が転がり軸受の外輪である場合、溶射された被覆材の一部が転走面に脱落して、転動体と軌道輪との間に噛み込んでこれらに損傷を与えるおそれがある。これによる軸受の短寿命化を抑制するため、皮膜が形成されるべきでない内周面、内周面に形成され、玉などの転動体が転走する転走面、および内周面に交差するように軸方向の両側に形成される端面と内周面とが交差する領域に形成される面である面取り部には、皮膜が形成されないように、これらの領域を覆うマスキング治具が設置されて溶射が実施される。そして、溶射が終了すると、マスキング治具が環状部材から取り外され、形成された皮膜に封孔処理が行なわれた後、皮膜を所望の寸法に仕上げる研磨加工が行なわれる。
【0006】
上述のような環状部材の皮膜形成処理においては、以下のような問題点があった。図6は、従来の環状部材の皮膜形成方法およびこれに使用されるマスキング治具を説明するための概略部分断面図である。なお、環状部材である転がり軸受の外輪(軸受外輪8)は円環状の形状を有しており、図6においては、回転軸を含む断面の上半分(全周の四分の一)が図示されている。また、図7は、従来のマスキング治具を用いて溶射が行なわれた後、マスキング治具が取り外された状態の環状部材のうち、図6の領域β付近を拡大して示す概略部分断面図である。
【0007】
図6を参照して、環状部材である軸受外輪8においては、外周面81、および軸受外輪8の回転軸方向に形成された2つの端面82に、皮膜であるアルミナ皮膜9が形成される。一方、軸受外輪8においては、内周面83、内周面83に形成され、玉などの転動体が転走する転走面84、および端面82と内周面83とが交差する領域に形成される面である面取り部85には、アルミナ皮膜9が形成されることを防止する必要がある。そのため、アルミナの溶射が実施される前に、円盤状のマスク部111を有する2つのマスキング治具110が軸受外輪8に対して設置される。
【0008】
マスク部111は、被覆材であるアルミナが溶射される側の面である溶射面112と、溶射面112とは反対側の面である非溶射面113とを含んでおり、かつ軸受外輪8の面取り部85の形状に合わせて溶射面112側の外周を含む領域には径方向に突出する突出部114が形成されている。
【0009】
そして、上述のように軸受外輪8にマスキング治具110が設置された状態で、軸受外輪8の外周面81および端面82に対してアルミナが溶射され、その後マスキング治具110と軸受外輪8とが分離される。これにより、内周面83、転走面84および面取り部85にはアルミナが付着することなく、外周面81および端面82には、アルミナ皮膜9が形成される。
【0010】
しかし、図7を参照して、アルミナの溶射が終了した後、従来のマスキング治具110が取り外されると、アルミナ皮膜9が形成された領域と形成されなかった領域との境界であるアルミナ皮膜端面92は、マスキング治具110の突出部114における外周面114Aの形状に応じて、軸受外輪8の軸方向に突出した形状となり、軸受外輪8の面取り部85に沿った形状とはならない。したがって、軸受外輪8の面取り部85から端面82上に形成されたアルミナ皮膜9までを単一の面取り形状とするためには、アルミナ皮膜9を加工し、面取り部85に沿った形状を有するアルミナ皮膜面取り部91を形成する必要がある。その結果、従来のマスキング治具110を使用した軸受外輪8(環状部材)のアルミナ皮膜9の形成方法では、アルミナの溶射が完了した後、アルミナ皮膜9を面取り部85に沿った形状に加工する加工工程が必要となり、被覆処理の処理コスト上昇の原因となっていた。
【0011】
溶射時のマスキング方法やマスキング治具、およびこれを用いた溶射方法(被覆方法)については多くの検討がなされており、種々の提案がなされている(たとえば特許文献1〜3参照)。
【特許文献1】特開昭59−160569号公報
【特許文献2】特開平8−199326号公報
【特許文献3】特開平10−273768号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上記特許文献1〜3に記載された溶射時のマスキング治具や被覆方法では、上記問題点を有効に解決することは困難である。
【0013】
そこで、本発明の目的は、溶射後の皮膜の加工工数を低減し、面取り部を有する環状部材の被覆処理の処理コストを抑制することが可能なマスキング治具および環状部材の被覆方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に従ったマスキング治具は、端面と周面とが交差する領域に形成された面である面取り部を有する環状部材の、当該端面に対して被覆材の溶射を行ない、端面にその被覆材からなる皮膜を形成する環状部材の被覆処理において、皮膜が形成されるべき環状部材の領域である皮膜形成領域以外の領域を覆うことによって皮膜形成領域を制限するためのマスキング治具である。このマスキング治具は、環状部材の面取り部を覆うためのマスク部を備えている。そして、このマスキング治具が皮膜形成領域以外の領域を覆った場合、マスク部は、面取り部に接触して面取り部を覆い、面取り部に接触する面に沿って、そのマスク部の一部が端面側に突出する。
【0015】
本発明のマスキング治具においては、環状部材の面取り部を覆うマスク部が、面取り部に接触する面に沿って、その一部が端面側に突出している。そのため、被覆材の溶射が終了した後、マスキング治具が取り外されると、皮膜が形成された領域と形成されなかった領域との境界面は、環状部材の面取り部に沿った形状となる。したがって、環状部材の面取り部から環状部材の端面上に形成された皮膜までを単一の面取り形状とするために、皮膜を加工する必要がない。その結果、本発明のマスキング治具によれば、溶射後の皮膜の加工工数を低減し、面取り部を有する環状部材の被覆処理の処理コストを抑制することが可能なマスキング治具を提供することができる。
【0016】
上記マスキング治具において好ましくは、マスク部は、弾性素材からなっており、弾性素材よりもヤング率の大きい素材からなる支持部材により支持されている。
【0017】
マスク部が弾性部材からなることにより、被覆材の溶射後に環状部材とマスキング治具とを分離するに際して、マスキング治具のマスク部を弾性変形させることにより、マスク部と被覆材とを容易に分離可能である。また、マスク部を弾性変形させることにより、皮膜をマスク部上で容易に破断させることができる。その結果、溶射の完了後、環状部材からマスキング治具を分離するに際して、環状部材上に形成された必要な皮膜が剥離することが抑制される。また、マスク部の素材である弾性素材として、耐熱性を有する樹脂やゴム、たとえばフッ素樹脂、シリコンゴム、フッ素ゴムなどを採用すれば、これらの素材は溶射により形成されるアルミナなどのセラミックスとの密着性が小さいため、マスク部上での皮膜の破断が一層容易となる。
【0018】
さらに、上記弾性素材からなるマスク部が、当該弾性素材よりもヤング率の大きい素材からなる支持部材により支持されていることにより、マスク部の剛性が補助され、より安定して環状部材の皮膜形成領域以外の領域を覆うことができる。
【0019】
本発明に従った環状部材の被覆方法は、環状部材準備工程と、マスキング工程と、溶射工程とを備えている。環状部材準備工程では、端面と周面とが交差する領域に形成された面である面取り部を有する環状部材が準備される。マスキング工程では、環状部材において、皮膜が形成されるべき領域である皮膜形成領域以外の領域がマスキング治具により覆われる。また、溶射工程では、マスキング治具により皮膜形成領域以外の領域が覆われた環状部材に対して被覆材の溶射が行なわれ、当該被覆材からなる皮膜が形成される。
【0020】
そして、マスキング工程では、上述のマスキング治具が用いられて、マスキング治具のマスク部が環状部材の面取り部に接触することにより、面取り部がマスク部により覆われる。
【0021】
本発明の環状部材の被覆方法では、マスキング工程において、上述の本発明のマスキング治具が用いられる。そのため、溶射後の皮膜の加工工数を低減することにより、面取り部を有する環状部材の被覆処理の処理コストを抑制することができる。
【0022】
上記環状部材の被覆方法において好ましくは、マスキング工程では、面取り部に沿って端面側に突出するマスク部の先端と環状部材の端面との距離が、溶射工程において皮膜形成領域に形成される皮膜の厚さ以上当該厚さの3倍以下となるように、面取り部がマスク部により覆われる。
【0023】
面取り部に沿って端面側に突出するマスク部の先端と環状部材の端面との距離が、皮膜形成領域に形成される皮膜の厚さの3倍を超えると、溶射工程において当該マスク部の突出する部分に被覆材が堆積し、その結果形成されるバリが大きくなる。これに対し、これを3倍以下とすることにより、形成されるバリの大きさを実用上問題の無い大きさに抑制することができる。なお、形成されるバリの大きさを小さくするためには、これを2倍以下とすることが好ましい。
【0024】
一方、面取り部に沿って端面側に突出するマスク部の先端と環状部材の端面との距離が、皮膜形成領域に形成される皮膜の厚さよりも小さくなると、溶射工程においてマスク部の当該先端部分が溶射された被覆材に深く埋没し、溶射後にマスキング治具と環状部材とを分離することが困難になる。したがって、面取り部に沿って端面側に突出するマスク部の先端と環状部材の端面との距離は、溶射工程において皮膜形成領域に形成される皮膜の厚さ以上とすることが好ましい。
【0025】
ここで、上記皮膜は、セラミックスからなるセラミック皮膜とすることができる。そして、当該セラミック皮膜を形成するために溶射されるセラミックスには、たとえばアルミナ(酸化アルミニウム;Al)、グレーアルミナ、酸化チタン(TiO)、酸化クロム(Cr)などを採用することができる。
【発明の効果】
【0026】
以上の説明から明らかなように、本発明のマスキング治具および環状部材の被覆方法によれば、溶射後の皮膜の加工工数を低減し、面取り部を有する環状部材の被覆処理の処理コストを抑制することが可能なマスキング治具および環状部材の被覆方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。
【0028】
図1は、本発明の一実施の形態における皮膜付き環状部材としての皮膜付き軸受外輪の製造方法の概略を示す流れ図である。また、図2は、本発明の一実施の形態における環状部材としての軸受外輪の被覆方法の概略を示す流れ図である。また、図3は、本発明の一実施の形態における環状部材の皮膜形成方法およびこれに使用されるマスキング治具を説明するための概略部分断面図である。なお、環状部材である軸受外輪は、円環状の形状を有しており、図3においては、回転軸を含む断面の上半分(全周の四分の一)が図示されている。図1〜3を参照して、本発明の一実施の形態におけるマスキング治具を用いた環状部材の被覆方法について説明する。
【0029】
図1を参照して、本実施の形態における皮膜付き環状部材としての皮膜付き軸受外輪の製造方法では、まず、鋼などの金属からなり、転がり軸受の外輪(軸受外輪)の概略形状に成形された成形部材を準備する成形部材準備工程が実施される。具体的には、たとえばJIS規格SUJ2などの鋼(軸受鋼)からなり、軸受外輪8の概略形状に成形され、焼入硬化された成形部材が作製される。
【0030】
次に、上記成形部材の表面の粗さを調整する前処理工程が実施される。具体的には、上記成形部材の外周面および端面に該当する領域の表面に対してサンドブラスト処理が実施されて、当該表面の粗さがRa1.0μm以上3.0μm以下となるように調整される。このサンドブラスト処理は、たとえば粒径580〜840μmのアルミナ、炭化ケイ素などの粒子を、圧力0.1MPa以上0.3MPa以下で当該表面に10秒間以上20秒間以下の時間衝突させて実施することができる。
【0031】
次に、図1を参照して、前処理工程において粗さが調整された上記表面に、セラミックスなどの被覆材を溶射して皮膜を形成する被覆工程が実施される。この被覆工程は、後述する本実施の形態における環状部材の被覆方法を用いて実施される。これにより、300μm以上450μm以下の膜厚を有する皮膜が環状部材上に形成される。なお、皮膜は、必ずしも一層である必要はなく、二層あるいは三層以上の複数層形成されてもよい。
【0032】
次に、被覆工程において形成された皮膜を封孔処理する封孔処理工程が実施される。具体的には、被覆工程において形成された皮膜、たとえばアルミナ皮膜の表面に封孔剤を塗布した後、60℃以上100℃以下の温度、たとえば80℃に、60分間以上240分間以下の時間、たとえば120分間保持することにより、封孔剤を硬化する。これにより、皮膜の気孔率が低下し、皮膜の絶縁性および密着性が向上する。
【0033】
次に、図1を参照して、封孔処理工程が実施された成形部材に仕上げ加工を実施して、軸受の軌道部材である外輪(皮膜付き軸受外輪)を完成させる仕上げ工程が実施される。具体的には、封孔処理工程が実施された皮膜が研磨され、表面が平滑になるとともに、皮膜が150μm以上270μm以下の所望の膜厚、たとえば200μmの膜厚とされる。研磨後の皮膜の膜厚は、たとえば、軸受外輪が使用される転がり軸受の用途を考慮し、必要とされる絶縁性能に基づいて決定することができる。これにより、本実施の形態における軸受の軌道部材としての軸受外輪が完成し、皮膜付き環状部材としての皮膜付き軸受外輪の製造方法は完了する。なお、研磨後の皮膜の表面粗さが大きい場合、絶縁性に悪影響を及ぼすおそれがあるため、上記研磨は、研磨後の皮膜の表面粗さがRa0.3μm以下となるように実施されることが好ましく、Ra0.2以下となるように実施されることが、より好ましい。
【0034】
次に、上記皮膜付き軸受外輪の製造方法の被覆工程において採用される本実施の形態における環状部材(軸受外輪)の被覆方法について説明する。図2を参照して、本実施の形態における環状部材の被覆方法は、環状部材としての軸受外輪が準備される環状部材準備工程と、軸受外輪において、皮膜が形成されるべき領域である皮膜形成領域以外の領域がマスキング治具により覆われるマスキング工程と、マスキング治具により皮膜形成領域以外の領域が覆われた軸受外輪に対して被覆材としてのアルミナの溶射が行なわれ、アルミナ皮膜が形成される溶射工程とを備えている。そして、マスキング工程では、以下に説明する本実施の形態におけるマスキング治具が用いられて、皮膜形成領域以外の領域が覆われる。
【0035】
まず、環状部材準備工程では、上述の図1に基づいて説明した成形部材準備工程および前処理工程が実施された環状部材としての軸受外輪が準備される。そして、マスキング工程は以下のように実施される。
【0036】
図3を参照して、環状部材である軸受外輪8においては、外周面81、および軸受外輪8の回転軸方向に形成された2つの端面82にアルミナ皮膜9が形成される。一方、軸受外輪8においては、内周面83、内周面83に形成され、玉などの転動体が転走する転走面84、および端面82と内周面83とが交差する領域に形成される面(平面)である面取り部85には、アルミナ皮膜9が形成されることを防止する必要がある。そのため、円盤状の形状を有するマスク部を含む2つのマスキング治具10が軸受外輪8に対して設置される。
【0037】
本実施の形態におけるマスキング治具10は、端面82と内周面83とが交差する領域に形成された面である面取り部85を有する環状部材としての軸受外輪8の、端面82および外周面81に対して被覆材であるアルミナの溶射を行ない、端面82および外周面81にアルミナからなるアルミナ皮膜9を形成する軸受外輪8の被覆処理において、アルミナ皮膜9が形成されるべき軸受外輪8の領域である皮膜形成領域(外周面81および端面82)以外の領域(内周面83、転走面84および面取り部85)を覆うことによって皮膜形成領域を制限するためのマスキング治具である。
【0038】
このマスキング治具10は、軸受外輪8の面取り部85を覆うためのマスク部11を備えている。そして、皮膜形成領域以外の領域を覆った場合、マスク部11は面取り部85に接触して面取り部85を覆い、面取り部85に接触する面であるマスク面11Aに沿ってマスク部11の一部が端面82側に突出している。
【0039】
より具体的には、このマスキング治具10のマスク部11は、図3に示すように円盤状(円錐台)の形状を有しており、その外周部には、マスキング治具10が軸受外輪8に対して設置された場合に、軸受外輪8の面取り部85の全周にわたって密着し、一方の面取り部85全体を覆うことが可能なマスク面11A(円錐面)が形成されている。そして、マスク面11Aは、マスキング治具10が軸受外輪8に対して設置された状態において、面取り部85に沿って端面82側に突出するように延在している。
【0040】
また、図3を参照して、マスク部11は、弾性素材であるシリコンゴムからなっており、シリコンゴムよりもヤング率の大きい素材である炭素鋼からなる支持部材12により支持されている。この支持部材12は、円盤状の形状を有しており、マスク部11の2つの主面(底面)のうち、被覆材であるアルミナが溶射される側の面である溶射面11Bに密着して配置される溶射面側支持部材12Aと、マスク部11の主面のうち溶射面11Bとは反対側の面である非溶射面11Cに密着して配置される非溶射面側支持部材12Bとを含んでいる。すなわち、マスク部11は、溶射面側支持部材12Aおよび非溶射面側支持部材12Bにより両方の主面側から挟まれて支持されている。
【0041】
さらに、このマスキング工程では、面取り部85に接触する面であるマスク面11A沿って端面82側に突出するマスク部11の先端11Dと軸受外輪8の端面82との距離が、溶射工程において皮膜形成領域(外周面81および端面82)に形成されるアルミナ皮膜9の端面82における厚さ以上当該厚さの3倍以下となるように、面取り部85がマスク部11により覆われる。
【0042】
以上のように、本実施の形態におけるマスキング治具10が軸受外輪8に設置されることにより、軸受外輪8の皮膜形成領域以外の領域(内周面83、転走面84および面取り部85)が覆われて、図2のマスキング工程は完了する。そして、軸受外輪8に対して被覆材であるアルミナの溶射が行なわれ、アルミナ皮膜9が形成される溶射工程が実施される。
【0043】
溶射工程では、図3を参照して、軸受外輪8およびマスキング治具10が、軸受外輪8の軸周りに回転されつつ、図示しない溶射ガンから溶融状態のアルミナが軸受外輪8の外周面81および端面82に対して吹き付けられることにより実施される。
【0044】
図4は、本実施の形態におけるマスキング治具を用いた被覆方法により被覆材の溶射が行なわれた後、マスキング治具が取り外された状態を示す概略部分断面図である。図3および図4を参照して、本実施の形態におけるマスキング治具を用いた環状部材の被覆方法の利点について説明する。
【0045】
図3および図4を参照して、本実施の形態におけるマスキング治具10は、軸受外輪8の面取り部85を覆うマスク部11が、面取り部85に接触する面であるマスク面11Aに沿って、その一部が端面82側に突出している。そのため、被覆材であるアルミナの溶射が終了した後、マスキング治具10が取り外されると、図4に示すように、アルミナ皮膜9が形成された領域と形成されなかった領域との境界領域α付近において、軸受外輪8の面取り部85に沿った形状のアルミナ皮膜面取り部91が形成される。より具体的には、面取り部85とアルミナ皮膜面取り部91とは、単一の円錐面の一部を構成する。
【0046】
したがって、軸受外輪8の面取り部85から軸受外輪8の端面82上に形成されたアルミナ皮膜9のアルミナ皮膜面取り部91までを単一の面取り形状とするためにアルミナ皮膜9を加工する必要がない。その結果、本実施の形態のマスキング治具を用いた環状部材の被覆方法によれば、溶射後のアルミナ皮膜9の加工工数を低減し、面取り部85を有する軸受外輪8の被覆処理の処理コストを抑制することができる。
【0047】
さらに、本実施の形態におけるマスキング治具10は、上述のようにマスク部11が、シリコンゴムからなっており、炭素鋼からなる支持部材12により支持されている。そのため、アルミナの溶射後に軸受外輪8とマスキング治具10とを分離するに際して、マスキング治具10のマスク部11を弾性変形させることにより、マスク部11とアルミナ皮膜9とを容易に分離可能であるとともに、マスク部11を弾性変形させることにより、アルミナ皮膜9をマスク部11上、特に先端11Dに隣接する領域で容易に破断させることができる。その結果、溶射の完了後、軸受外輪8からマスキング治具10を分離するに際して、軸受外輪8上に形成された必要な皮膜が剥離することが抑制される。また、マスク部11の素材として、セラミックとの密着性が小さいシリコンゴムが採用されていることにより、マスク部11上でのアルミナ皮膜9の破断が一層容易となっている。さらに、マスク部11の剛性が支持部材12により補助され、より安定して軸受外輪8の皮膜形成領域(外周面81および端面82)以外の領域(内周面83、転走面84および面取り部85)を覆うことが可能となっている。
【0048】
また、本実施の形態における環状部材の被覆方法においては、マスキング工程では、面取り部85に接触するマスク面11Aに沿って端面82側に突出するマスク部11の先端11Dと軸受外輪8の端面82との距離が、溶射工程において皮膜形成領域の一部である端面82上に形成されるアルミナ皮膜9の厚さ以上当該厚さの3倍以下となるように、面取り部85がマスク部11により覆われる。
【0049】
つまり、マスク部11の外周部の先端11Dは、マスキング治具10が軸受外輪8に設置された状態において、端面82に形成されるべきアルミナ皮膜9の厚み以上当該厚みの3倍以下の距離だけ、軸受外輪8の端面82から離れた位置に位置する。
【0050】
これにより、アルミナ皮膜9が形成される領域と形成されない領域との境界領域α付近に形成されるバリの大きさを実用上問題の無い大きさに抑制することができると同時に、溶射工程においてマスク部11の先端11Dがアルミナ皮膜9に深く埋没し、溶射後にマスキング治具10と軸受外輪8とを分離することが困難になることが抑制される。
【0051】
また、上記実施の形態においては、弾性素材からなるマスク部が、支持部材により両方の主面側から挟まれて支持される構成について説明したが、マスク部および支持部材の構成はこれに限られない。たとえば、支持部材が円盤状の形を有しており、円環状のマスク部が支持部材の外周面に接触するように嵌めこまれて支持される構成であってもよい。
【実施例1】
【0052】
以下、本発明の実施例1について説明する。皮膜が形成される領域とされない領域との境界部におけるバリの発生に及ぼす、マスク部の外周部における先端と環状部材の端面との距離(マスク部突出高さ)の影響を調査する試験を行なった。試験の手順は以下のとおりである。
【0053】
まず、図1〜図4に基づいて説明した上記実施の形態の場合と同様の皮膜付き軸受外輪の製造方法において、図1の成形部材準備工程としてJIS規格6316型番の軸受外輪8を準備した。この軸受外輪8を脱脂洗浄処理した後、外周面81および端面82に対してサンドブラスト処理が実施されることにより、図1の前処理工程が実施された。そして、図1の被覆工程における図2のマスキング工程では図3に基づいて説明した上記実施の形態におけるマスキング治具10と同様のマスキング治具が採用された。
【0054】
ここで、バリの発生に及ぼすマスク部突出高さの影響を調査するため、マスク部突出高さを、溶射により端面に形成されるアルミナ皮膜の厚さに対して1〜4倍の範囲で変化させ、試験を行なった。
【0055】
次に、本実施例における図2の溶射工程について説明する。図5は、実施例1における溶射工程を説明するための図である。図5を参照して、溶射工程では、上述のマスキング治具10が設置された軸受外輪8が矢印Rの向きに回転されつつ、溶射ガン4からアルミナが外周面81および端面82に向けて溶射された。また、マスキング治具には、マスク部の材質をシリコンゴム、支持部材の材質を低炭素鋼としたものを使用した。そして、軸受外輪をマスキング治具に固定して、溶射時に軸受外輪を回転数200rpmで回転させながら、溶射皮膜の膜厚が400μmになるように溶射を行なった。このとき、軸受外輪8の温度上昇を抑制するため、冷却媒体噴出部材2から空気が軸受外輪8に向けて吹き付けられた。そして、溶射の完了後、マスキング治具を軸受外輪から分離し、当該軸受外輪について、アルミナ皮膜が形成された領域とされなかった領域との境界部におけるバリの高さを測定した。
【0056】
【表1】

【0057】
表1に、実施例1の試験結果を示す。なお、バリの高さは、製品として望ましい範囲である0.5mm以下の場合「小」、0.5mmを超え、加工上許容できる範囲である1.0mm以下の場合「中」、1.0mmを超える場合「大」と評価した。
【0058】
表1を参照して、マスク部突出高さがアルミナ皮膜の厚さ以上当該厚さの3倍以下の場合、形成されたバリの高さは実用上問題のない範囲となっていた。このことから、本発明の環状部材の被覆方法においては、マスキング工程では、面取り部に接触する面に沿って端面側に突出するマスク部の先端と環状部材の端面との距離が、溶射工程において皮膜形成領域に形成される皮膜の厚さ以上当該厚さの3倍以下となるように、面取り部がマスク部により覆われることが好ましいといえる。また、バリの高さを製品として望ましい範囲とするためには、マスク部の先端と環状部材の端面との距離は、皮膜形成領域に形成される皮膜の厚さの2倍以下とする必要があることが分かった。
【0059】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明のマスキング治具および環状部材の被覆方法は、溶射を行なうことにより皮膜を形成する環状部材の被覆処理において、環状部材の一部を覆うことによって皮膜が形成される領域を制限するためのマスキング治具、およびこれを用いた環状部材の被覆方法に、特に有利に適用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明の一実施の形態における皮膜付き軸受外輪の製造方法の概略を示す流れ図である。
【図2】本発明の一実施の形態における軸受外輪の被覆方法の概略を示す流れ図である。
【図3】本発明の一実施の形態における環状部材の皮膜形成方法およびこれに使用されるマスキング治具を説明するための概略部分断面図である。
【図4】本発明の一実施の形態におけるマスキング治具を用いた被覆方法により被覆材の溶射が行なわれた後、マスキング治具が取り外された状態を示す概略部分断面図である。
【図5】実施例1における溶射工程を説明するための図である。
【図6】従来の環状部材の皮膜形成方法およびこれに使用されるマスキング治具を説明するための概略部分断面図である。
【図7】従来のマスキング治具を用いて溶射が行なわれた後、マスキング治具が取り外された状態の環状部材のうち、図6の領域β付近を拡大して示す概略部分断面図である。
【符号の説明】
【0062】
2 冷却媒体噴出部材、4 溶射ガン、8 軸受外輪、81 外周面、82 端面、83 内周面、84 転走面、85 面取り部、9 アルミナ皮膜、91 アルミナ皮膜面取り部、92 アルミナ皮膜端面、10 マスキング治具、11 マスク部、11A マスク面、11B 溶射面、11C 非溶射面、11D 先端、12 支持部材、12A 溶射面側支持部材、12B 非溶射面側支持部材。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
端面と周面とが交差する領域に形成された面である面取り部を有する環状部材の、前記端面に対して被覆材の溶射を行ない、前記端面に前記被覆材からなる皮膜を形成する環状部材の被覆処理において、前記皮膜が形成されるべき前記環状部材の領域である皮膜形成領域以外の領域を覆うことによって前記皮膜形成領域を制限するためのマスキング治具であって、
前記環状部材の前記面取り部を覆うためのマスク部を備え、
前記皮膜形成領域以外の領域を覆った場合、前記マスク部は前記面取り部に接触して前記面取り部を覆い、前記面取り部に接触する面に沿って前記マスク部の一部が前記端面側に突出する、マスキング治具。
【請求項2】
前記マスク部は、弾性素材からなっており、前記弾性素材よりもヤング率の大きい素材からなる支持部材により支持されている、請求項1に記載のマスキング治具。
【請求項3】
端面と周面とが交差する領域に形成された面である面取り部を有する環状部材が準備される環状部材準備工程と、
前記環状部材において、皮膜が形成されるべき領域である皮膜形成領域以外の領域がマスキング治具により覆われるマスキング工程と、
前記マスキング治具により前記皮膜形成領域以外の領域が覆われた前記環状部材に対して被覆材の溶射が行なわれ、前記被覆材からなる前記皮膜が形成される溶射工程とを備え、
前記マスキング工程では、請求項1または2に記載のマスキング治具が用いられて、前記マスキング治具の前記マスク部が前記環状部材の前記面取り部に接触することにより前記面取り部が前記マスク部により覆われる、環状部材の被覆方法。
【請求項4】
前記マスキング工程では、前記面取り部に接触する面に沿って前記端面側に突出する前記マスク部の先端と前記環状部材の前記端面との距離が、前記溶射工程において前記皮膜形成領域に形成される前記皮膜の厚さ以上前記厚さの3倍以下となるように、前記面取り部が前記マスク部により覆われる、請求項3に記載の環状部材の被覆方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−179857(P2008−179857A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−14149(P2007−14149)
【出願日】平成19年1月24日(2007.1.24)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】