説明

リチウムイオン二次電池負極用非晶質系炭素材料の製造方法及びリチウムイオン二次電池

【課題】 充放電サイクルの繰り返し、充電状態での保存、及びフローティング充電などに伴う容量劣化が抑制可能となるリチウムイオン二次電池負極用非晶質系炭素材料を提供する。
【解決手段】 重質油組成物をディレードコーキングプロセスによってコーキング処理して得られる原料炭組成物を粉砕及び分級して原料炭組成物の粉体を得る工程と、当該原料炭組成物の粉体に圧縮剪断応力を付与し炭化物前駆体を得る工程と、当該炭化物前駆体を、X線広角回折法によって測定される(002)回折線から算出される結晶子の大きさLc(002)が2nm〜8nmの範囲となるように不活性雰囲気下で900℃〜1500℃の温度で加熱して炭化する工程を含む製造方法であって、前記原料炭組成物は、水素原子Hと炭素原子Cとの比率、H/C原子比が0.30〜0.50であり、且つマイクロ強度が7〜17質量%であることを特徴とするリチウムイオン二次電池負極用非晶質系炭素材料の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池の負極に用いられる非晶質系炭素材料の製造方法に関するものである。詳しくは、容量劣化を抑制した耐久性の高いリチウムイオン二次電池の負極に用いる非晶質系炭素材料、及び、それを用いた負極を備えるリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、従来の二次電池であるニッケルカドミウム電池、ニッケル水素電池、鉛電池に比較し、軽量であり且つ高い入出力特性を有することから、近年、電気自動車やハイブリッド車用の電源として期待されている。通常、この種の電池は、リチウムの可逆的なインターカレーションが可能なリチウムを含んだ正極と、炭素材料から成る負極とが、非水電解質を介して対向することにより構成されている。従って、この種の電池は放電状態で組み立てられ、充電しなければ放電可能状態とはならない。以下、正極としてコバルト酸リチウム(LiCoO)、負極として炭素材料、電解質としてリチウム塩を含んだ非水電解液が使用された場合を例に取り、その充放電反応について説明する。
【0003】
先ず、第一サイクル目の充電を行うと、正極に含まれたリチウムが電解液に放出され(下式1)、その正極電位は貴な方向へ移行する。負極では、正極から放出されたリチウムが炭素材料に吸蔵され(下式2)、その負極電位が卑な方向へ移行する。通常は、正・負極電位の差、即ち電池電圧が、所定の値に到達した時点で充電終止となる。この値は、充電終止電圧と呼称されている。そして放電させると、負極に吸蔵されたリチウムが放出され、負極電位は貴な方向へ移行し、そのリチウムは再び正極に吸蔵され、正極電位は卑な方向へ移行する。放電も、充電の場合と同様に、正・負極電位の差、即ち電池電圧が、所定の値に到達した時点で終止とされる。その値は、放電終止電圧と呼称されている。以上のような充電及び放電の全反応式は、下式3のように示される。その後に続く第二サイクル以降は、リチウムが正極と負極との間を行き来することで充放電反応(サイクル)が進行する。
【0004】
【化1】

【0005】
リチウムイオン二次電池の負極材料として使用される炭素材料は、一般に黒鉛系と非晶質系に大別される。ここで、非晶質系炭素材料とは、一般的には微視的にはごく微量の黒鉛結晶が存在することもあるが、それが乱雑な集合であり、見かけ上無定形に見えるものをいうが、本発明においては、それらの概念よりも広い、炭素の黒鉛化温度未満で熱処理された炭素材料をいう。
非晶質系炭素材料は、黒鉛系炭素材料と比較し、出力特性が高いという利点があり、自動車用や電力貯蔵インフラ用のリチウムイオン二次電池に用いられている。自動車用途の場合、停止状態から発進するとき、電力貯蔵インフラ用の場合は、急激な負荷変動を平準化するときなどに高い出力特性が要求されるためである。
【0006】
前述の通り、この種の電池は、近年、自動車用、産業用、電力供給インフラ用の蓄電装置としても盛んに検討されているが、これら用途に利用される場合には、携帯電話やノート型パソコン用として利用される場合より、極めて高度な信頼性が要求される。ここで信頼性とは寿命に関する特性であり、充放電サイクルが繰り返された場合でも、又は所定の電圧に充電された状態で保存された場合でも、あるいは一定の電圧で充電され続けた場合(フローティング充電された場合)でも、充放電容量や内部抵抗が変化し難い(劣化し難い)特性を指す。
【0007】
一方、従来の携帯電話やノート型パソコンに利用されてきたリチウムイオン二次電池の寿命特性は、負極材料にも大きく依存することが一般的に知られている。その理由の一つとして、負極の充放電効率が低いために、正極反応(式1)と負極反応(式2)の充放電効率を全く同じにすることが原理的に不可能であることが挙げられる。ここで充放電効率とは、充電に消費された電気容量に対する、放電が可能な電気容量の割合である。以下に、負極反応の充放電効率の方が低いことに起因して寿命特性が劣化する反応機構について詳述する。
【0008】
充電過程では、前述の通り、正極の中のリチウムが放出され(式1)、負極に吸蔵される(式2)が、その充電に消費される電気容量は、正・負極反応とも同一である。しかしながら、充放電効率は負極の方が低いので、その後に続く放電反応では、正極側に吸蔵可能なリチウム量、即ち充電する前の正極側に吸蔵されていたリチウム量よりも、負極から放出されるリチウム量の方が少ない状態で放電が終止する事態が生ずることとなる。その理由は、負極で充電に消費された電気容量のうちの一部が副反応及び競争反応に消費され、リチウムが吸蔵される反応、即ち放電可能な容量として吸蔵される反応に消費されなかったからである。
【0009】
このような充放電反応が生ずる結果、放電終止状態の正極電位は、充放電前の元の電位よりも貴な方向へ移行する一方、負極電位も充放電前の元の電位よりも貴な方向へ移行することとなる。この原因は、正極の充電過程で放出されたリチウムの全てが放電のときに吸蔵されない(戻らない)ため、充電過程で貴な方向へ移行した電位が、放電過程で卑な方向へ移行するときも、正・負極の充放電効率の差に相当する分だけ、元の正極電位に戻ることが不可能となり、元の正極電位より貴な電位で放電が終止することとなる。前述の通りリチウムイオン二次電池の放電は、電池電圧(即ち、正極電位と負極電位との差)が所定の値(放電終止電圧)に達した時点で完了するため、放電終止時点での正極の電位が貴になれば、その分負極電位も同様に貴な方向へ移行することになるからである。
【0010】
以上の通り、この種の電池は充放電サイクルを繰り返すと、正・負極の容量の作動領域が変化することで、所定の電圧範囲内(放電終止電圧と充電終止電圧の範囲内)で得られる容量が低下する問題が生じていた。このような容量劣化の反応機構は学会等でも報告されている(例えば、非特許文献1及び非特許文献2)。また、いったん作動領域が変化した正・負極電位は不可逆であり、原理的に元に戻ることはあり得ず、容量回復の手段が無いことも、この問題を深刻化させている。
【0011】
なお、前述の充放電サイクルが繰り返されたときに生ずる容量劣化の反応機構は、充電状態で電池が保存されたときの容量劣化、又はフローティング充電されたときの容量劣化の各々の反応機構と基本的には同様である。先ず電池が充電状態で保存された場合であるが、充電状態で生ずる副反応・競争反応によって失われる容量、即ち自己放電量は、正極よりも負極の方が大きいため、正・負極の容量の作動領域は、保存前後で変化することにより、保存後の電池容量は劣化することが知られている(例えば、非特許文献3)。充電状態における正・負極の自己放電速度の差も、前述の正・負極の充放電効率の差と同様に、充電状態の負極で生ずる副反応・競争反応の速度が、同じく充電状態の正極で生ずる副反応・競争反応の速度よりも高いことに起因している。
【0012】
次にフローティング充電された場合であるが、充電初期には正・負極電位とも各々所定の電位で充電され続けることとなる。しかし、正極電位を、その電位に保持させておくために必要な電流値(正極側の漏れ電流)と、負極電位を、その電位に保持させておくために必要な電流値(負極側の漏れ電流)は異なるのが実情である。その原因は、前述の通り、充電状態での正極及び負極の自己放電速度が異なり、負極の自己放電速度の方が大きいからである。従ってフローティング充電時は、負極側の漏れ電流の方が、正極側の漏れ電流よりも大きくなることにより、負極電位は漏れ電流が小さくなる方向、即ち貴な方向へ移行し、正極電位は漏れ電流が大きくなる方向、即ち貴な方向へ移行する。このようにフローティング充電された場合も、正・負極の容量の作動領域は不可逆的に変化し、電池容量が劣化する問題が生じていた。
【0013】
非晶質系炭素材料を負極として用いたリチウムイオン二次電池では、一般的に高い入・出力特性が得られる。しかしながら、このような炭素材料では、非晶質材料であるが故に粒子表面に結晶子エッジが露出する割合が大きい。
一般的に、結晶子エッジには、多数のダングリングボンド、即ち価電子結合が飽和せず結合の相手無しに存在する局在電子の状態が多く存在する。充電過程での負極炭素材料の表面、即ち電解液と炭素材料が接触している界面では、リチウムが六角網平面積層体の層間に挿入する本来の充電反応の他に、この局在電子が触媒的に作用し、電解液が還元分解されることに起因した副反応・競争反応が生じることによって、負極の充放電効率が低下すると考えられる。つまり、結晶子が等方的な状態であるためにエッジが表面に露出することにより、電解液の還元分解が増大し容量劣化が起こるという課題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】第48回電池討論会要旨集1A11(2007年11月13日)
【非特許文献2】第76回電気化学会大会要旨集1P29(2009年3月26日)
【非特許文献3】第71回電気化学会大会要旨集2I07(2004年3月24日)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、以上のようなリチウムイオン二次電池の容量劣化を改良するためのものであって、その目的は、充放電サイクルの繰り返し、充電状態での保存、及びフローティング充電などに伴う容量劣化が抑制可能となる負極炭素材料を開発することにより、高度な信頼性が要求される自動車用、産業用、電力貯蔵インフラ用のリチウムイオン二次電池の負極材料を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、粒子表面に露出する結晶子エッジの少ない非晶質系炭素材料を提供することにより、負極の充放電効率が改善され、リチウムイオン二次電池の信頼性を向上させることが可能となると考え、鋭意検討した結果、本発明に到達した。
すなわち、前述した課題を解決するために、本出願に係る発明の第一の態様は、重質油組成物をディレードコーキングプロセスによってコーキング処理して得られる原料炭組成物を粉砕及び分級して原料炭組成物の粉体を得る工程と、上記粉砕及び分級された原料炭組成物の粉体に圧縮剪断応力を付与し炭化物前駆体を得る工程と、当該炭化物前駆体を、X線広角回折法によって測定される(002)回折線から算出される結晶子の大きさLc(002)が2nm〜8nmの範囲となるように不活性雰囲気下で900℃〜1500℃の温度で加熱して炭化する工程を含む製造方法であって、前記原料炭組成物は、水素原子Hと炭素原子Cの比率、H/C原子比が0.30〜0.50であり、且つマイクロ強度が7〜17質量%であることを特徴とするリチウムイオン二次電池負極用非晶質系炭素材料の製造方法である。
上記の課題を解決するために、本出願に係る発明の第二の態様は、発明の第一の態様に記載された製造方法により得られた非晶質系炭素材料を負極材料として使用したリチウムイオン二次電池である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の製造方法により得られた非晶質系炭素材料は、粒子表面に露出する結晶子エッジの少ない非晶質系炭素材料である。これらの非晶質系炭素材料をリチウムイオン二次電池の負極材料として用いることにより、寿命特性の高いリチウムイオン二次電池を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】圧縮剪断応力を付与する装置の一例を示す図である。
【図2】本願実施例の電池評価試験で使用したセルの模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の非晶質系炭素材料を形成するために用いる原料炭組成物は、重質油組成物をディレードコーキングプロセスによってコーキング処理して得られる水素原子Hと炭素原子Cの比率、H/C原子比が0.30〜0.50であり、且つマイクロ強度が7〜17質量%のものである。このような物性を有した原料炭組成物を粉砕・分級して得られた原料炭組成物の粉体に圧縮剪断応力を付与した炭化物前駆体を炭化することにより、炭化後に得られる非晶質系炭素材料の粒子表面に露出する結晶子エッジを低減することができる。
【0020】
ここで原料炭組成物のH/Cは、全水素分(TH(質量%))を水素の原子量で除した値と、全炭素分(TC(質量%))を炭素の原子量で除した値の比率である。
全水素の測定は、試料を酸素気流中750℃で完全燃焼させ、燃焼ガスより生成した水分量を電量滴定法(カール・フィッシャー法)で求められる。電量滴定式のカール・フィッシャー法では、予め滴定セルにヨウ化物イオン、二酸化硫黄、塩基(RN)及びアルコールを主成分とする電解液を入れておき、滴定セルに試料を入れることで試料中の水分は、下式(4)の通り反応する。なお、試料は、例えばコーキング処理後、乾燥雰囲気下で冷却した後に測定される。
O+I+SO+CHOH+3RN
→ 2RN・HI+RN・HSOCH ・・(4)
この反応に必要なヨウ素は、下式(5)の通りヨウ化物イオンを電気化学的に反応(2電子反応)させることにより得られる。
2I − 2e → I ・・(5)
水1モルとヨウ素1モルとが反応することから、水1mgを滴定するのに必要な電気量が、下式(6)の通りファラデーの法則により求められる。
(2×96478)/(18.0153×10)=10.71クーロン・・(6)
ここで、定数96478はファラデー常数、18.0513は水の分子量である。
ヨウ素の発生に要した電気量を測定することで、水分量が求められる。さらに得られた水分量から、水素量に換算し、これを測定に供した試料質量で除することにより、全水素分(TH(質量%))が算出される。
全炭素の測定は、試料を1150℃の酸素気流中で燃焼させ、二酸化炭素(一部一酸化炭素)に変換され過剰の酸素気流に搬送されてCO+CO赤外線検出器により、全炭素分(TC(質量%))が算出される。
【0021】
H/C原子比が0.30〜0.50の原料炭組成物が、所定の粒度となるように粉砕・分級され、圧縮剪断応力が付与された場合、原料炭組成物を構成する適度な大きさの六角網平面が、粒子表面へ結晶子エッジが出現しないように配向する。六角網平面は応力の印加方向に対して鉛直に配向し易いため、炭化物前駆体の粒子表面は六角網平面で被覆された状態を実現することが可能となり、六角網平面の鉛直方向に位置する結晶子エッジは粒子表面に存在し難くなるため、炭化後の炭素材料の粒子表面に存在する結晶子エッジが極めて少なく、電池の信頼性低下の要因となる未組織炭素を極めて減少させることが可能となる。
【0022】
原料炭組成物のH/C原子比が0.30未満の場合は、原料炭組成物を構成する六角網平面の広がりが大きく、粉砕されたときの粒子形状が異方性となりやすい。ここで異方性とは、粒子表面における六角網平面の領域と結晶子エッジの領域とが分離し易い性質を指す。このような場合、粒子表面では結晶子エッジが集合している領域が存在してしまうため、その後に粒子へ圧縮剪断応力を付与しても、炭化物前駆体の粒子表面での六角網平面の配向を促進させることができない。このような粒子状態で炭化された場合、炭素材料の表面には結晶子エッジが露出し易く、電池の信頼性を低下させる要因となりやすい。
【0023】
逆に原料炭組成物中のH/C原子比が0.50を超えると、その炭素骨格の構造形成が不十分であるため、その後の炭化過程において溶融が起こり、六角網平面の3次元的積層配列が大きく乱れる。このような場合、原料炭組成物を所定の粒度となるように粉砕・分級した後、圧縮剪断応力を付与し、適度な大きさの六角網平面が粒子表面へ結晶子エッジが出現しないように配向しても、その三次元的な配向状態を維持して炭化することができないため、炭素材料の粒子表面には結晶子エッジが露出し易くなる。
【0024】
以上の通り原料炭組成物のH/Cは0.30〜0.50が望ましい。この範囲内の物性を有する原料炭組成物を所定の粒度となるように粉砕・分級した原料炭組成物の粉体に圧縮剪断応力を付与した炭化物前駆体を炭化した場合、炭素材料の粒子表面には結晶子エッジが極めて少ない状態を実現することが可能となる。
【0025】
またマイクロ強度は、鋼製シリンダー(内径25.4mm、長さ304.8mm)に20〜30メッシュの試料2gと直径5/16inch(7.9mm)の鋼球12個を入れ、鉛直面を管と直角方向に25rpmで800回転させたのち(すなわち、シリンダーを立てた状態から上下が入れ替わるように、回転軸を水平にして、あたかもプロペラが回転するように回転させる)、48メッシュでふるい分け、試料に対するふるい上の質量をパーセントで示した値である。
【0026】
本出願に係る発明の第一の態様には、原料炭組成物のマイクロ強度が7〜17質量%であることも規定されている。このマイクロ強度は、隣接する結晶子間の結合強さを示す指標である。一般に、隣接する結晶子の間には、六角網平面の構成単位となるベンゼン環以外の構造を有した未組織炭素が存在し、その隣接する結晶子間を結合させる機能を有している。この未組織炭素は、原料炭組成物が炭化された後も残存し、同様な役割を演じている。ここで未組織炭素とは、炭素六角網平面に組み込まれていない炭素を指し、隣接する炭素結晶子の成長や選択的な配向を妨害しながら、処理温度の上昇と共に徐々に炭素六角網平面中に取り込まれる特徴を示す炭素原子のことである。
【0027】
原料炭組成物のマイクロ強度が7質量%未満である場合には、隣接する結晶子間の結合強さが極めて弱いことを意味する。このような原料炭組成物が所定の粒度となるように粉砕・分級され、圧縮剪断応力が付与されると、原料炭組成物を構成する適度な大きさの六角網平面が、粒子表面へ結晶子エッジが出現しないように配向するため、原料炭組成物の状態としては好ましい構造が実現される。しかし、結晶子間の結合が弱いため、炭化後には原料炭組成物の粒子表面の構造を維持できなくなり、炭素材料の粒子形状は異方性が強く、且つ粒子表面にはエッジが露出し易くなる。この理由は、原料炭組成物の状態における結晶子間の結合が、炭化による結晶子の発達に伴う応力よりも弱いからである。
【0028】
原料炭組成物のマイクロ強度が17質量%を超える場合には、隣接する結晶子間の結合強さが極端に大きくなる。その理由は、隣接した結晶子間に存在する未組織炭素が、その隣接する結晶子と強固な三次元的化学結合を構築するからである。このような原料炭組成物が所定の粒度となるように粉砕・分級され、圧縮剪断応力が付与されたとしても、その粒子表面で六角網平面が配向し難くなる。また、この結合の強さよりも大きな圧縮剪断応力が付与された場合は、粒子表面に適度な大きさの六角網平面が配向した構造を形成するよりも、粒子が粉砕される確率が高くなる。この結果、粒子が割れても、又は割れなくても、粒子表面には結晶子エッジが露出し易くなる。
【0029】
以上の通り、原料炭組成物のマイクロ強度は7〜17質量%に限定される。この範囲内の物性を有する原料炭組成物を所定の粒度となるように粉砕・分級した原料炭組成物の粉体に圧縮剪断応力を付与した炭化物前駆体を炭化した場合、炭化後も適度な大きさの六角網平面が粒子表面に配向した状態を維持することが可能となる。その結果、炭化後の粒子表面に露出する結晶子エッジが極めて少ない非晶質系炭素材料を得ることができる。そして、このような非晶質系炭素材料をリチウムイオン二次電池の負極材料に使用したとき、極めて高い信頼性を確保することが可能となる。
【0030】
このように、H/C原子比が0.30〜0.50、且つマイクロ強度が7〜17質量%である原料炭組成物を所定の粒度となるように粉砕・分級し、圧縮剪断応力を付与した炭化物前駆体は、適度な大きさの結晶子が粒子表面に六角網平面が位置するように配向しており、その後炭化されても、その表面構造を維持することができる。
【0031】
本発明で用いる原料炭組成物は、重質油組成物をディレードコーキングプロセスによってコーキング処理することで得ることができる。
重質油組成物の成分としては、流動接触分解装置のボトム油(流動接触分解残油、FCC DO)、流動接触分解残油から抽出した芳香族分、重質油に高度な水添脱硫処理を施した水素化脱硫油、減圧残油(VR)、脱硫脱瀝油、石炭液化油、石炭の溶剤抽出油、常圧残浚油、シェルオイル、タールサンドビチューメン、ナフサタールピッチ、エチレンボトム油、コールタールピッチ及びこれらを水素化精製した重質油等が挙げられる。これらの重質油を二種類以上ブレンドして重質油組成物を調製する場合、重質油組成物をディレードコーキングプロセスによってコーキング処理した後に得られる原料炭組成物の物性として、H/C原子比が0.30〜0.50、且つマイクロ強度が7〜17質量%となるように、使用する原料油の性状に応じて配合比率を適宜調整すればよい。なお、原料油の性状は、原油の種類、原油から原料油が得られるまでの処理条件等によって変化する。
【0032】
流動接触分解装置のボトム油は、原料油として減圧軽油を使用し、触媒を使用して分解反応を選択的に行わせ、高オクタン価のFCCガソリンを得る流動床式の流動接触分解する装置のボトム油である。原料油として使用される減圧軽油は、好ましくは、常圧蒸留残渣油を直接脱硫して得られる脱硫減圧軽油(好ましくは、硫黄分500質量ppm以下、15℃における密度0.8/cm以上)である。
流動接触分解残油から抽出した芳香族分は、ジメチルホルムアミド等を用いて選択抽出し、芳香族分と飽和分に分離させたときの芳香族分である。
重質油に高度な水添脱硫処理を施した水素化脱硫油は、例えば、硫黄分1質量%以上の重質油を水素分圧10MPa以上で水素化脱硫処理して得られる硫黄分1.0質量%以下、窒素分0.5質量%以下、芳香族炭素分率(fa)0.1以上の重質油である。水素化脱硫油は、好ましくは、常圧蒸留残油を触媒存在下、水素化分解率が25%以下となるように水素化脱硫して得られる水素化脱硫油である。
減圧残油(VR)は、原油を常圧蒸留装置にかけて、ガス・軽質油・常圧残油を得た後、この常圧残浚油を、例えば、10〜30Torrの減圧下、加熱炉出口温度320〜360℃の範囲で変化させて得られる減圧蒸留装置のボトム油である。
脱硫脱瀝油は、例えば、減圧蒸留残渣油等の油を、プロパン、ブタン、ペンタン、又はこれらの混合物等を溶剤として使用する溶剤脱瀝装置で処理し、そのアスファルテン分を除去し、得られた脱瀝油(DAO)を、間接脱硫装置(Isomax)等を用いて、好ましくは硫黄分0.05〜0.40質量%の範囲までに脱硫したものである。
常圧残浚油は、原油を常圧蒸留装置にかけて、例えば、常圧下、加熱して、含まれる留分の沸点により、ガス・LPGやガソリン留分、灯油留分、軽質油留分、常圧残浚油に分けられる際に得られる留分の一つで、最も沸点高い留分である。加熱温度は、原油の産地等により変動し、これらの留分に分留できるものであれば限定されないが、例えば原油を320℃に加熱する。
【0033】
特に好ましい重質油組成物の例としては、(1)芳香族分率(芳香族指数)faが0.3〜0.65であること、(2)ノルマルパラフィン含有率が5〜20質量%であること、(3)脱硫処理された脱瀝油が7〜15質量%の範囲で含有されていること、の3つの条件が満たされた重質油組成物を挙げることができる。
重質油は高温処理されることによって、熱分解及び重縮合反応が起こり、メソフェーズと呼ばれる大きな液晶が中間生成物として生成する過程を経て生コークスが製造される。このとき、(1)良好なバルクメソフェーズを生成する重質油成分と、(2)このバルクメソフェーズが重縮合して炭化及び固化する際に、メソフェーズを構成する六角網平面積層体の大きさを小さく制限する機能を有したガスを生じ得る重質油成分と、更に(3)その切断された六角網平面積層体どうしを結合させる成分が全て含有された重質油組成物を用いることが特に好ましい。(1)良好なバルクメソフェーズを生成する重質油成分が、芳香族指数faとして0.3〜0.65を与える成分であり、(2)ガスを生じ得る重質油成分が、ノルマルパラフィン含有率の5〜20質量%に相当する成分であり、(3)六角網平面積層体どうしを結合させる成分が7〜15質量%の範囲で含有された脱硫脱瀝油である。
【0034】
このような重質油組成物が本発明の原料炭組成物の原料として好ましく使用される理由は、良好なバルクメソフェーズを生成する重質油成分により形成された六角網平面が、相対的に小さなサイズに制限されることで、圧縮剪断応力に対する粒子の内部応力を緩和せしめ、結晶子の配向および粒子変形を容易にすることに加え、脱硫脱瀝油が、隣接する六角網平面積層体を適度に結合させるからである。
なお、生コークスの製造に際して、脱硫脱瀝油を添加した例はなく、脱硫脱瀝油の含有が有効であることは驚きである。
【0035】
芳香族炭素分率(芳香族指数)(fa)は、Knight法により求めることができる。Knight法では、炭素の分布を13C−NMR法による芳香族炭素のスペクトルとして3つの成分(A,A,A)に分割する。ここで、Aは芳香族環内部炭素数、置換されている芳香族炭素と置換されていない芳香族炭素の半分(13C−NMRの約40〜60ppmのピークに相当)、Aは置換していない残りの半分の芳香族炭素(13C−NMRの約60〜80ppmのピークに相当)Aは脂肪族炭素数(13C−NMRの約130〜190ppmのピークに相当)であり、これらから、faは
fa=(A+A)/(A+A+A
により求められる。13C−NMR法が、ピッチ類の化学構造パラメータの最も基本的な量であるfaを定量的に求められる最良の方法であることは、文献(「ピッチのキャラクタリゼーション II. 化学構造」横野、真田、(炭素、1981(No.105)、p73〜81)に示されている。
【0036】
また重質油組成物のノルマルパラフィンの含有率は、キャピラリーカラムが装着されたガスクロマトグラフによって測定した値を意味する。具体的には、ノルマルパラフィンの標準物質によって検定した後、上記溶出クロマトグラフィー法によって分離された非芳香族成分の試料をキャピラリーカラムに通して測定する。この測定値から重質油組成物の全質量を基準とした含有率が算出可能である。
【0037】
重質油組成物の芳香族指数faが0.3未満では、重質油組成物からのコークスの収率が極端に低くなるほか、良好なバルクメソフェーズを形成することが出来ず、炭化しても結晶組織が発達し難い。また0.65を超えると、原料炭組成物の製造過程においてマトリックス中に急激にメソフェーズが多数発生し、主としてメソフェーズのシングル成長よりも、メソフェーズどうしの急激な合体が繰り返される。このためノルマルパラフィン含有成分によるガスの発生速度よりも、メソフェーズどうしの合体速度の方が速くなるため、バルクメソフェーズの六角網平面を小さなサイズに制限することが不可能となる場合がある。
【0038】
このように重質油組成物の芳香族指数faは0.3〜0.6の範囲が特に好ましい。faは重質油組成物の密度Dと粘度Vから算出可能であるが、密度Dは0.91〜1.02g/cm、粘度Vは10〜220mm/秒の範囲の重質油組成物で、faが0.3〜0.6となるようなものが特に好ましい。
【0039】
一方、重質油組成物の中に適度に含まれるノルマルパラフィン成分は、前述の通り、コーキング処理時にガスを発生することで、バルクメソフェーズの大きさを、小さなサイズに制限する重要な役割を演じている。また、このガス発生は、小さなサイズに制限された隣接するメソフェーズどうしを一軸配向させ、系全体を選択的に配向させる機能も有している。ノルマルパラフィン含有成分の含有率が5質量%未満になると、メソフェーズが必要以上に成長し、巨大な炭素六角網平面が形成されやすい。また20質量%を超えると、ノルマルパラフィンからのガス発生が過多となり、バルクメソフェーズの配向を逆に乱す方向に働く傾向があるため、炭化しても結晶組織が発達し難い。以上の通り、ノルマルパラフィン含有率は5〜20質量%の範囲であることが特に好ましい。
【0040】
脱硫脱瀝油は、前述の通り、隣接する六角網平面積層体を適度に結合させる役割を演じているが、重質油組成物の中の含有率として、5〜20質量%の範囲であることが特に好ましい。5質量%未満の場合、又は20質量%を超える場合には、コーキング後に得られる原料炭組成物のマイクロ強度が7質量%未満となる場合、又は17質量%を超える場合があるからである。
【0041】
このような特徴を有した重質油組成物は、コークス化され、本発明の原料炭組成物が形成される。所定の条件を満たす重質油組成物をコークス化する方法としては、ディレードコーキング法が好ましい。より具体的には、コーキング圧力が制御された条件の下、ディレードコーカーによって重質油組成物を熱処理して原料炭組成物を得る方法が好ましい。このときディレードコーカーの好ましい運転条件としては、圧力が0.1〜0.8MPa、温度が400〜600℃である。
コーカーの運転圧力に好ましい範囲が設定されている理由は、ノルマルパラフィン含有成分より発生するガスの系外への放出速度を、圧力で制限することができるからである。前述の通り、メソフェーズを構成する炭素六角網平面のサイズは、発生するガスで制御するため、発生ガスの系内への滞留時間は、前記六角網平面の大きさを決定するための重要な制御パラメータとなる。また、コーカーの運転温度に好ましい範囲が設定されている理由は、本発明の効果を得るために調整された重質油から、メソフェーズを成長させるために必要な温度だからである。
【0042】
このようにして得られた原料炭組成物を機械式粉砕機(例えば、スーパーローターミル/日清エンジニアリング製)等で粉砕・分級して原料炭組成物の粉体を得ることができる。精密空気分級機(例えば、ターボクラシファイヤー/日清エンジニアリング製)等で分級することにより、平均粒径5〜30μmの原料炭組成物の粉体を得ることができる。平均粒径は、レーザー回折式粒度分布計による測定に基づく。平均粒径を5〜30μmとした理由は、5μmより小さな粒径では、原料炭組成物の粉体に十分な圧縮剪断応力を付与することが不可能であるからである。また30μm以下とした理由は、リチウムイオン二次電池の負極用炭素材料として、一般的且つ好適に使用されている粒径だからである。
【0043】
原料炭組成物の粉体に圧縮剪断応力を付与する際には、圧縮剪断応力のほか、衝突、摩擦、ずり応力等も発生する。これらの応力が与える機械的エネルギーは、一般的な攪拌により得られるエネルギーより大きく、それらのエネルギーが、粒子表面に与えられることで、粒子形状の球形化や、粒子の複合化といったメカノケミカル現象と称される効果が発現する。原料炭組成物にメカノケミカル現象を起こさせるための機械的エネルギーを与えるには、剪断、圧縮、衝突等の応力を同時にかけることができる装置を用いればよく、特に装置の構造及び原理に限定されるものではない。たとえば、回転式のボールミルなどのボール型混練機、エッジランナー等のホイール型混練機、ハイブリダイゼーションシステム(奈良機械製作所製)、メカノフュージョン(ホソカワミクロン社製)、ノビルタ(ホソカワミクロン社製)、COMPOSI(日本コークス工業社製)などがある。
【0044】
圧縮剪断応力を付与する工程における製造条件は、使用する装置によっても異なるが、例えば、図1のように、ブレード3とハウジング5とを相対的に回転、好ましくは互いに逆方向(回転方向R1、R2)に回転させ、それらの間隙7で、粉体Pに圧密、圧縮応力を加える構造のメカノフュージョン装置1を用いることができる。
【0045】
ノビルタ(ホソカワミクロン社製)を用いる場合には、ブレードの回転数が1500〜5000rpm、処理時間を10〜180分とするのが好ましい。回転数が1500rpmより小さいとき、もしくは処理時間が10分未満では原料炭組成物の粉体に十分な圧縮剪断応力を付与することができない。一方、180分より長い処理を行うと、原料炭組成物の粉体に過多な圧縮剪断応力が付与され、粒子形状が著しく変形しやすい。
【0046】
COMPOSI(日本コークス工業社製)を用いる場合には、周速度50〜80m/sで処理時間を10〜180分とするのが好ましい。周速度が50m/sより小さいとき、もしくは処理時間が10分未満では原料炭組成物の粉体に十分な圧縮剪断応力を付与することができない。一方、180分より長い処理を行うと、原料炭組成物の粉体に過多な圧縮剪断応力が付与され、粒子形状が著しく変形しやすい。
【0047】
メカノフュージョン(ホソカワミクロン社製)を用いる場合には、ブレードの回転数が500〜3000rpm、処理時間を10〜300分とするのが好ましい。回転数が500rpmより小さいとき、もしくは処理時間が10分未満では原料炭組成物の粉体に十分な圧縮剪断応力を付与することができない。一方、300分より長い処理を行うと、原料炭組成物の粉体に過多な圧縮剪断応力が付与され、粒子形状が著しく変形しやすい。
【0048】
ハイブリダイゼーションシステム(奈良機械製作所製)を用いる場合には、周速度40〜60m/sで処理時間を5〜180分とするのが好ましい。
【0049】
また、本出願における原料炭組成物を使用する場合、処理時の制御温度は60〜250℃で行うことが好ましい。特に、処理時の制御温度が120〜200℃での運転が望ましい。本出願における原料炭組成物をこの温度範囲で処理することにより、粒子表面で均質な応力が付与され易くなり、適度な大きさの六角網平面が、粒子表面において、付与された応力と鉛直な方向へ選択的に配向する。そして、本出願における原料炭組成物は、この選択的配向が実現できるために、炭化後の粒子表面に結晶子エッジが露出し難くなり、この炭素材料を負極材料として用いたときにリチウムイオン二次電池の信頼性を向上させることが可能となる。
【0050】
原料炭組成物の粒子に圧縮剪断応力を付与する処理は、粒子の角を削るが、削られた部分が瞬時に粒子に付着して粒子を丸くする処理であり、見かけ上の粒径はほぼ変化がない程度で行うことがよい。したがって、微粉を発生させ、粒径を小さくする粉砕ではない。原料炭組成物は、揮発分を含んでいるため粘着性を有するが、この粘着性は、削られた部分が瞬時に粒子に付着することを容易にするため好ましく作用する。
【0051】
なお本出願にかかる発明の第一の態様においては、炭化物前駆体をX線広角回折法によって測定される(002)回折線から算出された結晶子の大きさLc(002)が2〜8nmの範囲となるように不活性雰囲気下で加熱し炭化する工程を含む。
【0052】
本発明において、炭素材料の物性として、X線広角回折法によって測定される(002)回折線の結晶子の大きさLc(002)を2nm以上とした理由は、2nm未満であると、炭素材料としての可逆容量(充放電が可能となる最大の容量)は大きくなるものの、初期充放電サイクルの不可逆容量も大きくなりやすい。負極の不可逆容量は、正極材料に含まれるリチウムで補填されることになるため、補填できるだけの正極材料を予め電池の中に充填しなければならなくなる結果、電池としての容量が減少するからである。一方、X線広角回折法によって測定される(002)回折線の結晶子の大きさLc(002)が8nmを超える場合は、初期充放電サイクルにおける不可逆容量は減少するものの、炭素材料としての可逆容量が減少する結果、電池としての充放電容量も低下しやすい。
【0053】
炭化処理の方法は、特に限定されないが、通常は、炭化物前駆体を窒素、アルゴン又はヘリウム等の不活性ガス雰囲気下で最高到達温度900〜1500℃、最高到達温度の保持時間0〜10時間で加熱する方法を挙げることができる。
【0054】
一般的にこの種の二次電池の負極に利用される非晶質の炭素材料は、有機高分子、コールタールピッチ、及び石油ピッチ等の炭化物前駆体を、不活性ガス雰囲気中で熱処理することにより得られる。その熱処理温度としては、一般的に900℃〜1500℃程度の範囲内であり、この温度範囲内で熱処理された炭素材料のc軸方向の結晶子の大きさLc(002)は、2〜8nmの範囲であった。
【0055】
熱処理温度が900℃を下回る場合、炭素材料としての可逆容量(充放電が可能となる最大の容量)は大きくなるものの、初期充放電サイクルの不可逆容量も大きくなりやすいためである。負極の不可逆容量は、正極材料に含まれるリチウムで補填されることになるため、補填できるだけの正極材料を予め電池の中に充填しなければならなくなる結果、電池としての容量が減少することとなる。一方、熱処理温度が1500℃を上回る場合は、初期充放電サイクルにおける不可逆容量は減少するものの、炭素材料としての可逆容量が減少する結果、電池としての充放電容量も低下しやすい。
【0056】
以上の通り、H/C原子比0.30〜0.50であり、且つマイクロ強度7〜17質量%である原料炭組成物を粉砕及び分級することにより原料炭組成物の粉体を得た後、圧縮剪断応力を付与することにより炭化物前駆体を得、当該炭化物前駆体を炭化することにより、X線広角回折法によって測定される(002)回折線の結晶子の大きさLc(002)が2nm〜8nmである非晶質系炭素材料を得ることができる。そして、このような非晶質系炭素材料をリチウムイオン二次電池の負極材料に使用したとき、極めて高い信頼性を確保することが可能となる。
【0057】
なお、従来、リチウムイオン電池の負極材料として、脱硫脱瀝油を原料として製造された炭素材料を使用した例は無い。本発明は、重質油組成の好ましい態様として脱硫脱瀝油を混合し、所定のH/C原子比及びマイクロ強度を有する原料炭組成物を粉砕及び分級して得られる原料炭組成物の粉体に圧縮剪断応力を付与することにより得られる炭化物前駆体を炭化することにより、所望の非晶質系炭素材料を提供できる。
【0058】
リチウムイオン二次電池用負極の製造方法としては特に限定されず、例えば、本出願に係る発明が適用された炭素材料、バインダー(結着剤)、必要に応じて導電助剤、有機溶媒を含む混合物(負極合剤)を、所定寸法に加圧成形する方法が挙げられる。また他の方法としては、本出願に係る発明が適用された炭素材料、バインダー(結着剤)、導電助剤等を有機溶媒中で混練・スラリー化し、当該スラリーを銅箔等の集電体上に塗布・乾燥したもの(負極合剤)を圧延し、所定の寸法に裁断する方法も挙げることができる。
【0059】
本発明のリチウムイオン電池用の非晶質系炭素材料は、バインダー(結着剤)と混合して負極用混合物とし、金属箔に塗布して負極とすることができる。
バインダーとしては、従来使用されているバインダーであれば、特に制限なく各種のバインダーを使用することができる。例えば、バインダーとして、ポリアクリロニトリル(PAN)、ポリエチレンテレフタレート、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニル、SBR(スチレンーブタジエンラバー)等が挙げられる。
バインダーは、本発明のリチウムイオン電池用の非晶質系炭素材料100質量部に対して、通常、1〜40質量部、好ましくは2〜25質量部、特に好ましくは5〜15質量部の量で使用される。
前記導電助剤としては、カーボンブラック、グラファイト、アセチレンブラック、又は導電性を示すインジウム−錫酸化物、又は、ポリアニリン、ポリチオフェン、ポリフェニレンビニレン等の導電性高分子を挙げることができる。導電助剤の使用量は、本発明の非晶質系炭素材料100質量部に対して1〜15質量部が好ましい。
【0060】
負極用混合物は、溶剤と混合されスラリー状にされる。
溶剤としては、従来より使用されている溶剤であれば特に制限なく、各種の溶剤を使用することができる。このような溶剤としては、例えば、N−メチルピロリドン(NMP)、ピロリドン、N−メチルチオピロリドン、ジメチルフォルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド、ヘキサメチルホスホアミド、イソプロパノール、トルエン等を単独あるいは混合して用いることができる。
溶剤は、負極用混合物の合計100質量部に対して、一般的には、15〜90質量部、好ましくは30〜60質量部となるように使用される。
【0061】
負極用混合物は、リチウムイオン電池用の炭素材料が破壊されない範囲で適度に分散されている必要があり、プラネタリーミキサーや、ボールミル、スクリュー型ニーダー等を用いて、適宜混合・分散される。
【0062】
負極用混合物と溶剤のスラリー状混合物は、金属箔に塗布される。金属箔材料としては、特に制限なく、各種の金属材料を使用することができる。例えば、銅、アルミニウム、チタン、ステンレス鋼、ニッケル、鉄等が挙げられる。金属箔の片面又は両面に混合物が塗布され、乾燥されることによって、電極とすることができる。
塗布の方法は、従来公知の方法によって実施することができる。例えば、エクストルージョンコート、グラビアコート、カーテンコート、リバースロールコート、ディップコート、ドクターコート、ナイフコート、スクリーン印刷、メタルマスク印刷法、静電塗装法等が挙げられる。塗布後は、必要に応じて平板プレス、カレンダーロール等による圧延処理を行うのが一般的である。
電極は、金属箔に塗布のあと、50〜250℃の温度で乾燥することにより製造することができる。金属箔の両面に混合物を塗布する場合、片面を塗布し、50〜250℃で乾燥した後、塗布しようとする他方の面を水等によって洗浄することが特に好ましい。この洗浄操作によって、接着性を大幅に改善することができる。
金属箔の片面又は両面に混合物が塗布され、乾燥された金属箔上のペーストを金属箔とともにプレスして電極とする。
【0063】
本発明に用いる負極形状は、目的とする電池により、板状、フィルム状、円柱状、あるいは、金属箔上に成形するなど、種々の形状をとることが出来る。特に、金属箔上に成形したものは集電体一体負極として、種々の電池に応用できる。
【0064】
本発明の非晶質系炭素材料を負極材料として用いる場合、リチウムイオン二次電池は、上述のようにして製造した負極と、リチウムイオン二次電池用の正極とを、セパレータを介して対向して配置し、電解液を注入することにより得ることができる。
正極に用いる活物質としては、特に制限はなく、例えば、リチウムイオンをドーピング又は挿入可能な金属化合物、金属酸化物、金属硫化物、又は導電性高分子材料を用いればよく、例えば、コバルト酸リチウム(LiCoO)、ニッケル酸リチウム(LiNiO)、マンガン酸リチウム(LiMn)、リチウム複合酸化物(LiCoNi、X+Y+Z=1、MはMn、Al等を示す)、及びこれらの遷移金属の一部が他の元素により置換されたもの、リチウムバナジウム化合物、V、V13、VO、MnO、TiO、MoV、TiS、V、VS、MoS、MoS、Cr、Cr、オリビン型LiMPO(MはCo、Ni、Mn又はFeを表す)、ポリアセチレン、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェン、ポリアセン等の導電性ポリマー、多孔質炭素等及びこれらの混合物を挙げることができる。
セパレータとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィンを主成分とした不織布、クロス、微多孔性フィルム又はそれらを組み合わせたものを使用することができる。なお、製造するリチウムイオン二次電池の正極と負極が直接接触しない構造にした場合は、セパレータを使用する必要はない。
【0065】
リチウムイオン二次電池に使用する電解液及び電解質としては公知の有機電解液、無機固体電解質、高分子固体電解質が使用できる。好ましくは、電気伝導性の観点から有機電解液が好ましい。
有機電解液としては、ジブチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールフェニルエーテル等のエーテル;N−メチルホルムアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、N−エチルホルムアミド、N,N−ジエチルホルムアミド、N−メチルアセトアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−エチルアセトアミド、N,N−ジエチルアセトアミド等のアミド;ジメチルスルホキシド、スルホラン等の含硫黄化合物;メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のジアルキルケトン;テトラヒドロフラン、2−メトキシテトラヒドロフラン等の環状エーテル;エチレンカーボネート、ブチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ビニレンカーボネート等の環状カーボネート;ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート、メチルエチルカーボネート、メチルプロピルカーボネート等の鎖状カーボネート;γ−ブチロラクトン、γ−バレロラクトン等の環状炭酸エステル;酢酸メチル、酢酸エチル、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル等の鎖状炭酸エステル;N−メチル−2−ピロリドン;アセトニトリル、ニトロメタン等の有機溶媒を挙げることができる。これらの溶媒は、単独で又は2種以上を混合して使用することができる。
【0066】
これらの溶媒の溶質(電解質)には、リチウム塩が使用される。一般的に知られているリチウム塩にはLiClO、LiBF、LiPF、LiAlCl、LiSbF、LiSCN、LiCl、LiCFSO、LiCFCO、LiN(CFSO、LiN(CSO等がある。
高分子固体電解質としては、ポリエチレンオキサイド誘導体及び該誘導体を含む重合体、ポリプロピレンオキサイド誘導体及び該誘導体を含む重合体、リン酸エステル重合体、ポリカーボネート誘導体及び該誘導体を含む重合体等が挙げられる。
【実施例】
【0067】
以下、実施例及び比較例に基づき本出願に係る発明を更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
1.原料炭組成物とその製造方法
(1)原料炭組成物a
硫黄分3.1質量%の常圧蒸留残油を、触媒存在下、水素化分解率が25%以下となるように水素化脱硫し、水素化脱硫油を得た。水素化脱硫条件は、全圧180MPa、水素分圧160MPa、温度380℃である。また、脱硫減圧軽油(硫黄分500質量ppm、15℃における密度0.88g/cm)を流動接触分解し、流動接触分解残油を得た。この流動接触分解残油を、ジメチルホルムアミドで選択抽出し、芳香族分と飽和分に分離させ、このうちの芳香族分を抽出した。この抽出芳香族分と水素化脱硫油とを質量比8:1で混合したものに、19質量%となるように脱硫脱瀝油を加え(脱硫脱瀝油を含めた混合物全体で100質量%)、重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物aを得た。
【0068】
(2)原料炭組成物b
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油の抽出芳香族分と水素化脱硫油とを質量比8:1で混合したものに、11質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物bを得た。
【0069】
(3)原料炭組成物c
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油の抽出芳香族分と水素化脱硫油とを質量比8:1で混合したものに、4質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物cを得た。
【0070】
(4)原料炭組成物d
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油の抽出芳香族分と水素化脱硫油とを質量比6:1で混合したものに、17質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物dを得た。
【0071】
(5)原料炭組成物e
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油の抽出芳香族分と水素化脱硫油とを質量比6:1で混合したものに、11質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物eを得た。
【0072】
(6)原料炭組成物f
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油の抽出芳香族分と水素化脱硫油とを質量比6:1で混合したものに、6質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物fを得た。
【0073】
(7)原料炭組成物g
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた水素化脱硫油と流動接触分解残油とを質量比1:5で混合したものに、15質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物gを得た。
【0074】
(8)原料炭組成物h
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた水素化脱硫油と流動接触分解残油とを質量比1:5で混合したものに、7質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物hを得た。
【0075】
(9)原料炭組成物i
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた水素化脱硫油と流動接触分解残油とを質量比1:4で混合したものに、19質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物iを得た。
【0076】
(10)原料炭組成物j
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた水素化脱硫油と流動接触分解残油とを質量比1:4で混合したものに、16質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物jを得た。
【0077】
(11)原料炭組成物k
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた水素化脱硫油と流動接触分解残油とを質量比1:4で混合したものに、11質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物kを得た。
【0078】
(12)原料炭組成物l
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた水素化脱硫油と流動接触分解残油とを質量比1:4で混合したものに、5質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物lを得た。
【0079】
(13)原料炭組成物m
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた水素化脱硫油と流動接触分解残油とを質量比1:4で混合したものに、3質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物mを得た。
【0080】
(14)原料炭組成物n
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた水素化脱硫油と流動接触分解残油とを質量比1:3で混合したものに、14質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物nを得た。
【0081】
(15)原料炭組成物o
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた水素化脱硫油と流動接触分解残油とを質量比1:3で混合したものに、7質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物oを得た。
【0082】
(16)原料炭組成物p
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油に同体積のn−ヘプタンを加え混合した後、ジメチルホルムアミドで選択抽出し、芳香族分と飽和分に分離させ、このうちの飽和分を選択抽出した。流動接触分解残油と、この抽出飽和分とを質量比1:1で混合したものに、16質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物pを得た。
【0083】
(17)原料炭組成物q
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油と、原料炭組成物Pの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油とn−ヘプタンの混合物の抽出飽和分とを質量比1:1で混合したものに、11質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物qを得た。
【0084】
(18)原料炭組成物r
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油と、原料炭組成物Pの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油とn−ヘプタンの混合物の抽出飽和分とを質量比1:1で混合したものに、6質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物rを得た。
【0085】
(19)原料炭組成物s
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油と、原料炭組成物Pの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油とn−ヘプタンの混合物の抽出飽和分とを質量比1:2で混合したものに、19質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物sを得た。
【0086】
(20)原料炭組成物t
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油と、原料炭組成物Pの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油とn−ヘプタンの混合物の抽出飽和分とを質量比1:2で混合したものに、10質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物tを得た。
【0087】
(21)原料炭組成物u
原料炭組成物aの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油と、原料炭組成物Pの製造方法と同様にして得られた流動接触分解残油とn−ヘプタンの混合物の抽出飽和分とを質量比1:2で混合したものに、4質量%となるように脱硫脱瀝油を加え重質油組成物を得た。この重質油組成物をディレードコーカー装置に導入して、不活性ガス雰囲気下、550℃でコーキング処理し、原料炭組成物uを得た。
【0088】
2.原料炭組成物の分析
(1)原料炭組成物のH/C原子比の測定方法
原料炭組成物の全水素の測定は、試料を酸素気流中750℃で完全燃焼させ、燃焼ガスより生成した水分量を電量滴定法(カール・フィッシャー法)で測定した。また原料炭組成物試料を1150℃の酸素気流中で燃焼させ、二酸化炭素(一部一酸化炭素)に変換され過剰の酸素気流に搬送されてCO2+C0赤外線検出器により、全炭素分を測定した。原料炭組成物のH/Cは、全水素分(TH(質量%))を水素の原子量を除した値と、全炭素分(TC(質量%))を炭素の原子量を除した値の比率で算出した。原料炭組成物a〜uのH/C値は表1に示された通りである。
(2)原料炭組成物のマイクロ強度の測定方法
鋼製シリンダー(内径25.4mm、長さ304.8mm)に20〜30メッシュの試料2gと直径5/16inch(7.9mm)の鋼球12個を入れ、鉛直面を管と直角方向に25rpmで800回転させたのち(すなわち、シリンダーを立てた状態から上下が入れ替わるように、回転軸を水平にして、あたかもプロペラが回転するように回転させる)、48メッシュでふるい分け、試料に対するふるい上の質量の割合を、パーセントで算出した。原料炭組成物a〜uのマイクロ強度は表1に示された通りである。
【0089】
3.炭素材料の製造方法
(1)炭素A〜U
得られた原料炭組成物a〜uの各々を、機械式粉砕機(スーパーローターミル/日清エンジニアリング製)で粉砕し、精密空気分級機(ターボクラシファイヤー/日清エンジニアリング製)で分級することにより、平均粒子径12μmの微粒子材料を得た。次に、この微粒子の嵩密度を測定し、ホソカワミクロン社製の圧縮剪断付加装置「ノビルタ130型」へ、嵩密度基準の充填率として50%となるように投入し、ブレードの回転数を3500rpm、ブレードとハウジング間の間隙3mm、処理温度を130℃程度にコントロールして、処理時間60分の条件で運転した。圧縮剪断応力が付与された炭化物前駆体を、高砂工業(株)社製のローラーハースキルンで、窒素ガス気流下、最高到達温度が1200℃、最高到達温度保持時間が5時間となるように炭化した。得られた炭素材料は、原料炭組成物a〜uに対応させて、炭素A〜Uと呼称する。
【0090】
(2)炭素V
原料炭組成物hを機械式粉砕機(スーパーローターミル/日清エンジニアリング製)で粉砕し、精密空気分級機(ターボクラシファイヤー/日清エンジニアリング製)で分級することにより、平均粒子径12μmの原料炭組成物の粉体を得た。次に、この粉体の嵩密度を測定し、ホソカワミクロン社製の圧縮剪断付加装置「メカノフュージョン装置AMS−Lab型」へ、嵩密度基準の充填率として50%となるように投入し、インナーピースの回転数を2650rpm、インナーピースとハウジング間の間隙5mm、処理温度を130℃程度にコントロールして、処理時間60分の条件で運転した。圧縮剪断応力が付与された炭化物前駆体を、高砂工業(株)社製のローラーハースキルンで、窒素ガス気流下、最高到達温度が1200℃、最高到達温度保持時間が5時間となるように炭化した。得られた炭素材料は、炭素Vと呼称する。
【0091】
(3)炭素W
原料炭組成物kを機械式粉砕機(スーパーローターミル/日清エンジニアリング製)で粉砕し、精密空気分級機(ターボクラシファイヤー/日清エンジニアリング製)で分級することにより、平均粒子径12μmの原料炭組成物の粉体を得た。この粉体に対し、日本コークス工業社製COMPOSIのCP-15型を使用し、周速度76m/s、時間60分として、処理温度を130℃程度にコントロールして、圧縮剪断応力を付与する処理を行った。圧縮剪断応力が付与された炭化物前駆体を、高砂工業(株)社製のローラーハースキルンで、窒素ガス気流下、最高到達温度が1200℃、最高到達温度保持時間が5時間となるように炭化した。得られた炭素材料を炭素Wと呼称する。
【0092】
(4)炭素X
原料炭組成物nを機械式粉砕機(スーパーローターミル/日清エンジニアリング製)で粉砕し、精密空気分級機(ターボクラシファイヤー/日清エンジニアリング製)で分級することにより、平均粒子径12μmの原料炭組成物の粉体を得た。この粉体に対し、奈良機械株式会社製のハイブリダイゼーションシステムHYB−1型を使用し、回転数8000rpm、周速度100m/s、時間10分として、処理温度を130℃程度にコントロールして、圧縮剪断応力を付与する処理を行った。圧縮剪断応力が付与された炭化物前駆体を、高砂工業(株)社製のローラーハースキルンで、窒素ガス気流下、最高到達温度が1200℃、最高到達温度保持時間が5時間となるように炭化した。得られた炭素材料を炭素Xと呼称する。
【0093】
(5)炭素Y
原料炭組成物kを機械式粉砕機(スーパーローターミル/日清エンジニアリング製)で粉砕し、精密空気分級機(ターボクラシファイヤー/日清エンジニアリング製)で分級することにより、平均粒子径12μmの原料炭組成物の粉体を得た。次に、この粉体の嵩密度を測定し、ホソカワミクロン社製の圧縮剪断付加装置「ノビルタ130型」へ、嵩密度基準の充填率として50%となるように投入し、ブレードの回転数を3500rpm、ブレードとハウジング間の間隙3mm、処理温度を130℃程度にコントロールして、処理時間60分の条件で運転した。圧縮剪断応力が付与された微粒子を、高砂工業(株)社製のローラーハースキルンで、窒素ガス気流下、最高到達温度が850℃、最高到達温度保持時間が20時間となるように炭化した。得られた炭素材料を炭素Yと呼称する。
【0094】
(6)炭素Z
得られた原料炭組成物kを、機械式粉砕機(スーパーローターミル/日清エンジニアリング製)で粉砕し、精密空気分級機(ターボクラシファイヤー/日清エンジニアリング製)で分級することにより、平均粒子径12μmの原料炭組成物の粉体を得た。次に、この粉体の嵩密度を測定し、ホソカワミクロン社製の圧縮剪断付加装置「ノビルタ130型」へ、嵩密度基準の充填率として50%となるように投入し、ブレードの回転数を3500rpm、ブレードとハウジング間の間隙5mm、処理温度を130℃程度にコントロールして、処理時間60分の条件で運転した。圧縮剪断応力が付与された微粒子を、富士電波工業(株)社製の高周波加熱炉FVS−I−290/350で、窒素ガス気流下、最高到達温度が1600℃、最高到達温度保持時間が5時間となるように炭化した。得られた炭素材料は、炭素Zと呼称する。
【0095】
4.炭素材料の結晶子の大きさLc(002)の算出
得られた炭素材料に、内部標準としてSi標準試料を5wt%混合し、ガラス製試料ホルダー(25mmφ×0.2mmt)に詰め、日本学術振興会117委員会が定めた方法(炭素2006,No.221,P52−60)に基づき、広角X線回折法で測定を行い、炭素材料の結晶子の大きさLc(002)を算出した。X線回折装置は(株)リガク社製ULTIMA IV、X線源はCuKα線(KβフィルターNiを使用)、X線管球への印可電圧及び電流は40kV及び40mAとした。
得られた回折図形についても、日本学術振興会117委員会が定めた方法(炭素2006,No.221,P52−60)に準拠した方法で解析を行った。具体的には、測定データにスムージング処理、バックグラウンド除去の後、吸収補正、偏光補正、Lorentz 補正を施し、Si標準試料の(111)回折線のピーク位置、及び値幅を用いて、炭素材料の(002)回折線に対して補正を行い、結晶子サイズを算出した。なお、結晶子サイズLは、補正ピークの半値幅から以下のScherrerの式を用いて計算した。測定・解析は3 回ずつ実施し、その平均値をLc(002)とした。
L=K×λ/(β×cosθ) Scherrerの式
ここで、L :結晶サイズ(nm)
K :形状因子定数(=1.0)
λ :X線の波長(=0.15406nm)
θ :ブラッグ角
β :半値幅(補正値)
炭素材料のLc(002)が測定された結果は、表1に示された通りである。
【0096】
5.電池の作製と特性の評価方法
(1)電池の作製方法
図2に作製した電池10の断面図を示す。正極11は、正極材料である平均粒子径6μmのニッケル酸リチウム(戸田工業社製LiNi0.8Co0.15Al0.05)と結着剤のポリフッ化ビニリデン(クレハ社製KF#1320)、アセチレンブラック(デンカ社製のデンカブラック)を質量比で89:6:5に混合し、N−メチル−2−ピロリジノンを加えて混練した後、ペースト状にして、厚さ30μmのアルミニウム箔の片面に塗布し、乾燥及び圧延操作を行い、塗布部のサイズが、幅30mm、長さ50mmとなるように切断されたシート電極である。このとき単位面積当たりの塗布量は、ニッケル酸リチウムの質量として、10mg/cmとなるように設定した。
このシート電極の一部はシートの長手方向に対して垂直に正極合剤が掻き取られ、その露出したアルミニウム箔が塗布部の集電体12(アルミニウム箔)と一体化して繋がっており、正極リード板としての役割を担っている。
負極13は、負極材料である炭素A〜Wの粉末と結着剤のポリフッ化ビニリデン(クレハ社製KF#9310)、アセチレンブラック(デンカ社製のデンカブラック)を質量比で91:2:8に混合し、N−メチル−2−ピロリジノンを加えて混練した後、ペースト状にして、厚さ18μmの銅箔の片面に塗布し、乾燥及び圧延操作を行い、塗布部のサイズが、幅32mm、長さ52mmとなるように切断されたシート電極である。このとき単位面積当たりの塗布量は、炭素材料粉末の質量として、6mg/cmとなるように設定した。
このシート電極の一部はシートの長手方向に対して垂直に負極合剤が掻き取られ、その露出した銅箔が塗布部の集電体14(銅箔)と一体化して繋がっており、負極リード板としての役割を担っている。
電池の作製は、正極11、負極13、セパレータ15、外装17及びその他部品を十分に乾燥させ、露点−100℃のアルゴンガスが満たされたグローブボックス内に導入して組み立てた。乾燥条件は、正極及び負極が減圧状態の下150℃で12時間以上、セパレータ15及びその他部材が減圧状態の下70℃で12時間以上である。
このようにして乾燥された正極11及び負極13を、正極の塗布部と負極の塗布部とが、ポリポロピレン製のマイクロポーラスフィルム(セルガード社製#2400)を介して対向させる状態で積層し、ポリイミドテープで固定した。なお、正極及び負極の積層位置関係は、負極の塗布部に投影される正極塗布部の周縁部が、負極塗布部の周縁部の内側で囲まれるように対向させた。得られた単層電極体を、アルミラミネートフィルムで包埋させ、電解液を注入し、前述の正・負極リード板がはみ出した状態で、ラミネートフィルムを熱融着することにより、密閉型の単層ラミネート電池を作製した。使用した電解液は、エチレンカーボネートとエチルメチルカーボネートが体積比で3:7に混合された溶媒にヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF)が1mol/Lの濃度となるように溶解されたものである。
(2)電池の評価方法
得られた電池を25℃の恒温室内に設置し、以下に示す充放電試験を行った。先ず1.5mAの電流で、電池電圧が4.2Vとなるまで定電流で充電した。10分間休止の後、同じ電流で電池電圧が3.0Vとなるまで定電流で放電する充放電サイクルを10回繰り返した。この充放電サイクルは、電池の異常を検知するためのものであるため、充放電サイクル試験のサイクル数には含まなかった。本実施例で作製された電池は、全て異常がないことを確認した。
次に、充電電流を15mA、充電電圧を4.2V、充電時間を3時間とした定電流/定電圧充電を行い、1分間休止の後、同じ電流(15mA)で電池電圧が3.0Vとなるまで定電流で放電させた。このとき得られた放電容量を、第1サイクル目の放電容量とする。同様な条件の充放電サイクルを1000回繰り返し、第1サイクル目の放電容量に対する第1000サイクル目の放電容量の割合(%)を算出した。第1サイクル目の放電容量、第1000サイクル目の放電容量、及び第1サイクル目の放電容量に対する第1000サイクル目の放電容量の割合(%)を表1中に示す。
【0097】
【表1】

【0098】
6.試験結果に関する考察
表1に原料炭組成物a〜uのH/C値、及びマイクロ強度と、その原料炭組成物a〜uに対応した炭素A〜Zの結晶子の大きさLc(002)、及びこれらを負極材料として使用したリチウムイオン二次電池の第1サイクル目の放電容量(mAh)、第1000サイクル目の放電容量(mAh)、1000サイクル後の容量維持率(%)を示す。なお、1000サイクル後の容量維持率(%)は、第1サイクル目の放電容量に対する第1000サイクル後の放電容量の割合を百分率で示した。
原料炭組成物のH/C値が0.3〜0.5であり、且つマイクロ強度が7〜17質量%であるものに対し、圧縮剪断応力を付与したあと、結晶子の大きさが2nm〜8nmとなるように炭化された炭素材料(G,H,K,N,O,V,W,X)のみが、初期(第一サイクル目)の容量として14.5mAhが確保され、且つ1000サイクル後の容量維持率として89%以上が確保できている。
一方、炭素Zについては、H/C値及びマイクロ強度が上述の範囲内である原料炭組成物kが原料であるが、炭素Zの結晶子の大きさLc(002)は8.9nmであり、8nmよりも大きい。同じ原料炭組成物kを原料とした炭素Kの炭化温度は1200℃であるのに対し、炭素Zの炭化温度は1600℃だからである。このため炭素Kの結晶子の大きさLc(002)は3.5nmであるのに対し、炭素Zの結晶子の大きさは8.9nmになったと理解することができる。なお一般的に非晶質系炭素材料(黒鉛化開始温度以下の温度で熱処理された材料)の充放電可能容量は、結晶子の大きさLc(002)が大きくなるほど小さくなる傾向にあることから、本実施例でも同様な傾向が認められたに過ぎないと言える。
また原料炭組成物kを原料とした炭化物の製造方法として、熱処理温度を850℃とした炭素Yの容量は8.7mAhと小さく、且つ1000サイクル後の容量維持率は17.2%と小さかった。この理由は、熱処理温度が低過ぎたために、第一サイクル目に発生する不可逆容量が大きくなり、電池としての容量が低下したからである。炭素Yの結晶子の大きさは1.8nmであり、本発明の範囲(2nm〜8nm)よりも小さい。
以上の通り本実施例において、原料炭組成物のH/C値が0.3〜0.5であり、且つマイクロ強度が7〜17質量%であることと、この原料炭組成物に圧縮剪断応力を付与した後、結晶子の大きさLc(002)が2nm〜8nmとなるように炭素化することが、本発明の効果を得るために必要不可欠であることが示された。
本出願の発明に係る非晶質系炭素材料を負極材料として用いたリチウムイオン二次電池は、従来の非晶質系炭素材料を負極材料として用いたリチウムイオン二次電池と比較して、高度な信頼性を確保することが可能となるため、自動車用、具体的にはハイブリッド自動車用、プラグインハイブリッド自動車用、電気自動車用や、系統インフラの電力貯蔵用など産業用として利用することができる。
【符号の説明】
【0099】
1 メカノフュージョン装置
3 ブレード
5 ハウジング
7 ブレードとハウジングとの間隙
10 電池
11 対極(正極)
12 正極集電体
13 作用極(負極)
14 負極集電体
15 セパレータ
17 外装
P 粉体
R1,R2 回転方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
重質油組成物をディレードコーキングプロセスによってコーキング処理して得られる原料炭組成物を粉砕及び分級して原料炭組成物の粉体を得る工程と、
上記粉砕及び分級された原料炭組成物の粉体に圧縮剪断応力を付与して炭化物前駆体を得る工程と、
当該炭化物前駆体を、X線広角回折法によって測定される(002)回折線から算出される結晶子の大きさLc(002)が2nm〜8nmの範囲となるように不活性雰囲気下で900℃〜1500℃の温度で加熱して炭化する工程とを含む製造方法であって、
前記原料炭組成物は、水素原子Hと炭素原子Cの比率、H/C原子比が0.30〜0.50であり、且つマイクロ強度が7〜17質量%であるリチウムイオン二次電池負極用非晶質系炭素材料の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の製造方法により得られるリチウムイオン二次電池負極用非晶質系炭素材料を負極材料として使用したリチウムイオン二次電池。



【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−109110(P2012−109110A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−256824(P2010−256824)
【出願日】平成22年11月17日(2010.11.17)
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【出願人】(000166443)戸田工業株式会社 (406)
【Fターム(参考)】