説明

中空ラックバー及び中空ラックバー製造方法

【課題】中空素材の内周面に圧縮残留応力を付与することで疲労強度を高め、耐久性を向上させること。
【解決手段】鋼材製の中空ラックバー10において、ピニオンギアに噛み合わされる歯部12を有する中空状の軸部11と、軸部11の少なくとも一方の端の内周面に設けられ、ボールジョイントとの接続に供されるネジ部が形成された端部13とを備え、軸部11の内周面にはショットピーニングにより処理が施されて圧縮残留応力を付与されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車のパワーステーリング装置等に使用される中空ラックバー及び中空ラックバー製造方法に関し、特に疲労強度を高め、耐久性を向上させたものに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、自動車等のパワーステアリング装置のラック&ピニオンギア機構に中実ラックバーが用いられてきた。中実ラックバーは、車体を軽量化する上で不利であるため、30〜50%程度の軽量化が図れる中空ラックバーの採用が進んでいる。中空ラックバーは、中間部にピニオンギアに噛み合わされる歯部を有するとともに、その端部にボールジョイントとの接続に供されるネジ部が形成されている。また、中空ラックバーの材料となる中空素材は電縫管を用いるのが一般的である。
【0003】
近年は、ラック&ピニオンギアへの入力荷重が大きくなる傾向がある。しかしながら中空ラックバ−は、歯成形した状態では強度が不足し使用に耐えうることはできない。そのため歯成形した中空ラックバ−に高周波焼入れを施すことで強度を確保している。このような場合であっても、両端のネジ部が形成される部分には、ネジの精度を確保するため焼入れはしていない。
【0004】
なお、中空素材の内面にショットピーニングを施すことで耐久性と耐腐食性を向上させたトーションバーが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2618159号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した中空ラックバーでは、次のような問題があった。すなわち、歯部を高周波熱処理で全硬化焼入れすることで内径面にも引張残留応力が生じる可能性があり、この引張残応力が疲労強度を低下させる虞がある。
【0007】
そこで本発明は、中空素材の内周面に圧縮残留応力を付与することで疲労強度を高め、耐久性に優れた中空ラックバー及び中空ラックバー製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決し目的を達成するために、本発明の中空ラックバー及び中空ラックバー製造方法は次のように構成されている。
【0009】
鋼材製の中空ラックバーにおいて、ピニオンギアに噛み合わされる歯部を有する中空状の軸部と、この軸部の少なくとも一方の端の内周面に設けられ、ボールジョイントとの接続に供されるネジ部が形成された端部とを備え、前記軸部の内周面にはショットピーニングにより処理が施されて圧縮残留応力を付与されていることを特徴とする。
【0010】
ピニオンギアに噛み合わされる歯部を軸部に有するとともに、その端部の内周面にネジ部が形成された中空ラックバーの製造方法において、前記軸部に歯部を形成する歯部形成工程と、前記軸部の端部にネジ部を形成するネジ部形成工程と、前記軸部における前記端部以外の部位に高周波焼入れを行う焼入れ工程と、前記軸部の内周面にショットピーニングにより圧縮残留応力を付与するショットピーニング工程とを備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、中空素材の内周面に圧縮残留応力を付与することで疲労強度を高め、耐久性を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の一実施の形態に係る中空ラックバーの製造工程を示す説明図。
【図2】中空ラックバーにショットピーニングを施した試料Aにおける表面からの距離と残留応力との関係を示す説明図。
【図3】中空ラックバーにショットピーニングを施した試料Bにおける表面からの距離と残留応力との関係を示す説明図。
【図4】中空ラックバーにショットピーニングを施した試料Cにおける表面からの距離と残留応力との関係を示す説明図。
【図5】中空ラックバーにショットピーニングを施さない試料Dにおける表面からの距離と残留応力との関係を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は本発明の一実施の形態に係る中空ラックバー10の製造工程を示す説明図、図2〜図5は中空ラックバー10にショットピーニングを施した場合における深さと残留応力との関係を示すグラフである。
【0014】
中空ラックバー10は、管状の中空素材から成り、外周面が平滑状の軸部11と、軸部11に隣接してピニオンに噛み合わされる歯部12とが形成されているとともに、両端に位置する端部13の内周面にはボールジョイント(不図示)との接続に供されるネジ15が設けられている。
【0015】
中空ラックバー10は、図1の(a)〜(h)に示す工程により製造される。
【0016】
(a)中空ラックバー10の素材となる管状のパイプ材(中空素材)Pを用意する。パイプ材Pは、炭素を0.27〜0.38w%を含有した鋼材から形成されている。さらにホウ素及びチタンを含む場合もある。また、パイプ材Pの硬度はHv100〜300のものを用いた。
【0017】
(b)パイプ材Pを冷間鍛造金型によって加圧することにより軸部11の所定位置に平坦面Hに形成する。
【0018】
(c)平坦面Hに冷間の転写鍛造にて歯部12を形成する(歯部形成工程)。具体的には、パイプ材Pの空洞に芯金が圧入される。芯金は棒状に形成されるとともに、パイプ材Pの平坦部側にテーパ状の突起部を有しており、突起部がパイプ材Pの平坦部Hに内周側において係合することにより平坦部の肉が成形型の歯列に向けて塑性変形的に流動することにより張出され、パイプ材Pの平坦部Hに成形型の歯列に対応した形状の直線方向の歯部12が転写方式にて付与される。
【0019】
(d)端部13にネジ15を形成する(ネジ部形成工程)。
【0020】
(e)軸部11における端部13以外の部位に高周波焼入れを行う(焼入れ工程)。
【0021】
(f)歯部12の裏側を研磨する。
【0022】
(g)ショットピーニング処理により圧縮残留応力を付与する(ショットピーニング工程)。具体的には、パイプ材Pの一方の端部13側からショット供給装置(不図示)によって多数の研磨剤が供給され(図1中矢印S)、ショットを空気流と共に内部に向かって噴出するようになっている。なお、パイプ材Pの他方の端部13側には、ショット回収装置(不図示)が接続され、投射後の研磨剤を回収して(図1中矢印K)、再びショット供給装置に送り込むようになっている。
【0023】
研磨剤は、パイプ材Pの内周面に高速で打付けられることにより、内周面の表層部に圧縮残留応力を生じさせる。圧縮残留応力は、ショットピーニングの加工方法、加工時間、加工圧力、ノズル径等によって変化する。図2〜図5は、加工方法と加工時間を変化させた場合の、表面からの距離(μm)と残留応力(MPa)との関係を示すグラフである。なお、試料A〜Dの加工方法・加工時間・加工圧力を示す。ここで、ノズル径はφ5〜15mm(より好ましくはφ9〜10mm)、粒径30μm〜800μm(より好ましくは30〜200μm)のスチ−ル製の球状の研磨剤を用いている。
【表1】

【0024】
図2に示すように、試料Aでは、その表面の残留応力は−820MPaである。また、後述するようにショットピーニング処理を施さない試料Dでは残留応力が−200MPa前後であることから深さ約50μmまで処理の効果があることが明らかである。
【0025】
図3に示すように、試料Bでは、その表面の残留応力は−548MPaである。また、試料Dと対比すると深さ約40μmまで処理の効果があることが明らかである。
【0026】
図4に示すように、試料Cでは、その表面の残留応力は−704MPaである。また、試料Dと対比すると深さ約40μmまで処理の効果があることが明らかである。
【0027】
図5に示すように、試料Dでは、残留応力が−200MPa前後であり、十分な圧縮残留応力が生じていない。
【0028】
(h)仕上げを行って製造工程が終了し、中空ラックバー10が形成される。
【0029】
したがって、軸部11は、ショットピーニングにより、素材の硬さに対し最表面(深さ20μm〜40μm)で10%〜20%硬さが向上している。
【0030】
上述したように、本実施の形態の中空ラックバー10の製造方法によれば、内面ショットピーニングを行うことにより、内周面に圧縮残留応力が付与され、疲労強度を高め、耐久性及び信頼性の高い中空ラックバー10が得られる。
【0031】
また、ホウ素を含有することにより焼入れ性が向上する。但し、窒化により表面が硬化し、割れの原因となるため、チタンを添加することにより防止されている。
【0032】
さらに、内周面の歯部12に対応する部位では、転写鍛造にて引張残留応力が形成されているため、ショットピーニング処理により圧縮残留応力を付与することで、品質が安定する。さらにまた、内周面の異物の除去及び面粗度改善もできるとともに、耐食性も向上する。
【0033】
なお、本発明は前記実施の形態に限定されるものではない。例えば、内面ショットピーニングは、鋼製ショットを使用した通常のピーニング処理以外に、非金属粒子を用いたサンドブラストやガラスビーズを用いた液体ホーニング等であってもよい。この他、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々変形実施可能であるのは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0034】
中空素材の内周面に圧縮残留応力を付与することで疲労強度を高め、耐久性に優れた中空ラックバー及び中空ラックバー製造方法が得られる。
【符号の説明】
【0035】
10…中空ラックバー、11…軸部、12…歯部、13…端部、15…ネジ部、パイプ材P。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材製の中空ラックバーにおいて、
ピニオンギアに噛み合わされる歯部を有する中空状の軸部と、
この軸部の少なくとも一方の端の内周面に設けられ、ボールジョイントとの接続に供されるネジ部が形成された端部とを備え、
前記軸部の内周面にはショットピーニングにより処理が施されて圧縮残留応力を付与されていることを特徴とする中空ラックバー。
【請求項2】
前記鋼材は、炭素0.25〜0.5w%を含有し、さらにホウ素及びチタンを含んでいることを特徴とする請求項1に記載の中空ラックバー。
【請求項3】
前記軸部は、ショットピーニングにより、素材の硬さに対し最表面(深さ20μm〜40μm)で10%〜20%硬さが向上していることを特徴とする請求項1に記載の中空ラックバー。
【請求項4】
ピニオンギアに噛み合わされる歯部を軸部に有するとともに、その端部の内周面にネジ部が形成された中空ラックバーの製造方法において、
前記軸部に歯部を形成する歯部形成工程と、
前記軸部の端部にネジ部を形成するネジ部形成工程と、
前記軸部における前記端部以外の部位に高周波焼入れを行う焼入れ工程と、
前記軸部の内周面にショットピーニングにより圧縮残留応力を付与するショットピーニング工程とを備えていることを特徴とする中空ラックバーの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−144902(P2011−144902A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−7328(P2010−7328)
【出願日】平成22年1月15日(2010.1.15)
【出願人】(390029089)高周波熱錬株式会社 (288)
【出願人】(000154082)株式会社不二機販 (25)
【Fターム(参考)】