説明

レーダ装置

【課題】従来のESPRIT法における信号の処理時間は非常に長いという問題があった。
【解決手段】本発明のレーダ装置は、複数の受信アンテナを用いて受信した物標からの反射波に基づいて信号ベクトルを生成する信号ベクトル生成部と、信号ベクトルに基づいて部分行列を生成する部分行列生成部と、部分行列から正則行列を算出する正則行列演算部と、正則行列の固有値を算出する固有値演算部と、固有値から物標が存在する角度を算出する角度算出部と、を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーダ装置に関し、特に物標からの複数の到来波の角度推定を高い分解能で行うレーダ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
レーダ装置において、目標物からの複数の到来波に基づいて目標物の角度推定を高い分解能で行う処理(以下、「高分解能処理」という)は、基本的に多くの計算を必要とする。さらに、角度分解能が高い方式ほど信号の処理量も多くなる。
【0003】
高分解能処理方法の中で比較的よく知られている処理方法を分解能の高い順に並べていくと、
(1)ESPRIT>(2)MUSIC>(3)最小ノルム法>(4)線形予測法>(5)Capon法>(6)DBF
となっており、処理時間も上記の順に小さくなっていく。
【0004】
処理時間に着目した場合、特に(1)-(2)間、(3)-(4)間で大きく処理時間が異なる。これは、(1)、(2)では信号共分散行列の固有値展開を行う必要があるためであり、特に(1)ESPRIT法ではこの固有値展開を複数回行う必要があるためである。ESPRIT法における信号処理方法のフローチャートを図1に示す。以下、説明を簡単にする為、レーダ装置はL個の受信アンテナを直線上に等しい間隔を隔てて並べて構成した等間隔リニアアレーアンテナを備えるものとする。
【0005】
まず、ステップS101において、到来波数推定を行う。次に、ステップS102において、L個の受信アンテナから位相基準点をズラしながらN個の受信アンテナで構成されるサブアレーを取り出し、これらのサブアレー群によって受信される信号に空間平均法を適用し(参考文献:S.U. Pillai and B.H. Kwon, Forward/backward spatial smoothing techniques for coherent signal identification. IEEE Trans. Acoust. Speech Signal Process. Vol. ASSP-37 (January 1989), pp. 8-15.)、ステップS103において、相関行列の固有値展開(N次)を行う。次に、ステップS104において、信号空間ベクトルの抽出を行う。LS(Least Square)法の場合は、ステップS105において、正則行列Ψの計算(最小二乗法)を行う。一方、TLS(Total Least Square)法の場合は、ステップS106において、拡大信号空間行列の固有値展開(2Ns次)を行い、ステップS107において、固有値行列を生成し、ステップS108において、固有値行列から正則行列Ψの計算を行う。LS法またはTLS法により、正則行列Ψを求めた後、ステップS109において、正則行列Ψの固有値演算(Ns次)を行い、ステップS110において、角度を算出する。
なお、Nsとは、到来波数推定で算出した到来波数であり、最大処理負荷時には、Ns=N−1となる。
【0006】
ESPRIT法の処理の中で最も処理負荷の大きなステップが固有値展開であり、次数が高いほど処理負荷も大きい。また、ESPRIT法における固有値の計算回数は、計算の途中で現れる正則行列Ψの処理方法で異なり、LS法を用いた場合は2回(ステップS105)、TLS法を用いた場合は3回である(ステップS106〜S108)。一般的に、TLS法では拡大行列を用いて固有ベクトルの誤差を最小化する為、LS法に比べて固有値計算の回数が増える反面、高い精度が得られる。
【0007】
また、ESPRIT法を適用する前には、通常、共分散行列の固有値を用いて到来信号数の推定を行う必要がある(ステップS101)が、精度が悪いため誤判定をすることが多いことが知られている。さらに、信号数の推定は試行錯誤的な計算で行われるため、これもESPRIT法の処理時間が長くかかる要因となっている。
【0008】
また、角度推定処理の演算速度を速めるために、擬似空間平均共分散行列を生成し、生成した行列から選択して目標推定処理を行う方法が知られている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2009−210410号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
解決しようとする問題点は、ESPRIT法における信号の処理時間が非常に長い点である。特に、角度推定を含め、様々な処理を非常に短い周期で行わなければならない車載用レーダにおいて、従来のESPRIT法を適用して角度推定を行うことは事実上困難であるという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明のレーダ装置は、複数の受信アンテナを用いて受信した物標からの反射波に基づいて信号ベクトルを生成する信号ベクトル生成部と、信号ベクトルに基づいて部分行列を生成する部分行列生成部と、部分行列から正則行列を算出する正則行列演算部と、正則行列の固有値を算出する固有値演算部と、固有値から物標が存在する角度を算出する角度算出部と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明のレーダ装置は、ESPRIT法における固有値展開の回数を1回とし、さらにその1回の処理対象の行列の次数がN−1であるため処理時間を抑制することができるという利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】ESPRIT法における信号処理方法のフローチャートである。
【図2】本発明の実施例1のレーダ装置の構成図である。
【図3】信号処理装置内での信号処理手順を示したフローチャートである。
【図4】本発明の実施例1に係るレーダ装置の角度検出部の構成図である。
【図5】本発明の実施例1の角度算出手順を示すフローチャートである。
【図6】本発明のレーダ装置を用いた場合の角度算出結果及び従来のTLS-ESPRIT法によって算出した角度算出結果を示す。
【図7】本発明の実施例2に係るレーダ装置の角度検出部の構成図である。
【図8】本発明の実施例2の角度算出手順を示すフローチャートである。
【図9】本発明の実施例3に係るレーダ装置の角度検出部の構成図である。
【図10】本発明の実施例3の角度算出手順を示すフローチャートである。
【図11】固有値が1の場合の到来波の信号の強度を示す図である。
【図12】固有値が1ではない場合の到来波の信号の強度を示す図である。
【図13】本発明の実施例4のレーダ装置の角度検出部の構成図である。
【図14】本発明の実施例4の角度信頼性判定方法のフローチャートである。
【図15】本発明の実施例5の角度信頼性判定方法のフローチャートである。
【図16】本発明の実施例6の角度信頼性判定方法のフローチャートである。
【図17】本発明の実施例7の角度信頼性判定方法のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して、本発明に係るレーダ装置について説明する。ただし、本発明の技術的範囲はそれらの実施の形態には限定されず、特許請求の範囲に記載された発明とその均等物に及ぶ点に留意されたい。
【実施例1】
【0015】
まず、本発明の実施例1にかかるレーダ装置について図面を用いて説明する。図2は、本発明の実施例1のレーダ装置の構成図である。信号処理装置9の送受信制御部12によって信号生成部6が制御されて、信号生成部6から所望の変調信号が出力され、発信器5はこの変調信号に基づいて変調を施された送信信号を供給し、送信アンテナ1から電波2が送信される。この送信信号が物標、乃至、目標(図示せず)から反射され、反射波4a〜4dとなって受信アンテナ3a〜3dによって受信され、受信信号はミキサ7a〜7dによって送信信号とミキシングされる。その後、受信信号はA/D変換器8a〜8dによってデジタル信号に変換された後、信号処理装置9に供給され、フーリエ変換(FFT)部10によって処理された後、角度検出部11によって物標の角度が検出される。勿論、具体的な送/受信アンテナの個数や後段の回路構成等は一つの例にすぎない。角度検出部11は本発明の信号処理方法を実行するためのCPU111並びに信号処理方法を実行するためのプログラム及びデータを格納したメモリ112を備えている。
【0016】
次に、信号処理装置9の内部での信号処理手順について説明する。図3は、信号処理装置内での信号処理手順を示したフローチャートである。信号処理装置9に供給された受信信号はステップS201においてフーリエ変換され、ステップS202において物標の角度が計算される。角度の計算方法については後述する。さらに、ステップS204において、角度、距離及び相対速度に関する目標物標情報が信号処理装置9の外部に送信される。信号処理装置9は、コンピュータのCPU(中央演算処理装置)等の演算装置、演算装置に実行させるプログラム、或いはその記憶装置上の実体である。
【0017】
本発明のレーダ装置においては、角度検出部11の構成に特徴がある。図4に本発明の実施例1に係るレーダ装置の角度検出部の構成を示す。本発明のレーダ装置の角度検出部11は、信号ベクトル生成部13と、共分散行列演算部14と、部分行列生成部15と、正則行列演算部16と、固有値演算部17と、角度算出部18とを備えている。
【0018】
信号ベクトル生成部13は、複数の受信アンテナ4a〜4dを用いて受信した物標からの反射波に基づいて信号ベクトルを生成する。共分散行列演算部14は信号ベクトルから共分散行列を計算し(アンテナの個数が多い場合は、この共分散行列に対して、適宜空間平均処理を施しても良い。以下の実施例の様に、4個の受信アンテナでは空間平均の効果はあまり無いので、空間平均を適用しないものとすると、受信アレーを構成するアンテナの総数Lがサブアレーを構成するアンテナ数Nと等しくなる)、部分行列生成部15は共分散行列から部分行列を生成する。さらに、正則行列演算部16は、部分行列から正則行列を算出する。また、固有値演算部17は正則行列の固有値を算出する。これらの演算の手順については後述する。最後に、角度算出部18が固有値から角度を算出する。
【0019】
次に、本発明の実施例1に係るレーダ装置における角度算出方法について説明する。図5は、本発明の実施例1の角度算出手順を示すフローチャートである。本発明においては、共分散行列の縦ベクトルを信号空間に関するベクトルとみなしている。まず、ステップS301において、信号ベクトル生成部13は、複数の受信アンテナ4a〜4dを用いて受信した物標からの反射波に基づいて信号ベクトルを生成する。次に、ステップS302において、共分散行列演算部14は信号ベクトルから共分散行列を計算する。受信アンテナが4個であるとすると、共分散行列Rは以下のような4次の行列として表される。なお一般に、共分散行列は集合(或いは時間)平均処理E[]を施して雑音を抑圧したものを採用するが、本発明によるアルゴリズムの記述を簡単にする為に省略する。
【0020】
【数1】

【0021】
このときに、行列を構成する縦ベクトルの本数(横の列数)が角度を出力する目標数となり、ここではN−1=4−1=3としている。次に、ステップS303において、上記の共分散行列のうち4角の枠で囲ったN×(N−1)部分行列を抽出し、該部分行列から以下の2つのN−1次部分行列R1、R2を生成する。この生成処理の方法については後述する。
【0022】
【数2】

【0023】
次に、ステップS304において正則行列Ψを計算する。ここで、R1は正定値エルミート行列であるため、逆行列の存在を仮定することができる(なお、共分散行列から抽出した行列の列数が[N−1]未満であると、R1は正方行列とならないため、逆行列が存在しなくなり、一般化逆行列を計算しなければならない)。さて、正則行列Ψは、R2=R1*Ψという方程式から求められるが、ここでは、R1に逆行列が存在することが分かっているので、正則行列ΨはΨ=R1-1*R2として、上記部分行列R1、R2から直接算出することができる。
【0024】
正則行列Ψを算出した後、ステップS305において、従来のESPRIT法と同様にして、Ψを固有値展開して固有値を算出する。次に、ステップS306において、固有値の位相から角度を算出する。ここで、固有値の大きさが1に近いもののみが探知すべき目標に対応した値であると考え、これから角度を算出する。
【0025】
参考までに、本発明のレーダ装置における処理時間を従来のレーダ装置における処理時間と共に示すと以下のようになる。
【0026】
【表1】

【0027】
上記のように、本発明の信号処理方法(高速化ESPRIT法)によればDBFの7割程度の処理時間となっていることが分かる。
【0028】
なお、上記の表における本発明の処理時間では、固有値展開にQR法を用いた場合を示している。次数が低いときは、固有値を求める際に特性方程式を直接解く方法を採用することにより更なる高速化が可能と考えられる。
【0029】
次に、角度分離性能について説明する。図6に本発明のレーダ装置を用いた場合の角度算出結果(図6(b))を従来のTLS-ESPRIT法によって算出した角度算出結果(図6(a))と共に示す。図6(a)、(b)は、同図の矢印の方向に向かって接近してくる2つの目標物について測定した各目標物の縦方向の相対的な位置(縦位置)及び横方向の相対的な位置(横位置)をプロットしたグラフであり、縦軸及び横軸はそれぞれレーダ装置の位置を原点に取った縦位置及び横位置を示す。図6から分かるように本発明の高速化ESPRIT法は、従来のTLS-ESPRITに比べて計算負荷を大幅に削減しているにも係らず分離性能にはほとんど差がないことが確認された。
【0030】
本発明における角度算出方法は、従来の方法と比べて角度推定精度に関して以下の相違点がある。即ち、正則行列を共分散行列そのものから直接求めているため、受信信号に含まれるノイズ成分が信号部分空間の成分として含まれる。従って、従来のESPRIT法の如く、一旦、共分散行列を固有値展開して信号部分空間を張る固有ベクトルだけから正則行列を求める(即ち、雑音成分の影響が概ね除去されている)手法と比較すると、本発明における角度算出方法においては信号対雑音比が小さくなった場合に推定精度が劣化する可能性も考えられる。しかしながら、データを測定する回数(スナップショット数)が少ないレーダ用途では、雑音を十分に抑制できないので、上記のようなデメリットはあまり問題にはならないものと考えられる。
【0031】
以上の説明と本発明の処理フローとから明らかなように、本発明では固有値展開の回数が1回で済んでおり、その1回の処理においても、固有値展開を施す行列は(N−1)次であるため、処理時間を大幅に抑制することができることがわかる。これは以下の2つの理由による。
【0032】
まず第1に、共分散行列の部分行列から直接正則行列Ψを求めているので、信号部分空間を張る固有ベクトルを求める固有値展開のステップを省略しているためである。これに対して、従来は、共分散行列の固有値展開を行い、大きさが一定値以上の固有値に対応する固有ベクトル(信号部分空間を張る固有ベクトル)を求め、これに対して、更にLS/TLS法を適用して正則行列を求めていた。
【0033】
第2に、到来信号数(探知目標数)が常にN−1であると仮定し計算を進めることで、信号数の推定プロセスを省略しているためである。これに対して、従来は、共分散行列を固有値展開して得られた固有値に対して、赤池情報量規準(AIC;Akaike Information Criterion)や最小記述長原理(MDL;Minimum Description Length)等の統計指標を適用して信号数の推定を行う必要があった。
【0034】
ただし、本発明の高速化ESPRIT法では、信号数を最初からN−1個と仮定して計算を進めている関係上、必ずN−1個の信号が存在するかの如き出力(具体的には、N−1個の信号の角度)が得られるため、実際の信号の数がN−1個未満であった場合は、偽の角度が出力されることになる。そのため、角度の信頼性を判定する処理を追加してもよい。具体的な処理方法は後述する。なお、角度出力数のN−1は、Ψの作り方によってN−1以下の値に変えることが可能である。
【0035】
次に、本実施例のように信号部分空間を共分散行列の部分行列に置き換えることができる理由について説明する。ここでは、受信信号のチャネル数(アンテナ数:N)を4チャネル(ch)とし、到来波の数を3(=N−1)と仮定する。
【0036】
まず、以下の説明で用いる記号を次のように定義する。
m:mch目の受信信号(m=1〜4)
m:mch目の雑音(m=1〜4)
k:ch1に於けるk番目の到来波の受信信号(k=1〜3)
φk:k番目の到来波の空間位相(k=1〜3)− 信号の到来角をθk、発振器で生成される信号の中心周波数の波長をλ、等間隔リニアアレー受信アンテナのアンテナ間距離をd、πを円周率とすると、φk=2*π*(d/λ)*sin(θk)である。
exp(u):uを変数とするネイピア数の指数関数
j:虚数単位(j2=−1)
このように定義すると受信信号Yを以下のように表すことができる。なお、各信号は、時間領域(変数:t)で扱っても周波数領域(変数:f)で扱ってもどちらでも良いので、特に、y(t)、y(f)の様に信号の処理領域を明示しない。
【0037】
【数3】

【0038】
ここで、J1及びJ2を以下のように定義する。
【0039】
【数4】

【0040】
ここで、Y1=J1*Y、Y2=J2*Yとすると、Y1、Y2は次式のようになる。
【0041】
【数5】

【0042】
さらに、Φ、I3、K3を以下のように定義する。
【0043】
【数6】

【0044】
そうすると、R1、R2は以下のように表すことができる。なお、σ2は平均雑音電力であり、Rxxはxの共分散行列、即ち、E[xxH]である。
【0045】
【数7】

【0046】
ここで、J1AをQR分解する。Qはユニタリ行列、Rは上三角行列である(この証明を行っている際に現れるRは数1のRではないことに注意)。また、簡単の為、雑音成分σ23、σ23を無視すると、信号数をN−1と仮定しているので、RもN−1次となり、さらに逆行列が存在する。以上を考慮すると、R1、R2は以下のように表すことができる。
【0047】
【数8】

【0048】
従って、回転不変性を含む正則行列Ψは、以下のように表すことができる。
【0049】
【数9】

【0050】
ここで、Tを以下のように表して、1つの正則行列と考える。
【0051】
【数10】

【0052】
そうすると、Ψは以下の式のようにΦの相似変換とみなすことができる。
【0053】
【数11】

【0054】
以上のように、共分散行列の部分行列から、直接、ESPRITに於ける正則行列の近似行列を求めることができる。
【実施例2】
【0055】
次に、本発明の実施例2にかかるレーダ装置について図面を用いて説明する。実施例2のレーダ装置の構成は実施例1と同様であるので詳細な説明は省略する。
【0056】
本発明のレーダ装置においては、角度検出部11の構成に特徴がある。図7に本発明の実施例2に係るレーダ装置の角度検出部の構成を示す。本発明の実施例1のレーダ装置の角度検出部と異なっている点は、共分散行列演算部14の代わりに縦ベクトル生成部19を備えている点である。
【0057】
次に、本発明の実施例2に係るレーダ装置における角度算出方法について説明する。図8は、本発明の実施例2の角度算出手順を示すフローチャートである。本発明においては、異なる送信ビームパターンを持つ送信アンテナにより測定したデータベクトルは一次独立であり、アレー応答行列に関しては共通のものであると仮定する。
【0058】
まず、ステップS401において、実施例1と同様に、信号ベクトル生成部13は、複数の受信アンテナ4a〜4dを用いて受信した物標からの反射波に基づいて信号ベクトルを生成する。次に、ステップS402において、縦ベクトル生成部19は縦ベクトルを生成する。縦ベクトルYは以下のように表される。
【0059】
【数12】

【0060】
次に、ステップS403において、縦ベクトルYに回転行列を作用させて部分行列R1、R2を算出する。なお、簡単の為、実施例1と同様に雑音成分を無視している。
【0061】
【数13】

【0062】
次に、ステップS404において正則行列Ψを計算する。実施例1と同様に、正則行列ΨはΨ=R1-1*R2のように直接算出することができる。
【0063】
【数14】

【0064】
このようにデータ行列を構成すれば、Ψを固有値分解して得られた対角成分はESPRIT法のそれと等価となる。即ち、一般のESPRIT法において、アレー応答行列を信号部分空間に射影する変換行列Tがベースバンドベクトルから構成される行列に相当する。正則行列Ψを算出した後、ステップS405において、従来のESPRIT法と同様にして、Ψを固有値展開して固有値を算出する。次に、ステップS406において、固有値の位相から角度を算出する。ここで、固有値の大きさが1に近いもののみを採用して真の角度を算出する。
【実施例3】
【0065】
次に、本発明の実施例3にかかるレーダ装置について図面を用いて説明する。実施例3のレーダ装置の構成は実施例1と同様であるので詳細な説明は省略する。
【0066】
本発明のレーダ装置においては、角度検出部11の構成に特徴がある。図9に本発明の実施例3に係るレーダ装置の角度検出部の構成を示す。本発明の実施例1のレーダ装置の角度検出部と異なっている点は、共分散行列演算部14の代わりに部分ベクトル演算部20を備え、正則行列演算部16の代わりに評価関数生成部21を備え、固有値演算部17の代わりに最小値算出部22を備えている点である。
【0067】
次に、本発明の実施例3に係るレーダ装置における角度算出方法について説明する。図10は、本発明の実施例3の角度算出手順を示すフローチャートである。まず、ステップS501において、実施例1と同様に、信号ベクトル生成部13が、複数の受信アンテナ4a〜4dを用いて受信した物標からの反射波に基づいて信号ベクトルを生成する。次に、ステップS502において、部分ベクトル演算部20が、通常のESPRIT法と同様にデータyから回転不変を満たす部分ベクトルy1、y2を抽出する。
【0068】
【数15】

【0069】
次に、ステップS503において、部分ベクトルy1、y2を用いて部分行列R1、R2を算出する。
【0070】
【数16】

【0071】
ただし、K3は以下に示すように第1上副対角成分のみが1で、他の成分は0の行列である。
【0072】
【数17】

【0073】
次に、ステップS504において、以下のような評価関数ε(α)を生成する。
【数18】

【0074】
ここで、SNRが十分大きいと仮定する。即ち、R1とR2の第1項の信号成分の大きさに対して第2項の雑音成分が十分小さく、第2項の雑音成分が無視できると仮定する。次に、ステップS505において、上式をαに関する方程式として解くと、α=exp(jφ)なるときに評価関数が最小となり、評価関数の最小値を算出する。次に、ステップS506において、最小値から角度を算出する。なお、仮定のように3個の信号を考えている場合、コアとなる行列(I3−αφH)のrankも3であるから解αは3個存在する。
【0075】
次に、算出した角度の信頼性の判定について説明する。本発明の高速化ESPRIT法では、信号数を最初からN−1個と仮定して計算を進めている関係上、必ずN−1個の信号が存在するかの如き出力が得られるため、実際の信号の数がN−1個未満であった場合は、対応する信号の存在しない偽の信号の角度が出力されることになる。そのため、角度の信頼性を判定する処理を追加することが好ましい。
【0076】
角度の信頼性は、固有値の大きさによって判定することができる。即ち、算出した角度が真の値である場合には固有値の値は1となるが、不要ピーク(実際には物標が存在しない角度)に関しては、基本的には固有値は1ではない値となる。この理由について以下に説明する。信号の方向行列Aは以下のように表される。
【0077】
【数19】

【0078】
次に、上記の行列Aから部分行列A1、A2を抽出する。
【0079】
【数20】

【0080】
ここでΦを以下のように定義する。
【0081】
【数21】

【0082】
そうすると、A1*Φ=A2が成立する。従って、ESPRIT法で求めている固有値はexp(jφn)(n=1,2,3)である。この固有値は、最初に抜き出した2つのチャネル群の間の信号を一致させるために必要な位相変化量となる。
【0083】
固有値が1の場合の到来波の信号の強度の様子を図11に示す(L=N=6としている)。ここで、ch1〜ch5の信号ベクトルをXとし、ch2〜ch6の信号ベクトルをYとする。そうすると、固有値exp(jφn)(n=1,2,3)に対応する到来波に関しては、Xを固有値exp(jφn)(n=1,2,3)倍するとYに一致することになる。
【0084】
一方、固有値の大きさが1でない場合、つまり固有値がrn*exp(jφn)(n=1,2,3)(rnは1ではない)となっているときは図12に示すように、ch毎に振幅がr倍されることとなる。このような到来波が入力されることは理論的にはありえないため、実際に対応する信号が存在しない、偽の角度であることが判定できる。
【実施例4】
【0085】
次に、本発明の実施例4に係るレーダ装置について説明する。そこで、実施例4のレーダ装置においては、固有値の大きさによって角度の信頼性を判定する角度信頼性判定部を備える点を特徴としている。
【0086】
図13に実施例4のレーダ装置の角度検出部の構成図を示す。実施例4の角度検出部11は実施例1の角度検出部11に加えて、固有値の大きさによって角度の信頼性を判定する角度信頼性判定部23を備えている。
【0087】
次に、実施例4のレーダ装置の角度検出部の角度信頼性判定部における信頼性判定方法について説明する。実施例4においては、固有値の大きさがある閾値の範囲内であるか否かに基づいて信頼性の判定を行う点を特徴としている。
【0088】
図14に実施例4の角度信頼性判定方法のフローチャートを示す。ステップS601において、共分散行列Ψの固有値の大きさが閾値以内であるか否かを判定する。固有値の大きさが閾値以内である場合には、ステップS602において、算出した角度データに信頼性があるものと判定する。一方、固有値の大きさが閾値以内でない場合には、ステップS603において、算出した角度データに信頼性がないものと判定する。
【実施例5】
【0089】
次に、本発明の実施例5に係るレーダ装置について説明する。そこで、実施例5のレーダ装置においては、固有値の大きさによって角度の信頼性を判定する角度信頼性判定部を備え、信頼性の判定をPisarenko法の考え方を取り入れた点を特徴としている。実施例5のレーダ装置の角度検出部の構成図は実施例4と同様であるので詳細な説明は省略する。
【0090】
次に、実施例5のレーダ装置の角度検出部の角度信頼性判定部における信頼性判定方法について説明する。図15に実施例5の角度信頼性判定方法のフローチャートを示す。ステップS701において、以下のようにして共分散行列Ψの拡張行列Ωを生成する。Pisarenko法とは、ガウス平面上に於いて、2つの対になる解は理想的な状況では単位円上の重根となる性質を利用して、対になる解同士の角度と距離の近さを元に信頼性を判定する方法である。そのため、解の数は通常の2倍となる。NULL走査のスペクトラムサーチ系の到来方向推定で行われることが多いが、これをESPRIT法に応用したものである。
【0091】
2次元の場合を例にとって、Pisarenko法による方程式を書き下すと以下のようになる。
【0092】
【数22】

【0093】
上記の式は、明らかに特性方程式とは構造が異なるため、行列を拡張して上記の方程式と等価な構造を有する方程式を作り出す。即ち、拡張行列Ωを以下のように仮定する。
【0094】
【数23】

【0095】
そうすると、特性方程式は、以下のように求められる。
【0096】
【数24】

【0097】
ここで、a=c=−1、b=0とおくと、特性方程式は以下のように書き換えられる。
【0098】
【数25】

【0099】
係数の並び方と次数を修正すれば、h(z)と同じ構成の方程式を得ることができる。次に、ステップS702において、上記の方程式を解いて固有値を算出する。その後、ステップS703において、対応する固有値同士の大きさ(一般的には距離と角度の差分で評価する)が閾値以内であるか否かを判定する。対応する固有値同士の大きさが閾値以内である場合には、ステップS704において、算出した角度データに信頼性があるものと判定する。一方、対応する固有値同士の大きさが閾値以内でない場合には、ステップS705において、算出した角度データに信頼性がないものと判定する。
【0100】
なお、特性方程式の解がλ1>λ2であったとすると、これらを係数とした方程式を解けば、以下のような解が得られる。
【0101】
【数26】

【0102】
ここで、根号内が近似可能であれば以下のように表すことができる。
【0103】
【数27】

【0104】
上記の2つの解のうち、λ1>λ2に注意すれば、1/λ1<1/λ2であるから、特に前者がλ2の妥当性検証に用いることができる。即ち、λ2=r2*exp(jφ2)であれば、1/λ2=(1/r2)*exp(−jφ2)であるから、距離の判定は||λ2|―|1/λ2||=|r2―1/r2|≦距離閾値で、角度の判定は、|arg(λ2)―arg(1/λ*2)|≦角度閾値で、判定すれば良い。なお、arg(z)はzの位相である。前述した如く、λ2が真の解であれば単位円上の根となるので、r2≒1/r2≒1となるからである。
【実施例6】
【0105】
次に、本発明の実施例6に係るレーダ装置について説明する。そこで、実施例6のレーダ装置においては、固有値の大きさによって角度の信頼性を判定する角度信頼性判定部を備え、信頼性の判定を固有値の逆数を解として持つ方程式を用いる点を特徴としている。実施例6のレーダ装置の角度検出部の構成図は実施例4と同様であるので詳細な説明は省略する。
【0106】
次に、実施例6のレーダ装置の角度検出部の角度信頼性判定部における信頼性判定方法について説明する。図16に実施例6の角度信頼性判定方法のフローチャートを示す。まず、ステップS801において、以下のようにして方程式h(x)を生成する。
【0107】
Ψに関する特性方程式は以下のように求められる。
【0108】
【数28】

【0109】
【数29】

【0110】
次に、f(x)をΨの行列式で割った以下の方程式を考える。特性方程式を立式する際に行列式等の値が既に計算されている点が特徴である。
【0111】
【数30】

【0112】
このとき、特性方程式の解がλ1、λ2であったとすれば、h(x)は以下のようになる。
【0113】
【数31】

【0114】
次に、ステップS802において、h(x)の次数を反転する。即ち、h(x)の係数ベクトルを係数の昇冪/降冪の関係を反転する形で入れ替えたものを新たにh(x)とおくと、以下のようになる。
【0115】
【数32】

【0116】
上式より、各固有値の逆数を解とした方程式と等価となる。次に、ステップS803において、f(x)とh(x)とを同時に解く。次に、h(x)の解の逆数をとって、ステップS804において、各々の解が一致するか否かを判断する。或いは、実施例5で行った様に、全てのnについて、f(x)の解λn=rn*exp(jφn)と、h(x)の解1/λn=(1/rn)*exp(−jφn)について、距離の判定は||λn|―|1/λn||=|rn―1/rn|≦距離閾値で、角度の判定は、|arg(λn)―arg(1/λ*n)|≦角度閾値で、判定しても良い。
【0117】
f(x)とh(x)の解が一致している場合には、ステップS805において、算出した角度データに信頼性があるものと判定する。一方、f(x)とh(x)の解が一致していない場合には、ステップS806において、算出した角度データに信頼性がないものと判定する。
【実施例7】
【0118】
次に、本発明の実施例7に係るレーダ装置について説明する。そこで、実施例7のレーダ装置においては、固有値の大きさによって角度の信頼性を判定する角度信頼性判定部を備え、信頼性の判定を固有値の逆数を解として持つ方程式を用いる点を特徴としている。実施例7のレーダ装置の角度検出部の構成図は実施例4と同様であるので詳細な説明は省略する。
【0119】
次に、実施例7のレーダ装置の角度検出部の角度信頼性判定部における信頼性判定方法について説明する。図17に実施例7の角度信頼性判定方法のフローチャートを示す。まず、ステップS901において、h(x)=f(1/x)を生成する。その後、ステップS902〜905は実施例6のステップS803〜806と同様であるので、詳細な説明は省略する。
【0120】
上記のように、真の解に関してはf(x)とf(1/x)とは共通解を持つので、f(x)とf(1/x)とを同時に解いてf(1/x)の解の逆数をとり、各々の解が一致していれば、これを真の解とするものである。
【0121】
また、図示したレーダ装置の各構成要素は機能概念的なものであり、必ずしも物理的に図示のように構成されていることを要しない。
【0122】
さらに、各構成要素にて行なわれる各処理機能は、その全部または任意の一部が、CPU等及びCPU等においてにて解析実行されるプログラムにて実現され、あるいは、論理回路によるハードウェアとして実現されてもよい。
【符号の説明】
【0123】
1 送信アンテナ
2 電波
3a〜3d 受信アンテナ
4a〜4d 反射波
5 発振器
6 信号生成部
7a〜7d ミキサ
8a〜8d A/D変換器
9 信号処理装置
10 FFT部
11 角度検出部
12 送受信制御部
13 信号ベクトル生成部
14 共分散行列演算部
15 部分行列生成部
16 正則行列演算部
17 固有値演算部
18 角度算出部
19 縦ベクトル生成部
20 部分ベクトル演算部
21 評価関数生成部
22 最小値算出部
23 角度信頼性判定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の受信アンテナを用いて受信した物標からの反射波に基づいて信号ベクトルを生成する信号ベクトル生成部と、
前記信号ベクトルに基づいて部分行列を生成する部分行列生成部と、
前記部分行列から正則行列を算出する正則行列演算部と、
前記正則行列の固有値を算出する固有値演算部と、
前記固有値から前記物標が存在する角度を算出する角度算出部と、
を有することを特徴とするレーダ装置。
【請求項2】
前記部分行列は、前記信号ベクトルに基づいて算出された共分散行列から生成される、請求項1に記載のレーダ装置。
【請求項3】
前記部分行列は、前記信号ベクトルに基づいて生成された縦ベクトルを用いて生成される、請求項1に記載のレーダ装置。
【請求項4】
前記部分行列は、前記信号ベクトルに基づいて算出された共分散行列を用いて算出され、
前記部分行列を用いて評価関数を生成する評価関数生成部と、
前記評価関数の最小値を算出する最小値算出部と、を更に有し
前記角度算出部は、前記最小値から前記物標が存在する角度を算出する、請求項1に記載のレーダ装置。
【請求項5】
算出した前記角度の信頼性を評価する角度信頼性判定部をさら有する、請求項1乃至4のいずれか一項に記載のレーダ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2012−103132(P2012−103132A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−252311(P2010−252311)
【出願日】平成22年11月10日(2010.11.10)
【出願人】(000237592)富士通テン株式会社 (3,383)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】