説明

マルチワイヤ放電加工装置及びそれを用いた炭化ケイ素板の製造方法

【課題】マルチワイヤ放電加工装置において加工速度の低下を抑制するとともに長時間の加工を安定して行う。
【解決手段】間隔をおいて配設された複数のガイドローラ24A〜24Fを含むガイドローラ組と、各ガイドローラ24A〜24Fの長手方向に間隔をあけてガイドローラ組に複数回巻き掛けられて複数条となり、ガイドローラ組のうちの一対の隣り合うガイドローラ24B,24C間で互いに離間した複数の切断ワイヤ部分26を構成するワイヤ15と、ワイヤ15の各条に接して共通の放電加工電力を給電する回転電極200A,200Bと、を備え、ワイヤ15を矢印Rの方向に送りながら各切断ワイヤ部分26とインゴット28との間で放電を行ってインゴット28を切断加工するマルチワイヤ放電加工装置100であって、回転電極200A,200Bはワイヤ15の送り方向と同じ方向に向かって回転する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルチワイヤ放電加工装置の構造及びそのマルチワイヤ放電加工装置を用いて炭化ケイ素板を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、シリコン等の円柱状インゴットからウェハを切り出す場合における切断手段として、砥粒を用いたワイヤソーが知られている。このワイヤソーは、複数のガイドローラ間に巻回された切断用ワイヤをその長手方向に高速駆動しながら、ワイヤに対してワークを切断送りすることにより、ワークから多数枚の薄片を同時に切り出すものである。
【0003】
しかし、このようなワイヤソーでは、ガイドローラ間に形成された複数本の切断ワイヤ部分に対し、加工用砥粒が混合された加工液(スラリー)を同時供給する必要があり、その取扱いは容易でない。また、ワイヤがワークに直接接触することによる断線を抑制するために比較的太いワイヤを使用する必要があり、切断加工代が大きくなってしまうという問題があった。さらに、従来のワイヤソーは、インゴットからウェハを切り出すのに長時間を要する場合もあり、加工時間短縮のニーズが高まっている。
【0004】
一方、近年、シリコンカーバイドが半導体の材料として注目されている。しかし、このシリコンカーバイドは硬質材料であるため、従来のワイヤソーでは、シリコンのインゴットを切断する以上の時間がかかってしまうという問題があった。
【0005】
そこで、シリコンカーバイドのインゴットと切断用ワイヤとの間に電圧を断続的に印加し、各切断ワイヤ部分によってインゴットを放電加工の原理で切断する放電式ワイヤソーの開発が進められている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1には、単一の切断用ワイヤを複数のガイドローラに巻回することにより複数条の切断ワイヤ部分を形成し、通電部材を各条と接するように設け、各条と半導体インゴットとの間に電圧を印加して放電を発生させ、半導体インゴットを同時に3個以上に切断する方法が提案されている。
【0006】
一方、インゴットからウェハを高速で切り出すことが要請されている。この要請に対してワイヤをガイドローラに巻回する回数を増やして切断ワイヤ部分の条数を多くし、各切断ワイヤ部分それぞれに放電電力を印加して各切断ワイヤ部分とワークとの間で同時に複数の放電を発生させることによって切断速度を上げることが考えられる。この場合、1本のワイヤをガイドローラに巻回して複数条のワイヤ切断部分を形成するので各切断ワイヤ部分は電気的に接続された状態となっている。このため、各切断ワイヤ部分それぞれに放電電力を印加するには各切断ワイヤ部分同士の間を何らかの方法で絶縁することが必要となってくる。そこで、各切断ワイヤ部分同士の間でワイヤをコイル状にすることによって各切断ワイヤ部分間のインピーダンスを高くして電気的な絶縁状態とすることが提案されている(例えば、特許文献2参照)。また、互いに磁気的に絶縁されたコアの周囲にコイル状にしたワイヤを配置し、切断ワイヤ部分同士の間の電気的な絶縁をより高めようとすることが提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【0007】
特許文献2,3記載された従来技術では、各切断ワイヤ部分それぞれに放電電力を印加することが必要となるので、各条のワイヤにそれぞれ接する切断ワイヤ部分と同数の導体ブロックと絶縁ブロックとが交互に並べて配置され、各ブロックをボルトで締め付けて一体化された電極ユニットが提案されている(例えば、特許文献4参照)。しかし、ワイヤが導電ブロックと擦れることによって導電ブロックが磨耗してしまうので、頻繁に導電ブロックを交換することが必要であった。このため、マルチワイヤ放電加工装置において、導電体を硬質の超硬合金とする方法が提案されている(例えば、特許文献5参照)。
【0008】
また、複数の切断ワイヤ部分を規定するローラに当接するスリップリングを設け、スリップリング及びローラを介して各切断ワイヤ部分に並列に通電する方法が提案されている(例えば、特許文献6参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平9−248719号公報
【特許文献2】特開2000−94221号公報
【特許文献3】特開2006−75952号公報
【特許文献4】特開2000−107941号公報
【特許文献5】特開2009−166211号公報
【特許文献6】特開平10−55508号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、特許文献1から6に記載されたような複数の切断ワイヤ部分を有するマルチワイヤ放電加工装置では、複数の切断ワイヤ部分は1本のワイヤを複数回ローラなどに巻きかけることによって形成されていることから、1本のワイヤが複数回ワークとの間で放電を行うこととなる。ワイヤ表面には放電のたびにワークの成分が付着するため、放電加工によってシリコンカーバイド等の硬質材料のスライスを行うと、シリコンカーバイドの粉が付着した切断ワイヤ部分が次のワイヤ切断部分まで送られ、給電のために導電ブロックに接触すると、ワイヤ表面に付着したシリコンカーバイドの粉がいわば砥石のような働きをして、導電ブロックの表面を磨耗させてしまうという問題があった。シリコンカーバイドは非常に硬質であることから、特許文献5に記載された従来技術のような超硬合金であってもその表面が簡単に磨耗してしまい、導電ブロックを頻繁に交換することが必要となる。また、特許文献1から5に記載された従来技術では、ワイヤと導電ブロックの表面との間に滑りがあるため、ワイヤと導電ブロックとの間に瞬間的に隙間ができ、ワイヤと導電ブロックとの間で放電が発生し、この放電により導電ブロックが削られてしまう場合がある。このため、特許文献1から5に記載された従来技術では直径の大きなシリコンカーバイド等の硬質材料のスライスを行う場合のような長時間の加工を安定して行うことが難しいという問題があった。
【0011】
また、特許文献5に記載された従来技術のような超硬合金は電気伝導率が低いことから、ワイヤの各条に給電する電圧が低下し、電気伝導度の高い材料を電極に用いた場合に比較してインゴットの切断速度が低下してしまうという問題があった。また、直径の大きなシリコンカーバイド等の硬質材料のスライスを行う場合には、その加工時間が長時間となるため、切断ワイヤ部分を規定するローラに電気伝導率は高いが摩耗しやすい材料を用いると、加工中にローラが摩耗して切断ワイヤ部分とインゴットとの距離が変化し、放電が不安定となってしまう場合がある。このため、切断ワイヤ部分を規定するローラには電気伝導率が低く、ワイヤが巻き掛けられても摩耗が少ない硬度の高い材料が用いられるので、特許文献6に記載されたようにローラにスリップリングを介して放電電力を印加する場合にもワイヤの各条に給電する電圧が低下し、電気伝導度の高い電極によってワイヤに直接給電する場合に比較してインゴットの切断速度が低下してしまうという問題があった。更に、特許文献6に記載された従来技術では、スリップリングとローラとの接触による電気抵抗により更にワイヤの各条に給電する電圧が低下し、電気伝導度の高い電極によってワイヤに直接給電する場合に比較してインゴットの切断速度が低下してしまうという問題があった。
【0012】
そこで、本発明は、マルチワイヤ放電加工装置において加工速度の低下を抑制するとともに長時間の加工を安定して行うことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のマルチワイヤ放電加工装置は、間隔をおいて配設された複数のガイドローラを含むガイドローラ組と、各ガイドローラの長手方向に間隔をあけてガイドローラ組に複数回巻き掛けられて複数条となり、ガイドローラ組のうちの一対の隣り合うガイドローラ間で互いに離間した複数の切断ワイヤ部分を構成するワイヤと、ワイヤの各条に接して共通の放電加工電力を給電する電極と、を備え、ワイヤを巻き掛け方向に送りながら各切断ワイヤ部分とワークとの間で放電を行ってワークを加工するマルチワイヤ放電加工装置であって、電極がワイヤの送り方向と同じ方向に向かって回転すること、を特徴とする。
【0014】
本発明のマルチワイヤ放電加工装置において、電極は、円筒状の導電体であること、としても好適であるし、ワイヤの各条はワイヤのワークに向かう側と反対側で電極に接すること、としても好適である。
【0015】
本発明のマルチワイヤ放電加工装置において、電極が回転自在に取り付けられ、放電加工電力が入力される回転しない中心軸と、電極と中心軸との間に設けられ、電極と中心軸とを電気的に導通させる導電性グリスが充填された導電性軸受と、を有すること、としても好適である。
【0016】
本発明のマルチワイヤ放電加工装置において、放電加工電力が入力される回転しないブラケットと、ブラケットに回転自在に接続され、電極と共に回転する回転軸とを含み、ブラケットと回転軸とは導電性の流動体によって電気的に接続されていること、としても好適である。
【0017】
本発明のマルチワイヤ放電加工装置において、電極のワイヤ送り方向の上流側または下流側または両側に配置され、ワイヤの各条を電極に押しつけるアイドルローラを備えること、としても好適であるし、アイドルローラは、電極との間にワイヤの各条を挟みこむこと、としても好適である。
【0018】
本発明のマルチワイヤ放電加工装置において、円筒状の導電体で、電極との間にワイヤの各条を挟みこんでワイヤの送り方向と同じ方向に向かって回転する他の電極を有すること、としても好適である。
【0019】
本発明のマルチワイヤ放電加工装置において、電極は、ワイヤの各条に接離する方向に移動してワイヤの各条に押しつけられること、としても好適である。
【0020】
本発明のマルチワイヤ放電加工装置において、複数の電極を含み、各電極は、切断ワイヤ部分が伸びる方向の切断ワイヤ部分の中央からワイヤに沿って互いに反対方向に向かって等距離の位置に配置されていること、としても好適である。
【0021】
本発明の炭化ケイ素板の製造方法は、間隔をおいて配設された複数のガイドローラを含むガイドローラ組と、各ガイドローラの長手方向に間隔をあけてガイドローラ組に複数回巻き掛けられて複数条となり、ガイドローラ組のうちの一対の隣り合うガイドローラ間で互いに離間した複数の切断ワイヤ部分を構成するワイヤと、ワイヤの各条に接し、ワイヤの送り方向と同じ方向に向かって回転して共通の放電加工電力をワイヤの各条に給電する電極と、スイッチングトランジスタを含み放電加工電力を供給する共通の加工電源と、を備えるマルチワイヤ放電加工装置を用い、ワイヤを巻き掛け方向に送りながら各切断ワイヤ部分と炭化ケイ素のインゴットとの間で放電を行って炭化ケイ素のインゴットから複数の炭化ケイ素板を切り出す炭化ケイ素板の製造方法であって、加工電源のスイッチングトランジスタをオンオフさせて高周波パルスを発生させ、この高周波パルスを放電加工用電力として供給すること、を特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、マルチワイヤ放電加工装置において加工速度の低下を抑制するとともに長時間の加工を安定して行うことができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の実施形態におけるマルチワイヤ放電加工装置の構成を示す系統図である。
【図2】本発明の実施形態におけるマルチワイヤ放電加工装置の回転電極と切断ワイヤ部分とを示す説明図である。
【図3】本発明の実施形態におけるマルチワイヤ放電加工装置の回転電極とワイヤの付着物とを示す説明図である。
【図4】本発明の実施形態におけるマルチワイヤ放電加工装置の回転電極の支持構造を示す説明図である。
【図5】本発明の実施形態におけるマルチワイヤ放電加工装置の加工電源の構成を示す説明図である。
【図6】本発明の実施形態におけるマルチワイヤ放電加工装置の放電加工用の高周波パルスの波形を示す説明図である。
【図7】本発明の実施形態におけるマルチワイヤ放電加工装置の放電加工の状態を示す説明図である。
【図8】本発明の他の実施形態におけるマルチワイヤ放電加工装置の回転電極の軸受構造を示す説明図である。
【図9】本発明の他の実施形態におけるマルチワイヤ放電加工装置のアイドルローラと回転電極とを示す説明図である。
【図10】本発明の他の実施形態におけるマルチワイヤ放電加工装置のアイドルローラと回転電極とを示す説明図である。
【図11】本発明の他の実施形態におけるマルチワイヤ放電加工装置の回転電極を示す説明図である。
【図12】本発明の他の実施形態におけるマルチワイヤ放電加工装置の回転電極とアイドルローラとを示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。図1に示すように、本実施形態のマルチワイヤ放電加工装置100は、送り出しモータ25Aによって回転駆動されて放電加工に用いられる黄銅、鉄線、タングステン線、モリブデン線などの金属線であるワイヤ15を送り出す送り出しボビン10Aと、滑りクラッチ22を介して取り付けられた巻き取りモータ25Hによって駆動されてワイヤ15を巻き取る巻き取りボビン10Bと、ワイヤ15の送り経路を規定するプーリ11A〜11Iと、ワイヤ15の走行長さを調整してワイヤ15の走行を安定させるダンサロール12と、ワイヤ15が巻き掛けられる面にゴム製の滑り止め部材が設けられ、速度モータ25Bによって駆動されてワイヤ15の送り速度を規定する速度プーリ16と、第1のワイヤ張力センサ13A、第2のワイヤ張力センサ13Bと、出力トルクを調整することができるトルクモータ25Dによって駆動され、ワイヤ15が巻き掛けられている面にゴム製の滑り止め部材が取り付けられており、対向して設けられたクランプユニット19のクランプローラ19aとの間にワイヤ15を挟みこんで送り方向に引っ張り、ワイヤ15に張力を掛ける張力プーリ18と、位置決めモータ25Gによって軸方向に移動するワイヤ整列ユニット21と、ワイヤ15が複数回巻き掛けられて複数の切断ワイヤ部分26を構成する複数のガイドローラ24A〜24Fを含むガイドローラ組と、放電加工用の電源29と、ワイヤ15が巻き掛けられて回転する複数の回転電極200A、200Bと、回転電極200A,200Bの表面にワイヤ15を押し付けるアイドルローラ300A,300B,350A,350Bとワークであるシリコンカーバイトのインゴット28を送る送りユニット27と、制御部80とを備えている。回転電極200A,200Bは回転しないよう固定された各中心軸203A,203Bの周りに回転するよう構成されている。
【0025】
送り出しボビン10Aから図1に示す矢印Rの方向に繰出されたワイヤ15は、プーリ11A、ダンサロール12、プーリ11B,11C、速度プーリ16、プーリ11D、第1のワイヤ張力センサ13A、プーリ11E、11Fの順に巻き掛けられ、プーリ11Fを出たワイヤ15は、多数のガイド溝をもつガイドローラ24Aから24F、回転電極200A,200B、アイドルローラ300A,300B,350A,350Bの外側にガイドローラ24A、アイドルローラ300A、回転電極200A、アイドルローラ350A、ガイドローラ24B,24C、アイドルローラ300B、回転電極200B、アイドルローラ350B、ガイドローラ24E,24Fの順に巻きかけられる。ガイドローラ24Fを出たワイヤ15は最初にガイドローラ24Aに巻きかけられているワイヤ15の部分とガイドローラ24Aの軸方向にピッチPだけ離れた位置から再びガイドローラ24Aから24Fに巻きかけられていく。最初に巻きかけられたワイヤ15の部分と、次に巻き掛けられたワイヤ15の部分との各ガイドローラ24Aから24Fまで間の軸方向の間隔はいずれの場所でもピッチPとなっている。このようにワイヤ15はガイドローラ24Aから24F、回転電極200A,200B、アイドルローラ300A,300B,350A,350Bに複数回巻き掛けられる。そして、ワイヤ15はガイドローラ24Aから24F、回転電極200A,200B、アイドルローラ300A,300B,350A,350Bに複数回巻き掛けされた後、プーリ11G、第2のワイヤ張力センサ13B、プーリ11H、張力プーリ18、プーリ11I、ワイヤ整列ユニット21を通り、巻き取りボビン10Bに巻き取られる。
【0026】
図1に示すように本実施形態では、ワイヤ15はガイドローラ24Aから24Fに4回巻き掛けられており、ワイヤ15は5条となっている。ここで、巻き掛け回数は、切断ワイヤ部分26を規定するガイドローラ24B及び24Cに巻き掛けられている回数である。従って、ワイヤ15の最後の巻き掛けのようにワイヤ15がガイドローラ24Fからガイドローラ24Aに戻らずプーリ11Gに向って延びてもガイドローラ24B及び24Cに巻きかけられているので、巻き掛け回数は1回と数える。つまり、巻き掛けの回数はガイドローラ24Bとガイドローラ24Cとの間に張られている切断ワイヤ部分26の本数となり、本実施形態では、切断ワイヤ部分26は5本となる。なお、本実施形態では、説明のためにワイヤ15の巻き掛け回数は4回、条数は5条、切断ワイヤ部分26は5本として説明するが、本発明は巻き掛け回数が数10回、条数が数10条、切断ワイヤ部分26が数10本であってもよい。
【0027】
図1に示すように、ガイドローラ24Fはドローモータ25Cによって回転駆動される。ワーク送りユニット27はステッピングモータ25Eによって駆動されるよう構成されている。また、マルチワイヤ放電加工装置100は、ダンサロール12の位置を検出する位置センサ31と、ワイヤの断線を検出する断線検出センサ32とを備えている。送り出しモータ25A、速度モータ25B、ドローモータ25C、トルクモータ25D、巻き取りモータ25Hは、ロータリーエンコーダを内蔵しており、その回転数を出力することができるモータである。また、各位置決めモータ25F,25Gは、内部の回転子の回転角度を検出することができ、回転子の回転角度からガイド17、ワイヤ整列ユニット21の位置を検出することができるよう構成されている。また、ワーク送りユニット27は、切断ワイヤ部分26でワイヤ15の送り方向と直交する方向に向かってインゴット28を移動させることができるよう配置され、ステッピングモータ25Eによって駆動されるよう構成されている。ステッピングモータ25Eは内部の回転子の回転角度を検出することができ、回転子の回転角度からインゴット28の位置を検出することができるよう構成されている。電源29はプラス側出力線295によってインゴット28に接続され、マイナス側出力線296から分岐した第1の回転電極接続線296A、第2の回転電極接続線296Bによってそれぞれ回転電極200A,200Bに接続され、インゴット28と各回転電極200A,200Bとの間に放電電力を給電するよう構成されている。
【0028】
本実施形態のマルチワイヤ放電加工装置100では、インゴット28及び回転電極200Bは電気伝導率が調整された純水または油系の加工液に浸漬されており、切断ワイヤ部分26とインゴット28の間の放電は水中で行われ、加工中にインゴット28全体の温度の上昇を抑えることができるよう構成されている。
【0029】
送り出しボビン10A、巻き取りボビン10Bを回転させる送り出しモータ25A、巻き取りモータ25Hと、速度プーリ16を回転させる速度モータ25Bと、ガイドローラ24Fを回転させるドローモータ25Cと、張力プーリ18を回転させるトルクモータ25Dと、ステッピングモータ25Eと、位置決めモータ25F、25Gと、電源29とは制御部80に接続され、制御部80の指令によって動作するよう構成されている。また、第1、第2のワイヤ張力センサ13A、13Bと、ダンサロール12の位置を検出する位置センサ31と、ワイヤ15の断線を検出する断線検出センサ32と、は制御部80に接続され、各検出信号は制御部80に入力されるよう構成されている。制御部80は、内部の信号処理用のCPUと制御用のプログラムやデータを格納するメモリを備えるコンピュータである。制御部80は断線検出センサ32によってワイヤ15の断線が検出された場合には、マルチワイヤ放電加工装置100の動作を停止する。
【0030】
以上のよう構成されたマルチワイヤ放電加工装置100において、図2に示す矢印Rの方向にワイヤ15が送られると、ガイドローラ24Aから24F、回転電極200A,200B、アイドルローラ300A,300B,350A,350Bはそれぞれワイヤ15の巻きかけられている面がワイヤ15の送り方向と同方向となるように、ガイドローラ24A、回転電極200A、ガイドローラ24B,24C、回転電極200B、ガイドローラ24E,24Fは時計方向に回転し、各アイドルローラ300A,300B,350A,350Bは反時計周りに回転する。各アイドルローラ300A,300B,350A,350Bはフッ素系材料、ナイロン系材料等耐磨耗性の高い材料が用いられている。また、各回転電極200A,200Bの円筒形の電極部材201A,201Bには電気伝導度の高い銅、銅タングステン等の銅合金、銀タングステン等の銀合金等の材料が用いられている。各回転電極200A,200Bの円筒形の電極部材201A,201Bは、その周速がワイヤ15の送り速度と略同様となるように回転するので、ワイヤ15との相対速度が略ゼロであり、従来の固定式の電極のようなワイヤ15と電極との擦れが発生することはなく、電気伝導度の高い銅等の材料を用いた場合でも表面が磨耗してしまうことが抑制される。また、電極部材201A,201Bとワイヤ15との間に滑りがないのでワイヤ15と電極部材201A,201Bとの間に瞬間的に隙間ができてワイヤ15と電極部材201A,201Bとの間で放電が発生することが抑制され、電極部材201A,201Bが削られてしまうことが抑制される。
【0031】
複数の切断ワイヤ部分26を有するマルチワイヤ放電加工装置100でシリコンカーバイド(炭化ケイ素)のインゴット28を切断する場合、ワイヤ15の表面には放電のたびにシリコンカーバイドの成分が粉70として付着する。図3に示すように、放電加工ではインゴット28を切断ワイヤ部分26に向って送りながら行うので、ワイヤ15とインゴット28との放電はワイヤ15のインゴット28側とインゴット28の加工溝28aとの間で発生することが多い。このため、放電加工によって飛び散ったシリコンカーバイドの粉70は主にワイヤ15のインゴット28側の表面に付着する。そこで、本実施形態ではシリコンカーバイドの粉70の付着が少ないインゴット28と反対側のワイヤ15の表面が電極部材201A,201Bの表面に設けられた溝206A,206Bに接するように回転電極200A,200Bを配置している。このため、放電加工によってワイヤ15に付着したシリコンカーバイドの粉70と電極部材201A,201Bの溝206A,206Bに接することが抑制され、電極部材201A,201Bの溝206A,206Bが磨耗することが抑制される。これによって、直径の大きなシリコンカーバイド等の硬質材料のスライスを行う場合のように長時間の放電加工を行う場合でも繁雑に電極を交換することなく、安定してワイヤ15に放電電力を給電し、放電加工をすることができる。
【0032】
図2に示すように、本実施形態のマルチワイヤ放電加工装置100では、回転電極200Aの矢印Rで示すワイヤの送り方向の上流側と下流側に2つのアイドルローラ300A,350Aが回転電極200Aの電極部材201Aへのワイヤ15の巻き掛け角度が角度θ1(rad)となるように配置されている。この場合、電極部材201Aの直径をDとすると、ワイヤ15は回転電極に(θ1×D/2)の長さだけ接触する。また、ワイヤ15には張力Tが掛かっていることから、張力Tにより、F1=2×T×sin(θ1/2)、だけの力によってワイヤ15が電極部材201Aの表面に押し付けられる。このように、本実施形態の回転電極200A,200Bは電極部材201A,201Bとワイヤ15との接触長を長くとれると共に、ワイヤ15が電極部材201A,201Bに押し付けられるので、放電加工電力をワイヤ15の各条に給電する際の電気抵抗が少なく、電圧を低下させずに放電加工電力を供給することができる。そして、回転電極200A,200Bはワイヤ15の送り方向と同方向に向かって回転するので電極部材201A,201Bとワイヤ15との相対速度がほとんどない状態でワイヤ15と接触する。このため、電極部材201A,201Bに電気伝導度の高い銅等の材料を用いた場合でも、接触距離が長く、ワイヤ15が押し付けられた状態でもその表面が磨耗することがなく、ワイヤ15と電極部材201A,201Bとの間に瞬間的に隙間ができてワイヤ15と電極部材201A,201Bとの間で放電が発生することが抑制され、電極部材201A,201Bが削られてしまうことが抑制され、長時間安定してワイヤ15に放電電力を給電し、放電加工をすることができる。また、電源29から給電される放電電力の電圧を低下させずにワイヤ15に給電することができ、放電加工速度が低下することを抑制することができる。
【0033】
図2に示すように、2つの隣り合う同一直径のガイドローラ24B,24Cの間の直線のワイヤ15は複数の切断ワイヤ部分26を構成する。より詳細にはガイドローラ24Bの下端と24Cの上端との間の高さY1が切断ワイヤ部分26の長さとなる。切断ワイヤ部分26のY方向(上下方向)の中心は点26Cである。回転電極200A,200Bは各回転中心205A,205Bがそれぞれ切断ワイヤ部分26の中心26CからX方向(横方向)にX1で、Y方向のプラス側、マイナス側にそれぞれY2の位置となるように配置されている。また、各ガイドローラ24B,24Cと各回転電極200A,200Bとの間には切断ワイヤ部分26の中心26Cを通る中心線28Dに対して上下対象で、中心26CからのX方向の距離が同様となるような位置にアイドルローラ350A,300Bが配置されている。このように、回転電極200A,200B、アイドルローラ350A,300B、ガイドローラ24B,24Cを配置することにより、各回転電極200A,200Bは切断ワイヤ部分26の中心からワイヤ15の巻きかけられる経路に沿って同一距離に配置され、切断ワイヤ部分26に対して均等に放電電力を供給することができる。そして、インゴット28を切断する際には円筒状のインゴット28の中心28Cを切断ワイヤ部分26のY方向の中心26Cに合わせて各中心26C,28Cを通ってワークの送り方向に延びる中心線28Dに沿って送って放電加工を行うので、放電加工の際に、インゴット28の上部と下部とを均等に加工することができる。
【0034】
図4を参照しながら、本実施形態のマルチワイヤ放電加工装置100の回転電極200Aの支持構造について説明する。図4(a)に示すように、本実施形態の回転電極200Aは、マルチワイヤ放電加工装置100のベースに取り付けられて回転しない基盤250Aに固定された回転しない金属製の中心軸203Aの基盤250Aと反対側の先端部分に設けられた段部210Aの外周に2つの導電性ベアリング202Aを介して電極部材201Aが取り付けられたものである。電極部材201Aは、電気伝導率が良い銅等の材料で構成された円筒状の導電体である。中心軸203Aは基盤250Aに対して電気的に絶縁されるよう固定されていてもよい。導電性ベアリング202Aは、金属製の段部210Aの外周に固定される金属製の内輪211Aと、電極部材201Aの内面に嵌め込まれる金属製の外輪212Aと、内輪211Aと外輪212Aとの間に挟みこまれた周状に配置された金属製のボール213Aとによって構成されている。また、内輪211Aと外輪212Aとの間には導電性グリス214Aが充填されている。段部210Aの先端には先端側の導電性ベアリング202Aを軸方向に押さえるキャップ216Aが取り付けられている。図4(b)に示すように電極部材201Aの外面にはワイヤ15を巻けるV字型の溝206Aが設けられており、各溝206Aの間隔はワイヤ15の間隔と同様、ピッチPとなっている。
【0035】
回転しない中心軸203Aには、加工用の電源29からの放電加工電力が入力される入力端子220Aが設けられている。入力端子220Aは円形でも良いし、四角など他の形状でも良い。入力端子220Aから入力された放電電力の電流は、図4の矢印221,222,223に示すように、中心軸203Aから段部210Aに流れ、段部210Aから導電性ベアリング202Aの内輪211A、ボール213A、外輪212Aを通って電極部材201Aに達し、電極部材201Aの外面に設けられた溝206Aに接触しているワイヤ15の各条に流れていく。また、導電性ベアリング202Aの内輪211Aと外輪212Aとの間には導電性グリス214Aが充填されているので、内輪211Aに流れた電流は、導電性グリス214Aの中を流れて外輪212Aに達し、外輪212Aから電極部材201Aに達する。このように、導電性ベアリング202Aは電気抵抗が低くなるように構成されているので、回転しない入力端子220Aから回転する電極部材201Aまでに達するまで放電電力の電圧降下が少ない構造となっている。
【0036】
以上の実施形態では、電極部材201Aの外面に設けられた溝206AはV字形とすることとして説明したが、図4(c)に示すように、ワイヤ15の外面に沿った半円形の溝207Aとしても良い。この場合には、ワイヤ15を線ではなく面でサポートするため、回転電極200Aに巻き掛けられることによるワイヤ15の負荷を低減し、ワイヤ15の断線を抑制することができる。
【0037】
図5を参照して、本実施形態のマルチワイヤ放電加工装置100に用いられる放電加工用の電源29の構成と動作について説明する。図5に示すように、電源29は、主直流電源292と、主直流電源292と直列に接続され、主直流電源292の出力を入り切りする主スイッチングトランジスタ291と、主直流電源292と並列で、プラスマイナスの方向が逆でその電圧が主直流電源292よりも低い副直流電源294と、副直流電源294と直列に接続され、副直流電源294の出力を入り切りする副スイッチングトランジスタ293と、を備えている。各スイッチングトランジスタ291,293の各ゲートは制御部80に接続され、制御部80の指令によってオンオフするよう構成されている。主直流電源292のプラス側にはプラス側出力線295が接続され、主直流電源292のマイナス側にはマイナス側出力線296が接続されている。プラス側出力線295はインゴット28に接続され、マイナス側出力線296は第1の回転電極接続線296Aと第2の回転電極接続線296Bとに分岐し、第1の回転電極接続線296Aは回転電極200Aに接続され、第2の回転電極接続線296Bは回転電極200Bに接続されている。従って、電源29は各回転電極200A,200Bに共通の電源であり、各回転電極200A,200Bには共通の電源29から同一の放電加工電力が給電される。
【0038】
図6に示すように、放電加工電力は、放電加工を行う放電加工パルス297と、放電加工後に電源系統内のコンデンサ等に残留している残電荷を除去するための放電加工パルス297と逆電圧の残留電荷除電パルス298とを含む高周波パルス299である。この高周波パルス299は次のように各スイッチングトランジスタ291,293を動作させることによって得られる。最初、各スイッチングトランジスタ291,293はオフとなっており、電源29から出力はでていない。図6の時間t1に、主スイッチングトランジスタ291がオンとなると主直流電源292からの電流がプラス側出力線295から出力され、インゴット28と各回転電極200A,200Bとインゴット28との間には放電加工パルス297の電圧V1が印加される。そして、時間Δt1の間だけ主スイッチングトランジスタ291のオン状態を継続した後、図6の時間t2に主スイッチングトランジスタ291をオフとする。すると、プラス側出力線295から出力されていた主直流電源292からの電流が停止し、インゴット28と各回転電極200A,200Bとインゴット28との間の印加電圧はゼロとなり放電加工パルス297は停止する。そして、所定の時間Δt2の間だけ印加電圧をゼロの状態に保持した後、時間t3に副スイッチングトランジスタ293がオンとなると副直流電源294からの電流がマイナス側出力線296から出力され、インゴット28と各回転電極200A,200Bとインゴット28との間にはマイナスの電圧V2の残留電荷除電パルス298が印加される。そして、時間Δt3の間だけ副スイッチングトランジスタ293のオン状態を継続した後、図6の時間t4に副スイッチングトランジスタ293をオフとする。すると、マイナス側出力線296から出力されていた副直流電源294からの電流が停止し、インゴット28と各回転電極200A,200Bとインゴット28との間の印加電圧はゼロとなり残留電荷除電パルス298は停止する。そして残留電荷除電パルス298の停止後、時間Δt4後の時間t5に再度、主スイッチングトランジスタ291がオンとなる。このように、主スイッチングトランジスタ291、副スイッチングトランジスタ293を交互にオンオフしてプラス側の高圧の放電加工パルス297とマイナス側の低圧の残留電荷除電パルス298とを出力する。図6に示すように高圧の放電加工パルス297の周期はΔt0であり、その周波数は数10kHzから数100kHzの高周波である。また、低圧の残留電荷除電パルス298の周波数は高圧の放電加工パルス297との周波数と同じ周波数である。なお、図6では、残留電荷除電パルス298停止の後、時間Δt4後の時間t5に再度、主スイッチングトランジスタ291がオンとなることとして説明したが、残留電荷除電パルス298停止直後に再度、主スイッチングトランジスタ291がオンとなることとしてもよい。この場合には、高圧の放電加工パルス297の周期はΔt0が短くなるのでより高い周波数の放電加工パルス297とでき、放電加工の速度を上げることができる。
【0039】
本実施形態では、主直流電源292、副直流電源294は電池等の単純な直流電源として説明したが、放電加工パルス297の電圧V1あるいは残留電荷除電パルス298の電圧V2をそれぞれ供給できるものであれば、例えば、コンデンサやトランスを用いて電力を蓄えておき、この蓄えた電力を直流電力として供給するようなものとしても良い。
【0040】
図1から図4を参照して説明したような構造を有し、図5、図6を参照して説明した放電加工用の電源29を備えている本実施形態のマルチワイヤ放電加工装置100の動作について図7を参照しながら説明する。図7は、回転電極200A,200B、インゴット28と、電源29の電気的な接続状態を模式的に表した図である。各回転電極200A,200Bは金属製で一体となっており各回転電極200A,200Bは1つのマイナス側出力線296に接続されていることから、各回転電極200A,200Bはワイヤ15の各条に対して共通の電極となっている。また、各回転電極200A,200Bは切断ワイヤ部分26の中心26Cまでの距離LA,LBが同一となるように配置されており、インゴット28は、その中心28Cと切断ワイヤ部分26の中心26Cを通ってワークの送り方向に沿って延びる中心線28Dに沿って送り方向に移動していくので、各回転電極200A,200Bからインゴット28の中心28Cまでの距離も同一となっている。従って、各切断ワイヤ部分26とインゴット28との間には同一の放電加工パルス297、残留電荷除電パルス298がワイヤ15の各条の2箇所から同時に印加されることとなる。
【0041】
図7に示すように、電源29から放電加工パルス297がインゴット28に入力されると回転電極200Aと回転電極200Bを通して各切断ワイヤ部分26とインゴット28との間に同一の放電加工パルス297が印加される。回転電極200A,200Bは電気抵抗が低くなるように構成されているので、このような高周波の放電加工パルス297が印加された場合でも、その電圧を低下させずに切断ワイヤ部分26とインゴット28との間に放電加工パルス297が印加される。1つの放電加工パルス297が印加された際、放電は各切断ワイヤ部分26の中で、点aと点a´、点bと点b´、点cと点c´、点dと点d´、点eと点e´の間で示されるインゴット28の中に入り込んでいる部分と、インゴット28との間の距離が最も近くなる部分で1回だけ発生する。例えば、放電加工パルス297が入力された際に第1の切断ワイヤ部分261の点a側とインゴット28との距離が他の切断ワイヤ部分262から265よりも短い場合には、放電は第1の切断ワイヤ部分261とインゴット28との間でのみ発生し、他の切断ワイヤ部分262から265とインゴット28との間では放電は発生しない。この場合、電流はインゴット28から切断ワイヤ部分261に流れ、点aに近い側に配置されている回転電極200Aに流れる。この放電によって点aの近傍が削られると、切断ワイヤ部分261とインゴット28との距離が他の部分よりも大きくなるので、次の放電加工パルス297が印加された際には点aの近くではないところ、例えば、第2の切断ワイヤ部分26の点b近傍で放電が発生する。このように1つの放電加工パルス297によって電圧が印加される都度1回だけ放電が発生し、その放電は切断ワイヤ部分26とインゴット28との距離が一番近くなっている部分でランダムに発生するので、各切断ワイヤ部分26はインゴット28を送り方向に均等に切断していくことができる。インゴット28を切断すると複数枚のシリコンカーバイド(炭化ケイ素)の薄板を製造することができる。
【0042】
以上説明したように、本実施形態のマルチワイヤ放電加工装置100は、電極を回転電極200A,200Bとすると共に、入力端子220Aから回転電極200A,200Bの電極部材201A,201Bまでの電気抵抗を少なくして高周波パルス299を印加してもその電圧を低下させずに切断ワイヤ部分26とインゴット28との間に印加することができるので、加工速度の低下を抑制するとともに長時間の加工を安定して行うことができるという効果を奏する。また、電極部材201A,201Bとワイヤ15との間に滑りがないのでワイヤ15と電極部材201A,201Bとの間に瞬間的に隙間ができてワイヤ15と電極部材201A,201Bとの間で放電が発生することが抑制され、電極部材201A,201Bが削られてしまうことが抑制されると共に、ワイヤ15の張力コントロールを容易に行うことができるという効果を奏する。また、本実施形態では、巻き掛け回数が数5回、条数が数5条、切断ワイヤ部分26が数5本として説明したが、本発明は巻き掛け回数が数10回、条数が数10条、切断ワイヤ部分26が数10本の以上のマルチワイヤ放電加工装置にも適用でき、特に、このような多くの巻き掛け回数のマルチワイヤ放電加工装置に適用されるとその効果が更に顕著となる。
【0043】
図8を参照しながら、本発明の他の実施形態について説明する。図1から図7を参照して説明した実施形態と同様の部分には同様の符号を付けて説明は省略する。図8に示すように、本実施形態では、円筒形の電極部材201Aと共に回転する回転軸208Aをベアリング209Aで基盤250Aに回転自在に取り付け、回転軸208Aの電極部材201Aと反対側の端部236Aに回転軸208Aと相対的に回転でき、基盤250Aに接続されて回転しないブラケット238Aを取り付け、ブラケット238Aと回転軸208Aの端部236Aとの間に無機水銀などの導電性の流動体239Aを封入するようにしたものである。本実施形態においては、ベアリング209Aを絶縁ベアリングとして構成し、回転軸208Aと基盤250Aとの間を絶縁するようにしても良い。この場合、内輪231Aの段部230Aと接する面、あるいは外輪232Aの基盤250Aの内面251Aに接する面のいずれかに絶縁面を設けてもよい。また、ベアリング209Aはカラー235Aによって軸方向に固定されている。ブラケット238Aには端部236Aの外面を覆う環状で内部にポケットが設けられた接続部材237Aが取り付けられている。導電性の流動体239Aは接続部材237Aの内部のポケットに充填されている。
【0044】
ブラケット238Aに入力された放電加工電力の電流は、ブラケット238A、接続部材237Aから導電性の流動体239Aに流れ、端部236Aから回転軸208Aを通って電極部材201Aに流れる。本実施形態は、先に説明した実施形態と同様の効果を奏する。
【0045】
図9を参照しながら、本発明の他の実施形態について説明する。図1から図7を参照して説明した実施形態と同様の部分には同様の符号を付けて説明は省略する。本実施形態では、回転電極200Aの電極部材201Aに巻きかけられるワイヤ15の巻き掛け角度θを規定する様に配置されるアイドルローラ300A,350Aの位置を移動させることによって電極部材201Aへのワイヤ15の巻き掛け角度θを調整することができるようにしたものである。図9で点線で示されるアイドルローラ300A,350Aは通常の位置を示し、実線で示されるアイドルローラ300A,350Aは通常よりも巻き掛け角度θが大きくなるように調整した状態を示す。
【0046】
通常状態では、アイドルローラ300A,350Aは電極部材201Aのワイヤ15の巻き掛け角度が角度θ1(rad)となる位置に配置されている。この場合、電極部材201Aの直径をDとすると、ワイヤ15は電極部材201Aに、(θ1×D/2)の長さだけ接触する。また、ワイヤ15には張力Tが掛かっていることから、張力Tにより、F1=2×T×sin(θ1/2)、だけの力によってワイヤ15が電極部材201Aの表面に押し付けられる。また、アイドルローラ300A,350Aを実線で示される位置に移動させると電極部材201Aのワイヤ15の巻き掛け角度が角度θ1(rad)からθ2(rad)に大きくなり、これによって接触長さは(θ2×D/2)に長くなり、ワイヤ15が電極部材201Aを押し付ける押しつけ力Fは通常状態のF1から、F2=2×T×sin(θ2/2)、に大きくなる。このように、回転電極200Aの両側にアイドルローラ300A,350Aを配置してワイヤ15の電極部材201Aへの巻き掛け角度θを適切な角度とすることによって、ワイヤ15と電極部材201Aとの接触長さ、押し付け力Fを調整することができる。
【0047】
本実施形態では、印加する高周波の放電加工パルス297の周波数や、ワイヤ15の材質、太さ、加工するインゴットの材質大きさ等に応じてアイドルローラ300A,350Aの位置を変化させて、最適の接触長さ、押し付け力とすることができ、更に長時間の加工を安定して行うことができるという効果を奏する。
【0048】
図10を参照しながら、本発明の他の実施形態について説明する。図1から図9を参照して説明した実施形態と同様の部分には同様の符号を付けて説明は省略する。図10(a)に示すように、本実施形態は、回転電極200Aの電極部材201Aとの間にワイヤ15を挟みこむようにアイドルローラ300A,350Aを配置したものである。より詳細には、図10(b)に示すように、電極部材201Aの外表面に設けられた溝206Aと、アイドルローラ350Aの外表面に設けられた溝356Aとによってワイヤ15を力Gで挟み込むようにしたもので、回転電極200Aの電極部材201Aの外表面とアイドルローラ350Aの外表面との間には微小な隙間401がある。
【0049】
先に図1から図9を参照して説明した実施形態では、回転電極200A,200Bの電極部材201A,201Bとワイヤ15との間の相対速度はほとんどないが、実際には微小なすべりが発生する場合がある。ワイヤ15と回転電極200A,200Bの電極部材201A,201Bとの間にすべりが発生すると電極部材201A,201Bの磨耗が発生したり、ワイヤ15への給電が不安定となったり、ワイヤ15の送りが不安定となる場合がある。本実施形態のように、回転電極200A,200Bの電極部材201A,201Bとアイドルローラ350Aとの間にワイヤ15を挟みこむと電極部材201A,201Bとワイヤ15との間のすべりが更に抑制されることから、給電、ワイヤ送りを安定して行うことができ、更に長時間の加工を安定して行うことができるという効果を奏する。また、ワイヤ15を滑らないように電極部材201A,201Bとアイドルローラ350Aとの間にワイヤ15を挟みこむので、アイドルローラ350Aあるいは回転電極200Aにモータを接続してワイヤ15を送る駆動機構としてもよい。
【0050】
図11を参照しながら、本発明の他の実施形態について説明する。図1から図10を参照して説明した実施形態と同様の部分には同様の符号を付けて説明は省略する。図11(a)に示すように、本実施形態はアイドルローラ300A,350A,300B,350Bを設けず、各回転電極200A,500Aの電極部材201A,501Aの間にワイヤ15を挟みこむように2つの回転電極200A,500Aを隣接して配置したものである。図11(a)のK部の詳細を示す図11(b)のように、電極部材201A,501Aの外表面に設けられた溝206A,506Aによって力Gでワイヤ15を挟み込むようにしたもので、各回転電極200A,500Aの各電極部材201A,501Aの各外表面の間には微小な隙間401がある。電極部材501Aには電極部材201Aと同様、電気伝導度の高い銅、銅タングステン等の銅合金、銀タングステン等の銀合金等の材料が用いられている。
【0051】
本実施形態は、図10を参照して説明した実施形態と同様、回転電極200A,500Aの各電極部材201A,501Aの間にワイヤ15を挟みこむことによって電極部材201A,501Aとワイヤ15との間のすべりが更に抑制されることから、給電、ワイヤ送りを安定して行うことができ、更に長時間の加工を安定して行うことができるという効果を奏する。更に、2つの回転電極200A,500Aによってワイヤ15に給電するのでワイヤ15への給電を確実に行うことができるという効果を奏する。
【0052】
図12を参照しながら、本発明の他の実施形態について説明する。図1から図11を参照して説明した実施形態と同様の部分には同様の符号を付けて説明は省略する。本実施形態は、回転電極200Aをワイヤ15に接離する方向に移動できるようにして、電極部材201Aへのワイヤ15の巻き掛け角度θを調整することができるよう構成したものである。図12で点線示される回転電極200Aは、回転電極200Aをワイヤ15に押し付ける前の位置を示し、実線で示される回転電極200Aは回転電極200Aをワイヤ15に向って移動させてワイヤ15に押し付け、点線で示した位置の場合よりも巻き掛け角度θが大きくなるように調整した状態を示す。
【0053】
押し付け前の状態では、回転電極200Aは電極部材201Aのワイヤ15と接触するのみで、ワイヤ15の巻き掛け角度θは略ゼロとなっている。この場合、ワイヤ15は回転電極200Aの電極部材201Aと略点で接触しており、ワイヤ15に掛かる張力によってワイヤ15を電極部材201Aの表面に押し付ける力Fは略ゼロとなっている。そして、回転電極200Aをワイヤ15に接する方向に向かって図12の実線の位置まで移動させると、回転電極200Aの電極部材201Aへのワイヤ15の巻き掛け角度は角度θ1(rad)となる。この場合、電極部材201Aの直径をDとすると、ワイヤ15は電極部材201Aに、(θ1×D/2)の長さだけ接触し、ワイヤ15に掛かる張力Tにより、F1=2×T×sin(θ1/2)、の押し付け力Fでワイヤ15が電極部材201Aの表面に押し付けられる。このように、回転電極200Aをワイヤ15に接離する方向に移動させることによってワイヤ15と電極部材201Aとの接触長さ、押し付け力Fを適切な値に調整することができる。
【0054】
本実施形態では、印加する高周波の放電加工パルス297の周波数や、ワイヤ15の材質、太さ、加工するインゴットの材質大きさ等に応じて回転電極200Aの位置を変化させて、最適の接触長さ、押し付け力とすることができ、更に長時間の加工を安定して行うことができるという効果を奏する。
【0055】
また、本実施形態においては、その先端がワイヤ15に接離する方向に移動する回転アームの先端に回転電極200Aを取り付け、そのアームを回転させることによって回転電極200Aの電極部材201Aをワイヤ15に押し付けるように構成しても良い。
【符号の説明】
【0056】
10A 送り出しボビン、10B 巻き取りボビン、11A〜11I プーリ、12 ダンサロール、13A,13B ワイヤ張力センサ、15 ワイヤ、16 速度プーリ、17 ガイド、18 張力プーリ、19 クランプユニット、19a クランプローラ、21 ワイヤ整列ユニット、22 滑りクラッチ、24A〜24F ガイドローラ、25A 送り出しモータ、25B 速度モータ、25C ドローモータ、25D トルクモータ、25E ステッピングモータ、25F,25G 位置決めモータ、25H 巻取りモータ、26 切断ワイヤ部分、26C,28C 中心、27 ワーク送りユニット、28 インゴット、28D 中心線、28a 加工溝、29 電源、31 位置センサ、32 断線検出センサ、70 粉、80 制御部、100 マルチワイヤ放電加工装置、200A,200B,500A 回転電極、201A,201B,501A 電極部材、202A 導電性ベアリング、203A,203B 中心軸、205A,205B 回転中心、206A,206B,207A,356A,506A 溝、208A 回転軸、209A ベアリング、210A 段部、211A,231A 内輪、212A,232A 外輪、213A,233A ボール、214A 導電性グリス、216A キャップ、220A 入力端子、230A 段部、235A カラー、236A 端部、237A 接続部材、238A ブラケット、239A 流動体、250A 基盤、251A 内面、261〜265 切断ワイヤ部分、291 主スイッチングトランジスタ、292 主直流電源、293 副スイッチングトランジスタ、294 副直流電源、295 プラス側出力線、296 マイナス側出力線、296A,296B 回転電極接続線、297 放電加工パルス、298 残留電荷除電パルス、299 高周波パルス、300A,300B,350A,350B アイドルローラ、401 隙間。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
間隔をおいて配設された複数のガイドローラを含むガイドローラ組と、
各ガイドローラの長手方向に間隔をあけてガイドローラ組に複数回巻き掛けられて複数条となり、ガイドローラ組のうちの一対の隣り合うガイドローラ間で互いに離間した複数の切断ワイヤ部分を構成するワイヤと、
ワイヤの各条に接して共通の放電加工電力を給電する電極と、を備え、
ワイヤを巻き掛け方向に送りながら各切断ワイヤ部分とワークとの間で放電を行ってワークを加工するマルチワイヤ放電加工装置であって、
電極がワイヤの送り方向と同じ方向に向かって回転すること、
を特徴とするマルチワイヤ放電加工装置。
【請求項2】
請求項1に記載のマルチワイヤ放電加工装置であって、
電極は、円筒状の導電体であること、
を特徴とするマルチワイヤ放電加工装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載のマルチワイヤ放電加工装置であって、
ワイヤの各条はワイヤのワークに向かう側と反対側で電極に接すること、
を特徴とするマルチワイヤ放電加工装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載のマルチワイヤ放電加工装置であって、
電極が回転自在に取り付けられ、放電加工電力が入力される回転しない中心軸と、
電極と中心軸との間に設けられ、電極と中心軸とを電気的に導通させる導電性グリス
が充填された導電性軸受と、を有すること、
を特徴とするマルチワイヤ放電加工装置。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか1項に記載のマルチワイヤ放電加工装置であって、
放電加工電力が入力される回転しないブラケットと、
ブラケットに回転自在に接続され、電極と共に回転する回転軸とを含み、
ブラケットと回転軸とは導電性の流動体によって電気的に接続されていること、
を特徴とするマルチワイヤ放電加工装置。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載のマルチワイヤ放電加工装置であって、
電極のワイヤ送り方向の上流側または下流側または両側に配置され、ワイヤの各条を電極に押しつけるアイドルローラを備えること、
を特徴とするマルチワイヤ放電加工装置。
【請求項7】
請求項6に記載のマルチワイヤ放電加工装置であって、
アイドルローラは、電極との間にワイヤの各条を挟みこむこと、
を特徴とするマルチワイヤ放電加工装置。
【請求項8】
請求項2から7のいずれか1項に記載のマルチワイヤ放電加工装置であって、
円筒状の導電体で、電極との間にワイヤの各条を挟みこんでワイヤの送り方向と同じ方向に向かって回転する他の電極を有すること、
を特徴とするマルチワイヤ放電加工装置。
【請求項9】
請求項2から7のいずれか1項に記載のマルチワイヤ放電加工装置であって、
電極は、ワイヤの各条に接離する方向に移動してワイヤの各条に押しつけられること、
を特徴とするマルチワイヤ放電加工装置。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか1項に記載のマルチワイヤ放電加工装置であって、
複数の電極を含み、
各電極は、切断ワイヤ部分が伸びる方向の切断ワイヤ部分の中央からワイヤに沿って互いに反対方向に向かって等距離の位置に配置されていること、
を特徴とするマルチワイヤ放電加工装置。
【請求項11】
間隔をおいて配設された複数のガイドローラを含むガイドローラ組と、各ガイドローラの長手方向に間隔をあけてガイドローラ組に複数回巻き掛けられて複数条となり、ガイドローラ組のうちの一対の隣り合うガイドローラ間で互いに離間した複数の切断ワイヤ部分を構成するワイヤと、ワイヤの各条に接し、ワイヤの送り方向と同じ方向に向かって回転して共通の放電加工電力をワイヤの各条に給電する電極と、スイッチングトランジスタを含み放電加工電力を供給する共通の加工電源と、を備えるマルチワイヤ放電加工装置を用い、ワイヤを巻き掛け方向に送りながら各切断ワイヤ部分と炭化ケイ素のインゴットとの間で放電を行って炭化ケイ素のインゴットから複数の炭化ケイ素板を切り出す炭化ケイ素板の製造方法であって、
加工電源のスイッチングトランジスタをオンオフさせて高周波パルスを発生させ、この高周波パルスを放電加工用電力として供給すること、
を特徴とする炭化ケイ素板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−125879(P2012−125879A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−279679(P2010−279679)
【出願日】平成22年12月15日(2010.12.15)
【出願人】(391051441)株式会社東京カソード研究所 (40)
【Fターム(参考)】