レーザ媒質
【課題】 レーザ発振強度が高く、有機溶媒及びポリマに対する溶解性に優れたNd有機錯体を有するレーザ媒質を提供する。
【解決手段】 Nd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質とする、又は、さらにポリマを含むレーザ媒質とする。
【解決手段】 Nd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質とする、又は、さらにポリマを含むレーザ媒質とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ媒質に関する。特に、レーザ発振強度が高く、有機溶媒、ポリマに溶解しやすいNd(ネオジム)有機錯体を含むレーザ媒質に関する。また、Nd有機錯体と相溶性がよく且つNd有機錯体のレーザ活性を失活させないポリマを含むレーザ媒質に関する。また、Nd有機錯体のレーザ活性を失活させることなく、Nd有機錯体と有機溶媒とポリマとが相溶性がよく混合したレーザ媒質に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザは、活性物質としてのレーザ媒質を構成する状態から大別して、固体レーザ、半導体レーザ、液体レーザ、気体レーザに分けられる(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
固体レーザに用いられるレーザ媒質としては、一般に、ガラスや単結晶が用いられており、特に、Nd:YAG(Nd(ネオジム)添加YAG(イットリウム−アルミニウム−ガーネット))単結晶は、固体レーザのレーザ媒質材料として広く用いられている。レーザ装置の高出力化を目的として、レーザロッドの長さを長くした固体レーザ装置が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
半導体レーザに用いられるレーザ媒質として、III-V族半導体を利用したものと、IV-VI族半導体を用いたものに大別される。半導体レーザは、レーザの共振器を構成する活性層とこの活性層を挟むクラッド層を備えており、利得が高いので活性領域の大きさが小さくてすむ利点がある。活性層を多重量子井戸構造とすることによりレーザ発振閾値電流を低下させ、発振閾値電流の温度依存性を低下させる等した半導体レーザが提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
液体レーザに用いられるレーザ媒質として、粉末状の色素分子を有機溶媒(アルコール等)に溶かしたレーザ媒質がよく利用されている。色素レーザは、使用する色素や共振器の調節によって発振波長を自由に、且つ連続的に選択できる利点がある。色素レーザ装置は、レーザ発振及び増幅によって、色素分子がレーザ遷移レベルの下準位に蓄積されて発振の障害となるのを回避するために色素溶液を循環させることが一般的である。この循環において色素レーザセル内の圧力変動を制御し良質なレーザ光を得る提案がされている(例えば、特許文献3参照)。
また、液体レーザに用いられるレーザ媒質として、ルテニウムビピリジン錯体([Ru(bpy)3]2+)を用いた有機キレート化合物レーザ媒質(例えば、特許文献4参照)、オキシ塩化リンと金属塩化物との混合物にさらに塩化チオニルを用いた無機レーザ媒質(例えば、特許文献5参照)も提案されているが、安全面や能率で問題があり、実用化のレベルには及んでいない。
【0006】
気体レーザに用いられるレーザ媒質としては、気体の原子や分子、イオン等を単独又は混合して利用したものであり、炭酸ガスレーザ(赤外)やヘリウムネオンレーザ(He−Ne、赤色)、アルゴンイオンレーザ(主に青色又は緑色)、エキシマレーザ(主に紫外)等がある。気体レーザは、コヒーレンスに優れており、また波長の安定性が比較的よい利点を有する。密閉された容器内にガスを充填して用いることからガス圧力を一定に保ちレーザ光の質的低下を防止した気体レーザ装置が提案されている(例えば、特許文献6参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平5−37044号公報
【特許文献2】特開平8−37337号公報
【特許文献3】特開平6−310817号公報
【特許文献4】特開平10−135540号公報
【特許文献5】特開昭47−6079号公報
【特許文献6】特開2005−72335号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】オプトエレクトロニクス入門、改定2版、株式会社オーム社発行、41〜45ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
一方、レーザ装置において、小型化、フィルム化、フレキシブル化、易加工性、製造コスト低減等が検討されているが、従来のレーザ媒質ではこれらの対応には限界がある。
具体的には、単結晶からなる固体レーザ媒質や半導体レーザ媒質は、フィルム化することは難しい。
また、半導体レーザ媒質は、電流注入でのレーザ発振が容易に実現できる利点があり、小型化の観点では有利な選択肢となりうるが、用途によっては、レーザの品質的に適さない場合がある。例えば、半導体レーザでは、バンド構造を利用しているため、比較的発振波長幅が広い問題がある。量子井戸構造、DFB構造などの工夫によって、発振波長幅を狭くすることも可能であるが、構造が複雑となり、製造コストが上昇するという問題がある。また、半導体を用いたレーザでチューナブルなものはあるが、可視の広い領域に渡って単一の素子で波長選択可能なレーザは実現されていない。
【0010】
液体レーザ媒質(従来の色素レーザ)は、色素分子の励起光による分解・劣化に対する耐性に問題があるため、循環する等の工夫をして利用されるため、装置が大型化してしまう。このため、小型化が困難であり、フィルム化には問題がある。
また、液体レーザ媒質(従来の色素レーザ)は、パルス発振、CW(持続波、continuous wave)発振が可能で、チューナブルなレーザであるが、発振させるためには、光ポンピングのための別のレーザやフラッシュランプ等が必要である。このため、液体レーザ媒質(従来の色素レーザ)は、スペクトロスコピーや分析化学の分野での強力なツールとなり得るが、コストが高く広い設置場所が必要であった。電気化学発光によってレーザが実現できれば、上記の問題点を解決することができるが、電気化学発光の効率は低く、レーザ発振には至っていない。電気化学発光で放出される光は等方的であるため、半分程度しか利用されていない。
気体レーザ媒質は、気体の性質上レーザ媒質の密度が小さいために、活性領域を大きくとらなければならず、小型化が困難であり、フィルム化には問題がある。
【0011】
レーザ装置の小型化、フィルム化、易加工性、フレキシブル化、製造コスト低減等を実現するためには、ポリマを利用することが考えられる。ポリマにレーザ活性を与えるためには、レーザ活性を有する有機色素を混ぜる、固体のレーザ活性物質の微小粒子をポリマに混合した複合材料とする等の方策も考えられる。
【0012】
有機色素レーザの励起光に対する劣化の問題を想起すると、ポリマを用いてフィルム化等を目的とする場合、色素溶液のレーザ媒質のようにレーザ媒質を循環させることができない場合には、耐性の高い有機色素構造を見出す必要がある。あるいは、レーザ装置の構造を工夫する必要が生じる。例えば、回転ディスクのように励起位置が常に新しい色素に入れ換わるような液体循環に換わる方策をとる等工夫をする必要が想定され、レーザ装置の大型化が免れないのは想像に難くない。
【0013】
固体(半導体レーザ媒質を含む)レーザ活性物質とポリマとの複合材料の場合には、界面での反射散乱によって、レーザ発振を得ることが困難であることが想像される。また、固体を複合化することによってポリマの機械的性質が影響を受けることで、ポリマ本来の可とう性を維持することが困難となる場合が予想され、フィルム化や易加工性を実現するのが困難となる場合がある。
この観点では、分子をポリマに分散させる方法が好ましい。
【0014】
本発明者等は、希土類金属のように元素のもつ準位を利用したレーザ媒質を利用し、これを有機錯体分子となし、この金属錯体を適切にポリマに分子レベルで均一分散させることが、ポリマの本来の特性を損なうことなく、且つレーザ活性を失うことなくレーザ媒質を実現するために有効であると考えるに至った。
しかしながら、どのような金属錯体を採用し、どのようなポリマ、あるいは有機溶媒を選択することで、レーザ活性を維持しつつ、均一に分散させることができるのかは、未知数であり、これまでに、上記のレーザ媒質を実現するための処方が提示されたことはなかった。
【0015】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、有機溶媒やポリマに対する溶解性が高いNd有機錯体を含み、且つレーザ発振強度に優れたレーザ媒質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者等は、鋭意検討した結果、Nd(ネオジム)の特定の有機錯体が、レーザ発振に優れ、且つ有機溶媒や特定のポリマに対して溶解性に優れることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)Nd−TFA錯体と、有機溶媒と、を含むレーザ媒質。
(2)上記有機溶媒が、ジメチルアセトアミド(DMAc)及び/又はN−メチルピロリドン(NMP)である上記(1)に記載のレーザ媒質。
(3)ポリマをさらに含む上記(1)又は(2)に記載のレーザ媒質。
(4)上記ポリマが、カルボキシル基、3級アミン基の少なくとも一つの官能基をポリマの側鎖に有するものである上記(3)に記載のレーザ媒質。
(5)上記ポリマが、下記式(I)で表される構造を有するポリアミドである上記(3)又は(4)に記載のレーザ媒質。
【0017】
【化1】
(6)上記Nd−TFA錯体の濃度が、0.5〜50質量%である上記(1)〜(5)のいずれか一つに記載のレーザ媒質。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、レーザ発振強度に優れ、有機溶媒及びポリマに対する溶解性に優れたNd有機錯体を含むレーザ媒質を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明のレーザ媒質の実施例1における吸収スペクトルを示す図である。
【図2】本発明のレーザ媒質の実施例1におけるパルス光励起によるPLスペクトルを示す図である。
【図3】本発明のレーザ媒質の実施例1における励起波長や濃度に対する濃度に対するPL強度の変化を示す図である。
【図4】実施例1に用いた蛍光寿命を評価する装置を説明する図である。
【図5】本発明のレーザ媒質の実施例1における1048nmでの蛍光寿命を測定した結果を示す図である。
【図6】本発明のレーザ媒質の実施例における874nmでの蛍光寿命を測定した結果を示す図である。
【図7】実施例1に用いた利得を測定するための装置を説明する図である。
【図8】本発明のレーザ媒質の実施例1における利得の測定結果を示す図である。
【図9】本発明のレーザ媒質の実施例1における寄生発振スペクトルを示す図である。
【図10】図9における寄生発振スペクトルの1054nm部分を拡大した図である。
【図11】実施例1に用いたレーザ発振強度を測定するための装置を説明する図である。
【図12】本発明のレーザ媒質の実施例1におけるレーザ発振強度(入出力特性)を示す図である。
【図13】本発明のレーザ媒質の実施例2における吸収スペクトルを示す図である。
【図14】本発明のレーザ媒質の実施例2におけるレーザ発振を評価する図である。
【図15】本発明の各種レーザ媒質の実施例3におけるレーザ発振を評価する図である。
【図16】本発明のレーザ媒質の実施例4における吸収スペクトルを示す図である。
【図17】本発明のレーザ媒質の実施例4におけるレーザ発振を評価する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。
<本発明のレーザ媒質>
【0021】
本発明のレーザ媒質は、Nd−TFA錯体と、有機溶媒と、を含むことを特徴とする。本発明におけるNd−TFA錯体は、Nd1つにTFA(トリフルオロ酢酸)が3つ配位した希土類金属有機錯体であり、具体的にはNd(OCOCF3)3で表される。本発明におけるNd−TFA錯体は、Ndの塩とTFAとを、を錯体合成用有機溶媒及び/又は水中にて混合して得られるものである。
【0022】
Nd−TFA錯体を合成するのに用いられる上記Ndの塩としては、特に限定されないが、例えば、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、塩化物、ギ酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩、クロム塩等を用いることができる。アニオン不純物の低減等を考えると、蟻酸塩、酢酸塩、シュウ酸塩等の有機酸塩が好ましい。より好ましくは、酢酸塩が用いられる。Ndの酢酸塩は、通常結晶水を含んでおり、配位させる他の金属の種類によってはそのまま使用することも可能であるが、反応前に脱水処理を行った方が好ましい。酢酸塩以外の希土類金属の塩も、110〜120℃で1〜2時間程度脱水したものであることが好ましい。
【0023】
前記Ndの塩と、TFAと、を混合する際に用いる錯体合成用有機溶媒及び/又は水は特に限定されるものではないが、Ndの塩とTFAに対して溶解性があれば何を用いてもよい。そのような有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、t−ブタノール等の1級アルコール;エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等の多価アルコール;エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルーテル、エチレングリコールモノプロピルエーテル、プロピレングリコール−α−モノメチルエーテル、プロピレングリコール−α−モノエチルエーテル等のグリコールエーテル;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン;テトラヒドロフラン、ジオキサン等の環状エーテル;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル等のエステル;アセトニトリル;ジメチルアセトアミド(DMAc)等が用いられる。水は、蒸留水、イオン交換水等挙げられる。また、水と相溶し、且つ上記Ndの塩が溶解する錯体合成用有機溶媒との混合水溶液を用いることもできる。
【0024】
上記Ndの塩に対するTFAの混合割合は、特に限定はされないが、上記Nd1モルに対して1当量(3.0モル)以上であることが好ましい。混合割合をこの範囲とすることにより、Nd錯体のリガンドを全てTFAとすることができる。
上記錯体合成用有機溶媒及び/又は水の量は、Nd−TFA錯体に対して飽和とならない量を最低限用いる。具体的には、上記Ndの塩と加えるTFAの質量に対して同量〜5倍量程度である。
上記Ndの塩とTFAとを混合する方法や条件は特に限定されない。
【0025】
また、TFAに加えて、他のカルボン酸化合物との錯体を併用することも可能である。他のカルボン酸化合物としては、フッ素化カルボン酸化合物であることが好ましく、フッ素化芳香族系カルボン酸化合物又はフッ素化脂肪族系カルボン酸化合物であることがより好ましい。また、カルボン酸化合物が、安息香酸のフッ化物又は塩化物、及び炭素数2〜10の脂肪族系カルボン酸のフッ化物又は塩化物のいずれかであることが好ましい。
【0026】
本発明におけるカルボン酸化合物としては、特に限定されないが、そのpKa値(水中、25℃における酸解離定数)が1.5以下であるものが好ましく、1.0以下であるものがより好ましい。このpKa値が1.5を超えるカルボン酸化合物を用いた場合には、後述するポリマを用いてレーザ媒質を作製する際にゲル化してしまう傾向にある。
【0027】
Ndの錯体は、配位子が大きくなるとレーザ媒質中のNdの錯体の濃度が挙げられないことから、配位子としては小さいものが好ましく、この点からTFAを配位子として用いたNd−TFA錯体が好ましい。
【0028】
上記Ndの塩を錯体合成用有機溶媒及び/又は水に溶解させた溶液に、TFAを混合し溶解させた後、錯体合成用有機溶媒及び/又は水を含んだまま、Nd−TFA錯体と錯体合成用有機溶媒とを含むレーザ媒質として用いても良いが(このとき「錯体合成用有機溶媒」=「レーザ媒質中の有機溶媒」である)、錯体合成用有機溶媒及び/又は水を除去し、レーザ媒質用に新たな有機溶媒を加えてもよい。また、副生成物を除去することも更に好ましい。
【0029】
本発明においては、Nd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質の有機溶媒として、Nd−TFA錯体に対する溶解性が高く、またNd−TFA錯体の蛍光特性及びレーザ発振特性に影響しないものが好ましい。
なお、「Nd−TFA錯体の蛍光特性及びレーザ発振特性に影響しない」とは、ポリマ自身が、Nd金属とエネルギのやり取りを行って消光を招くことがないことを意味する。
レーザ媒質がさらにポリマを含有する場合は、ポリマに対する溶解性が高くなる観点から、ジメチルアセトアミド(DMAc)及び/又はN−メチルピロリドン(NMP)を用いることが好ましい。
また、作業性の点から、Nd−TFA錯体合成の錯体合成用有機溶剤としてDMAc及び/又はN−メチルピロリドン(NMP)を用いて、合成反応液をそのままレーザ媒質としてもよい。
【0030】
また、Nd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質を用いて、Nd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質とすることも好ましい。Nd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質は、上記のNd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質に、ポリマをさらに添加して混合し、有機溶媒はそのままで、あるいは、必要により有機溶媒を減圧留去等してある程度又は完全に有機溶媒を除いてレーザ媒質とすることができる。
また、Nd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質は、Nd−TFA錯体を固体状にしてから、ポリマに添加することも可能である。
【0031】
Nd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質へのポリマの混合方法は、ポリマをレーザ媒質に含まれる同じ有機溶媒に溶解し、又は加熱等によって溶融したものを、上記Nd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質に混合する。また、目的とするポリマの前駆体となるモノマー、オリゴマー等を適宜選択し、上記Nd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質と混合したものを出発原料として用い、レーザの形態に加工する過程で重合化することもできる。
【0032】
Nd−TFA錯体とポリマとを混合する場合は、上記有機溶媒は、ポリマの溶解性が高いものを選定する。ポリマの種類にもよるが、DMAc、メタノール、NMP、MEK、THF等がポリマに対し幅広く溶解性が高いことから好ましい。この中でも、DMAc、NMPが好ましい。
【0033】
本発明のレーザ媒質に用いられるポリマとしては、光学機能の発現が利用される波長帯域、特に励起光波長及び信号光波長において透明性を有すること、Nd−TFA錯体が溶解すること、またNd−TFA錯体の蛍光特性及びレーザ発振特性に影響しないことが重要であり、そのためには、カルボキシル基、3級アミン基の少なくとも一つの官能基を側鎖に有するポリマであることが好ましい。
なお、「Nd−TFA錯体の蛍光特性及びレーザ発振特性に影響しない」とは、ポリマ自身が、Nd金属イオンとエネルギのやり取りを行って消光を招いたり、あるいは、ポリマと錯体を形成するリガンド(この場合には、TFA残基)とが置換反応等によって、錯体構造を破壊する等し、Nd金属イオンとエネルギのやり取りを行って消光を招いたり、ポリマと錯体との相溶性のバランスのためにポリマがNd−TFA錯体同士の近接を誘発し結果的にNd金属イオン同士のエネルギのやり取りを許して消光を招くことがないことを意味する。
ここで光学機能の発現が利用される波長帯域とは、励起光として用いるNd3+イオン由来の吸収波長領域と、レーザ発振光としてのNd3+イオン由来の蛍光発光波長領域の双方である。
【0034】
カルボキシル基、3級アミン基の少なくとも一つの官能基を側鎖に有するポリマとしては、ポリイミド、ポリオレフィン、ポリシリコーン、アクリレート、ポリアミド等が挙げられる。
本発明においてポリマとしては、下記式(I)で表される構造を有するポリアミドであることが特に好ましい。
【0035】
【化2】
【0036】
上記式(I)で表される構造を有するポリアミドは、上記Nd−TFA錯体に対して高い溶解性を有し、且つNd−TFA錯体の蛍光特性及びレーザ発振特性に影響しないポリマである。
【0037】
上記式(I)で表される構造を有するポリアミドは、下記のようにして合成できる。
3.5−ジアミノ安息香酸に乾燥した合成用有機溶媒(例えば、DMAc等)を加えて、窒素ガス気流下に室温にてジアミノ安息香酸を溶解させる。これにセバシン酸クロライドを反応混合物の温度が28℃を超えないように徐々に添加する(ジアミノ安息香酸とセバシン酸クロライドのモル比は1/0.5〜1/2とする)。セバシン酸クロライドの全量を添加した後、攪拌を継続しながら同温度を約1〜12時間保持する。この反応混合物を蒸留水中に添加し、生成したポリマ成分を析出させる。析出したポリマ成分を吸引濾過により分離し、これを新たに蒸留水中で攪拌しながら洗浄して、残存DMAcの除去し、その後、吸引濾過により固形分を分離することで、上記式(I)で表される構造を有するポリアミドを得ることができる。
【0038】
本発明におけるポリマは、その主鎖や側鎖に、カルボキシル基、3級アミン基以外の、光や熱によって付加、架橋、重合等の反応を促す官能基を有していてもよい。このような官能基としては、ヒドロキシル基、カルボニル基、ジアゾ基、ニトロ基、シンナモイル基、アクリロイル基、イミド基、エポキシ基等が例示できる。これらの官能基をポリマが有することにより、基板等との接着性向上を図ること、また、レーザ媒質以外の機能性を持つ有機材料を付加反応させること等ができる。
【0039】
ポリマは、可塑剤、酸化防止剤等の安定剤、界面活性剤、溶解促進剤、重合禁止剤、染料や顔料等の着色剤等の添加物を含んでいても良い。さらに、ポリマは、塗布性等の成型加工性を高めるために、溶媒(水、アルコール類、グリコール類、セロソルブ類、ケトン類、エステル類、エーテル類、アミド類、炭化水素類等の有機溶媒)を含んでいてもよい。
【0040】
本発明のNd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質、また、本発明のNd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質におけるNd−TFA錯体の濃度は、0.5〜50質量%であることが好ましい。レーザ媒質におけるNd−TFA錯体の濃度が0.5質量%以上であれば、レーザ発振においてゲインが得られやすい。また、50質量%以下とすれば、飽和溶解度を超えることがないため、レーザ媒質中でNd−TFA錯体が析出することで、濃度消光現象が出ること、析出物によって散乱すること等を回避できる。
【0041】
<本発明のレーザ媒質を用いたレーザ装置>
本願におけるNd−TFA錯体は、本願におけるポリマや有機溶媒に対して溶解性が高いのみならず、Nd3+イオン1個あたりの錯体分子の大きさが小さい特徴を有している。このため、ポリマや有機溶媒に溶解(混合)した場合に、到達できるNd3+イオンの質量分率を高くすることができる。このことは、レーザ活性を有するイオンの空間密度を上げていることになるので、レーザ発振を容易にするために重要な因子の一つである。もちろん、これは、本願におけるポリマや有機溶剤と錯体との溶解性が確保できた上でのことであり、溶解性が確保できていないケースでは、高濃度に溶かした場合にNd3+イオン同士の距離が近接することにより、エネルギのやり取りを許し、消光にいたる問題が生じうる。
【0042】
本願のレーザ媒質はポリマを含む構成となるため、フィルム状のレーザ媒質が得られる。それにより、これを筒状にして、リング共振器を構成したレーザを実現したり、従来のごとき平板状の基板以外にも石英キャピラリ等筒状の基材にレーザ媒質を塗布硬化して、リング共振器を構成することも可能となる。このようにすることで、ミラーを配置する必要がなくなる。
上記、リング共振器構造に組み合わせて、本願のレーザ媒質の特徴の一つである易加工性によって、リングからの取り出し構造の加工を施すことによって、適切なQ値や閾値のレーザを設計、構成することができる。
【0043】
また、基材にグレーティング(回折格子)状の凹凸を付けておき、この上に塗布硬化したり、フィルムの表面にナノインプリントなどの手法によって、グレーティング形状を付与したり、2光束干渉などの手法によって、干渉縞状に屈折率のグレーティング状の変調構造を作る等によって、DBRレーザや、DFBレーザ、量子井戸構造の低コストな実現が可能となる。
フィルム状のグレーティング構造では、温度制御によってグレーティング周期を変動させることで、発振波長を変化させることができるので、波長可変レーザを簡単に実現することができる。ポリマの熱膨張係数は、無機固体や半導体に比べて一桁程度大きいので、温度制御による波長可変幅は、同じ温度差であれば、大きな可変幅を得ることができる。また、同じ波長幅の制御には低消費電力で実現できる。また、波長可変幅を広くとりやすいことと、本願のポリマレーザ媒質の蛍光スペクトル幅が広いこととは相性がよい。波長可変幅が広く取れても、発振可能波長幅が狭くては、広い波長可変レーザは実現できないからである。
【0044】
ポリマを含むレーザ媒質は、無機固体や半導体に比べて、弾性率が小さく伸びが大きいので、この特徴を利用すると、例えば、上記のグレーティングを機械的な応力によって、周期変化させて、発振波長を制御するようにも利用することができる。
このように、レーザの設計上の自由度が広くなることも利点の一つといえる。
【実施例】
【0045】
(実施例1)
<レーザ媒質の作製例>
まず、下記の様にして、Nd−TFA錯体のDMAc溶液(レーザ媒質)を合成した。
25mlなす型フラスコに酢酸ネオジム1水和物(分子量339.37g/mol)1.000gを秤取し、DMAc4.000gを加え、マゲネチックスターラーを用いて室温にて攪拌した。トリフルオロ酢酸(分子量114.02g/mol)を酢酸ネオジム1水和物に対して3倍モル量(1.008g)を添加した。反応の進行に伴い分散していた酢酸ネオジムの分散量が徐々に減少し、反応が完結した時点では、完全に溶解した。溶解を確認後、1時間室温にて攪拌を継続した。この溶液を約80℃で減圧度約1kPaで溶媒(DMAc)及び副生成物の酢酸を除去した。得られた固形物を再度DMAcに溶解させ、Nd−TFA錯体が濃度1.38質量%、4.76質量%、17.2質量%、33質量%となるようしてNd−TFA錯体のDMAc溶液(レーザ媒質)を調製した。
【0046】
<吸収スペクトルの評価>
上記で得られたレーザ媒質の吸収スペクトルを、島津製作所製、UV−160A分光光度計を用いて確認した。なお、露光時間は、100ms、500msとした。
まず、Nd−TFA錯体が濃度33質量%のDMAc溶液の結果を図1(a)に示す。
【0047】
図1(a)に示すように、吸収断面積は590nm付近が最大となり、800nm領域は2番目に大きい。590nm、800nm、750nm、870nm付近に吸収が存在するプロファイルは代表的なNd3+の吸収プロファイルに酷似しており、レーザ媒質はレーザ特性を有するNd3+イオンの光学特性を維持していると考えられる。なお、Nd:YAGやNd:YVO4では一般に808nmが吸収ピーク波長となるが、Nd−TFAは801nmがピーク波長となり、短い波長にシフトしている。
なお、波長801nmに於ける吸収断面積は3.9×10−20cm2程度であり、波長590nmに於ける吸収断面積は5.0×10−20cm2であった。
590nm付近の吸収断面積は、Nd:YAGや、Nd:YVO4では800nm付近のそれより小さいが、Nd−TFAではわずかながら800nm付近よりも大きい。このため、適当な励起光源があれば、この波長による励起も可能である。
【0048】
また、レーザ媒質のNd−TFA錯体濃度が吸収スペクトルに及ぼす影響を確認するため、各濃度(1.38質量%、4.76質量%、17.2質量%)での吸収スペクトルを確認した結果が図1(b)である。
図1(b)に示されるように、濃度によって吸収スペクトルは大きな差はないことがわかる
【0049】
<光励起蛍光(PL)スペクトルの評価>
上記と同様にしてNd−TFA錯体の濃度が10質量%、3.5質量%となるようにDMAc溶液のレーザ媒質を作製し、得られたレーザ媒質中のNd−TFA錯体の各濃度(10質量%、3.5質量%)における光励起蛍光(PL)スペクトルを、励起波長801nm、740nmのパルス光で励起して得た。なお、励起源としては、801nmのときは4.4mJ又は32mJであり、740nmのときは17mJとした。露光時間は、4500ms、1000msのいずれかである。
入射したレーザ光のシートビームサイズは30mm×0.2mmとした。
【0050】
図2に示すように、蛍光はスペクトル拡がりを持ち、801nm励起では、波長880nm、1060nm、1220nmにPLが見られ、また740nm励起では880nmと1220nmでPLが見られている。なお、レーザ発振候補波長の1060nm付近の蛍光スペクトルのみを取り出して比較したが、この実験では明らかな蛍光スペクトル狭帯域化は観測できなかった。
【0051】
<濃度消光の検討>
さらに、レーザ媒質中のNd−TFA錯体の濃度及び励起波長を変えて、Nd−TFA錯体濃度に対する1050nm蛍光強度について評価した。レーザ媒質(DMAc溶液)中のNd−TFA錯体の濃度は、50質量%、25質量%、12.5質量%、6.25質量%、3.12質量%、1.56質量%とした。
【0052】
結果を図3にまとめた。励起波長及び発振阻害する濃度消光(高濃度で発光が減衰する現象)を検討した結果、レーザ媒質中のNd−TFA錯体濃度による同蛍光の消光は軽微であることと推測できる。
【0053】
<蛍光寿命の評価>
レーザ発振を検討する上でもう一つの重要なパラメーターである蛍光寿命を以下の様にして測定した。
【0054】
まず、図4に示すように、10mm×1mmのシートビーム2をセル1に入射し、蛍光をレンズ3(f値=60mm)と分光器4とを通してフォトダイオード5で時間波形を得た。励起源(シートビーム)にはチタンサファイアレーザを利用し、パルス波長は800nm、パルスエネルギは30mJ、パルス幅は20nsとした。
なお、セル1にはNd−TFA錯体の濃度10質量%のレーザ媒質を入れた。
【0055】
結果を図5及び図6に示す。蛍光が全体的に弱いため、測定用光検出器の負荷抵抗は1MΩとなり、そのときの回路時定数は1.23μsであった。強度が最大の波長874nmの蛍光寿命はほぼ1.25μsと短く(図6)、一方で1048nmの蛍光の寿命は、24〜30μs程度であった(図5)。
YAG結晶中のNd3+イオンが200μs程度であるため、一桁近く蛍光が短いことになる。
【0056】
なお、図5において大きなグラフは、インピーダンス1MΩの場合の測定データであり、小さいグラフは、インピーダンス50Ωの時の測定データである。回路時定数の分解能がインピーダンスによって変わることと、インピーダンスを変えることで微小信号をS/N良く測定することとがトレードオフになっている為に、両方のインピーダンスで測定することで、実際の信号であることを確認した。
【0057】
<利得の測定>
次に、利得の測定を以下の様にして行った。上記で得られたレーザ媒質(Nd−TFA濃度48質量%)に対して、図7に示す装置を用いてポンプ−プローブ法による利得測定を行った。励起源は800nm、20ns、60mJのパルス(チタンサファイアレーザ、Continuum社製、製品名:TS−60)を利用して、1.5mJのポンプ光(20mm×0.7mmのシートビーム)とした。なお、チタンサファイアレーザのポンプレーザは、Nd:YAGレーザ(Continuum社製、製品名:Powerlite 5000)を用いた。これに、プローブレーザとして外部共振器半導体レーザ(Sacher社製、製品名:TEC−100、cw:1030〜1064nm)を組み合わせて、このレーザ光(プローブ光)の増幅率を測定した。
セル1にはNd−TFA錯体の濃度48質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)を入れた。
【0058】
励起光がパルスであり、またプローブ光の増大率を正確に測るため、マルチチャンネル分光器を外部トリガ(図7において、フォトダイオードに接続したディレイパルサー(Stanford Research Systems, Inc.社製:商品名:Digital Delay/Pulse Generator DG−535))に設定して、これを積算して測定した。なお、熱レンズ効果によりプローブ光が拡散して大きなノイズとなることを防ぐため、熱レンズの信号への影響が軽微な励起光入射後1ms以内に、信号と参照光を取得した。具体的には、励起後50μsに信号光、200μs後に参照光を測定し両者の比率を比べている。なお、前回の励起の影響も除去するため、繰り返しは1/2ヘルツとして測定を行った。
【0059】
利得の測定結果の一例を図8に示す。レーザ媒質中のNd−TFA錯体濃度は48質量%で、1.5mJ(20mm×0.7mmのシートビーム)の励起に対して、約1.5/cmのゲインを確認できた。
【0060】
ゲインが観測された領域は1040nm〜1055nmであり、それ以外の波長域ではゲインは観測されていない。このことから、Nd−TFA錯体は波長域15nm程度の可変波長域を示すことが期待される。
なお、比較実験として、Nd−TFA錯体の濃度2質量%であるレーザ媒質(DMAc溶液)も同様に測定したが、ゲインはこちらでは確認できなかった。
【0061】
また、励起強度を上げたところ、プローブレーザであるTEC−100が破損した。これは溶液セルの端面反射でNd−TFA錯体が発振して、その出力が大きすぎたため、プローブレーザのTEC−100に入射してこれを破損したことが考えられる。これにより、60mJの800nmパルス横励起により、Nd−TFA錯体のレーザ発振を確認することが出来たこととなる。
【0062】
<寄生発振スペクトルの測定>
Nd−TFA錯体の濃度33質量%であるレーザ媒質(DMAc溶液)を用いて、石英セルのフレネル反射だけでレーザ発振させた寄生発振スペクトルをOcean Optics社製、商品名:HR−4000を用いて測定し、評価した。結果を図9に示す。スペクトル1は励起直後から400μs、スペクトル2は励起直後から800μsを積算・観測した物である。図9のグラフに示されるように962nmに10nmFWHMのピーク、1008nm付近に7nmFWHMのピークに対し、1053nm付近に半値幅1nmFWHMの鋭い輝線が見られ、これより、1053nmにおいて、寄生発振が起こっていることが確認できた。なお、図9の1054nm近辺を拡大したものを図10に示す。
この現象は濃度17質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)でも確認できた。石英セル端面の反射率はわずか4%程度であり、寄生発振するためにはセルの横幅1cmでの光利得が1/0.04=25倍必要であるため、この時の励起条件60mJを20mm×0.7mmで集光した時に、17質量%での利得が25/cmを超えることが確認された。
【0063】
波長1060nmでの発振を拡大して分析すると、発振光のスペクトル幅は0.8nmFWHMで、これが幅3.2nmFWHMの蛍光(ASEとも考えられる)に重畳していた。
【0064】
<共発振構成でのレーザ発振評価>
図11に示すミラーを用いた共発振構成により、レーザ発振評価を行った。Nd−TFA錯体の濃度17質量%及び33質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)を用いた。なお、各データは共振器長(ミラーの間隔)を、Nd−TFA錯体の濃度17質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)は3cm、33質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)は1.3cmとして測定した。
【0065】
励起源は、800nm、20ns、60mJのパルス(チタンサファイアレーザ、Continuum社製、製品名:TS−60)を利用して、60mJのポンプ光とした。入射により発振したレーザ光は、光ジュールメータ(Gentec社製、製品名:ED−100)で観測した。ミラーとして、100%の反射ミラー6aと70%の反射ミラー6bを用いた。
その結果を図12に示す。Nd−TFA錯体の濃度33質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)のしきい値は2.5mJで、最大出力5.3mJ、スロープ効率は20%であった。Nd−TFA錯体の濃度17質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)のしきい値は、15mJ程度であった。
【0066】
(実施例2)
<レーザ媒質の作製例>
まず、下記の様にして、Nd−TFA錯体のNMP溶液(レーザ媒質)を合成した。
25mlなす型フラスコに酢酸ネオジム1水和物(分子量339.37g/mol)1.000gを秤取し、DMAc4.000gを加え、マゲネチックスターラーを用いて室温にて攪拌した。トリフルオロ酢酸(分子量114.02g/mol)を酢酸ネオジム1水和物に対して3倍モル量(1.008g)を添加した。反応の進行に伴い分散していた酢酸ネオジムの分散量が徐々に減少し、反応が完結した時点では、完全に溶解した。溶解を確認後、1時間室温にて攪拌を継続した。この溶液を約80℃で減圧度約1kPaで溶媒(DMAc)及び副生成物の酢酸を除去した。
得られた固形物を再度NMPに溶解させ、Nd−TFA錯体が濃度15質量%となるようしてNd−TFA錯体のNMP溶液(レーザ媒質a)を調製した。
また、下記で溶媒の違いによる吸収スペクトルを評価するために、実施例1の<レーザ媒質の作製例>と同様にして、Nd−TFA錯体が濃度15質量%となるようしてNd−TFA錯体のDMAc溶液(レーザ媒質b)を調製した。
また、上記固形物を得る前(DMAc及び酢酸を除去する前)のものにDMAcをさらに添加して、Nd−TFA錯体が濃度15質量%となるようしたレーザ媒質cも調製した。
【0067】
<溶媒の違いによる吸収スペクトルの評価>
測定機器として、分光器(商品名:USB−2000、オーシャンオプティクス社製)を用いた以外は、実施例1の<吸収スペクトル>と同様にして、吸収スペクトルを確認した。結果を図13に示す。併せて、図13中にDMAc単体の吸収スペクトルを示す(一点鎖線)。
なお、本実施例で測定に用いた分光器は、実施例1で用いた測定機器よりも波長分解能が低いものである。
図13に示されるように、溶媒の有無、プロセス工程、また溶媒の種類によって吸収スペクトルは大きな差はないことがわかる。
【0068】
<共発振構成でのレーザ発振評価>
上記で得られたレーザ媒質a〜cを用いて、励起源を8.3mJとして実施例1の<共発振構成でのレーザ発振評価>と同様に、レーザ発振を評価した。結果を図14に示す。
なお、図14の(a)はレーザ媒質a(Nd−TFA錯体が濃度15.0質量%のNMP溶液)の結果を示し、(b)はレーザ媒質b(Nd−TFA錯体が濃度15.0質量%のDMAc溶液)の結果を示し、(c)はレーザ媒質c(DMAc及び酢酸を除去せずにさらにDMAcを添加したもの)の結果を示す。
図14に示されるように、レーザ媒質a〜cでレーザ出力が得られた。
【0069】
(実施例3)
<上記式(I)で表される構造を有するポリアミドの合成例>
まず、レーザ媒質に用いる上記式(I)で表される構造を有するポリアミドを合成した。
100mlの3口フラスコに3.5−ジアミノ安息香酸12.000gを秤取し、それに乾燥したDMAc(含有水分量≦30ppm)を70g加えて、窒素ガス気流下に室温にてジアミノ安息香酸を溶解させた。これにセバシン酸クロライド18.870gを反応混合物の温度が28℃を超えないように徐々に添加した(ジアミノ安息香酸とセバシン酸クロライドのモル比は1:1)。
セバシン酸クロライドの全量を添加した後、攪拌を継続しながら同温度を約3時間保持した。この反応混合物を約400gの蒸留水中に添加し、生成したポリマ成分を析出させた。析出したポリマ成分を吸引濾過により分離し、これを新たに約200gの蒸留水中で攪拌しながら洗浄した(残存DMAcの除去)後、吸引濾過により固形分を分離した。この操作を3回繰り返した後、約40℃で減圧度約1kPaで約4時間乾燥させて目的のポリマ(上記式(I)で表される構造を有するポリアミド)を得た。収量は24.0gであり、収率は約97%であった。
【0070】
<ポリマを含むレーザ媒質の作製例>
実施例で得られたNd-TFA錯体のDMAc溶液(Nd−TFA錯体濃度33質量%)に対して、実施例で得られたポリアミドの所定量を添加し、ポリアミドを溶解させることにより目的のNd-TFA錯体とポリマを含むレーザ媒質dを得た。
具体的には、Nd−TFA錯体のDMAc溶液(Nd−TFA錯体濃度33質量%)に対して、上記ポリアミド0.5gを添加し、溶解させることによりレーザ媒質d(Nd−TFA錯体濃度22質量%)を得た。
【0071】
<共発振構成でのレーザ発振評価>
上記で得られたNd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質dを用いて、実施例1と同様にしてレーザ発振を評価した。その結果を図15に示す。図15に示されるように、レーザ媒質dによるレーザ発振が確認された。
なお、参考に、実施例1の<共発振構成でのレーザ発振評価>で用いたNd−TFA錯体の濃度17質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)と33質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)の結果も図15に示す。同様にスペクトルが得られていることがわかる。
【0072】
(実施例4)
<ポリマを含むレーザ媒質の作製例>
実施例2で得られたNd−TFA錯体のNMP溶液と同様にして得られたNd−TFA錯体濃度19質量%のレーザ媒質(NMP溶液)(「レーザ媒質A」とする)に対して、実施例3で得られたポリアミドの所定量を添加し、ポリアミドを溶解させることにより目的のNd−TFA錯体と、NMPと、ポリマ(ポリアミド)とを含むレーザ媒質e〜gを得た。
具体的には、レーザ媒質A 1gに対して、ポリアミド0.19gを添加して、レーザ媒質e(錯体濃度16質量%、ポリアミド濃度16質量%、NMP濃度68質量%)を得た。
同様にして、レーザ媒質A 1gに対して、ポリアミド0.36g、NMP1.01gを添加して、レーザ媒質f(錯体濃度8質量%、ポリアミド濃度15質量%、NMP濃度77質量%)を得た。レーザ媒質A 1gに対して、ポリアミド0.61g、NMP2.19gを添加して、レーザ媒質g(錯体濃度5質量%、ポリアミド濃度16質量%、NMP濃度質量79%)を得た。
【0073】
<濃度の違いによる吸収スペクトルの評価>
測定機器として、分光器(商品名:USB−2000、オーシャンオプティクス社製)を用いた以外は実施例1の<吸収スペクトル>と同様にして、上記で得られたNd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質e〜gを用いて吸収スペクトルを確認した。結果を図16に示す。
図16に示されるように、濃度によって吸収スペクトルは大きな差はないことがわかる。
【0074】
<共発振構成でのレーザ発振評価>
上記で得られたNd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質e、fを用いて、実施例1と同様にしてレーザ発振を評価した。その結果を図17に示す。Nd−TFA錯体の濃度による大きな影響はなく、良好なレーザ発振をすることが確認された。
なお、図17の(a)はレーザ媒質e(Nd−TFA錯体が濃度16質量%のポリマ)の結果(励起源:13.8mJ)を示し、(b)はレーザ媒質f(Nd−TFA錯体が濃度8質量%のポリマ)の結果(励起源:21.2mJ)を示す。
図17に示されるように、レーザ媒質e、fでレーザ出力が得られた。
レーザ媒質gについては、励起源を13.8mJ、21.2mJとした場合には、レーザ出力は得られなかった。
【0075】
(実施例5)
<ポリマを含む固体状レーザ媒質の作製例>
実施例3で得たNd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質dから、DMAcを除去し、Nd−TFA錯体とポリマを含む固体状レーザ媒質hを得た。
【0076】
<共発振構成でのレーザ発振評価>
上記で得られたNd−TFA錯体とポリマとを含む固体状レーザ媒質hを用いて、実施例1と同様にしてレーザ発振を評価した。その結果、レーザ媒質hによるレーザ発振が確認された。
【0077】
(比較例1)
得られたNd−TFA錯体固形物を再度溶解させる際に用いる溶媒としてトルエンを用いた以外は、実施例1の<レーザ媒質の作製例>と同様にして、Nd−TFA錯体を5質量%含むレーザ媒質の作製を試みた。
トルエンは、Nd−TFA錯体に対し溶解性を有しておらず、溶液とすることができなかった。
また、作製した液について、実施例1の<共発振構成でのレーザ発振評価>と同様にして評価したが、レーザ発振を確認できなかった。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明により、レーザ発振強度に優れ、有機溶媒及びポリマに対する溶解性に優れたNd−TFA錯体を含むレーザ媒質を提供できる。
【符号の説明】
【0079】
1 セル
2 シートビーム
3 レンズ
4 分光器
5 フォトダイオード
6a、6b 反射ミラー
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ媒質に関する。特に、レーザ発振強度が高く、有機溶媒、ポリマに溶解しやすいNd(ネオジム)有機錯体を含むレーザ媒質に関する。また、Nd有機錯体と相溶性がよく且つNd有機錯体のレーザ活性を失活させないポリマを含むレーザ媒質に関する。また、Nd有機錯体のレーザ活性を失活させることなく、Nd有機錯体と有機溶媒とポリマとが相溶性がよく混合したレーザ媒質に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザは、活性物質としてのレーザ媒質を構成する状態から大別して、固体レーザ、半導体レーザ、液体レーザ、気体レーザに分けられる(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
固体レーザに用いられるレーザ媒質としては、一般に、ガラスや単結晶が用いられており、特に、Nd:YAG(Nd(ネオジム)添加YAG(イットリウム−アルミニウム−ガーネット))単結晶は、固体レーザのレーザ媒質材料として広く用いられている。レーザ装置の高出力化を目的として、レーザロッドの長さを長くした固体レーザ装置が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
半導体レーザに用いられるレーザ媒質として、III-V族半導体を利用したものと、IV-VI族半導体を用いたものに大別される。半導体レーザは、レーザの共振器を構成する活性層とこの活性層を挟むクラッド層を備えており、利得が高いので活性領域の大きさが小さくてすむ利点がある。活性層を多重量子井戸構造とすることによりレーザ発振閾値電流を低下させ、発振閾値電流の温度依存性を低下させる等した半導体レーザが提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
液体レーザに用いられるレーザ媒質として、粉末状の色素分子を有機溶媒(アルコール等)に溶かしたレーザ媒質がよく利用されている。色素レーザは、使用する色素や共振器の調節によって発振波長を自由に、且つ連続的に選択できる利点がある。色素レーザ装置は、レーザ発振及び増幅によって、色素分子がレーザ遷移レベルの下準位に蓄積されて発振の障害となるのを回避するために色素溶液を循環させることが一般的である。この循環において色素レーザセル内の圧力変動を制御し良質なレーザ光を得る提案がされている(例えば、特許文献3参照)。
また、液体レーザに用いられるレーザ媒質として、ルテニウムビピリジン錯体([Ru(bpy)3]2+)を用いた有機キレート化合物レーザ媒質(例えば、特許文献4参照)、オキシ塩化リンと金属塩化物との混合物にさらに塩化チオニルを用いた無機レーザ媒質(例えば、特許文献5参照)も提案されているが、安全面や能率で問題があり、実用化のレベルには及んでいない。
【0006】
気体レーザに用いられるレーザ媒質としては、気体の原子や分子、イオン等を単独又は混合して利用したものであり、炭酸ガスレーザ(赤外)やヘリウムネオンレーザ(He−Ne、赤色)、アルゴンイオンレーザ(主に青色又は緑色)、エキシマレーザ(主に紫外)等がある。気体レーザは、コヒーレンスに優れており、また波長の安定性が比較的よい利点を有する。密閉された容器内にガスを充填して用いることからガス圧力を一定に保ちレーザ光の質的低下を防止した気体レーザ装置が提案されている(例えば、特許文献6参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平5−37044号公報
【特許文献2】特開平8−37337号公報
【特許文献3】特開平6−310817号公報
【特許文献4】特開平10−135540号公報
【特許文献5】特開昭47−6079号公報
【特許文献6】特開2005−72335号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】オプトエレクトロニクス入門、改定2版、株式会社オーム社発行、41〜45ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
一方、レーザ装置において、小型化、フィルム化、フレキシブル化、易加工性、製造コスト低減等が検討されているが、従来のレーザ媒質ではこれらの対応には限界がある。
具体的には、単結晶からなる固体レーザ媒質や半導体レーザ媒質は、フィルム化することは難しい。
また、半導体レーザ媒質は、電流注入でのレーザ発振が容易に実現できる利点があり、小型化の観点では有利な選択肢となりうるが、用途によっては、レーザの品質的に適さない場合がある。例えば、半導体レーザでは、バンド構造を利用しているため、比較的発振波長幅が広い問題がある。量子井戸構造、DFB構造などの工夫によって、発振波長幅を狭くすることも可能であるが、構造が複雑となり、製造コストが上昇するという問題がある。また、半導体を用いたレーザでチューナブルなものはあるが、可視の広い領域に渡って単一の素子で波長選択可能なレーザは実現されていない。
【0010】
液体レーザ媒質(従来の色素レーザ)は、色素分子の励起光による分解・劣化に対する耐性に問題があるため、循環する等の工夫をして利用されるため、装置が大型化してしまう。このため、小型化が困難であり、フィルム化には問題がある。
また、液体レーザ媒質(従来の色素レーザ)は、パルス発振、CW(持続波、continuous wave)発振が可能で、チューナブルなレーザであるが、発振させるためには、光ポンピングのための別のレーザやフラッシュランプ等が必要である。このため、液体レーザ媒質(従来の色素レーザ)は、スペクトロスコピーや分析化学の分野での強力なツールとなり得るが、コストが高く広い設置場所が必要であった。電気化学発光によってレーザが実現できれば、上記の問題点を解決することができるが、電気化学発光の効率は低く、レーザ発振には至っていない。電気化学発光で放出される光は等方的であるため、半分程度しか利用されていない。
気体レーザ媒質は、気体の性質上レーザ媒質の密度が小さいために、活性領域を大きくとらなければならず、小型化が困難であり、フィルム化には問題がある。
【0011】
レーザ装置の小型化、フィルム化、易加工性、フレキシブル化、製造コスト低減等を実現するためには、ポリマを利用することが考えられる。ポリマにレーザ活性を与えるためには、レーザ活性を有する有機色素を混ぜる、固体のレーザ活性物質の微小粒子をポリマに混合した複合材料とする等の方策も考えられる。
【0012】
有機色素レーザの励起光に対する劣化の問題を想起すると、ポリマを用いてフィルム化等を目的とする場合、色素溶液のレーザ媒質のようにレーザ媒質を循環させることができない場合には、耐性の高い有機色素構造を見出す必要がある。あるいは、レーザ装置の構造を工夫する必要が生じる。例えば、回転ディスクのように励起位置が常に新しい色素に入れ換わるような液体循環に換わる方策をとる等工夫をする必要が想定され、レーザ装置の大型化が免れないのは想像に難くない。
【0013】
固体(半導体レーザ媒質を含む)レーザ活性物質とポリマとの複合材料の場合には、界面での反射散乱によって、レーザ発振を得ることが困難であることが想像される。また、固体を複合化することによってポリマの機械的性質が影響を受けることで、ポリマ本来の可とう性を維持することが困難となる場合が予想され、フィルム化や易加工性を実現するのが困難となる場合がある。
この観点では、分子をポリマに分散させる方法が好ましい。
【0014】
本発明者等は、希土類金属のように元素のもつ準位を利用したレーザ媒質を利用し、これを有機錯体分子となし、この金属錯体を適切にポリマに分子レベルで均一分散させることが、ポリマの本来の特性を損なうことなく、且つレーザ活性を失うことなくレーザ媒質を実現するために有効であると考えるに至った。
しかしながら、どのような金属錯体を採用し、どのようなポリマ、あるいは有機溶媒を選択することで、レーザ活性を維持しつつ、均一に分散させることができるのかは、未知数であり、これまでに、上記のレーザ媒質を実現するための処方が提示されたことはなかった。
【0015】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、有機溶媒やポリマに対する溶解性が高いNd有機錯体を含み、且つレーザ発振強度に優れたレーザ媒質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者等は、鋭意検討した結果、Nd(ネオジム)の特定の有機錯体が、レーザ発振に優れ、且つ有機溶媒や特定のポリマに対して溶解性に優れることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)Nd−TFA錯体と、有機溶媒と、を含むレーザ媒質。
(2)上記有機溶媒が、ジメチルアセトアミド(DMAc)及び/又はN−メチルピロリドン(NMP)である上記(1)に記載のレーザ媒質。
(3)ポリマをさらに含む上記(1)又は(2)に記載のレーザ媒質。
(4)上記ポリマが、カルボキシル基、3級アミン基の少なくとも一つの官能基をポリマの側鎖に有するものである上記(3)に記載のレーザ媒質。
(5)上記ポリマが、下記式(I)で表される構造を有するポリアミドである上記(3)又は(4)に記載のレーザ媒質。
【0017】
【化1】
(6)上記Nd−TFA錯体の濃度が、0.5〜50質量%である上記(1)〜(5)のいずれか一つに記載のレーザ媒質。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、レーザ発振強度に優れ、有機溶媒及びポリマに対する溶解性に優れたNd有機錯体を含むレーザ媒質を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明のレーザ媒質の実施例1における吸収スペクトルを示す図である。
【図2】本発明のレーザ媒質の実施例1におけるパルス光励起によるPLスペクトルを示す図である。
【図3】本発明のレーザ媒質の実施例1における励起波長や濃度に対する濃度に対するPL強度の変化を示す図である。
【図4】実施例1に用いた蛍光寿命を評価する装置を説明する図である。
【図5】本発明のレーザ媒質の実施例1における1048nmでの蛍光寿命を測定した結果を示す図である。
【図6】本発明のレーザ媒質の実施例における874nmでの蛍光寿命を測定した結果を示す図である。
【図7】実施例1に用いた利得を測定するための装置を説明する図である。
【図8】本発明のレーザ媒質の実施例1における利得の測定結果を示す図である。
【図9】本発明のレーザ媒質の実施例1における寄生発振スペクトルを示す図である。
【図10】図9における寄生発振スペクトルの1054nm部分を拡大した図である。
【図11】実施例1に用いたレーザ発振強度を測定するための装置を説明する図である。
【図12】本発明のレーザ媒質の実施例1におけるレーザ発振強度(入出力特性)を示す図である。
【図13】本発明のレーザ媒質の実施例2における吸収スペクトルを示す図である。
【図14】本発明のレーザ媒質の実施例2におけるレーザ発振を評価する図である。
【図15】本発明の各種レーザ媒質の実施例3におけるレーザ発振を評価する図である。
【図16】本発明のレーザ媒質の実施例4における吸収スペクトルを示す図である。
【図17】本発明のレーザ媒質の実施例4におけるレーザ発振を評価する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を詳細に説明する。
<本発明のレーザ媒質>
【0021】
本発明のレーザ媒質は、Nd−TFA錯体と、有機溶媒と、を含むことを特徴とする。本発明におけるNd−TFA錯体は、Nd1つにTFA(トリフルオロ酢酸)が3つ配位した希土類金属有機錯体であり、具体的にはNd(OCOCF3)3で表される。本発明におけるNd−TFA錯体は、Ndの塩とTFAとを、を錯体合成用有機溶媒及び/又は水中にて混合して得られるものである。
【0022】
Nd−TFA錯体を合成するのに用いられる上記Ndの塩としては、特に限定されないが、例えば、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、塩化物、ギ酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩、クロム塩等を用いることができる。アニオン不純物の低減等を考えると、蟻酸塩、酢酸塩、シュウ酸塩等の有機酸塩が好ましい。より好ましくは、酢酸塩が用いられる。Ndの酢酸塩は、通常結晶水を含んでおり、配位させる他の金属の種類によってはそのまま使用することも可能であるが、反応前に脱水処理を行った方が好ましい。酢酸塩以外の希土類金属の塩も、110〜120℃で1〜2時間程度脱水したものであることが好ましい。
【0023】
前記Ndの塩と、TFAと、を混合する際に用いる錯体合成用有機溶媒及び/又は水は特に限定されるものではないが、Ndの塩とTFAに対して溶解性があれば何を用いてもよい。そのような有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、t−ブタノール等の1級アルコール;エチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリン等の多価アルコール;エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルーテル、エチレングリコールモノプロピルエーテル、プロピレングリコール−α−モノメチルエーテル、プロピレングリコール−α−モノエチルエーテル等のグリコールエーテル;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン;テトラヒドロフラン、ジオキサン等の環状エーテル;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル等のエステル;アセトニトリル;ジメチルアセトアミド(DMAc)等が用いられる。水は、蒸留水、イオン交換水等挙げられる。また、水と相溶し、且つ上記Ndの塩が溶解する錯体合成用有機溶媒との混合水溶液を用いることもできる。
【0024】
上記Ndの塩に対するTFAの混合割合は、特に限定はされないが、上記Nd1モルに対して1当量(3.0モル)以上であることが好ましい。混合割合をこの範囲とすることにより、Nd錯体のリガンドを全てTFAとすることができる。
上記錯体合成用有機溶媒及び/又は水の量は、Nd−TFA錯体に対して飽和とならない量を最低限用いる。具体的には、上記Ndの塩と加えるTFAの質量に対して同量〜5倍量程度である。
上記Ndの塩とTFAとを混合する方法や条件は特に限定されない。
【0025】
また、TFAに加えて、他のカルボン酸化合物との錯体を併用することも可能である。他のカルボン酸化合物としては、フッ素化カルボン酸化合物であることが好ましく、フッ素化芳香族系カルボン酸化合物又はフッ素化脂肪族系カルボン酸化合物であることがより好ましい。また、カルボン酸化合物が、安息香酸のフッ化物又は塩化物、及び炭素数2〜10の脂肪族系カルボン酸のフッ化物又は塩化物のいずれかであることが好ましい。
【0026】
本発明におけるカルボン酸化合物としては、特に限定されないが、そのpKa値(水中、25℃における酸解離定数)が1.5以下であるものが好ましく、1.0以下であるものがより好ましい。このpKa値が1.5を超えるカルボン酸化合物を用いた場合には、後述するポリマを用いてレーザ媒質を作製する際にゲル化してしまう傾向にある。
【0027】
Ndの錯体は、配位子が大きくなるとレーザ媒質中のNdの錯体の濃度が挙げられないことから、配位子としては小さいものが好ましく、この点からTFAを配位子として用いたNd−TFA錯体が好ましい。
【0028】
上記Ndの塩を錯体合成用有機溶媒及び/又は水に溶解させた溶液に、TFAを混合し溶解させた後、錯体合成用有機溶媒及び/又は水を含んだまま、Nd−TFA錯体と錯体合成用有機溶媒とを含むレーザ媒質として用いても良いが(このとき「錯体合成用有機溶媒」=「レーザ媒質中の有機溶媒」である)、錯体合成用有機溶媒及び/又は水を除去し、レーザ媒質用に新たな有機溶媒を加えてもよい。また、副生成物を除去することも更に好ましい。
【0029】
本発明においては、Nd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質の有機溶媒として、Nd−TFA錯体に対する溶解性が高く、またNd−TFA錯体の蛍光特性及びレーザ発振特性に影響しないものが好ましい。
なお、「Nd−TFA錯体の蛍光特性及びレーザ発振特性に影響しない」とは、ポリマ自身が、Nd金属とエネルギのやり取りを行って消光を招くことがないことを意味する。
レーザ媒質がさらにポリマを含有する場合は、ポリマに対する溶解性が高くなる観点から、ジメチルアセトアミド(DMAc)及び/又はN−メチルピロリドン(NMP)を用いることが好ましい。
また、作業性の点から、Nd−TFA錯体合成の錯体合成用有機溶剤としてDMAc及び/又はN−メチルピロリドン(NMP)を用いて、合成反応液をそのままレーザ媒質としてもよい。
【0030】
また、Nd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質を用いて、Nd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質とすることも好ましい。Nd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質は、上記のNd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質に、ポリマをさらに添加して混合し、有機溶媒はそのままで、あるいは、必要により有機溶媒を減圧留去等してある程度又は完全に有機溶媒を除いてレーザ媒質とすることができる。
また、Nd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質は、Nd−TFA錯体を固体状にしてから、ポリマに添加することも可能である。
【0031】
Nd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質へのポリマの混合方法は、ポリマをレーザ媒質に含まれる同じ有機溶媒に溶解し、又は加熱等によって溶融したものを、上記Nd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質に混合する。また、目的とするポリマの前駆体となるモノマー、オリゴマー等を適宜選択し、上記Nd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質と混合したものを出発原料として用い、レーザの形態に加工する過程で重合化することもできる。
【0032】
Nd−TFA錯体とポリマとを混合する場合は、上記有機溶媒は、ポリマの溶解性が高いものを選定する。ポリマの種類にもよるが、DMAc、メタノール、NMP、MEK、THF等がポリマに対し幅広く溶解性が高いことから好ましい。この中でも、DMAc、NMPが好ましい。
【0033】
本発明のレーザ媒質に用いられるポリマとしては、光学機能の発現が利用される波長帯域、特に励起光波長及び信号光波長において透明性を有すること、Nd−TFA錯体が溶解すること、またNd−TFA錯体の蛍光特性及びレーザ発振特性に影響しないことが重要であり、そのためには、カルボキシル基、3級アミン基の少なくとも一つの官能基を側鎖に有するポリマであることが好ましい。
なお、「Nd−TFA錯体の蛍光特性及びレーザ発振特性に影響しない」とは、ポリマ自身が、Nd金属イオンとエネルギのやり取りを行って消光を招いたり、あるいは、ポリマと錯体を形成するリガンド(この場合には、TFA残基)とが置換反応等によって、錯体構造を破壊する等し、Nd金属イオンとエネルギのやり取りを行って消光を招いたり、ポリマと錯体との相溶性のバランスのためにポリマがNd−TFA錯体同士の近接を誘発し結果的にNd金属イオン同士のエネルギのやり取りを許して消光を招くことがないことを意味する。
ここで光学機能の発現が利用される波長帯域とは、励起光として用いるNd3+イオン由来の吸収波長領域と、レーザ発振光としてのNd3+イオン由来の蛍光発光波長領域の双方である。
【0034】
カルボキシル基、3級アミン基の少なくとも一つの官能基を側鎖に有するポリマとしては、ポリイミド、ポリオレフィン、ポリシリコーン、アクリレート、ポリアミド等が挙げられる。
本発明においてポリマとしては、下記式(I)で表される構造を有するポリアミドであることが特に好ましい。
【0035】
【化2】
【0036】
上記式(I)で表される構造を有するポリアミドは、上記Nd−TFA錯体に対して高い溶解性を有し、且つNd−TFA錯体の蛍光特性及びレーザ発振特性に影響しないポリマである。
【0037】
上記式(I)で表される構造を有するポリアミドは、下記のようにして合成できる。
3.5−ジアミノ安息香酸に乾燥した合成用有機溶媒(例えば、DMAc等)を加えて、窒素ガス気流下に室温にてジアミノ安息香酸を溶解させる。これにセバシン酸クロライドを反応混合物の温度が28℃を超えないように徐々に添加する(ジアミノ安息香酸とセバシン酸クロライドのモル比は1/0.5〜1/2とする)。セバシン酸クロライドの全量を添加した後、攪拌を継続しながら同温度を約1〜12時間保持する。この反応混合物を蒸留水中に添加し、生成したポリマ成分を析出させる。析出したポリマ成分を吸引濾過により分離し、これを新たに蒸留水中で攪拌しながら洗浄して、残存DMAcの除去し、その後、吸引濾過により固形分を分離することで、上記式(I)で表される構造を有するポリアミドを得ることができる。
【0038】
本発明におけるポリマは、その主鎖や側鎖に、カルボキシル基、3級アミン基以外の、光や熱によって付加、架橋、重合等の反応を促す官能基を有していてもよい。このような官能基としては、ヒドロキシル基、カルボニル基、ジアゾ基、ニトロ基、シンナモイル基、アクリロイル基、イミド基、エポキシ基等が例示できる。これらの官能基をポリマが有することにより、基板等との接着性向上を図ること、また、レーザ媒質以外の機能性を持つ有機材料を付加反応させること等ができる。
【0039】
ポリマは、可塑剤、酸化防止剤等の安定剤、界面活性剤、溶解促進剤、重合禁止剤、染料や顔料等の着色剤等の添加物を含んでいても良い。さらに、ポリマは、塗布性等の成型加工性を高めるために、溶媒(水、アルコール類、グリコール類、セロソルブ類、ケトン類、エステル類、エーテル類、アミド類、炭化水素類等の有機溶媒)を含んでいてもよい。
【0040】
本発明のNd−TFA錯体と有機溶媒とを含むレーザ媒質、また、本発明のNd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質におけるNd−TFA錯体の濃度は、0.5〜50質量%であることが好ましい。レーザ媒質におけるNd−TFA錯体の濃度が0.5質量%以上であれば、レーザ発振においてゲインが得られやすい。また、50質量%以下とすれば、飽和溶解度を超えることがないため、レーザ媒質中でNd−TFA錯体が析出することで、濃度消光現象が出ること、析出物によって散乱すること等を回避できる。
【0041】
<本発明のレーザ媒質を用いたレーザ装置>
本願におけるNd−TFA錯体は、本願におけるポリマや有機溶媒に対して溶解性が高いのみならず、Nd3+イオン1個あたりの錯体分子の大きさが小さい特徴を有している。このため、ポリマや有機溶媒に溶解(混合)した場合に、到達できるNd3+イオンの質量分率を高くすることができる。このことは、レーザ活性を有するイオンの空間密度を上げていることになるので、レーザ発振を容易にするために重要な因子の一つである。もちろん、これは、本願におけるポリマや有機溶剤と錯体との溶解性が確保できた上でのことであり、溶解性が確保できていないケースでは、高濃度に溶かした場合にNd3+イオン同士の距離が近接することにより、エネルギのやり取りを許し、消光にいたる問題が生じうる。
【0042】
本願のレーザ媒質はポリマを含む構成となるため、フィルム状のレーザ媒質が得られる。それにより、これを筒状にして、リング共振器を構成したレーザを実現したり、従来のごとき平板状の基板以外にも石英キャピラリ等筒状の基材にレーザ媒質を塗布硬化して、リング共振器を構成することも可能となる。このようにすることで、ミラーを配置する必要がなくなる。
上記、リング共振器構造に組み合わせて、本願のレーザ媒質の特徴の一つである易加工性によって、リングからの取り出し構造の加工を施すことによって、適切なQ値や閾値のレーザを設計、構成することができる。
【0043】
また、基材にグレーティング(回折格子)状の凹凸を付けておき、この上に塗布硬化したり、フィルムの表面にナノインプリントなどの手法によって、グレーティング形状を付与したり、2光束干渉などの手法によって、干渉縞状に屈折率のグレーティング状の変調構造を作る等によって、DBRレーザや、DFBレーザ、量子井戸構造の低コストな実現が可能となる。
フィルム状のグレーティング構造では、温度制御によってグレーティング周期を変動させることで、発振波長を変化させることができるので、波長可変レーザを簡単に実現することができる。ポリマの熱膨張係数は、無機固体や半導体に比べて一桁程度大きいので、温度制御による波長可変幅は、同じ温度差であれば、大きな可変幅を得ることができる。また、同じ波長幅の制御には低消費電力で実現できる。また、波長可変幅を広くとりやすいことと、本願のポリマレーザ媒質の蛍光スペクトル幅が広いこととは相性がよい。波長可変幅が広く取れても、発振可能波長幅が狭くては、広い波長可変レーザは実現できないからである。
【0044】
ポリマを含むレーザ媒質は、無機固体や半導体に比べて、弾性率が小さく伸びが大きいので、この特徴を利用すると、例えば、上記のグレーティングを機械的な応力によって、周期変化させて、発振波長を制御するようにも利用することができる。
このように、レーザの設計上の自由度が広くなることも利点の一つといえる。
【実施例】
【0045】
(実施例1)
<レーザ媒質の作製例>
まず、下記の様にして、Nd−TFA錯体のDMAc溶液(レーザ媒質)を合成した。
25mlなす型フラスコに酢酸ネオジム1水和物(分子量339.37g/mol)1.000gを秤取し、DMAc4.000gを加え、マゲネチックスターラーを用いて室温にて攪拌した。トリフルオロ酢酸(分子量114.02g/mol)を酢酸ネオジム1水和物に対して3倍モル量(1.008g)を添加した。反応の進行に伴い分散していた酢酸ネオジムの分散量が徐々に減少し、反応が完結した時点では、完全に溶解した。溶解を確認後、1時間室温にて攪拌を継続した。この溶液を約80℃で減圧度約1kPaで溶媒(DMAc)及び副生成物の酢酸を除去した。得られた固形物を再度DMAcに溶解させ、Nd−TFA錯体が濃度1.38質量%、4.76質量%、17.2質量%、33質量%となるようしてNd−TFA錯体のDMAc溶液(レーザ媒質)を調製した。
【0046】
<吸収スペクトルの評価>
上記で得られたレーザ媒質の吸収スペクトルを、島津製作所製、UV−160A分光光度計を用いて確認した。なお、露光時間は、100ms、500msとした。
まず、Nd−TFA錯体が濃度33質量%のDMAc溶液の結果を図1(a)に示す。
【0047】
図1(a)に示すように、吸収断面積は590nm付近が最大となり、800nm領域は2番目に大きい。590nm、800nm、750nm、870nm付近に吸収が存在するプロファイルは代表的なNd3+の吸収プロファイルに酷似しており、レーザ媒質はレーザ特性を有するNd3+イオンの光学特性を維持していると考えられる。なお、Nd:YAGやNd:YVO4では一般に808nmが吸収ピーク波長となるが、Nd−TFAは801nmがピーク波長となり、短い波長にシフトしている。
なお、波長801nmに於ける吸収断面積は3.9×10−20cm2程度であり、波長590nmに於ける吸収断面積は5.0×10−20cm2であった。
590nm付近の吸収断面積は、Nd:YAGや、Nd:YVO4では800nm付近のそれより小さいが、Nd−TFAではわずかながら800nm付近よりも大きい。このため、適当な励起光源があれば、この波長による励起も可能である。
【0048】
また、レーザ媒質のNd−TFA錯体濃度が吸収スペクトルに及ぼす影響を確認するため、各濃度(1.38質量%、4.76質量%、17.2質量%)での吸収スペクトルを確認した結果が図1(b)である。
図1(b)に示されるように、濃度によって吸収スペクトルは大きな差はないことがわかる
【0049】
<光励起蛍光(PL)スペクトルの評価>
上記と同様にしてNd−TFA錯体の濃度が10質量%、3.5質量%となるようにDMAc溶液のレーザ媒質を作製し、得られたレーザ媒質中のNd−TFA錯体の各濃度(10質量%、3.5質量%)における光励起蛍光(PL)スペクトルを、励起波長801nm、740nmのパルス光で励起して得た。なお、励起源としては、801nmのときは4.4mJ又は32mJであり、740nmのときは17mJとした。露光時間は、4500ms、1000msのいずれかである。
入射したレーザ光のシートビームサイズは30mm×0.2mmとした。
【0050】
図2に示すように、蛍光はスペクトル拡がりを持ち、801nm励起では、波長880nm、1060nm、1220nmにPLが見られ、また740nm励起では880nmと1220nmでPLが見られている。なお、レーザ発振候補波長の1060nm付近の蛍光スペクトルのみを取り出して比較したが、この実験では明らかな蛍光スペクトル狭帯域化は観測できなかった。
【0051】
<濃度消光の検討>
さらに、レーザ媒質中のNd−TFA錯体の濃度及び励起波長を変えて、Nd−TFA錯体濃度に対する1050nm蛍光強度について評価した。レーザ媒質(DMAc溶液)中のNd−TFA錯体の濃度は、50質量%、25質量%、12.5質量%、6.25質量%、3.12質量%、1.56質量%とした。
【0052】
結果を図3にまとめた。励起波長及び発振阻害する濃度消光(高濃度で発光が減衰する現象)を検討した結果、レーザ媒質中のNd−TFA錯体濃度による同蛍光の消光は軽微であることと推測できる。
【0053】
<蛍光寿命の評価>
レーザ発振を検討する上でもう一つの重要なパラメーターである蛍光寿命を以下の様にして測定した。
【0054】
まず、図4に示すように、10mm×1mmのシートビーム2をセル1に入射し、蛍光をレンズ3(f値=60mm)と分光器4とを通してフォトダイオード5で時間波形を得た。励起源(シートビーム)にはチタンサファイアレーザを利用し、パルス波長は800nm、パルスエネルギは30mJ、パルス幅は20nsとした。
なお、セル1にはNd−TFA錯体の濃度10質量%のレーザ媒質を入れた。
【0055】
結果を図5及び図6に示す。蛍光が全体的に弱いため、測定用光検出器の負荷抵抗は1MΩとなり、そのときの回路時定数は1.23μsであった。強度が最大の波長874nmの蛍光寿命はほぼ1.25μsと短く(図6)、一方で1048nmの蛍光の寿命は、24〜30μs程度であった(図5)。
YAG結晶中のNd3+イオンが200μs程度であるため、一桁近く蛍光が短いことになる。
【0056】
なお、図5において大きなグラフは、インピーダンス1MΩの場合の測定データであり、小さいグラフは、インピーダンス50Ωの時の測定データである。回路時定数の分解能がインピーダンスによって変わることと、インピーダンスを変えることで微小信号をS/N良く測定することとがトレードオフになっている為に、両方のインピーダンスで測定することで、実際の信号であることを確認した。
【0057】
<利得の測定>
次に、利得の測定を以下の様にして行った。上記で得られたレーザ媒質(Nd−TFA濃度48質量%)に対して、図7に示す装置を用いてポンプ−プローブ法による利得測定を行った。励起源は800nm、20ns、60mJのパルス(チタンサファイアレーザ、Continuum社製、製品名:TS−60)を利用して、1.5mJのポンプ光(20mm×0.7mmのシートビーム)とした。なお、チタンサファイアレーザのポンプレーザは、Nd:YAGレーザ(Continuum社製、製品名:Powerlite 5000)を用いた。これに、プローブレーザとして外部共振器半導体レーザ(Sacher社製、製品名:TEC−100、cw:1030〜1064nm)を組み合わせて、このレーザ光(プローブ光)の増幅率を測定した。
セル1にはNd−TFA錯体の濃度48質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)を入れた。
【0058】
励起光がパルスであり、またプローブ光の増大率を正確に測るため、マルチチャンネル分光器を外部トリガ(図7において、フォトダイオードに接続したディレイパルサー(Stanford Research Systems, Inc.社製:商品名:Digital Delay/Pulse Generator DG−535))に設定して、これを積算して測定した。なお、熱レンズ効果によりプローブ光が拡散して大きなノイズとなることを防ぐため、熱レンズの信号への影響が軽微な励起光入射後1ms以内に、信号と参照光を取得した。具体的には、励起後50μsに信号光、200μs後に参照光を測定し両者の比率を比べている。なお、前回の励起の影響も除去するため、繰り返しは1/2ヘルツとして測定を行った。
【0059】
利得の測定結果の一例を図8に示す。レーザ媒質中のNd−TFA錯体濃度は48質量%で、1.5mJ(20mm×0.7mmのシートビーム)の励起に対して、約1.5/cmのゲインを確認できた。
【0060】
ゲインが観測された領域は1040nm〜1055nmであり、それ以外の波長域ではゲインは観測されていない。このことから、Nd−TFA錯体は波長域15nm程度の可変波長域を示すことが期待される。
なお、比較実験として、Nd−TFA錯体の濃度2質量%であるレーザ媒質(DMAc溶液)も同様に測定したが、ゲインはこちらでは確認できなかった。
【0061】
また、励起強度を上げたところ、プローブレーザであるTEC−100が破損した。これは溶液セルの端面反射でNd−TFA錯体が発振して、その出力が大きすぎたため、プローブレーザのTEC−100に入射してこれを破損したことが考えられる。これにより、60mJの800nmパルス横励起により、Nd−TFA錯体のレーザ発振を確認することが出来たこととなる。
【0062】
<寄生発振スペクトルの測定>
Nd−TFA錯体の濃度33質量%であるレーザ媒質(DMAc溶液)を用いて、石英セルのフレネル反射だけでレーザ発振させた寄生発振スペクトルをOcean Optics社製、商品名:HR−4000を用いて測定し、評価した。結果を図9に示す。スペクトル1は励起直後から400μs、スペクトル2は励起直後から800μsを積算・観測した物である。図9のグラフに示されるように962nmに10nmFWHMのピーク、1008nm付近に7nmFWHMのピークに対し、1053nm付近に半値幅1nmFWHMの鋭い輝線が見られ、これより、1053nmにおいて、寄生発振が起こっていることが確認できた。なお、図9の1054nm近辺を拡大したものを図10に示す。
この現象は濃度17質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)でも確認できた。石英セル端面の反射率はわずか4%程度であり、寄生発振するためにはセルの横幅1cmでの光利得が1/0.04=25倍必要であるため、この時の励起条件60mJを20mm×0.7mmで集光した時に、17質量%での利得が25/cmを超えることが確認された。
【0063】
波長1060nmでの発振を拡大して分析すると、発振光のスペクトル幅は0.8nmFWHMで、これが幅3.2nmFWHMの蛍光(ASEとも考えられる)に重畳していた。
【0064】
<共発振構成でのレーザ発振評価>
図11に示すミラーを用いた共発振構成により、レーザ発振評価を行った。Nd−TFA錯体の濃度17質量%及び33質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)を用いた。なお、各データは共振器長(ミラーの間隔)を、Nd−TFA錯体の濃度17質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)は3cm、33質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)は1.3cmとして測定した。
【0065】
励起源は、800nm、20ns、60mJのパルス(チタンサファイアレーザ、Continuum社製、製品名:TS−60)を利用して、60mJのポンプ光とした。入射により発振したレーザ光は、光ジュールメータ(Gentec社製、製品名:ED−100)で観測した。ミラーとして、100%の反射ミラー6aと70%の反射ミラー6bを用いた。
その結果を図12に示す。Nd−TFA錯体の濃度33質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)のしきい値は2.5mJで、最大出力5.3mJ、スロープ効率は20%であった。Nd−TFA錯体の濃度17質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)のしきい値は、15mJ程度であった。
【0066】
(実施例2)
<レーザ媒質の作製例>
まず、下記の様にして、Nd−TFA錯体のNMP溶液(レーザ媒質)を合成した。
25mlなす型フラスコに酢酸ネオジム1水和物(分子量339.37g/mol)1.000gを秤取し、DMAc4.000gを加え、マゲネチックスターラーを用いて室温にて攪拌した。トリフルオロ酢酸(分子量114.02g/mol)を酢酸ネオジム1水和物に対して3倍モル量(1.008g)を添加した。反応の進行に伴い分散していた酢酸ネオジムの分散量が徐々に減少し、反応が完結した時点では、完全に溶解した。溶解を確認後、1時間室温にて攪拌を継続した。この溶液を約80℃で減圧度約1kPaで溶媒(DMAc)及び副生成物の酢酸を除去した。
得られた固形物を再度NMPに溶解させ、Nd−TFA錯体が濃度15質量%となるようしてNd−TFA錯体のNMP溶液(レーザ媒質a)を調製した。
また、下記で溶媒の違いによる吸収スペクトルを評価するために、実施例1の<レーザ媒質の作製例>と同様にして、Nd−TFA錯体が濃度15質量%となるようしてNd−TFA錯体のDMAc溶液(レーザ媒質b)を調製した。
また、上記固形物を得る前(DMAc及び酢酸を除去する前)のものにDMAcをさらに添加して、Nd−TFA錯体が濃度15質量%となるようしたレーザ媒質cも調製した。
【0067】
<溶媒の違いによる吸収スペクトルの評価>
測定機器として、分光器(商品名:USB−2000、オーシャンオプティクス社製)を用いた以外は、実施例1の<吸収スペクトル>と同様にして、吸収スペクトルを確認した。結果を図13に示す。併せて、図13中にDMAc単体の吸収スペクトルを示す(一点鎖線)。
なお、本実施例で測定に用いた分光器は、実施例1で用いた測定機器よりも波長分解能が低いものである。
図13に示されるように、溶媒の有無、プロセス工程、また溶媒の種類によって吸収スペクトルは大きな差はないことがわかる。
【0068】
<共発振構成でのレーザ発振評価>
上記で得られたレーザ媒質a〜cを用いて、励起源を8.3mJとして実施例1の<共発振構成でのレーザ発振評価>と同様に、レーザ発振を評価した。結果を図14に示す。
なお、図14の(a)はレーザ媒質a(Nd−TFA錯体が濃度15.0質量%のNMP溶液)の結果を示し、(b)はレーザ媒質b(Nd−TFA錯体が濃度15.0質量%のDMAc溶液)の結果を示し、(c)はレーザ媒質c(DMAc及び酢酸を除去せずにさらにDMAcを添加したもの)の結果を示す。
図14に示されるように、レーザ媒質a〜cでレーザ出力が得られた。
【0069】
(実施例3)
<上記式(I)で表される構造を有するポリアミドの合成例>
まず、レーザ媒質に用いる上記式(I)で表される構造を有するポリアミドを合成した。
100mlの3口フラスコに3.5−ジアミノ安息香酸12.000gを秤取し、それに乾燥したDMAc(含有水分量≦30ppm)を70g加えて、窒素ガス気流下に室温にてジアミノ安息香酸を溶解させた。これにセバシン酸クロライド18.870gを反応混合物の温度が28℃を超えないように徐々に添加した(ジアミノ安息香酸とセバシン酸クロライドのモル比は1:1)。
セバシン酸クロライドの全量を添加した後、攪拌を継続しながら同温度を約3時間保持した。この反応混合物を約400gの蒸留水中に添加し、生成したポリマ成分を析出させた。析出したポリマ成分を吸引濾過により分離し、これを新たに約200gの蒸留水中で攪拌しながら洗浄した(残存DMAcの除去)後、吸引濾過により固形分を分離した。この操作を3回繰り返した後、約40℃で減圧度約1kPaで約4時間乾燥させて目的のポリマ(上記式(I)で表される構造を有するポリアミド)を得た。収量は24.0gであり、収率は約97%であった。
【0070】
<ポリマを含むレーザ媒質の作製例>
実施例で得られたNd-TFA錯体のDMAc溶液(Nd−TFA錯体濃度33質量%)に対して、実施例で得られたポリアミドの所定量を添加し、ポリアミドを溶解させることにより目的のNd-TFA錯体とポリマを含むレーザ媒質dを得た。
具体的には、Nd−TFA錯体のDMAc溶液(Nd−TFA錯体濃度33質量%)に対して、上記ポリアミド0.5gを添加し、溶解させることによりレーザ媒質d(Nd−TFA錯体濃度22質量%)を得た。
【0071】
<共発振構成でのレーザ発振評価>
上記で得られたNd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質dを用いて、実施例1と同様にしてレーザ発振を評価した。その結果を図15に示す。図15に示されるように、レーザ媒質dによるレーザ発振が確認された。
なお、参考に、実施例1の<共発振構成でのレーザ発振評価>で用いたNd−TFA錯体の濃度17質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)と33質量%のレーザ媒質(DMAc溶液)の結果も図15に示す。同様にスペクトルが得られていることがわかる。
【0072】
(実施例4)
<ポリマを含むレーザ媒質の作製例>
実施例2で得られたNd−TFA錯体のNMP溶液と同様にして得られたNd−TFA錯体濃度19質量%のレーザ媒質(NMP溶液)(「レーザ媒質A」とする)に対して、実施例3で得られたポリアミドの所定量を添加し、ポリアミドを溶解させることにより目的のNd−TFA錯体と、NMPと、ポリマ(ポリアミド)とを含むレーザ媒質e〜gを得た。
具体的には、レーザ媒質A 1gに対して、ポリアミド0.19gを添加して、レーザ媒質e(錯体濃度16質量%、ポリアミド濃度16質量%、NMP濃度68質量%)を得た。
同様にして、レーザ媒質A 1gに対して、ポリアミド0.36g、NMP1.01gを添加して、レーザ媒質f(錯体濃度8質量%、ポリアミド濃度15質量%、NMP濃度77質量%)を得た。レーザ媒質A 1gに対して、ポリアミド0.61g、NMP2.19gを添加して、レーザ媒質g(錯体濃度5質量%、ポリアミド濃度16質量%、NMP濃度質量79%)を得た。
【0073】
<濃度の違いによる吸収スペクトルの評価>
測定機器として、分光器(商品名:USB−2000、オーシャンオプティクス社製)を用いた以外は実施例1の<吸収スペクトル>と同様にして、上記で得られたNd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質e〜gを用いて吸収スペクトルを確認した。結果を図16に示す。
図16に示されるように、濃度によって吸収スペクトルは大きな差はないことがわかる。
【0074】
<共発振構成でのレーザ発振評価>
上記で得られたNd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質e、fを用いて、実施例1と同様にしてレーザ発振を評価した。その結果を図17に示す。Nd−TFA錯体の濃度による大きな影響はなく、良好なレーザ発振をすることが確認された。
なお、図17の(a)はレーザ媒質e(Nd−TFA錯体が濃度16質量%のポリマ)の結果(励起源:13.8mJ)を示し、(b)はレーザ媒質f(Nd−TFA錯体が濃度8質量%のポリマ)の結果(励起源:21.2mJ)を示す。
図17に示されるように、レーザ媒質e、fでレーザ出力が得られた。
レーザ媒質gについては、励起源を13.8mJ、21.2mJとした場合には、レーザ出力は得られなかった。
【0075】
(実施例5)
<ポリマを含む固体状レーザ媒質の作製例>
実施例3で得たNd−TFA錯体とポリマとを含むレーザ媒質dから、DMAcを除去し、Nd−TFA錯体とポリマを含む固体状レーザ媒質hを得た。
【0076】
<共発振構成でのレーザ発振評価>
上記で得られたNd−TFA錯体とポリマとを含む固体状レーザ媒質hを用いて、実施例1と同様にしてレーザ発振を評価した。その結果、レーザ媒質hによるレーザ発振が確認された。
【0077】
(比較例1)
得られたNd−TFA錯体固形物を再度溶解させる際に用いる溶媒としてトルエンを用いた以外は、実施例1の<レーザ媒質の作製例>と同様にして、Nd−TFA錯体を5質量%含むレーザ媒質の作製を試みた。
トルエンは、Nd−TFA錯体に対し溶解性を有しておらず、溶液とすることができなかった。
また、作製した液について、実施例1の<共発振構成でのレーザ発振評価>と同様にして評価したが、レーザ発振を確認できなかった。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明により、レーザ発振強度に優れ、有機溶媒及びポリマに対する溶解性に優れたNd−TFA錯体を含むレーザ媒質を提供できる。
【符号の説明】
【0079】
1 セル
2 シートビーム
3 レンズ
4 分光器
5 フォトダイオード
6a、6b 反射ミラー
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Nd−TFA錯体と、有機溶媒と、を含むレーザ媒質。
【請求項2】
前記有機溶媒が、ジメチルアセトアミド(DMAc)及び/又はN−メチルピロリドン(NMP)である請求項1に記載のレーザ媒質。
【請求項3】
ポリマをさらに含む請求項1又は2に記載のレーザ媒質。
【請求項4】
前記ポリマが、カルボキシル基、3級アミン基の少なくとも一つの官能基をポリマの側鎖に有するものである請求項3に記載のレーザ媒質。
【請求項5】
前記ポリマが、下記式(I)で表される構造を有するポリアミドである請求項3又は4に記載のレーザ媒質。
【化1】
【請求項6】
前記Nd−TFA錯体の濃度が、0.5〜50質量%である請求項1〜5のいずれか一項に記載のレーザ媒質。
【請求項1】
Nd−TFA錯体と、有機溶媒と、を含むレーザ媒質。
【請求項2】
前記有機溶媒が、ジメチルアセトアミド(DMAc)及び/又はN−メチルピロリドン(NMP)である請求項1に記載のレーザ媒質。
【請求項3】
ポリマをさらに含む請求項1又は2に記載のレーザ媒質。
【請求項4】
前記ポリマが、カルボキシル基、3級アミン基の少なくとも一つの官能基をポリマの側鎖に有するものである請求項3に記載のレーザ媒質。
【請求項5】
前記ポリマが、下記式(I)で表される構造を有するポリアミドである請求項3又は4に記載のレーザ媒質。
【化1】
【請求項6】
前記Nd−TFA錯体の濃度が、0.5〜50質量%である請求項1〜5のいずれか一項に記載のレーザ媒質。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【公開番号】特開2012−44022(P2012−44022A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−184693(P2010−184693)
【出願日】平成22年8月20日(2010.8.20)
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月20日(2010.8.20)
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]