説明

レインを含むヒアルロン酸のエステル、その製造方法、およびそれを含んでなる組成物

【課題】レイン(rhein)は、抗炎症特性および組織保護特性を有するセンナに由来する物質で、主に関節の炎症を処置する際に用いられるが、緩下作用を有するという欠点を示し、かつ水に溶解しないため、非経口または関節内経路で投与することによってこの副作用を未然に防ぐことができない。このことから、レインの副作用を防止できる化合物、および該化合物による医薬組成物を提供する。
【解決手段】ヒアルロン酸のアルコール基がレインでエステル化されている化合物、前記エステル化合物の製造方法、および前記エステル化合物を含んでなる医薬組成物。

【発明の詳細な説明】
【発明の分野】
【0001】
本発明は、レインを含むヒアルロン酸(HA)のエステル、より詳しくはヒアルロン酸のアルコール基がレインでエステル化されている、ヒアルロン酸に基づく化合物、前記化合物の製造方法、および前記化合物を含んでなる医薬組成物に関する。
【従来の技術】
【0002】
レイン(rhein)は、抗炎症特性および組織保護特性を有するセンナに由来するアルカロイドである。
【0003】
レインは、化学名が4,5−ジヒドロキシ−9,10−ジヒドロ−9,10−ジオキソ−2−アントラセンカルボン酸であって、以下の一般式(I)
【化1】

(式中、RはHである)
を有する。
【0004】
この物質は、通常、R基のそれぞれがアセチル基である上記一般式(I)の誘導体ジアセチルレインとして経口経路より投与され、バイオアベイラビリティが高く、主に関節の炎症を処置する際に用いられる。
【0005】
しかし、レインとジアセチルレインの双方ともに相当な緩下作用を有するという欠点を示し、下痢さえ引き起こすこともあるので、高齢または衰弱した患者にはその使用を勧められない。
【0006】
さらに、レインおよびジアセチルレインが水に溶解しないため、これらの有効成分を非経口または関節内経路によって投与することによってこの副作用を未然に防ぐことができない。
【0007】
ヒアルロン酸は、13×10ダルトンまでの分子量を有する直鎖を形成する以下の一般式
【化2】

に示されるようなD−グルクロン酸とN−アセチルグルコサミンからなる交互単位から形成される天然のムコ多糖である。
【0008】
ヒアルロン酸は、生物のあらゆる軟組織および多くの生理液、例えば、関節の滑液および眼の硝子体液など、に存在する。
ヒアルロン酸は、その酸性形態または塩形態で多くの臨床応用に用いられている。
【0009】
特に、ヒアルロン酸は関節の炎症での使用に優れた効果がある。ヒアルロン酸は関節内へ直接浸潤(infiltration)により投与され、二重の機構、つまり、一方では関節の炎症を低下させ、他方では滑液の粘度を増加させること、によって作用する。その結果軟骨はいっそう滑らかになり、軟骨に有益となる。
【0010】
ヒアルロン酸は、眼科にも適用可能であり、その保護特性および抗炎症特性のために、また軟骨および皮膚での同化−再構成作用によって組織修復のために用いられている。
しかし、ヒアルロン酸は分解されやすいことが知られている。
【0011】
ヒアルロン酸の分解は、pH条件および陽イオン濃度にもよるが、加水分解によって引き起こされることが報告されている[例えば、Uchiyama H. et al. J. Biol. Chem. 1990; 265: 7753-7759; Tokita Y. and Okamoto A., Polymer Degr. and Stab. 1995; 48: 269-273; Hawkins C. L. and Davies M. J. Free Rad. Biol. Med. 1998; 24: 1396-1410; Schiller J. et al. Current Med. Chem. 2003; 10: 2123-2145参照]。
【0012】
広範囲な研究の後、本発明者らは、レインでエステル化されたアルコール基を有するヒアルロン酸が、ヒアルロン酸よりも驚くほど高い安定性を有すること、およびさらに用いられたヒアルロン酸とレインに関して別々に観察されたものに比べて改善された薬理活性を有することを見出した。
【0013】
さらに、本発明者らは、レインでエステル化されたアルコール基を有するヒアルロン酸は局所投与によって有利に用いることができること、その結果レインの経口投与に付随する欠点を回避することができることを見出した。
本発明はこれらの結果を基にして達成された。
【発明の概要】
【0014】
第一の態様によれば、本発明は、ヒアルロン酸のアルコール基がレインそれ自体または誘導体形でエステル化されており、ヒアルロン酸よりも安定性が高いだけでなく、用いられるヒアルロン酸とレインに関して別々に観察されたものと比べて薬理活性の改善された、さらに局所投与に使用できるためレインの経口投与に付随する欠点を回避することのできる、ヒアルロン酸に基づく化合物またはその塩に関する。
【0015】
第二の態様によれば、本発明は、レインの酸塩化物をそれ自体または誘導体形でヒアルロン酸と反応させることを含んでなる、第1の態様の化合物またはその塩を製造するための方法に関する。
【0016】
第三の態様によれば、本発明は、第1の態様の化合物またはその塩を、好適な賦形剤および/または希釈剤と組み合わせて含んでなる医薬組成物に関する。
もう1つの態様によれば、本発明は、第3の態様の組成物によって形成されるヒト用または獣医学用の医薬品または医療機器に関し、また、炎症性疾患を処置するため、または組織修復のための医薬を製造するため、あるいは生体材料を製造するための、第1の態様の化合物またはその塩の使用に関する。
本発明のその他の利点は以下の詳細な説明で明らかとなる。
【発明の詳細な説明】
【0017】
以下、本発明をさらに詳しく説明する。
本発明は、ヒアルロン酸のアルコール基がレインそれ自体または誘導体形でエステル化されているヒアルロン酸に基づく化合物またはその塩を提供する。
本明細書において、本発明の化合物は「HA−Re化合物」とも表される。
【0018】
本明細書および特許請求の範囲において、「レイン」とは、レインそれ自体または誘導体形を意味することに留意すべきである。
本発明によるHA−Re化合物の塩は、薬学上許容される塩、例えばナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、または他の通常の薬学上許容される塩、を含むのが好ましく、ナトリウム塩がいっそう好ましい。
【0019】
本発明によれば、レインの「誘導体形」には、イン・ビボで薬理学的に活性であり、そこでレインの酸性基がヒアルロン酸のヒドロキシル基とのエステル結合の形成に利用可能であるいずれのレイン誘導体も含まれる。
前記アントラキノンをイン・ビボで利用可能とするレインの誘導体が好ましい。
【0020】
本発明による誘導体形のレインの例としては、次式
【化3】

(式中、Rは独立に任意の適当なヒドロキシ保護基、好ましくはアシル基、例えばアセチル、プロピオニル、ブチリルまたはピバロイル基であるが、これらに限定されるものではない)
で表されるレインが挙げられる。
本発明の好ましい実施形態では、レインは誘導体形であり、より好ましくは、ジアセチルレインである。
【0021】
本発明によれば、レインは、ヒアルロン酸のエステル化可能なアルコール基の少なくとも5%をエステル化するのが好ましく、5〜50%の間がいっそう好ましく、5〜20%の間がさらにいっそう好ましい。
【0022】
特に好ましいものとしては、レインが、ヒアルロン酸のエステル化可能なアルコール基の10%をエステル化する化合物である。
前記HA−Re化合物は、本発明による方法によって製造でき、この方法は、好ましくはレインの酸塩化物のmmolとヒアルロン酸のエステル化可能なアルコール単位のmeq.との間の百分率比が5%より大きい、いっそう好ましくは5%〜50%の間、さらにいっそう好ましくは5%〜20%の間、ならびに特に好ましい実施形態に従って10%であるような量で、レインの酸塩化物とヒアルロン酸とを反応させることを含んでなる。
【0023】
選択された方法は、残留溶媒の許容性に応じて溶媒の選択を十分に考慮したものである(ICH−日・米・EU医薬品規制調和国際会議(International Conference of Harmonisation of Technical Requirements for Registration of Pharmaceuticals for Human Use))。
【0024】
好ましくは、上述の本発明による方法は、以下の工程:
a)非プロトン性非極性溶媒中、ヒアルロン酸の懸濁液を調製する工程、
b)最少量の非プロトン性非極性溶媒中に溶解したレインの酸塩化物および水素イオンアクセプターを添加する工程、
c)エステル化反応が行われるのに十分な時間、還流下で混合物を攪拌させておく工程、および
d)溶媒を蒸発除去する工程、
を含んでなる。
【0025】
工程a)において使用できる非プロトン性非極性溶媒の例としては、シクロヘキサン、テトラヒドロフラン、トルエン、ジクロロメタン、n−ヘキサンが挙げられ、シクロヘキサンがより好ましい。
【0026】
レインの酸塩化物を溶解させるために用いてよい非プロトン性非極性溶媒は、限定されるものではないが、好ましくは、工程a)において用いたものと同じものを選択するのが好ましい。
【0027】
工程b)において添加してよい水素イオンアクセプターの例としては、ピリジン、トリエチルアミンが挙げられ、EtNがより好ましい。
反応を還流下で放置しておく時間は、限定されるものではないが、少なくとも20時間が好ましい。
【0028】
本発明によるHA−Re化合物を製造するために用いられるヒアルロン酸は、分子量500,000〜3,000,000Daが好ましく、約600,000 Daがより好ましい。
ヒアルロン酸の分子量は、従来の方法に従って、例えばゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)によって測定できる。
【0029】
本発明によるHA−Re化合物を製造するために用いられるヒアルロン酸は、市販のものであってもよいし(例えばFidia Farmaceutici SpA−Abano T.PD提供)、または例えば、鶏冠からの抽出によるか、ムチン層を有する細菌の発酵によるか、または他の従来の方法によって製造することもできる[Proteoglycan Protocols, Humana Press, R. V. lozzo Ed. Totowa, 2001参照]。
【0030】
本発明によるHA−Re化合物を製造するための方法に用いてよいレインの酸塩化物は、以下の工程:
a’)非プロトン性非極性溶媒中、レインの懸濁液を調製する工程;
b’)SOClとレインとの間のモル比が10より大きくなるような量のSOClを添加する工程;
c’)不活性雰囲気下でレイン酸塩化物が形成されるのに十分な時間、還流下で反応を攪拌させておく工程;および
d’)溶媒および過剰な未反応のSOClを蒸留によって除去する工程
を含んでなる方法によって得ることができる。
【0031】
工程a’)において使用できる非プロトン性非極性溶媒の例としては、シクロヘキサン、テトラヒドロフラン、トルエン、ジクロロメタン、n−ヘキサンが挙げられ、塩化物溶媒が好ましく、CHClがより好ましい。
工程c’)において還流下で反応を放置する時間は限定されるものではないが、少なくとも3時間が好ましい。
【0032】
工程a’)においてレインの酸塩化物を製造するために用いてよい、レインそれ自体または誘導体形は、市販のものであってもよいし(例えばAldrich製)または従来法に従って合成してもよい[Nawa H et al. J. Org. Chem. 1961; 26: 979-981および、本明細書中で報告されている参考文献; Smith C. W. et al. Tetrahedron Lett. 1993; 34: 7447-7450; Gallagher P. T. et al. Tetrahedron Lett. 1994; 35: 289-292参照]。
【0033】
特に好ましい一適用によれば、本発明による方法を用いて得られた本発明のHA−Re化合物は精製される。
この精製は、透析膜を用いて行われるのが好ましい。
この場合、後に続く実施例に記載されるように、優先されるのは、「Slide−A−Lyzer 3.5K」(Pierce, Rockford, IL USA)という商標名で市販されている透析膜を製造者の説明書に従って用いることである。
【0034】
上記ですでに述べたように、本発明によるHA−Re化合物は有利な高い安定性を有し、例えばイタリア薬局方第11版(Official Italian Pharmacopoeia, XI edition)に従って調製されたリン酸緩衝生理食塩水溶液など、好ましくはpH7.4で緩衝されている水溶液中で、4℃±0.5℃の温度で少なくとも36ヶ月間安定している。
【0035】
本発明によるHA−Re化合物は、皮膚および軟骨のための抗炎症特性、治癒特性、再構成特性およびタンパク同化特性を有する。
従って、本発明はまた、本発明によるHA−Re化合物を、好適な賦形剤および/または希釈剤と組み合わせて含んでなる医薬組成物に関する。
特に、本発明による医薬組成物は、ヒト用および獣医学用の医療機器および/または医薬品でありうる。
【0036】
本発明による医薬組成物は、局所領域的な投与に好適な処方物を有するのが好ましい。
特に好ましい本発明による医薬組成物は、関節内への浸潤による、眼への投与、例えば点眼剤および眼軟膏、による、ならびに局所投与による使用に好適な組成物である。
【0037】
好ましくは、本発明の組成物は水分散液の形態である。
前記分散液は、生理的なpHを有する緩衝溶液中にあるのが好ましく、pH7.4の緩衝溶液、例えばイタリア薬局方第11版に従って調製されたリン酸緩衝生理食塩水溶液中、にあるのがいっそう好ましい。
【0038】
特に好ましい一適用によれば、本発明の医薬組成物において、本発明によるHA−Re化合物またはその塩は0.5%〜2%w/vの範囲の濃度、好ましくは濃度1%w/vで存在する。
【0039】
本発明のもう1つの目的は、好ましくは、関節の炎症性疾患をはじめとする炎症性疾患、特に変形性関節症および慢性関節リウマチを処置するための医薬を製造するための本発明によるHA−Re化合物またはその塩の使用である。
また、本発明のさらなる目的は、組織修復のための医薬を製造するための本発明によるHA−Re化合物またはその塩の使用であり、前記組織は軟骨または皮膚である。
【0040】
さらに、本発明によるHA−Re化合物またはその塩は、生体材料、例えば創傷または火傷を処置するためのガーゼ、ならびに火傷の処置およびインプラント学で用いられる細胞増殖のためのマトリックスを製造するために使用することができる。
以下、実施例ならびに図によって本発明をさらに説明する。
【実施例】
【0041】
実施例1
レインの酸塩化物の製造
レイン(Aldrichから供給)(21.5mg;0.075mmol)を、50ml丸底フラスコに入れ、そこへCHCl(15ml)を加えた。この懸濁液は橙色に変化した。次に、SOCl(0.5ml;6.9mmol)を懸濁液へ加えた。反応を、不活性雰囲気中(N)で還流下(50℃)で攪拌しながら行った。反応混合物を還流下で3時間放置したところ、溶液は透明な橙黄色に変化した。CHClおよび過剰な未反応のSOClを除去するため、トルエン(約5ml)を添加し、混合物を6.6×10Paに相当する500mmHgで少なくとも4回蒸留して、レインの粗酸塩化物23mgを得た(収量:定量的)。生成物をTLC(酢酸エチル)により同定した。
【0042】
実施例2
HA−Re化合物の製造
ヒアルロン酸(Fidia Farmaceutici SpA−Abano T.PD提供;平均分子量約600,000Da)(277.3mg;4.6×10−4mmol;0.75meq.のエステル化可能な第一級アルコール単位に相当)を、シクロヘキサン(20ml)中に懸濁した。最少量のCHClに溶解した、実施例1に記載されるように製造したレインの酸塩化物(21.5mg;0.075mmol)を加えた。次に、EtN(3ml)を加えた。懸濁液は赤色に変化した。不活性雰囲気中(N)で還流下で(70℃)攪拌しながら反応を行った。短時間の後、懸濁液は赤橙色に変化し、約3時間後に褐変した。20時間後、反応を停止し、溶媒を減圧下(650mmHg、8.7×10Paに相当)で蒸発乾固し、透明な黄色の沈殿物の形でHA−Re化合物を得た。
【0043】
実施例3
HA−Re化合物の精製
a)サンプルの調製
pH7.4のリン酸緩衝生理食塩水溶液(5ml)を、実施例2に記載されるように得たHA−Re化合物(0.1019g)に加えた。2相の系が得られ、溶液は橙黄色に変化し、一方、残りの部分はゼラチン状の粘度を有する(consistency)黄褐色塊を呈した。少なくとも24時間待った後、褐色の粘稠なコロイド状の系を得た。
【0044】
b)精製
透析膜「Slide−A−Lyzer(登録商標)3.5K」(Pierce, Rockford,IL USA)を、pH7.4のリン酸緩衝生理食塩水溶液を用いて適当な方法で水和させた。製造者の説明書に従って、精製する好適な量のHA−Re化合物を導入した。透析をpH7.4のリン酸緩衝液で2時間行った(わずか20分後、緩衝溶液はわずかに黄色く見えた)。この操作を、緩衝溶液が無色を維持するまで少なくとも3回繰り返し、可視スペクトルで吸収のないことを確認した。精製したHA−Re化合物を透析によって膜から回収した。このようにして得られたHA−Re化合物の純度は99.8%であった。
【0045】
実施例4
得られた本発明のHA−Re化合物の分析
1)UV−VIS分光光度計を用いる試験
実施例3に記載されるようにして得た精製されたHA−Re化合物中のレインの濃度を、10−5〜10−3の範囲での「ロバスト(robust)」較正に基づいて430nmで分光光度を読み取ることによって評価した(R=0.9999)。この波長を選択したのは、レインの定量的測定を困難にするUV域でのヒアルロン酸の吸収がないためである。分光光度の測定値を基にすると、レインに基づくエステル化反応の収率は58%であることが分かった。
実施例2を考慮して、最高10%のヒアルロン酸のエステル化可能な一次アルコール基をエステル化するために、この反応で用いたレインの量を選択した。レインに基づくエステル化反応の収率が58%であることが分かったことから、ヒアルロン酸のエステル化可能なアルコール基の5.8%がエステル化されたと推定できる。
【0046】
2)H−NMR分析
実施例2で得たHA−Re化合物のH−NMRスペクトルを、Varian VRX300分光計を用いて重水素化緩衝溶液中で行った。しかし、このスペクトルの解釈時に問題に突き当たった。ヒアルロン酸と反応するレインの割合では、芳香環を同定することができなかった。水性環境中でレインの溶解性が乏しいことを考慮し、エステル化が可逆反応であることを考えて、HA−Re化合物からレインを得ることのできるように、鹸化、すなわち塩基性加水分解を行った。得られた鹸化化合物を沈殿させた。このようにして得た鹸化化合物のH−NMRスペクトルを、Varian VRX300分光計を用いてジメチルスルホキシド(DMSO)中で行った。得られたスペクトルを図1に示すが、これはレインのものと完全に一致した。
【0047】
3)I.R分析
I.R.スペクトルをNujol法で本発明のHA−Re化合物の鹸化から得た化合物について実行した(スペクトルBX FT−IRシステム、Perkin Elmerを使用)。図2に示されるように、得られたスペクトルは純粋なレインのものと一致する。
【0048】
4)HPLC−MS
HPLC−MS分析を、本発明のHA−Re化合物の鹸化により得られた化合物について流速0.8ml/分にて2.5%ギ酸を含有するメタノール/水 80:20混合物を移動相として用いて行った(アジレント1100シリーズLC/MSD装置を使用)。図3に示すように、化合物の質量はレインの質量に一致する。
【0049】
実施例5
本発明のHA−Re化合物の技術的特性の評価
1)加水分解安定性の評価
実施例2で得たような、透析によって精製されていない本発明のHA−Re化合物を、周囲温度(22℃)の暗所で、バイアル中、乾燥状態で6ヶ月を超えて保存した。次に、このサンプルを実施例3に記載のように透析によって精製し、レインの濃度をUV−VIS分光光度計を用いて評価した。濃度は、合成した生成物で直ちに得たものと等しいことが見出された。従って、この実験結果から、乾燥した状態では分解が見られないことが示された。さらに、実施例2に記載のように製造され、実施例3に記載のように透析によって精製された本発明のHA−Re化合物を、温度4℃の暗所で、バイアル中、pH7.4の2%リン酸緩衝液溶液中で6ヶ月間保存した。非滅菌材料の使用、および防腐剤を用いていないという事実のため、異物の存在がサンプル中に見られた。サンプルを、実施例3に記載のものと同じ方法を用いて再度透析に付し、それを少なくとも4日間透析した。UV−VIS試験によって、透析に用いられた種々の緩衝溶液中に遊離したレインを見出すことはできなかった。従ってこの場合も、HA−Re化合物から、少なくとも現在の分析技術を用いて明確に実証できる、いかなるレインの遊離も見出されなかったので、この化合物は化学的に安定であることが示された。従って、溶液中でさえも加水分解は全く観察されなかった。
【0050】
得られた結果から、本発明によるHA−Re化合物は水溶液中で冷蔵条件下(4℃±0.5℃)で少なくとも24ヶ月間安定しているということができる。このことは、注目される加水分解が起こらないことから導かれたものである。
【0051】
さらに、レインとのエステル化反応中にヒアルロン酸の加水分解が起こる可能性を除外するため、前記反応の空試験を行った。特に、レインとヒアルロン酸とを結合する反応と同じ条件を用いたが、但し前記レインの不在下で用いた。詳細には、ヒアルロン酸(100mg)を、シクロヘキサン(10ml)、ジクロロメタン(1ml)およびトリエチルアミン(1ml)の混合物中へ加え、不活性雰囲気中(N)で還流下(70℃)で24時間反応を行った。そしてこの時間を経過するとすぐに、反応溶媒を窒素雰囲気下で除去した。得られた化合物は、自然な状態でヒアルロン酸よりもずっと水に溶けにくく、24時間の分散の後に粘度が測定できないことを特徴とする。これは水溶性となり、従って粘度が低下したことから、解重合を除外できることを意味する。
【0052】
最後に、実施例3で得たように精製された本発明のHA−Re化合物の加水分解安定性を滅菌の点から確認した。上述のように、非滅菌材料の使用および防腐剤が用いられていない事実が、結果として本発明の化合物のサンプル中の異物の存在につながったことが分かっている。詳細には、pH7.4のリン酸緩衝生理食塩水溶液中、透析膜を用いて精製された本発明のHA−Re化合物の1%溶液を調製した。ヒアルロン酸が熱感受性分子であることを示した実験に基づく証拠を得たので(Biomaterials 23(2002) 4503-4513)、このようにして得たサンプルを、加圧飽和蒸気を用いてオートクレーブ中で121℃で20分間滅菌した。次に、透析された液体中のレインの存在を評価するため、サンプルを再度透析膜での透析に付したが、レインの痕跡は見られなかった。これらの結果から、サンプルが熱殺菌に関して加水分解的に安定しているという結論が導き出せる。
【0053】
2)流体力学的特性およびシリンジアビリティ(syringeability)の分析
本発明のHA−Re化合物のシリンジアビリティを高分子量および低分子量双方のヒアルロン酸のものと比較して分析した。
【0054】
特に、以下の3種類のサンプルを調製した。
a)リン酸緩衝生理食塩水溶液、pH7.4中の高分子量ヒアルロン酸の1%w/v溶液(平均分子量約1,200,000)
b)リン酸緩衝生理食塩水溶液、pH7.4中の低分子量ヒアルロン酸の1%w/v溶液(平均分子量約600,000)
c)リン酸緩衝生理食塩水溶液、pH7.4中の本発明のHA−Re化合物の1%w/v溶液
次に、サンプルの粘度をVISCOMATEモデルVM−10Aを用いて測定し(ガラス製バイアル:3ml;攪拌条件なし;温度20±0.2℃)、以下の数値:
a)η=78.4mPa・s
b)η=64.8mPa・s
c)η=47.9mPa・s
を得た。
【0055】
得られた結果は、本発明のHA−Re化合物が自然な状態で高分子量と低分子量の双方のヒアルロン酸よりも優れたシリンジアビリティを有することを示す。これは、本発明のHA−Re化合物の1%w/v溶液が低分子量ヒアルロン酸の1%w/v溶液よりも低い粘度を有し、それは順に高分子量ヒアルロン酸の1%w/v溶液よりも低い粘度を有するためである。
【0056】
観察された粘度の低下は、エステル化反応後にヒアルロン酸の解重合反応が存在しないことを証明するもので、レインとヒアルロン酸との間の共有結合相互作用によるものでありうる。
【0057】
実施例6
本発明のHA−Re化合物のイン・ビトロ薬理活性の評価
正常の軟骨組織生検を、外傷性骨折の結果としての臀部または大腿骨手術中に5名の個体(男性3名および女性2名、平均年齢:59.3±5.1歳)から得た。この研究に選択された被験者は炎症性疾患または関節疾患の生化学的または臨床的徴候を示さず、肉眼レベルでも顕微鏡レベルでも正常な軟骨を提示した。軟骨を滅菌状態で回収し、直ちに軟骨細胞単離の処理を行った。サンプルは、最初に付着した筋肉組織、結合組織、または肋軟骨下骨組織を取り除き、次に1〜3mm断片へ刻み、リン酸緩衝生理食塩水、pH7.2(PBS)中ですすいだ。次に、37℃にて60〜75分の0.25%トリプシン、400U/mlコラゲナーゼI、1000U/mlコラゲナーゼIIおよび1mg/mlヒアルロニダーゼでの反復酵素消化により単一の軟骨細胞が遊離した。この細胞をプールし、PBS中で十分に洗浄し、35mmプレートに高密度で播種した(45×10細胞/cm)。培地は、10%FCSを添加したクーンの改変ハムF12培地であった(Mascia Brunelli, Milano, Italy)。軟骨細胞表現型の維持を、培養上清のペプシン消化後のII型コラーゲンの検出により推定した。細胞生存度をトリパンブルー排除試験により評価した。細胞の複製を、規則的な間隔での培養物のトリプシン処理および細胞数の定量により判定した。初代培養が密集に達した時に刺激実験を行った(継代数0)。次に、細胞をアスコルビン酸(50μg/ml)の存在下で2日間培養し、その後、種々の濃度のヒアルロン酸(HA)、本発明の化合物(HA−Re)またはレインを添加して、または添加せずに、(rh)IL−1β(5ng/mt)の存在下または不在下で20時間インキュベートした。
【0058】
ヒアルロン酸とレインの双方ともに、軟骨の異化作用に関与するメタロプロテイナーゼ(MMP)の活性を阻害するそれらの能力のため、変形性関節症において有益な効果を有することが報告されている。
【0059】
ヒト軟骨細胞におけるMMP発現への種々の化合物の効果を調査するため、本発明者らはリアルタイム−PCR検定を行った。全RNAを、トリゾール(Gibco BRL)を製造者の説明書に従って用い、培養されたヒト軟骨細胞から抽出した。cDNAのストランドを、1μgの全RNAを用いてSuperscript First−Strand synthesis kit(Gibco BRL)を用いて合成した。プライマーは以下の通りであった。
MMP−1(コラゲナーゼ)センス:5’−CTGAAGGTGATGAAGCAGCC−3’
アンチセンス:5’−AGTCCAAGAGAATGGCCGAG−3(断片サイズ428bp);
MMP−3(ストロメリシン)センス:5’−CCTCTGATGGCCCAGAATTGA−3’、
アンチセンス:5’−GAAATTGGCCACTCCCTGGGT−3’(断片サイズ440bp);
グリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)、
センス:5’−CCACCCATGGCAAATTCCATGGCA−3’;
アンチセンス:5’−TCTAGACGGCAGGTCAGGTCCA(断片サイズ598bp)
【0060】
iCyclerサーマルサイクラー(Bio−Rad Hercules,CA)において60〜64℃で45サイクル増幅を行い、データをiCycler iQ Opticalシステムソフトウエアを用いて分析した。各サンプルにおける相対発現を、対照としてGAPDH mRNAを用いてリアルタイムPCR効率に基づく数学的方法により計算した。全てのサンプルを3回ずつ検定した。45増幅サイクルの後、閾値サイクル値を自動計算し、4桁の範囲にわたる標準曲線から出発cDNAのフェムトグラムを計算した。MMPとGAPDHの双方の標準曲線は反応25μlあたり1〜1000フェムトグラムの範囲であった。GAPDH出発量に対するMMPの比を計算した。種々の実験の変数と当該対照との間の結果の統計上の差をスチューデントのt検定を用いて分析した。
【0061】
図4および5は、RT−PCR実験で得られた結果を示したものである。
サンプルは総て3回ずつ検定した。各実験において、MMP mRNA発現の変化を未処理細胞のものと比較した増加倍率で表した。3回の実験の平均および標準偏差を示す。スチューデントの両側t検定を用いて種々の処置の効果の有意性を判断した。また、処置群と対照群の統計上の差は、
=p<0.01; **=p<0.001(スチューデントのt検定)
でも表す。
【0062】
IL−1処置は、MMP−1とMMP−3双方の発現に劇的な増加をもたらし、これは文献のデータに一致した。図4に報告される実験において、本発明者らは文献中で一般に報告される薬理学的濃度(1mg/ml)でのHAの効果を同じ濃度(1mg/ml)でのHA−Re(本発明の化合物)の効果と比較した。0.1〜1.5HA濃度範囲で同様の結果が得られた。ヒト軟骨細胞を薬理学的用量(1mg/ml)でHAに曝露すると、IL1によるMMP1およびMMP2の誘導を有意に阻害することができた(図4AおよびB)。驚くべきことに、同等用量の本発明のHA−Re化合物が、さらにいっそう劇的な保護効果をもたらし、IL1の曝露にもかかわらずMMP発現を定常レベルにまで戻った。図5は、薬理学的用量(10μM)でのレインの効果を同等用量のHA−Reの効果と比較した実験の結果を示したものである。やはりHA−Re(本発明の化合物)は、IL1に誘導されるMMP発現のダウンレギュレーションの実現にRe単独よりもいっそう強力であると思われる。
【0063】
実施例7
本発明によるHA−Reのさらなる合成は、レインおよびヒアルロン酸の第一級アルコール基に基づくヒアルロン酸の化学量的濃度に相当する、20mgのヒアルロン酸および23mgのレインの酸塩化物を用いたこと以外は、実施例2のようにして行った。
【0064】
図6はこのようにして得た本発明によるHA−Re化合物の13C−NMRスペクトルを示す。エステル官能基に特有の175ppmでの特徴的なピークが明確に現れている。
【0065】
図7はこのようにして得た本発明のHA−Re化合物のH−NMRスペクトルを示す。レインの芳香環に特有の7〜8ppmの間での特徴的なピークが明確に現れている。
【0066】
従って、本発明によるHA−Re化合物におけるこれら2つのNMRスペクトルからレインがヒアルロン酸のアルコール基をエステル化することが明確に現れている。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明のHA−Re化合物の鹸化により得られたレインのH−NMRスペクトルを示す。
【図2】本発明のHA−Re化合物の鹸化により得られたレインのI.R.スペクトルを示す。
【図3】本発明のHA−Re化合物の鹸化により得られたレインのHPLC−MS分析を示す。
【図4】薬理学的濃度でのヒアルロン酸の効果を、同じ濃度での本発明のHA−Re化合物の効果と比較したRT−PCR実験で得られた結果を示す。
【図5】薬理学的用量でのレインの効果を、同等用量の本発明のHA−Re化合物の効果と比較したRT−PCR実験の結果を示す。
【図6】本発明によるHA−Re化合物の13C−NMRスペクトルを示す。
【図7】本発明によるHA−Re化合物のH−NMRスペクトルを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒアルロン酸のアルコール基が、レインそれ自体または誘導体形でエステル化されている、ヒアルロン酸に基づく化合物、またはその塩。
【請求項2】
レインが、ヒアルロン酸のエステル化可能なアルコール基の少なくとも5%をエステル化する、請求項1に記載の化合物。
【請求項3】
レインが、ヒアルロン酸のエステル化可能なアルコール基の5%〜50%をエステル化する、請求項2に記載の化合物。
【請求項4】
レインが、ヒアルロン酸のエステル化可能なアルコール基の5%〜20%をエステル化する、請求項3に記載の化合物。
【請求項5】
レインが、ヒアルロン酸のエステル化可能なアルコール基の10%をエステル化する、請求項4に記載の化合物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の化合物のナトリウム塩。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の化合物またはその塩を製造するための方法であって、レインそれ自体または誘導体形の酸塩化物とヒアルロン酸とを反応させることを含んでなる、方法。
【請求項8】
レインの酸塩化物およびヒアルロン酸が、レインの酸塩化物のmmolとヒアルロン酸のエステル化可能なアルコール単位のmeq.との間の百分率比が少なくとも5%であるような量である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記百分率比が、5%〜50%の範囲である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記百分率比が、5%〜20%の範囲である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記百分率比が、10%である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
以下の工程:
a)非プロトン性非極性溶媒中、ヒアルロン酸の懸濁液を調製する工程;
b)非プロトン性非極性溶媒に溶解したレインの酸塩化物および水素イオンアクセプターを添加する工程;
c)エステル化反応が行われるのに十分な時間、還流下で混合物を攪拌させておく工程;および
d)溶媒を蒸発除去する工程、
を含んでなる、請求項7〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記工程a)の非プロトン性非極性溶媒が、シクロヘキサンである、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
工程b)において、前記水素イオンアクセプターが、NEtである、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
工程c)において、反応を還流下で少なくとも20時間放置しておく、請求項12〜14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
レインの酸塩化物を、以下の工程:
a’)非プロトン性非極性溶媒中、レインの懸濁液を調製する工程;
b’)SOClとレインとの間のモル比が10より大きくなるような量のSOClを添加する工程;
c’)不活性雰囲気下でレイン酸塩化物が形成されるのに十分な時間、還流下で反応物を攪拌させておく工程;および
d’)溶媒および過剰な未反応のSOClを蒸留によって除去する工程
を含んでなる方法によって得る、請求項7〜15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
工程a')の前記非プロトン性非極性溶媒が、塩化物溶媒である、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記塩化物溶媒が、CHClである、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
工程c’)において、反応物を少なくとも3時間還流下で放置する、請求項16〜18のいずれか一項に記載の方法。
【請求項20】
精製の最終工程をさらに含んでなる、請求項7〜19のいずれか一項に記載の方法。
【請求項21】
前記精製工程が、透析膜を用いて行われる、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の化合物またはその塩を、好適な賦形剤および/または希釈剤と組み合わせて含んでなる、医薬組成物。
【請求項23】
局所領域的な投与に好適な処方物を有する、請求項22に記載の医薬組成物。
【請求項24】
関節内浸潤による投与に好適である、請求項23に記載の医薬組成物。
【請求項25】
眼への投与に好適である、請求項23に記載の医薬組成物。
【請求項26】
局所投与に好適である、請求項23に記載の医薬組成物。
【請求項27】
水分散液の形態である、請求項22〜26のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項28】
前記分散液が、pH7.4の緩衝溶液中のものである、請求項27に記載の医薬組成物。
【請求項29】
化合物の濃度が、0.1%〜2%w/vの範囲である、請求項27または28に記載の医薬組成物。
【請求項30】
化合物の濃度が、1%w/vである、請求項29に記載の医薬組成物。
【請求項31】
請求項22〜30のいずれか一項に記載の医薬組成物により形成される、ヒト用または獣医学用医薬品。
【請求項32】
請求項22〜30のいずれか一項に記載の医薬組成物により形成される、ヒト用または獣医学用医療機器。
【請求項33】
炎症性疾患を処置するための医薬を製造するための、請求項1〜6のいずれか一項に記載の化合物またはその塩の使用。
【請求項34】
前記炎症性疾患が、関節の炎症性疾患である、請求項33に記載の使用。
【請求項35】
組織(ここで、組織は、軟骨または皮膚である)修復のための医薬を製造するための、請求項1〜6のいずれか一項に記載の化合物またはその塩の使用。
【請求項36】
生体材料を製造するための、請求項1〜6のいずれか一項に記載の化合物またはその塩の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−252153(P2011−252153A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2011−160091(P2011−160091)
【出願日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【分割の表示】特願2007−500318(P2007−500318)の分割
【原出願日】平成17年2月25日(2005.2.25)
【出願人】(501141275)
【氏名又は名称原語表記】LABORATOIRE MEDIDOM S.A.
【Fターム(参考)】