説明

中空炭素繊維

【課題】産業上の大きな需要が見込まれる中空炭素繊維を安価に提供する。
【解決手段】中空炭素繊維は、外周にハロゲンが豊富に含まれる有機繊維を酸素遮断雰囲気中で焼成して得られる。有機繊維として、ポリビニルアルコール繊維、アクリル繊維、セルロース繊維、ポリエステル繊維、ポリアミド繊維、ポリオレフィン繊維、エチレン−ビニルアルコール共重合体繊維、およびポリビニルアルコールと前記各繊維のポリマーとからなるブレンドポリマーから選ばれるポリマー繊維が利用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種構造体材料や、導電性材料、電極材料、キャパシタ材料、フィルタ材料などに使用できる、芯部が空孔となっている中空炭素繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、様々な炭素材料が製造され、多方面に応用されている。ポリマーを熱分解して得られる炭素材料としては、ポリアクリロニトリル、ピッチを出発原料とする高性能炭素繊維、フェノールやポリビニルアルコールを出発原料とする活性炭などが知られている。
【0003】
例えば特許文献1には、ポリビニルアルコールをヨウ素処理した後、不活性ガス雰囲気中で高温熱処理することにより炭素材料を得られることが記載されている。
【0004】
炭素材料のなかでも、炭素繊維は繊維形状であるがゆえに特有の用途が拡大している。特許文献2には、ポリビニルアルコールをハロゲン処理した後、不活性ガス雰囲気中で高温熱処理することにより炭素繊維を得る技術が開示されている。
【0005】
ここで中空状の炭素繊維が得られれば、軽量な補強用炭素繊維、あるいは比表面積が大きく吸着能に優れる活性炭として活用でき、さらなる用途の拡大が見込まれる。しかし、中空状の炭素繊維が得られている記録はない。
【0006】
特許文献3は、中空状または芯部が充填された活性点が多い炭素繊維の集合体を製造する方法について開示されている。そして、(i)少なくとも炭素、酸素、水素および硫黄を構成要素として有する溶液を加熱する工程、若しくは(ii)少なくとも炭素、酸素、水素および硫黄を構成要素として有する溶液の飽和蒸気圧の雰囲気中において、該溶液の蒸気を加熱する工程を有する旨の記載がある。たしかに、中空状の文言はあるが、当業者が中空状炭素繊維を実施できる程度には記載されていない。
【0007】
【特許文献1】特開2003−128407号公報
【特許文献2】特開2004−339627号公報
【特許文献3】特開2005−97101号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記のとおり産業上の大きな需要が見込まれる中空状の炭素繊維は、未だに得られていない現状である。かかる現状を打破するための本発明は、有用な中空炭素繊維を安価に提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の目的を達成するためになされた、特許請求の範囲の請求項1に係る発明の中空炭素繊維は、外周にハロゲンが豊富に含まれる有機繊維を酸素遮断雰囲気中で焼成して得られたものである。
【0010】
同じく請求項2に係る発明の中空炭素繊維は、請求項1に係る発明の中空炭素繊維であって、前記有機繊維が、ポリビニルアルコール繊維、アクリル繊維、セルロース繊維、ポリエステル繊維、ポリアミド繊維、ポリオレフィン繊維、エチレン−ビニルアルコール共重合体繊維、およびポリビニルアルコールと前記各繊維のポリマーとからなるブレンドポリマーから選ばれるポリマー繊維である。
【0011】
請求項3に係る発明の中空炭素繊維は、請求項1に係る発明の中空炭素繊維であって、前記有機繊維が、繊維を構成するポリマー鎖のなかにビニルアルコール基を有する繊維であることを特徴とする。
【0012】
請求項4に係る発明の中空炭素繊維は、請求項1に係る発明の中空炭素繊維であって、前記ハロゲンがヨウ素であることを特徴とする。
【0013】
また、前記の目的を達成するためになされた、特許請求の範囲の請求項5に係る発明の中空炭素繊維の製造方法は、外周にハロゲンの豊富に含まれる有機繊維を酸素遮断雰囲気中で焼成することを特徴とする。
【0014】
同じく請求項6に係る発明の中空炭素繊維の製造方法は、請求項5に係る発明の中空炭素繊維の製造方法であって、前記ハロゲンとともにポリビニルアルコール繊維の外周にニッケル、鉄、クロム、および亜鉛から選ばれる金属のイオンから選ばれる金属イオンを共存させることを特徴とする請求項5に記載の中空炭素繊維の製造方法。
【0015】
請求項7に係る発明の中空炭素繊維の製造方法は、請求項5または6に係る発明の中空炭素繊維の製造方法であって、前記外周にハロゲンの豊富に含まれる有機繊維が、有機繊維にハロゲン単体を含む溶液または蒸気、あるいはハロゲン単体およびハロゲン化合物が共存する溶液または蒸気を吸収させて得られることを特徴とする。
【0016】
請求項8に係る発明の中空炭素繊維の製造方法は、請求項5または6に係る発明の中空炭素繊維の製造方法であって、前記外周にハロゲンの豊富に含まれる有機繊維が、ハロゲンの含まれない芯繊維とハロゲンが含まれる鞘繊維との芯鞘構造であることを特徴とする。
【0017】
請求項9に係る発明の中空炭素繊維の製造方法は、請求項8に係る発明の中空炭素繊維の製造方法であって、該芯鞘構造繊維が、該有機繊維の原料高分子と、該ハロゲンを練り込んだ該有機繊維の原料高分子とを、共押出しして紡糸されたものであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明のように、外周にハロゲンが豊富に含まれる有機繊維を酸素遮断雰囲気中で焼成すると、ハロゲンを豊富に吸着している外周表面では熱分解によりハロゲンとともに水素および酸素が飛散して炭素が残存し、中心領域は熱分解により有機繊維の水素、酸素、炭素はほとんど消失する。この結果、軽量な構造材料、補強用材料、あるいは活性な比表面積が大きい吸着材として活用でき、さらに多方面の用途を期待できる中空炭素繊維が得られる。
【0019】
本発明の製造法により得られる中空炭素繊維は、入手容易な汎用の有機繊維を出発原料として、安価に多量に提供することが可能である。特にハロゲンとともにポリビニルアルコール繊維の外周に金属イオンを共存させることで得られた中空炭素繊維の炭素の結晶化が促進し、導電性が高まる。
【発明を実施するための好ましい形態】
【0020】
以下、本発明の好ましい実施形態を説明する。
【0021】
本発明の中空炭素繊維は、通常の有機繊維、例えばポリビニルアルコール繊維をボビンに緩く巻いた状態で、繊維の外周表面から加熱したヨウ素の蒸気を吸着させると、繊維中心部分はヨウ素が存在しない領域になる。このような繊維をアルゴンガス気流中で800℃程度の温度で焼成すると、ヨウ素吸着相である繊維外周表面はポリビニルアルコールの水素および酸素が消失し炭素収率が高く、逆に中心領域は熱分解によりポリビニルアルコールはほとんど消失する。この結果、中空状の炭素繊維が得られる。
【0022】
繊維の外周表面からヨウ素の蒸気を吸着させるには、ヨウ素を含む溶液、例えばヨウ素単体を有機溶媒に溶解させた溶液、ヨウ素−ヨウ化物水溶液などに、有機繊維を曝露または浸漬ししてもよい。ヨウ素単体を溶解させる有機溶媒としては、ヘプタン、ヘキサン、トルエンなどの炭化水素化合物やエチルアルコール、アセトンなどの極性有機溶媒などが挙げられるが、比較的ポリビニルアルコール中への浸透が困難な炭化水素溶媒、例えばヘプタンなどが好ましい。またヨウ素−ヨウ化物水溶液で使用されるヨウ化物については、ヨウ化アンモニウム、ヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化ニッケル等が挙げられる。これらのヨウ素−ヨウ化物水溶液中には、エチルアルコールやメチルアルコールのような水溶性有機溶媒が共存しても構わない。
【0023】
酸素遮断雰囲気は、アルゴンガス気流のみならず、ヘリウムガス、ネオンガス、窒素ガス気流でも得られるし、真空中でもよい。また酸素遮断雰囲気中の焼成は、800〜3000℃で、1〜48時間程度行われることが好ましい。特に金属イオン共存下で、炭素の結晶化(グラファイト化)を発達させるためには、昇温速度1℃/min程度のゆっくりとした加熱が好ましい。
【実施例】
【0024】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0025】
実施例1
ケン化度99%以上、重合度1500のポリビニルアルコール(クラレ社製PVA−HC)を水に溶解させたポリマー濃度20wt%の紡糸液を、冷メタノ−ル中に押し出すことでゲル繊維を作製した。これを延伸倍率5倍に延伸した繊維を、飽和酢酸ニッケル(II)水溶液に室温で浸漬してニッケルイオンを吸収させた。この繊維を枠に巻いて固定した状態でヨウ素単体ともにガラス容器に密閉し、80℃に加熱してヨウ素蒸気を発生させた状態にし、3時間、12時間、24時間と処理時間を変えて行った。各々を直ちにアルゴン気流中、昇温速度1℃/minで800℃まで加熱焼成した。この結果、図1および図2の走査型電子顕微鏡(SEM)写真の断面を示すような中空炭素繊維が得られた。なお、図1はヨウ素処理時間3時間、図2はヨウ素処理時間24時間である。図1の繊維の外形は約130μm、中空部の内径は約70μm、図2の繊維の外形は約150μm、中空部の内径は約50μmであった。
【0026】
比較例1
実施例1で使用したポリビニルアルコール繊維に、飽和酢酸ニッケル(II)水溶液に室温で浸漬してニッケルイオンを吸収させた後、24時間ヨウ素吸収を80℃で行った後、3日間室温に置いた。それを、アルゴン気流中、昇温速度1℃/minで800℃まで加熱焼成した。その結果、中空構造を持たない中心の詰まった炭素繊維となった。ヨウ素吸収後、時間を置くことでポリビニルアルコール繊維の中心部にまでヨウ素が拡散したためと考えられる。
【0027】
実施例2
実施例1で使用したポリビニルアルコール繊維を枠に巻いて固定した状態で、飽和ヨウ素−ヘプタン溶液に80℃で6時間浸漬して、ヨウ素を吸収させた後、直ちにアルゴン気流中、昇温速度1℃/minで800℃まで加熱焼成した。この結果、図3の走査型電子顕微鏡(SEM)写真の断面を示すような中空炭素繊維が得られた。図3の繊維の外形は約170μm、中空部の内径は約120μmであった。
【0028】
比較例2
実施例1で使用したポリビニルアルコール繊維を枠に巻いて固定した状態で、飽和ヨウ素−ヘプタン溶液に80℃で36時間浸漬して、ヨウ素を吸収させた後、直ちにアルゴン気流中、昇温速度1℃/minで800℃まで加熱焼成した。その結果、図4に示すような中空構造を持たない炭素繊維となった。ヨウ素吸収がポリビニルアルコール繊維の中心部にまで進んだためと考えられる。
【0029】
実施例3
実施例1で使用したポリビニルアルコール繊維を枠に巻いて固定した状態で、ヨウ素−ヨウ化ニッケル水溶液に浸漬し、80℃で6時間浸漬して、ヨウ素を吸収させた後、直ちにアルゴン気流中、昇温速度1℃/minで800℃まで加熱焼成した。この結果、図5に示すような中空炭素繊維が得られた。なお、ヨウ素−ヨウ化ニッケル水溶液の調製は、以下のように行った。水50グラム、金属ニッケル粉末2グラム、ヨウ素単体9グラムを密閉したガラス容器に入れ、オーブン中にて100℃、24時間置く。その後、ヨウ素単体を飽和するまで加え、攪拌しながら100℃、6時間溶解を進めたものをヨウ素−ヨウ化ニッケル水溶液とした。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明により提供される中空炭素繊維は、軽量な構造材料、補強用材料等の各種構造体材料や、導電性材料、電極材料、キャパシタ材料、フィルタ材料など多方面の産業用途に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明を適用する中空炭素繊維の一実施例の走査電子顕微鏡による断面写真である。
【図2】本発明を適用する中空炭素繊維の別な実施例の走査電子顕微鏡による断面写真である。
【図3】本発明を適用する中空炭素繊維の走査電子顕微鏡による断面写真である。
【図4】比較例で得られた炭素繊維の走査電子顕微鏡による断面写真である。
【図5】本発明を適用する中空炭素繊維の走査電子顕微鏡による断面写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周にハロゲンが豊富に含まれる有機繊維を酸素遮断雰囲気中で焼成して得られた中空炭素繊維。
【請求項2】
前記有機繊維が、ポリビニルアルコール繊維、アクリル繊維、セルロース繊維、ポリエステル繊維、ポリアミド繊維、ポリオレフィン繊維、エチレン−ビニルアルコール共重合体繊維、およびポリビニルアルコールと前記各繊維のポリマーとからなるブレンドポリマーから選ばれるポリマー繊維であることを特徴とする請求項1に記載の中空炭素繊維。
【請求項3】
前記有機繊維が、繊維を構成するポリマー鎖のなかにビニルアルコール基を有する繊維であることを特徴とする請求項1に記載の中空炭素繊維。
【請求項4】
前記ハロゲンがヨウ素であることを特徴とする請求項1に記載の中空炭素繊維。
【請求項5】
外周にハロゲンが豊富に含まれる有機繊維を酸素遮断雰囲気中で焼成することを特徴とする中空炭素繊維の製造方法。
【請求項6】
前記ハロゲンとともにポリビニルアルコール繊維の外周にニッケル、鉄、クロム、および亜鉛から選ばれる金属のイオンを共存させることを特徴とする請求項5に記載の中空炭素繊維の製造方法。
【請求項7】
前記外周にハロゲンが豊富に含まれる有機繊維が、有機繊維にハロゲン単体を含む溶液または蒸気、あるいはハロゲン単体およびハロゲン化合物が共存する溶液または蒸気を吸収させて得られることを特徴とする請求項5または6に記載の中空炭素繊維の製造方法。
【請求項8】
前記外周にハロゲンが豊富に含まれる有機繊維が、ハロゲンの含まれない芯繊維とハロゲンの含まれる鞘繊維との芯鞘構造であることを特徴とする請求項5または6に記載の中空炭素繊維の製造方法。
【請求項9】
該芯鞘構造繊維は、該有機繊維の原料高分子と、該ハロゲンを練り込んだ該有機繊維の原料高分子とを、共押出しして紡糸されたものであることを特徴とする請求項8に記載の中空炭素繊維の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−185425(P2009−185425A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−28555(P2008−28555)
【出願日】平成20年2月8日(2008.2.8)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、文部科学省科学技術総合研究委託事業、産業技術強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】