説明

乗客コンベアの制御方法

【課題】乗客コンベアに長時間ローラ面の押圧印加による圧痕の発生することを防止し、移動手すりの美観を守ると共に、移動手すりの粘塑性変形を防止することにある。
【解決手段】停止状態で一定時間経過毎に、監視カメラ9および画像解析装置10およびセンサ8によって乗客コンベアの踏段1上および周囲の人や異物の有無を確認し、起動処理に問題ないと判定した場合は、踏段1ならびに移動手すり2を低速で一定時間動かし、また、稼動開始時に起動トルクを測定し、予め記憶しておいた正常時の起動トルクと比較して規定値以上であった場合、もしくは周囲環境温度および湿度の状態が一定値を超えていた場合、低速にて一定時間運転した後定常速度に加速するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乗客コンベアの制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に乗客コンベアの移動手すりは表面がゴムで形成されており、移動手すりの両面をローラで押さえ、この狭圧力によって発生する摩擦力により駆動力を伝達している。このため、通常、乗客コンベアが未使用状態で踏段および移動手すりを停止させておくと、移動手すりの一箇所に長時間ローラの押圧がかかり、表面がローラ面による塑性変形し圧痕が残る。
【0003】
そこで、移動手すりに圧痕を残さない方法として、乗客コンベアの停止中は駆動力を伝達するローラの圧力を低減することによる方法が知られている(特許文献1参照。)。
【特許文献1】特開2006−27822公報(段落011、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記特許文献1の方法によると、移動手すり駆動機構が複雑化、大型化する問題がある。
【0005】
また、移動手すりが長時間停止していると、屈曲部が粘塑性変形して、再稼動開始時に、いわゆる「くせ」が付いた状態となる。
【0006】
このような状態で再稼動を開始すると、移動手すりの走行抵抗が高く、スリップなどの走行不具合現象が発生する確率が高くなる問題もある。また、この変形は停止時間の長さだけでなく、温度、湿度などの環境条件に影響を受けることが知られている。
【0007】
本発明の第一の目的は、乗客コンベアに長時間ローラ面の押圧印加による圧痕の発生することを防止し、移動手すりの美観を守ると共に、移動手すりの粘塑性変形を防止することにある。
【0008】
また、本発明の第二の目的は、再稼動開始時の起動不良を防止することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記第一の目的は、モータおよび減速機からなる駆動部と、この駆動部により駆動する無端状に連結した踏段および環状に連続した移動手すりなどからなる被駆動部と、前記モータもしくは減速機の回転を検出する回転検出手段と、前記踏段上および周囲の人や物体を検出する乗客検出手段と、交流電力を可変電圧可変周波数の電力に変換する電力変換器と、前記駆動部が前記被駆動部を駆動する際に必要なトルクを計測するトルク計測手段と、前記電力変換器及び前記駆動部を制御する制御装置とを少なくとも備えた乗客コンベアにおいて、乗客コンベア停止後一定時間経過し、かつ乗客センサの検出が無い場合に、表示装置あるいは放送装置によって周囲に注意喚起を行った後、一定距離移動手すりを移動させることによって達成できる。
【0010】
また、上記第二の目的は、乗客コンベアが無負荷状態における運転開始から定常走行に至るまでに必要かつ標準的なトルク値の時間変動を記録した記憶装置を備え、操作者の運転開始操作により運転開始する際、前記トルク計測手段によって計測される起動トルクが、前記記憶装置に記録されたトルク値と比較して規定値以上ならば一定時間低速運転を行うことによって達成できる。
【0011】
さらに、本発明の第二の目的は、この乗客コンベアの設置してある温度ないし湿度環境を計測する温度計ないし湿度計と、この環境変化を記録する記録装置とを少なくとも備え、ある環境条件を満たしていると判定した場合、操作者の運転開始操作により運転開始する際、一定時間低速運転を行うことによっても達成できる。
【発明の効果】
【0012】
請求項1に係る発明によれば、乗客コンベア停止後一定時間経過し、かつ乗客センサの検出が無い場合に、表示装置あるいは放送装置によって周囲に注意喚起を行った後、一定距離移動手すりを移動させることにより、ローラ痕を付けず、美観を守ることができるとともに、移動手すりの粘塑性変形を防止することによって、稼動開始時の起動不良を低減できる。
【0013】
また、請求項2に係る発明によれば、稼動開始時の走行抵抗を監視し、移動手すりが長時間停止することによる粘塑性変形による走行抵抗が高いと判定された場合は、通常よりも低速運転時間を長くすることで移動手すりの屈曲状態を緩やかに元に戻し、稼動開始時の起動不良を防止することができる。
【0014】
さらに、請求項3に係る発明によれば、この乗客コンベアの設置してある温度ないし湿度環境を計測する温度計ないし湿度計と、この環境変化を記録する記録装置とを少なくとも備え、ある環境条件を満たしていると判定した場合、操作者の運転開始操作により運転開始する際、一定時間低速運転を行うことによって、再稼動開始時の起動不良を防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の乗客コンベアの実施形態を、図面を用いて説明する。
【0016】
図1は本発明を実施する一例を示す乗客コンベアの構成を示す図である。
【0017】
乗客コンベアはエスカレーターであって、無端状に連結して回動する踏段1、踏段1の両端に直立する欄干3、踏段1と同期して回動する無端状の移動手すり2、を有している。また、このエスカレーターの運転は制御部4が処理する。この制御部4には、交流電力を可変電圧可変周波数の電力に変換する電力変換器5を中継し、踏段1ならびに移動手すり2を回動させる動力を発生するモータ6が接続されている。
【0018】
図2は図1における構成のうち、制御部4およびその周辺の構成を示した図で、モータ6の回転速度を監視する速度検出器7、制御上の各種のタイミングを計測するタイマー4b、エスカレーターの踏段1上を視野範囲とする監視カメラ9と、監視カメラの画像を入力して解析処理し、人や物が残っていないか判定する画像解析装置10、エスカレーターの乗降部付近の人や物体を検出するセンサ8、乗客コンベアの利用者に対して音声案内を行う放送装置11、視覚的な案内を行う表示機12、エスカレーターの周囲の温度および湿度を計測し、一定時間の変動を記録保持する温湿度計測記録計13、そしてそれらの制御を行う制御盤4aから構成されている。なお、エスカレーターの踏段1上の人や物が残っていないことを判定する手段として、本例では監視カメラ9と画像解析装置10を挙げているが、赤外線センサや超音波センサなどを用いても良い。また、監視カメラ9と画像解析装置10の視野を広くして乗客コンベアの乗降部付近の人や物体を検出しても構わない。
【0019】
図3は、図1ならびに図2の構成によるエスカレーターについて、本発明による処理手順をフローチャートで示したものである。以下にこの処理手順を詳述する。
【0020】
エスカレーターを操作者が正常に停止操作を行う(S1)と、操作者が稼動開始操作を行う(S2)まで停止待機し続ける。その間、制御盤4aはタイマー4bにより停止時間を計測する。制御盤が予め決められた停止時間に達したことを検出する(S3)と、監視カメラ9および画像解析装置10およびセンサ8によってエスカレーターの踏段1上およびエスカレーターの周囲の人や異物の有無を確認する(S4)。もし、踏段1上およびエスカレーターの周囲に人や異物が検出された場合は、放送装置11によって乗客にエスカレーターから離れ、近づかないように促し(S41)、一定時間をおいてからS4の処理を行う。
【0021】
それでも踏段1上およびエスカレーターの周囲に人や異物が検出される場合は、除去できない異物が存在するか、あるいは乗客が転倒などで動けない状態である可能性があると判断して、処理を中止、再びタイマー4bによる停止時間を計測する。
【0022】
S4で周囲に人や異物が検出されず、起動処理に問題がないと判定した場合は、運転を行うことを周囲に放送する(S5)。またS5と同時に、運転を行うことを表示器12に出力する(S6)。
【0023】
S5、S6の処理による周囲への注意喚起を行った後、制御盤4aは電力変換器5へ指令を与え、モータ6を回転させ、踏段1および移動手すり2を移動させる(S7)。
【0024】
S7における運転は安全を考慮して緩やかな加速、減速制御を行い、速度は定常速度の数分の一ないし半分程度、概ね6ないし15m/min程度の低速とする。そして、一定距離だけ移動手すりを移動させ(S8)、再び停止する(S9)。この距離は移動手すりの粘塑性変形を防止する目的から、最も曲率の小さい欄干端部で停止していた部位を直線部分に移動させるのに必要な距離、すなわち数百mmないし数mとする。
【0025】
S9で停止した後、制御盤4aはタイマー4bにより引き続き停止時間を計測し、一定時間が経過すると再び上記の処理を行う。このように、操作者が稼動開始の操作を行うまでの停止中は定期的に移動手すりの停止位置を移動させる運転を繰り返す。
【0026】
操作者が稼動開始の操作を行う(S2)と、制御盤4aは電力変換器5へ指令を与え、モータ6を回転させる。
【0027】
このとき、電流・電圧監視装置4dによって得られる起動トルクTを計測する(S10)。
【0028】
図4は起動時のトルク変動を模式的に表したものである。
【0029】
Tsは、記憶装置4cに記憶された標準起動トルクで、エスカレーターが良好な状態で起動した場合のトルク変動波形である。このTsと実際の起動トルクTを比較して規定値(T)は平常であれば超過するような値ではなく、例えばエスカレーターが極端な低温環境下で停止状態にあり、移動手すり2が極めて変形しにくい状態になった場合などの異常な状態でのみ超過する。
【0030】
図3の処理S11、S12はこの移動手すり2の走行抵抗の状態を判定する処理であり、通常は走行抵抗が規定値(T)以上になることはなく、制御盤は定常速度まで加速する処理を行う(S15)。もし、起動トルク規定値(T)以上であった場合には定常速度より遅い速度で運転を行う(S13)。低速運転の運転時間はタイマー4bで計測し(S14)、一定時間運転した後、定常運転に加速する処理を行う(S15)。
【0031】
以上の処理で本発明における一実施形態である運転処理を完了する(S16)。
【0032】
図5は、本発明を実施する図3とは異なる他の実施形態を示す乗客コンベアの運転制御処理をフローチャートで示したものである。
【0033】
処理ステップの数字(Snのnの数字)は図3と同じもしくは相当する処理を示し、図3と区別するためSn’としている。S1からS9までの処理は図3と同じであり、省略している。また、図3におけるS10およびS11に相当する処理は存在しない。
【0034】
停止状態にあるエスカレーターに対し、操作者が稼動開始の操作を行う(S2)と、制御盤4aは同時に温湿度記録計13に記録された数値を読み出し、このエスカレーターの環境を判定する(S12’)。例えば、エスカレーターが低温環境下で停止状態にあると、移動手すり2が変形しにくくなり、稼動開始時にスリップや停止などの異常な走行状態となる場合がある。通常はこのような厳しい環境下になることはほとんどないため、制御盤は定常速度まで加速する処理を行う(S15’)。
【0035】
もし、温湿度記録計13に記録された数値が一定値以上と判断される場合には定常速度より遅い速度で運転を行う(S13’)。低速運転の運転時間はタイマー4bで計測し(S14’)、一定時間運転した後、定常速度に加速する処理を行う(S15’)。
【0036】
以上の処理で本発明における一実施形態である運転処理を完了する(S16’)。
【0037】
以上の運転を実施することにより、移動手すり駆動装置のローラ圧が特定箇所に長時間印加されることによる移動手すりの塑性変形を抑止して圧痕を付けず、美観を守ることができるほか、移動手すりの粘塑性変形を防ぎ、かつ起動時のトルクに応じて低速運転を行うことによって、稼動開始時の起動不良を低減できることが可能である。
【0038】
また、本発明の第二の実施形態に示すように、乗客コンベアの周囲の温度、湿度環境に応じて低速運転を行い、稼動開始時の起動不良を低減することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の一実施形態を示す、乗客コンベアの概略構成図である。
【図2】本発明の一実施形態を示す、乗客コンベアの制御部とその周辺の構成を示した図である。
【図3】図1および図2に示す構成における、本発明の一実施形態を示す、乗客コンベアの運転制御処理をフローチャートで示した図である。
【図4】本発明の一実施形態を示す、乗客コンベア稼動開始時のトルク値の時系列的変動を模式的に表したグラフである。
【図5】本発明の他の実施形態を示す、乗客コンベアの運転制御処理をフローチャートで示した図である。
【符号の説明】
【0040】
1 踏段
2 移動手すり
3 欄干
4 制御部
4a 制御盤
4b 記憶装置
4c タイマー
4d 電流・電圧監視装置
5 電力変換器
6 モータ
7 速度検出器
8 センサ
9 監視カメラ
10 画像解析装置
11 放送装置
12 表示器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータおよび減速機からなる駆動部と、この駆動部により駆動する無端状に連結した踏段および環状に連動した移動手すりなどからなる被駆動部と、前記モータもしくは減速機の回転を検出する回転検出手段と、前記踏段上および周囲の人や物体を検出する乗客検出手段と、交流電力を可変電圧可変周波数の電力に変換する電力変換器と、前記駆動部が前記被駆動部を駆動する際に必要なトルクを計測するトルク計測手段と、前記電力変換器及び前記駆動部を制御する制御装置とを少なくとも備えた乗客コンベアにおいて、乗客コンベア停止後一定時間経過し、かつ乗客センサの検出が無い場合に、表示装置あるいは放送装置によって周囲に注意喚起を行った後、一定距離移動手すりを移動させることを特徴とする乗客コンベアの制御方法。
【請求項2】
請求項1の記載の乗客コンベアにおいて、
乗客コンベアが無負荷状態における運転開始から定常走行に至るまでに必要かつ標準的なトルク値の時間変動を記録した記憶装置を備え、
運転開始操作により稼動を開始する際、前記トルク計算手段によって計測される起動トルクが前記記憶装置に記録されたトルク値と比較して規定値以上ならば一定時間低速運転を行うことを特徴とする乗客コンベアの制御方法。
【請求項3】
この乗客コンベアの設置してある周囲の温度ないし湿度環境を計測する温度計ないし湿度計と、前記温度計および前記湿度計の計測値を記録する記憶装置とを少なくとも備え、運転開始操作により稼動を開始する際、既定の温度湿度環境条件下にあると判定した場合、一定時間低速運転を行うことを特徴とする乗客コンベアの制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−137752(P2008−137752A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−324026(P2006−324026)
【出願日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【出願人】(000232955)株式会社日立ビルシステム (895)
【Fターム(参考)】