乳房炎予防剤
【課題】哺乳動物(特に牛)の乳房炎の予防のためのディッピング剤又はその調製のためのキットの提供。
【解決手段】ナイシンを5,000IU/ml以上(好ましくは10,000IU以上、より好ましくは20,000IU以上)及び食品として許容可能な界面活性剤の一種以上を計0.10〜15.0%を含む。さらに、殺菌上有効な範囲にpHが調整されているか又は食品として許容可能な有機酸(好ましくはクエン酸)を含んでいてもよい。ナイシンとクエン酸とを併用することによりナイシンの殺菌効果が高められる。
【解決手段】ナイシンを5,000IU/ml以上(好ましくは10,000IU以上、より好ましくは20,000IU以上)及び食品として許容可能な界面活性剤の一種以上を計0.10〜15.0%を含む。さらに、殺菌上有効な範囲にpHが調整されているか又は食品として許容可能な有機酸(好ましくはクエン酸)を含んでいてもよい。ナイシンとクエン酸とを併用することによりナイシンの殺菌効果が高められる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウシの乳房炎の予防用剤に関するものである。本発明の予防剤は、ナイシンを有効成分とする。
【背景技術】
【0002】
ウシの乳房炎は酪農経営の収益性を左右する重大な疾病である。乳房炎のための処置は、健常な状態にあるウシに対して、原因菌を除去したり、また感染や流行のリスクを低減するために行う予防的処置と、発症したウシに対して行う治療的処置とに大別され、異なる手段による対処が検討されている。
【0003】
予防に関しては、ヨウ素化合物や塩化ベンザルコニウム等の殺菌成分を有効成分とする剤で、搾乳前又は後に乳頭を浸漬殺菌(ディッピング)する方法がよく知られている。例えば、特許文献1には、予防ヨウ素(A)、ヨウ化物(B)、有機酸(C)、ヨウ素担体(D)及び水からなる乳房炎予防用ヨードホール組成物において、組成物の10倍希釈時の粘度(V1)が20〜3000mm2/sであり、かつ組成物自体の粘度(V2)と希釈時の粘度(V1)の比(V2)/(V1)が、0.05〜20であることを特徴とする乳房炎予防用ヨードホール組成物が記載されている。また、特許文献2には、(a)フィルム形成に有効な量を有し、92%を越える加水分解度を持つポリビニルアルコールと、(b)有効な量の重合体厚み材成分と、(c)有効な量の抗菌性ヨウ素−非イオン性複合体成分の抗菌剤とからなる水性保護抗菌性フィルム形成組成物が記載されている。
【0004】
しかしながら、殺菌成分を有効成分とする予防剤は、皮膚に対しても刺激が強く、乳頭や乳房に対して皮膚障害を起こす可能性がある。この点を特に解決しようとしたものとして、例えば、特許文献3には、乳頭への刺激がなく長時間病原菌の感染を防止する家畜の乳房炎予防剤として、塩化ベンザルコニウム及びキトサン及び/又はキトサン誘導体を含有することを特徴とする乳房炎予防剤が記載されている。また、特許文献4には、水性溶液中に有効ヨウ素0.1〜0.5%、保湿剤としてグリセリン2〜5%又はプロピレングリコール2〜5%を含有することを特徴とする乳牛の乳頭殺菌消毒剤が記載されている。さらに特許文献5には、乳房炎の予防と傷の治癒とを目的とした、ヘパリン、ヘパランサルフェート及びデキストランサルフェートから選択される多糖類と組み合わせたキトサンを溶媒中の活性成分として含む組成物が記載されている。
【0005】
さらに上記以外を有効成分としたものとして、例えば、特許文献6には、カプリル酸モノグリセリド及び/又はカプリン酸モノグリセリドを有効成分として含有することを特徴とするディッピング液組成物が記載されている。また、特許文献7には、有効成分として、クエン酸、リンゴ酸、フマル酸、酒石酸、乳酸、グルコン酸、コハク酸、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸などのカルボン酸及びカルボン酸のナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、銅塩、亜鉛塩、アンモニウム塩、鉄塩、コバルト塩、セリウム塩などのカルボン酸塩からなる群から選択される一種以上を含有することを特徴とする家畜の乳房炎予防剤が記載されている。
【0006】
一方、ナイシンは、乳酸菌が産生するバクテリオシンであり、不飽和アミノ酸、ランチオニン等の異常アミノ酸を含む、34個アミノ酸残基からなる抗菌性ペプチドである。ナイシンは食品に配合されるほか、医療・衛生分野において、効果的な形態での利用が検討されてきた。
【0007】
このナイシンを乳房炎の処置に用いることに関しては、幾つかの報告がある。例えば、特許文献8には、ランチオニン含有抗菌ペプチド又は医薬として許容されるその酸付加塩を含む、哺乳類における乳房炎の治療又は防止のための医薬組成物が記載されている。また、乳房炎の原因となる5種類の菌に対するインビトロでのナイシンの抗菌効果に関する報告(非特許文献1)、及びナイシンの1−プロパノール16.1%製剤の殺菌活性を実際のウシの乳頭皮膚上で測定したことに関する報告(非特許文献2)がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO99/56757号公報
【特許文献2】特表平9−50008号公報
【特許文献3】特開平6−56675号公報
【特許文献4】特開平11−155404号公報
【特許文献5】特表2000−515897号公報
【特許文献6】特開平8−175989号公報
【特許文献7】特開2005−41798号公報
【特許文献8】特開平9−512711号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J. Dairy Sci. 72, 3342-3345(1989)
【非特許文献2】J. Dairy Sci. 75, 3185-3190(1992)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ヨウ素等の殺菌成分により搾乳前に浸漬殺菌する方法では、搾乳時に殺菌成分が乳に混入する可能性がある。このような観点からは、食品添加物としても許容可能なナイシンを有効成分とする乳房炎予防剤は、非常に好ましいものである。一方で、これまでのナイシンを用いる乳房炎の予防に関する報告では、実用上必要とされる即効性について検討されていなかったり、またナイシン以外にも殺菌効果のある成分を含んでいた。
【0011】
本発明者らは、ナイシンを有効成分とする乳房炎予防剤について、鋭意検討を重ねてきた。そして、汚れの除去、塗布表面の濡れ性の向上を期待し、界面活性剤を配合する処方を検討する一方、殺菌活性を高め、即効性とするために細胞透過性亢進剤や殺菌上有効なpHについても鋭意検討した結果、本発明を完成した。
【0012】
本発明は、以下を提供する:
1) ナイシンを5,000 IU/ml以上(好ましくは10,000 IU以上、より好ましくは20,000 IU以上)及び食品として許容可能な界面活性剤の一種以上を計0.10〜15.0%(好ましくは0.25〜10%、より好ましくは0.50〜5.0%)含む、乳房炎予防用のディッピング剤又はその調整のためのキット。
2) さらに食品として許容可能な有機酸を含む、1)に記載の剤又はキット。
3) 食品として許容可能な有機酸がクエン酸である、2)に記載の剤又はキット。
4) クエン酸が、100 mM以上(好ましくは500 mM以上、より好ましくは1000 mM以上)である、3)に記載の剤又はキット。
5) 食品として許容可能な酸又は塩基によりpHが、殺菌上有効な範囲(4.0〜10.0、好ましくは4.5〜8.0、より好ましくは4.5〜7.0)に調整されている、1)に記載の剤又はキット。
6) プレディッピング剤として使用されるためのものである、1)〜5)のいずれか一に記載の剤。
7) 1)〜6)のいずれか一に記載の剤に、対象(ヒトを除く)の乳頭を、殺菌上有効な時間(好ましくは60秒間以下、より好ましくは30秒間以下、より好ましくは5秒間以下)浸漬する工程を含む、対象における乳房炎の予防方法。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、各濃度で界面活性剤を含む溶液の表面張力について示したグラフである。
【図2】図2は、市販のヨード剤と本発明の剤(基本処方)との性能を比較した結果(MBC法による)である。
【図3A】図3Aは、ナイシンのStreptococcus mutansに対する殺菌効果への、pHの影響を示したグラフである。
【図3B】図3Bは、ナイシンのStaphylococcus aureusに対する殺菌効果への、pHの影響を示したグラフである。
【図3C】図3Cは、ナイシンのEscherichia coliに対する殺菌効果への、pHの影響を示したグラフである。
【図3D】図3Dは、ナイシンのStaphylococcus aureusに対する殺菌効果への、ナイシン濃度の影響を示したグラフである。
【図3E】図3Eは、ナイシンのEscherichiacoliに対する殺菌効果への、ナイシン濃度の影響を示したグラフである。
【図3F】図3Fは、ナイシンのStaphylococcus aureusに対する殺菌効果への、接触時間の影響を示したグラフである。
【図3G】図3Gは、ナイシンのEscherichiacoliに対する殺菌効果への、接触時間の影響を示したグラフである
【図4A】図4Aは、ナイシンを単独で使用した場合(左)、クエン酸を単独で使用した場合(中)、並びにナイシン及びクエン酸を併用した場合(右)の、蒸留水中でのStaphylococcus aureusに対する殺菌効果を示したグラフである。
【図4B】図4Bは、ナイシンを単独で使用した場合(左)、クエン酸を単独で使用した場合(中)、並びにナイシン及びクエン酸を併用した場合(右)の、牛乳中でのStaphylococcus aureusに対する殺菌効果を示したグラフである。
【図4C】図4Cは、ナイシンを単独で使用した場合(左)、クエン酸を単独で使用した場合(中)、並びにナイシン及びクエン酸を併用した場合(右)の、蒸留水中でのEscherichia coliに対する殺菌効果を示したグラフである。
【図4D】図4Dは、ナイシンを単独で使用した場合(左)、クエン酸を単独で使用した場合(中)、並びにナイシン及びクエン酸を併用した場合(右)の、牛乳中でのEscherichia coliに対する殺菌効果を示したグラフである。
【図4E】図4Eは、図4A〜Dのうち、乳房炎原因細菌との接触時間1分後における殺菌効果をまとめたグラフである。
【図5A】図5Aは、牛乳頭皮膚に塗布したStaphylococcus aureusに対する各剤の殺菌効果を示したグラフである。
【図5B】図5Bは、牛乳頭皮膚に塗布したEscherichiacoliに対する各剤の殺菌効果を示したグラフである。
【図5C】図5Cは、牛乳頭皮膚に塗布したStaphylococcus intermediusに対する各剤の殺菌効果を示したグラフである。
【図5D】図5Dは、牛乳頭皮膚に塗布したStaphylococcus epidermidisに対する各剤の殺菌効果を示したグラフである。
【図5E】図5Eは、牛乳頭皮膚に塗布したStreptococcus agalactiaeに対する各剤の殺菌効果を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明により提供される剤(本発明の剤)は、ナイシンを含む。
【0015】
本発明で「ナイシン」というときは、特に示した場合を除き、ナイシンA、ナイシンZ、ナイシンQを含む。本発明の組成物には、好ましくはナイシンA又はZ、より好ましくはナイシンAを用いる。
【0016】
ナイシンAは乳酸菌Lactococcus lactisにより産生され、欧米など50カ国以上ですでに食品添加物として認可使用されている。ナイシンZは、ナイシンAに類似のバクテリオシンで、ナイシンAを構成する34個のアミノ酸残基のうち、N 末端から27番目が、ナイシンAがヒスチジン残基であるのに対し、ナイシンZがアスパラギン残基である点でのみ異なる。なお、本明細書ではナイシンのうち、特にナイシンAを例に説明することがあるが、特に示した場合を除き、その説明は他のナイシンにも当てはまる。
【0017】
本発明の剤に添加する種々の添加剤に関して「食品として許容可能」というときは、特に示した場合を除き、その添加剤を経口的に摂取した場合の安全性が明らかになっており、一定量を経口的に摂取することには問題がないと考えられる場合を指す。食品として許容可能な添加剤には、経口医薬において許容可能な添加剤、口唇又は口腔内への使用が認められている基剤、食品衛生法施行規則別表第1に収載の添加物(指定添加物)、既存添加物名簿に収載の添加物(既存添加物)、一般に食品として飲食に供されている物であって添加物として使用される物(一般食品添加物)が含まれる。
【0018】
本発明の剤は、ナイシンを5,000 IU/ml以上、好ましくは10,000 IU以上、より好ましくは20,000 IU以上含む。
【0019】
ナイシンの量又は活性は、標準品を基準として、HPLCの面積比により、活性値(IU)又は重量で表すことができる。例えば、食品中の食品添加物分析法(厚生労働省)に記載されているように、日本公定書協会から頒布されるナイシン標準品を用い、HPLCのピーク面積の比較か、最小阻止円濃度検定法によって測定することができる。ナイシンの力価1単位は、ナシインAを含む抗菌性ポリペプチド0.025μgに対応する。本明細書の実施例では、オーム乳業株式会社製のナイシンAを用いているが、このナイシン精製品(水溶液)の活性は50〜100 kIU/mLである。
【0020】
本発明の剤は、食品として許容可能な界面活性剤を一種以上含む。
【0021】
本発明に用いることのできる界面活性剤は、ナイシンの殺菌効力を低下させないものがよい。また、医療又は食品衛生上許容されるものが好ましく、この例として、食品添加物として許可されている界面活性剤を挙げることができる。食品添加物として許容される界面活性剤の例は、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリンエステル(ジグリセリンモノカプレート、ジグリセリンモノラウレート、ジグリセリンモノステアレート、ジグリセリンモノオレート、トリグリセリンモノラウレート、デカグリセリンモノラウレート、デカグリセリンモノステアレート、ヘキサグリセリン縮合リシノレート)、有機酸モノグリセライド(酢酸モノグリセライド、クエン酸モノグリセライド、クエン酸モノグリセライド、ジアセチル酒石酸モノグリセライド、コハク酸モノグリセライド)、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、レシチン(レシチン、酵素分解レシチン)、ショ糖ステアリン酸エステル、ショ糖パルミチン酸エステル、ショ糖ミリスチン酸エステル、ショ糖オレイン酸エステル、ショ糖ラウリン酸エステル、ショ糖ベヘニン酸エステル、ショ糖エルカ酸エステルショ糖混合脂肪酸(オレイン酸、パルミチン酸、ステアリン酸)エステルである。
【0022】
表面張力低下作用が高いという観点からは、ポリグリセリンエステルが好ましく、特に好ましい例として、トリグリセリンモノラウレート、デカグリセリンカプリレートを挙げることができる。またこれらの成分を可溶化する作用が高いという観点からは、デカグリセリンモノラウレートが好ましい。
【0023】
本発明の剤においては、界面活性剤は、合計で、剤全重量に対し、0.10〜15.0%、好ましくは0.25〜10%、より好ましくは0.50〜5.0%含むことができる。なお、本明細書で剤中に含まれる成分に関し、含量を%で表す値は、特に示した場合を除き、重量を基準にした値である。
【0024】
界面活性剤は、剤の表面張力を下げ、濡れ性を改善し、また乳房の汚れを落とす作用がある。また、他の成分を可溶化する作用がある。界面活性剤は、その作用から、分散剤、乳化剤、懸濁化剤、可溶化剤と称されることもある。
【0025】
本発明の剤は、水性の基剤をベースとして含む。本発明に用いることのできる基剤は、水である。
【0026】
本発明の剤は、pHが殺菌上有効な範囲に調整されているか、又は食品として許容可能な有機酸を含むことが好ましい。
【0027】
本発明で殺菌上有効なpHというときは、特別な場合を除き、ナイシンがその殺菌効果を、乳房炎予防上望ましいレベル以上に発揮することができるpHをいう。このpHは、ナイシンの殺菌効果が最大に発揮されるようなpHであることもあり、またナイシンの殺菌効果が乳房炎予防上望ましいレベル以上に発揮され、かつ乳房炎予防剤として用いるのに実用的であるpHであることもある。
【0028】
殺菌上有効なpHに調製されている本発明の剤においては、グラム陽性菌に対する殺菌効果という観点からは、pHは、例えば、4.0〜10.0、好ましくは4.5〜8.0、より好ましくは5.0〜7.5とすることができ、グラム陰性菌に対する殺菌効果という観点からは、pHは4.0〜8.0、好ましくは4.5〜7.0、より好ましくは5.0〜6.5とすることができる。より具体的には、Staphylococcus属の細菌に対しては、4.5〜10.5、好ましくは5.0〜9.0、より好ましくは7.0〜8.0;Streptococcus属の細菌に対しては、4.0〜7.0、好ましくは4.5〜6.5、より好ましくは4.5〜6.0;Escherichia coliに対しては、4.5〜7.0、好ましくは5.0〜6.6、より好ましくは6.0〜6.5とすることができる。
【0029】
本発明の剤は、特定のpH範囲で、複数の細菌に対する優れた殺菌活性を示す。グラム陽性菌及びグラム陰性菌の両方を殺菌することができるとの観点からは、本発明の剤のpH範囲は、例えば4.0〜7.0、好ましくは5.0〜6.5である。
【0030】
本発明者らの検討によると、ナイシンの殺菌効果を充分に発揮させるという観点からは、比較的高いpHに調整することが効果的であると推論される。一方で、ナイシンが比較的低い安定性はpHで安定である点は、無視できない要素である。ディッピングという用途においては、本発明の剤は、調製した剤を直ぐに使い切る場合にはナイシンの殺菌効果が充分に発揮される上述のpH範囲調整されることが好ましいが、予防処置当日朝に調製した剤を調製直後のみならず夕方にも使用する場合には、本発明の剤のpHは、ナイシンの殺菌効果が高く、かつナイシンが比較的安定である5.0付近に調整されていることが好ましい。
【0031】
他方、本発明の剤のpHは、皮膚刺激性が少ないという観点からは、好ましくは弱酸性、すなわち3.0〜6.0である。また、共存する界面活性剤の安定性も考慮する必要がある。
【0032】
本発明の剤は、各成分濃度及びpHが、殺菌に適した範囲に予め調製された剤であってもよいが、そのような濃度やpHが、運搬保管等の取り扱い上、及び/又は成分の保存安定性上、適切でないと考えられる場合は、本発明に基づいて、使用に適した濃度及びpHの剤を使用時に調製するようなキットを構成することができる。このようなキットもまた、本発明の範囲に含まれる。キットは、例えば、各成分を単独又は組み合わせて含む一又は複数のプレミックス、基剤、及び指針を含んでもよい。
【0033】
以上のことから、本発明の剤又はキットは、pHが、4.0〜10.0、好ましくは4.5〜8.0、より好ましくは4.5〜7.0に調整されているか、又は調整されるためのものである。よりナイシンの安定性を考慮すべき場合には、本発明の剤のpH又はキットは、pHが、4.0〜10.0、好ましくは4.0〜6.0、より好ましくは4.5〜5.8、さらに好ましくは4.8〜5.6(例えば約5.0)に調整されているか、又は調整されるためのものである。
【0034】
本発明者らの検討により、pH調整によりナイシンの殺菌効果を向上しうることが見出されたが、殺菌効果を最大限に発揮できるpH範囲ではナイシンの長時間の安定性を確保することが困難であるため、本発明者らはさらに別の方法によるナイシン殺菌効果の向上を実現した。すなわち、本発明の剤は、pHが殺菌上有効な範囲に調整されている代わりに、食品として許容可能な有機酸を含んでもよい。
【0035】
本発明の剤が、食品として許容可能な有機酸を含む場合、その例は、クエン酸、乳酸、アジピン酸、グルコン酸、グルコノラクトン、コハク酸、フマル酸、DL-リンゴ酸、DL-酒石酸、L-酒石酸、ソルビン酸、酢酸、氷酢酸、プロピオン酸、酪酸(ブチル酸)、カプロン酸、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ペンタデシル酸、パルミチン酸、ステアリン酸、パルミトイル酸、吉草酸(バレリアン酸)、オレイン酸、リノール酸、(9,12,15)-リノレン酸、(6,9,12)-リノレン酸、マルガリン酸、ベヘン酸、アラキドン酸である。食品として許容可能な有機酸の好ましい例は、クエン酸である。なお、本明細書では有機酸のうち、クエン酸を例に説明することがあるが、特に示した場合を除き、その説明は他の有機酸にも当てはまる。なお、本発明の剤が、食品として許容可能な有機酸を含む場合、特別な調整をしない限り、そのpHは通常2程度の酸性域にある。
【0036】
本発明の剤における有機酸の含量は、100 mM以上、好ましくは500 mM以上、より好ましくは1000 mM以上である、。主として黄色ブドウ球菌の殺菌を目的とし、比較的汚れの混入の少ない状態で使用する場合には、本発明の剤における有機酸の含量は、上述したよりも少ない量とすることができる。例えば、1〜1000 mM、好ましくは10〜500 mM、より好ましくは、50〜250 mMとすることができる。有機酸として、食品として許容可能な塩を用いて本発明の剤を構成することができる。
【0037】
食品として許容可能な有機酸は、細胞膜の透過性を亢進する作用があり、単独でも乳房炎原因最近に対する殺菌効果を有するものがあるが、ナイシンと併用することにより、相乗的な殺菌効果を発揮しうる。
【0038】
また、ナイシンと食品として許容可能な有機酸との併用は、殺菌において即効性を発揮しうる。即効性とは、殺菌対象と剤の接触時間が短くても殺菌できる性質を指す。本明細書において、「即効性」があるというときは、特別な場合を除き、殺菌対象と剤の接触時間が、60秒間以下、好ましくは30秒間以下、より好ましくは5秒間以下であっても、所望の程度にまで細菌数を減少させることができることをいう。
【0039】
本発明の剤は、乳頭消毒用のディッピング剤として使用される。本発明でディッピング剤というときは、特に示した場合を除き、乳頭を浸漬するのに適した、又は乳頭に塗布するのに適した剤形であるものをいう。ディッピング剤は、通常、濡れ性の良い液剤であるが、塗布が容易であるように、粘度のある液剤としてもよく、また噴霧剤、泡剤の形態としてもよい。
【0040】
本発明の剤には、医薬又は動物医薬として許容可能な、又は食品として許容可能な、他の添加剤を添加することができる。例えば、酸化防止剤、着色料、保存料等である。ナイシン安定化のためには、メチオニン及び/又はチオクト酸を含むことが好ましい。本発明の剤はまた、グリセリン、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールのうち一種以上を含んでもよい。
【0041】
本発明の剤は、乳房炎の予防のために用いることができる。本発明で「乳房炎」というときは、特に示した場合を除き、哺乳動物(特に、牛)における細菌感染が原因の乳腺組織の炎症をいう。乳房炎は、乳房や乳汁の外見に異常が認められないが、乳腺に炎症が発生している潜在性乳房炎と、外見上の異常が肉眼的に確認できる臨床型乳房炎とに大別される。臨床型乳房炎は乳牛の全疾患の20%以上を占め、潜在性乳房炎はさらに多くの乳牛が罹患しているといわれている。
【0042】
乳房炎の原因となる細菌の例としては、以下のものがある:
(1) Staphylococcus属細菌(ブドウ球菌):Staphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)、CNS(Coagulase Negative Staphylococus、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌);
(2) Streptococcus属細菌(レンサ球菌):Streptococcus agalactiae(無乳性レンサ球菌)、Streptococcus dysgalactie(減乳性レンサ球菌)、Streptococcus uberis、Streptococcus bovis;
(3) Escherichiacoli(大腸菌);
(4) Klebsiella(クレブシエラ)属細菌;
(5) Pseudomonas(シュードモナス)属細菌:Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌);
(6) Micrococcus(ミクロコッカス)属細菌;
(7) Corynebacterium(コリネバクテリウム)属細菌:Corynebacterium bovis、Corynebacterium pyogenes
なお、ブドウ球菌、Streptococcus属細菌(レンサ球菌、streptococci)、Micrococcus(ミクロコッカス)属細菌、Corynebacterium(コリネバクテリウム)属細菌はグラム陽性であり、Escherichia coli(大腸菌)、Klebsiella(クレブシエラ)属細菌、Pseudomonas(シュードモナス)属細菌はグラム陰性である。
【0043】
黄色ブドウ球菌は、乳房炎の原因菌のなかでも特に難治性の乳房炎を引き起こしやすく、最も重視すべき原因細菌の一つである。また、CNSは黄色ブドウ球菌ほど強い伝染性はないが、牛体表などの常在菌のため日和見感染等により乳房炎を発症させることが多く、重視すべき菌である。CNSには、Staphylococcus intermedius、Staphylococcus hyicus、Staphylococcus xylosus、Staphylococcus epidermidis(表皮ブドウ球菌)等が含まれる。
【0044】
乳腺に炎症が起こると、乳汁の水素イオン濃度(pH)や塩素量などが変化するほか、牛乳中のライソゾーム酵素であるN-acetyl β-D-glucosaminidase (NAGase)が上昇し、乳中の体細胞数が増加する。そのため、NAGase濃度や、乳中体細胞数が乳腺炎であるか否かの判定基準とされることもある。通常、健康な牛であれば体細胞数は10万/ml以下であるが、20万/ml以上になれば何らかの炎症があると考えられている。
【0045】
本明細書で乳房炎に関し、「予防(する)」というときは、特に示した場合を除き、乳頭において、少なくとも一種の原因細菌の、増殖の程度を抑えること、増殖させないようにすること、問題ないレベルにまで殺菌すること、及び新たに感染するのを防ぐことを含む。
【0046】
本発明の剤による殺菌レベルは、90%以上とすることができ、好ましくは99%以上である。乳房炎予防上望ましい殺菌レベルは、殺菌率が99.9%以上であること、すなわち細菌数を3桁減少させることである。
【0047】
原因細菌の検出、又は細菌数は、当業者であれば、定法により確認することができる。例えば、滅菌PBS等で乳頭をすすぎ、得られた液を減菌生理的食塩水により段階的に希釈し、これを寒天培地に平板塗抹法により塗布して37℃で48時間培養後、寒天培地上に形成されたコロニー数をカウントして、乳頭に存在する細菌数(CFU/ml)を算出する。
【0048】
本発明の剤の適用時期及び適用回数は、当業者であれば、適宜設定することができる。1日に1回〜数回(例えば3回)適用することができ、また連続又は非連続した数日間に反復適用してもよい。
【0049】
本発明の剤の調製は、当業者であれば適宜成しうるが、例えば、界面活性剤液、ナイシン液それぞれを、加熱処理して滅菌後、無菌的に混合し、必要に応じ、NaOH等でpHを調整するか、又は有機酸を加えることにより、調製できる。
【0050】
本発明の剤は、Staphylococcus属細菌、Streptococcus属細菌、及びEscherichia coliに対して、殺菌効果を発揮しうる。
【0051】
本発明の剤は、食品として許容可能な成分から構成されているので、牛の乳房炎予防のために、搾乳前の乳頭消毒用のプレディッピング剤として適用し、乳頭に残留した成分が牛乳中に混入したとしても、人の健康には影響を与えないと考えられる。大腸菌等の、予防の対象となる牛の周囲環境中に常に存在するような原因細菌は、搾乳と搾乳との間に乳頭を汚染させることが多く、搾乳直前に乳頭を消毒するプレディッピングが効果を発揮しうる。一方、黄色ブドウ球菌等の伝染性の原因細菌は、ポストディッピングが効果を発揮しうる。本発明の剤は、プレディッピング剤としても、ポストディッピング剤としても用いることができ、また搾乳の前後双方に用いることができる。
【実施例1】
【0052】
[界面活性剤の選択]
食品添加物として認可を受けている下表に挙げた界面活性剤について、定法に準じ、Lactobacillus plantarumATCC 14917Tを用いたBioassay法にて相互安定性確認試験を行った。
【0053】
【表1】
【0054】
その結果、すべての活性剤について、ブランク(ナイシン溶液)と同等以上のMIC値を示したことから、長期保存安定性を考慮しなければ、これらの界面活性剤とナイシンとの配合には問題がないと考えられた。
【0055】
これらのうちいくつかについて、室温での表面張力を確認した(図1)。
【実施例2】
【0056】
[基本処方の作製]
オーム乳業製のナイシンAを使用し、濃度は4,000IU/mlとした。表面張力低下能の高いデカグリセリンモノカプリレート(CE-19D)及びトリグリセリンモノラウレート(TRL-100)を使用することとし、濃度をそれぞれ1%とした。液状態はCE-19D及びTRL-100を加えたものは半透明であり、長期保存を行うと温度に関係なく沈澱を発生するが、混合すると再び半透明となる。CE-19Dは0.1%〜6%程度まで白濁沈澱するため、可溶化剤としてデカグリセリン脂肪酸エステルJ-0021を加えることとした。保湿剤としてグリセリンを加えた。
【0057】
調製は、下記の手順に従った。
1) 下記の分量を計量する
【0058】
【表2】
【0059】
2) 上記の配合に、滅菌イオン交換水適量を加え、加熱しながら攪拌する。
3) 透明液となったら加熱を終了し、攪拌しながら室温まで冷却する
4) 液量が900 ml となるように滅菌イオン交換水を追加する。
5) 40,000IU/mlのナイシン溶液を調製する。
6) 界面活性剤液、ナイシン液それぞれを、85℃で15分間、処理して雑菌を減じる。
7) 界面活性剤液とナイシン液とを、9:1で混合する。
8) NaOHでpHを5.0に調整する。
【0060】
ヨードを有効成分とする市販の乳頭消毒剤(商品名:クオーターメイト製造者:ウエストアグロ)と基本処方の剤を用いて、Staphylococcus aureus IFO 13276に対する殺菌力試験を行った。各濃度に調製した剤に菌液を加え、室温で30秒経過時の菌数を測定したところ、汚れが存在しない場合はヨード剤には及ばないが、汚れとしてスキムミルクを1%添加すると、基本処方はヨード剤と同等以上の効果があることがわかった(図2)。
【実施例3】
【0061】
[1. pHの検討]
1-1. Streptococcus属細菌に対する殺菌活性へのpHの影響
精製ナイシンA(オーム乳業株式会社製)を滅菌精製水で溶解してナイシンA水溶液(活性4,000IU/mL)を調製し、該水溶液のpHを塩酸(0.1N)でpH3.5に調整した。
【0062】
上記水溶液を滅菌精製水で希釈し(100、50、10、2IU/mL)、塩酸(0.1N)又は水酸化ナトリウム(0.1N)で各希釈液のpHを調整した(pH3.5、4.0、4.5、5.0、5.5、6.0、6.5、7.0)。
【0063】
菌数を調整した(107CFU/mL)Streptococcus mutans Xcの培養液(100μL)を、試験液(10mL)に添加し、室温で30秒経過後の菌数を測定した。
【0064】
Streptococcus mutans Xcに対するナイシンの活性のpH依存性は、ナイシンAを50IU/mL含む試験液で最も顕著であった。また、殺菌活性はpH5.0で最大を示した。さらに、ナイシン活性が50 IU/mL以上であれば、pH4.5〜7.0の範囲において十分な殺菌活性を発揮することが示された(図3A)。
【0065】
1-2. Staphylococcus属細菌に対する殺菌活性へのpHの影響
pHが2.8〜10.5に調整されたナイシン水溶液(ナイシン活性0、500、4,000IU/mL)を調製し、上記1-1の方法に準じて、室温で30秒又は60分経過後のStaphylococcus aureus IFO13276に対する殺菌力を試験した。
【0066】
その結果、Staphylococcus aureus IFO 13276に対しては、60分の接触時間において十分な殺菌活性を示し、特にナイシン活性500 IU/mLの試験液ではpH5.5以上、ナイシン活性4,000 IU/mLの試験液ではpH5.0以上で、高い殺菌活性を示した。このpHより低いpHでは、殺菌活性は著しく低下した。
【0067】
一方、接触時間30秒においては、ナイシン活性4,000 IU/mLの試験液は、pH7.5付近で最大の殺菌活性を示し、pH6.0〜10.5で抗菌活性が認められた。このpH範囲を外れると、殺菌活性は著しく低下した(図3B)。
【0068】
1-3. Escherichia coli殺菌活性へのpHの影響
試験菌として、Escherichia coli NBRC 3972を使用した以外は、上記1-2.で示した方法にしたがって殺菌力を試験した。
【0069】
殺菌活性は、pH5.1〜6.6の範囲を外れると、殺菌活性は急激に低下した。ナイシンが安定である酸性領域では、殺菌活性をほとんど確認できなかった(図3C)。
【0070】
[2. ナイシン活性の検討]
2-1. Staphylococcus属細菌に対する影響
ナイシンAを滅菌精製水で溶解して、pH未調整又はpH5.0のナイシン水溶液(ナイシン活性0、10、50、100、250、500、750、1,000、1,500、2,000、4,000、5,000IU/mL)を調製した。pHの調整は、水酸化ナトリウム(0.1N)で行った。
【0071】
試験菌として、Staphylococcus aureus ATCC 31885を使用した以外は、上記1-2.で示した方法にしたがって殺菌力を試験した。
【0072】
ナイシン活性2,000IU/mL以上、接触時間60分の条件において、90%以上の殺菌率を達成できた。一方、ナイシン活性2,000IU/mL以上においても,pH未調整(pH2.8〜3.1)の試験液は、殺菌活性をほとんど確認できなかった(図3D)。
【0073】
2-2. Escherichia coliに対する影響
試験菌として、Escherichia coli NBRC 3972を使用し、接触時間を30秒又は15分とした以外は、上記1-2.で示した方法にしたがって殺菌力を試験した。
【0074】
殺菌活性は、pHを5.0に調整した場合にのみ認められ、このとき、ナイシン活性10,000 IU/mL以上、接触時間30秒以上の条件で90%以上の殺菌率が達成された(図3E)。一方、ナイシン活性10,000 IU/mL以上においてもpH未調整(pH2.6〜2.8)の試験液ではほとんど効果を確認できなかった。
【0075】
[3. 接触時間の検討]
3-1. Staphylococcus属細菌に対する影響
ナイシンAを滅菌精製水で溶解して、pH未調整(pH2.6〜3.0)又はpH5.0のナイシン水溶液(ナイシン活性0、1,000、4,000 IU/mL)を調製した。前記pHの調整は、水酸化ナトリウム(0.1N)で行った。
【0076】
試験菌として、Staphylococcus aureus ATCC 31885を使用し、接触時間を0.5、1、2、5、10、15、30、60分とした以外は、上記1-2.で示した方法にしたがって殺菌力を試験した。
【0077】
殺菌活性は、pHを5.0に調整した場合にのみ認められ、このとき、ナイシン活性4,000 IU/mL以上、接触時間30分以上の条件で、90%以上の殺菌率が達成された(図3F)。
【0078】
3-2. Escherichia coliに対する影響
ナイシンAを滅菌精製水で溶解して、pH未調整(pH3.0〜3.2)又はpH5.0のナイシン水溶液(ナイシン活性0、5,000、20,000 IU/mL)を調製した。前記pHの調整は、水酸化ナトリウム(0.1N)で行った。
【0079】
試験菌として、Escherichia coli NBRC 3972を使用し、接触時間を0.5、1、5、10、15、30、60分とした以外は、上記1-2.で示した方法にしたがって殺菌力を試験した。
【0080】
殺菌活性は、接触時のpHを5.0に調整した場合にのみ認められ、このとき、ナイシン活性5,000 IU/mL以上、接触時間0.5分以上の条件で、90%以上の殺菌率が達成された(図3G)。
【実施例4】
【0081】
[ナイシンAと有機酸との併用]
蒸留水又は牛乳に、ナイシンA(0、5000、10000、15000、20000 IU/ml)及び/又はクエン酸(0、100、500、1000、1500mM)を加えた。さらに最終菌濃度が104CFU/mlとなるようにStaphylococcus aureus菌液又はEscherichia coli菌液を混和し、37℃恒温槽に入れて0、1分、30分、1時間、3時間、6時間経過時点の菌数を、血液寒天培地を用いて測定した。
【0082】
その結果、Staphylococcus aureusに対しては、ナイシンA単独では、蒸留水中では、20000IUで使用した場合であっても1分経過時点では殺菌効果(殺菌率99.9%)が認められなかった(図4A左)。牛乳中でも同様であった(図4B左)。また、クエン酸単独では蒸留水中1500mMで使用した場合に、1分経過時点に菌数が検出限界下となったが、他の濃度の場合においては同時点での殺菌効果は認められなかった(図4A中、図4B中)。しかしながら、ナイシンA 20000IUとクエン酸を併用した場合には、蒸留水中において、クエン酸100mM以上の併用で、1分経過時点での殺菌効果が認められ(図4A右)、また、牛乳中でも、クエン酸1000mMの併用で、1分経過時点での殺菌効果が認められた(図4B右)。
【0083】
また、Escherichia coliに対しては、蒸留水中、牛乳中とも、ナイシンA単独、クエン酸単独では、いずれの濃度においても1分経過時点では殺菌効果が認められなかった(図4C左及び中、図4D左及び中)。しかしながら、ナイシンA 20000IUとクエン酸を併用した場合には、蒸留水中において、クエン酸1000mM以上の併用で、1分経過時点での殺菌効果が認められ(図4C右)、また、牛乳中でも、クエン酸1500mMの併用で、1分経過時点での殺菌効果が認められた(図4D右)。
【0084】
1分経過時点での殺菌効果に関する結果を図4Eにまとめた。ナイシンAとクエン酸との併用により、1分経過時点での殺菌効果を発揮することが分かった。このような効果は、それぞれ単独で用いた場合には得られない。
【0085】
以上の結果から、ナイシンA20000IU/mlとクエン酸1500mMの併用により、即効性のある処置が期待できることがわかった。
【実施例5】
【0086】
[in vivoにおける抗菌活性]
菌液:Staphylococcus aureus、Staphylococcus intermedius、Staphylococcus epidermidis、Streptococcus agalactiae、Escherichia coliそれぞれをペプトン水に懸濁し、菌液(約108CFU/ml)を作成した。
【0087】
試験液:下記の市販剤、供試剤、及び供試剤+クエン酸をそれぞれ準備した。
市販剤…ヨードを有効成分とする市販の乳頭消毒剤(商品名:クオーターメイト製造者:ウエストアグロ)。
供試剤…ナイシンAの濃度が20000IU/mlである以外は実施例2の基本処方と同じもの。
供試剤+クエン酸…上記の供試剤にさらにクエン酸1500mMを含有させたもの。
【0088】
下記の手順で牛30頭を処置し、試験液の実用的な条件下での抗菌活性を検討した。
(1)牛の乳頭を洗浄、殺菌した後、菌液に浸し、風乾する。
(2)牛1頭の乳頭について、下記のとおり試験液に約1秒間浸漬する。
【0089】
【表3】
【0090】
(3)1分後、乳頭口を予め10mlの滅菌済PBSを入れたスタンプ瓶(商品名:滅菌スタンプ瓶)で清拭し、振とう攪拌する。
(4)PBSを血液寒天培地に塗布し、菌数を測定する。
【0091】
結果を図5A〜Eに示した。
【0092】
その結果、Staphylococcus aureusに対しては、ナイシンA単独では、顕著な殺菌効果は認められなかったが、ナイシンAとクエン酸との併用により、高い殺菌効果(殺菌率99.9%以上)が認められた。Escherichiacoliに対しても同様であった(図5A、図5B)。
【0093】
また、Staphylococcus intermedius、Staphylococcus epidermidis及びStreptococcus agalactiaeに対しては、ナイシンA単独使用、ナイシンAとクエン酸との併用とも、市販剤を超える高い殺菌効果が認められた(図5C、図5D、図5E)。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウシの乳房炎の予防用剤に関するものである。本発明の予防剤は、ナイシンを有効成分とする。
【背景技術】
【0002】
ウシの乳房炎は酪農経営の収益性を左右する重大な疾病である。乳房炎のための処置は、健常な状態にあるウシに対して、原因菌を除去したり、また感染や流行のリスクを低減するために行う予防的処置と、発症したウシに対して行う治療的処置とに大別され、異なる手段による対処が検討されている。
【0003】
予防に関しては、ヨウ素化合物や塩化ベンザルコニウム等の殺菌成分を有効成分とする剤で、搾乳前又は後に乳頭を浸漬殺菌(ディッピング)する方法がよく知られている。例えば、特許文献1には、予防ヨウ素(A)、ヨウ化物(B)、有機酸(C)、ヨウ素担体(D)及び水からなる乳房炎予防用ヨードホール組成物において、組成物の10倍希釈時の粘度(V1)が20〜3000mm2/sであり、かつ組成物自体の粘度(V2)と希釈時の粘度(V1)の比(V2)/(V1)が、0.05〜20であることを特徴とする乳房炎予防用ヨードホール組成物が記載されている。また、特許文献2には、(a)フィルム形成に有効な量を有し、92%を越える加水分解度を持つポリビニルアルコールと、(b)有効な量の重合体厚み材成分と、(c)有効な量の抗菌性ヨウ素−非イオン性複合体成分の抗菌剤とからなる水性保護抗菌性フィルム形成組成物が記載されている。
【0004】
しかしながら、殺菌成分を有効成分とする予防剤は、皮膚に対しても刺激が強く、乳頭や乳房に対して皮膚障害を起こす可能性がある。この点を特に解決しようとしたものとして、例えば、特許文献3には、乳頭への刺激がなく長時間病原菌の感染を防止する家畜の乳房炎予防剤として、塩化ベンザルコニウム及びキトサン及び/又はキトサン誘導体を含有することを特徴とする乳房炎予防剤が記載されている。また、特許文献4には、水性溶液中に有効ヨウ素0.1〜0.5%、保湿剤としてグリセリン2〜5%又はプロピレングリコール2〜5%を含有することを特徴とする乳牛の乳頭殺菌消毒剤が記載されている。さらに特許文献5には、乳房炎の予防と傷の治癒とを目的とした、ヘパリン、ヘパランサルフェート及びデキストランサルフェートから選択される多糖類と組み合わせたキトサンを溶媒中の活性成分として含む組成物が記載されている。
【0005】
さらに上記以外を有効成分としたものとして、例えば、特許文献6には、カプリル酸モノグリセリド及び/又はカプリン酸モノグリセリドを有効成分として含有することを特徴とするディッピング液組成物が記載されている。また、特許文献7には、有効成分として、クエン酸、リンゴ酸、フマル酸、酒石酸、乳酸、グルコン酸、コハク酸、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸などのカルボン酸及びカルボン酸のナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、銅塩、亜鉛塩、アンモニウム塩、鉄塩、コバルト塩、セリウム塩などのカルボン酸塩からなる群から選択される一種以上を含有することを特徴とする家畜の乳房炎予防剤が記載されている。
【0006】
一方、ナイシンは、乳酸菌が産生するバクテリオシンであり、不飽和アミノ酸、ランチオニン等の異常アミノ酸を含む、34個アミノ酸残基からなる抗菌性ペプチドである。ナイシンは食品に配合されるほか、医療・衛生分野において、効果的な形態での利用が検討されてきた。
【0007】
このナイシンを乳房炎の処置に用いることに関しては、幾つかの報告がある。例えば、特許文献8には、ランチオニン含有抗菌ペプチド又は医薬として許容されるその酸付加塩を含む、哺乳類における乳房炎の治療又は防止のための医薬組成物が記載されている。また、乳房炎の原因となる5種類の菌に対するインビトロでのナイシンの抗菌効果に関する報告(非特許文献1)、及びナイシンの1−プロパノール16.1%製剤の殺菌活性を実際のウシの乳頭皮膚上で測定したことに関する報告(非特許文献2)がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO99/56757号公報
【特許文献2】特表平9−50008号公報
【特許文献3】特開平6−56675号公報
【特許文献4】特開平11−155404号公報
【特許文献5】特表2000−515897号公報
【特許文献6】特開平8−175989号公報
【特許文献7】特開2005−41798号公報
【特許文献8】特開平9−512711号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J. Dairy Sci. 72, 3342-3345(1989)
【非特許文献2】J. Dairy Sci. 75, 3185-3190(1992)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ヨウ素等の殺菌成分により搾乳前に浸漬殺菌する方法では、搾乳時に殺菌成分が乳に混入する可能性がある。このような観点からは、食品添加物としても許容可能なナイシンを有効成分とする乳房炎予防剤は、非常に好ましいものである。一方で、これまでのナイシンを用いる乳房炎の予防に関する報告では、実用上必要とされる即効性について検討されていなかったり、またナイシン以外にも殺菌効果のある成分を含んでいた。
【0011】
本発明者らは、ナイシンを有効成分とする乳房炎予防剤について、鋭意検討を重ねてきた。そして、汚れの除去、塗布表面の濡れ性の向上を期待し、界面活性剤を配合する処方を検討する一方、殺菌活性を高め、即効性とするために細胞透過性亢進剤や殺菌上有効なpHについても鋭意検討した結果、本発明を完成した。
【0012】
本発明は、以下を提供する:
1) ナイシンを5,000 IU/ml以上(好ましくは10,000 IU以上、より好ましくは20,000 IU以上)及び食品として許容可能な界面活性剤の一種以上を計0.10〜15.0%(好ましくは0.25〜10%、より好ましくは0.50〜5.0%)含む、乳房炎予防用のディッピング剤又はその調整のためのキット。
2) さらに食品として許容可能な有機酸を含む、1)に記載の剤又はキット。
3) 食品として許容可能な有機酸がクエン酸である、2)に記載の剤又はキット。
4) クエン酸が、100 mM以上(好ましくは500 mM以上、より好ましくは1000 mM以上)である、3)に記載の剤又はキット。
5) 食品として許容可能な酸又は塩基によりpHが、殺菌上有効な範囲(4.0〜10.0、好ましくは4.5〜8.0、より好ましくは4.5〜7.0)に調整されている、1)に記載の剤又はキット。
6) プレディッピング剤として使用されるためのものである、1)〜5)のいずれか一に記載の剤。
7) 1)〜6)のいずれか一に記載の剤に、対象(ヒトを除く)の乳頭を、殺菌上有効な時間(好ましくは60秒間以下、より好ましくは30秒間以下、より好ましくは5秒間以下)浸漬する工程を含む、対象における乳房炎の予防方法。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、各濃度で界面活性剤を含む溶液の表面張力について示したグラフである。
【図2】図2は、市販のヨード剤と本発明の剤(基本処方)との性能を比較した結果(MBC法による)である。
【図3A】図3Aは、ナイシンのStreptococcus mutansに対する殺菌効果への、pHの影響を示したグラフである。
【図3B】図3Bは、ナイシンのStaphylococcus aureusに対する殺菌効果への、pHの影響を示したグラフである。
【図3C】図3Cは、ナイシンのEscherichia coliに対する殺菌効果への、pHの影響を示したグラフである。
【図3D】図3Dは、ナイシンのStaphylococcus aureusに対する殺菌効果への、ナイシン濃度の影響を示したグラフである。
【図3E】図3Eは、ナイシンのEscherichiacoliに対する殺菌効果への、ナイシン濃度の影響を示したグラフである。
【図3F】図3Fは、ナイシンのStaphylococcus aureusに対する殺菌効果への、接触時間の影響を示したグラフである。
【図3G】図3Gは、ナイシンのEscherichiacoliに対する殺菌効果への、接触時間の影響を示したグラフである
【図4A】図4Aは、ナイシンを単独で使用した場合(左)、クエン酸を単独で使用した場合(中)、並びにナイシン及びクエン酸を併用した場合(右)の、蒸留水中でのStaphylococcus aureusに対する殺菌効果を示したグラフである。
【図4B】図4Bは、ナイシンを単独で使用した場合(左)、クエン酸を単独で使用した場合(中)、並びにナイシン及びクエン酸を併用した場合(右)の、牛乳中でのStaphylococcus aureusに対する殺菌効果を示したグラフである。
【図4C】図4Cは、ナイシンを単独で使用した場合(左)、クエン酸を単独で使用した場合(中)、並びにナイシン及びクエン酸を併用した場合(右)の、蒸留水中でのEscherichia coliに対する殺菌効果を示したグラフである。
【図4D】図4Dは、ナイシンを単独で使用した場合(左)、クエン酸を単独で使用した場合(中)、並びにナイシン及びクエン酸を併用した場合(右)の、牛乳中でのEscherichia coliに対する殺菌効果を示したグラフである。
【図4E】図4Eは、図4A〜Dのうち、乳房炎原因細菌との接触時間1分後における殺菌効果をまとめたグラフである。
【図5A】図5Aは、牛乳頭皮膚に塗布したStaphylococcus aureusに対する各剤の殺菌効果を示したグラフである。
【図5B】図5Bは、牛乳頭皮膚に塗布したEscherichiacoliに対する各剤の殺菌効果を示したグラフである。
【図5C】図5Cは、牛乳頭皮膚に塗布したStaphylococcus intermediusに対する各剤の殺菌効果を示したグラフである。
【図5D】図5Dは、牛乳頭皮膚に塗布したStaphylococcus epidermidisに対する各剤の殺菌効果を示したグラフである。
【図5E】図5Eは、牛乳頭皮膚に塗布したStreptococcus agalactiaeに対する各剤の殺菌効果を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明により提供される剤(本発明の剤)は、ナイシンを含む。
【0015】
本発明で「ナイシン」というときは、特に示した場合を除き、ナイシンA、ナイシンZ、ナイシンQを含む。本発明の組成物には、好ましくはナイシンA又はZ、より好ましくはナイシンAを用いる。
【0016】
ナイシンAは乳酸菌Lactococcus lactisにより産生され、欧米など50カ国以上ですでに食品添加物として認可使用されている。ナイシンZは、ナイシンAに類似のバクテリオシンで、ナイシンAを構成する34個のアミノ酸残基のうち、N 末端から27番目が、ナイシンAがヒスチジン残基であるのに対し、ナイシンZがアスパラギン残基である点でのみ異なる。なお、本明細書ではナイシンのうち、特にナイシンAを例に説明することがあるが、特に示した場合を除き、その説明は他のナイシンにも当てはまる。
【0017】
本発明の剤に添加する種々の添加剤に関して「食品として許容可能」というときは、特に示した場合を除き、その添加剤を経口的に摂取した場合の安全性が明らかになっており、一定量を経口的に摂取することには問題がないと考えられる場合を指す。食品として許容可能な添加剤には、経口医薬において許容可能な添加剤、口唇又は口腔内への使用が認められている基剤、食品衛生法施行規則別表第1に収載の添加物(指定添加物)、既存添加物名簿に収載の添加物(既存添加物)、一般に食品として飲食に供されている物であって添加物として使用される物(一般食品添加物)が含まれる。
【0018】
本発明の剤は、ナイシンを5,000 IU/ml以上、好ましくは10,000 IU以上、より好ましくは20,000 IU以上含む。
【0019】
ナイシンの量又は活性は、標準品を基準として、HPLCの面積比により、活性値(IU)又は重量で表すことができる。例えば、食品中の食品添加物分析法(厚生労働省)に記載されているように、日本公定書協会から頒布されるナイシン標準品を用い、HPLCのピーク面積の比較か、最小阻止円濃度検定法によって測定することができる。ナイシンの力価1単位は、ナシインAを含む抗菌性ポリペプチド0.025μgに対応する。本明細書の実施例では、オーム乳業株式会社製のナイシンAを用いているが、このナイシン精製品(水溶液)の活性は50〜100 kIU/mLである。
【0020】
本発明の剤は、食品として許容可能な界面活性剤を一種以上含む。
【0021】
本発明に用いることのできる界面活性剤は、ナイシンの殺菌効力を低下させないものがよい。また、医療又は食品衛生上許容されるものが好ましく、この例として、食品添加物として許可されている界面活性剤を挙げることができる。食品添加物として許容される界面活性剤の例は、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリンエステル(ジグリセリンモノカプレート、ジグリセリンモノラウレート、ジグリセリンモノステアレート、ジグリセリンモノオレート、トリグリセリンモノラウレート、デカグリセリンモノラウレート、デカグリセリンモノステアレート、ヘキサグリセリン縮合リシノレート)、有機酸モノグリセライド(酢酸モノグリセライド、クエン酸モノグリセライド、クエン酸モノグリセライド、ジアセチル酒石酸モノグリセライド、コハク酸モノグリセライド)、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、レシチン(レシチン、酵素分解レシチン)、ショ糖ステアリン酸エステル、ショ糖パルミチン酸エステル、ショ糖ミリスチン酸エステル、ショ糖オレイン酸エステル、ショ糖ラウリン酸エステル、ショ糖ベヘニン酸エステル、ショ糖エルカ酸エステルショ糖混合脂肪酸(オレイン酸、パルミチン酸、ステアリン酸)エステルである。
【0022】
表面張力低下作用が高いという観点からは、ポリグリセリンエステルが好ましく、特に好ましい例として、トリグリセリンモノラウレート、デカグリセリンカプリレートを挙げることができる。またこれらの成分を可溶化する作用が高いという観点からは、デカグリセリンモノラウレートが好ましい。
【0023】
本発明の剤においては、界面活性剤は、合計で、剤全重量に対し、0.10〜15.0%、好ましくは0.25〜10%、より好ましくは0.50〜5.0%含むことができる。なお、本明細書で剤中に含まれる成分に関し、含量を%で表す値は、特に示した場合を除き、重量を基準にした値である。
【0024】
界面活性剤は、剤の表面張力を下げ、濡れ性を改善し、また乳房の汚れを落とす作用がある。また、他の成分を可溶化する作用がある。界面活性剤は、その作用から、分散剤、乳化剤、懸濁化剤、可溶化剤と称されることもある。
【0025】
本発明の剤は、水性の基剤をベースとして含む。本発明に用いることのできる基剤は、水である。
【0026】
本発明の剤は、pHが殺菌上有効な範囲に調整されているか、又は食品として許容可能な有機酸を含むことが好ましい。
【0027】
本発明で殺菌上有効なpHというときは、特別な場合を除き、ナイシンがその殺菌効果を、乳房炎予防上望ましいレベル以上に発揮することができるpHをいう。このpHは、ナイシンの殺菌効果が最大に発揮されるようなpHであることもあり、またナイシンの殺菌効果が乳房炎予防上望ましいレベル以上に発揮され、かつ乳房炎予防剤として用いるのに実用的であるpHであることもある。
【0028】
殺菌上有効なpHに調製されている本発明の剤においては、グラム陽性菌に対する殺菌効果という観点からは、pHは、例えば、4.0〜10.0、好ましくは4.5〜8.0、より好ましくは5.0〜7.5とすることができ、グラム陰性菌に対する殺菌効果という観点からは、pHは4.0〜8.0、好ましくは4.5〜7.0、より好ましくは5.0〜6.5とすることができる。より具体的には、Staphylococcus属の細菌に対しては、4.5〜10.5、好ましくは5.0〜9.0、より好ましくは7.0〜8.0;Streptococcus属の細菌に対しては、4.0〜7.0、好ましくは4.5〜6.5、より好ましくは4.5〜6.0;Escherichia coliに対しては、4.5〜7.0、好ましくは5.0〜6.6、より好ましくは6.0〜6.5とすることができる。
【0029】
本発明の剤は、特定のpH範囲で、複数の細菌に対する優れた殺菌活性を示す。グラム陽性菌及びグラム陰性菌の両方を殺菌することができるとの観点からは、本発明の剤のpH範囲は、例えば4.0〜7.0、好ましくは5.0〜6.5である。
【0030】
本発明者らの検討によると、ナイシンの殺菌効果を充分に発揮させるという観点からは、比較的高いpHに調整することが効果的であると推論される。一方で、ナイシンが比較的低い安定性はpHで安定である点は、無視できない要素である。ディッピングという用途においては、本発明の剤は、調製した剤を直ぐに使い切る場合にはナイシンの殺菌効果が充分に発揮される上述のpH範囲調整されることが好ましいが、予防処置当日朝に調製した剤を調製直後のみならず夕方にも使用する場合には、本発明の剤のpHは、ナイシンの殺菌効果が高く、かつナイシンが比較的安定である5.0付近に調整されていることが好ましい。
【0031】
他方、本発明の剤のpHは、皮膚刺激性が少ないという観点からは、好ましくは弱酸性、すなわち3.0〜6.0である。また、共存する界面活性剤の安定性も考慮する必要がある。
【0032】
本発明の剤は、各成分濃度及びpHが、殺菌に適した範囲に予め調製された剤であってもよいが、そのような濃度やpHが、運搬保管等の取り扱い上、及び/又は成分の保存安定性上、適切でないと考えられる場合は、本発明に基づいて、使用に適した濃度及びpHの剤を使用時に調製するようなキットを構成することができる。このようなキットもまた、本発明の範囲に含まれる。キットは、例えば、各成分を単独又は組み合わせて含む一又は複数のプレミックス、基剤、及び指針を含んでもよい。
【0033】
以上のことから、本発明の剤又はキットは、pHが、4.0〜10.0、好ましくは4.5〜8.0、より好ましくは4.5〜7.0に調整されているか、又は調整されるためのものである。よりナイシンの安定性を考慮すべき場合には、本発明の剤のpH又はキットは、pHが、4.0〜10.0、好ましくは4.0〜6.0、より好ましくは4.5〜5.8、さらに好ましくは4.8〜5.6(例えば約5.0)に調整されているか、又は調整されるためのものである。
【0034】
本発明者らの検討により、pH調整によりナイシンの殺菌効果を向上しうることが見出されたが、殺菌効果を最大限に発揮できるpH範囲ではナイシンの長時間の安定性を確保することが困難であるため、本発明者らはさらに別の方法によるナイシン殺菌効果の向上を実現した。すなわち、本発明の剤は、pHが殺菌上有効な範囲に調整されている代わりに、食品として許容可能な有機酸を含んでもよい。
【0035】
本発明の剤が、食品として許容可能な有機酸を含む場合、その例は、クエン酸、乳酸、アジピン酸、グルコン酸、グルコノラクトン、コハク酸、フマル酸、DL-リンゴ酸、DL-酒石酸、L-酒石酸、ソルビン酸、酢酸、氷酢酸、プロピオン酸、酪酸(ブチル酸)、カプロン酸、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ペンタデシル酸、パルミチン酸、ステアリン酸、パルミトイル酸、吉草酸(バレリアン酸)、オレイン酸、リノール酸、(9,12,15)-リノレン酸、(6,9,12)-リノレン酸、マルガリン酸、ベヘン酸、アラキドン酸である。食品として許容可能な有機酸の好ましい例は、クエン酸である。なお、本明細書では有機酸のうち、クエン酸を例に説明することがあるが、特に示した場合を除き、その説明は他の有機酸にも当てはまる。なお、本発明の剤が、食品として許容可能な有機酸を含む場合、特別な調整をしない限り、そのpHは通常2程度の酸性域にある。
【0036】
本発明の剤における有機酸の含量は、100 mM以上、好ましくは500 mM以上、より好ましくは1000 mM以上である、。主として黄色ブドウ球菌の殺菌を目的とし、比較的汚れの混入の少ない状態で使用する場合には、本発明の剤における有機酸の含量は、上述したよりも少ない量とすることができる。例えば、1〜1000 mM、好ましくは10〜500 mM、より好ましくは、50〜250 mMとすることができる。有機酸として、食品として許容可能な塩を用いて本発明の剤を構成することができる。
【0037】
食品として許容可能な有機酸は、細胞膜の透過性を亢進する作用があり、単独でも乳房炎原因最近に対する殺菌効果を有するものがあるが、ナイシンと併用することにより、相乗的な殺菌効果を発揮しうる。
【0038】
また、ナイシンと食品として許容可能な有機酸との併用は、殺菌において即効性を発揮しうる。即効性とは、殺菌対象と剤の接触時間が短くても殺菌できる性質を指す。本明細書において、「即効性」があるというときは、特別な場合を除き、殺菌対象と剤の接触時間が、60秒間以下、好ましくは30秒間以下、より好ましくは5秒間以下であっても、所望の程度にまで細菌数を減少させることができることをいう。
【0039】
本発明の剤は、乳頭消毒用のディッピング剤として使用される。本発明でディッピング剤というときは、特に示した場合を除き、乳頭を浸漬するのに適した、又は乳頭に塗布するのに適した剤形であるものをいう。ディッピング剤は、通常、濡れ性の良い液剤であるが、塗布が容易であるように、粘度のある液剤としてもよく、また噴霧剤、泡剤の形態としてもよい。
【0040】
本発明の剤には、医薬又は動物医薬として許容可能な、又は食品として許容可能な、他の添加剤を添加することができる。例えば、酸化防止剤、着色料、保存料等である。ナイシン安定化のためには、メチオニン及び/又はチオクト酸を含むことが好ましい。本発明の剤はまた、グリセリン、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールのうち一種以上を含んでもよい。
【0041】
本発明の剤は、乳房炎の予防のために用いることができる。本発明で「乳房炎」というときは、特に示した場合を除き、哺乳動物(特に、牛)における細菌感染が原因の乳腺組織の炎症をいう。乳房炎は、乳房や乳汁の外見に異常が認められないが、乳腺に炎症が発生している潜在性乳房炎と、外見上の異常が肉眼的に確認できる臨床型乳房炎とに大別される。臨床型乳房炎は乳牛の全疾患の20%以上を占め、潜在性乳房炎はさらに多くの乳牛が罹患しているといわれている。
【0042】
乳房炎の原因となる細菌の例としては、以下のものがある:
(1) Staphylococcus属細菌(ブドウ球菌):Staphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)、CNS(Coagulase Negative Staphylococus、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌);
(2) Streptococcus属細菌(レンサ球菌):Streptococcus agalactiae(無乳性レンサ球菌)、Streptococcus dysgalactie(減乳性レンサ球菌)、Streptococcus uberis、Streptococcus bovis;
(3) Escherichiacoli(大腸菌);
(4) Klebsiella(クレブシエラ)属細菌;
(5) Pseudomonas(シュードモナス)属細菌:Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌);
(6) Micrococcus(ミクロコッカス)属細菌;
(7) Corynebacterium(コリネバクテリウム)属細菌:Corynebacterium bovis、Corynebacterium pyogenes
なお、ブドウ球菌、Streptococcus属細菌(レンサ球菌、streptococci)、Micrococcus(ミクロコッカス)属細菌、Corynebacterium(コリネバクテリウム)属細菌はグラム陽性であり、Escherichia coli(大腸菌)、Klebsiella(クレブシエラ)属細菌、Pseudomonas(シュードモナス)属細菌はグラム陰性である。
【0043】
黄色ブドウ球菌は、乳房炎の原因菌のなかでも特に難治性の乳房炎を引き起こしやすく、最も重視すべき原因細菌の一つである。また、CNSは黄色ブドウ球菌ほど強い伝染性はないが、牛体表などの常在菌のため日和見感染等により乳房炎を発症させることが多く、重視すべき菌である。CNSには、Staphylococcus intermedius、Staphylococcus hyicus、Staphylococcus xylosus、Staphylococcus epidermidis(表皮ブドウ球菌)等が含まれる。
【0044】
乳腺に炎症が起こると、乳汁の水素イオン濃度(pH)や塩素量などが変化するほか、牛乳中のライソゾーム酵素であるN-acetyl β-D-glucosaminidase (NAGase)が上昇し、乳中の体細胞数が増加する。そのため、NAGase濃度や、乳中体細胞数が乳腺炎であるか否かの判定基準とされることもある。通常、健康な牛であれば体細胞数は10万/ml以下であるが、20万/ml以上になれば何らかの炎症があると考えられている。
【0045】
本明細書で乳房炎に関し、「予防(する)」というときは、特に示した場合を除き、乳頭において、少なくとも一種の原因細菌の、増殖の程度を抑えること、増殖させないようにすること、問題ないレベルにまで殺菌すること、及び新たに感染するのを防ぐことを含む。
【0046】
本発明の剤による殺菌レベルは、90%以上とすることができ、好ましくは99%以上である。乳房炎予防上望ましい殺菌レベルは、殺菌率が99.9%以上であること、すなわち細菌数を3桁減少させることである。
【0047】
原因細菌の検出、又は細菌数は、当業者であれば、定法により確認することができる。例えば、滅菌PBS等で乳頭をすすぎ、得られた液を減菌生理的食塩水により段階的に希釈し、これを寒天培地に平板塗抹法により塗布して37℃で48時間培養後、寒天培地上に形成されたコロニー数をカウントして、乳頭に存在する細菌数(CFU/ml)を算出する。
【0048】
本発明の剤の適用時期及び適用回数は、当業者であれば、適宜設定することができる。1日に1回〜数回(例えば3回)適用することができ、また連続又は非連続した数日間に反復適用してもよい。
【0049】
本発明の剤の調製は、当業者であれば適宜成しうるが、例えば、界面活性剤液、ナイシン液それぞれを、加熱処理して滅菌後、無菌的に混合し、必要に応じ、NaOH等でpHを調整するか、又は有機酸を加えることにより、調製できる。
【0050】
本発明の剤は、Staphylococcus属細菌、Streptococcus属細菌、及びEscherichia coliに対して、殺菌効果を発揮しうる。
【0051】
本発明の剤は、食品として許容可能な成分から構成されているので、牛の乳房炎予防のために、搾乳前の乳頭消毒用のプレディッピング剤として適用し、乳頭に残留した成分が牛乳中に混入したとしても、人の健康には影響を与えないと考えられる。大腸菌等の、予防の対象となる牛の周囲環境中に常に存在するような原因細菌は、搾乳と搾乳との間に乳頭を汚染させることが多く、搾乳直前に乳頭を消毒するプレディッピングが効果を発揮しうる。一方、黄色ブドウ球菌等の伝染性の原因細菌は、ポストディッピングが効果を発揮しうる。本発明の剤は、プレディッピング剤としても、ポストディッピング剤としても用いることができ、また搾乳の前後双方に用いることができる。
【実施例1】
【0052】
[界面活性剤の選択]
食品添加物として認可を受けている下表に挙げた界面活性剤について、定法に準じ、Lactobacillus plantarumATCC 14917Tを用いたBioassay法にて相互安定性確認試験を行った。
【0053】
【表1】
【0054】
その結果、すべての活性剤について、ブランク(ナイシン溶液)と同等以上のMIC値を示したことから、長期保存安定性を考慮しなければ、これらの界面活性剤とナイシンとの配合には問題がないと考えられた。
【0055】
これらのうちいくつかについて、室温での表面張力を確認した(図1)。
【実施例2】
【0056】
[基本処方の作製]
オーム乳業製のナイシンAを使用し、濃度は4,000IU/mlとした。表面張力低下能の高いデカグリセリンモノカプリレート(CE-19D)及びトリグリセリンモノラウレート(TRL-100)を使用することとし、濃度をそれぞれ1%とした。液状態はCE-19D及びTRL-100を加えたものは半透明であり、長期保存を行うと温度に関係なく沈澱を発生するが、混合すると再び半透明となる。CE-19Dは0.1%〜6%程度まで白濁沈澱するため、可溶化剤としてデカグリセリン脂肪酸エステルJ-0021を加えることとした。保湿剤としてグリセリンを加えた。
【0057】
調製は、下記の手順に従った。
1) 下記の分量を計量する
【0058】
【表2】
【0059】
2) 上記の配合に、滅菌イオン交換水適量を加え、加熱しながら攪拌する。
3) 透明液となったら加熱を終了し、攪拌しながら室温まで冷却する
4) 液量が900 ml となるように滅菌イオン交換水を追加する。
5) 40,000IU/mlのナイシン溶液を調製する。
6) 界面活性剤液、ナイシン液それぞれを、85℃で15分間、処理して雑菌を減じる。
7) 界面活性剤液とナイシン液とを、9:1で混合する。
8) NaOHでpHを5.0に調整する。
【0060】
ヨードを有効成分とする市販の乳頭消毒剤(商品名:クオーターメイト製造者:ウエストアグロ)と基本処方の剤を用いて、Staphylococcus aureus IFO 13276に対する殺菌力試験を行った。各濃度に調製した剤に菌液を加え、室温で30秒経過時の菌数を測定したところ、汚れが存在しない場合はヨード剤には及ばないが、汚れとしてスキムミルクを1%添加すると、基本処方はヨード剤と同等以上の効果があることがわかった(図2)。
【実施例3】
【0061】
[1. pHの検討]
1-1. Streptococcus属細菌に対する殺菌活性へのpHの影響
精製ナイシンA(オーム乳業株式会社製)を滅菌精製水で溶解してナイシンA水溶液(活性4,000IU/mL)を調製し、該水溶液のpHを塩酸(0.1N)でpH3.5に調整した。
【0062】
上記水溶液を滅菌精製水で希釈し(100、50、10、2IU/mL)、塩酸(0.1N)又は水酸化ナトリウム(0.1N)で各希釈液のpHを調整した(pH3.5、4.0、4.5、5.0、5.5、6.0、6.5、7.0)。
【0063】
菌数を調整した(107CFU/mL)Streptococcus mutans Xcの培養液(100μL)を、試験液(10mL)に添加し、室温で30秒経過後の菌数を測定した。
【0064】
Streptococcus mutans Xcに対するナイシンの活性のpH依存性は、ナイシンAを50IU/mL含む試験液で最も顕著であった。また、殺菌活性はpH5.0で最大を示した。さらに、ナイシン活性が50 IU/mL以上であれば、pH4.5〜7.0の範囲において十分な殺菌活性を発揮することが示された(図3A)。
【0065】
1-2. Staphylococcus属細菌に対する殺菌活性へのpHの影響
pHが2.8〜10.5に調整されたナイシン水溶液(ナイシン活性0、500、4,000IU/mL)を調製し、上記1-1の方法に準じて、室温で30秒又は60分経過後のStaphylococcus aureus IFO13276に対する殺菌力を試験した。
【0066】
その結果、Staphylococcus aureus IFO 13276に対しては、60分の接触時間において十分な殺菌活性を示し、特にナイシン活性500 IU/mLの試験液ではpH5.5以上、ナイシン活性4,000 IU/mLの試験液ではpH5.0以上で、高い殺菌活性を示した。このpHより低いpHでは、殺菌活性は著しく低下した。
【0067】
一方、接触時間30秒においては、ナイシン活性4,000 IU/mLの試験液は、pH7.5付近で最大の殺菌活性を示し、pH6.0〜10.5で抗菌活性が認められた。このpH範囲を外れると、殺菌活性は著しく低下した(図3B)。
【0068】
1-3. Escherichia coli殺菌活性へのpHの影響
試験菌として、Escherichia coli NBRC 3972を使用した以外は、上記1-2.で示した方法にしたがって殺菌力を試験した。
【0069】
殺菌活性は、pH5.1〜6.6の範囲を外れると、殺菌活性は急激に低下した。ナイシンが安定である酸性領域では、殺菌活性をほとんど確認できなかった(図3C)。
【0070】
[2. ナイシン活性の検討]
2-1. Staphylococcus属細菌に対する影響
ナイシンAを滅菌精製水で溶解して、pH未調整又はpH5.0のナイシン水溶液(ナイシン活性0、10、50、100、250、500、750、1,000、1,500、2,000、4,000、5,000IU/mL)を調製した。pHの調整は、水酸化ナトリウム(0.1N)で行った。
【0071】
試験菌として、Staphylococcus aureus ATCC 31885を使用した以外は、上記1-2.で示した方法にしたがって殺菌力を試験した。
【0072】
ナイシン活性2,000IU/mL以上、接触時間60分の条件において、90%以上の殺菌率を達成できた。一方、ナイシン活性2,000IU/mL以上においても,pH未調整(pH2.8〜3.1)の試験液は、殺菌活性をほとんど確認できなかった(図3D)。
【0073】
2-2. Escherichia coliに対する影響
試験菌として、Escherichia coli NBRC 3972を使用し、接触時間を30秒又は15分とした以外は、上記1-2.で示した方法にしたがって殺菌力を試験した。
【0074】
殺菌活性は、pHを5.0に調整した場合にのみ認められ、このとき、ナイシン活性10,000 IU/mL以上、接触時間30秒以上の条件で90%以上の殺菌率が達成された(図3E)。一方、ナイシン活性10,000 IU/mL以上においてもpH未調整(pH2.6〜2.8)の試験液ではほとんど効果を確認できなかった。
【0075】
[3. 接触時間の検討]
3-1. Staphylococcus属細菌に対する影響
ナイシンAを滅菌精製水で溶解して、pH未調整(pH2.6〜3.0)又はpH5.0のナイシン水溶液(ナイシン活性0、1,000、4,000 IU/mL)を調製した。前記pHの調整は、水酸化ナトリウム(0.1N)で行った。
【0076】
試験菌として、Staphylococcus aureus ATCC 31885を使用し、接触時間を0.5、1、2、5、10、15、30、60分とした以外は、上記1-2.で示した方法にしたがって殺菌力を試験した。
【0077】
殺菌活性は、pHを5.0に調整した場合にのみ認められ、このとき、ナイシン活性4,000 IU/mL以上、接触時間30分以上の条件で、90%以上の殺菌率が達成された(図3F)。
【0078】
3-2. Escherichia coliに対する影響
ナイシンAを滅菌精製水で溶解して、pH未調整(pH3.0〜3.2)又はpH5.0のナイシン水溶液(ナイシン活性0、5,000、20,000 IU/mL)を調製した。前記pHの調整は、水酸化ナトリウム(0.1N)で行った。
【0079】
試験菌として、Escherichia coli NBRC 3972を使用し、接触時間を0.5、1、5、10、15、30、60分とした以外は、上記1-2.で示した方法にしたがって殺菌力を試験した。
【0080】
殺菌活性は、接触時のpHを5.0に調整した場合にのみ認められ、このとき、ナイシン活性5,000 IU/mL以上、接触時間0.5分以上の条件で、90%以上の殺菌率が達成された(図3G)。
【実施例4】
【0081】
[ナイシンAと有機酸との併用]
蒸留水又は牛乳に、ナイシンA(0、5000、10000、15000、20000 IU/ml)及び/又はクエン酸(0、100、500、1000、1500mM)を加えた。さらに最終菌濃度が104CFU/mlとなるようにStaphylococcus aureus菌液又はEscherichia coli菌液を混和し、37℃恒温槽に入れて0、1分、30分、1時間、3時間、6時間経過時点の菌数を、血液寒天培地を用いて測定した。
【0082】
その結果、Staphylococcus aureusに対しては、ナイシンA単独では、蒸留水中では、20000IUで使用した場合であっても1分経過時点では殺菌効果(殺菌率99.9%)が認められなかった(図4A左)。牛乳中でも同様であった(図4B左)。また、クエン酸単独では蒸留水中1500mMで使用した場合に、1分経過時点に菌数が検出限界下となったが、他の濃度の場合においては同時点での殺菌効果は認められなかった(図4A中、図4B中)。しかしながら、ナイシンA 20000IUとクエン酸を併用した場合には、蒸留水中において、クエン酸100mM以上の併用で、1分経過時点での殺菌効果が認められ(図4A右)、また、牛乳中でも、クエン酸1000mMの併用で、1分経過時点での殺菌効果が認められた(図4B右)。
【0083】
また、Escherichia coliに対しては、蒸留水中、牛乳中とも、ナイシンA単独、クエン酸単独では、いずれの濃度においても1分経過時点では殺菌効果が認められなかった(図4C左及び中、図4D左及び中)。しかしながら、ナイシンA 20000IUとクエン酸を併用した場合には、蒸留水中において、クエン酸1000mM以上の併用で、1分経過時点での殺菌効果が認められ(図4C右)、また、牛乳中でも、クエン酸1500mMの併用で、1分経過時点での殺菌効果が認められた(図4D右)。
【0084】
1分経過時点での殺菌効果に関する結果を図4Eにまとめた。ナイシンAとクエン酸との併用により、1分経過時点での殺菌効果を発揮することが分かった。このような効果は、それぞれ単独で用いた場合には得られない。
【0085】
以上の結果から、ナイシンA20000IU/mlとクエン酸1500mMの併用により、即効性のある処置が期待できることがわかった。
【実施例5】
【0086】
[in vivoにおける抗菌活性]
菌液:Staphylococcus aureus、Staphylococcus intermedius、Staphylococcus epidermidis、Streptococcus agalactiae、Escherichia coliそれぞれをペプトン水に懸濁し、菌液(約108CFU/ml)を作成した。
【0087】
試験液:下記の市販剤、供試剤、及び供試剤+クエン酸をそれぞれ準備した。
市販剤…ヨードを有効成分とする市販の乳頭消毒剤(商品名:クオーターメイト製造者:ウエストアグロ)。
供試剤…ナイシンAの濃度が20000IU/mlである以外は実施例2の基本処方と同じもの。
供試剤+クエン酸…上記の供試剤にさらにクエン酸1500mMを含有させたもの。
【0088】
下記の手順で牛30頭を処置し、試験液の実用的な条件下での抗菌活性を検討した。
(1)牛の乳頭を洗浄、殺菌した後、菌液に浸し、風乾する。
(2)牛1頭の乳頭について、下記のとおり試験液に約1秒間浸漬する。
【0089】
【表3】
【0090】
(3)1分後、乳頭口を予め10mlの滅菌済PBSを入れたスタンプ瓶(商品名:滅菌スタンプ瓶)で清拭し、振とう攪拌する。
(4)PBSを血液寒天培地に塗布し、菌数を測定する。
【0091】
結果を図5A〜Eに示した。
【0092】
その結果、Staphylococcus aureusに対しては、ナイシンA単独では、顕著な殺菌効果は認められなかったが、ナイシンAとクエン酸との併用により、高い殺菌効果(殺菌率99.9%以上)が認められた。Escherichiacoliに対しても同様であった(図5A、図5B)。
【0093】
また、Staphylococcus intermedius、Staphylococcus epidermidis及びStreptococcus agalactiaeに対しては、ナイシンA単独使用、ナイシンAとクエン酸との併用とも、市販剤を超える高い殺菌効果が認められた(図5C、図5D、図5E)。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナイシンを5,000 IU/ml以上(好ましくは10,000 IU以上、より好ましくは20,000 IU以上)及び
食品として許容可能な界面活性剤の一種以上を計0.10〜15.0%(好ましくは0.25〜10%、より好ましくは0.50〜5.0%)含む、乳房炎予防用のディッピング剤又はその調製のためのキット。
【請求項2】
さらに食品として許容可能な有機酸を含む、請求項1に記載の剤又はキット。
【請求項3】
食品として許容可能な有機酸が、クエン酸である、請求項2に記載の剤又はキット。
【請求項4】
クエン酸が、100 mM以上(好ましくは500 mM以上、より好ましくは1000 mM以上)である、請求項3に記載の剤又はキット。
【請求項5】
食品として許容可能な酸又は塩基によりpHが、殺菌上有効な範囲(4.0〜10.0、好ましくは4.5〜8.0、より好ましくは4.5〜7.0)に調整されている又は調整されるための、請求項1に記載の剤又はキット。
【請求項6】
プレディッピング剤として使用されるためのものである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の剤。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の剤に、対象(ヒトを除く)の乳頭を、殺菌上有効な時間(好ましくは60秒間以下、より好ましくは30秒間以下、より好ましくは5秒間以下)浸漬する工程を含む、対象における乳房炎の予防方法。
【請求項1】
ナイシンを5,000 IU/ml以上(好ましくは10,000 IU以上、より好ましくは20,000 IU以上)及び
食品として許容可能な界面活性剤の一種以上を計0.10〜15.0%(好ましくは0.25〜10%、より好ましくは0.50〜5.0%)含む、乳房炎予防用のディッピング剤又はその調製のためのキット。
【請求項2】
さらに食品として許容可能な有機酸を含む、請求項1に記載の剤又はキット。
【請求項3】
食品として許容可能な有機酸が、クエン酸である、請求項2に記載の剤又はキット。
【請求項4】
クエン酸が、100 mM以上(好ましくは500 mM以上、より好ましくは1000 mM以上)である、請求項3に記載の剤又はキット。
【請求項5】
食品として許容可能な酸又は塩基によりpHが、殺菌上有効な範囲(4.0〜10.0、好ましくは4.5〜8.0、より好ましくは4.5〜7.0)に調整されている又は調整されるための、請求項1に記載の剤又はキット。
【請求項6】
プレディッピング剤として使用されるためのものである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の剤。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の剤に、対象(ヒトを除く)の乳頭を、殺菌上有効な時間(好ましくは60秒間以下、より好ましくは30秒間以下、より好ましくは5秒間以下)浸漬する工程を含む、対象における乳房炎の予防方法。
【図1】
【図2】
【図3A】
【図3B】
【図3C】
【図3D】
【図3E】
【図3F】
【図3G】
【図4A】
【図4B】
【図4C】
【図4D】
【図4E】
【図5A】
【図5B】
【図5C】
【図5D】
【図5E】
【図2】
【図3A】
【図3B】
【図3C】
【図3D】
【図3E】
【図3F】
【図3G】
【図4A】
【図4B】
【図4C】
【図4D】
【図4E】
【図5A】
【図5B】
【図5C】
【図5D】
【図5E】
【公開番号】特開2010−270015(P2010−270015A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−121295(P2009−121295)
【出願日】平成21年5月19日(2009.5.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人 日本農芸化学会発行、日本農芸化学会2009年度(平成21年度)大会講演要旨集、平成21年3月5日発行 平成21年3月29日開催、社団法人 日本農芸化学会主催、平成21年度日本農芸化学会大会[福岡]において発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「平成20年度、農林水産省、新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業委託研究、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願」
【出願人】(593085808)ADEKAクリーンエイド株式会社 (25)
【出願人】(591065549)福岡県 (121)
【出願人】(593131611)オーム乳業株式会社 (10)
【出願人】(000164689)熊本製粉株式会社 (17)
【出願人】(599045903)学校法人 久留米大学 (72)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年5月19日(2009.5.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人 日本農芸化学会発行、日本農芸化学会2009年度(平成21年度)大会講演要旨集、平成21年3月5日発行 平成21年3月29日開催、社団法人 日本農芸化学会主催、平成21年度日本農芸化学会大会[福岡]において発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「平成20年度、農林水産省、新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業委託研究、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願」
【出願人】(593085808)ADEKAクリーンエイド株式会社 (25)
【出願人】(591065549)福岡県 (121)
【出願人】(593131611)オーム乳業株式会社 (10)
【出願人】(000164689)熊本製粉株式会社 (17)
【出願人】(599045903)学校法人 久留米大学 (72)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】
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