説明

レーザ重ね溶接方法

【課題】レーザ焦点制御などの複雑な制御を必要とせず、溶接長を確保するのに必要なスペースやサイクルタイムの増加を回避しつつ、溶接終端部の穴やヒケを改善できるレーザ重ね溶接方法を提供する。
【解決手段】複数重ねたワーク(1,2)の一側からレーザを照射して所定区間の溶接を行うレーザ重ね溶接方法において、前記所定区間に亘る順方向のレーザ走査(La)の終端部(t)で走査方向を反転させかつ前記順方向のレーザ走査と溶接ビード(11,12)の一部が相互に重なるようにずらして逆方向のレーザ走査(Lb)を行い、当該区間のレーザ照射を終了する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ重ね溶接方法に関し、さらに詳しくは、溶接終端部に発生する穴やヒケなどを改善するレーザ重ね溶接方法に係るものである。
【背景技術】
【0002】
ワークにレーザービームを照射しその光エネルギーによって照射部位の材料を加熱溶融するレーザ溶接は、非接触で高速溶接が行える等の利点がある反面、溶接終端部に穴やヒケが発生する問題がある。そのため、自動車部品では、一部の部品に限って利用され、気密性や水漏れなどに関する厳格な性能および品質管理が求められる車体溶接工程への導入が進まない要因の一つとなっていた。
【0003】
レーザ溶接終端部に発生する穴開きやヒケは、溶接進行方向とは逆方向へ溶融金属が流れる現象により、最終的に終端部へ供給される溶融金属が不足することに起因する。この対策としては、特許文献1に開示されるように、溶接終端部でレーザ出力を徐々に低下させる制御を行うランピングあるいはフェードダウンと呼ばれる方法が公知である。
【0004】
例えば、図5(a)(b)に示すように、2枚の亜鉛めっき鋼板1,2を重ねてレーザ溶接するに際して、レーザ出力Pを終端部まで一定に維持すると、溶接ビード51の終端部に穴52が生じ、その分、実質的な溶接長Waがレーザ照射長Lに比べて短くなる。
【0005】
これに対して、図5(c)(d)に実線(61)で示すように、溶接終端部でレーザ出力Pを徐々に低下させると、溶け込み深さが徐々に浅くなるので、溶接ビード61の終端部における穴開きの発生頻度は低下するが、穴開きを完全に防止することはできない。しかも、穴開きに至らないケースでも、溶接終端部に比較的深いヒケ62が残留することに加えて、実質的な溶接長Wa′が一層短くなり、そのままでは強度低下などの溶接品質への影響は避けられない。
【0006】
この問題を回避するために、図5(c)(d)に破線(71)で示すように、溶接長を長く(L″)することも考えられるが、その場合、溶接ビード71の所要スペースが増加するとともに、サイクルタイムが長くなる問題を生じることになる。
【0007】
上記問題に対する他の対策として、特許文献2には、溶接終端部でデフォーカスによりレーザ照射径を大きくする方法が開示されている。しかし、特許文献2の図1に示されるように、溶接終端部に停止してデフォーカスしても穴やヒケが改善されるどころか溶け落ちする虞がある。また、特許文献2に明確な記載はないが、溶接終端部に到達する直前からデフォーカスを開始すれば、エネルギー密度の低下によって、前述した方法の場合と同様に実質的な溶接長が短くなる問題を生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−313544号公報
【特許文献2】特開2008−264793号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような実状に鑑みてなされたものであって、その目的は、レーザ焦点制御などの複雑な制御を必要とせず、溶接長を確保するのに必要なスペースやサイクルタイムの増加を回避しつつ、溶接終端部の穴やヒケを改善できるレーザ重ね溶接方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明は、複数重ねたワークの一側からレーザを照射して所定区間の溶接を行うレーザ重ね溶接方法において、前記所定区間に亘る順方向のレーザ走査(La)の終端部(t)で走査方向を反転させかつ前記順方向のレーザ走査と溶接ビードの一部が相互に重なるようにずらして逆方向のレーザ走査(Lb)を行い、当該区間のレーザ照射を終了することを特徴とする。
【0011】
レーザ溶接終端部に発生する穴開きやヒケは、溶接進行方向と逆方向、すなわち、レーザ走査方向の後方へ溶融金属が流れる現象によることは既に述べた通りである。そこで、本発明者らが鋭意検討したところ、溶接終端部(溶接継手として形成すべきビードの形状的終端部)でレーザの走査方向を反転させて逆方向のレーザ走査を行うことで、新たに生じる溶融金属が溶接ビードの形状的終端部側に流れ、形状的終端部における溶融金属の不足が解消されるという知見を得た。
【0012】
この際、レーザ溶接により溶融状態となった金属部分へ再びレーザが照射されると、溶融状態の金属が飛散して溶け落ちなどの新たな欠陥を生じ、また、新たに溶融金属が生じるためには、逆方向レーザ走査がワークの未溶融部分になされる必要がある。しかし、順方向レーザ走査による溶接ビードとずらしてワークの未溶融部分に逆方向レーザ走査を行うことで、溶け落ちなどの問題を生じることなく、新たに生じる溶融金属を逆方向レーザ走査の後方となる溶接ビードの形状的終端部側に供給することが可能となる。
【0013】
しかも、溶接ビードの一部が相互に重なるように逆方向レーザ走査を行うことで、溶融金属の濡れ性により走査方向後方のみならず側方(重なり側)にも溶融金属の流動が促され、順逆双方向のビードを確実に融合させることができるとともに、溶接ビードの形状的中間部において逆方向レーザ走査を終了する際の溶融金属不足を回避できる。
【0014】
また、溶接ビードの形状的終端部まで実質的な溶接長が確保され、従来のように終端部の穴開きやヒケを防止するために溶接長が短縮されたり、それを回避するために、溶接ビードの区間を拡張したりする必要がなく、溶接ビードの所要スペースの増加を最小限にできる。さらに、レーザの複雑な焦点制御は不要であり、設備への負担も小さい。
【0015】
本発明方法において、前記逆方向のレーザ走査(Lb)を、前記順方向のレーザ走査よりも高速で行うことが好適である。
【0016】
逆方向レーザ走査を高速で行うことで、単位時間当たりにレーザ被照射部位に供給されるエネルギーが減少し、結果的に、レーザ出力を低減させたのと同様の効果が得られる。すなわち、逆方向レーザ走査による溶け込みが浅くなるので、溶接終端部の金属不足をより効果的に改善できる。しかも、逆方向レーザ走査を高速で行うことで、逆方向レーザ走査に要する時間が短縮され、サイクルタイムの増加を回避できることに加えて、レーザの複雑な焦点制御はもちろん、レーザ出力制御も不要であり、設備への負担は一層小さくなる。
【0017】
また、上述した各場合において、逆方向レーザ走査の終了時にレーザ出力を連続的にまたは段階的に低減させるフェードダウンを併用することで、一層良好なビード形状が得られる。
【0018】
本発明方法において、前記順方向のレーザ走査が、少なくとも終端部に曲線状レーザ走査を含む場合に、前記逆方向のレーザ走査が、前記曲線状レーザ走査の曲率方向外側にずらして行われることが好ましい。逆方向レーザ走査を曲率方向外側にずらして行うことで、未溶融部分の金属をより広範囲に亘って既溶融ビードに融合させることができ、かつ、金属蒸気の排出も良好であるため、良好なビード形状が安定的に得られる。
【0019】
一方、前記順方向のレーザ走査が、少なくとも終端部に曲線状レーザ走査を含む場合に、前記逆方向のレーザ走査が、前記曲線状レーザ走査の曲率方向内側にずらして行われる態様では、上記外側にずらして行われる態様に比較して、安定的なビード形状が得られる条件が多少厳密になるものの、逆方向レーザ走査による溶接ビードの拡張が、ビード形状の内側に配置されるので、溶接ビードの所要スペースが増加しない点で有利である。
【発明の効果】
【0020】
以上述べたように、本発明に係るレーザ重ね溶接方法によれば、レーザの焦点制御などの複雑な制御を必要とせず、溶接設備への負担が小さく、溶接長を確保するのに必要なスペースやサイクルタイムの増加を回避しつつ、溶接終端部の穴やヒケを改善でき、レーザ重ね溶接の品質向上に有利である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明第1実施形態に係るレーザ重ね溶接におけるレーザ走査を示す平面図(a)、ビード形状を示す平面図(b)、レーザ出力および速度を示すグラフ(c)、および側断面図(d)である。
【図2】本発明第2実施形態に係るレーザ重ね溶接におけるレーザ走査を示す平面図(a)および本発明第3実施形態に係るレーザ重ね溶接におけるレーザ走査を示す平面図(b)である。
【図3】本発明第2実施形態に係るレーザ重ね溶接における過渡的なビード形状を示す平面図(a)およびそのB−B断面図(b)である。
【図4】本発明第2実施形態に係るレーザ重ね溶接における最終的なビード形状を示す平面図(a)およびそのB−B断面図(b)である。
【図5】従来のレーザ重ね溶接を示す側断面図(a)および平面図(b)、レーザ出力を示すグラフ(c)、従来の別のレーザ重ね溶接を示す側断面図(d)である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、2枚の鋼板1,2(亜鉛めっき鋼板)をレーザ重ね溶接する、本発明の第1実施形態に係るレーザ重ね溶接10におけるレーザ走査La,Lbを示す平面図(a)、ビード形状を示す平面図(b)、レーザ出力Pおよび速度Vを示すグラフ(c)、および側断面図(d)である。
【0023】
図1において、レーザ重ね溶接10は、最終的に直線状をなす溶接ビード(10)を形成する場合を示しており、2枚の鋼板1,2は、予め、それらの一方(または両方)に形成した図示しないエンボス(突起)を介して重ね合わされることで、2枚の鋼板1,2間に亜鉛蒸気排出用の微小な隙間gを形成した状態で、図示しないクランプなどの治具で保持されている。なお、エンボスを形成する代わりにスペーサ等で隙間gが形成されても良い。また、2枚の鋼板1,2の接合面に亜鉛めっき層が存在しない場合や、2枚の鋼板1,2が亜鉛のような低融点金属のめっき層を有さない場合には、隙間gを形成せずに2枚の鋼板1,2が直接重ねられても良い。
【0024】
レーザ重ね溶接10の実施に際しては、始端部sから順方向のレーザ走査Laを開始し、反転部t(形状的終端部)に至るまで、一定のレーザ出力Pかつ一定の走査速度Vaで直線状にレーザ走査を行い、2枚の鋼板1,2を厚さ方向に貫通する溶接ビード11を形成した後、反転部tで走査方向を反転させると同時に、レーザ出力P一定のまま高速な走査速度Vbで、かつ、溶接ビード11と一部重なるように逆方向のレーザ走査Lbを行い、終了部eにてレーザ照射を終了する。
【0025】
図1(d)に示すように、溶接ビード11の始端部sでは、図中上方からのレーザ照射による溶け込みが下側の鋼板2に到達した地点が実質的な溶接長Waの起点となっているのに対し、反転部tでは、レーザ照射による溶け込み(キーホール)が下側の鋼板2を貫通した状態で走査方向が反転することと、反転後の逆方向レーザ走査Lbによりその進行方向後側となる反転部t(形状的終端部)に溶融金属が流れ込むことで、図1(d)に符号12で示される凹部は埋められ(この点については後述する)、形状的終端部(t)のごく近傍まで実質的な溶接長Waが得られる。
【0026】
逆方向レーザ走査Lbの長さは、特に限定されるものではないが、溶接ビード11の幅(Ba)の4倍程度は必要であり、好ましくは5倍以上である。図1(a)(b)(d)における反転部tから終了部eまでの長さに対して、図1(c)の反転部tから終了部eまでの時間軸Tに沿った長さは、この区間の所要時間が速度Vbに反比例して短くなることを示している。
【0027】
また、順方向の走査速度Va(溶接速度)に対する逆方向の走査速度Vbの許容範囲は、後述する実施例からも明らかな通り、順方向レーザ走査Laと逆方向レーザ走査Lbのずれ、オフセットD(図3,4)に関連しており、オフセットDが最適値であれば、倍速率Vb/Va=1、すなわち等速でも実施可能である。但し、反転部t(形状的終端部)の最終的なビード幅はやや大きくなる。倍速率Vb/Vaが2倍速以下の場合、オフセットDが小さいと既溶融部分の金属が再溶融される割合が多くなるので、反転部t(形状的終端部)ではなくレーザ照射の終了部e付近に穴欠陥が残留する。
【0028】
倍速率Vb/Vaが大きくなるにつれて、高速化によるレーザ出力(パワー密度)の低減効果が発揮され、オフセットDの許容範囲が小さい側に広がり、倍速率Vb/Vaが2〜3倍速程度でオフセットDの許容範囲が最大になる。倍速率Vb/Vaを4倍速以上にするとパワー密度が不足し、オフセットDの許容範囲は狭くなるが、高速化の分だけサイクルタイムは短縮されることになる。
【0029】
次に、図2(a)は、本発明第2実施形態に係るレーザ重ね溶接20におけるレーザ走査を示し、図2(b)は、本発明第3実施形態に係るレーザ重ね溶接30におけるレーザ走査を示している。これらは何れも一部開いた円形状の溶接ビードとしての実施形態を示しており、特に、自動車の車体溶接工程でスポット溶接の代替レーザ溶接(単位溶接)として好適な形態である。
【0030】
これらのうち、図2(a)に示す第2実施形態のレーザ重ね溶接20では、始端部sから反転部t(溶接ビードの形状的終端部)まで円弧状に順方向レーザ走査Laを行った後、反転部tにて走査方向を反転させ、円弧の外側(曲率方向外側)にずらして逆方向レーザ走査Lbを終了部eまで実施するものである。一方、図2(b)に示す第3実施形態のレーザ重ね溶接30では、始端部sから反転部tまでの順方向レーザ走査Laは同様であるが、反転部tにて、円弧の内側(曲率方向内側)にずらして逆方向レーザ走査Lbを終了部eまで実施する点が異なる。
【0031】
先述したように、亜鉛めっき鋼板1,2では、溶接時に発生する亜鉛蒸気を排出するために、2枚の鋼板1,2の間に隙間gが形成されているが、第2、第3実施形態のような円形状の溶接ビード20,30の場合、始端部sに再接近する反転部t(形状的終端部)まで溶接が進行すると、溶接ビード20,30の内側は、始端部sと反転部tの間の不連続部分のみを通じて外気に連通される状態となるので、亜鉛蒸気の排出という点では、外側に反転する第2実施形態の溶接ビード20が有利である。
【0032】
図3は、第2実施形態のレーザ重ね溶接20における過渡的なビード形状を示し、図4は、最終的なビード形状を示している。始端部sから順方向レーザ走査Laを行い、反転部tまで溶接ビード21が形成された状態では、図3(b)に示すように、上側の鋼板1の厚さに匹敵する凹部(溶融金属の不足)が瞬間的に生じるが、この状態から、レーザの走査方向が反転され、順方向レーザ走査Laとずらして、逆方向レーザ走査Lbが実施されることによって、図4(b)に示すように、溶接ビード21の外周側に沿った未溶融部分の鋼板1が溶融され、まだ溶融状態にある溶接ビード21の凹部に流入することで、凹部が浅くなるとともに平坦化される。
【0033】
逆方向レーザ走査Lbは、第1実施形態と同様に高速でレーザ走査されることで、レーザ出力およびスポット径が順方向レーザ走査Laと同一であっても、レーザ出力(パワー密度)の低減効果が得られ、順方向レーザ走査Laにおけるビード幅Baよりもビード幅Bbが狭まると同時に溶け込みが浅くなり、上側の鋼板1の厚さの範囲内に留まるようになる。このような状態であれば、終了部eで逆方向レーザ走査Lbを終了してもヒケなどの欠陥が残留することはない。
【実施例】
【0034】
本発明に係るレーザ重ね溶接方法の効果を検証するために、上記第2、第3実施形態のレーザ重ね溶接20,30において、順方向レーザ走査Laと逆方向レーザ走査LbのオフセットD、逆方向レーザ走査Lbの走査速度Vbを変化させて、各場合における溶接ビードの品質を評価する実験を行った。
【0035】
実験では、IPGフォトニクス社製のファイバーレーザ発振器(最大出力7kW、伝送ファイバー径:0.2mm)、および、HIGHYAGレーザテクノロジー社製スキャナヘッド(ジャストフォーカス加工焦点径:0.6mm)を使用した。
ワークとして、板厚0.65mmの非めっき鋼板(1)を、板厚0.8mmの亜鉛めっき鋼板(2)の上に、隙間g=0.1および0.2mm(一部は0.05mmについても実施)を有して重ねた各状態で、レーザ出力4.3kW、直径7mm、不連続部1mm、設定溶接長21mm、走査速度Va=6.9m/mim(前半)〜7.2m/mim(後半)の円形状の順方向レーザ走査Laに対して、外周側にオフセットさせて1/4周(6.3mm)の逆方向レーザ走査Lbを、走査速度Vb=7.2m/mim(等速)〜35m/min(4.8倍速、一部についてはVb=75m/mim(10.4倍速))に変化させるとともに、オフセットD=0.1mm〜1.2mmの間で0.1mm毎に変化させて、溶接ビードの反転部t〜終了部eにおけるヒケの深さを測定し、表裏各側の外観を観察した。結果を表1に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
表1において、ヒケ深さが0.4mm未満の場合は「◎」、ヒケ深さが0.4mm以上0.5mm未満の場合は「○」、ヒケ深さが0.5以上0.65未満の場合は「△」、ヒケ深さが0.65mm以上であるかまたは上側の鋼板1を貫通する穴が確認された場合は「×」が表示されている。
【0038】
表1に示されるように、順方向の走査速度Va(7.2m/mim)に対する逆方向の走査速度Vbの倍率が2倍速以上(15m/min以上)であれば、オフセットD(順方向レーザ走査Laと逆方向レーザ走査Lbのずれ)が、ビード幅Ba(約1.2mm)の15〜95%に相当する比較的広い範囲で安定的な品質の溶接が行えることが確認された。
【0039】
また、オフセットDが0.7mmの場合は、ビード幅Baの約60%に相当するが、このようなオフセットDの最適値付近では、逆方向の走査速度Vbが高速であってもヒケや穴欠陥を生じないことが確認できた。表1では走査速度Vbが50m/minまで示されているが、走査速度Vbが75m/mimまで良好な結果が得られた。
【0040】
さらに、オフセットDが0.8mmの場合には、逆方向の走査速度Vbが順方向の走査速度Va(溶接速度)と等しくてもヒケは生じなかった。しかし、ビード終端部の幅がやや大きくなったので、逆方向の走査速度Vbが等速あるいは低倍速の場合には、レーザ出力制御を併用することが有利と言える。
【0041】
上記実験は、円形状の順方向レーザ走査Laに対して外周側にオフセットさせて逆方向レーザ走査Lbを行う場合に関するものであるが、円形状の順方向レーザ走査Laに対して内周側にオフセットさせて逆方向レーザ走査Lbを行う場合についても同様の実験をおこなったところ、外周側に比べて好適範囲が多少狭くはなったが、全般的に同様の傾向を確認できた。但し、ビードの半径が小さくなる内周側の場合には逆方向レーザ走査Lbを3/8周(7mm)行い、同程度の走査距離が得られるようにした。
【0042】
外周側と異なる結果が出たのは、隙間gが小さい場合(0.1mmおよび0.05mm)にブローホールや溶け落ちなどの欠陥を生じたことである。これは、鋼板間の隙間が小さい場合に、円形状のビードで内周側に逆方向走査Lbを行うと金属蒸気の排出性が損なわれることによると考えられる。但し、隙間gが最も小さい0.05mmでは溶け落ちは起こらず、全般的に隙間gが0.1mmの場合より良い結果が得られた。これは、隙間gが狭い方が、隙間gに進入する溶融金属が少ないことによると考えられる。当然ながら、隙間gを設けなくても良い非めっき鋼板では、好適なオフセットDや走査速度Lbの範囲がさらに拡大されるものと思われる。
【0043】
以上、本発明のいくつかの実施の形態について述べたが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想に基づいてさらに各種の変形および変更が可能である。
【0044】
例えば、上記各実施形態では、2枚の鋼板を重ねてレーザ溶接する場合を示したが、本発明のレーザ重ね溶接方法は、他の形態のワークに対しても実施可能であり、また、3枚重ね以上のレーザ重ね溶接としても実施可能である。また、上記実施形態では溶接ビードが、直線形状および円形状(円弧形状)の場合を示したが、本発明のレーザ重ね溶接方法は、これら以外の任意の溶接形状に実施可能である。
【符号の説明】
【0045】
1、2 鋼板(ワーク)
10,20,30 レーザ重ね溶接(溶接ビード)
11,12,21,22 溶接ビード
g 隙間
s 始端部
t 反転部(形状的終端部)
e 終了部
Ba,Bb ビード幅
D オフセット
La 順方向レーザ走査
Lb 逆方向レーザ走査
P レーザ出力
Va 順方向の走査速度(溶接速度)
Vb 逆方向の走査速度
Wa 溶接長

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数重ねたワークの一側からレーザを照射して所定区間の溶接を行うレーザ重ね溶接方法において、前記所定区間に亘る順方向のレーザ走査の終端部で走査方向を反転させかつ前記順方向のレーザ走査と溶接ビードの一部が相互に重なるようにずらして逆方向のレーザ走査を行い、当該区間のレーザ照射を終了することを特徴とするレーザ重ね溶接方法。
【請求項2】
前記逆方向のレーザ走査を、前記順方向のレーザ走査よりも高速で行うことを特徴とする請求項1記載のレーザ重ね溶接方法。
【請求項3】
前記逆方向のレーザ走査の終了時にレーザ出力を連続的にまたは段階的に低減させることを特徴とする請求項1または2に記載のレーザ重ね溶接方法。
【請求項4】
前記順方向のレーザ走査が、少なくとも終端部に曲線状レーザ走査を含み、かつ、前記逆方向のレーザ走査が、前記曲線状レーザ走査の曲率方向外側にずらして行われることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載のレーザ重ね溶接方法。
【請求項5】
前記順方向のレーザ走査が、少なくとも終端部に曲線状レーザ走査を含み、かつ、前記逆方向のレーザ走査が、前記曲線状レーザ走査の曲率方向内側にずらして行われることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載のレーザ重ね溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−135794(P2012−135794A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−290007(P2010−290007)
【出願日】平成22年12月27日(2010.12.27)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】