説明

乳化安定性の評価方法、乳化剤の評価方法及び飲食品

【課題】 乳化物の乳化安定性を迅速かつ適切に評価可能な乳化安定性の評価方法、乳化物における乳化剤の乳化性能を迅速かつ適切に評価可能な乳化剤の評価方法、及び乳化安定性の低下を抑えることが容易な飲食品を提供する。
【解決手段】 第一の乳化安定性の評価方法は、乳化物を加熱処理する加熱工程と、加熱工程後の乳化物を遠心して水相及び油相に分離する分離工程と、油相に含まれるタンパク質の濃度を測定する濃度測定工程とを備え、該タンパク質の濃度に基づいて乳化物の乳化安定性が評価される。第二の乳化安定性の評価方法は、加熱工程と、加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性の度合いを測定する疎水性度測定工程とを備え、該表面疎水性の度合いに基づいて乳化物の乳化安定性が評価される。乳化剤の評価方法ではこれら乳化安定性の評価方法が利用され、飲食品はこれらの評価方法により評価された乳化物又は乳化剤を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油溶性成分及び水が乳化されてなる乳化物の乳化安定性を評価する方法、並びに、油溶性成分及び水が乳化剤を介して乳化されてなる乳化物において、前記乳化剤の乳化性能を評価する方法に関する。また、本発明は、前記乳化安定性の評価方法により評価された乳化物、又は前記乳化剤の評価方法により評価された乳化剤を含む飲食品に関する。特に、ミルク入りコーヒー飲料やミルク入り茶飲料のような脂質、タンパク質及び乳化剤が水に乳化されてなる水中油型乳化液の乳化安定性を評価する方法、該方法を利用した乳化剤の評価方法、並びにそれらの評価方法により評価された乳化物又は乳化剤を含む飲食品に関する。
【背景技術】
【0002】
ミルク入りコーヒー飲料やミルク入り茶飲料のようなミルク入り飲料では、自動販売機などでの保管中に、乳脂肪の合一や凝集が起こったり、乳脂肪の浮上(クリーミング)や分離(オイルオフ)が起こったりするおそれがある。このような乳化状態の破壊は、見た目の低下や風味の低下などを介して、製品の品質低下へと繋がる。このような問題に対して、現在のところ、ミルク入り飲料などの飲食品を恒温槽や冷蔵庫などで試験的に長期間保管し、その後の飲食品の状態変化を観察するなどの方法により、製品の出荷前に予め乳化安定性の良否の判定が行われているケースが多い。しかしながら、このように飲食品の乳化安定性の良否判定を行うための判定期間を設ける場合、製品の開発から販売までの期間が長くなってしまうため、スピーディーな商品開発の阻害要因となっている。
【0003】
このような問題に対して、例えば特許文献1には、乳化状態の破壊に関するものではないが、茶類抽出液を保存した際に起こり得るクリームダウンについて、短時間で正確に予測するために、茶類抽出後の抽出液に対して、カフェインと酸類とを添加した後、濁度を測定する方法が提案されている。この方法によれば、茶類抽出液にカフェイン及び酸類を添加することによって、クリームダウンの反応を早めることができ、その結果、茶類抽出液の長期間保存後に起こるクリームダウンの程度を短時間で予測することが可能となる。ちなみに、非特許文献1,2には、タンパク質の乳化特性と表面疎水性との関係についての報告が開示されている。
【特許文献1】特開平7−43360号公報
【非特許文献1】堀田竜之介、中村卓、“2004年9月 日本食品科学工学会第51回大会(岩手) 小麦Puroindolineの乳化特性”、[online]、明治大学情報科学センター、[平成17年5月30日検索]、インターネット<URL:http://www.isc.meiji.ac.jp/~foodeng/gakkai/hotta.htm>
【非特許文献2】加藤美樹、外4名、“分離大豆たん白質からのフィチン酸の酸抽出除去とそれのたん白質特性への影響”、[online]、(財)不二たん白質研究振興財団、[平成17年5月30日検索]、インターネット<URL:http://www.fujioil.co.jp/daizu/report/pdf/023/23_041.pdf>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者らは、上述したような飲食品の乳化安定性に関する判定期間を短縮して商品開発のスピードを速めるために、鋭意研究を行った。その結果、脂質、タンパク質及び乳化剤が水に乳化されてなる乳のような水中油型乳化液の乳化安定性を迅速かつ適切に評価することに成功した。そして、これらの知見に基づいて、本発明を完成するに至った。
【0005】
本発明の目的とするところは、油溶性成分及び水が乳化されてなる乳化物の乳化安定性を迅速かつ適切に評価することが可能な乳化安定性の評価方法を提供することにある。本発明の別の目的とするところは、油溶性成分及び水が乳化剤を介して乳化されてなる乳化物における乳化剤の乳化性能を迅速かつ適切に評価することが可能な乳化剤の評価方法を提供することにある。本発明の他の目的とするところは、乳化安定性の低下を抑えることが容易な飲食品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、油溶性成分及び水が乳化されてなる乳化物の乳化安定性を評価する方法であって、前記乳化物にはタンパク質が含有され、該方法は、前記乳化物を加熱処理する加熱工程と、該加熱工程後の乳化物を遠心して水相及び油相に分離する分離工程と、前記油相に含まれるタンパク質の濃度を測定する濃度測定工程とを備え、該方法では、前記タンパク質の濃度に基づいて、前記乳化物の乳化安定性が評価されることを要旨とする。
【0007】
請求項2に記載の乳化安定性の評価方法は、請求項1に記載の発明において、当該評価方法はさらに、前記加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性の度合いを測定する疎水性度測定工程を備え、該方法では、前記表面疎水性の度合いに基づいて、前記乳化物の乳化安定性が評価されることを要旨とする。
【0008】
請求項3に記載の発明は、油溶性成分及び水が乳化されてなる乳化物の乳化安定性を評価する方法であって、前記乳化物にはタンパク質が含有され、該方法は、前記乳化物を加熱処理する加熱工程と、該加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性の度合いを測定する疎水性度測定工程とを備え、該方法では、前記表面疎水性の度合いに基づいて、前記乳化物の乳化安定性が評価されることを要旨とする。
【0009】
請求項4に記載の乳化安定性の評価方法は、請求項2又は請求項3に記載の発明において、前記疎水性度測定工程では、前記表面疎水性の度合いを蛍光プローブ法にて測定する処理が実施され、該蛍光プローブ法では、アリルナフタレンスルホン酸類又はパリナリン酸類からなる疎水性蛍光プローブが用いられることを要旨とする。
【0010】
請求項5に記載の乳化安定性の評価方法は、請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の発明において、前記乳化物は、前記油溶性成分及び前記水が乳化剤を介して乳化されてなるものであることを要旨とする。
【0011】
請求項6に記載の乳化安定性の評価方法は、請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の発明において、前記乳化物は飲食品であることを要旨とする。
請求項7に記載の乳化安定性の評価方法は、請求項6に記載の発明において、前記飲食品には脂質が含有され、当該評価方法では、前記脂質の凝集、合一、浮上及び分離から選ばれる少なくとも一種の乳化安定性の低下に関する評価が行われることを要旨とする。
【0012】
請求項8に記載の発明は、油溶性成分及び水が乳化剤を介して乳化されてなる乳化物において、前記乳化剤の乳化性能を評価する方法であって、前記乳化物にはタンパク質が含有され、該方法は、前記乳化物を加熱処理する加熱工程と、該加熱工程後の乳化物を遠心して水相及び油相に分離する分離工程と、前記油相に含まれるタンパク質の濃度を測定する濃度測定工程とを備え、該方法では、前記タンパク質の濃度に基づいて、前記乳化物に含まれる前記乳化剤の乳化性能が評価されることを要旨とする。
【0013】
請求項9に記載の乳化剤の評価方法は、請求項8に記載の発明において、当該評価方法はさらに、前記加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性の度合いを測定する疎水性度測定工程を備え、該方法では、前記表面疎水性の度合いに基づいて、前記乳化物に含まれる前記乳化剤の乳化性能が評価されることを要旨とする。
【0014】
請求項10に記載の発明は、油溶性成分及び水が乳化剤を介して乳化されてなる乳化物において、前記乳化剤の乳化性能を評価する方法であって、前記乳化物にはタンパク質が含有され、該方法は、前記乳化物を加熱処理する加熱工程と、該加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性の度合いを測定する疎水性度測定工程とを備え、該方法では、前記表面疎水性の度合いに基づいて、前記乳化物に含まれる前記乳化剤の乳化性能が評価されることを要旨とする。
【0015】
請求項11に記載の乳化剤の評価方法は、請求項8から請求項10のいずれか一項に記載の発明において、前記乳化剤は非ペプチド性界面活性剤であることを要旨とする。
請求項12に記載の飲食品は、請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の乳化安定性の評価方法により評価された前記乳化物、又は請求項8から請求項11のいずれか一項に記載の乳化剤の評価方法により評価された前記乳化剤を含むことを要旨とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、油溶性成分及び水が乳化されてなる乳化物の乳化安定性を迅速かつ適切に評価することが可能な乳化安定性の評価方法を提供することができる。また、本発明によれば、油溶性成分及び水が乳化剤を介して乳化されてなる乳化物における乳化剤の乳化性能を迅速かつ適切に評価することが可能な乳化剤の評価方法を提供することができる。また、本発明によれば、乳化安定性の低下を抑えることが容易な飲食品を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
(第1実施形態)
以下、本発明の乳化安定性の評価方法を具体化した第1実施形態について説明する。
本実施形態の乳化安定性の評価方法は、油溶性成分及び水が乳化されてなる乳化物の乳化安定性を評価する。なお、前記乳化物には、タンパク質が含有されている必要がある。また、乳化物には、乳化物の乳化安定性を高めるための乳化剤が含有されていてもよい。この評価方法は、前記乳化物を加熱処理する加熱工程と、該加熱工程後の乳化物を遠心して水相及び油相に分離する分離工程と、該分離工程で分離された前記油相に含まれるタンパク質の濃度を測定する濃度測定工程とを備えている。そして、この評価方法では、濃度測定工程で測定されたタンパク質の濃度に基づいて、乳化物の乳化安定性が評価される。
【0018】
さらに、この評価方法では、必要に応じて、前記加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性の度合い(以下、表面疎水性度と記載する)を測定する疎水性度測定工程を実施することにより、より精度の高い評価を行うことが可能である。この場合、この評価方法では、前記濃度測定工程で測定されたタンパク質の濃度と、前記疎水性度測定工程で測定されたタンパク質の表面疎水性度との双方に基づいて、乳化物の乳化安定性が評価される。
【0019】
本実施形態の評価方法は特に、ミルク入り飲料のような飲食品の保管中に発生する、乳化状態の破壊に起因する品質低下を事前に予測するために利用されることが好ましい。この場合、新規に製品開発したり改良したりする場合を始めとして、製造時の品質チェックや製造後の品質チェックなどに利用することが可能である。なお、前記品質低下としては、脂肪分などの油溶性成分の合一、凝集、浮上(クリーミング)、分離(オイルオフ)などが挙げられる。このような用途で評価される乳化物としては、飲食品が挙げられ、好ましくは動物性脂肪や植物性脂肪などの脂質を含む飲食品が挙げられ、特に好ましくは乳を含む飲食品が挙げられる。なお、本実施形態において、飲食品とは、飲料品や食品を製造する際に用いられる原料も含まれることとする。
【0020】
乳化物としては、油溶性成分及び水が乳化されてなる液状又はペースト状の乳化物が用いられる。このような乳化物には、油溶性成分を分散質、水を分散媒として乳化されている水中油型(O/W型)の乳化物、又は、水を分散質、油溶性成分を分散媒として乳化されている油中水型(W/O型)の乳化物が挙げられる。本実施形態の好ましい態様としては、水中油型(O/W型)の乳化物が挙げられ、特に好ましい態様としては、水中油型(O/W型)のエマルジョンからなる液状の乳化物、即ち水中油型(O/W型)乳化液が挙げられる。なお、このような乳化物には、必要に応じて均質化処理が施されていてもよい。
【0021】
乳化物において、油溶性成分は、界面活性作用を有する乳化剤などが共存していない状態で水と混合されると、乳化安定性が著しく低下するため、合一、凝集、浮上又は分離したりする。このため、乳化物には、通常、油溶性成分と水とを乳化状態で安定化させるための天然の乳化剤又は人工的な乳化剤が含有されている。また、このような乳化物には、通常、脂質及びタンパク質も含有されている。
【0022】
乳化物として飲食品を評価する場合、該飲食品としては、コーヒー飲料(ブラックコーヒー、加糖コーヒー、ミルク入りコーヒー飲料など)、ミルク入り紅茶などのミルク入り茶飲料、カプチーノ、ココア、ミルクココア、ミルクセーキ、豆乳、豆乳入り飲料、穀物乳、穀物乳入り飲料、乳清飲料、乳酸菌飲料、100%果汁、果汁含有飲料、ミルク入り果汁飲料、ミルク入り野菜飲料などの飲料品やこれらの濃縮液、スープ、クリームスープ、シチュー、クリームシチュー、カレー、乳化型ドレッシング、液状調味料、ヨーグルトなどの液状又はペースト状の食品が挙げられる。ちなみに、コーヒーにはコーヒーオイルが含有され、100%果汁や果汁含有飲料には搾汁時に回収したオイルを果汁に戻す操作(所謂カットバック)が行われるケースがあるため、これらの飲料品にも油溶性成分が含まれている。更にコーヒーの抽出や果汁を搾汁する際に、微量のタンパク質も含有する。そのほか、該飲食品以外に、乳製品として得られる生乳、殺菌乳、加工乳、粉乳(全脂粉乳、脱脂粉乳)の乳化液、乳脂肪の乳化液、クリームの乳化液などが挙げられる。
【0023】
油溶性成分としては、油溶性(有機、疎水性)の溶媒や、その油溶性の溶媒に可溶な成分が挙げられる。なお、本実施形態において、油溶性成分は、乳化剤のような界面活性作用を有する物質を共存させずに、該油溶性成分(物質)単体と水とを常温(20℃程度)で撹拌後に静置したとき、24時間以内に水相及び油相に分離するものであることが好ましい。このような油溶性成分としては、乳脂肪、魚油、ラード、ヘッド、卵などの動物性脂肪、カカオ油脂、カカオ同等脂、サラダ油、やし油、マーガリン、中鎖トリグリセリド、ナッツペーストなどの植物性脂肪のような食用油が挙げられる。その他、レシチンのようなリン脂質、コーヒーから抽出されるコーヒーオイル、リモネンを始めとする柑橘類から抽出したオイルやエッセンスなどの香料、精油も挙げられる。なお、前記乳脂肪としては、生クリーム、牛乳、全粉乳、練乳、バター、チーズなどの乳製品由来の乳脂肪が挙げられる。
【0024】
タンパク質としては、大豆タンパク質、カゼインやアルブミンのような乳タンパク質などが挙げられる。なお、本実施形態において、タンパク質とは、20個以上のアミノ酸がペプチド結合にて結合したポリペプチドも含むこととする。
【0025】
乳化剤としては、界面活性作用を有する天然の乳化剤又は人工的な乳化剤が挙げられる。天然の乳化剤としては、飲食品の原料自体に元々含有されている既知の乳化剤又は未同定の乳化剤が挙げられる。人工的な乳化剤としては、カチオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤などが挙げられる。ちなみに、飲食品に多く利用される乳化剤としては、ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルのような非ペプチド性界面活性剤が挙げられる。
【0026】
また、本実施形態で評価される乳化物には、重曹などのpH調整剤、カラギーナンなどの安定剤、砂糖などの甘味料、酸味料、糖アルコール、糖質、ミネラル、ビタミン、香料などの各種添加物や、コーヒー成分、茶成分(紅茶、ウーロン茶、緑茶)、ココア成分、果汁、野菜汁などの飲食品素材が含有されていてもよい。ちなみに、牛乳のような乳には、脂質、タンパク質及び天然の乳化剤が元々含有されているため、そのままで本実施形態の乳化物に該当する。
【0027】
本実施形態における乳化安定性の評価は、2サンプル以上の乳化物について、上記濃度測定工程でそれぞれ測定されたタンパク質の濃度を比較することにより、定性的及び/又は定量的に行われる。この場合、全てのサンプルについて、加熱工程、分離工程及び濃度測定工程をいずれも全く同じ条件で実施する必要がある。また、より詳しく乳化安定性の評価をするために、2サンプル以上の乳化物について、上記タンパク質の濃度及び上記タンパク質の表面疎水性度をそれぞれ比較することにより、定性的及び/又は定量的に行われる。この場合、全てのサンプルについて、加熱工程、分離工程、濃度測定工程及び疎水性度測定工程をいずれも全く同じ条件で実施する必要がある。なお、これらのようにして乳化安定性を評価する場合には、予め乳化安定性の程度が既知のサンプル(コントロールサンプル)を少なくとも1サンプル準備し、該コントロールサンプルと、調べたいサンプルとの比較を行うことが好ましい。
【0028】
加熱工程では、乳化物に対して加熱処理が実施される。加熱処理は、乳化物における乳化状態を加速度的に破壊する。加熱処理としては、通常殺菌処理として行われる方法が用いられ、レトルト殺菌法、低温長時間殺菌法(LTLT:Low Temperature Long Time)、高温短時間殺菌法(HTST:High Temperature Short Time)、超高温瞬間殺菌法(UHT:Ultara High Temperature)等の方法を用いることができる。つまり、長期保存できるように加熱殺菌工程を施した飲食品や乳化物全てが適用される。加熱処理における加熱温度や加熱時間のような条件は、前記乳化物における乳化状態が確実に破壊される条件を適宜選択すればよく、そのように選択された条件において、複数のサンプル同士で乳化状態の破壊の程度がタンパク質の濃度などの数値により比較される。例えば、加熱処理における好適な条件としては、例えば120℃以上の温度で20分程度が挙げられる。また、通常の殺菌処理で実施される条件での加熱処理に加えて、更に加熱することも可能である。
【0029】
分離工程では、加熱工程後の乳化物を遠心分離することにより、水相及び油相の2つの相に分離する処理が実施される。遠心分離の際の遠心力や遠心時間のような条件は、前記乳化物を水相及び油相の2つの相に確実に分離可能な条件を適宜選択すればよい。
【0030】
濃度測定工程では、ケルダール(Kjerdahl)法、ロウリー(Lowry)法、フェノール試薬法(ロウリー法の改良法)、ビュウレット(Buiret)法、紫外吸収スペクトル法、アミドブラックやクマシーブルーなどを用いた色素結合法のような公知のタンパク質の比色定量法を利用して、油相に含まれるタンパク質の濃度が測定される。本発明者らは、油相に含まれるタンパク質の濃度と、乳化物の乳化安定性との間に概ね比例するような関係があることを見出した。即ち、油相に含まれるタンパク質の濃度が高いほど、乳化物の乳化安定性が高まる傾向があることを見出した。よって、複数のサンプル同士で前記タンパク質の濃度を比較することにより、各サンプルについての乳化安定性の評価を定性的及び/又は定量的に行うことが可能となる。
【0031】
なお、この濃度測定工程では、油相に含まれるタンパク質を脂質などのその他の油溶性成分から脱着させ、所定の溶媒中に可溶化させた状態で該タンパク質の濃度を測定する必要がある。タンパク質の可溶化に用いられる溶媒としては、タンパク質を可溶化することが可能な界面活性剤が溶解されてなる水又は緩衝液、特に好ましくはドデシル硫酸ナトリウム(SDS)が溶解されてなる水又は緩衝液(以下、SDS溶液と記載する)が適している。油相からタンパク質を脱着させて可溶化する際の条件は、タンパク質を確実に可溶化することが可能な条件を適宜選択すればよく、油相に含まれるタンパク質を全て可溶化可能な条件を選択することが好ましい。この場合、油相に含まれる脂質などのその他の油溶性成分が同時に可溶化されてしまっても構わないが、前記その他の油溶性成分が同時に可溶化されない方が好ましい。なお、前記タンパク質を可溶化する前には、油相に含まれるタンパク質の重量を正確に定量する為に、凍結乾燥して水分を除去することが好ましい。
【0032】
疎水性度測定工程では、蛍光プローブ法により、加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性度が測定される。本発明者らは、加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性度と、乳化物の乳化安定性との間に概ね反比例するような関係があることを見出した。即ち、加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性度が高いほど、乳化物の乳化安定性が低下する傾向があることを見出した。よって、複数のサンプル同士で前記タンパク質の表面疎水性度を比較することにより、各サンプルについての乳化安定性の評価を定性的及び/又は定量的に行うことが可能となる。
【0033】
蛍光プローブ法は、光励起された蛍光性分子(蛍光プローブ)の蛍光波長や蛍光強度が該分子近傍の環境によって異なるという性質を利用して、プローブ周辺のミクロ環境を評価する方法である。本実施形態の蛍光プローブ法では、加熱工程後の乳化物に所定量の疎水性蛍光プローブを添加した後、該乳化物に含まれるタンパク質と疎水的に結合した蛍光プローブによって光励起される蛍光波長や蛍光強度を測定することにより、前記乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性度が測定される。
【0034】
なお、加熱工程後の乳化物は、タンパク質の表面を安定化させて測定精度を高めるために、半日から1日程度の期間、一定の温度で静置されてから蛍光プローブ法による測定に供されることが好ましい。静置する場合の温度としては、加熱工程後の乳化物が凍結しない温度である必要があるが、好ましくは0〜10℃、より好ましくは0〜5℃である。0℃未満の場合には、前記乳化物が凍結してタンパク質の表面を安定化させることができない。逆に、10℃を超える場合、十分に微生物制御されない状態であると微生物の増殖が起こる可能性があり、適切な評価を実施することが困難になる。
【0035】
本実施形態の蛍光プローブ法では、タンパク質の表面における疎水性の度合いを測定するために、該タンパク質に対して疎水的に結合可能な疎水性蛍光プローブが用いられる。疎水性蛍光プローブとしては、8−アニリノナフタレン−1−スルホン酸(ANS)、N−メチル−2−アリニノナフタレン−6−スルホン酸(MANS)、2−p−トルイジニルナフタレン−6−スルホン酸(TNS)のようなアリルナフタレンスルホン酸類、又は、cis−パリナリン酸若しくはtrans−パリナリン酸のようなパリナリン酸類が挙げられる。
【0036】
本実施形態において、各サンプルにおけるタンパク質の表面疎水性度の測定は、加熱工程後の乳化物の希釈系列を作製し、各希釈系列に対し、それぞれ等量の疎水性蛍光プローブを加えて蛍光強度を測定する過程を含む。そして、本実施形態の表面疎水性度の評価は、各サンプルの希釈系列について、それぞれ横軸にタンパク質の濃度、縦軸に測定された蛍光強度をプロットしたグラフを作成し、該グラフの傾きを求めた後、複数のサンプル間で前記傾きを比較することにより、定性的及び/又は定量的に行われる。即ち、本実施形態において、タンパク質の表面疎水性度は、各サンプルの希釈系列についてそれぞれ測定されたタンパク質の濃度及び蛍光強度に基づくグラフの傾きの値に比例する。そして、各サンプルにおけるタンパク質の表面疎水性度は、便宜的に、前記グラフの傾きの値であるとすることが可能である。
【0037】
次に、本実施形態の乳化安定性の評価方法の作用について、より具体的に説明する。
本実施形態の乳化安定性に関する評価を、例えば乳化物Aと乳化物Bとについて実施する場合、それら乳化物A,Bについて、それぞれ同じ条件で加熱工程及び分離工程を実施した後、同じ条件で濃度測定工程を実施する。この濃度測定工程において、乳化物Aのタンパク質の濃度a、乳化物Bのタンパク質の濃度bが得られた場合、それらの濃度a,bの値を互いに比較する。濃度aが濃度bよりも高い場合には、乳化物Aの乳化安定性が乳化物Bの乳化安定性よりも高いと定性的に評価される。逆に、濃度aが濃度bよりも低い場合には、乳化物Aの乳化安定性が乳化物Bの乳化安定性よりも低いと定性的に評価される。またこのとき、必要に応じて、濃度a,bの値を利用して、乳化安定性に関する定量的な評価が行われてもよい。
【0038】
さらに、乳化物A,Bについて、それぞれ同じ条件で疎水性度測定工程を実施し、乳化物Aの表面疎水性度α、乳化物Bの表面疎水性度βが得られた場合、それらの表面疎水性度α,βの値を互いに比較する。表面疎水性度αが表面疎水性度βよりも高い場合には、乳化物Aの乳化安定性が乳化物Bの乳化安定性よりも低いと定性的に評価される。逆に、表面疎水性度αが表面疎水性度βよりも低い場合には、乳化物Aの乳化安定性が乳化物Bの乳化安定性よりも高いと定性的に評価される。またこのとき、必要に応じて、表面疎水性度α,βの値を利用して、乳化安定性に関する定量的な評価が行われてもよい。
【0039】
このようにして乳化安定性の評価が行われた乳化物は、乳化安定性に関して良好な評価を得たものだけを選択して、新規の製品開発やさらなる改良に利用される。また、本実施形態の評価方法は、飲食品のような製品を製造する際の品質チェックや製造後の品質チェックに利用することが可能である。この場合、本実施形態の評価方法は、該製品の乳化安定性が良好であることを確認する手段を提供する。即ち、本実施形態の評価方法による評価を受けた経歴を有し、かつ市販されている飲食品のような製品は、乳化安定性の低下を長期間に亘って抑えることが可能な高い品質を有している。
【0040】
前記実施形態によって発揮される効果について、以下に記載する。
(1) 本実施形態の乳化安定性の評価方法では、乳化物を加熱処理する加熱工程と、該加熱工程後の乳化物を遠心して水相及び油相に分離する分離工程と、前記油相に含まれるタンパク質の濃度を測定する濃度測定工程とを備え、前記タンパク質の濃度に基づいて乳化物の乳化安定性が評価される。前記加熱処理は、乳化物の保管中に起こる乳化状態の破壊を促進させるため、該乳化物の乳化安定性を極めて迅速かつ適切に評価することを可能にする。さらに、加熱工程、分離工程及び濃度測定工程はいずれも、容易かつ迅速に実施することができるため、本実施形態の評価方法は、極めて低コストで実施することが可能である。これに対し、特許文献1の方法では、迅速な評価が可能である一方で、カフェイン及び酸類を過剰に添加してクリームダウンを起こさせるという方法が採用されているが、乳化安定性について評価されたものではない。
【0041】
(2) 本実施形態の評価方法では、飲食品の製造時に用いる原料に関する乳化安定性を予め評価することが可能である。このため、最終的な製品を作製する前に該製品の乳化安定性に関するかなり正確な評価を得ることができる。この場合、新規の製品開発や改良にかかる時間及び手間を容易に節約することが可能となる。さらに、飲食品においては、脂質、タンパク質及び乳化剤の種類、組成、濃度、配合比率などの組合せが乳化安定性を低下させる主要な要因となり得るため、これらの成分を多量に含有する乳のような飲食品の原料を本実施形態の方法で評価する場合には、飲食品そのものを評価する場合よりも迅速かつ簡便に評価結果が得られるという利点も有する。また、本実施形態の評価方法を製品製造時の品質チェックや製造後の品質チェックに利用する場合においても、飲食品の原料に関する乳化安定性を評価することにより、飲食品そのものの不安定要素を速やかに判明させることができるため、問題解決を速やかに行うことが可能となる。
【0042】
(3) 本実施形態の評価方法では、乳化物を加熱処理し、この加熱処理した乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性度を測定する疎水性度測定工程を備え、該表面疎水性度に基づいて乳化物の乳化安定性が評価される。従って、タンパク質の濃度に基づく評価に加えて、表面疎水性度に基づく評価を用いて乳化物の乳化安定性を評価できることから、極めて高い精度の評価が可能となる。
【0043】
(4) 疎水性度測定工程では、アリルナフタレンスルホン酸類又はパリナリン酸類からなる疎水性蛍光プローブを用いた蛍光プローブ法が実施される。これらの疎水性蛍光プローブは、高い取り扱い性を有することから、該工程を容易かつ迅速に実施することを可能にする。さらに、これらの疎水性蛍光プローブは、タンパク質の表面に疎水的に結合することから、タンパク質の表面疎水性度を極めて適切に評価することを可能にする。
【0044】
(5) 本実施形態の評価方法では、特に、乳に含まれる乳脂肪の凝集、合一、浮上及び分離から選ばれる少なくとも一種の乳化安定性の低下に関する評価が行われる。このため、飲食品の乳化安定性を顕著に低下させる要因である乳に関する問題を適切に解決することを可能にする。
【0045】
(6) 乳化剤として非ペプチド性界面活性剤が含有された飲食品のような乳化物を、本実施形態の評価方法で評価する場合、濃度測定工程で測定されるタンパク質の濃度に対する乳化剤の影響を容易に低減させることが可能となる。特に、タンパク質(ペプチド)に特異的に結合する色素などを用いて濃度測定工程が実施される場合、乳化剤の影響を確実に低減させることができる点で優れている。また、疎水性度測定工程においても同様に、乳化剤の影響を低減させることが可能である。
【0046】
(第2実施形態)
以下、本発明の乳化安定性の評価方法を具体化した第2実施形態について説明する。なお、この第2実施形態では、上記第1実施形態の記載を適宜参照しながら説明する。
【0047】
第2実施形態の乳化安定性の評価方法は、油溶性成分及び水が乳化されてなる乳化物の乳化安定性を評価する。なお、前記乳化物には、上記第1実施形態と同様に、タンパク質が含有されている必要があるが、乳化物の乳化安定性を高めるための乳化剤が含有されていてもよい。この評価方法は、乳化物を加熱処理する加熱工程と、該加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性度を測定する疎水性度測定工程とを備える。そして、この評価方法では、疎水性度測定工程で測定されたタンパク質の表面疎水性度に基づいて、乳化物の乳化安定性が評価される。なお、加熱工程及び疎水性度測定工程はいずれも、上記第1実施形態と同様に実施される。本実施形態の評価方法による評価を受けた経歴を有し、かつ市販されている飲食品のような製品は、上記第1実施形態の場合と同様に、乳化安定性の低下を長期間に亘って抑えることが可能な高い品質を有している。
【0048】
従って、第2実施形態の乳化安定性の評価方法では、加熱工程及び疎水性度測定工程を備え、該表面疎水性度測定工程で測定された表面疎水性度に基づいて乳化物の乳化安定性が評価される。加熱処理は、乳化物の保管中に起こる乳化状態の破壊を促進させるため、該乳化物の乳化安定性を極めて迅速かつ適切に評価することを可能にする。さらに、加熱工程及び疎水性度測定工程はいずれも、容易かつ迅速に実施することができるため、本実施形態の評価方法は、極めて低コストで実施することが可能である。さらに、この評価方法では、上記第1実施形態の(2)、(4)及び(5)に記載の効果も発揮する。ちなみに、本実施形態の評価方法において、上記第1実施形態の分離工程及び濃度測定工程を実施することも可能であり、この場合には、表面疎水性度に基づく評価に加えて、濃度測定工程で測定されたタンパク質の濃度に基づく評価を用いて乳化物の乳化安定性を評価できることから、極めて高い精度の評価が可能となる。
【0049】
(第3実施形態)
以下、本発明の乳化剤の評価方法を具体化した第3実施形態について説明する。なお、本実施形態は、上記第1実施形態の乳化安定性の評価方法を利用した方法であるため、以下の記載では、第1実施形態を適宜参照しながら説明する。
【0050】
本実施形態の乳化剤の評価方法は、油溶性成分及び水が乳化剤を介して乳化されてなる乳化物において、前記乳化剤の乳化性能(乳化力)を評価する。本実施形態における油溶性成分は上記第1実施形態と同様であり、本実施形態における乳化剤は上記第1実施形態における人工的な乳化剤に該当する。また、本実施形態における乳化物は、前記油溶性成分及び水が前記乳化剤を介して、上記第1実施形態の場合と同様に乳化されてなる液状又はペースト状をなしている。
【0051】
本実施形態の乳化剤の評価方法は、上記第1実施形態の乳化安定性の評価方法の場合と同様に、乳化物を加熱処理する加熱工程と、該加熱工程後の乳化物を遠心して水相及び油相に分離する分離工程と、該分離工程で分離された前記油相に含まれるタンパク質の濃度を測定する濃度測定工程とを備える。さらに、必要に応じて、前記加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性度を測定する疎水性度測定工程を備える。そして、この評価方法では、濃度測定工程で測定されたタンパク質の濃度に基づいて、乳化剤の乳化性能が評価される。また、疎水性度測定工程を実施した場合には、前記タンパク質の濃度と、前記タンパク質の表面疎水性度との双方に基づいて、乳化剤の乳化性能が評価される。
【0052】
本実施形態の評価方法は特に、ミルク入り飲料のような飲食品を新規に製品開発したり改良したりする際に利用される。即ち、このような飲食品(乳化物)の開発や改良に際して、乳化剤の種類、組成、濃度、配合比率などを適宜変化させた乳化物を複数調製し、それら乳化物のサンプル同士で乳化安定性を比較することにより、より高い乳化安定性を有する乳化物及び乳化剤の組合せなどを容易に選択することが可能となる。つまり、乳化物に対する乳化剤の乳化性能を比較検討しながら、製品開発や改良に繋げることが可能となる。ちなみに、乳化物としての飲食品に多く添加される乳化剤としては、ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルのような非ペプチド性界面活性剤が挙げられる。
【0053】
従って、本実施形態の乳化剤の評価方法では、乳化物に含まれる乳化剤の乳化性能を迅速かつ適切に評価することが可能であるため、乳化物に含まれる油溶性成分及び乳化剤の種類、組成、濃度及び配合比率、特に乳化剤の種類、組成、濃度及び配合比率の最適化を容易に図ることができる。このため、乳化安定性の高い乳化物を新規に製品開発したり改良したりする際に極めて有用である。また、本実施形態の評価方法による評価を受けた乳化剤を含む飲食品のような製品は、該製品(乳化物)に対する乳化安定性の低下を長期間に亘って抑えることが可能な高い品質を有している。
【0054】
(第4実施形態)
以下、本発明の乳化剤の評価方法を具体化した第4実施形態について説明する。なお、本実施形態では、上記第2及び第3実施形態を適宜参照しながら説明する。
【0055】
第4実施形態の乳化剤の評価方法は、油溶性成分及び水が乳化剤を介して乳化されてなる乳化物において、前記乳化剤の乳化性能を評価する。本実施形態における油溶性成分は上記第2実施形態と同様であり、本実施形態における乳化剤は上記第2実施形態における人工的な乳化剤に該当し、本実施形態における乳化物は、前記油溶性成分及び水が前記乳化剤を介して、上記第2実施形態の場合と同様に乳化されてなる液状又はペースト状をなしている。本実施形態の乳化剤の評価方法は、上記第2実施形態の乳化安定性の評価方法の場合と同様に、乳化物を加熱処理する加熱工程と、該加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性度を測定する疎水性度測定工程とを備える。そして、この評価方法では、疎水性度測定工程で測定されたタンパク質の表面疎水性度に基づいて、乳化剤の乳化性能が評価される。
【0056】
従って、本実施形態の乳化剤の評価方法では、乳化物に含まれる乳化剤の乳化性能を迅速かつ適切に評価することが可能であるため、乳化物に含まれる油溶性成分及び乳化剤の種類、組成、濃度及び配合比率、特に乳化剤の種類、組成、濃度及び配合比率の最適化を容易に図ることができる。このため、乳化安定性の高い乳化物を新規に製品開発したり改良したりする際に極めて有用である。ちなみに、本実施形態の評価方法において、上記第3実施形態の分離工程及び濃度測定工程を実施することも可能であり、この場合には、表面疎水性度に基づく評価に加えて、濃度測定工程で測定されたタンパク質の濃度に基づく評価を用いて乳化剤の乳化性能を評価できることから、極めて高い精度の評価が可能となる。また、本実施形態の評価方法による評価を受けた乳化剤を含む飲食品のような製品は、該製品(乳化物)に対する乳化安定性の低下を長期間に亘って抑えることが可能な高い品質を有している。
【実施例1】
【0057】
<全脂粉乳を含む水中油型乳化液の調製>
全脂粉乳を熱湯に溶解した後、ホモミキサーにて2分間の均質化処理を行った。また、下記表1に示す各乳化剤を熱湯に溶解した後、ホモミキサーにて2分間の均質化処理を行った。次に、全脂粉乳及び各乳化剤を表1に示す終濃度となるように配合し、ホモミキサーにて3分間の均質化処理を行った後、直ぐに冷水にて3分間冷却することにより、水中油型乳化液1、2をそれぞれ調製した。その後、各乳化液を121℃で30分間オートクレーブ加熱することによりレトルト処理した。レトルト処理後の各乳化液は、密封された試験管内で冷蔵保管されるとともに、以下に記載する種々の試験に用いられた。また、水中油型乳化液3として、全脂粉乳のみを含む液も調製し、同様に処理した。
【0058】
各乳化液について、レトルト処理の直前及び直後のpH、並びにレトルト処理後に4℃で1週間及び2週間保管したときのpHをそれぞれ測定した結果を下記表1に示す。また、レトルト処理後に4℃で2週間保管したときの各乳化液の乳化安定性の良否を目視にて判定した結果も下記表1に併記する。なお、乳化安定性の判定では、乳脂肪の凝集、合一、浮上及び分離のいずれも確認されなかった場合を「良」、少なくとも一種が確認された場合を「劣」として表1に記載した。
【0059】
【表1】

表1より、乳化安定性の良否と、各乳化液のpHとの間には特別な相関関係は見られなかった。また、乳化剤の種類、組成、濃度、配合比率などによって、各乳化液の乳化安定性が大きく変化していることが示された。従って、乳化剤の種類、組成、濃度、配合比率などを適宜変更することにより、乳化安定性の高い乳化液を調製可能であることが容易に把握され得る。
【0060】
<油相の分離>
一晩冷蔵保管後の各乳化液の一部を超遠心分離機にて遠心分離(40000rpm、40分間)した。遠心分離により浮上した油相(乳脂肪を含むクリーム)を回収し、純水で2度洗浄した後、油相をタンパク質濃度定量用とリン脂質濃度定量用との2つの試料に分けて凍結乾燥した。凍結乾燥後の各油相(試料)の重量を計測した。
【0061】
<油相に含まれるタンパク質濃度の測定>
凍結乾燥した各油相(試料)をSDS溶液(4%SDS含有50mMリン酸緩衝液(pH7.0))に懸濁し、室温で24時間静置した後に遠心分離(50000rpm、30分間×2回)することにより、油水界面からタンパク質をSDS溶液へと移行させた。SDS溶液を回収し、その中に含まれるタンパク質の濃度をそれぞれ測定した。タンパク質濃度の測定は、牛血清アルブミン(BSA)をスタンダードにしてロウリー法により行った。
【0062】
即ち、2%炭酸ナトリウム含有0.1N水酸化ナトリウム溶液と、0.5%硫酸銅・5水和物含有1%クエン酸ナトリウム溶液とを体積比で50:1の割合で混合した混合溶液に各SDS溶液を入れ、室温で10分間静置した。その後、2倍希釈のフェノール試薬を加え、室温で30分間静置し、750nmにおける吸光度を測定した。BSAの検量線を用いて、各吸光度をタンパク質の濃度に換算した後、各油相中に含まれるタンパク質の濃度を求めた。結果を上記表1に示す。表1より、乳化安定性の良否と、各油相中に含まれるタンパク質の濃度との間には概ね比例する関係があることが確認された。即ち、油相中に含まれるタンパク質の濃度に依存して、乳化安定性が向上する傾向があることが確認された。
【0063】
<油相に含まれるリン脂質濃度の測定>
クロロホルム及びメタノールを用いた公知の方法により、凍結乾燥した各油相(試料)から脂質を抽出した後、Bartlettの方法により、リン脂質濃度の測定を行った。即ち、各油相から抽出した脂質に硫酸を加えて160℃で3時間反応させた後、過酸化水素を加えて160℃で1.5時間反応させることにより、脂質の分解反応を行った。分解反応にて生じたリンと、試薬中のモリブデンとを錯体形成させることにより発色させ、該錯体の形成量を830nmにおける吸光度を測定することにより測定した。結果を上記表1に示す。その結果、乳化安定性の良否と、各油相中に含まれるリン脂質濃度との間には特別な相関関係は見られなかった。
【実施例2】
【0064】
<疎水性蛍光プローブを用いた蛍光プローブ法による表面疎水性度の測定>
上記実施例1と同様に、下記表2に示す配合の水中油型乳化液4〜6をそれぞれ調製した後、それら乳化液4〜6の一部を用いてそれぞれ上記実施例1と同様にして油相を分離した。各油相の一部を用いて、上記実施例1と同様に各油相に含まれるタンパク質の濃度の測定を行った(データは示さないが、上記表1と同様の結果が得られた)。次に、調整した各水中油型乳化液4〜6の残りを冷蔵庫にて1日保管した後、それぞれ水で2000倍、1000倍、500倍、250倍、166倍及び100倍に希釈した希釈系列を作製した。
【0065】
各希釈系列に対し、それぞれ等量の8−アニリノナフタレン−1−スルホン酸(ANS)を加えた後、励起波長;390nm、発光波長;470nmにて各希釈系列の蛍光強度を測定した。各希釈系列について、横軸にタンパク質の濃度、縦軸に蛍光強度をプロットしたグラフ(図示略)を作成し、各乳化液について最小二乗法にて該グラフの直線の傾きをそれぞれ求めた。各乳化液について、蛍光強度の測定をそれぞれ2回実施し、その平均値を求めた。結果を下記表2に示す。
【0066】
【表2】

表2及び上記表1より、乳化安定性の良否と、各乳化液中に含まれるタンパク質の表面疎水性度との間には概ね反比例する関係があることが確認された。即ち、乳化液中に含まれるタンパク質の表面疎水性度が低い程、乳化安定性が向上する傾向があることが確認された。
【実施例3】
【0067】
<ミルク入りコーヒー飲料への適用>
コーヒー焙煎豆50gを熱水抽出することにより、450mLのコーヒー抽出液を得た。このコーヒー抽出液に、砂糖53.5gを加えるとともに、上記実施例1で調製したレトルト処理後の乳化液1〜3をそれぞれ粉乳換算で終濃度1.4%となるように加えた後、pH調整剤を添加してpH6.7に調整し、さらに全容量を1Lにゲージアップすることにより、ミルク入りコーヒー飲料をそれぞれ作製した。次に、各ミルク入りコーヒー飲料を金属缶にホット充填した後、123℃で20分間のレトルト処理を行った。各ミルク入りコーヒー飲料を4℃で12週間保管した後、目視にて乳化安定性の良否を判定した。
【0068】
その結果、乳化液1又は3を加えたミルク入りコーヒー飲料ではクリームの浮上がほとんど見られなかったのに対し、乳化液2を加えたミルク入りコーヒー飲料ではクリームの浮上が多く確認され、低い乳化安定性を有していたことが確認された。以上より、油相中に含まれるタンパク質の濃度の測定結果、及び/又は、疎水性蛍光プローブを用いた蛍光プローブ法によるタンパク質の表面疎水性度の測定結果から、水中油型乳化液の乳化安定性を迅速かつ適切に判定できることが確認された。
【0069】
なお、上記各実施形態は、次のように変更して具体化することも可能である。
・ 上記各実施形態の乳化物は、飲食品以外にも、液状又はペースト状をなす化粧品又は医薬品であってもよい。
【0070】
さらに、前記実施形態より把握できる技術的思想について以下に記載する。
・ 前記乳化物は、脂質、タンパク質及び乳化剤が水に乳化されてなる水中油型乳化液である請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の乳化安定性の評価方法。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
油溶性成分及び水が乳化されてなる乳化物の乳化安定性を評価する方法であって、
前記乳化物にはタンパク質が含有され、
該方法は、前記乳化物を加熱処理する加熱工程と、該加熱工程後の乳化物を遠心して水相及び油相に分離する分離工程と、前記油相に含まれるタンパク質の濃度を測定する濃度測定工程とを備え、
該方法では、前記タンパク質の濃度に基づいて、前記乳化物の乳化安定性が評価されることを特徴とする乳化安定性の評価方法。
【請求項2】
当該評価方法はさらに、前記加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性の度合いを測定する疎水性度測定工程を備え、
該方法では、前記表面疎水性の度合いに基づいて、前記乳化物の乳化安定性が評価されることを特徴とする請求項1に記載の乳化安定性の評価方法。
【請求項3】
油溶性成分及び水が乳化されてなる乳化物の乳化安定性を評価する方法であって、
前記乳化物にはタンパク質が含有され、
該方法は、前記乳化物を加熱処理する加熱工程と、該加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性の度合いを測定する疎水性度測定工程とを備え、
該方法では、前記表面疎水性の度合いに基づいて、前記乳化物の乳化安定性が評価されることを特徴とする乳化安定性の評価方法。
【請求項4】
前記疎水性度測定工程では、前記表面疎水性の度合いを蛍光プローブ法にて測定する処理が実施され、該蛍光プローブ法では、アリルナフタレンスルホン酸類又はパリナリン酸類からなる疎水性蛍光プローブが用いられることを特徴とする請求項2又は請求項3に記載の乳化安定性の評価方法。
【請求項5】
前記乳化物は、前記油溶性成分及び前記水が乳化剤を介して乳化されてなるものであることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の乳化安定性の評価方法。
【請求項6】
前記乳化物は飲食品であることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の乳化安定性の評価方法。
【請求項7】
前記飲食品には脂質が含有され、
当該評価方法では、前記脂質の凝集、合一、浮上及び分離から選ばれる少なくとも一種の乳化安定性の低下に関する評価が行われることを特徴とする請求項6に記載の乳化安定性の評価方法。
【請求項8】
油溶性成分及び水が乳化剤を介して乳化されてなる乳化物において、前記乳化剤の乳化性能を評価する方法であって、
前記乳化物にはタンパク質が含有され、
該方法は、前記乳化物を加熱処理する加熱工程と、該加熱工程後の乳化物を遠心して水相及び油相に分離する分離工程と、前記油相に含まれるタンパク質の濃度を測定する濃度測定工程とを備え、
該方法では、前記タンパク質の濃度に基づいて、前記乳化物に含まれる前記乳化剤の乳化性能が評価されることを特徴とする乳化剤の評価方法。
【請求項9】
当該評価方法はさらに、前記加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性の度合いを測定する疎水性度測定工程を備え、
該方法では、前記表面疎水性の度合いに基づいて、前記乳化物に含まれる前記乳化剤の乳化性能が評価されることを特徴とする請求項8に記載の乳化剤の評価方法。
【請求項10】
油溶性成分及び水が乳化剤を介して乳化されてなる乳化物において、前記乳化剤の乳化性能を評価する方法であって、
前記乳化物にはタンパク質が含有され、
該方法は、前記乳化物を加熱処理する加熱工程と、該加熱工程後の乳化物に含まれるタンパク質の表面疎水性の度合いを測定する疎水性度測定工程とを備え、
該方法では、前記表面疎水性の度合いに基づいて、前記乳化物に含まれる前記乳化剤の乳化性能が評価されることを特徴とする乳化剤の評価方法。
【請求項11】
前記乳化剤は非ペプチド性界面活性剤であることを特徴とする請求項8から請求項10のいずれか一項に記載の乳化剤の評価方法。
【請求項12】
請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の乳化安定性の評価方法により評価された前記乳化物、又は請求項8から請求項11のいずれか一項に記載の乳化剤の評価方法により評価された前記乳化剤を含む飲食品。

【公開番号】特開2007−24645(P2007−24645A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−206029(P2005−206029)
【出願日】平成17年7月14日(2005.7.14)
【出願人】(591134199)株式会社ポッカコーポレーション (31)
【Fターム(参考)】