説明

メラニン前駆体含有溶液及びその製造方法

【課題】本発明は、不揮発成分重量に占める5,6-ジヒドロキシインドール以外の成分の重量、及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の含有割合が低いメラニン前駆体含有溶液を提供する。
【解決手段】以下の(1)及び(2)の特徴を有するメラニン前駆体含有溶液:(1)HPLC分析における5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸のピーク面積が、5,6-ジヒドロキシインドールの10%以下、(2)不揮発成分重量に占める5,6-ジヒドロキシインドール以外の成分の重量が70重量%未満。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はメラニン前駆体含有溶液、及び当該メラニン前駆体含有溶液の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メラニンは、動物及び植物に広く存在する黄色〜黒色の色素であり、紫外線吸収機能、ラジカル捕捉機能、酸化防止機能などを有することが知られている。メラニンは、生体由来の物質であり安全性が高いことから、化粧品、食品等の添加剤として広く使用されている。
【0003】
例えば、メラニンは、日焼け防止クリーム、サングラス等に配合することにより、これらに紫外線吸収機能を持たせるために用いられている。また、食品やプラスティックの酸化防止剤としても使用されている。さらに、色素として白髪染めなどにも添加されている。
【0004】
このように、メラニンは非常に有益な物質であるため、その製造方法が種々検討されてきた。
【0005】
図1に示すように、生体内において、メラニンは、メラニン生成酵素であるチロシナーゼが、基質化合物である3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)アラニン(DOPA)の酸化を触媒することによりドーパキノンを経て生成するメラニン前駆体(ドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸など)が重合することにより生合成される。このようにして生成するメラニンは、皮膚や髪等のメラニン産生細胞内に小粒となって存在しており、水に不溶で、熱濃硫酸や強アルカリを用いなければ溶解しない高分子化合物である。
【0006】
このように、メラニンは水に不溶であるため、繊維や皮革などの染料として利用する場合、組織に浸透することができず、対象を染めることができない。
【0007】
特許文献1には、水溶性であるメラニン前駆体(メラニンの構成モノマーの混合物)の効率的な製造方法が開示されている。具体的には、特許文献1には、チロシン、DOPA及びこれらの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物を、カテコールオキシダーゼ活性を示す細胞を用いて酸化して、メラニン前駆体に変換する酸化工程と、得られた反応液からメラニン前駆体を回収する回収工程とを含むメラニン前駆体の製造方法が開示されている。
【0008】
かくして調製されるメラニン前駆体は水溶性であるため、染色対象物に浸透しやすく、メラニン前駆体を染色対象物内に浸透させた後に重合させてメラニンを生成することにより効率良く対象物を染色することができる。
【0009】
しかしながら、特許文献1では、上記製造方法により製造されたメラニン前駆体含有溶液の純度に関する検討はなされてない。
【0010】
メラニン前駆体含有溶液を染料溶液として用いる場合、メラニン前駆体含有溶液に含まれる5,6-ジヒドロキシインドール以外の不揮発成分の割合が高いと結晶が生成する上、染料溶液の色合いが濃くなる。そのため、これらの量が少ないほど染料溶液としての商品価値が高くなる。
【0011】
メラニン前駆体含有溶液に含まれる5,6-ジヒドロキシインドールは安全性に関する公開情報(Opinion of The Scientific Committee on Cosmetic Products and Non-Food Products Intended for Consumers (SCCNFP) 18 Mar 2003)があるものの、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸は公開情報が存在しないため、多量に含有していると安全上のリスク要因となりうる。すなわち、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸は5,6-ジヒドロキシインドールに対して、低濃度で安定的に管理されることが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2006−158304号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、メラニン前駆体含有溶液の製造において不揮発成分重量に占める5,6-ジヒドロキシインドール以外の成分の重量を減少させ、且つ5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の含有割合を減少させることが出来る方法を特徴とする、メラニン前駆体含有溶液の製造方法を提供することを目的とする。
【0014】
また、不揮発成分重量に占める5,6-ジヒドロキシインドール以外の成分の重量、及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の含有割合が低いメラニン前駆体含有溶液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、DOPAをはじめとする基質化合物を非溶解状態で含む混合物を原料として、酸素の存在下で反応させてメラニン前駆体を生成することにより、基質化合物を酸を用いて溶解させた後、反応させるという特許文献1に記載の方法に比べて、5,6-ジヒドロキシインドール以外の不揮発成分の割合を減少させることができるという知見を得た。このことは、メラニン前駆体含有溶液を配合した染料溶液において結晶の生成を防止すると共に、その染料溶液の色合いを薄くする効果がある。
【0016】
また、反応に使用する微生物懸濁液又は酸化酵素溶液の電気伝導度を0.8 mS/cm以下に調整することにより、メラニン前駆体含有溶液の5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の含有割合を減少させることができるという知見を得た。このことは、メラニン前駆体含有溶液を配合した染料溶液を、例えば染毛剤等の用途で人が使用する場合の安全上のリスクを下げる効果がある。
【0017】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、下記に説明する(I)メラニン前駆体含有溶液、(II)メラニン前駆体含有溶液の製造方法、(III)5,6-ジヒドロキシインドール以外の不揮発成分の割合を低減させる方法及び(IV)5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の量を低減させる方法を提供すものである。
【0018】
(I)メラニン前駆体含有溶液
(I-1) 以下の(1)及び(2)の特徴を有するメラニン前駆体含有溶液:
(1)HPLC分析における5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸のピーク面積が、5,6-ジヒドロキシインドールのピーク面積の10%以下、
(2)不揮発成分重量に占める5,6-ジヒドロキシインドール以外の成分の重量が70重量%未満。
(I-2) (I-1)に記載のメラニン前駆体含有溶液を配合した染料溶液。
【0019】
(II)メラニン前駆体含有溶液の製造方法
(II-1) 水、酸化酵素を産生し得る微生物又は酸化酵素、並びにDOPA及びDOPAの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物を非溶解状態で含む混合物を酸素の存在下で反応させてメラニン前駆体を生成することを特徴とする、(I-1)に記載のメラニン前駆体含有溶液の製造方法。
(II-2) 前記水がイオン交換水である、(II-1)に記載の製造方法。
(II-3) 前記混合物が水、酸化酵素を産生し得る微生物懸濁液又は酸化酵素溶液、並びにDOPA及びDOPAの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物を混合して調製されるものであって、微生物懸濁液又は酸化酵素溶液の電気伝導度が0.8 mS/cm以下に調整されてなるものであることを特徴とする、(II-1)又は(II-2)に記載の製造方法。
(II-4) 前記酸化酵素がカテコールオキシダーゼ活性を有する酵素である、(II-1)〜(II-3)のいずれか一項に記載の製造方法。
(II-5) 前記カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素がチロシナーゼである、(II-4)に記載の製造方法。
(II-6) 前記微生物が酵母である、(II-1)〜(II-5) のいずれか一項に記載の製造方法。
【0020】
(III)5,6-ジヒドロキシインドール以外の不揮発成分を低減させる方法
(III-1) 水、酸化酵素を産生し得る微生物又は酸化酵素、並びにDOPA及びDOPAの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物の混合物を、酸素の存在下で反応させてメラニン前駆体を生成する、メラニン前駆体含有溶液の製造において、当該混合物中に基質化合物が非溶解状態になるように調製することを特徴とする、メラニン前駆体含有溶液中の5,6-ジヒドロキシインドール以外の不揮発成分を低減させる方法。
(III-2) 前記酸化酵素がカテコールオキシダーゼ活性を有する酵素である、 (III-1)に記載の方法。
(III-3) 前記カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素がチロシナーゼである(III-2)に記載の方法。
(III-4) 前記微生物が酵母である、(III-1)〜(III-3) のいずれか一項に記載の方法。
【0021】
(IV)5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の量を低減させる方法
(IV-I) 水、酸化酵素を産生し得る微生物又は酸化酵素、並びにDOPA及びDOPAの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物の混合物を、酸素の存在下で反応させてメラニン前駆体を生成する、メラニン前駆体含有溶液の製造において、当該溶液に含まれる5,6-ジヒドロキシインドールに対する5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の量を低減させる方法であって、当該混合物が水、酸化酵素を産生し得る微生物懸濁液又は酸化酵素溶液、並びに基質化合物を混合して調製される、基質化合物を非溶解状態で含むものであり、微生物懸濁液又は酸化酵素溶液の電気伝導度を0.8 mS/cm以下に調整することを特徴とする方法。
(IV-2) 前記酸化酵素がカテコールオキシダーゼ活性を有する酵素である、(IV-1)に記載の方法。
(IV-3) 前記カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素がチロシナーゼである、(IV-2)に記載の方法。
(IV-4) 前記微生物が酵母である、(IV-1)〜(IV-3)のいずれか一項に記載の方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明により、5,6-ジヒドロキシインドール以外の不揮発成分の割合を減少させ、且つ5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸含有割合を減少させたメラニン前駆体含有溶液を提供することができる。
【0023】
本発明のメラニン前駆体含有溶液は、5,6-ジヒドロキシインドール以外の不揮発成分(大半が無機塩類及び水溶性メラニンオリゴマー)の割合が減少しているため二つの効果がある。一つは、メラニン前駆体含有溶液を配合した染料溶液において結晶の生成を防止すると共に、その染料溶液の色合いを薄くする効果がある。染料溶液の色合いは、濃くても薄くてもその染色性能に影響しないが、薄色の染料溶液が空気中に出した際、数分で進行するメラニン重合反応のため急速に黒色に変化する様子は、例えば染毛剤として使用した場合、使用者が目で見た色の変化に驚き、商品特性を使用者に印象付けることができる。
【0024】
また、本発明のメラニン前駆体含有溶液は、安全性に関する公開情報のない5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸含有割合が減少しているため、安全上のリスクが少ない。
【0025】
本発明の製造方法では、基質化合物を非溶解状態で反応させるため、基質化合物を溶解する硫酸配合工程が不要である。また、DOPA等の基質化合物を溶解する必要がないため、基質化合物の添加量の上限が制限されず、メラニン前駆体生成量を増加させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】メラニンの生合成経路を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明のメラニン前駆体含有溶液及び当該メラニン前駆体含有溶液の製造方法について詳細に説明する。
【0028】
メラニン前駆体含有溶液
本発明のメラニン前駆体含有溶液は、
(1)HPLC分析における5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸のピーク面積が、5,6-ジヒドロキシインドールのピーク面積の10%以下、
(2) 不揮発成分重量に占める5,6-ジヒドロキシインドール以外の重量が70重量%未満、
であることを特徴とする。
【0029】
ここで、メラニン前駆体としては、メラニンの構成モノマー、例えばドーパクロム、5,6-ジヒドロキシインドール、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸、並びにこれらのモノマーが2〜5分子程度重合してなる水溶性オリゴマーを挙げることが出来る。本発明のメラニン前駆体含有溶液とはこれらのメラニン前駆体のうち少なくとも5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸を含むものであり、その限りにおいて他のメラニン前駆体を任意に含むものであってもよい。また、メラニン前駆体含有溶液には、後述する製造方法によって得られるものも含まれる。メラニン前駆体含有溶液の溶媒は、水、極性溶媒又はこれらの混合物であって、極性溶媒としては、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、酢酸、アンモニア等が挙げられる。
【0030】
メラニン前駆体含有溶液中のメラニン前駆体の濃度は、反応系に添加した基質濃度に依存する。反応系に添加する基質濃度は任意であるが、低濃度の場合は染色効果を得るために染料溶液に配合する際に高倍率の濃縮を要するため経済的に不利であり、高濃度の場合は基質からメラニン前駆体へ至る反応変換率が低下するため、同じく経済的に不利である。反応系中の好ましい基質濃度は10〜60 mMで、より好ましくは15〜40 mM である。
【0031】
・(1)について
本発明のメラニン前駆体含有溶液は、HPLC分析における5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸のピーク面積が、5,6-ジヒドロキシインドールのピーク面積の10%以下であることを特徴とし、この範囲であれば安全上のリスクが少ない。好ましくは6%以下、より好ましくは0.1〜3%である。
【0032】
「5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸のピーク面積が、5,6-ジヒドロキシインドールのピーク面積のX%以下」とは、HPLC(高性能液体クロマトグラフィー)分析において、5,6-ジヒドロキシインドールのピーク面積=A、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸のピーク面積=Bとしたとき、100×B/AがX以下になることをいう。尚、本明細書において、このX(%)を5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸含有割合としている。
【0033】
5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸のHPLC分析は以下のようにして行うことができる。
(1)試験液の処理
50 ml容メスフラスコに1%(w/v)のアスコルビン酸ナトリウムを含む0.1%(w/v)リン酸溶液を10 ml分注する。ここに試験液1.0 gを秤量して入れた後0.1%(w/v)リン酸溶液で50 ml標線までメスアップする。
(2)HPLC分析
斯くして調製した試験液の遠心上清を下記条件のHPLCに供し、5,6-ジヒドロキシインドールおよび5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸のピーク面積を求める。
HPLC装置:Waters社製HPLC Alliance2695-2996
カラム:Waters社製SunfireC18(4.6×150 mm)
移動相:A液−1.5%(w/v)リン酸溶液、B液−99.9%メタノール(B液が初発0%、5分後に50%となるようにグラジエントを設定)
試験液注入量:10μl
流速:1.0 ml/min
検出:極大吸収波長である280 nmにおける吸光度でモニター
メラニン前駆体含有溶液中の5,6-ジヒドロキシインドールの濃度は、反応系に添加した基質濃度に依存するため、基質濃度を40 mMとした場合を例示すると、好ましくは10〜30 mMであり、より好ましくは15〜25 mM程度であり、更に好ましくは17〜20 mM程度である。
【0034】
・(2)について
本発明のメラニン前駆体含有溶液は、不揮発成分重量に占める5,6-ジヒドロキシインドール以外の重量が70重量%未満であることを特徴とする。70重量%未満とすれば、メラニン前駆体含有溶液を配合した染料溶液において結晶の生成がせず、色合いが官能的に十分薄いと判断される。好ましくは65重量%未満、より好ましくは50〜60重量%である。
【0035】
5,6-ジヒドロキシインドールの重量は、上記のHPLC分析方法で、5,6-ジヒドロキシインドール標準品(BIO SYNTH社製など)を用いて、絶対検量線法により定量する。
【0036】
本発明において、不揮発成分とは、メラニン前駆体溶液を凍結乾燥法で乾燥した際に固形分として残留する成分のことを意味し、かかる不揮発成分の重量は、100 mLのメラニン前駆体溶液を窒素雰囲気下、-80℃において凍結し、凍結乾燥装置で48時間乾燥させた後に固形分重量を測定することにより求めることができる。その重量をAグラムとすると、不揮発成分濃度は10×A g/Lで表される。
【0037】
メラニン前駆体含有溶液中の不揮発成分の濃度は、反応系に添加した基質濃度に依存するため、基質濃度を40 mMとした場合を例示すると、好ましくは3〜10 g/L、より好ましくは5〜9 g/L、更に好ましくは6〜8 g/Lである。
【0038】
メラニン前駆体含有溶液の製造方法
本発明のメラニン前駆体含有溶液の製造方法は、水、酸化酵素を産生し得る微生物又は酸化酵素、並びにDOPA及びDOPAの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物を非溶解状態で含む混合物を酸素の存在下で反応させてメラニン前駆体を生成することを特徴とする。
【0039】
<微生物>
本発明の方法で用いる微生物は、酸化酵素を産生し得るものであればよく、この限りにおいて特に制限されない。微生物の増殖能力は問わず、不活性化処理した微生物も含まれる。また、酸化酵素を産生し得る微生物に破砕処理や溶菌処理などを施し、酵素溶液としたものについても同様に扱うことができる。
【0040】
本発明の方法で用いる微生物としては、大腸菌、酵母及び糸状菌等を挙げることができる。中でも、安全で、さらに単細胞であり、かつ細胞の沈降速度が速いため、比較的低速回転の遠心分離で反応後の細胞を分離できる点で酵母を用いることが好ましい。中でも、菌体が堅牢であるために菌体由来のタンパク質の反応液中への流出が抑えられ、かつ遺伝子操作が容易である点で、サッカロミセス・セレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)が好ましい。
【0041】
本発明で用いる微生物は、本来的に上記酵素を産生し得る能力を有する微生物であっても、また、上記酵素を産生し得る能力を外来的に付与されたか又は当該酵素の活性を高める処理をされた微生物であってもよい。
【0042】
酸化酵素は、後述する基質化合物を酸化する活性を有するものであればよく、好ましくはカテコールオキシダーゼ活性を有する酵素である。ここでカテコールオキシダーゼ活性とは、カテコールの酸化によるo-キノンの生成を触媒する活性をいい、かかるカテコールオキシダーゼ活性を有する酵素としては、モノフェノールオキシダーゼ、ジフェノールオキシダーゼ、o-ジフェノラーゼ、およびチロシナーゼ等が含まれる。カテコールオキシダーゼ活性を有する酵素としては、L-DOPAに対して親和性が高いために天然型メラニン前駆体を効率よく製造できる点で、チロシナーゼを使用することが好ましい。
【0043】
酸化酵素は、どのような生物に由来する酵素であってもよいが、特に、発現効率がよく、かつ宿主微生物内で安定であることから、糸状菌由来のチロシナーゼが好ましい。このような糸状菌としては、アスペルギルス(Aspergillus)属糸状菌、ニューロスポラ(Neurospora)属糸状菌、リゾムコール(Rhizomucor)属糸状菌、トリコデルマ(Trichoderma)属糸状菌、ペニシリウム(Penicillium)属糸状菌などが挙げられる。中でも、熱に対して比較的安定であり、かつ安全性が確かめられている点で、アスペルギルス属糸状菌のチロシナーゼが好ましく、具体的には、アスペルギルス・オリゼのmelB遺伝子(特開2002-191366号公報)、melD遺伝子(特開2004-201545号公報)又はmelO遺伝子(Molecular cloning and nucleotide sequence of the protyrosinase gene, melO, from Aspergillus oryzae and expression of the gene in yeast cells.Biochim Biophys Acta. 1995 Mar 14;1261(1):151-154.)にコードされるチロシナーゼ又はかかるチロシナーゼと実質的に同一である酵素を挙げることができる。
【0044】
なお、上記チロシナーゼと「実質的に同一」とは、これらの遺伝子(melB遺伝子、melD遺伝子又はmelO遺伝子)によってコードされるチロシナーゼのアミノ酸配列と、70%以上、更に好ましくは80%以上、最も好ましくは90%以上が同一のアミノ酸配列を有し、かつカテコールオキシダーゼ活性、好ましくはチロシナーゼ活性を有している酵素をいう。
【0045】
微生物、好ましくは前述する酵母に上記酵素を産生させるためには、例えば、タンパク質の大量発現用に通常用いられているベクターに上記酵素の遺伝子をクローニングしたものを上記微生物に導入し、その染色体に組み込むか、又はこれをプラスミド状態で有する微生物を培養することにより酸化酵素を大量に産生させることができる。
【0046】
本発明の製造方法においては、反応系にメラニン前駆体を効率良く蓄積させるために、基質化合物から生成したメラニン前駆体がさらに重合してメラニンが生成する速度より速く基質化合物からメラニン前駆体が生成するような高い活性を微生物が有している必要がある。
【0047】
<基質化合物>
基質化合物としては、DOPA及びDOPA類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物を使用する。DOPA及びDOPA類縁体は、L体又はD体のいずれであってもよい。DOPA類縁体としては、ドーパミン(Dopamine)や、DOPAメチルエステル、DOPAエチルエステルおよびα−メチルDOPA等が挙げられ、これらの異性体であってもよい。中でも、天然型メラニン前駆体が得られる点で、L-DOPAを用いることが好ましく、酵素に対する親和性の点でもL-DOPAを用いることが好ましい。
【0048】
基質化合物は1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0049】
<混合物>
本発明の方法で用いる混合物は、水、前述する酸化酵素を産生し得る微生物又は酸化酵素、並びに前述する基質化合物を非溶解状態で含むことを特徴とする。
【0050】
一方、基質化合物を溶解させて反応を行う場合は、基質化合物を完全に溶解させるために強酸を用いてpHを1〜3に調整する必要がある。そして、酵素反応を行う前には、強アルカリを用いて中和する必要がある。その結果、反応液中の無機塩類の含有量が増加することになる。
【0051】
これに対して、本発明では基質化合物を非溶解状態で反応させるため、上記のようなpH調整が不要であり、その結果、製造されるメラニン前駆体含有溶液中の無機塩類及び水溶性メラニンオリゴマー、すなわち5,6-ジヒドロキシインドール以外の不揮発成分を70%未満まで減少させることができる。更に、DOPA等の基質化合物を非溶解状態で使用できるために、基質化合物の添加量の上限が制限されず、その結果メラニン前駆体生成量を増加させることができる。
【0052】
混合物の調製に用いる水は、好ましくはイオン交換水である。イオン交換水を使用することにより、メラニン前駆体含有溶液に含まれる無機塩類の量を更に減少させることができる。
【0053】
本発明の混合物は、好ましくは、上記微生物として微生物懸濁液を、酸化酵素として酸化酵素溶液を用いて調製されるものである。当該微生物懸濁液又は酸化酵素溶液の添加量を混合物全体の10容量%として、その電気伝導度を好ましくは0.8 mS/cm以下、より好ましくは0.73 mS/cm以下、更に好ましくは0.20〜0.50 mS/cmに調整されてなるものを用いる。当該微生物懸濁液又は酸化酵素溶液の添加量は任意であり、10容量%と異なる場合は、電気伝導度を10容量%に濃縮又は希釈したものとして換算する。
【0054】
ここで、酸化酵素溶液とは酸化酵素を水に懸濁あるいは溶解したものを言う。また、微生物懸濁液は、例えば次の手順により調製することが出来る。すなわち、前記微生物を常法により液体培養した後、培養液を遠心分離し培地を除去する。この微生物を水に懸濁して遠心分離し、上清を除去する。この最後の工程を繰り返すことにより微生物を洗浄する。そして、得られた微生物を水に懸濁したものを微生物懸濁液とする。
【0055】
このように微生物を洗浄することにより、微生物懸濁液の電気伝導度を0.8 mS/cm以下、好ましくは0.73 mS/cm以下、更に好ましくは0.20〜0.50 mS/cmになるように調整する。かくして、微生物を洗浄することで、培養液からの不純物の混入を減少させることができる。微生物懸濁液又は酸化酵素溶液の電気伝導度を0.8 mS/cm以下にすることで、メラニン前駆体含有溶液に含まれる5,6-ジヒドロキシインドールに対する5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の量をHPLC分析による面積比において10/100以下、好ましくは6/100以下、より好ましくは1/1000〜3/100まで低減させることができる。
【0056】
電気伝導度の測定は、微生物懸濁液又は酸化酵素溶液を遠心分離し、得られた上清を電気伝導度計(堀場製作所製、電気伝導率計B-173など)により測定する。
【0057】
反応開始時の基質化合物の濃度は、通常10〜60 mMとすることが好ましく、15〜40 mMとすることがより好ましい。反応開始前の基質濃度が10〜20 mMでは、仕込み後数時間程度、非溶解状態の基質化合物が含まれおり、基質濃度が20 mM以上では時間が経過しても常時非溶解状態の基質化合物が含まれている。
【0058】
また混合物のpHは、前述する酵素が基質化合物の酸化反応を触媒できる範囲であればよく特に限定されないが、通常pH4〜9程度に維持することが好ましく、pH5〜7程度に維持することがより好ましい。余りに低pHであると基質化合物の酸化が進行せず、逆に余りに高pHであると生成したメラニン前駆体が蓄積せずに重合してしまうが、上記範囲であれば、メラニン前駆体の重合を抑えて反応液中に効率よくメラニン前駆体を蓄積させることができる。
【0059】
混合物のpHは、KOH、NaOHのような強アルカリ及びH2SO4、HClのような強酸を少量添加することにより調整することが好ましく、無機塩類が増加するため緩衝液を使用する場合は最低限の濃度に留めるのが好ましい。
【0060】
混合物中の微生物又は酸化酵素の量は、30〜60分程度で基質の90%以上を酸化できる量が適当で、L-DOPA 1molに対しては、1×107U程度が適当である。尚、微生物又は酸化酵素の活性は実施例に記載の方法で測定することができる。微生物懸濁液を用いる場合、その添加量は任意であるが、含まれる微生物湿重量は反応液量の10重量%以下が好ましく、5重量%以下がより好ましい。この 範囲内であれば、反応後の固液分離を容易に行えることにより、メラニン前駆体の収率を高くすることができる。酸化酵素溶液を用いる場合、その添加量は任意であるが、含まれるタンパク質濃度が少ないほど、反応後の除タンパク操作が容易である。
【0061】
<反応>
前述する混合物は、酸化反応の反応原料として用いられる。
【0062】
反応温度は、酵素が基質化合物の酸化反応を触媒できる範囲であればよく特に限定されないが、通常15〜35℃程度に維持することが好ましく、20〜30℃程度に維持することがより好ましい。上記範囲内であれば、十分に酸化反応が進行するとともに、酵素が失活し難く、またメラニン化が進行し難い。
【0063】
反応は、通気撹拌槽を用いてバッチ式で行うのが好ましい。反応開始直後は、酸化反応に大量の酸素が必要であるため、大量に通気することが好ましい。但し、攪拌速度が速すぎると微生物が損傷するため、反応液中の酸素濃度を監視し、酸素濃度が低下しなくなれば通気量および攪拌速度を減少することが好ましい。反応液中の酸素濃度は0.1〜8 ppm程度に維持することが好ましく、1〜2 ppm程度に維持することがより好ましい。通気や撹拌により反応液中に大量の泡が生じる場合は、シリコーン樹脂のような消泡剤を添加してもよい。
【0064】
反応時間は、通常10分〜2時間程度とするのが好ましく、30分〜1時間程度とするのがより好ましい。余りに長時間反応させると生成したメラニン前駆体の重合反応が進行してしまうためメラニン前駆体の収率が低下するが、この程度であれば、重合反応を最小限に抑えながら基質化合物を十分メラニン前駆体に変換できる。
【0065】
基質化合物としてDOPAを用いる場合は、上記酵素反応により基質化合物が酸化されてドーパクロムが生成し、基質が枯渇した時点で反応は終了する。反応終了後の溶液を不活性ガス雰囲気下で保管し、pH 6〜9に調整する。当該条件下で、ドーパクロムからは非酵素的な異性化反応により5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸又は5,6-ジヒドロキシインドールに変換される。この反応は24時間以内に完了する。なお、5,6-ジヒドロキシインドールや5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸は空気と接触することで容易に酸化されるため、取り扱いは不活性ガス雰囲気下で行う。不活性ガスとして、窒素ガス、アルゴンガス等が利用できる。これにより、5,6-ジヒドロキシインドールを主要成分とし、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸を含むメラニン前駆体含有溶液が得られる。
【0066】
<メラニン前駆体溶液の精製>
微生物懸濁液を添加して製造したメラニン前駆体含有溶液は、必要に応じて、微生物を除去する固液分離工程に供する。不活性ガス雰囲気下で遠心分離、あるいは膜分離を行うことでメラニン前駆体を劣化させずに、微生物を含まないメラニン前駆体溶液を得ることができる。引き続き不活性ガス雰囲気下で限外ろ過膜を用いた除タンパク工程に供することで、混入タンパク質を除去したメラニン前駆体溶液が得られる。なお、限外ろ過膜を用いて膜分離を行えば、固液分離と除タンパクを単一工程で済ませることもできる。
【0067】
酵素溶液を添加して製造したメラニン前駆体含有溶液は、必要に応じて、上記と同様に除タンパク工程に供することで、タンパク質を除去したメラニン前駆体溶液が得られる。
【0068】
前述の方法で得られるメラニン前駆体含有溶液は、不活性ガス雰囲気下で保管できる。
【0069】
<染料溶液>
本発明のメラニン前駆体含有溶液を配合し、染色性能及び保存性に優れた染料溶液を調製することができる。染色性能の観点から、染料溶液に含まれる5,6-ジヒドロキシインドール濃度は、0.01〜10重量%、更には0.05〜5重量%、特に0.2〜1.5重量%が好ましい。この含有量は、染料溶液の使用目的によって適宜変えることができ、染色回数が一回で染色対象物が綿繊維の場合は0.2〜0.5重量%で、染色対象物がヒト白髪の場合は1.0〜1.5重量%程度で黒く染色することができる。染色回数が2回以上である場合は、より低濃度で染色効果が得られる。
【0070】
本発明の染料溶液のpHは、染色性能と保存性の観点からpH7〜9に調整することが好ましい。また、本発明の染料溶液には防腐剤として、エタノールを20重量%程度添加するのが好ましい。
【0071】
前述の染料溶液は、不活性ガス雰囲気下でステンレスタンク等の密閉可能な容器に封入し、常温で保管することができる。また、不活性ガスで加圧しておくと、使用時にコックを開くだけで必要量の染料溶液を取り出すことができて便利である。
【0072】
本染料溶液は茶褐色で、保管容器より空気中に取り出した時点より空気酸化を受け始め、急激に黒色に変化し、同時に染色が開始される。常温においては、通常1時間以内にメラニン前駆体が空気酸化により全量消費され、黒色のメラニン溶液に変換される。メラニン溶液に染色性能は認められない。
【0073】
本染料溶液は、それ自体で染色性能を有し、染料として使用可能であるが、さらに使用感を向上させるため、染色を意図した各種商品の原料として使用することもできる。例えば、染料成分として、界面活性剤、安定化剤、緩衝剤、香料、感触向上剤、キレート剤、可溶化剤、防腐剤等を含む染毛剤に配合することができる。
【実施例】
【0074】
以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例及び試験例を挙げる。しかし、本発明はこれら実験例等になんら限定されるものではない。
【0075】
カテコールオキシダーゼ産生微生物(melB産生酵母)の調製
カテコールオキシダーゼとしてチロシナーゼ(melB)、微生物として酵母(Saccharomyces cerevisiae)を用いて、カテコールオキシダーゼ産生微生物を調製した。なお、チロシナーゼ(melB)は麹菌Aspergillus oryzaeから単離された酵素である(特許第3903125号公報)。そのアミノ酸配列、並びにそれをコードするmelB遺伝子のクローニング方法およびその塩基配列も、上記特許第3903125号公報に記載されている。
(1)チロシナーゼ遺伝子(melB遺伝子)のクローニング
特許第3903125号公報の記載に従って、麹菌Aspergillus oryzaeからmelB遺伝子をクローニングした。具体的には、麹菌Aspergillus oryzae OSI-1013株(受託番号FERM P-16528、平成9年11月20日に日本国茨城県つくば市東1-1-1 つくばセンター 中央第6に住所を有する独立行政法人産業技術総合研究所・特許生物寄託センター(旧:工業技術院生命工学工業技術研究所・特許微生物寄託センター)に寄託)を蒸米に接種し、製麹した麹を1.5g秤量し、液体窒素中で完全に破砕した。日本ジーン社製ISOGENを用いて、これから240μgの全RNAを抽出した。120μgの全RNAからタカラバイオ株式会社製Oligotex-dT30<Super>を用いて、1μgのmRNAを精製した。このmRNAを、Clontech社製SMART cDNA Library Construction KitによりcDNAライブラリーを作成し、PCRによりmelB cDNAのみを増幅した。得られたPCR産物はアガロースゲル電気泳動で、目的の約1.8Kbpのバンドのみが増幅されていることを確認した。また、塩基配列解析の結果、正常にイントロン配列が取り除かれていることも確認した。なお、特許第3903125号公報の配列番号2に記載されているmelB遺伝子の塩基配列のうち、1〜1436番目の塩基配列はプロモーター領域、3636〜4174番目の塩基配列はターミネーター領域に相当し、1437〜3635番目の塩基配列は、melB cDNAに相当するコーティング領域に相当する。
(2)酵母への組み込み
上記(1)で得られたmelB cDNAを、酵母Saccharomyces cerevisiae用発現ベクター(特開2003-265177号公報)に発現可能な状態で接続した。具体的には、特開2003-265177号公報の記載に準じて、SED1プロモーターとADH1ターミネーターを持つ上記発現ベクターのプロモーター直下のSmaI部位に、上記(a)で取得したmelB cDNAを挿入した。URA3マーカー内部に存在するStuI部位で切断することにより得られるmelB cDNAを含む断片を導入用カセットとして精製した。
これを定法に従って、酵母(Saccharomyces cerevisiae)に導入し、melB産生酵母を調製した。なお、酵母は、清酒の醸造に用いられる実用酵母・協会9号由来のウラシル要求性株については、日本醸造教会から入手できる清酒の醸造に用いられる実用酵母・協会9号の5−フルオロオロチジン酸耐性を利用した公知の陽性選択方法により取得することができる。
【0076】
微生物懸濁液の調製
上記で得られたmelB産生酵母(組換え酵母)を常法に従って培養し、遠心分離によって菌体を回収し、蒸留水で洗浄した。次いで、菌体(湿重量約100g)に0.1mMの硫酸銅を含む水溶液1Lを加え、40℃で20分間保持した。その後、遠心分離により菌体を回収し、これを50mMの酢酸緩衝液(NaOAc-HCl)(pH3.0)1Lに懸濁し、室温で10分間静置した。その後、遠心分離により菌体を回収し、過剰な銅イオンを除去するため、20mMのEDTA溶液(KOHを使用してpH5に調整)で洗浄し、遠心分離して菌体を回収した。斯くして活性化処理された菌体を水1Lに懸濁して、これを微生物懸濁液とした。
【0077】
微生物懸濁液の活性測定方法
酸化酵素又は微生物の活性は、酸化酵素又は微生物と0.8μmolのDOPAを含む溶液1mLを30℃で5分間反応させた場合の475nmにおける吸光度を光路長1 cmあたり1増加させる活性を1Uとして計算される。また微生物の酵素活性は、これを反応に用いた菌体の湿重量(mg)で除したもの(U/mg)とすることもできる。
【0078】
5,6-ジヒドロキシインドール量の測定方法
5,6-ジヒドロキシインドールの重量は、下記のHPLC分析方法で、5,6-ジヒドロキシインドール標準品はBIO SYNTH社製を用いて、絶対検量線法により定量した。
(1)試験液の処理
50 ml容メスフラスコに1%(w/v)のアスコルビン酸ナトリウムを含む0.1%(w/v)リン酸溶液を10 ml分注した。ここに試験液1.0 gを秤量して入れた後、0.1%(w/v)リン酸溶液で50 ml標線までメスアップした。
(2)HPLC分析
斯くして調製した試験液の遠心上清を下記条件のHPLCに供し、5,6-ジヒドロキシインドールのピーク面積を求めた。
HPLC装置:Waters社製HPLC Alliance2695-2996
カラム:Waters社製SunfireC18(4.6×150 mm)
移動相:A液−1.5%(w/v)リン酸溶液、B液−99.9%メタノール(B液が初発0%、5分後に50%となるようにグラジエントを設定)
試験液注入量:10μl
流速:1.0 ml/min
検出:極大吸収波長である280 nmにおける吸光度でモニター
【0079】
不揮発成分量の測定方法
不揮発成分の重量は、100 mLのメラニン前駆体溶液を窒素雰囲気下、-80℃において凍結し、凍結乾燥装置で48時間乾燥させた後に固形分重量を定量することにより測定した。
【0080】
5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸含有割合の測定条件
5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸含有割合は、5,6-ジヒドロキシインドール及び5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸のHPLC分析を「5,6-ジヒドロキシインドール量の測定方法」と同じ方法で行ってピーク面積を測定することにより求めた。
【0081】
電気伝導度の測定方法
電気伝導度の測定は、微生物懸濁液を遠心分離し、得られた上清を電気伝導率計(堀場製作所製、B-173)により測定した。
【0082】
実施例1.メラニン前駆体含有溶液の製造方法
下記A, B及びCを30L培養槽に仕込んだ(反応液量23.8L)。この時、DOPAが全量水に溶解することはなく、分散した状態(非溶解状態)で含まれていた。以後、これをDOPA非溶解液と呼ぶ。
A: イオン交換水 21.4 L
B: 微生物懸濁液 238 mL (活性8.6×106U、電気伝導度0.29 mS/cm)
C: DOPA 190 g
撹拌を開始後、酸素ガス通気を開始した。この操作により、酸化反応が開始する。この反応中、反応液のpHが5.5付近になるように6N NaOH又は1N 硫酸を自動添加した。具体的には、反応前半は6N NaOHを自動添加し、反応後半は1N 硫酸を自動添加した。40分で反応終了とし、通気を止めた。培養槽内を窒素雰囲気とし、弱アルカリ性条件(pH7〜9)で18時間弱く撹拌を続け、ドーパクロムから5,6-ジヒドロキシインドールを生成した。その後、反応液をUF膜を用いて除菌、除タンパク処理した。
【0083】
以上の操作により、除菌、除タンパク済みのメラニン前駆体溶液28.95 kgを得た。得られたメラニン前駆体溶液は、ステンレス製の加圧対応型タンクに入れ、窒素ガスで気相部を置換した上で、約0.1MPaに加圧して、常温で保管した。
【0084】
得られたメラニン前駆体含有溶液に含まれていた成分:
・5,6-ジヒドロキシインドール濃度:17 mM(0.26重量%)
・不揮発成分重量に占める5,6-ジヒドロキシインドール以外の成分の重量:62重量%
・5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸含有割合:6 %
【0085】
比較例1.メラニン前駆体含有溶液の製造方法
下記A, B及びCを10L培養槽に仕込んだ(反応液量7L)。この時、DOPAは酸性条件下で水に溶解した(DOPA濃度20 mM)。以後、これをDOPA溶解液とする。
A: イオン交換水 6.3 L
B: DOPA 28 g
C: 62.5% 硫酸 14 mL
酸素を通気し、撹拌を開始した。6N NaOHを添加し、pH5.5付近に調整した。反応液に緩衝作用がないため、pHの微調整はできない。直ちに、微生物懸濁液を0.7L添加した(活性4.0×106U、電気伝導度0.88 mS/cm)。これによって、酸化反応が始まる。この反応中、反応液のpHが5.5付近になるように6N NaOH又は1N 硫酸を自動添加した。具体的には、反応前半は6N NaOHを自動添加し、反応後半は1N 硫酸を自動添加した。40分で反応終了とした。培養槽内を窒素雰囲気とし、弱アルカリ性条件(pH7〜9)で一晩弱く撹拌を続け、ドーパクロムから5,6-ジヒドロキシインドールを生成した。その後、反応液をUF膜を用いて除菌、除タンパク処理した。
【0086】
以上の操作により、除菌、除タンパク済みのメラニン前駆体溶液8.4 kgを得た。得られたメラニン前駆体溶液は、ステンレス製の加圧対応型タンクに入れ、窒素ガスで気相部を置換した上で、約0.1MPaに加圧して、常温で保管した。
【0087】
得られたメラニン前駆体含有溶液に含まれていた成分:
・5,6-ジヒドロキシインドール濃度:6.5 mM(0.10重量%)
・不揮発成分重量に占める5,6-ジヒドロキシインドール以外の成分の重量:80重量%
・5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸含有割合:11 %
【0088】
上記結果から、実施例1は比較例1と比較して不揮発成分重量に占める5,6-ジヒドロキシインドール以外の成分の重量が減少しており、夾雑物の少ないメラニン前駆体含有溶液が調製できていることが確認された。これは、実施例1では、比較例1と異なりDOPAを溶解するための硫酸を使用しておらず、その結果、中和処理による塩の発生がないと考えられる。また、基質DOPAの物質量に対する生成物5,6-ジヒドロキシインドールの収率を求めると、実施例1は44%、比較例1は33%であり、実施例1の方が高収率である。このことから、DOPA非溶解液の反応は副生成物であるメラニンオリゴマーやメラニンの生成を抑える効果があるものと考えられる。
【0089】
試験例1.微生物懸濁液の電気伝導度の影響検討結果
品質を安定化させるため、微生物懸濁液の電気伝導度管理を行った。これにより微生物懸濁液からの持込不純物を管理する効果が見込まれる。
【0090】
微生物を洗浄することにより電気伝導度が種々異なる微生物懸濁液を使用した以外は、実施例1と同様の製造方法でメラニン前駆体含有溶液を製造した。以下の表に、微生物懸濁液の電気伝導度と5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸含有割合の関係を示す。
(製造番号3は、実施例1と同一)
【0091】
【表1】

【0092】
上記表から、製造番号3と4では5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸含有割合を好ましいレベルである10%以下に抑えられている。また、微生物懸濁液の電気伝導度が0.8、0.7、0.6、0.5、0.4、0.3、0.2、0.1、0.05の場合にも5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸含有割合を10%以下に抑えられた。 この結果より、微生物懸濁液又は酸化酵素溶液の電気伝導度を概ね0.8 mS/cm以下にコントロールすることにより5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸含有割合を10%以下にできることが分かる。そのため、安全上のリスクを低減することができる。
【0093】
配合例1.染料溶液
以下、本発明のメラニン前駆体含有溶液を用いた染料溶液の配合例を示す。
【0094】
実施例1と比較例1のメラニン前駆体溶液について、それぞれ下記の手順で表2に記載の組成の染料溶液を調製した。
【0095】
5,6-ジヒドロキシインドール濃度が1.25%に達するまで、遠心式薄膜濃縮装置(大川原製作所製「エバポールラボ」)を用いて濃縮した。 そこへ脱気エタノールを20%重量になる量を加えた。
【0096】
【表2】

【0097】
この配合操作によって、それぞれの不揮発成分重量に占める5,6-ジヒドロキシインドール以外の成分の重量と、5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸含有割合は変化しなかった。
【0098】
実施例1のメラニン前駆体溶液から調製した染料溶液を(イ)、比較例1のメラニン前駆体溶液から調製した染料溶液を(ロ)として、染料溶液の品質を評価した。
【0099】
評価方法: 空気中にてシャーレに長さ3 cm程度に切断した表3に記載の被染色物を数本入れ、そこへ保管容器から出した染料溶液約5 mLを加える。直後に染料溶液の外観を観察する。10分後に再度染料溶液の外観を観察し、同時に被染色物をシャーレから引き上げ、空気中に10分間放置する。その後、被染色物に付着した染料溶液を水でよく洗い流し、乾燥させた後、黒色に染色されたかどうか目視にて確認した。結果を以下の表3に示す。尚、表3中の+は黒色に染色されたことを示す。
【0100】
【表3】

【0101】
この結果より、染料溶液(イ)は、空気中で急速に色が変化する様子が目視でわかり、染色されていく様子を使用者が実感することができる。染色性能に関して、両者に差は認められなかった。また、安全上のリスクは、含有する5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸が少ない(イ)の方が低い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)及び(2)の特徴を有するメラニン前駆体含有溶液:
(1)HPLC分析における5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸のピーク面積が、5,6-ジヒドロキシインドールのピーク面積の10%以下、
(2)不揮発成分重量に占める5,6-ジヒドロキシインドール以外の成分の重量が70重量%未満。
【請求項2】
水、酸化酵素を産生し得る微生物又は酸化酵素、並びにDOPA(3-(3,4-ジヒドロキシフェニル)アラニン)及びDOPAの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物を非溶解状態で含む混合物を酸素の存在下で反応させてメラニン前駆体を生成することを特徴とする、請求項1に記載のメラニン前駆体含有溶液の製造方法。
【請求項3】
前記水がイオン交換水である、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記混合物が水、酸化酵素を産生し得る微生物懸濁液又は酸化酵素溶液、並びにDOPA及びDOPAの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物を混合して調製されるものであって、微生物懸濁液又は酸化酵素溶液の電気伝導度が0.8 mS/cm以下に調整されてなるものであることを特徴とする、請求項2又は3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記酸化酵素がチロシナーゼである、請求項2〜4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
水、酸化酵素を産生し得る微生物又は酸化酵素、並びにDOPA及びDOPAの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物の混合物を、酸素の存在下で反応させてメラニン前駆体を生成する、メラニン前駆体含有溶液の製造において、
当該混合物中に基質化合物が非溶解状態になるように調製することを特徴とする、メラニン前駆体含有溶液中の5,6-ジヒドロキシインドール以外の不揮発成分を低減させる方法。
【請求項7】
水、酸化酵素を産生し得る微生物又は酸化酵素、並びにDOPA及びDOPAの類縁体からなる群より選ばれる少なくとも1種の基質化合物の混合物を、酸素の存在下で反応させてメラニン前駆体を生成する、メラニン前駆体含有溶液の製造において、当該溶液に含まれる5,6-ジヒドロキシインドールに対する5,6-ジヒドロキシインドール-2-カルボン酸の量を低減させる方法であって、
当該混合物が水、酸化酵素を産生し得る微生物懸濁液又は酸化酵素溶液、並びに基質化合物を混合して調製される、基質化合物を非溶解状態で含むものであり、微生物懸濁液又は酸化酵素溶液の電気伝導度を0.8 mS/cm以下に調整することを特徴とする方法。
【請求項8】
前記酸化酵素がチロシナーゼである、請求項6又は7に記載の方法。
【請求項9】
請求項1に記載のメラニン前駆体含有溶液を配合した染料溶液。

【図1】
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【公開番号】特開2011−46658(P2011−46658A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−197410(P2009−197410)
【出願日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【出願人】(000165251)月桂冠株式会社 (88)
【Fターム(参考)】