説明

乾湿式紡糸用スピニングパック、および繊維束の製造装置

【課題】口金面と凝固液の液面との間の距離、すなわち、エアギャップを、口金の中心側と外周側とで、紡糸中に、ほぼ等しく維持することが可能な紡糸技術を提供すること。
【解決手段】紡糸孔の数が、6,000以上であり、前記紡糸孔の紡糸孔配列の縦横比Raが、2.5以上である口金を有する乾湿式紡糸用スピニングパック。前記口金の長辺方向における最外の紡糸孔から吐出され、凝固浴中に設けられた繊維束の方向転換ガイドへと走行する単繊維の前記口金の口金面となす単繊維の引取角度が、87°乃至92°であり、前記口金の短辺方向における最外の紡糸孔から吐出され、前記繊維束の方向転換ガイドへと走行する単繊維の前記口金の口金面となす単繊維の引取角度が、83°乃至87°である繊維束の製造装置および製造方法。

【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
乾湿式紡糸法は、重合体溶液(紡糸原液)を、口金の紡糸孔から一旦気相部(通常は、空気中)に吐出させることにより、繊維化した後、繊維を凝固浴中に導入し凝固せしめ、次いで、凝固浴から凝固した繊維を引き取り、繊維束を形成することからなる。乾湿式紡糸法によれば、繊維の引き取りにより生じる繊維のドラフトが、気相部に集中するため、凝固浴における低張力下での繊維の凝固・ゲル化が可能となる。これにより、後工程での延伸性に優れた繊維束を得ることができる。乾湿式紡糸法によると、緻密度の優れた単繊維からなる繊維束を得ることができる。
【0002】
一方、炭素繊維束の製造コストを低減させる要望がある。この要望を達成するための一つの手法として、炭素繊維束の製造に必要なアクリル系繊維束の生産性向上がある。この生産性向上のために、アクリル系繊維束の高速度紡糸、高密度紡糸(口金の紡糸孔の多ホール化)が、必要となる。
【0003】
しかし、高速度紡糸の場合、凝固浴中を通過する繊維束の走行速度が増大するため、繊維束の走行に随伴して流動する凝固液の流量が増大する。この随伴流の増大により、凝固浴中の凝固液の流動流量が増大し、凝固液の液面が盛り上がり、時には渦が発生する現象が生じる。この現象が生じると、口金直下の凝固液の液面の位置が大きき変動する。この凝固液の液面の変動は、繊維束における単繊維の配列の乱れや単繊維の糸切れをもたらす。凝固液の液面の変動が著しい場合は、口金の紡糸孔が配列されている面(口金面)の一部あるいは全部が、凝固液に接触し、乾湿式紡糸ができなくなることがある。
【0004】
高密度紡糸、すなわち、口金の紡糸孔の多ホール化の場合、多ホール化のために、隣接する紡糸孔の間隔を狭くすると、紡糸孔により形成された繊維が、一旦気相部を通過する間に、すなわち、繊維が凝固する前に、隣接する単繊維同士が接着する現象が生じる。この現象を防ぎ、かつ、多ホール化を図ろうとすると、隣接する紡糸孔の間隔を広くせざるを得ない。この場合、口金の巨大化、重量増大を招く。
【0005】
従来使用されている口金の紡糸孔が配列されている面(口金面)の外周形状は、円形が一般的ある。この円形の口金の直径を大きくし、多ホール化を図ると、口金面と凝固液の液面との間の距離(エアギャップ)が、多数の単繊維を紡糸し、繊維束として引き取る際に、口金面の中心側の面と口金面の外周側の面とで、大きく異なる現象が生じる。この場合、上述の高速度紡糸の場合と同様に、繊維束における単繊維の配列の乱れや単繊維切れが発生する。また、口金面の一部あるいは全部が、凝固液に接触し、乾湿式紡糸ができなくなることがある。
【0006】
かかる問題を解決する手法として、流下浴紡糸装置が提案されている(例えば、特許文献1、2)。この流下浴紡糸装置は、紡糸原液を紡糸孔から凝固浴の凝固液中に吐出しながら、形成される繊維とともに凝固液を流下させ、凝固した多数の単繊維からなる繊維束と凝固液とを管路(流管部)を通して流出させる紡糸装置である。この流下浴紡糸装置によれば、繊維束の移動速度と凝固液の移動速度との差により生じる繊維束を形成している単繊維にかかる凝固液の随伴抵抗が軽減される。また、凝固液の流れを強制的にコントロールすることで、単繊維同士の擦過が抑制される。このような作用を利用することにより、紡糸口金1個当たり(1錘当たり)の紡糸孔の数を増加させた紡糸口金の使用が可能となり、繊維束の走行速度を増大させることが可能となる。
【0007】
しかしながら、かかる流下浴紡糸装置では、繊維束を流管部に通し始める際、すなわち、糸出し時に、繊維束からなる塊状物が紡糸孔部に詰まって、安定した紡糸状態を妨げる場合があることが問題となっていた。
【0008】
他方、口金周辺の凝固液の液面にボールを浮遊させることにより、凝固液の液面の波立ちを抑制することが提案されている(特許文献3)。
【0009】
しかし、日々の生産管理のため、口金面と凝固液の液面との距離をチェックする必要があるが、このチェックの際、ボールが邪魔になるため、ボールを除去する作業が必要となっていた。このため、管理作業の効率が悪くなっていた。
【0010】
更に、口金の多ホール化により、口金が巨大となると、口金面の外周側に位置する紡糸孔からの紡糸原液の吐出量と口金面の中心側に位置する紡糸孔からの紡糸原液の吐出量とに差異が生じ易くなる。この差異は、得られる繊維束の単繊維同士の繊度斑をもたらす。この繊度斑は、得られる繊維束の品質低下をもたらす。また、この繊度斑は、口金面の外周側に位置する紡糸孔から得られる単繊維の糸切れの多発をもたらし、紡糸装置の製糸性の悪化をもたらしていた。
【0011】
従来から、湿式紡糸方法による口金の多ホール化については、さまざまな検討がなされている。しかし、乾湿式紡糸方法における口金の多ホール化の検討は、進んでいないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特公平03−70006号公報
【特許文献2】特開昭60−094617号公報
【特許文献3】特開平11−350245号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、かかる背景技術の問題点の解消を目的としてなされたものである。
【0014】
本発明は、口金面と凝固液の液面との間の距離、すなわち、エアギャップを、口金の中心側と外周側とで、紡糸中に、ほぼ等しく維持することが可能な紡糸技術を提供することを目的とする。
【0015】
本発明によれば、長時間の連続した紡糸において、口金面が凝固液中に浸漬する事態の発生が防止される。
【0016】
本発明によれば、口金面の中心側に位置する紡糸孔と口金面の外周側に位置する紡糸孔との間での紡糸原液の吐出斑の発生が防止される。口金面の外周側に位置する各紡糸孔から吐出される単繊維の糸切れの発生が防止される。その結果、繊維束における単繊維間の繊度斑や毛羽が少ない、あるいは、実質的にない繊維束の製造が、可能となる。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の乾湿式紡糸用スピニングパックは、口金筐体と、該口金筐体の内部に設けられた紡糸原液流路と、前記口金筐体に設けられ前記紡糸原液流路に紡糸原液を供給する紡糸原液供給口と、前記口金筐体に取り付けられ前記紡糸原液流路の紡糸原液を吐出する多数の紡糸孔が間隔をおいて配列されて設けられた口金とからなり、該口金の外面が気相を介して凝固液の液面に向いている乾湿式紡糸用スピニングパックにおいて、前記紡糸孔の数が、6,000以上であり、前記紡糸孔の紡糸孔配列の縦横比Raが、2.5以上であることを特徴とする。
【0018】
本発明の乾湿式紡糸用スピニングパックにおいて、前記隣接する紡糸孔の間隔が、1乃至3mmであることが好ましい。
【0019】
本発明の乾湿式紡糸用スピニングパックにおいて、前記口金筐体内の前記紡糸原液流路に、紡糸原液の流れを分岐する分岐板が設けられていることが好ましい。
【0020】
本発明の乾湿式紡糸用スピニングパックにおいて、前記口金筐体内の前記紡糸原液流路に、紡糸原液の流れを分散させる多孔板が設けられ、該多孔板と前記口金との間隔が、1乃至5mmであることが好ましい。
【0021】
本発明の乾湿式紡糸用スピニングパックにおいて、前記多数の紡糸孔が、口金面において、少なくとも2つの紡糸孔群に区分されて口金に設けられ、各紡糸孔群の間が、紡糸孔が存在しない紡糸孔不存在区画であることが好ましい。
【0022】
本発明の乾湿式紡糸用スピニングパックにおいて、前記紡糸孔不存在区画の幅が、2.5乃至8mmであることが好ましい。
【0023】
乾湿式紡糸用スピニングパックにおいて、前記口金の口金面の平面度が、0.02mm以下であることが好ましい。
【0024】
本発明の繊維束の製造装置は、乾湿式紡糸用スピニングパックと、該スピニングパックの下方に間隔をおいて位置する凝固浴槽と、該凝固浴槽中に設けられ、該凝固浴槽に収容される凝固液中に浸漬される走行繊維束の走行方向を転換せしめる方向転換ガイドとからなる繊維束の製造装置において、前記乾湿式紡糸用スピニングパックが、上記いずれかの本発明の乾湿式紡糸用スピニングパックからなることを特徴とする。
【0025】
本発明の繊維束の製造装置において、前記縦横比Raにおける横方向に該当する前記口金の長辺方向と前記方向転換ガイドの軸方向とが、平行であり、次式
0.5≦前記方向転換ガイド上における繊維束の幅/前記口金の長辺
の長さ≦1.0
の関係を満足することが好ましい。
【0026】
本発明の繊維束の製造装置において、前記方向転換ガイドが、その長手方向における主要部分において、曲率半径1,000乃至3,000mmの湾曲を有し、かつ、前記方向転換ガイドが、回転自在に、前記凝固浴槽内において支持されていることが好ましい。
【0027】
本発明の繊維束の製造装置において、前記方向転換ガイドの表面が、粒径5乃至50μmの梨地であることが好ましい。
【0028】
本発明の繊維束の製造装置において、前記凝固浴槽に槽外から槽内を覗くことができる覗き窓が設けられていることが好ましい。
【0029】
本発明の繊維束の製造装置において、前記繊維束が、炭素繊維製造用の前駆体繊維束であることが好ましい。
【0030】
本発明の繊維束の製造方法は、乾湿式紡糸用スピニングパックと、該スピニングパックの下方に間隔をおいて位置する凝固浴槽と、該凝固浴槽中に設けられ、該凝固浴槽に収容される凝固液中に浸漬された走行繊維束の走行方向を転換せしめる方向転換ガイドとからなる繊維束の製造装置を用いて繊維束を製造する繊維束の製造方法において、前記乾湿式紡糸用スピニングパックが、上記いずれかの本発明の乾湿式紡糸用スピニングパックであり、前記口金の外周にもっとも接近して設けられた最外の紡糸孔から吐出され、前記方向転換ガイドへと走行する繊維が前記口金の口金面となす引取角度が、83°乃至92°である乾湿式紡方法によることを特徴とする。
【0031】
本発明の繊維束の製造方法において、前記縦横比Raにおける横方向に該当する前記口金の長辺方向における前記最外の紡糸孔から吐出され、前記方向転換ガイドへと走行する繊維が前記口金の口金面となす引取角度が、87°乃至92°であり、前記縦横比Raにおける縦方向に該当する前記口金の短辺方向における前記最外の紡糸孔から吐出され、前記方向転換ガイドへと走行する繊維が前記口金の口金面となす引取角度が、83°乃至87°であることが好ましい。
【0032】
本発明の繊維束の製造方法において、前記方向転換ガイドが、その長手方向における主要部分において、曲率半径1,000乃至3,000mmの湾曲を有し、かつ、前記方向転換ガイドが、回転自在に、前記凝固浴槽内において支持されていることが好ましい。
【0033】
本発明の繊維束の製造方法において、前記方向転換ガイドの表面が、粒径5乃至50μmの梨地であることが好ましい。
【0034】
本発明の繊維束の製造方法において、前記縦横比Raにおける横方向に該当する前記口金の長辺方向と前記方向転換ガイドの軸方向とが、平行であり、次式
0.5≦前記方向転換ガイド上における繊維束の幅/前記口金の長辺
の長さ≦1.0
の関係を満足することが好ましい。
【0035】
本発明の繊維束の製造方法において、前記凝固浴槽に槽外から槽内を覗くことができる覗き窓が設けられていることが好ましい。
【0036】
本発明の繊維束の製造方法において、前記繊維束が、炭素繊維製造用の前駆体繊維束であることが好ましい。
【0037】
本発明の繊維束の方向転換ガイドは、乾湿式紡糸装置の凝固浴槽において用いられる繊維束の走行方向を転換する繊維束の方向転換ガイドにおいて、該方向転換ガイドの長手方向における主要部分において、曲率半径1,000乃至3,000mmの湾曲を有し、かつ、前記方向転換ガイドが、その軸廻りに回転自在であることを特徴とする。
【0038】
本発明の繊維束の方向転換ガイドにおいて、前記方向転換ガイドの表面が、粒径5乃至50μmの梨地であることが好ましい。
【0039】
本発明における紡糸孔配列の縦横比Raは、次の通りに定義される。
【0040】
紡糸孔配列の縦横比Raの第1の定義:
紡糸孔配列の縦横比Raは、互いに直交する第1の直線と第2の直線とに対し、対称な位置に配列された多数の紡糸孔を有する口金において、前記紡糸孔のうち、前記第1の直線に平行な直線が通過する2つの紡糸孔の間の直線距離のうちで最長の直線距離をA1とし、前記紡糸孔のうち、前記第2の直線に平行な直線が通過する2つの紡糸孔の間の直線距離のうちで最長の直線距離をB1としたとき、式Ra=A1/B1により定義される。なお、前記第1の直線の方向は、前記口金の長辺方向に相当し、前記第2の直線の方向は、前記口金の短辺方向に相当する。
【0041】
紡糸孔配列の縦横比Raの第2の定義:
紡糸孔配列の縦横比Raは、口金面に配列して設けられている多数の紡糸孔のうちで前記配列の最も外側に位置する紡糸孔を連ねたときに描かれる包絡線で囲まれた面を紡糸孔領域とするとき、前記口金面の中心を通る直線が前記紡糸孔領域を横切ることにより得られる線分の中で、最も短い線分の長さをB2、前記最も短い線分に直交する直線が前記紡糸孔領域を横切ることにより得られる線分の中で、最も長い線分の長さをA2としたとき、式Ra=A2/B2により定義される。なお、前記最も長い線分の方向は、前記口金の長辺方向に相当し、前記最も短い線分の方向は、前記口金の短辺方向に相当する。
【0042】
上記の通り、本発明における紡糸孔配列の縦横比Raには、2つの定義があるが、口金には6,000以上の紡糸孔が存在するので、前記第1の定義に基づく縦横比Raの値と前記第2の定義に基づく縦横比Raの値との間には、本発明の作用、効果の上で、実質的差異はない。従って、必要に応じて、測定のし易い方の定義を使用することができる。
【発明の効果】
【0043】
本発明によれば、紡糸孔の数が6,000以上の紡糸口金が用いられる乾湿式紡糸において、紡糸された繊維束を形成する各単繊維が、凝固浴における繊維束の走行に随伴して流動する凝固液の随伴流の影響を受け難いため、口金面の中心側に位置する紡糸孔により形成される単繊維と口金面の外周側に位置する紡糸孔により形成される単繊維との間での繊度斑が少なく、あるいは、ほぼない状態の繊維束が製造される。繊維束における単繊維の糸切れも少なく、あるいは、ほぼない状態の繊維束が製造される。
【0044】
このような繊維束は、炭素繊維製造用の前駆体繊維束として好ましく用いられる。この前駆体繊維束から製造される炭素繊維束は、炭素フィラメント数が多いため、炭素繊維束の製造コストの低減に寄与する。
【0045】
このような炭素繊維束は、スポーツ用途では、ゴルフシャフト、釣り竿、テニス、バトミントンなどのラケットの製造に用いられる。航空宇宙用途では、航空機の主翼、フロアビームなどの一次構造材の製造に用いられる。一般産業用途では、自動車、風車ブレード、圧力容器などの製造に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】図1は、本発明の乾湿式紡糸用スピニングパックの一例の正面図である。
【図2】図2は、図1のスピニングパックの上面図である。
【図3】図3は、図2におけるS1−S1矢視断面図である。
【図4】図4は、図2におけるS2−S2矢視断面図である。
【図5】図5は、図1のスピニングパックにおいて用いられる口金の一例の下面図である。
【図6】図6は、図5におけるS3−S3矢視断面図である。
【図7】図7は、図1のスピニングパックにおいて用いられる口金の他の一例の下面図である。
【図8】図8は、図7におけるS4−S4矢視断面図である。
【図9】図9は、図5あるいは図7に示される口金に設けられた紡糸孔の一例の縦断面図である。
【図10】図10は、図1のスピニングパックにおいて用いられる分岐板の一例の正面図である。
【図11】図11は、図10の分岐板の上面図である。
【図12】図12は、図11におけるS5−S5矢視断面図である。
【図13】図13は、図1のスピニングパックにおいて用いられる多孔板の一例の正面図である。
【図14】図14は、図13の多孔板の上面図である。
【図15】図15は、図14におけるS6−S6矢視断面図である。
【図16】図16は、本発明の繊維の製造装置の一部を縦断面で示す概略図である。
【図17】図17は、図16の繊維の製造装置の凝固浴槽において用いられる繊維束の方向転換ガイドの一例の斜視図である。
【図18】図18は、図16の繊維の製造装置における口金の長辺方向に配列されている紡糸孔から方向転換ガイドに向かう走行繊維束の状態の一例を示す図である。
【図19】図18は、図16の繊維の製造装置における口金の短辺方向に配列されている紡糸孔から方向転換ガイドに向かう走行繊維束の状態の一例を示す図である。
【図20】図20は、本発明の方向転換ガイドの一例の側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0047】
図1乃至4図に、本発明の乾湿式紡糸用スピニングパックの一例が示される。
【0048】
図1乃至4図において、乾湿式紡糸用スピニングパック1は、口金筐体2と、口金筐体2の内部に設けられた紡糸原液流路3と、紡糸原液流路3に紡糸原液を供給する紡糸原液供給口4と、口金筐体2に取り付けられ、紡糸原液流路3に供給される紡糸原液を吐出する多数の紡糸孔5が間隔をおいて配列されて設けられた口金6とからなる。口金6の下面、すなわち、口金面7は、気相(通常、空気)を介して、凝固浴槽内の凝固液の液面に向けられる。
【0049】
乾湿式紡糸用スピニングパック1における口金6に配列され設けられている紡糸孔5の数は、6,000以上である。この多数の紡糸孔5の紡糸孔配列の縦横比Raは、2.5以上である。
【0050】
図1乃至4図に示される態様において、口金筐体2は、上面と下面とに開放部を有する下部ユニオン2aと、下部ユニオン2aの上面の開放部に装着された上部ユニオン2bと、下部ユニオン2aの下面の開放部に装着された口金6とからなる。上部ユニオン2bには、紡糸原液供給口4が設けられている。
【0051】
図5および6に、図1乃至4に示された乾湿式紡糸用スピニングパック1における口金6の一例が示される。
【0052】
図5において、口金6aは、長方形からなる外周形状50を有する。口金6aには、総数が6,000以上の多数の紡糸孔5aが配列され設けられている。口金6aにおいて、多数の紡糸孔5aは、3つの紡糸孔群51a、51b、51cに区分されている。これらの紡糸孔群51a、51b、51cにより、区分紡糸孔領域52a、52b、52cが形成されている。紡糸孔群52aと紡糸孔群52bとの間は、紡糸孔が存在しない紡糸孔不存在区画53abが設けられ、紡糸孔群52bと紡糸孔群52cとの間は、同じく、紡糸孔が存在しない紡糸孔不存在区画53bcが設けられている。
【0053】
口金6aに設けられている全ての紡糸孔5aの配列の最も外側に位置する紡糸孔を連ねたときに描かれる包絡線50aは、口金6aの長辺6aLEの方向を長辺とし、口金6aの短辺6aSEの方向を短辺とする長方形を形成している。この包絡線50aが描く長方形は、口金6aの外周形状50と相似形である。口金6aにおける紡糸孔領域52は、この包絡線50aで囲まれた面により形成される。
【0054】
図5に、口金6aにおける紡糸孔配列の縦横比Raの第1の定義に云う直線距離A1が、記号A1で示され、直線距離B1が、記号B1で示される。また、紡糸孔配列の縦横比Raの第2の定義に云う最も長い線分の長さA2が、記号A2で示され、最も短い線分の長さB2が、記号B2で示される。口金6aにおける多数の紡糸孔5aは、紡糸孔配列の縦横比Raが2.5以上となるように、配列されている。
【0055】
図7および8に、図1乃至4に示された乾湿式紡糸用スピニングパック1における口金6の他の一例が示される。
【0056】
図7において、口金6bは、上下の平行な2本の線分70La、70Lbと、これら線分70La、70Lbの終端に接続され外方に湾曲した曲線70Ca、70Cbからなる外周形状70を有する。湾曲した曲線70Ca、70Cbは、例えば、円や楕円の一部であることが好ましい。
【0057】
口金6bには、総数が6,000以上の多数の紡糸孔5bが配列され設けられている。口金6bにおいて、多数の紡糸孔5bは、2つの紡糸孔群71a、71bに区分されている。これらの紡糸孔群71a、71bにより、区分紡糸孔領域72a、72bが形成されている。紡糸孔群71aと紡糸孔群71bとの間は、紡糸孔が存在しない紡糸孔不存在区画71abが設けられている。
【0058】
口金6bに設けられている全ての紡糸孔5bの配列の最も外側に位置する紡糸孔を連ねたときに描かれる包絡線70aの形状は、口金6bの外周形状70と相似形である。口金6bにおける紡糸孔領域72は、この包絡線70aで囲まれた面により形成される。
【0059】
図7に、口金6bにおける紡糸孔配列の縦横比Raの第1の定義に云う直線距離A1が、記号A1で示され、直線距離B1が、記号B1で示される。また、紡糸孔配列の縦横比Raの第2の定義に云う最も長い線分の長さA2が、記号A2で示され、最も短い線分の長さB2が、記号B2で示される。口金6bにおける多数の紡糸孔5bは、紡糸孔配列の縦横比Raが2.5以上となるように、配列されている。
【0060】
紡糸孔5の総数が6,000個以上の口金6において、紡糸孔配列の縦横比Raが2.5未満の場合は、口金面7と凝固液の液面との距離、すなわち、エアギャップが、口金面7の外周側に位置する紡糸孔が存在する面と口金面7の中心側に位置する紡糸孔が存在する面とにおいて、差異が大きくなる。そのため、口金面7の直下で、紡糸孔5から吐出された隣接する単繊維同士が接着し、糸切れを発生し易くなる。
【0061】
一方、紡糸孔配列の縦横比Raは、大きくなればなるほど、口金面7の直下の凝固液の液面変動の単繊維への影響は小さくなる。しかし、凝固浴が巨大化することや口金6の多ホール化が難しくなり、更には、紡糸における繊維束のハンドリング性が悪化する。そのため、縦横比Raは、2.5以上4.0以下であることが好ましく、3.0乃至3.8であることが更に好ましい。
【0062】
図9に、口金6に設けられる紡糸孔5の一例が示される。
【0063】
図9において、口金6に設けられた紡糸孔5は、口金面7から内方(図において、上方)に向かい穿設された紡糸孔本体部91と、口金面7と反対側の面7aから内方(図において、下方)に向かい穿設され、紡糸孔本体部91に結合されたファンネル部92から形成されている。紡糸孔本体部91は、直径D(以下、紡糸孔径Dと云う)と長さL(以下、紡糸孔長Lと云う)を有する。
【0064】
紡糸孔径Dは、0.08乃至0.18mmであることが好ましく、0.10乃至0.15mmであることがより好ましい。紡糸孔径Dが0.08mm未満の場合には、口金洗浄の際に、各紡糸孔に洗浄液が流入し難く、洗浄が困難となる場合がある。一方、紡糸孔径Dが0.18mmを越える場合には、各紡糸孔から吐出される紡糸原液が、真っ直ぐに凝固浴内に進入せず、紡糸孔の隣接部位に融着し、糸切れの原因となることがある。
【0065】
紡糸孔径Dに対する紡糸孔長Lの値L/Dは、2乃至5であることが好ましい。L/Dが2未満では、各紡糸孔から吐出される紡糸原液が真っ直ぐに凝固浴内に進入せず、紡糸孔の隣接部位に融着し、単繊維の糸切れの原因となることがある。一方、L/Dが5を越えると、口金洗浄の際に、各紡糸孔に洗浄液が流入し難く、洗浄が困難となる場合がある。
【0066】
口金6に配列される多数の紡糸孔5は、口金6の長辺方向および短辺方向において、隣り合う紡糸孔の中心間の距離(紡糸孔配列ピッチ)が、1乃至3mmになるように配列されていることが好ましい。
【0067】
紡糸孔配列ピッチが1mmより小さいと、口金面7と凝固液の液面との間に形成される気相部で、気体(通常、空気)の乱れが発生し易くなる。これにより、隣接する各単繊維同士の接着が発生し易くなる。一方、紡糸孔配列ピッチが3mmより大きいと、口金6の巨大化をまねくとともに、凝固浴へと吐出される各単繊維間において、凝固液の液面の盛り上がりが発生し易くなる。凝固液の液面の盛り上がりは、口金面7の凝固液による浸漬を生来する。このことから、紡糸孔配列ピッチは、1.5乃至2.5mmであることがより好ましい。
【0068】
本発明の乾湿式紡糸用スピニングパック1における口金6の多数の紡糸孔5は、複数の区分紡糸孔領域に区分されて、配列されていることが好ましい。複数の区分紡糸孔領域は、例えば、図5において、区分紡糸孔領域52a、52b、52cとして示され、図7において、区分紡糸孔領域72a、72bとして示される。
【0069】
複数の区分紡糸孔領域を形成することにより、隣り合う区分紡糸孔領域の間に、紡糸孔不存区画が形成される。紡糸孔不存在区画は、例えば、図5において、紡糸孔不存在区画53ab、53bcとして示され、図7において、紡糸孔不存在区画71abとして示される。
【0070】
紡糸孔不存在区画は、複数の区分紡糸孔領域の間に設けられた溝により形成されている。紡糸孔不存在区画は、口金製作を行う際に、口金を固定する部位として利用される。紡糸孔不存在区画は、加工精度の良い口金の製作を可能とする。
【0071】
複数の区分紡糸孔領域の存在は、紡糸原液供給ラインにスピニングパックを取り付け、各紡糸孔からの紡糸原液の吐出状態をチェックする際、チェックする紡糸孔の位置(番地)の確認をし易くする。これにより、口金の修正作業が効率的に行える。
【0072】
口金面における複数の区分紡糸孔領域の区分形態としては、例えば、十文字の4区分、平行な複数区分、クロス状の4区分がある。繊維束の高速生産を行う上では、平行な複数区部形態が好ましい。平行な複数区部形態は、例えば、図5において、区分紡糸孔領域52a、52b、52cとして示され、図7において、区分紡糸孔領域72a、72bとして示される。平行な複数区部形態の場合、口金面の直下において、紡糸孔不存在区画と向かい合う凝固液の液面部位から、区分紡糸孔領域と向かい合う凝固液の液面部位へと流動する凝固液の流れの衝突が防止され、凝固液の液面変動の抑制効果が大きい。
【0073】
区分数は、口金形状、繊維の繊度などに応じて決定されるが、例えば、紡糸孔配列の縦横比Raが2.5の場合は、2区分、縦横比Raが3.8の場合は、4区分とするのが良い。
【0074】
紡糸孔不存在区画の幅は、2.5mm乃至8mmであることが好ましい。紡糸孔不存在区画の幅が2.5mm未満では、各紡糸孔の孔間隔(紡糸孔ピッチ)の値と同一になる場合があり、口金の製作や口金面修正が行い難くなる。紡糸孔不存在区画の幅が8mmを越えると、口金面の直下において、紡糸孔不存在区画と向かい合う凝固液の液面部位から、区分紡糸孔領域と向かい合う凝固液の液面部位へと流動する凝固液の流れが渦を巻き、紡糸孔から吐出された単繊維の糸切れが発生し易くなり、あるいは、口金面が凝固液により浸漬され易くなる。紡糸孔不存在区画の幅は、より好ましくは、3mm乃至7mm、更に好ましくは、4mm乃至6mmである。
【0075】
口金の平面度は、0.02mm以下であることが好ましい。平面度の測定は、次のようにして行われる。定盤の上に口金を置き、口金面にダイヤルゲージを当てる。ダイヤルゲージは、針のついたマイクロメーターで、一般に使用されているものである。一箇所の測定長さを5mmとし、この測定を、口金面においてランダムに選択した8箇所で行う。得られた測定値の最大値と最小値との差を平面度とする。紡糸孔配列の縦横比Raが2.5以上の口金の場合、口金の長手方向における最外部位の紡糸孔領域では、口金の平面度が0.02mmを越える場合、局所的にエアギャップの差が大きくなるため、平面度は、0.02mm以下であることが好ましい。
【0076】
本発明の乾湿式用スピニングパック1は、6,000以上の紡糸孔5を有し、かつ、紡糸孔配列の縦横比Raが2.5以上である口金を有するため、紡糸原液供給口4から口金6の短辺の近傍に位置する紡糸孔までの距離が長い。そのため、口金面7の中心側に位置する紡糸孔から吐出される紡糸原液の吐出状態と口金面7の外周側、特に、口金6の短辺の近傍に位置する紡糸孔から吐出される紡糸原液の吐出状態との間に、差異が生じ易い。
【0077】
この吐出状態の差異をできるだけ小さくする、あるいは、なくすために、本発明の乾湿式用スピニングパック1においては、図3に示すように、紡糸原液流路3に、分岐板8が設けられていることが好ましい。分岐板8により、1つの紡糸原液供給口4から紡糸原液流路3に供給された紡糸原液は、複数の流れに分岐され、口金6へと配流される。分岐板8は、スピニングパック1の歪み防止の役割も果たす。
【0078】
図10乃至12に、スピニングパック1において用いられる分岐板8の一例が示される。
【0079】
図10乃至12において、分岐板8aは、2つの分岐流路111a、111bを有する。各分岐流路111a、111bは、上面の周縁部から中心部に向かって形成された上流側凹部112a、112bと、各上流側凹部112a、112bの底面に形成された分岐孔113a、113bと、下面の周縁部から中心部に向かって形成された下流側凹部114a、114bとで形成されている。下流側凹部114a、114bの底面(図では、上面)は、分岐孔113a、113bに連通されている。必要に応じて、同じような分岐板を複数段設けることにより、紡糸原液の流れを、トーナメント状に分流させても良い。
【0080】
口金6における区分紡糸孔領域数と同じ数の分岐数で、紡糸原液の流れを分岐させ、分岐孔を、各紡糸孔領域の中心の上方に位置させることがより好ましい。
【0081】
本発明の乾湿式紡糸用スピニングパック1において、紡糸原液流路3に、多孔板10が設けられていることが好ましい。一般的に、スピニングパック1の紡糸原液供給口4から紡糸原液流路3に流入した紡糸原液中に異物が含まれている場合を想定し、紡糸孔5に至る前の紡糸原液流路3に、この異物を濾過するためのフィルター9が設けられている。このフィルター9を支持するための多孔板10は、口金6と分岐板8との間に設けられていることが好ましい。
【0082】
図13乃至15に、乾湿式紡糸用スピニングパック1において用いられる多孔板10の一例が示される。
【0083】
図13乃至15において、多孔板10aは、全面に亘り均一に設けられた多数の流通孔141を有する。全面に亘り均一に設けられた多数の流通孔141により、多孔板10aの上面に載置されるフィルター9の全面に亘り紡糸原液が、局所的に滞留することなく、均一に流れるようになされている。
【0084】
多孔板10aにおける流通孔141の孔密度は、口金6における紡糸孔の孔密度より大きいことが好ましい。多孔板10aの流通孔141の多孔板10aの上面における紡糸原液通過面積に対する開口度は、15乃至30%であることが好ましい。
【0085】
口金筐体2内における口金6と多孔板10との間の間隙は、1乃至5mmであることが好ましい。間隙が1mm未満の場合、多孔板10から口金6に供給され、多数の紡糸孔5から吐出される紡糸原液の局所的な吐出斑が発生し易く、また、スピニングパック1内の圧力増加による口金6の変形が発生し易い。一方、間隙が5mmを越える場合、口金面7の中心側の紡糸孔と外周側の紡糸孔との間での紡糸原液の吐出斑が発生し易く、また、局所的な紡糸原液の滞留による紡糸原液の劣化が発生し易くなる。間隙は、より好ましくは、1乃至3mmである。
【0086】
本発明の乾湿式紡糸用スピニングパック1は、その下方に設けられた凝固浴槽と組み合わされて、繊維束の製造に用いられる。本発明の繊維の製造装置の一例が、図16に示される。
【0087】
図16において、乾湿式紡糸用スピニングパック1の下方には、凝固浴槽161が設けられている。凝固浴槽161の内部には、凝固液162が収容され、凝固浴163を形成している。凝固液162の液面164とスピニングパック1の口金6の口金面7との間には、気相部165が存在する。気相部165は、通常、空気で形成される。
【0088】
凝固浴槽161の内部には、口金6に設けられている多数の紡糸孔5から吐出された多数の単繊維からなる繊維束166の走行方向を転換する方向転換ガイド167が設けられている。繊維束166は、方向転換ガイド167に接触しながら走行し、その走行方向を転換し、凝固浴槽161の外へと引き取られる。
【0089】
凝固浴槽161の槽壁の少なくとも一部に、凝固浴163中における繊維束166の走行状態、特に、方向転換ガイド167上での繊維束166を形成している単繊維の配列の乱れの有無や方向転換ガイド167への単繊維の巻き付きの有無を観察するための覗き窓168が設けられている。覗き窓168の形状は、例えば、円形、四角形である。覗き窓168は、凝固浴槽161の槽壁全面に設けられていても良い。
【0090】
方向転換ガイド167は、その軸方向(図16において、紙面に垂直の方向)と、縦横比Raにおける横方向に該当する口金6の長辺方向(図16において、紙面に垂直の方向)とが、平行な位置関係になるように、凝固浴槽161の槽壁に支持され取り付けられている。これらの方向転換ガイド167と口金6とにおいて、方向転換ガイド167上における繊維束166の幅をFBWとし、口金6の長辺6LEの長さをSLELとするとき、次式の関係を満足していることが好ましい(図18参照)。
【0091】
0.5≦方向転換ガイド上における繊維束の幅(FBW)/口金の長
辺の長さ(SLEL)≦1.0
FBW/SLELの値が0.5より小さい場合、口金6の短辺側の紡糸孔5SEa、5SEbから吐出された単繊維166SEa、166SEbが凝固浴163内で繊維束166へと集束されるときの引取角度θaが小さくなるため、単繊維の糸切れが発生し易くなる。
【0092】
FBW/SLELの値が1.0より大きい場合、繊維束における単繊維の配列の乱れが発生し易い。繊維束166における単繊維の配列の乱れが発生すると、繊維束166を巻き上げた製品において、単繊維に弛みが発生し、製品の品位低下をもたらす。FBW/SLELの値は、0.6乃至0.9であることがより好ましい。
【0093】
方向転換ガイド167上の繊維束166の幅の調整は、凝固浴163内の方向転換ガイド167の設置深さを変えること、方向転換ガイド167の長手方向(軸方向)における曲率半径RCを変えること、口金6と方向転換ガイド167との間に、糸幅規制要素(図示せず)を設けるなどにより、行うことができる。
【0094】
図17および20に、方向転換ガイド167の一例が示される。
【0095】
図17および20において、方向転換ガイド167aは、その長手方向(軸方向)における主要部分において、曲率半径RCが1,000乃至3,000mmの湾曲を有し、その軸周り方向に回動自在に、両端の軸受201a、201bにより支持されている。軸受201a、201bは、凝固浴槽161の槽壁に取り付けられる。
【0096】
方向転換ガイド167aの曲率半径RCが1,000mm未満では、凝固浴163中で単繊維同士の接着が生じる場合がある。曲率半径RCが3,000mmを超えると、繊維束166を形成する際の多数の単繊維の集束の効果が低下して、凝固浴163中における単繊維にかかる張力が高くなる場合がある。
【0097】
方向転換ガイド167aの横断面形状は、その材質に依存する強度により適宜選定される。通常は、横断面形状は円形で、最小横断面部における直径Gdが、3乃至10mmであることが好ましい。
【0098】
方向転換ガイド167aは、例えば、硬質クロムメッキをした金属からなる棒状体、下地の金属上にチタン、アルミナ、チタンカーバイドなどのセラミックスやテフロン(登録商標)、シリコンなどでコーティングを施した棒状体からなる。これらの中で、硬質クロムメッキをしたステンレスの棒状体がより好ましい。
【0099】
方向転換ガイド167aの繊維束166が接する表面202の形態は、梨地状であることが好ましい。これにより、繊維束166との接触面積が小さくなり、摩擦係数の低減が図られ、繊維束166にかかる張力が低減する。繊維束166が接する表面202を鏡面状にすることも可能ではあるが、繊維束166との接触面積が増大し、摩擦係数が増大するため好ましくない。特に、硬質クロムメッキをした方向転換ガイド167においては、梨地メッキ仕上げがなされていることが好ましい。
【0100】
梨地の平均粒径は、5乃至50μmであることが好ましい。これにより、方向転換ガイド167と繊維束166との間の摩擦係数が、より適正化され、ひいては、繊維束166にかかる張力をより適正な値に調整することができる。
【0101】
梨地の平均粒径は、落射光式金属顕微鏡で観測して測定することができる。繊維束166が接触する部分の方向転換ガイド167の表面202において、10の測定個所をランダムに選定し、落射光式金属顕微鏡で観察計測し、得られた値の平均値を梨地の平均粒径とする。
【0102】
方向転換ガイド167aは、図20に示されるように、曲率半径RCを有しているため、その長手方向に緩やかな湾曲を有するが、その軸周り方向に回転可能とされている。これにより、繊維束166の引取張力に応じて、その張力を適正化すべく、湾曲のうちの最適な位置にて繊維束166と接するように、軸受201a、201bに支持された方向転換ガイド167aが自由に回転する。
【0103】
例えば、高張力であれば、比較的凹部となっている部分が繊維束166に接するように、方向転換ガイド167aが張力を低下させるように回転する。低張力であれば、比較的凸部となっている部分が繊維束166に接するように、方向転換ガイド167aが張力を低下させないように回転する。また、方向転換後の繊維束166の引取角度(方向転換ガイド167aの軸と方向転換後の繊維束166とが為す角)の調整も可能となり、常に繊維束166の走行方向に最適な角度となるようにすることができる。
【0104】
次に、本発明の繊維束の製造方法についての説明を、図18および19を用いて行う。
【0105】
本発明の乾湿式紡糸法による繊維束の製造方法は、口金6の外周に最も接近して設けられた最外の紡糸孔から吐出され、方向転換ガイド167へと走行する単繊維が、口金面7となす引取角度θが、83°乃至92°であることを特徴とする。
【0106】
引取角度θが83°より小さい場合、口金面7の中心側に位置する紡糸孔から吐出された単繊維と、口金面7の外周側に位置する紡糸孔から吐出された繊維とにかかる張力の差が大きくなり、特に口金面7の短辺側に位置する紡糸孔5SEa、5SEbから吐出された単繊維166SEa、166SEbには、過剰な張力が働くため、単繊維の糸切れが発生し易くなる。
【0107】
引取角度θが92°より大きいと、繊維束166の幅が拡がるため、単繊維の配列の乱れが発生し易くなる。単繊維の配列の乱れは、単繊維が揺らぐ現象であり、単繊維の繊度の変動の原因となる。単繊維の配列の乱れは、繊維束166をボビン等に巻き上げ繊維束パッケージとした際、パッケージにおける単繊維の弛みの発生をもたらす。単繊維の弛みが存在する繊維束パッケージは、品位の低い製品と評価される。
【0108】
口金6の外周に最も接近して設けられた最外の紡糸孔から吐出され、方向転換ガイド167へと走行する単繊維が、口金面7となす引取角度θには、2種類の引取角度θaと引取角度θbとが含まれている。
【0109】
図18に、引取角度θの一つである引取角度θaの一例が示される。図18において、口金6の長辺6LE方向における左右の最外部位に位置する紡糸孔5SEa、5SEb、すなわち、口金6の短辺6SEの最外の紡糸孔5SEa、5SEb、から吐出され、方向転換ガイド167へと走行する単繊維166SEa、166SEbが、口金面7となす角度が、引取角度θaである。本発明の繊維束の製造方法において、引取角度θaは、87°乃至92°であることが好ましい。引取角度θaは、89°乃至91°であることが、より好ましい。
【0110】
図19に、引取角度θの他の一つである引取角度θbの一例が示される。図19において、口金6の短辺6SE方向における左右の最外部位に位置する紡糸孔5LEa、5LEb、すなわち、口金6の長辺6LEの最外の紡糸孔5LEa、5LEb、から吐出され、方向転換ガイド167へと走行する単繊維166LEa、166LEbが、口金面7となす角度が、引取角度θbである。本発明の繊維束の製造方法において、引取角度θbは、83°乃至87°であることが好ましい。引取角度θbは、85°乃至87°であることが、より好ましい。
【0111】
引取角度θ、θaおよびθbは、方向転換ガイド167上において最も端を走行する単繊維の位置と、口金6の最外の紡糸孔の位置、および、口金面7から方向転換ガイド167までの距離との関係から、計算によって、算出することができる。また、口金面7に分度器をあてがい、単繊維がなす角度を直接測定することにより求めることもできる。
【0112】
繊維束166の引取角度θは、口金面7と方向転換ガイド167との間の距離と方向転換ガイド167上の繊維束166の幅FBWを調整することによって適性化される。方向転換ガイド167上の繊維束166の幅FBWの調整は、方向転換ガイド167の長手方向における曲率半径RCを変えることにより、あるいは、口金6と方向転換ガイド167との間に、糸幅規制要素(図示せず)を設けることなどにより、行うことが出来る。また、紡糸孔配列の縦横比Raを調整することで、口金6の長辺6LEの最外の紡糸孔5LEa、5LEbからの単繊維の引取角度θを調整することができる。
【0113】
繊維束166の走行方向を転換する方向転換ガイド167は、凝固浴163の凝固液162中での繊維束166の拡がりによる随伴流発生の面積を著しく減少させる。その結果、方向転換後の繊維束166にかかる張力の過度な増大が抑制され、繊維束166における単繊維の糸切れが抑制される。
【0114】
本発明の繊維束の製造方法において用いられる繊維原料として、アクリル系重合体が好ましく用いられる。アクリル系重合体としては、アクリロニトリルが90重量%以上、アクリロニトリルと共重合可能なモノマーが10重量%未満のものが好ましく用いられる。
【0115】
共重合可能なモノマーとしては、アクリル酸、メタアクリル酸、イタコン酸又はこれらのメチルエステル、プロピルエステル、ブチルエステル、アルカリ金属塩、アンモニウム塩、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、及びこれらのアルカリ金属塩からなる群から選ばれる少なくとも1種を用いることができる。
【0116】
かかるアクリル系重合体は、乳化重合、塊状重合、溶液重合などの重合法により得られ、この際の重合度の目安として、極限粘度は、1.0以上が好ましく、1.25以上がより好ましくは、1.5以上が特に好ましい。極限粘度は、5.0以下であることが、紡糸安定性の点から好ましい。
【0117】
得られた重合体から、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド(以下、DMSOという)、ジメチルホルムアミド、硝酸、ロダンソーダ洗浄液などを溶媒として、重合体溶液が調整される。この重合体溶液が、本発明の繊維束の製造方法における紡糸原液として用いられる。
【0118】
溶媒と可塑剤を用いる紡糸法による場合は、紡糸された繊維束を直接浴中延伸しても良いし、また溶媒と可塑剤を水洗除去した後に、浴中延伸しても良い。浴中延伸における延伸倍率は、30乃至98℃の浴中で、約2乃至6倍であることが好ましい。浴中延伸後、シリコーン油剤を繊維束に付与することが好ましい。シリコーン油剤は、エマルジョンとして使用されることが多く、このとき乳化剤が併用されることが好ましい。
【0119】
かかる乳化剤とは、エマルジョンの生成を促進し、かつ、これを安定化する界面活性を有する化合物のことであり、その具体例として、ポリエチレングリコールアルキルエーテルが好ましく使用される。
【0120】
付与方法としては、適宜選択して使用すればよいが、具体的には浸漬法、キスローラー法、ガイド給油法などの手段が採用される。付与するシリコーン油剤の付着量は、0.01乃至8重量%が好ましく、0.02乃至5重量%がより好ましくは、0.1乃至3重量%が特に好ましい。
【0121】
付着量が0.01重量%を下回ると、単繊維同士で融着が起こり易くなり、得られる繊維束の品位が低下する。付着量が8重量%を越えると、繊維束の製造工程、あるいは、製造された繊維束を用いて炭素繊維を製造する際の繊維束の焼成工程での油剤脱落量が多くなり、繊維束の製造工程での油剤付着斑による繊維束の品位低下、焼成工程の操業性悪化を起こすことがある。
【0122】
油剤が付与された繊維束は、少なくとも1つ以上のホットドラムなどで速やかに油剤を乾燥することで、繊維束の乾燥緻密化を達成することができる。乾燥温度は高いほど、シリコーン油剤の架橋反応が促進されるので、好ましく、乾燥温度は150℃以上が好ましく、180℃以上が更に好ましい。
【0123】
乾燥温度、乾燥時間などは適宜変更することができる。また、乾燥緻密化後の繊維束は、必要に応じて、加圧スチーム中などの高温環境で、更に延伸しながら熱処理することもできる。かかる熱処理により、油剤が均一に拡がり、単繊維同士の接着に由来する単繊維の表面欠陥の発生を防ぐ効果が大きくなり、より好ましい繊度、結晶配向度を有する繊維束を得ることができる。後延伸時のスチーム圧力、温度、延伸倍率などは、糸切れ、毛羽発生のない範囲で、適宜選択して使用される。
【0124】
次に、実施例を用いて本発明を更に説明する。実施例における方向転換ガイドの表面の梨地の平均粒径の値、および、口金面の最外の紡糸孔から方向転換ガイドに至る単繊維の引取角度の値は、それぞれ上述の測定方法に従い求めたものである。
【0125】
(実施例1)
アクリルニトリル99モル%、イタコン酸1モル%からなる極限粘度[η]が1.75のアクリル系重合体の20重量%ジメチルスルホキシド(以下DMSOと略す。)溶液を溶液重合し、重合体溶液を得た。
【0126】
得られた重合体溶液に、そのpHが8.5になるまで、アンモニアガスを吹き込み、イタコン酸を中和すると共に、アンモニウム基をポリマー成分に導入することにより、重合体溶液の親水性を向上させ、紡糸原液を得た。得られた紡糸原液の温度は、30℃とした。
【0127】
紡糸孔5の数が3,000である2つの区分紡糸孔領域を有する紡糸孔5の総数が6,000の口金6を用意した。2つ区分紡糸孔領域の間の紡糸孔不存在区画の幅は、4mmとした。紡糸孔配列の縦横比Raは、3.2とした。隣り合う紡糸孔の間隔(紡糸孔ピッチ)は、2.5mmとした。
【0128】
各紡糸孔5の紡糸孔径Dは、0.15mm、紡糸孔長Lは、0.45mmとした。多孔板10と分岐板8を用意した。口金筐体2に、口金6、多孔板10、分岐板8と組み込み、口金6と多孔板10との間隔を4mmとし、スピニングパック1を用意した。
【0129】
スピニングパック1の下方に、凝固浴槽161を用意した。凝固浴槽161の中に、梨地の平均粒径15μmの硬質クロム梨地メッキ仕上げをした表面202を有し、横断面直径Gdが5mm、長手方向の曲率半径RCが1,500mmのステンレス製の方向転換ガイド167を設けた。方向転換ガイド167は、その軸廻りに回転自在な状態で、凝固浴槽161の槽壁に取り付けた。
【0130】
凝固浴槽161の中に、DMSO35重量%/水65重量%からなる凝固液162を供給した。凝固液162の温度は、5℃とした。凝固液162の液面と口金面7との間の間隔を、約3mmとし、これらの間を空気からなる気相部164とした。
【0131】
上に用意した紡糸原液を、スピニングパック1の紡糸原液供給口4から供給し、口金6の多数の紡糸孔5から吐出させた。紡糸孔5から吐出され形成された多数本の線状の紡糸原液の流れは、気相部165を通過し、凝固液162中に進入し、多数の単繊維からなる繊維束166を形成した。形成された繊維束166は、方向転換ガイド167により、その走行方向を転換し、凝固浴槽161の外へと、25m/分の引取速度で引き取られた。
【0132】
このときの繊維束の引取において、口金6の長辺6LEの最外の紡糸孔からの単繊維の引取角度θbを87°、口金6の短辺6SEの最外の紡糸孔からの単繊維の引取角度θaを90°とした。
【0133】
凝固浴槽161から引き出され走行する繊維束は、引き続き、水洗され、その後、温度70℃の温水中で3倍に延伸され、更に、油剤浴中を通過することにより、シリコーン油剤が付与された。
【0134】
シリコーン油剤は、アミノ変性シリコーン、エポキシ変性シリコーンおよびアルキレンオキサイド変性シリコーンを含む水エマルジョン系とした。油剤浴中の油剤の濃度は、純分(シリコーン成分)が2.0重量%となるように水で希釈して調整した。
【0135】
油剤処理を受けた繊維束は、更に、温度180℃の加熱ローラーに接触して走行することにより、接触時間40秒の乾燥処理を受けた。得られた乾燥された繊維束は、0.4MPa-Gの加圧スチーム中で、約5倍の延伸倍率で延伸された。繊維束の全工程における全延伸倍率は、約13倍であった。
【0136】
次いで、ここに得られた繊維束の2本を合糸することにより、単繊維本数12,000の繊維束を得た。繊維束における単繊維の繊度は、1.1dtexであった。繊維束の強度は、6.4g/dtex、伸度は、7.3%であった。繊維束のシリコーン油剤付着量は、純分で1.0重量%であった。繊維束は、炭素繊維製造用のアクリル系前駆体繊維束として、十分な特性を有していた。
【0137】
(実施例2)
実施例1における、紡糸孔5の総数を、8,000に変更し、紡糸原液の紡糸孔5からの吐出量を1.67倍に変更し、口金6の長辺6LEの最外の紡糸孔からの単繊維の引取角度θbを86°に変更し、口金6の短辺6SEの最外の紡糸孔からの単繊維の引取角度θaを89°に変更した以外は、実施例1と同様の装置および方法を用いて、繊維束166を製造した。
【0138】
得られた繊維束は、16,000本の単繊維からなり、その強度は、6.0g/dtex、伸度は、7.1%であった。繊維束は、炭素繊維製造用のアクリル系前駆体繊維束として、十分な特性を有していた。
【0139】
(比較例1)
実施例1における口金7と方向転換ガイド167との間の距離を短く変更した以外は、実施例1と同様の装置および方法を用いて、繊維束166を製造した。
【0140】
単繊維の繊度が1.1dtex、単繊維の本数が6,000本の繊維束を得ようとしたが、口金6の最外の紡糸孔から形成される単繊維の糸切れが多発して、繊維束の製造を安定して継続することが出来なかった。
このときの口金6の長辺6LEの最外の紡糸孔からの単繊維の引取角度θbは、79°、口金6の短辺6SEの最外の紡糸孔からの単繊維の引取角度θaは、82°であった。
【0141】
(実施例3)
実施例1における、方向転換ガイド167の梨地の平均粒径を35μmに変更し、長手方向の曲率半径RCを2,500mmに変更し、口金6の短辺6SEの最外の紡糸孔からの単繊維の引取角度θaを92°に変更した以外は、実施例1と同様の装置および方法を用いて、繊維束166を製造した。
【0142】
得られた繊維束は、12,000本の単繊維からなり、その強度は、5.9g/dtex、伸度は、6.8%であった。繊維束は、炭素繊維製造用のアクリル系前駆体繊維束として、十分な特性を有していた。
【0143】
(比較例2)
実施例1における、方向転換ガイド167の梨地の平均粒径を0μm、すなわち、表面を鏡面に変更し、長手方向の曲率半径RCを3,300mmに変更し、口金6の短辺6SEの最外の紡糸孔からの単繊維の引取角度θaを93°に変更した以外は、実施例1と同様の装置および方法を用いて、繊維束166を製造した。
【0144】
この繊維束の製造において、方向転換ガイド167の前後で、単繊維の配列に乱れが発生した。得られた繊維束は、単繊維の配列が不揃いで、品位の劣るものであった。
【0145】
(比較例3)
実施例1における、方向転換ガイド167の梨地の平均粒径を35μmに変更し、長手方向の曲率半径RCを900mmに変更し、口金6の長辺6LEの最外の紡糸孔からの単繊維の引取角度θbを85°に変更し、口金6の短辺6SEの最外の紡糸孔からの単繊維の引取角度θaを89°に変更した以外は、実施例1と同様の装置および方法を用いて、繊維束166を製造した。
【0146】
方向転換ガイド167の長手方向の曲率半径RCが小さ過ぎたため、繊維束における多数の単繊維が、密に集まり過ぎて、単繊維同士の接着が多く発生した繊維束が得られた。この繊維束は、延伸工程で、単繊維の糸切れが発生し、延伸工程の操業性の悪化をもたらすものであった。
【0147】
(比較例4)
実施例1における、方向転換ガイド167の梨地の平均粒径を35μmに変更し、長手方向の曲率半径RCを3,300mmに変更し、口金6の短辺6SEの最外の紡糸孔からの単繊維の引取角度θaを92°に変更した以外は、実施例1と同様の装置および方法を用いて、繊維束166を製造した。
【0148】
この繊維束の製造において、方向転換ガイド167の前後で、単繊維の配列に乱れが発生した。得られた繊維束は、単繊維の配列が不揃いで、品位の劣るものであった。
【0149】
(実施例4)
実施例1における、方向転換ガイド167の梨地の平均粒径を60μmに変更し、長手方向の曲率半径RCを1,200mmに変更した以外は、実施例1と同様の装置および方法を用いて、繊維束166を製造した。
【0150】
実施例1の場合と同様に、単繊維本数12,000の繊維束が、安定して製造された。得られた繊維束の強度は、5.1g/dtex、伸度は、5.9%であった。
【0151】
(比較例5)
実施例1における、方向転換ガイド167の梨地の平均粒径を35μmに変更し、方向転換ガイド167がその軸廻りに回転しないように固定した以外は、実施例1と同様の装置および方法を用いて、繊維束166を製造した。
【0152】
この繊維束の製造において、繊維束の引取張力は不安定であった。そのため、得られた繊維束における各単繊維の長手方向における繊度は不揃いであり、繊維束としては、品位の低いものであった。
【産業上の利用可能性】
【0153】
本発明によれば、紡糸孔の数が6,000以上の紡糸口金が用いられる乾湿式紡糸において、紡糸された繊維束を形成する各単繊維が、凝固浴における繊維束の走行に随伴して流動する凝固液の随伴流の影響を受け難いため、口金面の中心側に位置する紡糸孔により形成される単繊維と口金面の外周側に位置する紡糸孔により形成される単繊維との間での繊度斑が少なく、あるいは、ほぼない状態の繊維束が製造される。繊維束における単繊維の糸切れも少なく、あるいは、ほぼない状態の繊維束が製造される。
【0154】
このような繊維束は、炭素繊維製造用の前駆体繊維として好ましく用いられ、この繊維束を用いて製造される炭素繊維束は、炭素フィラメント数が多いため、大きな繊度を有する炭素繊維束の製造コストの低減に寄与する。
【符号の説明】
【0155】
1:乾湿式紡糸用スピニングパック
2:口金筐体
2a:下部ユニオン
2b:上部ユニオン
3:紡糸原液流路
4:紡糸原液供給口
5:紡糸孔
5a:紡糸孔
5LEa、5LEb:口金の長辺における最外の紡糸孔
5SEa、5SEb:口金の短辺における最外の紡糸孔
6:口金
6a:口金
6EL:口金の長辺
6SE:口金の短辺
6aLE:口金の長辺
6aSE:口金の短辺
7:口金面
8:分岐板
8a:分岐板
9:フィルター
10:多孔板
10a:多孔板
50:口金の外周形状
50a:包絡線
51a、51b、51c:紡糸孔群
52:紡糸孔領域
52a、52b、52c:区分紡糸孔領域
53a、53b:紡糸孔不存在区画
70:口金の外周形状
70a:包絡線
70Ca、70Cb:曲線
70La、70Lb:線分
71a、71b:紡糸孔群
72:紡糸孔領域
72a、72b:区分紡糸孔領域
91:紡糸孔本体部
92:ファンネル部
111a、111b:分岐流路
112a、112b:上流側凹部
113a、113b:分岐孔
114a、114b:下流側凹部
141:流通孔
161:凝固浴槽
162:凝固液
163:凝固浴
164:凝固液の液面
165:気相部
166:繊維束
167:繊維束の方向転換ガイド
167a:繊維束の方向転換ガイド
168:覗き窓
201a、201b:軸受
202:方向転換ガイドの表面
θ、θa、θb:単繊維の引取角度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
口金筐体と、該口金筐体の内部に設けられた紡糸原液流路と、前記口金筐体に設けられ前記紡糸原液流路に紡糸原液を供給する紡糸原液供給口と、前記口金筐体に取り付けられ前記紡糸原液流路の紡糸原液を吐出する多数の紡糸孔が間隔をおいて配列されて設けられた口金とからなり、該口金の外面が気相を介して凝固液の液面に向いている乾湿式紡糸用スピニングパックにおいて、前記紡糸孔の数が、6,000以上であり、前記紡糸孔の紡糸孔配列の縦横比Raが、2.5以上である乾湿式紡糸用スピニングパック。
【請求項2】
前記隣接する紡糸孔の間隔が、1乃至3mmである請求項1に記載の乾湿式紡糸用スピニングパック。
【請求項3】
前記口金筐体内の前記紡糸原液流路に、紡糸原液の流れを分岐する分岐板が設けられた請求項1に記載の乾湿式紡糸用スピニングパック。
【請求項4】
前記口金筐体内の前記紡糸原液流路に、紡糸原液の流れを分散させる多孔板が設けられ、該多孔板と前記口金との間隔が、1乃至5mmである請求項1に記載の乾湿式紡糸用スピニングパック。
【請求項5】
前記多数の紡糸孔が、口金面において、少なくとも2つの紡糸孔群に区分されて口金に設けられ、各紡糸孔群の間が、紡糸孔が存在しない紡糸孔不存在区画である請求項1に記載の乾湿式紡糸用スピニングパック。
【請求項6】
前記紡糸孔不存在区画の幅が、2.5乃至8mmである請求項5に記載の乾湿式紡糸用スピニングパック。
【請求項7】
前記口金の口金面の平面度が、0.02mm以下である請求項1に記載の乾湿式紡糸用スピニングパック。
【請求項8】
乾湿式紡糸用スピニングパックと、該スピニングパックの下方に間隔をおいて位置する凝固浴槽と、該凝固浴槽中に設けられ、該凝固浴槽に収容される凝固液中に浸漬される走行繊維束の走行方向を転換せしめる方向転換ガイドとからなる繊維束の製造装置において、前記乾湿式紡糸用スピニングパックが、請求項1乃至7のいずれかに記載の乾湿式紡糸用スピニングパックである繊維束の製造装置。
【請求項9】
前記縦横比Raにおける横方向に該当する前記口金の長辺方向と前記方向転換ガイドの軸方向とが、平行であり、次式
0.5≦前記方向転換ガイド上における繊維束の幅/前記口金の長辺
の長さ≦1.0
の関係を満足する請求項8に記載の繊維束の製造装置。
【請求項10】
前記方向転換ガイドが、その長手方向における主要部分において、曲率半径1,000乃至3,000mmの湾曲を有し、かつ、前記方向転換ガイドが、回転自在に、前記凝固浴槽内において支持されている請求項8に記載の繊維束の製造装置。
【請求項11】
前記方向転換ガイドの表面が、粒径5乃至50μmの梨地である請求項10に記載の繊維束の製造装置。
【請求項12】
前記凝固浴槽に槽外から槽内を覗くことができる覗き窓が設けられている請求項8に記載の繊維の製造装置。
【請求項13】
前記繊維束が、炭素繊維製造用の前駆体繊維束である請求項8に記載の繊維束の製造装置。
【請求項14】
乾湿式紡糸用スピニングパックと、該スピニングパックの下方に間隔をおいて位置する凝固浴槽と、該凝固浴槽中に設けられ、該凝固浴槽に収容される凝固液中に浸漬された走行繊維束の走行方向を転換せしめる方向転換ガイドとからなる繊維束の製造装置を用いて繊維束を製造する繊維束の製造方法において、前記乾湿式紡糸用スピニングパックが、請求項1乃至7のいずれかに記載の乾湿式紡糸用スピニングパックであり、前記口金の外周にもっとも接近して設けられた最外の紡糸孔から吐出され、前記方向転換ガイドへと走行する繊維が前記口金の口金面となす引取角度が、83°乃至92°である乾湿式紡方法による繊維束の製造方法。
【請求項15】
前記縦横比Raにおける横方向に該当する前記口金の長辺方向における前記最外の紡糸孔から吐出され、前記方向転換ガイドへと走行する繊維が前記口金の口金面となす引取角度が、87°乃至92°であり、前記縦横比Raにおける縦方向に該当する前記口金の短辺方向における前記最外の紡糸孔から吐出され、前記方向転換ガイドへと走行する繊維が前記口金の口金面となす引取角度が、83°乃至87°である請求項14に記載の繊維束の製造方法。
【請求項16】
前記方向転換ガイドが、その長手方向における主要部分において、曲率半径1,000乃至3,000mmの湾曲を有し、かつ、前記方向転換ガイドが、回転自在に、前記凝固浴槽内において支持されている請求項14に記載の繊維束の製造方法。
【請求項17】
前記方向転換ガイドの表面が、粒径5乃至50μmの梨地である請求項16に記載の繊維束の製造方法。
【請求項18】
前記縦横比Raにおける横方向に該当する前記口金の長辺方向と前記方向転換ガイドの軸方向とが、平行であり、次式
0.5≦前記方向転換ガイド上における繊維束の幅/前記口金の長辺
の長さ≦1.0
の関係を満足する請求項14に記載の繊維束の製造方法。
【請求項19】
前記凝固浴槽に槽外から槽内を覗くことができる覗き窓が設けられている請求項14に記載の繊維束の製造方法。
【請求項20】
前記繊維束が、炭素繊維製造用の前駆体繊維束である請求項14に記載の繊維束の製造方法。
【請求項21】
乾湿式紡糸装置の凝固浴槽において用いられる繊維束の走行方向を転換する繊維束の方向転換ガイドにおいて、該方向転換ガイドの長手方向における主要部分において、曲率半径1,000乃至3,000mmの湾曲を有し、かつ、前記方向転換ガイドが、その軸廻りに回転自在である繊維束の方向転換ガイド。
【請求項22】
前記方向転換ガイドの表面が、粒径5乃至50μmの梨地である請求項21に記載の繊維束の方向転換ガイド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2011−63926(P2011−63926A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−260843(P2010−260843)
【出願日】平成22年11月24日(2010.11.24)
【分割の表示】特願2006−528573(P2006−528573)の分割
【原出願日】平成17年6月23日(2005.6.23)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】