説明

乳化剤及びこれを使用した製剤

【課題】毒性、皮膚への障害等人体に対して無害で且つ長期間にわたり安定な製剤を形成する乳化剤および該乳化剤を使用した製剤の提供。
【解決手段】イカ包卵腺よりアルカリによって抽出された水溶性ムチンを含有する乳化剤および、該乳化剤を使用した製剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は安定性の良好な新規の乳化剤、具体的には水溶性ムチンを含有する乳化剤及びこれを使用した製剤、具体的には水溶性ムチンを含有した化粧品、食品原料、医薬品等の製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来水分と油分とを乳化するために用いられる乳化剤としては界面活性剤が用いられていた。界面活性剤は、水分と油分などのように、表面張力が違い、互いに混じり合わない物質の仲立ちをし、溶け込んだ状態にする物質であって、界面活性剤にはその分子内に親油性部分と親水性部分の両方を持つ構造をしている。この構造によって水と油の2相間の界面に作用してその溶液の表面張力を著しく滅少させ、水と油をなじませることが可能となるものである。またその乳化状態によって、油の中に細かい水滴が分散している油中水型(W/O型)、水中に細かい油滴が分散している水中油型(O/W型)のエマルションをつくる。さらには、内部に水の微小球が存在する油滴が分散したW/O/W型と、内部に油の微小球が存在する水滴が分散したO/W/O型等の多重エマルション、細胞間脂質である合成セラミドを使い、脂質二分膜の層間に水を保持するラメラ構造エマルションなどが知られている。
これら界面活性剤を水に溶解させたとき、イオンに解離するイオン性界面活性剤と、イオン化しない非イオン性界面活性剤とに大別される。イオン性界面活性剤は、さらに陰イオン性(アニオン性)界面活性剤、陽イオン牲(カチオン性)界面活性剤、両性界面活性剤とに分けられる。
【0003】
化粧品、食品分野、医薬品分野等での製造においては、これら界面活性剤は乳化剤、可溶化剤、分散剤の用途にはなくてはならない原料である。具体的にはグルタミン酸と脂肪酸から構成されたN−アシルアミノ酸塩のモノトリエタノールアミン塩、アルキル硫酸エステルのナトリウム塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸ナトリウム、混合アルキル基をもつアルコールに、酸化エチレンを付加重合物、リン酸エステルアルキル基を持ったフェノールに、酸化エチレンを付加重合した物、ラウリル硫酸エステルのトリエタノールアミン、ラウリン酸とN−メチルアラニンとの縮合物ナトリウム塩等、多くの種類が知られている。
特許文献1には、ポリオキシプロピレン脂肪酸アルカノールアミド化合物を乳化・分散・可溶化剤として用い、これに化粧料を配合することが開示されていおり、特許文献2には、乳化剤として使用可能な容易にかつ迅速に臭気の少ないリン酸エステルの製造法が開示されている。
【0004】
しかし、これらの界面活性剤の多くは合成品若しくは半合成品であり、良好な経時的安定性を有すエマルジョンを調製することができるが、反面、毒性、皮膚への障害等の問題があってこれを使用して得られた製剤は人体に対して必ずしも安全な製品と言うことはできない。この点を改良する目的で天然の界面活性能を有するものが使用されるようになったが、得られた製剤は安定性に欠ける点があった。その為、例えば特許文献3ではレシチンまたはサポニンにより得られた乳化エマルジョンに安定化剤としてアロエ液汁を含有させることが開示されており、特許文献4には水溶性ヘミセルロース及び植物性天然ガム質を含有することを特徴とする製剤が開示されており、植物性天然ガム質が水溶性ヘミサルロースの乳化力及び皮膜強度を増強させることが記載されている。
【特許文献1】特願2004−64088公報
【特許文献2】特願2001−355203公報
【特許文献3】特開昭57−42326号公報
【特許文献4】特開平7−101882号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは毒性、皮膚への障害等の問題がない天然物で界面活性能を有し、且つ、これを使用して得られた製剤が安定性を有するものについて鋭意検討を重ねた結果、本発明を完成したもので、本発明の目的は毒性、皮膚への障害等人体に対して無害な乳化剤及びこれを使用した製剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは気管、胃腸などの消化管、生殖腺などの内腔を覆う粘液の主要な糖タンパク質であるムチン、特に水溶性ムチンに乳化作用があることを見出し本発明を完成させたものである。
すなわち、本願第1の発明の要旨は水溶性ムチンを含有することを特徴とする乳化剤でありこの水溶性ムチンはイカ包卵腺より抽出された水溶性ムチンであることが好ましく、更に、イカ包卵腺よりアルカリによって抽出された水溶性ムチンであることが好ましい。
また、本願第2の発明の要旨は第1の発明である水溶性ムチンを乳化剤として使用することを特徴とする製剤である。
【発明の効果】
【0007】
以上述べたように、本発明は水溶性ムチンを乳化剤として使用することによって、後に示すように、毒性、皮膚への障害等人体に対して無害で且つ長期間にわたり安定な製剤を得ることができたのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下の本発明を詳細に説明する。
ムチンは、気管、胃腸などの消化管、生殖腺などの内腔を覆う粘液の主要な糖タンパク質である。ムチンは、O-グリコシド結合を介してポリペプチド(コアタンパク質、アポムチン)に結合した無数の糖鎖を持つ構造をしている。ムチンについては生化学的な研究が行われ、その機能、細胞の癌化との関係などが注目をされているが、その応用については多量に得ることが困難であるためにほとんど行われることはなかった。
ムチンのコアタンパク質については近年、多くのコアタンパク質をコードする遺伝子がクローニングされ、全配列、あるいは部分配列が明らかにされている。ほとんどのムチンが多くの反復配列ドメインを持っており、これらの反復配列ドメインはセリン、スレオニンに富み、完成されたムチンでは、ほとんどがO-グリコシル化されている。ムチンの糖鎖のほとんどがα―O-グリコシド結合により、N-アセチルガラクトサミンとセリン、スレオニンの水酸基との結合でコアタンパク質に結合している。結合している糖鎖の末端は、通常α結合したガラクトース、N-アセチルガラクトサミン、フコース、あるいはシアル酸で終結している。

【0009】
最近、イカの包卵腺より多量に純粋な水溶性ムチンが得られることが明らかとなり、その応用研究が可能となった(特願2003-64617号参照)。包卵腺より得られたムチンは水に容易に溶解することが出来、その構成はタンパク質48.5%、糖質37.0%、その他成分から構成された糖タンパク質で、約100万〜200万の分子量を持つと予想される。
水溶性ムチンは入手できる物で有れば特に制限はないが、イカ包卵腺を由来とするムチンは入手の容易さから望ましい。更にこの包卵腺より得られる水溶性ムチンは、イカ包卵腺よりアルカリ処理によって抽出された水溶性ムチンが望ましい。この水溶性ムチンは、先に述べたタンパク質48.5%、糖質37.0%、その他成分から構成された糖タンパク質で、約100万〜200万の分子量を持つと予想される。
【0010】
乳化剤として用いるにはムチン溶液として使用される、溶液のpHに特に制限はない。また本溶液は緩衝溶液であっても、緩衝溶液でなくても問題はない。また本溶液への防腐剤の有無も制限はない。なお水に溶解する有機溶媒、具体的にはメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール等の溶媒と塩の併用によりムチンが沈殿する可能性があるために、ムチンの緩衝溶液を用いる際には注意が必要である。
溶液中のムチン濃度にも特に制限はなく、通常使用できる粘度であれば良い。具体的にはムチンの分子量等によりムチン濃度は変わるが、例えばイカ包卵腺由来のムチンの場合には0.2重量%〜2重量%であれば用いることができる。
乳化剤として使用するためにはある濃度以上のムチン濃度が必要であって、例えば乳化液全体に対して0.1重量%以上の濃度の場合に乳化能を発揮することができる。また濃度の上限としては、乳化能を持ちかつ化粧品、食品として適応可能な粘度を持つ範囲で有れば問題はない。
【0011】
本乳化剤は熱に安定であり加熱下での乳化も可能であり、乳化させる他の成分が安定である場合には100℃以下での乳化も可能である。
通常乳化剤は親水基、疎水基を1分子内に持ち、そのために油分と水分の界面を安定化させ乳化作用を持っている。しかし本乳化剤はコアタンパク質と糖鎖から構成され従来の界面活性剤のような油分と水分の界面を安定化させる乳化作用とは違うと考えられる。具体的に乳化の機序に関して明確に示すものではないが、一つの機序を示す事例として、イカ包卵腺由来水溶性ムチンと更にその水溶性ムチンを蛋白質分解酵素であるペプシンにより部分的に処理した水溶性ペプシン処理ムチンとの乳化能の比較がある(図1参照)。この2種類の水溶性ムチンのいずれもが乳化能を持つが、両者の水溶性ムチンでは乳化状態の保持能に違いが見られ、ペプシン処理水溶性ムチンは長期にわたる乳化状態の維持は困難であった。ペプシンによる水溶性ムチンの処理により、本ムチンの分子両端に存在するペプチド鎖の一部が分解されると考えられるが、その結果ムチン分子同士の絡み合いが起こりにくくなると予想される。このことから水溶性ムチンによる乳化作用はムチン分子同士の絡み合いの中に油分が閉じ込められることにより乳化作用をもたらすものと予想される。
【0012】
本乳化剤は乳化の安定化剤との併用も可能である。
本乳化剤は水と油のように互いに混じり合わない2成分を混合して安定なエマルションをつくるために加えられる成分としての通常の乳化剤の他に、メイクアップ化粧品などのように顔科を配合する場合、油脂類やクリーム基剤中に顔科を均一で、微細に分散させる目的で用いられる分散剤、更には本来溶媒に不溶または難溶性の物質を、溶媒中に透明に溶解、つまり可溶化を助ける目的で使用される可溶化剤も含まれる。
本乳化剤は化粧分野として通常使用される乳化剤と同様に用いることができ、更に化粧石鹸、家庭用洗剤、工業用洗剤等の洗剤、入浴剤等ヘルスケア分野、食品分野、医療分野での使用が可能である。従って、本願発明で得られる製剤としては乳化製剤或いは粉末製剤である。
【実施例】
【0013】
さらに本発明について、実施例により詳細に説明する。
実施例1
スルメイカより取り出した包卵腺(湿重量約3g)を水(150mL)に入れ、ホモジナイズした後に、NaOHを加えNaOH濃度として0.4Nの溶液とする。この溶液を4℃にし4時間ゆっくりと攪拌する。処理後の粘ちょうな溶液に50%エタノールとNaClを加え沈殿を生成させる。得られた沈殿を遠心分離によって回収し、イカ由来ムチン(乾燥重量0.2g)を得る。本ムチン(1g)を水100mLに溶解し、イカ由来ムチン溶液(1%中性溶液)を得、これを乳化剤として使用した。
【0014】
比較例1
実施例1でエタノール−NaClにより沈殿したイカ由来ムチン(10g)を塩酸酸性溶液(1000mL)に溶解する。このムチン溶液(100mL)にペプシン(10mg)を添加し、室温で16時間攪拌する。攪拌の後、実施例1の場合と同様にエタノール−NaClにより沈殿させペプシン処理イカ由来ムチンを得、得られたペプシン処理ムチン(1g)を実施例1と同様に水100mLに溶解し、ペプシン処理イカ由来ムチン溶液(1%中性溶液)を得、これを用いて実施例1の場合と同様に乳化を行った。
【0015】
試験結果
実施例1で得たイカ由来ムチン及び比較のため比較例1で得たペプシン処理イカ由来ムチン及びヒアルロン酸Na溶液(1%濃度)、ブタ由来のアテロコラーゲン及び蒸留水を用い乳化能力を測定した。即ち、上記の各サンプル(10g)、PEG-600(10g)、流動パラフィン(10g)をホモジナイザーにより20000rpm、5分間攪拌し乳化状態とした。いずれの試験液とも全体に乳白色となり乳化状態となった。
この各試験液を30℃のインキュベータに入れ、恒温、恒湿に保持し変化を観察した。その
結果を図1に示す。図1における縦軸の乳化率(%)とは乳化後乳化が崩れ水相と油相とに分離したときの分離した割合を%で表わした値である。横軸は混合後早い時期からの経過時間(分)を示した。ヒアルロン酸Na溶液、蒸留水は一日を経過後では完全に分離し乳化状態を維持できなかったが、イカ由来ムチンでは100%乳化状態を維持できた。なおこの乳化状態は5日以上維持された。図4は上記各試料の48時間後の乳化状態をしめのすもので、ビンの左よりムチン、ペプシンムチン(アテロムチン)、蒸留水、アテロコラーゲン、ヒアルロン酸Naである。
上記実施例では1%濃度のイカ由来ムチン溶液を用いたが、同様の試験を0.1%、0.2%、0.3%、0.5%濃度のイカ由来ムチン溶液を用いて行った。その結果を図2に示す。濃度が上がるにつれ乳化能は高まり、0.3%以上では違いは見られなかった。また0.5%濃度のイカ由来ムチンを用いた乳化実験を行った。乳化後3日目(室温)の乳化状態を顕微鏡により観察した。顕微鏡像を図3に示す。粒子径は平均52nmであった。
【産業上の利用可能性】
【0016】
ムチンが界面活性剤と同様の作用をすることを見出し、このムチンを乳化剤として使用し、健康上問題のない製剤を得た。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明に係るイカ由来ムチン、ペプシン処理イカ由来ムチン、ヒアルロン酸Na溶液(1%濃度)、ブタ由来アテロコラーゲン及び蒸留水を用い乳化能の評価を行った結果の図である。
【図2】イカ由来ムチン溶液の濃度と乳化能との関係を示すものである。
【図3】イカ由来ムチンを用いた乳化実験で3日目の乳化状態を示す顕微鏡写真である。
【図4】図4は上記各試料の48時間後の乳化状態をしめのすもので、左よりムチン、ペプシンムチン(アテロムチン)、蒸留水、アテロコラーゲン、ヒアルロン酸Naである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性ムチンを含有することを特徴とする乳化剤。
【請求項2】
水溶性ムチンがイカ包卵腺より抽出された水溶性ムチンであることを特徴とする請求項1記載の乳化剤。
【請求項3】
水溶性ムチンがイカ包卵腺よりアルカリによって抽出された水溶性ムチンであることを特徴とする請求項1又は2の何れかの項に記載の乳化剤。
【請求項4】
請求項1ないし3の何れかの項に記載の水溶性ムチンを乳化剤として使用することを特徴とする製剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2006−263524(P2006−263524A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−82307(P2005−82307)
【出願日】平成17年3月22日(2005.3.22)
【出願人】(591071104)株式会社高研 (38)
【Fターム(参考)】